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| 歴史好きは必ず読む 宮本武蔵 完全版 |
| 吉川英治 |
| (2017) |
|
「求道の文学」
――武蔵の世界――
明治以来、日本の小説の中で、この『宮本武蔵』くらいよく読まれた作品は、ほかにはないといわれる。総計一千万部以上が、すでに出版されているのである。これは、いわば日本国民の「教養の書」であり「人生の書」として愛読されてきた。そして今もなお、多くの人々を魅了してやまないのである。
その理由は一に、作品の主人公・青年武蔵の生き方と、文章の面白さにあるに違いない。関ケ原の合戦に敗走した青年武蔵が、人生のなんたるかに悩み、恋も青春も捨てて、ひたすら剣の求道者として研鑽を重ね「剣禅一如」の境地に昇華してゆく姿は、たしかに時代と場所を越えて、読者に深い感動を与えずにはおかないものがある。
読者は、武蔵に自らの姿を見出し、そこから「人生の指針」を得ようとする。多くの人々からこの作品が「座右の書」とされる由縁でもあろう。
ところで、吉川氏が『宮本武蔵』を執筆した動機は、直木三十五氏の「宮本武蔵非名人説」に応えたものだという。
昭和六年のこと、読売新聞が開いた座談会の席上で、菊池寛氏と直木三十五氏が、宮本武蔵が本当に名人か否か、やり合った。直木氏はかねて「宮本武蔵非名人説」を発表しており、これに対して菊池寛氏が「いや武蔵こそ名人というものだ」と反駁したのだ。側で二人のやりとりを聞いていた吉川氏は、菊池寛氏の肩をもった。
さて、そこでこの「武蔵名人説」を実証するために『宮本武蔵』を書いたというのである。作品は朝日新聞紙上に昭和十年八月から、十四年七月まで、計一〇一三回にわたって連載された。ただし、途中、昭和十二年におこった日支事変には、いち早く毎日新聞特派員として北支に飛ぶなど、一年あまりも休載されている。
いずれにせよ、日支事変という日本の曲り角において、この『宮本武蔵』が書かれ、時代の暗雲の中にあって悩む人々に「人生の書」として読まれたことは、見逃すことのできないこの作品の一大特色といってよかろう。なお、連載開始の前年、昭和九年に直木三十五氏が亡くなった。吉川氏も、わが実証を待たずに逝った友を心からいたんだことであろう。
では吉川氏は、この作品の中で、何を描こうとしたのであろうか。かつて吉川氏を囲んで評論家佐伯彰一、村松剛、進藤純孝氏らが座談会を開いたことがある。その席上、吉川氏は質問に答えて、こう語っている。
〝なにかぼくには、大へんまだ野性がナマのままある。......それで武蔵を描いた時も、いちばん意識して書いているのは野性なんですよ。そこを少し理想化し過ぎてるかもしれないけれど......。たとえば、社会史なんかみても根底の野性っていうものの力が、重要な役割をしている。野性の生命力がのちに咲く花の球根の役をしていると思う。つまり、野性と人間の叡智、科学と結びついたものが、いちばん人間の中の生命としてみずみずしいものを持つんじゃないかと考えている〟(「批評」一九六〇年冬季号)
武蔵の野性と、それを研磨する求道の姿、これは吉川氏自身が辿った「文学の道」ではなかったか。そういえばもう一つ見逃せないエピソードがある。武蔵を慕う可憐なる美少女「お通」のモデルである。ここには吉川氏の終生の恋人・吉川文子夫人のイメージがあるというのだ。吉川氏は年譜の中に、自ら「昭和十年、現在の妻池戸文子と知る」と記しているが、この年配の違った、いかにもういういしい美しい乙女を、ちょうど武蔵執筆の頃、見染めているのである。この乙女への高鳴る愛が、エネルギーとなって傑作『宮本武蔵』に結実し、文子夫人の姿が化してお通となったというわけである。いうまでもなく武蔵は、吉川英治その人である。
鈴
一
――どうなるものか、この天地の大きな動きが。
もう人間の個々の振舞いなどは、秋かぜの中の一片の木の葉でしかない。なるようになッてしまえ。
武蔵は、そう思った。
屍と屍のあいだにあって、彼も一個の屍かのように横たわったまま、そう観念していたのである。
『――今、動いてみたッて、仕方がない』
けれど、実は、体力そのものが、もうどうにも動けなかったのである。武蔵自身は、気づいていないらしいが、体のどこかに、二つ三つ、銃弾が入っているに違いなかった。
ゆうべ。――もっと詳しくいえば、慶長五年の九月十四日の夜半から明け方にかけて、この関ケ原地方へ、土砂ぶりに大雨を落した空は、今日の午すぎになっても、まだ低い密雲を解かなかった。そして伊吹山の背や、美濃の連山を去来するその黒い迷雲から時々、サアーッと四里四方にもわたる白雨が激戦の跡を洗ってゆく。
その雨は、武蔵の顔にも、そばの死骸にも、ばしゃばしゃと落ちた。武蔵は、鯉のように口を開いて、鼻ばしらから垂れる雨を舌へ吸いこんだ。
――末期の水だ。
痺れた頭のしんで、かすかに、そんな気もする
戦いは、味方の敗けと決まった。金吾中納言秀秋が敵に内応して、東軍とともに、味方の石田三成をはじめ、浮田、島津、小西などの陣へ、逆さに戈を向けて来た一転機からの総くずれであった。たった半日で、天下の持主は定まったといえる。同時に、何十万という同胞の運命が、眼に見えず、刻々とこの戦場から、子々孫々までの宿命を作られてゆくのであろう。
『俺も、......』
と、武蔵は思った。故郷に残してある一人の姉や、村の年老などのことをふと瞼に泛べたのである。どうしてであろう、悲しくもなんともない。死とは、こんなものだろうかと疑った。だが、その時、そこから十歩ほど離れた所の味方の死骸の中から、一つの死骸と見えたものが、ふいに、首をあげて、
『武やアん!』
と、呼んだので、彼の眼は、仮死から覚めたように見まわした。
槍一本かついだきりで、同じ村を飛び出し、同じ主人の軍隊に従いて、お互が若い功名心に燃え合いながら、この戦場へ共に来て戦っていた友達の又八なのである。
その又八も十七歳、武蔵も十七歳であった。
『おうっ。又やんか』
答えると、雨の中で、
『武やん生きてるか』
と、彼方で訊く。
武蔵は精いッぱいの声でどなった。
『生きてるとも、死んでたまるか。又やんも、死ぬなよ、犬死するなっ』
『くそ、死ぬものか』
友の側へ、又八は、やがて懸命に這って来た。そして、武蔵の手をつかんで、
『逃げよう』
と、いきなりいった。
すると武蔵は、その手を、反対に引っぱり寄せて、叱るように、
『――死んでろっ、死んでろっ、まだ、あぶない』
その言葉が終らないうちであった。二人の枕としている大地が、釜のように鳴り出した。真っ黒な人馬の横列が、喊声をあげて、関ケ原の中央を掃きながら、此方へ殺到して来るのだった。
旗差物を見て、又八が、
『あっ、福島の隊だ』
あわて出したので、武蔵はその足首をつかんで、引き仆した。
『ばかっ、死にたいか』
――一瞬の後だった。
泥によごれた無数の軍馬の脛が、織機のように脚速をそろえて、敵方の甲冑武者を騎せ、長槍や陣刀を舞わせながら、二人の顔の上を、躍りこえ、躍りこえして、駈け去った。
又八は、じっと俯ッ伏したきりでいたが、武蔵は大きな眼をあいて、精悍な動物の腹を、何十となく、見ていた。
二
おとといからの土砂降りは、秋暴れのおわかれだったとみえる。九月十七日の今夜は、一天、雲もないし、仰ぐと、人間を睨まえているような恐い月であった。
『歩けるか』
友の腕を、自分の首へまわして、負うように援けて歩きながら、武蔵は、たえず自分の耳もとでする又八の呼吸が気になって、
『だいじょうぶか、しっかりしておれ』
と、何度もいった。
『だいじょうぶ!』
又八は、きかない気でいう、けれど顔は、月よりも青かった。
ふた晩も、伊吹山の谷間の湿地にかくれて、生栗だの草だのを喰べていたため、武蔵は腹をいたくしたし、又八もひどい下痢をおこしてしまった。勿論、徳川方では、勝軍の手をゆるめずに、関ケ原崩れの石田、浮田、小西などの残党を狩たてているに違いはないので、この月夜に里へ這いだしてゆくのは、危険だという考えもないではなかったが、又八が、
(捕まってもいい)
というほどな苦しみを訴えて迫るし、居坐ったまま捕まるのも能がないと思って決意をかため、垂井の宿と思われる方角へ、彼を負って降りかけて来たところだった。
又八は、片手の槍を杖に、やっと足を運びながら、
『武やん、すまないな、すまないな』
友の肩で、幾度となく、しみじみいった。
『何をいう』
武蔵は、そういって、暫らくしてから、
『それは、俺の方でいうことだ。浮田中納言様や石田三成様が、軍を起すと聞いた時、おれは最初しめたと思った。――おれの親達が以前仕えていた新免伊賀守様は、浮田家の家人だから、その御縁を恃んで、たとえ郷士の伜でも、槍一筋ひっさげて駈けつけて行けば、きっと親達同様に、士分にして軍に加えて下さると、こう考えたからだった。この軍で、大将首でも取って、おれを、村の厄介者にしている故郷の奴らを、見返してやろう、死んだ親父の無二斎をも、地下で、驚かしてやろう、そんな夢を抱いたんだ』
『俺だって! ......俺だッて』
又八も、頷き合った。
『で――俺は、日頃仲のよいおぬしにも、どうだ、ゆかぬかと、すすめに行ったわけだが、おぬしの母親は、とんでもないことだと俺を叱りとばしたし、また、おぬしとは許嫁の七宝寺のお通さんも、俺の姉までも、みんなして、郷士の子は郷士でおれと、泣いて止めたものだ。......無理もない、おぬしも俺も、かけ更えのない、跡とり息子だ』
『うむ......』
『女や老人に、相談無用と、二人は無断で飛び出した。それまでは、よかったが、新免家の陣場へ行ってみると、いくら昔の主人でも、おいそれと、士分にはしてくれない。足軽でもと、押売り同様に陣借して、いざ戦場へと出てみると、いつも姦物見の役や、道ごさえの組にばかり働かせられ、槍を持つより、鎌を持って、草を刈った方が多かった。大将首はおろか、士分の首を獲る機もありはしない。そのあげくがこの姿だ、しかし、ここでおぬしを犬死させたら、お通さんや、おぬしの母親に何と、おれは謝まったらいいか』
『そんなこと、誰が武やんのせいにするものか。敗け軍だ、こうなる運だ、何もかも滅茶くそだ、しいて、人のせいにするなら、裏切者の金吾中納言秀秋が、おれは憎い』
三
程経てから二人は、曠野の一角に立っていた。眼の及ぶかぎり野分の後の萱である、灯も見えない、人家もない、こんな所を目ざして降りて来たわけでないはずだがと、
『はてな、此処は?』
改めて、自分たちの出て来た天地を見直した。
『あまり、喋舌ってばかり来たので、道を間違えたらしいぞ』
武蔵が、つぶやくと、
『あれは、杭瀬川じゃないか』
と、彼の肩にすがっている又八もいう。
『すると、この辺は一昨日、浮田方と東軍の福島と、小早川の軍と敵の井伊や本多勢と、乱軍になって戦った跡だ』
『そうだったかなあ。......俺もこの辺を、駈け廻ったはずだが、何の記憶えもない』
『見ろ、そこらを』
武蔵は、指さした。
野分に伏した草むらや、白い流れや、眼をやる所に、おとといの戦で斃れた敵味方の屍が、まだ一箇も片づけられずにある。萱の中へ首を突っ込んでいるのや、仰向けに背中を小川に浸しているのや、馬と重なり合っているのや、二日間の雨にたたかれて血こそ洗われているが、月光の下に、どの皮膚も、死魚のように色が変じていて、その日の激戦ぶりを偲ばせるに余りがあった。
『......虫が、啼いてら』
武蔵の肩で、又八は病人らしい大きな息をついた、泣いているのは、鈴虫や、松虫だけではなかった、又八の眼からも白いすじが流れていた。
『武やん、俺が死んだら、七宝寺のお通を、おぬしが、生涯持ってやってくれるか』
『ばかな。......何を思い出して、急にそんな事を』
『俺は、死ぬかもわからない』
『気の弱いことをいう。――そんな気もちで、どうする』
『おふくろの身は、親類の者が見るだろう。だが、お通は独りぼっちだ。あれやあ、嬰児のころ、寺へ泊った旅の侍が、置いてき放しにした捨子じゃといった、可哀そうな女よ、武やん、ほんとに、俺が死んだら、頼むぞ』
『下痢腹ぐらいで、なんで人間が死ぬものか。しっかりしろ』
はげまして――
『もう少しの辛抱だぞ、こらえておれ、農家が見つかったら、薬ももらってやろうし、楽々と寝かせてもやれようから』
関ケ原から不破への街道には、宿場もあり部落もある。武蔵は、要心ぶかく歩きつづけた。
暫く行くと又、一部隊がここで全滅したかと思われる程な死骸のむれに出会った。だがもう、どんな屍を見ても、残虐いとも、哀れとも二人は感じなくなっていた。そうした神経だったのに、武蔵は何に驚いたのか、又八も恟っとして足をすくめ、
『あっ? ......』
と軽くさけんだ。
累々とある屍と屍の間に、誰か、兎のように迅い動作で、身をかくした者があった。昼間のような月明りである。凝と、そこを見つめると、屈んでいる者の背がよくわかる。
――野武士か?
とは、すぐ思った事だったが、意外にもそれはまだやっと十三、四歳にしかなるまいと思われる小娘であって襤褸てはいるが金襴らしい幅のせまい鉢の木帯をしめ、袂のまるい着物を着ているのである。――そしてその小娘もまた此方の人影をいぶかるものの如く、死骸と死骸との間から、迅こい猫のような眸を、凝と、射向けているのであった。
四
戦が熄んだといっても、まだ素槍や素刀は、この辺を中心に、附近の山野を残党狩りに駈けまわっているし、死屍は、随所に、横たわっていて、鬼哭啾々といってもよい新戦場である。年端もゆかない小娘が、しかも夜、ただひとり月の下で、無数の死骸の中にかくれ、いったい、何を働いているのか。
『......?』
怪しんでも怪しみ足りないように、武蔵と又八とは息をこらして、小娘の容子を、やや暫し見まもっていた。――が、試みに、やがて、
『こらっ!』
武蔵が、こう怒鳴ってみると、小娘のまろい眸は、あきらかにビクリとうごいて、逃げ走りそうな気ぶりを示した。
『逃げなくともいい。おいっ、訊くことがあるっ』
あわてていい足したが、遅かった。小娘はおそろしく素迅いのである。後も見ずに、彼方へ駈け出してゆく。帯の紐か袂に付けている鈴でもあろうか、躍ってゆく影につれて、弄るような美い音がして、二人の耳へ妙に残った。
『なんだろ?』
茫然と、武蔵の眼が、夜の狭霧を見ていると、
『物の怪じゃないか』
と、又八はふと身ぶるいした。
『まさか』
笑い消して、
『――あの丘と丘の間へ隠れた。近くに部落があると見える。脅さずに、訊けばよかったが』
二人がそこまで登ってみると、果して人家の灯が見えた、不破山の尾根をひろく南へ曳いている沢である。灯が見えてからも、十町も歩いた、漸くにして近づいてみると、これは農家とも見えぬ土塀と、古いながら門らしい入口を持った一軒建である。柱はあるが朽ちていて、扉などはない門だった。入ってゆくと、よく伸びた萩の中に、母屋の口は戸閉されてあった。
『おたのみ申します』
まず、軽くそこを叩いて、
『夜分、恐れ入るが、お願いの者でござる。病人を、救っていただきたい、御迷惑はかけぬが』
――やや暫らく返辞がない。さっきの小娘と、家の者とが、何か、ささやき合っているらしく思える。やがて、戸の内側で物音がした。開けてくれるのかと待っていると、そうではなくて、
『あなた方は、関ケ原の落人でしょう』
小娘の声である。きびきびという。
『いかにも、私共は、浮田勢のうちで、新免伊賀守の足軽組の者でござるが』
『いけません、落人をかくまえば、私たちも罪になりますから、御迷惑はかけぬというても、こちらでは、御迷惑になりますよ』
『そうですか。では......やむを得ない』
『ほかへ行って下さい』
『立ち去りますが、連れの男が、実は、下痢腹で悩んでいるのです。恐れいるが、お持ち合わせの薬を一服、病人へ頒けていただけまいか』
『薬ぐらいなら......』
暫らく、考えているふうだったが、家人へ訊きに行ったのであろう、鈴の音につれる跫音が、奥のほうへ消えた。
すると、べつな窓口に、人の顔が見えた。さっきから外を覗いていたこの家の女房らしい者が、はじめて言葉をかけてくれた。
『朱実や、開けておあげ。どうせ落人だろうが、雑兵なんか、御詮議の勘定には入れてないから、泊めてあげても、気づかいはないよ』
五
朴炭の粉を口いっぱい服んでは、韮粥を食べて寝ている又八と、鉄砲で穴のあいた深股の傷口を、せッせと焼酎で洗っては、横になっている武蔵と、薪小屋の中で二人の養生は、それが日課だった。
『何が稼業だろう、この家は』
『何屋でもいい、こうして匿まってくれるのは、地獄に仏というものだ』
『内儀もまだ若いし、あんな小娘と二人限りで、よくこんな山里に住んでいられるな』
『あの小娘は、七宝寺のお通さんに、どうか似てやしないか』
『ウム、可愛らしい娘だ、......だが、あの京人形みたいな小娘が、なんだって、俺たちでさえもいい気持のしない死骸だらけな戦場を、しかも真夜半、たった一人で歩いていたのか、あれが解せない』
『オヤ、鈴の音がする』
耳を澄まして――
『朱実というあの小娘が来たらしいぞ』
小屋の外で、跫音が止まった。その人らしい。
木のように、外から軽く戸をたたく。
『又八さん、武蔵さん』
『おい、誰だ』
『私です、お粥を持って来ました』
『ありがとう』
筵の上から起き上って、中から錠をあける。朱実は、薬だの食物だのを運び盆にのせて、
『お体はどうですか』
『お蔭で、この通り、二人とも元気になった』
『おっ母さんがいいましたよ、元気になっても、余り大きな声で話したり、外へ顔を出さないようにって』
『いろいろと、かたじけない』
『石田三成様だの、浮田秀家様だの、関ケ原から逃げた大将たちが、まだ捕まらないので、この辺も、御詮議で、大変なきびしさですって』
『そうですか』
『いくら雑兵でも、あなた方を隠していることがわかると、私たちも縛られてしまいますからね』
『分りました』
『じゃあ、お寝みなさい、また明日――』
微笑んで、外へ身を退こうとすると、又八は呼びとめて、
『朱実さん、もう少し、話して行かないか』
『嫌!』
『なぜ』
『おっ母さんに叱られるもの』
『ちょっと、訊きたいことがあるんだよ。あんた、幾歳?』
『十五』
『十五? 小さいな』
『大きなお世話』
『お父さんは』
『いないの』
『稼業は』
『うちの職業のこと?』
『ウム』
『もぐさ屋』
『なるほど、灸の艾は、この土地の名産だっけな』
『伊吹の蓬を、春に刈って、夏に干して、秋から冬にもぐさにして、それから垂井の宿場で、土産物にして売るのです』
『そうか......艾作りなら、女でも出来るわけだな』
『それだけ? 用事は』
『いや、まだ。......朱実さん』
『なアに』
『この間の晩――俺たちがここの家へ初めて訪ねて来た晩さ――。まだ死骸がたくさん転がっている戦の跡を歩いて、朱実ちゃんはいったい何していたのだい。それが聞きたいのさ』
『知らないッ』
ぴしゃっと戸をしめると、朱実は、袂の鈴を振り鳴らして、母屋のほうへ駈け去った。
毒茸
一
五尺六、七寸はあるだろう、武蔵は脊がすぐれて高かった、よく駈ける駿馬のようである。脛も腕も伸々としていて、唇が朱い、眉が濃い、そしてその眉も必要以上に長く、きりっと眼じりを越えていた。
――豊年童子や。
郷里の作州宮本村の者は、彼の少年の頃には、よくそういってからかった。眼鼻だちも手足も、人なみはずれて寸法が大きいので、よくよく豊年に生まれた児だろうというのである。
又八も、その「豊年童子」にかぞえられる組だった。
だが又八のほうは、彼よりはいくらか低くて固肥りに出来ていた。碁盤のような胸幅が肋骨をつつみ、丸ッこい顔の団栗眼を、よくうごかしながら物をいう。
いつのまに、覗いて来たのか、
『おい、武蔵、ここの若い後家は、毎晩、白粉をつけて、化粧しこむぞ』
などとささやいたりした。
どっちも若いのである。伸びる盛りの肉体だった、武蔵の弾傷がすっかり癒る頃には、又八はもう薪小屋の湿々した暗闇に、じっと蟋蟀のような辛抱はしていられなかった。
母屋の炉ばたにまじって、後家のお甲や、小娘の朱実を相手に、万歳を歌ったり、軽口をいって、人を笑わせたり、自分も笑いこけている客があると思うと、それがいつの間にか、小屋には姿の見えない又八だった。
――夜も、薪小屋には寝ない晩のほうが多くなっていた。
たまたま、酒くさい息をして、
『武蔵も、出て来いや』
などと、引っぱり出しに来る。
初めのうちは、
『ばか、俺たちは、落人の身じゃないか』
と、たしなめたり、
『酒は、嫌いだ』
と、そっけなく見ていた彼も、ようやく倦怠をおぼえてくると、
『――大丈夫か、この辺は』
小屋を出て、二十日ぶりに青空を仰ぐと、思うさま、脊ぼねに伸びを与えて欠伸した。そして、
『又やん、余り世話になっては悪いぞ、そろそろ故郷へ帰ろうじゃないか』
と、いった。
『俺も、そう思うが、まだ伊勢路も、上方の往来も木戸が厳しいから、せめて、雪のふる頃まで隠れていたがよいと、後家もいうし、あの娘もいうものだから――』
『おぬしのように、炉ばたで、酒をのんでいたら、ちっとも、隠れていることにはなるまいが』
『なあに、この間も、浮田中納言様だけが捕まらないので、徳川方の侍らしいのが、躍起になって、ここへも詮議に来たが、その折、あいさつに出て、追い返してくれたのは俺だった。薪小屋の隅で、跫音の聞えるたび、びくびくしているよりは、いっそ、こうしている方が安全だぞ』
『なる程、それもかえって妙だな』
彼の理窟とは思いながら、武蔵も同意して、その日から、共に母屋へ移った。
お甲後家は、家の中が賑やかになってよいといい、欣んでいるふうこそ見えるが、迷惑とは少しも思っていないらしく、
『又さんか、武さんか、どっちか一人、朱実の婿になって、いつまでもここにいてくれるとよいが』
と、いったりして、初心な青年がどぎまぎするのを見てはおかしがった。
二
すぐ裏の山は、松ばかりの峰だった。朱実は、籠を腕にかけて、
『あった! あった! お兄さん来て』
松の根もとをさぐり歩いて、松茸の香に行きあたるたびに、無邪気な声をあげて叫んだ。
少し離れた松の樹の下に、武蔵も、籠を持ってかがみこんでいた。
『こっちにもあるよ』
針葉樹の梢からこぼれる秋の陽が、二人の姿に、細かい光りの波になって戦いでいた。
『さあ、どっちが多いでしょ』
『俺のほうが多いぞ』
朱実は、武蔵の籠へ手を入れて、
『だめ! だめ! これは紅茸、これは天狗茸、これも毒茸』
ぽんぽん選り捨ててしまって、
『私の方が、こんなに多い』
と、誇った。
『日が暮れる――帰ろうか』
『負けたもんだから』
朱実は、からかって、雉子のような迅こい足で、先に山道を降りかけたが、急に顔いろを変えて、立ちすくんだ。
中腹の林を斜に、のそのそと大股に歩いて来る男があった。ぎょろりと、眼がこっちへ向く。おそろしく原始的で、また好戦的な感じもする人間だった。獰猛そうな毛虫眉も、厚く上にめくれている唇も、大きな野太刀も鎖帷子も、着ている獣の皮も。
『あけ坊』
朱実のそばへ歩いて来た。黄いろい歯を剝いて笑いかけるのである。しかし、朱実の顔には、白い戦慄しかなかった。
『おふくろは、家にいるか』
『ええ』
『帰ったらよくいっておけよ。俺の眼をぬすんでは、こそこそ稼いでいるそうだが、そのうちに、年貢を取りにゆくぞと』
『............』
『知るまいと思っているのだろうが、稼いだ品を売かした先から、すぐ俺の耳へ入ってくるのだ。てめえも毎晩、関ケ原へ行ったろう』
『いいえ』
『おふくろに、そういえ。ふざけた真似しやがると、この土地に置かねえぞと。――いいか』
睨みつけた。そして、運ぶにも重たそうな体を運んで、のそのそと沢のほうへ降りて行った。
『なんだい、あいつは?』
武蔵は、見送った眼をもどして、慰め顔に訊いた。
朱実の唇はまだ脅えをのこして、
『不破村の辻風』
と、かすかにいった。
『野武士だね』
『ええ』
『何を怒られたのだい?』
『............』
『他言はしない。――それとも、俺にもいえないことか』
朱実はいいにくそうに、しばらく惑っているふうだったが、突然、武蔵の胸にすがって、
『他人には、黙っていてください』
『うむ』
『いつかの晩、私が何をしていたか、まだ兄さんには分りません?』
『......分らない』
『私は泥棒をしていたの』
『えっ?』
『戦のあった跡へ行って、死んでいる侍の持っている物――刀だの、笄だの、香い囊だの、なんでも、お金になる物を剝ぎ取って来るんですよ。怖いけれど、食べるのに困るし、嫌だというと、おっ母さんに叱られるので――』
三
まだ陽が高い。
武蔵は、朱実にもすすめて、草の中へ腰をおろした。
伊吹の沢の一軒が、松の間を透かして、下に見える傾斜にある。
『じゃあ、この沢の蓬を刈って、艾を作るのが職業だと、いつかいったのは噓だな』
『え。うちのおっ母さんという人は、とても贅沢な癖のついている人だから、蓬なんか刈って居るくらいでは、生活がやってゆけないんです』
『ふウむ......』
『お父っさんの生きていた頃には、この伊吹七郷で、いちばん大きな邸に住んでいたし、手下もたくさんに使っていたし』
『おやじさんは、町人か』
『野武士の頭領』
朱実は、誇るくらいな眼をしていった。
『――だけどさっき、ここを通った辻風典馬に、殺されてしまった......。典馬が殺したのだと、世間でも皆いっています』
『え。殺された?』
『............』
頷く眼から、自分でも計らぬもののように、涙がこぼれた。十五とは見えない程、この小娘は身装は小さいし、言葉もひどくませていた。そして時には、人の目をみはらせるような迅こい動作を見せたりするので、武蔵は、遽かに、同情をもてなかったが、膠で着けたような睫毛から、ぽろぽろと涙をこぼすのを見ると、急に抱いてやりたいような可憐さを覚えた。
しかし、この小娘は、決して尋常な教養をうけてはいないらしく思える。野武士という父からの職業を、何ものよりいい天職と信じているのだ。泥棒以上な冷血な業も、喰べて生きるためには、正しいものと、母から教えこまれているに違いない。
もっとも長い乱世を通して、野武士はいつのまにか、怠け者で生命知らずな浮浪人には、唯一の仕事になっていた。世間もそれを怪しまないのである。領主もまた戦争のたびに、彼らを利用し、敵方へ火を放けさせたり、流言を放たせたり、敵陣からの馬盗みを奨励したりする。もし領主から買いに来ない場合は、戦後の死骸を剝ぐか、落人を裸体にするか、拾い首を届けて出るか、いくらでもやる事があって、一戦あれば半年や一年は、自堕落でいて食えるのであった。
農夫や樵夫の良民でさえ、戦が部落の近くにあったりすると、畑仕事はできなくなるが、後のこぼれを拾う事によって、不当な利得の味をおぼえていた。
野武士の専業者は、そのために繩張を守ることが厳密だった。もし、他の者が、自己の職場を犯したと知ったら、ただは措かない鉄則がある。必ず残酷な私刑によって自己の権利を示すのだった。
『どうしよう?』
朱実は、それを恐れるもののように、戦慄した。
『きっと、辻風の手下が、来るにちがいない......来たら......』
『来たら、俺が、挨拶してやるよ、心配しないがいい』
山を降りて来たころ――沢はひっそり黄昏れていた、風呂の煙が一つ家の軒からひろがって、狐色の尾花の上を低く這っている。後家のお甲は、いつものように、夜化粧をすまして、裏の木戸に立っていた。そして、朱実と武蔵が、寄り添って、帰ってくる姿を見かけると、
『朱実っ――、何しているのだえっ、こんな暗くなるまで!』
いつにない険のある眼と声があった。武蔵は、ぼんやりしていたが、この小娘は、母の気持に何よりも敏感である。びくッとして、武蔵のそばを離れたと思うと、顔を紅めながら、さきへ駈けだしていた。
四
辻風典馬の事を、あくる日、朱実から聞かされて、急に慌てたらしいのである。
『なぜもっと早く、いわないのさ!』
お甲後家は、叱っていた。
そして、戸棚の物、抽斗の中の物、納屋の物など、一所へ寄せ集めて、
『又さんも、武さんも、手伝っておくれ、これをみんな天井裏へ上げるのだから――』
『よし来た』
又八は、屋根裏へ上った。
踏み台に乗って、武蔵は、お甲と又八の間に立ち、天井へ上げる物を、一つ一つ取り次いだ。
きのう朱実から聞いていなければ、武蔵は胆を潰したに違いない。永い間であろうが、よくもこう運び込んだものと思う。短刀がある、槍の穂がある、鎧の片袖がある。また、鉢のない兜の八幡座だの、懐に入るぐらいな豆厨子だの、数珠だの旗竿だの、大きな物では、蝶貝や金銀で見事にちりばめた鞍などもあった。
『これだけか』
天井裏から、又八が顔を見せる。
『も一つ』
お甲は、取り残していた四尺ほどの黒樫の木剣を出した、武蔵が間でうけとった。反り味と、重さと固い触感とが、掌に握ると、離したくない気持を彼に起させた。
『おばさん、これ、俺にくれないか』
武蔵がねだると、
『欲しいのかえ』
『うむ』
『............』
遣るとはいわないが、当然、武蔵の意思をゆるしているように、笑靨でうなずく。
又八は、降りて来て、ひどく羨ましい顔をした。お甲は笑って、
『拗ねたよ、この坊やは』
と、瑪瑙珠のついている革巾着を、彼には与えたが、あまり欣しがらなかった。
夕方――この後家は、良人のいたころからの習慣らしく、必ず風呂に入って、化粧して、晩酌をたしなむ。自分のみでなく、朱実にもそうさせる、性質が派手ずきなのだ、いつまでも若い日でありたい質なのだ。
『さあ、みんなお出で』
炉をかこんで、又八にも酌ぐし、武蔵にも杯を特たせた。どうことわっても、
『男が、酒ぐらい飲めないで、どうしますえ。お甲が、仕込んであげよう』
と、手くびを持って、無理に強いたりした。
又八の眼は、時々、不安な浮かない顔つきになって、凝とお甲の容子に見入った。お甲はそれを感じながら、武蔵の膝へ手をかけ、このごろ流行る歌というのを、細い美音で口遊んで、
『今の謡は、わたしの心。――武蔵さん、分りますか』
といったりした。
朱実が、顔を外向けているのも関わず、若い男の羞恥みと、一方の妬みとを、意識していうことだった。
いよいよ、面白くないように、
『武蔵、近いうちに、もう出立しような』
又八が、或時いうと、お甲が、
『どこへ、又さん』
『作州の宮本村へさ、故郷へ帰れば、これでも、おふくろも、許嫁もあるんだから』
『そう、悪かったネ、匿まって上げたりして。――そんなお人があるなら、又さん一人で、お先に立っても、止めはしないよ』
五
掌でにぎりしめて、ぎゅうと、扱いてみると、伸びと反との調和に、無限な味と快感がおぼえられる。武蔵は、お甲からもらった黒樫の木剣を常に離さなかった。
夜もその木剣を抱いて寝た。木剣の冷たい肌を頰に当てると、幼年のころ、寒稽古の床で、父の無二斎からうけた烈しい気魄が、血のなかに甦ってくる。
その父は、秋霜のように、厳格一方な人物だった。武蔵は幼少にわかれた母ばかりが慕わしくて、父には、甘える味を知らなかった、ただ煙たくて恐いものが父だった。九歳の時、ふと家を出て、播州の母の所へ、奔ってしまったのも、母から一言、
(オオ、大きゅうなったの)
と、やさしい言葉をかけてもらいたい一心からであった。
だが、その母は、父の無二斎が、どういうわけか離縁した人だった、播州の佐用郷の士へ再縁して、もう二度目の良人の子供があった。
(帰っておくれ、お父上の所へ――)と、その母が、掌をあわせて、抱きしめて、人目のない神社の森で泣いた姿を、武蔵は今でも、眼に泛べることができる。
間もなく、父の方からは、追手が来て、九歳の彼は、裸馬の背に縛られて、播州からふたたび、美作の吉野郷宮本村へ連れもどされた。父の無二斎はひどく怒って、
(不届者不届者)
と、杖で打って打って打ちすえた。その時の事も、まざまざと、童心につよく烙きつけられてある。
(二度と、母の所へゆくと、我子といえど、承知せぬぞ)
その後、間もなく、その母が病気で死んだと聞いてから、武蔵は、鬱ぎ性から急に手のつけられない暴れン坊になった、さすがの無二斎も黙ってしまった、十手を持って懲そうとすれば、棒を取って、父へかかって来る始末だった、村の悪童はみな彼に慴伏し、彼と対峙する者は、やはり郷士の伜の又八だけだった。
十二、三には、もう大人に近い脊丈があった。或る年、村へ金箔磨きの高札を立てて、近郷の者に試合を挑みに来た有馬喜兵衛という武者修業の者を、矢来の中で打ち殺した時は、
(豊年童子の武やんは強い)
と、村の者に、凱歌をあげさせたが、その腕力で、いくつになっても、乱暴がつづくと、
(武蔵が来たぞ、さわるな)
と、怖がられ、嫌われ、そして人間の冷たい心ばかりが彼に映った。父も、厳格で冷たい人のままでやがて世を去った、武蔵の残虐性は、養われるばかりだった。
もし、お吟という一人の姉がいなかったら、彼は、どんな大それた争いを起して、村を追われていたか知れない。だが、その姉が泣いていう言葉には、いつもすなおに従った。
今度、又八を誘って、軍へ働きに出て来たのも、そうした彼に、かすかにでも、転機の光がさして来たためともいえる。人間になろうとする意思がどこかで芽をふきかけていた。――けれど今の彼は、ふたたびその方向を失っていた。真っ暗な現実に。
しかし、戦国というあらい神経の世でもなければ、生み出し得ないような暢気さもある若者だった。微塵も、明日のことなどは、苦にしていない寝顔でもある。
故郷の夢でも見ているのだろう、ふかぶかと寝息をかいて。そして例の木剣を、抱いて。
『......武蔵さん』
ほの暗い短檠の明りを忍んで、いつのまにか、お甲は、その枕元へ来て、坐っていた。
『ま......ここの寝顔』
武蔵の唇を、彼女の指は、そっと突いた。
六
ふっ! ......
お甲の息が、短檠の明りを消した。横にのばした体を猫のように縮めて、武蔵のそばへ、そっと寄り添って。
年のわりに派手な寝衣裳も、その白い顔も、ひとつ闇になって、窓びさしに、夜露の音だけが静かである。
『まだ、知らないのかしら』
寝ている者の抱いている木剣を、彼女が取りのけようとするのと、がばっと、武蔵が刎ね起きたのと、一緒だった。
『盗ッ人っ!』
短檠の倒れた上へ、彼女は、肩と胸をついた、手をねじ上げられた苦しさに、思わず、
『痛いっ』
と、さけぶと、
『あっ、おばさんか』
武蔵は、手を離して、
『なんだ、盗人かと思ったら――』
『ひどい人だよ、おお痛い』
『知らなかった、御免なさい』
『謝まらなくともいい。......武蔵さん』
『あっ、な、なにをするんだ』
『叱っ......。野暮、そんな大きい声をするもんじゃありません。私が、おまえをどんな気持で眼にかけているか、よく御存じだろう』
『知っています、世話になったことは、忘れないつもりです』
『恩と義理のと、堅くるしいことでなくさ。人間の情というものは、もっと、濃くて、深くて、やる瀬せないものじゃないか』
『待ってくれ、おばさん、いま灯りをつけるから』
『意地悪』
『あっ......おばさん......』
骨が、歯の根が、自分の体じゅうが、がくがくと鳴るように、武蔵は思えた。今まで出会ったどんな敵よりも怖かった。関ケ原で顔の上を翔けて行った無数の軍馬の下に仰向いて寝ていた時でも、こんな大きな動悸は覚えなかった。
壁の隅へ、小さくなって、
『おばさん、彼ッ方へ行ってくれ、自分の部屋へ。――行かないと、又八を呼ぶぜ』
お甲は、うごかなかった、いらいらとこじれた眼が、睨みつけているらしく、闇のうちで呼吸をしていた。
『武蔵さん、おまえだって、まさか、私の気持が、分らないはずはないだろう』
『............』
『よくも恥をかかしたね』
『......恥を』
『そうさ!』
二人とも、血がのぼっていたのである。で、気のつかない様子であったが、さっきから、表の戸をたたいている者があって、漸く、それが大声に変って来た。
『やいっ、開けねえかっ』
襖の𨻶に、蠟燭の光がうごいた。朱実が眼をさましたのであろう、又八の声もしていた。
『なんだろう?』
と、その又八の跫音につづいて、
『おっ母さん――』
朱実が、廊下のほうで呼ぶ。
何かは知らず、お甲もあわてて、自分の部屋から返辞をした。外の者は戸をこじあけて、自分勝手に入り込んで来たものとみえ、土間の方を透かしてみると、大きな肩幅を重ね合って、六、七名の人影がそこに立ち、
『辻風だ、はやく灯りをつけろ』
と中の一人が怒鳴っていた。
おとし櫛
一
土足のまま、どやどやと上ってきた、寝込みを衝いて来たのである。納戸、押入、床下と、手分けをして搔廻しにかかる。
辻風典馬は、炉ばたへ坐りこんで、乾児たちの家捜しするのを、眺めていたが、
『いつまでかかっているのだ、何かあったろう』
『ありませんぜ、何も』
『ない』
『へい』
『そうか......いやあるまい、ないのが当り前だ、もうよせ』
次の部屋に、お甲は背を向けて、坐っていた、どうにでもするがいいといったように、捨て鉢な姿で。
『お甲』
『なんですえ』
『酒でも𤏐けねえか』
『そこらにあるだろう、勝手に飲むなら飲んでおいで』
『そういうな、久し振りに、典馬が訪ねて来たものを』
『これが、人の家を訪ねるあいさつかい』
『怒るな、そっちにも、科があろう、火のない所に煙は立たない。蓬屋の後家が、子をつかって、戦場の死骸から、呑み代を稼ぐという噂は、たしかに、俺の耳へも入っていることだ』
『証拠をお見せ、どこにそんな証拠があって』
『それを、穿じり出す気なら、何も朱実に前触れさせておかぬ。野武士の掟がある手前、一応は、家捜しもするが、今度のところは大目に見て宥しているのだ。お慈悲だと思え』
『誰が、ばかばかしい』
『ここへ来て、酌でもしねえか、お甲』
『............』
『物好きな女だ、俺の世話になれば、こんな生活はしねえでもすむものを。どうだ、考え直してみちゃあ』
『御親切すぎて、恐ろしさが、身に沁みるとさ』
『嫌か』
『私の亭主は、誰に殺されたか、御存知ですか』
『だから、仕返ししてえなら、及ばずながら、おれも片腕を貸してやろうじゃないか』
『しらをお切りでないよ』
『なんだと』
『下手人は辻風典馬だと、世間であんなにいっているのが、おまえの耳には聞えないのか。いくら野武士の後家でも、亭主のかたきの世話になるほど、心まで落魄れてはいない』
『いったな、お甲』
にが笑いを注ぎこんで、典馬は、茶碗の酒を仰飲った。
『――その事は、口に出さない方が、てめえたち母娘の身のためだと、俺は思うが』
『朱実を一人前に育てたら、きっと仕返しをしてやるから、忘れずにいたがよい』
『ふ、ふ』
肩で笑っているのである。典馬は、あるたけの酒を呑みほすと、肩へ槍を立てかけて、土間の隅に立っている乾児の一人に、
『やい、槍の尻で、この上の天井板を五、六枚つッ刎ねてみろ』
と命じた。
槍の石突きを向けて、その男が、天井を突いて歩いた。板の浮いた𨻶間から、そこに隠しておいた雑多な武具や品物が落ちてきた。
『この通りだ』
典馬は、ぬっと立った。
『野武士仲間の掟だ、この後家をひきずり出して、みせしめ(私刑)にかけろ』
二
女一人だ、無造作にそう考えて、野武士たちは、そこへ踏み込んで行った、しかし、棒でも呑んだように、部屋の口に、突っ立ってしまった。お甲へ手を出すことを怖れるように。
『何をしている、早く、引きずり出して来いっ』
辻風典馬が、土間のほうで焦心っている、それでも、乾児の野武士たちと、部屋の中とは、じっと、睨み合いのかたちで、いつまでも埓があきそうもない。
典馬は舌打をして、自身でそこを覗いてみた。すぐお甲のそばへ近づこうとしたが、彼にも、そこの閾は越えられなかった。
炉部屋からは見えなかったが、お甲のほかに、二人の逞しい若者がそこにいたのだ。武蔵は黒樫の木剣を低く持って、一歩でも入って来たらその者の脛をヘシ折ろうと構えていたし、又八は、壁の陰に立って、刀を振りかぶり、彼らの首が入口から三寸と出たら、ばさりと斬ッて落そうと、撓めきッている。
朱実には怪我をさせまいとして、上の押入へでも隠したのか、姿が見えない。この部屋の戦闘準備は、典馬が炉ばたで酒をのんでいる間に整っていたのだ。お甲も、その後楯があるために、落着き払っていたのかも知れなかった。
『そうか』
典馬は思い出して呻いた。
『いつぞや、朱実と山を歩いていた若造があった。一人はそいつだろう、あとは何者だ』
『............』
又八も武蔵も、一切口は開かなかった。ものは腕でいおうという態度だ。それだけに、不気味なものを漂わせている。
『この家に、男気はねえ筈だ、察するところ、関ケ原くずれの宿無しだろう、下手な真似をすると、身の為にならねえぞ』
『............』
『不破村の辻風典馬を知らぬ奴は、この近郷にないはずだ、落人の分際で、生意気な腕だて、見ていろ、どうするか』
『............』
『やいっ』
典馬は、乾児たちをかえりみて手を振った、邪魔だから退いていろというのである。あとさがりに、側をはなれた乾児の一人は、炉の中へ、足を突っこんで、あっといった。松薪の火の粉と煙が、天井を摶ち、いちめんの煙となった。
凝と、部屋の口を睨めすえていた典馬は、くそっ、と吠えながら、猛然、その中へ突入した。
『よいしょっ』
持ち構えていた又八は、とたんに両手の刀を揮り降ろしたが、典馬の勢いは、その迅さも及ばなかった。彼の刀の鐺のあたりを、又八の刀が、かちっと打った。
お甲は、隅へ退いて立っていた、その跡の位置に、武蔵は黒樫の木剣を横に撓めて待っていた、そして典馬の脚もとを目がけて、半身を投げ出すように烈しく払った。
――空間の闇が、びゅっと鳴る。
すると相手は、身をもって、岩みたいな胸板をぶつけて来た。まるで大熊に取っ組まれた感じだ、かつて武蔵が出会ったことのない圧力だった。咽喉に、拳を置かれて、武蔵は、二つ三つ撲られていた、頭蓋骨が砕けたかと思うほどこたえる、然し、じっと蓄えていた息を、満身から放つと、辻風典馬の巨きな体は、宙へ足を巻いて、家鳴と共に壁へぶつかった。
三
こいつと見こんだら決して遁さない――嚙ぶりついてもあいてを屈伏させる――又、生殺しにはしておかない、徹底的に、やるまでやる。
武蔵の性格は、元来そういう質なのだ、幼少からのことである、血液の中に、古代日本の原始的な一面を濃厚に持って生れて来たらしい、それは純粋なかわりに甚だ野性で、文化の光にも磨かれていないし、学問による知識ともまだなっていない生れながらのままのものだった。真の父親の無二斎でさえ、この子を余り好かなかったのは、そういう所に原因していたらしい。その性質を撓めるために、無二斎がたびたび加えた武士的な折檻は、かえって、豹の子に牙をつけてやったような結果を生んでしまったし、村の者が、乱暴者と、嫌えば嫌うほど、この野放しな自然児は、いよいよ逞しく伸び、人も無げに振舞い、郷土の山野をわがもの顔にしただけではあき足らないで、大それた夢をもって、ついに関ケ原までも出かけて来たものだった。
関ケ原は、武蔵にとって、実社会の何ものかを知った第一歩だった。見事にこの青年の夢はペシャンコに潰れた。――然し、もともと裸一貫なのだ、それが為に、青春の一歩につまずいたとか、前途が暗くなったとか、そんな感傷は、今のところみじんも無い。
しかも、今夜は思いがけない餌にありついた。野武士の頭だという辻風典馬だ。こういう敵にめぐりあいたいことを、彼は関ケ原でもどんなに願っていたことか。
『卑怯っ、卑怯っ、やあいっ、待てえっ!』
こう呼ばわりながら、彼は、真っ暗な野を韋駄天のように駈けている――
典馬は、十歩ほど前を、これも宙を飛んで逃げてゆくのだった。
武蔵の髪の毛は逆立っていた、耳のそばを、風がうなって流れる、愉快のなんのって、たまらない快感だった、武蔵の血は、身の駈けるほど、獣に近い欣びにおどった。
――ぎゃっッ。
彼の影が、典馬の背へ、重なるように躍びかかったと見えた時に、黒樫の木剣から、血が噴いて、こうもの凄い悲鳴が聞えた。
もちろん辻風典馬の大きな体は、地ひびきを打って、転がったのだ。頭蓋骨は、こんにゃくのように柔らかになり、二つの眼球が、顔の外へ浮かびだしていた。
二撃、三撃と、つづけさまに木剣を加えると、折れたあばら骨が、皮膚の下から白く飛びだした。
武蔵は、腕を曲げて、額を横にこすった。
『どうだ、大将......』
颯爽と、一顧して、彼はすぐ後へ戻って行くのである。なんでもない事のようだった。もし先が強ければ、自分が後に捨てられてゆくだけの事としかしていなかった。
『――武蔵か』
遠くで又八の声がした。
『おう』
と、のろまな声をだして、武蔵が見まわしていると、
『――どうした?』
駈けてくる又八の姿が見えた。
『殺った。......おぬしは』
答えて、問うと、
『俺も、――』
柄糸まで血によごれたものを武蔵に示して、
『あとの奴らは、逃げおった、野武士なんて、みんな弱いぞ』
肩を誇らせて、又八はいう。
血をこねまわしてよろこぶ嬰児にひとしい二人の笑い声だった。血の木剣と、血の刀をぶらさげた儘、元気に何か語りあいながら、やがて、彼方に見える蓬の家の一つ灯へ向って帰って行くのであった。
四
野馬が、窓へ首を入れて、家の中を見まわした。鼻を鳴らして、大きな息をしたので、そこに寝ていた二人は眼をさました。
『こいつめ』
武蔵は、馬の顔を、平手で撲った。又八は、拳で天井を突きあげるような伸びをしながら、
『アア、よく寝た』
『陽が高いな』
『もう日暮れじゃないか』
『まさか』
ひと晩眠ると、もう昨日のことは頭にない、今日と明日があるだけの二人である。武蔵は、早速、裏へとびだして、もろ肌をぬぎ出した。清冽な流れで体を拭き、顔を洗い、太陽の光と、深い空の大気を、腹いっぱい吸いこむように仰向いていた。
又八は又八で、寝起きの顔を持った儘、炉部屋へ行って、そこにいるお甲と朱実へ、
『おはよう』
わざと、陽気にいって、
『おばさん、いやに鬱いでいるじゃないか』
『そうかえ』
『どうしたんだい、おばさんの良人を打ったという辻風典馬は、打ち殺してくれたし、その乾児も、懲してやったのに、鬱いでいることはなかろうに』
又八の怪訝るのはもっともだった。典馬を討ってやったことはどんなに、この母娘から欣ばれることだろうと期待していたのに、ゆうべも、朱実は手をたたいて喜んだが、お甲は、かえって不安な顔を見せた。
その不安を、今日まで持ち越して、炉ばたに沈みこんでいるのが、又八には、不平でもあるし、わけがわからない――
『なぜ。なぜだい、おばさん』
朱実の汲んでくれた渋茶をとって、又八は膝をくむ。お甲は、うすく笑った、世間を知らない若者のあらい神経を羨むように。
『――だって、又さん、辻風典馬にはまだ何百という乾児があるんだよ』
『あ、わかった。――じゃあ奴らの仕返しを、恐がっているんだな、そんな者がなんだ、俺と武蔵がおれば――』
『だめ』
軽く手を振った。
又八は、肩を盛りあげて、
『だめな事はない、あんな虫けら、幾人でも来い、それとも、おばさんは、俺たちが弱いと思っているのか』
『まだ、まだ、お前さん達は、わたしの眼から見ても、嬰ン坊だもの。典馬には、辻風黄平という弟があって、この黄平がひとり来れば、お前さん達は、束になっても敵わない』
これは又八にとって心外なる言葉であった。けれど、だんだんと後家の話すところを聞くと、そうかなあと思わぬこともない。辻風黄平は、木曾の野洲川に大きな勢力を持っているばかりでなく、また兵法の達人であるばかりでなく、乱波(忍者)の上手で、この男が殺そうと狙けねらった人間で天寿を全うしている者はかつてなかった。正面から名乗ってくるなら防ぎもなろうが、寝首搔きの名人には、防ぎがないというのである。
『そいつは、苦手だな、おれのような寝坊には......』
又八が、腮をつまんで考えこむと、お甲は、もうこうなっては仕方がないから、この家をたたんで、どこか、他国へ行って暮すほかはない、ついては、おまえさん達二人はどうするかといいだした。
『武蔵に、相談してみよう。――どこへ行ったろ、あいつめ』
戸外にも、いなかった、手をかぜして遠くを見ると、今し方、家のまわりにうろついていた野馬の背にとび乗って伊吹山の裾野を乗りまわしている武蔵のすがたが、遙に、小さく見えた。
『のん気な奴だな』
又八は、つぶやいて、両手を口にかざした。
『おおいっ。帰って来いようっ』
五
枯れ草のうえに、二人は寝ころんだ。友達ほどいいものはない、寝ころびながらの相談もいい。
『じゃあ、俺たちは、やっぱり故郷へ帰ると決めるか』
『帰ろうぜ。――いつまで、あの母娘と一しょに暮しているわけにもゆくまい』
『ウム』
『女はきらいだ』
武蔵が、いうと、
『そうだな、そうしよう』
又八は、仰向けにひっくり返った。そして青空へ向って、どなるように、
『――帰ると決めたら、急に、おら、お通の顔が見たくなった!』
脚を、ばたばたさせて、
『畜生、お通が、髪の毛を洗った時のような雲があるぞ』
と、空を指さす。
武蔵は、自分の乗りすてた野馬の尻を見ていた、人間なかまでも、野に住む者の中にいい性質があるように、馬も野馬は気だてがよい、用がすめば、何も求めず、勝手にひとりでどこへでも行ってしまう。
むこうで、朱実が、
『御飯ですようっ――』
と、呼ぶ。
『飯だ』
二人は起き上って、
『又八、馳競ッこ』
『くそ、負けるか』
朱実は、手をたたいて、草ぼこりを立てて駈けてくる二人を迎えた。
――だが、朱実は、午すぎから急に沈んでいた、二人が、故郷へ帰ると決めたことを聞いてからである。二人が家庭に交じってからの愉快な生活を、この少女は、この先も長いものと思っていたらしかった。
『お馬鹿ちゃんだよ、お前さんは、何をメソメソしているのだえ』
夕化粧をしながら、後家のお甲は、叱っていた、そして、炉ばたにいた武蔵を、鏡の中から、睨みつけた。
武蔵はふと、前の晩の、枕元へ迫った後家のささやきと、甘酸い髪の香をおもいだして、横を向いた。
横には、又八がいた、酒の壺を棚から取って、自分の家の物のように勝手に酒瓶へうつしているのだ、今夜はお別れだから大いに飲もうというのである。後家の白粉は、いつもより念入りだった。
『あるったけ飲んでしまおうよ。縁の下に残して行ったってつまらない』
酒壺を三つも倒した。
お甲は、又八にもたれかかって、武蔵が顔をそむけるような悪ふざけをして見せた。
『あたし...もう歩けない』
又八に甘えて、寝所まで、肩を借りて行く程だった。そして、面あてのように、
『武さんは、そこいらで、一人でお寝。――一人が好きなんだから』
と、いった。
いわれた通り武蔵はそこで横になってしまった。ひどく酔っていたし、夜もおそかったし、眼がさめたのは、もう、翌日の陽がカンカンあたっている頃だった。
――起き出て、彼がすぐ気づいたことは、家の中が、がらんとしていることだった。
『おや?』
きのう朱実と後家がひとまとめにしていた荷物がない、衣裳も、履物も失くなっている。第一、その母娘のすがたばかりでなく、又八が見えないのだ。
『又八っ。......おいっ』
裏にも、小屋にも、いなかった。ただ開け放しになっている水口のしきい際に、後家のさしていた朱い櫛が一枚落ちていただけである。
『あ? ......又八め......』
櫛を鼻につけて嗅いでみた、おとといの晩の恐い誘惑をその香いは思い出させた、又八は、これに負けたのだ、なんともいえない淋しさが胸につきあげた。
『阿呆っ、お通さんを、どうする気か』
櫛を、そこへ、たたきつけた。自分の腹立たしさより、彼を故郷で待っているお通のために泣きたい気がする――
憮然として、いつまでも、台所にぶっ坐っている武蔵のすがたを見て、きのうの野馬が、のっそりと、軒下から顔を出した。いつものように、武蔵が鼻づらを撫でてやらないので、馬は、流し元にふやけている飯粒を舐めまわしていた。
花御堂
一
山また山という言葉は、この国において初めてふさわしい。
播州竜野口からもう山道である、作州街道はその山ばかりを縫って入る、国境の棒杭も、山脈の背なかに立っていた、杉坂を越え、中山峠を越え、やがて英田川の峡谷を足もとに見おろすあたりまでかかると、
(おやこんな所まで、人家があるのか)
と、旅人は一応そこで眼をみはるのが常だった。
しかも戸数は相当にある。川沿いや、峠の中腹や、石ころ畑や、部落の寄りあいではあるが、つい去年の関ケ原の戦の前までは、この川の十町ばかり上流には、小城ながら新免伊賀守の一族が住んでいたし、もっと奥には、因州境の志戸坂の銀山に、鉱山掘りが今もたくさん来ている。――また鳥取から姫路へ出る者、但馬から山越えで備前へ往来する旅人など、この山中の一町には、かなり諸国の人間がながれこむので、山また山の奥とはいえ、旅籠もあれば、呉服屋もあり、夜になると、白い蝙蝠のような顔をした飯盛女も軒下に見えたりする。
ここが、宮本村だった。
石を乗せたそれらの屋根が、眼の下に見える七宝寺の縁がわで、お通は、
『アア、もうじき、一年になる』
ぼんやり、雲を見ながら、考えていた。
孤児であるうえに、寺育ちのせいもあろう、お通という処女は、香炉の灰のように、冷たくて淋しい。
年は、去年が十六、許嫁の又八とは、一つ下だった。
その又八は、村の武蔵といっしょに、去年の夏、戦へとびだしてから、その年が暮れても、沙汰がなかった。
正月には――二月には――と便りの空だのみも、この頃は頼みに持てなくなった。もう今年の春も四月に入っているのだった。
『――武蔵さんの家へも、何の音沙汰がないというし......やっぱり二人とも、死んだのかしら』
偶々、他人に向って、嘆息をもらして訴えると、あたりまえじゃと、誰もがいう。ここの領主の新免伊賀守の一族からして、一人として、帰って来た者はいないのだ、戦の後、あの小城へ入っているのは、みな顔も見知らない徳川系の武士衆ではないかという。
『なぜ男は、戦になど行くのだろう。あんなに止めたのに――』
縁がわに坐りこむと、お通は、半日でもそうして居られた、さびしいその顔が、独りで物思うことを好むように。
きょうも、そうしていると、
『お通さん、お通さん』
誰かよんでいる。
庫裡の外だった。真っ裸な男が、井戸のほうから歩いてくる、まるで煤しにかけた羅漢である。三年か四年目には、寺へ泊る但馬の国の雲水で、三十歳ぐらいな若い禅坊主なのだ、胸毛のはえた肌を陽なたにさらして、
『――春だな』
独りでうれしそうにいう。
『春はよいが、半風子のやつめ、藤原道長のように、この世をばわがもの顔に振舞うから、一思いに今、洗濯したのさ。......だが、このボロ法衣、そこの茶の木には干しにくいし、この桃の樹は花ざかりだし、わしが生半可、風流を解する男だけに、干し場に困ったよ。お通さん、物干し竿あるか』
お通は、顔を紅らめて、
『ま......沢庵さん、あなた、裸になってしまって着物の乾くあいだ、どうする気です?』
『寝てるさ』
『あきれたお人』
『そうだ、明日ならよかった、四月八日の灌仏会だから、甘茶を浴びて、こうして居る――』
と、沢庵は、真面目くさって、両足をそろえ、天上天下へ指をさして、お釈迦さまの真似をした。
二
『――天上天下唯我独尊』
いつ迄もご苦労さまに、沢庵が真面目くさって、誕生仏の真似して見せているので、お通は、
『ホホホ、ホホホ。よく似あいますこと。沢庵さん』
『そっくりだろう、それもそのはず。わしこそは悉達多太子の生れかわりだ』
『お待ちなさい、今、頭から甘茶をかけてあげますから』
『いけない。それは謝まる』
蜂が、彼の頭をさしに来た。お釈迦さまは又、あわてて蜂へも両手をふり廻した。蜂は、彼のふんどしが解けたのを見て、その𨻶に逃げてしまった。
お通は、縁にうつ伏して、
『アア、お腹がいたい』
と、笑いがとまらずにいた。
但馬の国生れの宗彭沢庵と名のるこの若い禅坊主には、ふさぎ性のお通も、この青年僧の泊っているあいだは、毎日笑わずにいられない事が多かった。
『そうそうわたしは、こんなことをしてはいられない』
草履へ、白い足をのばすと、
『お通さん、どこへ行くのかね』
『あしたは、四月八日でしょう、和尚さんから、いいつけられていたのを、すっかり忘れていた。毎年するように、花御堂の花を摘んできて、灌仏会のお支度をしなければならないし、晩には、甘茶も煮ておかなければいけないでしょう』
『――花を摘みにゆくのか。どこへ行けば、花がある』
『下の庄の河原』
『いっしょに行こうか』
『たくさん』
『花御堂にかざる花を、一人で摘むのはたいへんだ、わしも手伝おうよ』
『そんな、裸のままで、見ッともない』
『人間は元来、裸のものさ、かまわん』
『いやですよ、尾いて来ては!』
お通は逃げるように、寺の裏へ駈けて行った。やがて負い籠を背にかけ、鎌を持って、こっそり裏門からぬけてゆくと、沢庵は、どこから捜してきたのか、ふとんでも包むような大きな風呂敷を体に巻いて、後から歩いてきた。
『ま......』
『これならいいだろう』
『村の人が笑いますよ』
『なんと笑う?』
『離れて歩いてください』
『うそをいえ、男と並んで歩くのは好きなくせに』
『知らない!』
お通は先へ駈け出してしまう。沢庵は、雪山から降りてきた釈尊のように、風呂敷のすそを翩翻と風にふかせながら、後から歩いて来るのであった。
『アハハハ、怒ったのかい、お通さん、怒るなよ、そんなにふくれた顔すると、恋人にきらわれるぞ』
村から四、五町ほどの下流の英田川の河原には、撩乱と春の草花がさいていた。お通は、負い籠をそこにおろして、蝶の群にかこまれながら、もうそこらの花の根に、鎌の先をうごかしている――
『平和だなあ』
青年沢庵は、若くして多感な――そして宗教家らしい詠嘆を洩らしてその側に立った。お通が、せっせと花を刈っている仕事には手伝おうともしないのである。
『......お通さん、おまえの今の姿は、平和そのものだよ。人間は誰でも、こうして、万華の浄土に生を楽しんでいられるものを、好んで泣き、好んで悩み、愛慾と修羅の坩堝へ、われから墜ちて行って、八寒十熱の炎に身を焦かなければ気がすまない。......お通さんだけは、そうさせたくないものだな』
三
菜のはな、春菊、鬼げし、野ばら、すみれ――お通は刈りとるそばから籠へ投げて、
『沢庵さん、人にお説教するよりは、自分の頭をまた蜂にさされないようにお気をつけなさいよ』
と、ひやかした。
沢庵は、耳も貸さない。
『ばか、蜂の話じゃないぞ、ひとりの女人の運命について、わしは釈尊のおつたえをいっているのだ』
『お世話やきね』
『そうそう、よく喝破した。坊主という職業は、まったく、おせッかいな商売にちがいない。だが、米屋、呉服屋、大工、武士――と同じように、これもこの世に不用な仕事でないから有ることも不思議でない。――抑々また、その坊主と、女人とは、三千年の昔から仲がわるい。女人は、夜叉、魔王、地獄使などと仏法からいわれているからな。お通さんとわしと仲のわるいのも、遠い宿縁だろうな』
『なぜ、女は夜叉?』
『男をだますから』
『男だって、女をだますでしょ』
『――待てよ、その返辞は、ちょっと困ったな。......そうそうわかった』
『さ、答えてごらんなさい』
『お釈迦さまは男だった......』
『勝手なことばかしいって!』
『だが、女人よ』
『オオ、うるさい』
『女人よ、ひがみ給うな、釈尊もお若いころは、菩提樹下で、欲染、能悦、可愛、などという魔女たちに憑きなやまされて、ひどく女性を悪観したものだが、晩年になると、女の御弟子も持たれている。竜樹菩薩は、釈尊にまけない女ぎらい......じゃアない......女を恐がったお方だが、随順姉妹となり、愛楽友となり、安慰母となり、随意婢使となり......これ四腎良妻なり、などと仰っしゃっている、よろしく男はこういう女人を選べといって、女性の美徳を讃えている』
『やっぱり、男のつごうのいいことばかりいってるんじゃありませんか』
『それは、古代の天竺国が、日本よりは、もっともっと男尊女卑の国だったからしかたがない。――それから、竜樹菩薩は、女人にむかって、こういうことばを与えている』
『どういうこと?』
『女人よ、おん身は、男性に嫁ぐなかれ』
『ヘンな言葉』
『おしまいまで聞かないでひやかしてはいけない。その後にこういう言葉がつく。――女人、おん身は、真理に嫁せ』
『............』
『わかるか。――真理に嫁せ。――早くいえば、男にほれるな、真理に惚れろということだ』
『真理って何?』
『訊かれると、わしにもまだ分っていないらしい』
『ホホホ』
『いっそ、俗にいおう、真実に嫁ぐのだな。だから都の軽薄なあこがれの子など孕まずに、生れた郷土で、よい子を生むことだな』
『また......』
打つ真似をして、
『沢庵さん、あなたは、花を刈る手伝いに来たんでしょう』
『そうらしい』
『じゃあ、喋舌ってばかりいないで、すこし、この鎌を持って下さい』
『おやすいこと』
『その間に、私は、お吟様の家へ行って、あした締める帯がもう縫えているかも知れないから、いただいて来ます』
『お吟様。アア、いつかお寺へ見えた婦人の邸か、おれも行くよ』
『そんな恰好で――』
『のどが渇いたのだ。お茶をもらおう』
四
もう女の二十五である、きりょうが醜いわけではなし、家がらはよいのだし、そのお吟に嫁入り話がないわけでは決してなかった。
もっとも、弟の武蔵が近郷きっての暴れんぼで、本位田村の又八か宮本村の武蔵かと、少年時代から悪太郎の手本にされているので、
(あの弟がいては)
と、縁遠いところも多少あったが、それにしてもお吟のつつましさや、教養を見こんで、ぜひ――という話は度々あった。しかしその都度、彼女の断る理由は、いつでも、
(弟の武蔵が、もすこし大人になるまでは、わたくしが、母となっていてやりとうございますから――)
という言葉であった。
兵学の指南役として新免家に仕えていた、父の無二斎がその新免という姓を主家からゆるされた盛りの時代に建てた屋敷なので、英田川の河原を下にした石築き土塀まわしの家構えは、郷士には過ぎたものであった。広いままに古びて、今では屋根には草あやめが生え、そのむかし十手術の道場としていた所の高窓と廂のあいだには、燕の糞が白くたかっていた。
永い牢人生活の後の貧しい中に父は死んで行ったので、召使もその後はいないが、元の雇人はみなこの宮本村の者ばかりなので、そのころの婆やとか仲間とかが、交る交るに来ては台所へ黙って野菜を置いて行ったり、開けない部屋を掃除して行ったり、水瓶に水をみたして行ったりして、衰えた無二斎の家を守っていてくれている。
今も――
誰か裏の戸をあけて入ってくる者があるとは思ったが、おおかたそれらの中の誰かであろうと、奥の一室に縫い物をしていたお吟は、針の手もとめずにいると、
『お吟さま。今日は――』
うしろへお通が来て、音もなく坐っていた。
『誰かと思ったら......お通さんでしたか。今、あなたの帯を縫っているところですが、あしたの灌仏会に締めるのでしょう』
『ええいそがしいところを、すみませんでした。自分で縫えばいいんですけれど、お寺のほうも、用が多くって』
『いいえ、どうせ、私こそ、ひまで困っているくらいですもの。......何かしていないと、つい、考えだしていけません』
ふと、お吟のうしろを仰ぐと、燈明皿に、小さな灯がまたたいていた。そこの仏壇には、彼女が書いたものらしく、
行年十七歳 新免武蔵之霊
同年 本位田又八之霊
ふたつの紙位牌が貼ってあり、ささやかな水と花とが捧げてあるのだった。
『あら......』
お通は、眼をしばたたいて、
『お吟様、おふたりとも、死んだという報らせが来たのでございますか』
『いいえ、でも......死んだとしか思えないではございませんか、私は、もうあきらめてしまいました。関ケ原の戦のあった九月十五日を命日と思っています』
『縁起でもない』
お通は、つよく顔を振って、
『あの二人が、死ぬものですか、今にきっと、帰って来ますよ』
『あなたは、又八さんの夢を見る? ......』
『え、なんども』
『じゃあ、やっぱり死んでいるのだ、私も弟の夢ばかり見るから』
『嫌ですよ、そんなことをいっては。こんなもの、不吉だから、剝がしてしまう』
お通の眼は、すぐ涙をもった。起って行って、仏壇の燈明をふき消してしまう。それでもまだ忌わしさが晴れないように、捧げてある花と水の器を両手に持って、次の部屋の縁先へ、その水をさっとこぼすと、縁の端に腰をかけていた沢庵が、
『あ、冷たい』
と、飛びあがった。
五
着ている風呂敷で、顔や頭のしずくをこすりながら、
『こらっ、お通阿女、なにをするか。この家で、茶をもらおうとはいったが、水をかけてくれとは誰もいわぬぞ』
お通は、泣き笑いに笑ってしまった。
『――すみません、沢庵さん、ごめんなさいませ』
謝まったり、機嫌をとったり、また、そこへ望みの茶を汲んで与えたりして、やがて奥へもどって来ると、
『誰ですか、あの人は』
と、お吟は、縁のほうを覗いて、眼をみはっていた。
『お寺に泊っている若い雲水さんです。ほら、いつか、あなたが来た時に、本堂の陽あたりで、頰づえをして寝そべっていたでしょう。その時、わたしが、何をしているんですかと訊ねると、半風子に角力をとらせているんだと答えた汚い坊さんがあったじゃありませんか』
『あ......あの人』
『え、宗彭沢庵さん』
『変り者ですね』
『大変り』
『法衣でもなし、袈裟でもなし、何を着ているんです、いったい』
『風呂敷』
『ま......。まだ若いのでしょう』
『三十一ですって。――けれど、和尚さまに訊くと、あれでも、とても偉い人なんですとさ』
『あれでもなんていうものではありません、人はどこが偉いか、見ただけでは分りませんからね』
『但馬の出石村の生れで十歳で沙弥になり、十四歳で臨済の勝福寺に入って、希先和尚に帰戒をさずけられ、山城の大徳寺からきた碩学について、京都や奈良に遊び、妙心寺の愚堂和尚とか泉南の一凍禅師とかに教えをうけて、ずいぶん勉強したんですって』
『そうでしょうね。どこか、違ったところが見えますもの』
『――それから、和泉の南宗寺の住持にあげられたり、また、勅命をうけて、大徳寺の座主におされたこともあるんだそうですが、大徳寺は、たった三日いたきりで飛びだしてしまい、その後、豊臣秀頼さまだの、浅野幸長さまだの、細川忠興さまだの、なお公卿方では鳥丸光広さまなどが、しきりと惜しがって、一寺を建立するから来いとか、寺禄を寄進するからとどまれとかいわれるのだそうですが、本人は、どういう気持ちか分りませんが、ああやって、半風子とばかり仲よくして、乞食みたいに、諸国をふらふらしているんですって。すこし、気が狂しいんじゃないんでしょうか』
『けれど、向うから見れば、私たちのほうが気が変だというかも知れません』
『ほんとに、そういいますよ。私が、又八さんのことを思い出して、独りで泣いていたりしていると......』
『でも、面白い人ですね』
『すこし、面白すぎますよ』
『いつ頃までいるんです?』
『そんなこと、わかるもんですか、いつも、ふらりと来て、ふらりと消えてしまう。まるで、どこの家でも、自分の住居と心得ている人ですもの』
縁がわの方から、沢庵は、身をのばして、
『聞えるぞ、聞えるぞ』
『悪口をいっていたのじゃありませんよ』
『いってもよいが、なにか、あまいものでも出ないか』
『あれですもの、沢庵さんと来たひには』
『なにが、あれだ、お通阿女、お前のほうが、虫も殺さない顔して、その実、よほど性が悪いぞ』
『なぜですか』
『人にカラ茶をのませておいて、のろけをいったり泣いたりしている奴があるかっ』
六
大聖寺の鐘が鳴る。
七宝寺のかねも鳴る。
夜が明けると早々から、午過ぎも時折、ごうんごうんと鳴っていた。赤い帯をしめた村の娘、商家のおかみさん、孫の手をひいてくる老婆たち。ひっきりなし寺の山へ登って来た。
若い者は、参詣人のこみあっている七宝寺の本堂をのぞき合って、
『いる、いる』
『きょうは、よけいに綺麗にして』
などと、お通のすがたを見て、囁いて行く。
きょうは灌仏会の四月八日なので、本堂の中には菩提樹の葉で屋根を葺き、野の草花で柱を埋めた花御堂ができていた、御堂の中には甘茶をたたえ、二尺ばかりの釈尊の黒い立像が天上天下を指さしている、小さな竹柄杓をもって、その頭から甘茶をかけたり、また、参詣人の求めに応じて、順々にさし出す竹筒へ、その甘茶を汲んでやっているのは、宗彭沢庵であった。
『この寺は、貧乏寺だから、おさい銭はなるべくよけいにこぼして行きなよ。金持は、なおのことだ、一杓の甘茶に、百貫の金をおいてゆけば、百貫だけ苦悩がかるくなることはうけあいだ』
花御堂を挾んで、その向って左側にお通は塗机をすえて坐っていた、仕立ておろしの帯をしめ、蒔絵のすずり箱をおき、五色の紙に、禁厭の歌をかいて、それを乞う参詣者に頒けているのである。
ちはやふる
卯月八日の吉日
かみさげ虫を
成敗ぞする
家の中へこの歌を貼っておくと、虫除けや悪病よけになるとこの地方ではいい伝えている。
もう手くびの痛くなるほど、お通は、同じ歌を何百枚もかいた、行成風のやさしい文体が少しくたびれかけていた。
『沢庵さん』
――と彼女はすきを見ていった。
『なんじゃい』
『あまり、人様に、おさい銭の催促をするのはよして下さい』
『金持にいっているんだよ、金持の金をかるくしてやるのは、善の善なるものだ』
『そんなことをいって、もし今夜、村のお金持の家へ泥棒でも入ったらどうしますか』
『......そらそら、すこしすいたと思ったらまた参詣人が混んで来たよ。押さないで、押さないで――おい若いの――順番におしよ』
『もし、坊さん』
『わしかい?』
『順番といいながら、おめえは、女にばかり先へ汲んでやるじゃないか』
『わしも女子は好きだから』
『この坊主、極道者だ』
『えらそうにいうな、お前たちだって、甘茶や虫除けが貰いたくて来るんじゃあるまい、わしには、分っている、お釈迦さまへ掌をあわせに来るのが半分で、お通さんの顔を拝みにくる奴が半分。お前らも、その組だろう。――こらこらおさい銭をなぜおいてゆかん、そんな料簡では、女にもてないぞ』
お通は、真っ紅になって、
『沢庵さん、もういいかげんにしないと、ほんとに私、怒りますよ』
と、いった。
そして、疲れた眼でも休めるように、ぼんやりしていたが、ふと、参詣人の中に見えた一人の若者の顔へ、
『あっ......』
と口走ると、指の間から筆を落した。
彼女が、起つと共に、彼女の見た顔は、魚のように、すばやく潜んでしまった。お通は、われを忘れて、
『武蔵さんっ、武蔵さんっ......』
廻廊のほうへ駈けて行った。
野の人たち
一
ただの百姓ではない、半農半武士だ、いわゆる郷士なのである。
本位田家の隠居は、きかない気性の老母だった、又八のおふくろに当る人だ、もう六十ぢかいが、若い者や小作の先に立って野良仕事に出かけ、畑も打てば、麦も踏む、暗くなるまでの一日仕事を了えて帰るにも、手ぶらでは帰らない、腰の曲った体のかくれるほど、春蚕の桑の葉を背負いこんで、なお、夜業に飼蚕でもやろうという位なお杉婆あさんであった。
『おばばアー』
孫の鼻たらしが、畑のむこうから、素はだしで来るのを見かけて、
『おう、丙太よっ、汝れ、お寺へ行ったのけ?』
桑畑から腰をのばした。
丙太は、躍って来て、
『行ったよっ』
『お通さん、いたか』
『いた。きょうはな、おばば、お通姉さんは美麗な帯をして、花祭りしていた』
『甘茶と、虫除けの歌を、もろうて来たか』
『ううん』
『なぜもろうて来ぬのだ』
『お通姉さんが、そんな物はいいから、はやくおばばに知らせに、家へ帰えれというたんや』
『何を知らせに?』
『河向いの武蔵がなよ、今日の花祭りに歩いていたのを、お通姉さんが見たのだとよ』
『ほんとけ?』
『ほんとだ』
『............』
お杉は眼をうるませて、息子の又八のすがたが、もうそこらに見えてでもいるように見まわした。
『丙太、汝れ、おばばに代って、ここで桑摘んどれ』
『おばば、どこへゆくだ』
『邸へ、帰ってみる。新免家の武蔵がもどっているなら、又八も、邸へ帰えっているにちがいなかろう』
『おらも行く』
『阿呆、来んでもええ』
大きな樫の木にかこまれた土豪の住居である。お杉は、納屋の前へ駈けこむと、そこらに働いている分家の嫁や、作男に向って、
『又八が、帰って来たかよっ』
と、怒鳴った。
みんな、ぽかんとして、
『うんにゃ』
と、首を振った。
しかし、この老母の興奮は、人々のいぶかるのを、間抜けのように叱りつけた。息子はもう村へ帰っているのだ。新免家の武蔵が村をあるいている以上、又八も一緒にもどって来ているに違いない、早くさがして邸へ引っぱって来いと命じるのだった。
関ケ原の合戦の日を、ここでも大事な息子の命日として悲しんでいたところだった、わけてもお杉は、又八が可愛くて、眼の中へでも入れてしまいたい程なのだった、又八の姉には聟を持たせて分家させてあるので、その息子は、本位田家の後継息子でもあった。
『見つかったかよっ?』
お杉は、家を出たり入ったりして、繰返し繰返し訊ねていた。――やがて日が暮れると、先祖の位牌に、燈明をともして、何か念じるように、その下に坐っていた。
夕飯もたべずに、家の者は皆、出払っていた、夜になっても、その人々からの吉報はなかなか聞かれなかった。お杉はまた、暗い門口へ出て、立ちとおしていた。
水っぽい月が、邸のまわりの樫の梢にあった、後の山も、前の山も白い霧につつまれ、梨畑の花から甘い香がただよってくる。
その梨畑の畦から、誰か歩いてくる影が見えた、息子の許嫁であると分ると、お杉は手をあげた。
『――お通かよ?』
『おばば様』
お通は、濡れ草履の音を重そうに、走り寄ってきた。
二
『お通。――おぬし、武蔵のすがたを見たそうだが、ほんとけ?』
『え。たしかに武蔵さんなんです、七宝寺の花祭りに見えました』
『又八は、見えなんだかよ』
『それを訊こうと思って、急いで呼ぶと、なぜか、隠れてしまったんです。元から武蔵さんていう人は、変わっている人ですが、なんで、私が呼ぶのに逃げてしまったのかわかりません』
『逃げた? ......』
お杉は、首をかしげた。
わが子の又八を、戦へ誘惑したものは、新免家の武蔵であるといって、常々、恨んでいたこの老母は、何か、邪推でもまわしているらしく考えこんでいた。
『あの、悪蔵め......、ことによると、又八だけを死なして、おのれは、臆病かぜに吹かれて、ただ一人のめのめと帰って来たのかも知れぬ』
『まさか、そんなことはないでしょう。そうならばそうといって、何か遺物でも持って来てくださるでしょうに』
『なんのいの』
老母は、つよく、顔を振った。
『彼奴が、そんなしおらしい男かよ。又八は、悪い友達を持ちおったわ』
『ばば様』
『なんじゃ?』
『私の考えでは、きっと、お吟様の邸へゆけば、今夜はそこに武蔵さんもいるだろうと思いますが』
『姉弟じゃもの、それやいるだろう』
『これから、ばば様と二人して、訪ねて行ってみましょうか』
『あの姉も姉、自分の弟が、わしがとこの息子を戦に連れ出して行ったのを承知しながら、その後、見舞にも来ねば、武蔵がもどったと知らせても来おらぬ。何も、わしの方から出向くすじはないわ。新免から来るのが当りまえじゃ』
『でも、こんな場合ですし、一刻もはやく武蔵さんに会って、細かい様子も聞きとうございます。あちらへ参った上の挨拶はわたしがいたしますから、おばば様も御一緒に来てくださいませ』
お杉は渋々、承知した。
そのくせ息子の安否を知りたいことは、お通にも劣らないほどだった。
そこから十二、三町はある、新免家は河向うだった。その河を挾んで本位田家も古い郷士だし、新免家も赤松の血統だし、こういうことのない前から、暗黙のうちに、対峙している間がらであった。
門は閉まっていた、灯りもみえないほど樹立ちがふかい。お通が裏口へまわろうというと、お杉は、
『本位田の老母が、新免を訪ねるのに、裏口から入るような弱味は持たぬ』
と、動かないのである。
やむなく、お通だけ裏へ廻って行った。しばらく経つと、門のうちに灯りがさした。お吟も出て来て迎え入れる。野良で畑を耕やしているお杉とは打って変って、
『夜中じゃが、捨ておかれぬことゆえに、出向いて来ましたぞよ。お迎え、御大儀じゃ』
と、高い気位と言葉にも権式を取って、ずっと、新免家の一間へ上った。
三
荒神様のお使のように、お杉はだまって上座へ坐った。お吟のあいさつを鷹揚にうけて、すぐ、
『おまえの家の、悪蔵がもどって来たそうじゃが、ここへ、呼んでおくりゃれ』
と、いった。
藪から棒だ、お吟は、
『悪蔵とは、誰のことでございまするか』
と、訊きかえした。
『ホ、ホ、ホ。これは口が辷った。村の衆がそういうので、婆もつい染まったとみゆる。悪蔵とは、武蔵のこと、戦から帰って、ここに隠れておろうがの』
『いいえ......』
肉親の弟のことを、ずけずけいわれたので、お吟は白けた顔に唇を嚙んだ。お通は気の毒になって、武蔵のすがたを、今日の灌仏会で見かけたと側から告げて、
『ふしぎでございますね、ここへも来ないとは?』
と双方の間をとりなした。
お吟は、苦しげに、
『......来ておりません、姿を見せたなら、そのうちには、参りましょうが』
すると、お杉の手が、とんと畳をたたいた、そして、舅のような恐い顔していった。
『なんじゃ、今のいい草は。そのうちに参りましょうで、よう済ましていられたもの。抑々、わしがとこの息子を唆かして、戦へつれ出したは、ここの悪蔵じゃないか。又八はな、本位田の家にとっては、大事な大事な、後継じゃぞ。それを――わしの眼をぬすんで誘き出したばかりか、おのれ一人、無事にもどって来て済むものか。......それもよい、なぜ、挨拶に来さっしゃらぬ、自体この新免家の姉弟は、小癪にさわる、この婆を何と思うて居なさるのじゃ。さっ......おのれが家の武蔵が帰って来たからには、又八も、ここへ帰してくだされ、それが出来ねば、悪蔵めをここへすえて、又八の安否と落着きをこの婆に得心がなるように聞かしてもらいましょう』
『でも、その武蔵がおりませぬことには』
『白々しい。おぬしが、知らぬはずはない』
『御難題でございます』
お吟は、泣き伏してしまった。父の無二斎がいるならばと、すぐ胸の裡では思うのだった。
と、その時、縁側の戸が、がたっと鳴った。風ではない、はっきり、戸の外には人の跫音らしい気配がしたのである。
『おやっ?』
お杉が、眼を光らすと、お通はもう起ちかけていた。――途端に次の物音は、絶叫だった、人間の発しる声のうちでは最も獣に近い呻きであった。
つづいて、何者かが、
『――あッ、捕まえろっ』
迅い烈しい足音が、邸のまわりを駈け出した。樹の折れるような音――藪の揺れて鳴る音――足音は一人や二人のものではない。
『武蔵じゃ』
お杉は、そういって、ぬっと立った。泣き伏しているお吟の襟元を睨みつけて、
『いるのじゃ! 見え透いた事をこの女は、婆に隠しくさる。なんぞ理があろう、覚えて居やい』
歩いて、縁側の戸を開けた。そして外をのぞくと、お杉は、土気いろに顔を変えた。
脛へ具足を当てた一人の若者が仰向けになって死んでいたのである。口や鼻から鮮血をふき出している無残な態から見ると、何か木剣のような物で、一撃の下に、打ち殺されたものらしかった。
四
『た......誰じゃ......誰かここに殺されているがの』
お杉のただ事でない顫き声に、
『えっ?』
お通は、縁側まで行燈を提げて出た。お吟も怖々大地をのぞいてみた。
死骸は、武蔵でもなし又八でもなかった。この辺に見馴れない武士なのだ。戦慄のうちにも、ほっとしたように、
『下手人は、何者じゃろう?』
お杉は、呟いて、それから急にお通へ向って、関りあいになるとつまらないから帰ろうといい出した。お通は、この老母が息子の又八を盲愛する余り、ここへ来ても酷いことばをいいちらしたのみで、お吟が可哀そうでならなかった。何か事情もあろうと思うし、慰めてやりたいので、自分は後から帰るというと、
『そうか。勝手にしやい』
膠もなく、お杉はひとりで玄関から出て行った。
『お提燈を』
と、お吟が親切にいうと、
『まだ、本位田家の婆は、提燈を持たねば歩かれぬほど、耄碌はしておらぬ』
と、いう。
まったく、若い者にも負けない気の老母だった。外へ出ると、裾を端折って夜露のふかい中をてくてくともう歩み出して行く。
『婆。ちょっと待て』
新免家を出ると、すぐ呼びとめた者がある。彼女のもっとも怖れていた関り合いがもう来たのだ。人影は陣太刀を横たえ、半具足で手足をかためている、この村に見かけない堂々とした武士である。
『そちは、今、新免家から出て来たな』
『はい、左様でござりますが』
『新免家の者か』
『とんでもない』
あわてて、手を振った。
『わしは、河向いの郷士の隠居』
『では、新免武蔵と共に、関ケ原へ戦に出た本位田又八の母か』
『されば。......それも伜が好んで行ったのではなく、あの悪蔵めに騙されたのでおざりまする』
『悪蔵とは』
『武蔵のやつで』
『さほどに、村でもよくいわぬ男か』
『もうあなた様、手のつけられぬ乱暴者でござりましての、伜があんな人間とつき合うたため、わたしどもまで、どれほど泣きを見たことやら』
『そちの息子は、関ケ原で死んだらしいな。然し、悔やむな、敵はとってやる』
『あなた様は?』
『それがしは、戦の後、姫路城の抑えに参った徳川方の者だが、主命をおびて、播州境に木戸を設け往来人を検めていたところ、此邸の――』
と、うしろの土塀を指さして、
『武蔵と申す奴が、木戸を破って逃げおった。その前から、新免伊賀守の手について、浮田方へ荷担した者とわかっている故、この宮本村まで追いつめて来たところじゃ。――したがあの男、おそろしく強い、数日来、追い歩いて、疲れるのを待っているが、容易には捕まらん』
『ア......それで』
お杉は、うなずいた。武蔵が、七宝寺へも、姉の側へも立ち寄らない理が解けた。同時に、息子の又八は帰らずに、彼のみ生きて帰ったことが、憤ろしかった。
『旦那様......なんぼ、武蔵が強うても、捕まえるのは、易いことではございませぬか』
『何せい人数が少いのだ。今も今とて、彼奴のために、一人、打ち殺されたし......』
『婆に、よい智慧がありますのじゃ、そっと、耳をお貸しなされ......』
五
どんな策を、囁いたのであろうか。
『む! 成程な』
姫路城から国境の目付に来ているその武士は大きくうなずいた。
『首尾ようおやりなされよ』
お杉婆は、煽動するようにいって、立ち去った。
――間もなく。その武士は、新免家の裏手に、十四、五名の人数をまとめていた。何か、密かにいい渡して、やがて塀をこえて邸のうちへなだれこんだ。
若い女同志の――お通とお吟とが――お互いの薄命でも語らい合っていたのか、更けた燈りの下に涙をぬぐい合っている所へであった。人数は土足のまま、両方の襖から入り込んで来て、部屋へいっぱい立ち塞がった。
『......あっ?』
お通は蒼ざめて、おののいたきりだったが、さすがに無二斎の娘であるお吟は却ってきびしい眼でその人人を見つめた。
『武蔵の姉はどっちだ』
一人がいうと、
『私ですが』
と、お吟はいって、
『邸のうちへ、無断で、何事でござりますか、女住居と思うて、無礼な所作などあそばすと、ゆるしてはおかれませぬぞ』
膝がしらを向けて責めると、先刻、お杉と立ち話しを交した組頭らしい武士が、
『お吟は、こっちだ』
と、彼女の顔を指さした。
屋鳴と同時に燈りが消えた。お通は悲鳴をあげて庭先へまろび落ちた。理不尽でもあるし、突然な狼籍ぶりだ、お吟ひとりに向って、十名以上の大の男が押しかぶさって来て繩にかけようとするのである。お吟はそれに対して女とも思われない壮烈な抵抗を見せているのだった。――然しそれも一瞬だった。ねじ伏せられて、足蹴にされているらしい。――
たいへんだっ。
どこを走って来たのか自分でもわからないが、とにかく深夜の道を、お通は七宝寺の方へ向って、裸足のまま人心地もなく駈けていた。平和に馴れてきた処女の胸には、この世が顚動したような衝撃だった。
寺のある山の下まで来ると、
『お。お通さんではないか』
樹蔭の石に腰をおろしていた人影が起って来ていった。宗彭沢庵なのである。
『こんな遅くまで帰らないことはないのに、どうしたかと思って、捜していた所だった。おや、跣で? ......』
彼女の白い足へ眼を落すと、お通は、泣きながらその胸へとびついて訴えた。
『沢庵さん、大変です、アア、どうしよう』
沢庵は、相変らず、
『大変? ......世の中に大変なんていうことがそうあるだろうか。まあ、落着いて、理を聞かせなさい』
『新免家のお吟さんが捕まって行きました。......又八さんは帰って来ないし、あの親切なお吟様は捕まってゆくし。......わ、わたし、これから先......ど、どうしたらいいんでしょう』
泣きじゃくって、いつまでも沢庵の胸に身をふるわせていた。
茨
一
土も草も大地は若い女のような熱い息をしている、むしむしと顔の汗からも陽炎が立ちそうである。そして、ひそりとした春の昼中。
武蔵はひとり歩いていた。自己の対象となる何物もない山の中を、いらいらした眼つきを持ち、例の黒樫の木剣を杖に持ってである。彼はひどく疲れているらしかった。禽が飛んでも、すぐ鋭い眸がそれに動く。動物的な官能と猛気が、泥や露に汚れ果てた全身に漲っていた。
『畜生っ......』
誰にとはなく、こう呪い呟くと、やり場のない憤りが、ふいに木剣をうならせて、
『えいッ!』
太い生木の幹を、パッと割った。
木の裂け目から白い樹乳がながれた、母の乳を思いだしたか、凝と目を注いでいた。母のいない故郷は、山も河もたださびしかった。
『おれを、この村の者は、何で目の仇にするんだ。――おれの姿を見れば、すぐ山の関所へ告げ口するし、おれの影を見れば、狼に出会ったようにこそこそ逃げてしまう......』
彼は、この讃甘の山に、今日で四日も隠れていた。
ひる霞のあなたには、先祖以来の――そして孤独の姉がいる邸が望まれるし、すぐ麓の樹の中には七宝寺の屋根がしずかに沈んで見える――
だが、そのどっちへも、彼は近づき得ないのである。灌仏会の日に、人ごみに紛れて、お通の顔を見に行ったが、お通が、大きな声で自分の名を群衆の中でよんだので、発見されたら、彼女へも禍がかかるし、自分も、捕まってはならぬと思って、あわてて姿を晦ましてしまった。
晩になって、姉のいる邸へもそっと訪ねて行ったが、折悪く又八の母が来ていた。又八の事を訊かれたら何といおう、自分だけが帰って来て、あの老母に何と詫びようかなどと、外にたたずんだ儘、姉のすがたを戸の𨻶間からのぞき見して惑っているうちに、張り込んでいた姫路城の武士たちに見つかってしまい、言葉もひとつ交さぬうち、姉の邸からも逃げ退かなければならなかった。
それ以来は、この讃甘の山から見ていると姫路の武士たちが、自分の立ち廻りそうな道を、血眼になって捜し歩いている様子だし、村の者も結束して、毎日、あの山この山と、山狩をして自分を捕まえようとしているらしく思われる。
『......お通さんだって、俺を、どう考えているか?』
武蔵は、彼女にさえも、疑心暗鬼を持ち始めた、故郷のあらゆる人間が、敵となって、自分の四方を塞いでいるように疑われて来るのだった。
『お通さんには、又八がこういう理由で帰らなくなったのだと、ほんとのことは、いい難い。......そうだ、やっぱり又八のおふくろに会って告げよう。それさえ果せば、こんな村に、誰がいてやるか』
武蔵は腹をきめて、歩みかけたが、明るいうちは里へ出られなかった。小石をつぶてにして、小鳥を狙い撃ちに落し、すぐ毛をむしって、その生温かい肉を裂いては、生のままむしゃむしゃと食べて歩いていた。
すると、
『あ......』
出会いがしらの事である。誰か、彼のすがたを見ると共に、樹の間へあわてて逃げこんだ者がある。武蔵は、理由なく自分を忌み厭う人間に、憤ッとしたらしく、
『待てッ』
豹のように跳びついた。
二
よくこの山を往来する炭焼きなのだ。武蔵はこの男の顔を見知っている、襟がみを摑んでひき戻しながらいった。
『やいっ、なぜ逃げる? 俺はな、忘れたか、宮本村の新免武蔵だぞ、何も、捕って食おうといいはしない。挨拶もせず、人の顔見て、いきなり逃げいでもよかろう』
『へ、へい』
『坐れ』
手を離すと、また逃げかけるので、今度は、弱腰を蹴とばして、木剣で撲るまねをすると、
『わっッ』
頭をかかえて、男はうッ伏した、そのまま腰をぬかしたように戦慄して、
『た、たすけてッ』
と、喚いた。
村の者が、何のために、自分をこんなに恐怖するのか、武蔵にはわからなかった。
『これ、俺が訊くことに、返辞をせい、よいか』
『なんでも、申しますが、生命だけは』
『誰が生命をとるといったか。麓には、討手がいるだろうな』
『へい』
『七宝寺にも、張りこんでいるか』
『おりますだ』
『村の奴ら、きょうも、俺を捕まえようとして、山狩に出ているか』
『............』
『汝れも、その一人だな』
男は、跳びあがって、啞のように首を振った。
『うんにゃ、うんにゃ』
『待て待て』
その首の根をつまんで、
『姉上は、どうしているか』
『どッちゃの?』
『俺の姉上――新免家のお吟姉だ、村の奴ら、姫路の役人に狩りたてられて、俺を追うのはぜひもないが、よもや姉上のお身を、責めはしまいな』
『知らん、おら、何も知らんで』
『こいつ』
木剣を、振りかぶって、
『怪しい物のいい振りをする。何かあったな、ぬかさぬと、頭の鉢を、これが打ち砕くぞ』
『あっ、待ってくれ。いうがな、いうがな』
炭焼きは、掌をあわせた。そして、お吟が捕まって行ったこと、また、村へは布令がまわって、武蔵に食物を与えた者や、武蔵に寝小屋を貸した者は、すべて同罪であるという達しと共に、一戸から一人ずつ隔日に若い者が徴発されて、毎日、姫路の武士を先頭にして、山狩をしている事など告げた。
武蔵の皮膚は、憤怒のため鳥肌になった。
『ほんとか!』
念を押して――
『姉上に何の罪があって!』
と、血になった眼をうるませた。
『わしら、何も知らん、わしらはただ、御領主が怖しいで』
『何処だ、姉上の捕まって行った先は。――その牢屋は』
『日名倉の木戸だと、村の衆はうわさしていただが』
『日名倉――』
国境の山の線を、呪いにみちた眸がじっと振り仰いだ、もうその辺りの中国山脈の脊柱は灰色の夕雲に、斑になって黒ずんでいた。
『よしっ、貰いにゆくぞ、姉上を......姉上を......』
呟きながら、武蔵は木剣を杖について、水音のする沢辺の方へ、一人でガサガサと降りて行った。
三
勤行の鐘が、今しがた終った。旅へ出て留守だった七宝寺の住持も、きのうか今日、帰って来ているらしい。
外は、鼻をつままれても分らない闇だったが、伽藍のうちには、あかい燈明や庫裡の炉の灯や、方丈の短檠がゆらぐのが覗かれて、およそそこに起ち居する人影も淡く見てとれる。
『お通さん、出てくればいいが......』
武蔵は、本堂と方丈との通路になっている橋廊架の下に、じっとうずくまっていた。夕餉の物を煮るにおいが生あたたかく漂ってくる、彼は、けむりの出る汁や飯を想像した、この数日、生の小禽だの、草の芽などよりほか、何も入っていない胃ぶくろは、胸さきで暴れて、痛みだした。
『がっ......』
口から胃液を吐いて、武蔵は苦しんだ。
その声がひびいたとみえ、
『なんじゃ』
方丈で、誰かがいう。
『猫でしょう』
お通が、答えた。そして、夕餉の膳を下げて、武蔵のうつ伏している上の橋廊架をわたってゆくのである。
――あっ、お通さん。
武蔵は呼ばわろうとしたが、苦しくて声が出なかった。だが、それはかえって僥倖でもあった。
すぐ彼女の後から、
『風呂場は、どこじゃな』
と尾いて来た者がある。
寺の借着に、細帯をしめ、手拭をさげている。ふとあおぐと、武蔵には覚えのある姫路城の武士なのだ。部下や村の者に山狩をさせたり、夜昼のけじめなく捜索に奔命させたりしておいて、自分は、陽が暮れればこの寺を宿として、馴走酒にあずかっているという身分らしい。
『お風呂でございますか』
お通は、持ち物を下において、
『ご案内いたしましょう』
縁づたいに、裏へ導いてゆくと、鼻下にうす髯のあるその武士は、お通のうしろからいきなり抱きすくめて、
『どうじゃ、いっしょに入浴らないか』
『あれっ......』
その顔を、両手で抑えつけて、
『えいじゃないか』
頰へ、唇をすりつけた。
『......いけません! いけません!』
お通は、かよわかった。口をふさがれたのか、悲鳴も出ないのである。
――武蔵は、身の境遇の何かをも忘れて、
『何をするっ!』
緑の上へ、跳び上った。
うしろから突いた拳が武士の後頭部に鳴った。手もなくお通を抱えたまま、相手は下に転げ落ちている。
お通が、高い悲鳴をあげたのも、その途端であった。
仰天した武士は、
『やっ、おのれは、武蔵じゃな。――武蔵だっ、武蔵が出てきた。各々、出で合えっ』
と、喚いた。
忽ち、寺内は足音や呼びあう声の暴風となった。武蔵のすがたを見たらばと、かねて合図してあったか、鐘楼からはごんごんと鐘が鳴った。
『素破』
と、山狩の者は、七宝寺を中心に、駈け集まった。時を移さず裏山つづき讃甘の山一帯をさがし始めたが、その頃、武蔵はどこをどう走って来たか、本位田家のだだっ広い土間口に立って、
『おばば、おばば』
と、母屋の明りをのぞいて、訪れていた。
四
『たれじゃ』
紙燭を持って、何気なく、お杉は奥から出てきた。
下顎から、逆さに紙燭の明滅をうけている窪の多い顔が、土気いろにさっと変った。
『あっ、おぬしは!......』
『おばば、一言、告げに来た。......又八は戦で死んだのじゃない、生きている、或る女と、他国で暮している。......それだけだ、お通さんにも、おばばから伝えておいてくれや』
そういい終ると、
『ああ、これで気がすんだ』
武蔵は、すぐ木剣を杖について、暗い戸外へもどりかけた。
『武蔵』
お杉は呼びとめた。
『汝れ、これから、何処へゆく気じゃ?』
『おれか』
沈痛に――
『おれは、これから、日名倉の木戸をぶち破って、姉上を奪り回すのだ。そのまま、他国へ走るから、おばばとも、もう会えん。......ただ、ここの息子を、戦で死なして、おれ一人、帰って来たのではないという事を、この家の者と、お通さんに告げたかったのだ。もう、村は、未練はない』
『そうか......』
紙燭を持ちかえて、お杉は、手招きした。
『おぬしは、腹がすいては居らぬのか』
『飯など、幾日も、食べたことはない』
『不愍な......。ちょうど、温かいものが煮えている。何ぞ、餞別もしてやりたい。ばばが、支度するあいだ、湯でも浴みていやい』
『............』
『のう、武蔵、おぬしの家と、わしが家とは、赤松以来の共に旧家じゃ、わかれが惜しい、そうして行かっしゃれ』
『............』
武蔵は、肱を曲げて、眼を拭った。ふいに温かい人情にふれたので、猜疑と警戒心だけに張りつめていたものが、急に人間の肌を思いだしたのであった。
『さ......早う裏へ廻れ、人が来たらどうもならぬ。......手拭は持っていやるか、風呂を浴みている間に、そうじゃ、又八の肌着や小袖もある、それを出しておいて上げよう、飯の支度もしておこう。......ゆるりと、湯に浸っていたがよい』
紙燭をわたして、お杉は奥へかくれた、するとすぐ分家の嫁が、庭から、どこへやら走って行ったようであった。
戸の鳴った風呂小屋の中には、湯の音がして、明りの影がゆらいでいる、お杉は母屋から、
『湯のかげんは、何うじゃな』
と声をかけた。
武蔵の声が、風呂場から、
『いい湯だよ。......ああ生き甦ったような気がする』
『ゆるりと、温まっていたがよいぞ、まだ、飯が炊けておらんようじゃ』
『ありがとう。こんな事なら、早く来ればよかったのだ。俺は又、おばばが、きっと俺を怨んでいるだろうと思ってな......』
欣び溢れた声が、それからも湯の音に交って二言三言していたが、お杉の返辞はしなかった。
やがて、息をせいて、分家の嫁が門の外までもどって来た。――後に、二十人ほどの武士や山狩の者を連れている。
外に出せいたお杉は、低声で、その人々へ何か囁いた。
『なに、風呂小屋へ入れておいたと? そいつは出来した。......よしっ、今夜は捕えたぞ』
武士たちは人数をふた手に分けて、大地を蟇の群のように這ってゆく。
風呂口の火が、闇の中に真っ赤に見えていた。
五
何か――何とはなくである――武蔵の六感はおののいた。
ふと、戸の𨻶間から外をのぞいた途端にである。彼は、総身の毛穴をよだてて、
『あっ、騙されたっ』
と、叫んだ。
裸体だ、風呂場の狭い中だ、どうする分別も、いとまもない。
気がついたのがすでに遅いのだ、棒、槍、十手、そんな武器を持った人影が、板戸のそとには、充満している、実際は十四、五名に過ぎなかったろうが、彼の眼には、何倍にも映った。
逃げる策がない。身にまとう一枚の肌着すらここにはないのだ。だが武蔵は、怖い感じを持たなかった、お杉に対する憤りがむしろ彼の野性を駆って、
『うぬっ、何うするか見ておれっ』
守勢を考えない、こんな場合にも、彼は、敵と思う者へ、此っ方から出てゆくこころにしかなれないのだ。
捕手たちが、互いに、踏みこむのを譲り合っている間に、武蔵は内から戸を蹴とばして、
『なんだッ!』
喚いて、踊り出した。
素裸なのだ、濡れ髪は解けて、ざんばらになっている。
武蔵は歯を咬み鳴らし、胸いたへ走って来た敵の槍の柄へしがみついた、相手を振りとばし、それを自分の物として握り直すと、
『こいつらっ』
無茶である、縦横に槍を振りまわして、撲るのだ。然し大勢に対しては、これは効果がある、穂先を使わずに柄を使う槍術は、そもそも関ケ原の実戦で彼は教えられていたものである。
ぬかった! なぜ先に死に物狂いで三、四人風呂場の中へ此っ方から飛び込まなかったかと、後手を悔いるように、捕手の武士たちは、叱咤を交しあった。
十度ほど、大地を撲ると、槍は折れてしまった。武蔵は、納屋の廂の下にあった漬物樽の押し石をさしあげて、取りかこむ群へ抛りつけた。
『それっ、母屋へ、跳びこんで行ったぞっ』
外から、人々がこう喚くと、一室からは、お杉だの分家の嫁だのが、跣のまま裏庭へころげ降りた。
家の中を、雷鳴があるいているように、何か、凄まじい物音をさせながら、武蔵は、歩いていた。
『俺の着物は、どこへやった、俺の着物を出せっ』
そこらには野良着が脱ぎすててあるし、手をかければ衣裳簞笥もあるが、眼もくれない。
血眼で、自分のつづれた着物を、やっと厨の隅に見つけ出すと、それを抱えたまま、土泥竈の肩に足をかけて、引窓から屋根へ這い出した。
堤を切った濁流へ自失の声を揚げるように下では騒いでいる。武蔵は、大屋根のまん中へ出て、悠々と、着物を着ていた、そして歯で帯の端を咬み裂き、濡れ髪をうしろに束ねて、根元を自分でかたく結んだ、眉も、眼じりも、引ッ吊れる程に。
大空は一面、春の星であった。
孫子
一
『おおう――いっ』
此方の山で呼ぶと、向うの山でも、
『オウ――イ』
と、遠く答えてくる。
毎日の山狩だ。
飼蚕の掃きたても、畑打ちも手につかないのである。
当村、新免無二斎の遺子武蔵事、予而、追捕お沙汰中の所、在所の山道に出没し、殺戮悪業いたらざるなきを以て、見当り次第成敗仕る可者也、依而、武蔵調伏に功ある者には、左之通り、御賞を下被。
一 捕えたるもの 銀 十貫
一 首打ったるもの 田 十枚
一 匿れ場所告げたるもの 田 二枚
以上
慶長六年 池田勝入斎輝政 家中
こういう物々しい高札が、庄屋の門前や、村の辻に、いかめしく立った。本位田家のまわりは、武蔵が復讐に来るだろうという噂で、お杉ばばも家族も、戦々兢兢として門を閉じ、出入り口にも鹿垣を作った。姫路の池田家から応援に来た人勢は、そこにも夥しく居て、万一武蔵が出てきた場合は、法螺貝や寺の鐘や、あらゆる音響で互いに連絡をとり、袋づつみにしてしまおうと作戦は怠りない。
だが、何の効もなかった。
――今朝もだ。
『わぁ、又、ぶち殺されている』
『誰じゃ、こんどは』
『お武士じゃがな』
村端れの道ばたの草むらへ、首を突っこんで、二本の足を変な恰好に上げて死んでいる死骸を発見して、恐怖と好奇心にかられた顔が、取り巻いて騒いでいた。
死骸は、頭蓋骨をくだかれていた、それも附近に立っていた高札で撲ったものとみえ、朱になった高札が死骸とぶっ交えに、死人の背に負わせて捨ててある。
褒美の文句が、高札の表に出ているので、それを読む気もなく読むと、残酷な感じは消されて、まわりの者は、何だかおかしくなって来た。
『笑うやつがあるか』
と、誰かいった。
七宝寺のお通は、村の人々の間から、白い顔を引っこめた、唇まで白っぽく変っていた。
(見なければよかった――)
悔いながら、まだ眼にちらつく死人の顔を忘れようとして、小走りに寺の下まで駈けてきた。
慌だしく、上から降りて来たのは、寺を陣屋みたいにして、先頃から泊りこんでいる大将だった。五、六名の部下と一緒に、報らせをうけて駈けつける所らしかった、お通の姿を見かけると、
『お通か。何処へ参ったな』
などと、暢気な事をたずねた。
お通は、この大将の泥鰌ひげが、いつぞやの晩のいやらしい事があって以来、見るのも虫酸が走ってならなかった。
『買い物に』
それも投げ捨てるようにいって、見向きもせず、本堂前の高い石段を駈け上って行った。
二
沢庵は、本堂の前で、犬と遊んでいた。
お通が、犬を避けて走って行くのを見て、
『お通さん、飛脚が届いているよ』
『え......わたしに』
『留守だったから、預って置いた』
袂からそれを出して、彼女の手へ渡しながら、
『顔いろが悪いが、どうかしたのか』
『道ばたで、死人を見ましたら、急にいやな気持になって――』
『そんなもの見なければいいに。......だが、眼をふさぎ道をよけても、今の世の中では、到るところに、死人が転がっているのだから困るな。この村だけは、浄土だと思っていたが』
『武蔵さんは、なぜあんなに、人を殺すんでしょう』
『先を殺さなければ、自分が殺される。――殺される理もないのに、無駄に死ぬこともない』
『怖い! ......』
戦慄して、肩をすぼめ、
『ここへ来たら、どうしましょう』
山にはまた、うす黒い綿雲が降りていた。お通は無自覚に手紙を持って、庫裡の横にある機舎へかくれた。
織りかけてある男物の布地が、機にかけられてあった。
朝に夕に思慕の糸を紡ぎ溜めて、やがて許嫁の又八が帰国したら――彼の人に着てもらおう――そう楽しんで去年から少しずつ織っていたものだった。
筬の前へ、腰かけて、
『......誰からだろう?』
飛脚の文を見直した。
孤児の自分には、便りをくれる人もなし、便りを出す人もない。何か人まちがいのような気もされて、彼女は、何度も宛名書きを見直すのだった。
長い駅伝を通ってきたらしく、飛脚文は手ずれや雨じみでボロボロになっていた。封を解いてみると、二本の手紙が中からこぼれた、まず一通を先に開けて見る。
それはまったく見覚えのない女文字で、やや年長けた人の筆らしく――
ベつの文、ご覧なされ候わば、多言には及ぶまじと思われ候えど、証のため、私より認めまいらせ候。
又八どの、此度御縁の候て、当方の養子にもらいうけ候に就いては、おん前様のこと、懸念のようにみえ候まま、左候ては、ゆく末、双方の不為故、事理おあかし申し候て、おもらい申候。何とぞ、以後は又八どのの事、御わすれくだされたく先は斯ように迄一筆しめし参らせ申そろ。かしこ。
お 甲
お通さま
もう一つの書状は、正しく本位田又八の手蹟なのである。それにはくどくどと帰国できない事情が書き連ねてある。
つまるところ自分のことはあきらめて、他へ嫁いでくれというのだった。実家の母へは、自分からは手紙にも書きにくいから、他国で生きているということだけを、会った時に、告げておいてくれなどとも認めてある。
『............』
お通は、頭のしんが、氷のようになるのを覚えた。涙も出ない。顫きながら紙の端を支えている指の爪が、先刻、使の途中で見た死人の爪と、同じような色に見えた。
三
部下のすべては、野に臥し山に寝、日夜奔命に疲れていたが、どじょう髯の大将は、本陣の寺をむしろ安息所ともして、悠々と泊りこんでいる為、寺では夕方になると風呂をわかすとか、川魚を煮くとか、佳い酒を民家からさがして来るとか、毎晩のもてなしもなかなか気づかいであった。
その忙しない夕暮になっても、お通のすがたが厨に見えないので、きょうは、方丈の客へ膳を出すのが晩くなった。
沢庵は、迷子を捜すように、お通の名を呼びながら境内を歩いていたが、機舎の中には、筬の音もしないし、戸も閉まっているので、何度もその前を通りながら、開けてみなかった。
住職は、時々、橋廊架へ出て来て――
『お通は、何うしたっ?』
とわめいている。
『おらんはずはないわ。酌人が見えいでは、酒には及ばぬと、お客様はおっしゃるではないか。はよう捜して来うっ』
寺男はとうとう麓のほうまで、提燈をもって降りて行った。
沢庵は、ふと、機舎の戸を開けてみた。
お通はいた。機の上へ、俯つ伏していたのである。暗い中に、ただ独り寂寞を抱きしめて。
『? ......』
沢庵は、見まじきものを見たように、しばらく黙っていた。彼女の足もとには、怖しい力で捻じ縒った二通の手紙が、呪咀の人形のように踏みつけてあった。
そと沢庵は、拾い取って、
『お通さん、これは昼間来た飛脚文じゃないか、しまっておいたらどうだ』
『............』
お通は、手にも触れない。かすかに顔を振るだけであった。
『みんなが、捜しているのだ。さ......気がすすまないだろうが、方丈へお酌に行っておやり、住持が弱っているらしい』
『......頭が痛いんです。......沢庵さん......今夜だけは行かなくてもよいでしょう』
『わしは、いつだって、酒の酌などに、其女が出るのをよい事だとは思うていない。然し、ここの住持は世間人だ、見識をもって、領主に対し、寺の尊厳を維持してゆく力などはない人だからな。――御馳走もせねばならんじゃろうし、どじょう髯の機嫌もとらずばなるまいて』
と、お通の背を撫でて、
『其女も、幼少から、此寺の和尚には、育てられて来た人。こういう時には、住持の手伝いになってやれ。......よいか。ちょっと、顔を出せばよいのだ』
『え......』
『さ、行こう』
抱き起すと、涙の蒸れたにおいの中から、お通は、ようやく顔を上げて、
『沢庵さん......じゃあ参りますから、すみませんが、貴方も一緒に方丈にいてくれませんか』
『それやあ関わないが、あの、どじょう髯の武士は、わしが嫌いらしいし、わしも、あの髯を見ると、何か、揶揄いたくなって不可んのじゃ。大人気ないが、そういう人間がままあるもんでな』
『でも、私、一人では』
『住持がいるからよいではないか』
『和尚様は、私がゆくと、いつも席を外しておしまいなさるのです』
『それは不安だ。......よしよし、一緒に行ってやろう。案じないではやく、お化粧をしておいで』
四
方丈の客は、やがてお通も見えたので、曲がりかけていたお冠もやや直り、悦に入って、酒杯もかさね、あから顔のどじょう髯に対立して、眼じりもおもむろに下がって来た。
しかし未だほんとの御機嫌になりきれないものがある。それは燭台の向う側によけいな人間が一人居て、ぺたんと盲人のように猫背に坐り、膝を机に書物を読んでいるからである。
沢庵なのだ。どじょう髯の大将は、この寺の納所と思っているらしく、遂に、
『オイ、こら』
と、顎を指していった。然し沢庵は顔を上げようともしないので、お通がそっと注意すると、
『え。わしを?』
見まわすのを――どじょう髯は、大ふうに、
『コラ納所。其方には用事もない。退がっておれ』
『イエ、結構でございます』
『酒のそばで、書物など読んでいられては、酒が不味くていかん。立てっ』
『書物はもう伏せました』
『眼ざわりじゃ!』
『では、お通さん、書物を部屋の外へ出しておくれ』
『書物がではない、其方という者が、酒の座に、不景色でいかんというのだ』
『困りましたな。悟空尊者のように、煙になったり、虫に化けて、膳のすみに止まっているわけにもゆかず......』
『退がらんかっ! ぶ、ぶ礼な奴だ』
遂に、怒り出すと、
『はい』
と、一応畏まって、沢庵は、お通の手を取った。
『お客様は、独りが好きだと仰せられる。孤独を愛す、それ君子の心境だ。......さ、お邪魔しては悪い、あちらへ退がろう』
『こッ、こらっ』
『何ですか』
『だれが、お通まで、連れて退がれと申したか。自体、其方は平常から傲慢で憎い奴だ』
『坊主と武士で、可愛らしい奴というようなのは、まあ尠のうございますなあ。――例えば、あなたの髯の如きも』
『直れっ! それへ』
床の間に立てかけてある陣刀へ手をのはした。そしてどじょう髯が、ピンと刎ね上ったのを、沢庵は、まじまじと見つめて、
『直れとは、どういう形になるのですか』
『愈々、怪しからぬ納所め。成敗いたしてくれる』
『では、拙僧の首をですか。......あはははは、およしなさい、つまらない』
『何じゃと』
『坊主の首を斬るほど張合のないものはない、胴を離れた首が、ニコと笑って居たりしていたら、斬り損でしょう』
『オオ、胴を離れた首で、そう吐かしてみいッ』
『然し――』
沢庵の饒舌は、彼を怒らすばかりだった。太刀の柄にかかっている拳は、憤りにガタガタふるえていた。お通は身をもって沢庵を庇いながら、沢庵の弄舌を泣き出してたしなめた。
『何をいうのです沢庵さん、お武士様へ向って、そんな口をきく人がありますか。謝りなさい、後生ですから、謝っておしまいなさい。斬られたら、どうしますか』
だが、沢庵は未だいった。
『お通さんこそ退いておいで。――なアに大丈夫。多くの人数を抱えながら、二十日も費して、未だに独りの武蔵を成敗できない能無しに、何で沢庵の首が斬れよう。斬れたらおかしい。余程おかしい』
五
『ウヌ、うごくなっ』
どじょう髯は、満顔に朱をそそいで、太刀の鯉口を切った。
『お通、退いとれ、口から先に生れたこの納所めを、真二ツにしてくれねばならん』
お通は、沢庵を後に庇い、彼の足もとへ身を伏して、
『お腹立ちではございましょうが、どうぞ堪忍してあげて下さい。この人は、誰に対ってもこんな口をきくのです。決して貴方様ばかりへ、こういう戯れ口をいうのではございません』
すると沢庵が、
『これ、お通さん何をいう。わしは戯れ口をいっているのではない。真実をいっているのだ。能無しだから能無し武士といった。それが悪いか』
『まだ申すな』
『いくらでも申す。先ごろから騒いでいる武蔵の山狩りなど、お武士には、幾日かかろうと関うまいが、農家はよい迷惑、畑仕事をすてて、毎日、賃銀なしのただ仕事に狩り出されては、小作など、顎が乾あがる』
『ヤイ納所、おのれ坊主の分際をもって、御政道を誹謗したな』
『御政道をではない――領主と民の間に介在して、禄盗みも同様な奉公ぶりをしている役人根性へわしはいうのだ。――例えばじゃ、おぬしは今宵、何の安んずるところがあって、この方丈に便々と長袖を着、湯あがりの一杯などと、美女に寝酒の酌をさせているか。どこに、誰に、その特権をゆるされて御座るのか』
『............』
『領主に仕えて忠、民に接して仁、それが吏の本分ではないか。しかるに、農事の邪げを無視し、部下の辛苦も思いやらず、、われのみ、公務の出先、閑をぬすみ、酒肉を漁り、君威をかさに着て民力を枯らすなどとは悪吏の典型的なるものじゃ』
『............』
『わしの首を斬って、おまえの主人、姫路の城主池田輝政殿の前へ持って行ってごらんじゃい、輝政大人は、オヤ沢庵、今日は首だけでお越しかと驚くじゃろう。輝政殿とわしとは、妙心寺の茶会からの懇意、大坂表でも、大徳寺でも、度々お目にかかって居るんだよ』
――どじょう髯は、毒っ気を抜かれた形である。酔いもいささか醒め気味になって来たし、沢庵のことばの果して真か噓かについても、正しい判断が下し得ないでいる姿だった。
『まず、坐るがいい』
と沢庵は、救いを与えて、
『うそと思うなら、これから、蕎麦粉でも土産に持って、姫路城の輝政殿を、ぶらりと、訪ねて行ってもよろしい。――だがわしは、大名の門をたたくのが、何より嫌い。......それに、宮本村でこうこうとお前の噂でも茶ばなしに出たら、早速、切腹ものじゃないかな、だから、最初から、およしというたのに、武士は、後先の考えが無いからいかん。武士の短所は、実にそこにある』
『............』
『刀を、床の間へお返し。それから、もう一つ文句がある。孫子を読んだ事があるかい? 兵法の書だ、武士たる者、孫子陸子を知らん筈はあるまい。――それに就いてな、宮本村の武蔵を、どうしたら、兵を損ぜずに、縛め捕れるか、その講義をこれからわしがしようというのじゃ。これや、貴公の天職に関するな、慎んで聞かずばなるまいて。......まあ、お坐り、お通さん、一杯酌ぎ直してやんなさい』
六
年からいえば、十も違うのだ、三十だいの沢庵と、四十を出ているどじょう髯とは。――然し、人間の差は、年にはよらないものである。質でありまた質の研きによる。平常の修養鍛錬がものをいうことになると、王者と貧者とでも、この違いはどうにもならない。
『いや、もう酒は......』
最初のえらい権幕は何処へやら、どじょう髯は、猫のように、態度をあらためて、
『――左様でござったか、それがしの主人勝入斎輝政様と、御昵懇であろうとは、いや、存じも寄らず、失礼のだんは幾重にもひとつ御用捨のほどを』
可笑しいくらい恐縮する。
だが沢庵は、敢て、高いところへ納まり返りはしなかった。
『まアまア、そんなことは、どうでもよろしいとしよう。要は、武蔵をいかにして召捕るか。つまるところ、尊公の使命も、武士たる面目も、そこにかかっておるのじゃないか』
『左様で......』
『其許は、武蔵の捕われが、遅れれば遅れるほど、安閑と、寺に泊って、据膳さげ膳で、お通さんを追い廻していられるから関うまいが......』
『いや、その儀はもう......何分とも、主人輝政へも』
『内分にでござろう、心得ておるよ。――然し、山狩山狩と、掛け声ばかりで、こう延々になっては、農家の困窮は固より、人心恟々、良民は安んじて業に励しむことはでけん』
『されば、それがしも、心の裡では、日夜焦慮いたしていないこともないので』
『――策がないだけじゃろ。つまり豎子、兵法を知らんのじゃ』
『面目ない次第で』
『まったく、面目ないことだ。無能、徒食の奸吏と、わしにいわれてもしかたがない。......だが、そう凹ましただけでは気の毒だから武蔵はわしが三日の間に捕まえてやるよ』
『えっ? ......』
『うそと思うのか』
『然し......』
『然し、なんだい』
『姫路から数十名の加勢まで迎え、百姓足軽を加えれば、総勢二百人からの者が、毎日ああやって山入りをしておるので』
『御苦労様な』
『また、ちょうど今は、春なので山には幾らも食物があるため、武蔵めには都合がよく、吾々には、まずい時期でもある』
『じゃあ、雪の降るまで、待ってはどうだ』
『左様なわけにも』
『――参るまいナ。だからわしが縛め捕ってやろうというのだ。人数は要らん、一人でもよいが、そうさな、お通さんを加勢に頼もうか、二人で十分にことは足りる』
『また、お戯れを』
『馬鹿いわッしゃい。宗彭沢庵、いつでも冗談で日を暮らしていると思うか』
『はっ』
『豎子兵法を知らずといったのはそこだ、わしは坊主だが、孫呉の神髄が何だか位は、嚙じっておる。ただし、わしが引き受けるには条件がある、それを承知せねば、わしは、雪の降るまで、見物側に廻っている考えだが』
『条件とは』
『武蔵を縛め捕った上の処分は、この沢庵にまかすことだ』
『さあ、その儀は?』
と、どじょう髯は、そのどじょう常をつまんで考えこんだが、この得態の知れない青坊主、或は、大言壮語だけで自分を煙に巻いている肚かも知れない。逆に出たらあわてて尻尾を出す奴だろう。そう考えたので彼は断乎として答えた。
『よろしい。貴僧が捕まえたら武蔵の処置は、貴僧に一任するといたそう。――その代り万一、三日のあいだに、繩にしてお出しなさらぬ時は?』
『庭の木で、こうする』
沢庵は、首を縊る手真似をして、舌を出して見せた。
七
『気でも狂うたのか、あの沢庵坊主、今朝聞けば、飛んでもない事を引き受けたちゅうぞ』
寺男は、心配のあまり、庫裡へ来てわめいていた。聞く人々も、
『ほんまけ?』
眼をまろくして――
『どうする気じゃろ』
住持も、やがて知って、
『口は禍の門とはこの事よ』
などと、賢そうに、嘆息した。
けれど誰より真実に心配し出したのはお通であった。信頼しきっていた許嫁の又八から、ふいに受けた一片の去り状は、又八が戦場で死んだと聞くより大きな心の傷手であった。あの本位田家の婆様にせよ、やがて、良人とする人の母と思えばこそ、忍んで仕えている人である。誰を頼みに、このさき生きてゆこう。
沢庵は、その悲嘆の闇にある彼女にとって、ただ一つの光明であった。
機舎で、独りで泣いていたあの時は、去年から又八のためにと丹精して織りかけていた布を、ズタズタに切り裂いて、その刃で死んでしまおうかとまで、思つめていたのである。それを考え直して方丈へ酌をしに行ったのも、沢庵に宥められ、沢庵に引かれた手に人間の温か味が思い出されたからであった。
――その沢庵さんが。
お通は自分の身よりも、今は沢庵を、つまらない約束のために失ってしまうことが悲しくもあり破滅な心地がした。
彼女の常識をもって考えても、この二十日余りあんなに山狩しているのに捕まらない武蔵が、沢庵と自分との二人きりで、三日のあいだに繩目にかけてしまえるなどとは、どうしても考えられなかった。
こっちの条件と、先のいい分とは、弓矢八幡も照覧と、かたく誓い合って、どじょう髯とわかれて沢庵が本堂へ戻って来ると、彼女は沢庵へ向って、その無謀を責めて熄まなかった。然し沢庵はやさしくお通の肩をたたいて――何も心配することはない、村の迷惑を払い、因幡、但馬、播磨、備前の四州にわたる街道の不安をのぞき、その上、幾多の人命を救うことになれば、自分の一命のごときは鴻毛よりも軽い、まあ明日の夕方までは、お通さんもゆっくり体をやすめて、黙ってそれから先はわしに尾いておいで――という。
気が気ではない――
もう夕方は迫っているのだ。
沢庵はと見れば、本堂の隅で、猫といっしょに昼寝をしている。
住持をはじめ、寺男も、納所の者も、彼女の空虚な顔を見ると、
『およしよ、お通さん』
『かくれておしまい』
沢庵との同行を極力避けるようにすすめたが、さりとてお通は、そんな気にもなれなかった。
もう、西陽が、沈みかける。
中国山脈の皺の底のような英田川と宮本村は、夕方の濃い陽かげになりかけた。
猫が、本堂から飛び降りた。――沢庵が眼をさましたのである。廻廊へ出て、大きな伸びをしている。
『お通さん、そろそろ出かけるが支度をしてくれんか』
『草鞋と、杖と、脚絆と、それから薬だの桐油紙だの、山支度はすっかりしておきました』
『ほかに、持って行きたい物があるんじゃ』
『槍ですか。刀ですか』
『なんの。......御馳走だよ』
『お弁当?』
『鍋、米、塩、味噌。......酒もすこし有りたいな、何でもよい、厨にある食物を一括げにして持って来ておくれ。杖に差して、二人で担いで行こう』
縛 り 笛
一
近い山は漆より黒い、遠い山は雲母より淡かった。晩春なので、風はぬるくて。――
熊笹や、藤づるや、道の辺りは、霧の巣だった。人里から遠ざかるほど、山は、宵に一雨かぶったように濡れていた。
『暢気だのう、お通さん』
竹杖に差した荷物の先を担いで歩きながら、沢庵がいう。
お通は、後を担って、
『ちっとも、暢気なものですか。一体、どこまで行くおつもり?』
『そうさな......』
と、沢庵の返辞は心ぼそい。
『ま、も少し歩こう』
『歩くのはかまわないけど』
『くたびれたか』
『いいえ』
肩が痛むとみえ、お通は、時々、右の肩から左の肩へ、杖を更えて、
『誰にも会いませんね』
『きょうは、どじょう髯の大将、一日寺にいなかったから、山狩の者を、残らず里へ引き揚げて、約束の三日を、見物している肚だろうよ』
『いったい、沢庵さんは、あんなことをいっちまって、どうして武蔵さんを捕まえますか』
『出て来るよ、そのうちに』
『出て来たって、彼の人は、平常でもとても強い男です。それに、山狩の者に囲まれて、もう死にもの狂いでいるでしょう。悪鬼というのは、今の武蔵さんのことだと思います。考えても、わたしは脚がふるえてくる』
『ホラ......その脚もと』
『嫌ッ。――ああ、びっくりしたじゃありませんか』
『武蔵が出たんじゃないよ、道端に、藤づるを張ったり、茨の垣を結ったりしてあるから、気をつけてあげたのだ』
『山狩の者が、武蔵さんを追い詰めるつもりで拵えたんですね』
『気をつけないと、わしらが、墜し穽に落ちてしまうよ』
『そんなこと聞くと、竦んで、一足も歩けなくなってしまう』
『落ちれば、わしから先だ。然しつまらん骨折りをやったものさ。......おおだいぶ渓が狭くなったな』
『讃甘の裏は、先刻、越えました。もうこの辺は辻ノ原あたり』
『夜どおし歩いてばかりいても為方があるまいな』
『私に相談しても、知りませんよ』
『ちょっと、荷物をおろそう』
『どうするんです』
沢庵は、崖の際まで歩いて行って、
『お尿ッこ』
といった。
英田川の上流をなしている奔湍は、その脚下、百尺の巌から巌へぶつかって、どうどうと、吠えくるッている。
『アア、愉快。......自分が天地か、天地が自分か』
颯々と、尿の霧を降らしながら、沢庵は星でも数えているように天を仰いでいる。
お通は、彼方で、心細げに、
『沢庵さん、まだですか。ずいぶん長い』
やっと、戻って来て、
『ついでに易を占ててきた。さあ、見当がついたからもう占めたものだ』
『易を』
『易といっても、わしのは心易、いや霊易といおう。地相、水相、天象など考えあわせ、じっと目をつむったら、あの山に行けと卦が出た』
『高照ですか』
『何山というか知らんが、中腹に、樹のない高原が見えるじゃろうが』
『いたどりの牧です』
『いたどり......去た者捕るとは、さい先がよいぞ』
沢庵は大きく笑った。
二
ここは、東南に向って、なだらかな傾斜と、広い展望を持つ高照峰の中腹で、いたどりの牧と里では称ぶ。
牧というからには、いずれ牛か馬かが放牧してあるにちがいないが、ぬるい微風が草をなでているだけの寂寞とした夜のここには、今、それらしい影は一頭も見あたらない。
『さ、ここで陣を布くのだ。さしずめ、敵の武蔵は、魏の曹操、わしは諸葛孔明というところかな』
お通は、荷をおろして、
『――ここで何をするんです』
『坐っているのさ』
『坐っていて、武蔵さんが捕まりますか』
『網をかければ、空とぶ鳥さえかかる。造作もないことだ』
『沢庵さんは、狐にでも憑ままれているんじゃありませんか』
『火を焚こう、落ちるかも知れない』
枯れ木を集めて、沢庵は、焚火を作った。お通は、幾分か気づよくなって、
『火って、賑やかなものですね』
『心ぼそかったのか』
『それは......誰だって、こんな山の中で夜を明かすのは、いいものじゃないでしょう。......それに、雨が降って来たらどうする気です?』
『登ってくる途中、この下の道に横穴を見ておいた。降ったらあそこへ逃げ込もう』
『武蔵さんも、晩や、雨の日は、そんな所に隠れているんでしょうね。......一体、村の人は、何だって、あんなにまで武蔵さんを目のかたきにするのかしら』
『ただ権力がそうさせるのだな、純朴な民ほど官権を怖がるから、官権を怖るる余り、自分たちの土......兄弟を、郷土から追い出そうとする』
『つまり、自分達だけの身を庇うんでしょう』
『無力の民には、そこは恕すべきところもあるが』
『気が知れないのは、姫路のお武士たちです、たった一人の武蔵さんを、あんなにまで、大騒ぎしなくっても』
『いや、それも治安のためにはやむを得まい。抑々武蔵が関ケ原から絶えず敵に追われているような気持に駆られていたので、村へ帰るのに、国境の木戸を破って入って来たのがよろしくないことだ。山の木戸を守っていた藩士を打ち殺し、そのため次から次へと、人間を殺めなければ、自分の生命が保てなくなったのは、誰が招いた禍でもない、武蔵自身の世間知らずから起ったことだ』
『あなたも、武蔵さんを憎みますか』
『憎むとも。わしが領主であっても、断乎として、彼を厳科に処し、四民の見せしめに、八ツ裂きにせずには措かない。彼に、地を潜る術があれば、草の根を搔きわけても、引ッ捕えて磔刑にかける。多寡の知れた一人の武蔵をなどと、寛大にしておいたら、領下の紀綱がゆるむというものだ。まして、今のような乱世には』
『沢庵さんは、私にはやさしいけれど、案外、肚の中はきついんですね』
『きついとも、わしはその公明正大な厳罰と明賞を行おうとする者だ。その権力をあずかって、ここへ来ている』
『......オヤ!』
お通はびくりとしたように焚火のそばから立った。
『何か、今、彼方の樹の中で、ガサッと跫音がしやしませんか?』
三
『ナニ、跫音が?......』
と沢庵もつり込まれて耳を澄ましたが、遽かに大声で、
『あははは、猿だ。猿だ。......アレ見い、親子猿が、木の枝を渡ってゆく』
ほっとしたように、お通は、
『......あ。びっくりした』
呟いて、坐り直した。
焚火の焰を見つめて、それから半刻も一刻も――夜の更けゆくままに、二人は、黙り合っていた。
消えかけていた焚火へ、沢庵は、枯れ木を折って加えながら、
『お通さん、何を考えているのかね』
『わたし? ......』
お通は、焰で腫れぼったくなった瞼を星の空へ外らして、
『――私は今、この世の中というものが、何という不思議なものだろうと、それを考えていました。凝と、こうしていると、無数の星が、寂寞とした深夜の中に――いいえいい違いました――深夜も万象を抱いたままです――大きくそろそろと動いているのがわかるではありませんか。どうしても、この世界というものは、動いているものです、それを感じます。同時に、私という小ッぽけな一つのものも、何か、こう......眼に見えないものに支配されて、こうしている間にも、運命が刻々に、変っているんじゃないか......などと止め途ない事を考えておりました』
『噓だろう。......そんな事も頭にうかんだかも知れぬが、其女には、もっと必死に考えつめている事があるはずだ』
『............』
『悪かったら謝るがの、実はお通さん、そなたの所へきた飛脚文を、わしは読んでおる』
『あれを?』
『機舎の中で、折角、拾ってやったのに、手にも触れんで、泣いてばかりおるから、自分の袂に入れておいたのじゃ......そして尾籠な話じゃが、雪隠の中で、退屈しのぎに、細々と読んでしもうた』
『まあ、ひどい』
『一切の理由が、そこで、分ったよ。......お通さん、あの事は、むしろ其女に取っては倖せじゃないか』
『どうしてです?』
『又八のようなむら気な男じゃもの、女房になってから、あんな去り状を投げつけられたらどうするぞ。まだお互いに、そうならないうちだから、わしは却って、欣びたい』
『女には、そのような考え方はできないのです』
『じゃあ、どう考えているのか』
『口惜しくッて! ......』
不意に、しゅくっと、自分の袖口へ嚙みついて、
『......屹度、きっと、わたしは又八さんをさがし出して、思うさまのことをいってやらなければ、この胸がおさまりません。そして、お甲とかいう女にも』
沢庵は、そういって、無念そうに泣きじゃくるお通の横顔を見つめながら、
『始まったのう......』
と、何のことかつぶやいた。
『――お通さんだけは、世間の悪も人間の表裏も知らずに、娘となり、おかみさんとなり、やがては婆さんとなって、無憂華の潔い生涯を結ぶ人かと思ったら、やはり其女にも、そろそろ運命のあらい風が吹いて来たらしい』
『沢庵さん! ......わ、わたし、どうしましょう! ......口惜しい......口惜しい』
背に波をうって、お通は、いつまでも、袂の中に顔を埋めていた。
四
昼間は、山の横穴へかくれて、眠りたいだけ二人は眠る。
食物も困りはしなかった。
だが――もっと肝腎な武蔵を捕まえることのほうは、どういう料簡か、沢庵は捜しにも歩かないし、気にかけている風もない。
三日目の晩が来た。
又きのうのように、おとといのように、焚火のそばにお通は坐って、
『沢庵さん、もう今夜きりですよ約束の日は』
『そうだな』
『どうするつもりですか』
『なにを』
『何をって、あなたは、大変な約束をしてここへ登って来たのじゃありませんか』
『ウム』
『もし今夜のうちに武蔵さんを捕まえなければ』
沢庵は彼女の口を

って、
『わかっている。まちがえばこの首を、千年杉の梢で縊るだけのことだ。......だが心配は無用、わしだってまだ死にとうない』
『ではすこし、捜しに歩いたらどうですか』
『捜しに出たって、会うものか。――この山中で』
『まったく、あなたは、気が知れない人ですね。私までが、こうしていると、何だか、なるようになれと、度胸がすわってしまいます』
『そのことだ、度胸だよ』
『じゃあ沢庵さんは、度胸だけでこんな事をひきうけたんですか』
『まあ、そうだな』
『アア心ぼそい』
何かすこしは自信があるのであろうと、密かに頼りを持っていたお通も、今は、ほんとに心細くなって来たらしい。
――馬鹿かしら? この人は。
すこし気が狂れている人間は、時には、偉い者のように買いかぶられる場合があるから、沢庵さんも、その例かも知れない。
お通は疑いだした。
然し、沢庵は、相変らず漠とした顔つきを焚火にいぶして、
『もう夜半だな』
今気がついたように呟く。
『そうですよ、すぐに、夜が白むでしょう』
わざと、お通が、切り口上でいってやると、
『はてな? ......』
『何を、考えているのです』
『もう、そろそろ、出て来なくちゃならんが』
『武蔵さんが、ですか』
『そうさ』
『たれが、自分から捕まえられに来るものですか』
『いや、そうでないぞ。人間の心なんて、実は弱いものだ。決して孤独が本然なものでない。まして周囲のあらゆる人間たちから邪視され、追いまわされ、そして冷たい世間と刃の中に囲まれている者が。......はてな? ......この温かい火の色を見て訪ねて来ないわけがないが』
『それは、沢庵さんの独り合点というものではありませんか』
『そうでない』
俄然、自信のある声で首を横に振った。お通はそう反対されたほうが欣しかった。
『――思うに、新免武蔵は、もうついそこらまで来ておるのじゃろう。しかしまだ、わしが、敵か味方か、わからないのだ。不愍や自らの疑心暗鬼に惑うて、言葉もよう懸け得ずに、物蔭に、卑屈な眼をかがやかせているものとみえる。......そうだ、お通さん、そなたが、帯に差している物――それを、わしにちょっと貸してくれい』
『この横笛ですか』
『ウム、その笛を』
『いやです、こればかりは、誰にも貸せません』
五
『なぜ?』
いつになく、沢庵は執こくいう。
『なぜでも』
お通は、首を振る。
『貸してもよかろう。笛は、吹けば吹くほど、良くこそなるが減りはしまい』
『でも......』
帯に手をあてて、お通は依然、はいといわない。
もっとも、彼女が肌身離さず持っているその笛が、如何に彼女にとって大事な品であるかは、かつてお通自身が、身上話しをした折に聞いてもいるので、沢庵は十分にその気もちを察しはするが、ここで自分へ貸すぐらいな寛度はありそうなものと、
『粗相には扱わないから、とにかく、ちょっとお見せ』
『嫌』
『どうしても』
『え。......どうしても』
『強情だのう』
『え。強情です』
『じゃあ......』
と、ついに、沢庵は折れて、
『お通さんが、自分で吹いてくれてもよい。何か、一曲』
『嫌です』
『それもいやか』
『ええ』
『どういう理で』
『涙がこぼれて吹けませんもの』
『ウム......』
孤児は、頑固なものと、沢庵は憐れにもなったが、その頑固な心の井戸はつねに冷たい空虚をいだき、そして何かに渇いている。又、孤児が持たないものを、常に深く強く望んでいることがふと思われた。
それは、孤児に恵まれていない愛の泉であった。お通の胸にも、お通の知らない幻覚だけの親たちが居て、こうしている間も絶えず、呼びかけたり呼びかけられたりしているらしいが、彼女は、その骨肉の愛も知らない。
笛も、実はその親の遺物なのである。たッた一つの親の姿が笛だった。――彼女がまだ、世の光もよく見えないでいた嬰児の頃、七宝寺の縁がわへ、猫の子みたいに捨て児されてあったとき、帯に、この一管の笛が差してあったのだという。
してみると、その笛は、彼女に取っては、寔に、将来、自分の血液のつながりを捜し求める唯一の手がかりでもあるし、また、こうしてまだ相見ぬうちは、笛こそ親の姿であり、笛こそ親の声でもある。
――吹くと涙がこぼれるから。
お通が、貸すのも嫌、吹くのも嫌といった気持は、よくわかるし、可憐しい。
『............』
沢庵は、黙ってしまった。
めずらしく三日目の今夜は、薄雲の裡に、ぼやっと、真珠色の月が溶けている。秋に来て春に帰る雁が、こよいも日本を去ってゆくとみえ、雲間に時々啼き声を捨てている。
『......また、火が乏しくなったな。お通さん、そこの枯れ木をくべておくれ。......おや。......どうしたのじゃ』
『............』
『泣いているのか』
『............』
『つまらぬことを思い出させて、心ないわざをしたの』
『......いいえ。沢庵さん......わたしこそ、強情を張って悪うございました。どうぞ、おつかい下さいまし』
帯の間の笛を抜いて、沢庵の手へ差出した。
それは、色褪せた古金襴の袋に入っている。糸はつづれ、紐も千断れているが、古雅なにおいと共に、この笛までが、ゆかしく偲ばれる。
『ほ。......よいのか』
『かまいません』
『じゃあ、ついでのことに、お通さんが吹いてはどうじゃな。わしは、聴いていてもよいのだ。......こうして聴いているから』
笛には手を触れないで、沢庵は横向きになった。そして自分の膝を抱えこむ。
六
常ならば、笛など聞かしてあげようといえば、吹かない先から、茶化すに極まっている沢庵が、聴き耳澄まして、じっと眼をつむっているのでお通は、却って、羞恥んでしまって――
『沢庵さんは、笛がお上手なんでしょう』
『下手でもないそうだね』
『じゃあ、あなたから先に吹いてみせて下さい』
『そう、謙遜するほどではないよ。お通さんだって、相当に習ったという話ではないか』
『え。清原流の先生が、お寺に四年も懸人になっていたことがありましたから』
『では大したものだ、獅々とか、吉簡とかいう秘曲もふけるのじゃろ』
『とんでもない――』
『まあ、何でも好きなもの......いや自分の胸に鬱しているものを、その七つの孔から、吹き散じてしまうつもりで吹いてごらん』
『ええ。私もそんな気がするんです、胸のうちの悲しみや恨みやため息や、そんなもの思うさま吹き散らしてしもうたら、さぞ爽々するでしょうと思って』
『それよ、気を散じるという事は大切だ。笛の一尺四寸は、そのままが一個の人間であり、宇宙の万象だという。――干、五、上、ク、六、下、口の七ツの孔は、人間の五情の言葉と両性の呼吸ともいえよう。懐竹抄を読んだことがあるだろう』
『覚えておりませんが』
『あの初めに――笛は五声八音の器、四徳二調の和なりとある』
『笛の先生みたいですね』
『わしは、極道坊主のお手本のようなものじゃ。どれ、ついでに、笛を鑑てあげよう』
『鑑てください』
手に取るとすぐ沢庵はいった。
『ウム、これは名器だ。この笛を捨子に添えてあったといえば、そなたの父も母者人、およそ人がらがわかる気がする』
『笛の先生も賞めていましたが、そんなにこれはよい品ですか』
『笛にも、姿がある、心格がある。手に触れて、すぐ感じるのだ。むかしは、鳥羽院の蟬折とか、小松殿の高野丸とか、清原助種が名をたかくした蛇逃がしの笛とか、ずいぶんの名器もあったらしいが、近ごろの殺伐な世間で、こんな笛を見たことは、沢庵も初めてと申してさしつかえない、吹かぬうちから身ぶるいが出る』
『そんなことを仰っしゃると、下手な私にはよけいに吹けなくなってしまう』
『銘があるの。......はて、星明りでは、読めないわえ』
『小さく、吟竜と書いてあります』
『吟竜。......なるほど』
と、笛鞘や袋とともに、彼女の手へかえして、
『さ。......所望』
と、厳粛にいった。沢庵の真剣な容子にお通もひきこまれて――
『では、拙い技でございますが......』
草のうえに坐り直し、作法を正して、笛へ礼儀をする。
もう沢庵は口もきかない。深夜の寂とした天地があるだけで、そこに沢庵という改まった人間はないもののようである、彼の黒いすがたは、この山の一個の岩のようにしか見えていなかった。
『............』
お通は、唇へ、笛をあてた。
七
白い面をやや横向きにし、お通はおもむろに笛を構えた。歌口に湿りを与えて、まず心の調べから整えているすがたは、いつものお通とも見えなかった。芸の力といおうか威厳があった。
『では......』
と、沢庵へ改まり、
『不束なすさびですが』
『............』
沢庵は、黙然とうなずく。
呂々と、笛は鳴りはじめた――
彼女の細くて白い指のふしが、一つ一つ、生きている小人のように、七ツの孔を踏んで踊る。
低い――水のせせらぎにも似た音に、沢庵は自分自身が、行く水となって、谷間にせかれ、瀬に遊んでいるような思いに引き込まれた。甲の音のあがる時は、魂を宙天へ攫われて、雲と戯れる心地がするし――と思えば、また地の声と天の響とが和して、颯々と世の無常をかなしむ松風の奏でと変ってゆく。
じっと眼をとじて、聞き惚れているうちに、沢庵は、昔三位博雅卿が、朱雀門の月の夜に、笛をふいて歩いていたところ、楼門の上で同じように笛を合調す者があったので、話しかけて笛を取りかえ、夜もすがら二人して興に乗じて吹き明かしたが後で聞けばそれは鬼の化身であったという、名笛の伝説を思い出さずにいられなかった。
鬼ですら音楽にはうごかされるという。まして、この佳人の横笛に、五情にもろい人間の子が、感動しないでおられようか。
沢庵は信じた。又、泣きたくなった。
涙こそこぼさないが、彼の顔は膝の間へだんだんに埋まっていた。その膝を、われともなく固く抱きしめていた。
焚火の火は、トロトロと、二人のあいだに燃え衰えて来たが、お通の頰は反対に紅くなった。自分のふく音に三昧となって、彼女が笛か、笛が彼女かわからない。
母は何処? 父は何処? とその音は宙を翔けて、生みの親を呼んでいるかのようであった。また――自分を捨てて他国にいる無情な男に、かくも、裏切られた処女ごころは痛み傷ついていることを、纏綿と恨んでいるようである。
猶、猶さらのこと。
この先――この傷手を持った十七の処女は――親も身寄りもない孤児は――どうして生き、どうして人なみな女の生きがいを、夢みて行かれるだろうか。
その遣るせなさを嫋々と愬えている。芸に陶酔してか? ――或は、そうした感情のようやく乱れかけて来たものか、お通の呼吸がやや疲れをあらわし、髪の生えぎわに、薄い汗がにじみ見えて来たかと思う頃、彼女の頰にぼろぼろと涙のすじが白く描かれていた。
長い曲はまだ終らない。喨々と、淙々と、咽ぶ限りを咽んで、止まるところを知らないもののようである。
すると......
ふと暗くなりかけた焚火明りから二、三間ほど先の草むらで、何か、ごそりと、獣でも這ったような物音がした。
沢庵は、ふと首を擡げて、その黒い物体を、じっと見つめていたが、静かに手をあげて、
『――そこのお人、露の中では冷たかろうに、遠慮なく、火のそばへ寄って、お聴きなされ』
と、話しかけた。
お通は、怪しんで、笛の手をやめ、
『沢庵さん、何を、独り言をいっているのですか』
『――知らぬのか、お通さん、先刻から、ソレそこに、武蔵が来て、そなたの笛を聴いているじゃないか』
と、指さした。
何気なく、ひょいと振り向いたお通は、途端に、我れに回って、
『きゃッ――』
と、そこの人影へ向って、手の横笛を投げつけた。
八
きゃッと叫んだお通よりも、却って驚いたらしいのは、そこにうずくまっていた人間であった。草むらから鹿のように起って、ぱっと彼方へ駈け出そうとする。
沢庵は、予期しなかったお通のさけびに、折角静かに網へ掬いかけていた魚を汀から逃がしたように、これも、あっと慌てて、
『――武蔵?』
と、満身の力で呼んだ。
『待たッしゃれ!』
つづいて投げた言葉にも、圧するような力があった。声圧というか、声縛というか、そのまま振りほどいて行かれない力がある。武蔵は、足に釘を打たれたように振り向いた。
『? ......』
らんらんと光る眼が、じっと、沢庵の影とお通のほうを見ていた。猜疑にみち、殺気にみち、殺気に燃えている眼である。
『............』
沢庵はそれっきり黙っていた、胸へ両の腕を静かに拱む、そして、武蔵が睨んでいる限り彼も相手を見つめているのだ、――息の数まで同じように合せて呼吸しているように。
そのうちに、沢庵の眼のまわりに、何ともいえない親しみぶかい皺が和やかに寄ると、拱んでいた腕を解いて、
『お出でよ』
と、彼から手招きした。
すると武蔵は、途端に眼ばたきをして、異様な表情をその真っ黒な顔にあらわした。
『ここへ来ぬか。――来て、一緒に遊ばぬか』
『? ......』
『酒もあるぞ、食べ物もあるぞ、わしらはおぬしの敵でも仇でもない。火をかこんで、話そうじゃないか』
『............』
『武蔵。......おぬしはきつい勘違いをしておりはせぬか。火もあり、酒もあり、食べ物もあり、又温かい情も酌めばある世の中だよ。おぬしは、好んで自身を地獄へ駈り立て、この世を歪んで視ておるのじゃろ。......理窟はよそう。おぬしの身となれば、理窟など耳には入るまい。さあ、この焚火のそばへ来てあたれ。......お通さん、先刻煮た芋の中へ、冷飯をいれて、芋雑炊でもつくろうじゃないか。わしも腹がへったよ』
お通は、鍋をかけ、沢庵は酒の壺を火であたためる。二人のそういう平和な様子を見さだめて、武蔵ははじめて安心を得たらしく、一歩一歩、近づいて来たが、今度は何か肩身のせまいような羞恥みに囚われて佇立んでいるのであった。沢庵は、一つの石ころを火のそばへ転がして来て、
『さあ、おかけ』
と、肩をたたいた。
武蔵は、素直に腰かけた。だがお通は彼の顔を仰ぐことが出来なかった。鎖のない猛獣の前にいるような気持だった。
『ウム、煮えたらしい』
鍋のふたを取って、沢庵は、箸の先へ芋を刺した。むしゃむしゃ自分の口へ入れて、試みながら、
『ホ。やわらかに煮えたわい。どうじゃ、おぬしも食べるか』
『............』
武蔵はうなずいて、初めて、ニッと白い歯を見せた。
九
お通が茶碗へ盛って渡すと、武蔵は、ふうふうと、熱い雑炊をふいて喰べる。
箸を持っている手がふるえている、茶碗のふちへ歯がガツガツと鳴る。いかに、飢えていたことか、浅ましいなどは常日頃のことばである。怖しいほど真剣な本能の戦慄であった。
『美味いのう』
沢庵は、先へ等を措いて、
『酒はどうじゃ』
と、すすめる。
『酒は飲みません』
武蔵は答えた。
『きらいか』
というと、武蔵は首を振った。幾十日の山ごもりに、彼の胃は強い刺戟に耐えないらしかった。
『お蔭様で、暖かになりました』
『もうよいのか』
『十分に――』
武蔵は、お通の手へ茶碗を返して――
『お通さん......』
と、改めて呼んだ。
お通は、うつ向いたまま、
『はい』
聞きとれないような声でいう。
『ここへ、何しに来たのか。ゆうべも、この辺に、火が見えたが』
武蔵の質問に、お通はどきっとした。どう答えようかと顫いていると沢庵が傍らから無造作に、
『実はの、おぬしを召捕りに登って来たのじゃ』
と、いって退けた。
武蔵は、かくべつ驚きもしなかった。黙然と首を垂れて――むしろ不審そうに二人の顔を見くらべるのだった。
沢庵は、ここぞと膝を向けて、
『どうじゃな武蔵、同じ捕まるものならばわしの法繩に縛られぬか、国主の掟も法だし、仏の誡めも法だが、同じ法は法でも、わしの縛る法の繩目のほうがまだまだ人間らしい扱いをするぞよ』
『嫌だ、おれは』
奮然と首を振る武蔵の血相を、宥めて、
『まあ聞くがよい。舎利になっても反抗してやろういう、おぬしの気持はわかる。だが、勝てるか』
『勝てるかとは』
『憎いと思う人間共に――領主の法規に――又自分自身に、勝ちきれるか』
『敗けだ! おれは......』
うめくようにいって、武蔵は、悲惨な顔を泣きたそうに顰めた。
『最後になったら、斬り死にするばかりだ。本位田の婆や、姫路の武士どもや、憎い奴らを、斬ッて斬ッて斬り捲くッて』
『姉は、どうする』
『え?』
『日名倉の山牢にとらわれているおぬしの姉――お吟どのはどうする気かな?』
『............』
『あの気だてのよい、弟思いなお吟どのを......。いやそればかりか、播磨の名族赤松家の支流平田将監以来の新免無二斎の家名をおのれは、どうする気か』
武蔵は、爪の伸びた黒い手で、顔を掩って、
『......しっ、知らんっ。......もう、そ、そんなこと、どうなるものか』
痩せ尖った肩を大きくふるわせ、そして潸然と泣いて叫んだ。
すると、沢庵は拳骨をかためて、不意に武蔵の顔を横から力まかせに撲り、
『この、馬鹿者っ!』
と、大喝した。
あっと、気をのまれた武蔵が、よろめくところを、沢庵は乗しかかって、更に、その顔へもう一つの鉄拳を下しながら、
『不所有者めッ、不孝者め。おのれの父、母、また祖先たちに代って、この沢庵が折檻してやる。もう一つこの拳を食らえ! 痛いか、痛くないか』
『ウーム痛い......』
『痛ければまだすこし人間の脈があるのじゃろう。――お通さん、そこの繩をおよこし。――何を憚っているか? 武蔵はもうわしに縛られると観念しているのだ。それは、権力の繩ではない。わしの縛るのは、慈悲の繩だ。――何を怖れたり不愍がッたりすることがあろうぞ! 早くよこしなさい』
組み敷かれた武蔵は、眼をつむっていた。刎ね返せば、沢庵の体ぐらい、鞠になって跳ぶであろうに、その脚も手も、ぐったり草の上に伸ばしたまま――そして、眼じりからとめどもなく涙をながして。
千 年 杉
一
朝である、七宝寺の山で、ごんごんと鐘が鳴りぬいた、何日もの刻の鐘ではない、約束の三日目だ。吉報か、凶報かと村の人々は、
『それっ』
とわれ勝ちに、駈けのぼって行った。
『捕まった! 武蔵が、捕まって来た』
『おウ、ほんまに』
『誰が、手捕にしたのじゃ』
『沢庵様がよ!』
本堂の前は、押し合うばかりな人で囲まれていた。そしてそこの階段の手欄に、猛獣のように縛りつけられている武蔵のすがたをながめ合って、
『ほウ』
と、大江山の鬼でも見たように生唾をのんだ。
沢庵は、にやにや笑いながら、階段に腰かけていた。
『村の衆、これでお前らも安心して耕作ができるじゃろうが』
人々はたちまち沢庵を村の護り神か、英雄かのように見直した。
土下座をするものがあった。彼の手を押しいただいて、足元から拝む者もあった。
『ごめん、ごめん』
沢庵は、それらの人々の盲拝に、閉口しきった手を振って、
『村の衆、よう聞け、武蔵が捕まったのは、わしが偉いためじゃない。自然の理だよ。世の掟にそむいて勝てる人間はひとりもありはしない、偉いのは、掟じゃよ』
『御謙遜なさる、なお偉いわ』
『そんなに押し売りするなら、かりにわしが偉いにしておいてもよいが。――時に、皆の衆に、相談があるがの』
『ほ、なんぞ?』
『ほかではないが、この武蔵の処分だ。わしが三日のうちに捕えて来なかったら、わしが首を縊り、もし捕えて来たら武蔵の身はわしの処分にまかせると、池田侯の御家来と約束した』
『それは聞いておりましただ』
『だが、さて......どうしたものじゃろうな。本人はこの通り、ここへ召捕って来たが、殺したものか、それとも、生かして放してやったものか?』
『滅相な――』
人々は、一致して叫んだ。
『殺してしまうに限る。こんな恐ろしい人間、生かしておいたとて、何になろうぞ、村の祟りになるだけじゃ』
『ふム......』
沢庵が何か考えているのをもどかしがって、
『ぶち殺せっ』
と、うしろの人達はわめいた。
すると、その図に乗って、ひとりの老婆が、前へ出て、武蔵の顔をにらみつけながら側へ寄って行った。本位田家のお杉隠居であった、手に持っていた桑の枝を振りあげて、
『ただ殺したくらいで腹が癒えようか。――この憎ていな頰ゲタめ!』
と、二ツ三ツ打ちすえて、
『沢庵どの』
と、今度は彼のほうへ喰ってかかるような眼を向けた。
『なんじゃ、おばば』
『わしの伜、又八はこやつのために生涯を過まり、本位田家は大事な跡とりを失うたのじゃ』
『ふム又八か、あの伜は、あまり出来がようないから、かえって、養子をもろうたほうが、おぬしのためじゃないのか』
『何をいわっしゃる。よかれ悪しかれ、わしの子でござる。武蔵は、この身にとって子の仇、こやつの身の処置は、この婆に、まかせて下されい』
すると――婆のそういう言葉を、誰かうしろの方で

った者がある。成らん! という横柄な声だった。人々は、その人物の
袂にさわることを怖れるようにさっと開いた、例の山狩の大将、どじょう
髯の
武士の顔がそこに見えた。
二
おそろしく不機嫌なていでいる。
『こらッ。見世物ではないぞ、百姓や町人共は、立ち去りおろう』
どじょう髯は、呶鳴った。
沢庵も、横からいった。
『いや、村の衆、去るには及ばんよ、武蔵の処分をどうするか、相談のため、わしが呼んだのだ、いておくれ』
『だまれっ』
どじょう髯は、肩をそびやかし、そういう沢庵をはじめ、お杉隠居と群集を睨めまわして、
『武蔵めは、国法を犯した大罪人、しかも、関ケ原の残党、断じてその方どもの手で処置することは相成らん。成敗は、お上においてなされる』
『いけないよ』
沢庵は、顔を振って、
『約束がちがう!』
断乎とした色を示した。
どじょう髯は、自分の一身にかかわるところと、躍起になって、
『沢庵どの、貴公には、お上より約束の金子をとらせるであろう。武蔵の身は此方へ申しうける』
聞くと、沢庵はおかしげに、からからと哄笑した。答えもせず、笑ってばかりいた。
どじょう髯は、真っ蒼になって、
『ぶッ、ぶ礼な。何がおかしい』
『どちらが無礼か。これ、お髯どの。おぬしはこの沢庵との約束を反古にする気か。よろしい、反古にしてみい、その代り、沢庵の捕えたこの武蔵は、今すぐ、繩目を解いて、押っ放すぞ』
村の人々は、驚いて、逃げ腰を退いた。
『よいか!』
『............』
『繩を解いておぬしへケシかけよう。おぬしはここで武蔵と一騎打ちして、勝手に召捕るがいい』
『あっ、待て待て』
『なんじゃ』
『折角、召捕ったもの、繩目を解いて、また騒動を起すにもおよぶまい。......では、武蔵を斬ることはまかせるが、首は、此方へ渡すであろうな』
『首を? ......冗戯ではない、葬式は坊主のつとめ。おぬしに、死骸をまかせては、寺の商売が立ちゆかぬ』
子供あしらいである。沢庵は、揶揄して、又村の人へ向き直っていた。
『一同へ、御意見を求めても、遽かに評議は決まりそうもない。殺すにしても、ばっさり斬ってしまっては、腹が癒えんという婆もいるからの。――そうだ、四、五日のあいだ、武蔵の身は、あの千年杉の梢に上げて、手足を幹に縛りつけ、雨ざらし風ざらし、鴉に眼だまをほじらせてくれたらどうじゃろ?』
『............』
すこし酷すぎると思ったのだろう、誰も返辞をしなかった。すると、お杉隠居が、
『沢庵どの、よい智慧じゃ、四日五日はおろか、十日でも二十日でも、千年杉の梢へ曝しにかけ、最後にはこの婆がとどめを刺してくれまする』
と、いった。
無造作に、
『じゃあ、そう決めよう』
沢庵は、武蔵の繩じりをつかんだ。
武蔵は、黙然と、うつ向いたまま千年杉の下へ歩むのだった。
村の者たちは、ふと、不愍を感じたが、先頃からの憤怒はまだ消え切れなかった。たちまち、麻繩を足して、彼の体を、二丈も空の梢へ引き揚げ、藁人形のように縛りつけて降りて来た。
三
山から降りて来た日、寺へもどって、自分の部屋へ入ると、お通はその日から急に、独りぽっちの身が淋しくてならなくなった。
(なぜかしら?)
独りぽっちは、今始まった事ではないし、寺には、とも角、人もおり火の気もあり明りも燈っているが、山にいた三日間というものは、寂寞たる闇の中に、沢庵さんとたった二人であった。――だのに何故、寺へ帰って来てからの方が、こんなに淋しい気がするのか?
自分の気もちを、自分へ訊いてみようとするものらしく、この十七の処女は、窓の小机に頰づえをついた儘、半日を凝とそうしていた。
(わかった)
うっすらと、お通は、自分の心を観た気がした。淋しいという心は飢と同じだ。皮膚の外のものではない、そこに、満ち足りないものを感じる時、さびしさが身に迫る。
寺には人の出入りがあるし、火の気も明りもあって賑やかそうだが、そういう形の現象でこの淋しさは癒やせるものでない。
山には、無言の樹と霧と闇しかないが、そこにいた一人の沢庵という人は、決して、皮膚の外の人ではなかった。あの人の言葉には、血をくぐって心へ触れ、火よりも明りよりも心を賑やかにしてくれるものがある。
(その沢庵さんがいないから!)
お通は、起ちかけた。
然しその沢庵は、武蔵の処置をしてから姫路藩の家来たちと何か客間で膝詰めの相談事をしていた。里へ降りてはとても忙しくて、自分と山の中でのような話などしていられそうもない。
そう気づくと、彼女はまた、坐り直した。ひしひしと、知己が欲しいと思う。数は求めない、ただ一人でよい、自分を知ってくれるもの、自分の力になってくれるもの、信じられるもの――それが欲しい! もう気が狂うほど、そういう人がこの身に欲しい!
笛。――ふた親のかたみの笛。――ああそれはここにあるが、処女の十七ともなれば、もう、冷たい一管の竹では防ぎ得ないものが育っている。もっと切実な、現実的な対象でなければ満ち足りない。
『くやしい......』
それにつけて彼女は、本位田又八の冷たい心を恨まずにはいられなかった。塗机は涙でよごれ、独りで怒る血は、こめかみの筋を青くして、ずきずきと、その辺がまた痛んでくる。
うしろの襖が、そっと開いた。
いつの間にか大寺の庫裡には暮色が湧いていた。開けた襖ごしに、厨の火が赤く見える。
『やれやれ、ここに居やったかいの。......一日暇をつぶしてしもうた』
呟きながら入って来たのは、お杉ばばであった。
『これは、おばば様』
あわてて敷物を出すと、お杉は、会釈もなく木魚のように坐って、
『嫁御』
と、いかめしい。
『はい』
竦むように、お通は手をつかえた。
『そなたの覚悟をたしかめた上、ちと話があるのじゃ。今まで、あの沢庵坊主や、姫路の御家来たちと話していたが、ここの納所、茶も出さぬ。喉が渇きました。まず先に、ばばに茶を一ぱい汲んでおくりゃれ』
四
『ほかではないがの......』
お通の出す渋茶を取ると、ばばは改まって、すぐいい出した。
『武蔵めのいうた事ゆえ、うかとは信じられぬが、又八は、他国で生きているそうじゃよ』
『左様でございますか』
お通は冷ややかだった。
『いや、たとい、死んで居ればとてじゃ、そなたという者は、又八の嫁として、この寺の和尚どのを親元に、確と、本位田家にもらいうけた嫁御、この後どんな事情になろうと、それに、二心はあるまいの』
『ええ......』
『あるまいの』
『は......い......』
『それでまず、一つは安心しました。ついては、とかく、世間がうるさいし、わしも、又八がまだ当分もどらぬとすれば、身のまわりも不自由、分家の嫁ばかり、そうそう使うてもおられぬ故、この折に、そなたは寺を出て、本位田家のほうへ身を移してもらいたいが』
『あの......私が......』
『ほかに誰が、本位田家へ嫁として来るものがあろうぞいの』
『でも......』
『わしと暮すのは嫌とでもおいいか』
『そ......そんな理ではございませぬが』
『荷物を纏めて置きやい』
『あの......又八さんが、帰ってからでは』
『なりません』
と、お杉は極めつけて、
『せがれが戻るまでの間に、そなたの身に虫がついてはならぬ。嫁の素行を見まもるのは、わしの役目、この婆の側にいて、伜がもどるまでに、畑仕事、飼蚕のしよう、お針、行儀作法、何かと教えましょう。よいか』
『は......はい......』
仕方なくいう自分の声が、情なくて泣くように自分には聞えた。
『次に』
と、お杉は命じるように、
『武蔵のことじゃが、あの沢庵坊主の肚は、ばばには、どうも解せぬ。そなたは、幸いに此寺にいる身でもあること故、武蔵めの生命が終るまで、怠らずに、ここで見張っていやい――真夜半など、気をつけておらぬと、あの沢庵が、何を気ままに為て退けぬものものでもない』
『では......私が此寺を出るのは、今すぐでなくともよいのでございますか』
『いちどに、両方はできますまい。そなたが、荷物と一緒に本位田家へ移って来る日は、武蔵の首が胴を離れた日じゃよ。わかりましたか』
『畏まりました』
『きっと吩咐けましたぞよ』
念を押して、お杉は去った。
すると――その機会を待っていたように、窓の外に人影が映し、
『お通、お通』
と小声で誰か招く。
ふと、顔を出してみると、どじょう髯の大将がそこに佇立んでいる。いきなり窓ごしに彼女の手を強く握って、
『そちにも、いろいろ世話になったが、藩からお召状が来て、急に姫路へもどらねばならぬことになった』
『ま、それは......』
手をすくめたが、どじょう髯はなお固く握って、
『御用は、今度の事件が聞えて、それについてのお取糺しらしい。武蔵の首級さえ取れば、わしの面目は立派に立ち、言い開きもつくのじゃが、沢庵坊主め、何といっても意地を曲げて渡しおらぬ。......だが、そなただけは、此方の味方じゃろうな。――この手紙、後でよい、人のおらぬ所で、読んでくれい』
何か、手へ摑ませると、どじょう髯の影は、あたふたと、麓のほうへ急ぎ足にかくれた。
五
手紙だけではない、何か、重い物がそれにはつつんである。
どじょう髯の野心は彼女にもよく分っていた。不気味であったが、怖々、開けてみると、眩ゆい山吹色の慶長大判が一枚。
そして、手紙には、
言葉のうえにても申し候通り、この数日以内に、武蔵が首級を打って密かに、姫路の城下まで、急ぎお越し候らえ。
さなくとも此方の意中は、すでにお許も御ぞん知に候うべし、身不肖なれど、池田侯の家中にて、青木 丹左衛門と申せば千石取りの武士にて、知らぬは無之候。お許を、宿の妻にせんと真実もって存ずるなり、千石どりの奥方ともなれば、栄華も意のままに候ぞかし。八幡、偽りはあらじ、この文を、誓紙がわりに持ち候らえ。又、武蔵が首級、良人のためぞと、それも必ずお携え給わるべく候。
先は、急ぎのまま、あらまし。
丹 左
『お通さん、御飯を食べたかね』
外で沢庵の声がしたので、お通は、草履をはいて出て行きながら、
『こん夜は食べたくないんです。すこし頭が痛くて――』
『何じゃ! 持っておるのは』
『てがみ』
『誰の』
『見ますか』
『さしつかえないならば』
『ちッとも』
お通が渡すと、沢庵は一読して、大きく笑った。
『苦しまぎれに、お通さんを色と欲とで買収と出おったな。あのお髯どのの名が青木丹左衛門とはこの手紙で初めて知った。世の中には、奇特なさむらいもある。いや、おめでたいことだ』
『それはいいですけど、お金がつつんであったのです。どうしましょう、これを?』
『ホ、大金だのう』
『困ってしまう......』
『何の、金の始末なら』
沢庵は取って、本堂の前へ歩いて行った。そして、賽銭箱の中へ抛り込もうとしかけたが、その金を額に当てて拝んだ後、
『いや、そなたが持っておるさ、邪魔にもなるまい』
『でも、後で何か、いいがかりをつけられると嫌ですから』
『もうこの金は、お髯どのの金ではない、如来様へ賽銭にさしあげて、如来様から改めていただいたお金じゃよ。お守のかわりに持っておいで』
お通の帯のあいだへそれを差し入れて、
『......あ。風だな、今夜は』
と、空を仰ぐ。
『しばらく降りませんでしたから......』
『春も終りだから、散った花屑やら人間の惰気を、ひと雨ドッと、洗いながすもよかろう』
『そんな大雨が来たら、武蔵さんは一体どうなるでしょう』
『うム、彼の人か......』
二つの顔が一しょに、千年杉のほうを振り向いた時である。風の中の喬木の上から、
『沢庵っ、沢庵っ!』
人間の声がした。
『や? 武蔵か』
眸をこらしていると、
『くそ坊主っ、似非坊主の沢庵。一言いうことがある。この下へ参れっ――』
梢を烈しく吹きなぐる風に、声は裂けて異様にひびく。そして大地へも沢庵の顔へも、さんさんと杉の葉が落ちて来た。
六
『はははは。武蔵、なかなか元気でおるな』
沢庵は、声のする大樹の下へ、草履を運んで行きながら、
『元気はよいらしいが、近づく死の恐れに、逆上しての、気ちがい元気ではあるまいな』
程よい所に足をとめて、仰向くと、
『だまれっ』
武蔵の再びいう声だ。
元気というよりは怒気であった。
『死を怖れる程ならば、なんで神妙に貴さまの縛をうけるかっ』
『縛をうけたのは、わしが強くて、おまえが弱いからだ』
『坊主っ、何をいうか!』
『大きく出たな。今のいい方がわるければ、わしが悧巧で、おまえが阿呆――といい直そうか』
『うぬ、いわしておけば』
『これこれ、樹の上のお猿さん、もがいた所でこの大木へ、がんじ絡みになっているおまえが、どうもなるまい、見ぐるしいぞ』
『聞けッ、沢庵』
『おお、なんじゃ』
『あのとき、この武蔵が争う気ならば、貴様のようなヘボ胡瓜、踏み殺すのに造作はなかったのだぞ』
『だめだよ、もう間に合わん』
『そ! ......それを! ......自分から手をまわしたのは、貴様の高僧めかしたことばに巧々と騙かられたのだ。たとい繩目にはかけても、このような生き恥をかかせはしまいと信じたからだ』
『それから――』
と沢庵は嘯いた。
『だのに、なぜ! なんで! ......この武蔵の首を早く打たないかっ......同じ死所を選ぶなら、村の奴らや、敵の手にかかるより、僧でもあるし、武士の情もわきまえていそうな貴様に――と思って体を授けたのがおのれの誤りだった』
『誤りは、それだけか。おまえの為てきた事は誤りだらけだと思わないか。そうしている間に、すこし過去を考えろ』
『やかましい。おれは、天に恥じない。又八のおばばは、おれを仇の何のと罵ったが、おれは、又八の消息をあのおふくろへ告げることが、自分の責任だ、友達の信義だ、そう思ったからこそ、山木戸をむりに越え、村へ帰って来たのだ。――それが武士の道にそむいているか』
『そんな枝葉の問題じゃない、大体、おまえの肚――性根――根本の考えかたが間違っているから、一つ二つさむらいらしい真似をしても、何もならんのみか、却って正義だなどと、力めば力むほど、身をやぶり、人に迷惑をかけ、その通り自繩自縛というものに落ちるのだよ。......どうだ武蔵、見晴らしがよかろう』
『坊主、覚えておれ』
『乾物になるまで、そこから少し十方世界のひろさを見ろ、人間界を高処からながめて考え直せ。あの世へ行って御先祖さまにお目にかかり、死に際に、沢庵という男がこう申しましたと告げてみい。御先祖さまは、よい引導をうけて来たと欣ぶに違いない』
――それまで、化石したように、うしろの方に立ち竦んでいたお通は、ふいに、走りよって、甲だかく叫んだ。
『あんまりです! 沢庵さん! いくら何でも、先刻から聞いていれば、抵抗のできない者へ酷すぎます。......あ、あなたは僧侶じゃありませんか。しかも武蔵さんのいう通り、武蔵さんはあなたを信じて、争わずに、縛めをうけたのではありませんか』
『これはしたり、同士打ちか』
『無慈悲ですっ。......わたしは、今のようなことを貴方がいうと、貴方が嫌いになってしまいます。殺すものなら、武蔵さんも覚悟のこと、いさぎよく殺してあげてはどうですか』
お通は、血相を変えて、喰ってかかった。
七
激しやすい処女の感情は、青じろい権まくを顔にもって、涙まじりに、あいての胸へしがみついて行った。
『うるさい』
沢庵は、いつになく怖い顔して、
『女などが知ったことか。黙っておれっ』
と、叱った。
『いいえ! いいえ!』
つよく顔を振りながら、お通も、何時ものお通でなかった。
『わたしにも、このことについては、口を出す権利があります。いたどりの牧へ行って、私も、三日三晩、努めたのですから』
『いかん! 武蔵の処分は、誰がなんといおうと、この沢庵がする』
『ですから、斬るものなら、斬ったがよいではありませんか。何も、半殺しにして、他人の酷い目を、たのしむような非道をしなくても』
『これが、わしの病だ』
『ええ、情ない』
『退いていなさい』
『退きません』
『また、強情が始まったな。この女め!』
力づよく振り放すと、お通は、杉の根へよろめいて行って、わっと、そのまま樹の幹へ、顔も胸も押しあてて泣き出した。
沢庵までが、こんな残酷な人とは、彼女は思っていなかった。村の者のてまえ一応は樹へ縛っても、最後には何か情のある処置を執るのだろうと思っていたのに、実はこういう残虐なことを楽しむのが病だとこの人はいうのだ。お通は、人間というものに、戦慄せずにいられない。
信じぬいていた沢庵までが、嫌な人になることは世の中のすべてが嫌になるのも同じだった。あらゆる人が信じられないとしたら......彼女は滅失の底に泣き沈んだ。
だが――
彼女は、ふと、泣き顔を、押しあてている樹の幹に、あやしい情熱を覚えた。この千年杉のうえに縛られている人――凛烈な声を天から投げてくる人――その武蔵の血が、この十人の腕でも抱えきれないような太い幹へ通っているような心地がする――
武士の子らしい! 潔い! そして、何という信義のつよい人。沢庵さんに縛られたあの時の様子や先刻からの言葉を聞けば、この人は、涙もろい、気のよわい、情の半面すら持っている。
今までは、衆評にまき込まれて、自分も武蔵という人を考え違いしていた。――どこにこの人を、悪鬼のように憎むところがあろう、猛獣のように怖がったり狩立てなければならない性質があるだろうか。
『............』
背にも肩にも嗚咽の波を打ちながら、お通はひしと千年杉の幹を抱きしめるような気特でいた。頰の涙を、樹の皮膚へこすりつけた。
天狗がゆするように、天の梢が鳴りだした。
ポツ! と大きな雨つぶが、彼女の襟もとへも、沢庵の頭へもこぼれて来たのである。
『お! 降って来たわ』
頭へ、手をやりながら、
『おい、お通さん』
『............』
『泣き虫のお通さん、そなたが泣くので、天までベソを搔いて来たじゃないか。風があるし、これや大降りになろう、濡れぬうちに、退散退散。死んでゆく奴にかまっていないで、はやくお出で』
すぽりと法衣を頭から被ると、沢庵は、逃げるように本堂の内へ駈け込んでしまう。
雨は、やにわに降りそそいで来て、闇のすそが、真っ白にぼかされた。
ぽたぽたと背に落ちるしずくの打つにまかせて、お通はいつまでも動かなかった。――梢の上の武蔵はいうまでもない。
八
お通は、どうしても、そこを去る気もちになれなかった。
雨やしずくが、背をとおして、肌着にまで浸みて来たが、武蔵のことを思えば何でもない気がする。だが、何で、武蔵の苦しみとともに自分も苦しみたいのか――それは考えている余裕もない。
ただ遽かに、彼女には見事な男性の象がそこに見えていたのである。こんな人こそ、真の男性ではないかと思うと共に、殺したくないと念ずる思いが真剣にこみあげてくるのであった。
『かあいそうな!』
彼女は、樹をめぐって、おろおろしだした。仰いでも、その人の影すら見えない雨と風であった。
『――武蔵さあん!』
思わずさけんだが、返辞はない。あの人も又この私を、本位田家の一人のように、村の人々と同じように、冷酷な人間と視ているにちがいない。
『こんな雨に打たれていたら、一晩で死んでしまう。......ああ、誰か、これほど人間の多い世間なのに、一人の武蔵さんを、助けてやろうとする人はないのか』
お通は、突然、雨の中をまっしぐらに駈けだした。風は彼女を追いかけるように吹いた。
寺の裏は、庫裡も方丈も、すべて閉まっていた。樋をあふれる水が、滝のように地を穿っていた。
『沢庵さん、沢庵さん』
そこの戸は、沢庵にあてがわれている一室だった。お通が、外から烈しく叩くと、
『誰だい?』
『わたしです、お通です』
『あっ、まだ外にいたのか』
すぐ戸を開けて、水煙の廂の下をながめ、
『ひどい! ひどい! 雨がふき込む、早くお入り』
『いいえ、お願いがあって来たのです。後生ですから、沢庵さん、あの人を、樹から下ろしてあげて下さい』
『誰を』
『武蔵さんを』
『とんでもないこと』
『恩に着ます』
お通は、雨の中に膝まずいて沢庵のすがたへ、掌をあわせた。
『この通りです......私をどうしてもかまいませんから......彼の人を、彼の人を』
雨の音は、お通の泣き声を打ちたたいたが、お通は、滝つぼの中にある行者のように、合わせた掌をかたくして、
『おがみます、沢庵さん、おすがりいたします、私にできる事ならどんな事でもしますから......あ、あのお方を、たすけて』
泣いてさけぶ彼女の口の中まで雨はふき荒んでいる。
沢庵は、石みたいに黙っていた。本尊仏を秘めた厨子の扉のように瞼をふかくふさいでいるのである。大きな息をついて、やがてその瞼をくわっと開けると、
『はやく寝なさい。丈夫な体でもないのに、雨水は毒じゃということを知らんのか』
『もしっ......』
お通が、戸へすがると、
『わしは寝る。そなたも寝や』
雨戸はかたく閉められてしまった。
だがお通は、諦めなかった。屈しなかった。
床下へ入って行って、沢庵の寝床の敷かれたあたりへ、
『おねがいです! 一生のおねがいです! ......もしッ、聞えませんか、ええ沢庵さんの人非人......鬼ッ......貴方には血がかよっていないのですか』
根気よく黙りこくっていたが、とても寝つかれないとみえて、沢庵はとうとう癎癪を起したように飛び起きて呶鳴った。
『おーいッ、寺の衆っ、わしが部屋の床下に、泥棒が忍んでおるで、捕まえてくれんか』
樹 石 問 答
一
春も、ゆうべの雨や風で、残りなく洗われてしまった。今朝は、陽の光もおそろしく強く額を射る。
『沢庵どの、武蔵はまだ生きておりますかいの』
お杉隠居は、夜が明けると、待ち遠しい楽しみでも見物に来たように寺を覗いてそういった。
『おう、おばばか』
沢庵は、縁へ出て来て、
『ゆうべの雨はひどかったのう』
『よい気味な嵐でおざった』
『だが、いくら豪雨に叩かれたとて、一夜や二夜で、人間は死ぬまいて』
『あれでも生きているのじゃろうか? ......』
とお杉婆は、皺の中の針のような眼を眩しげに、千年杉の梢に向けて、
『雑巾のように貼りついたまま、身うごきもしていぬが』
『鴉が、あの顔へたからぬところを見れば、武蔵は、まだ生きているに違いなかろうで』
『大きに――』
お杉はうなずきながら、奥を覗いて、
『嫁が見えぬが、呼んでおくれぬか』
『嫁とは』
『うちのお通じゃ』
『あれはまだ本位田家の嫁ではあるまいが』
『近いうち、嫁にする』
『聟のいない家へ、嫁をむかえて誰が添うのか』
『おぬし、風来坊のくせに、よけいな心配はせぬものよ。お通は、どこにいますかいの』
『たぶん、寝ておるじゃろう』
『アアそうか......』
独り合点して――
『夜は、武蔵の見張をしておれとわしが吩咐けたゆえ昼間は眠たいも道理......。沢庵どの昼間の見張は、おぬしの役じゃぞ』
お杉は、千年杉の下へ行って、暫く仰向いていたが、やがてこつこつと桑の杖をついて里へ降りて行った。
沢庵は、部屋へ入ると、晩まで顔を見せなかった。里の子が上って来て、千年杉の梢へ石を投げた時、障子をあけて、
『洟たれッ! 何をするかっ』
と一度、大声で叱ったきり、その障子は、終日閉まっていた。
同じ棟の幾間かを隔てて、お通の部屋があったが、そこの障子も今日は閉ったきりであった。納所の僧が、煎じ薬を持って入ったり粥の土鍋を運んで行ったりしていた。
ゆうべあの大雨の中を、お通は寺の者に見つかって無理やりに屋内へ引上げられ、住職からは、さんざん叱言をいわれたりした。そのあげく風邪ぎみの熱を発してきょうは寝たきり頭があがらないでいるという事だった。
こよいは、ゆうべの空とは打って変って、月が明るかった。寺の者が寝しずまると、沢庵は、書物に倦いたように、草履を穿いて、外へ出て行った。
『武蔵――』
そう呼ぶと、杉の梢が、高い所ですこし揺れた。
バラバラと露の光が落ちてくる。
『――不憫や、返辞をする元気も失せたのか、武蔵っ、武蔵っ』
すると、すさまじい力で、
『なんだッ! くそ坊主!』
少しも衰えのない武蔵の呶号だった。
『ホ......』
と、見上げ直して、
『声は出るな。そのあんばいではまだ五、六日は持つだろう。時に......腹ぐあいは何うだ』
『雑言は無用、坊主、はやく俺の首を刎ねろ』
『いやいや、うかつに首は斬られない。貴さまのような我武者は、首だけになっても、飛びついて来るおそれがあるからな。......まあ、月でも見ようか』
沢庵は、そこの石へ、腰をおろした。
二
『うぬっ、どうするか、見ていろっ――』
武蔵は、満身の力で、自分の身を縛めている老杉の梢をゆさゆさうごかしていう。
バラバラと、杉の皮や、杉の葉が、沢庵の頭へこぼれて来る。その襟元を払いながら沢庵は仰向いて――
『そうだ、そうだ。それくらい怒ってみなければ、ほんとの生命力も、人間の味も、出ては来ぬ。近頃の人間は、怒らぬことをもって知識人であるとしたり、人格の奥行きと見せかけたりしているが、そんな老成ぶった振舞いを、若い奴らが真似るに至っては言語道断じゃ、若い者は、怒らにゃいかん。もッと怒れ、もッと怒れ』
『オオ! 今に、この繩を摺り切って、大地へ落ちて貴様を蹴殺してやるから、待っておれ』
『頼もしい。それまで待っていてやろう。――しかし、続くか。繩の切れないうちに、おぬしの生命が断れてしまいはせぬか』
『何をっ』
『おう、えらい力、木がうごく。しかし、大地はびくともせぬじゃないか。抑々、おぬしの怒りは、私憤だから弱い。男児の怒りは、公憤でなければいかん。われのみの小さな感情で怒るのは、女性の怒りというものだ』
『何とでも、存分に吐ざいておれ。――今にみよ』
『駄目さ。――もうよせ武蔵、疲れるだけじゃぞ。――いくらもがいたところで、天地はおろか、この喬木の枝一つ裂くことはなるまい』
『うーむ......残念だ』
『それだけの力を、国家のためとまではいわん、せめて、他人のためにそそいでみい、天地はおろか、神もうごく。――いわんや人をや』
沢庵はこの辺りから、やや説教口調になって、
『惜しむべし、惜しむべし。おぬし、折角人と生れながら、猪、狼にひとしい野性のまま、一歩も、人間らしゅう至らぬ間に、紅顔、可惜ここに終ろうとする』
『やかましいッ』
唾を吐いたが、唾は、高い梢から地上へ来るまでの途中で霧になってしまう。
『聞けよ! 武蔵。――おぬしは、自分の腕力に思い上っていたろうが。世の中に、俺ほど強い人間はないと慢じていたろうが。......それが何うじゃ、その態は』
『おれは恥じない。腕で貴さまに負けたのではない』
『策で負けようが、口先で負けようが、要するに、負けは負けだ。その証拠には、いかに口惜しがっても、わしは勝者となって石の床几に腰かけ、おぬしは敗者のみじめな姿を、樹の上に曝されているではないか。――これは一体、何の差か、わかるか』
『............』
『腕ずくでは、成程、おぬしが強いに極っている。虎と人間では、角力にならん。だが、虎はやはり、人間以下のものでしかないのだぞ』
『............』
『たとえば、おぬしの勇気もそうだ、今日までの振舞は、無智から来ている生命知らずの蛮勇だ、人間の勇気ではない、武士の強さとはそんなものじゃないのだ。怖いものの怖さをよく知っているのが人間の勇気であり、生命は、惜しみいたわって珠とも抱き、そして、真の死所を得ることが、真の人間というものじゃ。......惜しいと、わしがいうたのはそこの事だ。おぬしには生れながらの腕力と剛気はあるが、学問がない、武道の悪いところだけを学んで、智徳を磨こうとしなかった。文武二道というが、二道とは、ふた道と読むのではない。ふたつを備えて、一つだよ。――わかるか、武蔵』
三
石もいわず、樹も語らず、闇は寂としたままの闇であった。そしてやや暫くの沈黙がつづいていた。
――と。やがてやおら沢庵は石の上から腰をあげて、
『武蔵、もう一晩、考えてみなさい。そのうえで、首を刎ねてやろう』
と、立ち去りかけた。
十歩――いや二十歩ほど、彼が背を見せて、本堂のほうへもう歩み出していた時である。
『あ。しばらく!』
武蔵が空からいった。
『――なんじゃ?』
遠くから沢庵が振向いて答える。
『もいちど、樹の下へもどってくれ』
『ふム......こうか』
すると樹上の影は突然、
『沢庵坊――助けてくれッ』
と、大声で喚いた。
にわかに泣いてでもいるように、天の梢はふるえていう。
『――俺は、今から生れ直したい。......人間と生れたのは大きな使命をもって出て来たのだということがわかった。......そ、その生甲斐がわかったと思ったら、途端に、俺は、この樹の上にしばられている生命じゃないか。......アア! 取り返しのつかないことをした』
『よく気がついた。それでおぬしの生命は、初めて人間なみになったといえる』
『――ああ死にたくない。もう一ペん生きてみたい。生きて、出直してみたいんだ。......沢庵坊、後生だ、助けてくれ』
『いかん!』
断乎として、沢庵は首を振った。
『何事も、やり直しの出来ないのが人生だ。世の中のこと、すべて、真剣勝負だ。相手に斬られてから、首をつぎ直して起ち上ろうというのと同じだ。不愍だが沢庵はその繩を解いてやれん。せめて、死に顔のみぐるしくないように、念仏でも唱えて、静かに、生死の境を嚙みしめておくがよい』
――それなり草履の音はピタピタと彼方へ消えてしまった。武蔵も、それきり喚かなかった。彼にいわれたとおり、大悟の眼をふさいで、もう生きる気も捨て、死ぬ気もすて、颯々と夜を吹くかぜと小糠星の中に、骨の髄まで、冷たくなってしまったもののようであった。
......すると、誰か?
樹の下へ立って、梢を仰いでいる人影があった。やがて千年杉に抱きついて、一生懸命に、低い枝の辺までよじ登ろうとするのであったが、樹のぼりに妙を得ない人とみえ、少し登りかけると、木の皮と一緒に、辷り落ちてしまう。
それでも――木の皮より手の皮がすり剝けてしまいそうになっても――倦まず屈せず、一心不乱に繰返してかじりついているうちに、やっと、下の枝に手が懸り、次の枝に手をのばし、それから先は、難なく、高い所まで登ってしまった。
そして、息を喘りながら――
『......武蔵さん......武蔵さん......』
武蔵は、眼だけまだ生きている髑髏のような顔を向けて、
『......オ?』
『わたしです』
『......お通さん? ......』
『逃げましょう。......あなたは生命が惜しいと先刻いいましたね』
『逃げる?』
『え......。わたしも、もうこの村にはいられないんです。......いれば......ああ堪えられない。......武蔵さん、わたしは、あなたを救いますよ。あなたは、私の救いを受けてくれますか』
『おうっ、切ってくれ! 切ってくれ! この繩目を』
『お待ちなさい』
お通は、小さな旅包みを片襷に負い、髪から足ごしらえまで、すっかり旅出の身仕度をしているのである。
短刀を抜いて、武蔵の繩目を、ぶつりと断った。武蔵は、手も脚も知覚がなくなっていたのである。お通が抱き支えはしたが、却って、彼女も共に足を踏み外し、大地へ向って、二つの体は勢いよく落ちて行った。
四
武蔵は立っていた。二丈もある樹のうえから落ちたのに、茫然と、大地に立っている。
ウーム......と呻く声が彼の足もとに聞えた。ふと眼を落して見ると、一緒に落ちたお通が、手脚を突ッぱって地にもがいているのである。
『おっ』
抱き起して――
『お通さん、お通さん!』
『......痛い......痛い』
『どこを打った?』
『どこを打ったか分りません。......だけど、歩けます、大丈夫です』
『途中の枝で、何度もぶつかっているから、大した怪我はしていないはずだ』
『私より、あなたは』
『俺は......』
武蔵は、考えてから、
『――俺は生きている!』
『生きていますとも』
『それだけしか分らないんだ』
『逃げましょう! 一刻も早く。......もし人に見つかったら、私もあなたも、今度こそは、生命がありません』
お通は跛行をひきながら歩き出した。武蔵も歩いた。――黙々と、遅々と、秋の霜を、片輪の虫が歩むように。
『ご覧なさい、播磨灘の方が、ほんのり夜が白みかけました』
『ここは何処』
『中山峠。......もう頂上です』
『そんなに歩いて来たかなあ』
『一心は怖いものですね。そうそう、あなたは、まる二日二晩、何も食べていないでしょう』
そういわれて、武蔵は初めて飢渇を思い出した。
背に負っている包みを解いて、お通は、米の粉を練った餅を出した。甘い餡が舌から喉へ落ちてゆくと、武蔵は、生のよろこびに、餅を持っている指が顫えて
(俺は生きたぞ)
と、つよく思い、同時に、
(これから生れ変るのだ!)
と、信念した。
紅い朝雲が、二人の顔を焼いた。お通の顔が鮮やかに見えてくると、武蔵は、ここに彼女と二人でいることが夢のようで、どうしても不思議な気がしてならない――
『さ、昼間になったら、油断は出来ませんよ。それに、すぐ国境にかかりますから』
国境と聞くと武蔵の眼は、急に、爛として、
『そうだ、おれはこれから日名倉の木戸へ行く』
『え? ......日名倉へですって』
『あそこの山牢には、姉上が捕まっている。姉上を助け出して行くから、お通さんとは、ここで別れよう』
『............』
お通は、うらめしげに、武蔵の顔を黙って見ていたが、やがて、
『あなたは、そんな気なんですか。ここでもう別れてしまうくらいなら、私は、宮本村を出て参りません』
『だって、為方がない』
『武蔵さん』
お通は、詰め寄るような眼ざしをもって、彼の手へ、自分の手を触れかけたが、顔も体も、熱くなって、ただ情熱にふるえるだけだった。
『わたしの気持、今に、ゆっくり話しますけれど、ここでお別れするのは嫌です。どこへでも、連れて行って下さい』
『......でも』
『後生です』
『――あなたが嫌だといっても、私は離れません。もし、お吟さまを救い出すのに、私がいて足手まといなら、私は、姫路の御城下まで先に行って待っていますから』
『じゃあ......』
武蔵はもう起ちかけた。
『きっとですね』
『あ』
『城下端れの花田橋で待っていますよ。来ないうちは、百日でも、千日でも立っていますからね』
ただ頷きを見せて、武蔵はもう峠づたいに山の背を駈けていた。
三日月茶屋
一
『おばば。――おばばッ』
孫の丙太だった。
跣足で、そとから素ッ飛んで帰って来ると、青い鼻汁を横にこすって、
『たいへんだがな、おばば、知らんのけ。何してるんや』
と、台所をのぞいて喚いた。
竈のまえに、火吹竹を持って火を吹いていたお杉隠居は、
『なんじゃ、仰山な』
『村の者が、あんなに騒いでいるに、おばば、飯など炊いているんか。――武蔵めが、逃げたのを、知らんのやろ』
『えっ。――逃げた?』
『今朝ンなったら、武蔵めが、千年杉のうえに見えんのや』
『ほんまか』
『お寺ではお寺で、お通姉も見えんいうてでかい騒ぎだぞい』
丙太は、自分の知らせが、予想以上に、おばばの血相を物凄く変らせたので、びっくりしたように、指を嚙んでいた。
『丙太よ』
『あい』
『汝れ、突ッ走って、分家の兄んちゃまを呼んで来う。河原の権叔父にも、すぐ来てくれというて来るのじゃ』
お杉隠居の声はふるえていた。
だが――丙太が、門を出ないうちに、本位田家の表には、がやがやと人が集まっていた。その中には、分家の聟も、河原の権叔父も交じっていたし、また、ほかの縁類や小作人などもいて、
『お通阿女が逃がしたのやろ』
『沢庵坊主も、姿が見えぬ』
『ふたりの仕業じゃ』
『どうしてくれよう』
すでに、分家の聟や、権叔父などは、祖先伝来の槍をかかえて、本家の門に、悲壮な眼を集めているのだった。
そして――
『おばば、聞いたか――』
と、奥へいう。
お杉隠居は、さすがに、この大事が事実と分ると、こみあげる怒気を抑えて、仏間に坐っていたが、
『――今参るまで、静かにしていやい』
と、そこからいって、何か黙禱して後悠々と、刀簞笥をあけたり、衣裳や足ごしらえをして皆の前へ出て来た。
短い脇差を帯にさし、草履の緒を足にしばっているので、人々はこのきかない気の老婆がもう何を決意しているか、よく分った。
『――騒ぐことはない、婆が、追手となって不埓な嫁を、成敗して来ますわいの』
のこのこ、歩き出すので、
『おばばまで、行くからには』
と、親類も小作も、いきり立って、この悲壮な老婆を大将とし、途々、棒、竹槍などをひろって、中山峠へ追って行った。
しかし、すでに遅い。
この人たちが、峠の頂きへかかったのは、もう午に近かった。
『逸したか』
と一同は、地だんだを踏んで無念がった。
それのみでなく、ここは国境なので、役人が来て、
『徒党を組んで通行は罷りならぬ』
と、往来を阻めた。
それに対しては、権叔父が応対に出て、事情を話し、
『これを捨ておいたでは、われら遠き先祖以来の面目にかかわり、村の者よりは笑いぐさとなり、本位田家は、御領下にもいたたまれぬことに相成りますので。――何とぞ、武蔵、お通、沢庵の三名を討ちとるところまで、通行おゆるし願いたい』
と、こっちでは、頑張った。
理由は酌めるが、しかし法令がゆるさぬ、と役人側では断じていう。もっとも、姫路城まで伺いを出して許可のうえなら格別だが、それでは先に通った者は、遠く藩地の外へ出てしまっているから、それでは無駄な沙汰というほかはない。
『では――』
と、お杉隠居は、親類一同と、合議のうえで折れて出た。
『このばばと、権叔父の二人なら通るも帰るも、さしつかえはおざるまいの』
『五名までなら、勝手じゃ』
役人は、いった。
お杉隠居は、うなずいて、意気まく他の人々へ、悲壮な別れを告げようとするらしく、
『皆の者』
と、草叢へ呼びあつめた。
二
『こういう手違いも、家を出る時から、あらかじめ、覚悟のうちにあったことよ。何も、あわてるには及ばぬわいの』
お杉隠居のそういう薄い唇と、歯ぐきの出ている大きな前歯を、一族の者は、厳粛に、立ち並んで見まもっていた。
『この婆はの、もう、家伝来の一腰刀を帯びて出る前に、ちゃんとご先祖様のお位牌へ、おわかれを告げ、二つのお誓いをして参った――それは、家名に泥を塗った不埓な嫁を成敗すること。も一つは、せがれ又八の生死をたしかめ、いきてこの世にいるものなら、首に繩をつけても連れ帰って、本位田家の家名をつがせ、他から、お通に何倍も勝るとて劣らぬほどなよい嫁をむかえ、村の者へも晴れがましゅう、きょうの名折れを雪がにゃならぬ』
『......さすがは』
と、大勢の縁者のうちで、誰か、唸くように洩らした。
お杉は、分家の聟の顔へ、じろりと、眼をやって、
『ついては、わしと、河原の権叔父とは、どっちゃも、まあ隠居身分。ふたつの大望を果すまで、一年かかるか三年かかるか、巡礼いたすつもりで、他国を巡って参ろうと思う。留守中には、分家の聟を家長と立て、飼蚕も怠るまいぞ、田や畑に草を生やすまいぞよ。よいかの、皆の者――』
河原の権叔父も五十ちかいし、お杉隠居も五十をこえている。万一、武蔵にでも出会ったら、ひとたまりもなく返り討にあうに極っている。――誰かもう三人ほど若い者が従いて行っては――という者もあったが、
『なんのい』
と、婆は首を振っていう。
『武蔵武蔵というが、あか児にすこし毛が生えたような餓鬼一人、何を怖れることがあろうぞ。婆には、力はないが、智謀というのがあるぞよ。また、一人や二人の敵ならば、ここ――』
と、自分の唇へ、ひとさし指を押し当てて、何か自信ありげにいった。
『いい出したら、後へは退かぬおばばのことじゃ、それでは、去になされ』
と、励まして、もう一同も止めようとはしなかった。
『さらばじゃ』
河原の権叔父と肩をならべ、お杉は、中山越えを、東へ降りた。
『おばば。――慥かりやらっしゃれのう』
縁者たちは、峠から手を振って、
『病んだら、すぐに、村へ使を立てなされよっ――』
『はよう、元気でもどらっしゃれ――』
口々に、わかれを送った。
その声が、背に聞えなくなると、
『のう権叔父。どうせ、若い者より、先へ

く身じゃ。心やすいではないかの』
権叔父は、
『そうとも、そうとも』
と、うなずいた。
この叔父は、今でこそ、狩猟をして生活をたてているが、若いうちは、血の中で育った戦国武者の果てだ。今でも頑丈な骨ぐみをつつんでいる皮膚には、戦場焦けの色が残っている。髪も、婆ほどは白くない。姓は淵川、名を権六という。
いうまでもなく、本家の息子の又八は、甥にあたるので、この叔父が、こんどの事件に対して、関心をもたないでいるはずはない。
『おばば』
『なんじゃい』
『おぬしは、覚悟して、旅支度もして来たろうが、わしはふだんの儘じゃ。どこかで足拵えをせにゃならんが――』
『三日月山を下ると、茶屋があるわいの』
『そうそう、三日月茶屋までゆけば、わらじもあろう、笠もあろう』
三
ここを下れば、もう播州の竜野から斑鳩へもほど近い。
だが、夏隣りのみじかくない日も、もう暮れかけていた。三日月茶屋で一息入れていたお杉隠居は、
『竜野までは、ちと無理、今夜は、新宮あたりの馬方宿で、臭い蒲団に寝ることかいの』
と、茶代をおく。
『どれ。参ろう』
と、権六は、ここで求めた新しい笠を持って立ったが、
『おばば。ちょっと、待たれい』
『何じゃ』
『竹筒へ、裏の清水を入れて来るで――』
茶屋の裏へ廻って、権六は、筧の水を竹筒へ汲んだ。――そして戻りかけたが、ふと、窓口から、薄暗い屋の内をのぞいて、足をとめた。
『病人か?』
誰か、藁ぶとんを被って寝ているのである。薬のにおいがつよくする。顔は、ふとんへ埋めているのでよく分らないが、黒髪が枕にみだれかかっていた。
『権叔父よ。はよう来ぬか』
婆のよぶ声に、
『おい』
駈けてゆくと、
『なにをしていなさる』
と、婆は、不機嫌だ。
『何さ、病人がいるらしいで』
権六が歩み出しながらいいわけすると、
『病人が、何でめずらしい。子どものような道草する人じゃ』
と、婆は叱りつける。
権六も、本家のこの隠居には、頭が上がらないものとみえ、
『は、は、は』
と、磊落にごまかしてしまう。
茶屋の前から、道は、播州路へ向って、かなり急な坂である。銀山通いの荷駄が往来を荒すので、雨天のひどい凸凹がそのままに固まっている。
『ころぶなよ、おばば』
『何をいやる、まだ、こんな道に、宥わられる程、ばばは、耄碌しておらぬわいの』
すると、二人の上から、
『お年より、お元気でございますなあ』
と、誰かいう。
見ると、茶屋の亭主だった。
『おう、今ほどは、お世話になった。――何処へお出でか』
『竜野まで』
『これから? ......』
『竜野まで行かねば医者はございませぬでの。これから、馬で迎えて来ても、帰りは夜中になりますわい』
『病人は、御家内か』
『いえいえ』
亭主は、顔をしかめ、
『嬶や、自分の子なら、為方もないが、ほんの床几に休んだ旅の者でな、災難でござりますわ』
『先刻......実は裏口からちょっと見かけたが......旅の者か』
『若い女子でな。店さきに休んでいる間に、悪寒がするというので、捨ててもおけず、奥の寝小屋を貸しておいたところ、だんだん熱がひどうなって、どうやらむつかしい様子なのじゃ』
お杉隠居は、足をとめて、
『もしやその女子は、十七ぐらいの――そして、背の細ッそりした娘じゃないか』
『左様。......宮本村の者だとは申しましたが』
『権叔父』
と、お杉隠居は、眼くばせをして、急に、帯を指先でさぐりながら、
『しもうたことした』
『何うなされた』
『数珠をな、茶屋の床几へ、置き忘れたらしい』
『それはそれは。てまえが、取って参りましょう』
と、亭主が走りかけると、
『なんのいの、おぬしは、医者へ急ぐ途中、病人が大事じゃ程に、先へ去んで下され』
権叔父は、元の道を、もう大股に先へ戻っていた。茶屋の亭主を追いやって、お杉も後から急いでゆく。
――たしかにお通!
ふたりの呼吸は荒くなっていた。
四
大雨に打たれて冷えこんだあの晩からの風邪熱なのである。
峠で武蔵と別れるまでは、それも忘れていたが、彼と袂を分って歩きだしてから間もなく、お通は、体じゅうが痛懶くなって、この三日月茶屋の奥に臥床を借りて横たわるまでの辛さは一通りではなかった。
『......おじさん......おじさん......』
水がほしいのであろう、囈言のように洩らしている。
店をしめると、亭主は、医者を迎えに出て行ったのだ。たった今、彼女の枕元をのぞいて、帰って来るまで辛抱しておいで――といったのを、お通は、もう忘れているほどな高熱らしい。
口が渇く。茨のトゲを頰ばっているように、熱が舌を刺す。
『......水をくださいな、おじさん......』
遂に、起き出して、お通は、流し元のほうへ首をのばした。
水桶の側まで、やっと這い寄った。そして竹柄杓へ手をかけた時である。
ガタと、何処かで、戸が仆れた。元より戸閉まりなどはない山小屋である。三日月坂から引っ返して来たばばと権六は、そこからのそのそ入って来て、
『暗いのう、権叔父』
『待たっしゃれ』
土足のまま、炉のそばへ来た。そしてひとつかみの柴を燻べて、その明りに、
『あっ......おらぬぞ。ばば』
『えっ?』
――だが、お杉はすぐ、流し元の戸が少し開いているのを見つけ、
『外じゃ』
と、さけんだ。
その顔へ、ざっと水の入っている水柄杓を投げつけた者がある、お通だった、風の中の鳥のように、途端に、袂も裳も翻えして、茶庭前の坂道を、真っ逆さまに、逃げ走って行く――
『畜生っ』
お杉は軒下まで駈け出して、
『権叔父よっ、何しているのじゃ』
『逃げたか!』
『逃げたかもないものよ、こなたが間抜けゆえ、覚られてしもうたのじゃわ。――あれっ、はよう、どうかせぬかいの』
『あれか』
黒く――坂の下をまるで鹿のように逃げてゆく影をのぞんで、
『大事ない、先は病人、それに程の知れた女子の脚、追いついて、一討ちに』
駈け出すと、お杉も、後から駈けつづいて、
『権叔父よ、一太刀浴びせるはよいが、首は婆が怨みをいってから斬りますぞい』
そのうちに、先を走っている権六が、
『しまった』
大声を放って振向いた。
『どうしたぞ』
『この竹谷へじゃ――』
『躍りこんだか』
『谷は浅いが、暗いのが閉口じやわ。茶屋へもどって、松明など持って来ねば』
孟宋竹の崖ぶちから覗きこんで、ためらっていると、
『ええ、何を悠長な!』
と、お杉は権叔父の背なかを突きとばした。
『あ』
――ザザザッと、笹落葉の崖を駈け辷って行った大きな足音が、やがて、遙か闇の下で止まると、
『くそばば。何を無茶しやるぞっ。汝も早う降りて来うっ!』
弱い武蔵
一
きのうも見えたが、又、きょうも見える。
日名倉の高原の十国岩のそばに、その岩の頭が欠け落ちたように、ぽつんと、一個の黒い物が坐っている。
『――なんだろう』
と、番士たちは、小手をかざしていた。
生憎と、陽のひかりが虹のように漲っていてよく見さだめがつかない。そこで一人が、
『兎だろう』
と、よい加減にいうと、
『兎より大きい。鹿だ』
と一方はいう。
いや違う鹿や兎があんなに凝としている筈はない、やはり岩だ、と傍らから他の者が唱えると、
『岩や木の株が、一夜に生えるはずはない』
と、異説が出る。
するとまた、饒舌なのが、
『岩が一夜に生える例はいくらもある。隕石といって、空から降る』
と、交ぜかえす。
『まあ、どうでもいいじゃないか』
と、いつも暢気なのが、中を取って打ち消すと、
『何でもよいということがあるか。われわれは、この日名倉の木戸に何のために立っているのか。但馬、因州、作州、播磨四ヵ国にわたる往来と国境とを、こうして、厳として守っているのは、ただ禄を頂戴して、陽なたぼッこをしていよというためではあるまいが』
『わかったよわかったよ』
『もしあれが、兎でも石でもなく、人間だったらどうする?』
『失言失言。もういいじゃないか』
宥めて、やっと納まったと思うとまた、
『そうだ、人間かも知れないぞ』
『まさか』
『何ともわからない、試しに、遠矢で射てみろ』
早速、番所から弓を持ち出して来たのが、弓自慢とみえ、片肌外して、矢をつがえ、キリキリとしぼった。
問題の目標は、ちょうど、番所のある地点から深い谷間を隔てている向うがわのなだらかな傾斜と、澄みきった空との境にポツンと黒く見えるのである。
ヒュッ――
矢は、鵯のように、谷をまっすぐに渡って行った。
『低い』
と、後でいう。
二の矢が、すぐ唸った。
『だめ、だめ』
引っ奪くって、こんどは他の者が覘う。それは、谷の途中で沈んでしまった。
『何を騒いでいるかっ』
番所に詰めている山目付の武士が来て、そう聞くと、
『よし、俺に貸せ』
と、弓を取った。これは、腕において、明らかに、段がちがう。
満をひいて、矢筈をキキと鳴らしたと思うと、山目付は、弦をもどして、
『こいつは、滅多に放せん』
『なぜですか』
『あれは、人間だ。――人間とすれば、仙人か、他国の隠密か、谷へとび込んで死のうと考えている奴か。とにかく、捕まえて来い』
『それみろ』
先に、人間説を唱えた藩士は鼻うごめかして、
『はやく来い』
『オイ待て。捕まえるはいいが、何処からあの峰へ渡るか』
『谷づたいでは』
『絶壁だ』
『為方がない、中山のほうから廻れ』
じっと、腕を拱んだまま、武蔵は、谷をへだてて見える日名倉の番所の屋根を睨んでいた。
幾棟かあるあの屋根下の一つには、姉のお吟が捕っているのだと思う――
だが、彼は、きのうも一日こうして坐りこんでいたし、今日も、容易に起ちあがる気色はなかった。
二
なんの番所侍の五十人や百人。
ここまでは、そう思って来た武蔵であったが――さて。
彼は、坐りこんで、その番所が一目に見える所からつらつら地の理を按じるに、一方は深い谷間、往来は二重木戸。
加うるに、ここは高原なので、十方碧落身をかくすべき一木もないし、高低もない。
夜陰に乗じて事を為遂げるのは、元よりこんな場合の法則だが、その夜も来ない夕刻から、番所の前の往来は、一の柵も二の柵も閉まって、すわといえば鳴子が鳴りそうだ。
(近づけない!)
武蔵は、腹のそこで唸った。
そして二日の間も、十国岩の下に坐りこんで、作戦を考えたが、いい智恵もなく、
(駄目だ!)
と思った。一死を賭してもという気力は先ずそこに挫かれた形である。
(はてな、俺は、どうしてこんな臆病者になったのか)
すこし自分を歯がゆくも思った。――こんな弱い俺ではなかったはずだのに、と吾に問う。
腕ぐみは、半日経っても、解けなかった。――どうしたものか、怖いのだ! 頻りと、その番所へ近づいてゆくことが怖いのである。
(俺は、怖がりになった。たしかに、ついこの間の俺とは違ってしまった。――だが、これは一体、臆病というものだろうか)
否!
と彼は自分で首をふった。
この気持は、臆病なために起っているのではない。沢庵坊から、智恵を注ぎ込まれたためだ。盲目の目があいて、かすかに、物が見え始めたからである。
人間の勇気と、動物の勇とは質がちがう。真の勇士の勇と、生命知らずの暴れンぼの無茶とは、根本的にちがうものであるともあの人は俺に教えた。
目があいたのだ。――心の目が、何かこう世の中の怖さがうッすらと見えだして来たために、生れながらの己れに返ってしまったのだ。――生れながらの俺は決して野獣ではない、人間だった。
その人間に成ろうと思い立った途端に、俺は、何ものよりも、この身に享けている生命というものが大事になってしまった。――生れ出たこの世において、どこまで自分というものを磨き上げられるか――それを完成してみないうちに、この生命をむざと落してしまいたくないのである。
『......それだ!』
我を見出して、彼は空を仰いだ。
だが――姉は救わずには措けない。たとえ、それほど惜しいそれほど怖い今の気持を冒してもである。
夜になったら、今夜はこの絶壁を降りて、あなたの絶壁へ上がってみよう。この天嶮をたのんで、番所の裏手には柵もなし、手薄でもあるらしい。
――そう思い決めていた時である。足のつま先から少し離れた所へ、ぽすっと一本の矢が立った。
気がついてみると、彼方の番所の裏に、豆つぶほどな人間が多勢出て、どうやら自分の影を見つけて騒いでいるらしいのだ。そしてすぐ、散らかってしまった。
『――試し矢だな』
わざと、彼は動かずに凝としていた。間もなく、中国山脈の背を西へ荘厳な落日の光耀はうすずきかけた。
夜が待たれた。
起って、彼は、小石をひろった。彼の晩飯は空を飛んでいるのだ。小石を投げると、空から、小鳥が落ちた。
その小鳥の生肉を裂いて、むしゃむしゃ食べていると、二、三十人の番士たちが、わっと声を合せて、彼のまわりを取りかこんだ。
三
武蔵だ。宮本村の武蔵だ。
近寄ってから、気づいた声である。番士たちは、わああっと、二度目の武者声をあげ、
『見くびるな、強いぞ』
誡め合った。
武蔵は、くわっと、殺気に対して殺気に燃える眼をした。
『これだぞッ』
大きな岩を、両手にさしあげ、輪になっている人間たちの一角へ向って、どすんと抛りつけた。
その石は、真っ赤になった。鹿みたいにそこを跳びこえて、武蔵は走っていた。逃げるのかと思うと、反対に、番所のほうへ向って、獅子のような髪の毛を逆立てて駈けてゆく。
『ヤヤ彼奴、どこへ?』
番士たちは、呆ッけにとられた。眼のくらんだ蜻蛉のように、武蔵は飛んでゆくのだ。
『気が狂ッているんだ』
誰かが、そう叫ぶ。
三度目の鬨の声をあげて、番所のほうへ追いかけてゆくと、武蔵は、もうその正面の木戸から中へ、躍りこんでいた。
そこは、檻だ、死地である。――しかし武蔵の眼には、厳めしく並んでいる武器も、柵も、役人も見えなかった。
『あッ、何者だ』
と、組みついてきた目付役人を、たッた一拳のもとに仆してしまったのも、彼自身は意識しない。
中木戸の柱を、揺りうごかし、それを引き抜いて振りまわした。相手の頭数など問題でない。ただ真っ黒に集合してかかって来るものが相手だった。それを、ただおよその見当で撲りつけると、無数の槍と太刀が、折れては宙に飛び、また地へ捨てられた。
『姉上っ――』
裏へ廻る。
『姉者人!』
と、そこらの建物を血ばしった眼で覗いてゆく。
『――武蔵じゃ、姉者人ッ』
閉まっている戸は、引っ抱えている五寸角の柱で、軒ごとに突き破った。番人の飼っている鶏が、けたたましく絶叫して、役宅の屋根へ飛び上って、天変地異でも来たように啼きぬいている。
『姉者人ッ――』
彼の声は、鶏のようにシャ嗄れてしまった。お吟はどこにも見えないのだった。姉をよぶ声が次第に絶望的になってきた。
牢屋らしい汚い小屋の蔭から、一人の小者が、鼬のように逃げだすのを見つけた。血しおで、ぬるぬるになった角柱を、その足もとへ抛りなげて、
『待てッ』
と、武蔵が跳びついた。
意気地なく泣きだす顔を、ぴしゃッと撲りつけて、
『姉上は、どこにいるのか。その牢屋を教えろ。いわねば、蹴殺すぞ』
『こ、ここには、おりませぬ。――一昨日、藩のいいつけで、姫路のほうへ、移されました』
『なに、姫路へ』
『へ......へい......』
『ほんとか』
『ほんとうで』
武蔵は、又寄って来る敵へ、その番人の体を投げつけて、小屋の蔭へ、ぱっと身を退いた。
矢が、五、六本そこらへ落ちた。自分の裾にも一本とまっている。
瞬間――
武蔵は、拇指の爪を嚙んで、じいっと、矢の飛ぶのを見ていたが、突然、柵のほうへ走って、飛鳥のように外へ躍り越えた。'
ドカアン!
と、その姿へ向って放たれた種子島の音が、谷底から谺を揺すり上げた。
逃げだしたのだ! 武蔵は途端に、山の頂きから転落してゆく岩のように、逃げ出している!
――怖いものの怖さを知れ。
――暴勇は児戯、無知、獣の強さ。
――もののふの強さであれ。
――生命は珠よ。
沢庵のいった言葉のきれぎれが、疾風のように駈けてゆく武蔵の頭の中を、同じ速度で駈けめぐっていた。
光 明 蔵
一
そこは、姫路の城下端れ。
花田橋の下で、又、或日は橋の上あたりで、彼は、お通の来るのを待っていた。
『どうしたのだろう?』
お通は、見えない。――約束をして別れた日からもう七日目だ。ここで百日でも千日でも待っているといったお通なのに。
かりそめにも、約束の言葉をつがえた以上は、それを捨てて忘れてゆく気持にはなれない武蔵であった。武蔵は、待ちしびれた。
旁々、彼には、この姫路へ移されて来たという姉のお吟が、どこに幽閉されているのか、それを探るのも、目的のひとつであった。花田橋の畔に彼のすがたがない時は、城下町のここかしこを、菰をかぶって、物乞いのように彷徨っている日だった。
『やあ。出会うた』
突然、彼へ向って、駈け寄って来た僧がある。
『武蔵』
『あっ』
顔も姿も変えて、誰にもこれなら知れまいとして居た武蔵は、そう呼ばれて吃驚した。
『さあ、来い』
手首をつかんだその僧は、沢庵であった。ぐいぐいと引っ張って、
『世話をやかせずと、早く来い』
何処へか連れて行こうとするのである。この人に手向う力はなかった。武蔵は、沢庵の行くままに歩いた。また、樹の上か、それとも今度は藩の牢獄か。
おそらく、姉も城下の獄に繫がれているのであろう。そうなれば、姉弟ひとつ蓮の台だと思う。どうしてもない一命とすれば、せめて、
(姉と一緒に――)
武蔵はひそかに心で願った。
白鷺城の巨大な石垣と白壁が、眼のまえに仰がれた。大手の唐橋をずかずかと沢庵は先に立って渡って行くのである。
鋲打の鉄門のかげに、槍ぶすまの光茫を感じると、さすがに、武蔵もためらった。
沢庵は、手招きして、
『はやく来ぬか』
多門を通ってゆく。
内堀の二の門へかかる。
まだ泰平に落着き切れない大名の城地であった。藩士たちも、なん時でも戦にかかれる緊張と姿をもっていた。
沢庵は、役人を呼びたてて、
『おい、連れて来たよ』
と武蔵の身を引き渡し、そして、
『頼むぞ』
と念をこめていうのである。
『は』
『――だが、気をつけないといかぬぞよ、これは牙の抜いてない獅子の児だからな。まだ多分に野性なのだ。いじり方が悪いとすぐに嚙みつくぞ』
いいすてて、二の丸から太閤丸のほうへ案内なしに、行ってしまった。
沢庵にことわられたせいか、役人たちは、武蔵の体へ、指も触れないで、
『――どうぞ』
と、促す。
黙って尾いてゆくと、そこは風呂場だ、風呂に入れとすすめるのである。すこし勝手のちがう気がする。それに、お杉婆の策にかかった時、風呂では苦い経験を武蔵は持っている。
腕を拱んで考えていると、
『お済みになられたら、衣服はこちらに用意してござるゆえ、お召し更えなされい』
と、小者が、黒木綿の小袖と袴を置いて行った。
見ればそれには、懐紙、扇子、粗末ながら、大小も乗せてあるではないか。
二
姫山の緑をうしろに、天守閣と太閤丸のある一廓が、白鷺城の本丸だった。
城主の池田輝政は、背がみじかくて、うす黒いあばたがあり、頭は剃っている。
脇息から、庭を見やって、
『沢庵坊。あれかよ』
『あれでござる』
そばに控えている沢庵が、あごを引いて答えた。
『なる程、よい面だましい。お汝よく助けてとらせた』
『いや、御助命をいただいたのはあなた様からで』
『そうではない。役人共のうちにお汝のようなのがいれば、ずいぶん助けておいて世の為になる人間もあろうが、縛るのを、吏務だと考えているやつばかりだから困る』
縁をへだてた庭のうえに武蔵は坐っている。新らしい黒木綿の小袖を着、両手を膝について、俯し目になっていた。
『新免武蔵というか』
輝政がたずねると、
『はいっ』
はっきり答えた。
『新免家は元、赤松一族の支流、その赤松政則が、昔はこの白鷺城の主であったのだ。そちが、ここへひかれて来たのも、何かの縁だな』
『............』
武蔵は、祖先の名に泥を塗っている者は自分だと思っている。輝政に対しては、何も感じなかったが、祖先に対して、頭があがらない気がした。
『然し!』
輝政は語気を改めていた。
『其方の所業、不埓であるぞっ』
『はい』
『厳科を申しつける』
『............』
輝政は、横を向いて、
『沢庵坊。身の家臣、青木丹左衛門が、わしの指図も仰がず、お汝に対して、この武蔵を捕えたら、その処分は、おてまえに任せるといったという話は――あれは真かの』
『丹左を、お調べ下されば、真偽は明白でおざるが』
『いや、調べてはある』
『しからば、何をか、沢庵に噓偽りがおざろう』
『よろしい、それで、両者のいう事は一致しておる。丹左は、身の家来、その家来が誓ったことは、わしの誓いも同様である。領主ではあるが、輝政には、武蔵を処分する権能はすでにないのだ。......ただこのまま放免は相成るまい。......しかしこの先の処分は、お汝まかせじゃ』
『愚僧も、そのつもりでおざる』
『で、いかがいたそうというか』
『武蔵に、窮命をさせる』
『窮命の法は』
『この白鷺城のお天守に、変化が出るという噂のある開かずの間があるはずで』
『ある』
『今もって、開かずの間でおざろうか』
『むりに開けてみることもなし、家臣共も嫌がっておるので、その儘らしい』
『徳川随一の剛の者、勝入斎輝政どののお住居に、明りの入らぬ間が一つでもあることは、威信にかかわると思われぬか』
『そんな事は考えてみたことがない』
『いや、領下の民は、そういうところにも、領主の威信を考えます。それへ明りを入れましょう』
『ふむ』
『お天守のその一間を拝借し、愚僧が勘弁のなるまで、武蔵に幽閉を申しつけるのでおざる。――武蔵左様心得ろ』
と、申し渡した。
『ははは。よかろう』
輝政は、笑っている。
いつか七宝寺で、どじょう髯の青木丹左へ向って、沢庵のいったことばは、噓ではなかった。輝政と沢庵とは禅の友であった。
『後で、茶室へ来ぬか』
『また、下手茶でござるか』
『ばかを申せ、近頃はずっと上達。輝政が武骨ばかりでないところを今日は見せよう。待っておるぞ』
先に立って、輝政は奥へかくれる。五尺に足らない短小なうしろ姿が、白鷺城いっぱいに大きく見えた。
三
真っ暗だ。――開かずの間といわれる天守閣の高いところの一室。
ここには、暦日というものがない、春も秋もない、また、あらゆる生活の物音も聞えて来ない。
ただ一穂の燈し灯と、それに照らさるる武蔵の青白く頰の削げた影とがあるだけであった。
今は、大寒の真冬であろう、黒い天井の梁も板じきも、氷のように冷えていて、武蔵の呼吸するものが、燈心の光りに白く見える。
孫子曰く
地形通ずる者あり
挂かる者あり
支うる者あり
隘なる者あり
険なる者あり
遠き者あり
孫子の地形篇が机の上にひらかれていた。武蔵は、会心の章に出会うと、声を張って幾遍も素読をくりえした。
――故に
兵を知る者は動いて迷わず
挙げて窮せず
故に曰く
彼を知り己を知れば
勝すなわち殆からず
天を知り地を知れば
勝すなわち全うすべし
眼がつかれると、水のたたえてある器を取って、眼を洗った。燈心の油が泣くと燭を剪った。
机のそばには、まだ山のように書物が積んであった。和書がある。漢書がある。またそのうちにも、禅書もあるし、国史もあり、彼のまわりは本で埋まっているといってもよい。
この書物は、すべて、藩の文庫から借用したものである。彼が沢庵から幽閉を申しつかって、この天守閣の一室へ入れられた時、沢庵は、
『書物はいくらでも見よ。古の名僧は、大蔵へ入って万巻を読み、そこを出るたびに、少しずつ心の眼をひらいたという。おぬしもこの暗黒の一室を、母の胎内と思い、生れ出る支度をしておくがよい。肉眼で見れば、ここはただ暗い開かずの間だが、よく見よ、よく思え、ここには和漢のあらゆる聖賢が文化へささげた光明が詰っている。ここを暗黒蔵として住むのも、光明蔵として暮らすのも、ただおぬしの心にある』
と、諭した。
そして沢庵は去ったのである。
以来、もう幾星霜か。
寒くなれば冬が来たと思い、暖かくなれば春かと思うだけで、武蔵は、まったく月日も忘れていたが、今度、天守閣の狭間の巣に、燕が返ってくる頃になれば、それはたしかに三年目の春である。
『おれも、二十一歳になる』
彼は、沈湎と、自分を省みてつぶやいた。
『――二十一歳まで、おれは何をして来たか』
慚愧に打たれて、鬢をそそけ立てたまま、じっともだえ暮している日もあった。
チチ、チチ、チチ......
天守閣の廂の裏に、燕のさえずりが聞えだした。海を渡って、春は来たのだ。
その三年目である、或日ふいに、
『武蔵、お達者か』
沢庵がひょっこり上って来た。
『おっ......』
なつかしさに、武蔵は、彼の法衣の袂をつかんだ。
『今、旅から帰って来たのだよ。ちょうど三年目じゃ。もうおぬしも、母の胎内で、だいぶ骨ぐみが出来たじゃろうと思ってな』
『御高恩のほど......何とお礼をのべましょうやら』
『礼? ...‥ははは、だいぶ人間らしい言葉づかいを覚えたな。さあ、今日は出よう、光明を抱いて、世間へ、人間のなかへ』
四
三年ぶりに、彼は天守閣を出て、また城主の輝政の前へ連れ出された。
三年前には、庭先へ据えられたが、今日は、太閤丸の広縁の板じきを与えられ、そこへ坐った。
『どうだな、当家に奉公する気はないか』
と輝政はいった。
武蔵は、礼をのべ、身に余ることではあるが、今主人を持つ意思はないと答えて、
『もし私が、この城に御奉公するならば、天守閣の開かずの間に、夜な夜な噂のような変化の物があらわれるかも知れませぬ』
『なぜ?』
『あの大天守の内を、燈心の明りでよく見ますと、梁や板戸に、斑々と、うるしのような黒い物がこびりついています。よく見るとそれはすべて人間の血です。この城を亡った赤松一族のあえなき最期の血液かも知れません』
『ウム、そうもあろう』
『私の毛穴は、そそけ立ち、私の血は、何ともいえぬ憤りを起しました。この中国に覇を唱えた祖先赤松一族の行方はどこにありましょう。茫として、去年の秋風を追うような儚い滅亡を遂げたままです。然し、その血は、姿こそ変れ、子孫の体に、今もなお生きつつあります。不肖、新免武蔵もその一人です。故に、当城に私が住めば、開かずの間に、亡霊どもがふるい立ち、乱をなさないとも限りませぬ。――乱をとげて、赤松の子孫が、この城を取り戻せば、又一つ亡霊の間がふえるだけです。殺戮の輪廻をくり返すだけでしょう。平和をたのしんでいる領民にすみません』
『なる程』
輝政は、うなずいた。
『では、再び宮本村へもどり、郷士で終るつもりか』
武蔵は、黙って微笑した。暫らくしてから、
『流浪の望みでござります』
『そうか』
沢庵のほうへ向って、
『彼に、時服と路銀をやれ』
『御高恩、沢庵からも、有難くお礼を申します』
『お汝から、改まって礼をいわれたのは、初めてだな』
『ははは、そうかも知れませぬ』
『若いうちは、流浪もよかろう。然し、何処へ行っても、身の生い立ちと、郷土とは忘れぬように、以後は、姓も宮本と名乗るがよかろう、宮本とよべ、宮本と』
『はっ』
武蔵の両手は、自でに床へ落ち、ぺたと平伏して、
『そう致します』
沢庵が、側から、
『名も、武蔵よりは、武蔵と訓まれたほうがよい。暗黒蔵の胎内から、きょうこそ、光明の世へ生れかわった誕生の第一日。すべて新たになるのがよろしかろう』
『うむ、うむ!』
輝政は、いよいよ、機嫌よく、
『――宮本武蔵か、よい名だ、祝ってやろう。これ、酒をもて』
と、侍臣へいいつける。
席をかえて、夜まで、沢庵と武蔵は、お相手をいいつかった。ほかの家来も多く集った中で、沢庵は、猿楽舞などを踊りだした。酔えば酔うで、忽ちそこに愉楽三昧な世界をつくる沢庵の面白そうな姿を、武蔵は、慎んで眺めていた。
二人が、白鷺城を出たのは、翌る日であった。
沢庵も、これから行雲流水の旅に向い、当分はお別れとなろうというし、武蔵もまた、きょうを第一歩として、人間修行と、兵法鍛錬の旅路に上りたいという。
『では、ここで』
城下まで来て、別れかけると、
『あいや』
袂をとらえ、
『武蔵、おぬしには、まだもう一人会いたい人があるはずではないか』
『? ......、誰ですか』
『お吟どの』
『えっ、姉は、まだ生きておりましょうか』
夢寐の間も、忘れてはいないのである。武蔵は、そういうとすぐ眼を曇らせてしまった。
花 田 橋
一
沢庵のことばによると、三年前武蔵が日名倉の番所を襲った時は、姉のお吟はもうそこにはいなかったので、何の咎めもうけず、その後は、種々な事情もあって宮本村へは帰らなかったが、佐用郷の縁者の家へ落着いて、今は無事に暮しているというのである。
『会いたかろ』
沢庵は、すすめた。
『お吟どのも、会いたがっておる。したが、わしはこういって待たせて来たのじゃ。――弟は、死んだと思え、いや、死んでおるはずじゃ。三年経ったら、以前の武蔵とはちがった弟を伴れて来てやるとな......』
『では、私のみでなく、姉上の身まで、お救い下さいましたのか。大慈悲、ただかようでござりまする』
武蔵は胸のまえで、掌をあわせた。
『さ、案内しよう』
促すと、
『いや、もう会ったも同じでござります。会いますまい』
『なぜじゃ?』
『せっかく、大死一番して、かように生れ甦って、修業の第一歩に向おうと、心を固めて居ります門出』
『ああ、わかった』
『多くを申し上げないでも、御推量くださいませ』
『よく、そこまでの心に成ってくれた。――じゃあ、気まかせに』
『おわかれ申します。......生あれば、又いつかは』
『む。こちらも、ゆく雲、流るる水。......会えたら会おう』
沢庵はさらりとしたもの。
別れかけたが、
『そうじゃ、ちょっと、気をつけておくがの、本位田家の婆と、権叔父とが、お通と、おぬしを討ち果すまでは、故郷の土を踏まぬというて旅へ出ておるぞよ。うるさいことがあろうも知れぬが、関わぬがよい、――又どじょう髯の青木丹左、あの大将も、わしが喋舌ったせいではないが、不首尾だらけで、永のお暇、これも旅をうろついておろう。――何かにつけ、人間の道中も、難所折所、ずいぶん気をつけて、歩きなさい』
『はい』
『それだけのことだ。じゃあ、おさらば』
と沢庵は西へ。
『......御機嫌よう』
その背へいって、武蔵はいつまでも、辻から見送っていたが、やがて、独りとなって、東の方へ歩みだした。
孤剣!
たのむはただこの一腰。
武蔵は、手をやった。
『これに生きよう! これを魂と見て、常に磨き、どこまで自分を人間として高めうるかやってみよう! 沢庵は、禅で行っている。自分は、剣を道とし、彼の上にまで超えねばならぬ』
と、そう思った。
青春、二十一、遅くはない。
彼の足には、力があった。ひとみには、若さと希望が、らんらんとしていた。また時折、笠のつばを上げ、果て知らぬ――また測り知れぬ人生のこれからの長途へ、生々した眼をやった。
すると――
姫路の城下を離れてすぐである。花田橋を渡りかけると、橋の袂から走って来た女が、
『あっ! ......あなたは』
と袂をつかんだ。
お通であった。
『や?』
と、驚く彼を、恨めしげに、
『武蔵さん、あなたは、この橋の名を、よもやお忘れではありますまいね。あなたの来ぬうちは、百日でも千日でもここに待っているといったお通のことはお忘れになっても――』
『じゃあ、そなたは、三年前からここに待っていたのか』
『待っていました。......本位用家の婆様に狙われて、一度は、殺されそうになりましたが、辛くも、命びろいをして、ちょうど、あなたと中山峠でお別れしてから二十日ほど後から今日まで――』
橋の袂に見える道中土産の竹細工屋の軒を指さして、
『あの家へ、事情を話し、奉公しながら、あなたの姿を待っておりました。きょうは、日数にしてちょうど九百七十日目、約束どおり、これから先は、一緒に伴れて行って下さるでしょうね』
二
実は、心のそこでは、会いたくて会いたくて、うしろ髪をひかれるような姉のお吟にさえ、眼をつぶって、会わずに足を早めて来た心の矢さきである。
(なんで!)
と、武蔵は、勃然と自分へいう。
――なんで、これからの修行の旅出に、女などを連れて歩かれるものか。
しかも、この女なるものは、かりそめにも本位田又八の許嫁であった者。あのお杉婆にいわせれば、聟はいなくとも、
(うちの嫁女)
であるお通ではないか。
武蔵は、自分の顔に、苦い気特が滲みでるのをどうしようもなく、
『連れて行けとは、何処へ』
と、ぶっきら棒にいった。
『あなたの行く所へ』
『わしのゆく先は、艱苦の道だ、遊びに遍路するのではない』
『わかっております、あなたの御修行はお妨げしません、どんな苦しみでもします』
『女づれの武者修行があろうか。わらいぐさだ、袖をお離し』
『いいえ』
お通は、よけいに強く、彼の袂を握って、
『それでは、あなたは、私を騙したのですか』
『いつ、そなたを騙したか』
『中山越えの峠のうえで、約束したではありませんか』
『む......。あの時は、うつつだった。自分からいったのではなく、そなたの言葉に、気が急くまま、うんと、答えただけであった』
『いいえ! いいえ! そうはいわせません』
闘うように、お通は迫って、武蔵の体を、花田橋の欄干へ押しつけた。
『千年杉の上で、私があなたの繩目を切る時にもいいました。――一緒に逃げてくれますかと』
『離せ、おい、人が見る』
『見たって、かまいません。――その時、私の救いをうけてくれますかといったら、あなたは歓喜の声をあげ、オオ、断ってくれこの繩目を断ってくれ! 二度までも、そう叫んだではありませんか』
理をもって責めてはいるが、涙でいっぱいな彼女の眼は、ただ情熱のたぎりであった。
武蔵は、理においても、返す言葉がなかったし、情熱においては、なおさら焦き立てられて、自分の眼まで熱いものになってしまった。
『......お離し......昼間だ、往来の人が振り向いてゆくじゃないか』
『.........』
お通は素直に袂をはなした。そして橋の欄干へ俯ッ伏すと、鬢をふるわせてしゅくしゅくと泣き出した。
『......すみません、つい、はしたないことをいいました。恩着せがましい今のことば、忘れてください』
『お通どの』
欄干の顔をさしのぞいて、
『実は、わしは今日まで、九百幾十日の間――そなたがここでわしを待っていた間――あの白鷺城の天守閣のうえに、陽の目も見ずに籠っていたのだ』
『伺っておりました』
『え、知っていた?』
『はい、沢庵さんから聞いていましたから』
『じゃあ、あの御坊、お通どのへは、何もかも話していたのか』
『三日月茶屋の下の竹谷で、私が気を失っていたところを、救ってくれたのも、沢庵さんでした。そこの土産物屋へ奉公口を見つけてくれたのも沢庵さんです。――そして、男と女のことだ。これから先は知らないヨ、と謎みたいなことをいって、昨日も店でお茶を飲んでゆきました』
『アア。そうか......』
武蔵は、西の道を振向いた。たった今、別れた人と、いつ又、会う日があるだろうか。
今になって、更に、沢庵の大きな愛を感じ直した。自分へだけの好意と考えていたのは自分が小さいからだった。姉へだけでもない、お通へも、誰へも、その大きな手は平等に行き届いていたのである。
三
(――男と女のことだ。これから先は、知らないよ)
そう沢庵がいい残して去ったと聞くと、武蔵は、心に用意していなかった重いものを、ふいに、肩へ負わされた気がした。
九百日、開かずの間で、眼を曝してきた尨大な和漢の書物の中にも、こういう人間の大事は一行もなかったようである。沢庵もまた男と女の問題だけは、われ関せず焉、と逃げた。
(――男と女のことは、男と女で考えるほかはない)
そういう暗示か、
(それ位なことは、せめて自分で裁いてみるがいい)
と自分へ投げた試金石か。
武蔵は、思い沈んだ。――橋の下を行く水を凝と見つめたまま。
するとこんどは、お通からその顔をさしのぞいて、
『いいでしよう。......ネ、ネ』
と、すがる。
『いつでも、お店では、暇を下さる約束になっているんですから、すぐわけを話して、支度をして来ます。待っていて下さいましね』
『頼む!』
武蔵はお通の白い手を橋の欄干へ抑さえつけた。
『――思い直してくれ』
『どういう風に』
『最前もいったとおり、わしは、闇の中に三年、書を読み、悶えに悶え、やっと人間のゆく道がわかって、ここへ生れかわって出て来たばかりなのだ。これからが宮本武蔵の――いや名も武蔵と改めたこの身の大事な一日一日、修行のほかに、なんの心もない。そういう人間と、一緒に永い苦艱の道を歩いても、そなたは決して、倖せではあるまいが』
『そう聞けば聞くほど、私の心はあなたにひきつけられます。私はこの世の中で、たった一人のほんとの男性を見つけたと思っております』
『何といおうが、連れてはゆかれぬ』
『でも、私は、どこまでも、お慕い申します。御修行の邪魔さえしなければよいのでしょう。......ね、そうでしょう』
『............』
『きっと、邪魔にならないようにしますから』
『............』
『ようございますか、黙って行ってしまうと、私は怒りますよ。ここで待っていてくださいね。......すぐ来ますから』
そう自問自答して、お通は、いそいそと、橋袂の籠細工屋のほうへ駈けて行く。
武蔵は、その𨻶に、反対の方へ、眼をつぶって駈け去ってしまおうとしたのである。だが意志がわずかにうごいただけで、脚は釘で打ちつけられたように動かなかった。
『――嫌ですよ、行っては』
振向いて、お通が、念を押していう。その白い笑靨へ、武蔵は思わずうなずきを見せてしまった。彼女は、相手の感情を受けとると、もう、安心したように、籠細工屋の内へかくれた。
今だ――去るならば。
武蔵の心が、武蔵を打つ。
だが、彼の瞼は、今のお通の白い笑靨が――あの哀れっぽいような愛くるしいような眸が――体を縛りつけていた。
いじらしい! あれまでに自分を慕ってくれるものが、姉以外にこの天地にあろうとは思えない。
しかも決して、嫌いではないお通である。
空を見――水を見――武蔵は悶々と橋の欄干を抱いていた。迷っていた。そのうちに、肱も顔も乗せかけているその欄干から、何をしているのか、白い木屑が、ポロポロこぼれ落ちては、行く水に流れて行った。
浅黄の脚絆に、新らしいわらじを穿いて、市女笠の紅い緒を頤に結んでいる。それがお通の顔によく似あう。
だが――
武蔵はすでに其処にはいなかったのであった。
『あらっ!』
彼女はおろおろ泣き声して叫んだ。
さっき武蔵が佇んでいたあたりには、木屑が散りこぼれていた。ふと欄干の上を見ると、小柄で彫った文字の痕が、唯こう白々と残されていた。
ゆるしてたもれ
ゆるしてたもれ
吉 岡 染
一
明日は知れないきょうの生命
また、信長も謡った――
人間五十年、化転のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなり
そういう観念は、ものを考える階級にも、ものを考えない階級にもあった。――戦が熄んで、京や大坂の街の灯が、室町将軍の世盛りのころのように美わしくなっても、
(いつまたこの灯が消えることか?)
と、人々の頭の底には、永い戦乱に滲みこんだ人生観が、容易に脱けきれないのであった。
慶長十年。
もう関ケ原の役も五年前の思い出ばなしに過ぎない。
家康は将軍職を退き、この春の三月には二代将軍を継承した秀忠が、御礼のため上洛するのであろうと、洛内は景気立っている。
だが、その戦後景気をほんとの泰平とは誰も信じないのである。江戸城に二代将軍がすわっても、大坂城にはまだ、豊臣秀頼が健在だった。――健在であるばかりでなく、諸侯はまだそこへも伺候しているし、天下の浪人を容れるに足る城壁と金力と、そして秀吉の植えた徳望とを持っている。
『いずれ、また、戦さ』
『時の問題だ』
『戦から、戦までの間の灯だぞ、この街の明りだぞ、人間五十年どころか、あしたが闇』
『飲まねば損か、何をくよくよ』
『そうだ、唄って暮せ――』
ここにも、そういう考えの下に、今の世間に生きている連中の一組があった。
西洞院四条の辻からぞろぞろ出て来た侍たちである。その横には、白壁で築いた長い塀と宏壮な腕木門があった。
室町家兵法所出仕
平安 吉 岡 拳 法
と書いた門札が、もう眼をよせてよく見なければ読めないほど黒くなって、しかし厳めしさを失わずにかかっている。
ちょうど、街に灯がつくころになると、この門から、溢れるように若い侍が帰ってゆく。一日も、休みということはないようだ、木太刀を交ぜて、三本の刀を腰に横たえているのもあるし、本身の槍をかついで出て来る者もある。戦となったら、こういう連中が誰より先に血を見るのだろうと思われるような武辺者ばかりだった。颱風の卵のように、どれを見ても、物騒な面だましいをそなえているのである。
それが、八、九人、
『若先生、若先生』
と、取巻いて、
『ゆうべの家は、ごめん蒙りたいものだ。なあ、諸公』
『いかんわい。あの家の妓どもは若先生ひとりに媚びて、俺たちは眼の隅にもおいてない』
『きょうは、若先生の何者であるかも、俺たちの顔も、まったく知らない家へ行こうじゃないか』
そのことそのこと――とばかり動揺めくのだった。加茂川に沿って、灯の多い街だった。永いあいだ、乱世の顔みたいに、焼跡のまま雑草にまかされていた空地も、ついに地価があがって、小屋同様な新しい仮家が建ち、紅や浅黄の暖簾がかけられ、白粉を下手に塗った丹波女が鼠鳴きをしたり、大量に買われてきた阿波女郎が、このごろ世間にあらわれ始めた三味線というものを、ポツン、ポツン、戯れ唄に交ぜて、弾いたりなどしていた。
『藤次、笠を買え、笠を』
色街の近くまで来ると、若先生と呼ばれている脊のたかい黒茶の衣服に三つおだまきの紋を着けている吉岡清十郎が、連中を顧みていった。
『笠。――編笠で?』
『そうじゃ』
『笠など、お被りにならないでもよいではござりませぬか』
弟子の祇園藤次がいうと、
『いや、吉岡拳法の長男が、こんな所を歩いているぞと、人に振りかえられるのは嫌だ』
二
『あははは、笠なしでは、色ざとを歩かれぬと仰っしゃるわ。――そういう坊ンちのようなことをいうので、とかく若先生は女子にもてて困るのじゃ』
藤次は、揶揄うような、また、おだてるようなことをいって、連中の一人へ、
『おい編笠を求めてこい』
といいつけた。
酔っているものや、影絵のようなぞめきの人々と、灯を縫うてひとりは編笠茶屋へ走ってゆく。
その笠が来ると、
『こう被れば、誰にも、わしとはわかるまいが』
清十郎は、顔をかくして、やや大びらに歩みだした。
藤次は、うしろから、
『これはまた伊達者に見える。若先生、いちだんと風流姿でございますぞ』
すると、他のものまで、
『あれ、妓たちが皆、暖簾口から見ているわ』
などと、幇間をたたいた。
然し、門下達のことばは、あながちそら世辞ではなかった。清十郎は脊が高くて、帯びている大小は綺羅びやかだし、年は三十前後の男の花の頃だし、名家の子として恥かしくない気品も実際あった。
で――軒から軒の浅黄暖簾や、紅ン殻色の出格子のうちから、
『そこへ行く、美い男様』
『おすましの編笠さん』
『ちょっとお寄りなさいませ』
『笠のうち、一目、見せて』
と、籠の鳥が、囀り抜く。
清十郎は、よけいにとり澄ました。弟子の祇園藤次にそそのかされて、遊里に足を入れはじめたのも近頃であるが、元来が父に吉岡拳法という有名な人物を持ち、幼少から金の不自由も知らず、世間の底も知らず、まったく、坊ンち育ちに出来ているので、多分に、見栄坊なところがある。――弟子たちのお幇間や妓たちのそういう声が、甘い毒のように、彼の心を酔わしていた。
すると、一軒の茶屋から、
『あれ、四条の若先生、いけませんよ、顔をかくしても、わかっておりますよ』
と、妓が、黄いろい声でさけんだ。
清十郎は、得意な気もちをかくし、わざと驚いたように、
『藤次、どうしてあの妓は、わしを吉岡の嫡子と知っているのだろう』
と、その格子先で佇んだ。
『はてな?』
藤次は、格子のうちで笑っている白い顔と、清十郎を見くらべて、
『諸公、怪しからぬ事なござるぞよ』
『なんじゃ、何事ぞや』
連中は、わざと騒めく。
藤次は遊蕩の気分を醸るために、道化た手ぶりをして、
『初心じゃとばかり思っていたら、うちの若先生は、どうして隅へはおけない。――あの妓と、とうにお馴染であるらしい』
指さすと、妓は、
『あれ、それは噓』
清十郎も、大げさに、
『何を申すか、わしは、この家など上ったことはない』
真面目になって、弁解するのを、藤次は、百も承知していながら、
『では、なぜ、笠で顔をかくしているあなたを、四条の若先生と、あの妓がいい中てたか、不審では、ござりませぬか。――諸公、これが不審でないと思われるか』
『怪しいものでござりますぞ』
囃したてると、
『いいえ、いいえ』
妓は、白粉の顔を格子へつけて、
『もし、お弟子さん方、それ位なことがわからないでは客商売はできませんよ』
『ほ。えらく、広言を吐くの――。ではどこで、それがわかったか』
『黒茶のお羽織は、四条の道場にかようお武家衆好み。この遊里まで、吉岡染というて、流行っているではございませんか』
『でも、吉岡染は、誰も着る、若先生だけとは限らぬ』
『けれど、御紋が三つおだまき』
『あ、これはいかん』
清十郎が、自分の紋を見ているまに、格子の中の白い手は、その袂をつかまえていた。
三
『顔をかくしつ、紋かくさずだ。参った! 参った!』
藤次は清十郎へ、
『若先生、こうなっては、ぜひないこと、上っておやりなさるほか、策はありますまい』
『どうなとせい。それより、はやくわしのこの袂をはなさせてくれ』
当惑顔をすると、
『妓、上ってやると仰っしゃるから、はなせ』
『ほんとに』
妓は、清十郎の袂をはなした。
どやどやと、連中は、そこの暖簾をわけて入った。
ここも、急ごしらえの安普請である。落つくに堪えない部屋に、俗悪な絵だの花だのを、無智に飾りたててある。
だが、清十郎と藤次をのぞいては、そういう神経などはまるで持てない人々だった。
『酒を持て、酒を』
と、威張る。
酒が来ると、
『肴を持て』
と、いうのがいる。
肴がくると、植田良平という藤次に肩をならべるこの道の豪の者が、
『はやく、妓を持て』
と、怒鳴ったので、
『あははは』
『わははは』
『妓を持てはよかった。植田老が御意召さるぞ、はよう妓を持て!』
と、皆で真似た。
『それがしを、老とは怪しからぬ』
良平老は、若いものを、酒杯ごしに睥睨して、
『なるほど、それがしは、吉岡門では、古参に相違ないが、まだ鬢辺の糸は、このとおり黒い』
『斎藤実盛にならって、染めてござるらしい』
『何奴じゃ、場所がらをわきまえんで。――これへ出よ、罰杯をくれる』
『ゆくのは面倒、投げてくれい』
『参るぞ』
杯が飛ぶ。
『返すぞ』
また飛ぶ。
『誰ぞ、踊れ』
と、藤次がいう。
清十郎もやや浮いて、
『植田、お若いところで』
『心得てそうろう、若いといわれては、舞わずにおれん』
と、縁のすみへ出て行ったと思うと、仲居の赤い前だれを、頭のうしろに結び、その紐へ、梅の花をさし、箒をかついで、
『やよ、各々、飛ン驒踊りじゃ。――藤次どの、唄たのむ』
『よしよし、皆も唄え』
箸で皿をたたく、火ばしで火桶のふちをたたく。
柴垣、柴垣
しばがき、越えて
雪のふり袖
ちらと見た
振袖、雪の振袖
チラと見た
わっと、拍手にくずれて引ッ込む。すぐ妓たちが、鳴物打って、唱歌する。
きのう見し人
今日はなし
きょう見る人も
あすはなし
あすとも知らぬ我なれど
きょうは人こそ恋しけれ
片隅では、大きな器で、
『飲めんのか、こればしの酒が』
『あやまる』
『武士たるものが』
『何を。じゃあ、俺が飲んだら、貴様も飲むか』
『見事によこせ』
牛のように飲むことをもって酒飲みの本領と心得ている徒輩が、口端から、しずくをこぼしてまで我慢して、飲みくらをしている。
やがて、嘔吐をつく奴がいる。目をすえて、飲み仲間をジロジロ睨めまわしている奴がある、またふだんの慢心に火をそそいで、あるものは、
『京八流のわが吉岡先生をのぞいて、天下に、剣のわかる人間が一匹でもいるか。いたらば、拙者が先に、お目にかかりたいもんだ。......ゲ、げーい』
四
すると、清十郎を挾んで、その隣りに、同じく、これも食べ酔って、シャックリばかりしていた男が、笑いだした。
『若先生がいると思って、見えすいたおベッかをいう奴だ。天下に剣道は、京八流だけではないぞ。また、吉岡一門ばかりが、随一でもあるまい。たとえば、この京都だけにも、黒谷には、越前浄教寺村から出た富田勢源の一門があるし、北野には小笠原源信斎、白河には、弟子はもたぬが、伊藤弥五郎一刀斎が住んでおる』
『それがどうした』
『だから、一人よがりは、通用せぬというのだ』
『こいつ! ......』
と、高慢の鼻を弄られた男は膝をのりだして、
『やい、前へ出ろ』
『こうか』
『貴様は、吉岡先生の門下でありながら、吉岡拳法流をくさすのか』
『くさしはせぬが、今は、室町御師範とか、兵法所出仕といえば、天下一に聞え、人もそう考えていた先師の時代とちがって、この道に志す輩は雲のごとく起り、京はおろか、江戸、常陸、越前、近畿、中国、九州の果てにまで、名人上手の少くない時勢となっている。それを、吉岡拳法先生が有名だったから、今の若先生やその弟子も、天下一だと己惚れていたら間違いだと俺はいったんだ。いけないか』
『いかん、兵法者のくせに、他を怖れる、卑屈な奴だ』
『おそれるのではないが、いい気になっていてはならんと、俺は誡めたいのだ』
『誡める? ......貴さまに他人を誡める力がどこにあるか』
どんと、胸いたを突く。
あっと一方は、杯や皿のうえに手をついて、
『やったな』
『やったとも』
先輩の祇園と植田の二人は、あわてて、
『こら野暮をするな』
双方を、もぎはなして、
『まアいい、まアいい』
『わかったよ、貴さまの気持はわかっておる』
と、仲裁して、また飲ませると、一方はなおさかんに怒号するし、一方は、植田老の首にからみついて、
『おれは、真実、吉岡一門のためを思うから、直言するんだ。あんな、おベッか野郎ばかりいては、先師拳法先生の名も廃ると思うんだ......ついに廃ると......』
と、おいおい泣き出している。
妓たちは、逃げてしまうし、鼓や酒瓶は、蹴とばされている。
それを怒って、
『妓ども! ばか妓!』
罵って、ほかの部屋を、歩いているのがあると思うと、縁がわに、両手をついて、蒼ざめたのが、友人に背なかを叩いてもらっている。
清十郎は、酔えなかった。
その様子に、藤次が、
『若先生、面白くないでしょう』
と、囁くと、
『これで、彼奴らは、愉快なのであろうか』
『これが、面白いのでしょうな』
『あきれた酒だ』
『てまえが、お供をいたしますから、若先生には、どこか他の静かな家へ、おかわりになっては如何で』
すると清十郎は、救われたように、藤次の誘いに乗って、
『わしは、昨夜の家へ、参りたいが』
『蓬の寮ですか』
『うむ』
『あそこは、ずんと茶屋の格がようございますからな。――初めから、若先生も、蓬の寮へお気が向いていることは分っていたのでござるが、何せい、この有象無象がくッついて来たのでは滅茶ですから、わざと、この安茶屋へ寄ったので』
『藤次、そっと、抜けてゆこう。あとは植田にまかせて』
『厠へ立つふりをして、あとから参ります』
『では、戸外で待っているぞ』
清十郎は、連中を措いて、器用にすがたを消した。
陽なた・陽かげ
一
白い踵を浮かして、つま先で立っていた。風に消された掛け行燈にあかりを入れ直し、軒へ背のびをしている洗い髪の年増女だった。なかなか釘へかからないのである。さし上げている白い肱に、燈りの影と黒髪がさやさやうごいて、二月の晩のゆるい風には、どこか梅の薫りがしていた。
『お甲。掛けてやろうか』
うしろで、誰か、不意にいう。
『あら、若先生』
『待て』
と、側へ来たのは、その若先生の清十郎ではなくて、弟子の祇園藤次、
『これでいいのか』
『どうもおそれ入ります』
よもぎの寮
と書いてある行燈をながめ、すこし曲っているナと又掛け直してやる。家庭ではおそろしく不精でやかましやの男が、色街へ来ると、案外親切で小まめで、自分で窓の戸をあけたり、敷物を出したり、働きたがる男というものはよくあるものだ。
『やはりここは落着く』
清十郎は、坐るとすぐいった。
『ずんと、静かだ』
『開けましょうか』
藤次は、もう働く。
せまい縁に、欄がついている。欄の下には、高瀬川の水がせせらいでいた。三条の小橋から南は、瑞泉院のひろい境内と、暗い寺町と、そして茅原だった。まだ世人の頭に生々しい記憶のある殺生関白秀次とその妾や子たちを斬った悪逆塚も、ついそのあたりに近いのである。
『はやく、女でも来ぬと、静かすぎますな。......他に今夜は客もないらしいのに、お甲のやつ、何をしているのか、まだ、茶も来ない』
しないでもよい気働らきがやたらに出て来て、坐っていられない性とみえる。茶でも催促に行こうというのか、のこのこ奥へ通う細廊下へ出てゆくと、
『あら』
出会いがしらに、蒔絵の盆を持った鈴の音がした。少女である。鈴は、その袂の袖口で鳴るのだった。
『よう、朱実か』
『お茶がこぼれますよ』
『茶などどうだっていい。おまえの好きな清十郎様が来ていらっしゃるのだ。なぜ早く来ないか』
『あら、こぼしてしまった。雑巾を持っていらっしゃい、あなたのせいですから』
『お甲は』
『お化粧』
『なんだ、これからか』
『でも今日は、昼間がとても忙しかったのですもの』
『昼間。――昼間、誰が来たのか』
『誰だっていいじゃありませんか、退いて下さいよ』
朱実は、部屋へ入って、
『おいで遊ばせ』
気のつかない顔をして横をながめていた清十郎は、
『あ......おまえか、ゆうべは』
と、てれる。
千鳥棚のうえから、香盒に似た器へ、鍔のついている陶器口の煙管をのせ、
『あの、先生は、莨をおすいになりますか』
『莨は、近ごろ、御禁制じゃないか』
『でも、皆さんが隠れておすいになりますもの』
『じゃあ、吸ってみようか』
『おつけしましょうね』
青貝もようの綺麗な小箱から莨の葉をつまんで、朱実は、陶器煙管の口へ白い指でつめ、
『どうぞ』
と清十郎へ吸口を向けた。
馴れない手つきで、
『辛いものだのう』
『ホホホ』
『藤次は、どこへ行った?』
『又、お母さんの部屋でしょう』
『あれは、お甲が好きらしいな。どうも、そうらしい。藤次め、時々わしを措いて、一人で通っているにちがいない』
二
『――な、そうだろう』
『いやなお人。――ホ、ホ、ホ』
『何がおかしい。そなたの母も、うすうす藤次に想いを寄せて居るのだろうが』
『知りません、そんなこと』
『そうだぞ、きっと。......ちょうどよいではないか、恋の一対、藤次とお甲、わしとそなた』
そしらぬ顔をしながら、朱実の手の上へ手をかさねると、
『いや』
と、朱実は潔癖な弾みを与えて、膝から振り退けた。
振りのけられた手は、かえって清十郎を強くさせた。起ちかけた朱実の小がらな体を抱きすくめ、
『どこへ行くか』
『いや、いや。......離して』
『まあ、居やれ』
『お酒を。......お酒を取って来るんですから』
『酒などは』
『お母あさんに叱られます』
『お甲は、あちらで、藤次と仲よく話しおるわ』
埋め込む朱実の顔へ顔をすり寄せると、ぱっと火でもついたような熱い頰が必死に横を向いて、.
『――誰か来てえっ。お母あさん! お母あさん!』
と、ほん気で叫んだ。
離した途端に、朱実は、袂の鈴を鳴らして、小鳥みたいに奥へかくれた。彼女の泣きこんだ辺りで、大きな笑い声がすぐ聞えた。
『ちッ......』
自分の置き場を失ったように、清十郎は、さびしい、苦い、何ともいえない面もちを持って、
『帰る!』
独りでつぶやいて、廊下へ出た、歩きだすと、その顔は、ぷんぷん怒っていた。
『おや、清さま』
見つけて、あわてて抱きとめたのはお甲であった。髪も束ね、化粧も先刻よりは直っていた。抱きとめておいて、藤次を加勢に呼びたてた。
『まあ、まあ』
やっと元の座敷に坐らせたのである。すぐ酒を運ぶ、お甲が機嫌をとる、藤次が、朱実を引っぱッて来る。
朱実は、清十郎の沈んでいるのを見ると、くすりと、笑靨を下に向けた。
『清さまへお酌をなさい』
『はい』
と、銚子をつきつける。
『これですもの、清さま、どうしてこの娘は、いつまで、こう子どもなんでしょう』
『そこがいいのさ、初桜は』
藤次も、わきから座を持った。
『だって、もう二十一にもなっているのに』
『二十一か、二十一とは見えんな、ばかに小粒だ――――やっと十六か、七』
朱実は、小魚みたいに、ぴちぴちした表情を見せて、
『ほんと? 藤次さん。――うれしい! 私、いつまでも、十六でいたい、十六の時に、いいことがあったから』
『どんなこと』
『誰にもいえないこと。......十六の時に』
と、胸を抱いて、
『わたし、何処の国にいたか、知っている? 関ケ原の戦のあった年』
お甲は、不意にいやな顔して、
『ぺちゃぺちゃ、くだらないお喋べりをしていないで、三味線でも持っておいで』
つんと答えずに、朱実は起った。――そして三味線をかかえると、客を娯しませようとするよりは、自分ひとりの思い出でも娯しむように、
よしや、こよいは
曇らばくもれ
とても涙で
見る月を
『藤次さん、わかる?』
『ウム、もう一曲』
『ひと晩じゅうでも、弾いていたい――』
しんの闇にも
まよわぬ我を
アアさて、そ様の
迷わする
『なるほど、これでは確かに、二十一にちがいない』
三
それまで、沈湎と額づえついていた清十郎が、どう気をとり直したか、唐突に、
『朱実、一杯ゆこう』
杯を向けると、
『ええ、頂戴』
悪びれもせず、うけて、
『はい』
と、すぐ返す。
『つよいの、そちは』
清十郎も又、すぐあけて、
『も一杯』
『ありがと』
失実は、下へ置かないのである。杯が小さいと見えて、ほかの大きな杯で酌しても、あッけないくらいなものだった。
体つきは、十六、七の小娘としか見えないし、まだ男の唇によごされていない唇と、鹿みたいに羞恥みがちな眸をもっているくせに、いったい、この女のどこへ、酒が入ってしまうのだろうか。
『だめですよ、この娘は、お酒ならいくら飲ませたって酔わないんですから。三味線を持たせておくに限るんです』
お甲がいうと、
『おもしろい』
清十郎は、躍起に酌ぐ。
すこし雲ゆきがおかしいぞと懸念して、藤次が、
『どうなすったので。――若先生今夜は、ちと飲け過ぎまする』
『かまわぬ』
凡ではない、案のじょう、
『藤次、わしは今夜は、帰れぬかも知れぬぞ』
と、断って飲みつづける。
『ええ、お泊りなさいませ幾日でも。――ネ、朱実』
とお甲は、調子づける。
藤次は眼くばせをして、お甲をそっと他の部屋へ拉して行った。――困ったことになったぞと密め声で囁くのである。あの執心ぶりでは是が非でも、朱実になんとか得心させなければ納まるまいが、本人よりは母親であるおまえの考えのほうが肝腎、金のところはどのくらいだと、真面目になってかけ合うのだった。
『さ? ......』
と、お甲は暗い中で、厚化粧の頰へ、指をついて考え込む。
『何とかせい』
藤次は、膝をつめ寄せ、
『わるくない話じゃないか、兵法家だが、今の吉岡家には、金はうんとある。先代の拳法先生が、何といっても、永年、室町将軍の御師範だった関係で、弟子の数も、まず天下第一だろう。しかも清十郎様はまだ無妻だし、どう転んだって、行く末わるい話ではないぞ』
『私は、いいと思いますが』
『おまえさえよければ、それで文句のありようはない。じゃあ今夜は、二人で泊るがいいか』
灯りのない部屋である。藤次は臆面もなくお甲の肩へ手をかけた。すると襖のしまっている次の間でがたんと物音がした。
『あ。ほかにも、客がいたのか』
お甲は、黙ってうなずいた。そして藤次の耳へ、湿っぽい唇をつけた。
『後で......』
男女は、さりげなく、そこを出た、清十郎はもう酔いつぶれて横になっている。部屋をわけて、藤次も寝た。――寝つつも眠らずに訪ずれを待っていたのであろう。然し、皮肉なことだった。夜が明けても、奥は奥で、ひっそりと寝しずまった限りだし、二人の部屋へは、衣ずれの音もしなかった。
ばかな目を見た顔つきで、藤次はおそく起き出した。清十郎はもう先に起きて川沿いの部屋でまた飲んでいる。――取り巻いているお甲も朱実も今朝は、けろりと冴えていて、
『じゃあ、連れて行ってくださる? きっと』
と、何か約束している。
四条の河原に、阿国歌舞伎がかかっている、その評判をもちだしているのだった。
『うむ、参ろう。酒や折詰のしたくをしておけ』
『じゃあ、お風呂もわかさなければ』
『うれしい』
朱実とお甲と、今朝は、この母娘ばかりがはしゃいでいた。
四
出雲巫子の阿国の踊りは、近ごろ、町のうわさを風靡していた。
それを真似て、女歌舞伎というものの、摸倣者が、四条の河原に、何軒も掛床をならべ、華奢風流を争って、各々が、大原木踊りとか、ねんぶつ舞とか、やっこ踊りとか、独創と特色を持とうとしている。
佐渡島右近、村山左近、北野小太夫、幾島丹後守、杉山主殿などとまるで男のような芸名をつけた遊女あがりの者が、男扮装で、貴人の邸へも、出入りするのを見かけられるのも、近ごろの現象だった。
『まだか、支度は』
もう陽は午刻をすぎている。
清十郎は、お甲と朱実が、その女歌舞伎を見にゆくために、念入りなお化粧をしている間に、体がだるくなって、また、浮かない気色になった。
藤次も、ゆうべのことが、いつまでも頭にこびりついていて、彼独特な調子も出ないのである。
『女を連れてまいるもよいが、出際になって、髪がどうの、帯がなんの、あれが、実に男にとっては、小焦れッたいものでござる』
『やめたくなった......』
川を見る。
三条小橋の下で、女が布を晒していた。橋の上を、騎馬の人が通ってゆく。清十郎は、道場の稽古を想い出した。木太刀の音や槍の柄のひびきが耳についてくる。大勢の弟子が、きょうは自分のすがたが見えないのを何といっているだろう。弟の伝七郎もまた舌うちしているに違いない。
『藤次、帰ろうか』
『今になって、左様なことを仰っしゃっては』
『でも......』
『お甲と朱実をあんなに欣しがらせておいて、怒りますぞ。早くせいと、急がせて参りましょう』
藤次は出て行った。
鏡や衣裳の散らかっている部屋をのぞいて、
『あれ? 何処じゃろ』
次の部屋――そこにもいない。
布団綿のにおいが陰気に閉まっている陽あたりの悪い一間がある。何気なく、そこも、がらりと開けていた。
いきなり藤次はその顔へ、
『誰だッ』と、怒鳴られて面食らった。
思わずひと足退いて、うす暗い――表の客座敷とは較べものにならない湿々した古畳のうえを見た。やくざな性を遺憾なく身装にあらわした二十二、三歳の牢人者(註・牢ハ淋シムノ意、牢愁ナドノ語アリ。当時ノ古書ミナ牢人ノ文字ヲ用ウレド、後ノ浪人ト同意味ナリ)――が、大刀のつばを腹の上に飛び出させたまま、大の字なりに寝ころんで、汚ない足の裏をこっちに向けているのである。
『ア......。これは粗相、お客でござったか』
藤次がいうと、
『客ではないッ』と天井へ向って、その男は、寝たまま怒鳴る。
ぷーんと、酒のにおいが、その体からうごいてくる。誰か知らぬが、触らないにかぎると、
『いや、失礼』
立ち去ろうとすると、
『やいっ』
むッくり起きて呼び返した。
『――後を閉めてゆけ』
『ほ』
気をのまれて、藤次が、いわれた通りにしてゆくと、風呂場の次の小間で、朱実の髪をなでつけていたお甲がどこの御寮人かとばかり、こッてり盛装したすがたをすぐその後から見せて、
『あなた、何を怒ってるんですよ』
と、これまた、子どもでも叱りつけるような口調でいう。
朱実が、うしろから、
『又八さんも行かない?』
『どこへ』
『阿国歌舞伎へ』
『ベッ』
本位田又八は、唾でも吐くように、唇をゆがめてお甲へいった。
『どこに、女房のしりに尾きまとう客の、そのまたしりに尾いて行く亭主があるかっ』
五
化粧きぬいて、盛装して――女の外出は浮いた感傷に酔っている、それを、搔き乱された気がしたのであろう。
『何ですって』
お甲は眼にかどを立てた。
『私と藤次様と、どこが、おかしいんですか』
『おかしいと、誰がいった』
『今、いったじゃありませんか』
『............』
『男のくせに――』
と、お甲は、灰をかぶせたように黙ってしまった男の顔をにらんで、
『嫉いてばかりいるんだから、ほんとに、嫌になっちゃう!』
そして、ぷいと、
『朱実、気ちがいに関ってないで行こう』
又八は、その裳へ、腕をのばした。
『気ちがいとは、何だっ。――良人をつかまえて、気ちがいとは』
『なにさ』
お甲は、振り退けて、
『亭主なら、亭主らしくしてごらん。誰に食わせてもらっていると思うのさ』
『な......なに......』
『江州を出て来てから、百文の金だって、おまえが稼いだことがあるかえ。私と、朱実の腕で暮して来たんじゃないか。――酒をのんで、毎日ぶらぶらしていて、どう文句をいう筋があるえ』
『だ......だから俺は、石かつぎしても、働くといっているんだ。それをてめえが、やれ、まずい物は食えないの、貧乏長屋はいやだのと、自分の好きで、俺にも働かせず、こんな泥水稼業をしているんじゃねえか。――やめてしまえッ』
『何を』
『こんな商売』
『やめたら、あしたから食べるのをどうするのさ』
『お城の石かつぎしても、俺が食わしてみせる。なんだ、二人や三人の暮しぐらい』
『それ程、石かつぎや、材木曳きがしたいなら、自分だけここを出て、独り暮しで土方でも何でもしたらいいじゃないか。おまえさんは、根が作州の田舎者、そのほうが生れ性に合っているのでしょ。何も無理にこの家にいてくれと拝みはしませんからね、どうか、いやなら何時でも御遠慮なく――』
くやし涙を溜めている又八の眼の先から、お甲も去り、朱実も去った。――そうして二人のすがたが眼の前からいなくなっても、又八は、一方をにらみつけていた。
ぽろぽろと湯のわくように涙が畳へ落ちる。今にして悔やむことはすでに遅いが、関ケ原くずれの身を、あの伊吹山の一軒家に匿まわれたことは、一時は、人の情の温かさに甘え、生命びろいをした幸運に似ていたが、実はやはり敵の手に擒人となってしまったも同じであった。――正々堂々、敵に捕われて軍門に曳かれた結果と、多情な後家のなぐさみものになって、生涯男がいもなく悶々と陽かげの悩みと侮蔑の下に生きているのと、いったいどっちが幸福であった? ――あの人魚を食ったようにいつまでも若くて、飽くなき性の脂と白粉と、虚慢ないやしさを湛えているすべた女に、これからという男の岐れ道をこうされて。
『畜生......』
又八は身をふるわした。
『畜生め』
涙が滲む。骨の髄から泣きたくなる。
なぜ! なぜ! おれはあの時宮本村の故郷へ帰らなかったろうか。お通の胸へ帰らなかったか。
あのお通の純な胸へ。
宮本村には、おふくろもいる。分家の聟、分家の姉、河原の叔父貴――みんな温ッたかい!
お通のいる七宝寺の鐘はきょうも鳴っているだろう。英田川の水は今もながれているだろう、河原の花も咲いていよう、鳥も春を歌っているだろう。
『馬鹿。馬鹿』
又八は、自分の頭を、自分の拳で撲った。
『この馬鹿ッ』
六
ぞろぞろと連れ立って、今、家を出かけるところらしい。
お甲、朱実、清十郎、藤次。――ゆうべから流連けの客二人に母娘二人。
はしゃぎ合って、
『ほう、戸外は春だの』
『すぐ、三月ですもの』
『三月には、江戸の徳川将軍家が、御上洛という噂。おまえ達はまた稼げるな』
『だめ、だめ』
『関東侍は遊ばぬか』
『荒っぽくて』
『......お母さん、あれ、阿国歌舞伎の囃子でしょう。......鐘の音が聞えてくる、笛の音も』
『ま――。この娘は、そんなことばかりいって、魂はもう芝居へ飛んでいるのだよ』
『だって』
『それより、清十郎様のお笠を持っておあげ』
『はははは、若先生、おそろいでよう似合いますぞ』
『嫌っ。......藤次さんは』
朱実が後を振り向くと、お甲は袂の下で、藤次の手に握られていた自分の手をあわててもぎはなした。
――その跫音や声は、又八のいる部屋のすぐ側を流れて行ったのである。
窓一重の往来を。
『............』
又八の怖い眼が、その窓から見送っていた。青い泥を顔へ塗ったように、押しつつんでいる嫉妬である。
『何だッ』
暗い部屋へ、ふたたび、どかっと坐って、
『――何のざまだっ、意気地なしめ、このざまは、このベソは』
それは自分を罵っているのである。――腑がいない、小癪にさわる、浅ましい――すべて自分に対する自分の憤懣を発している所作なのだった。
『――出ろと、あの女めがいうのだ。堂々と、出て行けばいい。何をこんな家に、こんな歯ぎしり嚙んでまでいなければならない理がある。まだ、俺だって二十二だ。――いい若い者が』
がらんと急に静かになった留守の家で、又八は独りで声を出していった。
『その通りだ、それを』
いても起ってもおれなくなる。なぜだ! 自分にもわからない。混沌と頭がこんがらかるばかりだ。
この一、二年の生活で、頭が悪くなったことを又八は自分でも認めている。たまッたものではない、自分の女が、よその男の席へ出て嘗て自分へしたような媚態をほかへ売っているのだ。夜も眠れない。昼も不安で外へ行く気も出ない。そしては悶々と、陽かげの部屋で、酒だ、酒である。
あんな年増女に!
彼は忌々しさを知っている。目前の醜いものを蹴とばして、大空へ青年の志望を伸ばすことが、せめて遅くとも、過誤の道をとり返す打開であることもわかっている。
だが......偖だ。
ふしぎな夜の魅惑がそれを引きとめる。どうした粘力だろう。あの女は魔か。――出て行けの、厄介者のと、癎だかく罵ったことばも、深夜になればそれは皆、悪戯ごとのようにあの女の快楽の蜜に変ってしまうのだ。四十に近い年になっても、娘の朱実に劣らない臙脂を紅々と溶かしている唇。
――それもある。また。
いざとなると、此処を出ても、お甲や朱実の目にふれるところで石担ぎをやる勇気も又八は持ち合せていない。こういう生活も五年となれば、彼の体にも怠けぐせが沁みこんでいることは勿論だった。肌に絹を着、灘酒と地酒の飲みわけがつくようになっては、宮本村の又八もはや、以前の質朴や剛毅さのあった土くさい青年とはちがう。殊にまだ二十歳前の未熟なうちから、年上の女と、こういう変則な生活をして来た青春が、いつのまにか、青年らしい意気に欠け、卑屈に萎み、依怙地に歪んでしまったのも、当り前だった。
だが! だが! 今日こそは。
『畜生、後であわてるな』
憤然と、自分を打って、彼は起った。
七
『出てゆくぞ、おれは』
いってみたところで、家は留守である、誰も止め人はない。
こればかりは遉に離さない大きな刀を、又八は腰にさし、そして独りで唇を嚙みしめた。
『俺だって、男だ』
表の暖簾口から大手を振って出ても決して差しつかえないものを、平常の癖である、台所口から汚い草履を突っかけて、ぷいと外へ出た。
出たが――
『さて?』
足がつかえたように、白々と吹く春先の東風の中に又八は目瞬いていた。
――何処へ行くか?
世間というものが途端に渺茫として頼りのない海騒のように思えた。経験のある社会といえば、郷里の宮本村と、関ケ原の戦のあった範囲よりほか知らないのである。
『そうだ』
又八は、また、犬のように台所口をくぐって家の中へ戻った。
『――金を持って行かなければ』
と、気がついたのである。
お甲の部屋へ入った。
手筥だの、抽斗だの、鏡立てだの、手あたり次第に搔き廻してみた。然し、金はみつからなかった。あらかじめこういう要心は行き届いている女である。又八は気を挫いて、取りちらした女の衣裳の中へ、がっかり坐り込んでしまった。
紅絹や、西陣や、桃山染や、お甲のにおいが陽炎のように立つ。――今頃は河原の阿国踊りの小屋で、藤次と並んで見ているだろうと、又八はその姿態や肌の白さを眼にえがく。
『妖婦め』
しんしんと脳の髄から滲み出るものは、ただ悔の苦い思い出だった。
今更ではあるが、痛烈に、思われる人は、故郷元へ捨てたままの許嫁――お通であった。
彼は、お通を忘れ得なかった。いや日の経つほど、あの土くさい田舎に自分を待つといってくれた人の清純な尊さがわかって来て、掌を拝せて詫びたいほど恋しくなっていた。
だが、お通とも、今は縁も切れたし、こッちから顔を持ってゆけた義理でもない。
『それも、彼婦のためだ』
今、眼が醒めても遅いが、あの女に、お通という女性が故郷にあることを正直に洩らしたのがわるかった。お甲は、その話を聞く時は、婀娜な笑くぼをたたえて、至って無関心に聞いていたが、心のうちでは深い嫉妬をもったらしく、やがて何かの時に、それを痴話喧嘩にもちだして、何でも縁切り状を書けと迫り、しかも自分の露骨な女文字までわざと同封して、あの何も知らずにいる故郷のお通へ宛てて、飛脚で出してしまったものである。
『――ああ、どう思ってるだろうなあ? お通は......お通は』
狂わしく又八は呟いた。
『今頃は? ......』
悔の瞼に、お通が見える。恨めしげなお通の眼が見える。
故郷の宮本村にも、そろそろ春が訪れていよう。きょうも、なつかしいあの川、あの山々。
又八は、ここから叫びたくなった。そこにいるお母、そこにいる縁者たち、みんな温ッたかい! 土までもぽかぽか温ッたかい!
『二度と、もうあの土は踏めないのだ。――それもみんな、こいつの為だ』
お甲の衣裳つづらを打ちまけて、又八は、手当り次第に引ッ裂いた。裂いては、家中へ蹴ちらかした。
と、――さっきから表の暖簾口で、訪れている者があった。
『ごめん。――四条の吉岡家の使でござるが、若先生と、藤次殿が参っておりませぬか』
『知らぬっ』
『いや、参っているはずでござる。隠れ遊びの先へ、心ない業とは承知しておりますが、道場の一大事――吉岡家の名にもかかわること――』
『やかましい』
『いや、お取次でもよろしい。......但馬の士宮本武蔵という武者修行の者、道場へ立ち寄り、門弟たちに立ち対える者一人もなく、若先生のお帰りを待とうと、頑として、動かずにおります故、すぐお帰りがねがいたいと』
『な、なにッ、宮本?』
優 曇 華
一
吉岡家にとって、きょうはなんという悪日か。
この西洞院西ノ辻に、四条道場が創まって以来の汚辱を兵法名誉の家門に塗ったものとして、今日を胆に銘記しなければならない――と、心ある門人たちは、沈痛きわまる面をして、もういつもなら各々黄昏れを見て帰り途へちらかる時刻の道場に、まだ、暗然たる動揺を無言にもって或る群れは板敷きの控えにかたまり、或る群れは一室のうちに、墨のごとく残っていた。一人も帰らずに残っていた。
門前で、駕でも止ったような物音がすると、
『お帰りか』
『若先生か』
人々は、暗い無言をやぶって、立ちかけた。
道場の入口で、憮然と、柱によりかかって立っていた一人が、
『ちがう』
と、首を重く振る。
そのたび毎に、門人たちは、沼のような憂暗にかえった。或る者は、舌うちを鳴らし、或る者は、そばの者に聞えるような嘆息をし、忌々しげな眼を、夕闇の中に、ぎらぎらさせていた。
『どうしたのだ? いったい』
『きょうに限って』
『まだ若先生の居所はわからんのか』
『いや、手分けして方々へ捜しに走らせて居るから、もう追ッつけ、お帰りになるだろう』
『ちいッ』
――その前を、奥の部屋から出て来た医者が、黙々と門人たちに見送られて玄関へ出て行った。医者が帰ると、その人たちはまた無言で一室へ退いた。
『燈火をつけるのも忘れていやがる。――誰か、あかりを灯けんのかっ』
と、腹だたしげに呶鳴る者がある。自分たちの汚辱に対して、自分たちの無力を怒る声だった。
道場の正面にある『八幡大菩薩』の神だなに、ぽっと、神あかしが灯った。然し、その燈明さえ、晃々とした光がなかった。弔火のように眼に映って、不吉な暈がかかっている気がするのである。
――抑々が、ここ数十年来、吉岡一門というものは、余りに順調でありすぎたのではあるまいか。古い門人のうちでは、そうした反省もしていた。
先代――この四条道場の開祖――吉岡拳法という人物は、今の清十郎やその弟の伝七郎とはちがって、たしかに、これは偉かったに違いない。――根は一介の染物屋の職人に過ぎなかったが、染型をつける紺屋糊のあつかいようから太刀使いを発明して、鞍馬僧の長刀の上手に仕いたり、八流の剣法を研究したりして、ついに、一流をたて、吉岡流の小太刀というものは、時の室町将軍の足利家で採用するところとなり、兵法所出仕の一員に加えられるまでになった。
(お偉かったな、やはり)
今の門下も、何かにつけ、追慕するのは、亡き拳法の人間とその徳望であった。二代目の清十郎その弟の伝七郎、共に父に劣らない修行はさずけられていたが、同時に、拳法の遺して行った尠からぬ家産と、名声をもそのまま貰っていた。
(あれが禍だ)
と、或る者はいった。
今の弟子も、清十郎の徳についているのではない、拳法の徳望と吉岡流の名声についているのである。吉岡で修行したといえば、社会で通りがよいから殖えている門生なのであった。
足利将軍家が亡んだので、禄はもう清十郎の代になってからはなかったが、身に娯みをしなかった拳法の一代に、財産は知らないまにできていた。それに宏壮な邸はあり、弟子の数は何といっても、日本一の京都において、随一といわれる程あって、その内容はともかく、外観では、剣をつかい剣に志す社会を風靡している。
――が、時代はこの大きな白壁の塀の外において、塀の内の人間が、誇ったり、慢じ合ったり、享楽したりしている数年の間に、思い半に過ぎるような推移をとげていた。
それが、きょうの暗澹たる汚辱にぶつかり慢心の眼がさめる日となってきたのだ。――宮本武蔵という、まだ聞いた事もない田舎者の剣のために。
二
事件の起りはこうである。
――作州吉野郷宮本村の牢人宮本武蔵という者ですが。
と、今日玄関へ来て訪れた田舎者があるという取次の言葉であった。居合わせた連中が興がって、どんな男かと訊ねると、取次のいうには、年の頃はまだ二十一か二、脊は六尺に近く、暗やみから曳きだした牛のようにぬうとしている、髪は一年も櫛など入れた事がないらしく赤くちぢれたのを無造作に束ね、衣服などは、無地か小紋か、黒か茶か、分らないほど雨露に汚れていて、気のせいか臭いような気さえする。それでも背中には、俗に武者修行袋とよぶ紙撚網に渋をひいて出来ている重宝包みを斜めに背負いこんでいる所、やはり近頃多い武者修行を以て任じているらしくあるが、何としても間が抜けた若者だと――いう事であった。
それもいい。お台所で一食のおめぐみにとでもいうことか、この広大な門戸を見て、人もあろうに当流の吉岡清十郎先生に試合をねがいたいという希望だと聞いたから、門人たちは吹きだしてしまった。追ッ払え、という者もあったが、待て待て何流で誰を師にして学んだか訊いてやれという者もあって、取次が面白半分に往復すると、その返辞がまた振っている。
――幼少の時、父について十手術を習いました。それ以後は、村へ来る兵法者について、誰彼となく道を問い、十七歳にして、郷里を出、十八、十九、二十の三ヵ年は故あって学問にのみ心をゆだね、去年一年はただ独り山に籠って、樹木や山霊を師として勉強いたしました。されば自分にはまだこれという師もなく流派もありません。将来は、鬼一法眼の伝を汲み、京八流の真髄を参酌して、吉岡流の一派をなされた拳法先生のごとく、自分も至らぬ身ながら一心に励んで、宮本流を創てたいのが望みでございます。
と、いかにも世間摺れない正直さはあるが、訛りのある廻らぬ舌で、咄々と答えたといって、取次が、またその口真似をして伝えたので、さあみんな、再び笑いこけてしまった。
天下一の四条道場へ、のそのそやって来るのさえ、既によほど戸惑った奴でなければならんのに、拳法先生のごとく一流を創てたいなどとは、身のほど知らずも、ここまでになれば珍重してよろしい。いったい、死骸の引取人はあるのか無いのか聞いて来いと、更に、からかい半分に取次へいってやると、
(死骸の儀なれば、万一の場合は鳥辺山へお捨て下さろうとも、加茂川へ芥と共にお流し下さろうとも決して、おうらみ心は存じませぬ)
と、これはぬうとして居るに似げないさッぱりした返辞だという。
(上げろ)
と一人が口を切ったのが始まりであった。道場へ通して、片輪ぐらいにして抛り出すつもりであったのだ。所が、最初の立合いに、片輪は道場側の方に出来てしまった。木剣で腕を折られたのだ、折られたというよりも捥がれたといったほうがあたっている。皮膚だけで手首がぶら下っているほどな重傷だった。
次々に立ち上った者が、ほとんど同様な重傷を負うか惨敗を舐め尽してしまったのである。木剣とはいえ床には血さえ滴った。凄愴な殺気はみなぎって、たとえ吉岡の門人が一人のこらず斃れるまでも、この無名の田舎者に誇りを持たせたまま生かして帰すことはならなくなった。
(――無益であるからこの上は清十郎先生に)
と当然な乞いの下に、武蔵はもう立たないのであった。やむなく、彼には一室を宛てがって待たせておき、清十郎の行く先へは使を走らせ、一方では医者を迎えて、重体の傷負い数名を、奥で手当てしていた。
その医者が帰ると間もなく、燈火のついた奥の部屋で傷負いの名をよぶ声が二、三度聞えた。道場の者が、駈け寄ってみると、そこに枕をならべている六名の者のうちで、二人はもうこときれて死んでいた。
三
『......だめか』
死者の枕元をかこんだ同門の者たちの顔は、一様に蒼くにごって、重くるしい息をのんだ。
そこへ、あわただしい跫音が、玄関から道場へ通り、道場から奥へ入って来た。
祇園藤次を連れた吉岡清十郎であった。――
二人とも、水から上って来たような醒めた顔いろを湛えていた。
『どうしたのだ! この態は』
藤次は吉岡家の用人格でもあり、また道場では古参の先輩でもあった。従ってその言葉つきは場合にかまわず、いつも権柄であった。
死人の枕元で、涙ぐんでいた多感らしい門人が、途端に憤ッとした眼を上げて、
『何をしていたとは貴郎がたの事だ。若先生を誘惑いあるいて、馬鹿も程にしたがよいッ』
『何だと』
『拳法先生の御在世中には、一日たりとも、こんな日はなかったんだぞ!』
『偶々のお気ばらしに、歌舞伎へお出でになった位のことが、なんで悪いか。若先生をここに措いて、なんだその口は。出過ぎ者め』
『女歌舞伎は、前の晩から泊らなければ行けないのか。拳法先生のお位牌が、奥の仏間で、泣いてござるわっ』
『こいつ、いわしておけば』
その二人をなだめて別室へ分けるために、そこは暫らくがやがやしていた。――すると、直ぐ隣室の暗やみで、
『......や......やかましいぞっ......人の苦痛も知らずに......ウーム......ウーム』
呻く者があると思うと、
『そんな内輪喧嘩より、若先生が帰って来たなら、早く、今日の無念ばらしをしてくれっ。......あの......奥に待たせてある牢人めを、生かして、ここの門から出しては駄目だぞっ。......いいかっ、たのむぞ』
蒲団のうちから、畳をたたいて喚いている者もある。
死に至るほどではなかったが、武蔵の、木剣の前に立って、脚や手を打ち砕かれた怪我人組の、それは興奮であった。
(そうだ!)
誰もが、叱咤された気がした。今の世の中で農、工、商のほかに立つ人間が、最も日常に重んじあっているものは「恥」ということだった。恥と道づれなれば、いつでも死のうとこの階級は競う気持すらあった。時の司権者は、軍にばかり追われて来たので、まだ天下に泰平を布く政綱もなかったし、京都だけの市政にしてからずいぶん不備で大ざっぱな法令で間にあわせられているのであるが、士人のあいだに、恥辱を重く考えるという風がつよいので、百姓にも町人にも、自らその意気が尊ばれ、社会の治安にまで及ぼしているので、法令の不完全も、こういう市民の自治力で償われて余りあるのであった。
吉岡一門の者にしても、まだその恥を知ることにおいては、決して、末期の人間のような厚顔は持たなかった。一時の狼狽と、敗色から甦えると、すぐ恥というものが頭へいっぱいに燃えた。
(師の恥)
とばかり、小我を捨てると、一同は道場に集まった。
清十郎を取り巻いてである。
だが、その清十郎の面は、きょうに限って、ひどく闘志がない。ゆうべからのつかれが、今になって眉にただよっていた。
『――その牢人者は』
清十郎は、革だすきをかけながら訊ねた。門人の出した二本の木剣を選んで、その一本を右手に提げた。
『お帰りを待とうという彼奴のことばにまかせて、あの一室に、控えさせてあります』
と、一人が庭に向っている書院脇の小部屋を指した。
四
『――呼んで来い』
清十郎の乾いた唇から出た言葉である。
挨拶をうけてやろうというのだった。道場から一段高い師範の座に腰かけ、木剣を杖に立って、清十郎はいった。
『は』
三、四人が答えて、すぐ道場の横から草履を穿き、庭づたいに、書院の縁へ走ろうとするのを、祇園藤次や植田などの古参が、その勢い込む袂をつかまえて、
『待て待て、逸まるな』
それからの囁きは、すこし離れて見ている清十郎の耳には聞えなかった。吉岡家の家人、縁者、古参を中心として、一かたまりになりきれない程なあたま数が、幾組にもわかれて、額よせ集め、何か、異論と主張と、評議紛々たるものがあった。
――が、相談はすぐ決まったらしい。吉岡家を思い、清十郎の実力をよく知る大勢の者の考えとして、奥に待っている無名の牢人を呼び出して、ここで無条件に清十郎へ立ち対わせることは、何としても不得策である。すでに、幾名かの死者と怪我人を出している上に、万一清十郎までが敗れたら吉岡家の重大事であって、危険極まるというのが、その人たちの危惧であった。
清十郎の弟、伝七郎がいるならば、そういう心配はまずないものと人々は思う。ところが生憎とその伝七郎までが、きょうは早朝からいないのだ、先代拳法の天分は、兄よりはこの弟のほうに多分によい質があると人々は見ているのだが、責任のない次男坊の立場にあるので、至って暢気者だ。きょうも友達と伊勢へ行くとかいって、帰る日も告げずに家を出ているのだった。
『ちょっと、お耳を』
藤次はやがて、清十郎のそばへ行って、何か囁いていた。――清十郎の面は堪え難い辱しめをうけたように汚れた。
『――騙し討に?』
『............』
叱っと、藤次は眼をもって、清十郎の眼を抑えた。
『......そんな卑怯なことをしては、清十郎の名が立たぬ。たかの知れた田舎武芸者に、怖れをなして、多勢で打ったと世間にいわれては』
『ま......』
藤次は、強いて毅然と装う清十郎のことばへ圧しかぶせて、
『吾々にまかせて下さい。吾々の手に』
『そち達は、この清十郎が、奥にいる武蔵とやらいう人間に、敗けるものと思うているのか』
『そういう理ではありませぬが、勝って、名誉な敵ではなし、若先生が手を下すには、勿体ない、と一同が申すのでござる。――何も外聞にかかわるほどなことでもありますまい。......兎に角生かして返しては、それこそ、御当家の恥を、世間に撒きちらされるようなものですからな』
そんなことをいっている間に、道場に充ちている人間は、半数以上も減っていた。――庭へ、奥へ、また玄関から迂回して裏門のほうへと、蚊の立つように音もなく闇へ紛れてゆくのであった。
『あ。......もう猶予はなりません。若先生』
藤次は、そこの灯を、ふっと吹き消してしまった。
――そして下緒を解いて袂をからげた。
清十郎は腰かけたままながめていた。ほっとした気持がどこかでしないでもない。然し、決して愉快ではなかった。自分の力が軽視された結果にほかならないのだ。父の死後、怠って来た修行のあとを省みて、清十部は暗い気特だった。
――あれほどな門下や家人が、どこへ潜んでしまったか、道場には、もう彼一人しか残っていなかった。そして、井戸の底に似た物音のない暗さと冷たさが、邸のうちを占めた。
――凝としていられないものが、清十郎の腰を起たせた。窓からのぞいてみると、灯の色が映しているのは、武蔵という客を待たせてある一室だけで、そのほかに何物も見えなかった。
五
障子のうちの燈火は、時々、静かな瞬きをしていた。
縁の下、廊下、隣りの書院など、その仄かな灯影のゆれている一室の他は、すべて暗かった。徐々と、無数の眼が、蟇のようにその闇を這い寄っていた。
息をころし、刃を伏せて、
『............』
凝と、燈火のさす内の気はいを、身体じゅうで訊き澄ます。
(はてな?)
藤次は、ためらった。
他の門人たちも、疑った。
――宮本武蔵とやら、名まえこそ都で聞いたこともない人間だが、とにかくあれほどつかう腕の持主である。それが、しいんとしているのはどういうものだろう、多少なり兵法に心を措く人間ならば、いくら上手に忍び寄ろうが、これだけの敵が室外に迫って来るのを気づかずにいるはずはない。今の世を兵法者で渡ろうという者が、そんな心がまえであったら、月に一ッずつ生命があっても足らないことになる。
――(寝ているな)
一応は、そう考えられた。
かなり長い時間であったから、待ちしびれを切らして、居眠っているのではあるまいかと。
だが、思いのほか相手が曲者とすると、或いは、こっちの空気を早く察しながら、襷股立ちの身ごしらえまで十分にして措いて、わざと燈心の丁字を剪らずに、来らば――と鳴りをひそめているのかもわからない。
(そうらしい......いや、そうだ)
どの体も硬ばってしまう。自分の殺気でまず自分が先に打たれているのだ。誰か先に捨て身にならないかと味方のほうへも気を配るのである。ゴクリと喉の骨が鳴ったりする。
『宮本氏』
ふすま隣から、藤次が気転でこう声をかけた。
『――お待たせいたした。ちょっと、お顔を拝借ねがいたいが』
相変らずしいんとしたものである。いよいよ敵には用意がある。藤次はそう考えて、
(抜かるな!)
と、眼合図を左右の者に投げておいて、どんと、襖の腰を蹴った。
途端に、中へ躍りこむはずの人影が、無意識にみな身を退いた。――襖の一枚は脚を外して閾から二尺ほど股をひらいている。それッと誰か叱咤した。四方の建具がぐわらぐわらと一度に鳴を立てて暴れた。
『やっ?』
『いないぞっ』
『いないじゃないか』
急に強がった声が揺れている燈火の中で起った。つい今し方、ここへ燭台を門人が運んで来た時はまだきちんと坐っていたというその敷物はある。火桶はある、また飲まないまま冷えている茶もあるのだ。
『逃がした』
一人が縁へ出て庭へ伝える。
庭の暗がりや床下から、むらむら寄って来た人影が皆、地だんだを踏み、見張人の不注意を罵った。
見張をいいつかっていた門人たちは、口を揃えて、そんなはずはないという。いちど厠へ立つ姿は見たが、すぐ部屋へもどったきり、武蔵は断じてこの部屋を出ていないといって不審かる。
『風ではあるまいし......』
その抗弁を嘲殺していると、
『あっ、ここだ』
戸棚へ首を突っこんだ者が、剝がれている床の穴を指さした。
『燈火がついてからといえば、まだそう遠くへは走っていないぞ』
『追え、追打ちに』
敵の弱身を測って急に奮いだした武者ぶるいが、小門、裏門をどっと押して、外へ散らかった。
すると直ぐ――いたッと叫ぶ声がながれた。表門の袖塀の蔭から弾かれたように一つの影が、往来を横ぎって向うの小路へ隠れたのを、声と共に、誰も見た。
六
まるで脱兎の逃げ足だった。突当りの築土を、その男の影は蝙蝠のように掠めて、横へ外れた。
大勢のみだれた跫音が、彼ッ方だ此ッ方だと、その後から追い捲くって行く、前へもまわってゆく。
空也堂と本能寺の焼跡とが道路を挾んでいる薄暗い町まで来ると、
『卑怯者』
『恥知らずが』
『よくも、よくも、最前は』
『さあ、もどれ』
捕まえたのだ。ひどい乱打と足蹴の下に、捕われた男は大きな呻きを発したが、それが逃げるだけ逃げ廻っていたこの人間の猛然と立ち直った挑戦であったとみえ、中の襟がみを取って曳きずるように踏ン張っていた二、三名の者は同時に大地へたたきつけられていた。
『あっ』
『こいつがッ』
すでに血になろうとするその旋風へ、
『待った、待った!』
『人違いだ』
誰からともなく叫び出した。
『やっ、なるほど』
『武蔵じゃない』
啞然として気抜けしている所へ遅れ馳せに加わった祇園藤次が、
『捕まえたか』
『捕まえることは捕まえたが......』
『オヤ、その男は』
『ご存知か』
『よもぎの寮という茶屋の奥で――。しかも今日、会ったばかり』
『ほ? ......』
いぶかしげに見る大勢の眼が、黙然と、こわれた髪や衣紋を直している又八の足の先まで撫でまわして、
『茶屋の亭主?』
『いや亭主ではないと、あそこの内儀がいった、懸人だろう』
『うさんな奴だ。何だって、御門前にたたずんで、覗き込んでなどおったのか』
藤次は、急に足を移して、
『そんな者にかまっていては、相手の武蔵を逸してしまう。早く手分けをして、せめて、彼の泊っている宿先でも』
『そうだ、宿を突きとめろ』
又八は本能寺の大溝へ向いて、黙然と首を垂れていたが、わらわら駈け去ってゆく跫音へ、何思ったか、
『あっ、もしっ、暫く』
と、呼びとめた。
最後の一人が、
『なんだ』
足を止めると、又八のほうからも足を運んで、
『きょう道場へ来た武蔵とかという者は、幾歳くらいの男でした』
『年などはしらん』
『てまえと、同年くらいじゃございませんか』
『ま、そんなものだ』
『作州の宮本村と申しましたか、生国は』
『左様』
『武蔵とは、武蔵と書くのでございましょうな』
『そんなことを訊いてどうするのだ。そちの知人か』
『いえ、べつに』
『用もない所をうろついていると、また、今のような災難にあうぞ』
いい捨てると、その一人も闇へ駈け去った。又八は、暗い溝に沿って、とぼとぼ歩きだした。時々、星を仰いでは立ちどまっている。何処へという目的もないような容子なのである。
『......やっぱり、そうだった。武蔵と名を更えて、武者修行に出ているとみえる。......今会ったら、変っているだろうな』
両手を、前帯へ突っこんで、草履の先で石を蹴る。その石の一つ一つに、彼は、友達の顔を、眼にえがいた。
『......間がわるいな、どう考えても、今会うのは面目ない。おれにだって、意地はある。あいつに見蔑げられるのは業腹だ。......だが吉岡の弟子たちに見つかったら生命はあるまい。......何処にいるのか、知らしてやりたいものだが』
坂
一
石ころの多い坂道に沿い、行儀の悪い歯ならびのように、苔の生えた板廂が軒を並べていた。
くさい塩魚を焼くにおいがどこかでする。午ごろの陽ざしが強い、不意に、一軒のあばら屋のうちで、
『嬶や餓鬼を、乾ぼしにしておいて、どの面さげて帰って来たかっ、この呑ンだくれの、阿呆おやじがっ』
癎だかい女の声が聞え、それとともに一枚の皿が往来へ飛んで来て、真ッ白に砕けたと思うと、つづいて五十ぢかい職人ていの男が、抛り出されたように転び出した。
裸足で、ちらし髪で、牡牛のような乳ぶさを胸からはだけ放している女房が、
『この、ばかおやじ、何処へ行くっ』
飛び出して来て、おやじの髷をつかみ、ぽかぽかと撲る、喰いつく。
火のつくように子は泣いている。犬はきゃんきゃんいう、近所からの仲裁が駈けて出る。
――武蔵は振り向いた。
笠の裡で、苦笑して見ていた。彼は、先刻からその軒つづきの陶器師の細工場の前に立ち、子供のように何事も忘れて、轆轤や箆の仕事に見恍れていたのであった。
『............』
ふり向いた眼はまたすぐ細工場のうちへ戻っている。武蔵は、見とれていた。しかし、そこで仕事をしている二人の陶器師は、顔も上げなかった。粘土の中にたましいが入っているように、三昧になりきっていた。
路傍にたたずんで見ているうちに、武蔵は、自分もその粘土を揑ねてみたくなった。彼には、何かそういう事の好きな性質が幼少い時からあった。――茶碗くらい出来るような気がする。
だが、その一人のほうの六十ぢかい翁が、箆と指のあたまで、今、一個の茶碗になりかけている粘土をいじっているのを見ると、武蔵は、自分の不遜な気持ちがたしなめられた。
(これは、たいへんな技だ、あれまで行くには)
このごろの武蔵の心には、ままこういう感動を抱くことがあった。人の技、人の芸、何につけ優れたものに持つ尊敬である。
(自分には、似た物もできない)
はっきりと今も思う。見れば、細工場の片隅には、戸板をおいてそれへ皿、瓶、酒盃、水入のような雑器に、安い値をつけて、清水詣での往来の者に傍ら売っているのである。――これほどな安焼物を作るにも、これほどな良心と三昧とをもってしているのかと思うと、武蔵は自分の志す剣の道が、まだまだ遠いものの気がした。
――実は、ここ二十日あまり、吉岡拳法の門を始め、著名な道場を歩いてみた結果、案外な感じを抱き、同時に自分の実力が、自分で卑下しているほど拙いものではないという誇りも大いに持っていた折なのである。
府城の地、将軍の旧府、あらゆる名将と強卒のあつまるところ、さだめし京都にこそは、兵法の達人上手がいるだろうと思って訪れて行って、その床に心から礼儀を施して帰るような道場が、一軒でもあったろうか。
武蔵は、勝っては、その度に、淋しい気もちを抱いて、そこらの兵法家の門を出た。
(俺が強いのか、先が弱いのか)
彼にはまだ、判然としない。もし今日まで歩いて来たような兵法家が、今の代表的な人々だとしたら、彼は、実社会というものを疑いたいと思った。
しかし――
うっかり、それで思い上ることは出来ないぞということを、彼は今、見せられていた。わずか二十文か百文の雑器を作る翁にさえ、凝っと見ていると、武蔵は、怖いような三昧境の芸味と技を感じさせられる。――それで生活を見れば食うや食わずの貧しい板屋囲いではないか。社会がどうして甘いものであろうはずはない。
『............』
武蔵は、だまって、心の裡だけで、粘土まみれの翁に、頭を下げてそこの軒を離れた。坂を仰ぐと清水寺の崖道が見える――
二
『御牢人。――御牢人』
三年坂を、武蔵が登りかけた時である。誰か呼ぶので、
『わしか』
振り向いてみると、竹杖一本手に持って、空脛に腰きりの布子一枚、髯の中から顔を出しているような男、
『旦那は、宮本様で』
『うむ』
『武蔵とおっしゃるんで』
『む』
『ありがとう』
尻を向けると、男は茶わん坂の方へ、降りて行った。
見ていると、茶店らしい軒へ入った。その辺には、今のように駕かきが、陽なたに沢山群れていたのを、武蔵も今しがた見て通って来たのであるが、自分の姓名を訊ねさせたのは一体誰なのか。
――次には、その本人が出て来るであろうと、暫く佇んでいたが、何者も見えない。
彼は、坂を登りきった。
千手堂とか、悲願院とか、その辺りの棟を一巡して、武蔵は、
(故郷に独りいる姉上の息災をまもらせたまえ)
と祈り、
(鈍愚武蔵に、苦難を与えたまえ、われに、死を与えたもうか、われに天下一の剣を与えたまえ)
と、祈った。
神、仏を礼拝した後は、何かすがすがと洗ったような心になることを、彼は沢庵から無言に教えられ、その後、書物による知識のうらづけも持っていた。
崖のふちに、笠を捨てる。笠のそばへ腰を投げた。
京洛中は、ここから一望だった。膝を抱いている身のそばには、土筆があたまをそろえていた。
(偉大な生命になりたい)
単純な野望が、武蔵の若い胸を膨らませた。
(人間と生れたからには――)
うららかな春のそこここを歩いている参詣人や遊山の客とは、およそ遠い夢を武蔵はそこで描いているのだった。
天慶の昔――つくり話にちがいないが――平の将門と藤原純友というどっちも野放しの悍馬みたいな野望家が、成功したら日本を半分わけにしようと語り合ったとかいう伝説を――彼は何かの書物で見た時は、その無智無謀が、よほどおかしく感じられたものだが、今の自分にも、笑えない気がした。それとは違うが、似た夢をおもう。青年だけが持ちうる権利として、かれは彼の道を創作するように夢みていた。
(信長は――)
と考える。
(秀吉だって)
と、思う。
だが、戦乱は、もう過去の人の夢だった。時代は久しく渇いていた平和をのぞんでいる。その待望へこたえた家康の長い長い根気を考えると、正しく夢をもつことも難かしいなと思う。
だが。
慶長何年というこの時代に、これからという生命を持って、おれは在るのだ。信長を志してはおそいだろうし、秀吉のような生き方を目がけてはむりであろうが。――夢を持てだ、夢を持つことには、誰の拘束もない。今去った駕かきの子でも、夢を持てる。
だが――と、武蔵はもういッペんその夢を頭の外へおいて、考え直してみる。
剣。
自分の道は、それにある。
信長、秀吉、家康もいい。社会はこの人々が生きて通った傍らで旺な文化と生活をとげた。しかし、最後の家康は、もう荒っぽい革新も躍進も必要としないまでの仕上げをやってしまった。
こう見ると、東山から望むところの京都は、関ケ原以前のように、決して風雲は急でないのであった。
(ちがっている。――世の中はもう、信長や秀吉を求めた時勢とはちがっているのだ)
武蔵は、それから、
剣とこの社会と。
剣と人生と。
何でも、自分の志す兵法に自分の若い夢を結びつけて、恍惚と、思い耽っていた。
すると、先刻の木像蟹のような駕かきが、再び崖の下に、顔を見せ、
『や。あそこにいやがる』
と、竹枚で、武蔵の顔を指した。
三
武蔵は、崖の下をにらみつけた。
駕かきの群は、下で――
『おや、睨めつけやがった』
『歩きだしたぞ』
と、騒ぐ。
ぞろぞろ崖を這って尾いて来るし、気にしまいとして歩み出せば、前にも同類らしい者が、腕ぐみしたり、竹杖をついたり、遠巻きに立ちふさぐ形をとる。
武蔵は足をとめた。
『............』
彼が、振向くと、駕かきの群も足をとめ、そして、白い歯を剝いて、
『あれ見や、額なんか見ていやがる』
と笑う。
本願堂の階前に立って武蔵は、そこの古びた棟木に懸かっている額を仰いでいるのである。
不愉快だ、よほど、大声で一つ呶鳴ってやろうかとは思うが、駕かきを相手にしてもつまらないし、何か間違いならそのうちに散ってしまうであろうと怺えて、懸額の「本願」の二文字を、猶、じっと仰いでいると、
『あ。――お出でなすった』
『御隠居様がお見えだ』
と、駕かきたちが、ささやき合って遽かに色をなし始めた。
ふと見ると!
もうその頃は、この清水寺の西門のふところは、人でいっぱいだった。参詣人や、僧や、物売りまで何事かと眼をそばだてて武蔵を遠く取り巻いている駕かきの背後を、また二重三重に囲んで、これからの成り行きに、好奇な眼を光らせているのである。
ところへ――
『わッしゃ』
『おっさ』
『わっしゃ』
『おッさ』
三年坂の坂下と思しき辺りから威勢のよい懸け声が近づいて来たのである。と思うと間もなく、境内の一端にあらわれたのは、一人の駕かきの背中に負ぶさった六十路とも見える老婆だった。――そのうしろには、これも五十をとうに越えている、――余り颯爽としない田舎風の老武士が見えた。
『もうええ、もうええ』
老婆は、駕かきの背で、元気のよい手を振った。
駕かきが、膝を折って地へしゃがむと、
『大儀』
といいながら、ぴょいと背中を離れて、うしろの老武士へ、
『権叔父よ、抜かるまいぞ』
と、意気込みをふくんでいう。
お杉ばばと淵川権六なのである。二人とも、足ごしらえから身支度まで、死出の旅路を覚悟のようにかいがいしくして、
『何処にじゃ』
『相手は』
と、刀の柄に湿りをくれながら、人垣を割って入った。
駕かき達は、
『御隠居、相手はこちらでござります』
『お急ぎなさいますなよ』
『なかなか、敵は、しぶとい面をしておりますぜ』
『十分、お支度なすッて』
と、寄り集って、案じたり、宥わったりする。
見ている人々は驚いた。
『あのお婆さんが、あの若い男へ、果し合いをしようというんでしょうか』
『そうらしいが......』
『助太刀も、よぼよぼしている。何か理があるんでしょうな』
『あるんでしょうよ』
『あれ、何か、連れの者へ怒ッていますぜ。きかない気の老婆もあるものだ』
お杉ばばは今、駕かきの一人が、何処からか駈け足で持ってきた竹柄杓の水をごくりと一口飲んでいた。それを、権叔父へ渡して、
『――何を、あわてていなさるぞ。相手は、多寡の知れた鼻たれ小僧、少々ぐらい、剣のつかいようを学んだとて、程が知れておるわいの。気を落ちつけなされ』
――それから。
自分が先に立って、本願堂の階段の前にすすみ、ぺたりと坐りこんだと思うと、懐中から数珠を取り出して、彼方に立っている当の相手の武蔵もよそに――また大勢の環視をよそに――やや暫く何か口のうちで禱っていた。
四
お杉ばばの信仰をまねて、権叔父も掌をあわせた。
悲壮を過ぎて、滑稽を感じたのであろう、群衆はそれを見ると、クスリと笑った。
『誰だい、笑うやつは』
駕かきの一人が、それへ向って、怒るように呶鳴った。
『――何がおかしいんだ、笑いごッちゃねえぞ、この御隠居様は、遠い作州から出て来なすって、自分の息子の嫁を奪って逃げた野郎を討つために、先ごろからこの清水寺へ日参をしておいでなさるんだ。――きょうがその五十幾日目で、計らずも、茶わん坂で――そこにいる野郎よ――その相手の野郎が通るのを見つけたンだ』
こう一人が説明すると、また一人が、
『さすがに侍の筋というものは、違ったもんじゃねえか、あの年でよ、故郷にいれば、孫でも抱いて、楽な御隠居でいられる身を、旅に出て、息子のかわりに、家名の恥を雪ごうッていうんだから、頭が下がらあ』
――すぐほかの者がまた、
『俺たちだって、何も御隠居から毎日、酒代をいただいているからの、御ひいきになっているからのと、そんなケチな料簡で加勢するわけじゃねえ。――あの年で、若い牢人を相手に、勝負しようっていう心根が、堪らねえんだ。――弱いほうにつくのは人情、当りめえだろう。もし、御隠居のほうが負けたら、俺らたち総がかりであの牢人へ向うよ、なあみんな』
『そうだとも』
『老婆を討たせて堪るものか』
駕かき達の説明を聞くと、群衆も、熱をおびて、騒めきだした。
『やれ、やれ』
と、けしかける者もあるし、
『――だが、婆さんの息子はどうしたんだ』
と、訊ねる者もある。
『息子か』
それは駕かきの仲間は誰も知らないらしく、多分死んでしまったのだろうという者もいるし、いやその息子の生死も旁々さがしているのだと識ったふうに説いている者もある。
――その時、お杉ばばは、数珠をふところへしまっていた。駕かきも群衆も、同時に、ひっそりした。
『――武蔵!』
ばばは、腰の小脇差へ左の手を当てて、こう呼びかけた。
先刻から武蔵はそこに黙然と立っていた。――およそ三間ほどの距離をおいて――棒のように立っていた。
権叔父も、隠居のわきから、足構えして、首を前へ伸ばし、
『やいっ』
と、呼ぶ。
『............』
武蔵は、答える言葉も知らないもののようだった。
姫路の城下で、袂をわかつ時に沢庵から注意された記憶は今思い出されたが、駕かき達が、群衆へ向っていいふらしていた言葉は、心外にたえない。
そのほか、その以前から、本位田一家の者に、恨みとして含まれていることも、自分にとってはそのまま受けとりにくいものである。
――要するに、せまい郷土のうちの面目や感情にすぎないのだ。本位田又八がここにいさえすれば明らかに解けることではないかと思う。
しかし武蔵は今は当惑していた。――この目前の事態をどうするかである。このよぼよぼな婆と老い朽ちた古武者の挑戦に、彼は、殆ど当惑する。――凝と守っている無言は、唯、迷惑きわまる顔でしかなかった。
駕かき共は、それを見て、
『ざまをみろ』
『疎んでしまやがった』
『男らしく、御隠居に、討たれちまえ』
と、口ぎたなく、応援する。
お杉ばばは、癎のせいか、眼をバチバチとしばたたいて、強く顔を振った。――と思うと、駕かき共を振り向いて、
『うるさいッ、お汝らは、証人として立会うてくれれば済む。――わしらが二人討たれたら、骨は、宮本村へ送ってくだされよ。頼んでおくはそれだけじゃ。その外は、いらざる雑言、助太刀無用になされ』
と、小脇差の鍔をせり出して、更に一歩、武蔵をにらんで、前へ出た。
五
『武蔵っ――』と、ばばは、呼び直した。
『汝れは元、村では武蔵といい、この婆などは、悪蔵と称んでいたものじゃが、今では名を変えているそうじゃの、宮本武蔵と。――えらそうな名わいの。......ホ、ホ、ホ』
と、皺首を振って、まず、刀を抜く前に、言葉から斬ってかかった。
『――名さえ変えたら、この婆にも、捜し当てられまいと思うてかよ! 浅慮な! 天道様は、この通り、おぬしが逃げ廻る先とても照らしてござるぞよ。......さ、見事、婆の首取るか、おぬしが生命をもらうか、勝負をしやれ』
権叔父も、次に、皺がれ声をしぼった。
『汝れが、宮本村を逐電して以来、指折り数うればもう五年、どれほど捜すに骨を折ったことか。清水寺へ日参のかいあって、ここでわれに会うたることのうれしさよ。老いたりといえども淵川権六まだまだ、汝れが如き小僧におくれは取らぬ。さあ、覚悟』
ぎらりと、太刀を抜いて、
『婆、あぶないぞや。うしろへ避けておれ』
と、庇うと、
『なにをいう!』
ばばは、却って権叔父を叱咤し、
『おぬしこそ、中風を病んだ揚句じゃによって、足もとを気をつけなされ』
『なんの、われらには、清水寺の諸菩薩が、お護りあるわ』
『そうじゃ権叔父、本位田家の御先祖さまも、うしろに助太刀していなさろう。怯むまいぞ』
『――武蔵っ、いざッ』
『いざッ』
二人は遠方から切っ先をそろえてこう挑んだ。然し、当の武蔵は、それに応じて来ないのみか、啞のように沈黙しているので、お杉ばばは、
『怯じたかよッ! 武蔵っ』
ちょこちょこと、横のほうへ駈け廻って斬り入ろうとしたのである。ところが、石にでも躓ずいたとみえ、両手をついて、武蔵の足許へ転んでしまったので、
『あっ、斬られるぞ』
周囲の人垣が、俄然、噪ぎ立って、
『早く、助けてやれっ』
叫んだが、権叔父すら度を失なって、武蔵の顔を窺がっているにとどまる。
――だが気丈な婆だ。抛り出した刀を拾って持つと、自分で起き上り、権叔父のそばへ跳んで返って、すぐ構えを武蔵に向け直した。
『阿呆よッ、その刀は、飾りものか、斬る腕はないのか!』
仮面のように無表情であった武蔵は、初めて、その時、
『ないっ』
と、大きな声でいい放った。
そして、彼が歩き出して来たので、権叔父と、お杉ばばは、両方へ跳びわかれ、
『ど、どこへ行きやる、武蔵ッ――』
『ないっ』
『待ていっ、汝れ、待たぬかよ!』
『ない』
武蔵は、三度も同じ答えを投げた。横も向かないのである。真っ直に、群衆の中を割って歩みを続けた。
『それ、逃げる』
隠居が、あわてると、
『逃がすな』
駕かき達は、どっと、駈け雪崩れて、先廻りに、囲みを作った。
『......あれ?』
『おや?』
囲いは作ったが、もうその中に、武蔵はいなかった。
――後で。
三年坂や茶わん坂を、散々に帰る群衆のうちで、あの時、武蔵のすがたは、西門の袖塀の六尺もある築土へ、猫のように跳び上って、すぐ見えなくなったのだ――と取沙汰する者もあったが、誰も信じなかった。権叔父やお杉ばばは、なお信じるはずもない。御堂の床下ではないか、裏山へ逃げたのではないかと、陽の暮れるまで、狂奔していた。
河 っ 童
一
どすっ、どすっ......と藁を打つ鈍い杵の音が細民町を揺すっている。雨はそこらの牛飼の家や、紙漉きの小屋を秋のように、腐らせていた。北野も、この辺は場末で、黄昏れとなっても、温かい炊飯の煙りがただよう家は稀れだ。
き、ち、ん。
と笠へ仮名で書いたのが軒端にぶら下げてある、そこの土間先につかまって、
『爺さん! 旅籠の爺さん! ......留守かい』
元気のいい、身長よりも大きな声で、いつも廻って来る居酒屋の小僧が、怒鳴っていた。
やっと、年は十か十一。
雨に光っている髪の毛は、蓬々と耳にかぶさって、絵に描いた河っ童そのままだ。筒袖の腰きりに、繩の帯、背中まで泥濘の跳ねを上げている。
『城か』
奥で木賃の親爺がいう。
『あ、おらだ』
『きょうはの、まだ、お客様が帰えらねえだから、酒はいらぬよ』
『でも、帰えれば要るんだろう。いつもだけ持ッて来とこうや』
『お客様が飲がるといったら、わしが取りにゆくからいい』
『......爺さん、そこで、何しているんだい』
『あした鞍馬へのぼる荷駄へ、手紙を頼もうと思って、書き始めたが、一字一字、文字が思い出せねえで肩を凝らしているところじゃ、うるさいから、口をきいてくれるな』
『ちぇッ、腰が曲りかけているくせに、まだ字を覚えねえのか』
『このチビが、また小賢しいこといいさらして、薪でも食らうな』
『おらが、書いてやるよ』
『ばか吐かせ』
『ほんとだッてば! アハハハハそんな芋という字があるものか、それじゃ竿だよ』
『やかましいッ』
『やかましくッても、見ちゃいられねえもの。爺さん、鞍馬の知人へ、竿を届けるのかい』
『芋を届けるのだ』
『じゃ、強情を張らないで、芋と書いたらいいじゃないか』
『知っている位なら、初めからそう書くわ』
『あれ......だめだぜ、爺さん......この手紙は、爺さんのほかには誰も読めないぜ』
『じゃあ、汝、書いてみろ』
筆を突きつけると、
『書くから、文句をおいい、お文句をさ......』
上がり框に腰をかけて、居酒屋の城太郎は、筆を持った。
『馬鹿よ』
『なんだい、無筆のくせに、人を馬鹿とは』
『紙へ、鼻汁が垂れたわ』
『ア、そうか。これは駄賃――』
その一枚を揉んで、鼻汁をかんで捨てて――
『さ。どう書くんだい』
筆の持ち方はたしかであった。木賃のおやじがいう言葉を、その通りさらさらと書いてゆく。
......ちょうどその折であった。
今朝、雨具を持たずに出た此宿の客は、泥田のような道を、びしょびしょと重い足で帰って来た。被って来た炭俵を、軒下へ投げやって、
『――ああ。梅もこれでおしまいだな』
毎朝目を娯ませてくれた門口の紅梅を見あげながら、袂を絞って呟く。
武蔵であった。
もうこの木賃へは二十日の上も泊っているので、彼は、わが家へ帰って来たような安堵を覚える。
土間へ入って、ふと見ると、いつも、御用を聞きに来る居酒屋の少年が、おやじと首を寄せ合っている。武蔵は、何をしているのかと、黙って、その背後からのぞいていた。
『あれ。......人が悪いなあ』
城太郎は、武蔵の顔へ気がつくと、あわてて筆と紙とを、背中へ廻してしまった。
二
『見せい』
武蔵が、からかうと、
『いやだい!』
城太郎は、顔を振って、
『アカといえば』
と、あべこべに揶揄してかかる。武蔵は、濡れた袴を解いて、木賃の老爺に渡しながら、
『ははは、その手は喰わん』
すると、城太郎は、言下に、
『手を喰わんなら、足喰うか』
と、いった。
『足喰えば、章魚じゃ』
城太郎は響きに答えるように、
『章魚で酒のめ。――小父さん、章魚で酒飲め。持って来ようか』
『なにを』
『お酒を』
『ははは、こいつは、うまく引っかかったの。また、小僧に酒を売りつけられたぞ』
『五合』
『そんなにいらん』
『三合』
『そんなに飲めん』
『じゃあ......いくらさ、ケチだなあ、宮本さんは』
『貴様に会ってはかなわんな、実をいえば小費が乏しいからだよ、貧乏武芸者だ。そう悪く申すな』
『じゃあ、おらが桝を量って、安くまけて持って来ようね。――そのかわりに、小父さん、またおもしろい話を聞かせておくれね』
雨の中へ、元気に、城太郎は駈けて行った。武蔵は、そこへ残されてある手紙を見て、
『老爺、これは今の少年が書いたのか』
『左様で。――呆れたものでございますよ、あいつの賢いのには』
『ふーむ......』
感心して見入っていたが、
『おやじ、何か着更えがないか、無ければ、寝衣でもよいが、貸してくれい』
『濡れてお戻りと存じまして、ここへ出しておきました』
武蔵は、井戸へ行って水を浴び、やがて着更えて、炉のそばに坐った。
その間に、自在鍵へは、鍋がかかる、香の物や、茶碗も揃う。
『小僧め、何をしているのか、遅うござりまする』
『幾歳だろう、あの少年は』
『十一だそうで』
『早熟ているな、年のわりには』
『何せい、七歳ぐらいからあの居酒屋へ奉公しておりますで、馬方やら、この辺の紙漉きやら、旅の衆に、人中で揉まれておりますでな』
『しかし――どうして左様な稼業のうちに、見事な文字を書くようになったろうか』
『そんなに上手いので?』
『元より子どもらしい稚拙はあるが、稚拙のうちに、天真といおうか何というか......左様......剣でいうならば、おそろしく気に暢びのある筆だ。あれは、ものになるかもしれぬ』
『ものになるとは、何になるので』
『人間にだ』
『へ?』
おやじは、鍋の蓋を取って覗きながら、
『まだ来ないぞ、あいつ又、どこぞで道ぐさしているのかも知れぬ』
ぶつぶついいながら、やがて、土間の穿物へ足をおろしかけると、
『爺さんッ、持って来たよ』
『何をしているのだ、旦那様が待っているのに』
『だってネ、おらが、酒を取りにゆくと、店にもお客があったんだもの。――その酔っぱらいがね、また、おらをつかまえて、執こくいろんなことを訊くんだ』
『どんなことを』
『宮本さんのことだよ』
『また、くだらぬお喋舌りをしたのだろう』
『おらが喋舌らなくても、この界隈でおとといの清水寺のことを知らない者はないぜ。――隣のおかみさんも前の漆屋の娘も、あの日お詣りに行ってたから、小父さんが、大勢の駕かきに囲まれて難儀をしたのを、みんな見ていたんだよ』
三
武蔵は黙然と炉のまえに、膝をかかえていたが、頼むように――
『小僧、もうその話は、やめにせい』
眼ざとく、その顔いろを覚って、城太郎は武蔵からいわれる先に、
『おじさん、今夜は遊んで居てもいいだろ?』
と、足を洗いにかかる。
『うム。家はよいのか』
『あ、店はいいの』
『じゃあ、おじさんと一緒に、御飯でもお喰べ』
『そのかわり、おらが、お酒の𤏐をしよう。お酒の𤏐は、馴れているから』
炉のぬく灰に、壺を埋けて、
『おじさん、もういいよ』
『なるほど』
『おじさん、酒好きかい』
『好きだ』
『だけど、貧乏じゃ、飲めないね......』
『ふム』
『兵法家っていうのは、みんな大名のお抱えになって、知行がたくさん取れるんだろう。おら、店のお客に聞いたんだけど、むかし塚原卜伝なんかは、道中する時にはお供に乗換馬を曳かせ、近習には鷹を拳にすえさせて、七、八十人も家来をつれて歩いたんだってね』
『うむ、その通り』
『徳川様へ抱えられた柳生様は江戸で、一万一千五百石だって。ほんと?』
『ほんとだ』
『だのに、おじさんはなぜそんなに、貧乏なんだろ』
『まだ勉強中だから』
『じゃあ、幾歳になったら、上泉伊勢守や、塚原卜伝のように、沢山お供をつれて歩くの』
『さあ、おれには、そういう偉い殿様にはなれそうもないな』
『弱いのかい、おじさんは』
『清水で見た人々が噂しておるだろうが、なにしろおれは、逃げて来たのだからな』
『だから近所の者が、あの木賃に泊っている若い武者修行は、弱い弱いって、この界隈じゃ評判なんだよ。――おら、癪にさわって堪らねえや』
『ははは、おまえがいわれておるのではないからよかろう』
『でも。――後生だからさ、おじさん。あそこの塗師屋の裏で、紙漉きだの桶屋の若い衆たちが集まって、剣術をやっているから、そこへ試合に行って、一度、勝っておくれよ』
『よしよし』
武蔵は、城太郎のいうことには、何でも頷く、彼は少年が好きなのだ。いや自分がまだ多分に少年である故に、すで同化することができるのだった。また、男の兄弟がなかったせいもあろうし、家庭のあたたかさを殆ど知らなかったことなども、その一因といってよい。常に何かでそれに似た愛情のやり場を求めて、孤独を慰めようとする気持が無意識にひそんでいた。
『その話、もうよそう、――所でこんどはおまえに訊くが、おまえ、故郷はどこだ』
『姫路』
『なに、播州』
『おじさんは作州だね、言葉が』
『そうだ、近いな。――して姫路では何屋をしていたのか、お父さんは』
『侍だよ、侍!』
『ほ......』
そうだろう! 意外な顔はしたが、武蔵は、果たして――というように頷いてもいた。それから父なる人の名を糺すと、
『お父っさんは、青木丹左衛門といって、五百石も取ってたんだぜ。けれど、おらが六ツの時に、牢人しちゃって、それから京都へ来てだんだん貧乏しちまったもんだから、おらを、居酒屋へあずけて、自分は、虚無僧寺へ入ッちまったんだよ』
と述懐する。
『だから、おら、どうしても、侍になりたいんだ。侍になるには、剣道が上手になるのが一番だろう。おじさん。お願いだから、おらをお弟子にしてくれないか――どんなことでもするから』
いい出したら肯かない眸をしている。然しあわれに少年は縋るのだった。――武蔵はそれに諾か否かを答えるよりも、あのどじょう髯の――青木丹左という者の成れの果を思いもかけず、思い遣っていた。兵法の上では、斬るか斬られるかの命がけを、朝夕に賭している身ではあるが、こういう人生の流転を目に見せつけられると、それとはべつな寂しさに、酔いも醒めて心を蝕まれるのであった。
四
これは飛んでもない駄々ッ子だ、なんと賺しても肯くどころか、木賃の老爺が、口を酢くして、叱ったり宥めたりすれば、却って、悪たれをたたき、一方の武蔵へは、よけいに執こくなって、腕くびをつかむ、抱きついて強請む、しまいには泣いてしまう。持てあまして、武蔵は、
『よし、よし、弟子にしてやろう。――だが、今夜は帰って、主人にもよく話した上、出直して来なければいけないぞ』
それで城太郎は、やっと得心して帰った。
翌る朝――
『おやじ、永いこと世話になったが、奈良へ立とうと思う。弁当の支度をしてくれ』
『え、お立ちで』
老爺はその不意なのに驚いて、
『あの小僧めが、飛んでもないことをおせがみしたので、急にまあ......』
『いやいや、小僧のせいではない。かねてからの宿望、大和にあって有名な宝蔵院の槍を見にまいる。――後で、小僧が参って、そちを困らすだろうが、何分たのむ』
『なに、子どものこと、一時はわめいても、すぐケロリとしてしまうに違いございませぬ』
『それに、居酒屋の主人も、承知はいたすまいし』
武蔵は、木賃の軒を出た。
泥濘には、紅梅が落ちていた。今朝は拭ったように雨もあがり、肌にさわる風の味もきのうとちがう。
水かさが増した濁流の三条口には、仮橋のたもとに沢山な騎馬武者がいて、武蔵ばかりでなく、往来人はいちいち止めて検めていた。
聴けば、江戸将軍家の上洛が近づき、その先駆の大小名がきょうも着くので、物騒な牢人者を、ああして取りしまっているのだという噂。
問われることへ、無造作に答えて、何の気もなく通って来たが、武蔵はいつのまにか、自分が大坂方でもなく、また徳川方でもない、無色無所属のほんとの一牢人になっていることに、改めて気づいた。
――今顧みるとおかしい。
関ケ原の役に、槍一本かついで出かけたあの時の向う見ずな壮気。
彼は、父の仕えていた主君が大坂方であったし、郷土には、英雄太閤の威勢が深く浸みこんでいたし、少年のころ、炉べりに聞かされた話にも、その英雄の現存と偉さとを深く頭に植えこまれて来たので、今でも、
(関東へつくか、大坂か)
と問われれば、血液的に、
(大坂)
と、答えるにためらわない気持だけは、心のどこかに遺っていた。
――だが、彼は、関ケ原で習んだ。歩卒の組に交って槍一本を、あの大軍の中でどう振り廻したって、結局、それが何ものも動かしていないし、大いなる奉公にもなっていないということをである。
(わが思う主君に御運あれ)
と念じて、死ぬならばいい。それで死ぬことも立派に意義もある。――だが、武蔵や又八のあの時の気持はそうでない。燃えていたのは、功名だった、資本いらずに、禄を拾いに出たに過ぎない。
その後、生命は珠、と沢庵から訓われた。よく考えてみると、資本いらずどころではない、人間最大の資本を提げて、わずかな禄米を――それも籤を引くような僥倖をたのんで行ったことになる。――今考えると、その単純さが、武蔵はおかしくなるのである。
『――醍醐だな』
肌に汗をおぼえたので、武蔵は足をとめた。いつのまにか、かなり高い山道を踏んでいる。すると遠くで、
――おじさアん......
暫らく間を措いて、
――おじさアアん
とまた聞える。
『あっ?』
武蔵は、河っ童に似た少年の顔が風を衝いて走ってくる態を、すぐ眼にうかべた。
案のじょう、やがてその城太郎の姿が、道の彼方にあらわれて、
『噓つきッ。おじさんの噓つき!』
口では罵り、顔には、今にも泣きだしそうな血相をもって、息も喘ぎ喘ぎ追いついて来るのであった。
五
――来たな、とうとう。
武蔵は、当惑そうな裡に、明るい笑くぼを顔にのぼせ、振向いて待っている。
迅い。とても迅い。
此っ方の姿を目がけて、彼方から素ッ飛んで来る城太郎の影は、ちょうど烏天狗の雛子というところだ。
近づくに従って、その猪口才なかっこうを明らかに眺め、武蔵は又唇のあたりに微苦笑を加えた。――着物はゆうべのとは違って、お仕着せらしいのを着更えているが、もちろん腰も半分、袖も半分、帯には身長より長い木刀を横たえ、背には、傘ほどもある大きな笠を背負いこんでいる。そして、
『――おじさんっ!』
いきなり、武蔵のふところへ飛びこんで来ると、
『噓つきッ』
と、しがみついて、同時に、わっと泣いてしまったのである。
『どうした、小僧』
優しく抱えてやっても、ここは山の中だと承知の上で泣くように城太郎は、声をかぎりにおいおい泣く。
『泣く奴があるか』
武蔵が、遂にいうと、
『知らねえやい、知らねえやい』
身を揺すぶッて、
『――大人のくせに、子供を騙していいのかい! ゆんべ、弟子にしてやるといったくせに、おらを置いてきぼりにして、そんな......そんな大人があっていいのかい』
『悪かった』
謝まると、今度は、泣き声を変えて、甘えるように、わあん、わあんと、鼻汁をたらして泣く。
『もう黙れ。......騙す気ではなかったが、貴様には、父があり主人がある。その人達の承知がなくては連れて行かれぬから、相談して来いと申したのだ』
『そんなら、おらが返事にゆくまで、待っていればいいじゃないか』
『だから、謝まっておる。――主人には、話したか』
『うん......』
やっと黙って、側の木から、木の葉を二枚むしり取った。何をするのかと思うと、それでチンと鼻をかむ。
『で、主人は何と申したか』
『行けって』
『ふム』
『てめえみたいな小僧は、とても当り前な武芸者や道場では、弟子にしてくれる筈がねえ。あの木賃宿にいる人なら、弱いので評判だ。てめえには、ちょうどいい師匠だから、荷持ちに使って貰えッて......。餞別にこの木剣をくれたよ』
『ハハハハ。おもしろい主人だの』
『それから、木賃の爺さんの所へ寄ったら、爺さんは留守だったから、あそこの軒に掛かっていたこの笠を貰って来た』
『それは、旅籠の看板ではないか。きちんと書いてあるぞ』
『書いてあってもかまわないよ。雨がふると、すぐ困るだろ』
もう師弟の約束も何もかも、仕済ましたりとしているのである。武蔵も観念してしまった。これは止めようがない――
しかしこの子の父、青木丹左の失脚や、自分との宿縁を思うと、武蔵は、自らすすんでもこの少年の未来を見てやるのがほんとではないかとも考えた。
『あ、忘れていた。......それからね、おじさん』
城太郎は、安心がつくと、急に思い出したように、懐中を見廻し、
『有ッた。......これだよ』
と、手紙を出した。
武蔵は、いぶがしげに、
『なんだ、それは』
『ゆんべ、おじさんの所へ、おらが酒を持って行く時に、店で飲んでいた牢人があって、おじさんの事を、いやに執こく訊いていたといったろう』
『ム、そんな話であったな』
『その牢人が、おらが、あれから帰ってみると、まだベロベロに酔っぱらっていて、また、おじさんの様子を訊くんだ。途方もない大酒飲みさ、二升も飲んだぜ。――そのあげく、この手紙を書いて、おじさんに渡してくれと、置いて行ったんだよ』
『? ......』
武蔵は、小首を傾げながら、封の裏を返してみた。
六
封の裏には、なんと――
本位田又八
乱暴な字でぶつけてあるのだ、書体までが酔っぱらっている姿である。
『や......又八から......』
急いで封を切って見る。武蔵は、なつかしむような、悲しむような、複雑な気持のうちに読み下した。
二升も飲んだ揚句といえば、字の乱脈はぜひもないが、文言も支離滅裂で、ようやく読み判じてみると、
伊吹山下、一別以来、郷土わすれ難し、旧友またわすれ難し。計らずも先頃、吉岡道場にて、兄の名を聞く、万感交々、会わんか、会わざらんか、迷うて今、酒店に大酔を買う。
この辺まではよいが、その先になると、いよいよわからなくなる。
然りわれは、兄と袂を分ってより、女色の檻に飼われ、懶情の肉を蝕ばまれて生く、快々として無為の日を送るすでに五年。
洛陽、今、君の剣名ようやく高し。
加盞。加盞。
或者はいう。武蔵は弱し逃げ上手の卑怯者なりと。また或者はいう。彼は不可解の剣人なりと。――そんな事、何っ方でもよし、ただ野生は、兄が剣によってともかく洛陽の人士に一波紋を投げたるを、ひそかに慶す。
思うに。
君は賢明だよ、おそらくは剣も巧者になって出世すべし。翻えって、今のわれを見れば如何。
愚や、愚や、この鈍児、賢友を仰いでなんぞ愧死せざるや。
だが待て、人生の長途、まだ永遠は測るべからずという奴さ、今は会いたくない、そのうちに会える日もあろうというもの也。
健康をいのる。
これが全文かと思うと、追而書きのほうに、まだくどくどと火急らしい用向きが認めてある。その用向きというのは、吉岡道場の千人の門下が、先頃の事件をふかく意趣にふくみ、躍起になって君のありかを捜しているから、身辺にふかく注意をしなければいけない。君は今折角剣のほうで頭角を出し始めたところだ、死んではならぬ、俺も何かで一人前になったら君と会って、大いに過去のことも語りたい気特でいるのだから、俺の張合いのためにも、体をまもって生きていてくれ――
そんな意味なのである。
先は友情のつもりらしいが、この忠告のうちにも、多分な又八のひがみが滲んでいた。
武蔵は、暗然として、
(なぜ――やあ久し振だなあ――そんなふうに、彼は呼びかけてくれなかったのか)
と、思った。
『城太郎。おまえは、この人の住所を聞いたか』
『聞かなかった』
『居酒屋でも、知らぬか』
『知らないだろ』
『何度も来た客か』
『ううん、初めて』
――惜しい。武蔵は、彼の居所がわかるなら、これから京都へ戻ってもと思うのであったが、その術もない。
会って、もいちど、又八の性根をたたき醒ましてやりたい気がする。彼を、現在の自暴自棄から引ッぱり出してやろうとする友情を、武蔵は今も失っていない。
又八の母のお杉に、誤解を解いてもらうためにも――
黙々と、武蔵は先に歩いて行く。道は醍醐の下りになって、六地蔵の四つ街道の追分が、もう眼の下に見えて来た。
『城太郎、早速だが、おまえに頼みたいことがあるが、やってくれるか』
武蔵は、不意にいい出した。
七
『なに? おじさん』
『使に行ってほしいが』
『どこまで』
『京都』
『じゃあ、折角、ここまで来たのに、また戻るの』
『四条の吉岡道場まで、おじさんの手紙を届けに行ってもらいたい』
『............』
城太郎はうつ向いて、足もとの石を蹴っていた。
『嫌か』
武蔵が顔をのぞくと、
『ううん......』
曖昧に首を振りながら――
『嫌じゃないけど、おじさん、そんなことをいって又おらを置いてき放りにするつもりだろう』
疑いの眼に射られて、武蔵はふと恥じた。その疑いは誰が教えたか――と。
『いや、武士は決して、噓はいわないものだ。きのうのことは、ゆるせ』
『じゃあ、行くよ』
六阿弥陀の追分茶屋へ入って、茶をもらい二人は弁当をつかった。武蔵はその間に手紙を認めた。
――吉岡清十郎宛に。
文面は、ざっと、こうである。――聞くところによれば、貴下はその後御門下を挙って拙者の居所をお尋ねの由であるが、自分は今大和路にあり、これから約一年を伊賀、伊勢その他を修行に遊歴するつもりで予定を更える気持にはなれない。然し、先ごろお留守中を訪問して、貴眉に接しないことはこちらも同様に遺憾としているところであるから、明春の一月か二月中には必ず再度の訪れを固くお約束しておこう。――勿論、そちらも御勉励おさおさ怠りはあるまいが、自分もここ一年のあいだには、いちだん鈍剣を磨いておたずね申す考えである。どうか、先頃お立合い申したような惨敗が二度と栄ある拳法先生の門を見舞わぬよう、折角の御自重を蔭ながら祈っている。
――こう鄭重のうちに気概も仄めかせて、
新免宮本武蔵政名
と署名し、先の名宛には
吉岡清十郎どの
他御門中
と、書き終っている。
城太郎は預かって、
『じゃあこれを、四条の道湯へ抛りこんで来ればいいんだね』
『いや、ちゃんと、玄関から訪れて、取次に慥と渡して来なければいけない』
『あ。わかってるよ』
『それから、も一つ頼みがある。......だが、これはちとおまえには難かしかろうな』
『何、何』
『わしに、手紙をよこした昨夜の酔っぱらい、あれは、本位田又八というて、昔の友達なのだ。あの人に会ってもらいたいのだが』
『そんなこと、造作もねえや』
『どうして捜すか』
『酒屋を聞いて歩くよ』
『ははは。それもよい考えだが、書面の様子で見ると、又八は、吉岡家のうちの誰かに知り人があるらしい。だから吉岡家の者に、訊いてみるに限る』
『分ったら?』
『その本位田又八におまえが会って、わしがこういったと伝えてくれ。――来年一月の一日から七日まで、毎朝五条の大橋へ行って拙者が待っているから、その間に、五条まで一朝出向いてくれいと』
『それだけでいいんだね』
『む。――ぜひ会いたい。武蔵がそういっていたと伝えるのだぞ』
『わかった。――だけど、おじさんは、おらが帰って来る間、何処に待ってるの』
『こういたそう。わしは奈良へ先に行っている。居所は、槍の宝蔵院で聞けばわかるようにいたしておく』
『きっと』
『はははは、まだ疑っているのか、こんど約束を違えたら、わしの首を打て』
笑いながら茶店を出る。
そして武蔵は奈良へ。――城太郎はまた京都へ。
四つ街道は、笠や、燕や、馬の嘶きで混み合っている。その間から城太郎が振り返ると、武蔵もまだ立ちどまっていた。二人はニコと遠い笑いを見交して別れた。
春風便
一
恋風が来ては
袂に搔いもたれて
喃、袖の重さよ
恋かぜは
重いものかな
阿国歌舞伎でおぼえた小歌を口踊みながら、朱実は家の裏へ下りて、高瀬川の水へ、洗濯物の布を投げていた。布を手繰ると、落花の渦も一緒に寄って来た。
思えど思わぬ
振をして
しゃっとしておりゃるこそ
底はふかけれ――
河原の堤の上から、
『おばさん、歌がうまいね』
朱実は振向いて、
『誰?』
長い木刀を横にさし、大きな笠を背負っている侏儒のような小僧である。朱実がにらむと、まるッこい眼をぐりぐりうごかし、人馴っこい歯を剝いてにやりとした。
『おまえ何処の子、人のことをおばさんだなンて、私は娘ですよ』
『じゃあ――娘さん』
『知らないよ。まだ年もゆかないチビ助のくせにして、今から女なんか揶揄うものじゃないよ、洟でもおかみ』
『だって、訊きたいことがあるからさ』
『アラアラ、おまえと喋舌っていたおかげで洗濯物を流してしまったじゃないか』
『取ッて来てやろう』
川下へ流れて行った一枚の布を、城太郎は追いかけて行って、こういう時には役に立つ長い木刀で、搔きよせて拾って来た。
『ありがと。――訊きたいッて、どんなこと』
『この辺に、よもぎの寮というお茶屋がある?』
『よもぎの寮なら、そこにある私の家だけれど』
『そうか。――ずいぶん捜しちゃった』
『おまえ、何処から来たの』
『あっちから』
『あっちじゃ分らない』
『おらにも、何処からだか、よく分らないんだ』
『変な子だね』
『誰が』
『いいよ』――朱実はクスリと笑いこぼして、『いったい何の用事で、わたしの家へ来たの』
『本位田又八という人が、おめえんちにいるだろう。あすこへ行けば分るって、四条の吉岡道場の人に聞いて来たんだ』
『いないよ』
『噓だい』
『ほんとにいないよ。――前には家にいた人だけれど』
『じゃあ、今どこ?』
『知らない』
『ほかの人に訊いてくれやい』
『おっ母さんだって知らないもの。――家出したんだから』
『困ったなあ』
『誰の使で来たの』
『お師匠様の』
『お師匠様って?』
『宮本武蔵』
『手紙か何か持って来たの』
『ううん』
城太郎は、首を横に振って、行き迷れたような眼を足もとの水の渦におとした。
『――来た所も分らないし、手紙も持たないなんて、ずいぶん妙な使ね』
『言伝てがあるんだ』
『どういう言伝て。もしかして――もう帰って来ないかも知れないけど、帰って来たら、又八さんへ、私からいっといて上げてもいいが』
『そうしようか』
『私に相談したって困る、自分で決めなければ』
『じゃあ、そうするよ。......あのね、又八って人に、ぜひとも、会いたいんだって』
『誰が』
『宮本さんがさ。――だから、来年一月の一日から七日までの間、毎朝、五条大橋の上で待っているから、その七日のうちに、一朝そこへ来てもらいたいというのさ』
『ホホホ、ホホホホ......。まあ! 気の長い言伝てだこと。おまえのお師匠さんていう人も、おまえに負けない変り者なんだね。......アアお腹が痛くなっちゃった!』
二
城太郎は、ぷっと膨れて、
『何がおかしいのさ。おたんこ茄子め』
と、肩をいからせた。
吃驚した途端に、朱実は、笑いが止まってしまった。
『――あら、怒ったの』
『当り前だい、人が、叮嚀にものを頼んでいるのに』
『ごめん、ごめん。もう笑わないから――そして今の言伝ては、又八さんが、もし帰って来たら、吃度しておくからね』
『ほんとか』
『え』
また、こみあげる微笑を嚙みころすように頷いて――
『だけど......何といったっけ......その言伝てを頼んだ人』
『忘れっぽいな。宮本武蔵というんだよ』
『どう書くの、武蔵って』
『武は――武士の武......』
といいかけて、城太郎は足もとの竹の小枝をひろい、河原の川砂へ、
『こうさ』
と書いて見せた。
朱実は、砂に書かれた字を、じっと眺めて、
『あ......それじゃあ、武蔵というんじゃないの』
『武蔵だよ』
『だって武蔵とも訓める』
『強情だな!』
彼の抛った竹の小枝が、川の面をゆるく流れて行く。
朱実は、いつまでも、川砂の文字へ眼を吸いよせられた儘、そして眼じろぎもせずに、何か想い耽っていた。
やがて、その眸を、足もとから城太郎の顔へ上げ、もいちど、改めて彼の姿をつぶさに見直しながら嘆息のように訊ねた。
『......もしや、この武蔵というお方は、美作の吉野郷の人ではないかえ』
『そうだよ、おらは播州、お師匠さんは宮本村、隣り国なんだ』
『――そして、脊の高い、男らしい、そうそう髪はいつも月代を剃らないでしょう』
『よく知ッてるなあ』
『子どもの時、頭に、疔という腫物をわずらった事があって、月代を剃ると、その痕が醜いから、髪を生やしておくのだと、いつか私に話したことを思い出したの』
『いつかって、何日?』
『もう、五年も前。――関ケ原の戦があったあの年の秋』
『そんな前から、おめえは、おらのお師匠様を知ってんのか』
『............』
朱実は答えなかった。答える余裕もなく彼女の胸はその頃の思い出の奏でに高鳴っていた。
(......武蔵さんだ!)
身もおろおろと会いたさに駆られてくるのである。母の為ることを見――又八の変り方を見て来て――彼女は自分が最初から心のうちで、武蔵の方を選んでいたことが間違いでなかったことに、愈々信頼を深くしていた。ひそかに自分の独り身を誇っていた――彼の人は、やはり又八とはまるで違うと。
そして、処女ごころは、茶屋がよいの幾多の男性を見るにつけ、自分の行くすえは、こんな群れにはないものと極め、それらの気障な男たちを冷蔑し、五年前の武蔵の面影を、ひそかな胸の奥において、口誦さむ歌にも、独りで末の夢を楽しんでいた。
『――じゃあ、頼んだぜ。又八って人が、見つかったら、吃度、今の言伝てをしといておくれ』
用が済むと、先を急ぐように城太郎は、河原の堤へ駈け上った。
『あっ、待って!』
朱実は、追いすがった。彼の手をつかまえて、何をいおうとするのか、城太郎の眼にも眩ゆいほどその顔は、美しい血でぽっと燃えていた。
三
『あんた、何ていう名?』
熱い息で、朱実が訊く。
城太郎は――城太郎と答えて、彼女の悩ましげな昻ぶりを、変な顔して見上げていた。
『じゃあ、城太郎さん、あんたは何日も武蔵さんと一緒にいるのね』
『武蔵様だろう』
『あ......そうそう武蔵様の』
『うん』
『わたし、あのお方に、ぜひ会いたいのだけれど、どこにお住まいなの』
『家かい。家なンかねえや』
『あら、どうして』
『武者修行してるんだもの』
『仮のお旅宿は』
『奈良の宝蔵院に行って訊けばわかるんだよ』
『ま......。京都にいらっしゃると思ったら』
『来年くるよ。一月迄』
朱実は何かつきつめた思案に迷っているらしかった。――と、すぐ後のわが家の勝手口の窓から、
『朱実っ、いつまで、何をしているんだえ! そんなお菰の子を相手に油を売ってないで、はやく用を片づけておしまい!』
お甲の声であった。
朱実は、母に抱いている平常の不満が、こんな時、すぐ言葉つきに出た。
『この子が、又八さんを尋ねて来たから、理を話しているんじゃありませんか。人を奉公人だと思ってる』
窓に見えるお甲の眉は焦だっていた、また病気が起っているらしい。そういう口をたたくまでに誰が大きく育てて来てやったのか――といいたげに、白い眼を投げて。
『又八? ......又八がどうしたっていうのさ、もうあんな人間は、家の者じゃなし、知らないといって措けばいいんじゃないか! 間がわるくって、戻れないもんだから、そんなお菰の餓鬼に頼んで何かいってよこしたんだろう。相手にお成りでない』
城太郎、呆っ気にとられ、
『馬鹿にすんない。おら、お菰の子じゃねえぞ』
と、呟いた。
お甲は、その城太郎と朱実の話を監視するように、
『朱実っ、お入りっ』
『......でも、河原にまだ洗い物が残っていますから』
『後は、下婢におさせ。おまえはお風呂に入って、お化粧をしていなければいけないでしょ。また不意に、清十郎様でも来て、そんな姿を見たら、愛想をつかされてしまう』
『ちッ......あんな人。愛想をつかしてくれれば、オオ嬉しい! だ』
――朱実は不平を顔に漲らせて、家の内へ、嫌々駈けこんでしまった。
それと共に、お甲の顔もかくれた。――城太郎は閉まった窓を見上げて、
『けっ。ばばあのくせに、白粉なんかつけやがって、ヘンな女!』
と、悪たれた。
すぐ、その窓がまた開いた。
『なんだッて、もういちどいってごらん!』
『あっ、聞えやがった』
あわてて逃げ出す頭へ、後から――ざぶりっと、うすい味噌汁みたいな鍋の水をぶちかけられて、城太郎は、狆ころみたいに身ぶるいした。
襟くびにくッついた菜っぱを、妙な顔をしながら摘んで捨て、忌々しさを、ありッたけな声に入れて、唄いながら逃げ出した――
本能寺の
西の小路は
暗いげな
あずさの姥が
白いもの化粧いして
漢女子産んだり
紅毛子産んだり
タリヤンタリヤン
タリ、ヤン、タン
巡りぞ会わん
一
米俵か小豆か、とにかく裕福な檀家の贈りものとみえ、牛車に山と積まれてゆく俵の上には、木札が差し立ててあり、
興福寺寄進
と墨黒く記してある。
奈良といえば興福寺――興福寺といえばすぐ奈良が思い出されるのである。城太郎も、その有名な寺だけは知っていたらしく、
『しめた、うまい車が行くぞ――』
牛車へ追いついて、車の尻へ、飛びついた。
後ろ向きになると、ちょうどよく腰掛けられるのだった。贅沢なことには、俵へ背中まで寄りかけられるではないか。
沿道には、丸い茶の木の丘、咲きかけている桜、今年も兵や軍馬に踏まれずに無事に育ってくれと祈りながら麦を鋤く百姓。野菜を川で洗うその土民の女衆。――飽くまでのどかな大和街道だった。
『こいつは、暢気だ』
城太郎は、いい気もちだった。居眠ッているまに奈良へ着いてしまう気でいる。時々、石へ乗せかけた轍がぐわらっと車体を強く揺す振るのも愉快でたまらない。動く物――動くばかりでなく進む物に――身を乗せているということだけで、少年の心臓は無上な楽しみにおどる。
(......あら、あら、どこかで鶏が噪いでいるぞ、お婆さんお婆さん、鼬が卵を盗みに来たのに、知らずにいるのか。......どこの子か、往来で転んで泣いているよ。向うから馬も来るよ)
眼の側を流れてゆく事々が、城太郎にはみな感興になる。村を離れて、並木にかかると、路傍の椿の葉を一枚むしり、唇に当てて吹き鳴らした。
同じ馬でも
大将を乗せれば
池月、する墨
金ぷくりん
ピキピーの
トッピキピ
馬は馬でも
泥田にすめば
やれ踏め、やれ負え
年がら貧
貧――貧――貧
前に歩いてゆく牛方は、
『おや?』
振向いたが、何も見えないので又そのまま歩みだした。
ピキ、ピーの
トッピキピ
牛方は、手綱を抛りすてて、車のうしろへ廻って来た。拳をかためて、いきなり、
『この野郎』
『ア痛っ』
『なんだって車の尻になど乗ってけつかるか』
『いけないの』
『当りめえだ』
『おじさんがひっぱるわけじゃないからいいじゃないか』
『ふざけるなっ』
城太郎の体は鞠みたいに地上へ弾んで、ごろんと、並木の根まで転がった。
嘲笑うように牛車の轍は彼を捨てて行った。城太郎は腰をさすって起き上ったが、ふと妙な顔して地上をきょろきょろ見まわし始めた――何か紛失し物でもしたような眼で。
『あれ? ないぞ』
武蔵の手紙を届けた吉岡道場から、これを持って帰れと渡されて来た返辞である。大事に竹筒へ入れて途中からは、紐で首へかけて歩いていたのが、――今気がついてみると、それがない。
『困った、困った』
城太郎の探す眼の範囲はだんだん拡がって行った。――と、その態を見て笑いながら近づいて来た旅装いの若い女性が、
『何か落したのですか』
と、親切に訊ねてくれる。
城太郎は、額ごしに、ちらと市女笠のうちの女の顔を見たが、
『うん......』
うつつに領いたきりでまた、すぐ眼は地上を辿って、頻りに首を傾げていた――
二
『お金?』
『う、う、ん』
何を訊いても、城太郎の耳には、うわの空であった。
旅の若い女は微笑んで、
『――じゃあ、紐のついている一尺ぐらいな竹の筒ではありませんか』
『あっ、それだ』
『それなら、先刻そなたが、万福寺の下で、馬子衆の繫いでおいた馬に悪戯をして呶鳴られたでしょう』
『ああ......』
『吃驚して逃げ出した時に、紐が切れて往来へ落ちたのを、その時、馬子衆と立話しをしていたお侍が拾っていたようですから、戻って訊いてごらん』
『ほんと』
『え。ほんと』
『ありがと』
駈け出そうとすると、
『あ、もしもし、戻るにも及びません。ちょうど彼方から、そのお侍様が、見えました。野袴を穿いて、にやにや笑いながら来るでしょう。あの人です』
女の指さす方を見て、
『あの人』
城太郎は、大きな眸で、じっと待っていた。
四十がらみの偉丈夫である。黒い顎髯を蓄え、肩の幅、胸幅も、常人よりずっと広くて、脊も高い。革足袋に草履穿きのその足の運びが、いかにも確かに大地を踏んでいるというように見えて立派である。――どこかの大名の名ある家臣にちがいないと城太郎に思えたので、ちょっと、馴々しく言葉がかけ難いのであった。
すると、幸いに、
『小僧』
と、向うから呼んでくれた。
『はい』
『お前だろう、万福寺の下で、この状入を落したのは』
『ああ、有った有った』
『有ったもないものじゃ、礼をいわんか』
『すみません』
『大事な返書ではないか。かような書面を持つ使いが、馬に悪戯したり、牛車の尻に乗ったり、道草をしていては主人に相済むまいが』
『お武家さん、中を見たね』
『拾い物は、一応中を検めて渡すのが正しいのだ。しかし、書面の封は切らん。おまえも中を検めて受け取れ』
城太郎は、竹筒の栓を抜いて、中をのぞいた。吉岡道場の返書はたしかに入っている。やっと安心して、また頸へかけながら、
『もう落さないぞ』
と呟いた。
眺めていた旅の若い女は、城太郎の欣ぶのを共に欣んで、
『ご親切に、有難うございました』と、彼のいい足らない気持を、彼に代って礼をいった。
髯侍は、城太郎やその女性と、歩調をあわせて歩みながら、
『お女中、この小僧は、あなたのお連れか』
『いいえ、まるで知らない子でございますけれど』
『ははは、どうも釣り合いが取れぬと思った。おかしな小僧だの。笠のきちんが振っておる』
『無邪気なものでございますね、何処まで行くのでございましょう』
二人の間に挾まって城太郎はもう得々と元気に返っていて、
『おらかい? おらは、奈良の宝蔵院まで行くのさ』
そういって、ふと、彼女の帯の間から、見えている古金襴の袋をじっと見つめ――
『おや、お女中さん、おまえも状筒を持っているんだね、落さないようにした方がいいよ』
『状筒を』
『帯に差しているそれさ』
『ホホホホ。これは、手紙を入れる竹筒ではありません。横笛です』
『笛――』
城太郎は、好奇な眼をひからかして、無遠慮に女の胸へ顔を近づけた。そして何を感じたものか、次には、その人の足もとから髪まで見直した。
三
童心にも、女の美醜は映るとみえる。美醜はともあれ、清純か不純かを率直に感じるに違いない。
城太郎は、改めて美麗な人だなあ、と眼の前の女性に尊敬をもった。こんな美麗な女の人と道づれになったのは、何か、飛んでもない幸福にぶつかったようで、急に、動悸がしたり、気がふわふわして来た。
『笛かあ、成程』
独りで、感心して、
『おばさん、笛吹くの?』
と訊いた。
だが、若い女に対して、おばさんと呼んで、この間、よもぎの寮の娘に怒られたことを城太郎は思い出したのだろう、またあわてて、
『お女中さん、なんという名?』
突拍子もなく違った問題を、しかし、なんのこだわりもなく、急に訊き出すのである。
旅の若い女は、
『ホホホホホ』
城太郎には答えないで、彼の頭越しに顎髯の侍のほうを見て笑った。
熊のような髯のあるその武家は、白い丈夫そうな歯を見せて、これは大きく哄笑した。
『このチビめ、隅には置けんわい。――人の名を問う時は、自分の名から申すのが礼儀じゃ』
『おらは城太郎』
『ホホホ』
『狡いな、俺にだけ名のらせておいて。――そうだ、お武家さんがいわないからだ』
『わしか』
と、これも困った顔をして、
『庄田』――といった。
『庄田さんか。――下の名は』
『名は勘弁せい』
『こんどは、お女中さんの番だ、男が二人まで名をいったのに、いわなければ、礼儀に欠けるぜ』
『わたくしは、お通と申します』
『お通様か』
と、それで気が済んだのかと思うと、城太郎は口を休めずに、
『なんだって、笛なんか帯に差して歩いているんだね』
『これは私の糊口すぎをする大事な品ですもの』
『じゃあ、お通様の職業は、笛吹きか』
『え......笛吹きという職業があるかどうかわかりませんが、笛のおかげで、こうして長い旅にも困らず過ごしておりますから、やはり、笛吹きでしょうね』
『祇園や、加茂宮でする、神楽の笛?』
『いいえ』
『じゃあ、舞の笛』
『いいえ』
『じゃあ何ンだい一体』
『ただの横笛』
庄田という武家は、城太郎が腰に横たえている長い木剣に眼をつけて、
『城太郎、おまえの腰にさしているのは何だな』
『侍が木剣を知らないのかい』
『なんの為に差しているのかと訊くのじゃ』
『剣術を覚える為にさ』
『師匠があるのか』
『あるとも』
『ははあ、その状筒の内にある手紙の名宛の人か』
『そうだ』
『おまえの師匠のことだからさだめし達人だろうな』
『そうでもないよ』
『弱いのか』
『あ。世間の評判では、まだ弱いらしいよ』
『師匠が弱くては困るだろ』
『おらも下手だからかまわない』
『少しは習ったか』
『まだ、なンにも習ってない』
『あはははは、おまえと歩いていると、道が飽きなくてよいな。......してお女中は、どこまで参られるのか』
『わたくしには、何処という的もございませぬが、奈良にはこの頃多くの牢人衆が集まっていると聞き、実は、どうあっても巡り会いたいお人を多年捜しておりますので、そんな儚ない噂をたよりに、参る途中でございまする』
四
宇治橋のたもとが見えてくる。
通円ケ茶屋の軒には、上品な老人が茶の風呂釜をすえて、床几へ立ち寄る旅人に、風流を鬻いでいた。
庄田という髯侍の姿を仰ぐと、馴染みとみえて、茶売りの老人は、
『おお、これは小柳生の御家中様一服おあがり下さいませ』
『やすませて貰おうか――その小僧に、何ぞ、菓子をやってくれい』
菓子を持つと、城太郎は、足を休めていることなどは退屈に堪えないらしく、裏の低い丘を見上げて、駈上って行った。
お通は茶を味わいながら、
『奈良へはまだ遠うございますか』
『左様、足のお早いお方でも、木津では日が暮れましよう。女子衆では、多賀か井手でお泊りにならねば』
老人の答えをすぐ引き取って、髯侍の庄田がいった。
『この女子は、多年捜している者があって、奈良へ参るというのだが、近ごろの奈良へ若い女子一人で行くのは、どうであろうか。わしは心もとなく思うが』
聞くと、眼を瞠って、
『滅相もない』
茶売の老人は、手を振った。
『お止めなされませ、尋ねるお方が、確かにいると分っているならば知らぬ事、さものうて、なんであんな物騒な中へ――』
口を酢くして、その危険であることの、実例をいろいろ挙げて引き止めるのだった。
奈良といえばすぐさびた青丹の伽藍と、鹿の目が連想され、あの平和な旧都だけは、戦乱も飢饉もない無風帯のように考えられているが、事実は、なかなかそうでない。――と茶売りの老人は自分も一服のんで説く。
なぜならば――関ケ原の役の後は、奈良から高野山にかけて、どれほど、沢山な敗軍の牢人たちが隠れこんだかわからない。それが皆、西軍に加担した大坂方だ。禄もなし、他の職業につく見込みもない人々だ。関東の徳川幕府が、今のように隆々と勢力を加えてゆく現状では、生涯、大手を振って陽なたを歩くこともできない連中なのだ。
何でも、世間一般の定説によると、関ケ原の役では尠くも、そういう扶持離れの牢人者が、ここ五年ほどでざっと十二、三万人は出来ているだろうとのことである。
あの大戦の結果、徳川の新幕府に没収された領地は六百六十万石といわれている。その後、減封処分で、家名の再興をゆるされた分を引いても、まだ取りつぶしを食った大名は八十家に余るし、その領土の三百八十万石というものは改易されている。ここから離散して、諸国の地下に潜った牢人者の数を、仮に百石三人とし、本国にいた家族や郎党などを加算すると、どう少く見積っても、十万人は下るまいという噂。
ことに、奈良とか、高野山とかいう地帯は、武力の入り難い寺院が多いために、そういう牢人たちにとっては、屈強のかくれ場所となり得るので、ちょっと指を折っても、九度山には真田左衛門尉幸村、高野山には南部牢人の北十左衛門、法隆寺の近在には仙石宗也、興福寺長屋には塙団右衛門、そのほか御宿万兵衛とか、小西牢人の某とか、ともかく、このまま日蔭では白骨になりきれない物騒な豪の者が、ふたたび天下が大乱となることを旱に雨をのぞむように待っているという状態である。
まだまだそこらの名のある牢人は、それぞれ、隠栖しても一かどの権式も生活力も持っているが、これが奈良の裏町あたりへゆくと、ほとんど、腰の刀の中身まで売りはたいたような、ほんとの無職武士がうようよいて、半分は自暴になって風紀をみだし、喧嘩を漁り、ただ徳川治下の世間をさわがせて一日もはやく大坂の方に、火の手があがればよいと祈っている連中ばかりが、巣を作しているような有様であるから、そんな所へ、あなたのような美しい女子が一人で行くことは、まるで袂へ油を入れて火の中へ入るようなものだと、茶売りの老人は、お通を止めてやまないのであった。
五
そう聞かされてみると奈良へ行くのも、甚だ不気味な事になる。
お通は考えこんでしまった。
奈良に、微な手懸りでもあるならば、どんな危険をも厭う事ではないが――
そういう心当りは、彼女には今の所まるでないのである。ただ漠然と――姫路城下の花田橋の袂からあのまま数年の月日を――旅から旅へ、的なく、彷徨って来たに過ぎない。今も、その儚い流浪の途中に過ぎない――
『お通どのと申されたの――』
彼女の迷っている顔いろを見て、髯侍の庄田が、
『どうであろう、最前から、申しそびれていたが、これから奈良へ行かれるより、わしと共に、小柳生まで来てくれないか』
といい出した。
そこで、その庄田が自分の素性を明かしていうことに、
『わしは小柳生の家中で、庄田喜左衛門と申す者だが、実は、もはや八十にお近い自分の御主君は、この所お体もお弱くて毎日、無聊に苦しんでおられる。そなたが、笛を吹いて糊口すぎをいたしておるというので思いついた事だが、或は、そうした折故、大殿のよいお慰みになろうか知れぬ。どうだな、来てくれまいか』
茶売りの老人は、側にあって、それはよい思いつきと喜左衛門と共に頻りにすすめた。
『お女中、ぜひお供して行かっしゃれ。知ってでもあろうが、小柳生の大殿とは、柳生宗厳様のこと、今では、御隠居あそばして、石舟斎と申しあげているお方じゃ、若殿の但馬守宗矩様は、関ケ原の戦からお帰りあそばすとすぐ、江戸表へ召されて、将軍家の御師範役。またとない御名誉なお家がらじゃ、そうしたお館へ、召されるだけでもまたとない果報、ぜひぜひお供なされませ』
有名な兵法の名家、柳生家の家臣と聞いて、お通は喜左衛門の物腰が、只人とは思えなかったことが、さてこそと、心のうちに、頷かれた。
『気がすすまぬか』
喜左衛門が、諦めかけると、
『いいえ、願うてもないことでございますが、拙い笛、さような御身分のあるお方の前では』
『いやいや、ただの大名衆のように思うては、柳生家では、大きにちがう。殊に石舟斎様と仰せられて、今では、簡素な余生を楽しんでいられる茶人のようなお方だ、むしろ、そういう気がねはお嫌いなさる』
漫然と奈良へゆくより、お通はこの柳生家の方に一つの希望をつないだ。柳生家といえば、吉岡以後の兵法第一の名家、さだめし諸国の武者修行が訪れているに違いない。そして、門を叩いた者の名を載せた芳名帳を備えているかも知れない。――そのうちにはもしかしたら自分の探し歩いている――宮本武蔵政名――の名があるかも知れない。もしあったらどんなに欣しいか。
『では、おことばに甘えて、お供いたしまする』
急に明るくいうと、
『え、来てくれるとか、それは辱けない』
喜左衛門は欣んで、
『そう決まれば、女子の足では夜にかけても、小柳生まではちと無理、お通どの、馬に乗れるか』
『はい、厭いませぬ』
喜左衛門は軒を出て、宇治橋の袂のほうへ手をあげた。そこに屯していた馬方が飛んで来る。お通だけを乗せて、喜左衛門は歩いた。
すると茶屋の裏山へ上っていた城太郎が見つけて、
『もう行くのかあいっ』
『おお出かけるぞ』
『お待ちようっ』
宇治橋の上で、城太郎は追いついた。何を見ていたのかと喜左衛門が訊くと、丘の林の中に、大勢の大人が集まって、何か知らないが面白い遊び事をしていたから見ていたのだという。
馬子は笑って、
『旦那、そいつあ牢人が集まって、博奕を開帳しているんでさ。――食えねえ牢人が旅の者を引っ張りあげては、裸にして追っ払うんだから凄うがすぜ』
と、いった。
六
馬の背には、市女笠の麗人、城太郎と髯の庄田喜左衛門とが、その両側に歩み、前には日の永い顔をして馬子が行く。
宇治橋をこえ、やがて木津川堤にかかる。河内平の空は雲雀に霞んで、絵の中を行く気がする。
『うむ......牢人どもが博奕をしているか』
『博奕などはまだいい方なんで――押し借はする、女はかどわかす、それで、強いと来ているから手がつけられませんや』
『領主は、黙っているのか』
『御領主だって、ちょっとやそっとの牢人なら召捕るでしょうが――河内、大和、紀州の牢人が合体になったら、御領主よりゃあ強いでしょう』
『甲賀にも居るそうだの』
『筒井牢人が、うんと逃げこんでいるんで、どうしても、もう一度戦をやらなけれやあ、彼の衆は、骨になりきれねえとみえる』
喜左衛門と馬子の話に、ふと、耳をとめて城太郎が口を出した。
『牢人牢人っていうけれど、牢人のうちでも、いい牢人だってあるんだろ』
『それは、あるとも』
『おらのお師匠さんだって牢人だからな』
『ははは、それで不平だったのか、なかなか師匠思いだの。――所でおまえは宝蔵院へ行くといったが、そちの師匠は宝蔵院に居るのか』
『そこへ行けば分ることになっているんだ』
『何流をつかうのか』
『知らない』
『弟子のくせに、師匠の流儀を知らんのか』
すると、馬子がまた、
『旦那、この節あ、剣術流行りで猫も杓子も、武者修行だ。この街道を歩く武者修行だけでも一日に五人や十人はきっと見かけますぜ』
『ほう、左様かなあ』
『これも、牢人が殖えたせいじゃございませんか』
『それもあろうな』
『剣術がうめえッてえと、方々の大名から、五百石、千石で、引っ張りだこになるってんで、みんな始めるらしいんだね』
『ふん、出世の早道か』
『そこに居るおチビまでが木剣など差して、撲り合いさえ覚えれば、人間になれると思っているんだから空怖しい。こんなのが沢山できたら、行く末なんで飯を喰うつもりか思いやられますぜ』
城太郎は、怒った。
『馬子っ、なんだと、もう一ぺんいってみろ』
『あれだ――蚤が楊子を差したような恰好をしやがって、口だけは一人前の武者修行のつもりでいやがる』
『ははは、城太郎、怒るな怒るな。また、頸にかけている大事な物を落すぞ』
『もう、大丈夫だい』
『おお、木津川の渡舟へ来たからおまえとはお別れだ。――もう陽も暮れかかる故、道くさをせず、急いで行けよ』
『お通様は』
『わたしは、庄田様のお供をして小柳生のお城へ行くことになりました。――気をつけておいでなさいね』
『なんだ、おら、独りぽっちになるのか』
『でもまた、縁があれば、どこかで会う日があるかも知れません――城太郎さんも旅が家、わたしも尋ねるお人に巡り会うまでは旅が住居』
『いったい、誰をさがしているの、どんな人?』
『............』
お通は答えなかった。馬の背からにっこと別れの眸を与えただけであった。河原を駈け出して、城太郎は、渡舟の中へ飛び乗っていた。この舟が夕陽に赤く隈どられて、河の中ほどまで流れだした頃、振り返ると、お通の駒と喜左衛門の姿は木津川の上流が遽かにその辺りから狭くなっている渓谷の笠置寺道を、山蔭の早い夕べに影をぼかして、とぼとぼと、もう提灯を燈して歩いてゆくのが見えた。
茶 漬
一
およそ今、天下に虻や蜂ほど多い武芸者のうちでも、宝蔵院という名は実によく響いている。もしその宝蔵院を単なるお寺の名としか弁えないで話したり聞いたりしている兵法者があるとしたら、すぐ、
(こいつ潜りだな)
と、扱われてしまうほどにである。
この奈良の地へ来ては、猶更のことであった。奈良の現状では、正倉院が何だか知らないものはほとんどだが、槍の宝蔵院とたずねれば、
『あ、油坂のか』
と、すぐ分る。
そこは興福寺の天狗でも棲んでいそうな大きな杉林の西側にあたっていて、寧楽朝の世の盛りを偲ばせる元林院址とか、光明皇后が浴舎を建てて千人の垢を去りたもうた悲田院施薬院の址などもあるが、それも今は、苔と雑草の中からわずかに当時の石が顔を出しているに過ぎない。
油坂というのはこの辺りと聞いては来たが武蔵は、
『はて?』
と、見まわした。
寺院は幾軒も見て来たが、それらしい山門はない。宝蔵院という門札も見えない。
冬を越して、春を浴びて、一年中でいちばん黒ずんでいる杉のうえから、今が妙麗の采女のように明るくてやわらかい春日山の曲線がながれていて、足もとは夕方に近づいていたが、彼方の山の肩にはまだ陽が明るかった。
其処か、此処かと、寺らしい屋根を仰いでゆくうちに、
『お』
武蔵は足を止めた。
――だが、よく見ると、その門に書いてあるのは、甚だ宝蔵院と紛らわしい名で「奥蔵院」としてあるのである。頭字が一つ違っている。
それに山門から奥を覗くと日蓮宗の寺らしく見える。宝蔵院が日蓮宗の檀林であるということはかつて、武蔵も聞かない話であるから、これはやはり宝蔵院とは全く別な寺院に違いない――。
ぼんやり山門に立っていた。すると、外から帰って来た奥蔵院の納所が、うさん臭い者を見るような眼で武蔵をじろじろながめて通りかけた。
武蔵は笠を脱って、
『お訊ねいたしますが』
『はあ、なんじゃね』
『当寺は、奥蔵院と申しますか』
『はあ、そこに書いてある通り』
『宝蔵院は、やはりこの油坂と聞きましたが他にございましょうか』
『宝蔵院は、この寺と、背中あわせじゃ。宝蔵院へ、試合に行かれるのか』
『はい』
『それなら、よしたらどうじゃの』
『は? ......』
『折角、親から満足にもろうた手脚を、片輪を癒しに来るなら分っているが、何も遠くから、片輪になりに来るにも及ぶまいに』
この納所にも、凡の日蓮坊主ではないような骨ぐみがある、武蔵を見下して意見するのである。武芸の流行もけっこうだが、このごろのように、わんさわんさと押しかけて来られては宝蔵院でも実にうるさい。大体、宝蔵院そのものは、名の示すがように法燈の寂土であって、何も槍術が商売でない。商売というならば宗教が本職で、槍術は内職とでもいおうか、先代の住持、覚禅房胤栄という人が、小柳生の城主柳生宗厳のところへ出入りしたり、また宗厳の交わりのある上泉伊勢守などとも昵懇にしていた関係から、いつの間にか武芸に興味をもち、余技としてやりだしたのが次第にすすんで、槍のつかいようにまで工夫を加え、誰いうとなく宝蔵院流などと持て囃してしまったのであるが、その物好きな覚禅房胤栄という先代は、もう本年八十四歳、すっかり耄碌してしまって、人にも会わないし、会ったところで、歯のない口をふにゃふにゃ動かすだけで、話もわからなければ、槍のことなどは、すっかり忘れてしまっている。
『だから、無駄じゃよ、行った所で』
と、納所は、武蔵を追っ払おうとするのが肚か、いよいよ膠も素っ気もない。
二
『そういうことも、噂に聞いて、承知してはおりますが』
と武蔵は、弄られているのを承知の上で、
『――しかし、その後には、権律師胤舜どのが、宝蔵院流の秘奥をうけ、二代目の後嗣として、今もさかんに槍術を研鑽して、多くの門下を養い、また訪う者は拒まず御教導も下さるとか伺いましたが』
『あ、その胤舜どのは、うちのお住持の弟子みたいなものでね、初代覚禅房胤栄どのが、耄碌されてしまったので、折角、槍の宝蔵院と天下にひびいた名物を、つぶしてしまうのも惜しいと仰っしゃって、胤栄から教わった秘伝を、うちのお住持が又、胤舜に伝え、そして宝蔵院の二代目にすえたのだ』
何か、ぐずねたいい方をすると思ったら、この奥蔵院の日蓮坊主は、要するに今の宝蔵院流の二代目は、自分の寺の住持が立ててやったもので、槍術も、その二代目胤舜よりは、日蓮寺の奥蔵院の住持のほうが系統も正しく本格なのだぞ――という事を、暗に外来の武芸者にほのめかせたい気特であったらしい。
『なるほど』
武蔵が一応うなずくと、それを以て満足したらしく、奥蔵院の納所は、
『でも、行って見るかね?』
『折角参りましたもの故』
『それもそうだ......』
『当寺と、背中あわせと申すと、この山門の外の道を、右へ曲りますか、左へ参りますか』
『いや、行くなら、当寺の境内を通って、裏を抜けて行きなさい、ずッと近い』
礼をいって、教えられた通りに武蔵は歩いた。庫裡の側から寺の地内を裏手へ入ってゆく。するとそこは薪小屋だの味噌蔵だのがあって、五反ほどの畑が展けている。ちょうど田舎の豪農の家囲いのように。
『......あれだな』
畑の彼方に、又一寺が見える。武蔵は、よく肥えている菜や大根や葱のあいだの柔かい土を踏んで行った。
と――そこの畑に、一人の老僧が鍬をもって百姓をしていた。背中に木魚でも入れたぐらい猫背である。黙然と、鍬の先に俯向いているので、真っ白な眉だけが植えたように額の下から浮き出して見える。鍬を下ろすたびにするカチという石の音だけが、ここの広い閑寂を破っていた。
(この老僧も日蓮寺のほうの者だな)
武蔵は、挨拶をしようと思ったが、土に他念のない老僧の三昧ぶりに憚かられて、そっと側を通りかけると、これは何ということだ、下を向いている老僧の眸がジイッと眼の隅から自分の脚もとを射ている。――そして形や声にこそ現われては居ないが、何んともいえないすさまじい気が――心体から発しるものとは思われない――今にも雲を破って搏たんとする雷気のようなものが、びくりと武蔵の全身に感じられた。
はっ――と竦んだ時、武蔵は老僧の静かなすがたを、二間ほど先から振向いていた。迅い槍を跨いだ程度に武蔵の体はぼっと熱くなっていた。傴僂のように尖った老僧の背は後を向けたままで、カチ、カチ、と土へ鍬を入れている調子に少しも変りはなかった。
『何者だろう?』
武蔵は大きな疑いを抱きながら、やがて宝蔵院の玄関を見つけた。そこに立って取次を待つ間も、
(ここの二代目胤舜は、まだ若いはずであるし、初代胤栄は、槍を忘れてしまったというほど耄碌していると今聞いたが......)
いつまでも頭の隅に気になっている老僧であった。それを払い退けるように、武蔵は更に、二度ほど大声で訪れたが、四辺の樹木に木魂するばかりで、奥深そうな宝蔵院の内からは、なかなか取次の答がない。
三
ふと見ると、玄関の横手に、大きな銅鑼の衝立が備えてある。
(ははあ、これを打つのだな)
武蔵が、それを鳴らすと、おおうと、遠くですぐ返辞が聞えた。
出て来たのは、叡山の僧兵にすればさしずめ旗頭にも成れそうな骨格の大坊主である。武蔵のような身装の来訪者は、毎日あつかい馴れている調子である。じろっと一瞥くれて、
『武芸者か』
『はい』
『何しに?』
『御教授を仰ぎたいと存じて』
『上んなさい』
右へ指をさす。
足を洗えというのらしい筧の水が盥に引いてある。摺り切れた草鞋が十足もそこらに脱ぎちらしてあった。
真っ黒な一間廊下を、武蔵は従いて行った。芭蕉の葉が窓に見える一室に入って控えている。取次の羅漢の殺伐な動作をのぞけば、他はどう眺めてもただの寺院にちがいない。燻々と香のにおいすらするのである。
『これへ、どこで修行したか、流名と自身の姓名を誌けて』
子どもへいうように、以前の大坊主が来て一冊の帳面と硯箱とをつきつける。
見ると、
叩門者授業芳名録
宝蔵院執事
とある。開いてみると、無数の武者修行の名が訪問の月日の下に連ねてある。武蔵も前の者に倣って書いたが、流名は書きようもなかった。
『兵法は誰について習ったのか』
『我流でございます。――師と申せば、幼少の折、父から十手術の教導をうけましたが、それもよう勉強はせず、後に志を抱きましてからは、天地の万物を以て、また天下の先輩を以て、みなわが師と心得て勉強中の者でござります』
『ふム......そこで承知でもあろうが、当流は御先代以来、天下に鳴りわたっている宝蔵院一流の槍じゃ。荒い、激しい、仮借のない槍術じゃ。一応、その授業芳名録のいちばんはじめに認めてある文を読んでからにいたしてはどうだな』
気づかなかったが、そういわれて武蔵は下へ置いた一冊を持ち直して繰ってみると、なるほど書いてある。――当院において授業をうける以上は、万一、五体不具になっても死を招いても苦情は申し上げない、という誓約書である。
『心得ております』
武蔵は微笑してもどした。武者修行をして歩くからには、これは何処でもいう常識だからである。
『じゃあ此っ方へ――』
と、又奥へ進む。
大きな講堂でもつぶしたのか恐ろしく広い道場であった。寺だけに、太い丸柱が奇異に見えるし、欄間彫の剝げた金箔だの胡粉絵具なども、他の道場には見られない。
自分ひとりかと思いのほか、控え席には、すでに十名以上の修行者が来ている。そのほか法体の弟子が十数名もいるし、ただ見物しているという態の侍たちも相当に多く、道場の大床には今、槍と槍をあわせている一組の試合が行われていて、みな固唾をのんでそれへ見入っているのである。――で武蔵がそっとその一隅へ坐っても、誰ひとり振向いてみる者はない。
望みの者には、真槍の試合にも応じる――と道場の壁には書いてあるが、今立ち合っている者の槍は、単なる樫の長い棒に過ぎない。それでも突かれるとひどいとみえ、やがて一方が刎ねとばされて、すごすご席へ戻って来たのを見ると、大股がもう樽のように腫上って、坐るにも耐えないらしく、肘をついて、片方の脚を投げ出しながら苦痛を怺えている容子だった。
『さあ、次っ』
法衣の袂を背で結んで、脚も腕も肩も額も瘤で出来あがっているかのように見える傲岸な法師が、一丈余もある大槍を立てて、道場のほうから呼んでいた。
四
『では、それがしが――』
一人が席から起った。これも今日、宝蔵院の門をたたいた武者修行の一人らしい。革だすき綾どって道場の床へすすんでゆく。
法師は、不動の姿勢で突っ立っていたが、次に出て来た相手が、壁から選み把った薙刀を持って、自分の方へ向って、挨拶をしかけると真っ直に立てていた槍を、
『うわッ!』
いきなり山犬でも吠えたような声を出して、相手の頭へ撲り落して行った。
『――次っ』
すぐまた、平然と大槍を立てて元の姿勢に返っているのである。撲られた男は、それきりだった。死んだ容子はないが、自分の力で顔を上げることも出来ないのだ。それを二、三人の法師弟子が出て来て、袴腰をつかんでずるずると席のほうへ引っ張り込む、その後に血の交った涎が糸をひいて床を濡らしている。
『次は?』
突っ立っている法師はあくまで傲岸だ。武蔵は初め、その法師が宝蔵院二代目の胤舜かと思って見ていたが、側らの者に訊いてみると、彼は阿巌という高弟の一人であって胤舜ではない。たいがいな試合でも、宝蔵院七足といわれる七人の弟子で間に合っているので、胤舜が自身で立合うなどという例はまずないというのである。
『もうないのか』
法師は、槍を横にした。授業者の名簿をもって、先刻、取次にあらわれた坊主が、帳面とそこらの顔を照し合せ、
『其許は』
と、顔をさしていう。
『いや......いずれまた』
『そちらの人は』
『ちと、きょうは気が冴えんので......』
なんとなく皆、怯み渡ってしまった気ぶりである。幾番目かに武蔵が顎を向けられて、
『おてまえはどうする?』
武蔵は、頭を下げ、
『どうぞ』
といった。
『どうぞとは?』
『お願い申す』
起つと、一同の眼が武蔵を見た。不遜な阿巌という当の法師はもう引っ込んで、他の法師たちの中でげらげら何か笑っているのであったが、道場へ次の相手が出たので振向いた。然しもう厭気がさしてしまったらしく、
『誰か、代れ』
と不精を極め込んでいる。
『まあ、もう一人じゃないか』
そういわれて、彼は、渋々また出て来た。つかい馴れているらしい真っ黒に艶の出ている前の槍を持ち直すとその槍を構え、武蔵へは尻を向けて、人もいない方へ、
ヤ、ヤ、ヤ、ヤッ!
と怪鳥の叫ぶような気合を発したかと思うと、いきなり槍諸とも駈けだして行って、道場の突当りの板へどかんとぶつけた。
そこは日ごろ彼らの槍を鍛える稽古台にされているとみえ、一間四方ほど新しい板に張り代えてあるのに、彼の真槍でもないただの棒は、鋭い穂で貫ぬいていたようにぶすッとそこを突き抜いていた。
――えおっッ!
奇態な声を発しながら槍を手繰り返すと阿巌は、舞うように、武蔵のほうへ向って躍り返った。節くれ立ったその体からは精悍な湯気がのぼっていた。そして彼方に木剣を提げて、いささか呆れたかのように立ている武蔵のすがたを遠くから睨んで、
『――行くぞっ』
羽目板を突きぬく気をもって踵をすすみかけた時である。窓の外から誰か笑っていう者があった。
『――馬鹿よ、阿巌坊の大たわけよ、よく見よ、その相手は、羽目板とちと違うぞ』
五
槍を構えたまま、阿巌は横を向いて、
『――誰だっ?』
と、呶鳴った。
窓の際には、まだ笑いやまない声がくすくすいっている。骨董屋の手にかけたような照のある頭と白い眉がそこから見えた。
『阿巌、無駄じゃよ、その試合は。――明後日にせい。胤舜がもどってからにせい』
老僧は止めるのであった。
『あ?』
武蔵は思い出した。先刻ここへ来る途中、宝蔵院の裏の畑で鍬をもって百姓仕事をしていたあの老僧ではないか。
そう思うまに、老僧の頭は、窓の際から消えていた。阿巌は老僧の注意で一度は槍の手をゆるめたが、武蔵と眸をあわせると、途端にそのことばを忘れてしまったように、
『何をいうかっ』
と、すでにそこにいない者を罵って、また槍を持ち直した。
武蔵は、念のために、
『よろしいか』
といった。
阿巌の憤怒を煽るには十分であった。彼は、左の拳の中に槍をふかく吸い入れて、床から身を浮かした。筋肉のすべてが鉄のような重厚さを持っているのに、床と彼の脚とは、着いているとも見えるし、浮いているとも見えて、波間の月のように定まりがない。
武蔵は、固着していた、一見そう見える。
木剣は真っ直に両手で持っているというほか、べつだん特異な構えではなかった。むしろ六尺に近い脊のために、間の抜けたようにさえ思われるのである。そして筋肉は、阿巌のように節くれ立っていなかった。ただ、鳥のように瞠った儘の眼をしている。その眸はあまり黒くなかった。眸の中に血がにじみ込んでいるように、琥珀色をして透き徹っている。
阿巌はぴくと顔を振った。
汗のすじが額を縦に通ったので、それを払うつもりであったのか、老僧の言葉が耳に残っていて邪魔になるので、それを意識から払おうとしたのか、とにかく焦立っていることは事実である。頻りと、位置を換える。まったく動かないでいる相手に対して、絶えず誘いをかけ、また自分から窺うことを怠らない。
――いきなり突いて行ったと見えた時は、ぎゃッという声が床へたたきつけられていた。武蔵は木剣を高くあげてその一瞬にもう跳び退いているのだ。
『どうしたッ?』
どやどやと阿巌のまわりには同門の法師たちが駈け寄って真っ黒になっていた。阿巌の抛り出した槍を踏んづけて転げた者があるほどな狼狽であった。
『薬湯、薬湯っ、薬湯を持って来い――』
起って叫ぶ者の胸や手には血しおがついていた。
いちど窓から顔を消した老僧は、玄関から廻ってここへ入って来たが、その間にこの始末なので、苦りきって傍観していた。そしてあたふた駈け出す者を止めていった。
『薬湯をどうするか、そんなものが間に合うほどなら止めはせん。――馬鹿者っ』
六
誰も彼を止める者はなかった。武蔵はむしろ手持ちぶさたを感じながら、玄関へ出て、わらじを穿きかけていた。
すると、例の猫背の老僧が、追って来て、
『お客』
と、後で呼んだ。
『は。――拙者?』
肩越しに答えると、
『御あいさつ申したい。もいちどお戻りくだされい』という。
導かれて、ふたたび奥へ入ったが、そこは前の道場よりはまた奥で、塗籠といってもよい真四角で一方口の部屋だった。
老僧は、ぺたと坐って、
『方丈があいさつに出るところじゃが、つい昨日摂津の御影まで参ってな、まだ両三日せねば帰らぬそうじゃ。――で、わしが代って御あいさつ申す仕儀でござる』
『御ていねいに』
と、武蔵も頭を下げ、
『きょうは計らずも、よい御授業をうけましたが、御門下の阿巌どのに対しては、なんともお気の毒な結果となり、申し上げようがござりませぬ』
『なんの』
老僧は打ち消して、
『兵法の立合には、ありがちなこと。床に立つまえから、覚悟のうえの勝敗じゃ。お気にかけられるな』
『して、お怪我の御様子は?』
『即死』
老僧のそう答えた息が、冷たい風のように武蔵の顔を吹いた。
『......死にましたか』
自分の木剣の下に、きょうも一つの生命が消えたのである。武蔵は、こうした時には、いつもちょっと瞑目して、心のうちで称名を唱えるのが常であった。
『お客』
『はい』
『宮本武蔵と申されたの』
『左様でござります』
『兵法は、誰に学ばれたか』
『師はありませぬ。幼少から父無二斎について十手術を、後には、諸国の先輩をみな師として訪ね、天下の山川もみな師と存じて遍歴しておりまする』
『よいお心がけじゃ。――しかし、おん身は強すぎる、余りに強い』
賞められたと思って、若い武蔵は顔の血に恥じらいをふくんだ。
『どういたしまして、まだわれながら未熟の見えるふつつか者で』
『いや、それじゃによって、その強さをもすこし撓めぬといかんのう、もっと弱くならにゃいかん』
『ははあ?』
『わしが最前、菜畑で菜を耕っておると、その側をおてまえが通られたじゃろう』
『はい』
『その折、おてまえはわしの側を九尺も跳んで通った』
『は』
『なぜ、あんな振舞をする』
『あなたの鍬が、私の両脚へ向って、いつ横ざまに薙ぎつけて来るかわからないように覚えたからです。また下を向いて、畑の土を掘っていながら、あなたの眼気というものは、私の全身を観、私の𨻶をおそろしい殺気でさがしておられたからです』
『はははは、あべこべじゃよ』
老僧は、笑っていった。
『お身が、十間も先から歩いて来ると、もうおてまえのいうその殺気が、わしの鍬の先へびりッと感じていた。――それ程に、お身の一歩一歩には争気がある。覇気がある。当然わしもそれに対して、心に武装を持ったのじゃ。もし、あの時わしの側を通った者が、ただの百姓かなんぞであったら、わしはやはり鍬を持って菜を耕っているだけの老いぼれに過ぎんであったろう。あの殺気は、つまり、影法師じゃよ、はははは、自分の影法師に驚いて、自分で跳び退いたわけになる』
七
果してこの猫背の老僧は凡物でなかったのである。武蔵は、自分の考えが中っていたことを思うとともに、初対面のことばを交わす前から、すでにこの老僧に負けている自分を見出して、先輩の前に置かれた後輩らしく膝を固くせずにはいられなかった。
『ご教訓のほど、有難く承りました。して、失礼ですが、貴僧はこの宝蔵院で、何と仰っしゃるお方ですか』
『いやわしは、宝蔵院の者ではない。この寺の背中あわせの奥蔵院の住持日観というものじゃが』
『あ、裏の御住職で』
『されば、この宝蔵院の先代の胤栄とは、古い友達での、胤栄が槍をつかいおるので、わしもともに習うたものだが、ちと考えがあって、今では一切、手に取らんことにしておる』
『では、当院の二代目胤舜どのは、あなたの槍術を学んだお弟子でございますな』
『そういうことになるかの。沙門に槍など要らぬ沙汰じゃが、宝蔵院という名が、変な名前を世間へ売ってしもうたので、当院の槍法が絶えるのは惜しいと人がいうので胤舜にだけ伝えたのじゃ』
『その胤舜どのがお帰りの日まで院の片隅へでも、泊めておいて貰えますまいか』
『試合うてみる気か』
『折角、宝蔵院を訪れたからには、院主の槍法を、一手なりと、拝見したいと思いますので』
『よしなさい』
日観は、顔を振って、
『いらぬこと』
と、たしなめるように重ねていう。
『なぜですか』
『宝蔵院の槍とは、どんなものか、今日の阿巌の技で、お身はたいがい見たはずじゃ。あれ以上の何を見る必要があるか。――更に、もっと知りたくば、わしを見ろ、わしのこの目を見ろ』
日観は肩の骨を尖らして、武蔵と睨めっこするように、顔を前へつき出した。くぼんでいる中の眼球が飛び出して来るように光った。凝と見つめ返すと、その眼は、琥珀色になったり暗藍色になったりいろいろに変って光る気がするのである。武蔵は、遂に眼が痛くなって、先にひとみを外らしてしまった。
日観は、カタカタと板を鳴らすように笑った。後へ、ほかの坊主が来て、何か訊ねているのである。日観は顎をひいて、
『ここへ』
と、その坊主へいった。
すぐ高脚の客膳と飯びつが運ばれて来た。日観は、茶碗へ山もりに飯を盛って出した。
『茶漬けを進ぜる。お身ばかりでなく、一般の修行者にこれは出すことになっておる。当院の常例じゃ。その香の物の瓜は、宝蔵院漬というて、瓜の中に、紫蘇と唐辛子を漬けこんであって、ちょびと美味い。試みなされ』
『では』
武蔵が箸を取ると、日観の眼を又ぴかりと感じる。向うから発する剣気か、自分から出る剣気が相手に備えさせるのか、武蔵は、その間の微妙な魂の躍動が、どっちに原因するとも判断がつかないのであった。
下手に、瓜の漬物などを嚙みしめていると、曾っての沢庵和尚のように、いきなり拳が飛んでくるか、長押の槍が落ちてくるかも分らないのだ。
『どうじゃの、お代りは』
『十分、いただきました』
『ところで宝蔵院漬の味は、いかがでござった?』
『結構でした』
しかし武蔵は、その時そうは答えたものの、唐辛子の辛さが舌に残っているだけで、ふた切の瓜の風味は外に出ても思い出せなかった。
奈良の宿
一
『敗けた。おれは敗れた』
暗い杉林の中の小道を、武蔵はこう独り呟きながら帰って行く。
時折、杉の木蔭を、迅い影が横に跳ぶ。彼の跫音におどろいて駈ける鹿の群だった。
『強いことにおいておれは勝っている。――然し敗けたような気持を負って宝蔵院の門を出てきた。――形では勝ったが敗けている証拠ではないか』
甘んじられない容子なのである。むしろ無念らしく、未熟者未熟者と、自分を罵りながら歩いているかのように、うつつに歩いていた。
『あ』
何か思い出したのであろう、立ちどまって振向いた。宝蔵院の灯は、まだ後に見えていた。
駈け戻って、今出て来た玄関に立ち、
『ただ今の、宮本でござるが』
『ほう』
と、玄関坊が顔を出し、
『なんぞお忘れ物か』
『明日か明後日あたり、私をたずねて、当院へ聞きに参る者があるはずですが、もしその者が見えたときは、宮本は当所の猿沢の池のあたりにわらじを解いて居るゆえ、あの辺の旅籠の軒を見て歩け、とお伝えを願いたいのです』
『ああ、左様か』
うわの空な返辞なので、武蔵は心もとなく思い、
『ここへ後から尋ねて来る者は、城太郎と申して、まだ年端のゆかぬ少年ですから、どうぞ慥とお伝え願いまする』
いいおいて、元の道をまた大股に引き返しながら、武蔵はつぶやいた。
『やはり、敗けているのだ。――城太郎の言伝てをいい忘れて出て来ただけでも、おれはあの老僧の日観に敗けを負わされて戻っている!』
どうしたら天下無敵の剣になれるか。武蔵は、寝ても醒めても、病のように取り憑かれているのである。
この剣、この一剣。
勝って帰る宝蔵院から、どうして、この苦い自分の未熱さが、こびりついて来るのだろう。
何としても、楽しめない気持らしい。
怏々と、惑いながら、彼の脚はもう猿沢の池畔へ出ていた。
この池を中心に、狭井川の下流へかけて、天正ごろから殖えた新しい民家が乱雑に建てこんでいた。つい近年、徳川家の手代大久保長安が、奈良奉行所を設けた一廓も近くであるし、中華の帰化人で林和靖の後裔だという者が店をひらいた宗因饅頭もよく売れるとみえ、池へ向って店をひろげている。
そこらのまばらな宵の燈を見ると、武蔵は足をとめて、どこに泊ったものか、旅籠に迷った。旅籠はいくらもあるらしいが、路銀の都合もあるし、そうかといって、あまり場末や路地の木賃では、後から捜して来る城太郎にわかりにくかろう。
今し方、宝蔵院で接待にあずかって来たばかりであるが、宗因饅頭の前を通ると、武蔵は食慾をおぼえた。
腰かけへ立ち寄って、饅頭を一盆とってみる。饅頭の皮には「林」の字が焼いてあった。ここで食べる饅頭の味は、宝蔵院で食べた瓜漬の味のように舌にわからないことはなかった。
『旦那さま、今夜はどちらへお泊りでございますか』
そこの茶汲み女に話しかけられたのを幸に、わけを話して計ってみると、それなら店の身寄りの者が内職に宿屋をしているちょうどよい家があります、ぜひ其処へ泊っていただきたい、ただ今主人を呼んで参りますからと、まだ武蔵が泊るとも何ともいわないうちに、もう奥へ走って、青眉の若女房を呼び出して来た。
二
宗因饅頭の店からそう遠くもない、しかも静かな小路の素人家。
案内して来た青眉の女房は、小門の戸をほとほとたたいて、中の答えを聞いて後、武蔵を振り向いて、静かにいう。
『わたくしの姉の家でございますから、お心づけなども、御心配なく』
小女が出て来て、女房と何か囁いていたが、すべて心得ているらしく武蔵を先へ二階へ通し、女房はすぐ、
『では、御ゆるり遊ばせ』
と帰ってしまった。
旅籠にしては、部屋も調度も上等すぎる、武蔵はかえって落着かなかった。
食事はすんでいるので、風呂に入ると、寝るよりほかはない。そう生活に困るでもないらしいこの家構えを持って、何で旅人などを泊めるのか、武蔵は、寝るにも気がかりであった。
小女にわけを訊いても、笑っていて答えないのである。
翌日になって、
『後から連れが尋ねて来るはずゆえ、もう一両日泊めてもらいたいが』
というと、
『どうぞ』
小女が階下の主に告げたのであろう、やがて、その女主人があいさつに見えた。三十ぐらいな肌目のよい美人である。武蔵がさっそく不審をただすと、その美人が笑って話すにはこうであった。
実は自分は、観世なにがしと呼ぶ能楽師の後家であるが、この奈良には今、素性の知れない牢人がたくさん住んでいて、風紀の悪いことはお話にならない。
そうした牢人たちのために、木辻あたりには、いかがわしい飲食店や白粉の女が急激にふえているが、不逞な牢人たちは、そんなところではほんとに娯まない。土地の若い者などを語らって、毎晩のように「後家見舞」と称して、男気のない家を襲ってあるくことが流行っている。
関ケ原以後は、すこし戦がやんでいる形にあるが、年々の合戦で、どこの地方にも、浮浪人の数がおびただしく増している。そこで、諸国の城下に、悪い夜遊びが流行ったり窃盗沙汰だの強請者が横行している。こんな悪風は、朝鮮役後からの現象で、太閤様が生んだものだと恨んでいる声もあるとか。とにかく、全国的に今は悪い風紀が漲っている。――それと関ケ原牢人のくずれが入り込んで来たため、この奈良の町でも、新任の奉行などでは取締りようもない有様だというのである。
『ははあ、それで拙者のような旅人を、魔除けにお泊めなさるわけだな』
『男気がないものですから』
と、美人の後家が笑った、武蔵も苦笑がやまない。
『そんなわけですから、どうぞ幾日でも』
『心得た、拙者のいるうちは、安心なさるがよい。しかし連れの者が、追ッつけここへ捜して来ることになっている。門口へ、何か目印を出してもらいたいが』
『よろしゅうございます』
後家は魔除け札のように、
宮本様お泊
と紙片れに書いて外へ貼った。
その日も、城太郎は来なかった。すると次の日である。
『宮本先生に拝顔したい』
と三名づれの武芸者が入って来た。断ってもただ帰りそうもない風態だというので、ともかく上げて会ってみると、それは宝蔵院で武蔵が阿巌を仆した折に、溜りの中にいて見物していた者達で、
『やあ』
と、旧知のように馴々しく、彼を囲んで坐りこんだ。
三
『いやどうも、なんとも驚き入ったわけです』
坐るとすぐ、その三名は、誇張したもののいい方で、武蔵をおだて抜くのであった。
『おそらく、宝蔵院を訪れた者で、あそこの七足と呼ぶ高弟を一撃で仆したなどという記録は、今までにないことでござろう。殊に、あの傲岸な阿巌が、うんと呻ったきり、血涎れを出して参ってしまうなどとは、近ごろ愉快きわまることだ』
『吾々のうちでも、えらい評にのぼっておる。一体、宮本武蔵とは何者であろうなど、当地の牢人仲間では、寄るとさわると、貴公のうわさであるし、同時に、宝蔵院もすっかり看板へ味噌をつけてしまったというておる』
『まず、尊公のごときは、天下無双といってもさしつかえあるまい』
『年ばえもまだお若いしな』
『伸びる将来性は、多分に持っておられるし』
『失礼ながら、それほどな実力を持ちながら、牢人しておらるるなどとは、勿体ない』
茶が来れば茶をガブ飲みにし、菓子がくれば菓子の屑を膝にこぼしてボリボリむさぼる。
そして、賞められている当人の武蔵が顔のやり場に困るほど、口を極めて称揚するのである。
おかしくも、擽ぐッたくもないような顔をして、武蔵は相手が黙るまで喋舌らせておいたが、果てしがないので、
『して各々は?』
姓名を訊ねると初めて、
『そうそう、これは失礼をしておった。それがしは、もと蒲生殿の家人で、山添団八』
『此方は大友伴立と申し、卜伝流を究め、いささか大志を抱いて、時勢にのぞまんとする野望もある者でござる』
『また、てまえは、野洲川安兵衛といい織田殿以来、牢人の子の牢人者で。......ははははは』
これで一通り素性は分ったが、何のために自分の貴重な時間をつぶして他人の貴重な時間を邪魔しに来たのか、それも武蔵の方から聞かないうちは埓があかないので、
『時に、御用向きは何であるか』
話のすきを見ていうと、
『そうそう』
と、それも今さら気がついたように、実は、折入っての相談でやって来たのだがと、遽かに、膝をすすめていう。
――ほかでもないが、この奈艮の春日の下で、自分たちで今、興行をもくろんでいる。興行というと能芝居や人寄せの見世物とお考えになるだろうが、さにあらず、大いに民衆のうちへ武術を理解させるための賭試合である。
今、小屋を掛けさせつつある所だが、前人気はなかなかよい。だが、三人では実はすこし手が足りない気がするし、いかなる豪の者が出て来て、折角の利益を一勝負でさらわれてしまわないとも限らないので――実は、其許に一枚入ってもらえまいかと、談合にやって来たわけである。承知してくれれば、利益は勿論山分け、その間の食費、宿料も一切こっちで持とう。ひと儲けして、次の旅へ向われる路銀をおこしらえになってはいかが?
――頻りとすすめるのを、武蔵はにやにや聞いていたが、もう飽々したという態で、
『いや、そういう御用なら、長座は無用、御めんをこうむる』
あっさり断ると、三名の方では、むしろ意外とするらしく、
『なぜで?』
とたたみかけて来る。
そこまで至ると、武蔵はすこし憤かついて来て、青年の一徹を示し、昻然といった。
『拙者は、ばくち打ちではない。また、飯は箸で食う男で、木剣では食わん男だ』
『なに、なんだと』
『わからんか、宮本は痩せても枯れても、剣人をもって任じておるのだ。馬鹿、帰れっ』
四
ふふんと、一人は冷笑を唇の辺にながし、一人は赤い怒気を顔にふき出して、
『忘れるな』
それが、捨て科白だった。
自分たちが束になっても、勝ち目のないことをその三名はよく心得ている。かなり苦い顔つきと、腹の中のものを抑えて、ただ跫音と態度にだけ、
(これだけで帰るのでないぞ)
の意思を示し、どやどや外へ出て行ったのである。
この頃は毎晩が肌ぬるいおぼろ夜だった。階下の若い御寮人は、武蔵が泊っているうちは安心だといって一方ならない馳走をするのであった。きのうも今宵も、武蔵は階下でもてなされて、快よく酔ったからだを長長と、灯りのない二階の一間に横たえて、思うさま若い手脚をのばしていた。
『残念だ』
又しても、奥蔵院の日観のことばが頭にうかぶ。
自分の剣で打負かした者はみな、たとえそれが半死にさせた者でも、武蔵は次々に泡沫のように頭からその人間を忘れてしまうのであったが、少しでも、自分よりは優れた者――自分が圧倒を感じた者――そういう他人に対しては、いつまでも執着を断つことができない。生き霊のように、その相手に勝つことを忘れることが出来ないのである。
『残念だ』
寝まろびたまま、髪の毛をぎゅっと摑む。どうしたら日観のうえに立つことが出来るか、あの不気味なひとみから何の圧伏も感じない自分になれるだろうか。
きのうも今日も、悶々と、彼はそれから離れる事が出来なかった。残念という呟きは、自分へ向っていう呻きであって、人を呪うため息ではない。
時々、彼は又、
(おれは駄目かな?)
と、自己の才分を疑わざるを得なかった。日観のような人間に出あうと、あれまで行けるかどうかが自分で疑われて来るのである。元々、自分の剣というものは、師について、法則的な修行を受けたものでないだけに、彼には、自分の力がどの程度のものか、自分ではよく分っていなかった。
それに、日観は、
(強すぎる、もうすこし弱くなるがよい)
といった。
あの言葉なども、武蔵には、どうもまだよく呑みこめないのだ。兵法者である以上、強いという事は、絶対の優越であるべきであるのに、なぜ、それが欠点になるのか。
待てよ、あの猫背の老僧が、何をいうか、それも疑問だ。こっちを若年者と見て、真理でもないことを、真らしく説いて、煙に巻いて帰してやったなどと、後で笑っているという手もないとは限らない――
(書なども、読むがいいか悪いか知れたものではない)
武蔵は、近ごろになって、時々それを考える。どうもあの姫路城の一室で三年間も書を読んだ後の自分というものは、前とちがって、何かにつけ、物事を理で解こうとする癖がついているようだ。自己の理智をとおして頷ける事でないと、心から承認することが出来ない人間になっている。剣の事ばかりでなく、社会の観方、人間の観方、すべてが一変していることは慥かである。
そのために、自分の勇猛というものは、少年時代から見れば、ずっと弱まっていると考えられるのに、あの日観は、まだ強すぎるというのだ。それは腕の強さをいうのではなく、自分の天分にある野性と争気を指していっていることだけは、武蔵にもわかっている。
『兵法者に、書物などは要らない智恵だ。生半可、ひとの心や気もちのうごきに敏感になったから、かえって、こっちの手が怯れるのだ。日観なども、眼をとじて一撃に揮り落せば、実は脆い土偶みたいなものかも知れないのだ』
誰かここへ上ってくるらしく、その時、彼の手枕に、梯子だんの跫音が伝わって来た。
五
階下の小女が顔を出し、その後からすぐ城太郎が上って来たのである。城太郎の黒い顔は、旅の垢でよけいに黒くなり、河っ童のような髪の毛は埃で白くなっていた。
『おう、来たか。よく分ったな』
武蔵が、胸をひろげて迎えてやると、城太郎はその前に、汚れた足を投げ出して坐った。
『ああくたびれた』
『探したか』
『探したとも。とッても、探しちまッたい』
『宝蔵院で訊ねたであろうが』
『ところが、あそこの坊さんに訊いても知らないというんだもの。おじさん、忘れていたのだろう』
『いや、くれぐれも、頼んでおいたのだが。――まあよいわ、御苦労だった』
『これは吉岡道場の返辞』
と城太郎は、首にかけて来た竹筒から、返事を出して武蔵にわたし、
『――それから、も一つのほうの使、本位田又八という人には、会えなかったから、そこの家の者に、おじさんの言伝てだけをよく頼んで帰って来たよ』
『大儀大儀。――さあ風呂へでも入れ、そして階下で御飯を食べてこい』
『ここは宿屋?』
『む。宿屋のようなものだ』
城太郎が降りて行った後で、武蔵は、吉岡清十郎からの返書を開いて見た。――再度の試合は当方の望むところである。もし約束の冬まで来訪がない時は、臆病風にふかれて踪跡をくらましたものと見なし、貴公の卑劣を天下に笑ってやることにするから、そのつもりで居られたい。
代筆とみえ、文辞も拙く、ただこんなふうに気負った言葉が書きつらねてある。武蔵は手紙を裂くと、それを燭にかざして焼いてしまった。
蝶の黒焼みたいな灰がふわふわと畳にこぼれてうごいている。試合とはいえ、この手紙のやり取りは、果し合の約束に近い。この冬、この手紙から、誰がこういう灰になるのか。
武蔵は、兵法者の生命というものが、朝に生れて夕には分らないものであるという覚悟だけは、常に持っていた。――しかしそれは心がまえだけで、ほんとに今年の冬までしかない生命であるとしたら、彼の精神は、決して穏かでいられなかった。
(為たいことがたくさんある! 兵法の修行もそうだが、人間としてやりたいことを、おれはまだ何もやっていない)
卜伝や上泉伊勢守のように、一度は多くの従者に鷹をすえさせ、駒をひかせて、天下の往来も歩いて見たい。
また、恥しくない門戸のうちに、よき妻をもち、郎党や家の子を養って、自分には幼少から恵まれないところの家庭というものの温かさのうちに、よい主人ともなってみたい。
いや。
そういう人生の型に入る前には、ひそと、世の女性にも触れてみたいのだ。――今日までは明けても暮れても、念々兵法のほかに頭が外れないので、不自然なく童貞をたもって来ているが、このごろ時折、往来を歩いていても、京都や奈良の女性がはっと美しく眼に――というよりは肉感にひびいて来る時がある。
そんな時、彼はいつも、
(お通)
をふと思い出すのであった。
遠い過去の人であるような気がしながら、実は常に近くむすばれているような気のするお通。
――武蔵はただ漠然と、彼女を考えることだけで、時にはさびしい孤独と流浪を、どれ程、自分でも無意識の間に、慰められているか知れないのであった。
いつの間にか、そこへ戻って来ていた城太郎は、風呂に入り、腹を満たし、そして自分の使も果した安心とで、すっかり草臥れが出たのであろう、小さいあぐらを組んで、両手を膝の間に突っこんだまま、涎をながして心地よげに居眠りしていた。
六
朝――
城太郎はもう雀の声といっしょに刎ね起きている。武蔵も、今朝は早く奈良を立つつもりと、階下の女主人へも告げてあるので、旅装いにかかっていると、
『まあ。お急ぎですこと』
能楽師の若い後家は、すこし恨めしげに、抱えて来た一かさねの小袖をそこへ出して、
『失礼でございますが、これは私が、お餞別のつもりで一昨日から縫いあげた小袖と羽織、お気に入りますまいが、お召しになってくださいませ』
『え、これを』
武蔵は、眼をみはった。
旅籠の餞別に、こんなものをもらう理由がない。
断ると、後家は、
『いいえ、そんな大した品ではございません、宅には古びた能衣裳やら男物の古い小袖が、役にも立たず押しこんであるので、せめて、あなたのような御修行中の若いお方に着ていただければと思って、丹精してみたのでございます。折角、おからだに合せて縫ったのに、着ていただけないと無駄な物になってしまいますから、どうぞ......』
うしろへ廻って、いやおうなく武蔵の体へ、着せかけてくれる。
迷惑なほど、それは賛沢な品だった。わけても袖無羽織は、舶載の織物らしく、豪華な模様に金襴の裾べりを縫い、裏には羽二重をつけ、紐にまで細かい気をつけて、葡萄染めの革がつかってある。
『ようお似あいになります』
後家と共に、城太郎も見惚れていたが、無遠慮に、
『おばさん、おらには、何をくれるの』
『ホホホ。だって、あなたはお供でしょう、お供はそれでいいじゃありませんか』
『着物なんか欲しくねえさ』
『何か望みがあるんですか』
『これをくれないか』
次の間の壁に掛けてあった仮面をいきなり外して来て、もうゆうべ一目見た時から欲しくてならなかったもののように、
『これを、おくれ』
と自分の頰へ、仮面の頰をすりつけていった。
武蔵は、城太郎の眼のするどさに驚いた。実は彼も、ここに寝た晩から心をひかれていた仮面なのである。誰のかわからないが、時代は室町ではない、少くも鎌倉期の作品であって、やはり能につかわれた物らしく、鬼女の顔が、すごいほど鑿の先で彫り出されている。
それだけなら、まだそう心を奪われもすまいが、この仮面には、他のありふれた能仮面とちがって、不思議な表現が打ちこめてある。ふつうの鬼女の仮面は、およそ青隈で塗られた奇怪なものだが、この仮面の鬼女は、甚だ端麗であり、色白で上品な顔をしてどう眺めても美人なことである。
ただ、その美人が、おそろしい鬼女に見える点は、笑っている唇元だけにあった。三日月形に顔の左の方へ向ってキュッと鋭く彫りあげている唇の線が、どんな名匠の瞑想から生まれたものか、何ともいえない凄味をふくんでいるのだった。明らかにこれはほんとに生きていた狂女の笑いを写し取ったものに違いない。――武蔵もそういう考えを下して見ていた品である。
『あっ、それはいけない』
此家の若い後家にとっても、それは大事な物とみえ、あわてて彼の手から奪り上げようとすると、城太郎は頭の上に仮面をかざし、
『いいじゃないか、こんな物、いやだといっても、おいらは貰ッたアと!』
踊りながら逃げ廻って、何といっても返さない。
七
調子にのると子どもは止まりがない。武蔵が、後家の迷惑を察して、
『これっ、なぜそんなことを』
と叱っても、城太郎は浮かれ調子をやめないで、こんどは仮面をふところに入れ、
『いいね、おばさん。おいらにおくれね、いいだろ、おばさん』
梯子を降りて階下へ逃げてしまう。
若い後家は、
『いけない、いけない』
といいつつ、子供のする振舞なので、怒れもせず、笑いながら追いかけて行ったが、そのまま暫らく階下から上って来ないがと思っていると、やがて城太郎だけが、みしみしと、梯子段をのろく上って来る様子。
来たら叱ってやろう。――武蔵がそう考えて、上り口のほうに向って厳しい膝を向けて坐っていると、そこから不意に、
『――ばあア!』
鬼女の笑い仮面が、伸びた体の、先っぽに見えた。
びくっと、武蔵は筋肉をひきしめ、膝がすこし動いたくらいだった。何でそんな衝撃をうけたか、かれにもわからない。――しかしながら薄ぐらい梯子段の口元に手をついている笑い仮面を眺めてすぐ解けた。それは仮面にこもっている名匠の気魄である。白い顎の上から左の耳へかけてきゅっと笑っている三日月形の唇元にただよっている妖美にかくれているものだった。
『さ、おじさん、出かけましょう』
と城太郎はそこでいう。
武蔵は起たず、
『まだお返しせぬか。左様なもの、欲しがってはならん』
『だって、いいといったんだよ、もう、くれたんだよ』
『よいとはいわぬ。階下のお方へおもどしして来い』
『ううん、階下で返すといったら、こんどは、あのおばさんの方から、そんなに欲しければ上げる、その代りに大事に持ってくれますかというから、きっと大事に持っていると約束して、ほんとうに貰ったんだ』
『困った奴』
この家にとり、大事そうな仮面やら小袖まで、こうして理由なく貰って立つことが、武蔵は何となく気がすまない。
何か気持だけでも礼をのこしてゆきたいと思う。しかし金銭には困らない家らしいし、代りに与える品とても持っていないので、階下へ降りて、改めて、城太郎のぶしつけな強請みを詫びて、それを戻させようとすると、若い後家は、
『いえ、考え直してみますと、あの仮面は、却って私の家にないほうが、私の気が楽々するかも知れません。それに、あのように欲しがるものゆえ、どうぞ叱らないでくださいませ』
そういう言葉を聞けば、よけいにあの仮面には何か歴史のある物らしく思われるので、武蔵はなお固辞したが、城太郎はもう大得意の態で、草鞋を穿いて、先に門の外へ出て待ちかまえている。
仮面よりも、若い後家は、武蔵に対してほのかに名残りを惜しみながら、この奈良へ来た時は、ぜひまた幾日でも泊ってもらいたいと繰返していう。
『では』
と、ついに何もかも先の好意に甘えて、武蔵が草鞋の緒をむすびかけていると、
『おう、お客さま、まだいらっしゃいましたか』
此家の親戚という宗因饅頭の女房が息をきって門へ入って来た。そして武蔵と、自分の姉になる後家の主へむかい、
『だめですよ、お客さま、お立ちどころではありません、たいへんです、とにかくもう一度二階へおもどりなさいませ』
何か怖しい事に、背を脅されてでも居るように、歯の根の合わない声音でいうのであった。
八
武蔵は、草鞋の緒を、両足ともに結んでしまってから、静かに顔をあげた。
『何ですか、大変とは』
『あなたが、今朝ここを立つのを知って、宝蔵院のお坊さま達が、槍を持って、十人余も連れ立ち、般若坂のほうへ行きました』
『ほ』
『その中には、院主の宝蔵院の二代様も見え、町の衆の眼をそばだたせました。何か、よほどな事が起ったのであろうと、宅の主が、その中の懇意なお坊さまかとらえて訊いてみると、おまえの親戚の者の家に四、五日前から泊っている宮本という男が、きょう奈良を離れるらしいから、途中で待ちうけるのだと申すではございませんか』
宗因饅頭の女房は、青眉のあとを顫かせて、今朝奈良を立つことは、生命をすてに立つようなものであるから、二階へかくれて、夜を待って、抜け出したほうがよいと、こうしている間も、気の縮むように告げるのであった。
『ははあ』
武蔵は、そこの上り框に腰を掛けたまま、門へ出ようともせず、二階へ戻ろうともしない。
『般若坂で、拙者を待ちうけるのだろうと、いっていましたか』
『場所はよう分りませぬが、その方角へ行きました。宅の主もびっくりして、町の衆がいううわさを問い糺してみると、宝蔵院のお坊さまばかりでなく、所々の辻口に、奈良の牢人衆がかたまって、きょうは宮本という男を捕まえて、宝蔵院へ渡すのだといっているそうです。――何かあなたは、宝蔵院の悪口をいって歩きましたか』
『そんな覚えはない』
『でも、宝蔵院のほうでは、あなたが人をつかって、奈良の辻々に落首を書いて貼らせたと、ひどく怒っているそうです』
『知らんな、人違いだろう』
『ですから、そんなことで、お命を落しては、つまらないではございませんか』
『............』
答えるのを忘れて、武蔵は軒ごしに空を見ていた。思いあたるところがある。きのうだったか一昨日だったか、彼の頭にはもう遠いことみたいに忘れていたが、春日下で賭試合の興行をやるから仲間に入らないかとすすめに来た牢人者の三名連れ。
たしか一人は山添団八といい、後の二人は野洲川安兵衛に大友伴立とかいった。
察するところ、あの折、いやに凄みをふくんだ表情で帰って行ったのは、後にこのことをもって、思い知らしてやるという肚黒い考えであったかも知れない。
自分には覚えのない宝蔵院の悪口をいいふらしたとか、落首を書いて辻々にはったとかいう所為も、彼らの仕業と思えないことはない。
『行こう』
武蔵は立って、旅づつみの端を胸の前で結び、笠を持って、宗因饅頭の女房と、観世の若い後家へ向い、くれぐれ好意を謝して、門を踏みだした。
『どうしても』
観世の後家は、涙ぐんでいるかのような眼で、外まで従いて来た。
『夜を待っていれば、必ずお宅に禍がかかります。御親切をうけたり、迷惑をかけたりしては申しわけがない』
『かまいません、私のほうは』
『いや、立ちましょう。――城太郎、お礼をいわんか』
『おばさん』
と、呼んで、城太郎は頭を下げた。にわかに彼も元気がない。それは別れを惜しむためとは見えないのである。思うに城太郎はまだ武蔵の本当を知らないし、京都にいたころから弱い武者修行と聞かされているので、自分の師匠の行く先に、音に聞えた宝蔵院衆が、槍をつらねて待っていると聞き、子供心にも、一抹の不安を覚えて、悲壮になっているのであろう。
般 若 野
一
『城太郎』
足を止めて、武蔵が振向く。
『はい』
城太郎は眉をびりっとさせた。
奈良の町はもう後だった。東大寺ともかけ離れている。月ケ瀬街道は杉木立のあいだを通って、その杉の樹の縞のあいだから見えるものは、やがて近い般若坂にかかるなだらかな春野の傾斜と、それを裾にして右手の空にふくらんで乳房を持っているような三笠山の胸のあたりがここからは近い感じである。
『なんですか』
ここまで、七町あまり、ニコともしないで、黙々と尾いて来た城太郎であった。一歩一歩が、冥途とやらへ近くなる気持なのだ。さっき、湿々として、うす暗い東大寺の横を通って来た時、襟元にポタリと落ちた雫にも、きゃっと思わずいってしまいそうな驚きをしたし、人間の跫音に怖がらない鴉の群にも、いやな気持がして、そのたび武蔵のうしろ姿も影がうすく見える。
山の中へでも、お寺の内へでも、隠れようとすれば隠れ込めないことはない、逃げようと思えば逃げられないことはない。それを何でこうして、宝蔵院衆が行ったという般若野のほうへ、自分から足を向けてしまうのだろうか。
城太郎には、考えられない。
(行って、謝まる気かしら?)
その程度の想像はしてみる。謝まるなら、自分も、一緒になって、宝蔵院衆に謝まろうと思う。
何っ方がいいとか悪いとかなどは、問題でない。
そこへ武蔵が足を止め――城太郎――こう呼んだので彼はわけもなくドキッとしたのだった。しかし、自分の顔いろは、きっと蒼くなっているだろうにと考え、それを武蔵に見られまいとするらしく陽を仰いだ。
武蔵も上を仰いでいる。心ぼそいものが世の中のこう二人みたいに、城太郎の気持をつつんだ。
案外、次に出た武蔵の言葉は、ふだんの調子と些っとも変っていない。こういうのだ。
『いいなあ、これからの山旅は、まるで鶯の声を踏んで歩いて行くようじゃないか』
『え? なんですか』
『鶯がさ』
『あ。そうですね』
うつつである。朱くない少年の唇でも、武蔵にはそれが分った。かわいそうな子だと思うのであった。殊によれば、これきりで別れになるかも知れないと考えるからである。
『般若野がもう近いな』
『え、奈良坂も過ぎましたよ』
『ところで』
『............』
あたりに啼きぬく鶯が、ただ寒々しいものに城太郎の耳を通ってゆく。城太郎の眼は、硝子玉のように曇って、武蔵の顔をぼうと見上げている。今朝、鬼女の笑い仮面を両手にあげて、嬉々と逃げまわっていた子供の眼と一つものとは思えないほど静かな瞼である。
『もうそろそろだ、わしと此所でわかれるのだぞ』
『............』
『わしから離れろ。――でないと側杖を食う、お前が怪我をする理由はちっともない』
ポロポロと眼が溶けて頰に白いすじを描いてながれる。ふたつの手の甲が、そうっと睫毛へ行ったと思うと、肩がしゅくっと泣いて、それからしゃっくりのように、体じゅうですすり上げた。
『何を泣く、兵法者の弟子じゃないか。わしが万一、血路をひらいて走ったら走ったほうへおまえも逃げろ。また、わしが突き殺されたら、元の京都の居酒屋へ帰って奉公せい。――それを、ずっと離れた小高い所でおまえは見ているのだ。いいか、これ......』
二
『なぜ泣く』
武蔵がいうと、城太郎は、濡れた顔を振り上げて、武蔵の袂を引っぱった。
『おじさん、逃げよう』
『逃げられないのが侍というものだ。おまえは、その侍になるのじゃないか』
『恐い。死ぬのが恐い』
城太郎は戦慄しながら、武蔵の袂を、懸命にうしろへ引いて、
『おらが可哀そうだと思って、逃げてよう、逃げてよう』
『ああ、それをいわれるとおれも逃げたい。おれも幼少から骨肉に恵まれなかったが、おまえもおれに劣らない親の縁にうすい奴だ。逃げてやりたいが――』
『さ、さ、今のうちに』
『おれは侍、おまえも侍の子じゃないか』
力が尽きて、城太郎はそこへ坐ってしまった。手でこする顔から黒い水がぼたぼた落ちた。
『だが、心配するな。おれは負けないつもりだ。いやきっと勝つ。勝てばよかろう』
そう慰めても、城太郎は信じない。先に待ち伏せている宝蔵院衆は十人以上だと聞かされているからだった。弱い自分の師匠には、その一人と一人との勝負でも、勝てるわけはないと思っているのである。
きょうの死地へ当ってゆくには、そこで生きるも死ぬも十分な心構えが要る。いやすでにその心構えの中に立っているのだ。武蔵は、城太郎を愛しもするし不愍にも思ってはいるが、面倒になった、焦れったくなった。
ふいに激越な声で叱ったのである。彼を突き離すとともに、自分へ弾力を持って、
『だめだッ、貴様のような奴、武士にはなれん、居酒屋へ帰れ』
強い侮辱をあびせられたように少年のたましいはその声に泣きじゃくりを止めた。はっとした顔いろをもって、城太郎は起ち、そして、もう大股に彼方へ歩いてゆく武蔵のうしろ姿へ、
(――おじさアん)
叫びそうにしたが、それを怺えて、そばの杉の樹へしがみつき、両手の中に顔を埋めた。
武蔵は振り向かなかった。しかし、城太郎の泣きじゃくりがいつまでも耳にこびりついていて、もう頼り人のない薄命な少年のおろおろした姿が背中に見える気がしてならない。
(よしなき者を連れて歩いて――)
と、彼は心に悔を嚙むのであった。
未熟な自分の身一つさえ持てあましているものを――孤剣を抱いて明日のことさえ知れない身であるものを。――思えば、修行中の兵法者に道づれは要らないものだった。
『おうーい。武蔵どの』
いつか杉林を通りぬけて、ひろい野へ出ていた。野というよりは、斜に起伏を落している山裾である。彼を呼んだ男は、三笠山の山道のほうからその裾野へ出て来たらしく、
『何処へお出でか』
二度日のことばをかけながら駈けて来て、馴々しく肩をならべた。
いつぞや泊り先の観世の後家の家へやって来た三名の牢人者のうちで、山添団八と名乗ったあの男なのである。
――来たな。
武蔵はすぐ看破した。
だが、さあらぬ顔して、
『おう、先日は』
『いや過日は失礼を』
あわてて挨拶をし直したその礼儀ぶりが、いやに叮嚀である。上わ目づかいに武蔵の顔いろを窺っていった。
『その節の事は、どうか水にながして、お聞き捨てのほどを』
三
このあいだ宝蔵院で、目に見た武蔵の実力には、大いに怖れを抱いている山添団八であるが、それかといって年はまだ二十一、二歳の田舎武士にすこし鰭がついて世間へ泳ぎ出した程度にしか見えない武蔵に対して、肚から兜を脱いではいない。
『武蔵どの。これから、旅はどちらの方面へ』
『伊賀を越え、伊勢路へ参ろうと思う。――貴公は』
『それがしは、ちと用事があって、月ヶ瀬まで』
『柳生谷は、あの近傍ではありませんか』
『これから四里ほどして大柳生、また一里ほど行くと小柳生』
『有名な柳生殿の城は』
『笠置寺から遠くないところじゃ。あれへもぜひ立ち寄って行かれたがよいな。もっとも今、大祖宗厳公は、もう茶人同様に別荘のほうへ引き籠られ、御子息の但馬守宗矩どのは、徳川家に召されて、江戸に行っているが』
『われらのような一介の遍歴の者にでも、授業して下さろうか』
『たれかの紹介状でもあればなおよろしいが。――そうそう月ヶ瀬に此方の懇意にしている鎧師で柳生家へも出入りしている老人がある。なんなら頼んであげてもよいが』
団八は、武蔵の左へ左へと、特に意識して並んで歩いていた。所々に、杉や槇などの樹がぽつねんと孤立しているほか、野の視野は何里となく広かった。ただ大きな起伏が低い丘を描き、そこを縫う道に多少のゆるい登りや降りがあるだけである。
般若坂に近いころであった。その一つの丘の彼方から、誰か、焚火でもしているらしく茶褐色のけむりが見える。
武蔵は、足を止め、
『はてな?』
『何が』
『あの煙り』
『それがどうしたのでござる』
団八は、ぴったり寄り添っている。そして武蔵の顔いろを見る彼の顔いろが、やや硬ばる。
武蔵は指さして、
『どうもあの煙りには妖気があるように思う。貴公の眼には、どう見えるな』
『妖気というと?』
『たとえば』
と、煙りへさしていた指を、こんどは団八の顔の真ン中へさして、
『汝のひとみに漂っているようなものをいう!』
『えっ』
『見せてやるっ、このことだっ!』
突然、春野のうららかな静寂をやぶッて、キェッ――という異な悲鳴が走ったと思うと、団八のからだも向うへ飛び退き、武蔵の体もうしろへ刎ね返っていた。
何処かで、
『あっ――』
と驚いていう者があった。
それは二人が越えて来た丘のうえにチラと今、影を見せて此方を見ていた人間である、それも二人連れであった。
『やられたっ!』
というような意味の大声をあげて、その者たちは、手を振り上げながら何処かへ走ってゆく。
――武蔵の手には、低く持った刃がキラキラと陽の光を刎ねている。そして、飛び上って仆れたなり山添団八はもう起たないのである。
鎬の血を、垂直にこぼしながら、武蔵はまたしずかに歩み出した。野の花を踏みながら焚火のけむりが立つ次の丘の肩へ。
四
女の手で撫でられるように鬢をなぶる春の微風がある。武蔵は、しかし自分の髪の毛がみな逆立っているかと思う。
一歩、一歩、彼のからだは鉄みたいに肉が緊まった。
丘に立つ。――下を見る。
なだらかな野の沢がひろく見渡された。焚火は、この沢で焚いているのだ。
『来たっ――』
さけんだのは、その焚火を囲んでいた大勢の者ではなくて、武蔵の位置をずっと離れて、そこへ駈け足で迂回して行った二人の男だった。
今、武蔵の足もとで、一太刀に斬りすてられた山添団八の仲間の者――野洲川安兵衛と、大友伴立という牢人であることはもう明らかに分るほどな距離である。
来たっという声に対して、
『え、来たっ?』
おうむ返しにいって、焚火のまわりの者は、いっせいに大地から腰を刎ね上げ、また、そこから離れて、思い思いに陽なたに屯していた者達も、すべて、総立ちになった。
人数はというと、およそ三十名近い。
そのうち約半数は憎であり、あと半数ほどは雑多な牢人者の群れなのである。丘の肩を越えてこの野の沢から般若坂へぬけてゆく道の、その丘の上に、今、武蔵の姿が現われたのを認めると、
(うむ!)
声としては出ない一種の殺伐な動揺めきが、その群れの上に漲りわたった。
しかも、武蔵の手には、すでに血を塗った剣が提げられている。戦闘は、お互いのすがたを見ぬ前から口火を切ってしまったのだ。それも、待ち伏せていた多勢のほうからではなく、計られて来たはずの武蔵のほうから宣戦しているのだ。
野洲川、大友の二人は、
『――山添が、山添が』
と早口にいって、仲間の一人が、すでに武蔵の刃にかかって仆れたことを、大仰な手つきで告げているらしく見える。
牢人たちは、歯がみをし、宝蔵院の僧たちは、
『小癪な』
と、陣容を作って、武蔵のほうを睨めつけた。
宝蔵院衆の十数名は、みな槍だった。片鎌の槍、ささ穂の槍、思い思いの一槍をかいこんで、黒衣のたもとを背にむすび、
『――おのれ、今日こそ』
と、院の名誉と、高足阿巌の無念を、ここでそそごうとする宿意が、もう面も向けられない。ちょうど、地獄の邏卒が列を作っているのと変りはない。
牢人たちは、牢人たちのみで、一団にかたまって、武蔵が逃げないように包囲しながら見物しようという計画らしく、中には、げらげら笑っている者がある。
けれど、その手数は不要だった。彼らは、居どころに立った儘、自然な鶴翼の陣形を作っていればそれでよかった。敵の武蔵に、すこしも、逃げたり、狼狽したりする様子がないからである。
武蔵は歩いている。
それも極めて、一足一足、粘る土でも踏んでいるように、やわらかな若草の崖を、少しずつ、しかし、――いつ鷲のごとく飛ぶかも知れない姿勢をもちながら、眼にあまる人数の前へ――というよりは死地へ――近づいて来るのであった。
五
――来るぞっ。
もう口に出していう者はない。
けれども、徐々に、片手に剣をさげた武蔵の姿が、沛雨をつつんだ一朶の黒雲のように、敵の心へ、やがて降りかかるものを、恐怖させていたことは慥である。
『............』
不気味な一瞬の静けさは、双方が死を考える瞬間であるのだ。武蔵の顔はまったく蒼白くなっている。死神の眼が、彼の顔を借りて、
(――どれから先に)
と、窺っているかのような光になっている。
牢人の群れも、宝蔵院衆の列も、その一人の敵に対して、圧倒的な多数を擁してはいるが、彼ほど、蒼白になっている顔は一つもなかった。
(――多寡が)
と、衆を恃んでいる気持が、どこかに楽天的なものを湛え、ただ死神の眼に真っ先につかまることを、お互いが警戒しているだけに過ぎない。
――と。
槍をつらねている宝蔵院衆の列の端にいた一人の僧が、合図を下したかのように見えた時である、十数名の黒衣の槍仕は一斉に、わっと、喚きながら、その列をくずさずに、武蔵の右がわへ、駈け廻った。
『武蔵――ッ』
と、その僧がさけんだ。
『聞くところによれば、汝、いささかの腕を誇って、この胤舜が留守中に、門下の阿巌を仆し、またそれに増長して、宝蔵院のことを、悪しざまに世間へいいふらしたのみか、辻々へ、落首など貼らせて、吾々を嘲笑したと申すことであるが、確とそうか』
『ちがう!』
武蔵の答えは、簡明だった。
『よく物事は、眼で見、耳できくばかりでなく、肚で観ろ、坊主ともある者が』
『なにッ』
薪へ油である。
胤舜をさし措いて、ほかの僧たちが口々に、
『問答無用っ』
といった。
すると、挾撃の形をとって、武蔵の左がわにむらがっていた牢人たちが、
『そうだっ』
『むだ口を叩かすなっ』
がやがやと罵り出して、自分たちの抜いている刃を振り、宝蔵院衆が手を下すのを煽動した。
武蔵は、そこの牢人達のかたまりが、口ばかりで、質も結束も脆いことを、見抜いたらしく、
『よしっ、問答に及ぶまい。――誰だっ、相手は』
彼の眼が、きっと、自分たちへかかったので、牢人たちは、思わず足を退いてくずれ、中の二三名だけが、
『おれだっ』
けなげに、大刀を中段にかまえると、武蔵はいきなりその一人に向って、軍鶏のような飛躍を見せた。
どぼッと、栓の飛んだような音がして、血しおが宙を染めた。同時にぶつけ合う生命と生命の響きだった。単なる気合でもない、また言葉でもない、異様な喚きが人間の喉から発するのである。正しくそれは人間の会話でも表現でもなく原始林でする獣の吼える声に近いものであった。
ずずんっ、ずしんっ、と武蔵の手にある刃鉄が、つよい震動を、自己の心臓へ送るたびに、彼の剣は人間の骨を斬っているのだった。一颯ごとに、その鋩子から虹のように血を噴き、血は脳漿を撒き、指のかけらを飛ばし、生大根のように人間の腕を草むらへ抛り出した。
六
初めから、牢人たちの側には、弥次気分と楽天的な気ぶりが、多分に漂っていて、
(――闘うのは宝蔵院衆、おれたちは、人殺しの見物)
と考えていたらしいのである。
武蔵が、そこの群を、脆弱と観て、いきなり彼等の一団へ衝いて行ったのは戦法としても当然だ。
だが、彼らも、あわてはしなかった。彼等の頭には、宝蔵院の槍仕たちが控えているという絶対的な恃みがある。
ところが。
すでに戦闘はひらかれ、自分たちの仲間が二人仆れ、五人、六人と、武蔵の太刀にかかっているのに、宝蔵院側は、槍を横に並べて傍観しているのみで、一人も武蔵へ対して、突いて来ないではないか。
くそっ、くそっ――
やっちまえ、早く。
うわうッ。
だッ......だッ......
こなくそっ。
ぎゃんっ!
あらゆる音響が刃の中から発し、奇怪なる宝蔵院衆の不戦的態度に、業をにやし、不平をさけび、助勢を、求め抜くのだったが、槍の整列は、いッこう動かない。声援もしない。まるで水のごとき列である。かくてみすみす武蔵のため、斬りまくられている彼等には、
(これでは、約束がちがう、この敵はそっちのもので、おれたちは第三者だ、これではあべこべではないか)
と、いう苦情を言葉でいう遑すらないのだ。
酒に酔った泥鰌のように、彼等は、血にあたまが眩んでしまった。仲間の刃が仲間を撲り、人の顔が、自分の顔みたいに見え、そのくせ敵の武蔵の影は、確と認めることができないため、ふり廻す彼等の刀は、従って、味方同士の危険であるばかりであった。
もっとも武蔵自身もまた、自分が何を行動しているか、一切無自覚であった。ただ彼の生命を構成している肉体の全機能が、その一瞬に、三尺に足らない刀身に凝りかたまって、まだ五歳か六歳の幼少から、きびしい父の手でたたきこまれたものだの、その後、関ケ原の戦で体験したものだの、また、独り山の中へ入って樹を相手に自得したもの、更に、諸国をあるいて諸所の道場で理論的にふだん考えていたものだの、およそ今日まで経て来たすべての鍛錬が、意識なく、五体から火花となって発しているに過ぎないのである。――そして、その五体は、蹴ちらす土や草とも同化して、完全に、人間を解脱した風の相となっている。
――死生一如。
どっちへ帰することも頭にない人間のある時の相。
それが、今、白刃のなかを駈けまわっている武蔵の姿だった。
(斬られては損)
(死にたくない)
(なるべく他人に当らせて――)
というような雑念の傍らに刃物をふり廻している牢人たちが、歯ぎしりしても、一人の武蔵を斬り仆し得ないのみか、却って、その死にたくない奴が、盲目中たりに真っ向から割りつけられたりしてしまうのも皮肉ではあるが、是非もない。
槍をならべている宝蔵院衆の中の一人が、それを眺めながら、自分の呼吸をかぞえていると、その時間は、呼吸のかずにして約十五か、二十をかぞえるに足らない寸秒の間であった。
武蔵の全身も血。
残っている十人ほどの牢人もみな血まみれ。あたりの大地、あたりの草、すべてが朱く泥んこになって、吐き気を催すような血腥さいものが漲ると、それまで支えていた牢人たちも、とうとう恃む助勢を待ちきれなくなって、
『わあっ――』
と迅く――或者は――ひょろひょろと、八方へ逃げ足を散らかした。
それまでは、満を持して、白い穂先をつらねていた宝蔵院の槍仕たちが、どっと、一斉にうごいたのは、それからであった。
七
『神さま!』
掌をあわせて、城太郎は、大空を拝んでいた。
『――神さま、加勢してください。わたくしのお師匠様は今、この下の沢で、あんな大勢の敵と、ただ独りで闘おうとしているんです。わたくしのお師匠様は、弱いけれど、悪い人間ではありません』
武蔵に捨てられても、その武蔵から離れられないで、遠く見まもりながら、彼は今般若野の沢の上にあたるところへ来て、ぺたっと坐っている。
仮面も笠もそばへ置いて、
『――八幡さま、金毘羅さま、春日の宮の神さま達! あれあれ、お師匠様はだんだん敵の前へ歩いてゆきます。正気の沙汰ではありません。かわいそうに、ふだん弱いものですから、今朝からすこし気が変になってしまったんです。さもなければ、あんな大勢の前へ、一人で向ってゆくはずはありません。どうか神さま達! 一人のほうへ助太刀して下さい』
百拝、千拝、その城太郎こそ気が変になったように、しまいには声を揚げて繰返すのであった。
『――この国に神様は居ないんでしょうか。もし卑怯な大勢が勝って、正しい一人のほうが斬られたり、正義でない者が存分なまねをして、正しい者がなぶり殺しになったりしたら、むかしからの云い伝えはみな噓ッぱちだといわれても仕方がありますまい。イヤ、おいらは、もしそうなったら神さま達に唾してやるぞ!』
理窟は幼稚であっても、彼の眸は血ばしっていて、むしろもっと深い理窟のある大人のさけびよりも、天をしてその権まくに驚かしめるものがあった。
それだけには止まらない。やがて、城太郎は、彼方のひくい芝地の沢に見える一かたまりの人数が、ただ一人の武蔵を、刃の中に取り囲んで、針をつつんで吹く旋風のような光景を描き出すと、
『――畜生っ』
ふたつの拳と共に飛び上り、
『卑怯だっ』
と、絶叫し、
『ええ、おいら大人ならば......』
と、地だんだ踏んで泣き出し、
『馬鹿っ、馬鹿っ』
と、そこらじゅうを駈けあるき、
『――おじさァん! おじさァん! おいらは、ここにいるよッ』
しまいには彼自身が、完全なる神さまと成り切って、
『――獣っ、獣っ、お師匠様を殺すと、おれが承知しないぞっ!』
有りッたけな声で、さけんで居たものである。
そして、そこからの遠目にも、彼方の真っ黒な斬り合いの渦中から、ぱッ、ぱッ、と血しぶきが立ち、一つ仆れ二つ仆れ、死骸が野にころがるのを見ると、
『ヤッ! おじさんが斬ったっ。――お師匠様はつよいぞっ』
こんな多量な血しおを撒いて、人間同士が獣性の上に乱舞する実際を、この少年は、生れて初めて目撃したにちがいない。
いつか城太郎は、自分も彼方の渦中にあって、体じゅうを血で塗っているかのように酔ってしまい、その異様な興奮は、彼の心臓にもんどり打たせた。
『――ざま見ろッ、どんなもんだい。おたんちん! ひょッとこ! おいらのお師匠様は、こんなもンだ。カアカア鴉の宝蔵院め、ざまあ見さらせ! 槍ばかり並べてやがって、手も出まい、足も出まい!』
だが、やがて彼方の形勢が一変して、それまで静観していた宝蔵院衆の槍が、俄然うごき出すと、
『あっ、いけない、総攻めだっ』
武蔵の危機! 今が最期と彼にも分った。城太郎はついに身のほども忘れてしまい、その小さい体を火の玉のように憤らせて、丘の上から一箇の岩でも転がるかのように駈け下りていた。
八
宝蔵院初代の槍法をうけて、隠れもない達人といわれる二代胤舜は、
『よしッ、やれっ』
その時、すさまじい声をもって、さっきから静観の槍先を横たえたまま、撓め切っていた十数名の門下の坊主たちへ、号令したのである。
ぴゅうーっと、白い光りはその途端に、蜂を放ったように八方へ走った。坊主あたまというものには、一種特別な剛毅と野蛮性がある。
くだ槍、片鎌、ささほ、十文字、おのおのがつかい馴れた一槍を横たえて、そのカンカチ頭とともに、血に飢えて躍ったのだ。
――ありゃあっ。
――えおうっ。
野彦を揚げて、もうその槍先の幾つかは血を塗っている。きょうこそ又とない、実地の稽古日のように。
――武蔵は、咄嗟に、
(新手!)
と感じて飛び退っていた。
(見事に死のう!)
もう疲れて霞んでいる脳裏でふとそう考え、血糊でねばる刀の柄を両手でぎゅっと持ったまま、汗と血でふさがれた眼膜をじっと瞠っていたが、彼に向って来る槍は一つもなかった。
『......や?』
どう考えても有り得ない光景が展開されていた。茫然と、彼は、その不可思議な事実を見まわしてしまった。
なぜならば、坊主あたまの槍仕たちが、われがちに獲物を争う猟家の犬みたいに、追いまわしてズブズブ突き刺しているのは、彼等とは、味方であるはずの牢人たちへ向ってであった。
からくも、武蔵の太刀先から逃げ退いて、ほっとしかけて居た連中までが、
『待てっ』
と、呼ばれたので、まさかと思って待っていると、
『蛆虫めら』
と不意の槍先に突っかけられて、宙へ刎ね飛ばされたりした。
『やいっ、やいっ、何するんだっ、気が狂ったか。馬鹿坊主め、相手を見ろっ、相手が達うっ』
と叫んだり転げたりする者の尻を狙って、撲る者があるし、突く者があるし、また、左の頰から右の頰へ槍を突きとおして、槍を咥えられたと思い、
『離せっ』
と目刺魚みたいに振廻しているのもある。
おそろしい屠殺の行なわれたその瞬間の後、何ともいえないしんとした影が野を掩った。面を向けるに堪えないように、太陽にも雲がかかっていた。
みな殺しだった。あれだけいた牢人者を、一人としてこの般若野の沢から外へ洩らさなかったのである。
武蔵は、自分の眼が信じられなかった。太刀を構えていた手も、張りつめていた気も、茫然とはなりながら、弛めることができなかった。
(――何で? 彼等同志が)
まったく判断がつかないのである。いくら今、武蔵自身の人間性が、人間を離脱した血の奪いあいに、夜叉と獣のたましいを一つに持つような体熱からまだ醒めきれないでいるにしても――余りに思いきった殺戮に眼がくらむ心地がする。
いやそう感じたのは、他人のする虐殺を見せられて、途端に、彼は本来の人間に回ってしまった証拠といえる。
同時に彼は、地中へふかく突っ込んでいるように力で硬くなっている自分の脚に、――又、自分の両手にしがみついて、オイオイ泣いている城太郎にも、ふと気がついた。
九
『初めてお目にかかる。――宮本殿といわるるか』
つかつかと歩み寄って来て、こういんぎんに礼儀をする長身白皙の僧を、目の前に見て、
『オ.........』
武蔵は、われに帰って、刃を下げた。
『お見知りおき下さい。わたくしが宝蔵院の胤舜です』
『む、あなたが』
『過日は、せっかくお訪ね下された由ですが、不在の折で、残念なことをしました。――なお、そのせつは門下の阿巌が、醜しい態をお目にかけ、彼の師として胤舜も恥じ入っております』
『............』
はてな?
武蔵は、相手のことばを、耳を洗って聞き直すように、暫らくだまっていた。
この人の言語や、言語にふさわしい立派な態度を、こちらも、礼儀をもって受け容れるには、武蔵はまず、自分の頭の中に混雑しているものから先に整えて聞かなければならなかった。
それにはまず宝蔵院衆が、何が故に、自分に向けてくるはずの槍を、遽かに逆さにして味方と信じて油断していた牢人共を、みなごろしに刺殺してしまったのか?
その理由が、武蔵には解きようもない。意外な結果に、ただあきれているのだ。自分の生命の健在にさえあきれているのだ。
『血糊のよごれでもお洗いになって、御休息なされい――さ、こちらで』
胤舜は、先に歩いて、焚火のそばへ武蔵を誘ってゆく。
城太郎は、彼のたもとを離れなかった。
用意して来た奈良晒布を一反も裂いて、坊主たちは、槍を拭いていた。その坊主たちも、武蔵と胤舜が、焚火に向って膝をならべている姿を見て、すこしも不審としていない。当然のように、自分たちも、やがて打ち混って、雑談を始めるのだった。
『――見ろ、あんなに』
一人が空を指さし、
『もう鴉のやつが、血を嗅ぎつけて、この野にあるたくさんの死骸に喉を鳴らしてやって来た』
『――降りて来ないな』
『おれたちが去れば、争って死骸へたかる』
そんな暢気な話題さえ出る。武蔵の不審は、武蔵から質問しなければ誰も語ってくれそうもない。
胤舜に向い、
『実は、拙者はあなた方こそ、今日の敵と思い、一人でもよけいに冥途へお連れ申そうと、深く覚悟していたのですが、それが却って拙者にお味方下さるのみか、どうしてかようにおもてなし賜わるのか、不審でならぬが』
すると胤舜は、笑って、
『いや貴公にお味方した覚えはない。ただすこし手荒ではござったが、奈良の大掃除をしただけのことです』
『大掃除とは』
その時、胤舜は、指を彼方へさして、
『そのことは、てまえからお話しするより、あなたをよく知っている先輩の日観師が、お目にかかって親しくお話し申すでしょう。――御覧なさい。野末のほうから、豆つぶ程な人馬の影が一群れ見えて来たでしょう。あれが、日観師と、そのほかの人々に違いありません』
十
『――老師、迅いの』
『そちらが遅いのじゃ』
『馬より迅い』
『あたりまえ』
猫背の老僧日観だけ、駒の足をしり目にかけて、自分の足で歩いていた。
般若野の煙をあてに。
その日観と前後して、五人の騎馬の役人が、かつかつと野の石ころを蹴って行く。
近づくのを見て、此方では、
『老師、老師』
と、囁きあう。
坊主たちはずっと退がって、厳かな寺院の儀式のように、一列に並んで、その人と、騎馬役人とを迎えた。
『片づいたかい?』
日観が、そこへ来ての最初のことばだった。
『はっ、仰せのように』
と、胤舜は師礼を執っていう。
そして、騎馬役人へ向い、
『御検視、ご苦労です』
役人たちは、順々に、鞍つぼから飛び降り、
『なんの、御苦労なのは、其許たちの方さ。どれ一応――』
と、彼方此方に横たわっている十幾つかの死骸を見て、一寸覚えを書き留める程度の事務を執って、
『取片づけは、役所からさせる。後の事、捨ておいて退去してよろしい』
いい渡すと、役人らは馬上へ返って、ふたたび野末へ駈け去った。
『おまえ達も戻れ』
日観が命令を下すと、槍を並べている僧列は、黙礼して野を歩みだした。それを連れて、胤舜も、師と武蔵へ、あいさつを残して帰って行った。
人が減ると、
ぎゃあアぎゃあア!
鴉の群れは、急に厚顔ましく地上へ降りて来て、死骸へたかり、梅酢を浴びたようになって、驚喜の翼を搏っている。
『うるさい奴』
日観はつぶやきながら、武蔵のそばへ来て、気軽にいった。
『いつぞやは失礼』
『あっ、その折は......』
あわてて彼は両手をつかえた。そうせずにはいられなかった。
『お手をお上げ。野原の中で、そう慇懃なのもおかしい』
『はい』
『どうじゃな、今はすこし、勉強になったか』
『仔細、お聞かせ下さいませ。どうして、こういうお計らいを?』
『もっともだ。実はの』
と、日観が話すには――
『今帰った役人たちは、奈良奉行大久保長安の与力衆でな、まだ奉行も新任、あの衆も土地に馴れん。そこをつけ込んで、悪い牢人どもが、押し借り、強盗賭試合、ゆすり、女隠し、後家見舞、ろくなことはせん。奉行も手をやいていたものだ。――山添団八、野洲川安兵衛など、あの連中十四、五がそのグレ牢人の中心と目されていた』
『ははあ......』
『その山添、野洲川などが、おぬしに怒りを抱いた事があろう。だが、おぬしの実力を知っているので、その復讐を、宝蔵院の手でさせてやろう、こう、うまい事を彼奴等は考えた。そこで仲間を語らい、宝蔵院の悪口をいいふらし、落首など貼りちらして、それを皆、宮本の所為だと、いちいちこっちへ告げ口に来たものだ。――わしを盲目と思うてな』
聞いている武蔵の眼は、微笑してきた。
『――よい機、この機に一つ。奈良の町の大掃除をしてくれよう。こう考えて、胤舜に策を授けたのじゃ。イヤ、よろこんだのは、門下の坊主どもと、奈良の奉行所。それからこの野原の鴉じゃった。アハハハハ』
十一
いや欣んだのは鴉のほかにもう一人いる。日観の話をそばで聞いていた城太郎だ。これですっかり彼の疑いも危惧も一掃された。そこで、この少年は、雀躍りの羽をひろげ、彼方へ駈けて行ったと思うと、
大掃除っ
大掃除っ
と、途方もない声で唄い出したものである。
その声に、武蔵と日観が振向いてみると、城太郎は例の笑い仮面を顔にかぶり、腰なる木剣を抜いて手にかざし、そこらに算をみだしてころがっている死骸と、その死骸へむらがっている鴉の群を蹴ちらしながら乱舞している。
なア鴉
奈良ばかりじゃないぞ
大掃除は時々必要だよ
自然の理だよ
万物が革まるために
生々とその下から春が来る
落葉を焚き
野を焼くんだ
時々、大雪が欲しいように
時々、大掃除もあっていいよ
なア鴉
おまえ達にも饗宴だ
人間の眼玉のお吸物
紅いどろどろのお酒
喰べすぎて酔ッぱらうな
『おい子供っ』
日観が呼ぶと、彼は、
『はいっ』
乱舞を止めて、振向いた。
『そんな気狂いじみた真似をしておらんで石を拾え、ここへ石を拾って来い』
『こんな石でいいんですか』
『もっと沢山――』
『はい、はい』
城太郎が拾い集めて来ると、日観は、その小石の一つ一つへ南無妙法蓮華経の題目を書いて、
『さあ、これを死骸へ、撒いておやり』
といった。
城太郎は石を取って野の四方へ投げた。
その間、日観は、法衣の袖をあわせて誦経していたが、
『さあ、それでよろしい。――ではお前さん達も先へ出立するがよい。わしも奈良へ戻るとしよう』
飄然と猫背の後姿を向け、もう風のように彼方へ歩み去って行く――
礼をいう遑もないし、再会の約束もいい出せなかった。何という淡々とした姿だろう。――武蔵は、そのうしろ姿を、じっと見つめていたが、何思ったかいきなり驀しぐらに追い駈けて行って、
『老師っ、お忘れ物っ』
と、刀の柄をたたいた。
日観は、足を止め、
『忘れ物とは?』
『会い難いこの世の御縁に、せっかくこうしてお目にかかったのです。どうか一手の御指南を』
すると、歯のない彼の口から、からからと枯れた人間の笑い声がひびいた。
『――まだ分らんのか。お前さんに教えることといえば、強過ぎるということしかないよ。だが、その強さを自負してゆくと、お前さんは三十歳までは生きられまい。すでに、今日生命がなかったところだ。そんなことで、自分という人間を、どう持ってゆくんじゃ』
『............』
『きょうの働きなども、まるで成っておらぬ。若いからまアまアせんないが、強いが兵法などと考えたら大間違い。わしなど、そういう点で、まだ兵法を談じる資格はないのじゃよ。――左様、わしの先輩柳生石舟斎様、そのまた先輩の上泉伊勢守殿――そういう人たちの歩いた通を、これから、お身もちと、歩いてみるとわかる』
『............』
武蔵は俯向いていた。ふと、日観の声がしなくなったがと思い、顔を上げてみると、もうその人の影はなかった。
この一国
一
ここは笠置山の中にあるが、笠置村とはいわない。神戸の庄柳生谷といっている。
その柳生谷は、山村とよぶには、どこか人智の光があり、家居風俗にも整いがあった。といって、町と見るには、戸数が少くて、浮華な色がちっともない。中国の蜀へ通う途中にでもありそうな「山市」といった趣の土地である。
この山市のまん中に、土民が「お館」と仰ぐ大きな住居があって、ここの文化も、領民の安心も、すべての中心が、その古い砦の形式を持った石垣の家にあった。そして領民は千年の昔から住み、領主も、平の将門が乱をなした大昔の頃からここに住んで、微かながら土民の上に文化を布き、弓矢の蔵を持っていた土豪である。
そしてこの地方四箇の庄を、祖先の地、自分たちの郷土として血をもって愛護していた。どんな戦禍があっても、領主と民とが迷子にはならなかった。
関ケ原の戦後、すぐ近い奈良の町は、あのとおり浮浪人に占領され、浮浪人の運びこんだ悪文化に風靡されて、七堂伽藍の法燈も荒れわびてしまったが、この柳生谷から笠置地方には、そんな不逞分子はさがしても入り込んで来て居ない。
その一例を見ても、いかにこの辺の郷土がそんな不純を入れない気風と制度を持っているかが窺えるのである。
領主がよくて領民がよいばかりではない、朝夕の笠置の山はきれいだし、水は茶に汲んで飲むと甘味い。――それからまた梅花の月ケ瀬が近くにあるので、鶯の音は雪の解けない頃から、雷鳴の多い季節まで絶えることはなく、その音色はまた、この山水よりも清い。
詩人は、――英雄生ル所山河清シ、といったが、こんな郷土から、もし一人の偉人でも生まれなかったら、詩人は噓つきといってよいし、ここの山河は、ただ美しいのみで不産女の風景といってもいい。でなければ郷土の血液がよほど頑愚か、どっちかであるが、やはりここには人傑が出ていた。領主の柳生家の血が証拠だてている。また、畑から出て、軍のたびに功を立て、よい家臣となって随身している家中にも、優れた人物がすくなくない。それはみなこの柳生谷の山河と鶯の音が産んだ英雄といえるのである。
今はその「石垣のお館」には、隠居された柳生新左衛門尉宗厳が、名も石舟斎と簡素に改めてしまって、城からすこし奥の小やかな山荘にかくれ、政務を執る表のほうには、誰が今、家督の任に当っているのか分らないが、石舟斎には、いい子どもや孫がたくさんにあるし、家臣にも頼み甲斐ある者が多いから、石舟斎が民を見ていた時代となんの変りもなかった。
『ふしぎだ』
武蔵が、ここの地を踏んだのは般若野のことがあってから十日ほど後であった。附近の笠置寺とか浄瑠璃寺とか、建武の遺跡などを探って、宿も、どこかへ取り、充分に心身の静養もして、その宿から散歩のていで出かけて来たものらしく、ほんの着流しであり、いつもの如く腰に取ッついている城太郎も、藁草履を穿いていた。
民家の生活を見、畑の作物をながめ、また往きあう者の風俗に注意し、そのたびに、武蔵が、
『ふしぎだ』
何度も呟くので、
『おじさん、何がふしぎ?』
と、城太郎はむしろ武蔵の呟きこそ、不思議として、こう訊ねた。
二
『中国を出て、摂津、河内、和泉と諸国を見て来たがおれはまだこんな国のあることを知らなかった。――そこで不思議といったのだよ』
『おじさん、どこがそんなに違っているの』
『山に樹が多い』
城太郎は、武蔵のことばに、吹き出して、
『樹なんか、どこにだって沢山生えているぜ』
『その樹が違う。この柳生谷四箇の庄の山は、みな樹齢が経っている。これはこの国が、兵火にかかっていない証拠だ。敵の濫伐をうけていない証だ。また、領主や民が、飢えたことのない歴史をも物語っている』
『それから』
『畑が青い。麦の根がよく踏んである。戸毎には、糸をつむぐ音がするし、百姓は、道をゆく他国の者の贅沢な身装を見ても、さもしい眼をして、仕事の手を休めたりしない』
『それだけ?』
『まだある。ほかの国とちがって、畑に若い娘が多く見える。――畑に紅い帯が多く見えるのはこの国の若い女が、他国へ流れ出ていない証拠だろう。だからこの国は、経済にも豊で、子供はすこやかに育てられ、老人は尊敬され、若い男女は、どんなことがあっても他国へ走って、浮いた生活をしようとは思わない。従って、ここの領主の内福なことも分るし、武器の庫には、槍鉄砲がいつでも研きぬいてあるだろうという想像もつく』
『なんだ、なにを感心しているのかと思ったら、そんなつまらないことか』
『おまえには面白くあるまいな』
『だって、おじさんは、柳生家の者と試合をするために、この柳生谷へ来たんじゃないか』
『武者修行というものは、何も試合をして歩くだけが能じゃない。一宿一飯にありつきながら、木刀をかついで、叩き合いばかりして歩いているのは、あれは武者修行でなくて、渡り者という輩、ほんとの武者修行と申すのは、そういう武技よりは心の修行をすることだ。また、諸国の地理水利を測り、土民の人情や気風をおぼえ、領主と民のあいだがどう行っているか、城下から城内の奥まで見きわめる用意をもって、海内隈なく脚で踏んで心で観て歩くのが、武者修行というものだよ』
まだ幼稚な者に向って、説いても無益と思いながら、武蔵には、少年に対しても、よいほどにものを誤魔化しておくということができない。
城太郎の諄いような質問にも、面倒な顔もせず頻りと、嚙んで含めるように答えてやりながら歩いていた。――すると二人の背後へいつのまにか近づいていた馬蹄の音があって、その馬上から恰幅のよい四十がらみの侍が、
『傍へ。傍へ』
声をかけて、通り越した。
ひょいと、その鞍の上を仰いで城太郎は、
『あっ、庄田さんだ』
と、口走った。
その侍の顔が、熊のようなあご髯を持っているので、城太郎は忘れていなかった。――宇治橋へかかる大和路の途中で、紛失したと思った手紙の竹筒を拾ってくれた彼の人なのだ。彼の声に、馬上の庄田喜左衛門も気がついたとみえ、振顧って、
『おう、小僧か』
ニコと笑ったがそのまま駒をすすめ、柳生家の石垣の内へかくれてしまった。
三
『城太郎、今、馬の上からお前を見て笑ったお人、あれは誰だ』
『庄田さんて――柳生様の家来だって』
『どうして知っているのか』
『いつか、奈良へ来る途中、いろいろ親切にしてくれたから』
『ふム』
『ほかに、何とかいう女の人とも道連れになって、木津川渡舟までおらと三人、一しょに歩いて来たのさ』
小柳生城の外形と、柳生谷の土地がらを一巡見て歩いて、武蔵はやがて、
『帰ろう』
と、元の方角へ足を向ける。
旅籠は、たった一軒だが、大きなのがあった。伊賀街道に当っているし、浄瑠璃寺や笠置寺へゆく人たちも泊るので、夕方になると、そこの入口の立樹や、廂の下には、必ず十頭くらいの荷駄馬がつながれ、夥しい米を炊ぐため、米の磨ぎ水が前の流れを白く濁していた。
『旦那はん、どこへ行きなされた?』
部屋へ入ると、紺の筒袖に、山袴を穿き、帯だけが赤いので、これは女の子だと分る女の子が、突っ立ったままで、
『すぐ風呂に入りなされ』
という。
城太郎は、ちょうどよい年頃の友達を見つけたように、
『おめえ、何てえ名だい』
『知らんが』
『阿呆、自分の名を』
『小茶ってんだよ』
『変な名』
『大きにお世話』
小茶が、打つと、
『打ったな』
武蔵は廊下から振向いて、
『おい、小茶ちゃん、風呂場はどこだ。――先の右側か、よしよしわかる』
板の間の棚に、三人分の衣服が脱いであった。武蔵のを加えて四人分になる。戸をあけて、湯気の中へ入ってみると、先に入っていた客たちは、何か陽気に話していたが、彼の逞しい裸体を仰いで、異分子を見るように、口をつぐんだ。
『むーム』
武蔵の六尺に近い体を沈め込むと、湯槽の湯は、外で細い脛を洗っている三名を浮かして流すほど、溢れ出した。
『? ......』
一人が、武蔵のほうを振り向いた。武蔵は湯槽のふちを枕にして、眼をつむっている。
そこで、すこし安心したのか、三名は途絶えていた話のつづきに入って――
『なんといったかな、先程参った柳生家の用人は』
『庄田喜左衛門だろう』
『そうか。――柳生も用人を使に立てて試合を断るようでは、名ほどのこともないと見えるぞ』
『誰に対しても、近頃は、あの用人がいったように、石舟斎は隠居、但馬守儀は、江戸表へ出府中につき――という口上で、試合を謝絶しているのだろうか』
『いや、そうじゃあるまい。こちらが、吉岡家の次男と聞いて、大事を取り、敬遠したに相違ないさ』
『御旅中のお慰さみにと菓子など持たせて寄こしたところは、柳生もなかなか如才ないではないか』
背中の色が白い。筋肉がやわらかい。皆、都会人とみえ、洗煉された会話の遣り取りのうちに、理智があり、冗戯があり、細かい神経も働いている。
(......吉岡?)
ふと耳に入ったので、武蔵は何気なく湯槽から首を曲げた。
四
吉岡の次男といえば、清十郎の弟伝七郎のことだが?
(それかな)
と、武蔵は注意していた。
自分が四条道場を訪ねた時、門人か誰かが御舎弟の伝七郎どのは、友人と伊勢参宮へ参って留守であるといっていた。――この旅の戻り途とすれば、あるいは、こう三名の者が、その伝七郎と友人の一行かも知れない。
(おれは湯槽がよく祟る)
武蔵は心のうちで戒めていた。――郷里の宮本村では曾つて本位田又八の母のお杉隠居に計られて、浴室で敵につつまれたことがあるし、今はまた、宿怨ただならぬ仲の吉岡拳法の一子と、偶然にも、素裸で会う機会につかまってしまった。
旅に出ていたとはいえ、おそらくは、京都の四条道場での自分とのいきさつを、耳にしているには相違ない。――ここで自分を宮本と知ったら、すぐ板戸一枚向うにある刀を取って物をいい出すだろう。
武蔵は一応そう考えたのだ。しかし、三名のほうには一向そういう気ぶりはない。得意になって話している様子から察すると、何でもこの土地へ着くと早速、柳生家へ書面を持たせてやったものらしい。吉岡といえば、足利公方からの名門ではあり、今の石舟斎が宗厳といっていた頃から、先代の拳法とは多少の交りもあったらしいので、柳生家でも捨ててもおけず、用人庄田喜左衛門に旅の見舞を持たせて、この旅籠へあいさつによこしたものと思われる。
その礼儀に対して、この若い都会人たちは、
(柳生も、如才ない)
とか、
(怖れをなして敬遠した)
とか、
(大した人物もいないらしい)
とかいう風に、自己満足な解釈を下して、得々と、旅の垢を洗っている――
今し方、親しく足で踏んで、小柳生城の外廓から、土俗人情を実地に見て来ている武蔵にとっては、彼等のそうした得意さと勝手な受け取り方が、笑止でならなかった。
井の中の蛙という諺があるが、ここにいる都の小せがれ共は、大海の都会に住んでいて、移りゆく時勢を広く見ているくせに、却って、井の中の蛙が誰も知らないうちに涵養していた力の深さや偉大さを少しも考えてみない。中央の勢力と、その盛衰から離れて、深い井泉の底に、何十年も、月を映し、落葉を浮かべ、変哲もない田舎暮らしの芋食い武士と思っているまに、この柳生家という古井戸からは、近世になって、兵法の大祖として石舟斎宗厳を出し、その子には、家康に認められた但馬守宗矩を生み、その兄たちには、勇猛の聞え高い五郎左衛門や厳勝などを出し、また孫には、加藤清正に懇望されて肥後へ高禄でよばれて行った麒麟児の兵庫利厳などという「偉大なる蛙」をたくさんに時勢の中へ送っている。
兵法の家として、吉岡家と柳生家とでは、比べものにならないほど吉岡家のほうが格式が高かったものである。けれど、それは昨日までのことだった。――それをまだ、ここにいる伝七郎や他の手合は気がつかない。
武蔵は、彼等の得意さが、おかしくもあり、気の毒にも思えた。
で――つい苦笑が顔にのぼりかける。彼はそれに困って浴室の隅にある筧の下にゆき、髪の元結を解いて一塊の粘土を毛の根にこすり、久しぶりで、ざぶざぶと髪を洗いほぐした。
その間に、
『ああいい気持』
『旅ごこちは、湯上りの、この一刻にあるな』
『女の酌で、晩に飲むのは』
『なおいい』
などと三名は、体を拭いて、先へ上って行った。
五
洗った濡れ髪を手拭で縛って、部屋に帰ってみると、男みたいな女の子の小茶ちゃんが隅で泣いているので、武蔵は、
『おや、どうした?』
『旦那はん、あの子が、あたいをこんなに撲ったの』
『噓だい!』
と、向うの隅から城太郎が異議をいって膨れる。
『なぜ女などを打つ』
武蔵が叱ると、
『だって、そのおたんこ茄子が、おじさんのことを、弱いっていったからさ』
『噓、噓』
『いったじゃないか』
『旦那はんのことを弱いって、誰もいいはしないよ。おまえが、おらのお師匠様は日本一の兵法家で般若野で何十人も牢人を斬ったなんて、あんまり自慢して威張るから、日本一の剣術の先生は、ここの御領主様のほかにないよといったら、何をって、あたいの頰を撲ったんじゃないか』
武蔵は、笑って、
『そうか、悪い奴だ。後で叱っておくから、小茶ちゃん、勘弁してやれ』
城太郎は、不服らしい。
『おい』
『はい』
『湯に入ってこい』
『お湯はきらいだ』
『おれと似ているな。だが、汗くさくていかん』
『明日、河へ行って泳ぐ』
日が経って馴れるにつれ、この少年の生れつきにある強情な性格は、だんだん芽を伸ばしていた。
だが、武蔵は、そこも好きだった。
膳につく。
まだ膨れている。
盆を持って給仕している小茶も口もきかない。睨めっこなのだ。
武蔵も、この数日は、思うことがあって、とかく心がそれに囚われている。彼の胸にある宿題は、一介の放浪者としては少し大望であり過ぎた。しかし、不可能でないと彼は信じるのだ。そのためにこうして一つ旅籠に逗留をかさねているのでもあった。
望みというのは、
(柳生家の大祖、石舟斎宗厳と会ってみたい)
と、いうことである。
なお烈しくいえば――彼の若い野望の燃ゆるままを言葉に移していうならば――
(どうせ打つかるなら大敵に当れである。大柳生の名を仆すか、自分の剣名に黒点をつけられるか、死を賭してもよい、柳生宗厳に面接して、一太刀打ち込まねば、刀を把る道に志したかいもない)
もし第三者があって、彼のこういう志望を聞いたら、無謀といって笑うだろう。武蔵自身も、その程度の常識はないことは決してない。
小さくても、先は一城の主である。その子息は、江戸幕府の兵法師範であり、一族はみな典型的な武人であるのみでなく、どことなく新しい時代の潮にのり出している旺なる家運が、柳生家というものの上には今、輝いているのだ。
(――凡は打つかれない)
武蔵も、それだけの準備は心でしていた。飯を嚙む間もしているのである。
芍薬の使者
一
鶴のような老人である。もう八十歳にかかっているが、品位は年と共について、高士の風をそなえているし、歯も達者、眼も御自慢なのだ。
『百歳までは生きる』
と、常にいっている。
それというのも、この石舟斎には、
『柳生家は代々が長寿じゃ。二十歳だい、三十だいで死んだのは、みな戦場で終ったものばかり。畳の上ではどの先祖も、五十や六十で死んだのはない』
という信念があるからだ。
いや、そういう血統ではないにしても、石舟斎のような処世と老後を心がければ、百歳くらい生きるのは当りまえにも思われる。
享禄、天文、弘治、永禄、元亀、天正、文禄、慶長――とこう長い乱世の中を生きて来て、殊に四十七歳までの壮年期は、三好党の乱だの、足利氏の没落だの、松永氏や織田氏の興亡だのに、この地方にあっても、弓矢を措く遑はなかったのであるが、自分でも、『ふしぎと死ななかった』と、いっている。
四十七歳からは、何に感じたのか、一切弓矢を取らず、たとえば足利将軍の義昭が、好餌をもって誘っても、信長がしきりと招いても、豊臣氏が、赫々と覇威を四海にあまねくしても、その大坂、京都のつい鼻の先に居ながら、この人物は、
(わしは、つんぼでござる、啞でござる)
というように、世の中から韜晦して、穴熊のようにこの山間の三千石を後生大事に守って出なかった。
後に、人に語って、
『よく持って来たものじゃ、朝あって夕のわからぬ治乱興亡の間を、こんな小城一つが、ぽつねんと、今日まで無事にあるということは、戦国の奇蹟じゃないか――』
と、石舟斎はよくいった。
なるほど――
聞く者は、彼の達見にみな感服した。足利義昭についていれば信長に討たれたろうし、信長に従っていれば秀吉との間はどうなったか知れず、秀吉の恩顧をうけていれば、当然、その後の関ケ原には、家康にしてやられている。
また、その興亡の波を、うまく切りぬけて、無事に家系を支えようとするには、恥も外聞もなく、きょうは彼の味方と見せて、明日は彼を裏切り、節操なく、意地もなく、或る場合には、一族や血縁にすら、弓も引こう血も見よう、という位な武士道以外なつよさも持たなければ不可能なのである。
『わしには、それが出来ん』
と、石舟斎がいうのは、ほんとであろう。
そこで、彼が居間には、
世をわたる業のなきゆえ
兵法を隠れ家とのみ
たのむ身なれや
と自詠の一首が、懐紙に書かれて、壁の茶掛となっている。
だが、この老子的な達人も、家康が礼を厚うして招くに至ると、
(懇招、黙し難し――)
と呟いて、何十年間の道境三昧の廬を出て、京都紫竹村の鷹ケ峰の陣屋で、初めて、大御所に謁したのであった。
その時、つれて行ったのが、五男又右衛門宗矩、その年二十四歳、孫の新次郎利厳が、まだ十六歳の前髪。
こう二人の鳳雛の手をつれて、家康に謁した。そして、旧領三千石安堵の墨付と共に、
『以後、徳川家の兵法所へ仕えるように』
と、家康がいうと、
『何とぞ、せがれ宗矩を』
と、子を推挙して、自分は又、柳生谷の山荘へ退き籠ってしまった。そして子の又右衛門宗炬が、将軍家指南番として、江戸表へ出ることになった折に、この老竜が授けたものは、いわゆる技や力の剣術ではなく、
(世を治むるの兵法)
であった。
二
彼の「世を治むるの兵法」は、また彼の「身を修むるの兵法」でもあった。
石舟斎はそれを、
『これ皆、師の御恩』
と常にいって、ひたすら上泉伊勢守信綱の徳を忘れなかった。
『伊勢殿こそ柳生家の護り神ぞや』
口ぐせに、彼のいうとおり、彼の居間の棚には、常に、伊勢守から受けた新陰流の印可と、四巻の古目録とが奉じてあり、忌日には、膳を供えて祠ることも忘れなかった。
その四巻の古目録というのは、一名絵目録ともいって、上泉伊勢守が自筆で、新陰流の秘し太刀を、絵と文章で書いたものであった。
時折、石舟斎は、老後になっても、それを繰りひろげて、偲ぶのであった。
『絵も妙手でおわした』
いつもふしぎに衝たれるのが、その絵であった。天文時代の風俗をすがたに持った人物と人物とが、颯爽と、あらゆる太刀の形を取って、白刃の斬合をしている図――それをながめていると、神韻縹渺として、山荘の軒に、霧の迫ってくる心地がするのである。
伊勢守が、この小柳生城へ訪ねて来たのは、石舟斎がまだ兵馬の野心勃々としていた三十七、八歳のころだった。
そのころ、上泉伊勢守は、甥の疋田文五郎という者と、老弟の鈴木意伯をつれ、諸国の兵法家を求めて遊歴していたもので、それがふと伊勢の太の御所といれる北畠具教の紹介で、宝蔵院に見え、宝蔵院の覚禅坊胤栄は、小柳生城に出入りしていたので、
『こんな男が来たが』
と、石舟斎――その頃は、まだ柳生宗厳と称っていた彼へ話した。
それが機縁だった。
伊勢守と宗厳は、三日に亙って、試合をした。
第一日、起ち合うと、
『とりますぞ』
伊勢守は、打つ所を明言しておいて、言葉のとおり打ちこんだ。
第二日も、同じように敗けた。
宗厳は、自尊を傷つけられた、次の日は工夫を凝らし、精神を潜めて、体の形も変えた。
すると伊勢守は、
『それは悪い、それでは、こう取る』
といって、忽ち、前の二日と同じように、指摘した所へ太刀を与えた。
宗厳は、我執の太刀をすてて、
『初めて、兵法を観た』
といった。
それから半歳の間、強って、伊勢守を小柳生城にひきとめて、一心に教わった。
伊勢守は、永くはと、袂を分つ折に、
『まだまだ私の兵法などは未完成なものです。あなたは若い、私の未完成を完成してみるがよい』
こういって、二つの公案を授けて行った。その公案――問題というのは、
無刀の太刀如何?
という工夫であった。
宗厳は、以来数年間、無刀の理法を考えつめた。寝食をわすれて、研鑽した。
後、伊勢守がふたたび彼を訪れた時には、彼の眉は明るかった。
『いかがあろうか』
と、試合うと、
『む!』
伊勢守は、一目見て、
『もうあなたと太刀打はむだなことである。あなたは、真理をつかまれた』
そういって、印可、絵目録四巻を残して去った。
柳生流は、ここから誕生し、また、石舟斎宗厳の晩年の韜晦も、この兵法が生んだところの一流の処世術であったのである。
三
今、彼の住んでいる山荘は、もちろん小柳生城の中ではあるが、砦作りの頑丈な建築は、石舟斎の老後の心境にはぴったりしないので、べつに、簡素な一草庵を建て、入口もべつにして、まったく一箇の山中人の生活に余生を楽しんでいる。
『お通、どうじゃの、わしが挿けた花は生きておろうが』
伊賀の壺に、一輪の芍薬を投げ入れて、石舟斎は、自分の挿けた花に見惚れていた。
『ほんに......』
と、お通はうしろから拝見している。
『大殿さまは、よほど茶道もお花もお習いになったのでしょう』
『うそを申せ、わしは公卿じゃなし、挿花や香道の師についたことはない』
『でも、そう見えますもの』
『なんの、挿花を生けるのも、わしは剣道で生けるのじゃ』
『ま』
彼女は、驚いた目をして、
『剣道で挿花が生けられましょうか』
『生かるとも。花を生けるにも、気で生ける。指の先で曲げたり、花の首を縊めたりはせんのじゃ。野に咲くすがたを持って来て、こう気をもって水へ投げ入れる。――だからまずこの通り、花は死んでいない』
この人のそばにいてから、お通はいろいろなことを教えられた気がする。
――ほんの道ばたで知り合ったというだけの縁で、この柳生家の用人である庄田喜左衛門に、無聊な大殿へ、笛の一曲をと望まれて従いて来たのであったが――
その笛が、ひどく、石舟斎の気に入ったものか、また、この山荘にも、お通のような若い女のやわらかさが一点はあって欲しいと思われたのか、お通が、
『お暇を』
といい出しても、
『まあ、もう少しおれ』
とか、
『わしが茶を教えてやる』
とか、
『和歌をやるか。では、わしにもすこし古今調を手ほどきしてくれい。万葉もよいが、いっそこう佗びた草庵の主になってみると、やはり山家集あたりの淡々したところがよいの』
などといって、離したがらないし、お通もまた、
『大殿さまには、かようなお頭巾がよかろうと思って縫ってみました。おつむりへお用い遊ばしますか』
武骨な男の家来たちには、気のつかない細やかさを尽すので、
『ほう、これはよい』
その頭巾をかぶり、またとない者のように、お通を可愛がるのであった。
月の夜にはよく、彼女がそこでお聴きに入れる笛の音が、小柳生城の表のほうまで聞えて来た。
庄田喜左衛門は、
『飛んだお気に入って――』
と自分までが、拾い物をしたように、欣しく思っていた。
喜左衛門は今、城下から戻って来て、古い砦の奥の林を抜け、大殿の静かな山荘をそっとのぞいた。
『お通どの』
『はい』
柴折を開けて、
『まあ、これは。......さあどうぞ』
『大殿は』
『御書見でいらっしゃいます』
『ちょっと、お取次ぎ下さい。――喜左衛門、ただ今、お使から戻りましたと』
四
『ホホホ、庄田様、それはあべこべでございます』
『なぜ』
『わたくしは、外から呼ばれて参っている笛吹きの女、あなたは柳生家の御用人さま』
『なる程』
喜左衛門も、おかしくなったが、
『しかしここは、大殿だけのお住居、そなたはべつなお扱いじゃ――とにかくお取次を』
『はい』
と、奥へ行ってすぐ、
『どうぞ』
と、迎え直す。
お通の縫った頭巾を被って、石舟斎は茶室に坐っていた。
『行って来たか』
『仰せのように致して参りました。ていねいに、お言葉を伝え、お表からとして、菓子を持参いたしました』
『もう立ったか』
『ところが、てまえがお城へ戻るとまた、すぐ追いかけて、旅籠の綿屋から書面を持たせてよこし、折角の途上、曲げても、小柳生城の道場を拝見して参りたいから、明日はぜひとも、城内へお訪ねする。また、石舟斎様にも親しくお目にかかって、御あいさつしたいというのでござります』
『小せがれめ』
石舟斎は舌打ちして、
『うるさいの』
不興な顔をした。
『宗矩は江戸、利厳は熊本、そのほか皆不在と、よくいったのか』
『申しましたのです』
『こちらから、鄭重に断りの使者までつかわしたに、押しつけがましゅう、強って訪ねてくるとは、嫌な奴だ』
『なんとも......』
『うわさの通り吉岡の伜どもは、あまり出来がよくないとみえる』
『綿屋で会いました。あそこに、伊勢詣りの戻りとかで滞在中の伝七郎という人、やはり人品がおもしろう御座いませぬ』
『そうじゃろう、吉岡も先代の拳法という人間は相当なものだった。伊勢殿とともに、入洛の折は、二、三度会うて、酒など酌み交したこともある。――が、近ごろはとんと零落の様子、その息子とあるが故に、見くびって、門前ばらいも済まぬ、というて、気負うている若い小せがれに、試合を挑まれて、柳生家が叩いて帰しても始まらぬ』
『伝七郎とかいう者、なかなか自信があるらしゅうざいます。強って、来るというのですから、私でも、あしらってつかわしましょうか』
『いや、止せ止せ。名家の子というものは、自尊心がつよくて、ひがみやすい。打ち叩いて帰したら、ろくな事をいい触らしはせん。わしなどは、超然じゃが、宗矩や利厳の為にならぬ』
『では如何いたしましょうか』
『やはり、ものやわらかに、名家の子らしゅう扱って、あやして帰すに如くはない。......そうじゃ、男どもの使者ではかどが立つ』
お通のすがたを振向いて、
『使には、そなたがよいな、女がよい』
『はい、行って参りましょう』
『いや、すぐには及ぶまい。......明朝でいい』
石舟斎は、さらさらと茶人らしい簡単な手紙を書き、それを、先刻、壺へ挿けた芍薬の残りの一枝へ、結び文にして、
『これを持って、石舟斎事、ちと風邪心地のため、代ってお答えに参りましたと、小せがれの挨拶をうけて来い』
五
なお石舟斎から、使の口上を授かって、お通は、次の日の朝、
『では、行って参ります』
被衣して、山荘を出た。
外曲輪の厩をのぞき、
『あの......お馬を一頭お借りして参ります』
そこらを掃除していた厩方の小者が、
『おや、お通さん。――どちらまで?』
『お城下の綿屋という旅籠まで、大殿のお使者に参ります』
『では、お供いたしましょう』
『それには及びませぬ』
『だいじょうぶで?』
『馬は好きです。田舎にいた頃から、野馬に馴れておりますから』
褪紅色の被衣が、駒のうえに自然な姿で揺られて行った。
被衣は、都会ではもう旧い服装として、上流のあいだでも廃っていたが、地方の土豪や中流の女子にはまだ好ましがられていた。
ほころびかけた白芍薬の一枝に石舟斎の手紙が結んである、それを持って、片手で軽く手綱をさばいてゆく彼女のすがたを見ると、
『お通様がとおる』
『あの人がお通様か』
と、畑の者は見送っていた。
わずかな間に、彼女の名が、畑の者にまでこう知れ渡っているわけは、畑の者と石舟斎とが、百姓と領主というような窮屈な関係でなく、非常に親しみぶかい間がらにあるので、その大殿のそばに近ごろ、笛をよくする美しい女が侍いているということから、彼らの石舟斎に対する尊敬と親密が、従って、彼女にまで及ぼしている実証であった。
半里ほど来て、
『綿屋という旅籠は?』
駒の上から、農家の女房に聞くと、その女房がまた、子供を背負って、流れで鍋の尻を洗っていたのに、
『綿屋へ行かっしゃれますか。わしが、御案内いたしますべ』
用をすてて、先へ駈けるので、
『もし、わざわざ来て下さらなくても、およそ口で仰っしゃって下さればようございますのに』
『なに、すぐそこだがな』
そのすぐそこが十町もあった。
『此家だがな、綿屋さんは』
『ありがとう』
降りて、軒先の樹に、駒をつないでいると、
『いらっしゃいまし。お泊りですか』
と、小茶ちゃんが出てくる。
『いいえ、こちらに泊っている吉岡伝七郎様を訪ねて来たのです。――石舟斎様のお使で』
小茶ちゃんは駈けこんで、やがて戻って来ると、
『どうぞ、お上り下さい』
折から今朝宿を立つので騒々とそこで草鞋を穿いたり、荷を肩にしていた旅人たちは、
『何家の?』
『誰のお客』
小茶ちゃんに尾いて奥へ通ってゆく彼女の鄙に稀れな眉目と、どことなく、﨟たけているとでもいうか、品のあるすがたに、眼と囁きを送っていた。
ゆうべ遅くまで飲んで、今し方やっと起き出した所の吉岡伝七郎とその連れの者は、小柳生城からの使と聞き、またきのうの熊みたいな顎髯の持主かと期していると、思いのほかな使者と、その使者の携えている白芍薬の枝を見て、
『や、これは。......こんな取り散らかしている所へ』
と、ひどく恐縮顔をして、部屋の殺風景へ気をつかうばかりでなく、自分たちの衣紋や膝も、遽かに改めて、
『さ、こちらへ、こちらへ』
六
『小柳生の大殿から、申しつかって来た者でござりますが』
お通は、芍薬の一枝を、伝七郎のまえにさし置いて、
『おひらき下さいませ』
『ほ。......このお文』
伝七郎は解いて、
『拝見いたす』
一尺にも足らない手紙である。茶の味とでもいおうか、さらさらと墨も淡く、
御会しゃく、度々、痛み入り候、老生、あいにく先頃より風邪ぎみ、年老りの水ばなよりは、清純一枝の芍薬こそ、諸君子の旅情を慰め申すに足るべく、被存れ候まま、花に花持たせて、お詫びにつかわし候。
老い籠りの身は世の外に深う沈みて、顔浮かみ出すも、もの憂や。
御愍笑御愍笑 石 舟 斎
伝七郎どの
ほか諸大雅
『ふム......』
つまらなそうに鼻を鳴らし、手紙を巻いて、
『これだけでござるか』
『それから――かように大殿のおことばでございました。せめて、粗茶の一ぷくなりとさし上げたいのですが、家中武骨者ぞろいで、心ききたる者はいず、折わるく子息宗矩も、江戸表へ出府の折、粗略あっては、都の方々へ、かえってお笑いのたね、また失礼。いずれまたのおついでの節にはと――』
『ははあ』
不審顔を作って、
『仰せによると、石舟斎どのは、何か、吾々が茶事のお手前でも所望したように受け取っておられるらしいが、それがしどもは、武門の子、茶事などは解さんのでござる。お望み申したのは、石舟斎どのの御健存を見、ついでに御指南を願ったつもりであるが』
『よう、御承知でいらっしゃいます。したが、近頃は、風月を友にして、余生をお送りあそばしているお体、何かにつけ、茶事に託してものを仰っしゃるのが癖なのでございまする』
『ぜひがない』
と、苦々しく、
『では、いずれまた、再遊のせつには、ぜひともお目にかかると、お伝えください』
と伝七郎が、芍薬の枝をつきもどすと、お通は、
『あの、これは、道中のお慰みに、お駕なれば駕の端へ、馬なれば鞍のどこぞへでも挿して、お持ち帰り下さるようにと、大殿のおことばでございましたが』
『なに、これを土産にだと』
眼を落して、辱しめられでもしたように、憤っと色をなして、
『ば、ばかな。芍薬は京にも咲いているといってくれい』
――そう断られる物を、強いて、押しつけてゆくわけにもゆかないので、お通は、
『では帰りました上、そのように、......』
芍薬を持ち、腫れ物の膏薬を剝ぐように、そっとあいさつして、廊下へ出た。
よほど不快だったとみえ、送って来る者もない。お通は、それを背に感じて、廊下へ出ると、くすりと笑った。
同じ廊下の幾間かを隔てた先の一室には、もうこの土地へ来て十日余りになる武蔵が泊っていたのである。彼女が、その黒光りに艶の出ている廊下を横に見て、反対に表のほうへ出て行こうとすると、ふと、武蔵の部屋から、誰か起って、廊下へ出て来た。
七
ばたばたと追いかけて来て、
『もうお帰りですか』
お通が、振り顧ってみると、上る時にも、案内に立った小茶ちゃんである。
『え。御用がすみましたから』
『早いんですね』
世辞をいって――彼女の手をのぞいて、
『この芍薬、白い花が咲くんですか』
『そうです、お城の白芍薬ですの、ほしいならば上げましょうか』
『下さい』
と手を出す。
その手へ、芍薬をのせて、
『左様なら』
彼女は、軒先から駒の背に乗って、ひらりと、被衣にすがたを包んだ。
『またいらっしゃいませ』
小茶ちゃんは見送ってから、旅籠の雇人たちに、白芍薬を見せびらかしたが、誰も、よい花だとも美しいともいってくれないので、やや失望しながら、武蔵の部屋へ持って来て、
『旦那はん、花お好き』
『花』
窓に頰づえをついて、彼は、小柳生城のほうを今も見つめていたのである。
(――どうしたらあの大身に接近できるか。どうしたら石舟斎に会えるか。また、どうしたら剣聖といわれるあの老竜に一撃与えることができるか)
を、遠心的な眼が、じっと考えつめていた。
『......ほ、よい花だな』
『好き』
『好きだ』
『芍薬ですって。――白い芍薬』
『ちょうどよい。そこの壺に挿しておくれ』
『あたいには挿せない。旦那はん挿して』
『いや、おまえがいいのだ。無心が却っていい』
『じゃあ、水を入れてくる』
小茶ちゃんは、壺をかかえて出て行った。
武蔵はふとそこへ置いて行った芍薬の枝の切口に眼をとめて、小首をかしげた。何が彼の注意をひいたのか、凝っと見ていた果てには手をのばし、それを寄せ、その花を見るのではなく、枝の切口を飽かずに見ている。
『......あら、......あら、あら』
自分でこぼして歩く壺の水に、こう声をかけながら、小茶ちゃんは戻って来て、壺を床の間に置き、無造作に、それへ芍薬を入れてみたが、
『だめだア、旦那はん』
子ども心にも、不自然をさけぶ。
『なるほど、枝が長すぎるな。よし、持ってこい、ちょうどよく切ってやるから』
小茶ちゃんが抜いてくると、
『切って上げるから、壺へ立てて、そうそう地に咲いているように、立てて持っておいで』
いわれる通り、小茶ちゃんは持っていたが突然、きゃッといって、芍薬を抛り捨て、脅えたように泣きだした。
無理のないことであった。
やさしい花の枝を切るのに武蔵の切り方は余り大げさであった。――それは眼に見えないほど早かったにせよ、いきなり前差の小刀へ手をかけたと思うと、ヤッ――とするどい声と、そして、刀をパチンとその鞘へ納める音と殆ど一緒に白い光が、小茶ちゃんの持っていた手と手のあいだを、通りぬけていたのである。
吃驚して彼女が泣き出しているというのに、武蔵は、それを宥めようとはせず、自分のした切口と元の切口と、二つの枝を両手に取って、
『ウーム......』
凝と、見くらべているのだった。
八
ややあって、武蔵は、
『ア、済まない、済まない』
泣きじゃくっている小茶ちゃんの頭を撫で、心をくだいて、謝まったり、機嫌をとったりして、
『この花は、誰が切って来たのか知らないか』
『もらったの』
『誰に』
『お城の人に』
『小柳生城の家中か』
『いいえ女の人』
『ふウム。......では城内に咲いていた花だの』
『そうだろ』
『悪かった、後でおじさんが菓子を買おう、今度はちょうどよい筈だから、壺へ挿してごらん』
『こう?』
『そうそう、それでよい』
おもしろいおじさんと馴ついていた武蔵が、小茶ちゃんは、刀の光を見てから、急に怖くなったらしい。それがすむとすぐ、部屋に見えなくなった。
武蔵は、床に微笑している芍薬の花よりも、膝の前に落ちている枝の根元七寸程の切れ端へ、まだ眼も心も奪われていた。
その元の切口は、鋏で剪ったのでもないし、小刀とも思われない。幹は柔軟な芍薬のそれではあるが、やはり相当な腰の刀を用いて切ってあるものと武蔵は見たのである。
それも、生やさしい切り方ではないのだ。わずかな木口であるが切り人の非凡な手の冴えが光っている。
試みに、武蔵は、自分もそれに倣って腰の刀で切って見たのであるが、こう較べて、細やかに見ると、やはり違っている。どこがどうと指摘できないが、自分の切り口には、遙に劣るものを正直に感じるのだった。――たとえば一個の仏像を彫るのに、同じ一刀を用いても、その一刀の痕には、明らかに、名匠と凡工の鑿のちがいが分るように。
『はてな?』
彼は、独り思う。
『城内の庭廻りの侍にすら、これほどな手腕のものがいるとすると、柳生家の実体は、世間でいう以上なものかも知れない』
そう考えてくると、
『誤っている。自分などはまだ所詮――』
と、謙遜った気特にもなるし、またその気持を乗りこえたものが、
『相手にとって不足のないものだ。敗れた時は、いさぎよく、彼の足もとへ降伏するまでだ。――だが、何ほどのことがあろう、死を期してかかるからには』
闘志を駆って、こう坐っているうちにも、全身が熱くなって来る。若い功名心が、脈々と、肋骨のうちに張りつめる。
――が、手段だ。
所詮、武者修行のお方には、石舟斎様は、お会いなされますまい。誰の御紹介をお持ちになろうと、お会いになる気づかいはありません――とは、この旅宿の主もいったことばである。
宗矩は不在、孫の兵庫利厳も遠国。――どうしても、柳生を打ってこの土地を通ろうというのには、石舟斎を目がけるほかはない。
『何かよい方法は?』
またそこへ考えが戻ってくると、彼の血のうちを駆けていた野性と征服慾は、やや落ちついたものへ返って、眼は、床の間の清純な白い花へ移っていた。
『............』
何気なく見ているうちに、彼はふと、この花に似ている誰かを思い出していた。
――お通。
久しぶりに、彼の、荒々しくのみ働いている神経と粗朴な生活の中に、彼女のやさしい面貌が浮かんできた。
九
小柳生城のほうへ、お通が、駒のひづめを軽そうに引っ返して行くと、
『やア――い』
雑木の茂っている崖の下から、誰か、こう自分へ向っていうらしい者がある。
『子ども』
とは、すぐ分っていたが、この土地の子どもは、なかなか若い女を見てからかうような勇気のある子はいない。――誰かと、駒を止めていると、
『笛吹きのお姉さん、まだ居るの?』
真ッ裸な男の子だった。濡れた髪をして、着物は丸めて小脇にかかえ込んでいる。それが、臍もあらわに、崖から飛び上って来て、
(馬になんか乗ってやがる)
と、軽蔑するような眼で、お通を仰ぐのだった。
『あら』
お通には、不意打だった。
『誰かと思ったら、おまえはいつか、大和街道でべソを搔いていた城太郎という子でしたね』
『ベソ搔いて? ――噓ばっかりいってら、おら、あの時だって、泣いてなんかいやしねえぜ』
『それはとに角、いつここへ来たの』
『この間うち』
『誰と』
『お師匠様とさ』
『そうそう、おまえは、剣術つかいのお弟子さんでしたね。――それが今日はどうしたの、裸になって』
『この下の渓流で、泳いで来たんだ』
『ま。......まだ水が冷たいだろうに、泳ぐなんて、人が見ると笑いますよ』
『行水だよ、お師匠様が、汗くさいっていうから、お風呂のかわりに入って来たのさ』
『ホホホ。宿は』
『綿屋』
『綿屋なら、たった今、私も行って来た家ですね』
『そうかい、じゃあ、おらの部屋へ来て、遊んでゆけばよかったな、もどらないか』
『お使に来たのですから』
『じゃあ、あばよ』
お通はふり顧って、
『城太郎さん、お城へ遊びにおいで――』
『行ってもいいかい』
彼女は、愛嬌につい投げたことばに、ちょっと、自分で困りながら、
『いいけど、そんなかっこうじゃ駄目ですよ』
『じゃ嫌だよ。そんな窮屈なところへなんか、行ってやるもんか』
それで助かったような気がしてお通はほほ笑みながら、城内へ入った。
厩へ馬をもどし、石舟斎の草庵へ帰って、使先のもようを話すと、
『そうか、怒ったか』
石舟斎は笑って、
『それでいい。怒っても、つかまえどころがあるまいからそれでいい』
といった。
暫らく経って、何かほかの話の折に思い出したのであろう。
『芍薬は、捨てて来たか』
と訊いた。
旅宿の小女に与えて来たというと、その処置にもうなずいて、
『だが、吉岡のせがれ伝七郎とかいう者、あの芍薬を、手には取って見たろうな』
『はい、お文を解く時』
『そして』
『そのまま突き戻しました』
『枝の切口は見なかったか』
『べつに......』
『何も、そこに眼をとめて、いわなかったか』
『申しませんでした』
石舟斎は、壁へいうように、
『やはり会わんでよかった。会って見るまでもない人物。吉岡も、まず拳法一代じゃ』
四 高 弟
一
荘厳といっていいほどな道場である、外曲輪の一部で、床も天井も、石舟斎が四十歳頃に建て直したという巨材だ。ここで研磨した人々の履歴を語るように、年月の古びと艶を出していて、戦時には、そのまま武者溜りとして使えるように広くもあった。
『軽いっ――太刀先ではないっ――肚っ、肚っ肚っ!』
襦袢一着に、袴をつけ、用人の庄田喜左衛門は、一段高い床に腰をかけて、呶鳴っていた。
『出直せっ、成っていない』
叱られているのは、やはり柳生家の家士であった。汗で眼まいのしている顔を、
『アふっ......』
振りうごかしながら、
『えやあっ!』
すぐ火と火のように打ち合っているのだった。
ここでは、初心に木剣を持たせなかった。上泉伊勢守の門で考案したという韜という物を使っている。革のふくろに割竹をつつみこんだ物である。鍔はない、革の棒だ。
――びしいッっ。
撲ることの烈しい場合は、それでも、耳が飛んだり、鼻が柘榴になったりする。敢て、打ちどころに約束はないのである。横ざまに、諸足を撲ってぶっ仆してもいいのだ。仆れて仰向いた顔へ、さらに二撃を加えてもべつだん法に反いたことにはならない。
『まだ! まだ! そんな事で』
へナへナになるまでやらせておく。初心ほどわざと冷酷にあつかう。ことばでも罵る。たいがいな家士は、これがあるので柳生家の奉公はなみなことではないといっている。新参などで続く者は稀れである。従って、ふるいにかけられた人のみが、家中なのだ。
足軽や厩者でも、柳生家の家人である者は、多少なり刀術の心得のない者はない。庄田喜左衛門は、役目は用人であるが、すでに早く新陰流に達し、石舟斎が研鑽して、家の流というところの柳生流の奥秘も会得していた。――そして、彼は彼で、自分の個性と工夫を加えて、
(おれのは、庄田真流である)
と、称していた。木村助九郎は、馬廻りであったが、これも上手だった。村田与三は、納戸役であるが、しかし、今は肥後へ行っている柳生家の嫡孫兵庫とは、好敵手だといわれた者である。出淵孫兵衛もここの一役人に過ぎないが子飼いからの者で、従って、豪壮な剣をつかう男だ。
(わしの藩へくれい)
と、その出淵は越前侯から、村田与三は、紀州家から、懇望されているくらいだった。
出来ると、世間に聞えると、諸国の大名から、
(あの男をくれぬか)
と、聟のように持ってゆかれるので、柳生家は、誉であったが、困りもする。断ると、
(そちらでは、よい雛鳥がいくらでも後から孵るのだから)
などという。
時代の剣士は、今この古い砦の武者溜りから、無限に湧いて出るような家運であった。この家運の下に奉公する侍が、韜と木剣で、たたきに叩き抜かれなければ一人前になれないことは、また当然な家憲でもあった。
『――なんじゃっ、番士』
ふいに、庄田が立って戸外の人影へいった。
番士のうしろには、城太郎が立っていた。庄田は、
『おや?』
と、眼をみはった。
二
『おじさん、今日は――』
『こら、なんで貴さま、お城へなど入って来たか』
『門にいた人に連れて来てもらったんだ』
城太郎の答えに無理はない。
『なる程』
庄田喜左衛門は、彼を連れて来た大手門の番士に、
『なんだ、この小僧は』
『あなた様にお目にかかりたいと申すので』
『こんな小僧のことばを取り上げて、御城内へ連れて来てはいかん。――小僧』
『はい』
『ここはお前たちの遊びに来る場所ではない。帰れ』
『遊びに来たんじゃない。お師匠様の手紙をもって、使に来たんだ』
『お師匠様の......。ははあ、そうか。おまえの主人は、武者修行だったな』
『見てください、この手紙』
『読まんでもいい』
『おじさん、字が読めないのかい?』
『なに』
苦笑して――
『ばかをいえ』
『じゃあ、読んだらいいじゃないか』
『こいつ、喰えん小僧だ。読まんでもいいというのは、たいがい、読まなくとも分っているという意味だ』
『わかっているにしても、一応は読むのが礼儀じゃないか』
『孑孑や蛆ほど多い武者修行に、いちいち礼儀を執っていられないことは許してくれ。この柳生家で、それをやっていたら吾々は毎日、武者修行のために奉公していなければならないことになる。――そういっては、せっかく使に来たおまえに可哀そうだが、この手紙も、ぜひ一度、鳳城の道場を拝見させていただきたい、そして、天下様御師範のお太刀の影なりともよろしいから、同じ道に志す後輩のために、一手の御授業を賜わりたい......。まあ、そんなところだろうなあ』
城太郎は、まるい眼を、ぐるりと動かして、
『おじさん、まるで中を読んでるようなことをいうね』
『だから見たも同じだといっておるじゃないか。ただし、柳生家においても、何もそう訪ねてくれる者を、素ッ気なく追い返すというわけではない』
嚙んでふくめるように、
『――その番士に、教えてもらうがいい。御当家を訪れた一般の武者修行は、大手を通って、中門の右を仰ぐと、そこに、新陰堂と木額のかかっている建物がある。そこの取次の者へ申し入れると、休息も自由、又、一夜や二夜は泊めてあげる設備も出来ている。そして、世の後進のために、わずかながら、出立の折には、笠の代として、一封ずつの金を喜捨することにもなっている。だから、この手紙は、新陰堂の役人のほうへ持ってゆくがよろしい』
そう諭して、
『わかったか』
すると、城太郎は、
『わからない』
と、首を振って右の肩をすこし昻げ、
『おい、おじさん』
『なんじゃ』
『人を見てものをいいなよ。おれは、乞食の弟子じゃないぜ』
『ふム。貴さま......、ちょっと口がきけるの』
『もし、手紙を開けて見て、おじさんがいったことと、書いてある用向きと、まるで、違っていたらどうする?』
『むむ......』
『首をくれるかい』
『待て待て』
栗のイガを割ったように、喜左衛門は顎髯の間から、赤い口を見せて、笑ってしまった。
三
『首はやれん』
『じゃあ、手紙を見ておくれよ』
『小僧』
『なんだい』
『貴さまが、師の使命を恥かしめぬ心にめでて、見てつかわす』
『あたりまえだろ。おじさんは柳生家の用人じゃないか』
『舌は、絶倫だな。剣もそんなになればすばらしいが......』
いいながら封を切って、武蔵の手紙を黙読していたが、読み終ると、庄田喜左衛門は、ちょっと、怖い顔つきをした。
『城太郎。――この手紙のほかに、何か持って来たか』
『あ、忘れていた、これを』
ふところから、無造作に出したのである。それは、七寸ばかりの芍薬の切枝だった。
『............』
黙然と、喜左衛門は、その両方の切口を見くらべていたが、しきりと、小首をかしげるのみで、武蔵の書中にあることばの意味が、十分に、彼には解せないらしいのである。
武蔵の書面には、計らずも、宿の少女から芍薬の一枝をもらったこと。それが御城内のものであるということ。――次に、切口を見て非凡なお方の切ったものと拝察したということ。
そう次第を書いて来て、
(花を挿け、その神韻を感じるにつけ、どなたがあれをお切りになったか、どうしても知りたい気がする。甚だ、つかぬことをお訊ね申すようであるが、御家中の誰方であるや、おさしつかえなくば、使の童に、一筆お持たせねがいたい)
自分が、武者修行の者とも書いてない。試合の希望もいっていない。それだけの文意であった。
(ふしぎなことをいってくる)
喜左衛門は、そう思って、一体どう切口が違っているかを、まず審さな眼で検めてみたが、どっちがどう先に切ってあるのか、どこに相違があるのか、見出せないのだ。
『村田』
その手紙と、切枝とを、彼は道場の内へ持って入って、
『これを見ろ』
と示した。そして、
『一体、この枝の両端の切口が、どっちがそんな達人の切ったもので、また、どっちが、より劣った切口になっているか、貴公の眼で鑑わけがつくか』
村田与三は、睨むように、交る交る見ていたが、
『わからぬ』
吐き出すようにいった。
『木村に見せてみよう』
奥へ入って、お役部屋をのぞいてゆき、木村助九郎を見つけて同じように意見を訊くと、木村も、
『さてなあ』
不審とするばかりだった。
だが、いあわせた出淵孫兵衛のことばによると、
『これは一昨日、大殿が手ずからお切りになったものだ。――庄田殿は、その折おそばにいたはずではないか』
『いや、花をお挿けになっているのは見たが』
『その時の一枝だ。――それをお通が、殿のいいつけで、吉岡伝七郎の許へ、お文を結びつけて携えて行ったもの』
『オ。あれかな?』
喜左衛門はそういわれて、もいちど、武蔵の手紙を読み直した。こんどは、愕然と眼を革めて、
『御両所、ここには、新免武蔵と署名してあるが、武蔵といえば、先頃、宝蔵院衆と共に般若野で多くの無頼者を斬ったという――あの宮本武蔵とは別人だろうか』
四
――武蔵とあれば、多分、そうだろう、あの武蔵にちがいあるまい。
出淵孫兵衛も、村田与三も、そういって、手から手へ、再度、手紙を渡して読み直しながら、
『文字にも、気禀がみえる』
『人物らしいな』
と、呟いた。
庄田喜左衛門は、
『もし、この手紙にある通り、ほんとに、芍薬の枝の切口を一見して、非凡と感じたのなら、これはおれたちより少し出来る。――大殿が手ずから切ったものだから、或いは、まったく鑑る者が鑑れば違っているのかも知れないからな』
『むム......』
出淵は、ふいに、
『会ってみたいものだな。――それも一つ糺してみようし、また、般若野のことなども、訊いてみるもよかろう』
喜左衛門は思い出して、
『使に来た小僧が、待っておるのだ。――呼んでみるかの』
『どうじゃ』
独断ではというように出淵孫兵衛は、木村助九郎に計ってみる。助九郎がいうには、今はすべての武者修行に授業を断っている折だから道場の客としては迎えられない。しかしちょうど、中門の上の新陰堂の池の畔には、燕子花がさいているし、山つつじの花もぼつぼつ紅くなっている。そこに、酒でも設けて、一夕、剣談を交そうとあれば、彼もよろこんで来るであろうし、大殿の耳へ入っても、それならばお咎めはなかろうではないか。
喜左衛門は、膝を打って、
『それはよいお考えだ』
村田与三も、
『自分たちに取っても一興、さっそく、そう返事をやろうではないか』
と、話は決まる。
――戸外では、城太郎、
『アアア......遅いなあ』
欠伸をしていたが、やがて、彼のすがたを嗅いで、のっそり寄って来た大きな黒犬を見ると、こいつよい友達と、
『やい』
耳をつかんで引き寄せ、
『すもうを取ろう』
抱きついて、引っくり転した。
よく自由になるので、二、三度手玉にとって抛ったり、上顎と下顎を手で抑えて、
『わんといえ』
そのうちに、何か、犬の癎に触ったことがあるとみえ、いきなり城太郎のすそへ嚙みついて、犢のように唸りだした。
『こいつ、おれを誰だと思う』
木刀に手をかけて、彼が見得を切ると、犬は、喉を太くして、猛然と、小柳生城の兵を奮い起たすような声で吠えだした。
こつうんッ――
と、本剣が一つ、犬のかたい頭に石を打ったような音をさせると、猛犬は、城太郎の背へかぶりつき帯を咥えて、彼の体を振り飛ばした。
『生意気なっ』
彼の起つより、犬のほうが遙に迅かった。ギャッと、城太郎は、両手で顔を抑えた。
そして、逃げ出すと、
わ、わ、わ、わんッ
猛犬のほえる谺は、後の山を揺るがした。顔を抑えている両手の指のあいだから血がながれて来たので、城太郎は、逃げ転びながら、
『わァん――』
と、これも犬に負けない大声をあげて、泣き出してしまった。
第一巻 終
円 座
一
『行って参りました』
帰って来ると、城太郎は取り澄ました顔つきで、武蔵の前にかしこまった。
武蔵は、何げなく彼の顔を見て驚いた。碁盤の目みたいに顔中が傷でバラ搔きになっている。鼻なども、砂の中に落ちた苺みたいに血だらけなのだ。
さぞ鬱陶しい事だろうし、痛くもあろうに、それについては、城太郎が些っとも触れないので、武蔵も何も問わなかった。
『返事をよこしたよ』
庄田喜左衛門の返書をそこへさし出して、ふた言三言、使先の様子を話していると、顔からぽとぽと血がながれてくる。
『ハイ。それだけです、もうよございますか』
『ご苦労だった』
武蔵が、喜左衛門の返書へ眼を落している間に、彼は、両手で顔を抑えて、あわてて部屋の外へ去った。
小茶ちゃんが、後から尾いて来て、心配そうに彼の顔をのぞいた。
『どうしたの、城太郎さん』
『犬にやられたんだ』
『ま、どこの犬』
『お城の――』
『アア、あの黒い紀州犬。あの犬じゃ、いくら城太郎さんでもかなうまいよ。いつかも、お城の中へ忍び込もうとした他国の隠密の者が嚙み殺されたというくらいな犬だもの』
いつも虐められているくせに、小茶ちゃんは親切に、彼を導いて、裏の流れで顔を洗わせたり、薬を持って来て付けてやったりするので、今日ばかりは城太郎も悪たれをたたかず、彼女のやさしい親切に甘えて、
『ありがと。ありがと』
くり返して、頭ばかり下げていた。
『城太郎さん、そんなに、男のくせに、安ッぽく頭を下げるものじゃないわ』
『だって』
『喧嘩しても、あたし、ほんとは城太郎さんが好きなんだもの』
『おらだって』
『ほんまに』
城太郎は、膏薬と膏薬のあいだの顔の皮膚を真っ赤にさせた。小茶ちゃんも火みたいな顔をして、その頰ぺたを両手で押えた。
誰もいなかった。
そこらに乾いている馬糞から陽炎が燃えている。そして、緋桃の花が太陽からこぼれて来た。
『でも、城太郎さんの先生は、もうすぐここを立つんだろ』
『まだ居るらしいよ』
『一年も二年も泊っているとうれしいんだけど......』
馬糧小屋の馬糧の中へ、二人は仰向けになって転がった。手と手だけは繫いでいた。体が納豆のように蒸れて来ると、城太郎は物狂わしく小茶ちゃんの指へいきなり嚙みついた。
『ア痛っ』
『痛かった。ごめん』
『ううん、いいの、もっと嚙んで』
『いいかい』
『アア、もっと嚙んで、もっと強く嚙んで――』
犬ころみたいに、二人は、馬糧を頭から被って、喧嘩のように抱き合っていた。どうするでもなく抱擁をもだえ合っていた。すると、小茶ちゃんを探しに来た爺やが、呆れ果てたように眺めていたが、突然、道徳の高い君子のような顔をして、
『この阿呆っ。餓鬼のくせに、何して居さらすっ』
ふたりの襟くびを摑んで引きずり出し、小茶ちゃんのお尻を、二ッ三ッ打った。
二
その日から翌る日へかけ、二日のあいだというもの、武蔵は何を考えているのか殆ど口もきかずに腕を拱いていた。
沈湎たるその眉を見て、城太郎はひそかに怖れをなした。馬糧小屋の中で小茶ちゃんと遊んだことが分かったのではないかと思って――
ふと、夜中に、目をさまして、そっと首を出して見た時も、武蔵は、夜具の中に眼をあいて、おそろしい程、考えつめた顔つきをして、天井を見つめていた。
『城太郎、帳場の者に、すぐ来てくれと申してこい』
次の日の黄昏れが窓に迫って来た頃である。あわてて城太郎が出てゆくと、入れ代って、綿屋の手代が入って来た。間もなく、勘定書が届けられ、武蔵はその間に、出立の身支度をしているのだった。
『お夕飯は』
と、宿の者が訊きに来ると、
『いらぬ』
という彼の返事。
小茶ちゃんは、ぼんやり部屋の隅に立っていたが、やがて、
『旦那はん、もう、今夜は、此宿へ帰って寝ないの』
『ウム。長い間、小茶ちゃんにもお世話になったな』
小茶ちゃんは、両方の肱を曲げて、顔をかくした。泣いているのである。
――御機嫌よう。
――どうぞお気をつけて。
綿屋の番頭や女たちは、門口に並んで、この山国をどういうつもりか黄昏れに立つ旅人へ、人里の声を送った。
『? ......』
そこの軒を離れてから後を見ると、城太郎が従いて来ないので、武蔵は又、十歩ほど引っ返して、彼の姿をさがした。
綿屋の横の蔵の下に、城太郎は小茶ちゃんと別れを惜しんでいた。武蔵の影を見たので二人はあわてて側を離れて、
『......左様なら』
『......あばよ』
城太郎は、武蔵のそばへ駈けて来て、武蔵の眼を怖れながら、時々振りかえった。
柳生谷の山市の灯は、すぐ二人の後になった。武蔵は相かわらず黙々と足をすすめているだけであった。振り顧っても、もう小茶ちゃんの姿が見えないので、城太郎も悄ンぼりと従いてゆくほかはない。
やがて武蔵から、
『まだか?』
『何処』
『小柳生城の大手門は』
『お城へ行くの』
『うむ』
『今夜はお城で泊るのかい』
『どうなるか、わからんが』
『もうそこだよ、大手門は』
『ここか』
ぴたと、足を揃えて、武蔵は立ちどまった。
苔につつまれた石垣と柵の上に、巨木の林が海のように鳴っていた。そこの真っ暗な多門型の石塀のかげに、ポチと、四角な窓から明りが洩れている。
声をかけると、番士が出て来た。庄田喜左衛門からの書面を見せ、
『お招きによって罷り越した宮本と申す者でござる。――お取次を』
番士は、もう今夜の客を知っていた。取次ぐまでもなく、
『お待ちかねでござる、どうぞ』
と、先に立って、外曲輪の新陰堂へ、客を導いて行った。
三
ここの新陰堂は、城内に住む子弟たちが儒学を受ける講堂でもあり、また藩の文庫でもあるらしく奥へゆく通路の廊架側には、どの室にも、壁いっぱい書物の棚が見うけられる。
『柳生家といえば、武名だけで鳴っているが、武ばかりではないと見える』
武蔵は、城内を踏んで、柳生家というものの認識に、想像以上な厚味と歴史を感じるのだった。
『さすがに』
事毎に頷かれるのである。
たとえば、大手からここ迄の間の清掃された道を見ても、応対する番士のもの腰でも、本丸のあたりの厳粛なうちにも和やかな光のある燈火をながめても。
それはちょうど、一軒の家を訪れて、その家の上り口に履物をぬぐとたんに家風と人とがほぼ分るようにである。武蔵は、そうした感銘もうけながら、通された広い床へ坐った。
新陰堂には、どの部屋にも、畳というものは敷いてなかった。この部屋も板敷である、そして、客なる彼へは、
『どうぞ、おあてなされ』
と小侍が藁で編んである円座という敷物をすすめた。
『頂戴する』
遠慮なく、武蔵はそれを取って坐った。従僕の城太郎は、勿論、ここまでは通らない。外の供待でひかえている。
小侍がふたたび出て、
『今宵は、ようこそお越し下さいました。木村様、出淵様、村田様みなお待ちかねでございましたが、ただ庄田様のみが、生憎と突然な公用で、ちと遅なわりまするが、やがてすぐ参られます故、暫時お待ちのほどを』
『閑談の客でござる、お気づかいなく』
円座を、隅の柱の下へ移して、武蔵はそこへ倚りかかった。
短檠の明りが、庭先へ届いている。どこかで甘いにおいがするなと思って見ると、藤の花がこぼれているのである。紫もある白藤もある。ふと珍らしく思ったのは、ここで初めてまだ片言の今年の蛙の声を聞いたことである。
せんかんと其処らあたりを水が駈けているらしい。泉は床下へも通っているとみえ、落着くに従って、円座の下にもさらさらと流れの音が感じられる。やがては、壁も天井も、そして一穂の短檠の灯までが、水音を立てているのではないかと疑われるほど、武蔵は冷冷とした気につつまれた。
だが――その寂寞たる中にあって、彼のからだの裡には、抑えきれないほど沸きあがっているものがあった。熱湯のような争気を持つ血液である。
(柳生が何か)
と隅柱の円座から睥睨しているところの気概である。
(彼も一箇の剣人、われも一箇の剣人。道に於いては、互角だ)
と思い、又、
(いや今宵は、その互角から一歩を抜いて、柳生を、おれの下風にたたき落してみせる)
彼は信念していた。
『いや、お待たせ申して』
と、その時、庄田喜左衛門の声がした。ほかの三名も同席して、
『ようこそ』
と挨拶の後、
『それがしは、馬廻り役木村助九郎』
『拙者は、納戸方村田与三』
『出淵孫兵衛でござる』
と順々に名乗り合った。
四
酒が出る。
古風な高杯に、とろりと粘るような手造りの地酒。肴は、各々の前の木皿へ取り分けられてある。
『お客殿、こんな山家のこと故、何もないのです。ただ、寛いでどうぞ』
『ささ、遠慮なく』
『お膝を』
四名の主人側は、一人の客に対して飽くまでいんぎんであって、また飽くまで打ち解けて見せる。
武蔵は酒はたしなまない。嫌いなのではなく、まだ酒の味というものが分らないのである。
しかし、今夜は、
『頂戴する』
めずらしく杯を取って舐めてみた。まずいとは思わないが、格別にも感じない。
『おつよいと見える』
木村助九郎が、瓶子を向ける。席が隣なのでぽつぽつ話しかけるのであった。
『貴君から先日お訊ねのあった芍薬の枝ですな。あれは実は、当家の大殿がお手ずから切ったものだそうです』
『道理で、お見事なわけ』
と、武蔵は膝を打った。
『――しかしですな』
と、助九郎は膝をすすめ、
『どうして、あんな柔軟な細枝の切り口を見て、非凡な切り手ということが貴君には分りましたか。そのほうが、吾々には、むしろ怪訝しいのですが』
『............』
武蔵は、小首をかしげて、答えに窮するもののように黙っていたが、やがて、
『左様でござろうか』と、反問した。
『そうですとも』
庄田、出淵、村田の三名も、異口同音に、
『吾々には、分らない。......やはり非凡は非凡を識るというものか。そこのところを、後学のために、こよいは一つ説明していただきたいと思うのですが』
武蔵は、また一つ杯をふくみ、
『恐縮です』
『いや、御謙遜なさらずに』
『謙遜ではござらぬ。有り態に申して、ただ、そう感じたというだけに過ぎませぬ』
『その感じとは?』
柳生家の四高弟は、ここを追及して、武蔵の人間を試そうとするもののようであった。最初、一瞥したとたんに、四高弟はまず、武蔵の若年なのをちょっと意外としたらしい。次には、その逞ましい骨格に目がついた。眼ざしや身ごなしにも弛みがないと感服した。
けれど、武蔵が酒を舐めると、その杯の持ちようや箸のさばき、何かにつけ、粗野が目について、
(ははあ、やはり野人だ)
つい書生扱いになり、従って、幾分軽んじてくる傾きがあった。
たった三杯か四杯かさねただけなのに、武蔵の顔は、銅を焼いたように火てりだし、始末に困るように、時々手を当てた。
その容子が、処女みたいなので四高弟は笑った。
『ひとつ、貴君のいうところの感じとは、どういうものか、お話し下さらんか。この新陰堂は、上泉伊勢守先生が、当城に御滞在中、先生のため御別室として建てたもので、剣法に由縁のふかいものなのです。こよい武蔵どのの御講話を拝聴するにも、最もふさわしい席と思うが』
『困りましたな』
武蔵はそういうだけであった。
『――感覚は感覚、どういっても、それ以外に説きようはござらぬ。強いて目に見たく思し召すなら、太刀を把って、私をお試しくださるほかはない』
五
何とかして石舟斎へ近づく機縁をつかみたい、彼と試合してみたい、兵法の大宗といわれる老竜を自己の剣下にひざまずかせてみたい。
自己の冠に、大きな勝星を一つ加えることだ。
――武蔵来り、武蔵去る。
と記録的な足痕を、この土地へのこすことだ。
彼の旺な客気は今、その野望で満身を燃やしながらここに坐っている。しかもそれを現わさずにである。夜も静か、客も静かな裡にである。短檠の光は時折、烏賊のような墨を吐き、風の間に、どこかで片言の初蛙が鳴く。
庄田と出淵は、顔を見あわせて何か笑った。武蔵が今いったことば――
(――強いて目に見たく思し召すなら、私をお試しくださるほかはない)
これは穏かのようだが、明らかに戦闘を挑むものだ。出淵と庄田は、四高弟のうちでも年上だけに、早くも武蔵の覇気を観てとって、
(豎子、何をいうか)
と、その若気を苦笑するもののようであった。
話題は一つところにとどまらない。剣の話、禅の話、諸国のうわさ話、わけても関ケ原の合戦には、出淵も、庄田も、村田与三も主人について出たので、その折、東軍と西軍との敵味方であった武蔵とはひどく話に実が入って、主人側もおもしろげに喋べり出し、武蔵も興に入って話に耽ける。
徒に、刻は過ぎ――
(今夜をおいて、二度と、石舟斎へ近づく機会はない)
思いめぐらすうちに、
『お客、麦飯でござるが』
と、酒をひいて、麦飯と汁とが出される。
それを喰べつつも、
(どうしたら彼に)
武蔵は、他念がない。そして思うには、
(所詮、尋常なことでは接近できまい。よし!)
彼は、自分でも下策と思う策を取るほかなかった。つまり相手を激させて、相手を誘い出すことだ。しかし、自分を冷静において、人を怒らせることは難かしい。武蔵は、故意に、暴論を吐いてみたり、無礼な態度を見せたりしたが、庄田喜左衛門も出淵も笑って聞き流すだけである。くわっと乗って来るような不覚はこの四高弟のうちにはない。
武蔵は、やや焦心った。これで帰ることが無念だった。自分の底の底まで見透かされてしまった気がする。
『さ、寛ごう』
食後の茶になると、四高弟は、円座を思い思いの居心地へ移して、膝を抱えるのもある。あぐらを組む者もある。
武蔵だけは、依然として、隅柱を負っていた。つい無口になる。怏々として楽しまないものが胸を占めて霽れないのだ。勝つとは限らない、撃ち殺されるかも知れない。――それにしても石舟斎と試合わずしてこの城を去るのは生涯の遺憾だと思う。
『やっ?』
ふいにその時、村田与三が縁へ起って、暗い外へつぶやいた。
『太郎が吠えている。ただの吠え方ではない。何事かあるのではあるまいか』
太郎とはあの黒犬の名か、成程、二の丸のほうで怖しく啼き立てている。その声が、四方の山の谺を呼んで、犬とも思えない凄さであった。
太 郎
一
犬の声は、容易にやまない。凡事とも思えない吠え方なのである。
『何事だろう? 失礼だが、武蔵どの、ちょっと中座して見て参ります。――どうぞ御ゆるりと』
席を外して、出淵孫兵衛が出てゆくと、村田与三も、木村助九郎も、
『暫時、ごめんを』
と各々、武蔵へ対して、会釈を残しながら、出淵につづいて外へ去った。
遠い闇の中に、犬の声は、愈々、何か主人へ急を告げるように啼きつづけていた。
三名が去った後の席は、その遠吠えがよけいに凄く澄んで聞え、白けわたった燭の明りに、鬼気がみなぎっていた。
城内の番犬が、こう異様な啼き声を立てるからには、何か城内に異変があったものと考えなければならぬ。今、諸国ともにやや泰平のようでもあるが、決して隣国に気はゆるせたものではない。いつどんな梟雄が立って、どんな野心を奮い起さない限りもないのだ。乱波者(おんみつ)はどこの城下へも入りこんで、枕を高くして寝ている国をさがしているのだ。
『はての?』
独りそこに残っている主人側の庄田喜左衛門も、いかにも不安そうであった。何となく、火色の凶い短檠の灯を見つめて、陰々滅々と谺する犬の声をかぞえるように聴き耳をたてていた。
そのうちに、一声、けえん! と怪しげな啼き方が尾を曳いて聞えると、
『あっ』
喜左衛門が、武蔵の顔を見た。
武蔵もまた、
『あっ......』
と、徴な声を洩らし、同時に、膝を打っていった。
『死んだ』
すると、喜左衛門も共に、
『太郎め、殺られおった』
といった。
二人の直感が一致したのである。喜左衛門はもう居堪まらないで、
『解せぬこと』
と、席を立った。
武蔵は何か思い当ることがあるもののように、
『私の連れて参った城太郎という僕童は、そこに控えておりましょうか』
と、新陰堂の表の部屋にいる小侍に向ってたずねた。
そこらを捜しているらしく、暫くたってから、小侍の返辞が聞えた。
『お下僕は、見えませぬが』
武蔵は、ハッとしたらしく、
『さては』
と、喜左衛門へ向い、
『ちと心懸りな儀がござる。犬の斃れておる場所へ参りたいと思いますが、御案内下さるまいか』
『おやすいこと』
喜左衛門は、先に立って、二の丸のほうへ走った。
例の武者溜りの道場から一町ほど離れている場所だった。四、五点の松火の明りがかたまっていたのですぐ分った。先に出て行った村田も出淵もそこにいた。そのほか集まって来ていた足軽だの、宿直だの、番士たちだのが、真っ黒に垣をなして何か騒々いっているのだった。
『お!』
武蔵は、その人々のうしろから、松火の明りが円い空地を作っている中をのぞいて、愕然とした。
案のじょう、そこに突っ立っていたのは鬼の子のように、血まみれになっている城太郎であった。
木剣を提げ、歯を食いしばり、肩で息をつきながら、自分をとり囲んでいる藩士たちを、白い眼で睨みつけている。
その側には、毛の黒い紀州犬の太郎が、これも、無念な形相をして、牙を剝き出し、四肢を横にして斃れているのだった.
『? ......』
しばらくものをいう者もなかった。犬の眼は、松火の焰に向って、くわっと開いているけれど、口から血を吐いているところを見ると、完全に死んでいるのである。
二
啞然として、そこの有様に眼をみはっていたが、やがて誰かが、
『オオ、御愛犬の太郎だ』
うめくように呟くと、
『こいつ奴』
いきなり一人の家臣は、茫然としている城太郎のそばに行き、
『おのれかッ、太郎を撃ち殺したのは』
ぴゅっと掌のひらが横に唸った。城太郎はその掌が来る咄嗟に顔を交して、
『おれだ』
と、肩を昻げて叫んだ。
『なぜ撃ち殺した?』
『殺すわけがあるから殺した』
『わけとは』
『かたきをとったんだ』
『なに』
意外な面持ちをしたのは、城太郎に立ち向っているその家臣だけでなかった。
『たれのかたきを?』
『おれのかたきをおれが取ったんだ。おととい使に来た時、この犬めが、おれの顔をこの通りに引っ搔いたから、今夜こそ撃ち殺してやろうと思って、捜していると、あそこの床下に寝ていたから、尋常に勝負をしろと、名乗って戦ったんだ。そしておれが勝ったんだ』
彼は自分が決して卑怯な決闘をしたのではないということを、顔を赤くして力説するのだった。
しかし、彼を咎めている家臣や、この場のこと重大視している人々は、犬と人間の子の果し合いが問題ではないのである。人々が憂いや怒りをふくむ所以は、この太郎と呼ぶ番犬は、今は江戸表にある主人の但馬守宗矩が、ひどく可愛がっていた犬でもあり、殊に、紀州頼宣公が愛している雷鼓という牝犬の児を、宗矩が所望して育てたという素性書もある犬なのであった。――それを撃ち殺されたとあっては、不問に付しておくわけにゆかない。禄を食んでいる人間が二名もこの犬の係りとしてついているのでもある。
今、血相をかえて、城太郎に向って、青すじを立てている家臣が、即ちその太郎付の侍なのであろう。
『だまれっ』
また一拳を彼の頭へ見舞った。
こんどは交し損ねて、その拳が城太郎の耳の辺をごつんと打った。城太郎の片手がそこを抑え、河ッ童あたまの毛がみな逆立ッた。
『何するんだ!』
『御犬を撃ち殺したからには、御犬のとおりに打ち殺してくれる』
『おれは、このあいだの、返報をしたんだ。返報のまた返報をしてもいいのか。大人のくせにそれくらいな理窟がわからないのか』
彼としては、死を賭して、やったことだ。侍の最大な恥は面傷だというその意気地を明らかにしたのだ。むしろ、誉められるかとさえ思っているかも知れないのである。
だから、太郎付の家臣が、いくら咎めようと怒ろうと、彼としては怯まないのだ。かえってその由謂れのないことを憤慨して、反対に喰ってかかった。
『やかましいっ。いくら童でも、犬と人間のけじめがつかぬ年ごろではあるまい。犬に仇討ちをしかけるとは何事だ。――処分するぞっ、こらっ、御犬のとおりに』
むずと城太郎の襟がみをつかんで、その家臣は、初めて周りの人々へ眼をもって、同意を求めた。自己の職分として、当然にすることを宣言するのであった。
藩士たちは、黙ってうなずいた。四高弟の人々も、困った顔いろはしていたが黙っていた。
――武蔵も黙然と見ていた。
三
『さっ、吠えろ小僧』
二、三度襟がみを振廻されて、眼がくらくらとした途端に、城太郎は大地へ叩きつけられていた。
御犬の太郎付の家臣は、樫の棒を振りかぶって、
『やいっ童。おのれが御犬を撃ち殺したように、御犬に代って、おのれを撃ち殺してやるから起て。――きゃんとでもわんとでも吠えて来い、嚙みついて来いっ』
急に起てないのであろう、城太郎は歯をくいしばって、大地へ片手をついた。そして徐々に、木剣と共に体を起すと、子供とはいえ、その眼はつり上って死を決し、河ッ童あたまの赤い毛は、怒りに逆立って、こんがら童子のような凄い形相を示した。
犬のように、彼は唸った。
虚勢ではない。
彼は、
(おれの為たことは正しくて間違っていない)
と信じているのである。大人の激憤には、反省もあるが、子供がほんとに憤おると、それを生んだ母親でさえ持てあますものだ。まして、樫の棒を見せられたので、城太郎は、火の玉のようになってしまった。
『殺せっ、殺してみろっ』
子供の息とも思えない殺気であった。泣くが如く呪うが如く、こう彼がわめくと、
『くたばれッ』
樫の棒は唸りを呼んだ。
一撃の下に、城太郎はそこへ死んでいる筈である。カツンという大きな響きがそれを人々の耳へ直覚させた。
――武蔵は、実に冷淡なほど、猶もその際まで、黙然と腕ぐみしたまま、傍観していた。
ぶん――と城太郎の木剣は、その時、城太郎の手から空へ吹き飛ばされていたのであった。無意識に彼は、最初の一撃をそれで受けたのであったが、当然、手のしびれに離してしまったものらしく、次の瞬間には、
『こん畜生』
眼をつぶって、敵の帯際へ嚙ぶりついていた。
死にもの狂いの歯と爪は、相手の急所を制して離さなかった。樫の棒は、そのために、二度ほど空を払った。子供と侮ったのがその者の不覚なのである。それに反して城太郎の顔つきは絵にも描けないほど物凄かった。口を裂いて敵の肉を食いこみ、爪は衣を突きぬいていた。
『こいつめッ』
するとまた一本、べつな樫の棒が現われ、そうしている城太郎の背後から、彼の腰を狙って、撲り下ろそうとした時である。武蔵は初めて腕を解いた。石垣のようにじっと固くなっていた人々の間から、ついと進み出したのが、はっと感じる間もないくらいな行動であった。
『卑怯』
二本の脚と棒が宙へ輪を描いたと思うと、どたっと鞠みたいな物が二間も先の大地へ転がった。
その次には、
『この悪戯者めが』
と、叱りながら、城太郎の腰帯へ諸手をかけて、武蔵は、自分の頭の上に、高々と差し上げてしまった。
そして又、咄嗟に棒を持ち直している太郎付の家臣に向い、
『最前から見ておるが、すこしお取調べに手落があろう。これは、拙者の下僕でござるが、貴公たちは、抑抑、罪を、この小童に問われるつもりか、それとも主人たる拙者に問うつもりか』
すると、その家臣は、激越に言い返した。
『言う迄もなく、双方に糺すのじゃ』
『よろしい。然らば、主従二人して、お相手いたそうそれっ、お渡しするぞ』
ことばの下に、城太郎の体は、相手の姿へ向って抛り投げられた。
四
先刻から、周囲の人々は、
(彼は何を血迷っているのか。自分の下僕であるあの小童を、頭上に差し上げて、あれを一体どうするつもりだろう?)
武蔵の仕方に眼をみはり、武蔵の心を忖度りかねていたらしい。
すると、諸手にさしあげていた城太郎のからだを、武蔵が、宙天から落すように相手の者へ向って抛りつけたので、
『あっ――』
人々は、そこを広くして、思わず後へ跳び退いた。
人間をもって人間へ打つける。余りにも無茶な――意外な――武蔵の仕方に気をのまれてしまったのである。
武蔵に抛られた城太郎は、天から降って来た雷神の子みたいに、手も足もちぢめ、まさかと油断して突っ立っていた相手の胸のあたりへ、
『わっ』
ぶつかったのである。
顎を外したように、
『ぎぇッ』
異様な声をあげると、その者の体は、城太郎の体と重なって、立ててある材木を離したように、直線にうしろへ倒れた。
したたかに、大地へ、後頭部でも打ったのか、城太郎の石頭が、ぶつけた途端に先の肋骨をくだいたのか、兎に角、ぎぇッといった声をさいごに、太郎付のその家臣は唇から血を噴いてしまったが、城太郎の五体はその胸の上で一ツとんぼ返りを打ったと思うと、そのまま二、三間先まで、鞠のように転がって行った。
『や、やったなっ』
『どこの素浪人』
これはもう太郎付の役であると否とにかかわらず、周りにいた柳生家の家臣たちが、こぞって罵り出した雑言だった。こよい四高弟の者が、客として招いた宮本武蔵とよぶ人間であることを判乎知っていた者は少いのであるから、さしずめ、そんなふうに見て、殺気立ったのも無理ではないのである。
『偖――』
武蔵は、向き直った。
『各々』
何を、彼はいおうとするのか。
すさまじい血相をもって、城太郎が取り落したところの木剣をひろい、それを右手にさげて、
『小童の罪は、主人の罪、どうなりと、御処罰を承まわろう。ただし、それがしも、城太郎も、いささか剣をもって侍の中の侍をもって任じている者にござりますゆえ、犬のごとく棒をもって撃ち殺されるわけには参りかねる。一応お相手つかまつるから左様御承知ねがいたい』
これでは罪に伏すのではなくて、明かな挑戦だ。
ここで一応、武蔵が、城太郎に代って、謝罪と陳弁をつくして藩士たちの感情を極力なだめることに努めれば、或は、何とか穏かに納まりがついたろうし、また、先程から口を挾みかねていた四高弟の輩も、
(まあ、まあ)
と、相互のあいだにはいる機会もあったろうが、武蔵の態度は、あたかもそれを拒み、かえって、自分のほうから事件の葛藤を好んでいるように見えるので、庄田、木村、出淵などの四高弟は、
『奇怪な』
眉をひそめて、彼の態度をひどく憎むもののように、端へ避って、じっと、鋭い眼をそろえて、武蔵を見まもっていた。
五
勿論、武蔵の暴言には、四高弟のほか、そこにいる面々は皆、尠からず、激昻した。
彼の何者であるかを知らないし、また彼の意中を測れない柳生家の諸士は、それでなくても、火になりたがっていた感情へ油をそそがれて、
『なにをッ』
誰とはなく、武蔵へ応じ、
『不逞な奴っ』
『どこぞの諜者だろう、縛ってしまえ』
『いや、斬ッちまえ』
また――
『そこを去らすなっ』
前後からこうひしめいて将に彼の身は、彼の手に抱え寄せられている城太郎と共に、白刃の中に隠されてしまうかと見えた。
『あッ待てっ』
庄田喜左衛門であった。
喜左衛門がそう叫ぶと、村田与三も、出淵孫兵衛も、
『あぶないっ』
『手を出すな』
四高弟の者は初めて、こう積極的に出て、
『退け退け』
と、いった。
『ここは、吾々にまかせろ』
『各々は、各々のお役室へもどっておれ』
そして――
『この男には、何か画策があると観た。うかと、誘いに釣り込まれて、負傷を出しては、御主君に対し吾々の申し開きが立たぬ。御犬のことも、重大事には相違ないが、人命はより貴重なものだ。その責任も、吾々四名が負うもので、決して、貴公たちに迷惑はかけぬから、安堵して、立ち去るがよい』
程経て後のそこには、最前新陰堂に坐っていた客と主人側だけの頭数だけが残っていた。
けれど、今はもう、主客のあいだがらは一変して、狼藉者と裁く者との、対立である。敵対である。
『武蔵とやら、気の毒ながらそちらの計策は破れたぞ。――察するに、何者かに頼まれ、この小柳生城を探りに来たか、或は御城内の攪乱を目論んで来たものに違いあるまい』
四名の眼は、武蔵をかこんで詰めよるのであった。この四名のどの一人でも達人の域に達していないものはないのである。武蔵は、城太郎を小脇に庇いながら、根が生えたように、同じ位置に立っているのであったが、仮に今、この場を脱しようと考えても、それは身に翼を持っていても、こう四名の隙を破って逃げ去ることは難しいだろうと思われた。
出淵孫兵衛が、次に、
『やよ、武蔵』
鯉口を切った刀の柄を、やや前へせり出して、構え腰をしていった。
『事破れたら、いさぎよう自決するのが武士の値打だ。小柳生城の中へ、童ひとりを連れて、堂々と、入り込んで御座った不敵さは、曲者ながらよい面がまえ、それに、一夕の好誼もある。――腹を切れ、支度のあいだは待ってやろう。武士はこうぞという意気を見せられい』
それで、すべてが解決できると四高弟の方では考えていた。
武蔵を招いたことが、抑々、主君へは無断のことであったから、彼の素性目的も、不問のまま闇の出来事として、葬り去ろうという意思らしいのだ。
武蔵は肯じない。
『なに、この武蔵に腹を切れといわれるか。――馬鹿なっ、馬鹿なことを』
昻然と、肩を揺すって彼は笑った。
六
飽くまでも、武蔵は相手の激発を挑むのであった。闘争を仕かけるのであった。
なかなか感情をうごかさなかった四高弟の者も、遂に、眉に険をたたえ、
『よろしい』
ことばは静かだが、断乎とした気をふくんでいった。
『こちらが、慈悲をもって申しておれば、つけ上って』
出淵のことばにつづいて、木村助九郎が、
『多言無用』
武蔵の背へ廻って、
『歩めっ』
背を突いた。
『何処へ?』
『牢内へ』
――すると武蔵はうなずいて歩きだした。
しかしそれは自分の意思のままに運んでゆく足であって、大股に本丸のほうへ近づいて行こうとするのである。
『何処へ行く?』
ぱっと助九郎は先へ廻って、武蔵のまえに両手をひろげ、
『牢は、こちらでない。後へもどれ』
『もどらん』
武蔵は、自分の側へ、ひたと貼りついたようにしている城太郎へ向い、
(おまえは、彼方の松の下にいるがよい)
この辺はもう本丸の玄関に近い前栽らしく、所々に、枝ぶりのよい男松が這っていて篩にかけたような敷き砂が光っていた。
武蔵にいわれて、城太郎はその袂の下から勢いよく走った。そして、一つの松の木を楯にして、
(そら、お師匠様が、何かやりだずぞ)
般若野における武蔵の雄姿を思いだし、彼もまた、針鼠のように筋肉を膨らませていた。
――見ると、その間に、庄田喜左衛門と出淵孫兵衛のふたりが、武蔵の左右へ寄り添い、武蔵の腕を両方から逆に取って、
『もどれ』
『もどらぬ』
同じことばを繰返していた。
『どうしても戻らぬな』
『む! 一歩も』
『うぬっ』
前に立って、木村助九郎が、ついにこう癇を昻げ、刀の柄を打ち鳴らすと、年上の庄田と出淵の二人は、まあ待てとそれを止めながら、
『もどらぬなら戻らぬでよろしい。しかし、汝は、何処へ行こうとするか』
『当城の主、石舟斎へ会いにまいる』
『なに?』
さすがの四高弟も、それには愕として顔いろを革めた。奇怪でならなかったこの青年の目的が、石舟斎へ近づくことであろうなどとは、誰も考えていなかったのである。
庄田は、畳みかけて、
『大殿へ会って、何とする気じゃ』
『それがしは、兵法修行中の若輩者、生涯の心得に、柳生流の大祖より一手の教えを乞わんためでござる』
『しからばなぜ、順序をふんで、我々にそう申し出ないか』
『大祖は、一切人と会わず、また修行者へは、授業をせぬと承った』
『勿論』
『さすれば、試合を挑むよりほか道はあるまい、試合を挑んでも、容易に余生の安廬より起って出ぬに相違ない。――それゆえ拙者は、この一城を相手にとって、まず、合戦を申しこむ』
『なに、合戦を?』
あきれた顔つきで四高弟はそう反問した。そして、武蔵の眼いろを見直した――こいつ狂人ではあるまいかと。
相手の者に、両腕をあずけたまま武蔵は空へ眼を上げていた。何か、バタバタと闇が鳴ったからである。
『? ......』
四名も眼をあげた。その一瞬、笠置山の闇から城内の籾蔵の屋根のあたりへ、一羽の鷲が、星をかすめて飛び降りた。
心 火
一
合戦といっては、言葉が大げさにひびくが、武蔵が今の自分の気持をいい現わすには、そういってもなおいい足りないほどであった。
技の末や、単なる小手先の試合では決してない。そんな生ぬるい形式を、武蔵は求めているのでもない。
合戦だ、飽くまでも戦だ。人間の全智能と全体力とを賭けて、運命の勝敗を挑むからには、形式はちがっても、彼にとっては大なる合戦にかかっている気持と少しも違わないのである。――ただ三軍をうごかすのと、自己の全智と全力をうごかすのとの相違があるだけだった。
一人対一城の合戦なのだ。――武蔵の踏ん張っている踵には、そういう激しい意力があった。――で自然、合戦というような言葉が口をついて出たので、相手の四高弟は、
(こいつ狂人か?)
と、彼の常識を疑うように、その眼ざしを見直したが、これは疑ったほうにも無理はなかった。
『よしっ、おもしろい』
敢然と、こう応じて、木村助九郎は、穿いていた草履を足で飛ばし、そして、股立をからげた。
『――合戦とはおもしろい。陣鼓や陣鐘を鳴らさんまでも、その心得で応戦してやる。庄田氏、出淵氏、そやつをおれのほうへ突っ放してくれ』
さんざん止めもし、堪忍もした揚句である。第一、木村助九郎はさっきから頻りと成敗したがっている。
(もうこれまでだろう)
そう眼でいい合すように、
『よしっ、まかせるっ』
両方から抱えていた武蔵の腕を、二人が同時に離して、ぽんと背を突くと、六尺に近い武蔵の巨きな体が、
だ、だ、だっ――
四ツ五ツ大地を踏み鳴らし、助九郎の前へ、よろめいて行った。
助九郎は、待っていたものの、颯――と一足退いた。弾み込んでくる武蔵の体と自分の腕の伸びとに間合を測って退いたのである。
『――ガギッ』
奥歯のあたりでこう息を嚙むと、助九郎の右の肱は、顔へ上っていた。そして音のない音が、ヒュッと鳴るかのように、武蔵のよろめいて来た影を抜き打ちにした。
ザ、ザ、ザ、ザ――
と、剣が鳴った。助九郎の刀が神霊を現わしたように、鏘然と、刃金の鳴りを発したのである。
――わっ。という声が一緒に聞えた。武蔵が発したのではない。彼方の松の下にいた城太郎が飛び上ってさけんだのだ。助九郎の刀がザザと鳴ったのも、その城太郎がつかんでは投げつけた荒砂の雨だったのである。
けれど、その際の一つかみの砂などは、何の効果もないことはもちろんだった。武蔵は、背を突かれたせつなに、予じめ、助九郎が間合を測ることを計って、むしろ自分の勢をも加えて、彼の胸いたへ突進して行ったのである。
突かれてよろめいてくる速度と、その速度に捨て身の意思を乗せてくるのとでは、速度の上に、大きな相違がある。
助九郎の退いた足と、同時に、抜き打ちに払った尺度には、そこに誤算があったので、見事に空を撲ってしまった。
二
約十二、三尺の間隔をひらいて二人は跳び退いていた。助九郎の刀が反れ、武蔵の手が刀にかかろうとした瞬間にである。――そして双方で、凝と、闇の下へ沈みこむように竦んでいる。
『オ。これは見もの!』
そう口走ったのは庄田喜左衛門であった。庄田のほかの出淵、村田の二人も、まだ何も自分たちは、その戦闘圏内に交じっているわけでもないのに、ハッと、何ものかに吹かれたような身動きをした。そして各々が、おる所の位置を更え、自らな身がまえを持ちながら、
(出来るな、こいつ)
武蔵の今の一動作に、等しく眸をあらためた。
――しいッと何か身に迫るような冷気がそこへ凝り固まってきた。助九郎の切っ先は、ぼやっと黒く見える彼の影の胸よりもやや下がり目な辺りにじっとしている。そのまま動かないのだ。武蔵も、敵へ右の肩を見せたまま、つくねんとして突っ立っている。その右の肘は、高く上って、まだ鞘を払わない太刀のつかに精神をこらしているのだった。
『............』
ふたりの呼吸をかぞえることが出来る。少し離れたところから見ると、今にも闇を切ろうとしている武蔵の顔には、二つの白い碁石を置いたかのような物が見える。それが彼の眼だった。
ふしぎな精力の消耗であった。それきり一尺も寄りあわないのに、助九郎の体をつつんでいる闇には次第にかすかな動揺が感じられてきた。明らかに、彼の呼吸は、武蔵のそれよりも、あらく迅くなって来ているのである。
『ムム......』
出淵孫兵衛が思わずうめいた。毛を吹いて大きな禍を求めたことが、もう明確にわかったからである。庄田も村田も同じことを感じたにちがいない。
(――これは凡者でない)と。
助九郎と武蔵の勝負は、もう帰すところが三名にはわかっていた。卑怯のようであるが、大事を惹き起さないうちに――又あまり手間どって無用の怪我を求めないうちに、この不可解な闖入者を、一気に成敗してしまうに如くはない。
そういう考えが、無言のうちに、三名の眼と眼をむすんだ。すぐそれは行動となって、武蔵の左右へ迫りかけた。すると、弦を切ったように刎ねた武蔵の腕は、いきなり後を払って、
『いざっ』
すさまじい懸声を虚空から浴びせた。
虚空と聞えたのは、それが武蔵の口から発したというよりは、彼の全身が梵鐘のように鳴って四辺の寂寞をひろく破ったせいであろう。
『――ちいッ』
唾するような息が、相手の口をついて走った。四名は四本の刀をならべて、車形になった。武蔵の体は蓮の花の中にある露にひとしかった。
武蔵は今、ふしぎに自己を感得した。満身は毛穴がみな血を噴くように熱いのだ。けれど、心頭は氷のように冷たい。
仏者のいう、紅蓮という語は、こういう実体をいうのではあるまいか。寒冷の極致と、灼熱の極致とは、火でも水でもない。同じものである。それが武蔵の今の五体だった。
三
砂はもうそこへ降って来なかった。城太郎はどこへ行ったか、忽然と影もない。
――颯々。颯々。
まっ暗な風が時折、笠置のいただきから颪ちてくる。そして、容易にうごかないそこの白刃を研ぐように吹いて、ビラ、ビラ、と燐のように戦ぎを闇の中に見せる。
四対一である。けれど武蔵は、自分がその一の数であることは、さして苦戦をおぼえない。
(なんの!)
と、血管が太くなるのを意識するのみであった。
死。
いつも真っ向から捨てようとしてかかるその観念も、ふしぎと今夜は持たない。また、
(勝てる)
とも思っていなかった。
笠置颪ろしが、頭の中をも吹きぬけて行くような心地であった。脳膜が蚊帳のようにすずしい。そしておそろしく眼がよく見える。
――右の敵、左の敵、前の敵。だが。
やがて武蔵の肌はねっとりと粘ってきた。額にもあぶら汗が光っている、生れつき人なみ以上巨大な心臓は膨れきって、不動形の肉体の内部にあって極度な、燃焼を起しているのだ。
ず、ず......
左の端にいた敵の足がかすかに地を摺った。武蔵の刀の先は、蟋蟀のひげのように敏感にそれを観て取る。それをまた、敵も察して入って来ない。依然たる四と一との対峙がつづく。
『............』
しかしこの対峙が不利であることを、武蔵は知っていた。武蔵は敵の包囲形の四を、直線形の四にさせて、その一角から次々に斬ってしまおうと考えるのであったが、相手は、烏合の衆ではない達人と上手のあつまりだ、そういう兵法にはかからない。厳として位置を更えない。
先が、その位置を変えないかぎり、武蔵の方から打ってゆく策は絶対になかった。この中の一名と相打ちして死ぬ気ならばそれも可能であるが、さもなければ、敵の一名から行動してくるのを待って、敵の四の行動が、ほんの瞬間でも、不一致を起すところを臨んで打撃を加えるほかにない。
(――手ごわい)
四高弟のほうも、今は武蔵の認識をまったく革めて、誰ひとりとして、味方の四の数をたよっている者はなかった。この際、数を恃んで、毛ほどでも弛みを見せれば武蔵の刀は、きッとそこへ斬りこんでくる。
(――世の中には、いそうもない人間が、やはりいるものだ)
柳生流の骨子をとって、庄田真流の真理を体得したという庄田喜左衛門も、ただ、
(ふしぎな人間)
として、敵の武蔵を、剣の先から見澄ましているだけだった。彼にさえ、まだ一尺の攻撃もなし得なかった。
剣も人も、大地も空も、そうして氷に化してしまうかと思われた一瞬、思いがけない音響が、武蔵の聴覚をハッとおどろかせた。
誰がふくのか、笛の音だった。そう距離もないらしい本丸の林を通って、冴えた音が風に運ばれて来るのであった。
四
笛。――高鳴る笛の音。だれだ、ふくのは。
われもなく敵もなく、生死の妄念もまったく滅して、ただ一剣の権化となりきっていた武蔵は、その耳の穴から、計らざる音律の曲者にしのび込まれて、途端に、われに返ってしまった、肉体と妄念のわれに戻ってしまった。
なぜならば、音は、彼の脳裡に、肉体のあるかぎりは忘れ得ないであろうほどふかく記憶に烙きついているはずであった。
故郷美作の国の――あの高照の峰の附近で ――夜毎の山狩に追われつつ、飢と心身のつかれに、頭も朦朧となっていた時、ふと、耳にひびいて来た笛の音ではないか。
あの時――
こう来い、こうお出で。――と自分の手をとって導くように呼び、そしてついに、僧の沢庵の手に捕まる機縁を作ってくれたその笛の音ではないか。
武蔵は忘れても、武蔵のあの時の潜在神経は、決して、忘れることのできない感動をうけていたにちがいない。
その昔ではないか。
音がそっくりであるばかりでなく、曲もあの時のと同じなのだ。アッと、突き抜かれてみだれた神経の一部が、
(――オオ、お通)
脳膜の中でさけぶと、武蔵の五体というものは、途端に、雪崩を打った崖のように、脆いものになってまった。
見のがすはずはない。
四高弟の眼には、そのせつな、破れ障子のような武蔵のすがたが見えた。
『――たうっッ』
正面の一喝と共に、木村助九郎の肘がまるで七尺も伸びたかのように眼に映った。――武蔵は、
『かッ』
その刃先へ喚き返した。
総身の毛に火がついたような熱気をおぼえ、筋肉は、生理的にかたく緊まって、血液は、噴き出そうとするところの皮膚へ、激流のように集まった。
――斬られたっ。
武蔵はそう感じた。ぱっと左の袖口が大きく破れて、腕が根元から剝き出しになってしまったのは、その辺の肉と一緒に、袂を斬り取られたのであると思った。
『八幡っ』
絶対な自己のほかに、神の名があった。自己の破れ目から、稲妻みたいにその声が迸った。
一転。
位置を更えて振向くと、自分のいたところへのめッて行く助九郎の腰と足の裏が見えた。
『――武蔵っ』
出淵孫兵衛が叫んだ。
村田と庄田は、
『やあ、口ほどもない』
横を駈け廻ってくる。
武蔵はそれに対して、大地を踵で蹴った。彼のからだはそこから低い松の梢をかすめる位な高さに躍り、その距離をさらに一躍、また一躍して、後も見ずに闇の中へ駈け入ってしまった。
『――汚し』
『――武蔵っ』
『恥を知れっ』
下の空濠へ急落している崖のあたりで、野獣の跳ぶような木の折れる音がした。――それがやむとまた、笛の音は、呂々と、星の空をながれて遊んでいた。
鶯
一
三十尺もある空濠だった。空濠といっても、深い闇の底には雨水が溜っていないとは限らない。
灌木帯の崖を、勢よく辷り落ちて来た武蔵は、そこに止って石を抛ってみた。そして次に、石を追って、飛びこんだ。
井戸の底から仰ぐように、星が遠くなった。武蔵は濠の底の雑草へ、どかんと仰向けに寝ころんだ。一刻ほどもじっとしていた。
肋骨が大きな波を打つ。
肺も心職も、そうしている間にやっと常態を整えてくる。
『お通......。お通が、この小柳生城にいるわけはないが? ......』
汗は冷え、肺は落ち着いて来ても、乱麻のように搔きみだれた気持は容易に平調にならなかった。
『心の曇りだ、耳のせいだ』
そうも思い、
『いや、人の流転はわからぬものゆえ、ひょっとしたら、やはりお通がいるのかも知れない』
彼は、お通のひとみを、星の空にえがいてみた。
いや彼女の眼や唇は、敢て、虚空にえがいてみるまでもなく、常に無自覚に武蔵の胸に住んでいるのだった。
甘い幻想が、ふと彼をつつむ。
国境の峠で彼女のいったことば、
(あなたの他に、私にとって男性はありません。あなたこそ、ほんとの男性、私はあなたがなくては生きられない)
また、花田橋のたもとで彼女のいったことば――
(ここで、九百日も立っていました。あなたが来るまで)
なお、あの時いった――
(もし来なければ、十年でも二十年でも、白髪になっても、ここの橋の袂に待っているつもりでした。......連れて行って下さい。どんな苦しみも厭いません)
武蔵は胸が痛んでくる。
苦しまぎれに、あの純な気持を裏切って、隙を作って、自分は驀しぐらに走ってしまった。
どんなに――あの後では自分を恨んでいただろう。理解できない男性を、呪わしい存在として唇を嚙みしめたことだろう。
『ゆるしてくれ』
花田橋の欄干に小柄で残してきたことばが、吾れ知らず、今の武蔵の唇からも洩れていた。そして、涙のすじが眼じりから白くながれていた。
『ここじゃあない』
ふいに、高い崖の上で人声がした。三つ四つ松明が、木の間を搔きわけて立ち去るのが見えた。
武蔵は、自分の涙に気がつくと忌々しげに、
『女などがなんだ!』
手の甲で眼をこすった。
幻想の花園を蹴散らすように、ガバと跳び起きて、ふたたび小柳生城の黒い屋形を見上げ、
『卑怯といったな、恥を知れといったな。武蔵はまだ、降伏したとはいっていないぞ。退いたのは、逃げたのではない。兵法だ』
空濠の底を、彼は歩きだした。何処まで歩いても空濠の中である。
『一太刀でも打ち込まずにおこうか。四高弟などは相手でない。柳生石舟斎その者へ見参、見ろ、今に――合戦はこれからする!』
そこらに落ちている枯木を拾って、武蔵は膝に当ててバキバキと折り始めた。それを石垣の隙間に差しこんで、順々に足がかりを作り、やがて彼の影は、空濠の外側へ跳び上っていた。
二
笛の音はもう聞えない。
城太郎はどこへ隠れ込んだのか。――一切のことが、武蔵の頭になかった。
彼はただ旺盛なる――自分でも持てあますほど旺盛な――血気と功名心の権化となり終っていた。そのすさまじい征服慾の吐け口を見いだすのみに、眼は生命の全部を燃やしていた。
『お師匠さまあ――』
どこか遠い闇で呼ぶような心地がする。耳を澄ませば聞えないのである。
(城太郎か)
ふと思ったが、武蔵は、
(彼れに、危険はあるまい)
案じなかった。
なぜならば、先刻、崖の中腹あたりに松明を見たが、それっきりで城内でも自分たちの身を、飽くまで捜査しようとはしていないらしく思われる。
『この間に、石舟斎へ』
さながら深山のような林や谷間を、彼は、彼方此方さまよい歩いた。あるいは、城の外へ出てしまったのではないかと疑ったが、所々の石垣や濠や、籾倉らしい建物を見ると、城内であることは確かなのだが、石舟斎の住んでいる草庵とは、どこにあるのか、捜し当たらないのである。
石舟斎が、二ノ丸にも本丸にも住まわず、城地のどこかに、一庵をむすんで余生を送っているということは、綿屋の主からも聞いていたことだ。その草庵さえわかれば、直接、戸をたたいて、彼は、決死の見参をするつもりなのである。
(何処だ!)
彼は、叫びたい感情で、夢中になって歩いていた。ついには、笠置の絶壁へまで出て、搦手の柵からむなしく引返した。
(出て来いっ。おれの相手たらん者は)
妖怪変化でもよいから、石舟斎になって、ここへ現われて来てほしかった。四肢にみなぎっている満々たる闘志は、夜もすがら彼を悪鬼のように歩かせた。
『あっ? ......おお......ここらしいぞ』
それは城の東南へ降りたゆるい傾斜の下だった。その辺の樹木を見ると、みな姿がよく、鋏や下草の手入がよくゆき届いていて、どうあっても、人の住んでいる閑地らしい。
門がある!
利休風の茅ぶき門で、腕木には蔓草が這い、垣のうちには、竹林が煙っていた。
『オオ、ここだ』
覗いてみると、禅院のように、道は竹林を通って、高いその山の上へと這っているのだ。武蔵は、一気に垣を蹴やぶって入り込もうとしたが、
『いや待て』
門のあたりの清掃された床しさや、あたりに白くこぼれている卯の花の何となく主人の風を偲ばせるものに、猛りきっている心を宥められて、ふと、自分の鬢のみだれや、襟元に気がついた。
『もう、急くことはない』
殊に自分の疲れも思い出された。石舟斎に面接する前に、まず自身を整えることが考え出された。
『朝になれば、誰か、門を開けに来るだろう。――その上でよい、その上でも、強って修行者を拒む態度であったら、またとる手段もある』
武蔵は、門廂の下に、坐りこんだ。そして、後の柱へ背をよりかけると、よい心地で眠りに入ることができた。
星がしずかだった。卯の花が風のたびに白くうごいた。
三
ポトと、襟くびへ落ちて来た露の冷たさに、武蔵は眼をさました。いつのまにか夜は明けている。熟睡した後の頭脳は、流れこむように耳の穴から入る無数の鶯の声と朝の風に洗われて、たった今、この世に誕生したような明るさであり、なんのつかれも残滓もなかった。
ふと、眼をこすって、眸を上げると、真っ紅な夜明けの太陽が、伊賀、大和の連峰を踏んで、昇っていた。
武蔵は、いきなり突っ立った。十分に休養を摂った肉体は、太陽に焼かれると、すぐ希望に燃え功名や野心にうずき、手脚はそれに蓄えている力のやり場を催促して、
『む、む――』
と伸びをせずにいられなくなって来る。
『今日だ』
なんとはなく、そう呟く。
その次に彼は空腹を思い出した。飢を思うと、城太郎の身にも及ぼして、
『どうしたか』
と、軽く案じる。
ゆうべは少し彼に酷い目をあわせ過ぎたようでもあるが、それも彼の修行の足しになることと承知して武蔵はしていることであった。どう間違っても、彼に危険はないものと多寡をくくっていてよい気がする。
淙々と、水音がゆく。
門内の高い山から傾斜を駈けて一すじの流れが、勢いよく、竹林を繞り垣の下を追って、城下へ落ちてゆくのである。武蔵は、顔を洗い、そして、朝飯のように水をのんだ。
『美味い!』
水のうまさが身に沁みた。
察するに、石舟斎は、この名水があるために、この水の源へ草庵の地を選んだのであろう。
武蔵はまだ、茶道を知らず、茶味なども解さなかったが、単純に、
『美味い!』
と思わず口をついて叫ぶほど、水のうまさというものを、今朝は感じた。
ふところから汚い手拭きを出して、それも流れで洗濯した。布は忽ち白くなる。
襟くびを深く拭き、爪の垢まできれいにした。刀の笄を抜いて、その次には、みだれた髪の毛を撫でつける――
とにかく柳生流の大祖に今朝は会うのである。天下にも幾人しかいない現代の文化の一面を代表している人物なのだ。――その石舟斎に、いや武蔵のような無禄無名の一放浪者にくらべれば、月と小糠星ほども格のちがう大先輩に見参に入るのだ。
襟をただし、髪を撫でるのは、当然な礼節の表示である。
『よしっ』
心も整った、頭もすがすがしい武蔵は、悠揚迫らない客の態度になって、そこの門を叩こうとした。
だが、草庵は山の上であるしここを叩いても聞えるはずがないがと、ふと、鳴子でもないのかと門の左右を見まわすと、左右二つの門柱に、一面ずつの聯が懸けてあって、その文字彫の底には青泥が沈めてあり、読んでみると、一首の詩になっていた。
右がわの聯には、
吏事君ヨ怪シムヲ休メヨ
山城門ヲ閉ズルヲ好ムヲ
また、左の柱には、
此山長物無シ
唯野ニ清鶯ノ有ルノミ
武蔵は、凝然と、その詩句をにらんでいた。――満地の樹々に啼きぬく老鶯の音の中に。
四
門にかけてある以上、聯の詩句は、いうまでもなく山荘の主人の心境と見てさしつかえあるまい。
『――吏事(役人)君ヨ怪シムヲ休メヨ。山城門ヲ閉ズルヲ好ムヲ。此山長物無シ、唯野ニ清鶯ノ有ルノミ......』
幾度も口の裡で誦む。
すがたに礼節を持ち、心に澄明な落つきを湛えている今朝の武蔵には、その詩句の意味が、素直に分った。――同時に、石舟斎の心境と、その人がらや生活も彼の心へ、ぴたりと映った。
『......おれは若い』
武蔵は、自ら頭が下がってしまうのをどうしようもない。
石舟斎が、一切、門を閉じて拒んでいるのは、決して、武者修行の者だけではないのである。あらゆる名利を名聞を、また一切の我慾と他慾を――
世の吏事(役人)に対してすら、怪しむのをやめてくれと断っているのである。石舟斎のそうして世間を避けている姿を思うと、武蔵は高い梢に冴えている月の相が聯想された。
『......届かない! まだ、自分などには届かない人間だ』
彼は、何としても、この門を叩く気になれなくなった。蹴って闖入して行くなどということは、もう考えてみるだけでも怖しい。いや、自分が恥かしい。
花鳥風月だけが、この門を入るべきものだと思う。彼はもう今では、天下の剣法の名人でも一国の藩主でも何でもない。大愚に返って、自然のふところに遊ぼうとしている一人の野の隠居だ。
そういう人の静かな住居を騒がすことは、余りに心ない業だ。名利も名聞もない人に打ち勝って何の名利になる? 名聞になる?
『アア。もしこの聯の詩がなかったら、おれは、石舟斎からよい笑われ者に見られる所だった』
陽がやや高くなったせいか、鶯の声も、夜明けほどはしなくなった。
――と、門のうちの遠い坂の上から、ぽたぽたと迅い跫音が聞えて来た。跫音におどろいて立つ小禽のつばさが、八方に、小さな虹を描く。
『あっ?』
狼狽した色が武蔵の顔を横ぎった。垣の隙間からその人の姿がわかった。――門内の坂を駈けおりて来たのは若い女なのである。
『......お通だ』
ゆうべの笛の音を武蔵は思い出した。咄嗟に、みだれた心のうちで、
(会おうか。会うまいか)
彼は迷うのであった。
会いたい! と思う。
また、会ってはならぬ! と思う。
烈しい動悸が、武蔵の胸をあらしみたいに翔けまわった。彼は、意気地のない、殊に、女には弱い――一個の青春の男でしかなかった。
『......ど、どうしよう?』
まだ、心が決まらないのだ。その間に、山荘の方から坂道を駈けおりて来たお通は、すぐそこまで来て、
『あらっ?』
足を止めた。
後を振顧った。
そして何となく今朝は、欣びごとでもあるらしい生生した眸を、彼方此方へやって、
『一しょに尾いて来たと思ったら?......』
と、誰かを捜すように、見まわしていたが、やがて、両手を唇にかざして、山の上へ向い、
『城太郎さアん。城太郎さアん』
と、呼び出した。
その声を聞いたり、姿を近く見ると、武蔵は顔を紅らめてこそこそと樹蔭へかくれてしまった。
五
『――城太さアン』
間を措いて、彼女がまた呼ぶと、こんどは明らかに返事があって、
『おウーイ』
と、間の抜けた答えが、竹林の上のほうでする。
『あら、こっちですよ。そんな方へ道を間違えては駄目。そうそうそこから降りておいでなさい』
やがて孟宗竹の下を潜って、お通のそばへ城太郎は駈けて来た。
『なァんだ、こんなところにいたのか』
『だから、私の後に尾いておいでなさいといったでしょう』
『雉子がいたから、追いつめてやったんだ』
『雉子などを捕まえているよりも、夜が明けたら、大事な人を捜さなければいけないじゃありませんか』
『だけど、心配することはないぜ。おれのお師匠様に限っては滅多に討たれる気づかいはないから』
『でも、ゆうべお前は、何といって、私のところへ駈けつけて来たの? ......今、お師匠様の生命が危いから、大殿様にそういって、斬り合いをやめさせてくれと呶鳴って来たじゃありませんか。あの時の城太さんの顔つきは、今にも泣き出してしまいそうでしたよ』
『それや、驚いたからさ』
『驚いたのは、おまえよりも、私のほうでした。――おまえのお師匠様が、宮本武蔵というのだと聞いた時――私は余りのことに口がきけなかった』
『お通さんは、どうしておらのお師匠様を前から知っていたんだい』
『同じ故郷の人ですもの』
『それだけ』
『ええ』
『おかしいなあ。故郷が同じというだけくらいなら、何もゆうべ、あんなに泣いてうろうろすることはないじゃないか』
『そんなに私、泣いたかしら』
『人の事は覚えていても、自分の事は忘れちまうんだな。......おらが、これは大変だ。相手が四人だ、ただの四人ならよいが、みんな達人だと聞いていたから、これは捨てておくと、お師匠様も、今夜は斬られるかも知れない......。そう思ッちまって、お師匠様に加勢する気で、砂をつかんで、四人の奴らへ投げつけていると、あの時、お通さんが、どこかで笛を吹いていたろう』
『ええ、石舟斎様の御前で』
『おれは、笛を聞いて、ア、そうだ、お通さんにいって、殿様に謝まろうと胸の中で考えたのさ』
『それでは、あの時、私のふいていた笛は武蔵様にも聞えていたのですね。たましいが通ったのでしょう、なぜなら私は、武蔵様のことを思いながら、石舟斎様の前であれを吹いていたのですから』
『そんな事は、どッちだっていいけれど、おらは、あの笛が聞えたんで、お通さんのいる方角が分ったんだ。夢中になって、笛の聞えるところまで駈けてッた。そして、いきなり何といっておらは呶鳴ったんだっけ』
『合戦だっ、合戦だっ。――と呶鳴ったんでしょう。石舟斎様も、おどろいた御様子でしたね』
『だが、あのお爺さんは、いい人だな。おらが、犬の太郎を殺したことを話しても、家来のように怒らなかったじゃないか』
この少年と話をしはじめると、お通もついつりこまれて、刻も場合も忘れてしまう。
『さ......。それよりも』
止めどない城太郎のお喋舌りを遮って、お通は、門の内側へ寄った。
『――話は後にしましょう。何より先に、今朝は、武蔵様を捜さなければいけません。石舟斎様も、例を破って、そんな男なら会ってみようと仰っしゃって、お待ちかねでいらっしゃるのですから......』
閂を外す音がする。
利休風の門の袖が左右にひらいた。
六
今朝のお通は、華やいで見える。やがて武蔵に会えるという期待にあるばかりでなく、若い女と生れての欣びを生理的にもいっぱいに皮膚の上にあらわしている。
夏に近い太陽は、彼女の頰を果物のようにつやつやとみがきたてている。薫々とふく若葉の風は肺の中まで青くなるほどにおう。
こぼれる朝露を背にあびながら、樹蔭に潜んで彼女のすがたを眼の前に見ていた武蔵は、
(アア健康そうになったな)
すぐそこに気づいた。
七宝寺の縁がわに、いつも悄んぼりと空虚な眼をしていた頃の彼女は、決して今見るような生々した頰や眸をしていなかった。さびしい孤児の姿そのものだった。
その頃のお通には恋がなかった。あっても、ぼんやりしたものだった。どうして自分のみが孤児なのか、そればかりを仄かに怨んだり回顧したりしていた感傷的な少女だった。
だが武蔵を知って、武蔵こそほんとの男性だと信じてからの彼女は、初めて、女性の沸らす情熱というものに自身の生きがいを知り出したのである。――殊に、その武蔵を追って旅にさまよい出してからは、あらゆるものに耐え得る要素が体にも心にも養われて来た
武蔵は、物蔭から、彼女のそうしてみがかれて来た美に眼をみはった。
(まるで違ってきた!)と。
そして彼は、どこか人のいない所へ行って、洗いざらい自分の本心といおうか――煩悩といおうか――強がっているところの裏の弱いものをいってしまって、花田橋の欄干にのこした無情に似た文字を、
(あれは偽だ)
と、訂正してしまおう?
そして、人さえ見ていなければかまわない、女になんか幾ら弱くなってやっても大したことはない。彼女がここまで自分を慕ってくれた情熱に対して、自分の情熱も示し合おう。抱きしめてもやろう、頰ずりをしてもやろう、涙もふいてやろう。
武蔵は、幾度も、そう考えた。考えるだけの余裕があった。――お通が自分にいった曾ての言葉が耳に甦がえってくるほど、彼女の真っ直な思慕に対して叛くことが、男性として酷い罪悪のように思われてならない――苦しくてならない。
けれど、そういう気持を、ぎゅっと歯の根で嚙んでしまう怖ろしい怺えを武蔵は今しているのだった。そこでは、一人の武蔵が二つの性格に分裂して、
(お通!)
と、呼ぼうとし、
(たわけ)
と、叱咤している。
そのどっちの性格が、先天的なものか後天的なものか、彼自身には固よりわからない。そして凝と木蔭の中に沈みこんでいる武蔵の眸には、無明の道と、有明の道とが、みだれた頭の裡にも、微かにわかっていた。
お通は、何も知らないのである。門を出て十歩ほど歩み出した。そして、振向くと、城太郎がまた何か門のそばで道草をくっているので、
『城太さん、何を拾っているの。早くお出でなさいよ』
『待ちなよ、お通さん』
『ま、そんな汚い手拭なんか拾って、どうするつもり?』
七
門のそばに落ちていた手拭であった。手拭は今しぼったように濡れていた。それを踏んづけてから城太郎は抓み上げて見ていたのである。
『......これ、お師匠様のだぜ』
お通は側へ来て、
『え、武蔵様のですって』
城太郎は、手拭の耳を持って両手にひろげ、
『そうだそうだ、奈良の後家様のうちでもらったんだ。紅葉が染めてある。そして、宗因饅頭の「林」という字も染めてあら』
『じゃあ、この辺に?』
お通が遽かに見まわすと、城太郎は彼女の耳のそばでいきなり伸び上って、
『――おッしょう様あっ』
傍らの林の中で、さっと樹々の露が光り、鹿でも跳ぶような物音がその時した。――びくっとお通は顔を回らして、
『あっ?』
城太郎を捨てて、突然、驀っしぐらに走り出した。
城太郎は後から息をきって追いかけながら、
『――お通さん、お通さん、何処へ行くのさ!』
『武蔵様が駈けてゆく』
『え、え、どっちへ』
『彼方へ』
『見えないよ』
『――あの、林の中を』
武蔵の影をチラと見た欣びに似た失望と――見る間に遠く去ってゆくその人へ追いつこうとする女の脚のいっぱいな努力で、彼女は、多くの言葉を費していられなかった。
『うそだい、違うだろ』
城太郎は、ともに駈けてはいるがまだ信じない顔つきで、
『お師匠様なら、おらたちの姿を見て、逃げてゆくわけはない、人違いだろ』
『でも、御覧』
『だから何処にさ』
『あれ――』
遂に、彼女は、発狂したかのような声をふりしぼって、
『武蔵様あ! ......』
道ばたの樹につまずいてよろめいた。そして、城太郎に抱き起されながら、
『おまえもなぜ呼ばないのです! 城太郎さん、はやく、お呼び!』
城太郎は恟っとして、そういうお通の顔に眼をすえてしまった。――何と似ていることだろう、口こそ裂けていないが、血ばしっている眼、青じろく針の立った眉間、蠟を削ったような小鼻や顎の皮膚――
似ている。そっくりといってもよい。あの奈良の観世の後家から、城太郎がもらって来た狂女の仮面と。
城太郎は、たじろいて、彼女の体から手を放した。するとお通は、その戸惑いを叱りつけるように、
『はやく追いつかなければだめです。武蔵様は、帰って来ない。お呼び、お呼び、私も呼びますから声かぎりに――』
そんな馬鹿なことはあるはずがないと、城太郎は心のうちで否定するのであったが、お通の余りにも真剣な血相を見ては、そうもいっていられなかったとみえ、彼も、精いっぱい大きな声を出して、お通の走るままに走って行った。
林をぬけると低い丘があって、山づたいに月ケ瀬から伊賀へぬける裏道になっていた。
『あっ、ほんとだ』
そこの丘の道に立つと、城太郎の眼にも武蔵の姿が明らかに映った。けれどそれはもう声も届かない距離の彼方にであった。後も見ずに遠くを駈けてゆく人影だった。
八
『あっ、彼方に――』
二人は駈けた。呼んだ。
足のかぎりに、声のかぎりに。
泣き声をふくんだ二人のさけびが、丘を降り、野を駈け、山ふところの谷間まで駈けて、木魂を呼びたてる。
だが、遠く小さく見えていた武蔵の影は、そこの山ふところに駈け入ったままもうどこにも見あたらなかった。
漠々として白雲はふかい。淙々として渓水の音は空しい。母親の乳ぶさから打ち捨てられた嬰児のように、城太郎は地だんだを踏んで泣きわめいた。
『ばか野郎っ、お師匠さんの大馬鹿。おらを捨てて......おらをこんなところへ捨てて......やいっ、ちくしょうっ、どこへ行っちまいやがったんだ』
お通はまたお通で、彼とはべつに、大きな胡桃の木に喘ぐ胸をもたせかけて、ただ、しゅくしゅくと泣きじゃくっている。
これほどに一生を投げやっている自分の気特も、まだあの人の足を止めるには足らないのであろうか。彼女はそれが口惜しかった。
彼の人の志が今何を目的としているか、又、何のために自分を避けて行ったのか、それは姫路の花田橋の時からよく分っている問題である。けれど彼女としてはこう思う。
(どうして私に会っては、その志の邪魔になるのか?)
また、こうも思った。
(それはいいわけで、私が嫌いなのか?)
だが、お通は、七宝寺の千年杉を幾日か見つめて、武蔵がどういう男性であるかを十分に識りつくしていた。女にうそをいうような人ではないと信じている。嫌ならば嫌といいきる人なのだ。その人が、花田橋では、
(決して、そなたが嫌いなわけではない――)
といった。
お通は、それを恨みに思う。
では自分はどうしたらいいのか。孤児というものには一種の冷たさとひがみがあって、めったに人を信じないかわりに、信じたからには、その人よりほかに頼りも生きがいもないように思い込むものだ。まして自分は本位田又八という男性に裏切られている。男性を見ることに深刻になるべく教えられた揚句なのだ。この人こそ世の中に少い真実の男性と見て生涯をも決めて歩いて来たのである。どうなっても後悔はしないという覚悟で。
『......なぜ一言でも』
胡桃の葉はふるえていた。樹にものをいえば樹さえ感動するかのように。
『......あんまりです......』
怨めば怨むほどもの狂わしく恋しいのだ。宿命といおうか。どうしても、その人との生命の合致を見なければ、ほんとの人生を呼吸することのできない生命を持っていることは、弱々しい精神には耐えないほどな苦しみに違いなかった。片肺の肉体を持っている以上な苦しみだった。
『......あ、坊さんが来る』
半狂人のように怒っていた城太郎がそう呟いたが、お通は胡桃の木から顔を離そうとしなかった。
伊賀の山々には、初夏が来ている。真昼になるほど空は透明性と紺碧を深くしてきた。
――旅の坊さんは、その山をひょこひょこ降りて来た。白雲の中から生れて来たように、世の中の絆を何も持っていない姿である。
ふと、胡桃の木の彼方を通りかけて、そこにいるお通のすがたを振り向いた。
『おや? ......』
その声に、お通も顔をあげた。泣き腫らした眼は、びっくりして大きくさけんだ。
『あっ......沢庵さん』
折も折である。宗彭沢庵のすがたは、彼女にとって、大きな光明だった。それだけに、こんなところへ沢庵が通るなんて、余りに偶然な気がして、お通は、白昼夢にさまよっているような気持がしてならなかった。
九
お通にとっては意外であったが、沢庵にしてみれば、彼女をここで発見したのは、自分の予測があたったに過ぎないことだし、それから城太郎も加えた三人づれで、柳生谷の石舟斎のところへ戻ることになったのも、べつだん何の偶然でも奇蹟でもなかったのである。
抑々。
宗彭沢庵と柳生家との関係は、今に始まった間がらではなく、その機縁は遠い前からのことであって、この和尚がまだ大徳寺の三玄院で、味噌を摺ったり大台所を雑巾を持って這い廻っていた頃からの知りあいだった。
その頃、大徳寺の北派といわれる三玄院には、常に生死の問題を解決しようとする侍とか、武術の研究には同時に精神の究明が必要であると悟った武道家とか、異った人物の出入が多くて、
(三玄院には謀叛の霧が立っている)
と噂されたほど、そこの禅の床は、僧よりも侍に占められていたものだった。
――そこへよく来ていた人物の中に上泉伊勢守の老弟鈴木意伯があり、柳生家の息子という柳生五郎左衛門があり、その弟の宗矩などがあった。
まだ但馬守とならない青年宗矩と沢庵とは、忽ち、親しくなって、以来、二人の交友は浅からぬものがあって、小柳生城へも幾度も訪れるうちに、宗矩の父の石舟斎とは息子以上に、
(話せるおやじ)
と尊敬し、石舟斎もまた、
(あの坊主、ものになる)
と、許していた。
こんどの訪問は、九州を遍歴して、先ごろから泉州の南宗寺へ来て沢庵は杖をとめていたので、そこから久しぶりに、柳生父子の消息を手紙でたずねてやると、その返辞に、石舟斎から細々と便りがあって、
(――近ごろ自分は至ってめぐまれている。江戸表へやった但馬守宗矩も、無事御奉公をしているし、孫の兵庫も、肥後の加藤家を辞して、目下は修行して他国を歩いているが、これもまずまずどうやら一人前にはなれそうだし、折から近ごろ、自分の手許には、眉目うるわしい笛の上手な佳人が来て、朝夕の世話やら、茶や花や和歌の相手やら、とかくに寒厳枯骨になりやすい草庵に、一輪の花をそえている。その女性は、和尚の郷国とはすぐ近い美作の七宝寺とやらで育った者であるといえば、和尚とは話も合おう。佳人の笛を聞きながら一夕の美酒は、茶で時鳥という夜ともまた変った味がある。ぜひ、そこ迄来ているなら、一夜を割いて、老叟の宿へも来たまえかし)
――こういう手紙を見ると、沢庵は、尻を上げずにいられなかった。まして手紙のうちにある眉目うるわしい女性の笛吹きといえば、どうやら、かねて時折は案じている昔なじみのお通らしくもあるし――。
そんなわけでぶらりとこの地方を歩いて来た沢庵であるから、その柳生谷に近い山で、お通のすがたを見かけたことは、さまで意外としなかったが、お通の話によって、
『惜しかった』
と、彼も舌を鳴らして嘆息したのは、たった今、武蔵が伊賀路のほうへ向って駈け去ったということであった。
女 の 道
一
そこの胡桃の木の丘から、石舟斎のいる山荘の麓まで、城太郎を連れて、悄々と引っ返してゆく間に、沢庵からいろいろ問いただされて、お通がつつみ隠しなく、その後の自分の歩いて来た途やらこの度のことを、彼なれば何でもと心をゆるして、語りもし相談もしたであろうことは、想像に難くあるまい。
『む。......む......』
沢庵は、妹の泣き言でも聞いてやるように、うるさい顔もせず幾たびも頷いて、
『そうか、なるほど、女というものは、男にはできない生涯を選ぶものだ。――そこで、お通さんの今考えていることは、これからどっちを歩こうという岐れ道の相談じゃろ』
『いいえ......』
『......じゃあ?』
『今更、そんなことに、迷ってはおりません』
俯向きがちな彼女の力のない横顔を見れば、草の色も真っ暗に見えているであろうほど、滅失の中の人だったが、そういった言葉の語尾には、沢庵も眼をひらいて見直すくらい、強い力がこもっていた。
『あきらめようか、どうしようか、そんな迷いをしているくらいなら、私は七宝寺から出てなど参りません。......これからも行こうとする途は決まっているのです。ただそれが、武蔵さまの不為であったら――私が生きていてはあの方の幸福にならないのなら――私は自分を、どうかするほかないのです』
『どうかするとは』
『今いえません』
『お通さん、気をつけな』
『何をですか』
『おまえの黒髪をひっぱっているよ。この明るい陽の下で死神が』
『私には何ともありません』
『そうだろう、死神が加勢しているんじゃもの。――だが、死ぬほどうつけはないよ。それも片恋ではな。ハハハハハ』
まるで他人事に聞き流されるのがお通は腹だたしかった。恋をしない人間になんでこの気持がわかる。それは沢庵が、愚人をつかまえて禅を説くのと同じである。禅に人生の真理があるなら、恋のうちにも必死な人生はあるのだ、尠くも、女性にとっては、生ぬるい禅坊主が、隻手の声如何などと、初歩の公案を解くよりも生命がけの大事なのである。
(――もう話さない)
唇をかんでそう決めたように、お通が黙ってしまうと、今度は沢庵から真面目さを見せて、
『お通さん、おまえはなぜ男に生れなかったのだい。それほど強い意思の男ならば、尠くも一かど国の為に役立つ者になれたろうに』
『こういう女があってはいけないんですか。武蔵さまの不為なのですか』
『ひがみなさんな。そういったわけではない。――だが武蔵は、おまえがいくら愛慕を示しても、そこから逃げてしまうんじゃないか。――そうとしたら、追ってもつかまるまい』
『おもしろいので、こんな苦しみをしているのではありません』
『少し会わないうちに、お前も世間なみの女の理窟をいうようになったの』
『だって。......いえ、もうよしましょう、沢庵さんのような名僧智識に、女の気持がわかるはずはありませんから』
『わしも、女の子は、苦手だよ、返辞にこまる』
お通は、ついと足を反らし、
『――城太さん、おいで』
彼と共に、沢庵をそこへ置き捨てて、べつな道へ歩みかけた。
二
沢庵は立ちどまった。ふと嘆くような眉をうごかしたが、是非もないとしたらしく、
『お通さん、ではもう石舟斎様にお別れもせずに、自分の行きたい途へ行くつもりか』
『ええお別れは、心のうちでここからいたします。もともと、あの御草庵にも、こんな長くお世話になるつもりもなかったのですから』
『思い直す気はないか』
『どういうふうに』
『七宝寺のある美作の山奥もよかったが、この柳生の庄もわるくないの。平和で醇朴で、お通さんのような佳人は、世俗の血みどろな巷へ出さずに、生涯そっと、こういう山河に住まわせて置きたいものじゃ。たとえばそこらに啼いている鶯のようにな』
『ホ、ホ、ホ。ありがとうございます。沢庵さん』
『だめだ――』
沢庵は、嘆息した。自分の思い遣も、盲目的に思う方へ走ろうとするこの青春の処女には、何の力もない事を知った。
『だが、お通さん。――そっちへ行くのは、無明の道だぞ』
『無明』
『おまえも寺で育った処女じゃから、無明煩悩のさまよいが、どんなに果てなきものか、悲しいものか、救われ難いものかぐらいは知っておろうが』
『でも、私には、生れながら有明の道はなかったんです』
『いや、ある!』
沢庵は一縷の望みへ情熱をこめて、この腕に縋れとばかり、お通のそばへ寄ってその手を取った。
『わしから石舟斎様へよう頼んであげよう。身の振方を、生涯の落着きを。――この小柳生城にいて、よい良人をえらび、よい子を生み、女のなすことをなしていてくれたら、それだけここの郷土は強くなるし、そなたもどんなに幸福か知れぬが』
『沢庵さんの御親切はわかりますけど......』
『そうせい』
思わず手を引っ張って、城太郎へも、
『小僧、おまえも来い』
城太郎はかぶりを振って、
『おら嫌だ。お師匠さまの後を追いかけて行くんだから』
『行くにしても、一度、山荘へもどれ、そして石舟斎様に御あいさつ申しての』
『そうだ、おら、御城内へ大事な仮面を置いて来た。あれを取りにゆこう』
城太郎は駈けて行ったが、彼の足もとには、有明もない、無明もない。
然しお通はその二つの岐れ路に立ったままうごかなかった。それからも沢庵がむかしの友達に返って、懇懇と、彼女のさしてゆく人生の危険であることと、女性の幸福がそこばかりにないことを説くのであったが、お通の今の心をうごかすには足らなかった。
『有った! 有った!』
城太郎は仮面をかぶって、山荘の坂道を駈け降りて来た。沢庵はふとその狂女の仮面をながめて慄然とした。――やがて年月経た無明の彼方にいつか出会うお通の顔を今見せられたように。
『――では沢庵さま』
お通は一歩離れた。
城太郎は、彼女の袂にすがって、
『さ、行こう。サ......早く行こう』
沢庵は、昼の雲に、眸をあげ、おのれの無力を嘆じるように、
『やんぬる哉。――釈尊も女人は救い難しといったが』
『左様なら。石舟斎様へは、ここから拝んで参りますが、沢庵さんからも......どうぞ』
『ああ、われながら坊主が馬鹿に見えて来る。行く先先で、地獄ゆきの落人ばかりに行き会う。......お通さん、六道三途で溺れかけたら、いつでもわしの名をお呼び。いいか、沢庵の名を思い出して呼ぶのだぞ。――じゃあ行けるところまで行ってみるさ』
西 瓜
一
伏見桃山の城地を繞っている淀川の水は、そのまま長流数里、浪華江の大坂城の石垣へも寄せていた。――で、ここら京都あたりの政治的なうごきは、微妙に大坂のほうへすぐ響き、また大坂方の一将一卒の言論も、おそろしく敏感に伏見の城へ聞えて来るらしい。
今――
摂津、山城の二ヵ国を貫ぬくこの大河を中心にして、日本の文化は大きな激変に遭っている。太閤の亡き後を、さながら落日の美しさのように、よけいに権威を誇示して見せている秀頼や淀君の大坂城と、関ケ原の役から後、拍車をかけて、この伏見の城にあり、自ら戦後の経綸と大策に当たり、豊臣文化の旧態を、根本から革めにかかっている徳川家康の勢威と――その二つの文化の潮流が、たとえば、河の中を往来している船にも、陸をゆく男女の風俗にも、流行歌にも、職をさがしている牢人の顔つきにも、混色しているのだった。
『どうなるんだ?』
と、人々はすぐそういう話題に興味を持つ。
『どうって、何が?』
『世の中がよ』
『変るだろう。こいつあ、はっきりしたことだ。変らない世の中なんて、抑々、藤原道長以来、一日だってあった例はねえ。――源家平家の弓取が、政権を執るようになってからは猶更そいつが早くなった』
『つまり、また戦か』
『こうなっちまったものを、今更、戦のない方へ、世の中を向け直そうとしても、力に及ぶまい』
『大坂でも、諸国の牢人衆へ、手をまわしているらしいな』
『......だろうな、大きな声ではいえねえが、徳川様だって、南蛮船から銃や弾薬をしこたま買いこんでいるというし』
『それでいて――大御所様のお孫の千姫を、秀頼公の嫁君にやっているのはどういうものだろ?』
『天下様のなさることは、みな聖賢の道だろうから、下人にはわからねえさ』
石は焼けていた。河の水は沸いている。もう秋は立っているのだが、暑さはこの夏の土用にも勝って酷しい。
淀の京橋口の柳はだらりと白っぽく萎えている。気の狂ったような油蟬が一匹、川を横ぎって町屋の中へ突き当ってゆく。その町も晩の灯の色はどこへか失って、灰を浴びたような板屋根が乾き上っているのだった。橋の上下には、無数の石船がつながれていて、河の中も石、陸も石、どこを見まわしても石だらけなのである。
その石も皆、畳二枚以上の巨きなものが多かった。焼けきった石の上に、石曳きの労働者たちは、無感覚に寝そべったり腰かけたり仰向けに転がったりしている。ちょうど今が、昼飯刻でその後の半刻休みを楽しんでいるのであろう。そこらに材木をおろしている牛車の牛も涎をたらして、満身に蠅を集めて凝としている。
伏見城の修築だった。
いつのまにか、世の人々に「大御所」と呼ばしめている家康がここに滞在しているからではない。城普請は、徳川の戦後政策の一つだった。
譜代大名の心を弛緩させないために。――また、外様大名の蓄力を経済的にそれへ消耗させてしまうために。
もう一つの理由は、一般民に、とにかく徳川政策を謳歌させるためには、土木の工を各地に起して、下層民へ金をこぼしてやるに限る。
今、城普請は全国的に着手されていた。その大規模なものだけでも、江戸城、名古屋城、駿府城、越後高田城、彦根城、亀山城、大津城――等々々。
二
この伏見城の土木へ日稼ぎに来る労働者の数だけでも、千人に近かった。その多くは、新曲輪の石垣工事にかかっているのである。伏見町はそのせいで、急に、売女と馬蠅と物売が殖え、
『大御所様景気や』
と、徳川政策を謳歌した。
その上、
『もし戦争になれば』
と、町人たちは、機と利を察して、思惑に熱していた。社会事象のことごとくを、そろばん珠にのせて、
『儲けるのはここだ』
無言のうちに、商品は活潑にうごいた。その大部分が、軍需品であることはいうまでもない。
もう庶民の頭には、太閤時代の文化をなつかしむよりも、大御所政策の目さきのいい方へ心酔しかけていた。司権者は誰でもいいのである。自分たちの小さな慾望のうちで、生活の満足ができればそれで苦情がないのだ。
家康は、そういう愚民心理を、裏切らなかった。子どもへ菓子を撒いてやるより易々たる問題であったろう。それも徳川家の金でするのではない。栄養過多な外様大名に課役させて、程よく、彼らの力をも減殺させながら効果を挙げてゆく。
そうした都市政策の一方、大御所政治は、農村に対しても、従来の放漫な切り取り徴発や、国持まかせを許さなかった。徳川式の封建政策をぽつぽつ布きはじめていた。
それには、
(民をして政治を知らしむなかれ、政治にたよらせよ)
という主義から、
(百姓は、飢えぬほどにし、気儘もさせぬが、百姓への慈悲なり)
と、施政の方策をさずけて、徳川中心の永遠の計にかかっていた。
それはやがて、大名にも、町人にも、同じようにかかって来て、孫子の代まで、身うごきのならない手かせ足かせとなる封建統制の前提であったが、そういう百年先きのことまでは、誰も考えなかった。いや、城普請の石揚げや石曳きに稼ぎに来ている労働者などは、明日のことさえ、思っていないのである。
昼飯をたべれば、
『はやく晩になれ』
と祈るのが、いっぱいな慾念だった。
それでも時節がら、
『戦争になるか』
『なれば何日頃?』
などと、時局談は、いっぱし熾だったが、その心理には、
『戦争になったって、こちとらは、これ以上、悪くなりようがねえ』
という気持があるからで、ほんとにこの時局を憂いたり、平和の岐点をじっと案じて、どの方へ曲がるのが国と民のためだろうなどと考えているのでは決してないのである。
『――西瓜いらんか』
いつも昼休みに来る百姓娘が、西瓜の籠を抱えて触れて来た。石の蔭で、銭の裏表を伏せて、博戯をしていた人足の群で、二つ売れた。
『こちらの衆は、西瓜どうや。西瓜買うてくれなはらんか』
と、群から群へ唄ってくると、
『べら棒め、銭がねえや』
『ただなら食ってやる』
そんな声ばかりだった。
すると、たった一人ぽち、青白い顔をして、石と石のあいだに倚りかかって膝を抱えていた石曳きの若い労働者が、
『西瓜か』
と、力のない眼をあげた。
瘦せて――眼がくぼんで――日に焦けて、すっかり変ってしまったが、その石曳きは、本位田又八だった。
三
又八は、土のついた青銭を、掌のうえでかぞえた。西瓜売にわたして一個の西瓜と交換した。それを抱え込むと、また暫らく、石に倚りかかった儘、ぐんなり俯向いているのである。
『げ......げ......』
突然、片手をつくと、草の中へ牛みたいに唾液を吐いた。西瓜は膝から転がり出している。それを取ろうとする気力もないし、食べようという気で買ったわけでもないらしいのだ。
『............』
にぶい眼で、西瓜をながめていた。眼は虚無の玉みたいに何の意力も希望もたたえていない。呼吸をすると肩ばかりうごいた。
『......畜生』
呪う者ばかりが頭脳へ映ってくる。お甲の白い顔であり、武蔵のすがたであった。今の逆境へ落ちて来た過去を振顧ると、武蔵がなかったらと思い、お甲に会わなかったらと彼はつい思う。
過ちの一歩は、関ケ原の戦の時だ。次に、お甲の誘惑だ。あの二つのことさえなかったら、自分は今も、故郷にいたろう。そして本位田家の当主になって、美しい嫁をもち、村の人々から、羨望される身でいられたに違いない。
『お通は、怨んでいるだろうなあ......。どうしているか』
彼の今の生活は、彼女を空想することだけが慰めだった。お甲という女の性質がよくわかってからは、お甲と同棲しているうちからは、心はお通へもどっていたのだった。やがてあの「よもぎの寮」と呼ぶお甲の家を、ていよく突き出されたような形で出てしまってからは、よけいにお通を思うことが多かった。
その後また、よく洛内の侍たちの間で噂にのぼる宮本武蔵なる新進の剣士が、むかし友達の「武蔵」であることを知ると、又八はじっとしていられなかった。
(よしっ、俺だって)
彼は酒をやめた。遊惰な悪習を蹴とばした。そして次の生活へかかりかけた。
(お甲のやつにも、見返してやるぞ。――見ていやがれ)
だが、さしずめ適当な職業は見つからなかった。五年も世間を見ずに、年上の女に養われて来た不覚のほどが、はっきり身に沁みて分ったが、遅かった。
(いや、遅かあない。まだ二十二だ。どんなことをしたって......)
と、これは誰にでも起せる程度の興奮だったが、又八としては、眼をつぶって運命の断層をとび越えるような悲壮をもって、この伏見城の土木へ働きに出たのだった。そしてこの夏から秋までの炎天の下で、自分でもよく続いたと思うほど労働をつづけていた。
(おれも、一かどの男になってみせる。武蔵のやる芸ぐらい、俺に出来ない法はない。いや、今にあいつを尻目にかけて、出世してみせてやる。その時には、お甲にも黙って復讐できるのだ。見ていろここ十年ばかりに)
だが――と彼はふと思うのだった――十年経ったら、お通は幾歳になるだろうと。
武蔵や自分よりも、彼女は一ツ年下だ。すると今から十年経つうちには、もう三十を一つこえてしまう。
(それまで、お通が、独り身で待っているかしら?)
故郷のその後の消息は何も知らない又八だった。そう考えると、十年では遠すぎる、少くもここ五、六年のうちだ。なんとしても身を立てて、故郷へ行き、お通に詫びて、お通を迎え取らなければならない。
『そうだ......五年か、六年のうちに』
西瓜を見ている眼に、やや光が出てきた。すると、巨きな石の向う側から、仲間の一人が、肱を乗せていった。
『おい又八、何をひとりでぶつぶついってるんだ。......オヤ、ばかに青い面して、げんなりしているじゃねえか。どうしたんだ、腐った西瓜でも喰らって、腹でも下痢したのか』
四
つけ元気に、又八はうすく笑った。だがすぐ、不快な眼まいがこみあげて来るらしく、生唾を吐いて顔を振った。
『な、なあに、大したことはないが、少し暑さ中りしたらしいんだ。......すまないが、牛から一刻ほど、休ましてくれ』
『意気地のねえ野郎だな』
逞しい石曳き仲間は、愍れむように嘲った。
『なんだい、その西瓜は。喰えもしねえのに買ったのか』
『仲間にすまないから、みんなに喰べてもらおうと思って』
『そいつあ如才のねえこった。おい、又八の奢りだとよ、喰ってやれ』
西瓜を持って、その男は、石の角へたたきつけた、忽ち、そこらの仲間が蟻のように寄って来て、赤いしずくの滴る甘肉の破片を貪り合った。
『やあい、仕事だぞうっ』
石曳きの小頭が、石のうえに上って呶鳴った。監督の侍が、鞭を持って陽除け小屋から出て来る。遽かに汗のにおいが大地にうごき、馬蠅までわんわん立つ。「テコ」や「コロ」に乗せられた巨大な石が、一握りもある太い綱に曳かれて徐々に前へ出てゆくのだった、雲の蜂がうごくように。
築城時代の現出は、それにつれて全国に、石曳き歌というものの流行を興した。今、ここの人足たちが唄い出したのもそれである。阿波の城主蜂須賀至鎮が城ぶしんの課役に出て、そこから国表へつかわしたその頃の書信の一節にも、
(――ゆうべさる方にて習い申しそろ儘、名古屋の石曳きうた書きつけて参らせそろ)
とあって、その歌詞に
われが殿衆は
藤五郎さまじゃに
粟田口より
石また曳きゃる
エイサ、エイサ
コロサと曳きゃる
お声きくさえ
四肢がなゆる
まして添うたら
死のずよの
(――老も若きもうたい囃しそろ。これにてなくば、うき世なるまじく見え候)
労働歌が絃歌になり、蜂須賀侯のような大名までが、夜興の口誦さみに戯むれたものとみえる。
街に歌がさかんになりだしたのは、何といっても太閤の世盛りからだった。室町将軍の頃には、歌があっても廃頽的な室内のものだけだった。その頃は、児童がうたう歌まで、ひがみッぽい暗い歌が多かったが、太閤の世になってからは、歌も明るくなり大きくなり希望的になって、民衆はそれを汗をかきながら太陽の下でうたうことを甚だ好んだ。
関ケ原の役の後、社会文化に家康色がだんだん濃くなってくると、歌もすこし変って来て、豪放さはうすくなった。太閤様のころには、民衆からひとりでに歌が湧いてきたが、大御所の世間になってからは、徳川家付の作者が作ったような歌が民衆へ提供されて来た。
『......ああ、苦しい』
又八は、頭をかかえた。頭は火みたいに熱かった。仲間のわめいている石曳き歌が、虻に取り巻かれているように耳にうるさかった。
『......五年、五年。アア五年働いていたらどうなるんだ。一日稼いでは、一日分食ってしまい、一日休めば、一日食わずにいなけれやならない』
生唾も出しきって、青ざめた顔を俯向けていた。
――すると、いつのまに来ていたのか、そこから少し離れた所に、藁編みの目の粗い笠を眉深にかぶって、袴腰へ武者修行風呂敷をしばりつけた脊の高い若者が、半開きにした鉄扇を、笠のひさしにかざして、熱心に伏見城の地勢や工事のさまを眺めていた。
佐々木小次郎
一
何思ったか、武者修行はそこへ坐りこんだ。面積一坪ほどな平石の前にである。坐ってみるとちょうど机の高さぐらいに肱がつけるのだ。
『ふッ......ふッ......』
焦けていた石の砂を息で吹く、砂とともに蟻の列もふき飛んでゆく。
ふたつの肱をつくと、編笠は暫らく頰杖に乗っている。陽ざかりで、石はみな照り返すし、草いきれは逆さに顔を撫でるし、さぞ暑いだろうに、身うごきもしない。城の工事に眺め入っているのである。
少し離れた所に、又八がいることなどは、意に介さない様子であった。又八もそこへ来てそういう態をしている武者修行があろうとあるまいと、固より自分に何の交渉があるわけではないし、頭や胸も依然として不快なので、時折、胃から生唾を吐きながら、背を向けて休んでいた。
――と。その苦しげな息を耳にとめたのだろう。編笠がうごいて、
『石曳き』
と、声をかけ、
『どういたした?』
『へい......暑さ中りで』
『苦しいのか』
『少し落ちつきましたが......まだこう吐きそうなんで』
『薬をやろう』
印籠を割って、黒い粒を掌へうつして、起って来て又八の口へ入れてくれた。
『すぐ癒る』
『ありがとう存じます』
『にがいか』
『そんなでもございません』
『まだ、貴様はそこで、仕事を休んでおるのか』
『へ......』
『誰か参ったら、ちょっとおれの方へ声をかけてくれ、小石で合図をしてくれてもいい、頼むぞ』
武者修行は、そういって、前の位置に坐りこむと、今度はすぐ矢立から筆を取り出し、半紙綴の懐中手帖を石の上にひろげで、ものを書くことに没頭しはじめた。
笠のつば越しに、彼の眼のやりばが、間断なく城へ向ったり、城の外のほうへ行ったり、又城のうしろの山の線や、河川の位置や、天守などへ、転々とうごいてゆくところを見ると、その筆の先は、伏見城の地理と廓外廓内の眼づもりを、絵図に写っているにちがいなかった。
関ケ原の戦の直前に、この城は西軍の浮田勢と島津勢に攻められて、その増田廓や大蔵廓や、また諸所の塁濠などもかなり破壊されたものだったが、今では、太閤時代の旧観にさらに鉄壁の威厳を加えて、一衣帯水の大坂城を睥睨していた。
今――武者修行が熱心に写している見取図をのぞくと、彼は、いつの折かに、その城のうしろを掩っている大亀谷や伏見山からもここの城地を俯瞰して、べつに一面の搦手図を写しているらしく、いかにも精密なものが出来かかっている。
『......あっ』
又八が、そういった時には、写図に一心になっている編笠のうしろへ、工事課役の大名の臣か、伏見の直臣かわからないが、草鞋ばきで、太刀を革紐で背なかに負うた半具足の侍が、武者修行の気のつくまで、黙って立っていたのだった。
――すまないことをした。又八は正直にすまないと思った。けれどもう遅い。石を投げてやっても声をかけてやっても、もう遅い。
そのうちに、武者修行は、汗の襟元へ食いついた馬蠅を手で払う拍子に、
『――あ?』
振り仰いで、驚きの眼をみはった。
工事目付の侍は、その眼をじっと睨め返して、石の上の見取図へだまって具足の手を伸ばした。
二
この炎天下の我慢と、粒々の辛苦をして、やっと写した城の見取図が、ものもいわず、いきなり肩越しに出て来た手のために、皺くちゃに摑み奪られようとするのを見ると、武者修行は、火薬の塊りが火を呼んだように、
『何するかッ』
満身で呶鳴った。
手頸をつかまえて立つと、工事目付は奪り上げた彼の写図帖を、奪り返されまいとして、宙へその手をさしあげつつ、
『見せろ』
『無礼なッ』
『役目だ』
『なんであろうが』
『見ては悪いものか』
『悪いっ。貴様などが見たってわかるもんじゃない』
『とにかく預かる』
『いかん!』
帳の写図は、双方の手に裂かれて、半図ずつ握りしめた。
『曳ッ立てるぞ、素直にせぬと』
『どこへ』
『奉行所へ』
『貴様、役人か』
『然り』
『何番の。誰の』
『左様なこと、汝らが、訊かんでもいい、此方は、工事場見廻りの役、怪しいと認めたによって、取調べるのじゃ――誰様のおゆるしをうけて、お城の地勢や、御普請などを写し取ったか』
『おれは武者修行だ、後学のため諸国の地理や築城を見学しておる、なんでわるいか』
『さような口実でうろついておる敵の間者は、蠅や蟻ほど多いのじゃ。......とにかくこれは返せん、其方も一応取りただすによって、あっちまで来い』
『あっちとは』
『工事奉行のお白洲』
『おれを罪人扱いするか』
『だまって参るのだ』
『役人、こらっ。――貴様あ、そんな権柄顔さえすれば愚民が驚くと思っておる癖がついてるな』
『歩かんか』
『歩かせてみろ』
てこでも動かない姿勢を示すのである。見廻りは、青すじを立てた。摑んでいた写図の破れを、地へすてて踏みにじり、二尺余りの長い十手を腰から抜いた。
武者修行の手が刀へかかったら、すかさず、その肱へ十手の打撃を入れてやろうとするもののように、腰を退いて身構えたが、その様子もないので、もう一度、
『歩かんと、繩を打つぞ』
ことばの終らないうちに、武者修行のほうから一歩出て来た。何か大きな声を発したと思うと、見廻りは首の根をつかみ寄せられていた。武者修行の片手はまた、彼の鎧帯の腰をつかんで、
『この、虫けら』
巨石の角へ向って抛り投げた。
見廻りの侍頭は、先刻そこで石曳きの男がたたき判った西瓜のようになって、形を失ってしまった。
『......アッ』
又八は、顔を抑えた。
真っ赤な味噌みたいなものが彼のいる辺りまで刎ねて来たからである。平然たるものは、後方の武者修行であった。よほどこんな殺人に馴れているのか、また一気に憤りを爆発させて後の涼しさに落着いているのか、とにかく、あわてて逃げ出す様子もなく、見廻りの足で踏みにじられた写図の断片と、そこらに散らばっている反古をひろい集め、次に、相手を投げる途端に紐が切れて飛んで行った編笠を、静かな目で捜している。
『............』
又八は、凄惨な気に打たれていた。恐ろしい力量を見て自分の毛穴までよだっている。――見るところ武者修行はまだ三十に届くまい。陽焦けのした骨太の顔に薄あばたがあり、耳の下から顎にかけて四半分ほど顔がない。ないというのはおかしいが、太刀で斬られた痕の肉が変に縮んでしまったのかも知れない。その耳の裏にも黒い刀痕があり、左の手の甲にも刀傷がある。なお肌着を脱いだら幾つでも同様な刀傷が出て来そうな――見るからに近寄りがたい猛気をその顔はそなえていた。
三
笠を拾って、怪異なその顔へ被ると、武者修行はさっと足を速めた。風のように彼方へ向って逃げ出したのである。勿論、そこまでの行動は極めて短い間だった。蟻のように労働している何百という石曳きも、鞭や十手を持って、そのあぶら汗を叱咤している監督も、誰も気づく遑がなかったほどに――
だが、その広い工事場を、絶えず高い所から見渡している独特な眼があった。それは丸太組の櫓のうえにいる棟梁衆や作事与力の上役だった。そこから突然、大きな声が放たれたと思うと、櫓の下の湯呑み所の板がこいの中で、大釜の火にいぶされながら働いていた足軽たちが、
『なんだ?』
『何だ』
『また、喧嘩か』
と、外へ飛び出した。
もうその時は、作業場と町屋の境に出来ている竹矢来の木戸で、真っ黒にかたまった人間の怒号が黄いろい埃につつまれていた。
『間者だな! 大坂の』
『性懲もなく』
『ぶっ殺せ』
口々にいって、石工や土工や工事奉行の配下は、みな自分の敵でもいるように駈け集って行く。
半分顎のない武者修行が捕まったのだ。竹矢来の外へ出て行く牛車の蔭にかくれて、すばやく木戸の口をすり抜けようとしたが、そこの番衆たちに挙動を怪しまれて、釘の植わっている刺股という柄の長い道具で、いきなり足を搦み取られたのであった。
そこへ、櫓の上からも、
『その編笠を引ッ捕えろっ』
と、呼ばわる声が同時にあったので、理由などは問わず、遮二無二、組み伏せにかかると、武者修行は形相をあらためて、野獣のように死にもの狂いとなった。
刺股を引っ奪くられた男が、真っ先にその獲物の先で髪を引っかけられた。四、五人叩き伏せておいて、虚空へさっと閃かしたのは彼の腰に横たえていた胴田貫らしい大太刀である。平常の差刀には頑丈すぎるが、陣太刀にすれば手ごろである。――それを抜いて額の真っ向に揮りかぶると、
『こいつらッ』
睨んだだけで、そこの重囲が凹んだので、武者修行は血路をひらくつもりで駈けこんで行った。
すると、危険を避けて人間はわっと散らかったが、途端に八方から小石が降って来たのである。
『殺っちまえ』
『たたっ殺してしまえっ』
肝腎な侍たちが臆して近よらないので、平常、武者修行というものに対して、彼らは少しばかりの知識や学問を鼻にかけ、世の中をただ威張って横に歩くのを見栄にしている無産の僻み者か、一種の逸民と認めて、それに反感を抱いている石工だの土工だのという労働者たちが、
『殺っちまえ』
『のしちまえ』
と叫んで、四方から抛りつける、それは無数の石つぶてであった。
『この凡下どもめ!』
駈け入れば、わッと散るのだ。武者修行の眼はもう自分の生きる路を見つけるよりも、その石の来るほうの人間へ向って、理智や利害を超えている。
四
怪我人も多く出たし、死者も幾人かあったのに、それから一瞬の後は、各々職場にかえって、けろりとした工事場の広さであった。
何事もなかったように、石曳きは石を曳き、土工は土をかつぎ、石工は鑿で石を割っている。
鑿が火花を出す暑い音、霍乱をおこして暴れくるう馬のいななき、残暑の空は、午後に入って、じいんと鼓膜が馬鹿になるような熱さだった。伏見城から淀のほうへ背のびをしている雲の峰は、暫くうごきもしなかった。
『もう九分九厘まで、くたばっているが、御奉行が来るまでこうして置くから、汝そこにいて、こいつの番をしておれ。――死んだら死んだまでのことでいい』
人足頭や目付の侍に、こう命じられたことを又八は覚えている。――だが頭がどうかなってしまったのか、先刻から目撃したきりそう吩咐けられたことも、なんだか悪夢をみているようで、眼や耳には意識しても、頭のしんまで届いていない。
『......人間なんて、つまんねえものだな。たった今そこで、城の見取図を写していた男が』
又八のにぶい眸は自分から十歩ほど先の地上にある一個の物体を見つめたまま、最前からぼんやりと虚無的な考えに囚われている。
『......もう死んでるらしい。まだ三十前だろうに』
と彼は思い遣った。
顎の半分ない武者修行は、太い麻繩で縛られて、血に土のまぶされた黒い顔を、無念そうにしかめたまま、その顔を横伏せにして倒れている。
繩尻はそばの巨きな石に巻きつけてあるのだった。もう『ウ』も『ス』もいい得ない死人の体をそう大仰に縛っておかないでもよさそうなものと又八はながめていたことだった。何で撲られたのか、破れた袴から変な恰好して露出している脚の脛は、肉が弾けて折れた白骨の先が飛び出していた。髪は粘って血を噴いているし、その血へは虻がたかり、手や脚にはもう蟻の群が這っている。
『武者修行に出たからには、のぞみを抱いていたろうに。――故郷は何処か。親はあるのかないのか』
そんなことを思い遣ると、又八はいやな気に襲われて、武者修行の一生を考えているのか、自分の身の果を考えているのか、分らなくなってきた。
『望みをもつにも、もっと悧巧に出世する道がありそうなものだ』
と、つぶやいた。
時代は若い者の野望を煽って、「若者よ夢を持て」「若者よ起て」と未完成から完成への過渡期にあった。又八ですらその社会の空気を感じるほど、今は、裸から一国一城の主を望める時である。
そのために、青年は続々離郷する――また家を離れ骨肉も省みない。その多くが武者修行の道をとるのだ。武者修行をして歩けば今の社会では到るところで衣食に事を欠くことはない。田夫野人でも武術には関心をもっているからだ。寺院へ頼っても渡れるし、あわよくば地方の豪族の客となり、なお、幸運にぶつかれば、一朝事のある場合のために、大名の経済から「捨て扶持」「蔭扶持」などというものを貢がれることもある。
だが数多い武者修行の中で、そういう幸運にあう者がどれほどあろうかといえば、これは極めて少数にちがいない。功成り名を遂げ、一人前の禄取りになるほどの者は一万人中で二人か三人を出ないであろう。――それでいて修行の苦しさと、達成の至難なことは、これでいいという、卒業の行き止まりがないのである。
(馬鹿馬鹿しい......)
又八は、同郷の友の宮本武蔵が行った道を憐んだ。おれは将来、奴を見返してやるにしても、そんな愚かな道はとらないぞと思う。ここに死んでいる顎のない武者修行のすがたを見てもそう思う。
『......おやっ?』
又八は飛び退いて大きな眼をすえた。なぜならば、死んだものときめていた蟻だらけの武者修行の手がびくっと動き出して、繩目の間から鼈のような手首だけを出して大地へつき、やがてむくりと、腹を上げ、顔を上げ、次に前のほうへ一尺ばかり、ずるりと這い出して来たからであった。
五
ぐ......と生唾をのんで又八はなおも後へ摺り退がった。腹の底から驚きを感じると声も出ないものだ。ただ眼のみ大きくみひらいて、目前の事実に茫失した。
『......ひゅっ......ひゅっ......』
彼は、何かいおうとするらしい。彼とは顎の半分ない武者修行である。完全に死んでいると思っていたこの男は、まだ生きていたのだ。
......ヒュッ、ヒュッと断れ断れに彼の呼吸が喉で鳴るのである。唇は黒く渇いてしまって、そこから言葉を吐くのはもう不可能な業であった。それを必死に一言でもいおうとするので、呼吸が割れた笛の鳴るような音を出すのだった。
又八が驚いたのは、この男が生きていたからではない。胸の下に縛りつけられている両手で這って来たからだ。それだけでも、驚くに足る人間の死力であるのに、その繩尻の巻きつけてある何十貫もあろう巨石が、この瀕死の傷負が引っ張る力で、ズル、ズル......と一、二尺ずつ前へ動いて来たからである。
まるで、化物のような怪力だ。この工事場の労働者のうちにも、ずいぶん力自慢があって、十人力とか二十人力とか自称している天狗もあるが、こんな化物は一人もいない。
しかも、この武者修行は、今や死なんとしている体なのだ。――死なんとする境にあるために、そんな人間業でない力が出るのかも知れないが、とにかく、その飛び出しそうな武者修行の眼が自分の方を見つめて這い進んで来たので、又八は腰が竦んでしまった。
『......しょっ......しょっ......お、お、おねがい』
また何か、変った語音を出していう。意味はまったく分らない。ただ判じのつくのは武者修行の眼だ――死なんとするのを知っているその眼である――血ばしっている中に涙腺はかすかに涙みたいなものを湛えている。
『......たっ......た......たのむ......』
がくっと首を前へ折った。こんどはほんとに息が絶えたのだろう、見ているうちに襟首の皮膚の色が青黒く沈んで行った。草むらの蟻がもう白っぽい髪の毛にたかっている。血のかたまった鼻の穴を一匹はのぞきこんでいた。
『? ......』
何を頼まれたのか、又八は茫としているだけだった。けれどこの怪力の武者修行が臨終の一念は、自分へ憑き物のようについていて違えることのできない約束の負担を負わされたような気持がしてならない。――自分の病苦を見て、薬を服ませてくれたり、誰か来たら合図してくれと頼まれたのに、うっかりしていて、それを告げてやらなかったことなども、妙に深刻な宿縁みたいに思い出されてくる。
――石曳き唄は、遠くなっていた。お城は暮靄にかすんで来た。いつのまにかもう黄昏れかけて、伏見の町には早い灯りがポツポツ戦きだしている。
『そうだ......何かこの中に』
又八は、死者の腰に結びつけている武者修行風呂敷をそっと触ってみた。――生国、骨肉などの身許も、この中を見ればわかるにちがいない。
(故郷の土へ、遺物を届けてくれというのだろう)
そう彼は判断した。
包みと印寵を、死者の体から取って、自分の懐中へ入れた。――そして髪の毛でもと思って、一握り切ろうとしたが、死者の顔をのぞいて、ぞっとしてしまった。
――跫音が聞えた。
石の蔭から見ると、奉行配下の侍たちだ。又八は、死骸から無断で取った品物が自分の懐中にあると思うと、自分の危険を感じて、そこにいたたまらなくなった。――脊を屈めて、石の蔭から蔭へと、野鼠のように逃げて行った。
六
夕ぐれの風はもう秋だった。糸瓜は大きくなっている。その下で、盥の湯に浴かっている駄菓子屋の女房が、家の中の物音に、戸板の蔭から白い肌を出していった。
『誰だえ。又八さんかい?』
又八はこの家の同居人だった。
今、あたふたと帰って来ると、戸棚を搔廻して、一枚の単衣と一腰の刀を出し、姿を更えると、手拭で頰冠りして、またすぐ草履を穿こうとしていた。
『暗かろ、又八さん』
『なに、べつに』
『今すぐ灯りをつけるで』
『それには及ばないよ、出かけるから』
『行水は』
『いらん』
『体でも拭いて行ったら』
『いらん』
急いで裏口から飛び出して行った。といっても、垣も戸もない草原つづきである。彼が長屋から出て来ると入れちがいに、数名の人影が、萱の彼方を通って、駄菓子屋の裏表へ入ってゆくのが見えた。工事場の侍が交じっていた。又八は、
『あぶない所だった』
と呟いた。
顎の半分ない武者修行の死体から、包みや印籠を取った者のあることは、その後ですぐ発見された筈である。当然、その側にいた自分に盗人の嫌疑がかかったに相違ない。
『だが......俺は盗みをしたのじゃない。死んだ武者修行の頼みにやむなく持物を預かって来たのだ』
又八は疚しくなかった。その品は懐中に持っている。これは預かった物だと意識しながら持っている。
『もう石曳きに行かれない』
彼は、明日からの放浪に、なんのあてもなかった。しかし、こういう転機でもなければ、何年でも石を曳いているかも知れないと思うと、かえって先が明るく考えられる。
萱の葉が肩までかかる。夕露がいっぱいだ。遠くから姿を発見される惧れがなくて逃げるには気楽だ。さてこれからどっちへゆくか? どっちへ行こうと体一つである。何かいい運だの悪い運だのがいろいろな方角で自分を待っているらしく思う。今の足の向き方ひとつで生涯に大きな違いが生じるのだ。必然、こうなるものだと決定された人生などがあろうとは考えられない。偶然にまかせて歩くよりほか仕方がない。
大坂、京都、名古屋、江戸――流浪の先を考えてみるが、何処に知己があるわけではなし、賽ころの目をたのむように頼りがない。賽ころに必然がないように、又八にも必然がないのだった。何かここに起ってくる偶然があれば、それに引かれて行こうと思う。
だが、伏見の里の萱原には、歩けど歩けど何の偶然もなかった。虫の音と露とが深くなるばかりだった。
単衣のすそはびっしょり濡れて足に巻きつき、草の実がたかって、脛がむず痒い。
又八は、昼の病苦をわすれた代りに、すっかり飢じくなっていた。胃液まで空っぽなのだ。追手の心配がなくなってからは、急に歩くことが苦痛になっていた。
『......何処かで寝たいものだ』
その慾望が彼を無意識にここへ運んで来たのである。それは野末に見えた一軒の屋の棟だった。近づいてみると垣も門も暴風の時に傾いたまま誰も起してやり手がない、おそらく屋根も満足なものではあるまい。しかし一度は貴人の別荘とされて、都あたりから、糸毛の輦に﨟たけた麗人が、萩を分けて通ったこともありそうな家造りなのである。又八はその無門の門を通って中へ入り、秋草の中に埋まっている離亭や母屋をながめて、ふと玉葉集の中にある西行の、
会ひしりて侍りける人の伏見にすむと聞きて尋ねまかりけるに、庭の草、道も見えずしげりて虫の啼きければ――
『わけて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ啼く』
――そんな文句を思いだして、肌寒げに立ちすくんでいると、当然人は住んでいないものとばかり思っていた家の奥に、風で燃え出した炉の火がぱっと赤く見え、しばらくすると尺八の音がそこから聞えだした。
七
ちょうどよい塒とここに一夜を明かしている虚無僧らしいのである。炉の火が赤く立つと、大きな人影が婆裟として壁に映る。独り尺八を吹いているのだ。それはまた他人に聞かそうためでもなく自ら誇って陶酔している音でもない。秋の夜の孤寂の遣る瀬なさを、無我と三昧に過ごしているだけのことなのだ。
一曲終ると、
『ああ』
虚無僧は、ここは野中の一軒家と、安心しきっているらしく独り言に――
『四十不惑というが、おれは四十を七つも越えてからあんな失策をやって、禄を離れ家名をつぶし、剰さえ独りの子まで他国へ流浪させてしまった。......考えれば慚愧にたえない。死んだ妻にも生きている子にも会わせる顔がない。......このおれなどの例を見ると、四十不惑などというのは聖人のことで、凡夫の四十だいほど危いものはない。油断のならない山坂だ。まして女に関しては』
胡坐の前に、尺八を縦に突き、その歌口へ両手をかさねて、
『二十だい、三十だいの年でも、由来おれは、やたらに女のことで失敗をやって来たが、そのころにはどんな醜聞をさらしても、人も許してくれたし、生涯の怪我にもならなかった。......ところが、四十だいとなると、女に対してすることが厚顔ましくもなるし、それがお通の場合のような事件になると、今度は世間がゆるさない。そして、致命的な外聞になってしまった。禄も家もわが子にも離れるような失敗になってしまった。......そして、この失敗も、二十だい三十だいなら取り返せるが、四十だいの失敗は二度と芽を出すことがむずかしい』
盲人のように俯向いたまま、声を出してそういっているのである。
――又八は、彼のいる近くの部屋までそっと上って行ったが、炉の火にぽっと浮いている虚無僧の瘦せおとろえた頰の影や、野犬のように尖っている肩や、脂けないほつれ毛などを見つつ、その告白を聞いていると、夜鬼のすがたを思い出して、ぞっと背がすくんでしまい、近寄って話しかける気持になどは迚もなれなかった。
『アァ......それを......おれは......』
虚無僧は、天井を仰向いた。骸骨のように鼻の穴が大きく又八のほうから見える。凡の浪人の垢じみた着物を着て、その胸に、普化禅師の末弟という証ばかりに黒い袈裟をつけているに過ぎないのである。敷いている一枚の筵は、常に巻いて手に持って歩く彼の唯一の衾であり雨露の家だった。
『――いっても、返らないことだが、四十だいほど、油断のならない年頃はない。自分だけが、いっぱし世の中も観、人生もわかったつもりで、少しばかりかち得た地位に思い上って、ともすると、女に対しても、臆面のない振舞に出るものだから、おのれのような失敗を――運命の神から背負い投げを喰わされるのだ。......慚愧のいたりだ』
誰かに向って謝まっているように、虚無僧は顔を下げて、さらにまた下げて、
『おれはいい、おれは、それでも、いいとしよう。――こうして懺悔の中に、なお許してくれる自然のふところに生きて行かれるから』
と、ふと涙をこぼし、
『――だが、済まないのは、わが子に対してだ。おれの為た結果は、おれに酬うより、あの城太郎のほうへより多く祟っている。とにかく、姫路の池田侯に藩臣としてこのおれが歴乎としていれば、彼の子だって、千石侍の一人息子だ。それが今では、故郷を離れ、父を離れ......。イヤそれよりも、あの城太郎が成人して、この父が、四十だいになってから、女のことで藩地から放逐されたなどと知る日が来たら、おれはどうしよう。おれは子に会わす顔がない』
――暫らくは、両手で顔を掩っていたが、やがて何思ったか、炉のそばを立つと、
『やめよう、また愚痴が出て来おった。......おお月が出たな、野へ出て、思うさま流して来ようか。そうだ、愚痴と煩悩を野へ捨てて来よう』
尺八を持って、彼は外へ出て行った。
八
妙な虚無僧である。よろよろ立ってゆく時、物蔭から又八が見ていると、その瘦せこけた鼻下にはうすいどじょう髭が生えていたように思う。そう年を老っているほどでもないのに、ひどくよぼよぼした足元だった。
ぷいと出て行ったきり、なかなか戻って来ないのだ。少し精神に異常があるのだろうと、又八は不気味に思う半面にあわれな気もした。それはいいが、物騒なのは、炉に残っている火であった。ぱちぱちと夜風がそれを煽っている。燃え折れた柴の火は、床を焦がしているではないか。
『あぶねえ、あぶねえ』
又八はそこへ行って、土瓶の水をじゅっとかけた。これが野中の破れ邸だからいいようなものの飛鳥朝鎌倉時代の二度と地上に建てることのできない寺院などであったらどうだろうと考えて、
『あんなのがいるから、奈良や高野にも火事があるんだ』
と彼は、虚無僧の去ったあとに自分が坐って、がらにもない公徳心を呼び起していた。
家産や妻子もない代りに、社会への公徳心も絶無な浮浪者には、火が怖いものという観念も全くないらしい。だから彼らは、金堂の壁画の中ですら平然と火を燃やす。世の中に無用に生きているに過ぎない一個の空骸を暖めるために火を燃やす。
『だが......浮浪人だけが悪いともいえねえな』
又八は自分も浮浪人であることを思って考えた。今の世の中ほど浮浪人が多い社会はない。それは何が生んだかといえば、戦だった。戦によってぐんぐん地位を占めてゆく者も多い代りに、芥のように捨てられてゆく人間の数も実に夥しい。これが次の文化の手伽、足伽となるのもやむを得ない自然の因果といえよう。そういう浮浪の徒が、国宝の塔を焚火で焼く数よりは、戦が、意識しつつ、高野や叡山や皇都の物を焼いたほうが、遙に大きな地域であった。
『......ほ。洒落たものがあるぞ』
又八はふと横を見てつぶやいた。ここの炉も床の間も、改めて見直せば、元は茶屋にでも使っていたらしい閑雅な造りなのである。そこの小床の棚に、彼の眼をひいた物がある。
高価な花瓶や香炉などではない。口の欠けた徳利と、黒い鍋だった。鍋には食べ残した雑炊がまだ半分残っているし、徳利は振ってみると、ごぼっと音がして、欠けた口から酒がにおう。
『ありがたい』
こういう場合、人間の胃は、他の所有権を考えている遑はない。徳利の濁り酒をのみ、鍋を空にして、又八は、
『ああ、腹が満った』
ごろんと手枕になる。
トロトロと炉の火もとに眠りかける。雨のように野は虫の音に更けてゆく。戸外ばかりでなく、壁も啼く、天井も啼く、破れ畳も啼きすだく。
『そうだ』
何か思い出したとみえる。むくりと彼は起き直った。懐中にある一個の包み――彼の顎の半分ない武者修行から、死に際に頼まれて持って来た包みの中を――こうしている間に一度見ておこう。そう急に思いついたらしい。
解いてみた。――それは蘇芳染の汚れきった風呂敷だった。中から出て来たのは、洗いざらした襦袢だの普通の旅行者の持つ用具などであったが、その着更えをひろげてみると、いかにも大事そうに、油紙でくるんである巻紙大の物と路銀の金入であろう、どさっと重い音が膝の前に落ちた。
九
むらさき革の巾着であった。その金入の中には、金銀取交ぜてだいぶの額が入っていた。又八は数えるだけでも自分の心が怖くなって、思わず、
『これは他人の金だ』
と、殊更につぶやいた。
もう一つの油紙に包んであるものを開いてみると、これは一軸の巻物である。軸には花梨の木が用いてあり、表装には金襴の古裂れが使ってあって、何となく秘品の紐を解く気持を抱かせられる。
『何だろ?』
全く見当のつかない品物だった。巻を下へ置いて、端の方から徐々に繰り展げて見てゆくと――
印 可
一 中条流太刀之法
一 表
電光、車、門流、浮きふね
一 裏
金剛、高上、無極
一 右七剣
神文之上
口伝授受之事
月 日
越前宇坂之庄浄教寺村
富田入道勢源門流
後学 鐘 巻 自 斎
佐々木小次郎殿
とあって、その後に別な紙片を貼り足したと思わるところには「奥書」と題して、左の一首の極意の歌が書いてあるのであった。
掘らぬ井に
たまらぬ水に
月映して
影もかたちもなき
人ぞ汲む
『......ははあ、これは剣術の皆伝の目録だな』
そこまでは又八にもすぐ分ったが、鐘巻自斎という人物については、何の知識もなかった。
もっとも、その又八にでも、伊藤弥五郎景久といえばすぐ、(アアあの一刀流を創始して、一刀斎と号しいる達人か)
と合点がゆくであろうが、その伊藤一刀斎の師が、鐘巻自斎という人で、またの名を外他通家といい、まったく社会からは忘れられている、富田入道勢源の正しい道統をうけついで、その晩節をどこか辺鄙な田舎に送っている高純な士であるなどということはなおさら知らない。
そういう詮索よりも、
『――佐々木小次郎殿? ......ははアすると、この小次郎というのが、きょう伏見のお城工事で、無残な死に方をしたあの武者修行の名だな』
と、そこに領いて、
『強いはずだ。この目録をみても分るが、中条流の印可をうけているのだもの。惜しい死に方をしたものだな。......さだめしこの世に心残りなことだったろう。あの最期の顔は、いかにも死ぬのが残念だという顔つきだった。――そしておれに頼むといったのは、やはりこの品だろう。これを郷里の知る辺へでも届けてくれといいたかったに違いない』
又八は、死んだ佐々木小次郎のために、口のうちで、念仏をとなえた。そしてこの二品は、きっと死者の望むところへ届けてやろうと思った。
――また、ごろりと彼は横になっていた。肌寒いので寝ながら炉の中へ柴を投げこんで、その炎にあやされながらウトウト眠りかけた。
ここを出て行った奇異な虚無僧が吹いているのであろう、遠い野面から尺八の音が聞えて来る。
何を求め、何を呼ぶのか。彼が出て行く折につぶやいたように、愚痴と煩悩を捨て切ろうとする必死がこもっているせいかも知れない。――とにかくそれは物狂わしいまで夜もすがら吹いて野をさまよっていたが、又八はもう疲れきって、熟睡してしまったので、尺八の音も虫の音も、すべて昏々の中であった。
狐 雨
一
野は灰色に曇っている。今朝の涼しさは「立つ秋」を思わせ、眼に見るものすべてに露がある。
戸の吹き仆されている厨に、狐の足痕がまざまざ残っていた。夜が明けても、栗鼠はそこらにうろついている。
『アア、寒い』
虚無僧は、眼をさまして、広い台所の板敷へかしこまった。
夜明け頃、ヘトヘトになって戻って来ると、尺八を持ったまま、ここへ横になって眠ってしまった彼である。
うす汚い袷も袈裟も、夜もすがら野を歩いていたために、狐に魅かされた男のように草の実や露でよごれていた。きのうの残暑とは比較にならない陽気なので、風邪をひき込んだのであろう、鼻のうえに皺をよせ、鼻腔と眉を一緒にして、大きな嚔を一つ放つ。
ありやなしやの薄いどじょう髭の先に、鼻汁がかかった。恬として、虚無僧はそれを拭こうともしないのである。
『......そうじゃ、ゆうべの濁り酒がまだあったはず』
つぶやいて起き上がり、そこも狐狸妖怪の足痕だらけな廊下をとおって、奥の炉のある部屋をさがしてゆく。
捜さなければ分らないほど、この空屋敷は昼になってみるとよけいに広いのである。もちろん、見つからないほどでもないが――
(おや?)
うろたえた眼をして見廻している。あるべきところに酒の壺がないのだ。しかしそれはすぐ炉のそばに横たわっているのを発見したが、同時に、その空の容器とともに、肱枕をして、涎をながして眠っている見つけない人間をも見出し、
『誰だろ?』
及び腰に覗き込んだ。
よく眠っている男だった。撲りつけても眼を醒ましそうもない大鼾声をかいているのである。酒はこいつが飲んだのだな――と思うとその鼾声に腹が立つ。
まだ事件があった。今朝の朝飯として食べのこしておいた鍋の飯が、見れば底をあらわして一粒だにないではないか。
虚無僧は顔いろを変えた。死活の問題であった。
『やいっ』
蹴とばすと、
『ウ......ウむ......』
又八は、肱を外してむっくと首をあげかけた。
『やいっ』
つづいて、もう一ツ、眼ざましに足蹴を食らわすと、
『何しやがる』
寝起きの顔に、青すじを立てて、又八はぬっくと起ち上った。
『おれを、足蹴にしたな、おれを』
『したくらいでは、腹が癒えんわい。おのれ、誰に断って、ここにある雑炊飯のあまりと酒を食らったか』
『おぬしのか』
『わしのじゃ!』
『それやあ済まなかった』
『済まなかったで済もうか』
『謝る』
『謝るとだけでことは納まらん』
『じゃあ、どうしたらいいんだ』
『かやせ』
『返せたって、もう腹の中に入って、おれの今日の生命のつなぎになっているものをどうしようもねえ』
『わしとて、生きて行かねばならん者だ。一日尺八をふいて、人の門辺に立っても、ようよう貰うところは、一炊ぎの米と濁酒の一合の代が関の山じゃ。......そ、それを無断であかの他人のおのれらに食われて堪ろうか。かやせ! かやせ!』
餓鬼の声である。どじょう髭の虚無僧は、飢えている顔に青すじ立て威猛高に喚いた。
二
『さもしいことをいうな』と又八は蔑んで――
『多寡が鍋底の雑炊飯や、一合に足らぬ濁り酒のことで、青筋を立てるほどのことはあるまいが』
虚無僧は執こく憤って、
『ばかをいえ、残り飯でも、この身にとれば一日の糧だ、一日の生命だ。かやせっ、かやさなければ――』
『どうするって』
『うぬっ』
又八の腕くびを摑まえ、
『ただはおかぬっ』
『ふざけるなっ』
振り離して、又八は、虚無僧の襟がみを摑み寄せた。
飢えた野良猫にひとしい虚無僧の細っこい骨ぐみだった。叩きつけて、一振りに、ぎゅうといわせてやろうとしたが、襟がみを摑まれながら、又八の喉輪へつかみかかって来た虚無僧の力には、案外な粘りがある。
『こいつ』
と、力み直したが、相手の足もとは、どうして、確かりとしたものだ。
かえって又八が顎をあげて、
『うッ......』
妙な声をしぼりながら、どたどたっと次の部屋まで押し出され、それを食い止めようとする力を利用されて、手際よく、壁へ向って投げ捨てられた。
根太も柱も腐蝕っている屋敷である。一堪りもなく壁土が崩れて、又八は全身に泥をかぶった。
『ベッ......ベッ......』
猛然と唾して立つと、ものをいわない代りに、凄い血相が刃物を抜いて、跳びかかってきた。虚無僧も心得たりという応対で、尺八をもって渡りあう。しかし情ないことにはすぐ息喘れが出て来て、尖った肩でぜいぜいいうのだ。それに反して又八の肉体はなんといっても若かった。
『ざまを見ろっ』
圧倒的に又八は、斬りかけ斬りかけして、彼に息をつく間を与えない。虚無僧は化けて出そうな顔つきになった。体の飛躍を欠いてともすると蹴つまずきそうになる。そのたびに何ともいえない死に際のさけびを放った。そのくせ八方に逃げ廻って、容易には太刀を浴びないのである。
しかし結果は、その誇りが又八の敗因となった。虚無僧が猫のように庭へ跳んだので、それを追うつもりで廊下を踏んだ途端に、雨に朽ちていた縁板がみりっと割れた。片足を床下へ突っこんで、又八が尻もちをついたのを見ると、得たりと刎ね返して来た虚無僧が、
『うぬ、うぬ、うぬっ』
胸ぐら取って、顔といわず鬢たといわず、撲りつけた。
脚がきかないので又八はどうにもならなかった。自分の顔が見るまに四斗樽のように腫れたかと思う。
――すると、もがき争っている懐中から、金銀の小粒がこぼれた。撲られるたびに美い音がして、貨幣はそこらに散らかった。
『――やっ?』
虚無僧は、手を放した。
又八もやっと彼の手をのがれて跳び退いた。
自分の拳が痛くなるほど、憤怒を出しきった虚無僧は、肩で息をしながら、あたりにこぼれた金銀に眼を奪われていた。
『やいっ、畜生め』
腫れ上った横顔を抑えながら又八は、声をふるわせてこういった。
『な、なんだっ、鍋底のあまり飯くらいが!一合ばかしの濁酒が! こう見えても、金などは腐るほど持っているんだ。餓鬼め、ガツガツするな。それほどほしけれやあ、くれてやるから持ってゆけっ。その代り、今てめえが俺を撲っただけ、こんどは俺が撲るからそう思えっ。――さっ、冷飯と濁酒代に利子をつけて返すから、頭を出せっ、頭をここへ持って来いっ』
三
又八がなんと罵っても、相手の虚無僧がそれきりぐうの音も出さないので、彼もようよう気を鎮めて見直すとどうしたことか、虚無僧は縁板に顔を沈めて泣いている――
『こん畜生、金を見たら急に哀れっぽいふうを見せやがって』
と、又八は毒づいたが、そうまで、恥かしめられても、虚無僧はもう先の勢はどこへやら、
『あさましい。アア、あさましい。どうしておれはこう馬鹿なのか』
もう又八に対していっているのではない、自りで悶え悲しんでいるのだ。その自省心の烈しいことも、常人とは変っていて、
『この馬鹿、貴さまは一体、幾歳になるのか。こんなにまで、世の中から落伍して、落魄れ果てた目をみながら、まだ醒めないのか、性なしめ』
そばの黒い柱へ向って、自分の頭をごつんごつん打つけては泣き、打つけては泣き、
『何のために、汝は尺八をふいているか。愚痴、邪慾、迷妄、我執、煩悩のすべてを六孔から吐き捨てるためではないか。――それを何事だ、冷飯と酒のあまりで、生命がけの喧嘩をするとは。しかも息子のような年下の若者と』
ふしぎな男だ。そういって口惜しげにベソを搔くかと思うと、また、自分の頭を、柱に向って叩きつけ、その頭が二つに割れてしまわないうちは止めそうもないのである。
その自責からする折檻は、又八を撲った数よりも遙に多い。又八は呆っけにとられていたが、青ぶくれになった虚無僧の額から血がにじみ出て来たので、止めずにいられなくなった。
『ま、ま、止したらどうだ、そんな無茶な真似』
『措いて下され』
『どうしたんだい』
『どうもせぬ』
『病気か』
『病気じゃござらぬ』
『じゃあなんだ』
『この身が忌々しいだけじゃ。かような肉体は、自分で打ち殺して、鴉に喰わせてやったがましじゃが、この愚鈍のままで殺すのも忌々しい。せめて人なみに性を得てから、野末に捨ててやろうと思うが、自分で自分がどうもならぬので焦れるのじゃ。......病気といわれれば病気かのう』
又八は、何か急に気の毒になって来て、そこらに落ちている金を拾いあつめて、幾らかを彼の手に握らせながら、
『おれも悪かった、これをやろう。これで勘弁してくれ』
『いらん』手を引っこめて、
『金など、いらん、いらん』
鍋の残り飯でさえ、あんなに怒った虚無僧が、けがらわしい物でも見るように、強く首を振って、膝まで後へ退がってゆく。
『変な人だな、おめえは』
『さほどでもござらぬ』
『いや、どうしても、少しおかしいところがあるぜ』
『どうなとしておかれい』
『虚無僧、おぬしには、時々、中国訛りが交じるな』
『姫路じゃもの』
『ほ......。おれは美作だが』
『作州? ――』と、眼をすえて、
『してまた、作州はどこか』
『吉野郷』
『えっ。......吉野郷とはなつかしいぞ。わしは、日名倉の番所に、目付役をして詰めていたことがあるで、あの辺のことは相当に知っておるが』
『じゃあ、おぬしは、元姫路藩のお侍か』
『そうじゃ、これでも以前は、武家の端くれ、青木......』
名乗りかけたが、今の自分を省みて、人前に身を置いているに耐えなくなったか、
『噓だ、今のは、噓じゃよ。どれ......町へながしに行こうか』
ぷいと立って、野へ歩み去った。
幻 術
一
――金が気になる。費ってならない金だと思うにつけて気になるのだ。たんとは悪いが、少しぐらいは、この中から借りて費ったところで罪悪にはなるまいと遂には思う。
『死者の頼みで、その遺物を、郷里へ届けてやるにしても、路銀というものが要る。当然、その費用は、この内から費ったとて関うまい』
又八はそう考えてから、幾分気が軽くなった。――気が軽くなった時には、もう幾分ずつ、小出しにそれを費い始めていた時なのである。
だが、金のほかに死者から預っている「中条流印可目録」の巻物のうちにある佐々木小次郎とは、一体どこが生国だろうか。
多分――あの死んだ武者修行がその佐々木小次郎にちがいないとは思うが、牢人か、主持か、またどういう経歴の者であるかは、さっぱり分らないし、分ろうとする手がかりもない。
唯一の頼りは、佐々木小次郎に対して、印可目録を授けている鐘巻自斎という剣術の師匠だ。その自斎がわかれば、小次郎の素性もすぐ知れよう。それについて、又八も伏見から大坂へ下って来る道々、茶店、飯屋、旅籠と折のあるごとに、
『鐘巻自斎という剣術のすぐれた人がいるかね』
訊ねてみたが、
『聞いたこともないお人ですなあ』
と、誰もいう。
『富田勢源の流儀をひいている中条流の大家だが』
と、いってみても、
『はてね?』
まったく知る者がないのである。
――すると、路傍で会った或る侍が、多少、兵法にも心得がある様子で、
『その鐘巻自斎とかいう仁は、生きていても、もう非常な老齢のはずだ。たしか、関東に出て、晩年は上州のどこか山里にかくれたきり、世間へ出なかったように聞いておる。――その人の消息を知りたければ、大坂城へ参って、富田主水正という人物をたずねてみるとよい』
と、教えてくれた。
富田主水正とは何かと訊くと、秀頼公の兵法師範役のうちの一人で、たしか、越前宇坂之庄の浄教寺村から出た富田入道勢源の一族の者だったと思うがという話。
すこし、あいまいな気もしたが、とにかく大坂へ出るつもりだし、又八は、市街へ入るとすぐ、目抜の町の旅籠へ泊って、そんな侍が御城内にいるか否かを訊いてみると、
『はい、富田勢源様のお孫とかで、秀頼公のお師範ではありませんが、御城内の衆に兵法を教えていたお方はございましたが、それはもう古い話で、数年前に越前の国へお帰りになっております』
これは、宿の者のいうところだった。町人とはいえ、城内の用勤めもしている家の者のいうことであるから、前の侍のことばよりはよほど真実味のある話だった。
宿の者の意見ではまた、
『――越前の国まで、尋ねておいで遊ばしても、主水正様が、今も果してそこにいるかどうかも分りませんから、そんな頼りのない方を遠国までたずねてゆくよりは、近頃、有名でいらっしゃる、伊藤弥五郎先生をおさがしになるのが近道でございましょう。あの方もたしか、中条流の鐘巻自斎という人のところで修行なされて、後に、一刀流という独自な流儀をお創めになったのですから』
それも一理ある忠告であった。
だが、その弥五郎一刀斎の居所をさがしてみると、これも近年まで洛外の白河に、一庵をむすんでいたが、近頃はまた、修行に出たのか、杳としてその影を京大坂の附近では見かけたことがないと誰もいう。
『ええ、面倒くせえ』
又八は、匙を投げた。――そう急ぐにも当らないことをと、独り語につぶやいて。
二
眠っていた野心的な若さを、又八は、大坂へ来てからたたき起された。
ここではさかんに、人物を需要しているのだった。
伏見城では、新政策や武家制度を組んでいるが、この大坂城では、人材を糾合して、牢人軍を組織しているらしかった。もとよりそれは、公然とではないが。
『後藤又兵衛様や、真田幸村様や、明石掃部様や――また長曾我部盛親様などへも、秀頼公から、そっと、生活のお手当というものが、届いているのだそうな』
町人たちの間でも、もっぱらそういう噂をしている。――で、どこの城下よりも牢人が尊ばれ、牢人の住みよいのが、今では大坂の城下だった。
長曾我部盛親などは、町端れのつまらない小路に借家して、若いのに頭をまるめ、一夢斎と名を更えて、
(浮世のことなど、わしゃ知らんよ)
といった顔つきして、風雅と遊里の両方に身をやつして暮しているが、その手から、いざという場合には、猛然と起って、
(太閤御恩顧のため)
という旗じるしの下に集まろうという牢人が、七百や八百は飼ってあって、その生活費も、秀頼のお手元金から出ているのだということも聞いた。
又八は、二月ほど、大坂を見聞しているうちに、
(ここだ。出世のつるをつかむ土地は)
と、まず興奮を抱いた。
空脛に、槍一本かつぎ出して、宮本村の武蔵と、関ケ原の空をのぞんで飛び出した時のような壮志が、久しぶりに、近頃、健康になった彼の体にも、甦って来たらしいのである。
ふところの金は、ぼつぼつ減ってゆくが、何かしら、
(おれにも運が向いてきた)
という自覚がして来て、毎日が明るくて、愉快だった。石に蹴つまずいても、そんな足下から、不意にいい運の芽が見つかりそうな気がするのである。
(まず、身装だ)
彼はいい大小を買って差した。もう寒さにかかる晩秋なので、それにうつりのよい小袖と羽織も買った。
旅籠は、不経済と考えて、順慶堀に近い馬具師の家の離れを借り、食事は外でし、見たいものを見、家へは帰ったり帰らなかったり、好みどおりな生活をしている間に、よい知己を得、手づるを見つけ、扶持の口に有りつこうと心がけていた。
この程度に、生活を持していることは、彼としては、かなり自戒を保って、生れ変ったほど、身を修めているつもりなのである。
(あれへ大槍を立たせ、乗換え馬を牽かせ、供の侍を、二十人も連れて通りなさる。――今では大坂城の京橋口に御番頭として詰めてござるが、順慶堀の川ざらいには、土をかついで御座った牢人衆であったに)
そんなうらやましい噂を、町ではよく聞くが、さて、又八がだんだんに見るところでは、
(世の中というやつは、まるで石垣だ、きっちりと、使われる石は組んであって、後から入る隙はねえものだ)
すこし疲れて来たが、また、
(なあに、蔓の見つからねえうちが、そう見えるんだ、うまく、割り込むまでが、むずかしいが、何かへ取ッついてしまえば)
と思い直して、間借している馬具師のおやじへも、就職をたのんでおいた。
『旦那がたあ、お若いし、腕もおできなさるじゃろうし、御城内の衆へ頼んでおけば、すぐお抱えの口はありましょうで』
有りそうな口吻で、そこの馬具師も安うけあいしたが、就職はなかなかかかって来ない。――そのうちに冬も十二月、ふところの金も半分になっていた。
三
繁華な町なかの空地の草にも、朝々霜が真っ白におりる。その霜が消えて、道のぬかるむ頃から、銅鑼だの、太鼓だのが、そこでは鳴り出す。
師走の忙しない人々が、案外のん気な顔して、冬日の下にいっぱい群れていた。いとも粗雑な矢来を囲って、外からは見えないようにそれへ筵を張り廻してある人寄せの見世物が、六、七ヵ所に紙旗や毛槍を立て、その閑人の群へ呼びかけて、客を奪い合う様はなかなか真剣な生活戦だった。
安醤油のにおいが人混みのあいだを這う。串にさした煮物をくわえて、馬みたいに嘶いている毛脛の男たちがあるし、夜は、白粉を塗りこくって袖をひく女たちが、解放された牝羊みたいに、ぼりぼり豆を食べながら繫がって歩いてゆく。野天へ腰かけを出して、酒を汲んで売っている所では、今、一組の撲りあいがあって、どっちが勝ったのか負けたのか、後へ血をこぼした儘、その喧嘩のつむじ風は、わらわらと町の方へ駈け去ってしまった。
『ありがとうございました。だんな様が、ここに御座ったで、器物は壊されずにすみましただ』
酒売は、何度も、又八の前へきて、礼をくり返した。
その礼ごころが、
『こんどのお燗は、あんばいよくついたつもりで』
頼まない肴物まで添えてくる。
又八は悪い気持でなかった。町人どうしの喧嘩なので、もしこの貧しい露店の物売に損害をかけたら取ッちめてやろうと睨みつけていたが、何の事もなくすんで、露店のおやじの為にも、自分の為にも、同慶であったと思う。
『おやじ、よく人が出るな』
『師走なので、人は出ても、人足は止まりませぬでなあ』
『天気がつづくからいい』
鳶が一羽、人混の中から、何か咥えて高く上ってゆく。――又八は赤くなっていた、そしてふと、(そうだ、おれは石曳きする時に酒は禁めると誓ったのだが、いつから飲み始めてしまったろう)
他人事のように考えた。
そして自ら、
(まあいい、人間、酒ぐらい飲まねえでは)
と、慰めたり、理由づけたりして、
『おやじ、もう一杯』
と、うしろへいった。
それと一緒に、ずっとそばの床几へ来て、腰かけた男がある。牢人だなとすぐ見てとれる恰好だった。大小だけは人をして避けしめるほど威嚇的な長刀であるが、襟垢のついた袷に上へ一重の胴無しも羽織っていない。
『オイオイ亭主、おれにも早いところ一合、熱くだぞ』
腰かけへ、片あぐらを乗せて、じろりと又八のほうを見た。足もとから見上げて、顔のところまで眼がくると、
『やあ』
と、何の事もなく笑う。
又八も、
『やあ』
と、同じことをいって、
『燗のつく間、どうですか、一献。飲みかけで失礼だが』
『これは――』
すぐ手を出して、
『酒のみという奴、いやしいもので、実は、尊台が、ここで一杯やっているのを見かけると、どうにも、こう......ぷウんと鼻を襲ってくる香が堪らん、袂をひいてな』
いかにも美味そうに飲む男だ。磊落で、豪傑肌らしいと、又八はその飲み振を見ていた。
四
よく飲む。
又八がそれから一合もやるうちに、この男はもう五合を越えて、まだ慥かりしたものだった。
『どのくらい?』
と訊くと、
『ちょっと一升、落ちついてなら、まあ、量がいえぬ』
と、いう。
時局を談じると、この男は、肩の肉をもりあげた。
『家康がなんだ。秀頼公をさしおいて、大御所などと、ばからしい。あのおやじから本多正純や、帷幕の旧臣をひいたら、何が残る。狡獪と、冷血と、それと多少の政治的な――武人が持たぬ才を少し持っているというに過ぎない。石田三成には勝たせたかったが、惜しいかな、あの男、諸侯を操縦すべく、あまりに潔癖で、また身分が足らなかった』
そんなことをいうかと思うと、
『貴公、たとえば、今にも関東、上方の手切れとなった場合は、どの手につく』
と、訊く。
又八が、ためらいもなく、
『大坂方へ』
と答えると、
『ようっ』とばかり、杯を持って床几から立ち上り、
『わが党の士か、あらためて一盞献じ申そう。して、貴君はいずれの藩士』
といって、
『いや、ゆるされい。まず自身から名乗る。それがしは、蒲生浪人の赤壁八十馬、という者。御ぞんじないか、塙団右衛門、あれとは、刎頸の友で、共に他日に期している仲。また今、大坂城での錚々たる一方の将、薄田隼人兼相とは、あの男が、漂泊時代に、共に、諸国をあるいたこともある。大野修理亮とも、三、四度会ったことがあるが、あれはすこし陰性でいかん。兼相よりは、ずっと勢力はあるが』
喋べりすぎたのを気がついたように、後へもどって、
『ところで、貴公は』
と、訊き直す。
又八は、この男の話を、全部がほんととは信じなかったが、それでも、何か圧倒されたような怯け目を感じ、自分も、法螺をふき返してやろうと思った。
『越前宇坂之庄浄教寺村の、富田流の開祖、富田入道勢源先生をごぞんじか』
『名だけは聞いておる』
『その道統をうけ、中条流の一流をひらかれた無慾無私の大隠、鐘巻自斎といわるる人は、私の恩師でござる』
男は、そう聞いても、かくべつ驚きもしないのだ。杯を向けて、
『じゃあ、貴公は、剣術を』
『左様』
又八は、噓がすらすら出るのが愉快だった。
大胆に噓をいうと、よけいに酔いが顔に咲いて、酒のさかなになる気がするのである。
『――多分、実はさっきから、そうじゃないかと、拙者も見ておったので。やはり鍛えた体はちがうとみえ、どこか出来ているな、......して、鐘巻自斎の御門下で、何と仰せられるか。さしつかえなくば、御姓名を』
『佐々木小次郎という者で、伊藤弥五郎一刀斎は、私の兄弟子です』
『えっ』
と、相手の男が驚いたらしい声を発したので、又八のほうこそ吃驚してしまった。あわてて、
(それは冗戯)
と、取消そうと思ったが、赤壁八十馬は、とたんに地へ膝をついて頭を下げているので、今更もう冗戯ともいえなかった。
五
『お見それ申して』
と、八十馬は何度もあやまる。
『佐々木小次郎殿といえば、とくより耳にしておるその道の達人。知らないというものは、他愛のないもので、先刻からの失礼は、平に』
又八は、ほっとした。佐々木小次郎をよく知っている者か、面識でもある間がらでもあれば、たちまち噓がばれて、脂をしぼられるところであったがと――
『いや、お手を上げて下さい。そう改まられては、私こそ、御挨拶のしようがない』
『いや、先程から、広言のみ吐いてさぞお聞き苦しかったことで』
『なに、私こそ、まだ仕官もせず、世間も知らぬ若輩者で』、
『でも、剣においては。――いやよくお名まえは彼方此方で聞きますぞ。......そうだ、やはり佐々木小次郎』
つぶやいて、八十馬は、酔うと目やにの出る性らしい眼を、どろんと据え、
『その上で、まだ御仕官もなさらぬのか、惜しいものだ』
『ただ剣一方に、すべてを打ち込んで来たので、世間にはとんと何の知己もないために』
『や、なる程。――ではまんざら仕官のお望みがないわけでもないので』
『もとより。いずれは、主人を持たねばならぬと考えていますが』
『ならば、造作もないこと。――実力があるのだからたしかなものだ。もっとも実力があっても、黙っていては容易に見出されるはずはない。こうお目にかかっても、それがしですら、尊名を聞いて初めて驚いたようなもので』
と、さかんに焚きつけて、
『お世話しよう』
と、いい出した。
『実はそれがしも、友人の薄田兼相に身の振方を依頼してあるところ。大坂城では、禄を問わず、抱え入れようとしている折だし、貴公のような人物を推挙すれば、薄田氏も、すぐ買おう。おまかせ下さるまいか』
どうやら赤壁八十馬は乗気になっているらしい。又八は、その就職へありつきたいことは山々だが、佐々木小次郎であると他人の名を借用してしまったことが、どうもまずい、引っこみのつかない不出来だ。
かりに美作の郷士本位田又八と名乗って実際の履歴を話したら、この男も乗気にはなるまい。鼻さきで軽蔑を与えられる位なところが落ちである。やはり佐々木小次郎の名がものをいったのだ。
――待てよ、と又八は胸のうちで考える。何もそう心配したほどのものじゃないと思う。なぜならば、佐々木小次郎なる者はもう死んでいる人間だ。伏見城の工事場で打ち殺されてしまった人物ではないか。――しかもそれが佐々木小次郎なりとは、おそらく、おれ以外の何者も知っていまい。
死者の所持していた唯一の戸籍証明である「印可目録」は自分が彼の臨終の一言によって預かっているので、後で、調べのつこうわけはない。また一箇の乱暴人として、打殺した死者に対して、そんな面倒な調べをいつまでもやっているはずもない。
(分りっこない!)
又八の頭に大胆な、狡い考えがそう閃めいた。勃然として、彼は、死んだ佐々木小次郎になり切ってやろうと臍を決めた。
『おやじ、勘定』
金入から金を出して、そこを起ちかけると、赤壁八十馬はあわてて、
『今の話は?』
と、一緒に立った。
『ぜひ、御尽力をねがいたいが、この路傍では、十分な話もできぬ。どこか座敷のあるところへでも行って』
『ああそうか』
と、八十馬は満足そうにうなずいて、自分の飲んだ代まで、又八が払っているのを、当り前のような顔して眺めていた。
六
怪しげな白粉の裏町である。又八としては、もっと高等な酒楼へ案内するつもりだったが、赤壁八十馬が、
『そんなところへ揚って、つまらぬ金を費うよりは、もっとおもしろい土地がある』
といって、頻りに裏町遊びを謳歌するので、ともかく引っ張られて来てみると、まんざら又八の肌に合わない情調ではない。
比丘尼横丁というのだそうである。大袈裟にいえば長屋千軒がみな売笑婦の家で、一夜に百石の油を燈心にともすともいえるほどな繁昌さである。
すぐ近くに、汐のさす黒い堀が通っているので、出格子だの、紅燈の下だのには、よく見ると、船虫や河蟹がぞろぞろ這っていて、それが生命取のさそりという妖虫のようにうすきみ悪いが、無数の白粉の女の中には眉目美いのも稀にあって、中には、もう四十にちかい容貌に、鉄漿を黒々つけ、比丘尼頭巾にくるまって、夜寒を喞ち顔でいるなど、なかなかもののあわれも蕩児の心をそそるのであった。
『いるな』
又八が、ため息つくと、
『いるだろう、へたな茶屋女や歌妓などより、遙にましだ。――売女というと、いやな気がするが、冬の一夜をここに明かして、その前身なり、氏素姓なりを、寝ものがたりに聞いてみると、みな、生れた時からの売女ではないて』
肩と肩のすれ合ってゆく往来中を、八十馬は、得意になって、弁じていた。
『室町将軍の奥につかえていたという比丘尼があるし、父は武田の臣だったの、松永久秀の縁類の者だのという女が、この中にはずいぶんある。――平家の没落した後もそうだったが、天文、永禄からこっちは、あの時代などから見るともっと激しい盛衰がくり返されたのだから、浮世の下水には、こんなふうに落花の芥が溜るのだろうな』
それから一軒の家へ上って、八十馬に遊びの仕方をまかせると、これはこの道での豪の者とみえ、酒のあつらえ方、女たちのあつかいよう、そつがなくて、成程、この裏町はおもしろい。
泊ったことはもちろんである。昼間になっても、飽いたといわない八十馬だった、お甲の『よもぎの寮』では、いつも日蔭者でいた又八も、多年の鬱憤をここに晴らしたか、
『もう、もう。酒はいやだ』
と遂にかぶとを脱いで、
『帰ろう』
いい出すと、
『晩までつきあい給え』
と、八十馬はうごかない。
『晩までつきあったらどうするんだ』
『今夜、薄田兼相のやしきへ行って兼相と会う約束がしてあるんだ。今から出ても時刻が半端だし......。それに、そうだ、貴公の望みももっとよく聞いて置かなければ、先へ行って話もできない』
『禄など、初めからそう望んでも無理だろう』
『いかん、自分からそんな安目を売ってはいかん。とにかく中条流の印可を持って、佐々木小次郎ともいわれる侍が、禄はいくらでもいいから、ただ仕官がしたいなどといったら、かえって先から蔑まれるぞ。――五百石もくれといっておこうか、自信のある侍ほど手当や待遇なども大きく出るのが通例だからな、やせ我慢などせぬがいいのだ』
七
谷間の壁を見上げるように、この辺はもう早い日蔭になっている。大坂城の巨大な影が夕空を蔽っているからである。
『あれが、薄田の邸だぞ』
濠の水に背を向けて、二人は寒そうに佇んだ。昼間から注ぎこんでいた酒も、この濠端に立つと一たまりもなく吹き飛んで、鼻の先に水洟が凍りつく。
『あの腕木門か』
『いや、その隣の角屋敷』
『ふム......宏壮なものだな』
『出世したものさ。三十歳前後の頃には、まだ、薄田兼相などといっても、世間で知っている奴はなかった、それがいつのまにか......』
赤壁八十馬のことばを、又八はそら耳で聞いていた。疑っているのではない、もう彼のことばの端など注意してみる必要を感じないほど信頼し切っていたのだった。――そしてこの巨城を取巻いている大小名の門をながめて、
『おれも』
と、鬱勃としてくるものを彼も抑えきれない青年だった。
『じゃあ、今夜ひとつ、兼相に会って、うまく貴公の体を売りこんでみせるからな』
八十馬は、そういって、
『――ところで、例の金だが』
と、催促した。
『そう、そう』
又八は懐中から、革巾着を取り出した、少しくらいは、と思いながらいつのまにかこの革巾着の金も三分の一になっていた。その残りの底をはたいて、
『ざっと、これだけあるが、これくらいなおくりものでいいのか』
『いいとも、十分だ』
『何かに包んでゆかなければいけまいが』
『なあに、仕官の取做しを頼む時の、御推挙料だの、御献金だのというやつは、薄田ばかりじゃない、公然と誰でも取っていることだから、何も憚って差し出す必要はすこしもないのだ。――じゃあ預かっておくぜ』
持ち金のほとんどあらましを、彼に手渡してしまうと、又八はやや不安をよび起して、歩み出した八十馬に追いすがり、
『うまく頼むぞ』
『大丈夫だ。先で、渋った顔をしていたら、金をやらずに持って帰るだけのことじゃないか。何も、兼相だけが、大坂方の勢力家じゃなし、大野でも後藤でも、頼みこむ思案はいくらもある』
『返辞は、いつ分るか』
『そうだな、ここで、待っていてくれてもいいが、濠ばたの吹きさらしに、立っているわけにもゆくまいし、また、怪しまれるから、明日会おう』
『明日――どこで』
『人寄せの懸っているれいの空地へ行ってくれ』
『承知した』
『貴公と初めて会った、あの酒売のおやじの床几で、待っていてくれれば間違いない』
時刻も打合せて、赤壁八十馬は、そこの門内へ、大手を振って入って行った。肩を振って、堂々と通ってゆく態度を見とどけて、
(あれなら、なるほど、薄田兼相とは、貧困時代からの旧友だろう)
又八は、安心に似た気もちを抱いて、その晩は、さまざまな夢に耽り、あくる日を待ちかねて、定めの時刻に、人寄せ場の空地へ、霜解けをふんで行った。
きょうも師走の風が寒かったが、冬日の下にはたくさん集まっていた。
八
どうしたのか、赤壁八十馬は、その日、姿を見せなかった。
次の日。
『何かの都合だろう』
又八は、こう善意に解釈して、れいの野天の酒売の床几で、
『きょうは』
と、正直に空地の人混みを見廻していたが、その日も遂に八十馬の姿を見ずに暮れてしまった。
少し、てれて、
『おやじ、また来たぞ』
三日目である。こういって、床几に腰をすえると、酒売のおやじが、毎日の彼の挙動を密かに怪しんでいたとみえ、一体、誰を待つのかと訊ねるので、実は云云な仔細で、いつぞやここで知己になった赤壁という牢人と落合う約束になっているのだが――と語ると、
『え? あの男に』
おやじは呆れたような口吻で、
『では、仕官の口を周旋してやるからといって、あいつ奴に、金を取られたので』
『取られたわけではない。わしから依頼して、薄田殿へわたす口入金を預けておいたのだが、その返辞がはやく知りたいので、毎日待っているわけだが』
『おやおや、おまえ様は』
おやじは、気の毒そうに、又八の顔をながめて、
『百年待っていても、あの男が来るはずはありませぬ』
『げっ。――ど、どうして』
『彼奴は、名うてな悪で、この空地には、ああいうガチャ蠅がたくさんおりましてな、少し甘い顔と見れば、すぐたかって来るのでございます。よほど、気をつけてあげようかと思ったが、あとの崇りが恐いし、おまえ様も、あの風態を見れば、気がつくだろうと思っていたのに、金を抜かれてしまうなんて......。これやお話にならんわい』
気の毒を通り越して、又八の無智をむしろ愍れむような口吻なのである。だが又八は、恥を搔いたとは思わない。突然の損失と希望から抛り出された傷手に、身がふるえ、血が憤って、茫然と、空地の人群を見つめていた。
『むだとは思うが、念のため幻術の囲いへ行って訊いてみなさるがよい。あそこではよく、ガチャ蠅が集まって、銭の賭事をしておりますで、そういう金をつかめば、ことによると、賭場へ顔を出しているかもわかりませぬ』
『そ、そうか』
又八は、あわてて床几を起ち、
『その幻術の人寄せというのは、どこの囲いか』
老爺の指さすほうを見ると、この空地のうちでは最も大きな矢来が一つ見える。幻術者の群が興行しているのだという。見物は、木戸口に蝟集していた。又八が近づいて行ってみると、
『ちょちょんがちょっ平』
だとか、
『変兵童子』
とか、
『果心居士之一弟子』
とかいう有名な幻術師の名が、木戸口の旗に記してあって、幕と筵でかこんであるその広い矢来のうちでは、怪しげな音楽に交じって、術者の掛声と、見物の拍手が湧いていた。
九
裏へ廻ると見物の出入りしないべつな口があった。又八が、そこを覗くと、
『賭場へゆくのか』
と、立番の男がいう。
うなずくと、よしというような眼をしたので、彼は入って行った。幕の中では、青天井をいただいて、二十人ばかりの浮浪人が、車座になって、博戯をしている。
又八が立つと、じろっと、すべての白い眼が彼を見上げた。一人がだまって、彼の前に席を開けたので、あわてて、
『この中に、赤壁八十馬って男はいないか』
訊くと、
『赤馬か。そういえば赤馬の奴、ちっとも出て来ねえが、どうしたんだろう』
『ここへ来ましょうか』
『そんなこと、わかるもんか。まあ、入りねえ』
『いや、おれは博戯事に来たんじゃない。その男を捜しに来たのだ』
『おい、ふざけるなよ、博戯もせずに、賭場へ何しに来やがったんだ』
『すみません』
『向う脛を搔っ払うぞ』
『すみません』
ほうほうのていで出て来ると、追いかけて来たガチャ蠅の一人が、
『野郎待て。ここは、すみませんで済む場所たあ違う。ふてえ奴だ。博戯をしなけれやあ、場代をおいてゆけ』
『金などない』
『金もねえくせに、賭場のぞきをしやがって、さては、隙があったら、銭を攫って行こうという料簡だったにちげえねえ、この盗っ人め』
『なんだと』
又八が、くわっとして刀の柄を示すと、これは面白いと、相手は敢て喧嘩を買ってくる腰だった。
『べら棒め、そんな脅しに、いちいち恟ついていちゃ、この大坂表で、生きちゃあいられねえんだ。さ、斬るなら斬ってみろ』
『き! 斬るぞ』
『斬れっ、何も、断るにゃ及ばねえや』
『おれを知らんか』
『知ってるもんか』
『越前宇坂之庄、浄教寺村の流祖、富田五郎左衛門が没後の門人佐々木小次郎とはわしのことだ』
そういったら逃げるだろうと思いのほか、相手は、ふき出して、又八のほうへ尻を向け、矢来のうちのガチャ蠅を呼び立てた。
『やい、みんな来い、こいつ何とか今、オツな名乗りをあげやがったぜ。おれたちを相手に抜く気らしい。ひとつお腕のうちを見物としようじゃねえか』
いい終ると、きゃッと、その男は尻を斬られて跳び上った。又八が、不意に抜き打ちをくれたのである。
『畜生っ』
という声。それから、わっと大勢の声がうしろに聞えた。又八は血刀をさげて人混みの中へまぎれ込んだ。
なるべく人間の多いところへと又八は姿をかくして歩いていたが、危険を感じるほど、どの人間の顔もガチャ蠅に見え、とてもうろついておられなくなった。
ふと見ると、眼のまえの矢来に、大きな虎の絵を描いた幕が垂れていて、木戸には、鎌槍と、蛇の目の紋の旗じるしが立ててあり、空箱に乗っている町人が、しゃがれ声をふりしぼって、
『虎だ、虎だっ、千里行って、千里帰る、これは朝鮮渡りの大虎、加藤清正公が手捕りの虎――』
というような人寄せ文句を、ふしづけて呶鳴っていた。
銭を抛って、又八は中へとびこんだ。そして、いささかほっとしながらどこに虎がいるのかと見廻してみると、正面に戸板を二、三枚並べ、それへ洗濯物でも貼りつけてあるように、一枚の虎の皮が貼りつけてあった。
十
死んだ虎を見せられても、見物は、神妙に眺め入って、これは生きていないじゃないかと、腹を立てる者はなかった。
『これが虎かいな』
『大きなものやなあ』
感心して、入口から出口の木戸へ入れ代ってゆく。
又八は、なるべく刻を過ごそうと考えていつまでも虎の皮の前に立っていた。――すると、ふと自分の顔の前に、旅装いの老夫婦が立って、
『権叔父よ。この虎は、死んでいるのじゃろうが』
と、婆のほうがいう。
爺侍は、竹の仕切り越しに手をのばして、虎の毛に触れながら、
『元より、皮じゃもの、死んでおるわさ』
『木戸で呼ばわっている男は、さも生きているようにいうたがの』
『これも、幻術の一つじゃろて』
爺侍は苦笑していたが、婆のほうは、忌々しげに、萎んでいる唇を振り向けて、
『やくたいもない、幻術なら幻術と看板にあげておいたがよい。死んだ虎を見るくらいなら絵を見るわさ。木戸へ去んで、銭をかやせというて来う』
『婆、婆。人が笑うぞよ、そんなこと、喚かんでもええ』
『なんの、見得がいろう、おぬしいうが嫌ならわしがいう』
見物の者を押し分けて、戻りかかると、あっ――とその人混みの中に肩を沈めた者がある。
権叔父と呼ばれた爺侍が、
『やっ、又八っ』
と、呶鳴った。
お杉隠居は、眼がわるいので、
『な、なんじゃ、権叔父』
『見えなんだかよ、婆のすぐうしろに、又八めが立っておったぞ』
『げっ、ほんまか』
『逃げたっ』
『どっちゃへ?』
二人は、木戸の外へ転び出した。
もう空地の雑沓は暮色につつまれていた。又八は、幾たびも人にぶつかった。そのたびに、くるくる舞して、後も見ずに、町中のほうへ逃げてゆく。
『待て、待て、伜っ』
振りかえってみると、母親のお杉は、まるで狂気のようになって追って来るのだった。
権叔父も、手をふりあげ、
『馬鹿ようっ。なんで逃げるぞい。――又八っ、又八っ』
それでもなお、又八が足を止めないので、お杉隠居は、皺首を前に伸ばし、
『泥棒、泥棒、泥棒っ――』
夢中でさけんだ。
暖簾棒だの竹竿を持って、町の者は、先へゆく又八を蝙蝠を打つようにたたき伏せた。
往来の者も、わいわいと取りかこんで、
『捕まえた』
『ふてえ奴だ』
『どやせ』
『たたっ殺してやれ』
足が出る、手が出る、唾を吐きかける。
後から息を喘って、権叔父とともに追いついて来たお杉隠居はそのていを見ると、群集を突きとばし、小脇差のつかに手をかけて歯を剝いた。
『ええ、むごいことを、おぬしら何しやるのじゃ、この者へ』
弥次馬は、理を弁えずに、
『婆どの。こいつは、泥棒だよ』
『泥棒ではない、わしが子じゃわ』
『え、おまえの子か』
『おおさ、ようも足蹴にやったな。町人の分際で、侍の子を足蹴にしやったな。婆が相手にしてくりょう、もういちど、今の無礼をしてみやい』
『冗戯じゃない。じゃあ先刻泥棒泥棒と呶鳴ったのは誰だ』
『呶鳴ったのは、この婆じゃが、おぬしら風情に足蹴にしてくれと頼みはせぬ。泥棒とよんだら伜めが、足を止めようかと思うていうた親心じゃわ。それも知らいで、撲ったり蹴ったりは何事じゃ、このあわて者めが!』
怨 敵
一
町中の森である。おぼろに常夜燈がまたたいていた。
『こう来やい』
お杉隠居は、又八の襟がみを抓んで、往来からそこの境内まで引きずって来た。
婆の権まくに驚いたとみえ、弥次馬はもう尾いて来ない。殿として、鳥居の下で見張っていた権叔父も、やがて後から来て、
『婆、そう折檻はせぬものだぞ。又八とて、もう子どもではなし』
母子の手と襟がみを、もぎ離そうとすると、
『何をいうぞい』
隠居は、権叔父を、肱で突き退けて、
『わしが子を、わしが折檻するに差し出口など、要らぬお世話、おぬしは黙っていやい。――こ、これっ、又八っ』
泣いて欣んでもいい場合を、この婆は憤怒して、わが子の襟がみを、大地へ小突き廻している。
老人になれば誰も単純で気短かになるという。今の場合の複雑な感情は余りにも枯渇した血には強烈すぎたのであろう。泣いているのか、怒っているのか、狂喜の変態なあらわれか。
『親のすがたを見て、逃げ出すとはなんの芸じゃ。汝は、木の股から生れくさったか、わしが子ではなかったかよ。――こ、これッ、ここな呆ぼけ者奴が』
と、幼い時に打擲したように、又八の尻をびしびし打って、
『よもやもう、この世に生きておろうとも思わなんだに、のめのめこの大坂に生きていくさるとは憎い憎い、ええもう憎い奴よの。なんで故郷へもどって来て、御先祖様のまつりをせぬか、この母にちょっとでも、顔見せぬか。親類縁者どもが、あれよこれよと案じているのも、われには弁えがつかぬかよっ』
『――お、おふくろ。かんべんしてくれ、かんべんしてくれ』
又八は、嬰児みたいに、母の手の下からさけんだ。
『悪いことは知っている。知っていればこそ、帰れなかったんだ。今日も、余り不意だったので吃驚して、逃げる気もなく、おらあ駈け出してしまった。......面目ない、面目ない! おふくろにも叔父御にも、おらあただ面目ないんで』
と、両手で顔を掩った。
それを見ると、婆も目鼻に皺をあつめて、すすり泣いた。しかし気丈な老婆は、自分が脆くなるのをすぐ自分の心で叱咤しながら、
『御先祖の恥さらし、面目ないというからには、どうせ碌なことをしていくさったのではあるまいが』
権叔父は、見るに見かねて、
『もうよかろう、婆、そう打擲しては、かえって又八を拗け者にするぞよ』
『また差し出口かよ、おぬしは男のくせに甘うていかぬ。又八には父親がないゆえ、この婆は母であるとともに、厳しい父親でもなければならぬのじゃ。それゆえわしは折檻をしまする。......まだまだこんなことで足ろうかいの。又八ッそれへ直りゃい』
自分も大地へ畏まって坐りこみ、子へも、大地を指さしていった。
『はい』
又八は、土にまみれた肩を起して、悄然と坐り直した。
二
この母親は怖かった。世間の母親なみ以上の甘さもあったが、すぐ御先祖様を持ち出すので、又八は頭があがらないのであった。
『つつみ隠しをするときかぬぞよ。関ケ原の戦へ出て、おぬし、あれ以来、何していやった。婆の得心がまいるまで、つぶさに話しゃれ』
『......話します』
隠す気は起らない。
又八は、友達の武蔵と戦場から落ちのびたこと――そして伊吹のあたりに潜んだこと――お甲という年上の女にかかって、数年のあいだ同棲して苦い経験をし、悔いていることなど、すっかり話してしまうと、胃の中の腐っている物を吐き尽したように、気が軽くなった。
『ふウむ......』
と、権叔父が呻くと、
『あきれた子よの』
と、隠居も舌を鳴らし、
『そして今では、何していやるか。身装は、どうやら飾ってござるが、仕官して、禄の少々も、取っていやるか』
『はい』
うっかり、いい返事をしたが、又八は、露見をおそれて、
『いや、仕官はいたしませぬが』
『では、何で喰べている』
『剣――剣術などを、教えまして』
『ほう』
婆は、初めて、綻びたように機嫌よく、
『剣術を、おおそうかいの。そういう生活を過ごしながらも、剣術に精出していやったとは、さすがにわしが子。......のう叔父御よ、やはり婆が子じゃの』
この辺で機嫌を直させてしまいたいものだと権叔父は、大きく何度もうなずいて、
『それやあ、御先祖の血は、どこかにあろうわさ。一時の極道はしようとも、そのたましいだに失わずば』
『して又八』
『はい』
『この上方では、誰について、腕を磨きやった』
『鐘巻白斎先生に』
『ふウむ......あの鐘巻先生にの』
目も鼻も飴のようにしてあまり喜ぶので、又八はもっと喜ばせてみたくなり、懐中の印可の巻を出して巻末の一行――佐々木小次郎殿とあるところだけを隠して、
『御覧じませ、この通り』
と、常夜燈の明りへ、展げて見せた。
『どれ、どれ』
手を出したが、渡さずに、
『安心してござれ、おふくろ』
『なるほど』
隠居は、首を振って、
『見たか、権叔父、大したものじゃわ。小さい頃から、あの武蔵などより、ぐんと賢く、腕も出来ていただけのことはある』
と、涎を垂らさないばかりに満足をあらわしたが、ふと、それを巻きかけて又八の手がすべって、終りの一行が眼にうつると、
『これ待て、ここに佐々木小次郎とあるのはなんじゃ』
『あ......これですか......これは仮名です』
『仮名? 何で仮名などつかいなさる、本位田又八と、立派な名のあるものを』
『でも省みて、自分に恥のある生活をしていたので、先祖の名を汚すまいと』
『オオそうか。その性根たのもしい。――おぬしは何も知るまいがこれから故郷元のことども聞かせて進ぜるほどに、よう聞きなされ』
隠居は、そう前置きして、この一人息子を、いよいよ鼓舞し、激励するために、その後、宮本村に起った事件やら、本位田家の立場から、また、自分と権叔父とが、ために出郷することになり、お通と武蔵とを討つべく、多年ふたりの行方をさがし歩いていることなど――誇張する気もなく誇張に落ちたが――何度も鼻をかみながら、諄々と眼を濡らして語った。
三
じっと首を垂れたまま、又八は老母の烈々と吐くことばに打たれていた。こうしている間は、彼も善良で神妙な息子だった。
けれど、隠居がいおうとする重点は、もっぱら家名の面目とか、侍の意気とかにあったが、この息子の感情を強く打った点は、そこになくて、
(お通がこころ変りした)
と、いう初耳の話だった。
『おふくろ、それは真実か』
彼の顔いろを知ると、隠居は、自分の鞭撻が、彼を奮起させたものと思いこみ、
『噓と思うなら、叔父御にもただしてみやれ、お通阿女はおぬしを見かぎって、武蔵の後を追って去んだわさ。――いやの、もっと悪う考えれば、武蔵はおぬしが、当分は村へ帰らぬものと知ってじゃ程に、お通をだまして、奪って逃げたともいえる。のう権叔父』
『そうじゃ、七宝寺の千年杉へ、沢庵坊主のため、縛りつけられたのを、あのお通の手をかりて逃げ失せた男女のこと故、どうせ碌な仲じゃあるまいての』
こう聞いては又八も、鬼とならずにいられなかった。それでなくても、彼へは――あの武蔵という人間に対しては、どういうものか反感があってならなかったところである。
隠居の激励は、鞭に鞭を加えて――
『わかったかよ又八。この婆や権叔父が、故郷を出て、こうして諸国をあるいている意気地が。――息子の嫁を奪って逃げた武蔵、本位田家に後足で砂をかけて失せたお通。――こう二つの首を打たいでは、婆は、御先祖のお位牌と、故郷の衆にむかって、会わせる顔がないじゃろが』
『わかりました。......よく』
『おぬしにも、それではのめのめと、故郷の土は踏めまいが』
『帰りません、もう、帰りません』
『討ってたも、怨敵を』
『ええ』
『気のない返辞をするものかな、おぬしには武蔵を討つ力がないと思うてか』
『そんな事はありません』
権叔父も、そばから、
『案じるな又八、わしもついているのじゃが』
『この婆とても』
『お通と武蔵、二つの首を、晴れて故郷への土産に引っさげて戻ろうぞ。のう又八、そうしておぬしにはよい嫁女をさがし、あっぱれ本位田家の跡目をついで貰わにゃならん。そうした上は、武士の面目も立つ、近郷への評判もようなる、まず、吉野郷で負け目をとる家統は他にはあるまいてな』
『さあ、その気になってたも。なるかよ又八』
『はい』
『よい子じゃ、叔父御、賞めておくりゃれ。きっと武蔵とお通を討つと誓うた。......』
と隠居はやっと気がすんだらしく、先刻から怺えていた氷のような大地から身を動かしかけたが、
『ア......痛々々』
『婆、どうしやった』
『冷えてかいの、腰が急に吊ってこう下腹へさしこんで来ましたわい』
『これやいかぬ、また持病を起してか』
又八は、背を向けて、
『おふくろ、すがりなされ』
『何、わしを負うてくれる。......負うてくれるか』
と、子の肩に抱きついて、
『何年ぶりぞいの、叔父御よ、又八がわが身を負うてくれたわいな』
と、欣し泣きに泣くのであった。
母の温い涙が肌にとおって来ると、又八も何か無性に欣しくなって、
『叔父御、旅籠はどこか』
『これから探すのじゃ、どこでもいい、歩いてくりゃれ』
『合点だ――』
と、又八は老母の体を弾ませて歩きながら、
『ほう、軽いなあ、おふくろ。――軽い、軽い、石より軽いぞ』
美 少 年
一
藍や紙が積み荷の大部分であった。ほかに禁制の煙草も船底にかくしているらしい。元より秘密だが、においで知れる。
月に何度か、阿波の国から大坂へ通う便船で、そうした貨物とともに便乗している客には、この年の暮を、大坂へ商用に出るか、戻るかする商人が八、九分で、
『どうです、儲かるでしょう』
『儲かりませんよ、堺はひどく景気がいいというが』
『鉄砲鍛冶など、職人が足らなくて弱っているそうですな』
べつの商人が、又、
『てまえは、その戦道具の、旗差物とか、具足など納めていますが、昔ほど儲かりませんて』
『そうかなあ』
『お侍方がそろばんに明るくなって』
『ハハア』
『むかしは、野武士がかついで来る掠め物を、すぐ染め更え、塗り更えして、御陣場へ納める。するとまた、次の戦があって、野武士がそいつを集めてくる。また新物をするといったふうに、盥廻しがきいたり、金銀のお支払いなどもおよそ目分量みたいなものでしたがね』
そういう話ばかりが多い。
中には、
『もう内地では、うまい儲けはありっこない。呂宋助左衛門とか、茶屋助次郎といった人のように、乗るか反るかで海の外へ出かけなければ』
と、海洋をながめて、彼方の国の富を説いている者があるし、或者はまた、
『それでも、何のかのといっても、わしら町人は、侍から見れば遙かに割がよく生きていますよ。いったい侍衆なんて、食物の味ひとつ分るじゃなし、大名の贅沢といったところが、町人から見ればお甘いもので、いざといえば、鉄と革を鎧って、死にに行かなければならないし、ふだんは面目とか武士道とかにしばられて、好きな真似はできないし、気の毒みたいなものでございますよ』
『すると、景気がわるいの何のといっても、やはり町人にかぎりますかな』
『かぎりますとも気ままでね』
『頭さえ下げていればすみますからな。――その鬱憤はいくらでもまた、金のほうで埋め合わせがつくし』
『ぞんぶんこの世を楽しむにかぎりまさあね』
『何のために生れて来たんだ――といってあげたいのがいますからね』
商人でもこの辺は、中以上のところとみえる。舶載の毛氈をひろく敷きこんで、一階級を示しているのだ。
のぞいてみると、なる程、桃山の豪奢は今、太閤が亡き後は、武家になくて、町人の中へ移っているかと思われる。酒器のぜいたくさ、旅具旅装の絢爛なること、持物の凝っていること、ケチな一商人でも、侍の千石取などは及びもない。
『ちと、飽きましたな』
『退屈しのぎに、始めましょうか』
『やりましょう。そこの幕をひとつ懸け廻して』
と、小袖幕のうちにかくれると、彼らは、妾や手代に酒をつがせて、南蛮船が近ごろ日本へ齎した「うんすん骨牌」というものを始める。
そこで賭けている一つかみの黄金があれば、一村の飢餓が救われるであろうほどの物を、まるで、冗戯みたいに、遣り取りしていた。
こういう階級の中に、ほんの一割ほどだが、乗り合わしている山伏とか、牢人者とか、儒者とか、坊主とか、武芸者などという者は、彼らからいわせるといわゆる、
(いったいなんのために生きているんだ)
と借問される部類のほうで、みんな荷梱の蔭に、ぽつねんと味気ない顔して、冬の海をながめているのだった。
二
それらのあじきない顔つきの組の中に、一人の少年が交っていた。
『これ、じっとしておれ』
荷梱に倚り懸って、冬日の海に向いながら、膝の上に何やら丸っこい毛だらけな物を抱いている。
『ホ。可愛い小猿を』
と、そばの者がさしのぞいて、
『よく馴れてござるの』
『は』
『永くお飼いになっているのであろうな』
『いえ、ついこのごろ、土佐から阿波へ越えてくる山の中で』
『捕まえられたのか』
『その代り、親猿の群に追いかけられて、ひどい目にあいました』
話を交しながらも、少年は、顔を上げない。小猿を膝の間に挟んで、蚤を見つけているのだった。
前髪に紫の紐をかけ、派手やかな小袖へ、緋らしゃの胴羽織を纏っているので、少年とは見えるものの、年齢のほどは、少年という称呼に当てはまるかどうか、保証のかぎりでない。
煙管にまで、太閤張というのが出来て、一頃は流行ったように、こういう派手派手しい風俗も、桃山全盛の遺風であって、二十歳をこえても元服をせず、二十五、六を過ぎても、まだ童子髪を結って金糸をかけ、さながらまだ清童であるかのような見栄を持つ習いが、いまに至ってもかなり遺っているからである。
だからこの少年も、一概に身なりをもって、未成年者と見ることはできない。体つきからしても、堂々たる巨漢であるし、色は小白くて、いわゆる丹唇明眸であるが、眉毛が濃くて、眉端は眼じりから開いて上へ刎ねている。なかなかきつい顔なのだ。
けれどまた――
『これ、なぜうごく』
と、小猿の頭を打って、猿の蚤とりに他念のない様子などは、なかなかあどけなくもある。何もそう年齢の詮索ばかり気にやむこともないが、あれこれ綜合してその中庸をとって推定すれば、まず十九か、二十歳というところでなかろうかと思われる。
さてまた、この美少年の身分はというと、元より旅いでたちで、革足袋にわらじ穿きだし、どこといって抑えどころもないが、歴乎とした藩臣でなく、牢人の境界であることは、こういう船旅において、ほかの山伏だの傀儡師だの、乞食のようなボロ侍だの、垢くさい庶民の中に交って、気軽にごろごろしている態をみても、およそ想像はつく。
だが、牢人にしては、ちょっと立派なものを一つ身に着けている。それは、緋羽織の背なかへ、革紐で斜に負っている陣刀づくりの大太刀である。反がなくて、竿のように長い。
ものが大きいし、拵えが見事なので、その少年のそばへ寄った者は、すぐ少年の肩ごしに柄の聳えているその刀に目がつくのだった。
『――いい刀を持っている』
そこから少し離れたところから、祇園藤次も、さっきから見恍れていた一人であった。
『京洛でもちょっと見ない』
と思う。
刀のすぐれた物をみると、その持ち主から、遠くは、その以前の経歴までが考えられてゆく。
祇園勝次は、機があったら、その美少年へ、話しかけてみたいと思っていた。
――冬の昼靄にうすずいて、よく陽のあたっている島の淡路は、艫のかなたに、だんだん遠くなってゆく。
はたはたと、大きな百反帆は、生きもののように、船客たちの頭の上で潮鳴を切って鳴っていた。
三
藤次は旅に倦んでいた。
なま欠伸が出る――
飽きのきた旅ほど他人の世界を感じるものはない。祇園藤次は、その飽々した旅を、もう十四日もつづけて来たあげくのこの船中であった。
『――飛脚が間にあったかしらて?......間にあえば、大坂の船着場まで、迎えに来ているにちがいないが』
と、お甲の顔を思い浮かべて、せめてもの無聊をなぐさめてみる。
さしも、室町将軍家の兵法所出仕として、名誉と財と、両方にめぐまれて来た吉岡家も、清十郎の代になって、放縦な生活をやりぬいたため、すっかり家産は傾いてきた。四条の道場まで、抵当に入っているので、この年暮には、町人の手へ取られるかも知れないという内ふところ。
年暮に近づいて、あっちこっちから責め立ててくる負債をあわせると、いつのまにか、途方もない数字にのぼっていて、父拳法の遺産をそっくり渡して、編笠一かいで立ち退いても、なお、足らないくらいな実情に堕ち入っていた。
(どうしたものか)
という清十郎の相談である。この若先生をおだてて、さんざん費わせた責任の一半は藤次にもあるので、
(おまかせなさい、うまく整理をつけてお目にかけましょう)
狡智をしぼって、彼の案出したのが、西洞院の西の空地へ、吉岡流兵法の振武閣というものを建築するという案で――社会の事態に鑑みるに、いよいよ武術は旺になり、諸侯は武術家を要望している。この際、多くの後進を養成するために、従来の道場をさらに拡大して、流祖の遺業をして、もっと天下にあまねからしめなければならぬ――それはまた、われわれ遺弟の当然なさなければならない義務でもある。
そんな主旨の廻文を、清十郎に書かせ、これを携えて、中国、九州、四国などに散在している吉岡拳法門下の出身者を、歴訪して来たのである。もちろん振武閣建築の寄附金を勧進するために。
先代の拳法が育てた弟子は随分各地の藩に奉公していて、みな相当な地位の侍になっている。
けれど、そういう勧説を持って行っても、藤次が予算していたように、おいそれと寄進帳へ筆をつけてくれるのはすくない。
(いずれ書面をもって)
とか、
(いずれ、上洛の折に)
とかいうのが多く、現に藤次が携えて帰る金は、予定していた額の何分の一にも当らない。
だが、自分の財政ではなし、まあ、どうかなろうと多寡をくくって、先刻から、師の清十郎の顔より、久しく会わないお甲の顔のほうを、努めて、想像にのぼせていたが、それにも限度があるので、また、生欠伸に襲われて、退屈なからだを、船のうえに持てあましていた。
うらやましいのは、先刻から小猿の蚤をとっている美少年だった。いい退屈しのぎを持っている。藤次は、そばへ寄って、とうとう話しかけ出した。
『若衆。――大坂表までお渡りか』
小猿の頭を抑えながら、美少年は大きな眼をじろりと彼の顔へあげた。
『はあ、大坂へ行きます』
『御家族は大坂にお住まいかの』
『いえ、べつに』
『では阿波の御住人か』
『そうでもありません』
膠のない若衆である。そういってまた他念なく、小猿の毛を指で搔き分けているのであった。
四
ちょっと話のつぎ穂がない。
藤次は、黙ったが、また、
『よいお刀だな』
と、こんどは彼の背にある大太刀を賞めた。すると美少年は、
『はあ、家に伝来のもので』
急に藤次のほうへ膝を向け、賞められたのを欣しそうに、
『これは陣太刀に出来ていますから、大坂の良い刀師へあずけ、差し料に拵えを直そうと思っているのです』
『差し料には、ちと長すぎるようだが』
『されば、三尺です』
『長剣だな』
『これ位なものが差せなければ――』
自信がある――というように美少年は笑靨をうごかす。
『それは差せないことはない――三尺が四尺でも。――けれども実際に用うる場合、これが自由にあつかえたら偉いが』
と、藤次は、美少年の衒気をたしなめるようにいう。
『大太刀を、かんぬきに横たえて、りゅうとして歩くのは、見た眼は伊達でよいが、そういう人物にかぎって、逃げる時には、刀を肩へかつぐやつだ。――失礼だが、貴公は、何流を学ばれたか』
剣術のことになると、自然、藤次はこの乳臭児を見下げずにいられなかった。
美少年は、ちらと、彼のそういう尊大な顔つきへ、瞳をひらめかせ、
『富田流を』
と、いった。
『富田流なら、小太刀のはずだが』
『小太刀です。――けれども何、富田流を学んだから小太刀をつかわなければならないという法はありません。私は、人真似がきらいです。そこで、師の逆を行って、大太刀を工夫したところ、師に怒られて破門されました』
『若いうちは、えて、そういう叛骨を誇りたがるものだ。そして』
『それから、越前の浄教寺村をとび出し、やはり富田流から出て、中条流を創てた鐘巻自斎という先生を訪ねてゆきますと、それは気の毒だと、入門をゆるされ、四年ほど修行するうち、もうよかろうと師にもいわれるまでになりました』
『田舎師匠というものは、すぐ目録や免許を出すからの』
『ところが、自斎先生は容易にゆるしを出しません。先生が印可をゆるしたのは、私の兄弟子である伊藤弥五郎一刀斎ひとりだという話でした。――で私も、何とかして、印可をうけたいものと、臥薪嘗胆の苦行をしのんでいるうち、故郷許の母が死去したので、功を半に帰国しました』
『お国は』
『周防岩国の産です。――で私は、帰国した後も、毎日、練磨を怠らずに、錦帯橋の畔へ出て、燕を斬り、柳を斬り、独りで工夫をやっていました。――母が亡くなります際に、伝来の家の刀ぞ、大事に持てといわれてくれましたこの長光の刀をもって』
『ほ、長光か』
『銘はありませんが、そういい伝えています。国許では、知られている刀で、物干竿という名があるくらいです』
無口だと思いのほか、自分のすきな話題になると、美少年は問わないことまで語りだした。そして口を開き出すとなると、相手の気色などは見ていない。
そういう点や、またさっき自分で話した経歴などから見ても、すがたに似あわない我のつよい性格らしく思われた。
五
ちょっと、言葉をきって、美少年はその眸に、雲のかげを映し、何か感慨に耽っていたが、
『――けれどその鐘巻先生も、昨年、大寿を全うして、御病死なされてしまった』
呟くようにいい、
『私は、周防にあって、同門の草薙天鬼から、その報らせをうけた時、師恩に感泣しました――師の病床についていた草薙天鬼、それは私よりもずっと先輩だし、又、師の自斎とは叔父甥の血縁でもあるのですが、その者には、印可を与えずに、遠く離れている私を思ってくれて、生前に、印可目録を書き遺して、一目会って、手ずから私に与えたいと申されたそうであります』
眸がうるんで来て、今にも涙のこぼれそうな眼になる。
祇園藤次は、この多感な美少年の述懐を聞いても、若い彼といっしょになって、感傷を共にする気には元よりなれない。
だが、退屈に苦しんでいるよりは、ましだと考えて、
『ふム、成程』
熱心に聞いている顔つきを装うと、美少年は、鬱懐をもらすように、
『その時、すぐ行けばよかったのです。けれど私は周防、師は上州の山間、何百里の道です。折わるく、私の母も、その前後に歿したので、遂に、師の死に目に会えませんでした』
――船がすこし揺れだした。冬雲に陽がかくれると、海は急に灰色を呈し、時々、舷に飛沫が寒く立つ。
美少年はなお話をやめない。多感な語気をもって語る。――それから先の事を綜合すると、彼の境遇は今、故郷の周防の家屋敷をたたみ、師の甥でもあり同門の友でもある草薙天鬼という者と、どこかで落ち合おうというために、この旅行をつづけているものと見られる。
『師の自斎には、何の身寄もありません。で、甥の天鬼には、遺産といってもわずかでしょうが、金を与え、遠く離れている私には、中条流の印可目録を遺してゆかれました。天鬼は、私のそれを預かって、今諸国を修行にあるいていますが、来年の彼岸の中日には、上州と周防とのちょうど中ほどの道程にあたる三河の鳳来寺山へ、双方からのぼって、対面しようという約束を書面で交してあります。そこで私は天鬼から師のおかたみを受けることになっているので、それまでは近畿のあたりを悠々と、修行がてら見物して歩こうと思っているのです』
ようやくいうだけの事をいい終ったように、美少年は改めて、話し相手の藤次にむかい、
『あなたは、大坂ですか』
『いや京都』
それきり黙って、暫く、波音に耳をとられていたが、
『すると其許はやはり、兵法をもって身を立てて行かれる気か』
藤次はさっきから少し軽蔑した顔つきであったが、今もうんざりしたようにいう。この頃のように、こう小生意気な兵法青年がうようよ歩いて、すぐ印可の目録のといって誇っていることが、彼には、小賢しく聞えてならない。
そんなに天下に上手や達人が蚊みたいに殖えてたまるものか。第一自分などさえ、吉岡門に二十年近くもいて、やっとこれ位なところであるのに――と身にひきくらべ、
(こんなのが、将来に皆、どういう飯を食ってゆくのか)
と、思うのだった。
膝をかかえて、灰色の海をじっと見ていたと思うと、美少年は又、
『――京都?』
と、つぶやいて、藤次のほうへ眸を向け直した。
『京都には、吉岡拳法の遺子、吉岡清十郎という人がいるそうですが、今でもやっておりますか?』
六
よいほどに聞いてみれば、だんだん口の幅を広くしてくる。気に食わない前髪めがと藤次は小癪に思う。
けれども考え直してみると、こいつはまだ自分が吉岡門の高弟祇園藤次なる者であることを知らないのだ。知ったらさだめし前言に恥じて、びっくりする奴に違いない。
退屈しのぎが昂じて、ひとつ揶揄ってやろうと、藤次はそこで、
『――されば、四条の吉岡道場も、相かわらず盛大にやっておるらしいが、其許は、あの道場を訪れてみたことがあるか』
『京都へのぼったら、ぜひ一度はどの程度か、吉岡清十郎と立合ってみたいと存じていますが、まだ訪ねてみたことはありません』
『ふッ......』
笑いたくなった。藤次は顔を歪めた後から、軽蔑をみなぎらして、
『あそこへ行って、片輪にならずに、門を戻って来る自信が、あるかな?』
『なんの!』
美少年は突っ返すようにいった。――その言葉こそ可笑しけれ――とばかり笑い出すのだった。
『大きな門戸を構えているので、世間が買いかぶっているので、初代の拳法は達人だったでしょうが、当主の清十郎も、その弟の伝七郎とやらも、たいした者じゃないらしい』
『だが、当ってみなければ、分るまいが』
『もっぱら諸国の武芸者のうわさです。うわさですから、皆が皆、ほんとでもありますまいが、まず京流吉岡も、あれでおしまいだろうとは、よく聞くことですね』
大概にしろといいたい。藤次は、ここらで名乗ってやろうかと思ったが、ここでけりを着けたのでは、揶揄ったのでなく、揶揄われたに等しいものになる。船が、大坂へ着くにはまだ大分間もあることだし、
『なるほど、このごろは、諸国にも天狗が多いそうだから、そういう評判もあろうな。ところで、おん身は先ほど、師を離れて、郷里にあるうちは、毎日のように、錦帯橋の畔へ出て、飛燕を斬って大太刀のつかいようを工夫されたと仰っしゃったな』
『いいました』
『じゃあ、この船で、時々、ああして飛び来っては掠めてゆく海鳥を、その大太刀で、斬り落すことも容易であろうな』
『............』
何か悪感情を包んでいる相手のことばを、美少年もようやくさとったらしく、瞬間、まじまじと藤次のそういう浅黒い唇を見つめていたが、やがて、
『出来たって、そんな莫迦な芸を私はやる気になれぬ。――あなたは、それを私にやらせようという肚だろうが』
『でも、京流吉岡を、眼下に見るほどな自信のある腕なら』
『吉岡をくさしたことが、あなたの気に入らなかったとみえる。あなたは、吉岡の門人か、縁者か』
『何でもないが、京都の人間だから、京都の吉岡を悪くいわれれば、やはりおもしろくはない』
『ははは、うわさですよ、私がいったわけじゃない』
『若衆』
『なんです』
『生兵法という諺を知っているか。将来のため忠言しておくが、世間をそう甘く見すぎると、出世はせんぜ。やれ、中条流の印可目録を取っているの、飛燕を斬って、大太刀の工夫をしたのと、人をみな盲とするような法螺はよせ。よいか、法螺をふくのも相手を見てふくのだぜ』
七
『私を、法螺ふきと、仰っしゃったな』
美少年が、こう念を押すように突っ込むと、
『いったがどうした』
藤次は、反らした胸を、わざと相手へ寄せて、
『おまえの将来のためにいってやったのだ。若い者の衒いも、少しは愛嬌だが、あまり過ぎると見ぐるしい』
『............』
『最前から何事もふむふむと聞いているので、人を舐めてつい駄ぼらが出たのだろうが、実は此方こそ、吉岡清十郎の高弟、祇園藤次という者だ。以後、京流吉岡の悪評をいいふらすと、ただはおかんぞ』
周りの船客がじろじろ見るので、藤次はそれだけの権威と立場とを明らかにして、
『このごろの若い奴は、生意気でいかん』
つぶやきながら、独り、艫のほうへ歩み去った。
――と、黙って美少年もその後について行くのだった。
(何かなくては済まないらしいぞ)
と予感したので、船客たちは、遠方からではあるが、皆、二人のほうへ首を振向けた。
藤次は決して事を好んだわけではない。大坂へ着けば、船着場にはお甲が待っているかもしれないのだ。女と会う前に、年下の者と、喧嘩などをやっては、人目につくし、あとがうるさい。
そしらぬ顔をして、彼は、舷の欄へ肱をかけ、艫舵の下にうず巻いている青ぐろい瀬を見ていた。
『もし』
美少年は、その背中を軽くたたいた。相当に拗こい性質である。だが、感情に激しているような語気ではない、極めて静かなのだ。
『もし......藤次先生』
知らないふうも装えないので、
『なんだ』
顔を向けると、
『あなたは、人中において、私を法螺ふきと申されたが、それでは私も面目が立たないから、最前、やって見ろとおおせられた芸を、やむなくここで演じてみようと存じます。立ち会ってください』
『わしが、何を求めたか』
『お忘れのはずはない。あなたは、私が周防の錦帯橋の畔で、飛燕を斬って大太刀の修練をしたといったら、それを笑って、然らば、この船を頻りと掠め飛んでいる海鳥を斬ってみせろといわれたではないか』
『それはいった』
『海鳥を斬ってお目にかけたら、その一事だけでも、私がまるで噓ばかりいっている人間でないことがおわかりになろう』
『それは――なる!』
『ですから、斬ります』
『ふむ』
と、半、冷笑して、
『やせ我慢して、もの笑いになってもつまらんぜ』
『いや、やります』
『止めはしないが』
『しからば、立ち会いますかな』
『よし、見届けよう』
藤次が、張をこめていうと、美少年は、二十畳も敷ける艫のまん中に立って、船板を踏まえ、背に負っている「物干竿」という大太刀のつかへ手をやりながら、
『藤次先生、藤次先生』
と、いった。
藤次は、その構えを白い眼で見すえながら、何用か、と彼方から答えた。
すると、美少年は、真面目くさって、
『おそれ入るが、海鳥を、私のまえへ呼び降ろしていただきたい。何羽でも、斬って見せます』
八
一休和尚の頓智ばなしをそのまま用いて、美少年は、藤次へ酬いたものとみえる。
藤次はあきらかに愚弄されたのだ。人を小馬鹿にするも程があるといっていい。当然、烈火のように怒った。
『だまれ。あのように空を翔けている海鳥を思いのままに、眼の前へ呼びよせられるものなら、誰でも斬るわ』
すると美少年は、
『海は千万里、剣は三尺、側へ来ないものは、私にも斬れません』
それ見たかといわないばかりに藤次は二、三歩出て、
『逃げ口上をいう奴だ、出来ませんなら出来ませんと、素直に謝まれ』
『いや、謝まるほどなら、こんな身構えは仕りません。海鳥のかわりに、べつな物を斬ってお目にかける』
『何を?』
『藤次先生、もう五歩こちらへ出て来ませんか』
『なんだ』
『あなたのお首を拝借したい。私が法螺ふきか否かを試せといったそのお首だ。罪もない海鳥を斬るよりは、そのお首のほうが恰好ですから』
『ばッ、ばかいえっ』
思わず藤次はその首をすくめた。――とたんに美少年の肱は弦の刎ねたように、背の大剣を抜いたのであった。ばっと空気の斬れる音がした。三尺の長剣が、針ほどな光にしか見えないくらい迅かったのである。
『――な、なにするかッ』
よろめきながら藤次は襟くびへ手をやった。
首はたしかに着いているし、そのほかなんの異状も感じなかった。
『おわかりか』
美少年は、そういって、荷梱のあいだへ立ち去った。
土気色になった自分の顔いろを、藤次はいかんともすることが出来なかった。だが、その時はまだ自分の五体のうちの最も重要な部分が斬り落されていることなど気づかなかった。
美少年が去った後で、ふと、冬陽のうすくあたっている船板の上を見ると、変な物が落ちている。それは、刷毛のような小さな毛の束だ、アッと、初めて気づいて、自分の髪へ手をやってみると、髷がない。
『や、や?......』
撫でまわして驚き顔をしている間に、根の元結がほぐれて、鬢の毛はばらりと顔にちらかった。
『やったな! 青二才』
棒のように胸へ突っ張ってくる憤怒であった。美少年が自ら語っていたことのすべてが、噓でも法螺でもないことが、とたんに分りすぎるほど彼には分った。年に似合わない怖ろしい技だと思う。若い仲間にも、ああいう若いのもいるのかと今さら思う。
だが、頭脳の驚嘆と、肚のそこの憤怒とは、べつ物である。そこからのぞいて見ると、美少年は先刻の席へもどって、何か、失くし物でもしたように、自分の足もとを見廻している。藤次は、絶好な隙をその体に見つけた。――刀の柄糸に唾をくれて固く握ったのである。身をかがめて、美少年のうしろへ迫り、こんどは、彼の髷を斬り払ってやろうとするのだった。
――だが藤次には、その髷先だけを鮮やかに斬る確信はなかった。当然、顔にかかる、頭の鉢を横に割るだろう。勿論、それでさしつかえない。
うむっ! 満身が赤く膨れあがって、彼の唇と鼻腔が出る息を結んだ時であった。
――胴の間の彼方で、小袖幕を囲って、最前から、「うんすん骨牌」という博戯に千金を賭けて、夢中になっていた阿波、堺、大坂あたりの商人たちが、
『札が足らない』
『どこへ飛んだのじゃ?』
『そっちを見ろ』
『いや、こっちにもない』
敷物を払って騒いでいたが、そのうちの一人が、ふと、大空を仰いで、
『やっ、小猿めが! あんなところへ!』
高い帆柱の上を指さして、頓狂なさけびをあげた。
九
――なる程、猿だ、猿がいる。
三十尺もあろうかと思われる帆ばしらの天っ辺に。
下では、ほかの船客までが、海上の旅に倦み飽いていた折からなので、事こそあれと、みな顔を空へ上げ、
『やあ、何か咥えている』
『骨牌のふだですよ』
『ハハア、あそこで、金持ち連がやっていた骨牌を攫って行ったんですか』
『ごらんなさい、小猿のやつも、帆ばしらの上で骨牌をめくる真似をしている』
ヒラヒラと、そういう顔の中へ一枚の札が落ちて来た。
『畜生』
堺の商人のひとりが、あわててそれを拾いあげたが、
『まだ足らない。もう三、四枚持っているはずだ』
他の連中も口々に――
『誰か、猿の奴から、札を奪り返して来いやい。博戯が出来ぬ』
『どうして、登れるものか、あんな高いところへ』
『船頭なら』
『それや登るだろう』
『金をやって、船頭に取って来てもらおうじゃないか』
そこで船頭は、金をもらって、承諾はしたが、海上では司権者である船頭として、一応、この事件の責任を問わなければならないという顔つきで、
『お客衆』
と、荷物のうえに上って、船客たちを見まわし、
『――あの小猿は、いったい誰の飼い猿じゃ、飼主はここへ出てもらおう』
といった。
どこからも、おれのだといって名乗り出る者がない。しかし、その辺にいた客はみな知っている。例の美少年のすがたへ期せずして一同の眼が注がれた。
船頭も知っていた筈だ。そこで当然業腹が煮えてきたに違いない。船頭声を一段と張りあげて、
『飼い主はねえのか、飼い主がねえならねえように、おらが処分するが、あとで苦情はあんめえな』
いないのではない、美少年は荷物に倚りかかって、黙然と、何か考え事でもしている様子なのだ。
『......なんて図々しい』
と、ささやく者がある。船頭もぎょろりと美少年の頭を見ていた。博戯を邪げられた金持ち階級は、遽かにざわめいて悪口を口走る。――鉄面皮だの、啞かの、つんぼかのと。
だが美少年は、ちょっと膝を横に坐り直したきりだった。どこへ吹く風かという姿である。
『海のうえにも、猿が住むとみえて、飼い主のねえ猿が舞いこんだ。飼い主のねえ畜生なら、どうして始末してもかまうめい。――皆の衆、これほど船頭は断っているのに飼い主が名乗って出ねえだ。後で、耳が遠いの、聞かなったのと、苦情のねえように、証人になってくらっせえ』
『いいとも、わしらが証人に立ってやる』
と例の旦那連中が、腹を立てて、呶鳴った。
船頭は、船底へゆく段梯子を下りて行った。上って来た時には、火のついた火繩と、種子島銃を持っていた。
(――怒ったな船頭)
同時に、あの飼い主の若衆がどう出るだろうかと、人々はまた、美少年の姿を振りかえってみた。
十
のん気なのは、上の小猿だ。
潮風の空で、骨牌を見ている。それがいかにも意思があって人間をからかっているように見えるのである。
だが――突然、白い歯を剝いて、キッ、キッ、キッ、と啼き出すと、帆車の横木を走ったり、帆ばしらの突端へ飛びついたり、急に狼狽しはじめた。
『............』
下では、船頭が、火繩を鼻の先にいぶして種子島の銃先を空へ向け、じっと、小猿を狙いすましていた。
『ざまを見ろ、あわてやがって――』
と、だいぶ酒の入っているらしい旦那連のうちの一人がいう。
『しっ......』
と、堺の商人が袂をひいた。それまで啞のように他所を向いていた美少年がぐっと体を起し、
『船頭』
と、こちらへ声を投げたからである。
こんどは、船頭のほうでそら耳を装っていた。火繩が、チラと関金の煙硝へ口火を点じかけた。――と、間髪を容れなかったのである。
『あっ』
ドカアンと弾音はたかく反ッぽへ走った。銃は美少年の手に引っ奪くられているのだった。船客たちは、耳を抑えて俯つ伏した。――その頭のうえを越して、ぶうんと、鉄砲は船の外なる渦潮の中へ投げ捨てられていた。
『な! なにしやがる!』
これは船頭の当然な怒号だった。おどり上って美少年の胸ぐらにぶら下ったのである。
頑丈な船乗の体も、美少年のまえに正面に立つと、ぶら下ったという言葉がおかしくないほど、脊も骨ぐみも、段ちがいに美少年のほうが逞しくて立派だったのである。
『おまえこそ、何するのだ、飛び道具で、無心の小猿を撃ち落そうとしたろう』
『そうだ』
『不届きではないか』
『なぜッ。――断ってあるぞ、おらの方では』
『どう断った?』
『おめえは、眼がねえのか、耳がねえのか』
『だまれ、こう見えても、わしは客だ、わしは武士だ。船頭風情の身をもって、客よりも高い場所に突っ立ち、頭の上からあのように喚いたとて、侍が、答えられるか』
『いい抜けを吐ざくな。そのためにおらは何度も断ってある。その断りかたが気にくわねえにせよ、なぜ、おらが立つ前に、あちらの客衆が迷惑したのを、黙りこくって、知らぬふりしていさらしたのじゃ』
『あちらの客衆とは――おおあの幕の中で先刻から博戯をしておった町人共か』
『大口をたたくな、あの客衆は、並の客衆よりは、三倍も高い船賃を出してござらっしゃる』
『いよいよ不埓な町人どもだ、衆人の中で、大びらに金を賭け、酒の座を気儘に占め、わが物顔して、この船中に振舞っている様子、面白くない人間どもかなと眺めていたのじゃ。小猿が骨牌のふだを取って逃げたからとて、この身がいいつけたわけではなし、あの連中のする悪戯を、猿が真似したまでのこと、わしから迷惑を詫び出るすじはない』
ことばの半から、美少年は、血の気の多いその顔を、彼方の一つどころにかたまっている堺や大坂の旦那連のほうへ向けて、極めて皮肉な笑い方をしていったのであった。
わすれ貝
一
潮騒の夕闇に、木津川湊の灯は赤く戦いでいる。
どことなく魚臭いものが迫る。陸が近づいたのだ。船から呼ばわる声と、陸でわいわいという声が、徐々に、距離をちぢめていた。
どぼーんと、真っ白なしぶきが立つ、錨が抛りこまれたのである。繋綱が投げられる――渡り板が架けられる。
『かしわ屋でございますが』
『住吉の社家の息子さまは、この船にござらっしゃらぬか』
『飛脚屋さんはいるかね』
『旦那様あ』
渡海場の埠頭にかたまっていた迎えの提燈は、灯の波を作って船の横へ迫ってゆく。
その中を、例の美少年が、揉まれて降りて行った。肩に小猿を乗せている姿を見て、旅籠の客引きが二、三人、
『もしもし、猿のお泊り賃は、無料にいたして置きますが、私どもへお越しくださいませぬか』
『てまえ共は住吉の門前で、御参詣にもよし、座敷の見晴らしも至極よいお部屋がございますが』
それらの者には一顧もせず、そうかといって迎えに来ている知人もないらしく、美少年は小猿をかついで、真っ先にこの湊から姿を消してしまった。
それを見送って、
『何んていう生意気なやつだろう。すこしばかり兵法が出来ると思って』
『まったく、あの若造のために、船の中は半日、みんな面白くなく暮してしまった』
『こっちが町人でなければ、あのままただでこの船を降ろすのじゃないが』
『まあまあ、侍には、たんと威張らせて置いてやるがいいさ。肩で風を切っていれば、それで気が済むんだから他愛はない。わしら町人は、花は人にくれても、実を喰おうという流儀だから、今日ぐらいな忌々しさは、仕方があるまいて』
こんなことをいいながら、荷物沢山な旅すがたを揃えて、ぞろぞろ降りて行ったのは例の堺や大坂の商人連であり、そこへは無数の出迎えが、提燈や乗物をあつめ、一人一人に、幾人かの女の顔も取り巻いていた。
祇園藤次は、誰よりも後から、こっそりと陸へ上っていた。
形容のできない顔つきである。不愉快といって、きょうほど不愉快な日はなかったに違いない。髷をちょん切られた頭には、頭巾を被せているが、拭われないものが眉にも唇にも、暗澹とただよっている。
と。――その影を見つけ、
『もし......ここですよ、藤次さま』
その女も、頭巾を被っていた。渡海場に立って吹き曝されていた顔が、寒さに硬ばって、年をかくしている皺が、白粉の上に出ていた。
『お、お甲か。......来ていたのか』
『来ていたのかって、ここへ迎えに来ているようにと、私へ手紙をよこしたくせに』
『だが、間にあうかどうか、と実は思っていたものだから』
『どうしたんですえ、ぼんやりして――』
『イヤ、すこし、船に暈ったとみえる......。とにかく、住吉へでも行って、よい宿を見つけよう』
『え、あちらに、駕も連れて来ましたから』
『そいつは有難う、じゃあ宿も先に取っておいてくれたか』
『みな様も、待ちかねているでしょう』
『え?』
意外な顔して、藤次は、
『オイお甲、ちょっと待ってくれ。おまえとここで落ちあったのは、二人ぎりでどこか静かな家で二、三日悠っくりしようという考えじゃないか。......それを、皆様とは一体、誰と誰のことをいうのだ』
二
『乗らない。わしは乗らない』
祇園藤次は、迎えの駕を拒んでぷんぷん怒りながら、お甲の先へ歩いていた。
お甲が何かいうと、
『ばかっ』
と、ものをいわせない。
彼をして、こう立腹させた原因は、お甲が告げた新しい事情にも因づくが、すでに船の中からもやもやしていた鬱憤が、併せて今、爆発したことは否めない。
『おれは、一人で泊るっ。駕なんか追ッ返せ。なんだ。人の気も知らないで、ばかっ、ばかっ!』
と、袂を払う。
河の前の雑魚市場は、みな戸が閉まって、魚の鱗が、貝をちらしたように、暗い長屋の戸に光っていた。
そこまで来ると、人影も少なくなったので、お甲は、藤次に抱きついた。
『およしなさい、見ッともない』
『離せっ』
『一人で泊ったら、あっちが変なものになりますよ』
『どうにでもなれっ』
『そんなこといわないで』
白粉と髪の香の、冷たい頰が、藤次の頰へ貼りついた。藤次はやや旅の孤独から甦えった。
『......ネ、頼みますから』
『がっかりした』
『そうでしょう、だけど、二人にはまたいい機があるでしょう』
『おれは、せめて大坂で二、三日は二人ぎりと、楽しみにして着いたのだ』
『分ってますよ』
『わかっているなら、なぜ他の者を引ッ張って来たのだ。俺が思っているほど、おまえは俺を思っていないからだろう』
藤次が責めると、
『また、あんな......』
と、お甲はうらめしげな眼をこらして、泣きたいような顔をして見せる。
彼女のいい訳は、こうだった。
藤次から飛脚を受け取ると、彼女は勿論、自分だけで大坂へ来るつもりだった。ところが折わるく、吉岡清十郎がその日もまた、六、七名の門人を連れて「よもぎの寮」へ飲みに来て、いつのまにか、朱実の口から、そのことを聞いてしまい、
(藤次が大坂へ着くなら、わしらも迎えに行ってやろうじゃないか)
といい出した。それに調子をあわせる取り巻き連も多く、
(朱実も行け)
と、いう騒ぎになってしまい、いやともいえずお甲は一行十人ほどの中に交じって住吉の旅館に落着き、一同の遊んでいる間に、自分だけ一人で駕を持ってここへ迎えに来たのだという。
――聞いてみれば、事情はやむを得ないものだったが、藤次は腐りきってしまった。今日という日に迷信がわき起るほど、何か、後にも先にも、不愉快ばかりが考えられた。
第一、陸を踏むとすぐ、清十郎だの同輩だのに、旅先の首尾を聞かれることが辛い。
いやもっとも嫌なことは、この頭巾を脱ぐことである。
(何といおう)
彼は、髷のない頭を苦に病んだ、彼にも侍というものの面目はある。人に知られない恥なら搔いてもよいが、人にわかる恥を重大に思う。
『......じゃあ仕方がない、住吉へ行くから駕を連れて来い』
『乗ってくれますか』
お甲はまた、渡海場のほうへ、駈け戻った。
三
この夕方、船で着く藤次を迎えに行くといって出たお甲は、まだ帰って来ない。その間に、同勢は風呂にはいり、旅舎のどてらに着膨れて、
『やがて、藤次もお甲も見えるだろう、その間、こうしていてもつまらんじゃないか』
飲んで待っていようという事になったのは、この同勢として、当然な納まりであった。
藤次の顔が見えるまでのつなぎとして飲んでいたうちはいいが、いつの間にか膝がくずれ、杯がみだれ出すと、もうそんな者はどうでもよくなってしまい、
『この住吉には、唄い女はいないのか』
『きれいなのを三、四人呼ぼうじゃないか。どうだ諸卿』
と、病気が始まる。
(よせ、つまらない)などという顔は、この中には一つもいない。ただ師の吉岡清十郎の顔いろを多少憚るのであったが、
『若先生には、朱実が側についているから、別間のほうへ、お移り願おうじゃないか』
横着な奴らかなと清十郎はにが笑いする。けれど、それは自分に取っても好ましい。炬燵のある部屋に入って、朱実とふたりで差し向うほうが、この同勢と飲んでいるより、どれほどいい人生かわからない。
『さあ、これからだ』
とは門人共が、門人だけになってからの発声だった。やがて程なく十三間川の名物という怪しげな唄い女が笛、三味線などのひねこびた楽器を持って庭にあらわれ、
『いったい、あんたはん達は、喧嘩するのかいな、酒あがるのかいな』
と、訊ねる。
すでによほど大トラになっている一人が、
『ばか、金を費って喧嘩をする奴があるか。おまえたちを呼ぶからには、大いに飲んで遊ぶのだ』
『じゃあ、まちっと、静かにあがりやはったらどうかいな』
手際よく扱われて、
『然らば、歌おう』
抛り出していた毛脛をひっ込めたり、横にしていた体を起こして、絃歌ようやく盛んならんとする頃おい、小女が来て、
『あの、お客様が、船からお着きなさいまして、ただ今、お連れ様といっしょに、ここへきやはりまする』
と、告げて行った。
『なんだ、何が来たと』
『藤次といった』
『冬至冬至、魚の目か』
お甲と祇園藤次は、あきれ顔して部屋の口に立っていた。誰も彼を待ったらしい者は一名もないのだった。藤次は、一体何のために、この年末この同勢が、住吉へなど来ているのかと疑った。お甲にいわせれば自分を迎えに来たのだというが、どこに自分を迎えに来たらしい人間が一人でもいるか、むっとして、
『おい、下婢』
『はい』
『若先生は、どこにいらっしゃるか、若先生のいる部屋へ行こう』
廊下をもどりかけると、
『よう、先輩、ただ今お帰りか。――一同が持っておるのに、お甲などと、途中でよろしくやっているなんて、この先輩、怪しからんぞ』
大トラが立ち上って来て首の根にかじりついた。たまらない臭気を放つ。逃げようとしたので、トラは強引に座敷へ引きずり込んだ、そして、膳を踏みつけたから形のごとく杯盤狼籍を作って、共倒れに仆れた。
『......あっ、頭巾を』
藤次は、あわてて自分のそれへ手をやったが遅かった。辷った拍子に、トラは彼の頭巾をつかんで後へ腰をついていた。
四
『あれ?』
と、奇異な感じに打たれたように、一座の眼は、藤次の髷のない頭にあつまって、
『頭をどうかなされたので?』
『ホホウ、奇妙なお髪』
『どうしたわけでござる』
無遠慮な凝視を浴び、藤次は狼狽に顔をどす赤くして、頭巾を被り直しながら、
『いや、ちとな、その腫物ができたので』
と、誤魔化したが、
『わははは』
と、皆笑いくずれ、
『旅土産は、腫物でござったか』
『できものに閉じ蓋』
『頭かくして尻かくさず』
『論より証拠』
『犬も歩けば――』
などと駄洒落をいって、誰も藤次のいいわけを真に受けないのである。
その晩は、酒の興で済んだが、次の日になるとこの同勢が、ゆうべとは打って変って、旅舎のすぐ裏の浜辺に出て、天下の大事でも議すように、
『怪しからん沙汰だ』
と、肩を昻げ、唾をとばし、肱を突っ張って、小松の生えている砂地に円く坐っていた。
『だが、――慥かか、その話は』
『この耳で、おれが聞いたのだ、おれが噓をいうと思うのか』
『まあ、そう怒るな、怒ってみたところで仕方がない』
『仕方がないで黙過することはできん。いやしくも天下の兵法所をもって任じる吉岡道場の名折れだ、断じて、これを捨ておくことはできないぞ』
『しからば、どうするのだ』
『これからでも遅くあるまい。その小猿を連れて歩いている前髪の武者修行を捜し出す! どんなことをしても捜し出す! そして、彼奴の髷をちょん切って、祇園藤次ずれの恥辱じゃない、吉岡道場の存在を厳かにする。――異議があるか』
ゆうべトラになった酔っぱらいが、酒落ていえば、今日は竜となって嘯くかのように、趣きをかえて、激昂しているのだ。
その動機をたずねると、こうなのである。――今朝がた、彼らが特に朝風呂を命じて、宿酔の脂をながしていると、そこへ入浴って来た相客の者で、堺の町人というものが、きのう阿波から大坂へくる便船のうちでは、実におもしろいことがあったといって、例の小猿を携えている美少年のうわさを語り、祇園藤次が髷を切り落された由来に及んでは、手真似、顔つきまでして、
(なんでもその髷を切られたほうの侍は、京都の吉岡道場の高弟だっていっていたが、あんなのが高弟じゃ吉岡道場もざまはない)
ことおかしげに、湯に入っているうちに喋舌って行った。
彼らの憤激はそれから始まったものである。怪しからぬ先輩と、祇園藤次をつかまえて詰問に及ぼうとすると、藤次は今朝早く、吉岡清十郎と何か話していたが、朝飯をたべるとすぐ、お甲とふたりで、先へ京都へ発ってしまったという。
いよいよもって、うわさは事実にちがいない。そういう腰抜けの先輩を追いかけるのは愚である。追うならばどこの何者かわからないが、自分たちの手で、小猿を携えた前髪を捕まえ、存分に、吉岡道場の汚名をそそいでやろうじゃないか。
『――異議があるか』
『勿論、ない』
『しからば――』
と、手筈をしめし合わせ、そこの同勢は、袴の砂を払って立ち上った。
五
住吉の浦は、眼のおよぶ限り、白薔薇をつないだような波である。冬とも思えない磯の香が陽に煙っている。
朱実は、白い脛を見せて、波に戯れながら何か拾って見ては捨てていた。
何事か起ったように、吉岡の門人たちが思い思いな方角へ向い、刀のこじりを刎ね上げて分れて行くのを眺めて、
『オヤ、何だろう』
朱実はまるい眼をしながら、波打ち際に立って見送っていた。
いちばん最後になった門人の一人は、彼女のすぐ側を駈けて来たので、
『何処へ行くのです』
声をかけると、
『オ、朱実か』
足を止めて――
『おまえも一緒になって捜さんか。ほかの者もみな手分けして、捜しに行ったんだ』
『何を捜しに行ったんです』
『小猿を携えている前髪の若い侍さ』
『その人がどうかしたのですか』
『抛っておいては、清十郎先生のお名まえにもかかわるのだ』
祇園藤次の飛んでもない置土産の一件を話して聞かすと、朱実は罪もない口吻で、
『皆さんは、始終喧嘩ばかり捜しているんですね』
と、たしなめ顔にいう。
『何も喧嘩を好むわけじゃないが、そんな青二才を、黙って捨てておいては天下の兵法所たる京流吉岡の名折れになるじゃないか』
『なったっていいじゃありませんか』
『ばかいえ』
『男って、ずいぶんつまらないことばかり捜して、日を暮しているんですね』
『じゃあ、おまえは、さっきからそんなところで何を捜しているんだ』
『わたし――』
朱実は、足もとのきれいな砂へ、眼を落して、
『わたしは、貝殻を見つけているの』
『貝殻?......それみろ、女の日の暮し方のほうが、なおくだらないじゃないか。貝殻など何も捜さなくっても、天の星ほど、こんなに落ちている』
『わたしの捜しているのは、そんなくだらない貝殻じゃありません。わすれ貝です』
『わすれ貝、そんな貝があるものか』
『ほかの浜にはないが、この住吉の浦にだけはあるんですって』
『ないよ』
『あるんですよ』......いい争って、朱実は、
『噓だと思うならば証拠を見せてあげますからこっちへ来てごらんなさい』
と、ほど遠からぬ所の松並木の下へ、無理やりにその門人を引っぱって来て一つの碑を指した。
いとまあらば
ひろひに行かむ住吉の
きしに寄るてふ
恋わすれ貝
新勅撰集のうちにある古歌の一首がそれには刻んである。朱実は誇って、
『どうです、これでもないといえますか』
『伝説だよ、取るにも足らん歌よみの噓だ』
『住吉にはまだ、わすれ水、わすれ草などという物もあるんです』
『じゃ、あるとしておくさ。――だが、それが一体何のお禁厭になるのかい』
『わすれ貝を帯かたもとの中へ秘しておくと、物事が何でも忘れっぽくなるんですとさ』
『その上、もっと忘れっぽくなりたいのかい』
『ええ、何もかも忘れてしまいたい、忘れられないために、わたしは今、夜も寝られないし、昼間もくるしいんです。......だから捜しているの。あんたも一緒になって捜してくださいよ』
『それどころじゃない』
思い出したように、その門人は足の向きを変えて、どこかへ駈けていってしまった。
六
――忘れたい。
苦しくなると、そう思うほどだったが、また、
『忘れたくない』
朱実は、胸を抱いて、矛盾の境に立った。
もしほんとにわすれ貝という物があるならば、それはあの清十郎の袂へこそ、そっと入れてやりたい。そしてこの自分という者を彼から忘れてもらいたいと、ため息ついて思う。
『執こい人......』
思うだけでも、朱実は心がふさいだ。自分の青春をのろうために、あの清十郎は生活しているような気もちにさえ襲われる。
清十郎のねばり濃い求愛に、心が暗くなる時は、必ずその心のすみで、彼女は武蔵のことを考えた。――武蔵が心にあることは、救いであったが、また苦しくもなって来た。なぜならば、遮二無二に今の境遇を切り解いて現在の身から夢の中へ、駈け出してしまいたくなるからだった。
『......だけど?』
彼女は、しかし幾たびもためらった。自分はそこまでつき詰めているが、武蔵の気もちはわからなかった。
『......アアいっそのこと忘れてしまいたい』
青い海が、ふと誘惑でさえあった。朱実は、海を見つめていると、自分が怖くなった。何のためらいもなく、真っ直にそこへ向って駈けて行かれる気がするのである。
そのくせ自分がこんなつき詰めた考えを抱いているなどということは、およそ彼女の養母のお甲も知らない。清十郎も思わない。誰でも朱実と一つに暮した者は皆、この娘は至って快活で、お転婆で、そしてまだ、男性の恋愛が受け取れないほど開花の晩い質だと思いこんでいるらしいのである。
朱実はそんな男たちやまた養母を、心のうちであかの他人に思っていた。どんな冗戯でもいえるのである。そしていつも鈴のついた袂を振って、駄々っ子みたいに振舞っているのだったが、独りになると、春の草いきれのように熱いため息をついていた。
『――お嬢さま、お嬢さま。さっきから先生がお呼びでございますよ。どこへ行ったのかと、えらい御心配になって』
旅舎の男だった。彼女のすがたを碑のそばに見つけて、こういいながら走って来た。
朱実がもどって行って見ると、清十郎はただひとりで、松かぜの音を静かに閉てこめた冬座敷で、緋の蒲団をかけた炬燵に手を入れてぽつねんとしていた。
彼女のすがたを見ると、
『どこへ行っていたのだ、この寒いのに』
『オオ嫌だ、ちっとも寒くなんかありゃしない。浜はいっぱいに陽があたっていますもの』
『何していた』
『貝をひろっていたの』
『子どもみたいだな』
『子どもですもの』
『正月が来たら幾歳になると思う』
『幾歳になっても子どもでいたい......いいでしょう』
『よかあない。すこしは、おふくろの案じているのも考えてやれよ』
『おっ母さんなんか、何も私のことなんか考えているものですか。自分がまだ若い気ですもの』
『ま、炬燵へお入り』
『炬燵なんか、逆上るから大っ嫌い。......私はまだ年寄りじゃありませんからね』
『朱実』......手くびをつかんで、清十郎は膝へ引き寄せた。
『きょうは誰もいないらしい。おまえの養母も、粋をきかして先へ京都へ帰ったし......』
七
ふと清十郎の燃えている眼を見て、朱実はからだが硬ばってしまった。
『............』
無意識に身を退きかけたが、彼の手は、彼女の手くびを離さない。痛いほど握りしめ、
『なぜ逃げる?』
とがめるように額に青すじを立てる。
『逃げやしません』
『きょうは皆、留守なのだ、こういう折はまたとない。そうだろう朱実』
『なにがです』
『そう棘々しくいうな。もうおまえと馴染んでから小一年、おれの気持もわかったはず、お甲はとうに承知なのだ。おまえがおれに従わないのは、おれに腕がないからだとあの養母はいっている。......だから今日は』
『いけません!』......突然、朱実は俯ッ伏して、
『――離してください、この手をこの手を』
『どうしても』
『嫌、嫌、嫌ですっ』
手くびは捻じ切れそうに赤くなってくる。それでも清十郎は離さないのである。こういう場合に京八流の兵法が応用されては、いかに彼女が争っても無駄であろう。それにまた、きょうの清十郎はいつもとやや違っていた。いつも自暴に酒を仰飲って執こくからむのだが、きょうは酒気はないし、青白い顔をしているのだった。
『――朱実、おれをこうまで意地にさせて、おまえはまだ、おれに恥をかかすのか』
『知らないっ』
朱実は遂に、
『あたし、大きな声を出しますよ。離さないと、みんなを呼ぶからいい』
『呼んでみい! ......。この棟は母屋から離れているし、誰も来るなと断ってあるのだ』
『わたし帰ります』
『帰さん!』
『あなたの体じゃありません』
『ば、ばかっ。......おまえの養母に聞け、おまえの体には、おれの手から身代金ほどの金が、お甲へやってあるのだ』
『おっかさんが私を売り物にしても、私は売った覚えはない。死んだって、嫌な男なぞに』
『なにっ』
緋の炬燵ぶとんが、朱実の顔を押し被せた。朱実は心臓のつぶれるような声をあげた。
......呼べど、呼べど、誰も来なかった。
ひんやりと薄陽のあたっている障子には、何事もなげに、松のかげが遠い潮鳴りのように揺れているに過ぎない。外は、あくまで静かな冬の日であった。チチ、チチ、とどこかで、人間の無残な振舞いとはおよそ遠い小鳥の声がしていた。
......ほど経って。
そこの障子のうちで、わっと号泣する朱実の声がもれた。
しいんとして、ややしばらくのあいだ、人の声も気はいもしないでいると思うと、清十郎が青じろい顔を持って、ついと、障子の外へすがたを現わした。
爪で引っ搔かれて血になった左の手の甲を抑えながら――
すると同時に、ぐわらっと突き破るように障子を開けて、朱実が外へ走って行った。
『あっ! ......』
清十郎は身伸びをして、手拭で巻いた手を抑えながら、見送ってしまった。――捕まえる間もなかったのである。まるで、発狂したような迅さと取乱した彼女の姿であった。
『............』
ちょっと、不安そうな眼をしたが、清十郎は、追って行かなかった。――どこへゆくかと見ていた朱実の影がやはりこの旅舎のうちの一間へ、庭のほうから入ってかくれ込んだ様子なので、ほっとするとともに、或る満足感を皮膚の下へたたえて、薄い笑いをその顔に歪めていた。
無 常
一
『これよ、権叔父』
『おい、なんじゃあ』
『おぬし、くたびれぬかよ』
『いささか気懶うなっておる』
『そうじゃろが、この婆もちと、きょうは歩行い飽いた。したが、さすがに住吉の社、見事な結構ではある。......ホホ、これが若宮八幡の秘木とかいう橘の樹かいの』
『そうとみえる』
『神功皇后さまが、三韓へ御渡海なされた折に、八十艘の貢物のうちの第一のみつぎ物がこれじゃといういい伝えじゃが』
『婆よ、あの神馬小屋にいる馬は、よい馬ぞよ。加茂の競べ馬に出したら、あれこそ第一でがなあろうに』
『ムム、月毛じゃの』
『何やら立て札があるわ』
『この飼料のおん豆を煎じて飲ますれば、夜泣き、歯ぎしりが止むとある。権叔父、おぬし飲むがええ』
『ばかをいわしゃれ』
笑いながら見廻して、
『おや、又八は』
『ほんとに、又八はどこへ行ったぞいな』
『ヤア、ヤア、あれなる神楽の殿の下に足をやすめているわ』
『又よう。又ようっ――』
婆は手をあげて、
『そっちゃへ行くと、元の大鳥居の方へ出るのであろうが。――高燈籠のほうへ行くのじゃがな』
と呼ぶ。
又八は、のそりのそり歩いて来た。この婆とこの爺を連れにして、毎日こう歩いてばかりいるのは、彼としてかなりの我慢らしく見える。それが五日や十日の見物というならまだしも、宮本武蔵という敵と巡り会って討ち果すまでの長い旅かと思うと、なんとしても、憂鬱にならざるを得ない。
三人つながって歩いていても無益であるから、各々わかれて、自分は自分で武蔵の所在をさがすから――と提議してみたが、
(もうやがてすぐ正月、久しゅう母子一緒に屠蘇を酌まぬし、いつ何時、これがこの世の名残りとなろうも知れぬお互いの身、せめて、ことしの正月だけは、ともに過ごそうではないか)
母がいうので、又八は無下にもできなかった。元日か二日が過ぎたらすぐ別れようと思う。だが、婆も爺も、先の短いせいか、仏性があるというのか、神社仏閣というといちいちお賽銭を奉ったり、長々と祈願をこめたりばかりしていて、今日も、この住吉だけで、ほとんど一日暮れてしまいそうだ。
『はよう来ぬか』
鈍々たる足つきで、顔をふくらせて来る又八をながめて、お杉隠居は、若い者のように焦れた。
『勝手なことをいってら』
又八は、口返答して、少しも足を早めないのだ。
『人を待たせる時は、いくらでも待たせておいて』
『何をいうぞ、この息子は。神さまの霊域へ来たら、神さまをおがむのは人間のあたりまえなことじゃ。おぬし、神にも仏にも手を合せたのを見たことがないが、そういう料簡では、行く末が思いやらるる』
又八は、横を向いて、
『うるせえな』
それを聞き咎めてまた婆が、
『何がうるさいのじゃ』
初めの二、三日こそ、母子の愛情は蜜より濃やかであったが、馴れるにつれ又八が、事毎にたてを突いたり老母を小馬鹿にしたりするので、旅籠に帰るとお杉隠居は、この息子を前に坐らせ、毎夜のようにお談義ばかりであった。
それが今、ここで始まりそうな気色なので権叔父は、こんなところで開き直られては閉口と、
『まアまア、まアまア』
と、母子をなだめて歩み出した。
二
困った母子だと権叔父は思う。
何とか、隠居のきげんを直し、又八のふくれ面もなだめたいものだと、双方に気をつかって歩いている。
『ホ、よいにおいがすると思ったら、あれなる磯茶屋で、焼き蛤をひさいでおる。婆よ一酌やろうではないか』
高燈籠の近くにある海辺の葭簀茶屋であった。気のすすまない顔つきの二人を誘って、
『酒あるか』
権叔父は先へ入って行く。
そして、
『さ、又八もきげん直せ。婆もちとやかまし過ぎるぞよ』
杯を出すと、
『飲みとうない』
お杉隠居は、横を向く。
引っ込みを失って、権叔父はその杯を、
『じゃあ又八』
と、彼へ酌した。
むッつりむッつり又八は忽ち二、三本ほど飲みほしてしまう。それが老母の気に喰わないことは勿論である。
『おい、もう一本』
権叔父をさし措いて、又八が四本目を求めると、
『いい加減にしやれ!』
と、婆は叱った。
『遊山や酒のむためのこの旅かよ。権叔父も、ほどにしたがよい。幾歳になっても、又八と同じように、年がいもない人じゃ』
きめつけられた権叔父は、独りで飲んだように真っ赤になった顔の遣り場を失って、てれ隠しに撫で廻し、
『そうじゃ、ほんに違いない』
のそのそ先に軒先へ出てしまう。
その後で始まったらしい。又八をつかまえてお杉隠居の諄々たる訓戒である。この烈しくて脆い女親の憂いと愛は、わが子にその本能を揺り起すと、とても宿屋へ帰るまで待っていられなかった。他人がいようといまいと気にもかけない。――又八はそれに対して憤っとした反抗を顔に示して睨め返している。
いうだけいわせて、
『おふくろ』
こんどは又八からいい出した。
『じゃあ、この俺という人間を、おふくろは結局、意気地なしの腰ぬけの、親不孝者と折紙つけているのだな』
『そうじゃろうが、今日まで、汝れのして来た行状のどこに意気地のあるところがあるかよ』
『俺だって、そう見くびった者じゃない。おふくろなどに分るものか』
『わからいでか、子を見ること親に如かずじゃ。汝れのような子を持ったが、本位田家の不作というもの』
『だまって見ていろ、まだおれは若いのだ。婆あめ、悪たれいうて、草葉の蔭から後悔するな』
『オオ、その後悔ならしてみたい。だが恐らくは、百年待っても覚つかないことじゃろう。思えば、嘆かわしい』
『嘆かわしい子なら持っていても仕方があるまい。おれから去ってやる』
憤然と、又八は立った。そして、ぷいと大股に彼方へ歩き出して行くのだった。
婆は、あわてて、
『こ、これっ』
と、ふるえ声で呼び止めたが又八は振り向かなかった。――止めてくれてもよさそうな権叔父はまた権叔父で、何を暢気な顔して見ているのか、海のほうに向って、凝と、大きな眼をすえたきり動かない。
そこで、婆は、いちど上げた腰を床几にもどして、
『権叔父っ、止めるでない。止めるでないぞよっ』
三
その声に、
『婆』
権叔父は答えて振り向いたが、いうことは、隠居の期待とちがっていた。
『あの女子、なんとも、いぶかしいわ、ちょっと、待ってくれい』
いうが早いか、権叔父は、蛤茶屋の軒先へ笠を抛って、まるで弦から放たれたように、海へ向って駈け出して行った。
隠居は、おどろいて、
『阿呆っ、どこへおじゃるッ、それどころじゃないわ! 又八がっ――』
と、彼につづいて十間ほど駈けて行ったが、磯の藻草に足をからまれて、勢いよく前へ転んだ。
『ば、ばかっ』
顔も肩も、砂だらけになって、婆は這い起きた。
そして腹立たしげに、権叔父の姿を捜していた眼が、突然、鏡のように大きくなったと思うと、
『馬鹿っ、馬鹿っ』
と連呼して、
『気が狂うたかっ、どこへ行くのじゃっ、権叔父っ』
と彼女までが、発狂したのではあるまいかと疑われるような血相で、権叔父の駈けて行った海へ向って、彼女も駈け出して行ったのである。
――見ると。
権叔父はもう海へ入っていた。このあたりは至って遠浅なので、まだ水は脛のあたりまでしか浸かっていないが、夢中になって沖へ沖へと駈けてゆくので、その飛沫は、駈けてゆく彼のすがたを包み、真っ白に煙っている。
ところが――その権叔父の前にも、もう一人の若い女が、凄まじい勢いで、海へ駈けこんで行くではないか。
初めに、権叔父がその女を発見した時は、女は松原の蔭にたたずんで、じっと海の碧さを見つめていたが、アッ――と思った時は、黒髪をちらしているその姿は、もう飛沫を蹴って、真一文字に海へ駈けていたのであった。
だがこの浦は前にもいったとおり五町六町の沖まで潮が浅いので、先に走ってゆく女の姿も、まだ脚の半分ほどしか隠れていない。
白い水けむりを浴びて、赤い袖裏や金糸の帯が光っている。あたかも平敦盛が駒を沈めて行くかのように見えるのだった。
『女あッ......! 女っ......。おういッ! ......』
やっと、間近まで追いついて、権叔父がこう呶鳴ったとたんに――そこから急に底が深くなっているのであろう、ガボと、異様な一声を水面に残して、女のすがたは不意に大きな波紋の下にかくれてしまった。
『やれ不心得者っ、やはり死ぬ気か』
ずぶずぶと、権叔父も同時に、全身まで沈みこんで行った。
岸では、隠居が、波打ち際に沿って横へ駈け廻っていた。
一沫の水けむりと共に、女の影も、権叔父のすがたも見えなくなると、
『あれっ、あれっ、誰ぞ、早く行かねば、間にあいはせぬっ。二人とも死んでしまうわッ』
と、まるで他人のせいみたいに喚いて、
『はよう、助けに行け、浜の者っ、浜の者っ』
と、転んだり駈けたり、また、手を振り廻したり、自分が溺れるかのように騒いでいた。
四
『心中か』
『まさか......』
と、救って来た漁師たちは、砂の上へ寝かした二つの体を見てわらった。
権叔父のからだは、慥乎と若い女の帯をつかんでいた。そのふたりとも、息はなかった。
若い女は、髪の毛こそ、根が切れて乱れていたが、まだ生きてるように、化粧の白粉や口紅が浮き上っていた。紫いろになった唇をチラと嚙んで笑っているのである。
『オオ、この女は見たことがあるぜ』
『さっき浜べで、貝殻をひろっていた女じゃないか』
『そうだ、あの宿屋に泊っている女だ』
そこへ報らせに行くまでもなかった。むこうから四、五人して駈けて来るのがその宿屋の者らしく、中に、吉岡清十郎の顔も見える。
ここの人だかりに、さてはと息を喘いて来た清十郎は、
『おっ、朱実だ』
真っ蒼になって――しかし人前を憚るように、棒立ちに恟んでしまった。
『お侍、おめえの連れか』
『そ、そうだ』
『はやく、水を吐かしてやんなせえ』
『た、たすかるか』
『そんなことをいってる間に』
と、漁師たちは、権叔父と朱実と、両方のからだに分れて鳩尾を押したり、背をたたいたりした。
朱実は、すぐ息をふき甦した。清十郎は旅舎の者に負わせて、人目から逃げるように旅舎へ帰って行った。
『権叔父よ......権叔父よっ......』
お杉隠居は、さっきから権叔父の耳へ顔をつけたきり泣いていた。
若い朱実は、蘇生したが、権叔父は老体でもあるし、すこし酒気もあったので、まったく絶息したものとみえる。いくらお杉隠居が呼んでも、ふたたびその眼は開かなかった。
手をつくした漁師たちも、
『この老人のほうは駄目だ』
と、さじを投げた。
そう聞くと、隠居はもう涙を見せなかった。折角、親切にしてくれる人々へ、
『何がだめじゃ! 一方の女子が息をふき返したのに、この者ばかり生きぬという法があろうか』
食ッてかかるような権まくで、手を出している者たちを突き退け、
『この婆が活かして見せるわ』
と、必死になって、あらゆる手当を施すのだった。
その一心不乱な様子は、見るも涙ぐましい程であったが、そこらに居合わす者を、まるで雇人か何ぞのように、やれ押し方が悪いの、そうしては効がないの、火を焚けの薬を取って来いのと、権突くと顎の先で使うので、縁もゆかりもない浜の者たちは腹を立てて、
『なんだ、このくそ婆』
『死んだ者と、気絶した者とはちがうのだ、活かせるものなら活かしてみろ』
呟きあって、いつの間にか、皆ちりぢりにそこを去ってしまった。
浜べはもう暮れかかる、うす靄の沖に、橙色の雲がわずかに夕明りを流していた。婆はまだ思い諦めようとしない。そこに火を焚いて、焚火のそばへ権叔父を抱き寄せ、
『おういっ、権叔父......権叔父......』
波は暗くなった。
燃しても燃しても、権叔父の体は温かくならなかった。だが、お杉隠居は、まだ不意に権叔父が口をきき出すもののように信じて疑わないらしく、印籠の薬を嚙んで唇移しにふくませたり、体をかかえて揺すぶったりしながら、
『まいちど、眼を開いて下され、ものをいうてたもい。......これ、どうしたものじゃ、この婆を見捨てて先へ逝くという法があろうか。――まだ武蔵も討たずに、お通阿女の成敗も果さぬのに』
旧 約
一
海鳴りと松かぜに暮れてゆく障子のうちに、朱実はうつらうつら昏睡していた。枕を当てがわれると急に発熱して、頻りとそれからは囈言をいう。
『............』
枕の上の顔よりも青じろい顔して、清十郎はその側に寂然と坐っていた。自分が蹂み躙った花の痛々しい苦悶に対して、自責の首を垂れたまま、さすがに彼の良心も苦悶しているらしい。
野獣にもひとしい暴力をふるって、この明朗な処女を本能の餌にして満足を感じたのも彼という人間だし、また枕許につき切って、精神的にも、肉体的にも、一時人生を失ったその処女の呼吸や脈搏を心配しながら、凝と、厳粛そのもののように硬ばっている良心的な人間も、同じ吉岡清十郎なのである。
一日という短い生活のうちに、そういう矛盾の甚だしい二つの自己を息づかせながら、しかし当の清十郎は、それが必ずしもおかしくはないように、沈痛な眉と、慚愧の唇を結んでいた。
『......落ちついてくれ、朱実。おればかりじゃない、男とはたいがいこうしたものなのだ。......今におまえだって分ってくれる日がある。おれの愛があまりに烈し過ぎたのでおまえは驚いてしまったのだろうが』
こういう繰り言を、彼は、朱実へ対していうのか、自己をなぐさめるためにいうのか、纏綿とさっきから枕許に坐って呟いているのであった。
墨をながしたように部屋の中は陰惨としていた。朱実の白い手がばたんと時々夜具の外へ出る。夜具をかけてやるとまた、うるさそうにそれを払う。
『......きょうは何日?』
『え?』
『後......幾日で......お正月』
『もう七日ばかりじゃないか。正月までには癒るよ、元日までに、京都へ帰ろう』
清十郎が顔を寄せると、
『嫌あ――ッ』
突然、泣くように、顔の上の顔を平手で打って、
『あっちへ行けっ』
と、罵しった。
狂わしい声が続けさまになおその唇から走るのだった。
『ばかっ、獣っ』
『............』
『獣だ、おまえなんか』
『............』
『見るのも嫌』
『朱実、かんにんしてくれ』
『うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ』
必死になって白い手が闇を打つのである。清十郎は苦しげに息を嚥んでその狂態を眺めていた。やや落ちついたと思うとまた、
『......きょうは幾日?』
『............』
『お正月はまだ?』
『............』
『元日の朝から七種の日まで、毎朝、五条の橋へ行っていると――武蔵様からの言伝があったのよ。待ち遠しいお正月......ああ早く京都へ帰りたい。五条の橋へゆけば、武蔵様が立っている』
『......え、武蔵?』
『............』
『武蔵とは、あの宮本武蔵のことか』
驚いて清十郎が顔を差し覗くと、朱実はもう答えもせぬ。青い瞼は昏々と眠っているのである。
ハラハラと枯れ松葉が波明りの障子を打つ。どこかで馬の嘶きが聞えたと思うと、そこの障子の外から燈火が映し、旅舎の女を先に立てて、一人の客が案内されて来た。
『若先生は、こちらですか』
二
『おう誰だ?――清十郎はこれにおるが』
あわてて境のふすまを閉め、何気ない態をつくっていると、
『植田良平でござる』
物々しい旅いでたちの男が、埃りを浴びた姿のまま、障子を開けてその端へ腰かけた。
『あ、植田か』
何しにここへ来たのだろうかと清十郎はまず疑った。植田良平というのは、祇園藤次、南保余一兵衛、御池十郎左衛門、小橋蔵人、太田黒兵助などという古参門下とともに、吉岡の十剣と自称している高弟のうちの一名だった。
こんどの小旅行には、勿論そういう股肱の弟子は連れて来ていない。植田良平も四条道場に残っていた方である。――それが、みれば旅装も騎馬支度で、かなり急用らしい血相でもある。留守中、気がかりはたくさんあるが、ここまで良平が鞭打って来るほどの急用は、まさか年暮に迫っての負債とか遣り繰り相談とも思われない。
『何だ。何かわしの留守中に起ったのか』
『すぐ若先生にも、お立ち帰り願わなければなりませぬゆえ、このままで申しあげます』
『ム......』
『はてな』
植田良平は、内懐中へ両手を入れて、何か自分の肌をあたふた探っていた。
――と、ふすま越しに、
『嫌アっ――畜生っ――あっちへゆけっ』
うつつにまで、昼の悪夢におびやかされているのであろう、朱実の、さけびが、囈言とも思えないほど、生々しい呪いをおびて響いた。
良平は吃驚して、
『あっ......何です、あれは』
『いや......朱実が......ここへ来てからちと体をわるくし、熱のせいか、時折、うわ言をいうのだ』
『朱実ですか』
『それよりは急用のほう、心がかりじゃ早く聞こう』
『これです』
腹帯の底からやっと取り出した一通の書面をそこへ差し出す。
女の置いて行った燭台を、良平はずっと清十郎のそばへ送った。
何気なく眼を落して、
『あっ......武蔵からのだ』
良平は声に力をこめて、
『そうです!』
『開封したか』
『急展とありますので、留守居の者が計りあって、一読いたしました』
『な、なんと申して参ったのか』
清十郎はすぐそれを手にとれなかった。――他人に問うまでもなく彼自身の胸になければならない宮本武蔵だったが、おそらくは、二度とはあの男が、自分へ対して書面をよこすことなどはあり得まいと多寡をくくっていたのである。その気持が今裏切られて、愕然と、彼の脊ぼねの髄を氷のように突き抜けて行ったので、全身の肌が何とはなく粟を生じ、にわかに、清十郎はそれを披いてみる心地も出ず、暫らくただそこに措いて見ているのであった。
憤った唇を嚙みしめて、良平はこういった。
『――遂にやってきました。この春、ああは豪語して去ったものの、よもや二度とは京都へ足ぶみ致すまいと思っていたのに――よくよくな慢心者――約束とあって――御覧なさい、吉岡清十郎どの他御一門と、名宛ても不敵に、新免宮本武蔵と、ただ一人名前で、打つけてよこしたその果し状を』
三
武蔵は今、どこにいるのか、居所は認めていないので、その書面からは知り得べくもない。
どこからにしても、彼が忘れずに、吉岡一門の師弟へ対してこう約束の履行を迫って来たからには、もう彼と吉岡家との間は、討つか討たれるかの交戦状態に入ったものと思わなければならない。
試合は――果し合だ――果し合は生命を遣るか奪るかの大事を、侍の剣と面目に賭してなすことだ、口先や小手先の技見せではない。生命をそこへ出してすることなのだ。
それを、当面の吉岡清十郎が知らないでいるのは危険の限りである。また安閑とその日の迫るまで遊び暮していていいものではない。
京都にある硬骨な弟子のうちには、清十郎の行状にあいそをつかして、
(この場合、沙汰の限りだ)
と怒っている者があるし、
(拳法先生が世におわせば)
と、悲涙をふるって、一介の武者修行から与えられた侮辱に対して歯がみをしている者もあった。
で、取り敢ず、
(ともかくお耳に入れて、すぐさま京都へ引っ張って来い)
という人々の意見を帯びて、植田良平はここへ馬で飛んで来たわけであるが、そのかんじんな武蔵からの書面を、どうした理か、清十郎は膝のまえに置いて眺めているだけで、容易に披いて見ようとはしない。
『とにかく、御一覧を』
やや焦れて、良平がいうと、
『む......これか』
やっと手に取って、清十郎は読み出した。
読んでゆくうちに彼の指先にかすかな顫えが隠されなかった。――それは武蔵の文字や文面がさまでに烈しいからではなかった。彼自身の心が今ほど脆く弱りきっている時はなかったのである。襖ごしに聞える朱実の囈言は、彼にも多少は平常にあった侍の心がまえというものを、まったく泥舟が水へ浸ったように覆えしていた。
武蔵からの内容はまた、至って簡明なもので、こう書いてある――
以来御健在ナリヤ
約ニ依而、茲ニ書ヲ呈ス
貴剣サダメシ御鍛養ト被存候、貧生マタ些カ鍛腕ヲ撫シテ罷リアリ候
御見ニ入ル場所ハ何処、日ハ何日、時ハ如何ニ。
当方構エテ望ミナシ、タダ尊示ニ従ッテ旧約ノ勝敗ヲ決セント存ズルアルノミ。
憚リナガラ正月中七日マデノ間、五条橋畔マデ、御返答高札下サルベク候
月 日
新免宮本武蔵政名
『すぐ帰る』
清十郎は文殻をたもとへ突っ込むとそういって立ち上った。――さまざまに縺れる気持が、もう少しでも彼をそこへ凝として置かせなかった。
あわただしく旅舎の者を呼ぶ。金を与えて、朱実の身体を預かっておいてくれと頼むと、旅舎では迷惑顔であったが、嫌ともいい切れないで遂にひきうける。
――この家を、このいやな晩を、遁れ出してしまいたいのが、清十郎の気持にはいっぱいだった。
『そちの馬を借りるぞ』
あわただしい旅支度は、やがて逃げるように、馬の鞍へ取ッついた。植田良平も馬の尾を追って、暗い住吉の並木を駈け出していた。
物 干 竿
一
――ハハア見かけました。猿を肩に乗せた派手やかな若衆ですね、そういう扮装いの若衆ならばさっき通りましたよ、という者がある。
どこで、どこで。
なに高津の真言坂を降りて農人橋のほうへ行ったと。そして橋は越えずに東堀の刀屋の店頭でも見たというか。
さてこそ、手がかりはついたぞ、それだそれだ、そいつに違いない。
『それ行け』
とばかり、雲をつかむような相手を追って、夕方の往来の者の眼をそばだたしめて行く一群の男どもがここにある。
もう東堀の片側町は戸の下りていた頃なのである。一人が中へ入って、そこの刀師に何やら厳めしく詮議だてしていたが、やがてのこと、戸外へ出て来て、
『天満へ行け、天満へ行け』
と先に立ってまた急ぎ出す。
駈けながら他の者が、
『わかったのか』
吉左右を糺すと、
『突きとめた』
とその者は力みかえる。
いうまでもなくこの一群は、今朝から住吉を中心として、渡海場から小猿を携えて市中へ入ったれいの美少年の後を捜し廻っている吉岡門下の者たちだった。
今そこの刀剣師の店で訊くと、真言坂から手繰ってきた手がかりはどうやら間違いないらしい。たしかに店の戸を下す黄昏れごろ、肩の小猿を店頭へ抛って、腰をおろした前髪の侍があったという。
(主はいるか)
と訊かれたが、生憎不在なのでその由を職人が答えると、
(頼みたい研物を持って来たのだが、比類のない名刀だから主がいなくてはちと不安心だ。いったいお前の家では、研や装剣の仕事にかけて、どれほどの腕があるのか確めてからの事にしたい。――なにかここの主の研いだ物があるなら見せろ)
という事なので、畏まって、然るべき刀を幾口か出して見せると、それぞれ無造作に一見して後、
(つまらぬ鈍刀ばかりをお前の家では手がけていると見えるな。そういう研師の手にかけるのは心もとない。わしが頼もうという刀は肩に負っているこの物干竿という名称のある伝来の逸品、無銘だがかくの通り摺上もない備前物の名作だ)
とてそれをギラリと抜いて示しながら、さんざん自分の刀の自慢を述べたてるので、職人もやや片腹いたく思って、なるほど物干竿とはよく銘けましたな、曲もなくてただ長いだけが取柄だとつぶやくと、すこし機嫌を悪くして、遽かに腰を上げ、天満から京都へのぼる船はどこから出るのかと道を訊いた上、
(ひとつ、京都で研がせよう。大坂はどこの刀屋を覗いても雑兵の持つ数物ばかり荒砥にかけておる。イヤ邪魔をいたした)
と、涼しい顔で、さっさと立ち去ってしまったというのである。
いかさま聞けば聞くほど生意気な青年らしい。祇園藤次の髷をチョン斬っていよいよ思い上っているに相違ない。こうして後から彼の世への迎えが宙を飛んで自分の背に迫って行きつつあるのも知らずに、得々と大手を振って歩いているものと思われる。
『みろ、青二才』
『もう首根ッこを押えたのも同じこと。急ぐにも及ばん』
朝から歩きづめである。くたびれたのがこういった。すると先に駈けているのが、
『いやいや、急がねば駄目だぞ。淀の溯りは、今ごろ出るのがたしか仕舞い船の筈』
と喘いでいった。
二
天満の川波を見ると、
『やっ、いかん』
真っ先のが叫んだので、
『どうした?』
次のがいうと、
『もう船着茶屋が床几を重ねておる。川にも船が見えぬ』
『出てしまったか』
弾みあう息を揃えて、どやどやそこに佇んで、暫しは出し抜かれたように川面を見ていたが、店をしまいかけた茶屋の者に訊ねると、たしかに小猿と前髪は乗ったとある。そしてまた、その仕舞い船がここを離れたのはつい今し方で、まだこの先の船着場である豊崎までは溯っていまいともいう。
それに下りは速いが、上り船は遅々たるものである。陸を走っても追いつきましょうという言葉に、
『そうだ、何もがっかりすることはない。ここで間に合わなかったとすれば、もう急がずともよい、一息入れて行こう』
茶をのんだり、餅や駄菓子等を頰張った上、さて又、川に沿って暗い道を急ぎに急いで行った。
ひろい暗の彼方に、銀蛇に似た河のすがたが二股に裂けていた。一すじの淀川が中津川と天満川とに岐れるところである。その辺にチラと灯が見えた。
『船だっ』
『追いついたぞ』
七名は色めき立つ。
枯れ蘆はみな刃もののように光っていた。一草の青いものすらない田や畑であった。霜をふくむかと思われるような風だったが、寒いなどということは考え出されない。
『しめた』
距離は、いよいよ縮まる。
明らかにそれと分ると、つい思慮もなく、一人が呶鳴ってしまった。
『おおゥいっ。――その船待てっ』
すると船から、
『なんじゃあ......』
と半間な声がひびいてくる。
陸では今、お先走って呶鳴った男を、ほかの仲間が叱っていた。――何も今、ここで呶鳴るにはあたらない。これから何十町か先まで行けば、嫌でも船着があって、乗る客も降りる客もあるにちがいない。それをここから呶鳴っては船中にある敵に心支度をさせるようなものではないか、というのだった。
『まあ、どっちにせよ、先は多寡の知れた一人。呶鳴ったからには、明らさまに名乗りかけて、川の中へ逃げこまない用心をしろ』
『そうだ、そのことだ』
と程よく捌く者があって、仲間割れは救われた。
そこでこの七名は、気をそろえて、淀を溯る夜船の船脚とおよそ足の早さを共にしながら、
『おうーいっ』
とまた呼び直した。
『なんじゃあ』
客ではない、船頭らしい。
『その船を岸へ寄せろ』
こういうと、
『阿呆吐かせ』
これはどっと誰彼なく、船の中から揚った笑い声だった。
『着けぬかっ』
威嚇すると、こんどは客の声らしく、
『着けぬわい』
と、口吻を真似していう。
七名の陸の顔は、湯気を立てているかと思うように、白い息を吐いて、
『よしっ、着けぬとあらば、先の船着場で待つが、その船の中に、小猿を連れた前髪の青二才がいるであろう。恥を知るならば、舷へ立てといえっ。もしまた、其奴を逃がした場合は、乗合いの者残らず、関り合いとして陸へ引きずり上げるから左様心得ろ』
三
三十石船の中の騒めきが、陸から眺めていても手にとるようにわかった。さあことだぞと色を失った様子なのである。
岸へ着けたら何か始まるにちがいない。陸を歩いている七名の侍は、そういえば皆、袴をくくりあげ襷をかけ、刀に反りを打たせている。
『船頭、返事をするな』
『なにをいうても黙っておれ』
『守口までは着けぬがよい、守口へ行けば川番所のお役人がいるで』
客は口々にこう囁やいて生唾をのんでいた。先に減らず口をたたいた男などは啞みたいに眼をすくめた。陸と川の中との隔てがなによりの頼りであった。
陸の七名は、船脚と並行してどこまでもついて来た。しばらく黙って見ているのは、こっちでどう出て来るかを待っているらしい。しかしいつまででも答えがないので、
『――聞えたか。小猿を連れた洟垂れ武士、舷へ出ろ、舷へ』
すると、船のうちで、
『わしのことか』
何を先でいっても答えるなといいあっていた客のうちから、突然、こう答えて舷に立った若者があった。
『おうっ』
『いたな』
『小僧め』
その影を認めて、陸の七名は眼を剝いたり、指さしたり、近ければ水を渡ってもやって来そうな気勢を示している。
物干竿とよぶ大太刀を背中へ負って、前髪の人影は凝と立っていた。すぐ足もとの舷を打つ水明りが、尖っている歯を白く見せた。
『小猿を連れている前髪の青二才とあれば、わしより他にないが、各々は何者だ、稼ぎのない野武士か、それとも、腹の減った旅芸人か』
声が川を渡って来ると、
『なにっ』
七名は岸へ顔を揃えて各々歯ぎしりを嚙みながら、
『吐かしたな、猿つかい奴』
悪罵は、順々に、その口々から飛び出して、川面を打った。
『身のほど知らずが、今に吠え面搔いて、謝まるなよ』
『われわれをなんだと思う。今の口は、吉岡清十郎門下のわれわれと知ってか、知らずにか』
『ちょうどよい、手をのばして、その細首を洗っておけ』
船は毛馬堤へかかっていた。
ここには繋い杭とホッ立て小屋がある。毛馬村の船着と見て、七名は、ばらばらとそこへ先廻りして降口を扼して待っていた。
――だが船は遠く河心に止まっていて、ぐるぐる廻っているのだった。客も船頭も、事態の容易ならぬものを案じて、着けないほうが無事であると主張しているらしいのである。吉岡門下の七名はそれと見て、
『こらッ、なぜ着けぬ』
『明日も明後日も着けずにいられるか。後で後悔するな』
『その船を寄せぬと、乗りおうている奴ばら、一人あまさず打ち斬るぞ』
『小舟で行って、斬り込むがよいかっ』
あらゆる脅し文句をそこから放っていると、やがて、三十石船の舳が此方の岸へ向き直ると共に、
『やかましいっ!』
沍寒大河を裂くような一声が彼方にあって――
『望みにまかせて、今それへ参ってやるから、腰のつがえを定めて待っておれ』
見れば前髪の若者自身が、水馴れ棹を取って、頻りと止める船頭や客を尻目に、ぐいぐいと棹の水を切ってこなたの岸へ船を突き進めて来るのであった。
四
『来るぞ』
『命知らずめが』
柄に手をかけて、七名は、船のぶつかって来る岸の辺りの岸辺を囲んでいた。
川を横に、真っ直に流紋を切って来る船の剣舳であった。不動の身を取って、そこに突っ立っている前髪の美少年の姿が、息を撓めて岸で待ちかまえている七名の者の眸へ、ぐうっと迫るに従って、いっぱいな大きさに映った――と、思う途端にである。
ざ、ざ、ざっ、船は枯れ蘆の泥へ舳を突ッこんで、自分たちの胸へどんと来たように、七名の踵が無意識にズズッと後へ退った。それと共に、船の舳から丸っこい動物の影が、四、五間ほども幅のある船と岸との間の枯れ蘆の沼をぽーんと跳んで、七名のうちの誰か一人の首っ玉へ躍りかかったのである。
『ひゃっッ』
一人が叫ぶと、七名の手から七本の白光が、鞘を脱して、空へ噴いた。
『猿だっ』
と気がついたのは、すでに空を一撃してからで、それを当の敵である前髪の飛躍と錯覚してあわてたのは、彼ら自身も不覚を認めたらしく、
『あわてるな!』
と、お互いを戒め合った。
関り合いになるまいと、船の一隅へかたまって縮み上っていた乗合客は、彼らの狼狽ぶりに、硬ばっていた神経のどこかを擽ぐられたが、誰もくすりとも声を出さなかった。
ただ、あれっ――といった者がある。見ると、自分で水馴れ棹を突いていた前髪の美少年が、その棹を、蘆の中にとんと突いたと思うと、先に跳んだ小猿よりも軽く、弾みを与えた自分の体を、岸の彼方へ難なく送っていたのであった。
『やっ?』
すこし方角が違ったので、七名は一斉にそっちへ向き直った。さんざん待ちかまえていたことではあるが、咄嗟の場合と差のない焦心がどの顔にも引ッつれていた。円を作って相手へ迫る遑がなく、そのまま、岸に沿ってだっと向って行ったので、当然、彼らの陣形は縦隊になり、それを受けるところの前髪の少年をして、十分な気構えを持たせる余地を敢て与えてしまった。
真っ先になってしまった縦隊の者の頭は、もう怯んでも退けない位置である。途端に眼は充血し耳は聞えなくなっていた。平常の剣法の修練などはてんで意識にものぼらないのである。カッと歯を剝きだして、食いつくように前髪の影へ刀を差し出して行った。
『............』
たださえ巨きい美少年の体軀は、その時、つま先で伸び上るように胸を張り、右手をぐっと肩の上にやった。背に負っている大刀の柄を握ったのである。
『吉岡の門人共だといったな。望むところだ。先には、髷だけで許してくれたが、思うに、それでは物足らないのであろう、わしもすこし物足らぬ』
『ほ、ほざいたなっ』
『どうせ手入にやるこの物干竿、手荒につかうぞっ』
こう宣言をうけながら、その前に硬ばっていた人間は、逃げることができなかった。まるで据物同然に、物干竿の長剣は梨割りにその者を死骸にしてしまった。
五
前の者の背が後の者の肩を押し返した。出鼻に先頭の一人が、敵の大太刀の一颯に、無造作な死を目前に遂げたのを見ると、後六名の者は、途端に脳中枢の正確を欠いて、行動の統一を全然失ってしまった。
衆はこうなると一より脆い。それに反して図に乗った前髪の美少年は、竿とよぶほど伸びの利く長剣で、次の者を横に撲った。
腰ぐるまは斬れなかった。然し撲られただけでも十分にこたえたに違いない。何か一声吠えてその一人は、横ッ飛びに蘆の中へ飛びこんでしまう。
(――次っ)
と睨め廻した時は、さしも戦い下手の同勢も、非を覚って形を変え、五弁の花が芯をつつむように、この敵ひとりを囲み込んでいた。
『退くな』
『退くなよ』
味方同士が、こう励ましあうのだった。そこで多少勝ち目を見出した勢いを駆って、
『小童めが!』
勇気というよりはもう無自覚の忘恐がなす仕業である。この際、多言の必要はないのに、
『おもい知れっ』
叫びを重ねて一人は飛びかかって行った。振り下した刀はかなり深く入ったつもりであるのに、前髪の敵の胸へはまだ二尺ほども手前の空間を斬り下げていたのである。
当然、自信を持ちすぎたその刀の先は、カチッと石を打った。刀の持主はすでに自分から死の穴へ逆さに首を突っ込んで行ったかのような姿勢になり、鐺と足の裏を高く上げて、敵の前に身を曝してしまった。
だが、易々と斬り得る足元の敗者を斬らずに前髪の美少年は、身をかわした機みに弾みを加えて、ぶうんと横側の敵へ当って来た。
『ぐわッ』
明らかな末期のさけびがまた一つそこで揚った。するともう二度と陣形を立て直す気力も失って、後の三名はわらわらとつながって逃げ出した。
逃げる姿へ、人間は最も殺伐な猛気がおこる。物干竿を両手に持って、
『それが吉岡の兵法かっ』
前髪は追いかけた。
『きたないぞ、返せっ』
罵りを浴びせかけながら、彼は足を止めなかった。
『待てっ、待てっ、わざわざ人を船から呼び上げておいて、捨てて逃げる侍がどこにあるかっ。このまま逃げるにおいては、京八流の吉岡を天下に笑ってやるがよいか』
笑ってやるぞということばは、侍が侍に投げる場合の最大の侮辱なのだ。唾以上の恥かしめなのだ。――だがもう逃げてゆく者の耳へはそれもこたえない。
その頃ちょうど毛馬堤を、寒々と、馬の鈴が鳴って来た。霜明りと淀の水明りは、提灯も必要としないほどだった。馬上の人影も、馬の尻について来る徒歩の人影も、白い息を吐いて、寒さを忘れていたかのように先を急いでいる様子である。
『あっ』
『御免っ』
追われて来た三名は、馬の鼻づらへ打つかりそうになって、きりきり舞をしながら後を振向いた。
六
あわてて手綱を絞ったので、馬は足搔きして嘶いた。馬上の者は、馬の前で戸惑いしている三名をのぞいて、
『やっ、門下共』
意外な顔したが、すぐ腹をたてて、叱りつけた。
『たわけめ、どこに終日うろついていたのだっ』
『ア、若先生ですか』
するとまた、馬の陰から前へ出て来た植田良平が、
『何事だその態は。若先生のお供をして来ながら、若先生が帰るのも知らず、また、酒の上の喧嘩か。馬鹿もいい加減にして歩け』
いつものでんでまた酒の上の喧嘩かと見られたのでは堪らない。三名は不平に満ちた語気で、それどころか自分たちは、当流の権威と師匠の名誉のために戦って、かくかくの始末と、舌も渇いているし、狼狽もしているので、怖しい早口をもって一息に告げ、
『あれ、あれへ、や、やって来ました』
と、ここへ近づいて来る跫音を振顧って、恟々たる眼いろになる。
その弱腰をながめて、植田良平は、愛想をつかし、
『なにを躁ぐか、口ほどもない。それでは当流の汚名をそそぐつもりでしたことも、却って泥の上塗だわ。――よしっ、おれが会ってやろう』
と、馬上の清十郎もその三名も後に立たせて、独りだけ十歩ほど前にすすみ、
(御座んなれ、前髪)
身構え取って、近づく跫音を待っていた。
――とは知ろうはずもなく前髪は、れいの剣を舞わせながら、脚に風を起して、
『やァいつ、待てっ。逃げるのが吉岡流の極意か。わしは殺生したくないが、この物干竿が、まだまだと鍔鳴りして承知せぬ。返せ、返せ、逃げてもいいが、その首置いて行けっ』
毛馬堤の上をこう呼ばわりながら、今しもその影はここへ宙を飛んで来る。
植田良平は手に唾して刀の柄を握り直した。疾風の勢いにある前髪の美少年は、そこに身を屈していた良平が目に入らないのか、頭の上を踏ンづけるような足幅であった。
『――わッしょっ』
撓め切っていた良平の腕は唸って、こう大喝をくれながら地摺りに大刀で払い上げた。縒り合せた両手に伸びて行った切っ先は、星を斬ったように高く揚ったに過ぎない。美少年の体は片脚立ちに止まって、ぎりっと反対のほうへ廻って振向いたと思うと、
『オヤ、新手か』
た、た、た、とのめって行く良平へ物干竿をぶんと薙ぎ返した。
烈しいの何のといって、植田良平はまだかつてこんな剣気に吹かれた例を知らない。その殺風から身を交わした代りに、彼は毛馬堤から田圃のほうへ転がっていた。幸に、堤は低いし、凍っている田圃であったが、戦機を外してしまったことは勿論である。ふたたび堤の上へ出て見た時には、敵の影は獅子奮迅に見えた。長剣物干竿の光が、門下の三名を刎ね飛ばし、更に進んで、馬上の吉岡清十郎へ迫ろうとしている。
七
自分の身まで来る間に解決するものと、清十郎は安心していたのである。ところが、その危険は、すぐ迫って来た。
ひどい暴剣振りである。物干竿は突進して来た。いきなり清十郎の乗っている馬の脾腹を突こうとする。
『岸柳、待てっ』
こう清十郎は高く叫んだ。そして鐙にかけていた片足をすばやく鞍の上へ移し、その鞍を蹴るがごとく突ッ立ったと思うと、馬は前髪の美少年を躍り越えて、弦を離れた矢のように彼方へ駈け出し、清十郎の体は反対に、三間も後へぽんと飛び降りていた。
『――鮮やかッ』
と、賞めたのは、味方ではなくて、敵の前髪の美少年だった。
物干竿を持ち直して、清十郎のほうへ一躍しながら、
『今の所作、敵ながら見よい嗜み、察するところ吉岡清十郎その人と見た。よい折だ――いざッ』
向けて来る物干竿の切っ先は炎々たる闘志の塊であった。清十郎の体にはさすが拳法の嫡子、それを受けるだけの余裕と鍛えたものが十分に見える。
『岩国の佐々木小次郎、さすがに目が高い。いかにも自分こそは清十郎であるが、理由なく、其許と刃交ぜをする意思は持たぬ。――勝負はいつでも決しられる。なんの意趣でこの始末か、まず退き給えその刀を』
最初に清十郎が、岸柳と呼んだ時には、耳にも入らなかったらしいが、二度目には明らかに岩国の佐々木と名をさしたので、前髪は、
『や! ......わしを、岸柳佐々木小次郎とは、どうして御存じあるのか』
と驚きに打たれた。
清十郎は、膝を打って、
『やはり、小次郎殿であったか』
と、いいながら前へ進んで来た。
『――お目にかかるのは、固より初めてだが、おうわさは常々詳しく聞いていた』
『誰に?』
と、すこし茫然としたように小次郎はいう。
『其許の兄弟子、伊藤弥五郎どのから』
『お、一刀斎どのと御懇意か』
『ついこの秋頃まで、一刀斎どのは、白河の神楽ヶ岡の辺に一庵をむすんでおいであった。屢々、こちらよりも訪れ、先生も時折、四条の拙宅へ立ち寄って下されたりなどして』
『ホウ! ......』
小次郎は笑靨を作って、
『では満更、貴公ともただの初対面ではない』
『一刀斎どのは何かというと、よく其許の噂をなされていた。――岩国に、岸柳佐々木と称する者がある。自分と同様に、富田五郎左衛門のながれを汲み、鐘巻自斎先生に師事した者で、同門の中では一番の年下ではあるが、行末天下に自分と名を争う者は彼より他にはあるまいと――』
『だがそれだけで、この咄嗟にわしを佐々木小次郎とは、どうしてお分りあったか』
『まだ年ばえもお若いことや、人柄はこうこうなどと一刀斎どのから伺っていたし、また其許が、岸柳と号されている謂れも詳しく承知しているので、その長剣を自由になさるさまを見た時すぐ、もしやと胸に泛かんだので、当て推量にいってみたのが測らずもほんとをいい中ててしまったわけ』
『奇だ! これは奇遇』
小次郎は快哉をさけんだがふと、血ぬられた物干竿を自分の手にながめると、この始末は一体どうしたものかと思い惑った。
八
話しあえばお互いに解け合うものがあったのであろう。それから時経て、毛馬堤の上を、佐々木小次郎と吉岡清十郎の二人が先に立って、旧知のように肩を並べ、その後から植田良平と三名の門人が、寒そうに従いて、京都の方角へ夜をかけて歩いて行く姿が見出される。
『いや、初めからこっちは、妙に売られた喧嘩なので、何もことを好んだわけではちっともない』
と、これは小次郎のいい分。
清十郎は小次郎の口から親しく祇園藤次が阿波通いの船中でした振舞や、後の彼の行動などを思いあわせ、
『怪しからぬ男だ、帰ったら糾明せねばならぬ。――其許を怨むどころか、此方こそ、門下どもの統御の不行届き何とも面目ない』
そういわれると、小次郎も謙譲を示さねばならなくなって、
『いやいや、わしもこのような性質の者でございますゆえ、ずいぶん大言を吐くし、喧嘩なら退かぬ構えで誰へでも応対するから、あながち門人衆ばかりが悪いわけではありません。――むしろ吉岡流の名と師の体面を思ってやった今夜の者たちは、生憎腕のほうはどれもこれも貧弱ですが、その心根に至っては、むしろ不憫なものがある』
『拙者が悪い』
清十郎は自責しながら、沈痛な顔をして歩いていた。
そちらに含むところがなければ一切を水に流そう――と小次郎がいうと、
『願ってもないことだ。却って、これを御縁に、将来は御交誼をねがいたい』
と、清十郎も応じていう。
二人のうちとけた様子を前に見ながら、弟子たちはほっとした気持で後から続いていた。――一見、体の巨きな坊ンちみたいな前髪の美少年が、伊藤弥五郎一刀斎が常に、
(岩国の麒麟児)
と、口を極めて称えていた岸柳佐々木であろうと誰がちょっと思い当ろうか。祇園藤次が軽く舐めて舐め損なったのも、あながち無理はない気がするのである。
それと分って、今更、胆を寒うしているのは、その小次郎の愛剣物干竿の先から命びろいをした植田良平や他の物共で、
(これが、岸柳か)
と、眼を改めて、その人間の幅広い背中を見直して、なるほどそう知ってから見れば、どこかに非凡なところがあると、今更、自己の眼識の浅さをも併せて認めている。
やがて、以前の毛馬村の船着場へ来ると、そこには物干竿の犠牲になった幾つかの死骸がもう寒天に凍っていた。死骸の後始末は三名にいいつけて置き、植田良平は先に逃げて行った馬を見つけて曳いて来る。――また、佐々木小次郎は頻りと口笛をふいて、懐中に飼い馴れたれいの小猿を呼んでいた。
口笛を聞くと、小猿はどこからか現われて、彼の肩へとびついた。――ぜひぜひ四条の道場へ来て逗留してもらいたいというので、吉岡清十郎は自分の乗馬を小次郎へすすめたが、小次郎はかぶりを振って、
『それはいけない。私はまだ青くさい一介の若輩だし、貴公はいやしくも平安の名家吉岡拳法の嫡男、門人数百を持つ一流の御宗家だ』
と、馬の口輪を取って、
『遠慮なくお召なされ、ただ歩くより口輪を取って歩いたほうが歩きよい。おことばに甘えて、暫らくのあいだお世話にあずかるとして、京都までこうして話しながらお供いたそう』
傲慢不遜かと思うと、礼儀もわきまえている小次郎だった。――やがて今年も暮れて初春を迎えるとすぐ、宮本武蔵なる人間と出会わなければならない宿題を持つ清十郎は、折からこの小次郎という人物をわが家へ迎える機縁をひろって、何かに心づよい気がして来るのだった。
『ではお先に失礼して、足の疲れたころには代るといたそう』
彼もまた、そう礼儀をして、鞍の上へ移った。
山 川 無 限
一
東国での名人として、塚原卜伝や上泉伊勢守の名が代表されていた永禄の頃には、上方では京都の吉岡と大和の柳生の二家が、まずそれに対立したものと見られている。
だがほかにもう一家、伊勢桑名の太守北畠具教がある。この具教もその道においてかくれない達人であり、またよい国司でもあったらしく、
『太の御所』
といえば、彼の歿後までも伊勢の領民はなつかしいお方として、そのころの桑名の繁昌や善政を慕っている。
北畠具教は、卜伝から一の太刀というものを授けられて、卜伝の正流は東国にひろまらず伊勢へ残った。
卜伝の子、塚原彦四郎は、父から家督はうけたが、一の太刀の秘伝を遂にゆるされなかった。そこで父の死後、彦四郎は郷里の常陸から伊勢へ赴き、具教に会ってこういった。
『私も父の卜伝より、かねて一の太刀を授かっていますが、生前父がいうには、あなた様へも御伝授してある由、同じものか、違いあるものか、異同を較べて、お互いに極秘の道を究明してみたいと思いますが、思し召はいかがですか』
すると具教は、師の遺子である彦四郎が、技を撮りに来たものとすぐ察してはいたが、
『よろしい、お目にかけましょう』
と、快諾して、一の太刀の秘術を見せた。
彦四郎はそれによって、一の太刀を写しとることができたが、要するにそれは型の真似事でしかなく、元元その器でなかったから、卜伝流はやはり伊勢のほうに広く行われ、従ってその余風からこの地方には兵法の達人上手が今でもたくさんに輩出している――
といったような土地自慢は、その国へ足を入れると必ず聞かされるところであるが、変なてめえ自慢から比べればよほど耳ざわりがよいし、また見物の参考にもなるので、今も、桑名の城下から垂坂山へかかって来る道中馬の上にある旅人は、
『成程、成程』
と、馬子のそうしたお国ばなしをあえて遮らずに、頷いて聞いていた。
時は十二月の中旬で、伊勢は暖いにしても、那古の浦からこの峠へくる風は相当に肌寒いが、駄賃馬に乗っている客は、奈良晒のじゅばんに袷一重、その上に袖無羽織をかけてはいるが、怖しく薄着であるし、うす汚い。
笠を被る必要もないほど陽焦けのしている真ッ黒顔に、これもまた、往来へ捨てても拾い人がありそうもない古笠を被っているのだ。髪は幾日洗わないのか鳥の巣みたいにもじゃもじゃしていて、ただ束ねてあるというだけに過ぎない。
(駄賃がもらえるかしらて?)
と馬子は内心で、心配しながら乗せた客だった。それに行く先がちと辺鄙な帰り客のきかない山間ではあるし......と。
『旦那』
『む? ......』
『四日市で早めの午、亀山で夕方、あれから雲林院村へ行くと、もうとっぷり夜になりますだが』
『ムム』
『ようがすかね』
『ウム』
何をいっても頷いてばかりいるのだ、無口な客は馬の背から那古の浦に気を奪られている。
それは、武蔵だった。
春の末つ方からこの冬の暮まで、どこを足にまかせて歩いて来たのか、皮膚は渋紙のように風雨に染まり、ただ二つの眼だけがいよいよ白く鋭く見える。
二
馬子はまた訊ねて、
『旦那、安濃郷の雲林院村というと、鈴鹿山の尾根の二里も奥だが、そんな辺鄙なところへ、何しに行かっしゃるのじゃ』
『人を訪ねに』
『あの村には、木樵か百姓しかいねえはずだに』
『くさり鎌の上手がいると桑名で聞いたが』
『ははあ、宍戸様のことかね』
『うむ、宍戸何とかいったな』
『宍戸梅軒』
『そう、そう』
『あれは鎌鍛冶じゃ、そして鎖鎌をつかうそうじゃ。すると旦那は武者修行だの』
『うむ』
『それなら鎌鍛冶の梅軒を訪ねて行かっしゃるより、松坂へ行けばこの伊勢で聞え渡っている上手がおりますがな』
『誰か』
『神子上典膳というお人で』
『ははあ、神子上か』
武蔵は頷いた。その名は夙く知っていたように多くを問わない。黙々と馬の背に揺られながら脚下に近づいて来る四日市の宿場の屋根を眺め、やがて町に入ると屋台の端を借りて弁当をつかう。
――ふとその時、彼の片方の足を見ると、足の甲を布で縛っていた。歩むには少し跛行をひいている形である。
足の裏の傷が膿んでいるのだった。それゆえにきょうは馬の背を借りて歩いているものとみえる。
彼は今、自分の体というものに対して、日々、細心な劬わりを施していた。そうした注意を抱いていたに関わらず、鳴海港の混雑の中で、釘の立ッている荷箱の板を踏みつけてしまったのである。昨日から傷に熱を持って、足の甲は樽柿のように地腫れがしていた。
(これは、不可抗力な敵だろうか?)
武蔵は、釘に対しても、勝敗を考えるのだった。――釘といえども兵法者として、こういう不覚をうけたことを恥辱に思うのだった。
(釘は明らかに、上を向いて落ちていたのだ。それを踏みつけたのは、自分の眼が、虚であって、心が常に全身に行き届いていない証拠だ。――また、足の裏へ突きとおるまで踏んでしまったことは、五体に早速の自由を欠いていたからで、ほんとの無碍自在な体ならば、草鞋の裏に釘の先が触れた瞬間に、体は自らそれを察知しているはずである)
自問自答にこの結論を下して、
(こんなことでは)
と、自己の未熟が反省され、剣と体とがまだまだ一致しない――腕ばかりが伸びてほかの体や精神は合致しない――一種の不具を感じて忌々しくなるのだった。
だが、この年の晩春、あの大和柳生の庄を驀しぐらに去ってから――今日までのおよそ半年の間を、決して、無駄には送っていなかったと、武蔵は光陰に対して恥なく思った。
あれから伊賀へ出、近江路へ下り、美濃、尾州と歩いてここへ来たのであるが、行く先々の城下や山沢に彼は剣の真理を血まなこで捜した。
(何が極意か?)
漸く彼もそこへ突き当って来たのである。しかし、
(これが剣の真理だ)
というようなものは、決して町にも山沢にも埋れていなかった。この半年、各地で出会った兵法者は幾十人か知れなかったし、その中には、聞えた達人も幾名かあったが、要するにそれは皆、技の上手であり、刀づかいに巧者な大家ばかりだった。
三
会い難いものは人である。この世は人間が殖えすぎているくらいなものだが、ほんとの人らしい人に実に会い難い。
武蔵は世間を歩いて痛感するのだった。そういう嘆きをもつたびに、彼の胸には沢庵が思い出された。――あの人間らしい人間を。
(会い難い人におれは曾って出会っているのだ、めぐまれたる者といわなければならない。そして、その機縁を無にしてはならない)
彼のことを思うと、武蔵は今でも両手の腕くびから五体がずきずきと痛んで来る。ふしぎなこの痛みは、千年杉の梢に曝されたあの時の神経が、まだそのまま生理的な記憶の中に生きている証拠であった。
(今にみろ、おれが沢庵を千年杉に縛りあげて、地上から悟道を説いてくれるぞ)
彼はいつもそう思った。恨みではない、報復ではない、そんな感情の上からではなく、武蔵は、禅によって人生の最高へ住もうとする沢庵に対して、自分は剣によって、どこまで沢庵の上に到ることができるかということを、実にすばらしい宿望の一つとして胸の底に抱いているのだった。
もしああいう形はとらなくても、自分の道境がめざましい進歩を遂げて、沢庵をかりに千年杉のこずえに縛って、地上から彼に向って、彼の蒙をひらいてやるような叱咤を与える日があったら、沢庵は梢の上から何というだろうか。
武蔵はそれを聞きたいと思う。
おそらく沢庵は、
(善哉! 満足満足)
と欣ぶにちがいない。
いや、あの男のことだから、そう素直にはいわないだろう。からからと打ち笑って、
(豎子! やりおる)
というか。――何でもよい、武蔵は彼へ対する恩義として、どういう形でもよいから沢庵のあたまへ一度、ぐわんと自己の優越を示してみたい。
だがそれは他愛のない武蔵の空想だった。彼自身、今や一つの道へ入りかけているだけに、いかに人間があるところへ到達しようとする道の永遠で至難なものであるかを、事毎に知り初めていたのである。――それだけに、
(沢庵ほどには)
と、空想の腰が折れる。
まして、遂に会わなかったけれど、柳生谷の剣宗石舟斎あたりの高さを思いくらべると、口惜しくても、悲しくても、自分などのまだ青ッぽいことが余りにもわかってくるのだった。兵法だの、道だのと、口にするのも気恥かしくなって、くだらない人間ばかりに見えた世間が、急に広くなり恐ろしくなり、そして遽かに、
(今から小理窟は早い、剣は理窟じゃない、人生も論議じゃない、やることだ、実践だ)
驀っしぐらに武蔵は山沢へ入りこむ。彼が山の中に籠ってどういう生活をやっているか、それは彼が山から里へ出て来るすがたを見るとほぼ察しがつく。
そんな時彼の面は鹿みたいに頰が削げている。五体のあらゆるところに、摺り傷だの打ち傷を作っていた。滝に打たれるので油けのなくなった髪はバサバサに縮れ、土の上に眠るので歯だけが不思議な白さを持っていた。そして人間の住む里へ向って、おそろしく傲岸な信念を然やしながら、相手とするに足る者を捜しに降りて来るのだった。
――今がちょうど、桑名で聞き出したそういう一人の相手を、これから尋ねてゆく途中であった。聞き及ぶ鎖鎌の達人宍戸梅軒なる者が、この世で会い難いほうの人間か、それともざらにある米喰い虫か、まだ初春までには十日あまりの余日があるので、これから京都へ出向く旅のつれづれに、ひとつ試してみようという気持で。
四
武蔵が目的の地へ着いたのは、もう夜も深い時刻だった。
馬子の労を犒って、
『帰ってもよい』
駄賃を与えて去ろうとすると、馬子のいうには、今更こんな山奥から帰りようもない。朝がたまで、旦那がこれから訪ねてゆく家の軒下でも借りてやすみ、朝になってから鈴鹿峠を下って来る客を拾って帰ったほうが歩がいいし、それに又、なんともこう寒くてはもう一里も歩くのは辛いという。
そういわれてみればこの辺りは伊賀、鈴鹿、安濃の山々のふところで、どっちを向いても山ばかりだし、その山のいただきには、真っ白な雪がある。
『では拙者のさがす家をおまえも一緒に尋ねてくれるか』
『宍戸梅軒様のお家で』
『そうだ』
『さがしましょう』
その梅軒というのは、この辺の百姓鍛冶ということであるから、昼間ならすぐ分ろうが、もうこの部落では起きている燈火一つ見あたらない。
ただどこかで先程から、こーん、こーん、と凍っている夜空にひびく砧の音がある。それを的てに二人は歩いて、ようやく一つの明りを見た。
更に欣しかったことには、その砧の音のしている家が、百姓鍛冶の梅軒の家だった。軒に古金がたくさん積んであるのでもわかったし、真っ黒にいぶっている廂は、どうあっても鍛冶屋の家でなければならない。
『訪れてくれ』
『へい』
馬子が先に戸を開けて入って行った。中は広い土間であった。仕事はしていないが鞴の囲いには赤い火が燃えさかっていた。そして、一人の女房が焰に背を向けて夜業に布を打っているのだった。
『こん晩は、ごめんなすって。――アア火だ、これはたまらぬ』
見知らない男が入って来て、いきなり鞴のそばの火にしがみついたので、女房は砧の手を止め、
『どこの衆だえ、おめえは』
『へい、今話しますよ。......実はお内儀、おめえ様のうちの旦那を遠方から尋ねて来たお客を乗せて今着いたのじゃ、わしは桑名の馬子だがね』
『ヘエ? ......』
女房は武蔵のすがたを無愛想に見上げた。ちょっと、小うるさい眉をして見せたのは、ここへも屢々やってくる武者修行が多いのだろう。そういう旅行者と厄介者をこの女房は扱い馴れていることが様子に見える。三十がらみでちょっと美麗な女であったが、どこか横柄に、武蔵へ向って、子供へものをいいつけるように、
『うしろをお閉め、寒い風がふきこむと、子どもが風邪をひくがな』
といった。
武蔵は頭を下げ、
『はい』
と素直にうしろの板戸を閉めた。そして偖――鞴のそばの切株に腰かけて、この真っ黒な細工場と、そこからすぐ筵の敷いてある三間ほどなこの家の中を見まわしてみると、成程、壁の一端に、かねて噂に聞くところの鎖鎌という見つけない武器が、およそ十挻ほど、板に打ちつけてある角掛に懸けてある。
(あれだな?)
こういう武器と、こういう一種の武術に出あって置くことも、修行の一つと武蔵は考えて来たのであるから、それを見るとすぐ彼の眼の光は違っていたに相違ない。
砧の木槌を下へおくと女房はぷいと起って筵の上へあがった。茶でも沸かしてくれるのかと思うと、そこに敷いてある乳のみ児の蒲団の中へ手枕で横になって、児に乳ぶさをふくませながら、
『そこの若いお侍、おめえっちはまた、うちの良人にぶつかって、物ずきに、血へどを吐きにやって来なしたのかよ。だが生憎うちの良人は旅へ出ているので、生命びろいしたようなものだげな』
と、笑っていうのであった。
五
憤っとなる気持をどうしようもない。遙々この山里まで鍛冶屋の女房に笑われに来たようなものである。どこの女房も亭主の社会的位置というものはみな誤認しているらしいが、この女房の如きは、自分の持ち者ほど世に偉い人はないと極めているらしいから怖い。
喧嘩もできず、武蔵は、
『お留守か、それは残念な。旅へと仰有ったが、旅はどこまでで』
『荒木田様へ』
『荒木田様とは』
『伊勢へ来て荒木田様を知らねえでか、ホ、ホ、ホ、ホ』
とまた笑う。
乳ぶさを頰ばっていた嬰児がむずかると、女房は、土間の客などは打ち忘れたさまで、
ねんねしょうとて
ねる子はかわい
起きてなく子は
つらやな
つらやな、母なかせ
訛りのある子守歌を節さえつけて謡っている。
ふいご場に火のあるのがせめて見つけものである。誰に頼まれて来たわけでもなし、諦めるほかはないのだが、
『御内儀、そこの壁にかけてあるのが、御使用の鎖鎌ですか』
それを一見しておくのも後学のためであると考えて、手に取って見てもさしつかえないかというと、女房はうつらうつら手枕の居眠りと子守歌のあいだに、ふム......といってあいまいに頷く。
『よろしいか』
武蔵は手をのばして、その一挻を壁の角掛から外し、手に取って仔細に見た。
『――成程、これが近頃だいぶ用いられている鎖鎌か』
ただ握ってみれば、腰にも差せる一尺四寸ほどの棒に過ぎない。棒の先の環から長い鎖が垂れていて、その鎖の端には、ぶんと振れば、人間の頭蓋骨を砕くに足る鉄の球がついている。
『ははあ、ここから鎌が出るのか』
棒の横にミゾが彫ってあって、中に潜んでいる鎌の背が光っている。爪をかけて引き出すと、鎌の刃は横に身を起して、これは優に人間の首を搔くことのできる刃渡りを備えているのだった。
『ム......こう使うのだな』
左に鎌を持ち、右の手にくさりのついた鉄球をつかんで、武蔵は仮の敵をそこに想像しながら、構えを作って、独り考えていた。
するとふと、手枕を外してこっちへ眼をくれた女房が、
『なんじゃあ、まあ、そのかたちは』
と、乳ぶさをしまいながら土間へ下りて来て、
『そんな形していたら、すぐ太刀を持った相手に斬られてしまう。鎖鎌というのはこう構えるのじゃ』
武蔵の手から引っ奪くると、そのつまらない百姓鍛冶屋の女房がひたと鎖鎌を持って、体の仕型を見せた。
『あっ......』
武蔵は思わず眼をみはった。
乳ぶさを出して寝そべっているところを見たのでは、牝牛のような女にしか見えなかったが、鎖鎌を持って構えると、立派で、端厳で、その姿は美でさえあった。
また、鯖の背のように青ぐろい鎌の刃渡りには、宍戸八重垣流と彫ってある文字もあざやかに読まれるのだった。
六
あっ見事なと、武蔵が眼を吸いよせられた途端に、鍛冶の女房はもうすぐ仕型の構えを、体から消して、
『ま、こんなものじゃ』
鎖鎌をがらがらと一本の棒にまとめて、元の壁へかけてしまった。
武蔵は彼女のした型を、記憶する間がなかったのを、ひそかに遺憾にして、
(もういちど見たいが)
と思ったが、女房はさしたる顔もなく、砧を片づけたり、朝の炊ぎの仕掛をしたり、台所のほうでガチャガチャ水仕事に忙しない。
(あの女房ですら、あれほどな心得があるとすれば、亭主の宍戸梅軒という男の腕はどれほどか?)
武蔵は病気のように、急にその梅軒という男にあいたくなって来た。――だがあの女房のいうには、良人の梅軒は、伊勢の荒木田とかいう人の家へ行っていて留守だという。
伊勢へ来て、荒木田様を知らないのか、とさっきも笑われたことだが、恥をしのんで、馬子にそっと聞いてみると、
『大神宮さまのお守人じゃ』
と、馬子は、鞴のそばの壁へ倚りかかって、いいあんばいに温もりながら、もう半分眠っていながらいう。
(伊勢神宮の神官か、そこへ行ったのならすぐ分る、よし......)
勿論その夜は、筵のうえにごろ寝である。それも、鍛冶の小僧が起きて、土間の戸をあけるともう寝ていられない。
『馬子、ことのついでに、山田までのせてゆくか』
『山田へ』
馬子は眼をみはる。
だが、きのうの分の駄賃は無事にもらったので、その方の不安はない、行こうということになって今日もまた、武蔵を馬の背にのせて、松坂へ出、やがて伊勢大神宮への何里とつづく参道並木を暮方に見た。
冬であるにしても、街道の茶屋はひどくさびれていた。並木の大木が、風雨に仆れたまま、幾つも横たわっていた。旅客の影も馬の鈴も稀れである。
禰宜の荒木田家へ、武蔵は山田の旅籠から問いあわせてみた。――宍戸梅軒という者が逗留しているか否かを。
すると、荒木田家の執事からの返辞には、そういう者は泊っていない、何かの間ちがいであろう――とある。
武蔵は、失望と同時に、足の傷の痛みを思い出した。釘を踏んだ傷口はおとといころよりひどく腫れている。
豆腐粕を搾った温湯で洗うとよいと教えられて、武蔵は翌る日、旅籠で一日それを繰り返していた。
(もう今年も師走の中旬)
そう考えると、武蔵は、豆腐くさい湯に焦々してきた。すでに吉岡家へ宛てての決戦状を、名古屋から飛脚に託して出してあるのだ。まさか、その期になって、足を傷めているからなどとは意地でもいえない。
その期日も、敵の都合まかせといってやってある。なお他の約束もあるし、正月の一日までには、どうでも五条の橋だもとまで行っていなければならない。
『伊勢路へまわらず一すじに行けばよかった』
軽い悔を抱きながら、湯だらいに浸している足の甲を見ていると、足は豆腐のように膨れて来る気持がする。
七
こういう家伝の薬がありますとか、この油薬をつけて御ろうじませとか、旅籠の者はいろいろ療法を講じてくれるが、武蔵の足は、日の経つほど腫を増して、片足はまるで材木のような重さを感じ、夜具の下に入れると熱と激痛に耐えなくなる。
つくづく考えてみると――
彼はまだ物心ついてから、病気というもので三日と寝たことの覚えがない。幼少の時、頭の脳天に――ちょうど月代の辺に疔という腫物を患って、今でも痣のような黒い痕を残しているので、彼は常に月代を剃らないことにきめているが――そのほかに病気らしい病気はしたことがなかった。
(病もまた人間にとっては強敵だ。こいつを調伏する剣は何か?)
彼の敵は、常に、彼の外にばかりはいなかった。四日ばかり仰向けに寝たままでいる瞑想の課題に、そんなことを考えたりしたが、
(あと幾日)
と、年暮に迫る暦を見、吉岡道場との約束に思い及ぼすと、
(こんなことはしていられない)
肋骨は、旺な心臓を抑えるため、鎧のように張っ来て、思わず、材木のように腫れている足で、がばと蒲団を刎ね退けてしまう。
(この敵にすら克てないで、吉岡一門に勝てるか)
病魔を組み敷くつもりで、無理に畏って坐ってみる。――痛い。気が絶え入るほど痛いのだ。
窓へ向って、武蔵は眼をつぶっている。かっかと赤くなった顔がやがて醒めてくる。彼の頑固な信念に、病魔も負けて、幾分か頭がすずやかになったらしい。
眼をひらくと、窓から真っ直に、外宮内宮の神林が展けている。その上に前山、すこし東に方って朝熊山が見え、それを繫ぐ山と山との肩の間から、群山を睥睨するように、突兀として、剣のような一峰が望まれた。
『鷲嶺だな』
武蔵は、その山と睨みあった。仰向けに寝ながら毎日見ていた鷲ケ岳である。彼は何となくこの山を見ると闘志を感じるのだった。征服慾を駆り立てられるのであった。四斗樽のように腫れた脚をかかえて寝ていると、なんとなく気に喰わない気がしてならない山の傲岸さである。
衆山を抜いて、白雲のうえに、超然としている鷲嶺の頭の尖を見ていると、武蔵は、柳生石舟斎のすがたが思い出されてならない。石舟斎という人物は、おそらくあんな感じの老人ではないかと思う。――いやいつのまにか彼は、鷲ケ岳という山が石舟斎そのもののような気がして来て、遙か雲表から、自分の意気地なさを、嘲り笑われているかのような気がするのだった。
『............』
山と睨めッこしている間は忘れていたが、ふとわれに返ると、彼はまた鍛冶の鞴の中に突ッこんでいるような足を持てあまし、
『ウウム、痛い』
思わず膝の下から横へ投げ出して、自分の物ではないような太くて丸い足くびに眉をしかめた。
『――おいっ、おいっ』
武蔵はその激痛を吐くような語勢で、旅籠の女中を、不意に呼び立てた。
なかなか来ないので、彼はまた拳固で二つ三つ畳をたたいた。
『おいっ、誰かいないか。......すぐ出立するから、勘定をして来てくれい。それと弁当、焼米、丈夫な草鞋三ぞくほど支度をたのむぞ』
神 泉
一
保元物語に見える伊勢武者の平忠清は、この古市の出生とあるが、今は、並木の茶汲み女が、慶長の古市を代表していた。
竹の柱を結い、筵編みの揚蔀に、色褪せた帳など繞らして、並木の松の数ほど白粉の女たちが出ていて、
『寄って行かっしゃれ』
『茶など、あがりゃんせ』
『そこな若衆』
『旅の衆』
往来の旅客をつかまえて、真昼も夜もけじめがなかった。
内宮へ行くには、いやでも口さがない女の群の眼を浴びたり、袂の用心をしながら歩かなければ行かれない。山田を出た武蔵もまた恐い眉と唇を持って、痛む足をひきずりながら、鈍々と、跛行をひいてここを通った。
『あれ、武者修行さん』
『足をどうなされた』
『癒してあげよ』
『さすってあげよ』
女たちは、通せんぼして、武蔵の袂をとらえ、笠をつかまえ、腕くびをとり、
『そんな恐い顔したらよい男が、だいなしになるがな』
といった。
武蔵は顔をあからめて、物もいい得ずただうろたえた。彼は、こういう敵には何の備えもないようだった。しきりと謝まってばかりいる。その生真面目ないいわけを、女たちはまた、豹の子みたいで可愛らしいといって笑う。そして白い手の暴力はやまないのである。武蔵はいよいよ狼狽して、見栄もなく、奪られた笠を捨てたまま逃げ出した。
女たちの笑い声が、並木の空をどこまでも尾いて来るような気がした。武蔵はあの白い手の群に搔き荒された血が容易に鎮まらないで困った。
彼も女性というものに決して無感覚ではいられない。彼は永い旅のあいだに、何処でもそういう困る目に遭った。ある夜は、そのために、寝ぐるしくなることさえあった。白粉のにおいを思って暴れる血を縊めころすように抑えて眠る努力は、剣の前に見る敵とはちがって彼も、どうすることもできないのである。この性の心焰が体じゅうを焼いて、寝がえりばかり打って明かす夜には、お通のおもかげさえ醜い欲情の対象に、想い出してみるほどだった。
――倖にも、彼は今、片方の脚が痛かった。少し無理に駈けたので、その脚は、まるで熔鉄の中へ踏みこんだように、かっかと熱を持って、一歩ごとに、激痛が足の裏から眼へ突き抜けて来る。
こう痛むのは、覚悟の前で出て来たことである。風呂敷づつみのように大きく縛った片足は、持ち上げるたびに、全身の力を要した。――そのため紅い唇や、蜂蜜のように粘る手や、甘酸い髪の毛のにおいやらが、すぐ頭から去って、彼は、常の彼の身に回っていた。
(くそ! くそ!)
一歩一歩、火の粘土を踏むようだった。汗が額ににじんで来る。全身の骨が、ばらばらになるかと思う。
だが、五十鈴川の流れを越え、内宮へ、一歩入ると、何か人心地がまるで変っていた。草を見ても、ここには神のけはいを感じるのであった。――何ごとの在しますかは知らねども――鳥の羽音までが人の世のものでなかった。
『ウムム......』
武蔵は遂に、苦痛に耐えかねたのであろう、風宮の前まで来ると、大杉の根へ、呻きながら、仆れて、自分の脚をじっと抱えた。
二
死んで石と化ってしまったかのように、武蔵はいつまでも動かなかった。体の内からは膿んで膨れ上った患部が火のような脈を打ち、体の外からは十二月の夜の寒気がひしひしと肌を刺した。
『............』
武蔵はやがて知覚を失っていた。一体、どういう考えの下に、突然、旅籠の寝床を蹴って飛び出してしまったのだろうか。こういう苦しみをするのは当然わかっていたことである。
蒲団の中で自然に足の癒るのを待っていては果しがないから――という病人の癇癪からとすれば、無茶も甚だしい沙汰だ、あまりといえば乱暴である、苦しむだけで、その後のよけいに悪くなるのは知れきっている。
だが、精神だけは恐ろしく張りつめているらしい。そのうちに彼は、はッと首を擡げた。鋭い眼で、虚空をにらんだ。
虚空には、神苑の杉の巨木が、ごうっと絶え間なく暗い風に鳴っていた。――が今、武蔵の耳をいたく刺戟したのは、その風の間に流れて来た――笙と篳篥と笛とを合奏せた古楽の調べであった。
さらになお、耳をすますと、その奏でのうちに、やさしい童女たちの唱歌が聞き取れる。
シダラ ウテト
テテガノタマエバ
ウチハンベリ
ナラビハンベリ
アコメノソデ
ヤレテハンベリ
オビニヤセン
タスキニヤセン
イザセンイザセン
――くそっ! と又しても武蔵は唇を嚙んで、無理に立ちあがった。自分の体が、膠のようにままにならないらしい。風宮の土塀へ、両手をかけ、手で蟹のように横へ歩いてゆく。
彼方の燈の洩れる蔀から、天界の音楽は聞えるのだった。そこは、子等之館といって、大神宮に仕える可憐な清女たちが住む家だった。おおかた、天平の昔のように笙や篳篥の楽器をならべて、その清女たちが、神楽の𥡴古をしているのであろう。
虫が歩むように、武蔵が近づいて行ったのは、その子等之館の裏口らしかった。中を覗いてみたが、誰もいないのである。――で彼は、かえってそれを気易く思ったように、帯の大小を取り外して、背の武者修行風呂敷とともに一つに絡げ、塀の内の蓑掛けの釘へ、預けるようにかけておいた。
丸腰の空身になると、武蔵は両の手を、腰の骨に当てて、すぐ跛行をひいてどこかへ立ち去った。
ほど経てからである。
そこから五、六町ほど離れている五十鈴川の岩のほとりに、一人の裸形の男が、氷を割って、ざぶざぶと水を浴びていた。
倖に神官が気づかないからよいようなものの、もし見咎められたら、
(気狂いっ)
と、叱り飛ばすに違いない。
それほどに、裸の男の水浴びは、傍から見ると気狂いじみて見えた。太平記という書によれば、その昔、この伊勢地方には、仁木義長という弓矢の大馬鹿者がいて、神領三郡に打ち入って、ここを占領し、五十鈴川の魚を漁って食らったりし、神路山へ鷹を放って小鳥の肉を炙ったりして、大いに武威を謳っているうちに気が変になったという男の話があるが――今夜の裸男に、その悪霊が憑り移ったのではあるまいか。
やがて彼は水禽のように、岩の上にあがって体を拭き着物を着こんだ。――それは武蔵であった。
鬢の毛は、そそけ立って、一すじ一すじ、針のように凍っていた。
三
この位な肉体の苦痛に勝てないで、生涯の敵に勝てるか、と武蔵は自分を叱咤するのであった。生涯はおろかなこと、やがて近い日には、吉岡清十郎とその一門という大敵に当らなければならない。
吉岡方と自分との事情は、かなり険悪でまた複雑な事情にある。今度という今度こそは、先は一門の実力と体面を挙げて自分へかかって来るにちがいない、必殺の陣を布いて、来るべき日を、
(今やおそし)
と彼らは、手ぐすね引いて、待ちかまえているに相違ないのだ。
よく強がった侍が、念仏のようにいう、必死とか、覚悟などという言葉も、武蔵の考えからすると、取るに足らないたわ言のように思える。
およそ人なみの侍が、こういう場合に立ち至った時、必死になることなどは、当然な動物性である。覚悟のほうは、やや高等な心がまえであるが、それとても、死ぬ覚悟ならば、そう難しいことではない。どうしても死なねばならぬ事態に迎えられてする死ぬ覚悟だとすれば、なお更、誰もすることである。
彼がなやむのは、必死の覚悟が持てないことではなく、勝つことなのだ。絶対に勝つ信条をつかむことである。
道は遠くない――
ここから京都まで、四十里とはあるまい、すこし踵を飛ばせば、三日を費やさずに行き着くことが出来る――だが、心の備えは、幾日かかったら出来るというものではない。
すでに名古屋から吉岡方へ、決戦状は出してあるが、その後で、武蔵は、
(肚はできているか。きっと勝ちきることができるか)
と、自分で自分に向って糺してみると、遺憾ながら、心の隅に一脈の脆い層を認めないわけに行かなかった。
それはなにかというと、やはり自身の未熟を自身知っている事だった。彼は、自分がまだ決して達人の域にも名人の境地にも到っていない、未完成の人間であることをよく知っている。
奥蔵院の日観にあい、柳生石舟斎を思い、又、沢庵坊主の出来ていることを考えても――いかに自分の価値を高く置こうとしても、
(未熟だ)
と、自分の粗質をばらばらに解して、その弱点や虚を多分に見出さずにはいられない。
そういう未熟な――まだ出来上っていない自分を押しすすめて行って、必殺の士を占めている多数の敵の中へ入ってゆくのだ。しかも勝とうというのだ。――兵法者たるものの根本的な本義として、いかによく戦っても、戦っただけではよい兵法者とはいわれない、飽まで勝つ! 飽まで天寿を全うするまで勝ち抜いて、この世に見事に生命の太い線を描いて見せなければ、兵法者として一人前に生きた者とはいわれないのである。
武蔵は、身ぶるいして、
『おれは勝つ!』
声を出して、神林をさけびながら歩き出した。
五十鈴川の上流へ向って――
磊々と重なっている岩のあいだを、彼は、原始人のように、這いすすんで行くのだった。斧を入れた例しのない太古の渓谷林には、音のしない滝がかかっていた。滝水も皆、氷柱になって凍っているのである。
四
いったい、どこへ、何を目的にして、武蔵はそんな努力を賭して行くのか。
裸で、神泉に浴した罰があたって、ほんとに気でも狂ったのではなかろうか。
『何を。何を』
鬼のような血相なのである。岩に攀じ、藤づるにつかまって、巨岩大石を、足の下に征服してゆく一歩一歩の努力というものは、到底、生やさしい意志でやれる仕事でない。それに大なる目的がかかっていなければ、正気の沙汰ということはできない。
五十鈴川の一之瀬から、約十五、六町の渓谷は、鮎すらも上れないといわれている岩石と奔湍である。それから先は、猿か天狗のほかは、行けそうもない断崖だった。
『ウム、あれだな鷲嶺は』
彼の精神状態のまえには、不可能という壁は見えないらしい。
大小や持物を、子等之館に置いて来たのはこの辺の用意であったとみえる。武蔵は断崖の藤づるへ取ッついた。一尺一尺と宙へよじ登ってゆくのであった。人間の力とは見えない。何か宇宙の引力が一箇の地上の物体を徐々と引き上げているように見える。
『ようしっ』
征服した断崖の上で、武蔵は大声を張っていった。五十鈴川の白いながれの末から二見ケ浦の渚まで、もうそこからは遙かに下に見えたのだ。
きっと、彼が眼をやった前方には、夜気に煙っている疎林の中へ、嶮峻な鷲ケ岳が裾をひいていた。――痛む足をかかえて寝ていた旅籠の一室から、毎日のように仰いでいた、気に喰わない鷲嶺のすがたへ、彼は今、こうして肉薄して来たのである。
(石舟斎だ、この山は)
武蔵は、そう思って、ここまで来た。――あの腫れ上っている脚を立てて、勃然と、旅籠を飛び出し、神泉を浴びて、ここへ攀じて来た彼の目的は、初めてそのらんらんとした眼に明らかになっている。――要するに、彼のおそろしい負けん気の底には、いまだに、柳生石舟斎という巨人が、頭へ暈をかぶせられているようで、気になってならないらしいのである。
ために、この山のすがたが、なんとなく石舟斎のように見え、足の患いに悩んでいる自分を、毎日、嘲けるかのように睥睨している山の容が、忌々しくて、
(気に喰わない山だ)
と、数日、思い積っていたので、その鬱憤をかかえて、一気に、頂きへよじ登り、
(これでもか、石舟斎め)
と、土足にかけて、踏みにじってやったら、さだめし、さばさばするだろう。またそれくらいな、自信がつかめなければ、京都の土を踏んで、吉岡方との試合に、どうして勝目があるか。
踏み敷く草も木も氷も、武蔵の足にかかるもの、敵でない物はない。――勝つか負けるか! 一歩一歩が勝敗への呼吸であった。神泉の中で氷化した五体の血が、今は熱泉のように毛穴から湯気を立てていた。
行者ものぼらないという鷲ケ岳の赤肌へ、武蔵は、抱きついていた。足がかりを捜して、足が岩へかかると、崩れてゆく砂岩が、ふもとの疎林の中で轟いた。
百尺――二百尺――三百尺――武蔵の影はだんだん空へ小さくなって行く。白雲が来てつつみ、白雲が去るたびに、その影は空のものとなっていた。
鷲嶺は巨人のように、彼のすることを冷然と視ていた。
五
蟹が岩へ抱きついたように、武蔵は山の八合目にしがみついていた。
その手でも足でもが、少しでも弛んだせつなには、彼の体は、崩れてゆく岩とともに、堕ちるところまで墜ちて行かなければ止まるまい。
『ふーッ......』
満身の毛穴が呼吸をする。ここまで来ると、心臓が口の外へ出てしまうかと思うほど苦しかった。少し登っては、すぐ休む。――そして思わず攀じのぼって来た脚下を見おろすのであった。
神苑の太古の森も、五十鈴川の白い帯水も、神路山、朝熊、前山の諸峰も、鳥羽の漁村も伊勢の大海ばらも、すべてが自分の下にあった。
『九合目だ!』
温い汗が、内ぶところからむっとにおう。武蔵はふと、母の胸に首を突っ込んでいるような陶酔をおぼえた。この荒い山の肌と自分の肌との差別がつかなくなって、そのまま眠ってしまいたくなった。
ざざざと、足の拇指をかけている岩がくずれた。彼の生命がピクと脈を打って、無意識に、次の足がかりを捜す。――もう一息というところの苦しさは言語に絶したものだった。それはちょうど、斬るか斬られるか、力の互角している剣と剣との対峙に似ている。
『ここだ。寸前だ』
武蔵はまた、山を引っ搔くように、手足をすすめた。
ここでへたばるような弱い意力や体力であるとすれば、兵法者として、ゆくすえ何日か、他の兵法者のために、敗れを取るに極っている。
『畜生』
汗が岩を濡らすのであった。自分の汗で幾たびも滑りかける程になる。武蔵の体は、一朶の雲みたいに、濛々と汗にけむっていた。
『石舟斎め』
呪文のようにいいつづける。
『日観め、沢庵坊め』
一足一足、彼は日頃自分より高い人間であると思っている者の頭を踏み越すつもりで踏みのぼって行った。山と彼とはもう二つの物ではない。こういう人間にしがみつかれたことを山霊も驚いているにちがいない。――突然、大砂利や砂を飛ばして、ぴゅうっと、山がうなった。
手で口を塞がれたように、武蔵は息が止まった。岩につかまっていても体をズズズと持って行かれそうな風圧をおぼえた。......暫らく目をつぶったまま凝と俯ッ伏していたのである。
しかし、彼の心には、凱歌がみちていた。俯ッ伏したせつなに、十方無限の天空を見たのである。しかも、うッすらと夜の白みかけた雲の海には、曙色が映していた。
『かッ、克った!』
頂上を踏んだと思う途端に、彼は意志の弦もぷつんと切れたように倒れてしまったのだ。山顚の風はたえまなく彼の背へ小石を浴びせた。
――そうして刻々、無我無性のさかいに俯ッ伏しているうちに、武蔵は何ともいえない快感に全身がかるくなって来るのを覚えた。汗でビショ濡れになっている体は頂上の大地へ慥乎と貼りついていて、山の性と、人間の性とが、この黎明の大自然の間に、荘厳なる生殖をいとなんでいるかのように、彼はふしぎな恍惚に打たれていつまでも眠っていた。
はっと、頭を擡げてみると、頭は水晶のように透明な気がする。体を、小魚のようにピチピチと動かしてみたい。
『おおうっ、おれの上にはなにものもない。おれは鷲嶺を踏んでいる!』
鮮麗な朝陽が、彼と山頂を染めていた。彼の原始人のような太い両腕は空へ突ッ張っていた。そしてたしかにこの山頂を踏みしめているところの我が二つの足をじっと見た。
ふと気がついたのである。見ればその足の甲から、青い膿汁が一升もあふれ出ているではないか。それは又この清澄な天界に、異な人間のにおいと、噴っ切れた万鬱の香気とを放っていた。
冬かげろう
一
子等之館に起臥している妙齢の巫女たちは、もちろんみな清女であった。幼いのは十三、四歳から大きいのは二十歳ごろの処女もいた。
白絹の小袖に緋の袴は、神楽をする時の正装であって、平常、ここの館で勉強したり掃除をしている時は、大口に似た木綿の袴を穿き、袂の短い着物を着て、朝のお奉仕がすむと、各々が一冊ずつの書をかかえて、禰宜の荒木田様の学問所へ、国語や和歌のお𥡴古にゆくことが日課であった。
『あら、なんじゃろ?』
ぞろぞろと裏門から今、それへ出かけてゆく清女たちの群の中で、一人が見つけ出したのである。
夜のうちに、武蔵がそこの蓑掛の釘へかけて行った大小と武者修行風呂敷。
『誰のやろ?』
『知らんがな』
『お侍さまの物や』
『それは分っているが、どこのお侍様やら?』
『きっと、泥棒が忘れて行ったのじゃろが』
『ま! さわらぬがよい』
まるい眼を瞠り合って、牛の皮を被った盗人の昼寝でも見つけたように、取り囲んで固唾をのむ。
そのうちに、一人が、
『お通様にいうて来よか』
と、奥へ走って行って、
『お師匠さま、たいへんですよ、来てごらんなさい』
欄の下から呼ぶと、寮舎の端にある一室から、お通は机へ筆をおいて、
『なんですか』
窓を開けて顔を出した。
小さい巫女は指さして、
『あそこへ、盗人が、刀と風呂敷を置いてゆきました』
『荒木田様へお届けしておいたらよいでしょう』
『だけど、みんな触るのを、怖がっているから、持って行かれません』
『まア、たいした騒ぎようですね。じゃあ後から私がお届けに行きますから、皆さんは、そんなことに道草をしないで、はやく学問所へお出でなさい』
程経て、お通が外へ出て来たころには、もう誰もいなかった。炊事をする老婆と、病人の巫女が一室にしんと留守しているだけだった。
『お婆さん、これは誰の物か、心あたりがないのですか』
お通は、そう糺してみた上で、武者修行風呂敷でくくりつけてある大小を下ろしてみた。
うっかり持つと、手から落ちそうに重かった。どうしてこんな重量のあるものを男は平気で腰にさして歩かれるかと疑った。
『ちょっと、荒木田様まで、行って来ますから』
留守の婆やにいって彼女は、その重い物を両手にかかえて出て行った。
お通と城太郎の二人が、この伊勢の大神宮へ身を寄せたのは、もう二月ほど前のことで、伊賀路、近江路、美濃路と、あれから後、武蔵のあとを捜しに捜しぬいた揚句、冬にかかると、さすがに女の山越えや雪の中の旅には耐えかねて、鳥羽の辺りで、れいの笛の指南をして逗留しているうち、禰宜の荒木田家で伝え聞いて、子等之館の清女たちへ、笛の手ほどきをしてくれまいかという話であった。
そこで指南することより、彼女はここに伝わっている古楽を知りたかったし、また、神林の中の清女たちと幾日でも暮してみることも好ましくて、乞わるるままに身を寄せたのであった。
その際、都合のわるいのは連れの城太郎であって、少年だからといってこの清女の寮に一緒に住むことは当然許されないので、やむなく彼は、昼間は神苑の庭掃きを命じられ、夜になると、荒木田様の薪小屋へ帰って眠っていた。
二
蕭々と、落葉樹の冬木立は、この世とも思えない、神苑のそよ風に鳴っていた。
一すじの煙が――その煙さえ何となく神代のもののように――疎林の中からあがっている。その煙の下には、竹箒を持っている城太郎の姿がすぐ聯想された。お通は足を止めて、
(あそこで、働いている)
と思うた。そう思うだけでも、微笑みが頰へのぼって来るのである。
あの腕白が。
あの、きかん坊が。
この頃はよく素直に、自分のいうことをきき、また、遊びたい盛りを、ああやって働いていてくれると思う。
パーン、パーンと木を折るような音が響いて来る。お通は、重い大小を両の手にかかえていたが、つい林の小道へ入って、
『城太さアーン』
すると、
やがて遙か彼方で、
『おおウいっ』
相変らず元気にみちた城太郎の返辞が聞え、間もあらずそれは駈けて来る跫音となって、
『お通さんか』
と、眼のまえに立った。
『まア、お掃除をしているのかと思ったら、その恰好は何ですか。――白丁を着ているくせに、木剣など持って』
『𥡴古をしていたんだよ。立木を相手に、剣術の独𥡴古を』
『お𥡴古は結構ですけれど、このお苑を、何と心得ているんですか。清浄と平和をあらわすためのわたくしたち日本の人々のこころのお苑ですよ。民くさの母とおまつり申しあげてある女神さまの神域です。――ですから、ごらんなさい。神苑のうちの樹木折るべからず、鳥獣殺生禁断のことという禁札が立ててあるではありませんか。その中で、お掃除役を奉仕する者が、木剣で木など折ってはいけないでしょう』
『知ってらい』
城太郎はそういって、お通のお談議へ、ばかにするなというような顔つきをした。
『知っているなら、なぜそんな物で、樹を折るんですか。荒木田様に見つかると、叱られますよ』
『だって、枯れている樹を打つならいいだろう。枯れ樹でもいけないかい?』
『いけません』
『何いってやがるんだい。――じゃあおれは、お通さんに聞きたいことがあるよ』
『なあに』
『そんなに、大切な苑ならば、なぜもっと、今の人たちが、みなして大事にしないのだい』
『恥ですね、ちょうど、それは自分のこころに、雑草を生やして置くのも同じですから』
『雑草ぐらいならよいが、雷で裂けた樹は裂かれたまま朽ちているし、暴風雨でふき仆された大木は、根を出したまま方々で枯れている。彼方此方のお社は、鳥が来て、屋根を突ッつくものだから、雨が漏っているようだし、廂の壊れているところだの、曲っている燈籠だの――どうしてこれがそんなに大切な所と見えるかい? え、お通さん、おれは聞きたいね――大坂城は摂津の海から見ても燦爛と光っているじゃないか。徳川家康は今、伏見城を始め諸国に十幾つも巨きな城を築かせているというじゃないか。京都、大坂、どこの大名や金持の邸をのぞいても、住居はぴかぴかしているし、庭は利休だの遠州だのって、塵一つさえ茶の味に触るなんていっているのに――ここが、こんなでいいものかね。この広い神領に箒を持っているのは、おれと、白丁を着たつんぼの爺さまと、三、四人しかいないんだぜ』
三
お通は、くすりと白い顎を掬って、
『城太郎さん、それはお前、いつか荒木田様が仰っしゃった講義の時のおはなしと、そっくりじゃないの』
『あ、お通さんもあの時、聞いてた?』
『聞いていましたとも』
『じゃ駄目だ』
『そんな請売りは、通用しませんよ。――だけれど、荒木田様がそういって嘆くのはほんとだと思います。城太郎さんの請売りには感心しないけれど』
『まったくだ。......荒木田様にいわれてみると信長も、秀吉も、家康も、みんな偉くない気がしちまう。偉いには違いないんだろうけれどさ、天下を取っても、その天下で、自分だけが偉い頂上だと考えていることが、偉くないや』
『でも、まだまだ信長や秀吉は、ましな方なんです。世間と自分への言い訳だけにでも、京都の御所をしつらえたり、人民をよろこばしたりもしていますからね。――ところが足利氏の幕府だった永享から文明年間なんて、たいしたものでした』
『へ? どういう風に』
『その間には応仁の乱なんていう年があったでしょう』
『ウム』
『室町幕府が無能だったので、内乱ばかり起って、力のある者と力のある者とが、自分たちの権力ばかり通そうとし、人民たちは一日とて、安き日もなかったほどですから、国のことなんか、まじめに考えてみる人もありません』
『山名、細川なんかの喧嘩だろう』
『そうそう、戦を、自我のためにばかりしていました。手のつけられない私闘時代。――その頃、荒木田様の遠い先は、荒木田氏経といって、やはり代々、この伊勢の神主さまを勤めていたんですが、世の中の我利我利武者が、わたくしの喧嘩ばかりしているために、応仁の乱の頃からは、たれもこんな所をかえりみる者がなく、古式も御神事もすっかり廃れてしまったのです。それを前後二十七度も、政府に嘆願して、ここの荒廃をおこそうとしたのですが、朝廷には費用がなく、幕府には誠意がなく、我利我利武者は、自分たちの地盤争いに血まなこで、捨てて省みる者もなかったということです。――氏経様は、その中を、時の権力や貧苦とたたかい、諸人を説きあるいて、やっと明応の六年ごろ、仮宮の御遷宮をすることができたというのです。――ずいぶん呆れるじゃありませんか。――だけど、考えてみると、私たちも、大きくなると、この体の中に、母の乳がながれて赤くなっていることは忘れてしまっていますからね』
すっかりお通に熱心に喋舌らせてしまってから、城太郎は手をたたいて飛び退き、
『アハハハ。あははの、あははだ。おれが黙って聞いていれば知らないと思って、お通さんのもみんな、請売りじゃないか』
『あら、知ってたの、――人が悪い!』
と打つ真似をしたが、両の手にかかえている大小の重さに、ただ一足追って、笑いながら睨んだ。
『オヤ』と、城太郎は寄って来て、
『お通さん、その刀誰のだい? ......』
『いけませんよ手を出しても、これは他人の物ですから』
『奪りやしないから、見せてごらんよ。――重そうだね。大きな刀だね』
『そらごらん、すぐほしそうな眼をするくせに』
四
ばたばたと小走りに草履の音が後へ来ていた。先刻、子等之館から出て行った稚い巫女の一人で、
『お師匠さま、お師匠さま。あちらで、禰宜様が呼んでいらっしゃいますよ。何か、お頼みがあるんですって』
と、お通へ呼びかけ、お通が振向くとすぐにまた、元のほうへ走って行った。
城太郎は、何か、びくっとしたように、四辺の樹々を見まわした。
冬の樹洩れ陽は、さざ波のように、戦ぐ梢から大地へこぼれていた。城太郎はその光の斑の中に、凝と、何か幻想でも描くような眼をしていた。
『――城太さん、どうしたんです。何をきょろきょろ見まわしているの』
『......なんでもない』
さびしげに城太郎は指を嚙んだ、そしてこういった。
『今、あっちへ行った娘が、いきなりお師匠様と呼んだろう。......だから、おいらは、自分のお師匠さまかと思ってさ。――どきっとしたんだよ』
『武蔵さまのことで』
『あ、あ』
唖のように、城太郎が空虚な返辞をすると、お通はさなきだに悲しくなってしまって、途端に、嗚咽したいようなものが、眼とも鼻ともわからない感情の線をつき上げて来るのだった。
――そんなこと、いい出してくれなければよいのに、と城太郎の無心にいったことばが辛くて恨めしくなってしまう。
一日として、武蔵をわすれ得ないことが、お通には苦しい重荷だった。なぜそんな重荷は捨ててしまわないのか――そして平和な郷で、よい女房になりよい子を生もうとしないのか――と彼の無情な沢庵はいうが、お通の耳には、恋を知らない禅坊主を憐れむ心こそ起るが、抱きしめている今のものを、心から捨てたいなどとは夢にも思われないのである。
恋は、虫歯のように、どうにもならない傷みを持つ。ふとまぎれている間こそ、お通も何気なくしているが、思い出すと、矢もたてもなくなって、的がない迄も、諸国諸街道を足にまかせて捜し歩き、武蔵の胸へ顔を当てて泣きたい。
『......ああ』
お通は、黙って歩きだした。――何処に、何処に、何処に? ――およそ生きとし生ける者の数多な悩みのうちでも、焦れたくて、やるせなくて、どうにもならない悶えは、会えない人に会わんとする人間の焦操であろう。
ポロリと、涙をこぼしながら、お通は自分の胸を抱きしめて、黙々と足を運んでいた。――その手とその胸との間には、汗くさい武者修行風呂敷と、柄糸の腐っているような重い大小がかかえられている。
だがお通は、知らなかった。
うす汚ないその汗のにおいが、武蔵の体の物であるなどとどうして考えられようか。重いという感じのほか、お通は持っていることさえうっかりしていた、心のすべてを武蔵のことに占められて。
『......お通さん』
城太郎は、彼女の後から済まない顔して従いて来た。禰宜の荒木田様の門の内へ、彼女のさびしそうな背が隠れかけると、たもとへ飛びついて、
『怒ったの? 怒ったの?』
『......いいえ、なにも』
『ごめん。――お通さん、ごめんね』
『城太郎さんのせいじゃありませんよ、又わたしの泣きたい虫が起ったんでしょう。わたしは、荒木田様の御用を伺って来ますから、おまえは、あちらへ戻って、一生懸命にお掃除をなさいね』
五
荒木田氏富は、自分の邸を学之舎と名づけて、学校に当てていた。そこに集まる生徒は、ここの可愛らしい巫女のみに限らない、神領三郡のさまざまな階級の子が四、五十人ほど通って来る。
氏富は、今の社会ではあまりはやらない学問をここで幼い者たちに教えていた。それは文化のたかいという都会地ほど軽んじられている古学であった。
ここの子女が、その学問を知ることは、この伊勢の森がある郷土としても、ゆかりがあるし、国総体の上からも、今のように、武家の盛大が、国体の盛大かのように見えて、地方のさびれ方が、国のさびれとは誰も思わないような世の中に、せめて、神領の民の中にだけでもこころの苗を植えておけば、いつかは生々とこの森のように、精神の文化が茂る日もあろうか――という、これは彼の悲壮な孤業なのであった。
むつかしい古事記や、中華の経書なども、氏富は、子どもの耳になじむように、愛と根気をもって毎日話した。
氏富が、そんなふうに、十数年、倦むことなく、教育しているせいか、この伊勢では、豊臣秀吉が関白として天下を掌握しようが、徳川家康が征夷大将軍となって、威をふるって見せようが、世間一般のように、英雄星を太陽とまちがえるような錯誤は三歳の童児も持っていない。
――今、氏富は、その学之舎のひろい床から、すこし汗ばんだ顔をして出て来た。
生徒たちは、そこを出ると、蜂の子のように帰って行った。すると一人の巫女が、
『禰宜さま、お通さまが、あちらで待っておりますよ』
と告げた。
『そうそう』
氏富は思いだして、
『呼びにやっておきながら、すっかり、忘れていた。どこへ来ているか』
お通は、学問所の外に立って、あの大小をまだ抱えたまま、先刻から氏富が子供たちへ熱心にしている話を、そこで聞いていたのであった。
『――荒木田様、ここにおります。お通でございますが、何か、御用でございましょうか』
六
『お通さんか、待たせて済まなかったの。まあお上り』
氏富は、自分の居間へ彼女を導いて行ったが、坐らぬ前に、
『なんじゃ?』
と、彼女の抱えている大小へ目をみはった。
今朝、子等之館の内塀の蓑掛に、持主の知れないこの大小がかけてあって、他の品物とちがい、巫女たちが気味悪がるので、自分が届けに持って来たのですと話すと、荒木田氏富も、
『ホ? ......』
白い眉を顰め、いぶかしげに眺めていたが、
『参拝人のものでもないのう』
『ただの参拝人が、あんなところへ入って来るわけはありません。それに、ゆうべは見えなかったのに、今朝がた稚児たちが見つけたのですから、塀の内へ入って来たのも夜半か夜明らしいのです』
『ふウむ......』
嫌な顔をして、氏富は、口のうちで呟いた。
『ことによるとわしへ思い当るように、神領郷士の者が、嫌がらせにした悪戯かも知れぬな』
『そんな悪戯をしそうな者のお心当りがあるのですか』
『ある! ......実はお汝に来てもろうたのもその相談じゃが』
『では何か、私に関りのあることで』
『気持を悪くなさるまいぞ――こういうわけじゃ。お汝の身を、あの子等之館へ置いておくのがよろしくないというて、わしの身を思うてくれるあまり、わしに喰ってかかかる神領郷士の者がある』
『ま、私のために』
『なんの、お汝がそう済まん顔をする理由はちっともない。しかし、世間眼というもので見ると――怒りなさるなよ......お汝はもう男を知らぬ清女ではない――清女でもない女を子等之館へ置くのは神地を穢すものだと――まアこういうのじゃな』
氏富は淡々と話しているが、お通の眼のうちには、口惜しげな涙がいっぱいに光った。誰に向って怒りようもないそれは無念さだった。しかしまた、旅に馴れ、人に馴れ、そして垢のように年月古い恋を心につけて世間をさまよっている女を――世間がそう見るのは当り前かも知れないとも思う。だが、それにせよ、処女が処女でないといわれることは、忍び難い恥辱をあびたように身が顫くのだった。
氏富は、それほどの問題とは考えていないらしい。けれど、人の口が兎角うるさいし、もう数日のうちには初春ともなるのだから、この辺で、巫女たちの笛の指南は打切りにしてもらいたい――つまり子等之館を出てくれまいかという相談であった。
元より最初から長居をするつもりはないし――氏富にそういう迷惑がかかっていては猶更のこととも考え、お通はすぐ承知して、ふた月余りの恩を謝して、今日にも先の旅へ立ちまする――と答えると、
『いや、そう急がないでもよいのじゃが』
氏富は、いい出したものの、薄々聞いていた彼女の身上に、ひどく気の毒な心地もして、どう慰めたものかと案じるように、貧しげな手文庫を寄せて、何かつつんでいた。
お通の影のように、いつのまにか後の縁へ来ていた城太郎は、その時、そっと首を伸べて囁いた。
『お通さん、伊勢を立つの。おらも一緒に行こうね。――もうここの掃除は飽き飽きしていたところだ、ちょうどいいや、ネ......ちょうどいいよ、お通さん』
七
『わしの寸志じゃ......まことに薄謝だが、お通さん、路銀のたしに納めてくだされ』
手文庫の貧しい中から、氏富は、いくらかの金をつつんでそこへ出した。
お通は、滅相もないという顔つきで、手も触れない。子等之館の巫女たちへ笛を指南したといっても、自分もふた月ほどの間、多分なお世話になっている。謝礼をいただく位ならばこちらからも宿料を置いてゆかねばなりませんと断ると、氏富は、
『いやその代りに、お通さんがこれから先、京都の方へ立ち廻られた時、ついでに頼み申したい用事もあるのじゃから、それも承知してもらったり、これも納めて置いてもらわねばならん』
『お頼みのことは、何でもいたしますが、これはお志だけでたくさんです』
強って、さし戻すと、氏富は彼女のうしろにいる城太郎を見つけて、
『オオこれ、それでは、これはお前にあげるから、道中、何ぞ買物でもするがいい』
『ありがとうございます』
城太郎はすぐ手を出して、自分の手に納めてしまって後、
『お通さん、もらって置いてもいいで』
と事後承諾を求めたので、お通もせんかたなく、
『すみませぬ』
と礼をいう。
氏富は満足して、さて、
『頼みというのは、お汝たちが、京都へ行った折に、これを堀川の烏丸光広卿のお手許まで届けてほしいのじゃが』
と、壁のちがい棚から、ふた巻の絵巻物を取り下ろして、
『おととしの頃、光広卿から頼まれて、ようようこのほど描きあげたわたしの拙ない絵巻じゃが、詞書を光広卿が遊ばして、献上するお心と聞いておる。ただの使や、飛脚の者の手に託しては、それゆえに、心もとないのじゃ。雨にもよごれぬよう、不浄なこともないように、お汝たちが、大事にとどけてくれまいか』
これはまた、思いがけない大役と、お通はちょっと当惑顔であった。しかし、否むわけにもゆかず承知すると、氏富は、べつに作って置いたらしい箱と油紙などを取り寄せ、それを包んで封にする前に、いささか自慢でもあり、また自分の作品を人手に渡す名残りも惜しまれるらしく、
『どれ、ちょっと、お汝たちにも、見せてやろうかの』
と、二人の膝のまえに、その絵巻を繰り展げた。
『ま!』
思わずこうお通は声を放ってしまった。城太郎も大きな眼をして、絵の上へのしかかるように首をつき出した。
まだ詞書がついていないので、何の物語を絵にしたものかわからないが、そこに描かれてある平安朝の頃の風俗や生活が土佐流のこまかい筆と、華麗な絵具だの砂子に彩られて、次から次へと、眼も飽かさず展げられて行くのであった。
絵はわからない城太郎でさえ、
『ああ、この火はいいな。この火は、ほんとに燃え上がっているようだ......』
『手でさわらずに見ておいで』
息をひそめて、二人がそれへ心を奪われているところへ、庭口から廻って来た社家の雑掌が、何か、氏富へ向って話していた。
氏富は、雑掌のいうことを聞いて、うなずきながら、
『ム......そうか、疑わしい者ではあるまい。だが念のためじゃ、当人から一札取って渡してやるがよいぞ』
そういって、お通がさっきここへ抱えて来た大小と、汗くさい武者修行風呂敷とを、その雑掌の手へ持たせてやった。
八
笛の先生が急に旅立つと聞いて、子等之館の清女たちは、ひとしく寂しい顔をして、
『ほんと?』
『ほんと?』
お通の旅姿を取り巻き、
『もうここへは帰らないんですか』
と、姉に別れるように悲しんでいう。そこへ城太郎が、
『お通さん、支度出来たよ』
と裏の土塀の外で呶鳴る。
見れば、白丁を脱いで、いつもの裾の短い着物に、腰には木刀を横たえ、荒木田氏富から大事にといわれて、二重三重に包んだ例の絵巻物の入っている箱を風呂敷で背中へ斜に背負いこんでいる。
『まあ、早いんですね』
お通が窓から答えると、
『早いさ。――お通さんはまだかい、女と歩くとお支度が長いからなあ』
そこの門から内へは、男と名のつく者は一歩も入れない規則なので、城太郎は暫しの間、陽なたぼっこをしながら、霞む神路山の方へ欠伸をしていた。
ちょっとの間でも、彼の潑剌とした神経は、すぐ退屈をおぼえるらしく、じっとしていられないらしい。
『――お通さん、まだ?』
館の内では、
『今すぐに行きますよ』
そのお通も、すっかり支度はすんでいたのであるが、わずかふた月でも起臥をともにして、しかもよい姉様のように親しんでいた人を、旅に奪われるとなると、生徒の巫女たちは、一抹の哀愁にとらわれて、なかなかお通を離さないのである。
『――また参りますからね、皆さんも御機嫌よう』
果して、もういちど来る日があるだろうか、お通は、噓をついている気がする。
巫女たちのうちには、すすり泣く者さえあって、一人が、五十鈴川の神橋のたもとまで送って行こうというと、一も二もなく気が揃って、お通を囲みながら外へ出て来た。
『あれ?』
見ると、あんなに急いていた城太郎がいないのである。小さい唇へ手をかざして、巫女たちが、
『城太さあん』
『城太さあん』
お通は、彼の習性をよく知っているので、そう心配はせず、
『きっと焦れったがって、神橋のほうへ、独りで先に行ってしまったんでしょう』
『意地悪ッ子ね』
そして一人が彼女の顔をのぞき上げながら、
『あの子、お師匠さまの子?』
と、訊いた。
お通は笑えなかった。思わず真面目になって、
『何ですって、あの城太さんが私の子かというんですか。私はまだ、初春を迎えて、やっと二十歳を一つ越すんです。そんなに年を老って見えますか』
『でも、誰かがいいましたよ』
お通は、氏富が話した世間の噂を思い出して、ふとまた腹が立った。けれど、世間のすべてがどういおうと、自分を信じてくれる者は一人でいい、彼の人さえ信じてくれたらそれでいいと思う。
『ひどいや! ひどいや! お通さんは』
先へ行ったと思った城太郎が、その時、後のほうから駈けて来て、
『人を待たせておいて、黙って先へ行ってしまうなんて。ひどいじゃないか』
と、口を尖らす。
『だっていないんだもの』
『いなかったら、捜してくれる親切ぐらいあってもいいだろう。おれは、鳥羽街道のほうへ、武蔵様に似た人が行ったので、オヤッと思って、見に行ったんだ』
『えっ、武蔵様に似た人?』
『ところが、人違いさ、――並木まで出て、後姿を見ると、遠方からでも分るほどな跛行と来ていやがる。......がっかりしちまッた』
九
こう二人が旅を歩いていれば、城太郎が今舐めたような苦い幻滅は、毎日経験することであって、ふと摺れちがう袂にも、もしや? と思い、後姿が似ていると見ては前へ駈け抜けて振返り、町の二階家にチラと見た人影にも、先に出た渡舟のうちに見える似た人などにも――馬の上、籠の中の人間、およそすこしでも武蔵の姿をどこかで想わせる者を見れば、
(おやっ?)
と、動悸を打たせて、それを確めるまでの努力と、はかない後の落胆に、さびしい顔を見あわせたことが、何十遍かわからない。
それ故に、お通も今――城太郎がひどくがっかりしている程には、彼の話に執着を持たなかった。
殊に、跛行の侍と聞いたので、こともなげに笑ってしまい、
『それは、ご苦労様でしたね。旅の首途から機嫌わるくすると、しまいまで不機嫌がつづくというから、仲をよくして出かけましょう』
『この娘たちは――』
と、城太郎は、ぞろぞろ従いて来る巫女たちをぶしつけに見まわして、
『――何だって、一緒に来るんだろう』
『そんなことをいうものじゃありません、名残を惜しんで、五十鈴川の宇治橋まで、見送って下さるんです』
『それは、ご苦労でしたね』
お通の口真似をして、城太郎はみんなを笑わせる。
彼を加えてから、それまでは離愁につつまれて、しめッぽい顔して歩いていた巫女たちの群も、急に華やいで、
『お通さま、お師匠さま、そっちへ曲がっては道がちがいますよ』
『いいえ』
お通は承知らしく、玉串御門のほうへ廻って、遙な内宮正殿のほうへ向い、かしわ手を鳴らして、暫らく頭を下げていた。
それを見て、城太郎は、
『ア、なるほど、神さまへお暇乞いをしてゆくのか』
と、つぶやいたが、遠くから見ているだけなので、巫女たちは、彼の背中や肩を指で突いて、
『城太さんは、なぜ拝んで来ないの』
『いやだい、おれは』
『いやだなんて勿体ない、口が曲がりますよ』
『きまりが悪いや』
『神様を拝むのがなぜきまりが悪いんですか。町中にあるあだし神や流行り神とはちがって、自分たちの遠いお母さんも同じ神さまとおもえば何でもないではありませんか』
『分ってるよ、そんなこと』
『じゃあ、拝んでらっしゃい』
『いやだよ』
『強情ね』
『お茶ッぴい! お杓子! 黙ってろい』
『まあ!』
それにつれて、同じお下げ髪がみんな、眼をまろくして、
『まあ――』
『まあ――』
『ずいぶん怖い子ね』
そこへ、お通が、遙拝をすまして戻って来て、
『どうしたの? 皆さん』
問われるのを待ちかまえて、
『城太さんが、私たちを、お杓子ですって。――そして、神様なんて拝むのは嫌なこッたっていうんですよ』
『いけませんね、城太さん』
『なにさ』
『いつかお前の話には、大和の般若野で、武蔵様が宝蔵院衆と戦いになろうとした時は、思わず、神様と大声をあげて空へ掌を合わせたというじゃありませんか。あそこへ行って拝んでいらっしゃい』
『だって......。みんなが見てるんだもの』
『じゃ皆さん、後を向いていてお上げなさい、私も、後を向いているから――』
と、一列に揃って、城太郎のほうへ背中を向けた。
『......いいでしょう、これなら』
お通がいったが、返辞をしないので、そっと背の方をのぞいてみると、城太郎は駈け足で玉串御門の前まで行き、そこに立って、ぴょこんとお辞儀をした。
風 車
一
冬の海へ向って、つぼ焼やの縁台へ腰かけ、足拵えを直しているのは武蔵であった。
『旦那、島巡りの相客があるがのう、まだ二人ほど足らんのじゃ、乗ってくださらぬか』
と、船頭がそこへ突っ立ってすすめていた。
貝を入れた籠を腕にかけて、ふたりの海女も先刻から、
『旦那はん、お土産に、貝を持って行かしゃれ』
『貝を買うておくれなされ』
『............』
武蔵は、血膿によごれた足のボロを解いていた。あれほど悩ませた患部は、すっかり熱も腫れもひいて、平べったくなっていた。白くふやけた皮に、ちりめん皺が寄っているだけだった。
『いらない、いらない』
手を振って、海女や船頭を退けながら、彼は、ふやけたその足で砂を踏みしめ、波打際へ行ってザブザブと潮の中へ足を浸した。
この日の朝から、彼は足の苦痛をほとんど忘れたばかりでなく、体について、健康を考えないほど健康な気力に充ちていた、それに伴う心の据わり方が違って来たことももちろんであるが、彼自身は、一本の脚の苦熱が癒った事実よりも、今朝抱いている心境が、昨日よりたしかに一日育っていることのほうを、自分でも認め、また、自分へ対しての限りなき欣びとしていた。
つぼ焼やの娘に、革足袋を買わせにやり、新しい草鞋をつけ、彼は足で大地を踏みしめてみた。まだ跛行をひく癖がどこか、抜けないし、多少痛む気もするが、いうに足らない程度である。
『渡舟の者が、呶鳴っておりますがの。旦那は大湊へお越しになるのではございませぬか』
さざえを焼いている老爺に注意されて、
『そうだ。大湊へ渡れば、あれから津へ行く便船が出るはずだな』
『はあ、四日市へでも、桑名へでも』
『おやじ、今日はいったい、年暮の幾日であったかなあ』
『はははは、よい御身分でござらっしゃるの、年暮の日をお忘れか、きょうはもう師走の二十四日でござりますわい』
『まだそんなものか』
『お若い方はうらやましいことを仰っしゃる』
高城の浜の渡船場まで、武蔵は駈けるように歩いた、もっと駈けてみたい気がするのである。
すぐ対岸の大湊へ行く船はいっぱいだった。――その頃ちょうど、巫女たちに見送られて、お通と城太郎とは五十鈴川の宇治橋を、手を振り、たがいに別れを惜しみつつ越えていたかも知れない。
その五十鈴川の水は、大湊の口へながれ入っているが、武蔵を乗せてゆく渡舟の櫓音は、ただ無心な諧音の波を漕いで行く。
大湊からすぐ便船に乗り換えるのだった。尾張まで行くその船には、旅客が大部分で、左手に古市や山田や松坂街道の並木を見ながら、やんわりと大きな帆が風をつつんで、伊勢の海のうちでも穏やかな海岸線を悠長にすすんでいた。
陸路をとって、同じ方角へ、街道を歩いているお通や城太郎の足どりと、どっちが早く、どっちが遅いともいえない。
二
松坂まで行けば、この伊勢の出身者で、近ごろの鬼才と称われる神子上典膳のいることは分っているが、武蔵は思い止まって、津で降りる。
この津の港で降りる時に、ふと前を歩いてゆく男の腰に、二尺ほどの棒が武蔵の眼についた。
鎖が巻きつけてあるのである。鎖の先には分銅がついている。そのほかに一本の革巻の野太刀を差し、年頃四十二、三はたしかなところ。武蔵にも劣らぬ色の黒さの上にあばたがあり、髪の毛は赤くてしかも縮れている。
『親方、親方』
後から彼をそう呼ぶ者がなければ、誰がどう見ても、野武士としか見えなかったが、船から一足おくれて追いついて来た者を見ると、十六、七歳の鍛冶屋の小僧で、鼻の両わきに煤をつけ、肩に、柄の長い鉄槌をかついでいた。
『待ッとくんなさい、親方』
『はやく来い』
『船へ、鉄槌を忘れちまったんで』
『商売道具を忘れたのか』
『かついで来ましたよ』
『あたり前だ、もし忘れなんぞしたら、頭の鉢を割ってやる』
『親方』
『うるせえな』
『今夜は、津へ泊るんじゃねえんですか』
『まだ、たっぷり陽があるから、泊らずに歩いちまおう』
『泊りてえな、旅仕事に出た時ぐらいは、楽をしたいな』
『ふざけるなよ』
船から町へ入る旅客の通り道に、ここでも抜け目なく宿引や土産物屋が関を作っている。
鉄槌を担いでいる鍛冶屋の徒弟は、そこでまた、親方の姿を見失ってしまい、人混の中でキョロキョロしていたが、やがて親方はそこらの店で眼についた弄具の風車を買って来て彼の前に現われ、
『岩公』
『ヘイ』
『これを持って行け』
『風車ですね』
『手に持っていると、人にぶつかって壊されるから、襟くびに挿して歩け』
『おみやげですか』
『ム......』
子どもがあると見える。幾日かの旅仕事を終えてこれから帰る家に、何よりの楽しみが、その子どもの笑顔を見ることなのであろう。
岩公の襟くびで廻っている風車が心配と見え、親方は、時折それを振向いて先へ歩いて行った。
偶然にも、武蔵の行こうとする方角へ方角へと、同じ道を先へ踏んで行く。
(ははあ......)
そこで武蔵は頷くところがあった。――この男にちがいないと。
けれどまた、世間には、鍛冶屋も多いし、鎖鎌を帯びている者も少くはないので、なお念のため、後になり先になりして、それとなく注意していると、道は、津の城下を横切って、鈴鹿の山街道へ次第にかかって行くし、断片的に耳に入る二人の会話でも、武蔵はもう疑いなしと思い、
『梅畑までお帰りか』
と、話しかけてみた。膠のない口吻で、
『あ。梅畑へ帰るが』
『ではもしや、宍戸梅軒殿ではないか』
『ふうむ......よく知っているのう。おれは梅軒だが、おめえは?』
三
鈴鹿を越えて水口までから江州草津へ――この道筋は、京都に上るには当然な順路であるので、武蔵はつい先頃、通ったばかりのところであるが、年暮いっぱいに目的地へ着き、初春はそこで屠蘇も酌みたし――という気持もあって、真っ直に来たのであった。
この間、尋ねて行って、留守を食った宍戸梅軒には、他日の折があればとにかく、強いて出会おうという執着も失せていたが――ここで計らずも会ってみると、これはどうしても梅軒の鎖鎌なるものを一見する宿縁の深いものといわなければならない。
『よほど、ご縁があるとみえる。実は、過日お留守に、雲林院村の尊宅へうかがって御内儀とお会い申した――宮本武蔵という修行中の者ですが』
『ああそうか』
梅軒は、どういうわけか、心得顔で――
『山田の旅籠に泊って、おれと試合をしたいといっていた者か』
『お聞きですか』
『荒木田様の処へ、おれが行っているかと問い合せを出したろう』
『出しました』
『おれは、荒木田様の仕事で行ったには違いないが、荒木田様の家になどいるわけはない。神社町の仲間の仕事場を借りて、おれでなければ出来ない仕事を片づけていたのだ』
『あ......それで』
『山田の旅籠に泊っている武者修行が、おれをさがしているとは聞いたが、面倒くさいので抛っておいた――それはおめえだったのか』
『そうです。鎖鎌の達人とか、噂を聞いて』
『はははは、女房と会ったかい』
『御内儀が、ちょっと、八重垣流の仕型をお見せくだされたが』
『じゃあ、それでいいじゃないか。なにも、おれの後を追っかけて、試合してみるにも及ぶまい。おれがしてみせても、あの通りだ。――それ以上を見せてもいいが、見た途端に、おめえは冥途に行っていなければならねえしな』
留守をしていた女房もさる者であったが、この亭主も傲慢な天狗である。兵法と傲慢とは、どこへ行ってもつき物のように鼻につくが、それ程な自尊心もなくては、刃物と天狗の上に住んでいられない理由もある。
武蔵にしても、もうそういう梅軒を、心のすみでは呑んでいる気概が十分にある。けれど、彼には見境いのない鵜呑みは出来なかった。それは、人生への出発の第一歩に、世間には幾らも上手がいるぞという実例を、グワンと喰らわせてくれた沢庵の訓えがあるし、また、宝蔵院や小柳生城を踏んであるいた賜である。
気概と自尊心をもって、先ず相手を呑んでかかる前に武蔵は、細心な眼と、あらゆる角度から、相手の価値を計ってみる。時には臆病なほど、卑屈なほど、応対の態度には下段の構えをとっておいて、
(この人間はこのくらい)
と、見極めのついた後でなければ、滅多に、先の言葉や物腰の不遜に対して、自分の感情をみだすようなことはなかった。
『はい』
と、青年らしい下段の返辞をして、
『仰しゃる通り、御内儀から拝見しただけで、十分、勉強にはなりましたなれど、なお、ここでお目にかかった御縁をもって鎖鎌についての御意見でも伺えれば、有難いとぞんじまするが』
『話か。――話だけならしてやってもいい。今夜は、関の宿へ泊るのか』
『そう思いましたが、おさしつかえなければ、ついでのことに、尊宅へ、もう一宿、お許しくださるまいか』
『旅籠じゃねえから、夜具はないぜ。そこの岩公と寝る気なら、泊ってゆくさ』
四
そこへ着いたのは夕刻。
紅い夕雲の下に、鈴鹿山の山ふところの部落は、湖のように明るく沈んでいた。
岩公が先へ駈け出して告げたので、鍛冶が家の軒端には、見覚えのあるいつぞやの女房が子を抱いて出て、父のみやげの風車を子とともに差し上げ、
『ほら、ほら、ほら。父が彼地から帰って見えた。父が見えたろ、父が――』
傲慢の化物みたいな宍戸梅軒も遠くから子を見て、飴のように相好をくずし、
『ホイ、ホイ。――坊やか』
手をあげて、五本の指を踊らせて見せる。旅帰りだから仕方がないが、この夫婦は、やがて家の中に坐ると、その嬰ン坊と、べつな話で持ち切って、共に着いて今夜の一泊をたのんだ武蔵などは眼中にない。
やっと、飯時になって、
『そうそうあの武者修行にも、飯をやれ』
と梅軒は思い出したように、仕事場の土間にまだ草鞋も解かず、鞴の火にあたっている武蔵を見て、女房にいいつけた。
女房もまた、愛想がなく、
『あの衆は、この間も留守に来て、泊って行ったのだに』
『岩公と一緒に寝かせてやれ』
『いつぞやは、鞴のそばに、筵を敷いて寝てもろたのじゃ、今夜もそうしてもろたがいい』
『おい、若いの』
梅軒の向っている炉には、酒が暖めてあった。杯を、土間へ向けて、
『酒をのむか』
『嫌いではありません』
『一杯のめ』
『はい』
武蔵は、土間と部屋のさかいに腰かけ、
『頂戴いたします』
と、杯に礼をして唇へ入れた、酢みたいな地酒だった。
『御返杯を』
『まあ、それは持っていねえ、おれはこっちの杯で飲むから――時に武者修行』
『はっ』
『幾歳だい、若いようだが』
『明けて、二十一歳を迎えます』
『故郷は』
『美作です』
――というと、宍戸梅軒の外れていた眼が、武蔵の全姿をきびしく見直した。
『......さっき、なんとかいったな......名だ......名だ......おめえの名だ』
『宮本武蔵』
『武蔵とは』
『たけぞうと書きまする』
そこへ女房が、汁の椀、漬物、箸と飯茶碗を持って来て、
『おあがり』
と、筵の上へ直かに置く。
『そうか......』
宍戸梅軒は、ふた息も間を措いてから、独り語のように頷いて、
『さ、熱くなった』
と、武蔵の杯へ酌ぎ、唐突にこうたずねた。
『じゃあおめえは、たけぞうが幼名だったのか』
『そうです』
『十七歳頃にも、そう呼んでいたか』
『はい』
『十七歳の時に、おめえ、又八という男と、関ヶ原の戦へ出やしなかったか?』
武蔵は、ちょっと驚いて、
『御主人には、よう御存じでございますな』
五
『――知っているさ、おれも関ケ原では働いた人間だ』
そう聞いてから、武蔵も親しみを覚え、梅軒も急に態度を変え、
『どこかで見たように思っていたが、じゃあ戦場で会っているんだ』
と、いった。
『すると、御主人には、やはり浮田家の陣所に』
『おれはその頃、江州野洲川にいて、野州川郷士の一まきと、御陣借をして合戦の先手になっていたのさ』
『そうですか、じゃあ、顔ぐらいは合せていたでしょう』
『おめえの連れの又八はどうしたい?』
『その後、会いません』
『その後とは、どこからのその後? ......』
『合戦の後、しばらく伊吹のある家に匿まわれて、傷の療治をしていましたが、その家で別れて以来のことです』
『......おい』
子を抱いて、もう寝床へ入っている女房へ、
『酒がなくなった』
『もう、おしまいでしょう』
『ほしい、もう今程』
『今夜にかぎって、どうしてそんなに』
『話が、だいぶおもしろくなって来たのだ』
『もうありません』
『岩公』
土間の隅へ向って呼ぶと、そこの板壁の向う側で、犬でも起きるようにガサガサ藁の音をさせ、
『親方、なんだえ』
と、潜って出られるほどな戸を押し開けて顔を出した。
『斧作んとこへ行って、酒一升借りて来う』
武蔵は、飯茶碗を持って、
『お先にいただきます』
すると、
『待ちねえ』
あわてて、梅軒は、箸を持っている彼の腕くびをつかんだ。
『折角、酒を取りにやったものを――』
『拙者のためなら、どうぞお止しください。これ以上は、飲めません』
『まあいいわさ』
と強いて、
『そうそう、鎖鎌について、おれに聞きたいといったが、おれの知る限りは、何なと話そう。それにしても、酒でも飲みながらでなくっちゃあ』
岩公はすぐ戻って来た。
壺から、銚子へ移して、炉の火にあたためながら、梅軒はもう自分の知識を傾けて、鎖鎌の戦に利のあることを力説していた。
――この鎖鎌を持って敵に当る場合、何より強味の多い点は、剣とちがって、敵に防禦の遑を与えないことである。また直接に敵へ当るまえに、敵の所持している武器を鎖で絡んで奪い飛ばしてしまう利もある。
『こう、左に鎌、右に分銅を持つとする――』
梅軒は、坐ったまま、型をして見せ、
『――来れば、鎌をもって受け、受けたせつなに、敵の面へ、分銅を返す。それも一手』
とまた、構えを違えて、
『こうなる場合――こう敵と自分と間をおいて立つ時は――相手の獲物を巻き取るのがこっちの目的、太刀、槍、棒、何へ向ってもそれは出来る』
そんな話をしたりまた分銅の投げ方について、十幾通りの口伝のあることや、それによって、鎖が蛇のからだのように自由な線を描き、鎌と鎖と、交々に使って、敵を完全なる錯覚の光線に縛りつけ、敵の防ぎをもって、かえって敵の致命とさせてしまうところに、この武器の玄妙なところがあるなどともいった。
――武蔵は熱心に聞き入っていた。
こういう話を聞く時の彼は、全身を耳にし、全身を知識慾の袋にし、話す者のことばの中に自分を置き切っていた。
鎖と――鎌と――
双つの手。
先の話を聞きながら、彼は彼ひとりの考えをひろげて、
(剣は隻手、人間は両手)
胸の裡でつぶやいた。
六
二度めの壺の酒も、いつの間にか底を干していた。梅軒も飲むには飲んだが、武蔵へ強いたほうが多かった。武蔵は自分の酒量を思わず越えて、例のないほど酔った。
『女房、おれたちは、奥へ寝よう。ここの夜具を客人にあげて、奥へ寝床を敷いてくれ』
彼の女房は、いつもここで眠る掟とみえ、梅軒と武蔵が飲んでいる間に、客に関わずすぐそばへ夜具をのべて、嬰児と共にもぐり込んでいた。
『客人も、つかれが出たらしい、早く寝むようにして上げねえか』
先刻から梅軒は客に対して急に親切に変っていたが、なぜ、ここへ武蔵を寝せて、自分たちの寝床は奥へしけというのか、女房は良人のいいつけが解きかねたし、また、折角足の暖まったところを起きるのが嫌さに、
『お客は、岩公と一緒に、道具小屋へ寝てもらうことになっているがな』
『ばか』
寝床からいう女房を睨んで、
『それは、客にもよりけりだ。黙って、奥へ支度して来い』
『............』
寝衣すがたで、女房は奥へぷいと入って行った。梅軒は眠っている嬰児を抱き取って、
『お客、穢い夜具だが、ここなら炉もあるし、夜半に喉が渇けば、湯茶も沸いている。ゆっくりと、この蒲団へ手足をのばしたがいい』
彼が隠れると暫くして後、女房が来て枕を取り換えて行った。女房もその時はふくれ顔を改めて、
『良人のひとも、えろう酔うたし、旅づかれもあろうほどに、あしたの朝は寝坊するというておりますでの、あなたも悠々と眠って、朝立ちには、暖かい御飯など食べて行きなされ』
といってくれる。
『は。......どうも』
武蔵はそれしかいえなかった。草鞋を解いて上衣を脱る間さえもどかしいほど酔いが廻っていた。
『では、御厄介になります』
いうや否、今までここの内儀と嬰ン坊の添寝していた夜具の中へもぐりこんだ。夜具の中には、母子の温みがまだあった。武蔵の体はしかしそれよりも熱かった。奥との境に立って、その様子をじっと眺めていた女房は、
『......おやすみ』
静かにいって、燈火を吹き消して行った。
しいんと頭のはちを鉄輪でしめつけられるような悪酔がのぼって来る。こめかみの脈がずきずきと聞えるほど高く搏つ。
はてな、どうしておれは今夜に限って、こう量を超えて飲んでしまったのか? ――武蔵は苦しいので軽い悔を胸先へ呼びおこした。――梅軒がしきりとすすめたからではないかと思う。だが、あの人を人とも思わない梅軒が急に酒を買い足したり、あの無愛想な女房がやさしくなったり、ここの暖かい寝場所を譲ってくれたり――何で急に態度が打って変ったのか?
武蔵はふと、おかしいと思ったが、思索のまとまらないうちに、昏睡のもやが頭にかかっていた。――そして瞼を重くあわせると、大きな息を二つほどして、夜具の襟を眼元まで被った、こんどは少し、寒気がするらしく。
燃え残っている炉の薪が、時折小さい焰を立てて、武蔵の額に明滅した、深い寝息がその次に聞える。
『............』
白い顔が、その頃まで、そこと奥との境に佇んでいた。梅軒の女房であった。びた、びた、と筵へ粘りく跫音が、忍びやかに良人のいる部屋へ帰って行った。
七
武蔵は夢をみていた。夢の切れ端みたいな同じ夢を何遍もみた。夢というほど纏まっている夢ではないから、幼少の頃の記憶が、何かの作用で、眠っている脳細胞の上へ虫みたいにムズムズ這い出し、神経の虫の足痕が、燐色に光る文字を脳膜へ描いているかのような幻覚だった。
......とにかく、こういう子守唄を、彼は夢の中で聞いている。
ねんねしょうとて
ねる子はかわい
起きてなく子は
つらやな
つらやな
母なかせ
この子守唄は、この前ここへ立ち寄った時、良人の留守をまもって添乳していた梅軒の妻が唄っていたものであるのに、その伊勢訛りのある節がそのまま、美作の国吉野郷の、武蔵の生れた故郷で聞える。
――そして。
武蔵はまだ嬰児で色の白い三十ぐらいな女の人に抱かれているのだった。――その女の人が自分の母であると嬰児の武蔵には分っていて、乳ぶさにすがりながらその人の白い顔をふところから幼い眼が見上げている――
つらやな
つらやな
母なかせ......
自分を揺りながら母は唄っているのである。面やつれしている品のよい母の顔は、梨の花みたいに仄青かった。長い石垣には、苔の花がポチポチ見え、土塀のうえの梢は黄昏れかけていて、邸のうちから燈火がもれている。
母の二つの眸から、ぽろぽろと涙がこぼれ、その涙を、嬰児の武蔵は不思議そうに見ているのである。
――出てゆけっ。
――郷家へ帰れっ。
父の無二斎のきびしい声が家のうちからひびいて来るのだったが、その姿は見あたらない。ただ母はおろおろと、邸の長い石垣を逃げまわり、果は英田川の河原へ出て、泣き泣き河の中へざぶざぶ歩いてゆく。
嬰児の武蔵が、
(あぶない、あぶない)
と、母にその危険を教えようとして、ふところで頻りにもがくのであったが、母はだんだん深い淵へ入って行き、暴れる児を、痛いほどひしと抱きしめて、濡れている頰をぺたりと児の頰へつけて、
(――たけぞう、たけぞう、お前はお父さんの子? お母さんの子?)
すると、岸のほうで、父の無二斎の怒る声がした。母はそれを聞くと、英田川の波紋の下に影をかくしてしまった。――嬰児の武蔵は石ころの多い河原に抛り出されていて、月見草の中でワンワン泣いている、ありッたけな声を出して泣いている。
『......あっ?』
夢と知って、武蔵は眼をさましたが、とろりとするとまた、母か他人か、その女の人の顔が、彼の夢をのぞいて、彼をさました。
武蔵は自分を産んだ人の顔を知らなかった。母は憶うが、母の面影は描けない、ただ他人の母を見て、自分の母もあんな人ではなかったろうかなどと思ってみるに過ぎない。
『......なぜ今夜は?』
酒もさめ、気も醒めて、武蔵はふと天井へ眼をひらいた。煤けた天井に、赤い光が明滅していた。――燃え残りの炉の焰がそこへ映って。
見ると、ちょうど彼の寝顔の上の辺りに、天井から吊るした風車が、宙にふわりと下がっていた。
子の土産にと、梅軒が買って来たあの風車だった。そればかりでなく、ふと気づくと、武蔵が顔まで被っていた夜具の襟にも、母乳のにおいが深くしみこんでいたのである。――武蔵は気がついて、こういう周囲の物の気配に、思いもしなかった亡母の夢を見たのであろうと思った。そして、懐しいものと会ったように、その風車へ見入っていた。
八
醒めてもいない、眠ってもいない、そうしたうつつの間に、うす眼を開いて、仰向いていると、武蔵はふと、そこに吊り下げてある風車に、不審を抱いた。
『......?』
風車が廻りだしたのである。
元々、廻るように出来ている風車が、廻り出したのだ、なんの不思議もないはずであるが、武蔵はギクとしたように、夜具の中から身を起しかけ、
『......はてな?』
耳を澄ました。
どこかで、そーと戸の辷る音がする、戸が閉まると、廻っていた風車は、翼をしずめて、またぴたと止まる。
この家の裏口を、先刻から頻りと人が出入りしていた。足の運びにも注意して、ミシリともせぬほど、それは密かなものだったが、戸の開け閉てに入って来るかすかな風は、暖簾をかけてある板の間を通って、ここの風車の糸へすぐひびき、鋸屑で出来ている五色の造花が、途端に蝶の感覚のように、揺れたり、顫いたり、廻ったり、止まったりするのであった。
――起しかけた頭をそっと枕へもどして、武蔵は、この家のうちの空気をじっと体で知ろうとした。一枚の木の葉を被って、天地の気象を、悉く知っている昆虫のように、澄み徹った神経が、武蔵の体に行き亙っていた。
自分が今――どういう危険の中にあるか、武蔵はほぼ分ってきた。――しかし、分らないのは、なんのために、自分の生命を他人が――ここの主の宍戸梅軒が、奪おうとしているのか、その理由が見つからない。
『盗賊の家か?』
最初は、そう考えた。
けれど、盗賊ならば、およそ人態と所持品の多寡を一見して知る明は持っているはずである。自分を害して、なんの所得があるか。
『恨みか?』
それも中らない。
武蔵は、結局、思い当るものを得なかった。しかし自分の生命には刻々と或るものが迫って来つつあることが益々皮膚に感じられた。――こうしてその或るものの到来を待っているのがよいか、逆に、機先を取って起ったほうがよいか、早速、ふたつに一つの策を選ぶ必要にまで、それはすぐ側まで来ているものと見做された。
武蔵は、土間へ手を下ろした――手の先が草鞋を探っている――その草鞋は片方ずつするすると夜具のすそへ入ってしまう。
――急に、風車が烈しく旋回し出した。明滅する炉の光りをうけて、クルクルと魔法の花みたいに廻った。
明らかな跫音が、家の外にも家の奥にも聞えた。武蔵の寝床をつつんで、忍びやかにそれは一つの囲みを作っていた。――やがて、暖簾のすそから、ぬっと、二つの眼が光った。膝をついて這って来る男は抜刀を持ち、一人は素槍を持って、そっと壁を撫でながら蒲団のすそのほうへ廻った。
『............』
寝息を聞き澄ますように、ふたりの男は、ふくれている夜具を見ていた。するとまた、暖簾の蔭から、煙のように一人の者が出て来て突っ立っていた。宍戸梅軒である。左の手に鎖鎌を持ち、右の手に分銅をつかんでいた。
『............』
『............』
『............』
眼と、眼と、眼と。
三人が機微な息をあわせると、まず頭のほうにいた者が、ぽんと枕を蹴とばした、すそのほうにいた男はすぐ土間へとび降りて、槍を蒲団へ向けた。
『起きろっ、武蔵』
梅軒は、分銅の鎖と拳を、後へ引いていった。
九
――だが、蒲団は答えなかった。
鎖鎌でつめ寄っても、槍をしごいても、呶鳴っても、蒲団は飽まで蒲団であった。――その中に寝ているはずの武蔵はもういなかったのである。
槍で、それを剝くった男が、
『あっ......失せたっ』
狼狽の眼を、急に、あたりへ配ると、梅軒は、顔のまえで強くカラカラ廻っている風車に、初めて気づいて、
『どこかの戸が開いているぞ』
と、土間へ飛び降りた。
しまった――という声が、すぐもう一人の男の口から走っていた。その仕事場から土間づたいに裏の台所へ通じている露地出入の戸が一枚――三尺ほど開け放しになっている。
月夜のように、戸外は霜が冴えていた。風車の急な旋舞は、そこから吹き込んで来る針のように身を刺す風だった。
『野郎、ここからだ』
『戸外の者は、何していたのか――戸外の者は』
梅軒は、あわてて、
『やいっ、やいっ』
呶鳴って、家の外を見まわすと、軒下や、そこらの物蔭に、黒い影が、のろりと膝でうごいて、
『......親方......親方うまく行きやしたか』
と、声を密ませる。
腹立たしげに、
『何をいッてやがるんだ、てめえ達は、なんのために、そこで眼を光らしていたんだ。野郎はもう、風を食らって、ここから外へ突っ走ッてしまった』
『えっ、逃げたって? ......いつの間に』
『人に訊く奴があるか』
『はてな』
『どじめッ』
梅軒は、そこの戸口を、踏み出したり、中へ戻ったり、じりじりしていたが、
『鈴鹿越えか、津の街道へ戻るか、道は二筋しかねえ、まだそう遠くへも行くめえ、追ッてみろ』
『どっちへ』
『鈴鹿のほうへは、おれが行ってみる、てめえたちは、下道へ急げ』
屋内の者と、戸外の者とが固ると、十人ほどの人数だった。中には、鉄砲を抱えている男もある。
風態は、一様でなかった。鉄砲を持っている男は猟師らしいし、野差刀を横たえているのは木樵と見てさしつかえない。その他の者もまず、大体そんな階級であるが、すべてが、宍戸梅軒の顎でうごいているところや、どこか兇猛な眼ざしを備えている点から見て、誰よりも、梅軒その者が第一、決して、凡の百姓鍛冶だけの男とは受け取れなかった。
ふた手になって、
『見つけたら、鉄砲をぶっ放すのだ、それを聞いたら、一所へ駈けて来い』
いきまいて追って行った。
しかし、その迅い足で、半刻も追うと、皆気が抜けてしまったらしい。やがて、がっかりした言葉を投げ合って、ぞろぞろと戻って来た。
親方の梅軒に罵られはしないかと恐れていたことも取り越し苦労にすぎない。その梅軒がすでに皆より先に帰って、鍛冶小屋の土間に腰かけたまま、ぼんやり俯向いていたからである。
『だめだ、親方』
『惜しいことをした』
なぐさめ顔にいうと、梅軒は、
『しかたがねえ』
忌々しさの遣り場を見つけるように、そこの榾をつかんで、膝がしらでボキボキ折り、
『女房、酒はねえか、酒でも出せ』
炉の残り火を搔き立てて、自暴に薪を投げこんだ。
十
この夜半の騒々しさに、乳呑児も眼をさまして泣きぬいている。梅軒の女房がそこから寝たままで、酒はもうないと答えると、一人の男が、それなら自宅にあるのを取って来ようといって戸外へ出て行った。
皆、近所に住んでいるらしいのである。酒の来るのも早かった。暖める遑もなくそれを茶碗で酌み交して、
「どうも、業腹でならねえ』
とか、
『忌々しい若造だぞ』
とか、
『命冥加な野郎だ』
などと、後のまつりに過ぎない繰り言を肴にして、
『親方、腹をすえておくんなさい、戸外を見張っていた奴がどじだったんで』
と、彼を酔わせて、先へ寝かすことにみな努めた。
『おれも悪かった』
梅軒は、そう他を咎めようとはしない。ただ酒は舌に苦い顔つきで――
『何も、あんな青二才一匹、皆の手を借りて大げさな構え立てをしなくても、おれ一人でやればよかったかも知れねえのだ。......だが、今から四年前、あいつが十七歳の時に、おれの兄貴の辻風典馬でさえ、打ち殺された相手だと考えると――下手に手出しは出来ねえと考えたものだから』
『だが親方、ほんとに今夜泊ったあの武者修行が、四年前に、伊吹のもぐさ屋のお甲の家に匿われていた小僧でしょうか』
『死んだ兄貴の典馬のひき合わせだろうよ――おれも初手はそんな気はみじんも抱いていなかったのだ。一、二杯酒をのんでいるうちなにかの話から、野郎はまさか、おれが辻風典馬の弟で、野洲川野武士の辻風黄平だとは知らねえもんだから、関ケ原の役へ出たことから、そのころはたけぞうと呼んでいたが今では宮本武蔵と名乗っているなどと、問わず語りにしゃべってしまった。......年頃も、面だましいも、兄貴を木剣で打ち殺した、あの時のたけぞうに相違ねえ』
『返す返す、惜しいことをしたなあ』
『この頃は、世間が穏かになり過ぎたんで、たとえ兄貴の典馬が生きていても、おれ同様、住居や飯にも困って、百姓鍛冶に化けるか山賊にでもなるよりほか途はなかったろうが――名もねえ関ケ原くずれの足軽小僧に、木剣でたたき殺された兄貴の死にざまは、思い出すたびに、こう胸の元でむらむらとするのだ』
『あの時、たけぞうといった今夜の青二才のほかに、もう一人、若えのがいましたね』
『又八』
『そうそう、その又八ってえ方の野郎は、もぐさ屋のお甲と朱実を連れて、すぐあの晩、夜逃げしてしまった。......今頃、どうしていやがるか』
『兄貴の典馬は、お甲に迷わされていたので、一つは、あんな不覚の因になったのだ。これから先も、またいつどこで今夜のようにお甲を見かける折がないともいえねえから、てめえ達も、気をつけていてくれ』
酒がまわって来たらしく、梅軒は居坐ったまま、榾火へ向って、眠そうに首を垂れた。
『親方、横におなんなせえ』
『親方、寝たほうがいい』
武蔵が脱け出した蒲団の後へ、一同して親切にかかえ入れ、土間に落ちていた枕をひろって当てがってやると、途端に、宍戸梅軒は眼をあいている間の怨念を離れて大きな鼾をかいている。
『帰ろうぜ』
『寝ようぜ』
元は皆戦場かせぎの野武士を生業にして伊吹の辻風典馬や野洲川の辻風黄平の手下と、公らに名乗って働いていた人間たちの成れの果てなのである。時代に追われて百姓や猟師になっても、まだ人を咬む牙は決して抜かれていない。どこか鋭い眼を備えたのが、やがて、ぞろぞろと鍛冶小屋から霜の夜更けへ散って行った。
十一
その後は何事もなかった夜のように、この家の中は、人の寝息と、野鼠の歯の音がどこかでするだけであった。
時折、まだ寝つかないらしい乳呑み子が、奥でクスクスむずかっていたが、それもいつか、寝ぐさい闇が暖まるに従って、やんでしまう。
すると、
台所と仕事場との土間つづきの隅に、薪が積んであって、そのわきには土泥竈があり、荒壁には、蓑や笠などがかけてあったが――その壁に寄った泥竈の蔭から、ごそりと蓑がうごいた。
蓑はひとりでに持ち上ってゆくように、元の釘へもどって壁にかけられ、その壁の中から煙のように出て来たかとも思える人影が、ぬっと立った。
武蔵なのである。
彼は、この家から外へ、一足も出ていなかった。
先刻、寝床を抜け出すとすぐ、そこの雨戸を開けておいてから、蓑をかぶって、薪と一緒に身を伏せていたのである。
『............』
彼は土間を歩み出した。宍戸梅軒の寝息は天国を遊んでいた。梅軒はまた、鼻に病があるとみえて、その鼾声も凡ならぬものだった。――武蔵はすこしおかしくなったとみえ、闇の中で思わず苦笑をゆがめる。
『............』
さて――と武蔵はその鼾声を聞きながら一考してみるのだった。
宍戸梅軒との試合はすでにおれが勝った。完全に勝ったと思う。
だが、先刻からの話しを聞いていれば、この男の宍戸梅軒というのは後の名で、以前には野洲川の野武士で辻風黄平と称えていた者だとある。そして、自分が曾つて打ち殺した辻風典馬とは、兄弟である関係からして、自分をこよい殺して兄の怨霊をなぐさめようという、野武士ずれの男としては、殊勝な心がけを持っている。
生かしておけば、この後もまた、折あるごとに、自分を死へ謀るにちがいない。一身の安全からいえば、殺してしまうに限るが、殺すほどの値打があるかどうか。
『......?』
それを武蔵は考えてみるのであったが、やがて決するところが着いたのであろう、彼は梅軒が寝ている裾のほうへ廻って、その壁の角掛から、一挻の鎖鎌を外して、手に取った。
――梅軒は醒めない。
顔をのぞいて、武蔵は、鎌の刃を、爪でひき出した。青じろい刃と柄が、鍵形になった。
武蔵はその刃へ、濡れ紙を巻いて、そして梅軒のちょうど首の輪のところへ鎌をそっと載せた。
(......よし!)
天井から下がっている風車も眠っていた。もし、鎌の刃に濡れ紙を巻かずにおいて、あしたの朝、この父親の首が枕から落ちていたりなどしたら、この風車は気が狂って廻るだろうと思う。
辻風典馬を殺したのは、殺す理由もあったし、こちらも戦あげくの血気一途でやったのである。しかし、宍戸梅軒の生命を奪っても何らの益はない。ないのみならず、この風車の因果がやがてまた、父のかたきと自分を呼んで、世に廻って来ることは怖しい。
さなきだに武蔵は今夜、なんだか死んだ母や父が憶い出されてならなかった。この家族たちの寝ぐさい闇に、甘い乳の香のただよっているのも羨やましくて、
なんだか去るに忍びない気持すらするのであった。心のうちで武蔵は、
(お世話になりました。......では、あしたの朝まで、御ゆっくりお寝みなさい)
そう祈りながら、静かに、雨戸を開けて、そっと閉めて、この家から先の旅へと、まだ明けぬ夜を出て行った。
奔 馬
一
旅も初めのうちの数日は清新だった。脚のつかれなど苦にもならない。
ゆうべおそく、関の追分で泊った二人なのに、その二人は今朝もまた、まだ朝靄のふかいうちに、筆捨山から四軒茶屋の前へかかり、やっとその頃、自分たちの背中から昇りかけた日の出を振向いて、
『ああ、きれい――』
暫し日輪の荘厳に衝たれて足を止めていた。
お通の顔も、紅く燃えて、その一瞬は晴れ晴れしていた。いや植物も生物も、一切のものが、自己の生命に充実と誇りをもって地上を飾っていた。
『まだ誰も登って来ないぜ、お通さん。今朝は、この街道では、おれたち二人は、一番先に通るんだ』
『おかしな自慢をするんですね。道なんか、先に通ったって、後から通ったって、同じことじゃありませんか』
『ちがうさ』
『じゃあ、早く通れば、十里の道が七里になる』
『そんな違いじゃないよ、歩く道でも、一番は気持がいいだろ。――馬のお尻や、雲助の後から行くよりも』
『それはそうだけれど、城太さんみたいに、威張って、自慢するのは変ですよ』
『でも誰も通っていない街道を歩いていると、自分の領分を歩いているような気がするんだよ』
『じゃあ私が、お馬の先を、露ばらいしてあげるから、今のうちに、たくさん威張って歩くといい』
お通は、道に落ちていた竹をひろって、歌をうたうような気持で戯れた。
『下にいませエー。下にいませエー』
戸が閉まっているとばかり思っていた四軒茶屋の軒端から、人が顔を出したので、
『ま! いやだ』
お通は顔を赧くして駈け出した。
『お通さんお通さん』
追いかけて、
『殿様を置いて逃げちゃいけないよ、お手討だぞ』
『もうふざけては、嫌』
『自分がひとりでふざけてるくせに』
『おまえにつり込まれてしまうんじゃありませんか。あら、四軒茶屋の人が、まだこっちを見ている。きっと気狂いだと思ったかもしれませんよ』
『あそこへ戻ろう』
『何しに』
『お腹が減ッちゃった』
『まあ、もう?』
『お昼のお握飯を、ここで半分喰べておこう』
『いいかげんにおしなさい。まだ二里とは歩いていないんですよ。城太さんと来たら黙っていると、日に五度ぐらい喰べるんですもの』
『そのかわりおらは、お通さんみたいに、山駕籠に乗ったり、駄ちん馬に乗ったりしないからね』
『きのうは、関へ泊ろうと思って、無理に暮方をいそいだからですよ。そんなこというなら、きょうはもう乗らない』
『きょうはおらが乗る番だ』
『子どものくせに、なアに』
『馬に乗ってみたいんだよ、ねえお通さんいいだろ』
『きょう限りですよ』
『四軒茶屋に、駄ちん馬がつないであったから、あれを借りて来よう』
『いけません、いけませんよ、まだ』
『噓いったのかい』
『だって、くたびれもしないうちから馬に乗るなんて、贅沢すぎます』
『そんなことをいったら、おらなんか、百日千里歩いても、くたびれることなんてないんだから、乗る時はありやしないぜ。......人がたくさん歩き出すとあぶないから、今のうちに乗せておくれよ』
これでは早立ちしても道程は捗どるまい。お通がうなずきもせぬうちに、城太郎はもう通り越した四軒茶屋のほうへ、大元気で駈け戻っていた。
二
四軒茶屋というのは字義どおり四軒の茶屋をさす名であるが、その四軒が古着屋のように軒をならべているわけではない。筆捨、沓掛などの山坂へかけて四つの休み茶屋があるところから、この辺を総称して、地名的にそう呼ぶのである。
『おじさんっ――』
そこへ立って城太郎、
『馬、出しとくれ』
と、呶鳴った。
戸を開けたばかりのことである。茶屋のおやじは、この元気者にしぶい眼を醒まして、
『なんじゃあ、大い声を出しくさって』
『馬だよ、はやく馬を出しておくれよ。水口まで幾値だい。安ければ、草津まで乗ってやってもいいぞ』
『汝れ、どこの子だ』
『人間の子だ』
『かみなりの子かと思うた』
『かみなりは、おじさんのことだろう』
『よく口をたたく子だの』
『馬出しとくれよ』
『あの馬を、駄ちん馬と見たのけ。あれは駄ちん馬ではねえだによって、おん貸し申すことはできねえ』
『おん借り申すことはできないのけ?』
『こんつら小僧め』
饅頭を蒸かしていた泥竈の下から、おやじが、火のついている薪を一本抛りつけると、それは城太郎には中らないで、軒下につないであった老馬の脚にぶつかった。
馬の子と生れてからこの年に老るまで、毎日、人間の生活の手つだいに、関の峠を俵だの味噌だのを背負って通いながら、不平もなく、睫毛に白髪を生やしかけているその年老り馬は、久しぶりで驚いたように嘶いて、背で軒を打つほど暴れ出した。
『この野郎』
馬を叱るのか、城太郎を叱ったのか分らない。おやじは飛び出して来て、
『どうッ、どうッ』
手綱を解いて、家の横にある樹へ持って行こうとすると、
『おじさん、貸しとくれよ』
『いかねえってに』
『いいじゃないか』
『馬子がいねえだよ』
その時、お通も側へ来ていて、馬子がいなければ、駄ちんは先に払い、馬は水口からこっちへ帰る旅人か馬子に託してもよいからと頼むと、おやじはお通の物腰に信用を改めて、それなら水口の宿場まででも、草津まででもかまわないから、馬は、ついでのある土地の者に頼んでくれといって、手綱を彼女の手に渡した。
城太郎は舌うちして、
『ばかにしてやがら、お通さんが、きれいなもんだから』
『城太さん、おじいさんの悪口いうと、この馬が聞いているから、怒って、途中で振り落すかもしれませんよ』
『こんな耄碌馬に振り落されてたまるもんか』
『乗れますか』
『乗れるさ。......ただ、脊がとどかねえや』
『そんなふうに、馬のお尻をかかえてもだめですよ』
『抱いて、乗せとくれよ』
『やっかい坊ね』
脇の下へ両手をさし入れて、彼女が馬の背へ乗せてやると、城太郎は、遽かに地上を睥睨してみたくなって、
『お通さん、歩いておくれよ』
『あぶない腰つき』
『だいじょうぶだよ』
『じゃあ、出かけますよ』
お通は手綱を把って、
『おじいさん、それでは』
と茶屋の軒へ、後向きにいいながら歩み出した。
すると、百歩も行かないうちに、姿は見えないが朝靄の中から、オーィッと高く呼ばわって、忽ち追い着いて来そうな迅い跫音が聞えた。
三
『誰だろ』
『私たちのことかしら』
駒を止めてふり顧ると、煙のような白い靄のうちから、一個の人間がだんだんその影を濃くあらわし、やがて輪廓だの色だの、年頃や人態まで見えるほどに、距離を縮めて来た。
夜だったら近づかぬ間に、二人は逃げ足をおどらせたかも知れない。長い野太刀をこじり高に差し込み、鎖鎌を前差に帯びている眼の怖い男だった。
風がふいて来たようにその男の体から烈しい空気がうごいていた。いきなりお通のそばへ来て足を止めたのである。そしてお通の持っている手綱を咄嗟に引ッ奪くり、
『降りろっ』
顔は、城太郎へ向けて、命令するのだった。
かつ、かつ、かつ、と年老馬がまた脅えて後退りするので、城太郎は鬣にしがみつきながら、
『な、なにさ! 無茶なことすんないっ、......この馬、おらが借りてる馬だぞ』
『やかましい』
鎖鎌は、耳も貸さない。
『これ女』
『はい』
『おれは、関の宿からちょっと引っ込んだところの雲林院村にいる宍戸梅軒という者だが、すこしわけがあって、この街道を、今朝暗いうちに逃げて行った宮本武蔵という者を追いかけて来たのだ。もう相手はとうに水口の宿場も越えているだろう、どうしても、江州口の野洲川あたりで彼奴を捕まえなければならねえ。......その馬を、おれに譲れ』
ことばの早いのみで、肋骨に波を打っていうのだった。靄が樹々のこずえに絡んで氷の花になるという寒さなのに、見れば梅軒の喉くびは、爬虫類の肌のように汗光りがして太い血管が更にふくれている。
――立ち竦んだまま体の血液をみな大地へ吸いこまれてしまったように、お通の顔は見ているまに異様に白くなってしまった。もいちど、耳をよく欹てて聞き直したいように紫ばんだ唇がわななきかけたが、遽かに、ものもいえない面持ちなのである。
『......む、武蔵だって』
馬の背から城太郎はこう口走った。鬣にしがみついたまま、ぶるぶる手も脚もふるわしていた。
先を急ぐことに焦心りきっている梅軒の眼には、凡ではあり得なそうな二人の刹那の驚きも眼にはとまらないらしく、
『さ、小僧っ。――降りろ、降りろ。ぐずぐずしていると、ひっぱたくぞ』
手綱の端を鞭にして脅すと、城太郎は、つよく首を横に振って、
『嫌だっ!』
『イヤだと』
『おれの馬だ、この馬で、先へ行った人へ追いつこうたってそうはゆかない』
『女子供と思って理由をわけていうのに、童め、つけ上って何をいうか』
『なア、お通さん』
と、梅軒の頭越しに、
『この馬は、渡せないね、この馬を渡しちゃいけないね』
お通は、城太郎のそのことばを、健気と賞めてやりたかった。固より、この馬はおろか、この人間をも、先へやってはならないと思って、
『そうです、そちらもお急ぎかも知りませんが、私たちも先を急ぐ体です、もう少し経てば、峠がよいの馬も駕籠もいくらもありましょう。人の乗っているものを奪ってお出でになろうとしても、今もそこの子がいうとおり、理不尽です、そうはなりません』
『おれも、降りない。死んだって、この馬を離すものか』
二人は、しかと、気持を結び合って、梅軒の求めを突っ刎ねた。
四
お通と城太郎のふたりが心を協せて、敢然とそうした態度に出たのは、梅軒にもやや意外ではあったろうが、もとよりこの男の眼から見れば、そんな反抗は、おかしくなるくらいなものだった。
『じゃあどうあっても、この馬はおれに譲らねえというのか』
『知れたことだ!』
城太郎の語気はまるで大人のいい草だった。
『野郎っ』と、梅軒が大人げなく喚いたのも、あながち無理ではない。
馬の背へとび上って、鬣へしがみついている蚤みたいな城太郎を抓んで捨てようとしたのである。いきなり馬の腹にある彼の片足を引っ張った。
こんな時こそ抜くべき物である腰の木剣を城太郎はすっかり忘れているらしい。自分以上の強敵と分っている敵に、脚くびをつかまれると、ただ逆上してしまって、
『かッ! 畜生っ』
梅軒の顔へ向って、続けさまに唾を吐きつけた。
生涯の大変はいつ降って湧いてくるかわからない。たった今、日の出に向って、生きている歓びを思った生命が、真っ黒な戦慄に包まれているのである。お通はこんな所で、こんな男のために、怪我をするのは嫌だし、死ぬのはなお嫌だと思った。恐ろしさに口の中が酢くなって渇いてしまった。
――だが謝まりを入れて、この男に、馬を渡す気にはどうしてもなれない。この男の兇暴な害意は、この道を先へ通って行ったという武蔵の背後へ迫るものである。何か大きな危険が、武蔵を追っていることにちがいないのである。この男を、一時ここで遅らせれば、武蔵は一時だけ先へ危険を遁れて行くことができる。
たといその距離は、折角、一すじの道にかかっている自分と武蔵との間をまた忽ち遠くしてしまうものであるにせよ――この男に奔馬の脚を与えることは断じて出来ないと、朱唇を嚙んで意思するのであった。
『なにするんです!』
自分の勇気と無謀に驚きながらお通は、梅軒の胸を強く突いた。顔の唾をこすっているところへまた、弱いと思った女のその強い手だったので梅軒もちょっとたじろいだ恰好であった。それのみでなく、女の度胸というものは、いつも男の意表外に出るもので、梅軒の胸いたを突いたお通の手は、すぐ次の瞬間に、梅軒の帯びている野太刀のつかを握っていた。
『阿女ッ』
吠えて、その手くびを、梅軒が抑えようとして握ると、そこはもう鯉口を走りかけていた白刃の部分だったので、手を触れたとたんに、梅軒の右手の小指と薬指の二本が弾けるように斬れて血と共に地上へこぼれた。
『――ア痛!』
思わず後の指を抑えて飛び退いたので、自ら鞘を引いたことにもなって、お通の手には水もたまらぬような光が地を曳いてさッと後へかくされた。
いやしくも一道に達している宍戸梅軒として、これはゆうべの不覚以上な不覚であった。のッけから女子供と見て呑んでかかったことが重大な原因だったことはいうまでもない。
――しまったと自己の不覚を叱りながら、立直ろうとしたところへ、もうなにも怖くなくなっているお通の手から、野太刀が横へ撲って来たのであった。けれどそれは三尺に近いもので、いわゆる胴田貫という分厚い刃金である。一人前の男でも、そうたやすくは振れない物なので、梅軒に身を交わされると、当然、お通の手は波を描いて、自分の振った刀で自分の体を蹌めかせてしまった。
――そして、ごつんと木を斬ったようなひびきを腕に感じると、赤黒い血しおが、顔へかぶって来るようにパッと見えて、彼女は眼が眩むような心地がした。城太郎のしがみついている馬の尻へ刃を入れてしまったのである。
五
驚き癖がついている馬である。そう深く入った刃ではないが、馬の悲鳴に似た嘶きは非常なものであった、臀の傷口から血を撒いて暴れるのだった。
梅軒は、なにか意味の分らない大声をあげ、お通から自分の刀を挘ぎ取ろうとして、彼女の手頸をつかまえかけたが、狂った馬の後脚は、その二人を刎ね飛ばして、竿立ちの姿勢になると、鼻をふるわしてまた高く嘶き、そのまま弦をきって放ったように、風を起して驀しぐらに駈け出してしまう。
『わっ、や、やいっ』
馬の揚げてゆく砂塵へ向って、梅軒は突ンのめった。憤怒の勢は駆りたてられたが、追いつけるはずは勿論ない。
そこで血眼となったすごい眸を、お通のほうへ振り向けたのであるが、お通のすがたも、途端にどこにも見あたらない。
『あっ?』
こうなると、梅軒の青すじはいよいよ、こめかみに膨れあがった。――見ると、自分の刀は道ばたの赤松の根かたに抛り出してある。飛びつくように拾いあげて、そこを覗くと、低い崖の下に農家の茅の屋根が見える。
馬に、刎ねとばされた機に、お通はそこへ転げ落ちたものと見える。もうその時は梅軒にも、彼女が武蔵と何らかの交渉のある人間に違いないということは考えられていた。武蔵を追う方にも気が急かれるが、お通を見のがして行くことも忌々しい。
崖を駈け下りて、
『どこへ?』
うめきながら、梅軒は、そこの百姓家のまわりを大股に廻って歩いた。
『どこへ失せやがったか』
縁の下をのぞいたり、納屋の戸を開けたりしている彼の狂人みたいな態を、せむしのような農家の老人が糸車の蔭から恐怖にすくんで見ているだけだった。
『ア! ......あんな方に』
やがて彼は見つけた。
ふかい檜の沢には、まだ谷の雪が残っている。その渓谷へ向ってお通は、檜林の急な傾斜を、雉みたいに逃げ下りていた。
『いたなッ』
梅軒が上からこういい被せると、お通は思わず振りかえった。土の崩れて行くよりも早く彼の姿は、お通のうしろへ接近していた。彼の右手には拾いあげた白刃がそのまま持たれていたが、相手をそれで斬り倒す意思はなかった。武蔵の道づれでもあれば、武蔵をつかまえる囮にもなろうし、武蔵の行先を訊けるかとも考えたのであろう。
『阿女っ』
左の手をのばして、その指先は、お通の黒髪に触れた。
お通は身をすくめて、木の根にしがみついた。足をふみ辷らすと体は振子のように崖へ伸び、烈しく左右へ振り廻された。顔のうえ胸の中へ、土や小石がざらざらと崩れてくる。梅軒の巨きな眼と、白刃が絶えずその上にあった。
『ばか、ばか、逃げる気か。――もうそこから下は、渓川の絶壁だぞ』
ひょいと、前をのぞくと何丈か真下に、残雪の間を裂いて走っている水が青く見えるのだった。――お通はそれに救いを感じても恐い気はしなかった。ひらりとすぐ身をその宙へまかせる機を持っていた。
死を感じると、死の恐さよりおそろしい速さで、彼女は、武蔵がどこにいるかを考えた。いや自分の記憶と想像力のおよぶかぎりの武蔵の幻像が、総毛立ッた頭脳のうちで、暴風雨の空の月みたいに描かれた。
『――親方ア、親方あ』
どこで呼ぶのか、谷間の谺が、その時、梅軒を、横へ反らせた。
六
崖の上に人間の顔が見えた。二、三人の男どもである。
『親方あ』
と、その顔が、てんでに呼ばわるのだった。
『なにをしてるんで。――はやく先へ急いでおくんなさい、今、四軒茶屋のおやじに訊くと、夜明前の暗いうちに、そこで弁当をこさえさせて、甲賀谷のほうへ走って行った侍があったてえことですぜ』
『甲賀谷の方へ?』
『そうです、だが、甲賀谷へ抜けようが、土山を越えて水口へ出ようが、石部の宿場まで行きゃあ道はみな一つになるから、早く野洲川で手配しておけば、野郎はきっと捕まるはずだ』
遠方からのそういう声を、耳の裏で聞きながら、梅軒の眼は、眼の光で縛りつけているように、自分の前に立ち竦んでいるお通を睨みつづけていた。
『おウいっ、てめえ達も、ちょっとここへ降りて来い』
『降りて行くんですか』
『はやく来い』
『でも、愚図愚図しているうちに、武蔵のやつが、野洲川を通ってしまうと』
『いいから、降りて来い』
『へい』
梅軒と共にゆうべ無駄骨を折った彼の手輩なのである。山歩きには馴れきっているとみえ、猪のように真っ直に傾斜を駈け下りて来て、お通の姿に、そこで初めて気づいたらしく眼を見あわせた。
梅軒は早口にわけを話して、三人の手したにお通をあずけ、後から野洲川へ曳ッぱって来るように命じた。手下共は合点して、お通のからだへ繩をまわしたが、縛るには痛々しい気もするらしく、頻と、彼女のうつ向いている蒼白な横顔を、さもしい眼で偷み見ている。
『いいか、てめえ達も、おくれちゃならねえぞ』
いいすてて、梅軒は猿のように山の腹を横に駈け、やがてどこから降りて行ったものか、甲賀谷の渓流へ降りて、遙かからこちらの崖を振り向いていた。
その小さい影が彼方に立ちどまって、口元へ手をかざし、
『野洲川で落ち合うのだぞ、おれは間道を追ってゆくから、てめえ達は、街道のほうを、なお入念に、見てゆけよう』
こっちの手輩が、
『わかったあ』
と、谺を返すと、梅軒は、雪の斑な谷間を、雷鳥が歩くようにぴょいぴょいと岩間づたいに遠く去ってしまった。
よぼよぼな老馬と雖も、死にもの狂いに狂い出すと、下手な手綱ではもう止まらない。
いわんや乗手は城太郎。
臀に松火をつけられているように、真っ赤な傷口を持っている例の奔馬は、あれから盲滅法に駈けだして、八百八谷という鈴鹿の山坂を、またたく間に駈け通し、蟹坂を突破し、土山の立場を突っ切り、松尾村から布引山のすそを横にして、まるで一陣のつむじ風が通って行くかのような勢で止まるところを知らなかった。
よく落ちないでいるのはその背の上の城太郎で、
『あぶないっあぶないっあぶないっ』
を、呪文のように叫びつづけながら、もうたてがみへつかまっているのでは間に合わなくなって、馬の平頸へ、眼をつぶって、抱きついていた。
当然、馬の尻がおどる時は、彼のお尻も馬の背を離れて高くおどるので、その危険極まることは、乗っている彼よりも、それを見送った村や立場の人たちの方が遙かに胆を寒くした。
乗る術を知らない彼であるから降りる術も元より知らないし、駒足を止めることなどは、なおさら思いもよらない。
『――あぶないよッ、あぶないよッ、あぶないッ』
かねてからお通にせがんで、いちど馬に乗ってみたい、馬に乗って思うさま飛んでみたいと、駄々をこねて宿望にしていた城太郎も、今日はすっかりたんのうしたことであろう。声はだんだん半泣きになって来て、呪文のききめも頼みなく見えて来た。
七
もう街道には往来の者がぼつぼつ通りはじめていたのである。誰か身を挻して、この盲滅法に走ってゆく馬と乗手を食い止めてやればよいのに、誰もいらざることに手を出して怪我でもしてはというように、
『なんだい、あれは?』
と、見送ったり、
『阿呆ッ』
と道ばたへ躱して、城太郎のうしろへ、叱言を浴びせたりするものしかなかった。
またたく間に三雲村、夏身の立場。
觔斗雲に乗った孫悟空ならば、小手をかざして、そのあたりから見渡せる伊賀甲賀の峰々谷々の朝げしきを俯瞰し、布引の山や、横田川の絶景を賞しながら、はるか行く手にはまた、一面の鏡か、一朶の紫雲かとまごう琵琶の湖を見出していたろうに――迅さは觔斗雲に劣らないまでも、そんな他見などは、城太郎にはちっとも出来ない。
『――止めてくれッ、止めてくれッ、止めてくれッ』
あぶないあぶないが、いつのまにか止めてくれに変っていた。そのうちに柑子坂の急勾配へ上からかかる
と、俄然、
『助けてくれえッ』
とまた変って逆落しに駈けてゆく馬の背中で、彼の体は鞠みたいに弾み出し、いよいよここらで、大地へたたき捨てられてゆくのがオチであろうと思われた。
ところが、坂の七合目あたりに、崖の横から出ている椋か柏の木か、何しろ喬木の一枝が、わざと道の邪魔しているように横へ出ていた。その枝がバサッと顔へ触ると、城太郎は、この樹こそ自分の声が天に通じて手を伸ばしてくれた救いの神と思ったのか、途端に馬の背から蛙のように梢へかじりついてしまった。
馬は、空身になると、なおさら勢いを加えて坂の下へ素ッ飛んで行ってしまうし、城太郎は当然、梢に両手をかけて、宙にぶらんこをしているほかはない。
宙といっても、地面からものの一丈とはない空間であるから、すぐ手を離してしまえば、なんのこともなく地上へ帰れるのに、そこは人間が猿でない証拠である。愛すべき御愛嬌というもので、さすがの城太郎も頭脳がすこしどうかなっているにちがいない。落ちては生命がないように、必死になって、足を、からんだり、しびれる手を持ちかえたり、自分の体をもてあましている。
そのうちに、ぽきッと生木が裂ける響きがしたので――彼は、しまったと思ったらしいが、難なく体は大地に坐っているので、城太郎はかえって、ぽかんとしてしまった。
『アふッ......』
馬はもう見えない。見えたって二度と乗る気もあるまい。
ややしばらく、そこで腰を抜かしていたが、抛り上げられたように、立ち上って、
『――お通さアん?』
と、坂の上へ向って叫ぶ。
『お通さアん――』
道をもどって、急に駈け出した彼は、容易ならない大事へ駈けつけて行くかのような血相で、こんどは木剣をにぎりしめた。
『どうしたろう? お通さんは。――お通さあんっ、お通さあん!』
出会いがしらに柑子坂の上から降りてきた編笠の人があった。五倍子染の着物を着ており、羽織はまとわず、革袴に草履という身ごしらえ――もちろん大小は横たえている。
八
『これ、子供子供』
擦違いに、その五倍子染の小袖を着た男が手をあげ、小粒な城太郎を丁寧に足元から見上げて、
『どうかしたのか?』
と、たずねた。
城太郎は戻って来て、
『おじさん、彼方から来たんだろ?』
『いかにも』
『二十歳ぐらいなきれいな女の人を見なかったかい』
『ウム見かけた』
『え、どこで』
『この先の夏身の立場で若い女を繩つきにして歩いていた野武士がある。おれも不審に思ったが、糺す理由はないから黙って見過ごして来たが、おおかた鈴鹿谷へ部落を移した辻風黄平の仲間だろうと思うが』
『そ、それだ』
『待て』
駈け出そうとする城太郎をまたよび止めて、
『あれは、おまえの連の者か』
『お通さんという人だ』
『下手なまねをすると、おまえの命がないぞ。それよりも、やがてあの連中がここを通るのは分りきっているのだから、おれに仔細を話してみないか。いい智恵をかしてやらないでもないぞ』
城太郎は、すぐその人間に信頼をおいた。今朝からの始末をつぶさに話して聞かせた。五倍子染の男は、編笠のうちで幾たびも頷いて、
『なる程、よく分った。だが、あの宍戸梅軒と変名している辻風黄平の仲間をあいてにして、女子供のおまえ達が、いくら歯がみをしたところでとても無益だ。よし、おれがお通さんとやらをあの仲間からもらってやろう』
『くれる?』
『ただではくれないかも知れぬ。その時にはまた、考えがあるから、おまえは声を出さずに、そこらの藪の中へ沈んでおれ』
城太郎がかくれると、その男は坂の下へすたすたと行ってしまうのだ。あんなことをいって、人を欣ばせておきながら、逃げてしまうのではなかろうか。城太郎は、不安になって、藪の中から首を出した。
坂のうえから人声が聞えてきたので、彼はあわてて首をひっ込めた。――お通の声が耳へひびいて来る。両手をうしろに縛られて、三人の野武士にかこまれながら歩いて来る彼女のすがたも、やがて眼のまえに見えたのだった。
『何をキョロキョロしているのだ、はやく歩け』
『歩かねえかっ』
一人の男が、お通の肩を突いて罵った。お通は坂道を斜によろめいて、
『わたしの連れをさがしているんです、彼の子は、どうしたろ。城太さアン』
『やかましい』
お通の白い素足から血が出ていた。城太郎は、ここにいると呶鳴って飛び出そうと思ったが、その時、先刻の五倍子染の侍が、こんどは編笠をどこかへ捨てて、二十六、七歳かと見える色の浅黒い面ざしに、わき眼もふらない血相をたたえて、
『たいへんだっ――』
独り語をもらしながら坂の下から駈け上って来た。耳にとめて、三名のほうは坂の途中で足をとめた――御免といってすれちがって行く五倍子染をふりかえって、
『おいっ、渡辺の甥じゃないか、――なにが大変なのだ? なにが? ......』
九
渡辺の甥と呼ばれたところから想像すると、その五倍子染の小袖を着ている男は、この附近の伊賀谷や甲賀村で尊敬されている忍者の旧家渡辺半蔵の甥なのであろう。
『知らないのか』
と彼がいう。
『知らぬが? ......』
と三名は寄って来る。
渡辺の甥は、指さして、
『この柑子坂の下で宮本武蔵という男が今物々しい身支度をして、太刀のさやを払い、往来に突っ立って、通行の者をいちいちすごい眼で調べている』
『えっ、武蔵が』
『おれが通るとおれの前へずかずか来て、名を訊くから、おれは伊賀者の渡辺半蔵の甥で、柘植三之丞という者だと答えると、急に詫びて、イヤ失礼いたした、鈴鹿谷の辻風黄平の手下でなければお通りくださいと落ちついていうのだ』
『ほ......』
『何かあるので? ――と、おれから今度は質問すると、されば、野洲川野武士の果てで、宍戸梅軒と化名している辻風黄平とその手下の者が、この道すじで、自分を殺害しようと企んでいることを往来の風聞によって知ったうえ、その分なれば、むざむざ彼らの陥穽に落ちるよりも、この附近に足場をとり最期まで闘って、斬り死にする覚悟だといい放っていた』
『ほんとか、三之丞』
『誰が噓をいおう、さもなくて、宮本武蔵などという旅の者をおれが知ろうはずはない』
明らかに三名の顔いろが動揺しはじめた。
どうしよう?
と謀り合うように臆した眸がお互いを見ている。
『――気をつけて行ったほうがいいぞ』
いいすてて、三之丞がすぐ去ろうとすると、
『渡辺の甥』
あわてて呼んだ。
『なんだ』
『弱ったなあ、あれは途方もなく強い奴だと、親方すらいっていた』
『かなり出来ている男にはちがいない。坂の下で、こう抜刀を提げて、ぐっと前へ寄って来られた時は、おれですら嫌な気持がしたからな』
『なんとしたものだろう? ......。実は親方のいいつけで、野洲川までこの女をしょっッ曳いてゆく途中だが』
『おれの知ったことか』
『そういわないで、手を貸してくれ』
『真っ平だ、お前たちの仕事に、腕を貸してやったなどと知れたら、伯父の半蔵から大叱言が出るにちがいない。――だが、智恵だけなら貸してやらないものでもない』
『聞かせてくれ、それだけでも有難い』
『繩付にして連れているその女を、どこかこの近くの藪の中に――そうだ木の根へでも一時縛りつけておいて――身軽になっておくことが先だ』
『ウム、そして』
『この坂は通れない。すこし廻りになるが、谷道をわたって、はやく野洲川へこのことを告げ、なるべく遠巻にしておいてから手を下すのだな』
『なるほど』
『よほど、大事をとらないと、相手は死にもの狂いだ、ずいぶん死出の道づれが出来るだろう。そうしたくないものだな』
三名は、遽かに、
『そうだ、そうしよう』
お通の体を、藪へ引きずりこんで、木の根へくくりつけた上、一度去りかけたが、またもどって来て、彼女の顔へ猿ぐつわを嚙ませ、
『これでよかろう』
『よしっ』
そのまま道のないところを歩いて、姿をかくしてしまった。
枯れ木や枯れ葉の保護色の中にじっと屈みこんでいた城太郎は、もうよい時分――と藪の中からそっと首を出して見まわした。
十
誰もいない――往来の者も――渡辺の甥の三之丞ももう見えない。
『お通さん』
城太郎は、藪の中を、おどって来た。彼女の繩目を解いてやると、その手を引っぱって、坂の途中へ、ころげ出した。
『逃げよう』
『城太郎さん......どうしておまえは、そんなところに』
『どうだっていいじゃないか。今のうちだ、はやく行こう』
『ま、待って』
みだれた黒髪や、襟もとや、腰紐などを直して、容姿をつくろっていると、城太郎は舌うちして、
『お洒落なんかしている時じゃないぜ、髪なんか後におしよ』
『......でも、この坂の下へ行けば武蔵様がいると、今ここを通った人がいったでしょう』
『だから、お洒落をするの』
『いいえ、いいえ』
お通は、おかしいほど真面目になって、それに対して弁明する。
『武蔵様にお会いできさえすれば、もう怖いものはないからですよ。私達の難儀もすでに去ったものと、安心して来たものだから......私は落着いているんです』
『だけど、この坂の下で、武蔵様に会ったというのは、ほんとのことかしら?』
『そういって、あの三人と、ここで話していたお方は、どこへ行ってしまったのでしょう』
『いないや』
見まわして――
『変な人だなあ』
と、城太郎はつぶやいた。
しかし、とにかく二人がこうして虎の口から助かったのは、あの渡辺の甥とかいう柘植三之丞のおかげであったことに間違いはない。
――この上でまた、武蔵に会えたならば、なんとその人へ礼をいってよいかなどと、お通の心はもうそんなことまで考える。
『さ、行きましょう』
『お洒落はもういいの』
『そんなことをいうものではありませんよ、城太さん』
『だって、うれしそうだもの』
『自分だって』
『それは、欣しいさ、欣しいからおれは、お通さんみたいに隠したりなんかしないさ。――大きな声でいってみようか、おらア欣しいっ!』
そして、手足を踊らせて、
『でも、もしかして、お師匠様がいなかったらつまらねえな。先へ行って見つけてみるよ、ネ、お通さん』
と駈け出した。
柑子坂を、お通は後から降りて行った。先へ駈けて行った城太郎以上に、心は坂の下へ飛んでいたが、かえって足が急がないのである。
(――こんな姿で)
お通は血の出ている自分の足へ眼を落し、土や木の葉によごれている袂をながめた。
その袂にたかっていた枯れ葉を取って、指先に弄びながら歩いてゆくと、葉に巻かれていた白い綿の中から、不気味な虫が出て来て手の甲を這った。
山の中で育ったくせに、お通は虫が嫌いだった。ぎょっとして手を振り払った。
『おいでようっ、はやく――。なにをのそのそ歩いているのさあ』
坂の下から城太郎の勢のいい声だった。あの元気のいい声の様子では、さては、武蔵が見つかったものとみえる。――お通は彼の声占からすぐ察して、
『アア、とうとう』
きょうまで自分というものを、ふと心のうちでなぐさめ、遂に届いた一心に対して、我へともなく、神へともなく、誇りたかった。歓びに胸おどらさずにいられなかった。
――だが、それは、女性の自分だけが前奏している歓びにすぎないことをお通はよく知っている。会ったにせよ、武蔵が、自分の一心を、どの程度までうけ容れてくれるだろうか。彼女は、武蔵に会うよろこびとともに、武蔵に会ってのかなしみにも、胸が傷んで来るのであった。
十一
坂の日蔭は土まで氷っていたが、柑子坂を降ると、冬でも蠅がいるほど陽あたりのよい立場茶屋が、山ふところの田圃へ向って、牛のわらじや、駄菓子などをひさいでいる。城太郎は、そこの前に立ってお通を待っていた。
お通が、
『武蔵様は』
と、訊ねながら、立場茶屋の前にがやがや群れている人々のほうを、じっと見ると、
『いないンだよ』
と、城太郎は、気抜けしたようにいい放って、
『どうしたんだろ?』
『え......』
お通は信じないように、
『そんなこと、ないでしょう』
『だって、どこにも、いないもの。――立場茶屋の人に聞いても、そんなお侍は見かけないというし......きっとなにかの間違だよ』
と城太郎は、そう落胆もしない顔つきなのである。
独りぎめに、思い過ごした歓びにはちがいないが、そう無造作に片づけられると、
お通は、
(何ていう子だろう)
と、城太郎の平気でいるのが、憎らしくなってくる。
『もっと彼方へ行ってみましたか』
『見たよ』
『そこの庚申塚の裏は』
『いない』
『立場茶屋の裏は』
『いないッてば』
城太郎が、うるさくなったようにそういうと、お通は、ふいと顔を横に向けてしまった。
『お通さん、泣いているね』
『......知らない』
『ずいぶん理のわからない人だなあ、お通さんはもっと賢い人かと思ったら、まるで嬰ンぼみたいなところもあるぜ。最初から、噓だかほんとだか、的にはならないことだったんだろ。それを、独りで決めこんで、武蔵様がいないからって、ベソを搔いているなんて、どうかしてらあ』
一片の同情も持たないように、城太郎はかえってゲラゲラ笑うのだった。
お通はそこへ坐ってしまいたくなった。急に世の中のすべてのものに光がなくなって、元のような――いや今までにない滅失に心が囚われた。笑っている城太郎の味噌ッ歯が、憎く見えて、腹が立って、こんな子をなんで自分が連れあるいているのか、捨てられるものなら捨てて、たった独りぼっちで、泣いて歩いていたほうが遙かにましだと思ったりする。
考えてみると、同じ武蔵という人を捜している身上であっても、城太郎のは、ただ師匠として慕っているのだし、彼女の求めているのは、生涯の生命として、武蔵をさがしているのである。そしてまた、こんな場合に際しても、城太郎はいつでもケロリとして、すぐ快活にかえってしまうし、お通はその反対に幾日も次の力を失ってしまう。それは、城太郎少年の心のどこかに、なアに、そのうちにきっとどこかで行き会えるに極っていることだからという定義が据っているからであって、お通には、そう楽天的に末を見とおしていられないのである。
(もう生涯、このまま、あの人とは、会うことも話すことも、出来ない運命なのではないかしら?)
と、悪いほうへも、やはり思い過ぎをしてしまう。
恋は相思を求めていながら、恋をする者はまた、ひどく孤独を愛したがる。それでなくても、お通には、生れながらの孤児性がある。他へ対して、他人を感じることに、どうしても人よりは鋭敏だった。
すこし拗ねて、怒ったふりを見せて、黙って先へぐんぐん歩き出して行くと、
『お通さん』
と、後で呼ぶ者があった。
城太郎が呼んだのではない。庚申塚の碑の裏から、枯れ草を踏みわけて来る人の大小の鞘が濡れて見えた。
十二
それは柘植三之丞であった。
さっき、あのまま坂の上へ登って行ったものとのみ思っていたのにふいに――また、往来でもないところから出て来たのである。お通にも城太郎にも、不思議な行動に見えた。
それに馴々しく、お通さんなどと呼びかけるのも、変な男だ。城太郎は、すぐ突っかかって、
『おじさん、噓いったね』
『なぜ』
『武蔵様がこの坂下で、刀をさげて待っているなんていって、どこに武蔵様がいるかい、噓じゃないか』
『ばか』
三之丞は、叱って、
『その噓のために、おまえの連れのお通さんは、あの三名から遁れたのではないか。理窟をこねる奴がどこにある、またおれに対しても、一言、礼ぐらいは申すのがほんとうではないか』
『じゃあ、あれは、おじさんがあの三人を計略に乗せるためにいったでたらめかい』
『知れたこと』
『なアんだ、だからおらもいわないことじゃないのに――』
と、お通へ向って、
『やっぱり、でたらめだとさ』
聞いてみれば城太郎へわがままに怒ったのはいいとしても、あかの他人の柘植三之丞へ怨み顔する理由は毛頭ないので、お通は幾重にも膝を折って、助けてもらった好意を感謝した。
三之丞は、満足のていで、
『野洲川の野武士といえば、あれでもこの頃は、ずいぶんおとなしくなった方だ。あれに狙われては、この山街道から無難に出ることは恐らくできまい。――だが、最前この小僧から話をきけば、おまえたちの案じている宮本武蔵という者、心得のある者らしいから、むざむざその網にかかるようなドジも踏むまい』
『この街道のほかに、まだ江州路へ出る道が、幾すじもありましょうか』
『あるとも』
三之丞は、真昼の空に澄んでいる冬山の嶺を仰ぎまわして、
『伊賀谷へ出れば、伊賀の上野から来る道へ。――また安濃谷へ行けば、桑名や四日市から来る道へ。――杣道や間道が、三つぐらいあるだろう。わしの考えでいえば、その宮本武蔵とかいう男は、逸はやく、道をかえて危難を脱していると思うが』
『それならば、安心でございますが』
『むしろ、あぶないのは、おまえ達二人のほうだ。折角、山犬の群から救ってやったのに、この街道を、ぶらぶら歩いていれば、いやでも野洲川ですぐまた捕まってしまう。――すこし道は嶮しいがおれについて来るがいい、誰も知らぬ抜け道を案内してやろう』
三之丞は、それから甲賀村の上を通して、大津の瀬戸へ出る馬門峠の途中まで一緒に来て、つぶさに道を教え、
『ここまで来れば、もう安心なものだ。夜は早目に泊って、気をつけて行くがいい』
と、いった。
かさねて、礼をのべて、別れようとすると、
『お通さん、別れるのだぜ』
三之丞は、意味ありげに、改めて彼女をじっと見た。そして、やや怨み顔に、
『ここまで来る間に、今に訊いてくれるか、今に訊いてくれるかと思っていたが、とうとう、訊いてくれないな』
『なにをですか』
『おれの姓名を』
『でも、柑子坂で聞いておりましたもの』
『おぼえているか』
『渡辺半蔵様の甥、柘植三之丞さま』
『ありがたい。恩着せがましくいうのじゃないが、いつまでも、覚えていてくれるだろうな』
『ええ、御恩は』
『そんなことじゃない、おれがまだ独り者だということをさ......伯父の半蔵がやかまし屋でなければ、邸へ連れて行きたいところだが......まあいい、小さな旅籠がある、そこの主人も、おれのことはよく知っているから、おれの名を告げて泊るといい。......じゃあ、おさらば』
十三
先の好意はわかるし、親切な人とも思いながら、その親切に少しも欣べないばかりか、親切を示されれば示されるほど、かえって厭わしくなる人間というものはよくある。
柘植三之丞に対するお通の気もちがそれだった。
(底のわからない人)
という最初の印象が妨げるせいか、わかれに臨んでも、狼から離れたように、ほっとはしたが、心から礼をいう気にもなれない。
かなり人みしりをしない城太郎さえが、その三之丞とわかれて峠を隔てると、
『いやな奴だね』
と、いった。
きょうの難儀を救われたてまえにも、そういう蔭口はいえない義理であったけれど、お通もつい、
『ほんとにね』
と頷いてしまい、
『いったいなんの意味なんでしょう、おれはまだ独り者だということを覚えていてくれなんて......』
『きっと、お通さんを今に、お嫁にもらいに行くよという謎なんだろ』
『オオいやだ』
それからの二人の旅は至って無事だった。ただ恨みは、近江の湖畔へ出ても、瀬田の唐橋を渡っても、また逢坂の関を越えても、とうとう武蔵の消息はわからないでしまったことである。
年暮の京都にはもう門松が立っていた。
待春の町飾を見ると、お通は先に逸した機会をかなしむよりも、次の機会に希望をもった。
五条橋のたもと。
一月一日の朝。
もし、その朝でなければ、二日――三日――四日と七種までの朝ごとに。
彼の人は必ずそこへ来ているというのである。城太郎からお通はそれを聞いている。ただ、それは武蔵が自分を待ってくれるためでないだけがさびしいといえばさびしい。しかし、なんであろうと、武蔵に会えることだけで、自分の希望は八分も九分も遂げられるようにお通は思うのだった。
(だけど、もしやそこへ?)
ふと彼女は、また、その希望を暗くするものに襲われた。本位田又八の影である。武蔵が、元日の朝から七日のあいだ、朝な朝なそこへ来ていようというのは、本位田又八を待つためなのだ。
城太郎に訊けば、その約束は、朱実に言伝けしてあるだけで、当人の、又八の耳には、入っているかいないかわからないという。
(どうか、又八が来ないで、武蔵様だけがいてくれればよいが――)
お通は、祈らずにいられなかった。そんなことばかり考えながら、蹴上から三条口の目まぐるしい年の瀬の雑閙へ入ってゆくと、ふとそこらに、又八が歩いていそうな気がする。武蔵も歩いていそうな気がする。彼女にとっては誰よりも怖い気のする又八の母のお杉隠居も、うしろから来はしまいかなどと思う。
なんの屈託もないのは城太郎で、久しぶりに戻って見る都会の色や騒音が、無性に彼をはしゃがせてしまい、
『もう泊るの?』
『いえ、まだ』
『こんなに明るいうちから旅宿屋へついてもつまらないから、もっと歩こうよ。あっちへ行くと、市が立っているらしいよ』
『市よりも、大事な御用が先じゃありませんか』
『御用って、何の御用』
『城太さんは、伊勢から自分の背中につけて来たものを忘れたんですか』
『あ、これか』
『とにかく、烏丸光広様のお館へうかがって荒木田様からおあずかりの品をお届けしてしまわないうちは、身軽にはなれません』
『じゃあ今夜は、そこの家で泊ってもいいね』
『とんでもない――』
お通は、加茂川を見やりながら、笑った。
『やんごとない大納言様のお館、どうして虱たかりの城太さんなんど、泊めてくれるもんですか』
冬 の 蝶
一
預かり中の病人が、寝床を藻抜けの空にして、紛失したとあっては、これは責任上、かなり驚いていい事件である。
けれど、住吉の浜の旅籠では、病人が病気を作った原因をうすうす知っていたし、無断で出て行った病人も二度と、海へ駈け込む惧れはないものとして、ただ一片の知らせを、京都の吉岡清十郎へ飛脚で出しておいたまま、追手のなんのと、いらざる苦労はしなかった。
――さて、そこで。
朱実は、籠から蒼空へ出た小禽のような自由を持ったが、なんといっても、いちど海で仮死の状態になった体である。そうぴちぴち飛んでも行けないし、殊には、憎い男性のために、処女のほこりに消えようもない烙印を与えられた傷手と――それに伴のうて起るさまざまな精神的又生理上の動揺というものは、そう三日や四日で、易々と癒えるものではない。
『くやしい......』
朱実は、三十石船のうちでも、淀川の水をみな自分の涙としても足らないほど嘆いた。
その口惜しいはまた、単なる口惜しいではない。――この身体のうちに、べつな男性を恋しているがために――その人との永久の希望を、あの清十郎の暴力のために破壊されたと思うがために、――更に複雑だった。
淀のながれには、門松の輪飾りや、初春のものを乗せた小舟が忙しげに棹さしていた。それを見ると、朱実は、
『......武蔵様に会っても?』
と、惑いの下から、ポロポロとなみだがこぼれてくる。
五条大橋のたもとに、武蔵が来て、本位田又八を待つという正月の朝を、朱実は、どんなに心待ちだったか知れないのである。
――彼の人は何だか好きだ。
こう思い初めてから、朱実は、都会のどんな男性を見ても、心をうごかしたことはない。殊にいつも、養母のお甲と戯れていた又八と思い較べていただけに、思慕の糸が、この年月まで、切れもせずに胸につながって来た。
思慕というものを、糸にたとえれば、恋はだんだんそれを胸のうちで巻いてゆく鞠のようなものだ。何年も会わないでいても、独りで思慕の糸をつくり、遠い思い出も、近い人づての消息も、みな糸にして、鞠を巻いて大きくしてゆく。
朱実も、きのうまでは、そういう処女らしい情操では、伊吹山の下にいた頃から、可憐な野百合のにおいを持っていた。――だが今はもうそれも心のうちで、微塵に砕けている気がするのだった。
誰も知るはずのないことであるのに、世間の眼がみな自分に対して変った気がしてならない。
『おい、娘や、娘や』
こう誰かに呼ばれて、朱実は、たそがれかかる五条に近い寺町を冬の蝶のように、寒々と歩いている自分の影と、辺りの枯れ柳や塔を見出した。
『帯かい、紐かい、なんだか解けて引き摺って歩いているじゃあねえか。結んでやろうか』
ひどく下等なことばをつかうが、身なりは瘦せても枯れても、二本差している牢人で、朱実は初めて見る男にちがいないが、盛り場や冬日の裏町を、何の用もなくよくぶらついている赤壁八十馬と名乗る人間。
すり切れたわら草履をばたつかせて、朱実のうしろへ寄って来た、そして地に曳き摺っていた彼女の帯紐の端をひろって、
『まさか姉やは、謡曲狂言によく出てくる狂女じゃあるめえ。......人が笑うわな。......美い顔をしているのに、髪だって、もすこしどうかして歩いたらどうだい』
二
うるさいと思うのであろう。朱実は耳がないような顔をして歩いてゆく。それを赤壁八十馬は、単に、若い女のはにかみと呑みこんで、
『娘やは、都ものらしいが、家出でもしたのか? それとも、主人の家でも飛び出して来たのか』
『............』
『気をつけなよ。おめえみたいな容貌美しが、そんな......誰が見たって、事情のありそうな、ぼんやり顔でうろうろ歩いていてみな、今の都には、羅生門や大江山はないが、そのかわり、女とみたらすぐ喉を鳴らす野武士がいる、浮浪人がいる、人買がいるぜ......』
『............』
ふんとも、すんとも、朱実は答えないのに八十馬は独りで喋って尾いて行きながら、
『まったく』
と、返辞まで自分でして、
『この頃、江戸の方へ盛んに京女がいい値で売られてゆくそうだ。むかし奥州の平泉に藤原三代の都が開かれた頃には、やはり京女がたくさんに奥州へ売られて行ったものだが、今ではそのはけ口が江戸表になっている。徳川の二代将軍秀忠が、江戸の開府に、今一生懸命のところだからな。――だから京女がぞくぞく江戸へ売られて、角町だの、伏見町だの、境町だの、住吉町だのと、こっちの色街の出店が二首里も先にできてしまった』
『............』
『娘さんなぞは、誰にでもすぐ目につくから、そんなほうへ売り飛ばされないように、また変な野武士などに引ッかからねえようにずいぶん気をつけないと物騒だぜ』
『......叱っ!』
朱実はふいに、犬でも追うように、袂を肩へ振り上げて、後を睨めつけた。
『――叱っ、叱っ』
げらげらと八十馬は笑って、
『おや、こいつあ、ほんとのキ印だな』
『うるさい』
『......そうでもねえのか』
『お馬鹿』
『なんだと』
『おまえこそ気狂いだ』
『ハハハハ、これやあいよいよ間違いなしのキ印だ。かあいそうに』
『大きなお世話だよ』
つんとして――
『石をぶっつけるよ』
『おいおい』
八十馬は離れない。
『娘や、待ちな』
『知らない、犬っ犬っ』
実は朱実は恐かったのである。そう罵ると、彼の手を払って、驀っしぐらに走ってしまった。そのむかし燈籠の大臣といわれた小松殿の館があった跡だという萱原を、彼女は、泳ぐように逃げてゆく、
『おういっ、娘や』
八十馬は、猟犬のように、萱の波を躍って追う。
裂けたる鬼女の口に似ている夕月が、ちょうど鳥部ノ山の辺りに見える。折から生憎、陽も落ちかけて、この辺りは人も通らない。もっとも、そこから二町ほど彼方を、一群の人間が、とぼとぼ山の方から降りて来るのはあったが、朱実の悲鳴を聞いても、こっちへ救いに駈けつけて来ようとはしなかった。――なぜならばその人々は皆、白い裃を着、白い緒の編笠をかぶり、手に数珠を持って、まだ野辺の送りをすまして来た涙が干かないでいる人たちであったから。
三
背なかを、どんと、突きとばされたのだ。朱実は勢よく、萱の中へ仆れてしまう。
『あっ、御免御免』
ふざけた男もある。自分で突きとばしておいて、八十馬はこう謝りながら、朱実の体へのしかかり、
『痛かったろ』
と、抱きすくめた。
その髯づらを、朱実は、くやしまざれに平手で打った。ピシャピシャと二つも三つも打った。けれど八十馬は平気なものなのだ。かえって、この男はそれを歓ぶかのように、眼をほそめて打たれているのだから始末にこまる。
従って、彼女を抱きしめている手は離しッこない。執拗に、頰をこすりつけてくる。それが無数の針のように痛くて、朱実は顔を苦しめられた。
――息ができない。
朱実は、ただ爪を立てる。
その指の爪が、争ううちに、赤壁八十馬の鼻の穴を搔きむしった。鼻は獅子頭のそれみたいに朱に染まる。けれど八十馬は手を離さない。
鳥部ノ山の阿弥陀堂から、夕闇の鐘は諸行無常と告げわたっている。けれど、こうすさまじく生き過ぎている人間の耳には、色即是空の梵音も、馬の耳に念仏というものである。男女を埋めている枯れ萱の穂は、大きな波をゆり立てるばかりだった。
『おとなしくしな』
『............』
『なにも、恐いことはないさ』
『............』
『おれの女房にしてやろう。――いやじゃあるまい』
『......死にたいッ!』
さけんだ朱実の声の余りにも悲痛で強かったので、
『えっ?』
八十馬は、思わずいった。
『......どうして、どうして』
手と膝と胸とで、朱実は体を山茶花の蕾みたいに固くむすんでいた。八十馬はどうかしてこの筋肉の抵抗をことばで解させようとするのだった。この男はまた、こういうことに幾たびか経験をもっているらしい上に、こういう時間のあいだをも楽しむことにしているらしい。凄い面がまえにも似もやらず、捕まえた餌物をむしろ嬲るかのように気が長いのである。
『――泣くことはないじゃないか。何も、泣くことは』
そんなことを、耳へ唇をつけていってみたり、
『娘やは、男を知らないのか、噓だろう、もうおめえぐらいな年頃で......』
朱実は、いつぞやの吉岡清十郎を思いだした。その時の苦しかった呼吸が考え出された。でも、あの時は比較にならないほど、心のどこかに落着いたものがある。......あの時のせつなこそは、部屋のまわりの障子の桟も見えない心地がしたほどだったが――。
『待ってくださいッてば――』
蝸牛のようになったまま、朱実はいった。なんの意もなくいったのである。病後の体が火みたいだった。その熱すら、八十馬は病気の熱とは思っていない。
『待ってくれって? ......よしよし、待ってやるとも。......だが、逃げるとこんどは手荒になるぜ』
『――ちいッ』
肩をつよく振って、八十馬の執拗な手をふり退けた。やっと少し離れた彼の顔を、睨めつけながら起ち上って、
『――何するんですっ』
『わかってるじゃねえか』
『女と思って、ばかにすると、わたしにだって、女のたましいというものがあるんだから......』
草の葉で切れた唇に血がにじんでいた。その唇を嚙みしめると、ほろほろと涙がながれ、血といっしょに白い頤をこぼれた。
『ほ......おつなことをいうな。こいつはまんざらキ印でもねえとみえる』
『あたりまえさ!』
ふいに相手の胸いたを突くと、朱実は、そこを転び出して、見えるかぎり夕月にそよぐ萱の波へ、
『人殺しっ、人殺しィっ......』
四
その時の精神状態からいえば、朱実より八十馬のほうが、一時的ではあるが、完全な狂人であった。
昻ぶりきった彼は、もう、技巧をこらしてなどいられない。人間の皮をかなぐりすてて、情痴の獣になりきってしまう。
――たすけてえっ!
青い宵月の光を、十間とは走らないまに、朱実は獣に嚙みつかれた。
白い脛が、無残にも闘い仆れ、自分の黒髪を自分の顔へ巻きつけて、朱実は頰を大地へこすった。
春が近いといっても、まだ花頂山から落ちてくる風は、蕭々と、この野を霜にするかと思われた。悲鳴に喘ぎたてる真白な胸が、乳ぶさが、露わに冬風に曝され、八十馬の眼を、さながら炎の窓にしてしまう。
するとその耳の辺りを、何者か突然、ごつんとおそろしく堅い物で撲った。
八十馬の血液は、その為、一時五体の循環を休止して、打撃をうけた箇所へ集まり、神経の火がそこから噴いたように、
『――ア痛!』
とさけんだ。
さけびながら又、後を向いたのもこの男の戸惑いである。その真っ向へ又、
『この馬鹿者っ』
ぴゅっ――と空気に鳴りながら、節のある尺八が、脳天を打ち下ろした。
これは痛くなかったろう、痛いと感じる間がなかったからである。八十馬は、へなへなと肩も眼じりも下げてしまい、張子の虎のように首を左右へぶるると振って後へ引っくり転ってしまった。
『他愛ないものだ』
尺八を手にぶら下げながら、撲った方の虚無僧は、八十馬の顔をのぞきこんでいる。――ぽかんと口を大きく開いて気絶しているのだ。打ったのが二度とも脳であったから、気がついてもこの男は痴呆性になるのではないかと考え、ひと思いに殺したよりも罪な業をしたものだと、つらつら眺め入っている。
『......?』
朱実は又、その虚無僧の顔を、茫然と見ていた。唐蜀黍の毛をすこし植えたように、鼻の下にうす髭が生えている、尺八を持っているから虚無僧と人も見ようが、うす汚ない着物に、一腰の太刀を帯び、乞食か侍か、よく見ないと判断のつかないような五十男である。
『もういい』
青木丹左衛門は、そういいって、唇の外へブラ下がっている大きな前歯でわらった。
『――もう安心おし』
朱実は初めて、
『ありがとうございました』
髪のみだれや、着物のみだれを直して、まだ脅えている眼が、夜を見まわした。
『どこじゃの、おぬし』
『家ですか。......家はあの......家はあの......』
朱実は、遽かにすすり泣きして、両手で顔を蔽ってしまう。
わけを訊かれても、彼女は正直にみな話せなかった。半分は噓をいい、半分はほんとの事をいい、そして又すすり泣いた。
母親がちがう事だの、その母親が自分の体を金に換えようとした事だの――住吉からここまで逃げて来た途中であるという事だの――その程度は打ち明けて、
『わたしもう、死んだって家へ帰らないつもりです。......ずいぶん我慢して来たんですもの。恥をいえば、小さい時には、戦の後の死骸から、剝盗りまでさせられた事があるんです』
憎い清十郎よりも、さっきの赤壁八十馬より、朱実は、養母のお甲が憎くなった。急にその憎さが骨をふるわして来て、又、よよと両手の裡で泣くのだった。
心 猿
一
ちょうど阿弥陀ヶ峰の真下にあたるところで、清水寺の鐘も近く聞え、歌ノ中山と鳥部ノ山にかこまれて、ここの小さい谷間は静かでもあり、またから風の当る寒さもよほどちがう。
その小松谷まで来ると、
『――ここじゃよ、わしの仮住居は、なんと暢気なものだろうが』
青木丹左は、連れて来た朱実をふり顧って、うす髭の生えている上唇を剝いて、にやりと笑う。
『ここですか』
失礼とは思いながら、朱実はつい問い返した。
ひどく荒れている一宇の阿弥陀堂なのである。これが住居というならば、この附近には、堂塔伽藍の空家がずいぶん少くない。この辺から黒谷や吉水のあたりは、念仏門発祥の地であるので、祖師親鸞の遺跡が多いし、念仏行者の法然房が讃岐へ流されるその前夜は、たしかこの小松谷の御堂とやらにあって、随身の諸弟子や帰依の公卿や善男善女たちと、わかれの涙をしぼられたものである。
それは承元の昔の春だったが、今夜は、散る花もない冬の末、
『......おはいり』
丹左は先へ御堂の縁へ上って、格子扉を押しあけ、そこから手招きをしたが朱実はためらって、彼の好意に従ったものか、ほかへ行って独りで寝場所をさがしたものか、迷っている様子に見える。
『この中は、思いのほか暖いのだ。藁ござだが、敷物もあるしな......。それとも、このわしまで、さっきの悪党のように、恐い人間と、疑っているのか』
『............』
朱実は顔を横に振った。
青木丹左が人のよい人間らしいことには、彼女も安心しているのである。それに年配も五十を越えているし――。だが、彼女がためらっているのは、彼の住居と称するお堂の汚なさと、彼の衣服や皮膚の垢からにおう不潔さであった。
――だが、ほかに泊るところのあてはないし、また、赤壁八十馬にでも見つかればこんどはどんな目にあうか知れないし――それになお朱実は、身体が熱ッぽくて、気懶くって、はやく横にでもなりたい気がしきりとするので、
『......いいんですか』
階段から上りかけると、
『いいとも、幾十日住んでいようが、ここなら、誰も怒って来はせんのじゃ』
中は真っ暗である。蝙蝠でも飛びだして来はしまいかしらと思われるほど暗い。
『お待ち』
丹左は隅で、火打ち石をカチカチ磨ッているのだ。どこで拾って来たか、短檠に灯りがつく。
見れば、鍋、瀬戸物、木枕、筵など、ひと通りのものは拾い集められてある。湯を沸かして、これから蕎麦搔きを馳走してやろうといい、七輪の欠けたようなものへ木炭をつぎ、付火木をくべ、火だねを作ってフウフウと火を吹きはじめる。
(親切な人)
すこし落着いてくると、朱実は、不潔も気にならなくなり、彼の生活に、彼と同じ気安さが持てて来るのだった。
『そうそう熱があって、身体がだるいといっていたの、おおかた風邪だろう。蕎麦搔きのできる間、そこに寝ていさっしゃれ』
むしろだの、米俵だので、隅へ寝どこができている。朱実はそこにある木枕へ、自分の持っている紙を当てて、すぐ横になった。
上から被る衾のかわりに、それへ備えてあるのは、これもどこかで拾って来たものらしい、破れた紙衣蚊帳。
『じゃあ、お先に』
『さあ、さあ、なにも心配しないがいいぞよ』
『......すみません』
と、手をつかえる。そして、渋紙の蒲団を引き被ごうとすると、その下から、なにか電光のような眼をした生き物が飛びだし、自分の頭を越えたので、彼女は、きゃっといって俯伏した。
二
だが、驚いたのは、朱実よりは、むしろ青木丹左のほうで、鍋へ空けかけていた蕎麦粉の袋を取り落して、
『アッ、なんじゃっ?』
膝を真っ白にしてしまった。
朱実は打ち伏したまま、
『なにか――なんだか知れませんが、鼠より、もっと大きな獣が、隅から飛び出して......』
いうと、丹左は、
『栗鼠じゃろ』
と見廻して、
『栗鼠のやつめが、よう食い物を嗅いで来おるでな。......だが、どこにも、何もいはせぬが?』
朱実は、そうっと顔をあげ、
『あれっ、そこに』
『どこに』
浮き腰を巡らして丹左がふとうしろを見ると、なるほど一匹の動物が、仏具も本尊仏もない内陣の欄のうちに、ちょこねんと乗って、丹左の眼が向くと、ぴくとしたように尻をすくめる。
栗鼠ではない、小猿なのだ。
『......?』
丹左が不審顔すると、小猿は、この人間くみしやすしと見てとったか、内陣の朱の欄をするすると二、三度往復をしてからまた、元のところへ坐って、毛の生えた桃に似ている面がまえをケロリと上げ、パチパチ眼ばたきをしながら何か物でもいいた気な風情。
『こいつ......どこから入って来たのじゃろう。......ははあ、だいぶ飯つぶがこぼれていると思うたら、さては』
さては、ということばが、わかるように、小猿は彼が近づく先に逃げ出して、内陣の裡へぴょんと隠れてしまう。
『......はははは、とんだ愛嬌者じゃわ、たべ物でもくれてやれば、悪戯はすまい。放っとこう』
膝の白い粉をはたいて、鍋のまえに坐り直しながら、
『朱実、なにも怖いことはない。――おやすみ』
『だいじょうぶでしょうか』
『山猿ではない、どこかの飼猿が逃げて来たのじゃろ、なに心配があるものか。――夜具はそれで寒くはないか』
『......いいえ』
『寝たがよい、寝たがよい、風邪は静かに寝ていさえすれば、なおる』
鍋へ、粉を入れ、水を入れ、そしてぐるぐる箸の先で搔きまわす。
欠け七輪に、炭火はかっかっとおこっている。鍋をかけておいて、その間に、丹左は葱を刻みはじめた。
まな板は、この御堂にあった古机、庖丁は小柄の錆たものらしい、刻んだ葱は、手も洗わずに木皿へうつし、その後を拭けばそのまま、次には膳にかわるのである。
クツクツと鍋の湯の沸る音が、だんだんこの中を暖めて来た。枯れ木のような膝をかかえ込み、丹左の飢えた眼が、湯の泡を見ていた。人間の至楽はこの鍋の中に尽きるといわないばかりに、その煮えるのが楽しみらしく見える。
いつもの晩のように、清水寺のほうで鐘が聞える。もう寒行はすんで初春もちかいが、師走が押しつまると、人の心の患らいが多いとみえ、夜もすがら鰐口をふる音だの、お籠りをする者の詠歌のあわれな声が絶えない。
(......わしは、わし自身の科をうけ、こうして、罪障の償いをしているようなものだが、城太郎はどうしているかなあ? ......。子にはなんの科もないはず、親の罪は親にこそ酬え、南無かんぜおん菩薩、城太郎のうえに大慈の御眸ありたまえ)
――蕎麦搔きを焦げつかないように、そっと箸で浮かしながら、親と名のつく者の弱い心の底から祈りをこめていると、
『――嫌あッ!』
突然、寝ている朱実が縊め殺されでもするようにさけんで、
『ち、ち、ちくしょう......』
見れば、寝息のうちに眼をふさいでいながら、木枕に顔押しつけて、さめざめと泣いているのであった。
三
自分のうわ言に、朱実は、眼をさまして、
『おじさん、わたしいま、寝ているうちに何かいいましたか』
『びっくりしたわさ』
丹左は、枕元へ寄って来て、彼女の額を拭いてやりながら、
『熱のあるせいじゃろう、ひどい汗だ......』
『何を......いったでしょう』
『いろいろ』
『いろいろって?』
朱実は熱ッぽい顔をよけいに赧らめて恥じるように、紙蚊帳の衾を、その顔へ被った。
『......朱実、おまえは、心で呪っている男があるのじゃな』
『そんなこと、いいまして』
『ウム。......どうしたのだ、男に捨てられたのか』
『いいえ』
『だまされたのか』
『いいえ』
『わかった』
丹左が独り合点すると、朱実は急に身を起して、
『おじさん、わ、わたし......どうしたらいいんでしょう』
人には話すまいと思って独り悩んでいた住吉での恥かしいことを、朱実のからだ中の怒りと悲しみは、どうしても、彼女の口からそれをいわせずにおかないのである。突然、丹左の膝にすがりつくと、まだうわ言の続きのように、嗚咽しながらあのことを喋べってしまった。
『......ふ、ム......』
丹左は熱い息を鼻の穴から洩らした。絶えてひさしい女性のにおいというものが、彼の鼻にも眼にも沁みる。このごろは、人間の灰汁というものが抜けきって、寒巌枯木にひとしい余生の肉体とばかり自分でも思っていた官能に、急に、熱い血でも注ぎこまれたような膨らみを覚え、自分の肋骨の下にも、肺と心臓がまだ生きていることをめずらしく思いだした。
『......ふーむ、吉岡清十郎というのは、そのような怪しからぬことをする奴かの』
問い返しながら、丹左も心のうちで、清十郎という人間を憎んでもあきたらぬ人間のように憎んだ。けれど、丹左の老いたる血を、それほど興奮させているものは義憤ばかりではなかった。ふしぎな嫉妬心のはたらきが、あたかも自分の娘が冒されでもしたかのように、彼の肩を怒らせるのだった。
朱実にはそれが、たのもしき人にみえ、この人ならもう何をいっても安心と思いこんで、
『おじさん、......わたし、死んでしまいたい、死んでしまいたい』
彼の膝へ、泣き顔を当ててもがくと、丹左は、あらぬ心地に、すこし当惑顔にさえなって、
『泣くな、泣くな、おまえが心からゆるしたわけではないから、おまえの心までは決して、けがされておりはせぬ。女性のいのちは、肉体よりは、心のものじゃろう。さすれば、貞操とは、心のことだ。体をまかせないまでも、心でほかの男を想うとすれば、その瞬間だけでも、女のみさおは穢らわしく汚れたものになっている』
朱実には、そんな観念的な気やすめに安心はしていられないらしく、丹左の衣を透すほど熱い涙をながしぬいて、なお、
(死にたい、死にたい)
をいいつづける。
『これ、泣くな、泣くな......』
丹左は、その背なかを撫でてやっていた。だが、白い頸のおののきを、同情しては見られなかった。このきめのいい肌の香も、もう他の男性に盗まれた後のものかとつい思うのだった。
さっきの小猿が、鍋の近くへいつのまにか来て、なにか食物をくわえて逃げた。その物音に、丹左は、朱実の顔を膝から落して、
『こいつめ!』
と、拳を振りあげた。
丹左にはやはり、食物の方が、女の涙よりは、重大に心を打つらしい。
四
夜が明けた。
朝になると、丹左は、
『町へ托鉢に行って来るでの、留守をたのむぞよ。――帰りには、そちの薬、暖かい食べもの、それから、油や米なども求めて来ねばならぬでな』
雑巾のような袈裟をかけ、尺八と笠をかかえて、阿弥陀堂から出て行った。
笠は、天蓋ではない、当りまえの竹の子笠である、尻切れ草履をびたびた摺って、雨さえ降らなければ、町へ行乞に出かけるのだった。案山子が歩いているように、鼻下の髭までがみすぼらしい。
殊に、今朝の丹左は、しょぼしょぼしていた。ゆうべは一晩じゅう、よく眠れなかったのである、あんなに悶えたり泣き悲しんでいた朱実のほうは、暖かい蕎麦湯をすすると、一汗かいて、深々と眠りに落ちてしまったが、丹左のほうは、明け方まで、まんじりともしなかった。
その眠れない原因が、今朝もまだ――うらうらと澄んでいる陽の下へ出ても――まだ頭のしんに残っていて、とつこうつ、それが心にこだわって離れない。
(ちょうど、お通ぐらいな年ごろだ......)
と、思う。
(お通とは、気だてがまるでちがうが、お通よりは、愛くるしい。お通には、気品があるが、冷たい美だ。朱実のは、泣いても、笑っても、怒っても、みんなそれが蠱惑になる......)
その蠱惑が強力な光線のように丹左のすがれた細胞をゆうべから活潑に若やがせているのだった。しかし、なんといっても争えないのは年齢である。寝返りを打つたびに、朱実の寝すがたを気にしながら、すぐベつな心が、
(あさましや、おれという人間はいったいどうしたものだ。池田家の譜代として、歴乎とした家禄のついていた家がらをつぶし、姫路の藩地からこのように流浪三界の落魄の身となり終ったのも、元はといえば、女のためではないか。お通という女に、ふと、今のような煩悩を起したのが因ではないか)
そう誡めて、自ら、
(まだ性懲りもつかないのか)
と叱ってみたり、また、
(ああ、尺八を持ち、袈裟はかけているが、まだまだ、おれは普化の澄明な悟道には遠いものだ。露身風体のさとりにはいつなれるのやら?)
慚愧の眼をつぶって、むりに眠ろうとして明け方にいたったのである。そのつかれが、彼の今朝の影に、よろよろとこびりついていた。
(――そんな邪心は捨てよう。
しかし、愛くるしい娘だ。また不愍な傷手を負っている。なぐさめてやろう。世間の男性は、そう色情の鬼ばかりでないことも知らせてやろう。
帰りには、薬と、何を求めて来てやろうか。きょう一日の行乞が、朱実のよろこびになると思えば、これは張り合いのあることじゃ。――それ以上の慾望はつつしもう)
やっと、心がそこへ落着いて、いくらか顔いろがよくなった時である。彼の歩いていた崖の上で、ばたッと、大きく翼を搏って、一羽の鷹の影が、陽をかすめた。
『......?』
丹左が、顔を上げると、葉の落ちている櫟ばやしの梢から、その顔の上へ、灰色の小禽の毛が、綿を舞わしたように飛んで来た。
鷹は、捕えた小禽を爪にかけて、その時空へ真っすぐに揚っていた――翼の裏を下へ見せて。
『あっ、捕ったっ』
と、どこかで、人声がひびき、つづいて、鷹の持主の口笛がながれた。
五
間もなく、延念寺の裏坂のほうから、ここへ降りて来る狩支度の二人づれが見える。
ひとりは、左の拳に放鷹を据え、獲物を入れる網ぶくろを、大小と反対のほうへ提げ、うしろに、敏こそうな茶いろの猟犬をつれていた。
四条道場の吉岡清十郎なのである。
もう一名は、清十郎よりずっと若くて、体つきはかえって剛健にできているが、派手やかな若衆小袖に、背なかへは、三尺余の大太刀を斜めに負い、髪は前髪だち――といえばもう、後は説明するまでもなく彼の岸柳佐々木小次郎のほかの何人でもない。
『そうだ、この辺だった』
小次郎は、立ちどまって、あたりを眺めまわしながらいう。
『きのうの夕方、わしの小猿めが、その猟犬と争って、尻尾を咬みつかれ、それに懲りたか、この辺で隠れこんだまま、とうとう姿を見せなかったが......どこかそこらの木の上にでもいはせまいか』
『いるものか、猿にも脚がある』
と清十郎は、興のない顔つきで、
『いったい、放鷹をつかうのに、猿など連れて歩くという法はない』
と、その辺の石へ腰かける。
小次郎も、木の根にかけて、
『なにも連れて歩くわけではないが、あの小猿めが尾いて来るので仕方がない。けれど、なんとなく可愛い奴で、そばにいないと肌さびしいのです』
『猫だの独だのという動物を愛撫するのは、女子か閑人だけだと思うていたら、おん身のような武者修行が、小猿を愛しているところを見ると、一概にいえないものだな』
毛馬堤で、実際に見ている小次郎の剣に対しては、十分、尊敬を払ってはいるが、ほかの趣味とか処世のほうとかにおいては、やはり乳くさい点が多分に見える小次郎だった。やはり年齢は年齢だけのものだという半面が、あれから後、たとえ三、四日の間でも一つ邸に住んでみるとよくわかった。
――で、清十郎は、彼に対して、人間的な尊敬は大して払わないかわりに、交際いは、かえって仕よい気持がして、この数日ですっかり親しみを加えていた。
『はははは』
小次郎は笑って、
『それは拙者がまだ、幼稚だからですよ、今に女のほうでも覚えれば、猿などは捨てて顧みなくなるでしょう』
といった。
それから小次郎が、暢気な雑談をはじめると、清十郎は反対に、なにか落着かない顔いろが濃くなってゆく。自分の拳にすえている放鷹の眼のように、たえず焦々するふうが眸の底に光るのである。
『なんだ、あの虚無僧めは。......さっきから、吾々のほうを凝と見て、立ちどまっておる』
ふいに、咎めるように清十郎がつぶやくので、小次郎も振り顧って見たのである。清十郎が、うさん臭い眼をやって睨めつけたのは、もちろん、その時まで、ぼんやりと彼方に佇んでいた青木丹左で、丹左はそれと共に、背を向けて、とぼとぼと向うへ歩き出していた。
『岸柳どの』
そういうと、清十郎は何を思いだしたのか、突然、腰をあげていった。
『帰ろう。――どう考えても鷹狩などしている場合でない。きょうはもう年暮の二十九日、帰ろう、道場へ』
しかし小次郎のほうは、その焦躁を、また始まったといわないばかり冷笑して、
『折角、鷹をすえて来たのに、まだ山鳩一羽に、つぐみ二、三羽しか獲っていない。もすこし、山へ登ってみようじゃないか』
『よそう、気のすすまぬ時には、鷹も思うように飛ばぬものだ。......それよりは、道場へもどって、𥡴古だ、𥡴古だ』
独り語のようにいい捨てた語尾には、ふだんの清十郎とは違った熱があった。小次郎がいやなら、自分ひとりでも先へ帰りそうな様子であった。
六
『帰るなら一緒に帰る』
小次郎も、共に歩みだしたが、愉快ではない顔いろだった。
『清十郎どの、むりにおすすめして、悪かったな』
『なにを』
『きのうも、きょうも、鷹狩をすすめてあなたを連れ出したのは、この小次郎ですから』
『いや......御好意は、よく分っている。......だが年暮ではあるし、貴公にも話した如く、宮本武蔵というものとの大事な試合も、目睫のまに近づいている場合ゆえ』
『わたくしは、それゆえに、あなたへ、鷹でも放って、悠々と、気を養うことをおすすめ申したわけだが、あなたの御気質では、それができないとみえる』
『だんだん噂をきくと、武蔵というものは、そう見くびれない敵らしいのじゃ』
『しからば、なおさらこちらは、迫らず、慌てず、心を練っておかねばなりますまい』
『なにも慌てているわけではないが、敵を侮るということは、兵法のもっとも誡めるところだ。試合までに十分、練磨をしておくのは当然じゃと拙者は思う。その上で、万一にも、敗れを取るようなことがあったとすれば、これは、最善を尽しての負けだ、実力の差だ、どうも致し方はないが......』
小次郎は、清十郎の正直さには好感を持てるが、気宇の小さなところが同時に見え透いて、これではとても、吉岡拳法の名声と、あの大きな道場とを、永くうけ継いで行ける器量ではない――と秘かに気の毒に感じるのだった。
(まだ、弟の伝七郎のほうが、ずっと線が太い)
と、思う。
だが、その弟と来ては、これは手のつけられない放縦で、腕は兄の清十郎よりも強いそうであるが、家名もへちまもない、いわゆる責任なしの次男坊にでき上っている。
小次郎は、その弟にも紹介はされたが、てんで肌合がぴったりしないし、かえってお互いに最初から妙な反感さえ抱いてしまった。
(この人は、正直だ、だが小心だ、助けてやろう)
こう考えたから小次郎は、わざと、鷹を持ち出して、武蔵との試合などは、念頭から忘れるように、わざと側から仕向けているのに、当の清十郎の身になると、そう悠然とは、構えていられないらしいのである。
――これから帰って大いに練磨するのだという。その真面目さはいいが、いったい、武蔵と会うまでに、これから幾日その練磨ができるのかと、小次郎は、訊きたい気がする。
(然し、性分だ......)
こういうことは、助太刀にならないことを小次郎は痛感した。――で、黙々と帰り途につきかけると、今し方まで足もとにいた茶色の狩犬がいつのまにか見えない。
――わん、わんっ、わんっ。
遠くのほうで猛々しい啼き声がしているのだった。
『ア、なにか獲物を知らせているらしい』
小次郎は、そういって、ひとみを輝かしたが、清十郎は、いらざる犬の働きといわないばかりに、
『捨ててゆこう、捨ててゆけば、後から追いかけて来るだろうから』
『でも......』
惜しむように、小次郎は、
『ちょっと見て参るから、あなたはそこで待っていて下さい』
犬の声を目あてに、小次郎は駈けて行った。――見ると、七間四面の古びた阿弥陀堂の縁がわへ、狩犬は駈け上っているのだった。そして、破れ果てた窓口の蔀へ向って、吠えては飛びかかり、躍っては転げ落ちたりして、そのあたりの丹塗の柱や壁ぶちを、めちゃめちゃに爪で搔きたてているではないか。
七
なにを嗅ぎつけてこう吠えついているのだろうか。小次郎は、猟犬の飛びかかっている窓とはべつな入口へ立った。
御堂の格子扉へ、彼は顔をよせてみた。中は漆壺をのぞくようでなにも見えない。ガラリッと、彼の手から扉を引く音がひびくと、犬は、尾を振って、小次郎の足もとへ跳って来た。
『――叱っ』
蹴とばしたが、犬は、気が立っていて、怯みもしない。
彼が御堂の中へ入ると、さッと、袂をくぐって、先へ駈けこんで行った。
と――すぐに。
小次郎の耳へつんざいて来たのは、思いもうけてもいなかった女の叫びである。それも凡々ならぬ驚きかたであって、精いっぱいの金切り声が、いきり立つ犬の声と、途端に、すさまじい闘いを捲き起し、御堂の梁もために裂けるかのように、人獣ふたいろの音響が、ぐわんぐわんと籠って鳴る。
『やっ?』
小次郎は、駈け寄った。その一瞬に、犬の猛っている目標のなんであったかも分ったし、また、必死に声をもって拒闘している女性のすがたも眼に映った。
紙衣蚊帳をかぶって、朱実は今も寝ていたのである。そこへ、猟犬の眼に見つけられた小猿が、窓から飛びこんで来て彼女のうしろへ隠れた。
犬は、小猿を追いつめて来て、朱実へ咬みつきそうにした。
――きゃッ。
と朱実が仰向けに転んだのと、もっと強い獣の悲鳴が、小次郎の足の先から発したのと、殆ど一緒で、間髪の差もなかった。
『――痛いッ、痛いッ』
泣くように、朱実はもがいた。犬の口は、大きく開いて、彼女の左の二の腕を咥えていた。
『くッ、これかッ』
小次郎が、二度目の足で、また犬の脾腹を蹴とばした。けれども、犬は彼の初めの一蹴りでもう死んでいたのであって、更にまた蹴っても、朱実の腕をくわえている大きな口は離れなかった。
『――離してっ、離してえっ』
もがいている彼女の体の下から、小猿がぴょいと飛び出した。小次郎は、犬の上顎と下顎へ両の手をかけて、
『こいつめ』
ばりっと、膠を剝ぐような音がした。犬の顔は、もう少しで二つになるところでぶらついていた。それを、ぶーんと扉口から外へ投げやって、
『もういい』
と、朱実のそばへ坐ったが、彼女の二の腕は、決して、もういいどころの状態ではなかった。
真っ白な腕が、緋牡丹みたいに血しおを噴いている。――その白さと紅さに、小次郎はぶるると自分にまで、痛みと慄えを感じた。
『酒はないか、傷を洗う酒は。......いやあるまいな、こんなところに、あるはずはない。ハテ、どうしたもの』
ぎゅっと、彼女の腕を抑えていると、熱い液体が、自分の手頸へも、さらさらとあふれて来るのだった。
『もしかして、犬の歯の毒でも受けたら、気狂いになってしまう。この間うちから、気狂いじみていた犬だ』
咄嗟の処置に迷いながら、小次郎がそう呟くと、朱実は、痛そうに眉をしかめ、白い頸を、うつつに反らしながら、
『えっ、気狂いに。......いっそのこともう、気狂いになりたい、気狂いに』
『ば、ばかな』
小次郎はいきなり顔をよせて、彼女の二の腕の血を口ですすった。口の中へ血がいっぱいになると吐きすてて、また、白い肌を頰張った。
八
たそがれになると、青木丹左は一日の托鉢からとぼとぼ帰って来た。
もう薄暗くなっている阿弥陀堂の扉を開けて、
『朱実、さびしかったろう。今もどって来たぞよ』
途中で求めて来た彼女の薬だの食べ物だの、油の壺などを隅へおいて、
『お待ち、今、明りを灯けてやるからの......』
しかし......明りが燈ると、彼の心は暗くなった。
『おや......? どこへ行ったのじゃ、朱実、朱実』
彼女の姿は見えないのであった。
冷たいものに拒まれた自分だけの情愛が、むっと、やりばのない憤りに変って、彼は、眼のまえも世の中も暗くなった。その怒りがさめると、なんともいえない淋しさにとらわれて、丹左は、この先とも若くなりようはないし、栄誉も野心も持てないと決まっている、わが老いの身一つを見出して、泣きたいように顔をしかめた。
『ひとに助けられた上、あんなに世話になっておきながら、黙って出てゆくとは......アアやっぱり、それが世間なのかなあ......今の若い女はそうなのかなあ。......それとも、わしをまだ疑って?』
丹左は、愚痴ッぽくつぶやいて、彼女の寝ていた後を、猜疑な眼で見まわした。――見るとそこに、帯の端でも裂いたような小布が捨ててあった。その布にはすこし血がついている。丹左はよけいに邪推が働いて、ふしぎな嫉妬に駆られるのであった。
忌々しげに、彼は、藁の寝床を蹴とばした。買って来た薬も外へ打ち捨ててしまう。そして一日の行乞に胃は飢えぬいているのであったが、晩の食物を作りにかかる気力も失せたように、尺八を持って、
『あ、あ』
阿弥陀堂の縁へ出てゆく。
それからおよそ半刻ぐらいの間というもの、取り止めもなく、彼のふく尺八は、彼の煩悩を虚空へ遊ばせていた。人間の情慾は、墓場に入ってしまうまでは、形を変えても人体のどこかに、燐のように元素的な潜在をもっていることを、丹左のふく尺八は、虚空へ自白していた。
(どうせ、他の男性に、勝手にされてしまうあの娘の宿命なら、なにも自分だけが、姑息な道徳の通念にしばられて、一晩じゅう、寝ぐるしい思いなどしている必要はなかったのだ)
後悔に似たものだの、それを自分でいやしむ気持だの、雑多な感情が、帰着するところなく、血管のなかを、いたずらに駈けまわっているのが、いわゆる煩悩なのである。――丹左のふく尺八は、ひたすら、その感情の濁りから澄もうとする必死な反省であるらしいが、よくよく業のふかいこの男の生れ性とみえて、彼がむきになってかかる程には、その吹禅の竹は澄んで来なかった。
『虚無僧さん、なにが面白くて、今夜は独りで尺八をふいているのだえ? 町で、もらいが多くあって、酒でも買って来たなら、わしにもすこし、酔わせておくれぬか』
御堂の床下から、首を出してこういったお菰がある、そのいざりのお菰は、常に床下に住んでいて、自分の上で暮している丹左の生活を、王侯のように下から見て、羨ましがっている人間だった。
『お......おまえは知っているじゃろう。わしがゆうべ、ここへ連れて来ておいた女子は、どこへ行った?』
『あんな玉を、逃すなんて法があるものか。今朝、おめえが出てゆくと、大きな刀を背に負った前髪の若衆が小猿といっしょに、女子まで肩にかけて、連れて行ったわ』
『え、あの前髪が?』
『悪くない男ぶりだもの。......おめえや、おれよりは』
床下のいざりは、なにがおかしいのか、ひとりで笑っていた。
公 開 状
一
四条道場へ帰るとすぐ、
『おい、これを鷹部屋の止り木へ架けておけ』
門人の手へ、鷹をわたして、清十郎は草鞋を解いた。
はっきりと不機嫌な顔つきである。剃刀のように、体から刃が立っている。
門人たちは、お笠を、洗足水をと、その神経へ気をつかいながら、
『御一緒に行った小次郎殿は?』
『後から帰るだろう』
『野駈けのうちに、迷れておしまいになったので』
『ひとを待たせておいて、いつまでも戻って来ぬゆえ、わし一人で、先へ帰って来たまでのことだ』
衣服を更えて、清十郎は居間へ坐った。
その居間の中庭を隔てて宏大な道場はあった。年暮の二十五日を𥡴古仕舞として、春の道場開きまで、そこは閉っていた。
千人ぢかい門人が、年中、出入している道場なので、そこに木剣のひびきがきこえないと、急に空家になったような感じだった。
『まだ帰らんか』
清十郎は幾度も、居間の中から門人へたずねた。
『まだお帰りになりませぬが』
小次郎が戻って見えたら、きょうは彼を𥡴古台として、またやがて出会う武蔵とも見做して、みっちり鍛錬しておこう。――そう考えて、清十郎は待っていたが、夕方になっても、夜になっても、遂に小次郎は姿を見せなかった。
翌る日も帰らない。
年暮の日は、最後まで押しつまって来た。今年も、きょう一日しかないという大晦日の昼。
『どうしてくれるんだ』
吉岡家の表部屋へは、掛取が市をなして、押しかけていた。頭のひくい町人が、堪忍をやぶって、呶鳴っているのである。
『用人が留守だ、主人が留守だといえば、それで済むと思うてござるのか』
『何十遍、足を通わせるつもりなのだ』
『この半期の勘定だけなら、先代の御ひいきもあったお屋敷ゆえ、黙っても退きさがろうが、この盆の勘定も、前の年の分も、この通りじゃわ』
と、帳面をたたいて突きつける男もある。
出入りの大工、左官、日用品の米屋、酒屋、呉服屋、それからあちこちと、清十郎が、遊興して歩きちらした茶屋小屋の勘定取。
そんなのは、まだまだ小口のほうで、弟の伝七郎が兄に計らず、勝手に現金で借りた利のたかい借財もあった。
『清十郎殿に会わせてもらいましょう。門人衆では、埓があかん』
坐りこんで、動かないものだけでも、四、五名はある。
平常、道場の会計や、また奥向きの経済のやりくりは、祇園藤次が用人役として、切り盛りしていたのであるが、そのかんじんな藤次は数日前に、旅先で寄せた金を持ったまま、「よもぎの寮」のお甲と逐電してしまった。
門人達にはどうしていいかわからない。
清十郎はただ、
『留守と申せ』
の一点張りで、奥にかくれたままでいるし、弟の伝七郎は、勿論、大晦日などという物騒な日に、家へ寄りつくはずもなかった。
どやどやと、そこへ六、七名の肩で風を切って歩く連中が入って来た。吉岡門の十傑と自称している植田良平やその門人達である。
掛取たちを睨めまわして、
『なんだ? おい』
良平が、そこへ突っ立って、頭からいうのである。
断りに当っていた門人が、説明するまでもない顔つきで、簡単にわけを告げると、
『なアんだ、借金取か。借金ならば、払えばよいのだろう。御当家の都合のよろしくなる時まで待て。待てないやつは、おれが別に話の仕方があるから、道場のほうへ来い』
二
植田良平の乱暴ないいぐさに、掛取の町人も、むっと色をなした。
御当家の都合よくなるまで待てとはなんだ。なおその上、待てない奴はべつに話をつけてやるから道場のほうへ来いとはなんだ。かりそめにも、室町将軍家の兵法所出仕という先代の信用があればこそ、頭を下げ、御機嫌を取り、品物も貸し、何も貸し、あした参れといわれればヘイ、あさって来いといわれればヘイ、なんでもヘイヘイして、先はお屋敷と奉っていれば、つけ上るにも程がある。そんな文句に恐れて、掛取が引き退がっていた日には、町人は生きてはゆかれない、町人がなくて、侍だけでこの世の中が持ってゆけるものなら持ってみろ、という反感が、当然、掛取たちの頭を燃した。
良平は、がやがや首をあつめている町人たちを、木偶坊のように見て、
『さあ、帰れ帰れ、いつまでいても、無駄だぞ』
町人たちは、黙ったが、動こうとはしなかった。
すると、良平が、
『おい、つまみ出せ』
門人の一人へいったので、怺えていた掛取も、もう我慢ができないといったふうに、
『旦那、それじゃ余りひどいじゃありませんか』
『なにがひどい』
『なにがって、そんな無茶な』
『だれが無茶をいった』
『つまみ出せとはなんぼなんでも』
『然らば、なぜ神妙に帰らんか、きょうは大晦日だぞ』
『ですから、手前共だって、年の瀬が越えられるかどうかっていうところで、一生懸命にお願い申しているんで』
『御当家もいそがしい』
『そんな断り方があるものか』
『貴様、不服か』
『勘定をお下げくださりさえすれば、なにも文句はありません』
『ちょっと来い』
『ど、どこで』
『不埓なやつだ』
『そ、そんな馬鹿な』
『馬鹿といったな』
『旦那へいったわけじゃありません、無法だといったんで』
『だまれっ』
襟がみをつかんで良平は、その男を側玄関の外へ抛り出した。そこに立っていた掛取たちは、あわてて飛び退いたが、逃げおくれて、二人ほど折り重なって仆れた。
『誰だ、ほかに苦情のいいたい奴は。些細な勘定をたてにとり、吉岡家の表へ坐りこむなどとは沙汰の限り。おれがゆるさん、若先生が払うといっても、おれは払わさん。さ一人一人、頭を出せ』
町人たちは、彼の拳を見て、われがちに腰を上げた。然し門の外へ逃げ出ると、腕に力を持たないだけに、口を極めて、罵った。
『今に――この門へ、売家の札が貼られたら、手をたたいて、嘲ってくれようぞ』
『遠くないうちだろうて』
『わしらの思いだけでも』
そんな怨嗟を、門の外に聞きながら、良平は屋敷の中で、腹をかかえて笑っていた。そして、他の連中と共に、奥の清十郎の居間へ入って行った。
清十郎は、沈湎として、独りで火桶をかかえていた。
『若先生、ひどくお静かですな。どうかいたしたので』
良平が訊ねると、
『いや、どうもせぬ』
股肱とたのむ門人中の門人が、六、七名もそろって来たので、清十郎はやや顔いろを直して、
『いよいよ、日が迫ったの』
『迫りました。その儀につき、一同して参りましたが、武蔵へいい渡す試合の場所、日時、あれは、どういうことに決めますかな』
『さよう? ......』
清十郎は考え込む。
三
かねて、武蔵から来ている書面には、試合の場所や日どりは、そちらに一任するから、その旨を、一月の初めまでに、五条大橋のほとりへ高札しておいてもらいたいとある。
『場所だな、まず』
清十郎はつぶやくようにいって――
『洛北の蓮台寺野はどうだろう』
と、一同へ計った。
『いいでしょう。して、日どりと時刻は』
『松の内か、松の内を過ぎてとするか......だが』
『はやいがよいと思います。武蔵めが、卑怯な策をめぐらさぬ間に』
『では、八日は』
『八日ですか。八日はよいでしょう。先師の御命日ですから』
『あ、父の命日になるか、それは止そう。......九日の朝――卯の下刻、そう極める、そういたそう』
『では、その通りに、高札に認め、こよい除夜のうちに、五条大橋のたもとへ打ち立てますか』
『うむ......』
『お覚悟は、よろしゅうございましょうな』
『もとよりのこと』
そういわざるを得ない清十郎の立場となった。
だが、武蔵に負けようなどとは、思いもよらない。父拳法に手を取って教えこまれた幼少からの技倆は、ここにいる高弟の誰といつ試合っても、劣った例はない。ましてや、まだ駆け出しの田舎兵法者である武蔵如きに――と、彼は自負しているのであった。
――にも関わらず、なんとなく、先頃からふと怯みを感じたり、心の整いがつかないのは、自分が、兵法の研磨を怠っている為ではなく、身辺の雑事に煩わされている為と、彼自身も解釈している。
朱実のことが、その一つの原因というよりは最も多く、あの後では、彼の気もちを不愉快にしていたし、武蔵からの挑戦状で、あわてて京都へ帰ってみれば、祇園藤次が逐電してしまうやら、また家政の癌はこの年暮へ来ていよいよ重体なもようとなり、日々、掛取に押しかけられるようで――清十郎の心は、心構えを持つ遑がない。
ひそかに、頼みにしていた佐々木小次郎も、ここへ来て、顔を見せなくなってしまった。弟の伝七郎も寄りつかないのである。彼は、もとより武蔵との試合に、自分以外の助太刀を必要とするほど敵を大きく見てはいないが、それにしても、今年の年暮はさびしい気がしないでいられなかった。
『ご覧ください。これでよかろうと思いますが』
植田良平たちが、別室から、新しく削った白木の板へ、高札に立てる文言を書いて来て、彼の前へ示した。――見ると、まだ水々と墨は濡れていて、
答 示
一つ、望みに依り試合申す事
場所、洛北蓮台寺野
日時、正月九日卯の下刻
右神文にかけて誓約候事
万一、相手方の者、違えてあるに於ては、世間へ向ってわらい申す可、当方に違えある時は、即ち、神罰をうくるものなり
慶長九年除夜
平安 吉岡拳法二代清十郎
作州牢人宮本武蔵殿
『ム、よかろう』
初めて肚がすわったのであろう、清十郎は大きくうなずいた。
その高札を小脇に持って、植田良平は、二、三の者を後に連れ宵の大晦日を、五条大橋のほうへ、大股に歩いて行った。
孤 行 八 寒
一
吉田山の下である。ここらの横には小扶持を取って、生涯変哲もなく暮らしている公卿侍の住居が多かった。
ちまちました屋造りや、素朴な小門などが、外から見てもすぐそれと分るほど極めて保守的な階級色を持って、ただ無事に並んでいた。
武蔵は、
(ここでもない。ここでも......)
と次から次の家の門札の名を見てゆきながら、
(もう住んでいないのかもしれぬ?)
と、捜す力を失ったように佇んでしまった。
父の無二斎が死んだ時に会ったきりの叔母であるから、彼の記憶は少年の頃の遠いうろ覚えにすぎなかった。――でも、姉のお吟のほかに血縁といえば、その叔母ぐらいな者しかないので、きのうこの京都へ足を入れると、ふと思い出して訪ねてみたのである。
叔母の良人は、近衛家に勤めていて、禄のひくい小侍だと覚えている。吉田山の下ですぐ知れるかと思って来たところが、来てみると、同じような家構えがたくさんあって、家の小さい割にみな木立の奥に、蝸牛のように門を閉め、門札も出ている家もあり、ない家もあるという有様なので、知れ難いし、訊くにも訊き難い。
(もう、変っているに違いない。よそう)
武蔵は、あきらめて、町のほうへ戻りかけた。町の空には、夕靄がこめて、その靄が、年の市の灯りでうす赤く見えるのだった。
大晦日の夕ぐれである。どことなく騒音のある洛内だった、すこし人通りの多い往来へ出ると、人間の眼も、跫どりも、違っている。
『あ......?』
武蔵は、すれ違った一人の婦人へ振り顧っていた。もう七年も八年も見ない叔母であるが、たしかに、母方の播州佐用郷から都へ嫁づいたというその女にちがいない。
『似ている』
とはすぐ思ったが、でも念のため、しばらく後へ尾いて行きながら注意していると、四十ぢかい小がらなその婦人は、年の市の買物を胸にかかえ、先刻、武蔵がさんざん家をさがして歩いた淋しい横道へ曲ってゆく。
『叔母御』
武蔵が呼ぶと、その婦人は、怪訝な顔して、しばらく彼の顔やすがたをまじまじ眺めていたが、やがて非常な驚きを、常々の無事と小さな家計に狎れて年のわりに萎びているその眼もとへ現わし、
『あっ、そなたは、無二斎の子の武蔵じゃないか』
少年の頃から初めて会うこの叔母に、たけぞうと呼ばれないで武蔵といわれたのは、案外でもあったが、それよりはなにかしらさびしい気がして、
『はい、新免家のたけぞうでございます』
武蔵のほうからいうと、叔母は彼のそういう姿を、ながめ廻すだけで、まあ大きくなったことだとも、見ちがえるほど変ったとも、いわなかった。
ただ冷やかに、
『そして、そなたは、なにしにここへ来やったのか』
と、むしろ難詰るようなことばでいう。武蔵は、はやく別れた生みの母になんの記憶もなかった。だがこの叔母と、こうして話していると、自分の母も、生きていた頃は、この位な脊丈の人であったろうか、こういう声の人であったろうか――と、目もとや髪の先にまで、亡き母の面影をこころの裡で求めていた。
『べつに、なんの用事があってという次第ではございませぬが、京都へ参りましたことゆえ、ふとおなつかしゅう存じまして』
『うちを訪ねて来やったのか』
『はい、突然ながら』
すると、叔母は、
『やめたがよい、もうここで会えば、用がすんだであろ。帰りゃ、帰りゃ』
と、手を振るのだった。
二
これが、何年ぶりかで会った叔母の、血につながる者へのことばか。
武蔵は、他人以上の冷たさを、心へ浴びた。亡母の次の人みたいに甘えて来た世間知らずが、はっと、悔いられるとともに、思わずいった。
『叔母御、それはまた、なぜですか。帰れとなら、帰りもしましょうが。道ばたで会った途端に、帰れとは、解せぬ仰せ。私に何かお叱りがあるならば、打ちつけにいって下さい』
そう突っ込まれると叔母は困ったように、
『では、ちょっと上って、叔父様に会って行きゃれ。ただ......叔父様は、あのようなおひとゆえ、久しぶりに訪ねて来たそなたがまた、落胆しても折角と思うての老婆心じゃ。気を悪うしやんな』
そういわれると、武蔵はいくらか慰められ、叔母について、家へ入った。
ふすま越しに、やがて叔父の松尾要人の声がする。喘息病みらしい咳声と、感激のない呟きを聞くと、武蔵はまた、ここの家庭の持つ冷たい壁を感じて、隣りの部屋でもじもじしていた。
『なに、無二斎の息子の武蔵が来たと? やれ、到頭来おッたか。......して、どうした、なんじゃ、上がっておると。なぜわしに黙って上へ通しなすったか、ふつつか者め』
武蔵は耐えかねて、叔母をよび、早々、暇を告げようとすると、
『そこにいるのか』
要人は、そこを開けて、閾ごしに眉をひそめた。畳の上へ牛の草鞋でも上げたように、穢い田舎者と、見ている眼だった。
『おまえ、なにしに来た』
『ついでがありましたゆえ、御機嫌をうかがいに出ました』
『うそをいいなさい』
『え?』
『うそをいっても、こちらには、分っている。おまえは、郷里を荒らし抜いて、多くの人に恨みをうけ、家名にも、泥をぬって、逐電している身じゃろうが』
『............』
『どの面下げて、親類などへ、のめのめと』
『恐れ入りました、今に、祖先へも郷土へも、詫びをするつもりではおりますなれど』
『......なれど、今更、国許へも帰れぬのであろうが、悪因悪果というもの、無二斎どのも、地下で泣いておろうわい』
『......長座いたしました。叔母御、お暇いたします』
『待たぬか、これ』
要人は、叱って、
『この辺をうろうろしていると、おまえは飛んでもない目に遭うぞ。なぜなれば、あの本位田家の隠居――お杉とやらいう肯かぬ気の婆どのが――半年ほど前に一度見え、また、先頃からも度々やって来て、わしら夫婦へ、武蔵の居どころを教えろの、武蔵が訪ねて来たろうのと、恐ろしい権まくで坐りこむのじゃ』
『あっ、あの婆が、ここへも参りましたか』
『わしは、あの隠居から、すべてを聞いておる。血縁の者でなければ、ひッ縛って、婆の手へわたしてくれるのじゃが、それもなるまい。......わしら夫婦にまで、迷惑をかけぬよう、すこし足でも休めたら、こよいのうちに、立ったがよい』
心外である。この叔父叔母は、お杉の認識をそのままうけて自分を見ているのだ。武蔵は、いい知れない淋しさと、生来の口重い気質に暗くなって、ただうつ向いていた。
さすがに気の毒になったとみえ、叔母は、あちらの部屋へ行ってすこし休めという。それが最大な好意らしくあった。武蔵は黙ってそこを立ち、一間へ入ると、数日来のつかれもあるし、また、夜が明けてあしたの元日には――五条大橋の誓いもあるので、すぐごろりと横になって、刀を抱いた。――いや飽までこの世は自分の身ひとつと思う孤独を抱きしめている姿だった。
三
世辞もなく、わざと辛く、ずけずけとものをいうのも、血縁の叔母なればこそ叔父なればこそ――そう考えられぬこともない。
一時は、憤っとして、門に唾して去ろうとまで思ったが、武蔵は、そう解釈して、寝ころんでいた。かぞえても幾人もない親類である。努めて、その人達をば、善意に解して、他人よりも濃く血のつながっている縁者として、生涯、なんぞの時には、助けたり助けられたりして行きたいものと、彼のみは、思うのだった。
だが武蔵のそんな考え方は、実世間を知らない彼の感傷に過ぎない。若いというよりも、幼稚な程彼はまだ、人間を観る目も、世の中を観る目も、そういう方にかけては、知ることの浅い青年に過ぎなかった。
彼のような考えは、彼が大いに名を成すか、富を得るかした後に考えるならば、少しも不当にはならないが、この寒空を、垢じみた旅着一枚で、しかも大晦日――辿りついた親戚の家で考えたりすることではない。
その考えの間違っていた反証はやがてすぐ現われた。
(すこし休んでゆけ)
と、叔母がいってくれたことばを力にして、彼は、空腹をかかえて待っていたが、宵から勝手元で煮物のにおいや器物の音がしていたにかかわらず、彼の部屋にはなんの訪れもないのである。
火桶の中には、螢ほどな火の気しかなかった。だが、飢えも寒さも第二のものだった。彼は手枕のまま二刻あまり、昏々と眠っていた。
『......あ、除夜の鐘だ』
無意識に、がばと身を起した時、数日来の疲れは洗われていて、彼の頭脳は冴え切っていた。
洛内洛外の寺院の鐘が、いんいんと、無明から有明のさかいへ鳴っていた。
諸行煩悩の百八つの鐘は、人をして一年のあらゆる諸行へ反省を呼び起させる。
――おれは正しかった。
――おれは為すことを為した。
――おれは悔いない。
そういう人間が何人あるだろうかと武蔵は思った。
一鐘の鳴るごとに、武蔵は、悔いのみを揺すぶられた。ひしひしと後悔されることばかりへ追憶がゆくのである。
今年ばかりではない。――去年、おととし、先おととし、いつの年自分自身で恥じない月日を一年送った例があるだろうか。悔いない一日があったろうか。
なにか、やるそばから、人間はすぐ悔いる者らしい。生涯の妻を持つことにおいてさえ、男の大多数は悔いて及ばない悔を皆ひきずっている。女が悔いるのはまだ恕せる、ところが、女の愚痴はあまり聞えないが、男の愚痴がしばしば聞える。勇壮活潑なことばをもって、うちの女房を穿き捨て下駄のようにいうのである。泣いていうよりも悲壮で醜い。
まだ妻はないが、武蔵にも通有性の悔いがある、煩悩がある、彼はすでに、この家を訪ねて来たことを後悔するのだった。
(おれにはまだ、縁を恃む気持が失せない。自力だ、一人だと、常に誡めながら、ふと人に依りかかる。......馬鹿だ、浅慮だ、おれはまだ成っていない)
慚愧すると、その慚愧している自分のすがたがまた、いとど醜しく思われて、武蔵はよけいに自分への恥に打たれた。
『そうだ、書いておこう』
なにを思いついたか、彼は常住坐臥、肌身を離さずに持ち歩いている武者修行風呂敷を解きはじめた。
――その頃、この家の門の外に立って、ほとほとと、そこを叩いている旅扮装いの老婆があった。
四
半紙を四つ折にかさねて綴じた彼の雑記帖なのである。武蔵はそれを、旅包みの中から出して、早速、硯箱をひきよせた。
それには、彼が漂泊のあいだに拾った感想だの、禅語だの、地理の覚えだの、自誡のことばだの、また、ところどころには幼稚な写生画なども書いてあった。
『............』
筆を持って、彼は余白を見つめていた。百八つの鐘はまだ遠く近く鳴りつづけている。
われ何事にも悔いまじ
武蔵は、そう書いた。
自己の弱点を見出すごとに、彼は自誡のことばを一つ書いた。だが、書いただけではなんの意味もなさない。朝暮に経文のように唱えて胸へ刻みこむのでなければならない。従って、辞句も詩のように口で唱え易いことが必要であった。
その為か、彼は、苦吟して、
われ何事にも......
という修辞を、
われ事において
と書き改めた。
『われ事において悔いまじ――』
口のうちで呟いてみたが、武蔵は、まだ自分の心にぴったりしないものか、終りの文字もまた消してしまい、こう改めて、筆を投じた。
われ事において後悔せず
最初のは「悔いまじ」であったが、それではまだ弱いと考えられたのである。「――せず」でなければならない――われ事において後悔せず!
『よし』
武蔵は、満足した、そして胸に誓った。何事にも自分の為した事に後悔はしないというような高い境地へまで到達するには、まだまだこの身を、この心を、不断に鍛え抜かなければ及びもない望みとは思うのであったが、
(必ずそこまで行き着いてみせる)
と、彼は自分の胸の遠いところへ、理想の杭を打って、堅く信念するのだった。
――折ふし、うしろの障子が開いて、寒げな叔母の顔がそこを覗き、
『武蔵......』
と、歯の根で呟くようにふるえを帯びた声でいう。
『虫の知らせじゃ、なんとのう、そなたを止めておくのは気がかりと思うていたら、案のじょう、時も時、今、本位田家のお杉隠居が門をたたき、玄関に脱いであるそなたの草鞋を見つけて、武蔵が訪うて来たであろう、武蔵をこれへ出しやれといい猛って......オオここへも聞えてくるわ、あの通りな厳談じゃ。――武蔵、なんとしやるぞ』
『......え、お杉婆が』
耳を澄ますと、なる程、いつも変らない切口上と、きかない気の隠居の皺がれ声が、木枯らしの洩るように響いてくる。
叔母は、もう除夜の鐘もすんで、これから若水でも汲もうという元日早々、もし忌わしい血でも見るようなことになってはと、いかにも迷惑そうな顔を、露骨に武蔵へ見せつけながら、
『逃げておくれ、武蔵、逃げるのがなにより無事。今――叔父様が応対して、左様な者は立ち寄った覚えはないと、ああして婆を阻んでおいでなさる程に、その間に、裏口からでも――』
追い立てて、彼の荷物や笠を自分で持ち、叔父の革足袋と、一そくの草鞋を裏口へ置いてくれた。
武蔵は、急かれるままに、それを穿いたが、いい難そうに、
『叔母御、まことに御無心ですが、茶漬を一膳食べさせてくれませんか。――実は、宵から空腹なので』
すると叔母は、
『何をいいやる、それどころの場合かいの、さ、さ、これでも持って早よう行きゃれ』
白紙にのせて持って来たのは、五つほどの切餅だった。武蔵は押しいただいて、
『御機嫌よう......』
凍てついている氷の道を踏んで、もう元日ではあるが、まだ真っ暗な天地の中へ、毛を毮られた寒鳥のように、悄々と出て行った。
五
髪の毛も、指の爪も、みな凍ってしまうかと思われた。ただ自分の吐く息のみが白く見え、その息もまた、口のまわりの生ぶ毛にたかるとすぐ霜に化るかと疑われるほど冷たいのである。
『寒い』
彼は思わず口に出していった。八寒の地獄といえどもかほどではあるまいに、どうしてこう寒く感じるのか――今朝に限って。
(身よりも、心がさむいせいだろう)
武蔵は、自分の問に自分で答えてみる。
そしてなお思うには、
(そもそもおれは未練者だ。ともすると、人肌を恋う嬰児のような、乳くさい感傷に恋々と心を揺すられ、孤独をさびしがり、暖かそうな人の家庭の灯が羨ましくなる。なんたるさもしい心だろう。なぜ、自分に与えられたこの孤独と漂泊に、感謝を持ち、理想を持ち、誇りを持たないか)
痛いほど凍えていた彼の足は、指先まで熱くなっていた。闇に吐く白い息も、湯気のような迫力で寒さを押し退けている。
(――理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない)
みしっと、足の裏から白い光が走った。見ると、薄氷を踏んでいるのだった。いつの間にか、彼は河原に降り、加茂川の東岸を歩いていたのである。
水も空も、まだ暗澹として、夜明けの気ぶりも見えない。流れのふちだと気がつくと、急に足が出なくなった。今までは鼻を抓まれて分らないような厚ぼったい闇を、吉田山の下からここまでなんの苦もなく歩けて来たのであったが――
『そうだ、火でも焚いて』
堤の蔭へ寄って、武蔵は、そこらの枯れ枝や木片れや、燃えそうな物をあつめた。燧打石を磨って、小さな炎とするまでには、実に克明な丹精と辛抱が要るのだった。
やっと、枯れ草に炎がついた。その上へ、積木細工のように、大事に燃える物を組んでゆく。或る火力にまで達しると、急に育ち上った炎は、こんどは風を呼び、火を作った人間へ向って、ぐわうっと顔でも焼きそうに脊伸びしてかかってくる。
ふところから餅を出して、武蔵は、それを焚火であぶった。焦げて、ぷーと膨らむ餅を見ていると、またしても、彼は少年の頃の正月を思い出し、家なき子の感傷が、泡つぶみたいに、心のうえで明滅する。
『............』
塩気もない、甘味もない、ただ餅だけの味だった。しかしこの餅の中に、彼は世間というものの味を嚙みしめるのだった。
『......おれの正月だ』
焚火の炎に面を焼きながら、餅を頰張っている彼の顔には、何か急に独りでおかしくなったような笑靨が二つ浮いていた。
『いい正月だな、おれのような者にも、五つ切の餅を授かったところを見ると、天は誰へも、正月だけはさせてくれるものとみえる。――屠蘇は満々と流れている加茂の水、門松は東山三十六峰。どれ、身を浄めて、初日の出を待とうか』
流れの瀬へ寄って、彼は帯を解いた。衣服も肌着も、すべて脱ぎすてて、どぼっと水の中へ体を沈め込んだのである。
水禽が暴れているように飛沫を立てて全身を洗い、やがて皮膚をぎゅっぎゅっと拭いているうちに、彼の背なかへ、雲を破った暁の光がかすかに映して来た。
――と、その時、河原に燃え残っている焚火の明りを見て、堤のうえに立った人影がある。これも、すがたこそ、年齢こそ、まるでちがうが、やはり輪廻にうごかされる旅の人、本位田家のお杉隠居であった。
針
一
いたわ、小僧めが。
お杉婆は、胸のうちで、こう高く喚いた。
欣しさやら、恐さやら、張りつめていた心がみだれて、
『おのれっ』
と、焦心りたがる気持と、がくがくわななく体力とが、とたんに一致を欠いてしまって、思わず堤の小松の蔭へ、ぺたっと坐ってしまったのである。
『欣しや、やっと巡り会うたぞやい。これも、つい先のころ、住吉の浦で不慮の死を遂げなされた権叔父の霊のひきあわせでがなあろう』
婆は、その権叔父の骨の一片と髪の毛とを、今も、腰に結いつけてある旅包みの中へ納め、常に肌身につけて歩きながら、(権叔父よ、たといおぬしは死のうとも、わし一人とは思わぬぞよ、武蔵とお通を成敗せぬうちは、故郷の土は誓って踏まぬと、ともども、旅へ出た二人じゃほどにの。――おぬしは死んでも、おぬしの魂魄はこの婆の肩から離れはなさるまい。婆もまた、いつもおぬしと二人連れで歩いているものと思うて、きっと、武蔵を討たいでは措かぬから、見ていなされや、草葉の蔭から――)
婆は、朝念暮念、そのことばをいい暮して――といってもまだ――権叔父が骨になってから七日ほどにしかならないが、その一心を自分も骨になるまでは、失うことではないと胆に抉ぐって、さて、この数日というものを、まるで鬼子母神のような血相になり、遂に、武蔵のすがたを突き止めて来たのであった。
――ちらっと、最初に耳にした手がかりは、吉岡清十郎と武蔵との間に、近日、試合があるらしいという巷のうわさ。
次にはきのうの夕方――五条大橋の大晦日の人だかりの中で、その吉岡門の者が、三、四名して打ち建てて去った高札の表である。
あの文字を、お杉は、どんなに興奮した眼をもって何度も読んだことか。
(大それた武蔵めがよ、身のほど知らずも、ここまで来ればよい愛嬌。吉岡に討たれることは知れているが、それでは、国許へ公言して出て来たこの婆が面目がないわいの。どうあろうと、吉岡に討たるる前に、武蔵は、婆が手にかけ、あの洟たれ首の髻つかんで、故郷の衆に見せにゃならぬ)
躍起となった。
心には祖先神仏の加護をいのり、身には権叔父の白骨を結いつけて、
(やわか草木を分けても捜し出さずにおこうか)
と、またぞろ、松尾要人の門を叩き、そこでさんざん毒づいたり詮議立てした結果が、却って、がっかりしたものを負わされて、今――この二条河原の堤まで戻りかけて来たところであった。
ボウと河原の下が明るいので、お菰が火でも焚いているのかと思いながら、なんの気もなく堤に立って見たのである。すると、燃え残っている焚火から十間ほど先の水際に、素裸の男が、この寒さも知らないように、水浴びから上った、逞しい筋肉を拭いている。
(武蔵!)
と見極めると、婆は、腰をついたきりしばらく立てなかった。相手は今、素裸でいるのだ。駈け寄って行って斬りつけるにはまたとない機会であるのに、この老婆のしなびている心臓は、それをなし得ないで、年齢とともに複雑になっている感情の昻ぶりが先に立ち、もう武蔵の首でも取ったように、
『うれしや、神の御加護か、御仏のひきあわせか、ここで武蔵めに会うとは、よも凡事であろうはずはない。日頃の信心が通じて、婆の手で、神仏が仇を討たせてたもるのじゃ』
と、掌をあわせて、幾度も、空を拝しているというような、いとも悠々たる老婆らしいところも、この老婆にはあるのだった。
二
河原の石の一つ一つが、暁の光に濡れて浮きあがってくる。
沐浴した五体に、衣服を着、かたく締めた帯に、大小をたばさむと、武蔵は、膝まずいて、天地へ黙然と頭を下げていた。
お杉婆は、
『今っ』
と、気は逸ったが、武蔵がその時、河原の水溜りを跳びこえ、急にかなたへあゆみ出したため、遠方から声をかけては逃がすおそれがあると、あわてて同じ方角に向って堤の上を歩み出した。
白々と、元日の町の屋根や橋は、初霞の底から和やかな線をぼかしはじめたが、まだ空には星がよく見えるし、東山一帯のふところは、墨のような暁闇だった。
三条仮橋の下をくぐると、武蔵は河原から堤の上へ姿を現わし大股に歩き出している。
婆は、
(武蔵待とう)
何度か、呼ぼうとしては、相手の隙とか、距離とか、さまざまな条件を老婆らしく緻密に考え、数町の間、引き摺られるように歩いてしまった。
武蔵は知っていた。
先ほどから疾それと知っていたので、彼はわざと振り向かなかった。振向いて、眼と眼が、かち合ったら、その途端、お杉が選ぶ行動は分っているし、老婆とはいえ、切れ物と死に物狂いで来る以上、こちらが怪我をしない程度のあしらいは酬いなければならない。
(恐い相手だ)
と、武蔵は心から思うのだった。
村にいたころのたけぞうなら、すぐ撲り倒して撃退するか、血へどを吐かせて伸ばしてしまうであろう。だが今では、そういう気にはなれない。
恨みはこちらの方にこそあるので、婆が自分を七生までの仇かのように狙っているのは、まったく、感情と誤解のこぐらかりに因づくので、それを解けばわかるのだ。しかし、自分の口からいったのでは、百万遍説いたにせよ、
(そうか、そうじゃッたか)
と、あの婆が、あれほど瘤にして持っている宿怨をわすれて、水にながすはずはない。
――だが、いかなお杉婆でも、息子の又八自身の口から、関ケ原へ出かけた前後の二人の事情と、すべてのいきさつを懇ろに諭されたら、それでもなお、自分を本位田家の仇とはよもいいきれまい、また息子の嫁を横奪りして逃げた曲者ともまさか怨むまい。
(よい折りだ、その又八に、会わせてやろう。――五条まで行けば、今朝は、彼が先へ来て待っているかも知れない)
武蔵は、自分の言伝てした約束が、彼に通じているものと信じていた。従って、五条大橋まで行けば、この老婆とあの息子とが会って、その間に誤解されている自分の立場も、そこで初めて、諄々と説いて氷解させることが出来ようと考えている。
その五条大橋のたもとは、もうすぐそこに近づいていた。小松殿の薔薇園だの平相国入道の館だのが甍をならべていた平家繁昌の頃から、このあたりは民家も人通りも多い中心で、戦国以後もその旧態を残しているが、まだどこの家も戸は開いていなかった。
大晦日の宵のうちに、きれいに掃いた箒目が、まだ眠っている家々の門口に、そのまま浮いて、ほのかに白んでくる元日の光を徐々に迎えている。
武蔵の大きな足痕を、お杉婆は後から見た。
足痕さえ憎かった。
もう橋の袂までは、一町か、半町。
『――武蔵っ!』
お杉はさけんだ。喉の痰を切ったような声である。両手に拳をこしらえて、首を前へ突き出しながら駈け寄って行った。
三
『そこへ行く人非人よッ、耳は持たぬのかっ』
当然、武蔵にそれが聞えていないわけはない。
老いさらぼうた老婆とはいえ、死を覚悟した跫音もすさまじい。
背を向けたまま、武蔵は歩いていたが、
(はて、困ったもの)
どうしたものかの思案が咄嗟に出なかったのである。
その間に、
『やれ、お待ちやれ』
婆は、武蔵の前へ廻った。
前へ廻ってからお杉婆は、尖った肩や薄い肋骨を波のように喘がせて、喘息でも起った時のように、暫らく、口に唾を溜めて息を休ませているのだった。
やむを得ない顔して、武蔵も遂にことばをかけた。
『おお、本位田のおばば殿か、めずらしいところで』
『ても、厚顔ましい。めずらしいとは、わしの方でいうことば。清水の三年坂では、まんまと、討ち洩らしたが、きょうこそ、その素首は、この婆がもろうたぞ』
軍鶏のように細ッこい皺首が、脊の高い武蔵へ向って伸び上っていうのだった。逞しい豪傑が憤怒するよりも、この婆が根の剝けている前歯を吹き飛ばしそうにして叫ぶ声のほうが、武蔵は、怖い気特がした。
その恐い気持のうちには、少年時分の先入主が多分にあった。又八も青洟を垂らし、武蔵もまだ八ツか九ツ頃の悪戯ざかりの当時、村の桑畑や本位田家の台所などで、この老婆に、(童ッ)と一声呶鳴られると臍がもんどり打ったように、縮み上って逃げたものである。
その雷声が、武蔵の頭のしんに今もどこかに沁みこんでいるらしいのである。もとより子供の頃から、好かない婆、つむじ曲りな婆、また、関ケ原から村へ帰った後にうけた仕打の憎さは、いちいち骨髄に徹しているが、由来この婆には、勝てないものという幼い時からの癖がついているので、時経てば、あの時の無念さも、さほどではなくなっていた。
それに反して、お杉は、幼少の時から見ている悪戯小僧のたけぞうがどうしても頭から離れない。しらくも頭で洟垂れの畸形児みたいに手脚ばかりヒョロ長かった嬰児の時から知っている武蔵である。――自分が老いて、彼が成長した事実は認めても、昔から餓鬼あつかいに見ていた観念は毫も取れない。
その餓鬼に、こうされると思うと、お杉は、郷土の者に対する大義名分ばかりでなく、感情だけでも、このまま土に化ることはできなかった。武蔵を墓場へ抱きこんで行こうということは、生きている今の最大な望みとなった。
『もう、改めて、何もいうことはないぞえ。尋常に、首渡すか、婆が一念の刃を、受けてみるか、武蔵ッ、支度しやいっ』
婆は、そういって、手に唾するのか、左手の指を唇へちょっと当て、短い脇差の柄へその手をかけてつめ寄った。
四
竜車にむかう蟷螂の斧ということばがある。お杉隠居のように瘦せこけているかまきりという秋の虫が、鎌に似た細い脛をカチャカチャ鳴らして、人間へ斬ってかかる態を嘲っていうことばなのである。
お杉の眼つきは、そのかまきりの血相に似ていた。いや、皮膚の色、姿までが、そっくりだった。
ぬっと突き立って、婆のつめ寄る足もとを、児戯のように見ている武蔵の肩や胸は、さながらそれを嘲う鉄の竜車といっていい。
おかしさを感じてくるところであるが、しかし武蔵は、笑えなかった。
ふと、愍れになったのである。かえって、この敵に、労わりたいようないい知れぬ同情を持たせられて、
『おばば、おばば、まあ待ちなさい』
かろく隠居の肱を抑えた。
『な、なんじゃと』
お杉は、持った刀の柄を、唇の外へ出ている前歯とともに、わなわなさせて、
『ひ、卑怯者めが、この隠居は、おぬしなどより、四十もよけいに門松を迎えているのじゃぞ。青くさい口先で騙ろうとて、なんで騙られよう。むだ口は聞く要もない。討たれてしまやれ』
もう、婆の皮膚は、土気いろをして、語気に必死なものがこもっている。
武蔵は、うなずいて、
『わかる、わかる、おばばの気持はよくわかる。さすがは、新免宗貫の家中で重きをなした本位田家の後家殿だけのものはある』
『ひかえなされ、小伜。孫のようなおぬしなどからおだてられて、欣ぶ婆ではないわいの』
『そうひがむのが老婆の瑕、武蔵のことばもすこし聞いてほしい』
『遺言か』
『いや、いい訳じゃ』
『未練な』
燃えあがって、お杉は低い体をつま先で伸び出すように、
『聞かぬ聞かぬ、この期になって、いい訳など聞く耳は持たぬ』
『では、暫しの間、その刃を、武蔵にあずけておきなさい。さすれば、やがて五条大橋の袂へ、又八が来合わそうほどに、すべてのことも自らわかってまいろう』
『又八が? ......』
『されば、去年の春ごろから、又八へ言伝てがしてあるのです』
『何と? ――』
『今朝、ここで会おうと』
『噓をいやいっ』
お杉は一喝して首を振った。又八とそんな約束があるくらいなら、当然、この間うち大坂表で彼と合った時に、自分へ話しておくはずである。又八は武蔵の言伝てなどを受けてはいない。お杉は、その一言だけで、武蔵のことばを皆噓と決めてかかった。
『みぐるしいぞ、武蔵、おぬしも無二斎の子であろうが、死ぬ時は、潔よう死ぬものと、おぬしの父親は子に教えてはおかなんだか。ことば遊びは、無用。婆が一念、神仏も御加護の刃、受けらるるものなら受けてみやい』
肱をちぢめて、武蔵の手を外すと、お杉隠居は、ふいに、
『南無っ』
と、小太刀を抜いて両手に持ち、武蔵の胸もとへ向ってまっすぐに突いてきた。
武蔵が、空を与えて、
『おばば、落着け』
平手でかろく背を打つと、
『大慈、大悲』
お杉は、躍起となって、振向きざま、ふた声三声、
『南無、かんぜおん菩薩、南無、かんぜおん菩薩ッ』
烈しい太刀を打ち振った。
その手頸をつかんで、武蔵は、外身にひき寄せ、
『おばば、後でくたびれるぞ。......サ、すぐそこじゃ、五条大橋まで、ともかく、拙者に従いて歩いて来るがよい』
捻じ取られた自分の腕の肩ごしに、お杉は、きっと白い眼を武蔵に向けた。――そしで唾でも吐くように口をすぼめたと思うと、
『ふッっ!』
と、頰に溜めていた息を鳴らした。
『あっ......』
武蔵は、婆の体を突き放し、片手を左の眼に当てて飛びのいた。
五
ひとみが何かで焼かれたように熱かった。火の塵でも入ったように痛むのである。
武蔵は、瞼が上を押えていた手を放してみた。手には血しおもついていない。――しかし、左の眼は、開くことも出来なかった。
お杉は、相手の身体にそうした乱れを見つけると、ひどく勝ち誇って、
『南無、かんぜおん菩薩』
と、隙かさず、ふた太刀、三太刀斬りつけて行った。
いささか慌て気味に、武蔵は身を避けて斜に反った。その時、お杉の太刀が彼の袖裏を透して、二の腕の肱の辺をさっと掠めた。綻びた袂の白い裏地へ血しおが朱く滲んで見えた。
『討ったッ』
狂喜しながら、婆は小太刀をやたらに打ち揮った。根の生えている大木の幹でも伐っているようなつもりで、相手が活動しないでいることは考慮に入れないのである。一念にただ清水寺の観世音菩薩の名を地へ呼び下して、
『南無、南無』
と、うるさく唱えながら、武蔵の前後を駈け廻るのであった。
武蔵は、それに応じて、ただ体を移しているだけだった。しかし、片方の眼は、つぶしを食ったように烈しく痛むし、左の肱、かすり傷ではあるが、そこから滴り落ちる血しおに袂が染まるほどだった。
(不覚!)
と気のついた時が、もうその不覚を身に受けていた時だったのである。彼として、こういう先手を先に取られて、手傷まで負った例は今までになかったことだろう。――けれど、これは勝負というものではない、なぜならば、武蔵には全然この老婆に対して闘志がないからである。最初から勝つとも負けることも考えていなかったに違いない。至って体も敏捷でないこの老婆の刃向いなどは、彼の意識にも入らないのが当然でもあった。
しかし、それがそもそも不覚というものではあるまいか。兵法の大乗的な見地から観れば、これは明らかに武蔵の敗れであり、武蔵の未熱さを、見事にお杉婆の信仰心と切っ先が、暴露して見せたものといって差しつかえなかろう。
自身、その不用意を、武蔵も、はっと気づいて、
(過まった!)
同時に彼は全力を出して、なおも図に乗って来るお杉の肩を、とんと一つ、平手ではたいた。
『あっ』
四ッ這いになったお杉の手を離れて、刀は遠く飛んでいた。
武蔵は、それを拾って左の手に持ち、右の手で、起きかけている婆の体を横ざまに抱きあげた。
『ええ、口惜しい』
亀のように、お杉は、武蔵の脇の下で泳ぎながらさけんだ。
『神もないか、仏もないか。みすみす敵へ一太刀つけながら......。ええ、どうしよう、武蔵、この上は、恥を搔かせずに、首を討て、さあ、婆の首を討て』
武蔵は、口を結んだきり、ただ黙々と大股に歩き出した。
絞り出すようなしゃがれ声で、その間、お杉婆はいいつづけている。
『こうなることも、武運じゃ、天命じゃ、神のお旨を思えば、なんの未練があろうそ。――権叔父も旅で死に、婆も返り討になったと聞けば、あの又八も、奮い起って、きっと、仇を討とうという気になるだろう。婆の死は、決して犬死にはならぬ。かえって、あの子のためにはよい薬じゃ。武蔵っ、はよう婆の命を奪れ。......どこへ行くのじゃ? ......死に恥搔かす気か、はよう首を討て』
六
武蔵は耳もかさなかった。
婆のからだを横に抱えて、五条大橋のそばまで来ると、
(どこへ置いたものか)
と、お杉の身の処置を考えるように、辺りを眺め廻していたが、
『そうだ......』
河原へ下りて、そこの橋杭に繫いであった河舟の底へ、お杉のからだをそっと卸し、
『おばば、ここで辛抱しておるがよい。――やがてそのうちに、又八がやって来るだろうから』
『な、なにするのじゃ』
隠居は、武蔵の手や、辺りの苫を刎ね退けて、
『又八など、ここへ来るはずはない。オオ、察するところ、われはこの婆を、ただ返り討にしただけでは腹がいえず、五条の人通りへ曝し物にし、わしへ生き恥搔かせてから殺す気じゃの』
『まあ、なんとでも、思うているがよい。そのうちにわかる』
『討てっ』
『ははははは』
『何がおかしいぞよ。この婆の細首一つ、ばさりと落すことが出来ぬのか』
『出来ない』
『なんじゃと』
婆は、武蔵の手へ咬みついた。やむを得ぬ手段として、武蔵が、婆の体を船桁へ縛りつけようとするからだった。
武蔵は自分の腕を、存分に婆の口へ咬ませておきながら、ゆるゆると婆の体を縛ってしまった。
抜刀のまま提げて来た脇差は、鞘へおさめて、婆の腰へ元のようにもどして与え、そして立ち去ろうとすると、
『――武蔵ッ、武蔵ッ、汝れは武士の道を知らぬのかッ、知らずば、教えてやろう。まいちど、ここへ寄って来うッ』
『――後で』
一顧したまま武蔵は、堤へ足をかけたが、まだうしろで、お杉が呶号して止まないので、戻って行って、婆の上へ何枚も苫を被せた。
ちょうどその時、東山の肩に、のっと大きな太陽が真っ赤な焰の環の端を見せていた。ことしの第一の日輪だった。
『............』
五条大橋の前に立って、武蔵は恍惚と見とれていた。あかあかと、腹の底まで陽の光が映しこむように思えた。
一年のうちの小我な狭い考えの中に湧く愚痴の虫は、この雄大な光の前に、影をひそめてただ清々しい。生きているという欣びだけでも武蔵は胸がいっぱいになった。
『しかも、おれは若い!』
五ッ切の餅の力は、踵まで充溢していた。彼は、踵をめぐらして、
『まだ来ていないようだな......又八は』
と、橋の上を見まわした。そしてふと、
『あ? ......』
と、呟いたが、そこに自分より先へ来て待っていたものは、又八でも他の人間でもなかった。
植田良平以下の吉岡門下が、きのうここに建てて去った例の高札である。
――場所は蓮台寺野。
――日は九日の卯の下刻
『............』
武蔵は顔を寄せて、生々しいその新板と墨のにじみを凝視した。文字を読んでいるだけで、彼のからだは針鼠のように闘志と血に膨らんで丸くなった。
『......あ痛、ああ痛い』
武蔵は、またしても、左の眼の激痛に堪えかねて、思わず瞼へ手を当てたが、ふと俯向けに顎の下に、一本の針を見出してぎょっとした。よく見ると、針は、着物の襟や袂に、霜ばしらのように刺さっていて、きらきらと光るのが、四本も五本もすぐ眼にとまった。
七
『あ......これだ』
その一本の針を抜いて、武蔵はつぶさに検ためてみた。針の寸法は、ふつうの縫針と変らないし、太さも同様な物であるが、この針には、糸をとおす針穴がない。そしてまた、針の身にも丸みがなくて、三角であった。
『おばば奴』
武蔵は、河原をのぞいて、こう慄然とつぶやいた。
『これは、話に聞いたことのある吹針というものではないか。あのおばばに、こんな隠し業があろうとは夢にも思わなかったが。......ああ、危ういことだった』
彼は、好奇心とつよい知識慾に燃えて、その針を一つ一つ手に納め、改めて、自分の襟の中へ、抜けないように刺し込んだ。
他日の研究の資料とするつもりなのであろう。彼のまだ狭い体験の範囲で聞いているところによると、一般の兵法者のあいだでも、吹針という技術があるという説と、ないと主張する説とがわかれていた。
あるという説をとる者の弁によると、それは非常に古い伝統を持っている一種の護身術で、漢土から帰化した織部の機女や縫工女たちが、戯れにしていた技法が進んで、武術にまで利用されるようになり、独立した武器とはならないが、攻撃法の前の奇手として、足利時代にまで、吹針というものは、たしかに用いられたものだと、勿体をつけていう。
ない――と反対する者は、
(ばかなことをいっては困る。武芸者が、そんな児戯に類したもののあるなしを論じるだけでも恥かしい)
と兵法の正道論に拠って、
(漢土から来た織女や縫工女が、そんなことを遊戯にやったかどうかは知らんが、遊戯はどこまでも遊戯で、武術ではない。第一、人間の口中には、唾液というものがあって、熱い、冷たい、酢い、辛い、というような刺戟は程よく飽和するが、針の先を、痛くないように含んでいることはできまい)
すると、一方は、
(ところが、それができるのだ。もちろん、修練の功だが、何本も唾液につつんで口にふくみ、それを、微妙な息と舌の先で、敵のひとみへ吹くことができる)
と主張する。
それに対して、反対者は、よしんば出来たところで、針の力である、人間の五体のうち、ただ、眼だけが攻撃の焦点ではないか、その眼へ針を吹いても、白眼の部分ではなんの効もない。眸の真ン中を刺したら、初めて、敵を盲目にすることが出来るだろうが、それにしても、致命的なものではない。そんな婦女子のする小技が、どうして発達するいわれがあろうと反駁する。
それに答えて、また一方は、
(だから、一般の武技のように、発達しているとは誰もいいはしない。けれど、そういう秘し技が、今も残っているのは事実だ)
という。
武蔵はかつてどこやらで、そんな論議をしているのをそら耳に聞いたことはあったが、勿論、彼も、そんな小技は、武道と認めない一人であったし、実際にそういうことをする人間があろうとも思われなかった。
世間のどんなつまらない雑談のうちにも、聞く者の聞き方によっては、何か他日に役立つものが必ずあるものだということを武蔵は今、痛切に知った。
眼はしきりと痛むが、幸に、ひとみを刺されたのではないらしい。眼がしらへ寄った白眼の一部がずきずき熱を持って涙をにじみ出すのだった。
武蔵は、身体をなで廻した。
涙を拭く布を裂こうとするのであったが、帯も裂けず、袂も裂けず......何を裂いたらと手が迷っていた。
すると、
うしろで誰か、ぴゅっと絹を裂く音をさせた者がある。振向くと、一人の女性が、彼の様子を見ていたらしく、自分の紅い下着の袂を一尺ほど歯で裂いて、それを持って彼のそばへ小走りに駈けて来たのであった。
微 笑
一
朱実であった。
彼女の髪には、元日の化粧いもなかった。着物もみだれ、足も素はだしなのである。
『......あっ?』
眼をみはって、武蔵は、意味なくそう叫んだが、さて、誰なのか、覚えはあるが、急には思い出せなかった。
朱実は、そうでなかった。自分ほどではなくても、その何分の一でも、武蔵も自分を考えていてくれたことと信じている。いつの間にか、多年の間にそう自分だけで信じて来ている。
『わたしです......たけぞうさん......いいえ武蔵様』
下着の袖を裂いた紅い小布を手にしながら――怖々と寄って、
『......眼を、どうかなすったんですか。手でこすると、なお悪くするでしょう。これでお拭きなさいませ』
武蔵は黙って好意をうけた。紅い布で片眼を抑えると、また、朱実の顔をしげしげ見直した。
『お忘れですの?』
『............』
『わたしを』
『............』
『わたしを』
手応えのない相手の無表情な空ろへ向って、彼女の押詰めて来た切実な気持は不意なよろめきを感じた。傷だらけになった魂にも、これだけは確とつかんでいたつもりだったものも、自分だけで作っていた幻像に過ぎなかったことを、ふと覚ると、胸先へ、血のかたまりのようなものがこみ上げて来て、
しゅくっ......
と唇や鼻から突き出る嗚咽を、両手で掩って、眉をふるわせた。
『オオ......』
思い出したのである。
武蔵は、彼女の今の一瞬の姿に記憶をよび起した。その姿にはまだ、伊吹の麓で袂の鈴を鳴らしていた頃の、世間に傷つかない処女らしさが残っていたからであろう。
いきなり、逞ましい胸が、彼女の病後のような薄い肩を抱きしめた。
『朱実さんじゃないか。――そうだ、朱実さんだ。......どうしてこんなところへ来たのか。......どうして? どうして?』
たたみかけていう武蔵の問は、よけいに彼女のかなしみを揺すぶった。
『もう、伊吹の家にはいないのか、お養母さんはどうしている?』
お甲のことを訊ねると、武蔵は当然、お甲と又八の関係に思い及び、
『今も又八と一緒に住んでいるのか。――実は今朝ここへ又八が来るはずになっているのだが、おまえが代りに来たわけではあるまいな』
すべてが朱実の心を外れてゆく言葉のみであった。
武蔵の腕の中で、朱実はただ顔を横に振って泣いていた。
『又八は来ないのか。......一体どういうわけだ。わけをいえ、ただ泣いているだけでは分らないではないか』
『......来ません。......又八さんは、この言伝てを聞いていないから、ここへは来ません』
やっと、それだけをいって、朱実は濡れた顔を、武蔵の胸へ押し当てたまま痙攣していた。
こういおう、ああいおう、と考えていたことは皆、泡のように、熱い血のなかで明滅しているに過ぎない。
――まして、養母の手でむごい運命へ突きのめされた――あの住吉の浦から今日に至るまでのことなどは、どうしても口に出なかった。
もう橋の上には、うららかな初日影を浴びて、清水へ初詣りにゆく初春着の女たちや、廻礼にあるく素袍や直垂衣の人影が、ちらほら通っていた。
その中から、ひょっこり、年の暮も正月もない、河っ童あたまの城太郎が姿を見せた。橋の中ほどまで来て、武蔵と朱実のすがたを彼方に見つけ、
『あれ? ......お通さんかと思ったら、お通さんじゃないらしいぞ』
怪しい男女の行為でも見たように、城太郎は変な顔して足を止めた。
二
折ふし誰も見ているものがないからいいようなものの、往来の端で、胸と胸を寄せて凝と抱き合っているなんて――大人のくせに――男と女のくせに――と、城太郎はびっくりせずにいられない。
しかも、尊敬しているお師匠さまが。
女も女だと思う。
彼の童心は、わけもなく高い動悸を打ち、嫉ましい気もするし、悲しい気もする。――なにかこう焦々と腹が立って、石でも拾って打つけてやろうとさえ思った。
『なんだ、あの奴は、いつか又八っていう人へ、お師匠様の言伝てをたのんだ朱実じゃないか。お茶屋の娘だからませているんだな。いつのまにかお師匠様とあんなに仲よくなったんだろ、お師匠様もお師匠様だ。......お通さんにいいつけてやろ』
そこから往来の彼方此方を見まわす。欄干から橋の下を覗いて見る。――だが、お通の姿は、まだここに見当らない。
『どうしたんだろう?』
先頃から泊っている烏丸家の邸内を出たのは、お通のほうが先に出かけているのである。
お通は今朝、武蔵とここであえるのを確信しているので、年暮のうちに、烏丸家の奥から戴いたという初春の小袖を着、ゆうべは髪を洗ったり結ったりして、今朝を楽しみに寝もやらない様子であったのだ。
そして、まだ未明のうちから、夜の白むのを待ち遠しがって、
(こうしている間に、祇園神社から清水堂へ初詣りをして、それから五条大橋へ行くとしよう)
といい出し、城太郎が、
(じゃあ、おいらも)
と、従いて行こうとすると、ふだんはいいが、恋には邪魔物に扱われて、
(いいえ、私は武蔵様に、少し二人きりで話したいことがあるのだから、城太さんは、夜が明けてから、なるべく悠っくり五条大橋に後からお出で。――だいじょうぶ、きっと、城太さんが来るまでは、武蔵様とあそこで待っていますから)
といって、一人で先へ出かけてしまったのである。
べつに僻んだり怒ったりはしないが、城太郎も決していい気持ではない。彼にも、明け暮れ共にいるお通の気持ぐらいは、もう解釈できない年頃ではない。男と女の持ち合う感動とはおよそどんなものかということは、彼自身も、柳生の庄の旅籠屋の小茶ちゃんと、馬糧小屋の藁の中でなんという理もわからずに悶搔き合った体験がある。
その体験から割り出しても、大人のお通が泣いたり沈んだりしている平常の様子は、彼にはただ不可解で、おかしくって、擽ぐったくて、理解も同情も持てなかったが、今、武蔵の胸へすがって泣いている者が、そのお通でなくて、朱実という案外な女性であったことを眼で見ると、城太郎の分別は、俄然、憤りに似たものを持って、
(なんだ、あんな女)
と、お通の肩を持ち、
(お師匠様もお師匠様だ)
わがことのように腹を立てて、その結果が、
(お通さんは何してるんだろ。お通さんにいいつけやるぞ)
という焦躁を帯びて来ると、急に橋の上下をキョロキョロし始めたものだった。
ところが、そのお通が見当らないので、城太郎が独りでやきもきしていると、彼方の男女は、往来の眼を憚かるように、橋のたもとに近い欄干へ身の位置を移して、武蔵もその上に腕拱みを乗せ、朱実も並んで、河原の下へ面を俯向けている。
反対側の欄干に沿って、城太郎が通り抜けて行ったのも、男女の背中は気づかなかった。
『愚図だな、いつまで、観音様なんか拝んでるんだろ』
城太郎は呟きながら、五条坂の方へ脊伸びをして、待ち焦れていた。
すると、彼の佇立んでいるところから十歩ほどの距離である、幹の太い四、五本の枯柳があった。よくこの柳には川魚を啄みに来る白鷺の群れを見かけるのであるが、きょうはその白鷺が一羽も影を見せていないかわりに、前髪に結った一人の若衆が、臥竜のように低く這っている老柳の幹へ倚りかかって、じっと、何ものかを見つめていた。
三
朱実と並びあって橋の欄へ肱を倚せていた武蔵は、朱実が懸命になって向ける囁きへ、いちいち微かに頷いてはいるけれど、彼女が女の羞恥もすてて、真実の二人になり切ろうと全能で脈搏しているほど、そのつよい低声が、武蔵の耳以上へ滲み徹っているか否かはわからなかった。
なぜならば、よく頷いてはいるくせに、彼の眸は、あらぬ方へ行っているからである。愛しあっている者同士が、ことばを奏であいながら眼を反らしているといったような――ああいう情景とはまるで違ったもので、ひと口にいえば、彼の今持っている眸は、無色無熱の火であった。そこから一角の焦点へ向って、かちっと烙きついたまま、眼じろぎもしないのである。
朱実には今、そういう相手の眼を怪しむ認識すら持てない。自分だけの感情の中で、独り問い答えながら突きつめては唇へ咽び出すのだった。
『......ああ、私はもう、これであなたにみんないうことをいってしまった。秘していることはなにもない』
と欄干へのせている胸を少しずつ寄せて来て、
『――関ケ原の戦から、もう五年目になるでしょう。その五年のあいだに、私という者は、今すっかり話したように、境遇も、体も変ってしまったんです』
......よよと、啜り泣いて、
『けれど――いいえ――私はちっとも変っていない。あなたを思っているこの気持は、みじんも変って来てはおりません。そういいきれます。わかってくれる? ......武蔵様、その気特を......武蔵様』
『ムム』
『わかって下さいね。......恥もしのんで私はいいました。朱実は、あなたと初めて伊吹の下で会った時のように、もう穢れのない野の花ではありません。人間に瀆されて凡の女になってしまったつまらない女です。......けれど貞操というものは体のものでしょうか。心のものでしょうか。体の上だけは清女でも、心がみだらな女だったら、それはもうきれいな処女とはいえないのではありませんか。......私は、私はもう名は......名はいえませんが或者のために処女ではなくなりました。けれど、心は瀆されてないつもりです。ちっとも穢されない心を今も持っているんですの......』
『ウム、ウム』
『かあいそうだと思ってくれます? ......。真実をささげている人へ、秘し事を抱いているのは辛いことです。......あなたに会ったらなんといおう。いうまいか、いおうか、同じことを幾晩も幾晩も考えぬきました。その上で、私が決心したことは、やはり貴方には、偽りを持たないということでしたの。......わかって下さる。むりもないと思って下さいますか、それとも厭わしいやつだと思いますか』
『ムム、ああ』
『ね......どっちです。考えると、わ、わたしは、く、くやしい』
棚の上へ顔を伏せて、
『ですから、もう私は、あなたに向って、愛してくださいなどということは、厚顔しゅうていえませんし......また、いえた義理でもない体ですの。――だけど武蔵様、今いったような心――処女ごころ――白珠のような初恋の心――それだけは失くしません。この後、どんな生活をしようとも、どんな男の巷を歩こうとも』
髪の毛の一すじ一すじがみな泣きふるえた。欄を濡らしている涙の下は、元日の明るい陽を燿々と乗せて、無限の希望へかがやいて行く若水のせせらぎであったが。
『む......うむ......』
もののあわれは頻りと武蔵の頷きを誘っている。――だが、あいかわらず異様な光をおびて、あらぬ方へ吸いつけられている彼の眸なのである。
――で、その視線の先を辿ってみると、橋の欄と川岸とのカギ形の二線へ対して、三角形を作り得る一線が真っ直に引けてゆく。
先刻から枯柳の幹に倚りかかって、凝と岸に立っている岸柳佐々木小次郎のすがたを、そこに見出すことが出来る。
四
父の無二斎から子供の時に、彼はこういわれたことがある。おまえはわしに似ていない、わしの眸はかくの如く黒いが、おまえの眸は茶色勝ちである。従祖父の平田将監様の眼は、焦茶色をしていて凄かったといういい伝えだから、おまえはおそらくお祖父さん似に生れたのであろう......と。
うらうらと、朝の陽を、斜面にうけているせいもあろう。それにしても武蔵の眸は、ヒビのない琥珀のように澄んでいて鋭かった。
(ははあ、この男だな)
かねて聞き及ぶところの宮本武蔵という人間を、佐々木小次郎は、いま見ていた。
武蔵もまた、
(はてな、あの男は)
と、注意を怠らない。
彼より射て来るものと、こっちから迫ってゆくものとが、橋の欄と、河べりの枯柳との間で、最前から無言の裡に、お互いの人間の深さを測り合っていたのである。
兵法の場合でいえば――相手の器量を、剣と剣の先でじっと観澄ましているような――阿呍の息をこらしている時にも似ている。
またさらに、武蔵のほうにも、小次郎のほうにも、べつな疑惑があった。
小次郎にすれば、
(小松谷の阿弥陀堂から連れて来て、自分が今、世話をしてやっている朱実と、あの武蔵と、どういう縁故があって、あんなに親しそうに私語を交しているか)
と思い、それに当然、
(いやな奴だ、女たらしかもしれぬ。朱実も朱実、おれに黙って、どこへ行くのかと思って後を尾行て来てみれば......あんな男に......泣いたりなぞして)
こう不快な気もむらむらと生唾になって湧いて来る。
そのありありと眼に出ている反感や、武者修行同士が行きずりに持つ、自負心と自負心との反撥しあう妙な敵愾心など、武蔵のひとみに顕然と読まれるので、武蔵も自から、
(何者か?)
と、彼の存在を疑い、
(できるな、相当に)
と、押し測り、
(はて、あの眼の害意は――)
と、警戒して、
(油断のならない人間)
として、眼で見るのではなく、心で観つめているので、ふたりの眸は、今、火花を出しているといっても過言でない。
年齢は、武蔵が一つ二つ下か、小次郎のほうが下か、どっちにしても大差のない、お互いが、生意気ざかりで、兵法でも、社会の事でも、政治でも、すべてが分ったつもりでいる自負心の満々としている青年なのだ。
猛獣が猛獣を見ると、すぐ唸るように、小次郎も武蔵も、なんとなく、髪の毛のそそけ立つような印象を、この初対面にうけたのである。
――そのうちに、ふと、小次郎が先に時を横へ反らした。
(ふふん......)
そういったような白い蔑みを、武蔵は彼の横顔に見たが、心のうちでは、自分の眼――意力が――彼を遂に圧伏したと思って、かるく愉快だった。
『......朱実さん』
欄へ面を当てて泣いている彼女の背へ、武蔵は手を加えて、訊ねた。
『誰だ? おまえの知人だろう。あれにいる若衆すがたの武者修行は。......え、誰だ、いったい?』
『............』
小次郎の姿を、その時初めて気づいた彼女は、泣き腫らした顔に、明らかな狼狽えを走らせて、
『ア......彼の人が』
『あれは誰だ』
『あの......あの......』
と朱実は口籠った。
五
『見事な大太刀を背に負って、これ見よがしの伊達な装い、よほど兵法自慢の者らしいが......一体朱実さんとあの男とは、どういう仲の知りあいなのか』
『べつに......なにも深い知りあいじゃないんですけれど』
『知っていることはいる人なのだな』
『ええ』
武蔵に誤解されることを惧れるように、朱実は、判っきりいった。
『いつぞや、小松谷の阿弥陀堂で、どこかの猟犬に腕を咬まれた時、あまり血が出て止まらないので、あの方の泊っている宿へ行って医者を呼び、それからつい三、四日、お世話になっているんですの』
『では、ひとつ家に住んでいる者だったか』
『住んでいるといっても......べつに、なんでもないんですけど』
朱実は言葉を強めていう。
武蔵はべつに、なんでもあるような意味に訊いているわけではない。それを朱実は、ひとりでべつな意味に穿きちがえているのだった。
『――なるほど、では詳しいことは知るまいが、あの者の姓名ぐらいは聞いておろうが』
『ええ......岸柳とも呼び、本名は佐々木小次郎とかいいました』
『岸柳』
これは初耳ではない、有名というほどではなくても、諸国の兵法者のあいだには相当知られている名である。もちろん実際の人間を見るのは今が初めてであるが、武蔵が聞き及んでいたり、また想像していた佐々木岸柳は、もっと年配の男のように考えていたのに、その案外にも若いのには思いのほかな心地がした。
(......あれが、噂の)
改めて、その小次郎へ武蔵が眼を向けた時である。朱実と武蔵とがそうして囁いている様子を白い眼で見ながら、小次郎の頰へにたと笑靨が泛いた。
――武蔵もまた微笑を送った。
だが、無言の雄弁は、釈尊と阿難が指に華を拈じながら微笑んだような平和な光も謎もない。
小次郎の笑靨には、複雑な皮肉と挑戦的な揶揄いがあった。
武蔵の笑みにも、それを感じて刎ね返している毅々しい争気があった。
そうした男性と男性のあいだに挾まって、朱実はなお、自分だけの気持を、訴えようとするのであったが、それをいわないうちに、武蔵がいった。
『では朱実さん、おまえは彼の人と、ひとまず宿へ帰ったがよかろう。そのうちに会おう、......な、そのうちにまた』
『きっと来て下さいます?』
『あ、行くよ』
『宿を覚えていてください、六条御坊前の数珠屋の座敷にいますから』
『ウむ。......ウむ』
単純にうなずかれたのが、物足らなかったのだろう。朱実は欄のうえに置いている武蔵の手を奪って、いきなり自分の袂の蔭でぎゅっと握りしめながら眼に情熱をこめた。
『......きっと! え? ......きっと!』
突然、彼方で、腹を抱えるように哄笑した者がある。こっちへ、背を見せて歩き去って行く佐々木小次郎だった。
『あッはははは、わッはははは。アハハハ。アハハハ』
とんでもない馬鹿笑いをして行く者があるので、城太郎は、むっとしながら、橋の前の往来から小次郎を睨みつけていた。
――それにしても彼は、お師匠様の武蔵がいまいましい。いつまで経っても来ないお通が癪にさわる。
『どしたんだろ?』
地だんだふむように、町のほうへ少し歩き出してゆくと、すぐそこの四ッ辻に横たわっている牛車の車の輪のあいだに、チラと、お通の白い顔が見えた。
魚 紋
一
『ア、居たッ』
鬼でも見つけたように城太郎はさけんで駈けだした。
牛車の蔭に、お通はしゃがみ込んでいた。
めずらしく今朝の彼女の髪や口紅には、ほのかではあるが――下手なお化粧ではあるが――匂わしいものがただよっていたし、小袖は烏丸家から戴いたという紅梅地に、白と緑の桃山刺繡が散っている初春らしい衣であった。
その白い襟や、紅梅色が、車の輪に透いて見えたので、城太郎は牛の鼻づらを摺ってそばへ飛びついて行った。
『なんだっ、こんな所に。お通さん、お通さん、なにしてんのさ』
胸を抱いてかがみ込んでいる彼女のうしろから、城太郎は、その髪やおしろいが台なしになるのもかまわず襟くびへ抱きついて、
『――何してんのさ、何してんのさ、おいら、ずいぶん待ってしまったぜ。はやくおいでよ』
『............』
『はやくさ、お通さん』その肩を揺すぶって、
『――武蔵様も、あそこに来てるじゃないか。見えるだろ、ほら、ここからでも。――だけど、おいら、とても癪にさわってるんだ。――おいでよ! お通さんてば! はやく来なくちゃ駄目じゃないか』
こんどは、彼女の手くびを取って、抜けるほど引っ張り出したが、ふと、その手くびの濡れていることや、お通が顔を上げて見せないので不審を起し、
『......オヤ、......オヤ、お通さん。なにしていたのかと思ったら泣いていたのかい』
『城太さん』
『なにさ』
『武蔵様のほうから見えないように、お前も、蔭にかくれていてくださいよ。...‥、ネ、ネ』
『なぜさ』
『なぜでも......』
『ちぇッ!』
城太郎はまた、ここでも腹が立って、その鬱憤のやり場がないように、
『だから女って奴は嫌ンなっちゃうぜ。こんなわけの分らねえ事ってあるだろか。――武蔵様に会いたいといってあんなに泣いたり捜したりしていたくせに、今朝になったら急に、こんな所へ隠れて、おいらにまで隠れていろって......。けッ、けッ、おかしくって、笑えもしねえや』
彼のことばを鞭のように浴びているお通であった。紅く腫れている眼をそっと上げて、
『城太さん、城太さん......そういわないでください。......たのむから、そんなにお前までわたしを虐めないで』
『どこへ、おいらが、お通さんを虐めてるかい』
『黙っていてね......じっと私と一緒にここに屈んでいてください』
『いやだい、牛の糞がそこにあるじゃないか。元日から泣いてなどいると、鴉が笑わあ』
『......なんでもいいの。もう......もうわたしは』
『笑ってやろう。先刻、彼方へ行った若衆のように、おいらも、初笑いに手をたたいて笑ってやるぜ。......いいかいお通さん』
『おわらい、たくさん』
『笑えねえや......』
鼻汁をこすりながら、むしろ彼は泣きたそうな顔をした。
『アア、わかった。お通さんは、あそこで武蔵様がよその女と、先刻からあんな事して話しているんで、嫉妬をやいてるんだね』
『......そ、そうじゃない、そんな事じゃないけれど』
『そうだよ、そうだよ。......だからおいらも癪にさわってるんじゃないか、だからよけいに、お通さんが出て行かなければ駄目じゃないか。わからずやだなあ』
二
いくらお通が強情に屈みこんでいようとしても、城太郎の力で無理やりに手くびを引っ張るのにはかなわなかった。
『痛い......城太さん、後生だからそんな酷いことをしないでよ。......私をわからずやだとおいいだけれど、城太さんこそ、私の気持なんかわからないのです』
『わかってるよ、嫉妬をやいてるんじゃないか』
『そんな......そんなことだけではありません......私の今の気持というものは』
『いいからお出でッてば』
牛車の蔭から、お通のからだはズルズル地を摺ってうごき出した。綱曳きでもするように踏んばりながら、城太郎はまた彼方へ伸び上って、
『アッ、もういないよ、朱実はもう去ってしまった』
『朱実。――朱実って、誰のことで?』
『今、あそこで、武蔵様とならんでいた女さ。......あっ、武蔵様も歩き出した、早く来ないと、行ってしまう』
もう女などに関っていられないとばかりに、城太郎が走りかけると、
『待ってよ、城太さん』
お通も、自分で立った。
そこで彼女はもういちど、五条大橋の袂を見直した。朱実がまだその辺にいるかいないかを確めるもののように細心な眼で見まわしているのだった。
怖ろしい敵の影が去ったように、お通は眉をひらいて、はっとした様子をして又、慌てて牛車の蔭へ寄ると、泣き腫らした瞼を袖口で拭いたり、髪を撫でつけたりして、身じまいを整えていた。
城太郎は、急いて、
『早くしなよ、お通さん。――武蔵様は河原へ降りて行ったようだぜ、お洒落なんかしなくてもいいじゃないか』
『河原へ』
『あ、河原へ。――なにしに降りて行ったのだろう』
ふたりは、姿をそろえて、橋の袂へすぐ駈けて行った。
吉岡方で建てたそこの高札には、もう往来の者の首がたかっていた。声を出して読みあげている者がある。また、聞きつけない宮本武蔵という者を、何者であろうと、辺りの人々に訊ねている者がある。
『ア、ごめん』
城太郎は、その人々の体をかすめて、橋の欄から河原の下をのぞいた。
お通も武蔵のすがたを、すぐその下に見られるものとばかり思っていた。
実に、わずかな間であったが、武蔵はもうその辺にいなかったのである。
では何処に?
――というと、武蔵はたった今、朱実の手を振りきって、無理に彼女を追い返すと、もう本位田又八をこの橋上に待っていたところで来るはずもないし――吉岡方から掲示した高札の表も読んだし――ほかに待つべき用事もないので、ヒラリと堤を降りて、橋杭のそばの苫舟へ駈け寄っていた。
苫の下には、お杉隠居が、舟桁に身をしばられて先刻からもがいていたのである。
『おばば、残念だが、又八は来ないぞ。――わしもぜひそのうちにゆき会って、あの気の弱い男を励ましてくれるつもりだが、ばばも探し出して、親子、達者でお暮らしゃれ、――そのほうが、この武蔵の首を狙ったりすることより、どんなに、御先祖孝行かしれぬぞ』
小柄を持って、その手を苫の下へさし入れた。お杉の身を縛った繩目を切ったのである。
『ええ、耳うるさい、ませた口をきく小伜わいの。要らざるおせッかいをいうよりは、婆を討つか、討たれるか、武蔵っ、はよう埓をあけい』
顔じゅうに青すじを走らせて、お杉隠居が、苫の中から首を突き出した――その時ですらすでに、武蔵のすがたは、加茂の流れを横に突っ切って、鶺鴒でもとぶように洲や石のうえを拾って、対岸の堤へ駈け上っていたのであった。
三
お通は見なかったが、ちらと、河向うの遠い人影を、城太郎は見たのであろう。
『アッ、お師匠様だ、お師匠さまあ――』
河原へ向って、跳び下りた。
もちろんお通も。
なぜこの際、すこし廻り道になっても、五条大橋の上を駈けて行かなかったか。お通は、城太郎の勢につり込まれたので仕方がないにしても、城太郎が一歩を誤った禍は、決して、この時、彼女がまたしても武蔵と行き会えなかったという遺憾ばかりには止まらない。
城太郎の元気な足の前には、河も山もあったものではないが、春の晴着を装っているお通には、すぐ眼のまえに現われた幾条もの加茂の水に、はたと困った。
もう武蔵の影は、どこにも見えないのであったが、彼女は、跳べない流れを見ると思わず、死に別れた者が間際にさけぶように、
『武蔵さまあっ』
――すると、それへ向って、
『おうっ』
と答えた者がある。
小舟の苫をばらばらと払い退けて、そこに突っ立ったお杉隠居であった。
お通は、なんの気なく、それへ振向くと共に、
『――きゃっ!』
顔を掩って逃げ走った。
隠居の白い髪が風に立った。
『お通阿女っ』
次のことばは、老婆の極度に揚げた息のために、声が挫げて、
『用があるッ、待たゃしゃれっ』
つんざくように水へ響いた。
お杉隠居の邪推からこの場合の結果を判断すれば、こういう風にはなはだしく悪くとったかも知れない。
武蔵が自分へ苫を被せたのは、お通とここで逢曳きする約束があったからにちがいない。その上の痴話が何かにこじれて、武蔵が女を振切って去ったので、お通阿女は泣き声をしぼって男を呼び返しているのだろう。
(そうだ)
と咄嗟に、自分の思うことをこの事は、すぐ自分だけで事実としてしまう。
(憎い阿女)
武蔵以上の憎しみを、お杉はお通へ抱くのであった。
まだ約束だけで家にも入れないうちから、息子の嫁は自分の嫁のように思い、息子が嫌われたことは、自分が嫌われたことのように憤ったり、怨みに思う老婆だった。
『待たぬかっ』
ふた声目のさけびが聞えた時は、この隠居が、さながら口を耳まで裂いたかと思われる形相で、風の中を走っている時だった。
おどろいた城太郎が、
『な、なんだ、この婆』
つかみかかると、
『邪魔なっ』
と、弾力はないが、怖ろしく固い力で刎ね退ける。
いったいこのお婆さんが何者なのか――なんのためにお通があんなに驚いて逃げたのか ――城太郎にはまるでわからない。
わからないが、しかし事態の凡事でない事だけは感じる。それに、宮本武蔵の一の弟子、青木城太郎ともあるものが、老婆の細肱に刎ねとばされて引っ込んでいられたものではあるまい。
『ばばッ、やったな』
――もう二、三間も先へ行くお杉隠居のうしろから、いきなり跳びついてかかると、婆は孫の首根ッこをつかんで仕置する時のように、左の腕の中に城太郎の顎を引っかけ、三つ四つ、ぴしゃぴしゃ撲叩いて、
『餓鬼のくせに、邪魔だてするとこうだぞよ、こうだぞよ』
『カ、カ、カ......』
喉の骨を伸ばしたまま、城太郎は、木剣の柄を握ることだけは握っていた。
四
かなしいにせよ、幸いにせよ、人はどう見るか知れないが、お通自身にとれば、今の心の置き方は、またその生活は、決して不幸なものでなかった。
希望もあれば、その日その日の楽しさもある若い日の花園だった。もちろん辛いとか悲しいとかのことの多い中にではあるけれど、辛いこと、悲しいことを離れて、ただ楽しいだけの楽しさなどあろうとは、彼女には信じられない。
けれど今日ばかりは、彼女のそうして持ち堪えてきた心も亡んでしまいそうだった。今までの純真な心へ、ま二つの亀裂が走ったかと自分ですら悲しまれた。
――朱実と武蔵と。
あのふたりが五条の欄で人目もなく並んでいたのを遠くから見たせつな、お通は、足がふるえてしまった。あやうく、眩いがして倒れかけたので、牛車の蔭にかがみ込んでしまったのである。
――なぜ今朝、ここへ来たろうか。
悔いても泣いても及ばない程に思って、短い間に、すぐ死を考えてみたり、男性が噓のかたまりに思われたり、憎しみと愛と、怒りと悲しみと、自分という人間にすら嫌厭がわいて、泣いたぐらいでは、心の慟哭がおさまらなかった。
でも。
武蔵のそばに、朱実のすがたがあるうちは、自分を主張できないお通であった。もの狂わしいほど、体じゅうの血しおが嫉妬の火と変じながら、なお理性の幾分かが、
――はしたない。
と、必死にたしなめて、
――冷たく、冷たく、冷たく。
と、自己の行為しようとする意思を、みなふだんの女の修養というものの下へじっと抑えつけてしまのだった。
しかし、朱実が去ると、彼女はもうそういう怺えはかなぐり捨てた。武蔵へ向って、いうつもりであった。どういうことをいおうなどと考えている遑は固よりなかったが、胸のうちのものをみんないうつもりであった。
人生の道はいつも、一歩が機微である。また、なにかの場合に、ふだんの常識さえあれば、分りきっていることを、ふと、心へ間違いを映しとってしまうためにその一歩が、十年のまちがいになったりする。
武蔵の影を見失ったために、お通は、お杉隠居に出会ってしまった。元日なのに、きょうはなんという凶い日か、彼女の花園には蛇ばかりが出た。
――夢中で彼女は三、四町ほど逃げた。ふだんでも、怖い夢を見たと思うと、その中にはきっと、お杉の顔があった。その顔が、夢でもなく、追って来るのである。
息がつづかなくなった。
お通は振向いてみた。
ほっとその途端に初めて呼吸が休んだのである。お杉隠居は、半町ほど後で、城太郎の首をしめて、立ちどまっている。城太郎はまた、必死になって、振廻されても、しがみついて離さない。
今に城太郎が、腰の木剣を抜くかもしれない――必然やるだろう。そうすれば、隠居も刃を抜いて応じるにちがいない。
お通は、あの老婆の、物に仮借しない気質を、身に沁みて知っている。悪くすれば斬り捨てられる城太郎かも知れないと思う。
『アア、どうしよう』
ここはもう七条の河下である。堤のうえを仰いでも人は見えなかった。
城太郎は救いたいし、お杉隠居のそばへ寄るのは怖ろしいし、彼女はうろうろするよりほかなかった。
五
『くそ、くそばば』
城太郎は、木剣を抜いた。
木剣は抜いたがさて、自分の首根ッこは、隠居の腋の下へつよく抱え込まれ、これはいくらもがいても離れないのだ。徒らに、地を蹴ってみたり、空を打ってみたり、暴れるほど、敵を誇らせるに過ぎないのである。
『この童が、なんの芸じゃ、蛙の真似事かよ』
隠居は、三つ唇のように見える長い前歯に、勝ち誇った強味をみせて、なお、ぐいぐいと河原を引き摺って前へ歩いて来たが、
(待てよ)
彼方に立ちどまっているお通の婆を見てから、急に、老婆らしい狡智を思いついて、胸のうちでそう呟いた。
隠居が思うには、これはどうもまずい。老婆の脚で追いかけたり、力ずくで争っているから埓があかないというものである。武蔵のような相手では、騙しも利かないが、この相手は甘やかせば甘やかせる女子供、舌の先でくるめておいて、後でいいように料理してしまうに如くはない。
で――隠居に遽かに、
『お通よ、お通よ』
手をあげて、彼方の姿を、さしまねいた。
『――のう、お通阿女よ、なんで汝れは、ばばの姿を見るとそのように逃げるのじゃ。以前、三日月茶屋でもそうじやったが、今も、わしを鬼かのように、すぐ逃げなさる。――その心得が、そもそも解せぬというもの。この婆の心底がわからぬかいの。そなたの思い違いじゃ、疑心暗鬼じゃ、ばばは決して、そなたなどに害意は持たぬ』
そう聞くと、彼方に立っているお通はまだ疑わしげな顔していたが、隠居の腋の下から城太郎が、
『ほんとうかい、ほんとうかい、おばば』
『オオ、あの娘は、この婆の心を、思い違えているらしい。......ただ怖い人間のように』
『じゃあ、おいらが、お通さんを呼んで来るから、この手を、離してくれ』
『おっと、そんなこというて、手を離したら、この婆へ木剣をくれて、逃げる気であろうが』
『そんな卑怯なまね、するもんか。お互いに、思い違いで喧嘩しちゃ、つまらないからさ』
『では、お通阿女のそばへ行ってこういうて来う――本位田の隠居はの、旅先で、河原の権叔父とも死に分れ、白骨を腰に負うて、老い先ない身をこうして旅にまかせているが、今では、むかしと違うて、気も萎えた。一時は、お通の心も恨みと思うたが、今ではさらさらそんな気もない。......武蔵には知らぬ事、お通阿女は今も嫁のように思うているのじゃ。元の縁へ返ってくれとはいわぬが、せめては、このばばの過ぎ越し方の愚痴や、この先の相談事でも聞いておくれる気はないか。このばばを、あわれな者とは思っておくれぬかと......』
『おばば、そんなに文句が長いと、覚えきれないよ』
『それだけでよい』
『じゃ、離しておくれ』
『よう、いうのじゃぞ』
『わかった』
城太郎は、お通のそばへ、駈けて行った。そして、隠居のことばをその儘、彼女に伝えているらしかった。
『............』
お杉隠居は、わざと見ない振をして、河原の岩に腰を下ろした。汀の浅瀬に、小さな魚の群が、のどかな魚紋を描いている。
(......来るか? 来ないか?)
と、お通の様子を、隠居は、その魚の影より迅い光で、横目に注意していた。
六
お通は、疑いぶかく、容易に近づいて来なかったが、城太郎が、頻りといったのであろう、やがて怖々お杉隠居のほうへ歩いて来た。
心のうちで、隠居は、
(もうこっちのもの)
と思ったことであろう。長い前歯を唇にほころばせて、にたりと笑った。
『お通』
『......おばば様』
お通は、河原へかがみ込んで、老婆の足もとへ指をついた。
『ゆるして下さい......ゆるして下さい......もう今となっては、なにも、いい訳はいたしませぬ』
『なんのいのう』
お杉隠居のことばは、むかしのように優しく聞えた。
『元々、又八めが悪いのじゃ。いつまでもそなたの心変りを恨んでいようぞ。このばばも、一時は、憎い嫁とも思うたが、もう、心では水にながしている』
『では、かんにんして下さいますか。わたしのわがままを』
『......じゃが』
隠居は、ことばを濁して、彼女とともに、河原へしゃがみ込んだ。お通は、川砂を指でほじくっていた。冷たい砂の表面を搔き掘ると、その穴から、浸々と、温い春の水が湧いて出た。
『そのことは、母のわしから答えてもよいがの。ともあれ、又八という者と、いったんは許嫁であったそなた、いちど、伜に会うておくれぬか。元より、伜の好きで、おぬしをほかの女子に見替えたことじゃ。今さら、よりをもどせともいうまいし、いうたとて、このばばが、そのような得手勝手、承知することじゃないほどに』
『......え、え』
『どうじゃ、お通、会っておくれるか。そなたと、又八と並べておいて、このばばから、きっぱりと伜にいい渡そうではないか。――さすれば、意見の一つもいうて、このばばの、母としての役目もすむ。立場も立つ』
『はい......』
きれいな川砂の中から、蟹の子が這い出して、春の日を眩しげに石の蔭へかくれこんだ。
城太郎は、蟹をつまんで、お杉隠居のうしろへ廻り、隠居の小さい髷のうえに落した。
『......でも、ばば様、今となってはかえって、又八さんに会わないほうが』
『わしが側について会うのじゃ。会うて、きっぱりしておいた方が、そなたの後々のためにもよかろうが』
『......ですけれど』
『そうしやい。わしは、そなたの後の為も思うてすすめまする』
『それにしても、又八さんは、今どこにいるのか、分らないではございませぬか。おばば様は、居所をごぞんじなのでございますか』
『すぐ......わかる......わかるつもりじゃ。なぜならば、つい先頃、大坂表で会うているのじゃ。また、いつもの気儘が出て、わしを振捨てて住吉から去んでしもうたが、あの子も、後では悔いて、きっとこの京都あたりに、ばばの後を追うていると思いまする』
お通は、そう聞くと、急に、不気味な気もちに襲われた。それだけに、お杉隠居のすすめることばが、道理のように思われるし、また急に、この息子にめぐまれない老婆に、いとしさがこみあげて来て、
『おばば様、ではわたしも御一緒に、又八さんを捜しておあげいたしましょう』
お杉は、砂をいじっている彼女の冷たい手を握りしめ、
『ほんとうにかい?』
『ええ。......ええ』
『では、ともあれ、わしの旅舎まで来ておくりゃれ。......ア、ア』
お杉隠居は、そういって起ちかけながら、襟くびへ手をやって、蟹をつかんだ。
七
『ええ、なんじゃと思えば、いやらしい』
隠居が身ぶるいしながら、指先へブラ下がった小蟹を振り飛ばした様子のおかしさに、城太郎は、お通のうしろで、クスリと口を抑えた。
隠居は気づいて、
『汝か、悪戯したのは』
と、白い眼で、城太郎をねめつける。
『おいらじゃない、おいらのせいじゃないよ』
城太郎は、堤の上へ逃げた。
そして上から、
『お通さん――』
『なあに』
『お通さんは、おばばの旅舎へ一緒に行くの?』
お通が返辞しないうちに、隠居がいった。
『そうじゃ、わしの旅舎はすでそこの三年坂の下、いつも京都に来ればそこと定めてある。汝には、用もないから、何処へなと、帰るなら帰るがええ』
『アア、おいらは、烏丸のおやしきへ先へ帰っているぜ。お通さんも、用がすんだらはやく帰っておいで』
先へ走りかけると、お通は、急に心細くなったのか、
『お待ち、城太さん』
河原から上って、彼を追うと、お杉隠居も、もしお通が逃げる心ではないかと狼狽だしたように、すぐ後から駈け上ってゆく。
そのわずかな間に、二人は、話し合った。
『ネ、城太さん、こんなわけになって、私はあのおばば様と、旅舎へ行きますけれど、暇を見て、ちょいちょい烏丸様の方へも帰りますから、お館の人たちにそういって、お前は当分、あそこの御厄介になって、私の用事の片づくのを待っていて下さい』
『アア、いつまでも、待っているよ』
『そして......その間に、私も心がけるけれど、武蔵様のいらっしゃる所を、さがしてくれません? ......お願いだから』
『いやだぜ、さがし当てるとまた、牛車の蔭へかくれて出て来ないんじゃないか。......だから先刻、いわないこッちゃないんだ』
『わたしは、お馬鹿ね』
お杉隠居は、すぐ後から来て、二人の間へ入ってしまった。隠居のことばを信じぬいているにしても、お通は、この老婆の側では、武蔵のうわさは、おくびに出しても悪いような気がして、自然に口をつぐんでしまう。
和やかに肩をならべて歩いても、お杉隠居の針のように細い眼は、絶えずお通へ油断のない光を配っていた。今では、姑とよぶ人でないまでも、お通は、窮屈な感じに身を締められた。――しかし、それ以上の複雑な老婆の狡智と、自分の前に横たわりかけている危ない運命を観ぬくことは出来ないらしい。
以前の五条大橋の畔で戻ってくると、ここはもう元日の織るが如き人通りとなっていて、陽もうらうらと柳や梅の上に高い。
『武蔵、はてな』
『――武蔵などという兵法者がいるかしらて』
『聞いたこともないが』
『だが、吉岡を相手に、この通り、晴がましい試合をする程だから、相当な兵法者には違いない』
高札の前は、明け方にまさる人だかりだった。
お通は、ぎくとして、立ち疎んだ。
お杉隠居も、城太郎もそれをながめていた。魚の渦のように、群衆は武蔵武蔵という囁きをのこしながら、去っては来、来ては流れ去ってゆく。
第二巻 終
枯 野 見
一
丹波街道の長坂口は、指さして彼方に望むことができる。並木越しに、白い電光かのように眼を射るのは、その丹波境の標高で、また、京都の西北の郊外を囲っている山々の襞をなしている残雪だった。
『火を放けろ』
と誰かいう。
春先なのだ。まだ正月の九日という日である。衣笠のふき颪は、小禽の肌には寒すぎた。チチチチチ野に啼く声も稚く聞えて耳に寒い。人々は、鞘の中の刀から腰の冷えて来る心地がした。
『よく燃えるな』
『火が飛ぶぞ、気をつけぬと、野火になる』
『案じ給うな。いくら燃え拡がっても、京都中は焼けッこない』
枯れ野の一端に放けた火は、音を立てて、四十人以上もいる人々の顔を焦した。焰は、朝の太陽へ、脊を伸ばして、届きそうにまでなった。
『あつい、あつい』
と今度は呟く。
『もうよせ』
草を投げる者へ向って、植田良平が、煙たい顔して叱った。
そんなことをしている間に半刻は経っていた。
『もうやがて、卯の刻過ぎじゃないかな』
誰かいい出して、
『さよう?』
期せずしてみなの眉が、陽を仰いでみる。
『卯の下刻。――もはやその時刻だが』
『どうしたろう、若先生は』
『もう来る』
『そうさ、来る頃だ』
なにか緊迫してくるものを各々が顔に湛え出した。自然とそれが人々を無口にさせた。誰の眼も一様に、そこから街端れの街道を眺めて、生唾を溜めて待ちしびれている様子に見える。
『どうなされたのだろう』
のろまな声をして、どこかで牛が長く啼いた。ここは元、禁裏の御牛場で、乳牛院の跡とも呼ばれていた。今でも、野放しの牛がいるとみえ、陽が高くなると、枯れ草と糞のにおいが蒸れて来るのである。
『――もう武蔵は、蓮台寺野のほうへ来ていやしないか』
『来てるかもしれん』
『誰か、ちょっと、見て来ないか。――蓮台寺野とこことは、五町ほどの距離しかあるまい』
『武蔵の様子をか』
『そうだ』
『............』
すぐ行こうといって出る者もない。煙の蔭にみな煤ったい顔をして沈黙した。
『――でも、若先生は、蓮台寺野へ出向かれる前に、ここでお支度をして行くという手筈になっているのだからな。もう少し、待ってみようじゃないか』
『それは、間違いのない手筈なのか』
『植田殿が、ゆうべ若先生から、確といい渡されたことだ。よも間違いはあるまい』
植田良平は、そういう同門の者のことばを裏書して、
『その通りだ。――武蔵はもう約束の場所へ、先に来ているかも知れないが、敵を焦立たせようという清十郎先生のお考えで、わざと、遅刻しているのかも知れない。門下の者が、下手に動いて、助太刀したなどと評判されては、吉岡一門の大きな名折れだ。相手は多寡の知れた牢人武蔵ひとり。静かにしていよう。若先生が颯爽とここへ見えられるまで、林のように、我々は、静観していることだ』
二
その朝。
この乳牛院の原へ、寄るともなく集まった者たちは、勿論、数から見ても、吉岡門下のほんの一部の人々に過ぎなかったが、その顔ぶれの中には、例の植田良平がいるし、京流の十剣と自称している高弟組の半分は見えているから、まず四条道場の中堅どころは、出張っているといってもさしつかえない。
師の清十郎は、ゆうべ、
(助太刀の事、かたく無用)
と、これは誰へも同様にいい渡したことらしかった。
又、門下のすべての者は、きょうの師の相手である武蔵という者を、決して、
(多寡の知れた相手)
とは軽視していなかったが、そうかといって、師の清十郎が、たやすく彼に敗れようなどとは、どうしても考えられないのであった。
(勝つに決まっているが)
という考えの上に、万が一にもという常識を乗せているのである。それに又、五条大橋へ高札を掲げたりして、きょうの試合を公開した手前、吉岡一門の威容を張って、旁々、清十郎の名を、この際、大いに晴れがましく世間へ喧伝させたいという――門下の者としては当然な力瘤も入れる気になって、試合場所の蓮台寺野からそう遠くないこの原にかたまり、やがてここへ立寄るはずの吉岡清十郎を待ちわびているのだった。
ところで――
その清十郎はどうしたのか、いっこう姿が見えないのである。
卯の下刻は、陽あしを見ても、もう迫っている。
『おかしいなあ?』
ここでは、三十余名の者が、そう呟きだして、植田良平の諭す静観の態度もすこしだれ気味になっていると、この乳牛院の原の一群を見て、きょうの試合の場所を、ここと思い違えた群衆が又、
『どうしたのだ、試合はいったい』
『吉岡清十郎は、どこに来ている?』
『まだ見えんが』
『武蔵とやらは』
『それもまだ来ていないらしい』
『あの侍衆は、何か』
『あれは、どっちかの、助太刀だろう』
『なんのこった、助太刀だけが来て、かんじんな、武蔵も清十郎も来ないとは』
人のいるところへ、人は殖えて来るのだった。
後から後からと、弥次馬はここへたかって来る。そして、
『まだか』
『まだか』
『どれが武蔵?』
『どれが清十郎で』
と、ざわ声を立てている。
さすがに、吉岡門下の一かたまりが見える附近へは立ち入って来ないが、乳牛院の原の彼方此方には、萱のあいだや樹の枝にまで、人の頭が、無数に見えた。
――その中を、城太郎は歩いていた。
例の体より大きな木剣を横たえて、足よりも大きな藁草履を履いて、乾いた土のうえをボクボクと埃を立てて歩きながら、
『いないな、いないな』
と、人の顔をキョロキョロ物色しながら、この広い原のまわりを周って歩いてゆく。
『――どうしたんだろ? お通さんは、きょうのことを、知らないはずはないのになあ。......あれから烏丸様のお館へも、いちども来ないし』
彼のさがしているのは、武蔵よりも先ず、その武蔵の勝敗を案じて、きっと、今日ここへ来ていなければならないはずの、お通の姿であった。
三
小指に怪我をしてもすぐ蒼くなるくせに、女は、案外、残忍なことだの血を見ることに、男とは違った興味をそそられるものらしい。
きょうの試合は、とにかく、京洛中の耳と眼をそばだたせている。それを見ようとして来ている雑沓のうちには、かなり女の姿があった。数人で、手をつないで歩いて来る女たちさえあった。
けれど、その女の中に、お通のすがたは、いくら捜しても見当らなかった。
『変だなあ』
城太郎は野のまわりを、くたびれるほど歩いた。
(もしかしたら、あの日から――五条大橋でわかれた元日から――病気でもしているんじゃないかしら?)
そんな臆測を描いてみたり、なお突きすすめて、
『お杉婆は、あんな巧いことをいっていたけれど、お通さんを騙くらかして、どうかしているのかも知れないぞ? ......』
彼は、そう考えると、不安で不安でたまらなくなった。
その心配さ加減は、きょうの試合の結果がどうなるかというどころの比ではない。城太郎は、きょうの勝負を、少しも心配にはしていなかった。
野を繞って、それを待っている数千の見物人が、すべてといってよいほど、吉岡清十郎の勝を信じているように、城太郎ひとりは、
(お師匠さまが勝つ!)
と、信じて疑わないのであった。
大和の般若野で、宝蔵院衆のたくさんな槍を相手にまわして闘った時の武蔵のたのもしい姿を、彼は、ここでも頭にえがいて、
(負けるものか、みんな蒐っても――)
と、乳牛院の原に屯している吉岡方の門人まで、敵の数に入れて、なおかつ、堅く武蔵の腕に信頼を持っていた。
――だから、そのほうにはなんの取り越し苦労もしていないが、お通の来ていないことは、彼を落胆させた程度でなく、なにか、お通の身の上に、凶い事が起っているような胸騒ぎを駆りたててくる。
彼女が――
五条大橋からお杉隠居に従って別れてゆく時、
(暇を見ては、わたしも、烏丸様のお館へ行きますからね。城太さんは、当分、お館におねがいして、あそこに泊っておいでなさいね)
そういった。
たしかに、そういった。
だのに――あれから今朝で九日目――そのあいだの正月の三ガ日にも、七くさにも、ついにいちども、お通は訪ねて来なかったではないか。
(どうしたんだろう?)
という城太郎の不安は、もう二、三日前から持ち越して来ているものであった。それも今朝、ここへ来るまでは、一縷の望みをつないでいたのであったが――
『............』
ぽつねんと、城太郎は、原の真ン中をながめていた。焚火のけむりを囲んでいる吉岡の門人は、遠方から数千人の見物の眼につつまれて、物々しげにかたまってはいるが、まだ清十郎の来ないせいか、なんとなく、気勢が昻っていない。
『おかしいなあ、高札には蓮台寺野とあったのに。試合場はここかしら?』
誰もみな不審がらないでいる点を、城太郎だけが、ふと不審に感じ出していた。すると、彼の左右をながれて行く人混みのあいだから、
『わっぱ。――こら、こら、それへ参る童』
と、横柄に誰か呼ぶ。
見ると、それは城太郎にも覚えのある――つい九日前の元日の朝――五条大橋のたもとで、朱実と囁いていた武蔵へ向い、人をばかにしたような大笑いを捨てて去った佐々木小次郎であった。
四
『なんだい、おじさん』
一度でも顔を見ているだけに、城太郎は、馴々しくいう。
小次郎は、彼のそばへ寄って来た。なにかものをいう前に、先に足もとから頭へ、じろりと眸を上げるのが、この若者のくせであった。
『いつぞや、五条で会ったことがあるな』
『おじさんも、覚えていたかい』
『おまえは、女の人と一緒だったね』
『アアお通さんと』
『お通さんというのか、あの女は――。武蔵と、なにか縁故のある者か』
『あるんだろ』
『従兄妹か』
『ううん』
『妹か』
『ううん』
『じゃあ、なんだ』
『すきなんだよ』
『誰が』
『お通さんが、おいらの、お師匠様を』
『恋人か』
『......だろう?』
『すると、武蔵はおまえの先生というわけか』
『うん』
これは、明確に、誇りをもって、うなずいた。
『ははあ、それで今日も、ここへ来たのだな。――しかし、清十郎のほうも、武蔵のほうも、まだ姿が見えぬというて、見物が気をもんでいるが、おまえは知っているだろう。武蔵はもう、旅宿から出かけたろうな』
『知らないよ、おいらも、捜しているんだもの』
後から二、三名、ばらばらと駈けて来る跫音がした。小次郎の鷹に似ている眼はすぐそれへ振向いた。
『や、それにおられるのは、佐々木殿ではないか』
『オ、植田良平』
『どうしたんです』
良平は、そばへ来て、捕まえるように、小次郎の手をにぎった。
『年暮から、ふっと、道場へお帰りがないので、若先生も、どうしたのかと口癖に申していました』
『ほかの日には帰らなくても、今日さえ、ここへ来れば、それでよいのだろうが』
『ま、とにかく、あちらまでお越しを』
と、良平や他の門下たちは、態よく彼を取りかこんで、自分たちの屯している原の中ほどへ、引込むように、伴れて行った。
大刀を背に負っている小次郎の派手な身仕度を、遠くから見つけると、見物の眼はすぐ、
『武蔵、武蔵』
『武蔵が来た』
と、ささやき合った。
『ホ、あれか』
『あれだ――宮本武蔵は』
『ふうむ......たいそう伊達者だな、だが、弱くはなさそうだ』
取り残された顔つきの城太郎は、辺りの大人たちが真顔になってそれを受けとっているので、
『ちがうよ、ちがうよ、武蔵様はあんな人だもんか、あんな歌舞伎の若衆みたいなかっこうをしているもんか』
むきになってその誤謬を正していた。
彼の訂正の届かない所にいる見物たちも、やがて、様子を見ていると、どうもそれらしくないことに気づいて、
『はてな?』
と、首をかしげはじめる。
原の真ン中へ出て行った小次郎は、そこに立つと、吉岡門下の四十名ばかりの者を、例の高慢な態度で見くだして、なにか演舌しているらしいのである。
『............』
植田良平以下、御池十郎左衛門だの太田黒兵助だの、南保余一兵衛、小橋蔵人などとよぶ十剣の人たちは、その演舌が気にくわない顔つきで、むっと黙りこくったまま小次郎のよくうごく唇元を怖い眼をして見つめているのであった。
五
そこで、佐々木小次郎が、一同へ向って、演舌していうことには、
『まだここへ、武蔵も清十郎も来ないというのは、吉岡家の天佑ですぞ。諸氏はよろしく、手わけをして、清十郎どのがここへ来ぬうち、はやく途中から道場へ連れてお帰りなされ』
それだけでも、吉岡方の人たちを激昻させるに十分であるのに、その上にまた、
『わしのこの言葉は、清十郎どのへ対して、無二の助太刀でござりますぞ。この言葉以上の助太刀がどこにあろう。わしは、吉岡家にとって、天来の予言者だ。はっきりと、予言しておく。――やれば、清十郎どのは、気の毒だがきっと敗ける。武蔵という者のために、きっと生命をとられる』
かりそめにも吉岡門の人間として、これが、いい顔をして聞いていられるはずはない。植田良平の如きは、土気いろになって、小次郎をねめつけていた。
十剣の中の御池十郎左衛門は、我慢がならなくなったのであろう、小次郎がまだなにかいおうとする胸元へ、ぐっと自分の胸を寄せて行って、
『なにをいうのか、貴様は』
右手の肱を、顔と顔のあいだへあげたのは、いうまでもなく、居合の身がまえで、手練の一颯を見せようかという意思の表示である。
ニコと、小次郎は笑靨をこしらえてそれを眺めた。ずんと上脊丈があるので、笑靨までが高慢に人を見下げて見えるのだった。
『お気にさわったか』
『あたりまえだ』
『それは失礼』
軽くかわして――
『では、助太刀はしないことにしよう。気ままになされというほかはない』
『た、たれが、汝ごときに、助太刀を頼もうや』
『そうでもありますまい。毛馬堤からわしを四条の道場へ迎えてゆき、あんなに、わしの機嫌をとったではないか。其許たちも、清十郎どのも』
『それは、ただ客として、礼を与えたまでのこと。......思い上ったやつだ』
『ハハハハ、よそう、ここでまた、其許たちと、試合の飛び火をこしらえても始まるまい。だが、わしの予言を、後になって、涙で悔いの種になすまいぞ。――わしが眼をもって見くらべたところでは、清十郎殿には九分九厘まで勝目がない。この正月の一日の朝、五条大橋の欄に武蔵という男を見かけ、その途端にこれはいけないと思ったのだ。......あの橋のたもとへ貴公たちの手で掲げた試合の高札が吉岡家の衰亡を自分で書いている忌中札のようにわしには見えたのだ。......だが、人間の衰凋は、その人間にはわからないのが世の常かもしれん』
『だ、だまれッ、貴様は、きょうの試合に対して、吉岡家へ、ケチをつけに来たのだな』
『人の好意すら、素直に受け取れなくなるということが、抑々、衰運の人間のもつ根性だ。なんとでも思うがよい。明日とはいわない。もうやがて一刻の後には、その眼がいやでも醒めずにいまい』
『いったな!』
険悪きわまる声が、唾とともに、小次郎へ浴びせかけられた。怒りきった四十名からの人数が、一歩ずつうごいても、その殺気は、真黒に野原を掩うほどなものがある。
だが、小次郎は心得たものなのである。逸はやく飛びのいて、売る喧嘩なら買ってもよいという血気が隠されなかった。せっかく、彼が自分で説いていた好意というものも、これでは怪しみたくなるようなものである。わるく解釈すれば、ここに集まった群衆心理を利用して、武蔵と清十郎との試合の人気を、自分が攫ってしまうつもりでやっている仕事ではないかと取られても仕方がないほどにまで、小次郎の眼は、途端に、好戦的であった。
六
群衆が遠くからその様子をながめて、どよめき出したところであった。
その人混みを突きぬいて、一匹の小猿が、原へ向って、まるで鞠でも転がすように跳んで行った。
小猿の前には、若い女が、これも又、転ばんばかりの迅さで、見得もなく、駈けて行くのが見える。
朱実であった。
吉岡門下の人々と、小次郎とのあいだに、すんでのこと、血でも見るかと思われた険悪な空気は、その朱実が、ふいに後からさけんだ言葉で搔き消された。
『小次郎様、小次郎様ッ。......どこですか、武蔵様のいるところは。......武蔵様はいませんか』
『......あ?』
小次郎が振り向く。
吉岡方の、植田良平や、他の人々も、
『ヤ、朱実じゃないか』
と、つぶやいて、一瞬ではあったが、すべての者の眼と怪訝りとが、彼女と小猿の姿にとらわれてしまった。
小次郎は叱るように、
『朱実、なんでお前はここへ来たのか。――来てはならんといっておいたはずだ』
『わたしの体です。来ては悪いのですか』
『いけないッ』
朱実の肩をかるく突いて、
『帰れ』
小次郎のいう言葉を、彼女は息を喘りながら烈しく顔を横に振って拒んだ。
『いやです。――私は貴方のお世話にはなりましたが、貴方の女ではないでしょう。......それを』
急に、朱実は、声をつまらせてしゃくり上げた。あわれっぽい鳴咽に、男たちの荒びていた感情が水をかけられたような気がしたと思うと、その気持を裏切って、朱実の次のことばは、男性のどんな場合のものよりも強い血相をふくんでいた。
『それを、なんですか、あなたは私を数珠屋の二階に縛りつけたりなどしてッ。――わたしが、武蔵様のことを心配すると、あなたは、わたしを憎いように苛めて来たではありませんか。......その上......その上......きょうの試合には、きっと、武蔵は討たれるだろう、わしも、吉岡清十郎には義理があるから、よしや清十郎が及ばなくても、助太刀して、武蔵を討ってしまわなければならぬ。......そういって、ゆうべから泣き明していた私を、数珠屋の二階に縛りつけて、あなたは今朝、出て行ったのではありませんか』
『......気が狂ったか、朱実、大勢の人中だぞ、青空の下だぞ、なにをいうのか』
『いいます、気も狂いましょう、武蔵様は、わたしの心の中の人です。......その人が、なぶり殺しになるかと思えば、凝としてはいられません。数珠屋の二階から、大きな声を出して、近所の人に来てもらい、わたしの体の縛めを解いてもらって駈けつけて来たのです。わたしは、武蔵様に会わなければならない。......武蔵様を出してください、武蔵様はどこにいますか』
『............』
小次郎は、舌うちをして、彼女の凄まじい饒舌の前に黙ってしまった。
逆上していることは確かだが、朱実の口走っていることに噓はないらしい。それが噓でないとすると、小次郎という男は、この女性に温かい世話をかけながら、半面にはまた、この女性の心と体とを極端に虐待して楽しんでいるのではないかと疑われる。
それを、人前で――しかもこうした場所で――忌憚なく女の口から暴かれたのでは、小次郎も、間の悪いことはもちろんだし、むかむかと腹も立って、女の顔をじっと睨めすえていた。
――すると。
いつも清十郎の供について歩く奉公人で、若党の民八という男が、街道の並木からここへ鹿のように走って来て、手をあげながら呶鳴った。
『た、たいへんだッ、皆さん、来て、来てくださいッ。――若先生が、武蔵のために、やられました。や、やられました』
七
民八の絶叫は、一同の顔から血の気を奪ってしまった。足もとの大地がふいに陥没して行くような驚きを、
『な、なにっ?』
異口同音に口走って、
『若先生が――武蔵に?』
『ど、どこで』
『いつのまに』
『ほんとか、民八』
上わずったことばが各々の口から不統一に吐き散らされた。――しかし、ここへ立ち寄って身支度して行くといっていた清十郎が、ここへは姿を見せもせずに、もう武蔵と勝敗を決してしまったという民八の報らせは、なんだか、まだ真実のような気がしない。
奉公人の民八は、
『早く、早く』
と、呂律のまわらない声をつづけながら、そこで息もやすまずに、元来た道のほうへ向って、また、のめるように駈け戻って行く。
半信半疑であったが、噓や間違いとも思われないのである。植田良平や御池十郎左衛門などの四十余名は、
『すわ......』
と、民八の後につづき、野火の焰を越えてゆく獣のような迅さで、草埃りを揚げながら、街道の並木へ出た。
その丹波街道を北へ向って、五町ほども走ってゆくと、また、並木の右手に亙って、渺としたまま、静かに、春先の陽に伏している広い枯野がある。
つぐみや鵙が、なんのこともないように啼いていたが、パッと空へ立った。――民八は、気狂いのように草の中へ駈け込んだ。そして、なにかの古塚の跡らしく饅頭形に土の盛られている辺まで来ると、
『若先生っ、若先生っ』
もういちど、ありったけな声をふり絞って、大地へしがみつくように膝を折った。
『......やっ?』
『お、お』
『若先生だ』
突き当った事実のまえに、後から駈けて来る足がみな釘付けになった。見ると、藍花染の小袖に革のたすきをかけ、白い布で、額から後鬢へ汗止をきりっと締めている侍が、草の中に顔を埋めて、俯つ伏しているのである。
『――若先生』
『清十郎様っ』
『しっかりして下さいっ』
『われわれです』
『門下達でござる』
抱き起された頭は首すじの骨がくだけているように、ぶらんと重く傾いでしまう。
白い汗止の鉢巻には、一滴の血もついていなかった。袂にも、袴にも――辺の草にも血らしいものはこぼれていない。けれど、眉も眼も苦しげに塞いだまま、清十郎の唇は野葡萄のような色をしていた。
『......息は、息は、あるのか』
『かすかに』
『おいっ、た、たれかはやく若先生のからだを』
『担うのか』
『そうだ』
ひとりが背を向けて、清十郎の右の手を肩にかけて立ち上ろうとすると、
『痛いっ......』
清十郎が苦悶して、叫んだ。
『戸板、戸板』
と、いいながら、三、四名の者が、並木を駈け出して行ったと思うと、やがて附近の民家から、雨戸を一枚外して持って来た。
清十郎の体は、戸板の上へ仰向けに寝かされた。呼吸をふき甦してからというものは、苦痛にたえかねて暴れまわるので、やむなく、門下たちは帯を解いて、彼の体を戸板にしばりつけ、四隅を持って、葬式のように暗然とあるき出した。
戸板が割れるかと思うほど、清十郎は、その上で足をばたばたさせながら、
『武蔵は......武蔵はもう立ち去ったか。......ウウム、痛い。右の肩から腕の付け根だ。骨が、砕けたものとみえる。......ウウムたまらぬ。門人衆、右の腕を、付け根から斬り落してくれ。――斬れっ、誰か、わしの腕を斬れっ』
空へ眼をすえて、清十郎は喚きつづけていた。
八
あまり怪我人が痛がるので、戸板の四隅を持って歩いてゆく門人たちは――殊にそれが師とよぶ人であるだけに、思わず眼を反むけてしまう。
『御池殿、植田殿』
立ち淀みながら、その者たちは後を振向いて、先輩に計った。
『あのように苦しがって、腕を斬れと仰っしゃるんですから、いっそのこと、斬って上げたほうがお楽になるんじゃありませんか』
『ばかをいえ』
良平も、十郎左衛門も、一言の下に叱りとばした。
『いくら痛んでも痛むだけなら生命に別条はないが、腕を切って出血が止まらなかったら、そのままになってしまうかも分らない。とにかく、早く道場へお連れして、武蔵の木剣が、どの程度に打ちこんでいるものか、若先生が打たれたという右の肩骨をよく調べた上、腕を斬るなら、血止めや手当の用意をよくととのえておいてからでなければ斬れん。――そうだ、誰か、先に駈けて行って、道場のほうへ、医者を呼んでおけ』
二、三名が、その支度に先へ駈け出して行った。
街道の方を見ると、並木の松の間々に、乳牛院の原の方から慕って来た群衆が、蛾のように並んで、こっちをながめている。
それもまた、忌々しいものの一つだった。植田良平は、ただ暗い顔をして黙々と戸板の後に尾いてゆく人人へ、
『各々、先へ行って、あいつらを追っ払ってくれ。若先生のこのすがたを、弥次馬どもの見世物に曝して歩けるか』
『よしっ』
鬱憤のやり場をそこに見つけたように、門下達のおおかたの人数が、血相を向けて駈け出したので、敏感な群衆は、蝗が散るように、埃を上げて逃げ出した。
『民八』
と良平はまた、主人の戸板のそばに付いて泣きながら歩いている奉公人の民八をつかまえて、
『ちょっと、こっちへ来い』
と、彼へも鬱憤を向けて、咎めるように問い糺した。
『な、なんですか』
民八は、植田良平の恐い眼を見て、歯の根のあわない声を出した。
『貴様は、四条の道場を出る時から、若先生のお供をして出たのか』
『はい、さ、さようでございます』
『若先生は、どこで身支度をなさったのだ』
『この、蓮台寺野へ、来てからでございました』
『我々が乳牛院の原で、お待ちうけしていることを、若先生には、ご存じないはずはないのに、どうして、いきなりここへ真直に来てしまったのか』
『手前には、なぜだか、一向にわかりません』
『武蔵は――先へここへ来ていたのか、若先生より、後から来たのか』
『先へ来て、あそこの、塚の前に立っていました』
『一人だな、先も』
『へい、一人でした』
『どう試合ったのだ? 貴様は、ただ見ていたのか』
『若先生が、手前に向って、万一、武蔵に敗けた時は、わしの骨はおまえが拾って行け。乳牛院の原には、明け方から門下たちが出張って騒いでいるが、武蔵との試合が決するまでは、あの者達へ、報らせに行ってはならんぞ――兵法者が、敗れをとるのは、時にとってぜひもないことだ。卑怯な振舞いして勝つほどの不名誉者にはなりたくない。――断じて、横から手出しはならんぞ――と、こう仰っしゃって、武蔵の前へすすんで行かれました』
『ふ......ウム、そして』
『武蔵の少し笑っている顔が、若先生の背を越して、私の方に見えました。なにか静かに、二人は挨拶を交しているなと思ううちに、するどい声が野に響きわたって、ハッと思う眼に、若先生の木剣が空へ飛びあがったように見えますと、途端にもう、この広い野に突っ立っているのは、柿いろの鉢巻に、鬢の毛をそそけ立てている武蔵の姿がひとつしか見えなかったのでございます――』
九
大風が掃いて行ったように、並木の道にはもう弥次馬の影も見えない。
清十郎の呻きを乗せた戸板の一群は、敗旗を巻いて故山に帰るつかれた兵馬のように、悄然と、怪我人の苦痛を気づかうような足なみで歩いて来た。
『......おや?』
ふと足を止めると、戸板を支えてゆく前の者が、自分の襟くびへ手をやった。後の者は、空を仰いだ。
戸板の上へも、ハラハラと松の枯れ葉がこぼれて来たのである。見ると、並木のこずえに、一匹の小猿が、キョトンとした眼を下へ向け、わざとのように、尾籠な姿態を示している
『ア痛ッ』
仰向いた顔の一つへ、松の実が飛んで来たのである。顔を抑えて、
『ちくしょうッ』
その男が、小柄を投げた。小柄は、細やかな葉の隙間を光って通りぬけた。
口笛がどこかで鳴った。
小猿は、とんぼを打って、並木の樹蔭へ跳び下りた。そして、そこに佇んでいた佐々木小次郎の胸から肩の上へ、ヒョイと乗る。
『......オ!』
戸板をかこんでいる吉岡門下の人たちは、初めて、小次郎の姿と、もう一人の朱実をそこに見出したもののように、ギクと、眼の光りを革めた。
『............』
担架のうえに横たわっている怪我人をじっと見ていたが、小次郎は決して、それへ向って嘲笑らしいものは泛べてはいなかった。むしろ、敬虔な様子を示して、敗者の痛ましい呻きに眉をひそめたほどであったが、吉岡門下の人たちは、さっきの彼のことばをすぐ思い出して、
(嗤いに来たな)
と、感じたらしいのである。
植田良平か誰かが、
『――猿だッ、人間でない奴の仕業だ、相手にするな、早くやれ』
戸板を促すと、
『しばらく』
駈け出して来たかと思うと、小次郎はいきなり戸板の上の清十郎へ向って、話しかけた。
『――どうしたッ、清十郎殿、――武蔵めにやられましたな。――打ちどころはどこ? なに右の肩か......アアいかん、袋に砂利を入れたように骨は微塵だ。だが、仰向いて揺られて行ってはよくないぞ、体の内部にあふれている血が、臓器を侵し頭脳へも逆上ってしまうかも知れん』
周りの者へ向って、彼は、例の高飛車な態度でいいつけた。
『――戸板を下ろしなさい。なにを、ためらっているのか。下ろせ、いいから下ろしたまえ』
そしてまた、瀕死の態になっている清十郎へ、
『清十郎殿、起ってはどうだ。起てぬことがあるものか。傷手は軽い、多寡が右手一本ではないか。左の手を振って、歩けば歩けるにちがいない。拳法先生の子清十郎ともある者が、京都の大路を、戸板で戻ったといわれては、あなたは兎に角、亡き先生の名は地に墜ちる。これ以上の不孝はありますまい』
そういう小次郎の顔を、清十郎はじいっと見つめていた。眼ばたきをしない白い眼であった。
ふいに、がばっと、清十郎は起ち上った。左の手に比べて、右の手は一尺も長いようにぶらんと他人の物みたいに彼の肩からぶら下がっていた。
『御池、御池』
『は......』
『斬れ』
『な、なにをですか』
『ばか、さっきからいっているではないか、わしの右手をだ』
『......でも』
『ええ、意気地のない。......植田っ、おまえやれ、はやくせい』
『ハ。......ハ』
すると、小次郎がいった。
『――私でよければ』
『オ、たのむ』
小次郎は側へ寄った。清十郎のぶらんとしている手の先をつまんでぐっと上げ、同時に、前差の短い刀を抜いていた。なにかと怪しまれるような音が、どすっと周りの者の耳にひびいたと思うと、栓を抜いたような血しおとともに、腕は付け根から落ちていた。
十
体の重心を失いかけたように、清十郎は少しよろめいた。弟子達はそれを支えながら、傷口を抑え合った。
『歩く。おれは、歩いて帰るっ』
死人がものを叫んでいるような清十郎の顔つきであった。
弟子たちに囲まれたまま、彼は十歩ほどあるいた。ポトポトと、その跡には血が黒く大地に吸われていた。
『先生......』
『......若先生』
門下の人々は、桶のように清十郎の身を囲んで立ち止まった。そして気遣わしげに、
『戸板で急いだほうが、はるかに、お楽であったろうに、小次郎めが、出洒張って、いらざる真似を』
と、彼の無責任な仕方を、ことばのうちに皆、憤っていた。
『あるく!』
一息つくと、清十郎はまた二十歩ほど歩いた。足が歩くのではない、意地が歩いてゆくのである。
しかし、その意力は、永くは持たなかった。およそ半町ほど行くと、ばたっと、門人達の手へ仆れてしまった。
『それ、はやく医者を』
狼狽した人々は、もう拒む力のない清十郎を、死体を扱うように担い合ってわらわら駈け去った。
それを見送ってしまうと、小次郎は、並木の下にじっと立っている朱実のすがたを振りかえって、
『見ていたか、朱実。――おまえにすれば、いい気味だったろうが』と、いった。
朱実は、青ざめた面持ちをして、そういう小次郎の平気な笑い顔を、憎むかのように白い眼で見つめた。
『おまえがいつも、口ぐせのように、寝てもさめても呪っていた清十郎だ。さだめし、胸がすっと透いたろう。......え、朱実、おまえの奪われた処女のみさおは、あれで、見事に報復されたというものじゃないか』
『............』
朱実は、小次郎という人間が、とたんに、清十郎以上、呪わしい、怖ろしい、嫌な人間に思われてきた。
清十郎は自分をこうさせた、けれど清十郎は悪人ではない、悪人という程腹の黒い人ではない。
それから比べると、小次郎は悪人だ、世間で定義されているような悪人型ではないが、人の幸福を欣ばないで、人の禍や苦しみを傍観して、自分の快楽に供する変質人である、そういう者は、盗賊をするとか、横領するとかいう型の如き悪人よりは、もっと質のわるい、油断のできない悪人という者ではないだろうか。
『帰ろう』
小猿を肩にのせて、小次郎はいいだした。朱実は、この男の側から逃げたいと思った。――しかし、妙に逃げきれないものを感じて、その勇気が出ないのである。
『......武蔵を捜してみたって、もう無駄だ。いつまで、この辺にうろついているはずはない』
ひとり語をいいながら、小次郎は先へ歩いてゆくのである。
(なぜ、この悪党のそばを、離れられないのか、この隙に、逃げてしまわないのか)
と、朱実は自分の愚さを怒りながら、やはりその後に尾いて、歩かずにいられなかった。
小次郎の肩に止まっている小猿が、その肩の上から後向になって、キキと、白い歯を剝いて彼女に笑いかけてくる。
『............』
朱実は、小猿と同じ運命の者が自分であると思った。
そして心のうちで、ふと、あんな無慙なすがたになった清十郎が可哀そうに思われてきた。――武蔵というものはまた、べつな者として、彼女は、清十郎にも、小次郎にも、各々、違った愛憎をもって、男性というものを、この頃は、複雑に考えはじめて来た。
十一
――勝った。
武蔵は、心のうちで、自分へ凱歌をあげてみる。
(――吉岡清十郎に、おれは勝った。室町以来の京流の宗家、あの名門の子を、おれは倒した)
だが、彼の心は、すこしも歓んではこないのである。彼は、俯向きがちに、野を歩いていた。
ぴゅっ――と、低く掠めてゆく小禽の影が、魚のように腹を見せてゆく。やわらかい枯草と枯葉の中に、一足一足を沈め込むようにして歩いていた。
勝った後のさびしさ――というのは、賢い人たちの世俗的な感傷である。修行中の兵法者にはない言葉だ。けれど武蔵は、たまらない淋しさにつつまれて今、果なき野を独りあるいている。
(......?)
ふと彼は振向いてみた。
清十郎と出会った蓮台寺野の丘の松が、ひょろりと彼方に見える。
(二太刀とは打たなかった。生命にかかわるようなことはあるまいと思うが)
彼は、そこへ打ち捨ててきた敵の容態をふと案じた。手に引っ提げている木剣の刃を検めて見たが、木剣には血はついていない。
今朝――この木剣を帯びて場所へ来るまでは、敵には定めし大勢の介添もついていようし、わるくすれば、卑怯な計画もあろうにと、死所の覚悟はもちろんのこと、死に顔のわるくないよう、歯も白く塩でみがき、髪まで洗って出向いたものだった。
そこで、当の相手の清十郎に出会ってみると武蔵は、自分の想像していた人物とは、まったく違った人間のように思われて、
(これが、拳法の子だろうか)と疑った。
武蔵の眼に映った清十郎は、京流第一の兵法者とはどうしても見えない――いわば都会的な線のほそい公達だった。
ひとりの奉公人を召し連れて来ているほか、介添も助太刀もいないらしいのである。お互いに名乗り合って立ち合う途端に、武蔵は、
(これは、やる試合でなかった)
と、胸のうちで悔いた。
武蔵が、求めているのは、常に自分以上のものだった。しかるに今、この敵を正視すると、一年も腕をみがいて会うほどの敵でなかったことが一目で視てとれたのである。
その上に、清十郎の眸には、まったく自信がなかった。どんな未熟な相手にも闘うとなれば、猛烈な自尊心はあるものだが、清十郎には、眼ばかりでなく、全身に生気が燃えていないのだ。
(なぜ今朝、ここへ来たのか、こんな自信がない心構えで――。むしろ、破約したがよかろうに)
そう思い遣ってみると、武蔵は、敵の清十郎があわれになった。彼は、それの出来ない名門の子である。父から受けついだ千人以上の門下の上に、師と仰がれてはいるが、それは、先代の遺産であって、彼の実力ではなかった。
――なんとか、口実を作って木剣をひいたほうが相互のためだと武蔵は考えた。然し、その機会はなかった。
『......気の毒なことをした』
武蔵は、もいちど、ひょろ長い松の生えている塚を振向いて、清十郎のために、自分の与えた木剣の傷手が、はやく癒えてくれればよいがと、心のなかで祈った。
十二
いずれにしろ、今日の事は終ったのだ。勝ったにせよ、敗けたにせよ、後までこだわっているのは兵法者らしくないことだ、未練というものである。
――そう気づいて、武蔵が足を早めだした時であった。
この枯野に、なにを探しているのか、草むらの中にうずくまって、土を搔き分けていた老媼が、彼の跫足にふと顔をあげ、
『オ、ほ? ......』
驚いたような眼をみはった。
枯草と同じような淡い無地の着物をその老媼は着ていた。綿のふっくら入っている胴衣の紐だけが紫色なのである。俗服を着てはいるが、円い頭には頭巾をかぶり、年もはや七十頃であろう、どことなく上品で小がらな尼さんなのだった。
『......?』
武蔵も実はびっくりしたらしかった。道もない草むらだし、まるで野面と同じような色をしているこの年老った尼さんのからだを、もすこしうっかりしていたら、あぶなく踏みつけたかも知れないからである。
『......おばあさん、なにを採っているんですか』
人懐かしい武蔵の気持だったのである。こう、彼はやさしいことばのつもりで話しかけた。
『............』
老尼は、そこへ屈みこんだ、武蔵の顔を見てふるえていた。南天の実を聯ねたような珊瑚の数珠が袖口の手にちらと見える。そして、その手には、草の根を搔きわけて探した、まだ若い嫁菜だの、蕗のとうだの、いろいろな菜根が小笊の中へ摘みこまれて持たれていた。
その指先も、その朱い数珠も、かすかに顫いているので、武蔵はこの尼さんがなにをそんなに恐怖しているのかを怪しんだ。――で、彼は、尼さんが自分を野伏りの追剝とでも誤解しているのではなかろうかと思い、
『オオ、もうそんなに青い菜が出ていますか、春だからなあ、芹も採れていますね、すず菜も、母子草も、ああ、摘み草ですね、おばあさん』
殊さらに親しみを見せ、そばへ寄って、小笊の中の青いものを覗きかけると、老尼は、愕然と小笊をそこへ捨てて、
『――光悦や』
誰かを呼びながら、彼方へ駈けてしまった。
『............』
武蔵は、あっけにとられたように、老尼の小さい体の行く先を見ていた。
ただ見れば、平たい野面にすぎないが、平たい野の中にもゆるい起伏がある。老尼の姿が、そのわずかに低い地の蔭になった。
人の名を呼んだところから考えると、そこには誰か、老尼の連れがいるにちがいない。そういえば、かすかな煙りがその辺から漂っている。
『せっかく、あの老尼が丹精して摘んだものを......』
武蔵は、そこらへこぼれた青い種々のものを、小笊の中へ拾いあつめた。そして、自分は飽くまでやさしい心を示すつもりで、その小笊を持って、老尼の後から歩いて行った。
老尼のすがたは、又すぐ見ることができた。一人ではない――ほかに二人の連れの者がいた。
その三名は一家族の者とみえ、北風を避けるために、ゆるい傾斜の蔭を選び、陽なたに毛氈を敷いて、そこへ茶の道具だの、水挿だの又、釜などもかけ、青空と大地を茶室として、自然のながめを庭としながら、風流に遊んでいるのだった。
生きる達人
一
三人のうちの一人は下男で、もう一人はこの尼すがたの老母の息子らしかった。
息子といっても、もう四十七、八かとも見える人物で、京焼の殿人形をそのまま大きくしたような色の白さと、豊かな艶のいい肉体を、頰にも、腹にも、ゆったりと持っている男だった。
さっき、この老母が、
(光悦や――)
と呼んだことを思い合せてみると、この人の名は、光悦とよぶに違いない。
光悦といえば、今、京都の本阿弥の辻には、天下に聞えわたっている同じ名の人間が住んでいる。
加賀の大納言利家から二百石ぐらいの仕送りをうけているのだと人は羨んでよく噂にいう。町家に住んでいて、二百石の蔭扶持をもらっていれば、それだけでも豪勢なくらしができるであろうに、なお、その上にも徳川家康からは特別に目をかけられているし、公卿堂上へは出入をするし、天下の諸侯もこの一町人の家の前では、なんとなく気が措けて、馬上から店を見下ろしては通り難いというほどなのである。
本阿弥の辻に住んでいるところから、人呼んで本阿弥光悦というが、本名は次郎三郎、また本業は刀の鑑定と、研と、浄拭。――その三事の業をもって、足利の初世から、室町の世に栄え、今川家、織田家、豊臣家と代々の執権から寵遇をうけて今につづいて来ている旧い家すじでもあった。
そのうえに、光悦は、絵もよく描くし、陶器もやれば蒔絵もする――わけても、書においては、彼自身もいちばん自信のあるところで、まず今の名筆家をかぞえるならば、男山八幡に住む松花堂昭乗か、烏丸光広卿か、近衛信尹公――あの三藐院風と世間でいうところの書風の創始者か――この光悦といわれるほどなのである。
けれど、光悦自身は、それほどな評価さえ、まだ自分を尽しているものとは受取っていなかった。
こういう話さえ巷間に伝わっている――
或時。
光悦が、日ごろ親しい近衛三藐院をそのお館に訪ねた。公は、氏長者前関白という家がらの貴公子であり、現職は左大臣というおごそかな顕官であったが、性格はそんな野暮な人でなかったらしい、なんでも朝鮮の役のあった年には、
(これは、秀吉一箇の業とはいえない、国家の興廃にかかわることだから、わしは日本のために坐視していられない)
といい、時の天子に奏上して、征韓の役に従軍したいことを願ってやまなかったという風の変ったところもある。
また、秀吉がそれを聞いて、
(天下、無益の大なるもの、是れに如くなし)
と喝破したということであるが、そう嗤った秀吉の朝鮮征略そのものが、後では天下最大の無益と、世の人たちから時評されたのはおかしなことであった。それはそうと――その近衛三藐院を光悦が訪問した折、いつもの書道の話から花がさいて、
(光悦、おまえ今、書において天下の名筆を三人かぞえるとしたら、たれを選ぶな)
と、訊いた。
光悦は、さればにて候という態で、即座に、
『――まず次はあなた様、その次は、八幡の滝本坊――あの昭乗でございましょうかな』
すこしのみ込めない顔つきをして、三藐院は、もいちど問い直した。
『まず次は......とおまえはいったが、その最初の第一番は誰なのじゃ』
すると、光悦はにやりともせず相手の眼を見ていった。
『わたくしでございます』
――こういう本阿弥光悦なのである。だが今、武蔵のまえにいる下男づれの母子がその本阿弥の辻の光悦かどうか、その家族にしては、供も一人しか連れていないし、衣服やあたりの茶道具なども、あまりに質素すぎる気がしないでもない。
二
光悦は、指に絵筆をはさんでいた。膝には一帖の懐紙が載っている。その懐紙には、彼が先刻から丹念に写生していた枯野の流れが描きかけになっていた。そばに散らかしてある反古にも皆、同じ水の線ばかりが手習いでもするように描いてあるのであった。
――ふと、振向いて、
(どうなされたのです?)
と問うように、光悦は、下男のうしろに顫いている母のすがたと、そこに立っている武蔵のすがたとを静かな眼ざしで見くらべた。
その穏かな眸に触れた時、武蔵は自分の気も和んでくる心地がした。しかし親しみというには余りに遠いものなのだ。自分らの近くには見当らない型の人間であって、そのくせ非常に懐しみを覚えさせる眸なのである。腹の豊かなように、底の深い光をたたえて、その眼はまたいつのまにか、武蔵に対して、旧知のような笑みをにこにこ示していた。
『御牢人さま。......なんぞ母が過ちでもいたしましたかな。せがれの私がもう四十八にもなりまする、この母の年もそれでお察しくださいませ。体はすこやかでございますが、ちと、眼がかすむなどとこの頃は申しまする。母の粗相は幾重にも私がおわびいたしましょう。ご勘弁くださいまし』
膝の懐紙と指の絵筆を、毛氈のうえに置いて、ていねいに手をつかえようとするので、武蔵は、いよいよもって、そんな理由で自分が老母の驚きを求めたわけでないことを、明白にしなければならなくなった。
『あいや......』
自分も膝を地へ落して、武蔵はあわてて、光悦の辞儀をさえぎった。
『あなたが御子息でござるか』
『はい』
『おわびは、拙者からせなければならぬ。なんで、お驚きなされたか、自分にはとんと分らぬが、此方のすがたを見ると、御老母が、この小笊を捨ててお逃げなされた。......見ればお年寄が、せっかく摘まれた若菜や芹などの種々が後に散っているではないか。この枯野からこれだけの青い物をお採りなされた御老母の丹精を思うと、自分が御老母を驚かした理由はわからぬが、済まないと存じたのです。......で、菜を小笊へ拾いあつめて、これまで持って来ただけのことです、どうかお手をあげてください』
『ああ、そうですか』
光悦は、それですっかり分ったように暢々と笑いながら、母のほうへ向って、
『お聞きあそばしたか、母者人は、なんぞ思い違いをなされたのでございましょうが』
すると、彼の母は、いかにもほっとしたらしく隠れていた下男の背の蔭から少し出て来て、
『光悦や、それでは、その御牢人様は、なにもわし達に危害を加えようとするお人ではありませぬか』
『害意どころか、あなた様が小笊の若菜を捨てておいでなさったので、この枯野からそれだけの青い物をさがして摘んだ年寄の丹精がいとしいと仰っしゃって、これへ持って来てくだされたほど、若い武人にしては心のやさしいお方でございます』
『それはまあ、済まぬことを......』
と、老母は武蔵の恐縮する前へ、手頸の数珠へ顔がつくほど低い辞儀をして謝り入るのであった。
それから、心も打ち解けたように、この老母まで笑いこぼれながら、息子の光悦にこう話すのであった。
『わしは、今思うと、まことに済まんことじゃったが、この御牢人様を一目見た時、なにか、血臭いものが眼の前へ来たようで、体じゅうの毛あながぞくとひき緊められるように恐かったのじゃ。今、こうして見れば、なんの事もないお人じゃがの』
そう聞いて、武蔵こそ、この老母の何気ないことばに、はっと胸を衝かれた。われに返って、われという自身の相を、他人から見せつけられた気がしたのである。
三
――血臭いお人。
世辞のない光悦の老母は彼のことをさしてそういった。
おのれの身についているにおいというものは、誰でも自分には分らないものに違いないが、武蔵はそういわれて、卒然と、自分の影にこびりついている妖気と血なまぐささに気づいた。そして、この老母の澄んだ感覚に、曾つて知らない羞恥をおぼえた。
『武者修行どの』
光悦は、それを見のがさなかった。武蔵の烱々と光っている異様な眼ざしだの、油気のない殺伐な髪の毛だの――体のどこを触れても斬れそうな様子をしているこの青年に、彼はなにかしら、愛せるものを見出しているらしいのである。
『おいそぎでなくば、少しおやすみなさらぬか。まことに静寂でござりますぞ、黙っていても、清々と、よい気もちで、心が空の青さに溶けてゆくような』
老母も亦、共に、
『もすこし菜を摘んだら、やがて草粥を炊いて、馳走しよう。お嫌いでなくば、茶も一ぷく進らせよう程に......』
この母子の間に交わっていると武蔵は、自分のからだに生えている殺気の棘が除れてゆくように気が和んでくる。他人の中とは思われない温か味なのだ。――いつとはなく草鞋を解いて毛氈のうえに坐ってしまう。
うち解けて、だんだん聞いてみると、この老母は妙秀といって、都でもかくれのない賢婦人であるし、息子の光悦も、本阿弥の辻に住む有名な芸林の名匠で、まぎれもなく彼の本阿弥光悦であることがわかってくる。
およそ刀をさす人間で、本阿弥家の名を知らない人間はない。けれど武蔵は、その光悦という人や、光悦の母の妙秀という人を、その先入主にある有名なものとは結びつけて考えられなかった。この母子が、そういう由緒のある家がらの当人であると聞いても、やはりこの広い枯野で偶然に出会った、ただの人としか思えないし、又それが故に抱いていられる懐しみや親しみを遽かに、固くなって捨ててしまいたくなかった。
妙秀は、茶釜の湯の沸りを待ちながら、
『このお子は、幾歳じゃろ』
と、息子へいう。
息子の光悦は、
『さあ、二十五、六歳でもございましょうかな』
と、武蔵を見て答える。
武蔵は首を振って、
『いえ、二十二歳です』
すると妙秀は、さも驚いたように眼をあらため、
『まだそんなにお若いのか、二十二ではちょうど、わしの孫というてもよい』
それから又、故郷はどこか、両親はあるのかないのか、剣は誰に習ったかなどと、妙秀はいろいろと訊ねてやまない。
やさしい老母から孫あつかいにされると、武蔵は、童心をよび起されて、ことば遣いまで自ずと子供らしくなってしまう。
常に、厳しい鍛錬の道に起き臥して、自分を刃鉄のように鍛え固めること以外には、生命を呼吸させたことのない武蔵だった。今、妙秀とそうして話していると、有りの儘にそこへでも寝ころがって、甘えてみたいような心持を、久しく風雨にばかり曝されて忘れていた肉体の中に、ふいに思い出した。
だが、武蔵には、それができない。
妙秀も、光悦も、この一枚の毛氈のうえに乗っている物は、茶碗一つまでが皆、空の碧さと溶けあい、自然と一つになり、野を飛ぶ小禽とも同じになって、静かに遊び楽しんでいるように見えるが――武蔵ひとりは、継子のようにぽつねんと在って、その姿はどうしても自然とはべつ物の存在としか見えなかった。
四
なにか話を交しているうちはいいのである、その間は武蔵も、この毛氈のうえの人たちと溶け合って、自分も慰められている。
けれど、やがて妙秀が茶釜に対して沈黙し、光悦が絵筆を持って背を向けてしまうと、武蔵は、たれと語りようもなく、また、なにを楽しむすべも知らず、憶い出されるものは、ただ退屈と、孤独のさびしさだけだった。
(なにが面白くて――この母子はまだ春も浅いのに、こんな枯野へ来て、寒い思いをしているのか?)
武蔵には、この母子の生活が不思議なものに見えてならない。
摘み草が目的なら、もっと暖かくなって人出が賑う頃にもなれば千種も萌えているし花も咲いていよう。――茶をたてて楽しむことが目的ならば、なにもわざわざ茶釜や茶碗を持って来て、物好きな不自由をしないでも、本阿弥家ともいわれる旧家である。住居にはよい茶室もあるに違いない。
(絵を描くためか?)
と、武蔵はまた考えて、光悦の広い背中を見まもった。
すこし身を横へねじって、その光悦の筆をのぞいてみると、先刻もそうであったが、今もまた懐紙へ描いているのは、水の流ればかりであった。
ここから少し離れている枯草のあいだに、うねうねと細い野川の水が這っていた。光悦は、その水の相を線に現そうとして他念もない様子なのである。つかもうとしても墨を通して紙のうえへ象として現してみると、なにもつかまれていないので、光悦は、何十遍でも、水の相をつかむまで、飽かずに同じ線を描いているのだった。
(......ははあ? 絵もなかなか易しくないものだ)
武蔵はふと、そこへ自分の退屈を預けて見恍れる。
(――敵の相を剣のさきへおいて、自分が無我になった時――自分と天地がひとつの物になったような気持――いや気持などというものさえ失くなった時、剣はその敵を斬っている。――光悦どのは、まだあの水を敵として睨んでいるから描けないのだろう、自分があの水になればよいのだ)
なにを観るにも、武蔵は、剣というものを離れては考えられない。
剣から画を考えても、ぼんやりとその程度には理解できる。――けれどなお分らないのは、妙秀や光悦が、いかにも楽しげにいることだ。母子として、黙って背中を向け合っているが、その姿がどっちを見ても、今日という一日を楽しんで、飽かないさまでいることが不思議でならない。
(閑人だからだろう)
彼は、単純にそう片づけ、
(この険しい時勢の中に、絵をかいたり、茶をたてたり、こういう人もいるものかなあ。......おれには縁のない世界の人間だ、親代々の財産をだいじに抱えて、時勢のそとに遊んでいる上等な逸民という者だろう)
退屈はやがて、気懶いものを誘ってくる。惰気は禁物と誡めている武蔵にとって、そう気がつくと、わずかな間も、こんな所にいられない気がしてくる。
『お邪魔をしました』
武蔵は、脱いだ草鞋をはきかけた。思わぬ暇つぶしでもしたように、その様子が遽かに取って付けたように見えた。
『......ホ、お立ちか』
妙秀は意外そうにいった。光悦も静かにふり向いて、
『せっかく、母が今、粗末ですが茶をさしあげようと思って、心をこめて釜の湯を見ております。まあよいではありませんか。――先程、あなたが母へ話していたのを伺うと、あなたは今朝、蓮台寺野で吉岡家の嫡子と試合をなされたお方でしょう。戦の後の一ぷくの茶ほどよいものはない――と、これは加賀の大納言様も家康公もよく仰っしゃっていた言葉です。茶は養心です、茶ほど心を養ってくれるものはありません。動は静から生じるものと私は思う。......まあお話しなされ、わたくしも御相伴いたしましょう』
五
かなり距離はあるが、やはりこの野つづきである蓮台寺野で、今朝がた自分と吉岡清十郎との試合があったことを、この光悦は知っていたのか。
それを知りながら、そんなことはまるで、よその世界の騒ぎとして、静かにこうしていたのか。
――武蔵は、もいちど光悦母子の姿を見直した。そして、坐り直した。
『では、せっかくですから、頂戴してまいりましょう』
光悦はよろこんで、
『おひきとめするほどではありませんが』
と、すずり筥の蓋をして、絵の反古がとばないように筥をのせておく。
光悦の手に持たれてそれが動いた時、厚い黄金や白金や螺鈿でくるまれているような筥の面が、燦然と玉虫の体みたいに光って眼を射たので、武蔵は思わず身をのばしてのぞき込んだ。
下に置かれてあるのを見ると、そのすずり筥の蒔絵は、決して、眼を射るような絢爛ではない。麗しいことは、桃山城の豪華を小さく纏め込んだほども麗しいが、その上に千年も経ったような匂いの高い燻みがかかっているのである。
『............』
飽かないように、武蔵は見いっていた。
十方の碧落よりも、四方の野辺の自然よりも、武蔵にはこの小さい工芸品が、いちばん美麗に見えた。見ている間だけでも、慰められた。
『わたくしの手すさびですよ、お気にいりましたかな』
光悦のことばに、
『ほ? あなたは蒔絵もするのですか』
光悦は黙って微笑するのみであった。手芸の美が、天然の美よりも、尊く見えるらしい武蔵をながめて、光悦は心のうちに、
(この青年も田舎者)
と、すこし嗤っているような趣である。
そういう大人の高所から、自分が低く観られているとは知らないで武蔵は、
『見事ですな』
と猶も、眼を離たずにいると、光悦はまた、
『今、わたくしの手すさびといいましたが、その構図に配してある和歌文字は、近衛三藐院様のお作で、またお書きになったのもあのお方です。ですから、ありようは二人の合作と申さなければなりません』
『近衛三藐院というと、あの関白家の』
『そうです、竜山公のお子様の信尹公のことです』
『私の叔母の良人にあたる者が、近衛家に長年勤めておりますが』
『なんと仰っしゃる御人?』
『松尾要人と申します』
『ほう、要人殿ならば、よう知っています。毎度近衛家にあがるので、お世話にあずかったり、また要人殿もよく、宅へ訪ねてくださるし』
『ア、そうでしたか』
『母者人』
と、光悦はまた、そのことを、母の妙秀にも話し直して、
『どこに御縁が繫がっているかわかりませぬな』
といった。
『おおそうか。ではこのお子は、要人殿の義理の甥御か』
妙秀はそういいながら、風炉先のそばを離れて、武蔵と息子の前へすすみ、優雅かに茶式の礼儀をした。
もう七十ぢかい老母であったが、茶事の作法が身についていて、自然な身ごなしや、細やかに動く指の先や、すべての振舞いが、いかにも女らしく、優しく、そして美しかった。
野人の武蔵は、光悦に倣って畏まっていた。その窮屈らしい膝の前に、菓子の木皿が置かれた。菓子はつまらない淀饅頭であったが、この枯野には見あたらない青い木の葉を敷いていた。
六
剣に形、作法などがあるように、茶にも、法があると聞いている。
今も、妙秀のそれを、武蔵は、じっと見ていて、
(立派だ)
と、思った。
(隙がない)
彼の解釈は、やはり剣に拠る。
達人が剣を把って立った姿というものは、さながらこの世の人間とも思われない。その荘厳なものを今、茶をたてている七十の老母のすがたにも彼は見た。
(道――芸の神髄――何事も達すると同じものとみえる)
うっとりと彼は考えていた。
だが。
われに返ってみると、帛紗に乗せて膝のまえに置かれた茶碗を、武蔵は、どう持って、どう飲んでよいものかとためらった。茶事の席になど連なった経験もないのである。
そこらの土を子供が揑たように不器用に見える茶碗だった。しかし、その茶碗のいろの中にたたえられている濃い緑の泡つぶは、空よりも静かで深い色をしていた。
『............』
光悦はと見ると、もう菓子を食べている。寒い夜に温かい物でも抱くように、両手で茶碗を持って、それもふた口か三口で飲んでしまう。
『――光悦どの』
武蔵はいってしまった。
『武骨者です、実は、茶などいただいたことがないので、飲むすべも、作法も知らないのですが』
すると、妙秀が、
『なんのい......』
と、孫でもたしなめるように、やさしく睨めた。
『茶に知るの、知らぬのという、智恵がましい賢らごとはないものぞよ。武骨者なら武骨者らしゅう飲んだがよいに』
『そうですか』
『作法が茶事ではない、作法は心がまえ。――あなたのなさる剣もそうではありませぬか』
『そうです』
『心がまえに、肩を凝らしては、せっかくの茶味が損じまする。剣ならば、体ばかり固うなって、心と刀の円通というものを失うでござりましょうが』
『はい』
武蔵は、思わず頭を下げて、次のことばに耳をすましていたが、ホ、ホ、ホ、ホ、と妙秀はその後を笑い消して、
『わたくしに、剣のことなどは、何もわかりませぬがの......』
と、いった。
『いただきます』
武蔵は、膝が痛いので、畏まっていた膝をあぐらに組み直した。そして、飯茶碗から湯でも飲むようにがぶと飲んで下へ置いた。
(苦い)
と思った。
それだけのことで、美味いなどとは世辞にもいえない気がした。
『もう一ぷく、いかがでございますか』
『たくさんです』
どこが美味いのか、なんでこんな物を深刻らしく、味の佗の作法のというのか。
武蔵には、解せなかった。しかし彼は、最前からこの母子に持った疑問と共に、一概に軽蔑し去る気にもなれない。茶道が、自分が正直に感じただけのものならば、東山時代の長い文化を通じて、あのように発達してくるはずがない。――また、秀吉だの家康だのという人物が、その道の隆盛を支持するわけがない。
柳生石舟斎も、老後をその道にかくれていた。思い出すと、沢庵坊もよく茶のことはいっていた。
――武蔵は、帛紗の上の茶碗へ、もいちど眼を落した。
七
石舟斎を思いだしながら、その茶碗をまえにおいて見つめていると、ふとまた武蔵は、あの時、石舟斎から贈られた一枝の芍薬を思いだした。
――白芍薬の花をではない、あの枝の切口を。あの時うけた強い戦慄を。
(おやっ)
と、口に出たかと思うほど、武蔵は、その茶碗から心へひびいて来るなにものかに烈しく打たれた。
手を伸べて、抱きこむように、茶碗を膝へ乗せて見る。
(......?)
今までの武蔵とはまるで人が違ったような熱をおびた眼の光りが、つぶさに、茶碗のそこや篦目に見いって、
(......石舟斎が切った芍薬の枝の切口と、この茶碗の土を切ってある篦目のするどさと。......ウウム、どっちともいえない非凡人の芸の冴えだ)
肋骨が膨らむように息がつまってくる。――何故にという説明は彼にもつかないのである。巨腕を持った名匠の力量がそこに潜んでいるというほかはない。肉声で現しがたい無言のことばが、沁々と心へ浸み入ってくるのである。それを受け容れる感受性を、武蔵が人いちばい持っていることも事実である。
(誰だろう、この作り人は)
手に持つと離せない気のするような触覚なのだ。
武蔵は、訊かずにはいられなかった。
『光悦どの、私には、今もいったとおり、陶器のことなど、皆目わからないのですが、この茶碗は、よほど名工の作ったものでしょうな』
『どうして?』
光悦のことばは、顔のようにやわらかい。厚ぼったい唇ではあるが、女みたいな愛嬌をこぼすことがある。少し眼じりは下がっているが、魚のように切れ長で、威があって、稀々、揶揄するような皺もよせる。
『――どうしてといわれると困るのですが、ふと、そんな気がするのです』
『どこか、何かを、お感じになったのでしょう、それを仰っしゃって下さい』
と、光悦は意地がわるい。
『さあ?』
武蔵は考えて、
『――では、いい尽くせませんが、いいましょう。この篦ですぱっと切ってある土の痕ですが......』
『ふむ!』
芸術家の持ち前を光悦も持っていた。芸術の理解などは程度がひくいものと相手をきめてかかって、武蔵も低く見ていたのだった。ところが案外、いい加減に聞いていられないことをいい出しそうなので、急に女のような優しくて厚い唇が、難かしく大きく緊まった。
『――篦の痕を、武蔵どのは、どう思いますか』
『するどい!』
『それだけですか』
『いや、もっと複雑だ。非常に太っ腹ですな、この作者は』
『それから』
『刀でいえば、相州物のように、斬ればどこまでも切れる。けれど麗わしいにおいでつつんでおくことを忘れない。また、この茶碗の全体のすがたからいえば、非常に素朴には見えるが、気位といいましょうか、どこかに王侯のような尊大な風があって、人を人とも思わないところもある』
『ウウム......なる程』
『ですから、この作者は、人間としても、ちょっと底がわからないような人物だと私は思う。しかし、いずれ名のある名匠には違いありますまい。......ぶしつけですが、伺います、いったいなんという陶工ですか、この茶碗を焼いた人は』
すると光悦は、厚でな盃のふちみたいな唇を綻ばせて、よだれを湛えながらいった。
『わたくしですよ。......ハハハハ、わたくしがいたずらに焼いた器ですよ』
八
光悦もひとがわるい。
武蔵に批評させるだけ批評させておいてから、さて、その茶碗の作者なら実はわたくしです、といったものである。揶揄されたような悪感を相手に抱かせないところなどは、猶さら罪がふかいといわなければならないが、四十八歳の光悦と、二十二歳の武蔵とでは、年齢の差というものがやはり争えない。武蔵は、自分が試みられているなどとは少しも思わず、正直に感服して、
(この人はこんな陶器まで自分で焼くのか。......この茶碗の作者がこの人だとは思えなかったが)
と、光悦の多芸多能の才に、いやその才よりも、粗朴な茶碗のような姿をしていて、実はその裡に隠している人間的な奥行の深さを――武蔵は気味わるいほどに思った。
彼が自負している剣の理から、この人物の底を計ろうとしても、持ちあわせの尺度では寸法が足らないような尊敬を正直に持ってしまった。
こう感じて来たら、武蔵はもう弱い。その人間に対して、頭を下げずにいられない性分なのだ。自分の未熟さを、ここにも見出して、彼は大人の前に小さく羞恥んでしまう一箇の未成年者でしかなかった。
『あなたも、陶器はおすきのようだな、なかなかよく観る』
光悦がいうと、
『いや、拙者は、皆目そのほうのことはわかりませぬ、あて推量です。失礼なことを申して、おゆるし下さい』
『それはそうでしょう、いい茶碗一つ焼くにも、一生かかる道ですから。けれど貴方には、芸術を理解する感受性がある、かなり鋭い――やはり剣をおつかいになるので自然に養われた眼でしょうな』
光悦も多分に、武蔵の人間を、心のうちでは認めていた。しかし大人というものは、感心しても口で賞めないものだった。
つい、時の経つのを武蔵は忘れていた。そのうちに、下男が、菜を摘み足してくると、妙秀は、粥を煮、菜根を炊いて、これを光悦の手づくりらしい小皿に盛り、瓶の芳醇を開けて、ささやかな野の食事が始まる。
その茶料理も、武蔵には、余りに淡味すぎて、美味いとは思わなかった。彼の肉体は、もっと濃厚な味や脂を欲しているから。
――けれど彼は、素直に菜や大根のうすい味を味わおうとした。光悦からも妙秀からも、習っていいものが多分にあることを知ったからである。
――が何時、吉岡方の者が、師の報復を企んで、ここへ迫って来ないとも限らない。武蔵は落着かない気持に時々駆られて、野の遠方此方を見まわした。
『ご馳走になりました、先を急ぐ身でもありませんが、試合に及んだ相手方の門人が参ると、御迷惑がかからぬ限りもありませぬ。――いずれまた、御縁があれば』
妙秀は、立って行く武蔵を見送って、
『本阿弥の辻へも、おついでの折になと、立ち寄ってくだされい』
光悦もうしろからいった。
『武蔵どの、折を改めて、宅のほうへ、お越し下さい。――ゆるりとまた、話しましょう』
『参ります』
来るか来るかと思っていた吉岡方の者の影は、野のどこにも見当らない。――武蔵はもいちど振りかえって、光悦母子の遊んでいる毛氈の世界をながめた。
自分の歩いている道は、ただ一途で、細くて嶮しい道だと思う。光悦の楽しんでいる天地の明るくて広いことには及ぶべくもない。
『............』
武蔵は黙々と、野末へ向って、前のとおり俯向きがちに歩いて行った。
夜 の 道
一
『なんて態だ、吉岡の二代目は。――いい気味だと思っておれは飲んでいるんだ、これで、グッと胸が下ったというものさ』
場末の牛飼町の中にある居酒屋だった。土間のうちは、薪の煙りや煮物のにおいでもう暗かったが、外は、夕焼け空が火事のように道まで赤くしていて、暖簾のうごくたび、東寺の塔の夕鴉が黒い火の粉みたいに遠く見える。
『まあ飲めやい』
板を挾んで、対い合いに腰かけているのは、三、四人の小商人。また独りで黙々と飯を食べている六部があるし、銭独楽をまわして、酒を賭けている労働者の一かたまりだの、せまい土間にいっぱいだった。
『暗いぞ、おやじ、鼻へ酒を入れちまうじゃねえか』
誰かがいうと、
『はい、はい、ただ今』
片隅の土間炉から、薪の炎が大きく立つ。外が暮れてくるほどに、この中は赤々と浮いてきた。
『思い出しても、癪にさわってならねえ。おととしからの炭薪や魚の代だ。あの道場で費うのだから少ッとや些っとの物じゃあない。大晦日こそ、と出かけて行ったところが、門弟共が、勝手なごたくを並べたあげく、掛取のおれたちを、外へ抓み出しゃあがったじゃねえか』
『まあ、そう怒んなさんな、蓮台寺野の一件で、おれたちの鬱憤も因果はてきめん、あいつらへ返っていらあな』
『だからよ、今頃まで、怒っているわけじゃねえ、欣しくってたまらねえのだ』
『だが、吉岡清十郎も、話に聞けば、あんまり脆い負け方をしたものじゃねえか』
『清十郎が弱いのじゃない、武蔵という男が、途方もなく強いらしいんだ』
『なにしろ、たんだ一撃ちで、清十郎は左の手だか右の手だか、どっちか一本失くしちまった。それが木剣だというからすごい』
『行ってみたのか、おめえは』
『おれは見ねえが、行ってみた連中の話を聞くと、そんなことだったらしい。清十郎は戸板にのせられて帰って来たが、生命だけはまあ取り止めるらしいが、生涯片輪者ということになってしまった』
『後は、どうなるんだろう』
『門弟たちは、どうあっても武蔵をぶち殺してしまわなければ道場に吉岡流の名はあげて置かれねえというんで、頻りにいきり立っているが、清十郎さえ刃が立たない相手とすると、武蔵に対って勝負のできそうな者は、弟の伝七郎よりほかにないというので、今――その伝七郎を探し廻っているといううわさだが』
『伝七郎というのは、清十郎の弟か』
『こいつは、兄よりはずんと、腕のほうは出来るらしいが、手に負えない次男坊で、小遣いのあるうちは、道場へも寄りつかないで、親父の拳法や縁故や名まえをだしにつかって、諸所方々、食いつめ者のように、遊び歩いているという厄介者だ』
『そろいもそろった兄弟だな。あの拳法先生みたいな偉いお人の血すじに、どうしてそんな人間ばかり出来たんだろう』
『だから、血すじだけじゃ、いい人間は出来ねえという証拠だな』
――炉の薪明りが、また暗くなりかけた。そのそばに腰かけたまま先刻から壁へ寄りかかって居眠っている男がある。だいぶ酒も入っているので、居酒屋のおやじはそっとして置いたが、炉へ薪を加えるたび、火がハゼて男の髪や膝へかかるので、
『旦那さま、着物のすそへ、火がつきますで、もすこし後へ床几をお退げなすって』
いうと、男は、酒と火で充血した眼を、鈍そうに開けたが、
『ウム、ウム。わかっているよ、分っているんだ、そっとしておいてくれ』
腕ぐみも解かなければ、腰も上げないのである。悪酔いでもしているのか、ひどく鬱ぎこんでいるのだ。
その酒癖の悪そうな青すじの立っている顔をのぞいてみると、これは、本位田又八だった。
二
蓮台寺野の過ぐる日のことは、ここばかりでなく、行く先々でのうわさだった。
武蔵の名が有名になるだけ、本位田又八には、自分が惨めに見えて来てならない。――自分も何とか一人前のかっこうがつくまでは、武蔵の話も聞きたくない気がするが、耳をふさいでも、こうして少し人の寄る所というと話題に出るので、彼の憂鬱は、酒にも紛れきれない様子に見える。
『おやじ、もう一杯酌んでくれ。――なに、冷酒でいい、そこの大きな桝で』
『お客様、だいじょうぶでございますか、お顔いろがすこし』
『ばかをいえ、顔の青くなるのはおれの持ちまえだ』
もうこの桝で何度飲んだろう。飲んだ当人よりも、おやじの方が忘れている位である。喉を通ってゆく酒は一息だった。
飲みほすと、また黙然と、壁に寄りかかって腕ぐみしているのだ。あれだけの量を飲み、足元には炉の炎が立っているのにまだ顔には色が出ない酒だった。
(――なあに、おれだって今にやってみせる。なにも、人間成功するには、剣とは限るまい。金持になろうが、位持になろうが、やくざになろうが、その道での一国一城の主になれやあいいんだろう。おれも武蔵もまだ二十二だ、早く世間へ名を売ったやつに、大成した人間は少ねえ。天才だとか、なんとか思い上って、三十ごろにもなれば、もうよぼよぼしてしまう、父っちゃん小僧というところが、そういう人間の極り相場だ)
耳にも聞きたくないと思いながら、腹ではそんな反感を繰返していた。今度のうわさを、大坂表で聞くとすぐ、京都へ足を向けて来たのも、べつになんの目的があるというわけでもない、ただ武蔵が気になってならないので、その後の様子を見に来ただけのことに過ぎない。
(――だが、今にあいつも、思い上っているうちに、小ッぴどい目に遭うだろう。吉岡にだって人物はいる、十剣士もいれば、舎弟の伝七郎もいる......)
武蔵の名声が一敗地にまみれるような日を、彼は絶えず心のどこかで待っていた。そして、自分の上には、僥倖をさがしていた。
『......アア渇いた』
ひょろりと、火のそばから壁にすがって立ち上った。ほかの客の顔はみな振向いて彼を見た。又八は、隅の大きな水瓶へ首を突っこむようにして、柄杓から水をのみ、その柄杓を抛りすてると、そのまま、門口の暖簾をわけて、ふらふらと外へよろめいて行く――
あきれ顔に、ぽかんとしていた居酒屋のおやじは、又八のすがたが、暖簾の外にかくれると、気がついたように、
『もしっ、だんな』
と追って出て、
『――お勘定をまだいただいてございませんが』
ほかの客も、暖簾の隙からみな首を突き出した。又八は、あぶない腰つきで立ちどまりながら、
『なに? ......』
『旦那、うっかり、お忘れなすったんでございましょう』
『わすれ物はねえが』
『御酒の......へへへへ......御酒のお払いを、まだいただいてございませんが』
『アア勘定か』
『おそれ入りますが』
『金はねえや』
『えっ』
『......困ったなあ、金はねえ。ついこの間まではあったんだが』
『じゃあ、てめえは、初手から文無しで飲みやがったんだな』
『......だ、だまれ』
又八は、懐中や腰をさぐり廻して、一箇の印籠を手につかむと、それを居酒屋のおやじの顔へ向って投げつけていった。
『おれも二本差しているのだ。まだ、飲み逃げするほど落ちぶれちゃあいねえ。――酒の代にゃあ過ぎ物だが、取っておけ、剰銭はくれてやるから』
三
投げた物が印籠とは見えなかったのである。それを顔へぶつけられて、居酒屋のおやじが、痛いッといいながら両手で顔を掩うと、暖簾の内から覗いていた客の大勢が、
『ひでえ奴だ』
と、又八の行為を憎み、
『飲み逃げ奴』
罵ると、いっせいに、
『――たたんじまえ』
と外へ出て来た。いずれも多少なり酒気をおびている者ばかりだ。酒を飲む者ほどまた、酒の上の不徳漢をつよく憎むものである。
『くせになる、野郎、金を払ってゆけ』
と前後を取り囲んで、
『てめえのような奴は、おおかた年中、その手で飲み屋を飲み倒しているのだろう。――金がなければ、おれ達に、一つずつ頭を撲らせろ』
こう連中がいきまいて、袋だたきの私刑を宣言すると、又八は、刀の柄で身を護るように立って、
『なんだ? おれを撲る? 面白い、撲ってみろ。――貴様達は、おれを誰だと思っているか』
『乞食よりも意気地がなくて、盗っ人よりも太え芥溜牢人と思っているが、それがどうした』
『いったな』
青じろい眉間をよせて、自分の周りを睨めまわしながら又八は、
『おれの名を聞いて驚くな』
『誰が驚くものか』
『佐々木小次郎とはおれのことだぞ。伊藤一刀斎のおとうと弟子、鐘巻流のつかい手、小次郎を知らねえか』
『笑わしゃあがる、きいた風な文句はいいから、金を出せ、飲んだ金を』
一人が、手を出して責めると、又八は、それに返すことばの代りに、
『印籠で足らなければ、これもくれてやるっ』
抜き打ちに、刀を払って、その男の手首を斬って落した。きゃっ――と大げさな悲鳴をあげたので、まさかと多寡をくくっていた居酒屋の相客たちは、自分の血がこぼれたような、錯覚に、尻と頭をぶつけ合って、
『抜いたっ』
と、われがちに逃げだした。
又八は白刃をふり被ってその手の下に、颯と急に冴えたような眼を光らし、
『今、なんといった。返って来い虫けら共、佐々木小次郎の手のうちを見せてやる。――待てっ、その首を、置いて行け』
宵闇の中で、又八は、一人で白刃を振りまわしていた。おれは佐々木小次郎だと、頻りに見得を切っていたが、もう相手はひとりもいないし、暮れてきた夜空には、鴉も啼いていなかった。
『............』
擽られたように、又八は空へ向って、白い歯を見せて笑った。けれども、泣き出しそうな淋しさが、すぐその面をつつみ、あぶなげな手つきで刀を鞘にもどすと、ひょろ、ひょろ......と歩き出していた。
彼が居酒屋のおやじの顔へぶっつけた印籠は、おやじが逃げこんでしまったため、道ばたに落ちたまま、星の下に光っていた。
黒檀の木地に青貝の象嵌がしてあるだけで、大して高価な印籠とも見えないが、夜の道に捨てられてあると、その青貝模様の光が、螢のかたまりが落ちているように、ひどく妖美に燦々と見える。
『――おや?』
すぐ後から、居酒屋を出て来た六部がそれを拾った。六部はなにか急ぎ足だったが、もう一度軒下へもどって行って、隙洩る燈火にかざしながら、仔細に印籠の模様や緒〆を調べていた。
『――あっ? これは旦那様の印籠だ、伏見城の工事場でむごい死に方をなされた草薙天鬼様が持っていた品。......これこの通り、天鬼と、印籠の底に小さく彫ってある』
見遁してはならないと急ぐように、六部の影は、又八の影を、すぐ追って行った。
四
『佐々木様、佐々木様』
誰かうしろで呼ぶとは思っていたが、自分の名でない証拠である。酔っている又八の耳には、通らなかった。
九条から堀川のほうへ又八は歩いてゆく。いかにも自分の身を持て余している影だった。
六部は足を迅めて来た。うしろから又八の刀のこじりを摑んで、
『小次郎殿、お待ちなさい』
といった。
又八は、エ? ――と、しゃっくりでもするように振向いて、
『おれか』
というと、
『おてまえは、佐々木小次郎殿ではないのか』
六部の眼には、険しい光がひそんでいた。又八は、酔いのさめかけた顔つきで、
『おれは小次郎だが......その小次郎だったら、なんとする?』
『訊きたいことがござります』
『な......なにをだ』
『この印籠はどこからお手に入れましたな』
『印籠?』
いよいよ彼の酒気はさめ加減になってくる。伏見城の工事場でなぶり殺しになった武者修行の顔つきが、ふと眼のそばにちらついた。
『どこからお手に入れた物か、さ、それが訊きたい。小次郎殿、この印籠は、どうしておてまえの持ち物になったのでございますか』
切り口上で六部は問いつめるのだった。年頃二十六、七の男で年齢からいっても、ただ寺院を廻って碌々と後生を願っているような、生気に乏しい人物ではない。
『......誰だ、おぬしは一体』
やや真顔に返って、又八がこう相手を探ると、
『誰でもいいではないか。それよりも、印籠の出所を仰っしゃい』
『元からおれの持ち物なのだ、出所もあるものか』
『噓をいうな!』
急に、六部は、語気を更えて、
『ほんとのことをおいいなさい。場合によっては、飛んだ間違いごとになりますぞ』
『これ以上、ほんとはない』
『じゃあどうしても、おてまえは泥を吐かないな』
『泥とは何事だ』
勢い、又八も虚勢を張ると、
『この偽小次郎めっ』
六部の携えていた四尺二、三寸の樫の丸杖が、言葉より迅くびゅっと風を鳴らしていた。腰を退く本能はうごいたが、体そのものにまだ酒の痺れが残っていた。
『あっ――』
二、三間も蹌めいたあげく、腰をついたが、起ち上るが早いか、後を見せて駈け出した。その迅さは、ちょっと六部を狼狽させた。
泥酔している相手なので、そう機敏な行動はできまいと軽蔑っていた反動だった。六部は慌てて、
『おのれっ』
追いかけながら、樫の杖を、風へ乗せて又八の影へ投げた。
又八は、首をすくめた。杖はうなりを持って、耳のそばを通って行く――。これは堪らないと思ったらしい、又八は、いよいよ体を弾ませて逃げた。
外れた杖を拾い取って六部も宙を飛ぶのだった。そして頃合を計ると、もいちど杖を闇へ抛った。
だが又八は、からくもその杖の先から二度まであぶないところを遁れた。総身の毛あなから酒の気が一瞬に消えて失くなっていた。
五
焦けつくように喉が渇く。
どこまで逃げて来ても、六部の跫音がうしろから聞える気がするのだ。はや六条か五条に近い町ならびである。又八は胸をたたいて、
『うう、ひでえ目に遭った。......もう来まい』
そこで、横町のせまい路地を覗きこんだのは、逃げ道を考えているのではなく、井戸を捜しているらしい。
その井戸が見つかったとみえ、又八は、路地の奥へはいっていった。細民街の中にある共同井戸である。
釣瓶を上げると、又八は、それへ、かぶりつくようにして水を飲んでいた。ついでに釣瓶を下において、ざぶざぶと顔の汗を洗う。
『......なんだろう、あの六部は』
人心地に返ってみると、気味のわるさが、また甦えってくる。
金の入っている紫革の巾着と中条流の目録と、そして先刻の印籠と、こう三つの品は、去年の夏伏見城の工事場で、大勢のために虐殺された頤のない武者修行の死骸から抜き取って来たものだった。そのうち、金はきれいに費ってしまい、懐中に残っていたのは、中条流の印可目録と、あの印籠が一つ。
『六部のやつ、あの印籠は、おれの主人の持物だといっていた。が、――するとあいつは、死んだ武者修行の奉公人だろうか』
世間の狭さに、又八は始終追いつめられている気持だった。肩身がひけて、日蔭を歩けば歩くほど、いろいろな偶然が、鬼の影みたいに、追ってくる。
『杖か棒か、なにしろすごい物を打つけやがった。あの唸って飛ぶ棒の先でこーんと一つ頭でもやられたらそれ限りだ。――なにしろ油断はできねえぞ』
死人の金を費ってしまったということが、絶えず又八の良心の中にあった。悪いことをしたと思うたびに、あの炎天の下に虐殺された頤のない武者修行の死顔が眼にちらついて来てならない。
――働いて儲けたらきっとなにより先に返す。出世したら石碑の一つも建てて供養もするから、と彼は心のうちで、絶えず死者に詫びていた。
『――そうだ、こんな物も、懐中に持っていると、どんな疑いをかけられるかもしれねえ。いっそ捨ててしまおうか』
中条流の印可目録を、着物のうえから触ってみながら考えた。いつも胴巻の中に突っ張っている巻物がそれだった。持って歩くにも相当荷厄介な品である。
――だが、又八はすぐ、惜しいとも思う。すでに金は一文もないし、身に持っている財産といえばその巻物一つだった。なんとかこれを種にして、出世の蔓とはゆかないまでも、体の売口はないものかと僥倖をたのむ気持が、そのために、赤壁八十馬にうまうまと詐欺にかかった後までも、いまだに料簡からなくなっていない。
その印可に書いてある佐々木小次郎の名を詐称って歩くと、かなり都合のよい時もある。無名の小さい道場とか、剣術ずきの町人などに示すと、多大な尊敬をうけた上に、一宿一飯の礼儀は黙っていても先からとってくる。この正月の半月などは、ほとんどその巻物で食って歩いたといってもよい。
『なにも、捨ててしまうには当るまい。おれはだんだん気が小さくなるようだ。その気の小さいのが出世の邪げかもしれないぞ。武蔵のように、太くなろう。天下を取った奴をみろ』
そう肚は極めたものの、今夜の寝床のあてもなかった。泥と草で傾いているようなそこらの細民窟の家でも、そこの人間には、廂と戸があると思えば、又八は羨ましくてならなかった。
二人小次郎
一
さもしい彼の眼は、つい、そこらの家を覗いてみた。どこの家も、ひどく貧乏だった。
けれどそこには、一つ鍋に向い合っている夫婦がある。老母を囲んで夜業の手内職をしている兄妹がある。物質には極端にめぐまれていない代りに、秀吉や家康の家庭にはないものをお互いが持ち合っているらしい。それは、貧しいものほど濃い骨肉愛だった。そのいたわり合いがあるばかりに、この細民窟は、餓鬼の住み家にはならなかった。やはり人間のあたたかさを持っている。
『おれにも、老母があった。――どうしたろう、おふくろは』
急に、又八は、思い出された。
つい去年の暮、行き会って七日ほど一緒にいただけで、すぐ、つまらない母子同士の我儘から、途中で捨てて別れてしまった限りになっている。
『――悪いなあ、かわいそうなおふくろだもの......。どんなに好きな女をこしらえてみても、おふくろほど、心からおれを愛してくれる女はなかった』
ここから道程ももうたくさんはない。又八は清水の観音堂へ行ってみようと考え出した。あそこの廂の下なら寝ることもできる。また――殊によったら老母に出会うかも知れないという空だのみも抱いてみる。
老母のお杉は、大の信心家である。神仏を問わず、そういうものの力を絶対に信じている人だ。いや信じるのみでなくなによりの頼みとしているところがある。いつか大坂で七日あまり又八と一緒になって歩いている間に、母子の間にすぐ不和ができたのも、お杉が神社仏閣ばかり歩いて暇どっているのが又八に退屈を起させて、とても、このおふくろと永の旅はできないという倦怠を、息子に持たせたのが一因になっている。
その頃、又八は、よくお杉から聞かされていたのである。
(なにが顕かじゃというて、清水寺の観世音さまほど、世に顕かな御ほとけはない。あそこへ、祈願をこめて、やがて三七日に近い頃、なんと、武蔵めに、ちゃんと行き会わせて下されたではないか。しかも御堂の前で、あの奴に。――おぬしも清水の観音様だけは、よう信心したがよいぞ)
――それからまた、春にでもなったら、お礼詣りをかね、後々も、本位田家のため御加護を祈請するのだと、幾度も、又八は聞かされていた。
だから、或はもう、そこに老母は参籠しているかも知れない――と又八は考えたのである。するとあながち彼の考え方も、空だのみでないかも知れなかった。
六条坊門の通りから五条のほうへ歩いてゆくと、町ではあるが、この界隈の夜というものは、犬につまずきそうな暗さであった。――その野良犬がまた実に多い。
彼は、先刻から、その野良犬の声に、取り巻かれていた。石を投げたくらいで沈黙する群れではなかった。しかし、彼という人間も、吠えられることにはこの頃馴れているので、いくら犬が牙をむいて尾いて来ても、吠えるほうで張合いのなくなるほど平気で歩きつづけていた。
――だが、五条に近い松原の辺まで来ると、犬の群れは、突然、吠える方向を更えて、又八の前後に尾きまとっていた犬まで、わらわらと跳躍して、ほかの群犬と一緒になり、並木のうちの一本の松の樹を取り巻きながら、喧々と、空へ向って咆哮しだした。
暗闇の中にうようよしている犬の影は、犬というよりは狼に近い。それが数えきれない数だった。中には、爪を立てて、その松の樹の五、六尺上まで跳びかかって牙をむいている恐い犬もある。
『......おや?』
又八は、樹の上を抑いで、眼をみはった。梢の上には、チラと人影がある。星明りを透かしてみると、女らしい美麗な袂と白い顔が、細やかな松の葉の中におののいているのである。
二
犬に追われて樹の上へ逃げ登ったのか、それとも、樹の上にかくれていた為に、野良犬が怪しんでその下を取り巻いたものか、そこのところは明瞭ではないが、どっちにしても、梢に顫いている影は、年若い女であることに間違いない。
『――叱ッ! 畜生ッ。――叱いッ』
又八は、犬の群へ、拳を振りあげてみせた。
『こん畜生』
二つ三つ石も投げた。
四つ脚のまねをして唸れば、どんな犬も逃げるとかねがね聞いていたので、又八は、獣のように四つ這になって、
『ウウー』
と唸ってみたが、ここの犬たちには、なんの効き目も顕れない。
もっとも、相手は三疋や四疋ではないのだ、まるで深淵に群れている魚紋のような無数の影が、尾を振り、牙を剝いて、樹の皮が裸になるほど、顫いている空の女へ向って、吠え猛っているのである。又八の如きが、遠くから四つ脚の真似をして見せたところで、この猛犬の群には問題にされないわけだった。
『こいつら!』
憤然と又八は起った。
かりにも、両刀をおびている青年が、四つ脚の真似をしているのを、樹の上から、若い女に見られていた恥辱を突然気づいたからである。
キャツーンと、ただならぬ一疋の悲鳴が起ると、すべての犬が、又八の方へ眼を向けた。そして彼の手にある白刃と、その下に斬り仆された友達の死骸を見ると、犬は、どっと一所へかたまって瘦せた脊ぼねを波のようにみな尖らせた。
『これでもか』
刀を振りかぶって犬の中へ駈けこむと、彼の顔へぱっと砂をくれて、犬は八方の闇へちらかった。
『――女ッ、おいッ、降りて来い! 降りて来い!』
空へ向って呼ぶと、松の梢のあいだで、り、り、り、りん......と金属性の美い音が揺れた。
『おや、朱実じゃないか。――おいッ』
袂の鈴の音に覚えがあった。鈴を帯や袂につけている女子は、なにも朱実だけに限ったこともないが、仄かに白く見える顔の輪郭も、なんだか似ている気がしたのである。
――とやはり朱実の声だった。非常に驚いた様子で、
『誰? ......誰? ......』
『又八だ、わからないか』
『えっ、又八さんですって』
『なにしているんだ、そんな所で。――犬など怖がるおまえでもないくせに』
『犬が恐いのでかくれているわけじゃありません』
『降りて来たらどうだ、兎に角』
『でも......』
朱実は、樹の上から、静かな夜の彼方此方を見まわして、
『――又八さん、そこを退いて下さい。彼の人が、捜しに来たようですから』
『彼の人? 誰だ、そいつは』
『そんなこと、いま話してはいられません。とても恐しい人です。わたしは去年の暮から、その男を、親切な人だと最初は思って、世話になっているうちに、だんだん私に酷い真似をするんです。......それで今夜、隙を見て、六条の数珠屋の二階から逃げ出して来たところ、すぐ感づいて、後から追って来たらしいんです』
『お甲のことじゃないのか』
『お養母さんなどじゃありません』
『祇園藤次でもないのか』
『あんな人なら、なにも恐いことはありやしない。......あッ、来たらしい。又八さん、そこに立っていると、わたしも見つかるし、おまえも酷い目に遭うから隠れて下さいよ!』
『――なに、そいつが来たと?』
又八は、うろうろして、態度を決しかねていた。
三
女の眼は、男を指図する。女の眼を意識すると、男はがらにもない金力を出したり、英雄ぶって見せたりしたがる。先刻、誰も見ていないと思って、四つ脚の真似をして恥じたあの心理の延長が、まだ又八の心を占めていた。
だから朱実が、いくら樹の上から彼に向って、
(酷い目に遭うといけない)
と教えても、
(はやく、隠れておしまいなさい!)
と危険を予報しても、そういわれればいわれるほど、彼は自分も男であることを我に持ってしまって、
(それは大変)
と、急にあわてふためいて、そこらの暗がりへお尻を出して潜りこむような醜状を、いくら愛人でないからといって、そうたやすく彼女の眼の下に見せることは出来なかった。
『――あっ? 誰だっ』
こういったのは、もうそこへ迅い跫音を弾ませて来た男でもあったし、また、それに驚いて跳び退いた又八の異口同音の声でもあった。
朱実の心配していた恐い男なる者が、ついに、ここへ来てしまったのである。又八の提げていた抜刀には、犬の血が垂れていた。それを見たので、ここへ来た男は、又八の前へ立った途端から、又八をただ者でないように睨まえて、
『――誰だっ、汝は』
と、もう一声、頭から浴びせてかかった。
『............』
朱実の恐がり方が大げさであったので、又八も一応はどきっとしたが、相手の影をよく見直すと、脊こそ高くて逞しそうな骨格であるが、年齢は自分と大差のない若さだし、髪は前髪に結い、着物は派手な若衆小袖を着ていて――
(なんだ、こんな青二才が)
と、一見して思わせる程度の柔弱な扮装なのである。
そこで又八は、ふふんと、鼻の先で安心したものなのだ。こんな相手ならいくらでもお相手申してさしつかえない。夕方ぶつかった六部のような人間では不気味だが、もう二十歳も超えながら、前髪や若衆小袖でぺらぺらしているような柔弱者に、よも負けを取ろうとは思われない。
(こいつが、朱実を苦しめているのか。生意気な青びょうたん奴が。どういう理かまだ聞いていないが、いずれ、朱実を追い廻して、ひどい目に遭わせているのだろう。――よし、懲してやろう)
こう又八が胸のうちで、余裕のあるところを示して沈黙していると、前髪の若衆武士は三度口をひらいて、
『何者だっ? ......汝は』
と、いった。
すがたに似あわない猛々しい声であって、三度目の一喝は殊さら辺の闇を払うように颯爽としていたが、すでに相手のかっこうで頭から敵を呑んでいた又八は、
『おれか、おれは人間だ』
と、こう揶揄い半分に出て、笑う必要もないこの際に、強いて、にんやりと顔を歪めて見せたものである。
果せるかな、前髪は、くわっと血を顔へのぼせたらしい。
『名もないのか。――名もない人間だと卑下するのか』
激越に突っかかって来るのを、又八は、綽々として、
『てめえのような、氏素性の知れねえ奴に問われて名乗る名はない』
と、やり返す。
『だまれっ』
若衆の背中には、中身だけでも三尺もあろうかと思われる大刀が斜めに乗っていた。
肩越しにのぞいているその柄がしらとともに前髪はずっと前へ身をかがめて、
『そちとわしとの争いは後で決めよう。わしは、この樹の上にかくれている女を降ろし、この先の数珠屋の宿まで連れ戻るから、それまで待っておれ』
『ばかをいえ、そうはさせねえ』
『なんじゃと』
『この娘は、おれが以前女房にしていた女の娘。今でこそ縁はうすいが、難儀を見すてては通れない。おれをさし惜いて、指でもさしてみろ、たたっ斬るぞ』
四
先刻の犬の群ではないが、威嚇したらすぐ尾をたれて逃げるだろうと思いのほか――
『おもしろい』
と、相手の前髪男は、又八の予期とはちがって、ひどく好戦的な物腰となり、
『見うけるところ汝も武士の端くれらしい。久しくそういう骨っぽい人間に出会わないので、背中の物干竿が夜泣きをしていた折でもある。この伝家の宝刀も、自分の手に渡ってからまだ血に飽かせたことがないし、すこし錆も来ているから、汝の骨で研いでやろう。――だが、逃げるなよ、いざとなって』
退くに退けないようにして、相手は要心ぶかく、言葉で先に縛ってくるのだった。しかし、その手に乗せられてはなどという先見は持たない又八なのである。まだ十分、先をあまく見て、
『広言はよせ、考え直すなら今のうちだぞ、足もとの明るいうちに失せてしまえ、生命だけは助けてやる』
『その言葉は、そのまま、そちへ返上しよう。――ところで、そこな人間殿、先程黙って聞いておれば、わしなどへ名乗って聞かすような名でないと、だいぶ勿体ぶってござったが、その御尊命をひとつ伺っておこうではないか。それが勝負の作法でもあるし』
『おお、聞かせてもいいが、聞いて驚くな』
『驚かないように、胆をすえておたずねしよう。――してまず、剣のお流儀は』
そんなことを喋々する人間にかぎって強かった例しがない。又八は、いよいよ、こう見縊ったり、図に乗って、
『富田入道勢源のわかれを汲んで、中条流の印可をうけている』
『え、中条流を?』
小次郎は、少し驚き始めた。
ここで、圧倒的に出なければ噓だと思ったように、又八は押しかぶせて、
『ではこんどは、そっちの流儀を聞かせてもらおうじゃねえか。それが、勝負の作法というもの』
口真似して、やり返したつもりでいると、小次郎は、
『あいや、わしの流儀姓名は後から申し告げる。してしてそこ許の中条流は、いったい、誰を師として学ばれたか』
問うも愚というように、又八の答えは言下に出て、
『鐘巻自斎先生』
『ホ? ......』
いよいよ、小次郎は驚いて、
『すると、伊藤一刀斎は、ご存じか』
『知っているとも』
又八は面白くなって来た。これはもう例の効き目が現われてきた証拠と見たのである。刃物沙汰に及ばないで、おそらくこの前髪は、なんとか妥協の緒口を見つけてくるに違いないと考えていた。
そこで、彼は、すすんでいった。
『あの伊藤弥五郎一刀斎なら、なにをかくそう、おれには兄弟子にあたる人だ。つまり、自斎先生のところで同門の間がらだが、それが、どうしたっていうんだ』
『――では、重ねて伺いたいが、そういうあなたは』
『佐々木小次郎』
『え?』
『佐々木小次郎という者だ』
ていねいにも、二度までいったものである。
ここに至っては、小次郎も、驚きを超えて、啞然としてしまうほかはなかった。
五
『フーム』
やがて小次郎は、そう唸りながら、笑靨をつくった。
まじまじと無遠慮に自分を見ている眼を、又八は、ぐっと睨めかえして、
『なんだっておれの面をそう見るのだ。おれの名も承って恐れ入ったか』
『イヤ、恐れ入った』
『帰れ!』
頤をすくって、又八が、刀の柄をセリ出していうと、
『アハハ、アハハハ......』
腹をかかえて小次郎は笑い出した。いつまでも、笑いの止まらない様子で、
『世間を歩くと、ずいぶん様々な人物にも出会うが、まだ曾て、こんなに恐れ入った例しはない。――なんと佐々木小次郎どの、あなたに訊いてみるが、然らば、拙者は何者であろうか』
『なに?』
『わしは一体、何者かと、あなたに訊いてみるのだが』
『知ったことか』
『いやいやそうでない、よく御存知の筈である。執こいようだが念のため、もういちど承りたい。あなたの御姓名は、何といいましたかな』
『わからぬか、おれは佐々木小次郎という者だ』
『すると、わしは?』
『人間だろう』
『いかにも、それに違いない。しかし、わしという人間の名は』
『こいつが、おれを弄る気か』
『なんの、大真面目。これ以上の真面目はない。――小次郎先生、わしは誰だ?』
『うるせえ、てめえの胸に訊くがいい』
『然らば、自分に問うて、おこがましいが、わしも名乗ろう』
『オオいえ』
『だが、驚くな』
『ばかな!』
『わしは、岸柳佐々木小次郎だが』
『えッ......?』
『祖先以来、岩国の住、姓は佐々木といい、名は小次郎と親からもらい、また剣名を岸柳ともよぶ人間はかくいう私であるが――はて、いつのまに、佐々木小次郎が世間に二つできたのだろうか』
『......や? ......じゃあ? ......』
『世間を歩くうちには、ずいぶん様々な人物にも巡り会うが、まだかつて、佐々木小次郎という人間に会ったのは、この佐々木小次郎、生れて初めてだ』
『............』
『実に、ふしぎな御縁、初めてお目にかかったが、さては、貴殿が佐々木小次郎どのか』
『............』
『どうなすった、急に、ふるえておいでなさるようだが』
『............』
『仲良くしよう』
小次郎は、寄って来た。そして、立ち竦んだまま青ざめている又八の肩をぽんとたたくと、又八はぶるっと体をふるわして、
『――あッ!』
と、大きな声でいった。
次の声は、小次郎の口から出たもので、まるで槍を吐くように彼の影を衝いてくる。
『逃げると、斬るぞッ』
――一跳びに、二間もあいだが開いたように見えたが、その又八の逃げて行く影へ、例の物干竿の長刀が、小次郎の肩越しから閃めいて、びゅっと、銀蛇を闇に描くと、もうそれを小次郎は、ふた太刀とは使わなかった。
風に吹かれた木の葉虫のように、大地をごろごろと三つほど転がったまま、伸びてしまったのが又八だった。
六
背なかの鞘へ、三尺もある白刃が吸われて、ぴいんと、辷り落ちたとたんに高い鍔鳴がひびく。
――と、小次郎はもう、呼吸のない又八などには、眼もくれていなかった。
『――朱実っ』
樹の下へ寄って、こう叫びながら梢を見あげた。
『朱実、降りておいで。......もうあんなことはしないから降りておいで。......おまえの養母の亭主だったという男をつい斬ってしまった。降りて来て、介抱してやってくれ』
樹の上からは、いつまで、なんの声もなかった。こんもりと松葉の闇は濃いのである。小次郎はやがて、自身も樹の上へよじ登って行った。
『......?』
朱実はいなかった。いつのまにか隙を見て樹をすべり落ちるなり逃げてしまったものと見える。
『............』
梢に腰をかけたまま、小次郎はしばらくそこに凝としていた。颯々とふく松かぜの中に身を置いて、逃げた小鳥の行方を憶っているらしかった。
(どうして、あの女は、おれをああ怖がるのだろうか?)
小次郎には、それが分らなかった。自分で出来るだけの愛を彼女には注いだつもりだからである。その愛し方が、すこし、烈しすぎたことは自分でも認めている。しかし、その愛し方が、ふつうの人よりも違っていることは、彼自身では気づき得ないのであった。
女性に対しては、小次郎の愛し方が、どういうふうに人とは違っているかという点を知ろうとするならば、他人ならば、彼の剣にあらわれる性格――つまり太刀すじというものを気をつけて観ていると、やや解けて来るのである。
いったい、この小次郎という者は、鐘巻自斎の手許で、子飼いからの修行を受けている頃から、もう、鬼才だとか、麒麟児だとかいわれていただけに、普通の人とは、まるで剣の質が変っていた。
それを一口にいうと「粘り」であった。彼の太刀は実によく「粘る」ところに先天的な特色があった。自分以上の力の者に向えば向うほど、その「粘力」を出すのである。
もちろんこの時代の剣は、兵法として、手段は問わないのであるから、どんなふうに粘っても、それを、汚いとは誰もいわなかった。
(あいつに、かかられては、かなわん)
と怖れをなす者はあっても、小次郎の太刀を卑怯だという者はない。
たとえば、彼は少年の頃一度、日頃憎まれていた兄弟子たちから木剣で手痛く打ち伏せられて、気絶してしまったことがある。少しひどすぎたと悔いて、その兄弟子が、水をふくませて労っていると、息をふっ返した小次郎は、猛然とふいに立って、その兄弟子の木剣で、兄弟子を撲り殺してしまったという履歴すらある。
また、いちど負けたら、その敵を、彼は決して忘れない。闇の晩であろうが、雪隠へはいった時であろうが、寝ている間であろうがつけ狙うのである。これも、その頃の兵法としては、
(ばか、試合は、試合の時にしろ)
というわけには行かないのであるから、小次郎を一度打ち込むと、敵持ちになったのも同じだといって、そういう彼の異常な執拗を、同門の者はよくいわなかった。
いつのまにか、また彼は、
(おれは天才だ)
と、自分でいっていた。
しかしそれは、彼の不遜な思い上りばかりでなく、師の自斎も一刀斎も、
(あれは天才だ)
と、ゆるしていたことは事実なのである。
郷里の岩国へ帰って、錦帯橋のたもとで、毎日、燕斬りの手練をつんで、独自な太刀を工夫してからは、なお更、
(岩国の麒麟児)
と、人も称え、彼も自負していた。
――だが、その粘りのある剣の異常な執拗さが、女性を愛す場合に、どういう形であらわれるかなどということは、誰も知る限りのことでないし、小次郎自身は、それとこれとは、まるでべつに考えているので、朱実が自分を嫌って逃げたことが、不思議でならない顔つきであった。
七
ふと気づくと、その時、樹の下に誰か人影がうごいていた。
小次郎が、梢の上にいることをその人問は知らないらしい。
『......や、誰か仆れているが』
と、又八のそばへ寄って、屈み腰になりながら又八の顔を覗いていたと思うと、やがて、
『あっ、こいつだ』
と、梢の上までよく聞えてくるような大声でいって、いかにも驚いたらしい態であった。それは手に白木の杖を持っている六部であった。六部は何思ったか、あわてて背の笈ずるを下し、
『......はてな、斬られているようでもないし、体はまだ温いし、どうして此奴め、気を失っているのか』
呟きながら、又八の体を撫でまわしていたが、やがて腰についていた細曳を解くと、又八の両手を後へやって、ぐるぐる巻に縛ってしまう。
気絶していることなので又八はなんの抵抗もするわけはない。六部は、そうして置いてから、又八の背を膝がしらで抑え、鳩尾のあたりへ、気合をかけて押していた。
ウウム――と又八が太い声を出すと、六部はそうして手当した者を、まるで芋俵でも引っ提げるような扱い方して、樹の下へ持って来た。
『起てっ、起つんだ!』
こう厳命して、足で彼を蹴飛ばした。
地獄の一丁目まで行って気がついたばかりの又八は、まだ十分われに返っていなかったであろう。半、夢中のように、体を刎ね起すと、
『そうだ、そうしていろ』
六部は満足して、彼の胴と脚の部分を、そのまま松の木の幹へ縛りつけてしまった。
『......あっ?』
又八は初めて、こう驚き声を洩らした。小次郎でなくて、六部であったことは、意外であったらしい。
『こら、偽小次郎、よくも逃げ足早く逃げまわって、人に世話を焼かせおったな。......だが、もう駄目だぞ』
六部はこういって、おもむろに又八を拷問し始めた。
まず最初の折檻が、平手でぴしりと頰を打って来た。その手でまた、額をつよく押されたので、又八の後頭部が樹の幹にぶつかってごつんと鈍い音を出した。
『あの印籠は、どこから手に入れたものか、それを申せ、こら申さぬか』
『............』
『いわぬな』
と、六部は、又八の鼻をつよく抓む。
抓んでおいて、又八の顔を、左右へ烈しく振り動かすので、又八は妙な悲鳴をあげて、
『......ひゅう、ひゅう』
いう、という意味らしいので六部は鼻から手を放し、
『申すか』
こんどは明瞭に、
『いう』
と、又八が眼からなみだをこぼして答える。
こんな拷問に遭わされないでも、又八はもうあの事を、秘し隠しにつつんでいる勇気はないのである。
『実は、去年の夏のことだったので――』
と、伏見城の工事場で自分が石曳きをしているうちに遭遇した「頤のない武者修行」の死をつぶさに話し、
『......つい出来心で、その人の死骸から金入と、中条流の印可と、それから先刻の印籠とを持って逃げたに相違ありません。金は、費ってしまいました。印可は懐中に持っております。生命をお助けくださるならば、今というわけには参りませんが、金もきっと後日までに、働いて御返済いたしまする。......はい、証文に書いてお渡しいたしておいてもようございます』
白状して、こう残らずいってしまうと、又八は、去年から絶えず心に病んでいた膿をいちどに切って出してしまったようで、急に気がらくになったせいか、なんだか怖いものもなくなって来た。
八
聞き終ると、六部は、
『それに相違ないか』
又八は、神妙に、
『相違ありません』
といって、すこし俯向く。
暫く黙っていたと思うと、六部は腰の小脇差を抜いて、彼の顔の前へすっと出した。又八は、びくりと斜めに顔を上げ、
『き、きるのか、おれを』
『ウム、生命をもらう』
『おれは、一切を正直にいったじゃないか。印籠は返したし、印可の巻物も返す。それから、金も今は払えないが、後日、きっと返すといっているのに、なにもおれを、殺さなくてもいいだろう』
『おぬしの正直はよく分っている。だが、仔細をいえば、わしは上州下仁田の者で、伏見城の工事場で大勢の者に殺された草薙天鬼様の奉公人なのだ。――つまり彼の武者修行に出ておられた草薙家の若党で、一ノ宮源八というのだが』
そんな言葉は、又八の耳には通らなかった。死に直面しているのである。身をもがいて、自分の繩目をかなしみ、どうかして遁れたいと思うことだけだった。
『――謝まる、おれが悪かったのだ、おれはなにも、悪い料簡で、あの死骸から物を盗んだわけじゃない。死人がいまわの際に、たのむ......といったので、初めはその遺言どおりに、死人の身寄の者へ届けてやるつもりでいたのだが、金につまって、つい預かっていた金へ手をつけたのが悪かったのだ。いくらでも謝まるから、勘弁してくれ、どんなようにでも謝まるから――』
『いいや、謝まられては困る』
六部は、強いて自己の感情を抑えつけているように、首を振って、
『その折の詳しい事情は、伏見の町で調べてあるし、おぬしが正直者だということも見ておるのだから。――だが、わしは国元にいる天鬼様の遺族に対して、なにか、慰さめるものを提げて行かなければ帰れない事情にあるのだ。そこには、いろいろな理があるが、主なる理由は、天鬼様を殺めた下手人がないことだ。これにはわしも弱ってしもうた』
『おれが......おれが殺したのじゃないぞ。......おいっ、おいっ、間違えてくれては困る』
『わかってる、わかってる。――そこは十分承知しているが、遠い上州にある草薙家の御遺族たちは、天鬼様が、城ぶしんの作事場で、土工や石工などになぶり殺しになったのだとは御存じないし、また、左様なことは、外聞がわるくて、身寄の者や世間へも披露いたし難い。そこで、おぬしには気の毒な頼みだが、どうかおぬしが天鬼様を殺した下手人となり、この源八に、主の敵となって、討たれてもらいたいのだが、なんと聞き入れてはくれまいか』
これこそ、ことをわけての頼みというものであるが、又八は、そう聞くと、いよいよもがいて、
『ば、ばかなことをっ......嫌だっ、嫌だっ、おれはまだ死にたくない体だ』
『御尤もな仰せではあるが、さっき九条の居酒屋で飲んだ払いもできぬほど、その身一つさえ生きてゆくに持てあましておられる御様子ではないか。飢えてこのせち辛い世の中にうろついて、恥をかいておられるより、いっそ、さっぱりと頓生なされてはどうでございまするな。――さてまた、お金のことならば、自分が所持のうち何分だけでも、おぬしの香奠として進ぜますゆえ、これをお心残りの年寄りがあるならその年寄りへ、また回向として、先祖の寺へ、納めてくれというならばそのお寺へ、必ずお届け申しておくが』
『滅相もねえ......おらお金なんぞはいらねえ、生命が惜しい! ......嫌だっ、助けてくれっ』
『折角なれど、こう仔細を割っておたのみ申した上は、どうあってもおぬしに、主人の敵となってもらわねば仕方がない。その首をいただいて、上州へ立帰り、天鬼様の御遺族や世間に対して、事情を繕う心底でござる。――又八どのとやら、これも宿世の約束ごととあきらめて下さい』
源八は、刃を持ち直した。
九
『待て待て! 源八』
と、誰かその時いった。
それが、又八の口から出た声であるならば、自分の無法の分っている感情を嚙みころしても、目的のためには、
(何をっ)
といったような顔つきであったが――
『や......?』
眼を暗い空へ吊り上げて、耳のせいかとでも疑っているように、梢にうごく風を聴いていた。
すると、そこの宙の上からまた二度目の声がした。
『つまらない殺生をするなよ、源八っ――』
『あっ、誰だ?』
『小次郎だ』
『なに』
またしても小次郎だという人間が今度は空から降りて来そうなのだ。天狗の声にしては親しみがあり過ぎた。いったい幾人偽小次郎がいるのだろうか。
源八は、
(もうその手は食わない)
というように、樹の下から飛び離れると、脇差の先を、宙へ構えて、
『ただ小次郎とだけでは分らぬ、どこの何の小次郎か』
『岸柳――佐々木小次郎さ』
『ばかなっ』
笑い飛ばして、
『その偽物はもう流行らぬぞ。今もここで一人、憂き目を見ているのが分らぬか。......ははあ、さては読めた、おのれもここにいる又八とやらの同類か』
『わしは真物だ。――源八、わしはそこへ跳び降りようと思うのだが、おまえは、降りて来たらわしを真二つに斬ろうとしているな』
『ウム、小次郎の化物、幾人でも降りて来い。成敗してみせる』
『斬れたら、偽小次郎だろう、だが真物の小次郎は、斬れッこない。――降りるぞ、源八』
『............』
『いいか、おまえの頭の上へ跳ぶぞ、見事に、斬れよ。――だが、わしを宙斬りにし損ねると、わしの背にある物干竿が、おまえの直身を、竹のように割ってしまうかも知れないぞ』
『アッ暫らく――。小次郎様、暫らくお待ちください。......そのお声、思い出しました。また、物干竿の銘刀を御所持のうえは、真の佐々木小次郎様に違いありません』
『信じたか』
『けれど――どうして左様なところへは?』
『後で話そう』
――はっと源八は首をすくめたのであった。仰向いている顔を越えて、小次郎の袴の風が、さっと、散り松葉と一緒に、自分のすぐうしろへ落ちて来た。
紛れもない佐々木小次郎を眼の前に見直すと、源八は、かえって、不審の靄につつまれてしまった。この人と自分の主人草薙天鬼とは同門の間がらである。従って、小次郎がまだ上州の鐘巻自斎の許にいた時分は、幾度も会ったことがある。
だがそのころの小次郎は、こんな美々しい若衆ではなかった。目鼻だちは幼少からきかない気性をあらわして、凜々としていたが、師匠の自斎が、華美は嫌う人であったから、そこの水汲み小僧であった小次郎は、元より質素で色の真っ黒な田舎少年でしかなかった。
(見違えるような――)
源八は見惚れていた。
木の根に腰を下ろして、
『ま、そこへかけないか』
と小次郎はいう。
それから――二人の間に交された話によって――師匠の甥であり、また同門である草薙天鬼が、自分へ渡す中条流の印可の巻物を持って遊歴中に、伏見城の工事場で、大坂方の間諜とまちがえられて惨死した事情もお互いによく分ってくる。
また、その事件が、世間の中に、佐々木小次郎を二人拵えてしまったわけも分って来て、果ては、手をたたいて、真物の小次郎はそれを愉快がった。
十
そこでまた、小次郎がいうには――他人の名など騙って歩くような、こういう生活力の弱い人間などを殺してみても、いっこう面白くもなんともない。
懲すならば、もっとべつな方法がある。また草薙家の遺族や、国許の世間ていの問題ならば、なにもむりに敵討に拵えて、事情を繕ろわなくても、そのうち自分が上州方面へ下った折、十分死者の面目も立つように釈明して、追善の供養でも営むことにするから、それも自分にまかしておいたがいいではないか。
『――どうだな、源八』
小次郎のことばに、
『そう仰っしゃって下さるからには、私にはなにも異存はございません』
『――では、わしはこれで別れるぞ、おまえも国へ帰れ』
『え、このまま』
『されば、実はこれから、朱実という女子の逃げた先をさがしに行く。――ちと気が急くから』
『ア、お待ちください。まだ、大事なものをお忘れでございましょう』
『なにを』
『先師の鐘巻自斎様から、甥の天鬼様へ託して、あなたへお譲りなされた中条流の印可の巻』
『ウム、あれか』
『死んだ天鬼様の懐中から抜き取って、この偽小次郎の又八と申す者が、今も肌身につけて所持しておるといいました。――それは当然、自斎先生から、あなたへ授けられたもの。......思えばこうしてお会い申したのも、自斎先生の霊や、天鬼様のおひきあわせであったかも知れません。どうかそれをこの場においてお受取りくださいまし』
源八は、そういって、又八の懐中へ手を突っ込んだ。
どうやら生命は助かりそうな様子なので、又八は、腹巻の底からそれを引出されても、惜しい気もちなどは少しもなかった。むしろ、その後、懐中も気も軽々した。
『これです』
源八が、印可の巻物を、亡き人に代って小次郎の手へ授けると、小次郎は、押しいただいて感泣するかと思いのほか、
『――要らない』
と、手も出さない。
意外な顔して、源八は、
『え? ......どうして』
『要らん』
『なぜですか』
『なぜでも、わしにはもうそんな物は、不要だと思うから』
『勿体ないことを仰っしゃる。自斎先生は、多くのお弟子のうちから、中条流の印可を授ける者は、あなたか、伊藤一刀斎か、こう二人よりないと見て、生前から心で許しておいでになったのですぞ。――やがて、いまわの際に、この一巻を、甥の天鬼様にあずけて、あなたへ渡せと仰っしゃったのは、伊藤一刀斎は、すでに独自の一派を立てて、一刀流を称しておりますゆえ、おとうと弟子ではあるが、あなたに印可目録をお許しになったものだろうと考えられます。......師恩の有難さ、おわかりになりませんか』
『師恩は師恩、しかし、わしにはわしの抱負があるのだ』
『なんですッて』
『誤解するな、源八』
『余りといえば、師に対して、無礼でございましょう』
『そんなことはない。ありようにいえば、わしは師の自斎先生よりも、もっと秀でた天稟を持って生れていると思っている。だから、先生よりも偉くなるつもりなのだ。あんな片田舎で晩年を埋もれてしまうような剣士で終りたくないのだ』
『本性で仰っしゃるのか』
『――勿論』
と、自分の抱負をいうのになんの遠慮があろうという態度の小次郎であった。
『せっかく、先生はわしへ印可を下すったが、今日においてすら、この小次郎の腕はもう先生以上のものになっていると、わしは自ら信じているのだ。それに中条流という流名も田舎びて、将来ある若い者には、かえって邪げになる。兄弟子の弥五郎が、一刀流を立てたのだから、わしも一流を立てて、行末は、巌流と称えるつもりだ。......源八、そういうわしの抱負だから、そんな物は、この身に不要だ。国許へ持って帰って、お寺の過去帳とでも一緒にしまっておくがいい』
十一
謙譲などというものは、毛ほどもない言葉つきなのである。なんという思い上った――高慢な男だろうか。
源八は、憎む眼で、小次郎のうすい唇を、じっとねめつけていた。
『――だがのう源八、草薙家の遺族たちへは、よろしくいってください。いずれ、東国へ下った折には、お訪ねするがと』
終りのことばは、こうていねいにいって、小次郎は、にやりと笑う。
高慢な者が意識していうていねいめいた言葉ほど、嫌味で小僧いものはない。源八はむかむかして、亡師に対するその不遜を詰問ってやろうと思ったが、
(莫迦げている!)
自嘲して――さっさと笈ずるの側へゆき、印可の巻をその笈の内へ納めると、
『おさらば』
一言捨てて、たったと彼方へ立ち去ってしまった。
後見送って――
『ハハハハ、憤って行きおったわい。田舎者め』
それから今度は、樹の幹に悄然としている又八へ向い、
『偽者』
『............』
『これっ偽者、返辞をせぬか』
『はい』
『おぬし、名は何という』
『本位田又八』
『牢人か』
『はあ......』
『意気地のない奴だ、師匠からくれた印可さえ返してやったわしを見習え。それくらいな気概がなくては、一流一派の祖にはなれんと思うからだ。......それをなんだ、他人の名をかたり、他人の印可を盗んで、世間を渡りあるくとは、さもしいにも程がある。虎の皮をかぶっても猫は猫でしかないぞ。あげくの果ては、こういう目に遇うのがオチだ。すこしは身にしみたか』
『以後気をつけます』
『いのちだけは助けてやる。しかし向後のこともあるから、その繩目は、自でに解ける時までそうしておく』
いい渡すと小次郎は、何思ったか、小柄でそこの樹の皮を削りだした。又八の頭の上に、削られた松の皮が落ちて、襟の中まで入った。
『ア。矢立を持たなかった』
小次郎がつぶやくと、
『矢立がお入用なら、てまえの腰にたしか差してあったと思いますが』
と又八が媚びていう。
『そうか、おぬしが持ち合わせておるか、じゃあ借りるぞ』
筆を投げて、小次郎は読み返していた。
巌流――これはふと今、思いついた変え字である。従来は、岸の柳、岩国の錦帯橋で、燕斬りの修練をした思い出を、剣号にしていたのであるが、それを流名とすれば――巌流――このほうがいかにもふさわしい。
『そうだ、これから流儀は、巌流と称おう、一刀斎の一刀流などより、遙かにいい』
夜も更けた頃である。
紙一枚ほど削った樹の白い肌へ、小次郎は、矢立の筆を執ってこう書いた。
この者、それがしの姓をかたり、それがしの
剣名を偽称し、諸国よからぬ事してあるきた
れば、捕えて、面貌を衆に示すものなり
わが姓、わが流、天下に二なし
巌流 佐々木小次郎
『よし』
墨のような松かぜが、松林の中を、ぐわっと潮みたいに鳴って行った。小次郎の鋭敏な若さは頭の中ですぐ活動の目標へ変化を取る。今、そんな抱負に燃えていたかと思うと、もう暗い松かぜへ、豹のような眼を光らせ、
『ヤ?』
朱実の影でも見つけたのか、突然、驀しぐらにどこかへ駈け去った。
次 男 坊
一
輿とか、箯輿とか、一部の階級にはそういう乗物も古くから用いられていたが、庶民の交通に実用化されて、市中や街道に駕とよばれる物が見えはじめて来たのは、つい昨今の風景といってよい。
竹の四ツ手がついている笊の中へ人間が乗って、後棒と先棒が、
『エ、ホ』
『ヤ、ホッ』
まるで荷物みたいに担いで来るのだ。
駕かきの脚が幅を飛ぶと、笊が浅いので、乗っている人間は、振りこぼされないように、前後の吊竹へ両手でつかまって、
『エ、ホ。エ、ホ』
駕かきとともに、呼吸を合せて絶えず体を弾ませていなければならない。
今――この松原の中の街道を、その駕が一挺に提燈が三つ四つ、人数が七、八名ばかり一団になって、東寺のほうから旋風みたいに駈けて来るのが見える。
夜半すぎると、この道すじにはよくそういった早駕や馬の鞭が鳴って通る。京都、大坂の動脈になっている淀川の交通が止まるので、火急となると、陸路を夜どおしして来るせいであろう。
『ヤ、サ』
『エ、サ』
『あ、ふ......』
『も少し』
『六条だぞ』
この一団も、三里や四里の近くから来たとは思われない。駕かきも、駕に添って駈けて来る連中も、綿のように疲れきっていて、口から心臓を吐き出してしまいそうな呼吸づかいなのである。
『六条か、ここは』
『六条の松原』
『もう一息』
携さえている提燈には、大坂の傾城町でつかう太夫紋がついている。しかし、駕の中には、駕からはみ出しそうな大男が乗っているし、それにつき従ってへトへトになっている徒歩の者もみな勇壮な若者共ばかりであった。
『御舎弟、四条はもうついそこでござりますぞ』
一人が駕へいったが、駕の中の巨漢は、張子の虎のようにガグガグ首を振りながら、快げに居眠っているのだった。
そのうちに、
『あっ、落ちる』
と、介添の者が駕の外から居眠りを抑えると、この男、とたんに大きな眼をあいて、
『アア喉が渇いた。――酒をくれ、竹筒の酒をよこせ』
という。
ちょっとの折でもあれば、みな休みたい気持だったので、
『降ろせ、暫時』
いうが早いか、
『ううう――』
抛り出すように駕を地へおろして、駕かきも周りの若者輩も、いっせいに手拭をつかみ、魚の肌みたいに濡れている胸毛の汗を拭く、顔をこする。
『――伝七郎様、もう沢山はありませぬが』
駕へ竹筒の酒を渡すと、受け取って、それを一息に飲みほしたあげく、
『アア冷たい! 酒が歯にしみる』
伝七郎と呼ばれた男は、やっと眼を醒ましたように大きく呟く。
その首を、ぬっと、四ツ手の外へ突き出して、空の星を仰ぎながら、
『まだ夜が明けないのか。......おそろしく早かったな』
『お兄上の身になれば、まだかまだかと、一刻も千秋の思いで、お待ちかねでございましょう』
『おれの帰るまで、兄貴の生命が保っていてくれればいいが......』
『医者は保つといっておりますが、何分ひどく昻ぶっていらっしゃるので、時折傷口から出血するのがよくないそうで』
『......むむ、御無念だろうな』
口を開いて、竹筒を逆さにしたが、もう酒はなかった。
『――武蔵めっ』
その竹筒を大地にたたきつけ、吉岡伝七郎は荒々しくいった。
『いそげっ』
二
酒もつよいが、癇癖もなお強いらしい。もっと強いのは、この男の腕ぶしであって、吉岡の次男坊といえば世間の通り者だった。兄とは両極端な性質で、父の拳法が生きていた頃から、父をしのぐ力量のあったことはほんとで、今の門下でもみな認めている。
(兄貴はだめだよ。あれやあ、親父の跡目など継がないで、おとなしく禄取にでもなればよいのさ)
これは伝七郎が面と向ってもいう口吻なのである。従って兄との仲は至ってよくない。それでも拳法の在世中は兄弟してあの道場に励んでいたものだが、父の死去をきッかけに、伝七郎はほとんど兄の道場では刀を持った例がない。去年のこと、友達二、三名と伊勢へ遊びに出かけ、帰りには大和の柳生石舟斎を訪ねるのだといって出たが、京都にはそれきり帰らず、消息もなかったのである。――一年も帰らないからといっても、誰も、この次男坊が飢えているとは案じなかった。我儘をいって、大酒を飲んで、兄貴の悪口をいって、自分は一切働かずに天下を見下し、父の名を時々振廻しておりさえすれば、それで飢えもせずに結構通ってゆく――律義者から見ればふしぎな――次男坊の生活力というものがやはり伝七郎には備わっているからである。(この頃はなんでも、兵庫の御影あたりで、誰やらの下屋敷にごろついているそうな)そういう噂は聞えたが、かくべつ気にもとめないでいた所へ――今度の清十郎と武蔵との蓮台寺野事件であった。
瀕死の清十郎が、
(弟に会いたい)
と、あの後でいったことも門弟達の胸を衝いたが、そうでなくとも、一門の者は、
(この不覚を雪ぐには、御舎弟よりほかにない)
と、善後策を思う途端に、彼の名が誰の頭にも呼び起されていたのだった。
――御影附近というだけで何も分らなかったが、即日、門下の中から五、六名の者が兵庫へ立ち、漸く伝七郎をさがし当ててこの早駕へ乗せたのだった。
平素、不仲な兄とはいえ、吉岡の名を賭して立合った試合に、兄が瀕死の重傷と敗北の汚名をうけて、今わずかに生死の境にある口から(弟に)と、会いたいような言葉を洩らしたと聞くと、伝七郎は一も二もなく、
(よし、行ってやる)
と、駕に身をまかせ、
(早く、早く)
と叱咤するので、駕かきの肩を乗りつぶし、もうここまでの間に三度か四度も、駕屋を雇い代えたほどだった。
それほど急き立てるくせに、伝七郎は立場立場へかかると、竹筒の中へ酒を買わせた。非常に感情が昻ぶっているらしいので、それを慰めるためかも知れないが、ふだんでも大酒なほうだ。それに寒い淀川のふちや田圃の風に曝されて駕は飛ぶので、いくら飲んでも酔わないような気がしているのであろう。
生憎とまた、その酒が竹筒に切れたので、伝七郎は焦々したらしい。――急げっと昻ぶった声を合図に竹筒を捨てたが、駕かきの男も門人達も、何へ不審を起しているのか、松風の闇の彼方へ、
『――なんだろう』
『ただの犬の声じゃないが』
耳も目も奪われている形で、伝七郎が急いても、すぐ駕の側へ集まって来ない。
そこで伝七郎が又、二度目の癇癖声を出して、早く駕をやれと呶鳴ると、初めて吃驚したように、
『――御舎弟、ちょっとお待ちなさい。あれは何事でしょう?』
なにが何事なのか、いっこう他へ気もとめていない伝七郎へ、門人達はそう訊いた。
三
なにも事改まって、そう神経をつかうほどのことでもない。それは何十匹か何百匹か知れないが、とにかく余程多いらしい犬の吠え合う声なのだ。
いくら沢山でも、犬の声は犬の声に止どまる。一犬虚を伝えれば万犬――というくらい、あの仲間の騒ぎは余り当てにはならない。まして近頃は戦がなくて人肉に飢えているので、野から町へ移ったいわゆる野良犬が街道筋には群をなしていることが珍らしくない。
『行ってみろ!』
しかるに、伝七郎はこういい、先に立って自分もそれへ足を早めて行った。彼が起つからには、犬の声もただの犬の声でなく、何かの理由があったのであろう。――つづく門人たちも、遅れじという足で駈けてゆく。
『――やっ?』
『――や?』
『――や? 奇態な奴』
果たせるかな、想像以上なものを見た。
木の根に縛られている又八と、その又八を三重四重に黒々と取り巻いて、彼の肉片でも要求しているような群犬の旋風である。
犬に正義をいわせれば、復讐というかも知れない。又八の刀は先刻犬の血をそこらへ撒いた。彼の体には犬の血のにおいが沁みている。
そうでなく、犬の智能を人間の極く低い程度として見ると、こいつ意気地のない奴らしい、弄ってやれと、面白がっているのかも知れぬ。また、妙なかっこうをしている奴、木を背負って坐っている、泥棒か、躄か、なんだろうかと不審を起して、吠えかかっているのかも分らない。
それがみな狼に似て、腹といえば薄く、脊骨は尖り立ち、歯はヤスリに削けたようなのであるから、孤立無援の又八としては、先刻の六部や小次郎よりも、時間的に数十倍もまさる恐怖だった。
手も足もきかないので、彼の戦闘は、顔と言葉とで防ぐほかなかった。しかし、顔は武器にならないし、言葉は犬に通じない。
そこで、犬にも通じる言葉と、犬にも受け取れる顔つきの二つをもって、先刻から悪戦苦闘の防禦に必死なところであった。
『うううっ――。うわうッ。......うわうッ......』
猛獣の唸る声色なのである。
犬はタジタジとして少し後退さったが、この猛獣が唸りすぎて、水洟を垂らしたので、甘く見たか、忽ち効果がなくなってしまう。
声が武器にならなくなると、こんどは顔つきで犬を怖れしめようと計った。
くわっと大きな口を開いて見せると、これには犬も一驚したらしい。眼玉を剝いて、眼ばたきを怺えて見せる。目や鼻や口を、皺苦茶に寄せて見せる。長いベロを伸ばして、鼻の頭まで屈かせて見せる――
そのうち、彼も百面相にくたびれてしまい、犬もすこし飽きた様子で、再び険悪になりかかったので、今度は一生の智恵をここに絞って、おれも諸君の仲間であって、諸君とは同じ生き物であるという親善の意を示す考えで、
『――わん、わん、わん! きゃん、きゃん、きゃん!』
犬の啼き声を、犬たちとともに、又八もやってみせた。
ところが、これが却って犬共の軽蔑と反感を買ったとみえ、俄然、喧々と争って、彼の顔のそばまで顔を持って来て吠えたり、そろそろ足の先から舐め始めて来たりしたので、又八は、ここで弱音を揚げてはと思い、
かかりしほどに
法皇は
文治二年の春の頃
建礼門院の大原の閑居
御覧ぜまほしゅうは
思し召されけれども
二月弥生のほどは
嵐烈しゅう余寒も未だ尽ず
峰の白雪消えかねて
大声張りあげて、平家琵琶の大原御幸を夢中で呶鳴りだした。――眼を固く閉じ、顔をしかめ、自分の声でつんぼになれとばかり喚いていたところなのであった。
四
幸にそこへ、伝七郎らが駈けつけて来たので、犬は群を崩して八方へ逃げてしまい、又八は見得もわすれて、
『助けてくれっ、繩を解いてくれっ――』
吉岡門人のうちには、彼の顔を見知っている者が二、三あった。
『おや、こいつは、よもぎの寮で見たことがある』
『お甲の亭主だ』
『亭主。――亭主はなかったはずだが』
『それは祇園藤次の手前だけで、ほんとはこの男がお甲に養われていたのだ』
とやかく取沙汰をし始めたが、かわいそうだ、解いてやれという伝七郎のことばに繩を解いて仔細を訊くと、ここにも又八のいいところはあって、ほんとのことは良心に恥じていわない。
吉岡の者と見たので、彼は自分の宿怨をちょうどよく思い出して、武蔵の名を引きあいに出し、自分と彼とは郷里も同じ作州であるが、彼は自分の許嫁を奪って走り、郷土の者に対して顔向けのならない泥を家名に塗られている――
母のお杉は、そのため、もう老年なのに拘らず、武蔵を討ち、不貞の許嫁を成敗せねば郷土へ帰らぬと国を立ち、自分とともどもに、武蔵を討とうと狙っているような次第でもある――
最前どなたやら、自分をお甲の亭主だなどと仰っしゃったが、飛んでもない誤解で、よもぎの寮に身を寄せていたことはあるが、お甲と関係などはない、その証拠には、祇園藤次とお甲とは、あの通り親密で、今では手に手を取って他国へ駈落している事実に徴しても証明できる――
であるから手前には、そんな事はどうでもよい事で、今最も気にかかるのは母のお杉と敵の武蔵の消息でしかない。今度大坂表にあって聞くところによれば、吉岡殿の御長男は、彼と試合して不覚をとったそうである。そう聞くと矢も楯もなく、こうしてはいられないという気持に駆られ、ここまで来たところ十数名のよからぬ野武士に取巻かれ、所持の金子を悉皆奪われてしまったが、老母を持ち敵を持つ大事な体と――凝と彼らのなすままに任せ、観念の目をふさいでいたところ――
『有難うございました。吉岡家といい、手前といい、武蔵は倶に天を戴かざるの仇敵、その吉岡一門の方に、繩を解いて貰ったのも、何かの御縁かもわかりませぬ。お見うけすれば清十郎様の御舎弟かのように存じますが、手前も武蔵を討とうとする者、あなたも武蔵を討とうとなさるお心に違いない。どっちが早く彼を仕とめるか、目的を達した上で、改めてまたお目にかかりましょう』
噓というものは純粋の噓ばかりでは成り立たないものと見える、又八がいっている中にも、多少のほんとは交っている。
しかしさすがに、
(いずれが早く武蔵を討つか)
などとおしまいになって蛇足を加えたあたりから、自分でも気恥かしくなって来たとみえ、
『母のお杉が、清水堂に参籠いたして、大望のため祈願いたしておりますれば、これからその母を訪ねて参るつもり、お礼には改めて、四条道場のほうへ近日出向きまする。お急ぎの場合、お足を止めてなんとも恐縮、では御免下さい』
ボロの出ないうちにとこういって、先へすたすた行ってしまったところなど、苦し紛れとはいえ又八としては出来がよかった。
彼の語るのを、噓かほんとか疑っているまに立ち去ってしまったのである。門下たちはあきれ顔に、伝七郎は苦笑をながして、
『なんだ......あいつは一体』
後見送って、思わぬ暇つぶしと、舌打ち鳴らしていた。
五
この数日があぶない――と医者がいってから四日目になる。その頃が最悪な容態だった。きのう辺りからはやや気分がよいらしく見える。
その清十郎は、今ぽやっと眸をひらいて、
(朝か? 夜か?)
と考えてみた。
枕元の有明行燈が消えなんとしていた。人はいなかった。次の間に誰やらの鼾声が聞える。看護づかれの人々が、帯を解かずにごろ寝していた。
(鶏が啼いている)
まだこの世に生きている身かと改めて思う。
(生き恥!)
清十郎は、夜具の襟で、顔を掩った。
泣いているように指の端が痙攣している。
(この先、どの面下げて)
こう思うのであろう、男泣きにしゅくっと、鳴咽をのむ。
父の拳法の名は、余りに世間へ大き過ぎていた。不肖な子は、父の名声と遺産を担って歩くだけで精いっぱいであったのみか、到頭、それあるが為に、身をも家をも、ここへ来て敗ってしまった。
(終りだ、もう吉岡の家も)
ぼーっとひとりでに枕元の有明行燈が消える。部屋の中に、夜明けの光がほの白く映った。朝霜の白い蓮台寺野に立った時のことがまた思い出される――
あの時の、武蔵のまなざし!
今、思っても、毛穴がよだつ。所詮は初めから自分は彼の敵ではなかったのだ。なぜ、彼の前に木剣を投げて、この家名だけでも立つ工夫を未然にしなかったか?
(思い上っていたのだ。父の名声がそのまま自分の名声であるかのように。――考えてみれば、おれは吉岡拳法の子と生れた以外、なんの修行らしいことをして来たか。おれは、武蔵の剣に敗れる前に、一家の戸主として、人間として、すでに敗北の兆を持っていた。武蔵との試合は、その壊滅の最後へ拍車をかけただけに過ぎない――遅かれ早かれ、このままでこの吉岡道場だけが、いつまで社会の激流の外に繁栄をゆるされているはずはない)
閉じている睫毛の上に涙が白く溜る。――ぽろりと、それが耳わきへ流れると彼の心も揺れて、
(なぜおれは蓮台寺野で死ななかったか。......生きたところで――)
と、右腕のない傷口の痛みに眉をふさぎ、悶々と、夜の明けるのを恐ろしく思った。
ど、ど、どっ――と門を打叩く物音がその時遠く聞こえた。誰やらが次の間の人々を起しに来る。
『えっ、御舎弟が』
『今、お着きか』
あわただしく、出迎えに立って行く者と、すぐ清十郎の枕元へ駈け寄って来る者とがあって、
『若先生、若先生、およろこび下さい。ただ今、伝七郎様が早駕でお着きになったそうでございます。すぐこれへ見えられましょう』
雨戸を開け、火鉢に炭をつぎ、敷物をおいて待つ間もなく――
『ここか、兄貴の部屋は』
伝七郎の声が襖の外に聞える。久しぶりな!
と思いながら、清十郎は、その弟に対してすら、いまの姿を見られるのが辛い気がした。
『兄上』
入って来た弟へ、清十郎は弱いひとみを上げて、笑おうとしたが笑えなかった。
ぷーん、弟の体から酒の香がにおう。
六
『どうなすった兄上』
伝七郎の余りに元気な様子は、病人の神経に重圧をおぼえるらしい。
『............』
清十郎は、眼をふさいで、しばらく何もいわなかった。
『兄上、こんな時にはやはり、不肖な弟でも、頼みになるでしょう。委細を使の者から聞くと、取る物も取りあえず、御影を立って、途中大坂の傾城町で旅支度や酒をととのえ、夜を冒して、駈けつけてまいったのですぞ――御安心なさるがいい、伝七郎がまいったからには、もうこの吉岡道場に、誰が来ようと、一指もささせませぬ』
そして、茶を入れて来た門人へ向い、
『おいおい、茶はいい。茶はいいから、酒を支度してくれ』
『はい』
退がるとまた、
『おいっ、誰か来て、この障子を閉めろ、病人が寒いじゃないか、馬鹿』
膝を、あぐらに崩して、火桶をかかえ込み、黙っている兄の顔を覗き込んで、
『いったい、勝負はどんな立合い方をやったんです。宮本武蔵などという者は、近頃ちょっと聞え出した男ではありませんか、兄貴としたことが、そんな駈出しの青二才に不覚をとるなんて......』
門人が、ふすまの境から、
『御舎弟さま』
『なんだ』
『御酒の支度ができました』
『持って来い』
『あちらへ用意してございますゆえ、おふろにでもお入りになって』
『湯になんか入りたくもない。酒はここでのむから、ここへ持って来い』
『え、お枕元で』
『いいさ、兄貴とは久しぶりで話すのだ。永い間、仲も悪かったが、こういう時には、やはり兄弟に如くものはないよ。ここで飲もう』
やがて、手酌で、
『うまい――』
と二、三献つづけ、
『丈夫だと、兄上にも、久しぶりで一杯さすのだが』
などと独り語りにいう。
清十郎は、上眼づかいに、
『弟』
『ウム』
『枕元で、酒はよしてくれ』
『なぜ』
『いろいろ嫌なことが思い出されて、おれは不愉快だから』
『嫌なこととは』
『亡き父上が、さだめし、兄弟の酒には、眉をひそめておいでになろう。――おまえも酒の上から、おれも酒の上から、一つもいいことはしていない』
『じゃあ、悪いことをして来たというのか』
『......おまえにはまだ胆にこたえまい。しかし、わしは今、心魂に徹して、半生の苦杯をなめ味わっているのだ......この病褥の中で』
『ハハハハハ、つまらんことをいっている。抑々兄者人は線がほそくて、神経質で、いわゆる剣人らしい線の太さがない。ほんとをいえば、武蔵などとも、試合をするというのが間違っている。相手がどうあろうと、そんなことはあなたのがらにないことなのだ。もうこれに懲りて、あなたは太刀を持たないがいい、そしてただ吉岡二代目様で納まっているんだな。――どうしても試合を挑む猛者があって退っ引きならなくなった場合は、伝七郎が出て立合ってあげる。道場もこの先は、伝七郎におまかせなさい、きっと、おやじの時代よりは、数倍も繁昌させてみせる。――おれの道場を乗っ取る野心だなどと、あなたさえ疑わなければ拙者は、きっとやってみせるが』
銚子の底から、もうなくなった酒のしずくを杯へ切っていう。
『......弟!』
清十郎は、ふいに身を起しかけたが、片手のないために、夜具も自由に刎ねられなかった。
七
『伝七郎っ......』
夜具の中から伸びた片手は、弟の腕くびをつよく握った。病人の力は、健康な者にも痛かった。
『お......と、と、と、兄貴、酒がこぼれる』
握られた手の杯を、伝七郎はあわてて持ち更えながら、
『なんです、改まって』
『――弟、おまえに望み通りこの道場を譲ろう。だが、道場を継ぐことは、同時に家名を継ぐことであるぞ』
『よろしい、ひき受けましょう』
『そう無造作にいってくれるな――おれの轍をふんで、ふたたび亡父の名を汚すようでは、今つぶした方がいい』
『馬鹿なことを仰っしゃい。伝七郎はあなたとは違う』
『心を入れ更えてやってくれるか』
『待ってくれ、酒はやめませんぞ、酒だけは』
『よかろう、酒も程には。......わしが過ったのは、酒のせいではない』
『女でしょう。――女ずきはあなたのいけないところだ。こんど体が癒ったら、もう決まった妻をお持ちなさい』
『いや、この機会にわしはすっぽりと剣を捨てた、妻など持とうという気持もない。――ただ一人救ってやらなければならない人間がある。その者の幸福になるのを見届けたら、もう望みはない。野末に茅の屋根を結んで果てるつもりじゃ......』
『はて? 救ってやらなければならない人間とは』
『まあいい。――おまえには後を頼むぞ。こういう廃人の兄の胸にもまだ、幾分かの意地とか面目とかいうものは、武士であるからには、未練だが、燃えいぶっている......それを忍んで、おまえにこう手をついていう。......いいか、おれの踏んだ轍をまた踏んでくれるなよ』
『よしっ......きっとあなたの汚名は遠からず雪いでみせる。だが、相手の武蔵は今、何処にいるのか、その居処はおわかりですか』
『......武蔵?』
と清十郎は、眼をみはって意外なことでもいい出されたように弟の顔を見つめるのだった。
『伝七郎、おまえは、おれが誡めているそばから、あの武蔵と立合うつもりか』
『なにを仰っしゃるのだ、今更、いうまでもありますまい。この伝七郎を迎えによこしたのは、そのおつもりではありませんか。また、拙者も門人も、武蔵が他国へ足をふみ出さないうちにと思えばこそ即座に、取る物も取りあえず、駈けつけて来たのではございませんか』
『思い違いも甚だしい!』
清十郎は首を振った。
先行を見ているような眼ざしをもって、
『やめろ』
弟へ命じる兄の態度だった。
それが気に入らなかったに違いない、伝七郎は、
『なぜ?』
と突ッかかってゆく。
病人の顔は、弟のその語気から血の気を呼び出されて、うす紅くなった。
『勝てないからだ!』
激越に、こう吐くと、
『たれに』
と、伝七郎も蒼くなっていう。
『武蔵に!』
『たれが』
『知れているではないか。おまえがだ。おまえの腕ではだ――』
『ば、ばかなことを』
わざと大きく笑うように、伝七郎は肩を揺すぶった。そして、兄の手を振りほどいて杯へ自分で酒をついだ。
『――おい門人、酒がないぞ、酒をもって来んか』
八
声を聞いて、弟子の一人が、厨房から酒の代りを運んでゆくと、もうそこの病室に、伝七郎はいなかった。
『......おや』
眼をみはって、その門人は盆を下へ置くと、
『どうなさいました若先生』
夜具の中に俯つ伏している清十郎の様子に、ぎょっとしたような顔いろを動かして、枕元へ取りすがった。
『呼べ。......呼んで来い。伝七郎にもいちどいうことがある。伝七郎をここへ連れて来い』
『ハ、ハイ』
弟子は、清十郎の語気が、はっきりしているので、ほっとしたらしく、
『はっ、ただ今』
と、あわてて伝七郎を捜しに出て行った。
伝七郎はすぐ見つかった。彼は道場へ出て、久しく見なかったわが家の道場の床に坐っていた。
周りには、これも久しぶりで会う植田良平とか、南保余一兵衛とか、御池、太田黒などという古参門下が彼を取り囲み、
『お兄上とは、もうお会いになりましたか』
『ム。今会ってきた』
『お欣びだったでしょう』
『そう欣しそうでもなかった。部屋へはいるまでは、俺も胸がいっぱいだったが、兄貴の顔を見ると、兄貴もむッつりしているし、俺もいいたいことをいったりして、またすぐにいつもの口喧嘩だ』
『え、口喧嘩を。......それは御舎弟がよくない。お兄上はきのう辺りから小康を得て、すこし容態を持ち直して来たばかりのお体。そういう病人をつかまえて』
『だが......待てよ、オイ』
伝七郎と古参門下とは、まるで友達づきあいの調子だった。
自分をたしなめかけた植田良平の肩を摑まえ、冗談の中にも自分の腕力を示すように揺すぶって、
『――兄貴はおれにこういうのだぞ。――おまえは、おれの敗北をすすぐために、武蔵と立合うつもりだろうが、所詮、おまえは武蔵に勝てん。おまえが斃れたらもうこの道場までが亡ぶ。家名が絶える。恥はわし一身のことにして、わしは今度のこと限り、生涯剣を把らないという声明をして身を退くから、おまえはわしに代ってこの道場を支え、一時の汚名を、将来の精進で挽回してくれい......と、こういうのだ』
『なる程』
『なにが成程!』
『............』
捜しに来た門人が、その話のすきを機と見て、
『御舎弟様、お兄上が、もいちど枕元へ来てくれと仰っしゃっておりますが』
後に手をつくと伝七郎はじろッと、その門人の顔を見て、
『――酒はどうした』
『あちらに運んでおきました』
『ここへ持って来い、皆で飲みながら話そう』
『若先生が』
『うるさい。......兄貴はすこし恐怖症にとッ憑かれているらしい。酒をこっちへ持って来い』
植田、御池、その他が口をそろえて、
『いやいや酒どころの場合ではない、吾々なら結構ですぞ』
伝七郎は不機嫌に、
『なんだ貴様たちは。......貴様たちまで一人の武蔵に脅えているのか』
九
吉岡という存在が大きかっただけに、受けた打撃もまた大きかったのである。
武蔵から与えられた木剣の一撃は、当主の肉体をああしたばかりでなく、既成勢力の吉岡一門というものを、根底から不具にしてしまった形だった。
(よもや)
と、自尊しきっていた一門の気持がみな崩れ出して、その後始末にしても、以前のような一致は欠いている。
いちど受けた傷手の深刻な苦さが、錯然と、日が経っても皆の顔にただよっていて、なにを相談するにつけても敗者の傾きたがる消極か――また極端な積極へと走りたがって纏まらない。
伝七郎を迎える前から、
(武蔵へ二度の試合を申しやって、雪辱を試みるか)
(それとも、このまま自重策をとるか)
というこう二つの意見は、古参門下の中にも対立していて、今も伝七郎の意思に同意の顔つきを示す者、暗に、清十郎の考えに共鳴しているらしい者とふたいろあった。
――だが、
(恥は一時のこと、万一これ以上不覚をかさねることでもあっては)
というような隠忍主義は、清十郎なればこそいえるのであって、古参たちは、胸に思っても、口に出せないことだった。
殊に、覇気満々な伝七郎の前では、猶さらである。
『――そんな女々しい、卑怯未練な兄貴の言葉を、いくら病中とはいえ、素直に聞いていられるか』
ここへ運び移されて来た杯を取って、各々に酒をつがせ、伝七郎は、きょうから兄に代って自分が経営にあたるこの道場に、まず自分流の気分を醸そうとするらしい剛毅な風を見せた。
『おれは、断言するぞ、武蔵を打つと!......。兄貴がなんといおうと、おれはやる。武蔵をこのまま抛っておいて、家名大事に、道場の維持を考えて行けなどという兄貴のことばは、いったい武士の吐くことばか。そんな考えだから、武蔵に敗れるのは当然だ。――貴様たちも、その兄貴とおれとを、一緒に視るなよ』
『それはもう......』
と、口を濁した後で、南保余一兵衛という古参がいった。
『御舎弟のお力は、我々も信じておりますが......だが』
『だが......なんだ?』
『お兄上のお考えにしてみると、相手の武蔵は一介の武者修行、こちらは室町家以来の御名家、秤にかけてみても、これは損な試合で、勝っても敗けてもつまらない博奕だと、こう賢明に悟られたのではございますまいか』
『――博奕だと』
伝七郎の眼がキラとむつかしく光ったので、南保余一兵衛はあわてて、
『アア、失言でした。そのことばは取り消します』
皆まで聞かずに、
『これ』
と、伝七郎は彼の襟がみをつかんで突っ立ち、
『......出て行け! 臆病者』
『失言でした、御舎弟......』
『だまれっ、貴様のような卑劣者は、おれと同席する資格がない。――去れッ』
突き飛ばしたのである。
道場の羽目板へ背をぶつけたまま、南保余一兵衛は真っ蒼になっていたが、やがて静かに坐って、
『御一同、永々お世話に相成りました』
それから正面の神壇へも礼儀をして、ついと、邸の外へ出て行った。
――目もくれないで、
『さあ、飲め』
伝七郎は、一同へ酒をすすめていう。
『飲んだうえで、今日からひとつ武蔵の宿所を捜し出してくれい。なに、まだ他国へは出ていまい。勝ち誇って、そこらを肩いからして歩いているに相違ない。――いいか、そのほうの手配と、次にはこの道場だ。こう寂れさせて置いてはいかぬ。ふだんの通り稽古を励みあうことだな。......おれも一寝入りしてから道場へ出るよ。兄貴とちがって、おれのはちと烈しいぞ。そのつもりで、末輩にも、これからはびしびしやってもらいたい』
十
それから七日ほどの後のこと。
『わかった!』
と外から喚きながら、吉岡道場へもどって来た一名の門人がある。
道場では、先頃から伝七郎自身が立って、予告しておいた通り、ひどく手荒い稽古をつけ始めた。
今も、彼のつかれを知らない精力に大勢が辟易顔して、次に名ざしを受けるのを恐れるかのようにみな隅へ寄り、古参の太田黒兵助がまるで子どもみたいに扱われているのを見ていたところだった。
『待て、太田黒』
伝七郎は木剣をひいて、今、道場の端へ顔をあらわして坐った男へ眼をやり、
『わかったか』
と、そこからいった。
『わかりました』
『どこにいたか、武蔵は』
『実相院町の東の辻――俗にあの辺で本阿弥の辻とも呼んでおりますが、そこの本阿弥光悦の家の奥に、たしかに武蔵が逗留しておる様子なので』
『本阿弥の家に。――はてな? 武蔵のような田舎出の修行者ずれと、あの光悦が、どうして知り合いなのだろうか』
『縁故のほどはよく分りませぬが、とにかく、泊っていることは慥です』
『よしっ、すぐ出向こう』
支度に――と奥へ大股に入ってゆくと、ついて行った太田黒兵助や、植田良平などの古参たちが止めて、
『ふいに出向いて行って討つなどということは、喧嘩の意趣めいて、勝っても、世間がよくいいますまい』
『稽古には礼儀作法もあろうが、いざという実地の兵法に、作法はない、勝ったほうが勝ちだ』
『ですが、お兄上の場合がそうではなかったのですから。――やはり、前もって書状をつかわし、場所、日、時刻を約しておいて、堂々とお試合になったほうが立派かと存じますが』
『そうだ。そうしよう、お前たちのいう通りにするが、まさかその間に、また兄貴の言にうごかされて、門人までが止めだてはすまいな』
『異論を抱く者や、また吉岡道場を見限った恩知らずは、この十日ほどの間に、すべてここの門から出てゆきました』
『それでかえって、この道場は強固になった。祇園藤次のような不届き者、南保余一兵衛のような臆病者、すべて恥を知らぬ腰抜けは自分から出て行ったがよい』
『武蔵へ書面をつかわす前に、一応はお兄上の耳へも』
『そのことなら、お前たちではだめだ、おれが行って話を決める』
兄弟のあいだに、この問題は、まだ十日前のままだった。あれ以来、どっちも自分の意見を曲げないのである。古参の者達は、また争いにならねばよいがと案じていたが、大きな声が洩れてくる様子もないので、さっそく武蔵に宛てて指定してやる二度目の場所や日取を膝ぐみで相談していた。
――と清十郎の居間から、
『おいっ、植田、御池、太田黒、ほかの者も、ちょっと顔をかしてくれ』
清十郎の声ではない。
顔をそろえて行って見ると、伝七郎が一人きりでぼんやり立っているではないか、こんな顔つきの彼を古参の者たちも初めてみた。伝七郎の眼は泣きかけているのだった。
『見てくれ――みんな』
手にひろげていた兄の置手紙を一同へ示して、伝七郎は言葉では怒っていった。
『兄貴のやつ、おれに向ってまた、こんな長たらしい意見手紙を書き、これを残して家出してしまった。行先も書いてないのだ......行先も......』
ふくろ路地
一
ふと、針の手を止めて、
『......誰?』
お通はいってみた。
『どなた? ......』
縁の障子を開けてみたが誰もいないのである。気のせいであったと分ると、お通はさびしさに囚われて、もう袖付と襟さえ縫えば仕立てあがる縫物にも、つい身が入らなくなってしまう。
(城太さんかと思ったら?)
心の中で呟いているように、彼女はまだ人なき昼を未練そうに眺めていた。そこに誰か人でも通るような気配さえすれば、城太郎が尋ねて来たのではないかと、すぐ思ってしまうらしいのである。
ここは三年坂の下だった。
ごみごみした街中ではあるが、往来の一側裏には、藪だの畑だのがいくらもあって、椿も咲いていれば、梅も綻びかけている。
お通の姿が見えるそこの一軒家も、裏はよその庭らしい木立に囲まれ、前の百坪ほどは野菜畑になっていて、その畑のすぐ向うには、朝から晩までひどく忙しげな物音をさせている旅籠屋の台所がある。――つまり、この一軒家も、そこの旅籠屋の持で、朝夕の食事も、向うの台所から運んで来ることになっている。
今は――どこへ行ったのか姿はここに見えないが、お杉隠居がなじみの旅籠で、京都に来ればここと決めてあり、ここへ来ればこの畑の中の別棟があの婆様のお好みであるらしい。
『お通さあ、御飯時やが、もう運んでもようござりますかの』
畑の向うで、台所の女が、こっちへ呶鳴っていた。
お通は、考えごとから醒めて、
『アア御飯ですか。――御飯ならば、お婆様が帰って来てから一緒に食べますから後にして下さい』
すると、台所の女はまた、
『御隠居さあは、きょうは帰りがおそうなるといって出やはりましたがの。おおかた晩方までのおつもりで出やはったのでございましょうが』
『じゃあ私も、あまりお腹がすいておりませんから、おひるはやめておきましょう』
『あんた、ちっとも物を召上らんで、ようそうしておいでなはるなあ』
どこからともなく、松薪のいぶる濃い煙が流れて来て、畑の中の梅の樹も、向うの母屋も隠してしまう。
この辺には、陶器つくりの竈が所々にあるので、そこで火入れをする日には絶えず煙が近所をいぶしている。けれど、その煙が去った後は、春先の空がよけいに美麗に見られた。
馬のいななきや清水の参詣人の跫音が、往来の方に騒々と聞える。そういう町の騒音の中から、武蔵が吉岡を打ったという噂も聞いた。
お通は、飛び立つように思い、そして武蔵のすがたを瞼に描いた。
(城太郎さんは、蓮台寺野へ行ってみたに違いない、城太郎さんが来れば詳しいことも......)
と、同時に、城太郎の訪れを待つことも痛切になる。
だが、その城太郎がちっとも来ないのだ。五条大橋で別れた限りであるから――もう二十日余りにもなる。
(尋ねて来ても、ここの家が分らないのかしら?......いいやそんなはずはない、三年坂の下と教えてあるのだもの、一軒一軒尋ねたって)
そう思ってみたり、また、
(もしや風邪でもひいて寝こんでしまったのじゃないかしら?)
とも案じてみる。
けれど、あの城太郎が、風邪で寝ているなどとは信じられない。――きっと暢気に春先の空へ紙凧でも揚げて遊んでいるのかも知れない。お通は、腹が立ってきた。
二
――けれどまた、考えようによれば、城太郎のほうでも同じように、
(なにも、遠い所じゃなし、お通さんだって一度ぐらいは、自分の方から来そうなものじゃないか。烏丸のお館へだって、あのままでお礼もいわないでいるのは悪い)
そんなふうに待っているかも知れないと思う。
そこへ気のつかないお通でもなかったが、お通にしてみれば、城太郎のほうで来てくれるのはいと易かろうが、今のところ、自分のほうからお館へ行くということはむつかしい事情にある。お館へとは限らない、たとえどこへ出るにしても、お杉隠居のゆるしを得なければ出ることはできない。
今日のような留守をよい機に出かけてしまえばよいじゃないか。――こう事情を知らない者は思うかも知れないが、そこにぬかりのあるあの婆ではない。入口の旅籠の者に頼みこんであるから、お通の身には絶えず誰かの眼が光っている。ちょっと往来をのぞきに出ても、
(お通さんどこへ?)
と、旅籠の母屋からすぐ、さり気ない声がかかるのである。
なにしろまた、お杉婆さんといえば、この三年坂から清水の界隈でも、長い馴染だし、顔も通っているらしいのだ。去年、清水の辺で、武蔵をつかまえ、年よりの身で悲壮な真剣勝負を挑んでからのことである。当時、その実情を目撃していたこの土地の籠かきだの荷持だのの口からそれが評判になって、
(あの婆は気丈だ)
(えらい気丈者よ)
(敵討に出ているのだとよ)
そんな沙汰からいつとなく、婆の人気はひろまって、一種の尊敬にさえなっている。――だから旅籠の者など猶さらのこと、お杉の口から一言、
(ちと仔細ある女子故、留守のまに逃げぬよう看ていてくだされ)
とでも吹き込まれれば、それを守るに忠実なのは当然であった。
いずれにしても、お通はここから今では無断で出ることは許されない。文使いをやるにしても、宿の者の手を経なければ出来ない芸だし、結局城太郎の訪れを待つよりほかに策はなかった。
『............』
障子の蔭へ身を退いて、彼女はまた針の目を運び始めていた。その縫物もお杉の旅着の仕立て直しだった。
するとまた誰か外に人影が映して――
『オヤ? 違ったかしら』
聞き馴れない女の声がする。
往来から路地をはいって来て、ここの袋地内の畑や離屋に、勝手がちがったらしくこう呟いているのである。
何気なく、お通は障子の蔭から顔を出してみた。葱畑と葱畑の間にある道の梅の樹の下に、その女は佇んでいたが、お通の顔を見て、
『あの......』
間が悪そうに頭を下げ、
『......あの、こちらは、宿屋ではないんでしょうか。路地の入口に、はたごと書いた掛行燈が見えたので、はいって来たんですけれど』
と、引っ込みがつかないように、もじもじしていう。
お通は、それに答えるのも忘れて、女の顔から足の先までを見つめていた。その眸が異様に先へは受け取れたに違いない。袋路地と知らずに間違って入って来た女は、いよいよ、間が悪そうに、
『どこの家でしょう』
囲りの屋根を見まわしたり、ふとまた側の梅の梢へ、
『まあ、よく咲いている』
と、テレた顔を上げて、見恍れるような素振りをしたりしていた。
(そうだ、五条大橋で!)
お通はすぐ思い出したが、また人違いではないかとも迷って、記憶へ念を押してみるのだった。――元日の朝であった。あの大橋の欄で、武蔵の胸に顔を押しあてて泣いていたきれいな娘。――先では知らなかったであろうが、お通には忘れ難い――なにか敵ででもあるように、あれ以来絶えず気にかかっていたその女性ではあるまいか。
三
台所の女が、帳場へ告げたとみえて、表から路地を廻って来た旅籠屋の手代が、
『お女中さま、お宿でございますか』
朱実は落ちつかない眼で、
『ええ、どこなの?』
『ついそこの入口でございますよ、へイ、路地の右側の角で』
『まあ、じゃあ往来に向っているんですね』
『往来でも、お静かでございますが』
『出入りに眼がつかないような家をと、捜していると、ちょうど路地の角に掛行燈が見えたから、この奥ならと思ってはいって来たんだけれど』と、お通のいる一棟をのぞいて、――
『ここは、お宅の離屋じゃないの』
『はい、手前共の別棟でございますが』
『ここならばいいのね。......静かそうで......どこからも、見えない』
『あちらの母屋にも、よいお部屋がございますが』
『番頭さん、ちょうどここにいらっしゃるのは、女のお方のようだし......私もここに泊らせてもらえませんか』
『ところが、もうおひと方、ちと気ごころのおむつかしい御隠居がいらっしゃいますのでな......』
『かまいません。私はいいけれど......』
『後ほど、お帰りになりましたらば、合宿を御承知くださるかどうか、伺ってみますが』
『じゃあその間、彼方の部屋でやすんでいましょうか』
『どうぞ。......あちらの部屋だって、きっとお気に召すと存じますが』
手代に従いて、朱実は旅籠の表口へまわって行った。
『............』
お通は遂になにもいわずにしまった。なぜ一言でも訊いてみなかったかと、後では悔いるのであったが、それがいつも不可ない自分の性質らしい――と独りで思い沈んでしまう。
今行った女と武蔵は、いったいどういう間がらなのか。
それだけでも知りたい。
五条大橋で見かけた時には、かなりな時間を二人で話していた、いやそれもただの程度ではない、果ては彼女が泣き、武蔵がその肩を抱いていたではないか。
(よもや、武蔵様に限って......)
とお通は、自分の妬みが描く臆測を、みな打消してはみるが、やはりあれからの日は、そのために、ともすると今までは知らなかった複雑な傷みを、自分の心に見出すことが多かった。
――自分より美しい女。
――自分よりあの人に近づく機会の多い女。
――自分より才気があって男性のこころを巧みにつかむ女。
今までは、武蔵と自分としか考えていなかったが、お通は急に、同性の世界をながめて、自分の無力がかなしくなった。
――美しいなんて思えない。
――才もない。
――機縁にもめぐまれない。
こういう自分を、ひろい社会の多数の女性に見較べると、彼女は自分の希望が、余りに自分の身に過ぎていて、なにか大それた夢かのように思えてしまうのだった。――ずっと以前、七宝寺の千年杉へよじ登って行ったころの、あの暴風雨よりもつよい勇気は出ないで、五条大橋の朝、牛車の蔭に、しゃがみ込んでしまった時のような弱さばかりが、妙にこのごろの心には棲む。
(城太さんの手がほしい!)
痛切に、お通はそう思った。そしてまた、
(暴風雨の中を、あの千年杉の上へよじ登っていった頃の自分には、まだ城太さんのような無邪気さが幾らかあったからだろう)
と思い、この頃のように、独り悩んでいる複雑な気持は、そうした処女心からいつのまにか遠くなっている証拠でもあろうかと考えて来て、針を運ぶ縫物のうえに、何とはなくほろりと涙がこぼれた。
『――いるのか、いやらぬのか。――お通っ、なんでまだ灯りを燈さぬのかやい』
いつの間にか夕闇の迫っていた軒先に、外から戻ってくるなりこういうお杉隠居の声がしていた。
四
『お帰りなされませ。――今すぐ灯りの支度をいたしまする』
壁の後の小部屋へ立ってゆくお通の背へ、じろりと冷たい眼をくれながら、婆はほの暗い畳へ坐った。
灯りを置いた蔭へ手をつかえてお通が、
『お婆様、おつかれでございましょう。きょうはまたどちらまで......』
『問うまでもあるまいに』
と、お杉は、わざとのように厳しい。
『せがれの又八を尋ね、武蔵のありかを捜し歩いているのじゃ』
『すこし脚でもお揉みいたしましょうか』
『脚はさほどでもないが、陽気のせいか、この四、五日は肩が凝る。――揉んでやろうという気があるなら揉んで賜もい』
なにかにつけて、この調子なのだった。しかし、それも又八を尋ねあてて、きれいに過去の話をつけてしまうまでの少しの間の辛抱――と、お通はそっと婆の背へ寄って、
『ほんに、お肩が固うございますこと。これでは、呼吸がお苦しゅうございましょう』
『歩いていても、ふと胸がつまるように思うことがある。やはり年じゃ、いつなん時、卒中で倒れるかも知れぬ』
『まだ、まだ、若い者も及ばないお元気で、そんなことがあってよいものではございませぬ』
『でものう、あの陽気な権叔父ですら、夢のように死んで逝った。人間はわからぬよ。......ただわしが元気になる時は、武蔵を思う時だけじゃ。おのれと、武蔵へ初一念を燃やす時は、誰にも負けぬ気が立って来る』
『お婆様......。武蔵様は、そんな悪い人では決してありませぬ。......お姿様のお考え違いでございます』
『......ふ......ふ』
肩を揉ませながら――
『そうじゃったの、そなたに取れば、又八を見更えて惚れた男じゃもの。――悪ういうて済まなかった』
『ま! ......そんな理では』
『――ないとおいいやるか。又八よりは、武蔵が可愛ゆうてなるまいがの。そう明らさまにいうたほうが、物事すべて、正直というものじゃぞ』
『............』
『やがて、又八に出会うたら、この婆が仲に立って、そなたの望み通り、きっぱり話はつけてやるが、そうなればそなたと婆とは、あかの他人、そなたはすぐ武蔵のところへ走って行って、さぞかしわしら母子の悪口をいうことであろうわいの』
『なんでそんなことを......。お婆様、お通はそんな女子ではございませぬ。元の御恩は御恩として、いつまでも覚えておりまする』
『この頃の若い女子は、口がうまい。ようそのように優しくいえたものじゃ。この婆は正直者ゆえ、そのように言葉はかざれぬ。――そなたが武蔵の妻となれば、そなたも後にはわしが仇じゃ。......ホホホホホ、仇の肩を揉むのも辛かろうのう』
『............』
『それも、武蔵と添いたいための苦労であろうが。そう思えば、堪忍のならぬこともない』
『............』
『なにを泣いておいやる?』
『泣いてはおりませぬ』
『では、わしの襟もとへ、こぼれたのはなんじゃ』
『......すみませぬ、つい』
『ええもう、むずむずと、虫が這うているようで気持がわるい、もっと力を入れておくれぬか。......めそめそと、武蔵のことばかり考えておいやらずに』
前の畑に提燈の灯りが見えた。いつものように旅籠の小女が、晩の食事を運んで来たのであろうと思っていると、
『ごめん下さい。本位田様の御老母のお部屋はこちらでございますか』
と、僧形の者が縁先へ立った。
さげている提燈には――
音羽山清水寺
と、書いてある。
五
『てまえは、子安堂の堂衆でおざるが』
と提燈を縁において、使の僧はふところから一通の書付をとり出し、
『何やらぞんじませぬが、黄昏れ頃、寒々とした風態のお若い牢人が堂の内をのぞいて――この頃は作州のお婆は参籠に見えぬかと問われますゆえ、いや折々お見えでござる――と答えますと、筆を貸せといい、婆が見えたらこれを渡してくれといって立ち去りました。――ちょうど五条まで用達しに出かけましたので、早速、お届けにあがったような次第で』
『それは、それは、ご苦労さまな』
と婆は人ざわりよく敷物などをすすめたが、使の僧はすぐ戻って行った。
『......はてのう?』
行燈の下で婆は手紙を繰ひろげた。顔いろが変ったところを見ると、なにかその内容が婆の胸を烈しく揺りうごかしたものと見える。
『お通っ......』
『はい』
と、小部屋の隅の炉ばたからお通が答える。
『もう茶など注いでも無駄なことじゃ。子安堂の堂衆は帰ってしもうたがな』
『もうお帰りになってしまいましたか。それでは、お婆様に一ぷく』
『人に出しそびれたのでわしへ振向けておくれるのか。わしの腹は茶こぼしではないぞえ、そのような茶、飲みとうもない。それよりすぐ支度しやい』
『......え、どこぞへ、お供するのでございますか』
『そちの待っている話を今夜つけてやろうほどに』
『あ......では今のお手紙は、又八様からでございますか』
『なんなとよいがな、そなたは黙ってついて来ればよいのじゃ』
『それでは旅宿の厨へ、早くお膳部を持ってくるようにいうて参りましょう』
『そなた、まだか』
『お婆様のお帰りを待っておりましたので』
『よけいな気づかいばかりしていやる。わしが出たのは午前、今まで食べずにおられようか。午と夜食をかねて外で奈良茶のめしを済ましてきました。わが身まだなら急いで茶漬なと食べなされ』
『はい』
『音羽山の夜はまだ肌寒かろう、胴着は縫えているか』
『お小袖はもう少しでございますが......』
『小袖を訊いているのじゃない、胴着を出したも。それから足袋を洗うてあるか、草履の緒もゆるい。旅宿へ告げて、わら草履の新しいのをもろうて来ておくりゃれ』
返辞がしきれないほど、婆のことばが次から次へお通を追う。
なぜという理由もなく、お通はそのことばに一つも反抗はできなかった。黙って見ていられる眼にさえ、心が竦むのである。
草履をそろえて、
『お婆様、お出ましなさいませ、お供をいたしまする』
と、先へ出ていうと、
『提燈を持ったか』
『いえ......』
『うつけた女子よの、音羽山の奥まで行くのに灯りなしでこの婆を歩ます気か、旅宿の提燈を借りて来なされ』
『気がつきませんでした――今すぐ』
と、お通は自分の身支度は何をする間もない。
音羽山の奥といったが、いったいどこへゆくのだろうか?
そんなこともふと考えたが訊いたら叱られるであろうと思い、お通は黙って灯りを提げながら三年坂を先に立って歩いて行く――
しかし、心の裡で、彼女もなんとなくいそいそしていた。先刻の手紙は、又八からであったに違いない。――とすれば、かねがね婆とかたく約束してある問題の解決を今夜こそはっきり決めてくれることであろう。どんな嫌な思いも辛い気持も、もうわずかな間の辛抱である。
(話がついたら、今夜のうちにも烏丸様のほうへ戻って城太さんの顔を見なければならない――)
三年坂は辛抱坂だった。石ころの多い凸凹な坂道を、お通は石を見ながら歩いた。
悲 母 悲 心
一
滝の音がする――水かさが増すわけでもないが夜は大きく耳へひびく。
『地主権現というのは確かこれじゃろが。......地主桜と、この樹の立札にも書いてある』
清水寺のわきの山道をかなり登って来たのである。しかし婆は、息が喘れたともいわない。
『――伜、伜』
そこの堂の前に立つと、すぐ闇へこう呼ぶ。
顔つきにも、声にも、真実の愛情がふるえていた。後に立っているお通には、べつな老婆のように思えた。
『お通、提燈を消すなよ』
『はい......』
『いない、いない』
婆は、口のうちで呟きながら、そこらを繞り歩いて、
『手紙には、地主権現まで来てくれとあったが』
『今夜と書いてございましたか』
『きょうとも明日ともしてないのじゃ。幾歳になっても彼の子ときては子供じゃでのう。......それより自分で旅宿へ来ればよいのに、住吉のこともあるので、間がわるいのじゃろ』
お通は、袂を引っぱって、
『お婆様、又八さんではありませんか。――誰か下から登って来るようです』
『エ、いたか』
崖の道をさし覗いて、
『伜――』
やがて登って来た者は、そういうお杉婆には目もくれないで、地主権現の裏へ廻り、またそこへ戻って来ると、立ちどまって、提燈の明りの上に浮いているお通の白い顔を、不遠慮な眼でじっと見る。
――お通は、はっと思ったが、先は何も感じない顔つきである。この元旦、五条大橋のそばでお互いに見かけているはずであるが、佐々木小次郎のほうには、覚えがなかったであろう。
『女子、そこのおばば。お前たちは今ここへ登って来たのか』
『............』
訊ね方が唐突なので、お通もお杉婆も、ただ小次郎の派手派手しいすがたへ眼をみはっていた。
すると小次郎は、いきなりお通の顔を指さして、
『ちょうど、これくらいな年ごろの女だ。名は朱実といって、もちっと丸顔、がらはこの女子より小つぶだが、茶屋そだちの都会娘、どこかもそっと大人びている風がある。見かけないか。......この辺で』
『............』
黙って、二人が顔を振ると、
『おかしいな? 三年坂の辺で、見た者があると訊いたのだが、さすれば、この辺の御堂で夜を明かすつもりにちがいないし......』
初めは相手を置いていた言葉であったが、途中から独り言のようになって、それ以上は問いようもなく、なにかまだ、ふたことみこと呟きながら、小次郎はどこともなく立ち去ってしまった。
婆は、舌打して、
『なんじゃあの若者は、刀を負うているところを見れば、あれでも侍じゃろが、これ見よがしの伊達姿して、夜まで女のしりを追うていくさる。......ええ、こちらはそれどころじゃない』
お通は、お通でまた、
(そうだ、さっき旅籠へ迷って来たあの女――あの女に違いない)
武蔵と――朱実と――小次郎と――そう三人の関係を、いくら考えても解せない想像の中にのぼせて、ぼんやり見送っていた。
『......もどろう』
婆は、がっかりしたように、諦めの言葉を投げて歩き出した。たしかに地主権現と書いてあったのに、又八は来ないし、滝の音の寒さは毛穴をよだたせる。
二
すこし道を降りてゆくと、本願堂の門前で、また、さっきの小次郎に二人は出会った。
『............』
顔を見あわせただけで、どっちも黙って通りすぎた。お杉が振向いて見ていると、小次郎の影は子安堂から三年坂のほうへ、まっ直に降りてゆく様子――
『険しい眼づかいをするよのう。......武蔵のようじゃ』
つぶやいているうちに、婆の視線がなにへ触れたのか、ぎくと、背のまるい体に衝動を見せて、
『......ほう』
梟の啼くような声を出した。
巨きな杉の樹の蔭だ。――たれかその蔭に立って、手まねきしている。
婆の目にだけは、闇でもわかる人影だった。又八にちがいない。
(――来てくれ、こっち)
手で物をいっているのはその意味らしい。なにか、憚ることがあるとみえる。おお、いじらしい奴――というように婆のひとみはすぐ子の心持を読んだ。
『お通よ』
うしろを見ると、お通は十間ほど先に立って、婆を待っていた。
『――そなた、ひと足先へ行かっしゃれ。そうかというて、あまり遠くへ去んでもならぬぞよ、あの塵間塚のそばに立っていやい。すぐ後から行くほどに』
お通が、素直にうなずいて先へ行きかけると、
『これこれ、他へ去んだり、そのままどこぞへ走ろうとしても、婆の目がここから光っていることを知って置きゃい。よいか』
そして、すぐその体は、杉の樹蔭へ走り寄っていた。
『又八ではないか』
『おばばっ』
暗がりから、待ちかねていたような手が出て、婆の手を固くつかんだ。
『なんじゃわれは、そんなところへ竦みこんで。......オ、まあ、この子は、氷のようなつめたい手をして』
もうすぐ、そんな些細ないたわり心が、婆の目を意気地なくうるませてしまう。
そう叱られても、又八は恟々した眼で、
『......でもなおばば、今も、たった今もここを通ったろうが』
『誰がじゃ?』
『太刀を背中に負った、眼のするどい若衆だ』
『知っていやるのか』
『知らいでか、あいつが佐々木小次郎といって、つい先頃、六条の松原で、小っぴどい目にあわされた』
『――なに、佐々木小次郎? ......佐々木小次郎というのは、わがみのことではないのか』
『ど、どうして』
『いつであったか、大坂表でわがみが、わしに見せてくれた中条流の許し書の巻物に、そう書いてあったじゃろうが。その時、わがみは佐々木小次郎というのは自分の別名じゃというたではないか』
『噓だ、あれは噓なんだ。――その悪戯がバレてしまい、本物の佐々木小次郎奴にひどい懲しめに遭わされたのだぞ。――実は、おばばのところへ手紙をたのんでから、約束の場所へ出向こうとすると、またもここで彼奴のすがたを見かけたので、眼にとまっては大変と、彼っ方こっちに隠れ廻って、様子をながめていたというわけ。――もう大丈夫かしら、またやって来ると面倒だが』
『............』
呆れてものがいえないように、お杉は黙ってしまったが、ひと頃よりはまた窶れて、正直に自分の無力と小胆を顔にあらわしている挙動を見ると、婆は、よけいにこの子が愛しくなってならないような様子だった。
三
『そんなことはどうなとよい』
婆はもう、わが子の弱音を、それ以上聞きたくもないという顔して、首を振った。
『それよりは又八、おぬしは、権叔父の死んだことを知っていやるか』
『えっ、叔父御が? ......ほんとですか』
『たれがそのような噓をいおうぞ。住吉の浜で、おぬしと別れるとすぐその浜で亡くなったのじゃ』
『知らなかった......』
『叔父御の敢ない死も、この婆がこの年して、こうした憂い旅にさまようているのも、いったいなんのためか、おぬしは分っていやろうがの』
『いつか、大坂で会った折、凍てた大地にひきすえられ、おばばに存分叱られたことは、胆に銘じて忘れてはいない』
『そうか......あの言葉を覚えているか。では、おぬしに欣こんでもらうことがあるぞよ』
『なんだ、おばば』
『お通のことよ』
『......あっ! じゃあ、おばばの側に添って、今彼方へ行った女子は』
『これっ――』
たしなめるように、又八の前へ立ちふさがって、
『汝が身は、どこへおじゃるつもりじゃ』
『お通ならば......おばば......会わしてくれ、会わしてくれ』
うなずいて――
『会わしてやろうと思えばこそ連れて来たのじゃ。――したが又八、おぬし、お通に会ってどういう気か』
『悪かった――済まなかった――ゆるしてくれといって、おれは謝まるつもりだ』
『......そして』
『......そしてなあ、おばば......おばはからも、おれの一時の心得ちがいを宥めてくれ』
『......そして』
『元のように』
『なんじゃあ? ......』
『――元のように仲をもどして、お通と夫婦になりたいんだ。おばば、お通はおれを今でも思っていてくれてるだろうか』
皆までいわせず、
『――ばッ、ばかっ』
お杉は、又八の横顔を、ぴしゃりと打った。
『アッ......な、なにするんだ、おばば』
蹌めきながら又八は顔をかかえた。そして乳を離れてから今日まで見たことのない怖しい母の顔を彼は見た。
『たった今、おぬしはなんというたぞ。わしがいつかいうて聞かせた言葉は、胆に銘じているというたであろう』
『............』
『いつ、このおばばが、お通のような不埒な女子へ、汝が身が手をついて謝まれと教えたか。――本位田家の名に泥を塗って、あまつさえ、七生までの仇ぞと思うている武蔵と逃げた女子じゃぞよ』
『............』
『許嫁であった汝が身を捨てて、汝が身とは、家名の仇の武蔵へ身をも心をもまかせている犬畜生のようなあのお通に、汝れは、手をついて謝まる所存か。......謝まる所存かよ! これっ――』
又八の襟がみを諸手につかんで、婆は振りうごかすのであった。
又八は、首をがくがく動かしながら、眼を閉じて、母の叱言を甘受していた。閉じている眼からは涙がとまらなかった。
婆は、いよいよ歯がゆそうに、
『なにを泣くのじゃ。泣くほど犬畜生に未練があるのかっ。――ええ、もうおぬしという子はいのう!』
力まかせに、わが子を大地へ突き仆した。そして自分も諸仆れに腰をついて、一緒になって泣き出した。
四
『これ』
厳しい母に返って、お杉は大地に坐り直した。
『今が、汝が身にとっても、性根のすえ時。――この婆とても、もう十年二十年先までは寿命も知れぬ。こういう声も、わしが死んでしもうた後は二度と聞きたいと思うても聞けはせぬぞ』
――分りきったことを――というように、又八は横を向いたままなのである。
お杉は、わが子の機嫌を損じてもならないと、心の隅ではまた、気がねするように、
『のう、これ。お通ばかりが女子ではなし、あのような者に未練をのこしゃるな。もしこの先、おぬしが、ほしいと望む女子があれば、この婆がその女子の家へお百度踏んで通うても――いやわしが生命を結納に進上しても、きっと貰うてやりまするがの』
『............』
『――だがの、お通だけは、金輪際、本位田家の面目として、持たすことは相成らぬ。おぬしが、なんといおうが、まかりならぬ』
『............』
『もし、飽くまでおぬしがお通と添う気なら、この婆が首打ってそれからどうなとしやるがよい。わしの生きているうちは――』
『おばば!』
突っかかって来たわが子の権まくにお杉はまた、膝に角を立てて、
『なんじゃ、そのいいざまは』
『じゃあ訊くが......いったいおれの女房にする女は、おばばが持つのか、おれが持つのか』
『知れたことをいやる、わが身のもつ妻でのうてなんとする』
『......な、ならば、お、おれが選ぶのが、あたりまえじゃないか。それを』
『まだそのように聞きわけのないことばかり。......汝が身はいったい幾歳になるのか』
『だって......い、いくら親だってあんまりだっ、勝手すぎる』
この息子とこの母親とは、どっちも余り隔てを知らないために、ややともすると感情と感情ばかりが先に立って、感情を出した後から言語が出るという始末だった。そのためにかえって、お互いが理解をはぐらかし、すぐ角突きあいになるくせがあった。それはたまたまの場合だけではなく、家庭にあったむかしから、そういう家風であったが、まだ習性となっているのだった。
『勝手とはなんじゃ、汝が身は抑々、たれの子か、たれの腹から、この世には生れて来たか』
『そんなこといったってむりだ。おばば......おれはどうしても、お通と添いたい。――お通が好きなんだっ』
さすがに、青ざめている母の顔へ向ってはいえずに、又八は、空へ向いてうめいた。
お杉の尖っている肩のはねが鳴るようにふるえ出した、――と思うと、やにわに、
『又八、本性か』
と、いって、いきなり自分の脇差を抜いて喉へ突きたてようとした。
『あッ、おばばなにするっ――』
『ええもう、止めだてしやるな。それよりはなぜ、介錯するといわぬか』
『ば、ばなことを。......おばばが死ぬのを、おれが......子が見ていられるか』
『では、お通をあきらめて、性根を持ち直してたもるか』
『じゃあ、おばばは一体、なんのために、お通をこんなところへ連れて来たのだ。おれにお通のすがたを見せびらかすのだ。――おれには、おばばのその肚がわからぬ』
『わしの手で殺すは易いことじゃが、元々、汝が身を裏切った不貞な女、汝が身の手で成敗させてやりたいと思う親ごころのそれも一つ、有難いとはなぜ思わぬか』
五
『それじゃあ、おばばは、おれの手でお通を斬れというのか』
『......嫌か!』
鬼のことばのようである。
又八は、自分の母の中に、こんな声を出す性質があったろうかと疑った。
『嫌なら嫌といえ。猶予はならぬことじゃ』
『だ......だって、おばば』
『まだ未練をいいおるか。エエ、もうおのれのような奴、子でない、母でない! ......。女の首は斬れまいが、母の首なら斬れるであろう。介錯しやい』
元より脅しに違いないが、脇差を取り直して、婆は自害のていを見せた。
子の我儘もずいぶん親をてこずらすが、親の駄々も随分子どもをてこずらす場合がある。
お杉のもその一例に過ぎないが、この年寄は下手をすると、ほんとにやりかねまじき血相なのだ。息子の眼から見ても、ただの仕ぐさとは見えないのである。
又八はふるえ上って、
『おばば! ......そ、そんな短気なことをしなくっても。......いいよ、わかった、おれは諦める』
『それだけか』
『成敗してみせる。おれの手で......おれの手でお通を』
『殺るかよ』
『ム。殺ってみせる』
婆は、うれし泣きに泣いて、脇差を捨てた手で、子の手を押しいただいた。
『よういやった、それでこそ本位田家の世継ぎ息子、あっぱれ者と御先祖さまも仰っしゃろう』
『......そうかなあ?』
『討って来い。お通は、すぐこの下の塵間塚の前に待たせてある』
『ウム......今行くよ』
『お通を首にして、添状付けて、先に七宝寺へ送りとどけてやろうぞ。村のうわさだけでも、わしらの面目が半分は立つ。――さて次には武蔵めじゃが、これも、お通を討たれたと聞けば、意地でもわしら母子の前へ出て来るじゃろ。......又八、はよう行って来い』
『おばばは、ここで待っているか』
『いや、わしも尾いて行くが、わしが姿を見せると、それでは話がちがうのなんのと、お通がわめいてうるさかろう。わしは少し離れた物蔭から見ております』
『......女ひとりだ』
よろりと又八は立って――
『おばば、きっとお通は首にして来るから、ここで待っていたらいいじゃないか。......女ひとりだ、大丈夫、逃がしゃあしない』
『でも、油断をしやるなよ、あれでも刃物を見れば、相当に手抗いはするぞ』
『いいよ......なにくそ』
自分をこう叱咤しながら、又八は歩きだした。不安そうにお杉婆もその後に尾いて、
『よいか、油断するなよ』
『なんだおばば、尾いて来るのか。待っていろ』
『よいわ、塵間塚は、まだその下――』
『いいといったら!』
又八は、癇を破って、
『二人でゆく位なら、おばば一人で行って来い。おれはここで待っている』
『なにを渋っていやるのじゃ、おぬしはまだ本心からお通を斬る気になっておらぬの』
『......あれだって人間だ、猫の子を斬るような気持じゃ斬れない』
『無理もない......たといどのように不貞の女でも、元はおぬしの許嫁であったげな。......よいわ、ばばはここにいましょう、おぬし一人で行って見事にして来やれ』
又八は返辞もせず、腕ぐみをしたまま、ゆるい崖の道を降りて行った。
六
さっきからお通は、塵間塚のまえに佇んでお杉婆の来るのを待っていた。
(いっそ、こんな時に)
と逃げる隙を考えないでもなかったが、それでは二十日あまり怺えてきた忍苦がなんの意味もなさなくなってしまう。
(もう少しの辛抱)
お通は、武蔵を思い、城太郎のことを考え――そしてぼんやり星を見ていた。
武蔵を胸に描いていると、彼女の胸には無数の星が輝やいた。
(今に。今に......)
夢みるように、将来の希望をかぞえてみる。また国境の山でいった彼のことばを――花田橋のたもとでいった彼の誓いを――胸のうちで繰返してみるのだった。
たとい年月が経っても、それを裏切る武蔵ではないことを彼女はかたく信じていた。
――ただ朱実という女性を思いうかべると、ふと厭な気持がして、希望に暗いかげを映してくるが、それとても、武蔵に対する強固な信頼にくらべれば物の数でもない、不安というほどな憂いでもない。
(花田橋で別れたきり、会えもしない、話せもしない......。それでも自分はなにかしら楽しい。沢庵さんは可哀いそうなというけれど、こんな幸福でいるわたしが、どうして沢庵さんの眼には、不幸に見えるのかしら......)
針のむしろに坐って針の目を運んでいる間も――待ちたくない人を待って暗い淋しい中を佇んでいる間も――彼女はひとりで楽しむことに楽しんでいるのだった。そして他人には空虚に見える時が、いちばん彼女の生命の充実している時だった。
『......お通』
婆の声ではない。――誰かこう暗がりから呼ぶ者があった。お通はわれに返ったように、
『......え。どなたです』
『おれだよ』
『おれとは』
『本位田又八だ』
『えっ?』
跳び退いて――
『又八さんですって』
『もう声まで忘れたかい』
『ほんに......ほんに又八さんの声ですね。婆様に会いましたか』
『お婆は、彼方に待たせておいた。......お通、おまえは変らないなあ。七宝寺にいた時分と――ちっとも変っていない』
『又八さん、あなたはどこにいるんですか。暗くてあなたの姿はわかりません』
『そばへ行ってもいいかい。おれは面目ない気がして、先刻からここへ来ていたが、暫く後の闇にかくれて、おまえの姿を見ていたんだ。......おまえはそこで今、なにを考えていたのか』
『べつに......なにも』
『おれのことを考えていてくれたのじゃないのか。おれは一日だって、おまえのことを思い出さない日はなかったぜ』
そろそろ歩み寄って来る又八の姿がお通の眼に映った。お通は婆がいてくれないので、不安に襲われた。
『又八さん、お姿様から、なにか話を聞きましたか』
『ア、今この上で』
『じゃあ、私のことを』
『うむ』
お通は、ほっとした。
かねて婆も約束してくれた通りに、自分の意思は、婆の口から又八へ通じてくれたものと思った。そして又八はその承諾を与えてくれるために、ここへ一人で来たのであろうと解釈していた。
『婆様からお聞きならば、私の気持はもう分ってくれたはずですが、私からもお願いいたします。又八さん、どうぞ以前のことは、縁のなかったものと思って、今夜かぎり忘れてくださいましね』
七
老母とお通との間に、どんな約束が交されていたのだろうか。元よりお婆のいい加減な子ども騙しには違いない。そう考えられるので又八は、お通が今いったことばにも、
『いや、まあ、お待ち』
顔を先に振って、そのことばの底にある彼女の意思を問おうとしなかった。
『――以前のことなんかいわれると、おれは辛い。まったくおれが悪いのだ。今更、おまえにあわせる顔もない次第で――おまえのいう通り、これが忘れられるものならば、忘れてしまいたいと山々思う。だが思うだけで、なんの因果か、おれはおまえを諦めきれない』
お通は、当惑して、
『又八さん、二人の心と心のあいだには、もう通うもののない深い谷間ができました』
『その谷間に、五年の年月が流れて行ったのだ』
『そうです、年月が返らぬように、私たちのむかしの心も、もう呼びもどすことは出来ません』
『で、できないことはないよ! お通、お通っ』
『いいえ。――できません』
お通のそういう冷やかな語尾と顔いろに驚いて、今更のように眸をすえてしまう又八であった。
情熱が表にあらわれる時は、真紅の花と太陽の狂いあう夏の日を思わせるような性質のあるお通の一面に――こんな冷やかな――まるで白い蠟石を撫でるような感じのする――そして指を触れれば切れそうな厳しい性格が、どこに潜んでいただろうか。
そういう冷たい面の彼女を見ていると、又八の頭にふと七宝寺の縁側が思い出された。
――あの山寺の縁側で、なにか考えごとをしながら、うるみのある眼で、半日でも一日でも、空を見て黙っている時の孤児のすがたを。
母も雲――父も雲――兄弟も友達も雲よりしかないと思っているような――孤児の生い立ちの中に、いつのまにか、育くまれていた、この冷たさに違いない。――又八はそう思った。
そう考えたので、彼は彼女のそばへそっと寄って、棘のある白バラへ触るように、
『......やり直そう』
頰へささやいた。
『......ね、お通。――返らない年月を呼んでみたって始まらないじゃないか。これから二人して、やり直そう』
『又八さん、あなたはどこまで考え違いをしているのですか。私のいっているのは、年月のことではありません、心のことです』
『だからさ、その心を、おれはこれから持ち直すよ。自分でいいわけしても変だけれど、おれがやった過ちぐらいは、若いうちは誰にだってあり勝ちな話じゃないか』
『どう仰っしゃっても、私の心はもうあなたの言葉を本気で聞こうといたしません』
『......わるかったよ! こんなに男が謝っているのじゃないか......え、お通』
『およしなさい、又八さん、貴方もこれから男のなかへ生きてゆく男でしょう。こんなことに......』
『でも、おれには、生涯の重大事だ。手をつけというなら手をつく。おまえが、誓いを立てろというなら、どんな誓いでもきっと立てる』
『知りません!』
『そう......怒らないでさあ......ね、お通、ここじゃあ、しんみり話ができないから、どこか、ほかへ行こう』
『嫌です』
『おばばが来るとまずい。......早く行こう。おれには、とてもおまえを殺せない。どうして、おまえを殺せるものか』
手を取ると、その手は、又八の指をつよく振り切って、
『嫌ですッ。殺されても、あなたと一つの道を歩くのは嫌ですっ』
八
『嫌だと?』
『ええ』
『どうしても』
『ええ』
『お通、それではおまえは、今まで武蔵を思っていたのだな』
『お慕いしています――二世まで誓うお人はあのお方と心に決めて』
『ウウム......』
又八は身をふるわして、
『いったな、お通』
『そのことは、婆様の耳へも入れてあります。そして、婆様からあなたに告げ、この際、はっきりと話をつけた方がよいと仰っしゃるので、こういう折を今日まで待っていたのです』
『わかった......おれに会ってそういえと――それも武蔵の指図だろう。いやそうに違いねえ』
『いいえ、いいえ、自分の生涯を決めること、武蔵様のお指図はうけません』
『おれも意地だ。――お通、男には意地があるぞ。てめえがそういう料簡ならば......』
『なにするんですッ』
『おれも男だっ。おれの生涯を賭けても、武蔵と添わせてたまるものか。――許さぬっ! たれが許す!』
『許すの、許さぬのと、それは誰に向ってなんのことを仰っしゃるのですか』
『てめえにだ! また武蔵にだ! お通、貴様は武蔵と許嫁ではなかったはずだぞ』
『そうです、......けれども、あなたがそう仰っしゃる筋はございますまい』
『いや、ある! お通というものは、元々本位田又八の許嫁だ。又八がうんといわねえうちは、誰の妻になることも出来ないはずだ。ましてや......武......武蔵ずれに!』
『卑怯です、未練です、今さらそんなことがよういえたもの。私はあなたとお甲という人との二人名前で、ずっと前に、縁切状をいただいてありました』
『知らないっ、そんな物はおれは出した覚えがない。お甲が勝手に出したのだろう』
『いいえ、その状には貴方が立派にない縁とあきらめて、他家へ嫁いてくれと書いてありました』
『み、見せろ、それを』
『沢庵さんが見て、笑いながら鼻をかんで捨ててしまいました』
『証拠のないことをいっても世間へは通るまい。おれとお通とが許嫁だということは、故郷へ行けば知らない者はない。こっちには幾らでも証人が立てられるが、そっちには証拠のない話だ。......なあお通、世間を狭くしてまで、無理に武蔵と添ってみたって、倖せに暮せるはずはないぜ。おまえは、お甲のことをまだ疑っているかも知れねえが、あんな女とは、もうきれいに手を切っているのだ』
『伺ってもむだなこと、そんな話、お通の存じたことではありません』
『......じゃあこれ程に、おれが頭を下げても』
『又八さん、あなたは今、おれも男だと仰っしゃったではありませんか。恥を知らない男などへ、どうして女の心がうごきましょう。女の求めている男は、女々しくない男です』
『なんだと』
『お離しなさい、袂が切れますから』
『ち、ちくしょうっ』
『どうするんですっ――なにをなさるのです』
『もう......これまでいっても分らねえなら、破れかぶれだ』
『えっ......』
『生命が惜しいと思ったら、武蔵のことなど思いませんと、ここで誓え、さあ誓え』
袂を離したのは、刀を抜くためであった。刃を手に抜くと、刃が人間を持ったように、又八の人相はまるで変ってしまった。
九
刃物を持った人間はそう怖いものではないが――しかし、刃物に持たれている人間は怖い。
お通がとたんに、
ひいっ――と声をあげたのも、刃物の先よりも、又八の顔にあらわれたその恐さだった。
『よくも。――この阿女』
又八の刀は、お通の帯の結び目をかすめていた。
(逃がしては)
と、焦心って来て、又八は、
『おばば、おばばっ』
と、お通を追いかけながら、一方へは呼び立てる。
声が届いたとみえる、お杉婆は彼方で、
『おう』
といった。
跫音を目あてに走って来ながら婆は、
『仕損じたか』
自分も小脇差を抜いて、うろうろ慌てまわる。
又八が彼方から、
『そっ方だ、おばば、捕まえろっ』
呶鳴りながら駈けて来るのを見て、婆は眼を皿のようにし、
『ど、どこへ』
と、道を塞いでいた。
しかし、お通の影は見えないで、又八のからだが打つかるように眼の前へ来た。
『斬ったかよ』
『逃がした』
『阿呆っ』
『――下だ。あれがそうだ』
崖へ臨んで駈け降りていたお通は、崖の下の樹の枝に袂をとられて踠いていた。
滝つぼに近いところとみえ、水音が闇を走ってゆく。足もとなどは見ようともしないのだ。お通は綻びた袂をかかえ、転ぶようにまた駈けだした。
母子の跫音はすぐ迫って来た。婆の声で、
『しめたぞよ』
というのが耳の後から聞える。お通はもう逃げても無駄な気がしてしまった。それに、前も横も壁で囲まれているように暗いそこは崖の低地でもある。
『又八っ、はよう斬れ。――それ、お通めが倒れくさったぞ』
婆に叱咤されて、今は完全に刃物に躍らされている人間の又八は、豹のように前へ跳んで、
『――畜生っ』
と、萱の枯れ穂や灌木の間へ転びこんだお通を目がけて、刀を振りおろした。
木の枝の折れる響がしたと思うと、その下から――きゃっと、生きたものの絶命と血しおが刎ねあがった。
『この阿女、この阿女』
三太刀、四太刀、まるで血に酔ったように眼をつりあげた又八は、灌木の枝や萱の穂もろ共、刀も折れよとばかり、幾度もそこを撲りつづけた。
『............』
撲りくたびれると、又八は血刀をさげたまま、茫然と、血の酔いから醒めかけた。
――掌を見ると掌にも血。――顔を撫でると顔にも血。温い、粘りのある液体が、燐のように体じゅうへ刎ねているのである。
その一滴一滴が、お通の生命の分解されたものかと思うと、彼はふらふらと眩いを感じ、見る間に、顔が青ざめてきた。
『ふ、ふ、ふ。伜よ、とうとう斬りおったのう』
お杉婆は、茫然としている息子の後から、そっと顔を突き出して、滅茶滅茶に薙ぎ伏せられている灌木と草むらの底をじっと見入った。
『よい気味! ......もうびくともせぬわ。――出来したぞよ伜。やれやれこれで胸のつかえが半分はさがったというもの。故郷の衆へ幾分か面目が立つわいのう。......又八、これ、どうしたぞよ。はよう首を斬れ、お通の首を揚げい』
十
『ホ、ホ、ホ』
婆は、息子の小胆をわらいながら、
『――意気地ないやつ。人間ひとり斬った位で、肩で息をつくようなことでどうするぞ。汝が身に首が搔けぬなら、婆が首を揚げてくれる。――そこを退きゃい』
前へ出ようとすると、自失したように棒立ちになっていた又八の手が、握っている刀の柄頭で、いきなり老母の肩をどんと突いた。
『――わっ、な、なにしやる』
あぶなく、婆も底のわからない灌木の中へ腰をつこうとしたが、辛くも足元を支え止めた。
『又八、汝が身は、気でもちごうたのか。老母に向って――なんたることをしやる』
『おふくろ!』
『......なんじゃア?』
『............』
異様な声を、鼻と喉の境に呑みころしながら、又八は、血のついている手の甲で眼をこすった。
『......おら......おらあ......お通を斬った! お通を斬った』
『賞めてやっているではないかよ。――それをなんで汝が身は哭くか』
『哭かずにいられるかっ。......馬鹿、馬鹿っ、馬鹿婆アめ!』
『かなしいのか』
『あたりまえだ! おばばのようなくたばり損いが生きていなければ、おれは、どんなことをしても、もいちど、お通の気持を取りもどして見せたんだ。くそっ、家名がなんだ、故郷の奴らへの面目がなんだ。......だが、もう駄目だ......』
『知れた愚痴をいやる。それほど未練があるのなら、なぜ婆の首を打って、お通を助けなかったのじゃ』
『それが出来る位なら、おれは哭いたり愚痴をいったりしやしねえ。世の中に、分らずやの老よりを持った位、不倖せなことはねえ』
『よしたがよい、なんのざまじゃ、それは......。折角、出来しおったと賞めているのに』
『勝手にしろ。......おれはもう一生涯、やりたい放題のことをやって、出たら目に送ってやるぞ』
『それが汝が身の悪い気質じゃ。たんと駄々をいうて、この年老った母を困らせるがよいわ』
『困らしてやるとも、くそったれ婆め、鬼婆め!』
『オオ、オオ。なんとでもいうがよいわい。さあさあ、そこを退きなされ。今、お通の首を搔き切って、それからとっくりと話して進ぜる』
『た、たれが、薄情婆の談義などを聞くかっ』
『そうでない、胴を離れたお通の首を見てから凝と考えてみるがよいわさ。美貌がなんじゃあ......美しい女子も死ねば白骨......色即是空を目に見せて進ぜよう』
『うるせえッ、うるせえッ』
又八は、狂わしげに、強くかぶりを振って、
『......アーア。考えてみると、おれの望みはやっぱりお通だった。時々、これじゃいけないと思って、なにか立身の途を捜そう、なにか一つ励みを出そうと、真面目な奮発が起るのも、その時には、お通と添うことを考えているからだった。――家名でもねえし、こんなくそ婆アのためでもねえ。――お通が望みにあったればこそ』
『よしないことをいつまで嘆いておじゃるぞ。その口で念仏でもいうてやったがまだましじゃぞ。......なむあみだぶつ』
いつの間にか、婆は又八の前へ出て、血を撒き散らしたような灌木や枯草を搔き分けていた。
......その底に、黒い仏体が俯つ伏している。
婆は、草や枝を折り敷いて、いんぎんにその前へ坐った。
『......お通、わしを恨むな、仏となれば、わしもそなたに恨みはない、すべては約束ごと。頓証菩提』
手で探り寄りながら――探り当てた黒髪らしいものをぎゅっと摑んだ。
『――お通さん!』
その時、音羽の滝のうえの辺で、こう誰か呼んだ声が、樹の声か、星の声かのように、暗い風の中をまわって、この低地へも聞えて来た。
鍬
一
どう巡りあわせて、こんな所へ、宗彭沢庵が今頃やって来たわけか。
元より、偶然であろうはずはないが、いかにも唐突に似て、いつも自然である彼の姿が、今夜ばかりは不自然に思える。まずその事情がらを先に糺してみたいが、今はその由来因縁を彼に問うている遑もなさそうなのである。
――なにしろ、あの何時も、のほほんの沢庵坊にしては、めずらしいほど慌てていて、
『おオい、どうじゃい、宿屋さん、見つかったかい?』
彼とは、べつな方角を捜しまわって来た旅籠の手代が、彼の方へ駈けて来て、
『見当りませんよ、どこにも――』
と、あぐねたようにいって額の汗を拭く。
『変だね』
『おかしゅうございますな』
『おまえの聞き違いじゃないのか』
『いいえ、確かに、夕方清水堂のお使いが見えてから、急に、地主権現まで行ってくると仰っしゃって、手前共の提燈をお持ちになったのですから――』
『その地主権現というのが、おかしいじゃないか。この夜中に、なにしに行ったのだい』
『どなたか其処で待ち合っていらっしゃるようなお話でしたが』
『ならばまだいそうなものだが......』
『誰もいませんな』
『さあて?』
沢庵が、腕を拱むと旅籠の手代も共に頭をかかえて、独り言に、
『子安堂のそばの燈明番に聞いたら、あの御隠居と若い女子が、提燈を持って、登って行くすがたは見たといいましたね。......それから三年坂のほうへ降りたという者も誰もいないし』
『だから、心配になるんだよ。ひょっとすると、もっと山の奥か、もっと道のないような場所かも知れぬ』
『なぜでございます』
『どうやら、お通さんは、おばばのうまい口に乗せられて、愈々、彼の世の門口まで、攫われて行ったらしい......アア、こうしている間も心配になる』
『あの御隠居は、そんな恐ろしいお方ですか』
『なあに、いい人間だよ』
『でも、あなたのお話を伺うと......思い当ることがございますんで』
『どんなこと』
『きょうも、お通さんと仰っしゃる女子が、泣いておりました』
『あれはまた、泣虫でな、泣虫のお通さんというくらいなんだよ。......だが、この正月の一日から側に引き寄せられていたといえば、だいぶチクチク虐められたろうな。かあいそうに』
『息子の嫁じゃ嫁じゃと仰っしゃっておいででしたから、お姑なれば、仕方がないと思っていましたが、......じゃあなにか恨み事があって、一寸だめし五分試しに虐めていたわけでございますね』
『さだめしお婆はたんのうしたろうが、夜陰、山の中へ連れ込んだところを見ると、最後の思いをはらそうというつもりだろう。恐いのう女は』
『あの隠居様などは、女の部類へははいりませんよ。ほかの女子たちが大迷惑をしまさあ』
『そうではないな、どんな女たちにも、ちょっぴりずつはあるものらしい。お婆のは、それがつよいだけだ』
『お坊さんだから、やはり女子はきらいとみえますな、そのくせ先刻は、あの隠居様のことを、いい人間だといったりしたが』
『いい人間であることにまちがいはないのだよ。あのおばばでも、清水堂へ日参するというじゃあないか。観音さまへ数珠をさげている間は、観音さまに近いおばばになっているわけだからの』
『よくお念仏もいっておりますぜ』
『そうだろう、そういう信仰家という者は世間にたくさんあるものだよ。外では悪いことを仕て来ながら、家へはいるとすぐお念仏。眼では悪魔のすることを捜しながら、お寺へ来ればすぐお念仏。人を撲っても、後でお念仏さえいえば、罪障消滅、極楽往生、うたがいなしと信じている信心家だ。こまるね、ああいうのは』
といって、沢庵はまたすぐ、そこらの闇をあるき出して、滝つぼのある山の沢へ、
『おーいっ、お通さあん』
二
又八は、ギョッとして、
『やっ? おばば!』
と、注意した。
お杉も、気づいていた。鏡のような眼を宙へ上げて、
『なんじゃろ? あの声は』
と、つぶやいた。
しかし、摑んでいる死骸の黒髪と――その死骸から首を斬り離そうとして持っている脇差は、びくとも手からゆるめていない。
『お通の名を呼んだようだぞ。オオ、また呼んでいる』
『いぶかしいことよの。――ここへお通をさがしに来る者があるとすれば、城太郎小僧よりほかにないが』
『大人の声だ......』
『どこかで聞いたような』
『あっ、いけねえ! ......おばば、もう首など斬って持ってゆくのは止せ。提燈を持って、誰かこっちへ降りてくる』
『なに、降りてくると』
『二人づれだ。見つかるといけない、おばば、おばば!』
危急を感じると、啀み合っていたこの母子は、忽ち一体となって、又八は急々と、老母の落着いているのを案じた。
『ええ、待ったがいい』
と、婆は、死骸の魅力にひきつけられていた。
『ここまで仕て、かんじんな首級を取らずに行ってよいものか。なにを証拠に、故郷の衆へ、お通を成敗したと証拠だてることができよう。......待て、今わしが』
『あ』
又八は、眼を掩った。
お杉は木の小枝を膝で踏み敷いて、死骸の首へ刃を当てようとするのだった。又八には、見ていられなかった。
――と、突然、婆の口から意味のわからない言葉が走った。よほど驚いたものらしかった。持ち上げていた死骸の首を手から離して、後へ蹌めくと共に腰をついて、
『ちごうた! ちごうた!』
手を振って、起とうとするのであったが、起てないのである。
又八も、顔を寄せて、
『何が? 何が?』
と、吃った。
『これを見い』
『え』
『お通ではないわ! この死骸は乞食か、病人か、男であろうが』
『あっ、牢人者だ』
凝と、死骸の横顔や風体をながめて、又八はなおさら驚きを加えた。
『変だな、この人間をおれは知っているが』
『なんじゃ、知人じゃと』
『赤壁八十馬といって、おれはこいつに騙されて、持金を巻き上げられたことがある。生き馬の眼を抜くような彼の八十馬が、どうしてこんなところにへたばっていたのだろうか』
これはいくら考えてみても、又八には考え当らないはずである。ここから程近い小松谷の阿弥陀堂に住んでいる虚無僧の青木丹左衛門がいるか、でなければ、八十馬の毒牙にかかろうとして救われたことのある朱実でもおればだが――他にその説明をする者としては、宇宙あるのみであるが、こんな成れの果てを見るに至った虫けら同様な人間一個の解説を求めるには、宇宙は余りに大き過ぎて、また森厳であり過ぎる。
『――誰だっ。お通さんじゃないのか、そこにいるのは』
突然、二人の後へ、沢庵坊の声と提燈の影がさした。
『――呀ッ』
逃げるだんになれば、又八の若い跳躍は、当然、お杉が腰をあげてから走るよりも遙かに迅かった。
沢庵は、駈け寄りざま、
『おばばだな』
むずと、襟がみを摑んだ。
三
『そこへ、逃げてゆくのは又八ではないかっ。――これっ、老母をおいて、どこへ行くぞっ、卑怯者、不孝者、待たんかっ』
お杉の襟首を捻じ抑えながら、沢庵は闇へ向って、なおこういっていた。
婆は、沢庵の膝の下に苦しげにもがきながら、
『たれじゃ、何奴じゃ』
と、なお虚勢を失わない。
又八が引っ返してくる様子もないので、沢庵は手をゆるめて、
『わからぬか、おばば。やはりおぬしもどこか耄碌したのう』
『オーッ、沢庵坊主じゃの』
『おどろいたか』
『なんの!』
猛々しく婆は白髪の光る首を横に振ってさけんだ。
『どこ暗くのう世間をうろついている物乞い坊主、今はこの京都に流れておじゃったか』
『そうそう』
沢庵はにこりと酬いて、
『ばばのいう通り、さきごろまでは柳生谷や泉州の辺をうろついていたが、ついゆうべ、ぶらりと都へやって来てな、さるお方のお館で、ちらと腑に落ちぬ沙汰を耳にしたので、これはいかん――捨ておけぬ大事と思い、黄昏からおぬし達を捜しあるいていたのじゃよ』
『何の用で?』
『お通にも会おうと思って』
『ふーム』
『おばば』
『なにかや』
『お通はどこへ行った』
『知らん』
『知らんことはあるまい』
『このばばは、お通に紐をつけて歩いてはおりませぬぞよ』
提燈を持って後に立っている旅籠の手代が、
『......ヤ。お坊さま、血がこぼれております、生々しい血しおが』
明りへ俯向いた沢庵の顔が、さすがに少し硬ばってみえた。
――隙を見て、お杉婆は突然起ちあがって逃げだした。
振向いて、沢庵はそのまま、
『待たっしゃれ! おばば! おぬしは家名の泥をすすぐとて故郷を出て、家名に泥をなすって帰るのかっ。子が可愛ゆうて家を出ながら、その子を不幸にして戻るのかっ』
実に大きな声なのだ。
沢庵の口から出ているようには聞えないのである。宇宙が呶鳴ったようにそれは婆の全身をつつんで聞えた。
ぎくと、婆は足をとめた。顔の皺がみな負けん気を顔に描いて、
『なんじゃと、わしが家名に泥のうわ塗りをし、又八をよけいに不幸にするとおいいやるか』
『そうだ』
『阿呆な』
せせら笑って――しかしなにをいわれたよりも真剣になって、
『布施飯くうて他人の寺に宿借して、野に糞してばかり歩く人間に、家名じゃとか、子の愛じゃとかいう、世間のほんとの苦しみがわかって堪るものかいの。人なみな口をたたくなら、人なみに働いて食う米を食わッしゃれ』
『痛いことをいう。そういってやりたい坊主も世間にはあるから、わしにも少し痛い。七宝寺にいた頃から、口ではおばばに敵わないと思っていたが、相変らずその口が達者だのう』
『オオさ、まだまだこの婆にはこの世に大望がある、達者は口ばかりと思うてか』
『まあいい。――済んだことは仕方がないとして話そうじゃないか』
『なにを』
『おばは、おぬしはここで、又八にお通を斬らしたな。母子でお通を殺めたであろうが』
そういうだろうと待っていたように、婆はとたんに首を突き伸ばして笑った。
『沢庵坊、提燈持ってあるいても、眼を持って歩かにゃ世の中は暗やみじゃぞ。おぬしの眼は、飾り物か、ふし穴か』
四
この婆に翻弄されることには、沢庵もどうもしようがないらしい。
無智はいつでも、有智よりも優越する。相手の知識を、恬として無視し去ってしまう場合に、無智が絶対につよい。生半可な有智は誇る無智へ向って、施すに術がないという恰好になってしまう。
ふし穴か、飾り物かと、婆に罵られた眼をもって、沢庵がその場をよくよく検めると、なるほど、死骸はお通ではなかった。
で――ほっとした顔を彼がするとすぐ、
『沢庵坊、ほっとしたであろうが。おぬしは、抑々、武蔵とお通とをくッつけた不義の媒人じゃほどにの』
と、多分に遺恨をふくんだ口ぶりでいう。
沢庵は、逆らわずに、
『そう考えているなら、そうしておくもよい。――だがおばば、おぬしの信心ぶかいことをわしは知っているが、この死骸をすててゆく法はあるまい』
『死に損のうていた行き仆れ、斬ったは又八じゃが、又八のせいじゃない。抛っておいても死ぬ人間であったじゃろ』
すると旅籠の手代が、
『そういえば、この牢人者は、すこし頭脳もおかしいようなあんばいで、先頃から涎を垂らして町をふらふらしておりましてな、なにかでひどく打たれたような大疵を頭のてっぺんに持っておりましたよ』
と話す。
そんなことは、どうでもいいように、婆はもう先へ歩いて道を捜していた。沢庵は、死骸の始末を旅籠の手代にたのんで、婆の後から尾いて行く。
気になるとみえ、婆は振り顧って、また毒口でも放ちたいような顔をしたが、
『――おばば、おばば』
樹蔭から小声でよぶ者の影を見て、欣しそうにそこへ走り寄った。
又八だった。
さすがに子である、逃げたのかと思っていたら、やはり老母の身を案じて様子を見ていたのかと、婆はたまらないほど、わが子の気特を欣しく買う。
沢庵の影を振向いて、母子は何かささやき合っていたが、やはり沢庵のどこかを恐れるもののように、二人は急に足を早め出し、麓のほうへ行くほど迅く走っていた。
『だめだ......あの様子では、まだなにをいって聞かせても受けつけまい。世の中から、思い違いというものだけ除いたら、ずいぶん人間の苦労は少なくなるがなあ』
母子の影を見送りながら、沢庵はつぶやいていた。彼の足は、急ごうともしないのだ。――お通を捜すことを急務としているから。
だがいったい、お通はどうしてしまったのだろう。
あの母子の刃から、どうした機みかで逃げ終おせたことは確実と見ていい。沢庵はこころの裡で、先刻から大きな欣びを胸へ拾っていた。
けれど血を見たせいか、お通の生きている無事な顔を見ないうちは、なんとなく気が落着かない。夜が明けるまで、もひとつ捜してみようと思う。
そう決心していると、さっき崖を上って行った旅籠の提燈が、そこらの堂守たちでも狩りあつめて来たらしく、七つ八つの灯の数に殖えて、ふたたび崖を降りて来た。
行き仆れ牢人の赤壁八十馬の死骸をそのまま崖の下に埋葬してしまうつもりらしく、早速かついで来た鍬や鋤を振るって、ドスッ、ドスッ、と夜陰の底へ不気味なひびきを震わせる。
その穴があらかた掘れたかと思える頃、
『や、ここにも一人死んでいるぞ、ここのは美れいな女子だ』
誰かが喚いた。
穴を掘っている場所からものの五間と離れていない場所なのだ。滝水の流れが岐れて来て、小さな沼が木や草に掩われているその淵だった。
『これは、死んでない』
『死んでいるものか』
『気を失っているだけだ』
集まった提燈が、がやがや騒いでいるのを見て、沢庵が駈けもどって来るのと同時に、旅籠の手代が、大声で沢庵を呼び返していた。
町 人
一
ここの家ほど「水」というものの性能を巧みに生活の中へ活かして使っている家は少いだろう。
――家を繞るその水音の快いせせらぎを、ふと耳にとめながら、武蔵はそう思った。
本阿弥光悦の家である。
所は、武蔵にとって記憶のふかい蓮台寺野からそう遠くない――上京の実相院址の東南にあたる辻の角。
その辻を、本阿弥の辻と町の者が呼ぶ所以は、光悦の一軒があるのみでなく、彼の住む素朴な長屋門に隣りして、彼の甥とか、同業の職人たちとか、一族の者がみなこの辻の表や裏に、仲よく、その昔の土豪時代の大家族制度のように軒をならべて穏やかに町家暮らしの営みをしているからだった。
(なる程、こういうものか)
武蔵には、もの珍らかに見える世間なのである。下層部の町人たちの生活には、自分の生活も打ち混って見て来ているが、この京都で誰それといわれるような大町人というものには、まったく縁のなかった彼である。
本阿弥家は、由緒のある足利家の武臣の末であるし、現在でも前田大納言家から年禄二百石が来ているし、宮家にも知遇をたまわっているし、伏見の徳川家康も眼をかけたがっているし、――というわけで、職業こそ、刀剣の研ぎ拭いをして、純粋な職人にちがいないが、ではその光悦は侍か町人かというと、ちょっとどっちともいえないような家がらである。然し、やはり職人であり、町人であろう。いったい「職人」という名称が、このごろひどく下落して来たが、それは職人が自分で品性を落して来たからで、上代の世には、百姓は、天皇のおおみたから、とさえいわれて職業の上級なものであったのが、世の下るにつれて、『この百姓めが』といえば侮蔑の代名詞になるように変ってしまったのと同じで、職人という名称も、元は決して、下賤の業の呼び名ではなかったのである。
また大町人の根を洗うと角倉素庵でも、茶屋四郎次郎でも、灰屋紹由でも、みな武家出であることも一致している。つまり室町幕府の臣下が、初めは商業方面の一役所としてやっていた実務が、いつのまにか幕府の手を離れ、幕府から禄をもらう必要もなくなって、個人の経営になり、経営の才や社交の必要が、武士という特権をも不必要にさせて、親から子へ孫へと身代のうつるうちに、いつとなく町人という者になり変ってしまったのが、今の京都の大町人であり、また金力の所有者なのであった。
だから、武家と武家との権力の争覇が起っても、そういう大町人の門は、両方から保護されて、続くことも代々永く続いて来ているが、また御用立てを仰せつかることも、兵火で焼かれない税金のようになっているらしい。
実相院址の一廓は、水落寺の隣り地で、有栖川の流れと、上小川の流れと、ふた筋の水脈に挾まれていて、応仁の乱の折には、一帯に焼野原となったところで、今でも庭木を植えなどする時は、赤い刀の折れや兜の鉢が出てくるといわれているが、本阿弥家の住居がここにできたのは、勿論応仁以来で、それ以後の家としては古いほうであった。
水落寺の境内を通って、上小川へ落ちてゆく有栖川のきれいな水は、中途から光悦の宅地をせんかんと通過してゆくのである。――その水はまず、三百坪ほどな菜園の間を走り、一叢の林にすがたを隠すと、次には玄関の噴井戸へ、千尺の地の底から出て来たような顔をして現われ、一部は台所へ走って、炊ぎを手伝い、一部は風呂場へ入って垢を持ち去り、また閑素な茶室のどこかに、岩清水のような滴々な音をさせているかと思うと、ここの家族がみな「御研小屋」と敬称して、常に入口には注連繩の張ってある仕事場へ奔入して――そこでは職人たちの手によって、諸侯からひきうけている正宗や村正や長船や――世に名だたる銘刀を始め、あらゆる刃が研ぎぬかれている。
武蔵は、この家へ来て、この一間に旅装を解いて、今日でちょうど四日目か五日目になる。
二
此家の主の光悦と妙秀母子に、いつか野辺の茶の席で会ってから武蔵は、折もあらば、もいちど親しくしてみたいが――とは心のうちで思っていたことだった。
ところが、よくよく縁があったというものか、再会の機が、あれから幾日も経たないうちにまたあった。
――というのは、この上小川から下小川の東寄りに、羅漢寺という寺がある。その隣地はむかし、赤松氏の一族がいた館の址なので室町将軍家の没落とともに、そういった旧大名の宅址も、今はあとかたもなく変ってはいるが、とにかく一度そこを捜してみたい気持がして、武蔵は或日、その辺を歩いてみたのであった。
武蔵は幼少の時、よく父の口から、
(わしは今でこそ、こんな山家の郷士で朽ちているが、祖先の平田将監は、播州の豪族赤松の支族で、おまえの血の中には正しく、建武の英傑の血もながれているのだ。それをおまえは自覚して、もっと自分を大事にしなければいかぬ)
といったようなことを常に聞かされていた。下小川の羅漢寺は、その赤松氏の宅地と隣り合っていた菩提寺なので、そこを訪ねてみたら、祖先の平田氏の過去帳などもあるかも知れない。父の無二斎も、京都へ出た折は、一度訪ねて、祖先の供養を営んだことがある、とか聞いてもいたし――またそんな古いことが知れないまでも、そういう有縁の地に立って、時には、自分の血液につながる遠い過去の人々を偲んでみることも無意味ではなかろうと――武蔵はしきりとその日、その羅漢寺をさがしていたのである。
下小川の流れに「らかん橋」というのが架かっていた。しかし、羅漢寺というのは、尋ねても知れなかった。
『変ったのかなあ、この辺も』
武蔵は、らかん橋の欄干に立ちながら――父と自分とのわずか人間一代のうちにも、激しく推移している都会のすがたというものを考えていた。
らかん橋の下を流れてゆく浅いきれいな水が、時々、粘土でも溶かすように白く濁って、暫らくすると、また、それがきれいに澄んでいた。
見ると、その橋から見える左がわの岸の草むらから、チョロチョロと濁り水が吐き出されて、それが川へ注ぎ込まれる度毎に、白いささ濁りが拡がってゆくのであった。
(ははあ、刀を研いでいる家があるナ)
武蔵はそう思ったが、その家の客となって、それから四日も五日も泊ろうなどとは夢にも思っていなかった。
(武蔵どのじゃないか)
どこかへ出た戻りらしい妙秀尼に、こう呼びとめられて、そこが本阿弥の辻の近所だったということも、後から初めて気がついたほどなのである。
(よう訪ねて来てくだされたのう――光悦もきょうはいる程に、まあまあ、そう遠慮などせいで......)
と妙秀尼は、彼を路傍で見つけたことの偶然を欣んで、武蔵がわざわざ自分の家へ来てくれたもののように思いこみ、長屋門の内へ連れて入って、下男をやってすぐ、光悦を呼んで来させる。
光悦といい、妙秀といい、いつぞや外で会った時も、こうして家庭で会う時も、少しも変らないよい人たちだった。
(私はただ今、大事な御研物を仕かけておりますので、しばらく母と話していて下さい。仕事をすませば、いくらでも悠りと話しますから)
光悦がいうので、武蔵は妙秀尼を相手にくつろいでいたが、その晩がつい遅くなってしまうと、まあ今夜はということになり、翌る日になるとまた武蔵のほうから光悦に、刀の研や扱いについて教えを乞うと、光悦は自分の「御研小屋」へ彼を案内して、実際の上からいろいろ説いて聞かせるといったようなわけになって――いつか三晩も四晩もこの家の布団に武蔵は身を馴じませてしまったような次第であった。
三
――しかし、人の好意に甘えるのも程度がある。武蔵は、きょうはもう暇を乞おうと考えていたが、それをいい出さない矢先に、今朝もまた、光悦のほうから、
『碌にかまいもしないで、引き留めるのも異なものですが、あなたさえ飽きなかったら、幾日でも泊って行ってください。私の書斎には少々ばかり、古書やつまらない愛玩品もありますから、何を引っ張り出して御覧くださるとも差しつかえございません。そのうちにまた、庭の隅にある竈で、茶碗や皿を焼いてお目にかけましょう。刀剣も刀剣ですが、陶器もなかなか興のあるものですから、あなたもなにか一つ、土を揑ねて試みてごらんなさい』
などといわれ、武蔵はまた、つい彼の落ちついた生活の中に、自分の落ちつきを許してしまった。
『お飽きになるか、急にまた御用事でも思い立たれた節は、見らるる通りな無人の家、御挨拶などには及びませぬから、いつでも気持の向いたまま、御出立なさればよいではございませんか』
とも光悦はいってくれるのであった。
武蔵は、飽きるどころではなかった。彼の書斎をながめても、そこには和漢の書籍から、鎌倉期の絵巻だの、舶載の古法帖だの、そのうちの一つを繰りひろげても、思わず一日は暮れてしまうものが沢山ある。
わけても、武蔵が心を引かれたものの一つに、宋の梁楷の描いたという「栗の図」が床の間にあった。
たて二尺、横二尺四、五寸くらい、横幅で紙質も分らないほど古びた懸物であったが、それを見ていると、武蔵はふしぎに半日でも飽くということを覚えない。
『御主人のお描きになるような絵は、とても素人には及びもないという気がしますが、これを見ていると、これくらいなものなら素人の私にも描けるというような気がしますな』
武蔵が、ある時いうと、
『それは、あべこべでしょう』
と光悦が答えて、
『わたしの絵くらいな程度までは、誰にでも行き得る境地といってもかまいませんが、この辺になると、道高く、山深く、非凡過ぎて、ただ学べば行けるという境地ではありません』
といった。
『ははあ、そうでしょうか』
――そういうものかと、武蔵はこれから折あるごとにこの絵を眺めていたのであったが、光悦にいわれて見てから、成程、それは一見単純な墨一色の粗画に過ぎないが、その中に持っている「単純なる複雑」に、彼もようやく少しずつ眼をひらいて来た。
二個の落栗がざっと描いてあって、一個は殻を破っており、一個はまだイガの針を立てて固く殻を閉じている。それへ栗鼠が飛びついているだけの構図である。
栗鼠の生態は、いかにも自由性に富んでいて、人間の若さと、若さの持つ欲望とを、そのまま、この小動物の姿態にあらわしている。――しかし、栗鼠の意欲のままに、その栗を食らおうとすれば、イガに鼻を刺され、イガを怖れていれば、殻の中の実は食うことができない。
作者は、そんな意図はなく描いたのかもしれないが、武蔵はそうした意味にもこれを眺めてみるのだった。絵画を見るのに、絵画以外の諷意とか、そんな考え方をして煩うのはよけいなことかも知れないが――と思いつつも、その絵は「単純なる複雑」のうちに、墨の美感や画面の音階のほかに、人をして思わず黙想に遊ばしめる無機的な作用を種々に備えているのだから仕方がない。
『武蔵どの、また梁楷と睨めっこですか。よほど気に入ったとみえますな。何ならば、御出立の時に巻いてお持ちなさい、差上げましょう』
無造作に、彼の姿を見ていいながら、光悦は今、何か用ありげに彼のそばへ坐った。
四
武蔵は、意外な顔して、
『え、拙者にこの梁楷の幅を下さるというのですか。もっての外のことです、数日御厄介に甘えた上こんな御家宝を戴いてよいものではありませぬ』
と固く辞退した。
『でも、お気に召したのでしょうが......』
と、光悦は彼の律儀に恥らう態を見やりながら、笑っていう。
『――かまいません、お気に召されたら、外してお持ちくださるがよい。総じて、絵画などというものは、真にその作品を愛して、作中の真味を汲んでくれる人に持たれれば、その絵は倖せであり、地下の作者も満足だろうと思われます。ですから、どうぞ』
『そう伺っては、なおのこと、私にはこの絵を頂戴する資格がございませぬ。――こうして拝見していると、頻りと、所有欲のようなものが動いて、自分も一つ、こんな名幅を持ってみたいという気持はして来ますが――持ったところで、家もなし、席も定まらぬ流寓の武者修行』
『なる程、旅ばかりしているお体では、かえってお邪魔ですな。お若いから、まだそんなこころ持におなりになるまいが、人間、どんなに小さくともよいが、我が家というものを持たない人は、いかに寂しかろうぞと、私は思いやられるのじゃが。――どうです、ひとつこの京都の隅あたりへ、ざっとした丸木で一庵をお拵えになっておいては』
『まだ家がほしいと思ったことはありません。それよりも、九州の果、長崎の文明、また新しい都府と聞く東の江戸、陸奥の大山大川など――遠い方にばかり遊心が動いています。生れながら私には、放浪癖があるのかもわかりません』
『いや、あなたばかりでなく、誰でもでしょう。四畳半の茶室より、蒼空を好むのが若い人の当り前です。同時に、自分の希望の達成が、自分の身近にはない気がして、常に遠くにばかり道があると思ってしまう弊もある。大事な若い日の空費はたいがい、その遠くにあこがれて居所に希望を誓わない――つまり境遇への不平に暮れてしまうのじゃないでしょうか』
といって、ふと、
『ハハハハ、私のような閑人が、若いお人へ、教訓めいて、こんなことをいうのはおかしい。......そうそう、ここへ来たのはそんなことではなく、あなたを今夜連れ出そうと思って来たのですが、どうですか武蔵殿、あなたは遊廓を見たことがありますか』
『遊廓というと......遊女のいる廓のことですか』
『そうです。私の友達に、灰屋紹由というて、気心のおけない人がいる。その紹由から、今誘い文が来たのですが、六条の遊び町を見にゆく気はありませんか』
武蔵は、彼の言葉の下に、
『よしましょう』
といった。
光悦は、強いてすすめず、
『そうですか。お気特がすすまなければ、お誘いしても仕方がありませんが、時には、ああいう世界に浸ってみるのもおもしろいものですよ』
すると――音もなく――いつのまにかそこへ来て、両人の話を興ありげに聞いていた母の妙秀尼が、
『武蔵どの、よい折ではないか、一緒に行かれてはどうかの。灰屋の主人とても、なんの気がねも要らぬお人、せがれも折角、お連れしたいのであろう。さあ、行って来なされ、行って来なされ』
と、これはまた、光悦の気分まかせと違って、いそいそと衣裳箪笥から小袖など出して来て、武蔵にもすすめ、わが子へも、遊びに出るのを励ましていう。
五
およそ、親と名のつく者なら、わが子が遊廓へ行くなどと聞けば、それがたとい客の前であろうと、友達の前であろうと、苦り切って、
(また、極道か)
と、嘯いているか、もっと厳ましい親の場合は、
(もってのほかな!)
と、親子のあいだに一揉めくらいはあるのが世間の通例なのに、この母子はそうでない。
妙秀尼は、衣裳箪笥のそばへ寄って、
『帯はこれでよいか。小袖はどちらにしやるか?』
と、遊廓へ行くという息子の身支度を、自分が遊山にでも出向くように、いそいそと気をくばる。
衣裳のみでなく、紙入、印籠、脇差なども派手やかなのを選って揃え、わけても紙入の中へは、男の中へ交わって恥かしい思いをせぬように、女の世界にはいって汚ない仕方をせぬように、そっとべつな金箪笥の内から、金子の音をしのばせて、心づかいをずッしりと入れておく。
『さあさあ、行て来なされ、遊廓は灯ともし頃の宵がよく、もそっとよいのは、黄昏れ刻の通い路というげな。武蔵どのも、行ておざれ』
そして、いつの間にか、武蔵の前にも、綿服ではあるが、肌着から上着まで、垢のつかない一襲ねがそろえてある。
初めは、腑に落ちぬことと怪しまれたが、この母御がこれ程すすめるところなら、悪所通いと世間でいうほど、行って悪い場所でもなさそうに思われる。
武蔵は考え直して、
『では、お言葉に甘えて、光悦どのに連れて行ってもらいます』
『オオ、そうなされ。――さ、衣裳も更えて』
『いや、拙者には、美服はかえって似合いませぬ。野に伏しても、どこへまいっても、この袷一枚が、やはり自分らしくて気儘ですから』
『それはいけません』
妙秀尼は、変なところで、厳格になって、武蔵をこうたしなめた。
『貴方はそれでよいじゃろが、汚い身装をしていては、綺羅やかな遊廓の席に、雑巾が置いてあるように見ゆるではないかの。世事の憂いこと醜いこと、総てを忘れて、一刻でも半夜でも、綺麗事につつまれて、さらりと屈託を捨てて来るのがあの遊廓でござりますがの。――そう思うてみれば、わが身の化粧や伊達も、廓景色の一つ、わが身だけの見得と思うが間違いであろが。......ホ、ホ、ホ、ホ、そういうたとて、名古屋山三や政宗どの程な晴れ着でもない、ただ垢がついていぬというだけの衣、さあ世話をやかせずに袖を通してみなされ』
『は、......それでは』
武蔵が素直に分って、着更えを済ますと、
『おお、よう似合う』
妙秀尼は二人のさばさばした身姿をながめて、わけもなく喜ぶ。
光悦は、ちょっと仏間へはいって、そこへ小さい夕方の燈明を捧げていた。この母子は日頃から厚い日蓮宗の信者であった。
そこから出て来て、待っている武蔵へ向い、
『さ、お供いたしましょう』
連れ立って、玄関まで歩いて来ると、母の妙秀尼は、もう先に出て二人の穿く新しい緒の草履を沓石へ揃え、その後で、長屋門を閉めかけていた下男と、門の蔭でなにか小声で立ち話をしていた。
『おそれ入ります』
光悦は、草履へ向って頭を下げながら、足を下ろした。
『では母者人、行って参ります』
すると、妙秀尼は振り顧って、
『光悦や、ちょっとお待ち』
あわてて手を振って、二人の足を止め、自分は潜り門から外へ顔を出して、何事なのか、往来を見まわしているふうだった。
六
『なんですか?』
光悦が、不審がると、妙秀尼は門の潜りをそっと閉めて、戻って来た。
『光悦や、今のう、強いかたちをした侍衆が、三名づれで、ここの門前へ来て、不作法な言葉を吐いて行ったというが。......大事はあるまいかの』
まだ空は明るいが、黄昏れに向って出るわが子と客の身を、ふと案じるらしく、眉をひそめてそういった。
『......?』
光悦は、武蔵の顔を見た。
武蔵はすぐ、侍たちが、どういう者かを察したらしく、
『お案じなされますな、拙者へ危害を加えても光悦どのへ害意のある者ではないと存じます』
『おとといも、そんなことがあったと誰かいうたの。おとといの侍は、一人であったらしいが、するどい眼ざしして、門内まで案内ものうはいり込み、茶室の路地にかがみ込んで、武蔵どののいる奥の部屋を頻りとのぞいて立ち去ったそうな』
『吉岡の者でしょう』
武蔵がいうと、
『私もそう思う』
と、光悦もうなずいた。
そして下男へ、
『きょうの三人連れは、何んというて来たのか』
と、訊ねた。
それに答えて、わなわな顫えながら、下男がいうには、
『はい......今し方、お職人衆もみなお帰りになりましたので、ここの門を閉めようといたしますると、どこにいたのか、三人連れのお侍方が、いきなり手前を囲んで、中の一人が、懐中から書状のような物を取出し――これを当家の客へ渡せ――と恐しい顔して申しまする』
『うむ......客といって、武蔵どのとはいわなかったのか』
『いいや、その後で申しました――宮本武蔵と申す者が、数日前から泊っているはずだと――』
『そしてお前はなんといった』
『わしは、かねて旦那様から口止めされてありましたで――どこまでも、そのようなお客様はおらぬと首を振りますと、いちどは怒って、偽りを申すな――と高声を張りかけましたが少し年老った侍がそのお人を宥めて、皮肉な笑い方をしながら、それではよい、べつな仕方で、当人に会って渡すから――と、そういって彼方の辻へ行ってしまいましたが』
武蔵はそれを側で聞いて、
『光悦どの、それではこうして戴きましょう。万一のことでもあって、あなたへお怪我でもさせたり、累を及ぼしては、申し訳がありませぬゆえ、一足先におひとりで』
『いや、何』
光悦は一笑に附して、
『そんな御斟酌は要りません。吉岡の侍と分っていればなおさらのことです。私が怖がる意味は少しもありません。......さあまいりましょう』
武蔵を促がして、門の外へ出たが、光悦はまた、ふと、潜りの内へ顔を見せて、
『母御様、母御様』
『忘れ物か』
『いいえ、今のことですが、もしあなた様が気がかりに思召すなら、灰屋どのへ使をやって、今夜のお誘いは断りまするが、......』
『なんの、わしが案じたのは、そなたの身より、武蔵どのに万一のことでもないかと懸念したのじゃ。......その武蔵どのがもう先へ出て待っているものを、止めてもかいはあるまいし、折角、灰屋様のお誘いでもある。機嫌よう、遊んで来なされ』
光悦は、母の閉めた潜り戸に、もうなんの心がかりもなかった。待っていた武蔵と肩を並べて、川添いの片側町を歩きながら、
『灰屋殿の住居は、この先の一条堀川なので、ちょうど途中、支度して待っているそうですから、ちょっと立ち寄って行きましょう』
と断った。
七
まだ夕空は明るかった。水に添って歩くのはなんとなく心の暢びるものである。人の忙しがる黄昏れを、用も無げな顔をして歩くのは猶更いい。
『灰屋紹由どの――お名前はよく耳にするお方のようですが』
武蔵がいう。
ぶらりぶらり足をあわせながら、それに答えて、光悦がいう。
『聞いているでしょうとも、連歌のほうでは紹巴の門で、もう一家を成している人ですから』
『ハハア、連歌師ですか』
『いえ、紹巴や貞徳のように、連歌で生活を立てている人ではありません。――また私と同じような家がらで、この京都の古い町人です』
『灰屋という姓は』
『屋号ですよ』
『何を売る店なので』
『灰を売るのです』
『灰を? ――何の灰ですか』
『紺屋が紺染めに使う灰なので、紺灰といっております。諸国の染座へ卸すので、なかなか大きな商売です』
『アア成程、あの灰汁水を作る原料ですな』
『それは莫大な金額にのぼる取引なので、室町の世の初期ごろには、御所の直轄で、紺灰座奉行をやっておりましたが、中期頃から民営になりまして、紺灰座問屋というのが、この京都に三軒とか許されていたものだそうです。その一軒が、灰屋紹由の先祖でした。――けれど今の紹由殿の代になってからは、もうその家業はやめて、この堀川で余生を穏やかに送っているわけですが』
と、光悦はそこで彼方を指さして――
『見えましょう。此処から。――彼の見るからに閑雅な門のある一構えが、灰屋どののお住居です』
『............』
武蔵はうなずきながらふと、左の袂の先を、袂の外から握っていた。
(......はてな?)
と光悦の話を聞きながら考えているのであった。
――何が入っているのだろうか、右の袂は夕風がふいても軽くうごくが、左の袂がすこし重い。
懐紙はふところに有る。莨入は持たないし――他にべつに何も入れてある覚えはないが――とそっと手を落して、袖口に出してみると、よく鞣してある菖蒲色の革紐が、いつでも解けるように、蝶むすびに束ねて入れて有ったのである。
(......おお?)
光悦の母の妙秀尼が入れておいてくれた物にちがいない。これを革襷にと。
『............』
袂の中の革襷をにぎりながら、武蔵は振向いて、思わず頰へのぼってくる微笑を後の者へ見せた。
――その前からとく気がついていた事ではあるが、本阿弥の辻を出るとすぐ、自分の後かち一定の距離を措いて、のそのそと後を尾行て来る三人連れがあったのである。
それが、武蔵の微笑を見ると、はっとしたように一致して足を止め、なにか顔と顔を突き合せて囁いていたが、やがて遠方から身がまえを作って、遽かに大股を踏んで此っ方へ近づいて来る様子――
光悦はその時から、灰屋の門の前に立って、そこの鳴子に訪れを通じ、箒を持って出て来た下僕に案内されて、前栽の中へ入っていた。
ふと、後に見えない武蔵に気がつくと、光悦は又もどって来て、
『武蔵どの、さあ、お入りください。遠慮はいらぬ家ですから』
と、何事もないつもりで門の外へいった。
八
いかつい大太刀の柄がしらを反胸に突出して、肱を張っている三名の侍が一人の武蔵を囲むように押し並んで、傲岸に何かいい渡している様子を――光悦は門の外に見出した。
(先刻のだな)
光悦はすぐ思い当った。
相手の三名へ、なにか穏やかに答えておいてから、武蔵は光悦のほうを顧みていった。
『すぐ後から参ります故――どうぞお先に』
光悦は、静かな眸で、彼の眸を読むように、顎を内へ引いて、
『では、奥で待っておりますから、御用がおすみになりましたらば』
光悦が門のうちへ隠れると、待っていたように、三名の中の一人が、口を開いて、
『逃げ隠れしたの、いや逃げ隠れはせんのと、もうここでの論議は止そう。そんな用事で参ったのではない。――それがしは今もいったが、吉岡門下の身内で十剣の一人太田黒兵助という者だが』
袂を払って内懐中へ両手を突っこみ、一通の書付を取り出すと、それを武蔵の眼さきへ突きつけた。
『御舎弟伝七郎どのから其許への手翰、たしかに渡し申すぞ。――ここで一読いたして、すぐ返辞を承りたい』
『ははあ......』
無造作に武蔵は披いて読み下してからすぐ、
『承知した』
と、一言で答えた。
だがまだ、太田黒兵助は、猜疑ぶかい眼の光を消さないで、
『確乎と?』
念を押して、武蔵の顔いろを糺すと、武蔵は更にうなずいて、
『確乎と承知』
やっと三名は合点したらしく、
『異約あるにおいては、天下へ向って、嘲笑い申すぞ』
『............』
武蔵は黙って、三名の硬ばっている体つきに眼を遊ばせていた。「笑而不答」で済ましているのであった。
その態度がまた太田黒兵助には怪しまれてきたものか、
『よろしいか、武蔵』
と、執こく――
『時刻とても、これから間のない事だぞ。場所は心得たか。支度はよいか』
と、釘を打つ。
くどいという顔つきはしなかったが、武蔵のことばは至って短い。
『よい』
ぽつりといって、
『――では後刻』
灰屋の門内へ入りかけると、兵助はまた追いかけにいい浴びせた。
『武蔵、それまでは、この灰屋にいるのだな』
『いや、宵には、六条の遊廓を案内して下さるそうな。いずれかにいる』
『六条? よし。――六条かこの家かどっちかにいるのだな。刻限が遅れたら迎えをよこすぞ。よもや卑怯な振舞はなかろうが』
背中で聞きながら、武蔵は灰屋の前栽へはいって、すぐ門を閉めていた。一歩そこへはいると騒音の世間は百里も後になったように、いとも静かな生活の天地をこの家の見えない塀が囲んでいた。
低い根笹と筆の軸ほどな細竹とが、自然の小道のように配られてある石から石への通路を程よく湿らせている。歩むにつれて見えて来る母屋、表、離室、亭、すべてが旧家の燻みと大まかな深さを持っていて、それを繞る松はみな背が高く、屋を越してこの家の富貴を奏でてはいるが、下へかかって来る客へ対して、決して尊傲なふうは見えない。
九
どこかで蹴鞠を蹴る音がしていた。公卿屋敷だとよくその音を塀の外からも聞くが、町人の家にはめずらしいと武蔵は思った。
『すぐ支度してみえますが、どうぞ暫らくここで』
と、茶や菓子を運んで来て、庭向きの座敷へ席をすすめた二人の小間使の起居もしとやかで、家風のしつけを思わせる。
『陽が蔭ってきたせいか、急に寒くなって来た』
光悦はつぶやいて、開いている障子を閉めるように小間使へいいつけようとしたが、武蔵が、鞠の音に聞き入りながら、庭の彼方に一段低くなっている梅林の花を見ているらしいので、自分も外へ眼をやって、
『叡山のうえが、曇って来ましたな。あの上にかかる雲は、北国から来る北雲です。――お寒くはありませんか』
『いやべつに』
武蔵は正直にそういったまでで、ちっとも光悦がそこを閉めたいと思っている気持などは考えなかった。
彼の皮膚は気候に対して革のように強靭だった。光悦のきめのこまかな皮膚とは、それだけ感度が違っていた。あながち気候に対してであるばかりでなく、すべての感触にも鑑賞にも、そのくらいな差が二人にはあった。ひと口にいえば、野人と都会人の差であった。
小間使が燭台を持って来たのを機に――外もつるべ落しに暗くなっても来たし――光悦がそこを閉めかけると、
『小父さま、来ていたの』
鞠を蹴っていた息子たちであろう、十四、五歳のが二、三人縁側からのぞいて、蹴鞠をそこへ抛り出したが、武蔵のすがたを見ると、急におとなしくなって、
『おじい様、呼んで来てあげようか』
光悦がいいといっても肯かないのである。先を争って奥へ駈けて行った。
障子を閉め、灯りがともると、この家のもつ和やかなものが、初めて坐った客にもよけいによくわかる。家族たちの遠い笑い声がかすかに洩れて来るのも居心地がいい。
もっともっと、武蔵が客として感じよく思えたことは、どこを眺めても、少しも金持くさくないことであった。むしろあらゆる素朴なもので、有る金のにおいを消そうとしているかのようにすら見える。どこか大きな田舎家の客間にいるような気持だった。
『いや、どうも、えろうお待たせして済まなんだ』
そこへ唐突に磊落な声がして、主の灰屋紹由がすがたを見せた。
光悦とは、あべこべに、この人は鶴のように瘦せていたが、声は、低声の光悦よりも、ずっと若々しくて大きくひびく。年も光悦よりは一まわりくらい上かも知れない。とにかく、気さくな性分といったふうで、光悦が武蔵を紹介わせると、
『あ、そうか。そうでおざるか。近衛家の御用人松尾殿の甥御であらっしゃるか。松尾殿は、わしもよう存じ上げておる』
ここでも、叔父の名が出たので武蔵は、こういう大町人たちと、堂上の近衛家あたりとの関係をなんとはなくうっすら察することができた。
『さっそく行きましょうぞや。明るいうちに出て、そぞろ歩きと思うたが、もう暗うなったゆえ、駕を呼ぼう。......武蔵どのも、もちろん交際ってくださるのじゃろうな』
年に似あわずせかせかしている紹由と、おっとり構えこむと遊廓へ行くことも忘れているような光悦と、それも変っている対照であった。
その二人を乗せてゆく町駕の後から、武蔵も生れて初めて、駕という物に乗って、堀川のふちを揺られて行った。
春 の 雪
一
『ウウ、寒』
『風が撲ぐって来よった』
『鼻が毮げそうだの』
『なにか降るぞ、今夜は』
『――春だというのに』
駕かき同士の高声だった。白い息をふいて柳の馬場へかかっていた。
三つの提燈はしきりに揺れ、しきりに明滅する。夕方、比叡のうえに見えた笠雲はもういっぱいに洛内の天へ黒々とひろがって、夜半には何に変じるか、怖ろしい形相を兆している夜空だった。
――だがそのかわりに、この広い馬場の彼方に見える一かたまりの地上の灯の美しさといったらない。空に星一つない晩だけに地上の灯がよけいに燦めくのである。ちょうど螢のかたまりを風が磨いでいるように。
『武蔵どの』
と、真ん中の駕のうちから後を振顧って光悦がいう――
『あそこです。あれが六条の柳町で――この頃町家が殖えてから、三筋町とも称んでいますが』
『アア、あれですか』
『町中を出離れてから、またこんな広い馬場だの空地だのを通って、その彼方に忽然と、あんな灯の聚落が現れるのもおもしろいでしょう』
『意外でした』
『遊廓も以前には、二条にあったものですが、大内裏に近うて、夜半などには、民歌や俗曲が、御苑のほとりに立つとかすかに耳にさわるというので、所司代の板倉勝重どのが、急にここへ移転させたものです。――それからまだやっと三年しか経ちませんのに、どうです。もうあの通りな町になって、なお拡がって行こうとしている』
『では、三年前には、まだこの辺は』
『ええ、もう夜などは、どっちを見ても真っ暗で、つくづく戦国の火の禍が嘆じられるばかりであったものです。――けれど、今では、新しい流行は皆、あの灯の中から出ているし、大げさにいえば、一つの文化さえを生むところとなっているので......』
といいかけて、暫く、耳を澄ましてからまた――
『かすかに聞えて来たでしょう......遊廓の絃歌が』
『なるほど、聞えます』
『あの音曲などにしても、新しく琉球から渡来ってきた三味線を工夫したり、またその三味線を基礎にして今様の歌謡ができて来たり、その派生から隆達ぶしだの上方唄だのが作られたり、そういったものは、すべてあそこが母胎といってよい。あそこで興ったものを後から一般の民衆が受けとるのですから、そういう文化のほうでは、一般の町と遊廓とも、ふかい因果関係があるわけですな。だから、遊廓だから、町の隔離してあるところだからといって、あそこがどんなに穢ならしくてもよいということはいえません』
駕がその時、急に道を曲ったので、武蔵と光悦の話も、それなり打ち切られてしまった。
二条の遊廓も柳町とよび、六条の遊廓も柳町と称ぶ。柳と遊廓とは、いつの頃からそう付き物のようになったものか、その柳並木に綴られた無数の灯が、もう近近と武蔵の眼に映って来ていた。
二
光悦も灰屋紹由も、ここの青楼は馴染みとみえ、門の柳へ、駕が下りると、
『船ばし様じゃ』
『水落様も』
と、林屋与次兵衛の店では、下へも置かないという迎えよう。
船ばし様というのは堀川船橋に住居があるところから、紹由の遊里名。また水落様というのも、同じく、光悦のここだけの遊び名前。
武蔵だけには、一定の住所もないし、従って隠し名もない。
名前の詮索ばかりするようであるが、この林屋与次兵衛というのも、楼主の表名前であって、遊女屋としての暖簾名は、扇屋というのであった。
扇屋といえば、今この、六条柳町に嬌名のたかい初代吉野太夫の名がすぐ思い出されるし、桔梗屋といえば、室君太夫の名をもってひびいている。
一流とゆるされる青楼は、その二軒に限っていた。光悦、紹由、武蔵の三人が客となって坐ったのは扇屋のほうなのである。
(――これは、絢爛な、城郭のようなものだな)
武蔵は、なるべく眼をうごかすまいとしても、つい、格天井や、橋架の欄干や、庭面の様や、欄干の彫刻など、歩くたびに、眼を奪われてしまう気がする。
『おや、どこへ行かれてしもうたのか』
杉戸の絵に見惚れているうちに、光悦や紹由を見失ってしまい、武蔵が廊下を迷っていると、
『こちらじゃ』
と、光悦が招いている。
遠州風の石組に、白砂を掃きならして、赤壁の景でも模した庭造り師のこころであろうか、北苑の画にでもありそうなそこの庭を抱いて、大きな二間の銀ぶすまが灯に濡れている。
『冷えるわい』
紹由は、猫背になって、ちょこなんと、もうその広い部屋の、一つの敷物に乗っかっている。
光悦も、先に坐り、
『さあ、武蔵どの』
と、真ん中に空いている敷物をすすめるのだった。
『いや、それは――』
と控えて、武蔵は下座に着いたまま、かたくなっていた。二人がすすめる座布団は、床の間の正面である。この物々しい建築と睨めッこして、そんな上座へ、殿様みたいに坐るのは、遠慮というよりも、武蔵はどうも嫌だった。しかし相手は、遠慮と取る。
『でも、こよいは、あなたがお客じゃから......』
紹由はすすめて、
『わしと、光悦どのとは、いつもいつも、まあ、こんなあんばいに、飽きもせで、飽かれもせで、日をつぶしている古友達。あなたとは初対面、まず、まず』
と、扱ってしまおうとする。
武蔵は、辞して、
『いや、それでは恐縮。わたくしのような若い者が』
すると紹由が、
『遊廓で年をいうやつがあるか』
と、突然くだけた調子でいって、ワハハハハと猫背の肩をゆすぶって笑った。
もう茶や菓子を持った女たちがうしろへ来ていた。席のきまるのを待っているのである。光悦は、武蔵の気持を救うつもりで、
『では、わしが』
と床の間へ直った。
武蔵は、光悦のあとへ坐って、幾分かいる所を得た気もちがしたが、なにかしら、大事な時間を、つまらなく費しているような気もしていた。
三
次の間の隅には、ふたりの禿が仲よく炉のそばに並んで、
『――これ、なあに?』
『――禽』
『じゃあ、これは』
『うさぎ』
『――こんどは?』
『......笠の人』
指と指を組みあわせて、屏風へ影絵を映しながら、うしろ向きに遊んでいた。
炉はもちろん茶式のもの、釜口から昇る湯気は、部屋を暖めるに役立っている。いつのまにか隣りには人が殖え、酒のかおりや人肌も、外の寒さを忘れさせていた。
いやそれよりは、そこにいる人たちの血管に、ほどよく酒がめぐって来たのが、この部屋が暖かくなったと感じられてきたなによりの原因であろう。
『わしはなあ、こういうと、息子共へ意見ができぬことになるが、世の中に、酒ほどよいものはないと思うておる。酒――はよくないものと、極道の毒水みたいにいうのは、あれや酒のせいじゃあるまいて。酒はよいものじゃが、飲み人がわるいのじゃ。何でも、人のせいにするのが人間のくせでな、気狂い水などといわるる酒こそよい迷惑よ』
この中で、誰の声より大きいのが、この中で誰よりもいちばん瘦せている灰屋紹由の声だった。
武蔵が、一、二献飲んだだけで後は辞退しているところから、紹由老人の――これは度々発表している持論らしい酒談義がはじまったのである。
いつ聞いても、それがいっこう「新説」でない蒸し返しである証拠には、席に侍している唐琴太夫も墨菊太夫も小菩薩太夫も、またほかの酌人や、物運びする女たちまでが、
(船ばし様が、また始まった)
といわないばかりに、皆同じ表情のものを唇に持って、くすぐッたそうに聞いている顔つきを見ても分るのである。
だが、船ばし様の紹由は、そんなことにはすこしも頓着なく、
『酒がわるいものなら、神様はお嫌いなはずだが、酒は悪魔よりも神様のほうがお好きじゃった。だから、酒ほど清浄なものはない。神代には、酒を造る時、純清の処女子たちの白珠のような歯で米を嚙ませて酒を醸したという。それほど清らかなものだった』
『ホホホ、まあ、きたない』
誰か笑うと、
『なにが、きたないか』
『お米を歯で嚙んだりして造ったお酒が、なんできれいなことがあるものですか』
『ばかをいえ。おまえ達の歯で嚙みつぶしたら、それや汚いどころじゃない、誰も飲み人はありはせぬが、まだ、春も芽ばえのなんの穢れにもそまぬ、処女が嚙むのじゃ。花が蜜を吐くように嚙んでは壺に溜めて醸す酒。......ああわしはそのような酒に酔ってみたいがのう』
と、すでに酔っている船ばし様は、そばにいた十三、四の禿の首へいきなり抱きついて、その唇へ肉の瘦せた自分の頰を押しつける。
『――きゃアッ、いやあッ』
禿は悲鳴をあげて立つ。
すると、船ばし様は、にやにやと眼を右側へ転じて、
『ハハハ、怒るなよ、うちの女房――』
と、墨菊太夫の手をとって自分の膝の上に重ねて置く、それだけならよいが、顔と顔をつけて、一つ杯を、半分ずつ飲んだり、しどけなく凭れ合ったり、傍らに人間はいないようなまねをする。
光悦は、時折、杯に笑いをふくんで、女たちとも紹由とも、静かに戯れたり話したりして同化しているが、ひとり武蔵は、ぽつねんとこの雰囲気から遊離していた。べつに自分だけが、厳めしくなどしているつもりでは決してないが、恐いのか、女たちが第一彼のそばへ寄って来なかった。
四
光悦は強いないが、紹由は思い出したように時々、
『武蔵どの、飲まないか』
とすすめ、またしばらくすると、武蔵のまえにつめたくなっている杯が気になってならないように、
『どうじゃ武蔵どの、それを空けて、熱いのを一献ゆきましょう』
と、飲ませたがる。
それが、度重ってくると、だんだん言葉もぞんざいになって、
『小菩薩太夫、その息子に一つ飲ませてやってくれ。これ飲まぬか息子』
『いただいています』
と、武蔵は、そんな時に返辞でもするのでなければ、口をきく折が見出せなかった。
『すこしも杯があかないではないか。はてはて意気地のない』
『弱いのです』
『弱いのは、剣術じゃろう』
と、ひどい皮肉をいう。
武蔵は、笑って、
『そうかもしれません』
『酒をのむと、修行の妨げになる。酒をのむと、常の修養が乱れる。酒をのむと、意志が弱くなる。酒をのむと、立身がおぼつかない。――などと考えてござるなら、お前さんは、大したものになれない』
『そんなことは考えておりませぬが、ただ一つ、困ることがあるのです』
『なんじゃな、それは』
『眠くなってしまうことです』
『眠くなったら、ここでも、どこへでも、寝てしもうたがよいではないか。そんな義理を立てるすじは毛頭いらん沙汰じゃ』
といって、
『太夫』
と墨菊太夫へいった。
『この息子、飲むと眠くなるのが怖いというておる。それでもわしは飲ませてしまうから、眠くなったら、寝かせてやってくだされよ』
『はい』
と、太夫たちは皆、笹色に光る唇を小さくして笑う。
『寝かせてやってくれるか』
『ようござります』
『ところで、介抱役はこの中の誰だな。のう光悦どの、誰がよいか、武蔵どのに、気に入りそうなのは』
『さあ?』
『墨菊太夫は、わが家の女房――小菩薩太夫は、光悦どのが苦々しかろう、――唐琴太夫も......いけないな、ちと、さしあいが悪い』
『船ばし様、今に、吉野太夫がおみえなさりましょうが』
『それよ』
と、すっかり興に入っている紹由は、膝を打って、
『吉野太夫、あの太夫なら、お客にも御不足はあるまい。......だがその吉野太夫は、まだ見えぬではないか。はやく、この息子どのに見せて上げてほしいなあ』
すると、墨菊太夫が、
『わたくし達とちがって、あの太夫は、それはもう、引く手数多なお方、はやくと仰っしゃってもそうまいりませぬ』
『いいや、いいや、わしが来ていると告げれば、どんなお客も袖にして来るはずじゃ。誰か使、使』
のびあがって、紹由は次の間の炉のそばに遊んでいる禿を見つけ、
『りん弥がおるの』
『おりまする』
『りん弥、ちょっとおいで、そなたは、吉野太夫つきの禿であろうが、なぜ太夫をつれて来ぬのじゃ。船ばし様が、待ちわびているというて、吉野をこれへ連れて来ておくりゃれ。――つれてきたら褒美をやるぞよ』
五
その、りん弥という禿は、まだ十か十一ぐらいだったが、もう人の目につく天麗の質を持っていて、やがての二代目吉野に擬せられている童女だった。
『よいか、分ったか』
紹由のいうことばを、分ったような分らないような顔をして聞いていたが、
『はい』
素直に、つぶらな眼でうなずいて、廊下へ出て行った。
後の障子を閉めて、廊下へ立つと、りん弥はすぐ大きな声を弾ませて、手をたたいた。
『采女さん、珠水さん、糸之助さん。――ちょっと、ちょっと!』
部屋の中の禿はみな、
『なアに?』
――明るい障子明りをうしろにして、そこに立ち並ぶと、禿たちは、りん弥といっしょに皆手を打ちたたいて、
『あら、あら』
『あら!』
『まあ!』
余りに部屋の外で、歓呼の足踏みが鳴るので、部屋の中で酒をのんでいる大人たちも、なにごとかと羨望に似た気持をおこして、
『なにを、はしゃいでいるのじゃ――開けてみなさい』
紹由のことばに、
『お開けいたしますか』
女たちが、そこの障子を左右へひろく開け放った。
『――あ、雪』
と皆、知らなかったように呟いた。
『寒いはず......』
と光悦は、もう白く見える自分の息へ杯を含ませ、武蔵も、
『オオ』
と、眼をそこへ移した。
廂から外のふかい闇を、春にはめずらしい牡丹雪が、ぼとぼとと音を立てて降りしきっている。その黒繻子のような闇に光る雪の縞の中に、禿たちの姿が四つ、帯のうしろを見せて並んでいた。
『お退きなさい』
太夫が叱っても、
『うれしい』
と、禿たちはお客など忘れて、不意に訪れた恋人のように、沁々、雪に見惚れていた。
『つもるかしら?』
『つもるでしょう』
『あしたの朝は、どんなかしら?』
『ひがし山が、真っ白になって――』
『東寺は』
『東寺の塔だって』
『金閣寺は』
『金閣寺も』
『鴉は』
『鴉も――』
『噓ばかり!』
袂で打つまねをすると、ひとりの禿は、廊下から下へ転げた。
いつもなら、わっと泣き出して度々ある禿同士の喧嘩が始まったであろうに、思いがけなく、降りしきる雪を浴びたので、落ちた禿は、偶然な喜びでも拾ったように、起きあがると、もっと雪の身にあたる外へ出て行って、
大雪、小雪
法然さんは見えぬ
何してござろ
経誦んでおざった
雪食べておざった
突然、こう大声に歌いだして、口の中へ雪を吸いこむように身を反らしながら、両つの袂で、舞い始めた。
その禿が、りん弥だった。
怪我でもしたのではないかと驚いて起ちかけた部屋の中の人々も、その勇壮活潑な舞を見て、
『もういい、もういい』
『上れ上れ』
笑いながらいたわった。
その代りに、りん弥はもう、紹由にいいつけられて、吉野太夫を連れてくる使をわすれていた。足がよごれたので、下部の女にかかえられて、嬰ン坊みたいに、どこかへ持って行かれてしまった。
六
かんじんなお使者がそんなことになってしまったので、船ばし様の御機嫌をそんじてはと、誰かが気転をきかして、吉野太夫の都合をうかがいに行ったとみえて、
『ご返辞を受けて参りました』
と、その女が、紹由のほうへ囁いた。
紹由はもう忘れていて、
『ご返辞?』
と、いぶかる。
『はい、吉野太夫様の』
『ああそうか、来るか』
『お越しになることは、どんなことをしてもお越しになると仰っしゃいましたが......』
『......ましたが......。なんじゃ』
『どうしても、今すぐとは、ただ今お見え遊ばしているお客様が御承知してくださいませぬ』
『――不見識な』
と紹由は、機嫌がわるくなった。
『ほかの太夫ならば、そういう挨拶も通るが、扇屋の吉野太夫ともある傾城が、買手共の我儘にまかせて、振り切って来られぬというのはどうしたものじゃ、吉野もいよいよ金で買われるようになったかな』
『いえ、そうではござりませぬが、こよいのお客様は、わけても、片意地で、太夫様が去ぬと仰っしゃれば、よけいに離してくれないのでござります』
『すべて、買手共の心理は、みなそうしたものじゃろが。――いったいその意地のわるいお客とは誰じゃ』
『寒厳さまでございまする』
『寒厳さま』
苦笑して、紹由が光悦のほうを見ると、光悦も苦笑して、
『かんがん様は、おひとりでお見えか』
『いいえ、あの』
『いつものお連れと? ......』
『ええ』
紹由は、膝をたたいて、
『いや、おもしろうなったぞ。雪はよし、酒はよし、これで吉野太夫が見えれば申し分のないところ。光悦どの、使をやんなされ。――これ、これ女、そこの硯筥、硯筥』
と、取り寄せて、光悦の前へ、懐紙とそれを突きつけた。
『何を書きますか』
『歌でもよいし......文でもよいが......歌がよいな、先がなんせい当代の歌人じゃから』
『こまりましたな。つまり吉野太夫をこちらへくれという歌でしょう』
『そうじゃ、その通り』
『名歌でなければ先の意をうごかすことはできません。名歌などがそう即吟でできるものではございません。あなた様が一つ、連歌を遊ばして』
『逃げたの。......よろしい面倒じゃから、こう書いてやろう』
紹由は筆を執って――
わが庵へ
うつせ吉野の
ひと本を
それを見ると、光悦の吟興も、気が楽になったとみえて、
『じゃあ私が、下の句を書き添えてやりましょう』
花は高嶺の
雲さむからめ
紹由はのぞき込んで、すっかり欣しがってしまい――
『よしよし。花は高嶺の雲さむからめ......か。これはいい、雲の上人も、ぎゃふんであろう』
と、結び封にして、墨菊太夫の手へわたした。そしてしかつめらしく、
『禿や、ほかの女共では、なんとのう権威がない。太夫、御足労じゃが、かんがん様のところまで使者に行っておくれぬか』
といった。
かんがん様とは、前大納言の子烏丸参議光広のしのび名。いつものお連れというのは、おおかた徳大寺実久、花山院忠長、大炊御門頼国、飛鳥井雅賢などというようなところの顔ぶれであろう。
七
墨菊太夫はやがて、先方から返辞をもろうて来て、ふたたびそこへ坐り、
『かんがん様からお返し』
といって、紹由と光悦の前へ、うやうやしく文箱をさしおいた。
こちらからは、軽い気もちで、戯れの結び文でやったのに、作法振った文箱の返し方に、
『改まったな』
と、紹由はまず苦笑する。
そして光悦と顔を見あわせ、
『まさかこよい、わしどもが来ておろうとは思わなかったろうから、連中も、きっと驚いたに違いないわさ』
と、遊戯的に何かこう、してやったりというような気持で、さて、文箱のふたを開き、返辞の手紙をひろげてみると、それはなにも書いてないただ白紙ではないか。
『......? おや』
紹由はほかにこぼれた紙でもあるかと、自分の膝をながめ、念のため、文箱の中をもういっぺん覗いてみたりしたが、その白紙一枚のほか、何物もはいっていない。
『墨菊太夫』
『はい』
『これはなんじゃ』
『なんですかわたくしには分りませぬ。ただ、返辞を持ってゆけと仰っしゃって、これを、かんがん様から渡されたので持って来ただけでござりまする』
『ひとを、小馬鹿に召されたな。......それともこちらの名歌に、すぐ筆をとってよこすほどの返歌もうかばで、あやまったという降参状かな』
なんでも自己のよいように解釈して、やたらに興がるのが紹由のもちまえらしい。だが、その独りぎめに何も自信があるわけではないから、すぐ光悦へそれを示して、
『のう、いったい、その返しは、どういう料簡じゃろう』
『やはりなにか、読めという意でございましょうな』
『何も書いてない白紙を、どう読みようもなかろうではないか』
『いえ、読めば読めないこともありません』
『では光悦どのは、これをどう読む?』
『――雪。......いちめんの白雪とは読めましょう』
『ム、ウム、雪か。いやなるほど』
『吉野の花をこちらへ移してほしいという手紙の返しですから、これは、眺めて酒を酌むならば、花ならずとも――という意味でしょう。つまり折からこよいは雪のながめにも恵まれているのだからそんなに多情を起さずに、障子でも開け放して、雪だけでまあ飲んでいるがよろしい――と、こういう返辞と私は思いますが』
『ヤ、小憎いことを』と、紹由はくやしがって、
『そんな寒い飲み方をしていられるものではない。先様がそう出てござれば、こちらも黙ってひっこんではおられぬ。なんとしてでも、吉野太夫は、こちらの座敷に植えてながめねば納まらぬぞ』
紹由老人は、躍起になって、唇の乾きを舐め始めた。光悦よりはずっともう年とっていてこのくらいだから、若い時分にはずいぶんトラになって人に世話をやかせたものだろうと思われる。
光悦が、まあそのうちに、と宥めるほうに努めると、紹由は是が非でも吉野太夫をつれて来いと女たちを手こずらせる、それがまた、吉野太夫そのものよりは、酒の興をたすけるものとなって禿たちも笑い転げ、遊びの座敷はようやく、外の降りしきる雪とともに今が酣の景色と見えた。
武蔵は、そっと席を立った。
機がよかったので、誰も彼の席が空いたのを気がつかなかった。
雪 響 き
一
何を思って、黙って酒席を抜けて来たのか、武蔵は廊下へ出ることは出たが、扇屋の奥の広さに、勝手がわからないで、独りでまごついていた。
明るい表座敷のほうには、遊客の声や音曲が賑わいたっているので、そこを避けると、当然、うす暗い母屋の布団部屋だの、道具部屋だのが目にふれて来る。台所に近いのであろう、厨の持つ特有なにおいが暗い壁や柱からむしむし湧いていた。
『――あら、お客さま。こんなほうへ来てはいけません』
そこらの暗い部屋からひょいと出て来て、出合頭に手をひろげ、こう、通せンぼをして立ちふさがった禿がある。
座敷のあかりで見る時のあどけなさや可愛さはどこへかやって、ひどく自分たちの権利でも侵されたように、眼を咎め立てて、
『いやなお人。こんなとこ、お客さまの来る所ではありません。はよう、あっちへ行ってください』
叱るように追い立てる。
美しく見せている自分たちの穢い生活の裏を、ちょっとでも他人に覗かれたのが、こんな小さい禿にも腹立たしかったのであろう。同時に、お客のたしなみを知らないお客と、武蔵を蔑んでそういったのであろう。
『ア、......こっちへ来てはいけなかったのか』
武蔵がいうと、
『いけません、いけません』
禿は、武蔵の腰を押して、自分も歩く。
武蔵はその禿を見て、
『お、そなたは、さっき縁がわから雪の中へ転げた、りん弥という子だな』
『え、そうです。お客さまは、お後架へ行こうと思って迷子になったんでしょう。わたしが連れて行ってあげましょう』
と、りん弥は、彼の手と自分の手をつないで先へ引っ張った。
『いやいや、わしは酔っているのじゃない。すまないが、そこらの開いている座敷で、茶漬を一わん食べさせてくれないか』
『御飯?』
眼をまるくして、
『御飯なら、お座敷へ持って行ってあげますのに』
『でも、せっかく皆が、ああやって愉快に酒を飲んでいるところだから――』
武蔵のことばに、りん弥も首をかしげて、
『それもそうですね。では、ここへ持って来てあげましょう。ご馳走は、何がいいんです』
『なにもいらない、握り飯を二つほど――』
『おにぎりでいいんですか』
りん弥は、奥へ駈けて行った。武蔵の望んだものはすぐそこへ来た。明りもない空部屋で、武蔵はそれを喰べ終ってしまうと、
『そこの裏庭から、外へ出られるだろうな』
と、訊く。
そしてすぐ、武蔵が立って縁の降口へ歩み出したので、りん弥は驚いて、
『お客さま、どこへ行くのですか』
『すぐ戻って来る』
『すぐ戻って来るといっても、そんなところから......』
『表口から出るのも億劫。それに、光悦どのや紹由どのが気づくと、また、なにかとあの人たちの遊興を妨げるし、うるさくもあるからな』
『じゃあ、そこの木戸を開けてあげますから、すぐ帰っていらっしゃいね。もし帰って来ないと、わたしが叱られるかもしれません』
『よしよし、すぐ戻って来るよ。......もし光悦どのが訊ねたら、蓮華王院の近所まで、知人に会うために中座しましたが、間もなく帰ってくるつもりですといって出たと伝えてくれ』
『つもりではいけません、きっと帰って来てください。あなたのおあいての太夫様は、わたしの付いている吉野太夫ですからね』
雪の柴折戸を開けて、禿のりん弥は、彼を外へ送り出した。
二
遊廓の総門のすぐ外に、編笠茶屋というのがある。武蔵はそこを覗き、わらじは無いかと訊ねたが、遊廓へ入る浮かれ男が、顔隠しの笠を求める店なので、元よりわらじを鬻いでいるはずはない。
『すまないが、どこかで購うて来てくれまいか』
そこの娘にたのみ、その間、武蔵は床几の端をかりて、帯、腰紐を締め直していた。
羽織を脱いで、ていねいに畳みつけ、筆と紙をかりうけて、なにか一筆しるした物を、結び文にして、その袂の中へしのばせ、
『ご亭主』
と、奥の炬燵にうずくまっている年寄りへ、それを頼んだ。
『おそれいるがこの羽織を預かっておいてくれまいか。――もし拙者が、亥の下刻(十一時)までにここへ帰らなかったら、この羽織と添えてある一通とを、扇屋におられる光悦どの迄、お届けしてもらいたいが』
『はいはい、おやすい事でございます。たしかにお預かりしておきまする』
『時に、時刻は今、酉の下刻(七時)か、戌の刻(八時)ごろか』
『まだ、そうなりますまい。きょうは雪もようで、暗くなるのが早うござりましたからの』
『今、扇屋を出てくる前に、あそこの土圭が鳴っていたが』
『ならば、それがおおかた、今、柝を打って廻っていた酉の下刻でござりましょう』
『まだ、そんなものかのう』
『暮れたばかりでござりますもの。――往来の人通りを見ても知れまする』
そこへ娘が、わらじを買って来てくれた。武蔵は入念に、わらじの緒の縒を調べて、革足袋のうえに穿いた。
彼の境遇としては多すぎる茶代をおいて、編笠を一つもらい、それはただ手に持って、頭のうえに翳しながら、散る花よりもやわらかな雪を払いながら雪の道をどこともなく立ち去った。
四条の河原近くには人家の灯もまばらに見えるが、祇園の樹立ちへ一歩入ると、そこらは雪も斑で、足もとも暗かった。
たまたま見える微かな明りは、祇園林に包まれた燈籠や神燈だった。神社の拝殿も社家の中も、人間はいないようにしんとしていて、ただ雪の音が、時折、樹樹のこずえに響いて、その後を更にしんとさせていた。
『さ、行こうか』
祇園神社の前に額いて、なにか祈念していた一群の者が、今、どやどやと社殿の前から立ち上った。
今し方、花頂山の寺々から、ちょうど戊の刻――五ツの鐘がなりわたった。雪の夜のせいか今夜に限って、鐘の音は腸に沁みるほど冴えて聞えた。
『御舎弟さま。わらじの緒はだいじょうぶでござるか。こう寒い――凍るような晩には、きつい緒も、ぷつりと切れ易うござりますぞ』
『心配するな』
吉岡伝七郎だった。
親族の者や、門弟中の重なる者、十七、八人が彼を取り巻いて、寒いせいもあろうが皆、そそけ立った顔つきを揃えていた。彼のまわりを取り囲みながら、蓮華王院のほうへ歩いてゆくのである。
今、起って来た祇園神社の拝殿のまえで、伝七郎はもう全身一点のすきもなく決闘の身支度を済まして来ていた。鉢巻、革だすき、いう迄もない事である。
『わらじ? ......わらじは、こういう折には布緒とかぎっているものだ。おまえ達も覚えておけ』
伝七郎は雪を踏みしめながら、白い息を大きく吐き捨てて、一同の中に歩いていた。
三
日暮れまえに、太田黒兵助たち三名の使の者から、武蔵の手へ、確乎とわたして承諾を取った果し合の出合い状には、
場所 蓮華王院裏地
時刻 戌の下刻(九時)
と、してあったのである。
明日をも待たないで――今夜の戌の刻という遽かな指定をしてやったのは、伝七郎もそれがよいと考えたし、親族や門下の者も、
(猶予を与えて、もし逃げ出されては、ふたたび京都で彼をつかまえることは出来ないから)
という想定の下に一致した作戦であって、その使いに行った太田黒兵助が、この群の中に見えないところをみると、彼だけは、あのまま堀川船橋の灰屋紹由の家の附近にうろついていて、その後の武蔵を、ひそかに尾行しているのかもしれない。
『......誰だ? 誰か先へ来ているようだな』
伝七郎はそういって、蓮華王院の裏の廂の下に、赤赤と、雪の中に火を焚いている者を、遠くから見つめた。
『御池十郎左と、植田良平でしょう』
『なに、御池や植田良平まで来ているのか』
伝七郎は、むしろ、うるさいといいたげな顔をして、
『武蔵ひとりを討つのに、仰山すぎる。たとえ、仕果しても、あれは大勢で討ったのだといわれてはおれの沽券にもかかわるからな』
『いや、時刻が来たら、われわれは立ち退きますから』
蓮華王院の長い御堂の廊架は、俗に三十三間堂ともよばれているところである。長い廊架は、矢を放つ距離といい、的場を置くところといい、弓を射るには絶好の場所だとされて、いつのころからともなく、射具をたずさえて来て、独りで練技を試している者がぼつぼつ増えていた。
――そんなことからふとこの場所を思いついて、こよいの試合場として、武蔵へいってやったのであるが、来てみると、弓以上、果し合にはなおさら足場がよい。
何千坪かの雪の地域には、雑草や根笹の凸凹も見えず、きれいに淡雪が積っている。ところどころに、松の樹はあるが、それも密生した林ではなく、極めて疎らに、この寺院の風致を添えている程度なのである。
『――やあ』
先に来て、そこで火を焚いて待っていた門人が、伝七郎を迎えるとすぐ火のそばから立って、
『お寒かったでございましょう。まだ時刻はよほどあります。十分、お体を暖めて、御用意にかかっても遅くはありません』
御地十郎左衛門と、植田良平のふたりだった。
良平の腰かけていたあとへ、伝七郎はだまって腰をおろした。支度はもう祇園神社のまえですっかり済まして来たのである。伝七郎は、焚火の焰に手をかざして、両手の指の節を、一本一本ぽきぽきと鳴らしながら揉んでいた。
『――ちと早すぎたかな』
煙に顔をいぶしながら、もうそろそろ殺気を帯びて来ている顔を顰め、
『いま来た途中に、腰かけ茶屋があったなあ』
『この雪で、もう戸を閉めておりましたが』
『たたき起せば起きるだろう。――誰かそこへ行って、酒を提げて来ないか』
『え、酒をですか』
『そうだ、酒がなくっちゃあ......とても寒いわ』
伝七郎はそういって、火を抱くようにかがみ込んだ。
朝でも晩でも、道場に出ている時でも、伝七郎の体から酒のにおいの消えたことがないことは知っているが、こん夜のような場合――やがて一族一門の浮沈を賭して当ろうとする敵を待つ今のわずかな間に、その酒が、伝七郎の戦闘力に、利となるか、不利となるかを、門弟たちは、いつもの酒とちがって、熟考せずにいられなかった。
四
この雪に、凍えた手肢をして、太刀を持つよりは、少しぐらいの酒ならば、体に容れたほうが、かえってよかろうと考える者のほうが多かった。
『それに、御舎弟が、ああいいだしたものを、その気持をこじらせるのは、なおよろしくない』
こういう尤もな意見もあって、門弟の中の二、三が駈け出して行って、間もなく酒を買って来た。
『やあ来たな、どんな味方よりも、以上の味方は、これだ』
焚火のぬく灰にあたためた酒を、伝七郎は茶碗につがせ、こころよげに飲んでは、争気に満ちた息を吐く。
いつものように、量をたくさんに参られてはよくないがと、側にいてはらはらしている者もあったが、そんな心配までに及ばず、伝七郎は心得ていつもより少くしか飲まなかった。自己の生命にかかわる大事を、すぐ前にひかえているので、豪放には装っていても、ここにいる誰よりも肚の底から緊張しているのは、やはり彼自身だった。
『――や、武蔵?』
不用意に、誰かがこう放った一声に、
『来たか』
焚火を囲んでいた面々が、腰を蹴られたように、一度にどっと立って、その袂やその裾から、火の粉の塵が雪の空へ赤く散った。
三十三間堂の長い建物の角に現われた黒い人影は、遠くから手をあげて、
『わしじゃ、わしじゃ』
と断りながら近づいて来た。
袴を短くからげて、かいがいしい支度はしているが、腹から背はもう弓になりかけている老武士なのである。門弟たちはそれを見ると、源左衛門様だ、壬生の御老人だといい合って、ひそまり返った。
壬生の源左衛門というこの武士は、先代吉岡拳法の実弟にあたる人で、つまり拳法の子の清十郎や、ここにいる伝七郎にとっては実の叔父にあたる者だった。
『おう、これは壬生の叔父上、どうしてこれへ』
伝七郎も、この人が今夜ここへ来るなどとは思ってもいなかったらしく、意外な態で迎えると、源左衛門は火のそばに来て、
『伝七郎、おぬしほんとに、やるのじゃなあ。......いや、おぬしのその姿を見て、ほっと安堵いたした』
『叔父上にも、一応御相談にあがろうと思っていましたが』
『相談、なんの、相談などに及ぼうか。吉岡の名に、泥をぬられ、兄を片輪にされて、黙っているようだったら、わしが其方を責めに出向こうと思っていたくらいじゃ』
『ご安心ください。柔弱な兄とはちがうつもりですから』
『そこはわしも信頼しておる。そちが負けようとは思わんが、一言励ましてくれようと思って、壬生から駈けつけて来たのじゃ。――だが伝七郎、あまり敵を軽視して臨むなよ、武蔵という者も、うわさを聞けば、なかなかな男らしい』
『心得ています』
『勝とう勝とうと焦心らぬがよいぞ。天命にまかせろ。万一のことがあったら、骨は源左衛門がひろってやる』
『ハハハハ』
伝七郎はわらって、
『叔父上、寒さ防けに』
と、酒の茶碗を出した。
源左衛門はだまって、それを一杯飲んでしまうと、門弟たちを見まわして、
『各々は、何しに来ているのか。よもや、助太刀ではあるまいな。――助太刀でなかったら、もうこの場所から引き揚げたほうがよかろう。こう物々しくかたまっているのは、一人と一人の試合に何やらこっちに弱味があるようでいかん。勝っても、人の口がうるさいものだ。......さ、そろそろ時刻も近づいたろうから、わしと共に、どこか遠くに退いていることにしよう』
五
すぐ耳元で大きく鐘が鳴ったのは、もう、だいぶ前のような気がする――
あれは確かに戌の刻であった。そうすると、約束の戌の下刻は、もうやがて迫っているころだが――と思う。
(出遅れたな、武蔵は)
伝七郎は、白い夜を見まわしながら、ただ独り、燃え残りの焚火をかかえている。
壬生の源左衛門叔父の注意で、門弟たちはみな立ち去ってしまった。足痕だけが、その後の雪に際だって黒く数えられる。
――ぽきっと、時々、凄じい音がした。三十三間堂の廂の氷柱が折れて落ちるのである。また何処かで、雪の重さに樹の枝が裂けるのであった。その度毎に、伝七郎の眼は鷹のようにうごいた。
その鷹の影にも似た男がひとり、その時雪を蹴って、彼方の樹の間から敏速に、伝七郎のそばへ馳せて来た。
武蔵の行動を監視しつつ、宵のうちからここと聯絡をとって報告していた数名の中の最後の一人太田黒兵助だった。
今夜の大事が、もう眉を焦く所まで迫って来たことは、その兵助の顔つきだけでも、訊かないうちに分った。
足も地につかない様子で、喘いで来た息の弾みを、
『来ましたぞッ!』
と、そのまま告げた。
伝七郎は、これを聞く前に、疾く察して、火の側から立ち上っていたのである。――そして、彼のことばを聞くとすぐ、
『来たか』
と、おうむ返しにいって、その足が無意識のように、燃え残りの焚火を踏みにじっていた。
『――六条柳町の編笠茶屋を出てから、雪がふるのに、武蔵め、牛のようにのそのそ歩いておりましたが、たった今、祇園神社の石垣をのぼって境内へはいりました。――拙者は、廻り道してここへ来ましたが、あののろい足つきでも、もう姿を見せるはずです、御用意を!』
『よしッ。......兵助』
『は』
『彼方へ行っておれ』
『皆は』
『知らん。その辺にいては、眼ざわりだ、立ち去れ』
『はッ......』
といったが、兵助は、そこを外して去る気にはなれなかった。伝七郎の足が、雪泥の中へ、火をすっかり踏みつぶし、武者ぶるいしながら廂の下から出て行くのを見届けると、彼は反対に、御堂の床下へもぐって、闇の中に屈み込んでいた。
床下にいると、外にはないと思っていた風が冷々と動いていた。太田黒兵助は、自分の膝を抱えこんだまま、骨まで冷えてゆく体がわかった。ガチガチと奥歯が鳴るのをどうしようもなかった。それは寒さのせいであると、自分の観念を強いてうなずかせながら、時時、尿でもつかえたように、腰の下から顔の先までぶるぶると身ぶるいを走らせていた。
(......はてなあ?)
外は昼間よりもよく見えるのである。伝七郎の影は三十三間堂の下から約百歩ほど離れて、背のたかい一幹の松の根かたに足場を踏みしめ、武蔵のすがたが見えるのを、いまやおそしと待ち構えているのだ。
――だが、兵助が胸で計っていた頃あいは、とうに過ぎたのに、武蔵はまだここへ来なかった。宵のうちほどではないが、雪がまだチラチラとこぼれているし、寒さは肌に咬みつくようだし、火の気も酒の気もさめてくるし――伝七郎の焦々している態が、遠くからでもよく分るのであった。
――ざあッ、と突然伝七郎の神経を驚かしたものがあると思うと、それは、梢から滝のように落ちて来た雪に過ぎなかった。
六
もっとも、こういう場合の一瞬というものは、待つ方になると、わずかな間も、耐えきれない焦躁になるのは勿論である。
伝七郎の気持も、太田黒兵助の気持も、その例に洩れない。殊に兵助は、自分のした報告に責任を感じてくるし、寒さは体から霜が立つようだし――もう、一瞬、もう一瞬と、その焦操を抑えていても依然として武蔵の影は見えて来ないし――
たまらなくなって、彼は、
『どうしたのかなあ?』
床下から出て、彼方に立っている伝七郎へ何か呼びかけた。
『兵助、まだいたのか』
伝七郎も同じ気もちでこう声を返した。どっちからともなく二人は接近していた。そしてすべてがただ真っ白な雪の夜を見廻して、
『......見えぬ』
と、呻きに似た不審りを繰返していた。
『彼奴、逃げ失せたな』
伝七郎がつぶやくと、
『いや、そんなはずは......』
太田黒兵助はすぐ打消した。そして極力、自分の確かめて来たところをもって、自分で保証づけるように喋舌っていると――
『や?』
聞いている伝七郎の眼が急に横へ反れた。
――見ると、蓮華王院の庫裡のほうに、ポチと手燭の灯が揺らぎ出している。灯を持って来るのは一人の僧で、後から誰やら尾いてくる人影もわかる。
その二つの人影と、一点の小さな灯は、やがて、境の扉を開けて、三十三間堂の永い縁の端へ立つと、こう低い声で話していた。
『――夜分は、どこもかしこも、閉め切っておりますので、よう存じませぬが、たしか宵の頃、この辺で、暖を取っていたお武家方がございましたから、それが、あなたの尋ねているお方達かもわかりませんが、もう、誰もいないようでございますな』
それは、僧の言葉だった。
それに対して、ていねいに、なにか礼をのべているのは、案内されて来た方の者で――
『いや、せっかくお休みのところを、お邪魔いたして申しわけありません。......あの彼方の樹の下に、二人ほど佇んでおるようですから、あの者が、蓮華王院で待つといってよこした当人かも知れません』
『では、たずねて御覧なさい』
『御案内は、もうここまでで結構です、どうぞお引取りくださるように』
『なにか、雪見でもなさろうという御会合で』
『まあ、そんなものです』
と、一方は軽く笑う。
僧は手燭を消して、
『いわでもがなのことではありますが、もしこの廂のお近くで、さっきのように火でもお焚きになる場合は、どうぞ、後の残り火だけは御注意くださいますように』
『わかりました』
『では御免を』
僧は、そこの扉を閉めて、庫裡のほうへ立ち去ってしまう。
残っていた一方の者は、じっと伝七郎の方を見ながら暫らく佇んでいた。そこは廂の蔭で、ほかの雪明りが眼を刺すように強いために、そこの暗いのが、よけいに濃く感じられるのであった。
『誰? 兵助』
『庫裡の方から出てきたようですが』
『寺の者ではないらしいぞ』
『はてな』
歩むともなく、二人は三十三間堂の縁のほうへ、二十歩ほど近づいて行った。
すると、御堂の端のほうに見えた黒い人影も位置を移し、長い縁の中程あたりまで来ると、その足をぴたりと止めた。そして結びかけていた革襷の端を、左の袂のわきで、きびしく締めているような様子であった。その様子までを眼に受け取れる距離までは――何気なく進んで行った二人であったが、ぎくと、足のほうが先に雪の中から抜けなくなってしまった。
そして、ふた息か三息、間をおいてから、
『――あっ、武蔵!』
伝七郎が大きくいった。
七
互いに正視し合って、
武蔵!
と伝七郎が最初の声を発した途端から、こう二人の立場は、すでに武蔵の方が、絶対に有利な地を占めていることをこの場合見のがすことはできない。
なぜ、というまでもなかろうが、一応、二人の対立している地歩を見るならば、武蔵は自分の身を、敵よりも何尺か高い縁の上に置いている。反対に伝七郎は、敵から眼の下に睥睨されている地上にある。
それのみでなく、武蔵はまた絶対に背後が安全だった。三十三間堂の長い壁を背にしているのであるから、たとえ、左右の横から挾撃しようとする者があっても、縁の高さが自から一つの防ぎをなしているし、後顧なく、一方の敵へ意力をそそぐことができる。
伝七郎の背後はといえば、無限の空地と雪風であった。かりに相手方の武蔵には、助太刀は来ていないと承知していても、その広い背中の空地を、決して無関心でいるわけにはゆかなかった。
だが、倖いなことには、彼のそばには太田黒兵助がいた。
『退けっ、退いていろっ、兵助――』
こう、袖を払うように、伝七郎がいったのは、むしろ兵助が下手な手出しをしてくれるよりも、遠く離れて、一人と一人との絶対的なこの地域を、見守っていてくれた方が力に思われたに違いないのである。
『よいか』
これは、武蔵の言葉だった。
水をかぶせるような静かないいかただったのである。
伝七郎は、ひと目見るとともに武蔵の顔に対しても、その足の先までを、
(こいつか)
という憎念で見ずにいられなかった。肉親の意趣もある。巷の取沙汰に比較されている忌々しさもある。また地方出の駈出し剣客がという蔑みも頭へ先に入っている。
『だまれっ』
刎ね返すように出た語気は、彼としては自然だった。
『――よいかとは、何がよいかというぞ。武蔵! 戌の下刻は、もう過ぎておる』
『下刻の鐘と、きっちり、同時にとは約束していない』
『詭弁を吐くなっ。こっちはとうに来て、この通り身支度して待ちぬいていた。――さっ、降りろ』
不利な立場のまま、無碍に進んでゆくほど、伝七郎も相手を軽んじてはいない。当然こういって敵を誘った。
『今――』
と、軽く答えておいて、武蔵はその間に、機を観ているような眼ざしだった。
機を観るといえば、伝七郎は武蔵のすがたを眼の前にしてから、満身の肉に戦いの生理を起していたが、武蔵のほうでは、彼の肉眼に自分を示す前から、とうに戦いを開始しているつもりで、戦いの中身を持って臨んで来ている。
証拠だてて、彼のその心事をいってみるならば、彼はまず、わざと道でもない寺院の中を通過していた。もう憩んでいる寺僧の世話までかけて、広い境内を歩かずに、この御堂の縁へ、いきなり建物伝いに来て立ったのでも分る。
祇園の石段をのぼった時、彼はもう多数の人間の足痕を雪の中に見たに違いない。あらゆる即智はそこで働いた。自分のうしろを尾行ていた者の影が自分から離れると、彼は、蓮華王院の裏地へ行くのに、わざとそこの表門へ入ってしまったのだった。
寺僧について、十分に、宵のうちからこの附近の予備知識を得、そして茶ものみ、暖も取り、少し時刻が過ぎたのも承知しながら、唐突に、当の敵と面接するという策を取ったのである。
第一の機を、武蔵はこうして摑んだ。第二の機は、しきりと今、伝七郎の方から誘うのであった。その誘いに乗せて出るのもまた戦法だし、外らして自身から機を作るのもまた戦法である。勝敗の相のわかれ目は、ちょうど水に映っている月影に似ている。理智や力を過信して的確にそれを摑もうとすればかえって生命を月に溺らせてしまうに極っている。
八
『出遅れたうえ、まだ支度が整わぬのか。ここは、足場がわるい』
焦立つ伝七郎へ、武蔵は飽くまで落着きはらって、
『今参る』
と、いった。
怒れば、必ず敗れる端をなすことを、伝七郎も知らないではない。だが、まるで故意のような武蔵の態度を見ていると、そういうふだんの修得と感情がばらばらにならずにいられないのである。
『来いっ! もっと広場のほうへ! お互いに、名はいさぎよくしておきたい。姑息な振舞い、卑怯な立ち合い、そんなものへ、唾して生きてきた吉岡伝七郎だっ。――武蔵っ、仕合わぬまえに、怯気を抱くようでは、伝七郎の前へ立つ資格はないぞっ、降りろそこを!』
漸く彼が、呶鳴つづけ出すと、武蔵はニッと歯を少し見せた。
『なんの、吉岡伝七郎の如き、すでに去年の春、拙者が真二つに斬っている! きょう再び斬れば、おん身を斬ることこれで二度目だ!』
『なにっ! いつ、どこで』
『大和の国柳生の庄』
『大和の』
『綿屋という旅籠の風呂の中で』
『や、あの時?』
『どっちも、身に寸鉄も帯びていない風呂の中であったが、眼をもって、この男、斬れるかどうかを自分は心のうちで計っていた。そして、眼で斬った、見事に斬れたと思った。しかし、そちらの体には何の形も現さないから、気づきもせずにおったろうが、おん身が、剣で世に立つ者と傲語するならば、余人のまえでいうなら知らぬこと、この武蔵のまえでいうのは笑止だ』
『なにをいうかと思えば、愚にもつかぬ吐ざき言。だが、少しおもしろい、その独りよがりを醒ましてやろう。来いっ。彼方へ立とう』
『して伝七郎、道具は、木太刀か、真剣か』
『木太刀も持たずに参って何をいう。真剣は覚悟のうえで来たのと違うか』
『相手が木太刀を望みとあれば、相手の木太刀を奪って打つ』
『広言、やめろッ』
『では』
『おっ』
――伝七郎の踵は、雪の上に黒い斜線を一間半も描いて、さっと武蔵の通る空間を与えた。――しかし武蔵は、縁の上を横へ二、三間つつつつと歩いてから雪の中へ降りていた。
ふたりは、御堂の縁からそう何十間も先までは歩いて行かなかった。そこまで行く間が伝七郎にはもう待ちきれないものになっていた。やにわに、相手へ重圧を加えるような一喝を浴びせると、彼の体格に均り合っている長刀が、いかにも軽いもののように、びゅっ――と微かな鳴りを発して、武蔵のあった位置を正確に薙ぎ払っていた。
だが、力点の正確さが、敵を両断する正確さとはあながちいえない。対象のうごき方は、刀の速度よりも、もっと迅かった。――いやそれ以上に迅速だったのは、その敵の肋骨の下から噴いて出た白刃であった。
九
きらっと、二すじの刀が、宇宙に閃めいたのを見て後は、降る雪の地へ落ちてくるさまは如何にものろいものに見えた。
けれど、その速度にも、楽器の音階のように、徐、破、急があった。風が加われば急になり、地の雪を捲いて旋風になると、破を起す。そしてまた、白鵞の毛が舞うような静かな雪景色に返って降った。
『............』
『............』
武蔵と伝七郎との、ふたりの刀も、お互いの刀が鞘を走ったと見えたその一瞬には、もうどっちかの肉体は、到底無事ではあり得ないと考えられるところまで迫り合い、それが、ぱっとふたりの踵が雪煙を揚げ、後方へ離れあうと――どちらの身もまだ健在であって、白雪の大地に、一滴しの血しおもこぼれていないことが、なんだかあり得ない奇蹟のようにしか思われなかった。
『............』
『............』
それきり、ふたすじの刀は、さっきから切っ先と切っ先との間に約九尺ほどな距離をおいたまま、空間に固着しているのである。
伝七郎の眉毛に雪がたかっていた。その雪が解けると、露になって、眉毛からまつ毛の中へながれ込むらしいのである。ために時々、顔を顰めると、その顔筋肉が無数の瘤みたいに動き、そしては、くわっと大きな眼をひらき直していた。そこから飛び出しそうな眼孔は、まるで鉄を溶かしている炉の窓のようであり、それとともに唇は、下腹からしている呼吸を、極めて平調に通わせているかのように見せていても、実は鞴のような熱臭い火ッ気をもっていた。
(――過まった!)
伝七郎は、敵とこういう対峙になるとすぐ、胸のなかでそう悔いていた。
(なぜ、きょうに限って、青眼につけてしまったか。いつものように頭高に振りかぶってしまわなかったか)
頻りと、その後悔が頭のなかを往来する。といっても人間のふだんにする思考のように脳だけで物事をのん気に判断していられる状態ではない。体じゅうの血管のうちを、どっどっと、音をたてて駈けている血へみな思考力を持ってそう感ずるのだった。頭の毛も、眉毛も、全身の毛髪はいうまでもなく、足の爪までが、生理的に動員されて、敵へ向ってそそけ立った戦闘の姿態を示しているのだった。
こう刀を構えて持つのは――青眼身となって戦うのは――伝七郎は自分の不得手であることを知っていた。だから、肱を上げ、真っ向に持ち直そうと、先程から幾度となく、切っ先を上げかけたが、どうしても上げられなかった。
――武蔵の眼が、その機を、待っているからである。
その武蔵もまた、青眼に刀をぴたりと――やや肱をゆるめに構えていた。伝七郎の肱の屈曲しているところには、めりめりといいそうな力が見えるが、武蔵の肱には手で押せば下へも横へも動きそうな柔かさが見える。――そしてまた、伝七郎の刀が前にもいったように、時折、位置を改めようとして動いては止め動いては止めしているのと反対に、武蔵の手にある刀は、びくとも動かなかった。その細い刀背から鍔にかけて、微に雪がつもるほど動かずにあった。
十
彼の破綻を祈る、彼の隙をさがす、彼の呼吸を計る、彼に勝とうとする、飽くまで勝とうとする。八幡、ここぞ生死のわかれ目と思う。
そういう意識が、脳裡にちらついている間は、相手の伝七郎がまるで巨きな巌のように見え、
(これは)
と、武蔵も、その豪壮な存在からうける一種の圧迫感を、はじめはどうしようもなかった。
(敵は、おれよりも上手だ)
正直に、武蔵は、そう思ったのである。
同じ負け目は、小柳生城のうちで柳生の四高弟に囲まれた時にもうけた。彼のその負け目に似た自覚というのは、柳生流とか吉岡流とかいう正法な剣に向ってみると、自分の剣がいかに野育ちの型も理もない我法であるかがよく分ることだった。
今――伝七郎の構えているさまを見ても、さすがに吉岡拳法というあれだけの先人が、一代を費やして工夫しただけのものが、単純のうちに複雑に、豪放なうちに賢密に、ひとつの整った剣のすがたを作していて、ただ力とか、精神とかいうだけのもので圧して行っても、決して破り得ないものがあった。
生半可、武蔵には、それが観えるだけに、手も、足も出ない心地がしてしまうのだった。
で当然、武蔵は無謀になれなかった。
彼のひそかに自負している我法も野人ぶりも振舞えなかった。こんなはずはないと思うくらい、こよいの肱は伸びてゆかない。じっと、保守的に構えを持っているのが呼吸いっぱいであった。
その結果、心で払っても払っても、
(隙を)
と、眼に充血を来し、
(八幡)
と勝を祈り、
(勝たねば)
と、躍起な焦りが湧いて来て、心はいよいよ躁がしい。
多くの場合、たいがいな者が、ここで渦潮に巻込まれたように狼狽に墜ちて溺れるのであった。しかし武蔵は、なんの心機をつかむともなく、そのあぶない自分の昏迷からふと浮び上っていた。これは彼が、一度も二度も、生死のさかい目を踏んで来た体験の賜物にほかならぬものであろう。――はっと眼を拭かれたように気が醒めていたのである。
『............』
『............』
依然として青眼と青眼との対峙のままだった。雪は武蔵の毛に積り、伝七郎の肩にも積っていた。
『............』
『............』
巌のような敵はもう眼の前になかった。同時に、武蔵という自己もなくなっていた。そうなる前に必然、勝とうという気持すらどこかへ消え失せてしまっている武蔵であった。
伝七郎と自分との約九尺ほどな距離の空間をチラチラと静かに舞っている雪の白さ――その雪の心が自分の心かのように軽く、その空間が、自分の身のようにひろく、そして天地が自分か、自分が天地か、武蔵はあって、武蔵の身はなかった。
すると、いつのまにか、その雪の舞う空間を縮めて、伝七郎の足が前へ出ていた。そして刀の先に、彼の意思が、ビクとうごきかけた。
――ぎゃっッ!
武蔵の刀は後を払っていたのである。その刃は、彼の背後から這い寄って来た太田黒兵助の頭を横に薙ぎ、ジャリッと、小豆袋でも斬ったような音をさせた。
大きな鬼燈みたいな頭が、武蔵の側を勢いよくよろけて、伝七郎の方へ泳いで行った。その歩いて行った死骸につづいて、武蔵の体も咄嗟に――敵の胸を蹴飛ばしたかと思われるほど高く跳んでいた。
十一
四方の静寂を劈いて『あ――あっッ』と、亀裂のはいった声だった。伝七郎の口からである。満身から発した気合が、途中でポッキと折れたように、宙へその一声が掠れて行ったと思うと、彼の巨きな体が、後へよろめき、どっ――と真白な雪しぶきに包まれた。
『まッ、まてッ』
大地へ伸びた体を無念そうに曲げ、雪の中へ顔を埋めながら、伝七郎がこう呻くようにいった時はもう、武蔵の影は、彼のそばにはいなかったのである。
俄然、それに答えたものは、遙か彼方で――
『おうっ』
『御舎弟の方だ』
『た、たいへんだ』
『みんな来いっ』
どどどどと、潮の駈けて来るように、雪を蹴って、黒い人影がここへ集まって来る。
いうまでもなく、遠く離れて、かなり楽観的に、勝負のつくのを待っていた親類の壬生源左衛門やその他の門人たちだった。
『ヤ! 太田黒まで』
『御舎弟っ』
『伝七郎様っ』
呼んでも、手当てしても、もういけないことはすぐ分った。
太田黒兵助の方は、右の耳から横へかけられた太刀が口の中まで斬れているし、伝七郎の方は、頭の頂上からやや斜に鼻ばしらを少し外れて、眼の下の顴骨まで斬られている。
ともに、たった一太刀だった。
『......だ、だからわしが、いわんことではない。敵を侮るからこんなことになったのじゃ。......伝、伝七郎っ、これっ、これっ、伝七......』
壬生の源左衛門叔父は、甥のからだを抱いて、愚を知りながら、死骸に向って悔やんでいた。
いつのまにかその人々の踏みつけている雪はいちめんに桃色に変っていた。――自分も死者の方にばかり気をとられていたが、壬生の源左老人は、ただうろうろと度を失っている他の者に腹が立って、
『相手はどうしたっ』
と、呶鳴りつけた。
その相手の所在を、他の者も気にとめていないわけではなかったが、いくらキョロキョロしても、武蔵の影は、もう自分達の視野からは見出せなかったので、
『――いない』
『――おりません』
痴呆のような返辞をすると、
『いない理があるかっ』
源左衛門は歯がみしながら、
『わしらが駈け出すまで、たしかに突っ立っていた影がここに見えたのじゃ。まさか、翼のあるわけでもあるまい、一太刀、武蔵に酬わんでは、吉岡の一族として、わ、わしの面目が立たぬ』
すると、そこにかたまっている大勢の中から一人が呀ッといって、指さした。
自分たちの仲間から発した呀ッという声であるのに、その衝動をうけて皆、どっと一歩ずつ後方へ身を退き、そして、指さした者の指先へじっと視線をそろえた。
『武蔵』
『オオあれか』
『うーむ......』
一瞬、なんともいえない寂寞の気が漲った。人のない天地の静かさよりも、人中の空気にふと湧いた寂寞のほうが不気味な霊魂をふくんでいた。鼓膜も頭の中も真空になって、物を見る眼が、物を映しているだけで、思考に容れることを忘れ果てたかのようになる。――
武蔵は、その時、伝七郎を倒した場所から最短距離の建物の廂に立っていたのである。
――それから。
相手方の様子を見つつ、壁を背にしたまま、徐々と横歩きにあるき、三十三間堂の西の端縁へのぼって、悠々とさいぜん立った所の縁の中ほどまで足を移していた。
そこから一応、
(襲るか?)
と、体の正面を、彼方にかたまっている群へ向けたが、その気色もないと見定めたのであろう、ふたたび歩き出して、縁の北の角まで行ったかと思うと、忽然、蓮華王院の横へと影を消してしまった。
今様六歌仙
一
『こちらの文の御返しに、白紙など遣こされて、なんとも小憎い一座ではある。このまま黙って引っ込んでいては、愈々、あの公達輩をよい気にさせて置くようなもの。この上は、わしが行って直談合と出かけ、意地でも吉野太夫をこちらへ申しうけて来ねばならぬ』
遊びに年齢はないものだそうであるが、酔うと興の乗じたまま、踏み止まりのない灰屋紹由であった。こういい出すとどうしても、自分の思い通りにならないうちは、そのひたぶるな遊びの我ままが納まらないとみえる。
『案内しやい』
と、墨菊太夫の肩につかまって立ち上り、側から光悦が、
『まあ、まあ』
と、引き止めても、
『いいや、わしが行って吉野を連れてまいる――旗本ども、あの方々の席へわしを案内しやれ、おん大将の御出馬に候ぞ、われと思わんものは、尾け、尾け』
危かしくってはらはらさせられるが、放っておいても決して危なくないのが酔っぱらいである。しかし、それを、危くないからといって、見ている世の中では面白くない。やはり危がったり、危そうに見せたりする中が、世の中の至妙であるし、遊戯の世界の滋味でもある。
わけてもまた、紹由老人のように、酢いも甘いも知り尽くし、遊びの裏も表も心得ぬいている客になると、同じ酔っぱらいでも、扱いいいようで大いに扱い難い。遊ぶ心と、遊ばせる方の心とが蹌々、歩いている間も、不即不離、つまり阿呍の呼吸というものである。
『船ばし様、おあぶのうございまする』
と妓たちが庇えば、
『なんじゃ、馬鹿にするな。酔えば、足が、ひょろけるが、心は、ひょろけてはいないぞ』
と、むずかるし、
『では、おひとりでお歩き遊ばせ』
と離せば、廊下へ、ぺたと坐ってしまって、
『――すこし草臥れて候。わしを負ぶってくれい』
と、いう。
いくら広いにしたところで、同じ家のべつな部屋へ行くのに、廊下続きでこうさんざん手間どらせて道中しているのも、紹由にいわせれば、これも遊びの一つというに違いない。
なんでも知らない顔をしながら、なんでも知っているこの酔客様は、途中でこんにゃくのようになって、妓たちを手古ずらせていたが、その寒厳枯骨ともいえるような細ッこい老軀の中には、なかなか利かない気性が潜んでいるらしく、さっき白紙の返書を遣こしたり、あちらの別室で、吉野太夫を独占して、得意げに遊んでいるらしい烏丸光広卿などの一座に対して、
(青くさい公達輩が、なんの猪口才な――)
と、常々の剛毅が、酒に交じって、胸でむらむらしていることも事実であった。
公卿といえば、武家も憚かる厄介者であったが、今の京都の大町人は、そんな者を少しも厄介には思っていない。打割ったところをいえば、お人の良いどうにでもなる――ただいつも位階ばかり高くて金のない階級というだけのものである。従って、金をもって適当な満足を与え、風雅をもって上品に交わり、位階を認めて誇りを持たせておけば、それで彼らは自分たちの指人形のようにうごくことを――この船ばし様は十分に知りつくしている。
『どこじゃ、かんがん様の遊んでござるお座敷は。......ここか、こちらか』
奥まったところの、花やかな灯の映している障子を撫でまわして、紹由がそこを開けようとすると、出合頭に、
『やあ、誰ぞと思えば』
こんな場所に似合わない僧の沢庵が、内からそこを開けて、顔を出した。
二
『あっ、ホウ?』
と、目をまろくし、且つ奇遇を欣こび合って、紹由の方から、
『坊主、おまえもいたのか』
沢庵の首すじへ抱きつくと、沢庵も口まねして、
『おやじ、おぬしも来ていたのか』
と紹由の首を抱えこみ、出合頭の酔っぱらい同士が、恋人のように汚ない頰と頰とをこすり合い、
『達者か』
『達者じゃ』
『会いたかった』
『うれしい坊主め』
しまいには、ぽかぽか頭をたたいたり、一方がまた一方の鼻の頭を舐め出したり、何をやっているのか、酒飲みの気持は分らない。
今そこにいた沢庵が、次の部屋から出て行ったと思うと、廊下のあたりで、頻りと障子ががたがた鳴り、恋猫と恋猫とがじゃれているような鼻声が聞えるので、烏丸光広は、対い合っている近衛信尹と顔を見あわせ、
『ははあん、案の如く、うるさいのが、やって来たらしい』
そっと、苦笑をもらした。
光広はまだ若い、見るところ三十ぐらいな貴公子だった。裸にしても堂上人らしく白皙の美男であるから、実際の年はもっとよけいかも分らない。眉は濃く、唇は朱く、才気煥発なところが眸に出ている。
(武家ばかりが人間のような世の中に、なんで麿を公卿に生ましめたか)
というのがこの人の口癖であって、優しい容貌のうちに烈しい気性を蔵し、武家政治の時流に、鬱勃たる不平を抱いているらしかった。
(頭脳がよくて若い公卿で、今の世態に悩みを持たぬ奴は、馬鹿である)
これも光広が、いって憚らない持論なのだ。それを換言するとつまり、
(武家は武門の一門を世職とするものだが、それが、政治の権を戟に翳し、右文左武の融和もつりあいもこのごろではあったものではない。公卿は節句のかざり物、人形でも済むことだけを任されて、曲げて被れぬ冠を載せられているのだ。――そんなところへ自分のような人間を生ませたのが神の過まちというもの、われ人臣たらんとすれば、今の世の中では、悩むか、飲むか二つしかない。――如かず、美人の膝を枕に、月を見、花を見、飲んで死のうか)
というような意味であるらしかった。
蔵人頭から右大弁に昇り、今も参議という現職にある朝臣であるが、そこでこの貴公子はさかんに六条柳町へ通ってくる。この世界にいる時だけ腹の立つのを忘れるというのである。
その若くて悩む仲間には、飛鳥井雅賢だの、徳大寺実久だの、花山院忠長だのというもっと潑剌としたのもあって、武家とちがって、各々貧乏のくせにどう金の工面をしてくるのか、いつも扇屋に来ては、
(ここへ来ると、人間らしい心がしてくるぞ)
とばかり飲んで騒ぐことを例としていたが、その顔ぶれとすこし違って、今夜の彼のお連れは、寔におとなしやかな人品だった。
そのお連れである近衛信尹というのは、光広よりは年も十ほどは上であろう。どこか重々しい風丰があり、眉も秀ているが、豊かに浅黒いその頰に薄あばたのあるのが世間並にいえば暇である。
けれどその薄あばたなら、鎌倉一の男、源実朝にもあったということだからこの人だけの瑕瑾ではない。殊にこの人が、前関白氏の長者という厳しい身分などをどこにも見せず、ただ余技の書道において聞えている近衛三藐院として、吉野太夫の側でにやにやしているところはかえってなかなか床しい薄あばたであった。
三
顔じゅうを笑靨にして、近衛信尹はその薄あばたを、吉野太夫の顔に向け、
『あの声は、紹由だの』
と、いった。
吉野の紅梅よりも濃い唇がおかしさを嚙みこらえながら、
『あれ、ここへお見え遊ばしたら、どうしたらようございましょう』
困ったような眼元をする。
烏丸光広は、
『起つな』
と、吉野の裾を抑えて、次の間越しに、廊下の境へ、
『沢庵坊、沢庵坊、そんな所で何をしておらるるか。寒いぞ、そこを閉めて出るなら出ろ、はいるならはいれ』
と、わざといい放ってみる。
するとその沢庵が、
『まあ、はいれ』
と障子の外から紹由老人を引っぱり込み、光広と信尹の前へ来て、ぺたりと坐った。
『よう、これは、思いがけぬお連れではあるぞ。いよいよ、おもしろい』
灰屋紹由は、こういうと、さすがにいくら酔っていても、少しも崩れない薄い膝の角をそのままずいと進めて、すぐ信尹の前へ手をさし出し、
『――お流れを』
と、辞儀した。
信尹はにやにや、
『船ばしの翁、いつも元気でよいのう』
『かんがん様のお連れが、お館とは露だに知らず...』
と、杯を返す手からもうこの古武士は、わざと酔いを誇張して酩酊した太郎冠者のように細い皺首を振りうごかした。
『......ゆ、ゆるされいお館。へ、平常の、御無沙汰は御無沙汰、会った時は会った時、なんの......関白でお座ろうと、参議でござろうと......ハハハハ、のう沢庵坊』
と、またそばの坊主頭を脇へかかえ込み、信尹と光広の顔を指した。
『――世の中に、気の毒なものは、こ、このお公卿という人達じゃ。関白の、左大臣のと、よい名は貰うが、実はくれぬ。まだまだ町人が遙かましよ。......のう坊主、そう思わんかい』
沢庵も、この酔老人には、すこし辟易のていで、
『思う、思う』
と、彼の腕の中からやっと首を外して、自分の物にすると、
『これ、御坊からは、まだ戴いておらぬが』
と杯をせがむ。
そしてその杯を顔に乗せるように傾けて、また――
『なあ坊主、おぬしなどは狡い奴じゃぞ。――今の世の中で狡い人間は坊主、賢い者は町人、強い者は武家、おろかしき者は堂上方。......アハハハ。そじゃないか』
『そじゃ、そじゃ』
『好きなこともよう出来ず、さりとて政事からは戸閉めを喰い、せめて歌でも詠むか、書でも書くか。そこより他に力の出し場がないなどということが......アハハハ、のう坊主、あろかいな』
飲んで騒ぐことなら光広も負けないし、雅談や酒の量なら信尹もおくれを取っていまいが、こういきなり捲し立てられたので、顔負けしたというか、さすがの二人も、この細ッこい闖入者のために、すっかり座興を攫われてしまった形で沈黙していた。
その図に乗って、紹由は、
『太夫。......太夫はなんと思さるるな、たとえば、堂上方に惚れ召さるか、それとも町人に惚れ召さるか』
『ホ、ホ、ホ。まあ船ばし様が......』
『笑い事でない、真面目に女子の胸をたたいてみるのじゃ。ウウムそうか、いや読めた、やはり太夫も町人がよいというか。――さらばわしの部屋へ来い、さあ太夫は紹由が貰うて行く』
吉野太夫の手を自分の腕に納めて、この古武者、抜からぬ顔して起ちかけた。
四
光広はおどろいて、手の杯をこぼしながら下へ置き、
『戯れもほどこそあれ』
と、紹由の手を捥ぎ放して、吉野太夫を自分のそばへ抱え寄せた。
『なぜ、なぜ?』
紹由は、躍起となって、
『むりに連れて行くのではのうて、太夫が、来たそうな顔しているから連れて行くのじゃが。のう太夫』
間に挾まった吉野太夫は、ただ笑っているほかなかった。光広と紹由のふたりに左右の手を引っ張られて、
『まあ、なんとしようぞ』
と、困った顔をしていた。
ほん気な意地でも鞘当てでもないが、ほん気にも躍気にもなって困る者を困らせるのが遊びである。光広もなかなか肯かないし、紹由も決して退かない。そして吉野を両方の義理に挾んで、
『さあ太夫、どちらの座敷を勤めるか、この伊達引は、太夫の胸次第、太夫がなびきたい方へ靡くがよい』
と愈々、彼女を困るような破目へ圧して、苛めにかかる。
『これはおもしろい』
と沢庵は、事の納まりをながめていた。いや眺めているばかりでなく、
『太夫、どっちへ随くのだ、どっちへ随くのだ』
と彼までが、側から気勢をケシかけて、この納まりを肴にして飲んでいた。
ただ温厚な近衛信尹だけが、さすがにお人柄を見せて、
『さてさて、意地の悪い客共よな。それでは吉野も何れへともいえまいが、そう無理をいわずに、皆が仲よく一座してはどうじゃの』
と、助け舟を出し、
『そういえば、あちらの座敷には、光悦がただ一人で置き放しになっているというではないか。誰ぞ、光悦をここへ呼んで参れ』
と、ほかの女たちへいって、この場合を紛らせてしまおうとした。
紹由は、吉野のそばへ坐り込んでしまったまま、
『いやいや、呼びに行くには及ばない。わしが唯今、吉野を連れてあちらへ行く』
手を振って止めると、
『なんのなんの』
と、光広もまた、吉野をかかえて離そうとしないのである。
『小癪な公達めが』
と紹由は開き直って、酔いに燿いている眼と杯を突きつけて、光広へいった。
『ではいずれが、花の吉野へわけいるか。此の女の眼の前で、酒戦ないたそう』
『酒戦とな。ことも可笑し』
光広はべつの大きな杯を高坏へ乗せて、ふたりの間へ置き、
『実盛どの、白髪を染めてござったか』
『なんのさ、骨細な公卿どのを相手にするに。――いざまいろう。勝負勝負』
『なんでまいるか。ただ交々飲むだけでは、興もない』
『睨めッこ』
『やくたいもない』
『では貝合せ』
『あれは、汚い爺を相手にする遊戯びではない』
『憎いことを。しからば、じゃんけん!』
『よろしかろう。さあ』
『沢庵坊、行司行司』
『心得た』
ふたりは真顔になって、拳を闘わせた。一勝一敗のつくたびに、どっちかが、杯をのみ乾し、その口惜しがりようを見て、みんなが笑い崩れるのだった。
吉野太夫はその間に、音もなく席を起って、松の位の裳を楚々と曳き、雪の廊下を奥ふかく姿を消してしまった。
五
これは相討ちとなるほかあるまい。どっちも酒にかけては一かどの巧者と強者、酒戦の勝負はいつ果つべしとも見えなかった。
吉野が去ると間もなく、
『わしも......』
急に思い立ったように、近衛信尹は館へ帰ってしまったし、行司の沢庵も眠くなったとみえ、無遠慮な欠伸を発してしまう。
それでもまだ二人は酒戦をやめない。勝手にやらせておいて沢庵も勝手に寝ころぶ。そして、近くにいた墨菊太夫の膝を見つけて、そこへ断りなしに顔をのせてしまう。
そのまま、うつらうつらしているのは快い気もちだったが、沢庵はふと、
(淋しがっているだろうな、早く帰ってやりたいが)
城太郎とお通のことを思い出していた。
その二人は、いま烏丸光広の館に世話されているのだった。伊勢の荒木田神主から届け物を頼まれて来て城太郎の方は年暮から――お通はつい先頃から。
その先頃といえば。
いつぞや清水観音の音羽谷で、お通がお杉婆のために追われた晩――不意に沢庵があの場へお通を捜しに行ったというのにも、前からあんな不安を予知して、彼をそこに赴かせた理由のあったことなのである。
沢庵と烏丸光広とは、もう随分久しい交友であった。和歌に、禅に、酒に、悩みに、いわゆる道友の一人だった。
するとその友からこの間うち、
(どうだ、正月じゃないか、なにを好んで田舎の寺になどくすぶっていられるか。灘の銘酒、京の女、加茂の川千禽、都は恋しくないか。眠たいなら田舎で禅をなされ、生きた禅をなさるなら人中でなされ。その都を恋しく思ったら出て来られては如何)
と、そんな消息が来たので、沢庵はこの春上洛って来たのだった。
偶然、そこで彼は、城太郎少年を見かけた。館の内で毎日飽かずによく遊んでいる。光広に聴いてみると、しかじかという理。そこで城太郎を呼びよせ、詳しく聞いてみると、お通だけは元日の朝からお杉婆と共に婆の家へ行って、それきり便もないし帰って来ないという事情がわかった。
(それは、とんでもないことだ)
沢庵はおどろいて、その日のうちに、お杉婆の宿を捜しに出かけ、三年坂の旅籠をやっと突きとめたのがもう夜のことで――それからいよいよ不安を感じ、旅籠の者に提燈を持たせて、清水堂へ捜しに出かけた理である。
あの晩、沢庵はお通を無事に連れて、烏丸の家へもどって来たが、お杉のために極度な恐怖を経験させられたお通は、翌日から熱を病んで、今もって枕が上がらない。城太郎少年は枕元につき限りで、彼女の頭を水手拭で冷やしたり薬の番をしたりして、いじらしい程、看護に努めている――
『ふたりが、待っているだろうな』
だから沢庵は、なるべく早く帰ってやりたいと思っていたが、連れの光広は、帰るどころか、遊びはこれからだというように冴えている。
しかしさすがに、拳や酒戦も、やがて飽いて、勝負なしに今度は飲み始めたと思うと、膝つき合せて、なにか議論だった。
武家政治がどうとか、公卿の存在価値とか、町人と海外発展とか、問題は大きいらしい。
女の膝から、床ばしらへ移転して沢庵は眼をつぶって聞いている。眠っているのかと思うと、時々、ふたりの議論の端を耳にしてにやりと笑う。
そのうちに光広が、
『やっ、近衛どのは、いつの間に帰ってしもうたのか』
と、不平に醒め、紹由もまた、興ざめたように顔を革めて、
『それよりも、吉野がおらぬ』
と、いい出した。
『怪しからぬこと』
光広は、隅の方で居眠っていた禿のりん弥へ、
『吉野を呼んで来やい』
と、いいつけた。
りん弥は、眠たげな眼をまろくして、廊下を立って行った。そしてさっき光悦や紹由の通った座敷を何気なく覗くと、そこにたった一人、いつの間に戻って来たのか、武蔵が白い灯と顔を並べて、寂然と坐っていた。
六
『あれ、いつの間に。......ちっとも知らなかった、お帰りなさいませ』
りん弥の声に、武蔵が、
『今戻って来ました』
『さっきの裏口から?』
『うむ』
『どこへ行って来たんですか』
『廓外まで』
『いい人と、約束があったんでしょう、太夫様へいいつけて上げよう――』
ませた言葉に、武蔵は思わず笑って、
『皆様のすがたが見えぬが、皆様はどうなされたか』
『あちらで、かんがん様やお坊様と一緒になって、遊んでいらっしゃいます』
『光悦どのは』
『知りません』
『お帰りだろうか。光悦どのが帰られたら、拙者も帰りたいと思うが』
『いけません。ここへ来たら太夫様のおゆるしのないうちは帰られないんですよ。黙って帰ると、あなたも笑われますし、私も後で叱られます』
禿の冗談さえ、武蔵は、真顔になって聞いていた。そういうものかと信じているのである。
『ですから黙って帰っては嫌ですよ、私が来るまで、ここに待っていらっしゃい』
りん弥が出てゆくと、しばらく経って、そのりん弥から聞いたのであろう、沢庵がはいって来て、
『武蔵、どうした』
と、肩をたたいた。
『あっ?』
これは呀っと驚くほどな出来事に違いない。さっきりん弥が、お坊様が来ているとはいったが、まさか沢庵であろうとは武蔵も思っていなかったのである。
『――しばらくでした』
座を辷って、武蔵が、両手をつかえると、沢庵はその手を握って、
『ここは遊びの里だ、あいさつはざっとにしよう。......光悦どのも共に来ているという話だが、光悦どのは見えないじゃないか』
『どこへ参られたやら?』
『捜して、一緒になろう。おぬしにはいろいろ話したいこともあるが、それは後にして』
いいながら、ふと沢庵が隣りの襖を開けると、そこの炬燵布団へ小屏風を囲い、雪の夜を心ゆくまで暖まりながら寝ている人がある。それが光悦だった。
あまり心地よげに寝ているので、揺り起すのも心なく思われたが、そっと顔を覗いているまに、光悦は自身から眼をさまし、沢庵と武蔵の顔を見くらべて、おや? と不審るような様子だった。
理を聞くと光悦も、
『あなたと、光広卿だけのお席なら、あちらへお邪魔してもよい』
と、打揃って、光広の席へもどって来た。
しかしもう光広も紹由も、遊びの興は尽きた態で、そろそろ歓楽の後の白けた寂しさが、誰の面にもただよいかけている。
酒もそうなるとほろ苦いし、唇だけがやたらに乾き、水を飲めば家が思い出されて来る。殊に、あれなり吉野太夫が姿を見せないのが、なんとしてももの足らない。
『戻ろうではないか』
『帰りましょう』
一人がいう時は、誰の気もちもそこに一致していた。なんの未練もないというよりは、これ以上、折角のよい気持が醒めるのを惧れるように、皆すぐ立った。
――すると。
禿のりん弥を先に立たせ、後から吉野太夫付きの引船(しんぞの称)二人、小走りに来て、一同の前に手をつかえ、
『お待たせいたしました。太夫様からのお言伝てには、漸々、お支度ができました程に、皆様をお通しせよとのおことばにござりまする。お帰りもさることながら、雪の夜は更けても明るうございますし、このお寒さ、せめてお駕籠のうちも暖かにお戻り遊ばすよう、どうぞ、も少しの間、こちらでお飲しくださいませ』
と、思いがけない迎えである。
『はてな?』
――お待たせいたしましたとは何のことか、光広も紹由も、いっこう解せない顔つきで眼を見合わせた。
七
いちど興醒めた心は呼び戻しようもない気がする、それが遊びの世界であるがゆえに、よけいに気持の妥協がつかないのである。
(どうしたものか?)
迷っているらしい一同の顔いろを見ると、二人の引船はまた口をそろえていった。
『太夫様が仰っしゃるには、先刻からお席を外し、定めし情ない女子と皆様がお思いに違いない。けれど、あのように困ったことはない。かんがん様の御意に任せれば、船ばし様のお心に反くし、船ばし様の仰せに従えば、かんがん様に済まないことになるし......。それゆえ黙ってお席を抜けて来たが、実は、おふた方ともにお顔の立つよう、こよいは改めて、吉野様が皆様をお客として迎え、自分のお部屋へお招きしたいという心組み。......どうぞそのお気持を酌んで上げて、もう暫くお帰りをおのばし下さいませ』
こう聞いてみると、無碍に断って帰るのも、なんだか狭量に思われるだろうし、吉野が主人となって、自分たちを招くという心意気にも、べつな感興が唆られないこともない。
『参ってみようか』
『せっかく、太夫がそういうものを』
そこで、禿や引船に案内されて従いてゆくと、庭先へ鄙びた藁草履を五名分そろえる。やわらかな春の雪はその人々の藁草履で痕も残さず踏まれてゆく。
武蔵を除く以外の者は、すぐその趣向に、
(ははあ、招きは茶だな)
と、想像していた。
吉野が茶の道に嗜みのふかいことは今更のことではない。また、こういう後で一わんの薄茶も悪くないなどと思いながら行くと、やがて茶室の側も素通りして、どうやら裏庭のずっと奥の風情もない畑地まで来てしまった。
やや不安になって、
『これこれ、いったい麿たちをどこへ連れてゆくのじゃ。ここは桑畑ではないか』
と光広が咎めた。
すると引船は、
『ホホホ、桑畑ではございませぬ。春の末には、毎年ここで皆様が床几でお遊びになる牡丹畑でございまする』
しかし、光広の不興げな顔は、寒さと併せて、いとど苦々しく、
『桑畑であろうと、牡丹畑であろうと、こう雪が降り積って、蕭条とした有様では同じことじゃ。吉野は麿たちに風邪を引かせる趣向か』
『おそれ入りました。その吉野様は先程から、そこでお待ちうけでございます。どうぞ、あれまでお徒歩いを』
見れば畑の隅に一軒の茅葺屋根が見える。この六条の里がまだ開けないうちからあったような純然たる百姓家だった。もちろん、後は冬木立に囲まれていて、扇屋の人工的な庭とは絶縁されているが、扇屋の地内であることは間違いない。
『さあ、こちらへ』
引船は、煤で黒くなっているそこの土間へはいって、一同を導き入れ、
『お越しでござりまする』
と奥へ告げる。
『ようこそ、――さあ、御遠慮のう』
吉野の声が、障子の内で聞え、その障子に炉の火が赤々と映っていた。
『まるで都を遠く離れてでも来たような......』
と、人々は、土間先の壁にかかげてある蓑笠など見まわしつつ、そも吉野太夫が、どんな亭主ぶりで款待すことやらと、順に部屋へはいって行った。
牡丹を焚く
一
浅黄無地の着物に、黒じゅすの帯をしめ、髪もつつましやかな女房髷に結い直し、薄化粧して、吉野は客を迎え入れた。
『ほう、これは』
『また艶やかな』
と、一同は彼女のすがたを見ていった。
金屏銀燭のまえに、桃山刺繡のうちかけを着、玉虫色のくちびるを嫣然と誇示している時の太夫よりも、この煤んだ百姓家の壁と炉のそばで、あっさりと浅黄木綿を着ている彼女のほうが、百倍も美しく見えたのであった。
『ウウム、これはまた、がらりと、気が変ってよい』
あまり物を賞めない紹由も、ちょっと毒舌を封じられた態である。敷物もわざと用いず、吉野はただ田舎炉のそばへ一同を招じて、
『ごらんの通りな山家のこと、何もおかまいはできませぬが、雪の夜の馳走には、賤の夫から富者貴顕に至るまで、火に勝る馳走はないかとぞんじまして、このように、焚火の支度だけは沢山にしておきました。夜もすがら語り明そうとも、薪だけは、鉢の木を燻べずとも、尽きる気づかいはございませぬゆえ、お心やすくおあたり下さいまし』
と、いう。
なる程――
寒い所を歩かせて来てここで榾火にあたらせる。馳走というのはそういう趣向であったのかと光悦もうなずき、紹由や光広や沢庵も膝をくつろぎ、各々が炉の榾火に手をかざしていると、
『さ、そちらのお方も』
と、吉野が少し席を頒けて、うしろにいる武蔵を眼で招いた。
四角な炉を、六人で囲むので、自然緩やかではあり得ない。
武蔵はさっきから、ひどく律義に畏まっていた。日本の民衆の中では今、太閤秀吉や大御所の名に次いで、初代吉野の嬌名は鳴りひびいていた。出雲の阿国よりも高級な女性として敬愛を持っていたし、大坂城の淀君よりも、才色があって親しみもあるという点で、ずっと有名だった。
だから彼女に接する者は、買う客のほうが「買手共」と呼ばれ、才色を売る彼女のほうは「太夫様」と称されていた。風呂に入るにも七人の侍女に湯を汲ませ、爪を切るにも二人の引船を侍らせているという生活などもかねがね聞いていたことである。――けれど、そういう有名な女性を相手にして遊んでいる光悦や紹由や光広などの、ここにいる買手共は、いったいなにがこれで面白いのだろうか? ――武蔵には、いくら眺めても、まるで分らなかった。
しかしその面白そうでもない遊びのうちにも、客の作法とか、女性の礼儀とか、双方の心意気とかいうようなものは、厳然とあるらしいので、まるで不勝手な武蔵は、いきおい固くなっているほかなく、殊に、脂粉の世界には初めて足を踏み入れたことでもあり、吉野の明眸にちらりと射られても顔が熱くなって、胸の鼓動も怪しげに鳴るのだった。
『なぜ、あなただけ、そう御遠慮なさるのですか。ここへお出でなされませ』
吉野に幾度もいわれて、
『は。......では』
恟々と、武蔵は彼女のそばへ座を占め、一同に倣って、ぎこちなく両手を炉へかざした。
彼が自分のそばへ坐る機に、吉野は彼の袂の端をちらりと見ていたが、やがて人々が話に興じて紛れ出したところを見はからい、そっと懐紙を持って、武蔵の袂の端をそれで絞るように拭いていた。
『あ、恐れ入ります』
武蔵が澄ましていれば誰にも気づかなかったのに、彼が、自分の袂をのぞいて、こう礼をいったので、皆の眼が、ふと吉野の手へ移った。
彼女の手に畳まれた懐紙には、べっとりと、赤いものが拭きとられていた。
光広は、眼をそばだてて、
『ヤ! 血ではないか』
と口走った。
吉野はほほ笑んで、
『いいえ、緋牡丹の一片でございましょう』
と、澄ましていた。
二
各々が、一つずつ杯を持って、好む程度に、それを愛し合っていた。炉に燃える榾火は、炉をかこんでいる六名の面へ、やわらかな明滅となって揺らぎ、戸外の雪をしのびながら、その焰を見つめ合って、みな、黙思に耽っているのであった。
『............』
榾の火が乏しくなると、吉野は傍の炭籠のような物の中から、一尺ほどに揃えて切ってある細い薪を取って焚べ足した。
――ふと、そのうちに人々は、彼女の焚べている細い枯木が、ただの松薪や雑木のようでなく、まことによく燃える木であることに気づいた。いや、燃えのよいばかりでなく、その焰の色が、実に美しいのに見惚れてしまった。
(おや、この薪は)
と、誰かが注意はしていたが、誰もが皆黙っているのは、その焰の麗しさに恍惚と心を奪われていたからであろう。
わずか四、五本の細い薪で、部屋中は白昼色になっていた。
その薪から立つやわらかな焰は、ちょうど白牡丹の風に吹かれているようで、時折、紫金色の光と鮮紅な炎とが入り交じって、めらめらと燃え狂うのであった。
『太夫』
ついに、一人が口を開いて、
『そなたが焚べておるその薪のう――それはいったい何の木じゃ、ただの榾とも思えぬが?......』
光広が、こう訊ねた時は、その光広も他の人々も、なにやら薫わしいものが、この温かい部屋いっぱいに立籠めているのを感じ出していたのである。それもたしかに、この木の燃える匂いらしかった。
『牡丹の樹でございます』
と、吉野はいった。
『え、牡丹?...‥』
これは誰しも意外らしかった。牡丹といえば草花のように思っているので、こんな薪になるほどな樹があろうかと疑えて来るのだった。吉野は、焚べかけた一枝を、光広の手にわたして、
『ご覧じませ』
と、いう。
光広は、それを紹由や光悦の眼にも示して、
『なるほど、これは牡丹の枝だ。......道理で......』
と、呻いた。
そこで吉野が説明していうには、この扇屋の囲いの中にある牡丹畑は、扇屋の建つよりもずっと以前からあるもので.百年以上も経った牡丹の古株がたくさんある。その古株から新しい花を咲かせるには、毎年、冬にかかるころ、虫の蝕いた古株を截って、新芽の育つように剪定してやる。――薪はその時に出来るのであるが、もちろん、雑木のように沢山は出来ない。
これを短く切って炉に焚べてみると、炎はやわらかいし眼には美しいし、また、瞼にしみる煙もなく、薫薫とよい香さえする。さすがに花の王者といわれるだけあって、枯れ木となって薪にされても、凡の雑木とは、この通り違うところを見ると、質の真価というものは、植物でも人間でも争えないもので、生きている間の花は咲かせても、死してから後まで、この牡丹の薪ぐらいな真価を持っている人間がどれほどありましょうか?――
と、吉野は話し終って、
『そういう私なども、生きている間はおろか、ほんの、若いうちだけ見られて枯れて、後は香もない白骨になる花ですけれど......』
と、淋しげに微笑えんだ。
三
牡丹の火は、白々と燃えさかり、炉辺の人々は、更ける夜を、つい忘れていた。
『なにもありませぬが、ここに灘の銘酒と、牡丹の薪だけは夜が尽きても尽きないほどございますから』
という吉野のもてなしぶりに、人々はすっかり満足して、
『なにもないどころか、これは王者の奢りにも勝る』
と、どんな贅沢事にも飽いている灰屋紹由すらが、神妙に感嘆してしまう。
『その代りに、なんぞ、後の思い出となるように、これへ一筆ずつ、お残し下さいませ』
と吉野が、硯を寄せて、墨をおろしている間に、禿は次の部屋へ毛氈をのべ、そこへ唐紙を展げて行った。
『沢庵坊、太夫がせっかくの求めじゃ。なんぞ書いてあつかわされい』
光広が、吉野に代って促すと沢庵はうなずきながら、
『まず、光悦どのから』
といった。
光悦は、黙って、紙の前へ膝をすすめ、牡丹の花を一輪描いた。
沢庵はその上に、
色香なき身をば
なにかは惜ままし
おしむ花さえ
ちりてゆくよに
彼が歌を書いたので、光広はわざと詩を書いた。
その詩は、
忙裏 山我ヲ看ル
閑中 我山ヲ看ル
相看レド相似ルニアラズ
忙ハ総テ閑二及バズ
という戴文公の詩であった。
吉野もすすめられて、沢庵の歌のすこし下へ、
咲きつつも
何やら花のさびしきは
散りなん後を
おもう心か
と、素直に書いて筆を擱いた。
紹由と武蔵とは、黙って見ていただけである。悪強いして無理に筆を持たせる者などがいなかったのは、武蔵にとっては幸であった。
そのうちに紹由は、次の間の床わきに、一面の琵琶が立てかけてあるのを見つけ、吉野に琵琶を所望した。彼女の弾じる一曲を聞いて、それを機に、今夜の散会としようではないかと提議する。
人々が、
『それこそ、是非に』
と求めると、吉野は悪びれぬ態で、すぐ琵琶を抱えた。それが、芸のあるを誇るという風でもないし、また芸がありながらひどく謙譲ぶるといったような嫌味でもなかった。いかにも素直なのである。
炉を離れて、次の間の仄暗い畳の中ほどに、彼女は琵琶を抱いて坐った。炉辺の人々は、心をすまして、彼女の弾く平家の一節に、沈黙していた。
炉の炎が衰えて、暗くなりかけても、炉へ薪をくべ足すことを誰も皆忘れて聞き恍れていた。四絃のこまやかな音階が突として、急調になり破調に変ってくるかと思うと、消えかけていた炉の火もにわかに焰を上げて、人々の心を遠くから近くへ呼びもどした。
曲が終ると、吉野は、
『ふつつかな技を』
と、微笑しながら、琵琶を置いて、元の席へもどって来た。
それを機に、みんな炉を立って、帰りかけた。武蔵はもちろん、空虚から救われたように、ほっとした顔つきで、誰よりも先に、土間へ降りていた。
吉野は、彼を除いた以外の客へは皆、いちいち帰りの挨拶を交したが、武蔵にだけは、なにもいわなかった。
そして、他の人々に従いて、武蔵も一緒にそこから戻ろうとすると、吉野は、彼の袂をそっととらえて、
『武蔵さま、貴方は、ここへお泊りなさいませ、なんとのう、今夜はお帰し申しとうございませぬ』
とささやいた。
四
武蔵は、処女のように、顔をあからめた。聞えない振りを装っても、どぎまぎして、答えに困っている様子が、側の人達の眼にも見えた。
『......ね、よろしいのでございましょう。このお方を、お泊め申しても』
吉野は、紹由へ向って、今度はそう訊いた。紹由は、
『よいともよいとも。たんと、可愛がってやって下され、わしらが、無下に連れ戻る筋合いはない。のう光悦どの』
武蔵はあわてて、吉野の手を振り払い、
『いや、私も、帰ります。光悦どのと御一緒に』
戸の外へ、無理に出ようとすると、どういう考えか、光悦までが、
『武蔵どの、まあそう仰っしゃらずに、今夜はここへお泊まりになって、明日、よい機にお引揚になってはいかがですか。――太夫もせっかく、ああいって、心配しているのですから』
と一緒になって、彼一人を、ここへ残して行こうとするのである。
遊びの世界にも、女性というものにも、まったく初心な未経験者を一人ぽっち残して置いて、後で笑いの種にしようという、この大人達の計画的な悪洒落ではないかと、武蔵は邪推してみたが、吉野や光悦の真面目な顔を見ると、決して、そんな戯れごととも思えない。
もっとも、吉野と光悦以外の人達は、武蔵が困っている態を興がって、
『日本随一の果報者よ』
とか、
『わしが身代りになってもよいが――』
などと揶揄ったりしていたが、やがて、その人々の戯れ口も、裏垣根の門から駈け込んで来た一人の男のことばに、冗談口を塞がれて、
(さては)
と、今更のように気づいたことであった。
ここへ駈けて来た男は、吉野のいいつけを受けて、遊廓の外へ、様子を探りに行って来た扇屋の雇人であった。いつの間に、吉野がそんな周到な気くばりを働かせていたのかと人々は驚いていたが、光悦だけは、昼間から武蔵と行動を共にしていたし、また、吉野がさっき炉の側で、武蔵の袂についていた血しおをそっと拭き除ってやっていた時に、すべてを、察知していたらしかった。
『ほかのお方はとも角、武蔵様だけは、迂かつに遊廓の外へ出られませぬぞ』
と、探って来たその男は、息を弾ませて、吉野太夫へも、他の人々へも、目撃して来た事実を、多少誇張しているのではないかと思われるくらいな口吻で告げるのであった。
『――もうこの遊廓の門は、一方口しか開いておりません。その総門を挾んで、編笠茶屋の辺にもあれから柳並木の物蔭にも、すごい身支度をしたお武家たちが、眼を光らせ、彼っ方こっちに五人、十人ぐらいずつ、黒々とかたまって立っています。......それがみんな四条の吉岡道場の門人だといって、あの近所の酒屋でも商人家でも、今になにが起るのかと、戸をおろして顫えているんで。......いや、もう大変なことですよ、なんでも遊廓から馬場の方にかけて、百名ぐらいは来ているだろうといううわさですぜ』
そう報告する男が、がちがちと奥歯を顫わせていうことであるから、話し半分として聞いても、事態の容易でないことは争えなかった。
『ご苦労だった。もうよいからお休み』
その男を退けると、吉野はまた武蔵へいった。
『今のようなことを聞けば、あなたはよけいに、卑怯者といわれたくないと思い、死んでも帰ると仰っしゃるかも知れませんが、そんな逸り気はやめて下さいませ。こん夜卑怯者といわれてもあした卑怯者でなければよいではございませんか。まして今夜はお遊びに来たはずでございましょう。遊ぶ時は遊び限るのがむしろ男の余裕というものではございますまいか。――相手方はあなたの帰るのを待ちうけて、闇討ちにしようとしているので、それを避けたからといって、なんの名折れでもありませぬ。そこへ進んで打つかってゆくのは、かえって、思慮のない者といわれるばかりか、この遊廓でも迷惑をしますし、御一緒に出れば、お連れの方々にも、巻きぞえを受けて、どんなお怪我のない限りもございませぬ。そこをお考え遊ばして、こん夜は、この吉野に、あなたのお体を預けてくださいませ。......吉野がきっとお預かりいたしましたほどに、皆様には途中お気をつけて、お引揚げ下さいますように』
断 絃
一
もうこの世界でも起きている青楼はないらしい。ばったりと絃歌の音もやんでしまった。丑満の告げはさっき鳴ったように思う。一同が引揚げてからでもやや一刻余りは経つ......
そのまま、夜明けを待つつもりなのか、武蔵は、ぽつねんと、土間の上がり框に腰をかけていた。
――ただ一人、擒人にでもなっているようにである。
吉野は、客がいた時も、去ってしまった今も、同じように同じ位置に坐って、炉へ、牡丹の木を焚べていた。
『そこでは、お寒うございましょうに。炉へお寄りなされませ』
この言葉は、彼女の口から幾度も繰返されていわれたが、武蔵はその都度、
『お関いなく、先へお寝み下さい。夜が明け次第に、拙者は自由に帰りますから』
と、固辞するばかりで、吉野の顔をよく見ないのである。
二人きりになると、吉野もまたなんとなく羞恥み勝ちになって、口も重くなった。異性を異性と感じるようでは傾城の勤めは出来まいが――などという考えは、安女郎の世界だけを知って、松の位の太夫というものの育ちも躾けも知らない低い買手共の常識である。
とはいえ、朝に夕べに、異性を見ている吉野と、武蔵とでは、比較にならない程な相違はある。実際の年齢からいっても、吉野のほうが、武蔵より一つか二つ上かも知れないが、情痴の見聞や、それを感じたり弁えたりしていることでは、当然、彼女のほうが遙かに年上の姉といえる。――しかし、そうした彼女にしても、たった二人きりな深夜の相手が、自分の顔を見るのも眩そうに、動悸を抑えて、凝っとそこに固くなっていると、自分もともに処女心に返って、相手の者と同じような初心な動悸を覚えるのだった。
事情を知らない引船と禿は、さっきここを出て行く前に、次の部屋へ、大名の姫君でも臥せるような豪奢な夜の具を敷いて行った。繻子枕に下がっている金の鈴が、ほの暗い閏の気配のうちに光っていた。――それもまた、ふたりの寛ぎをかえって邪魔していた。
ときおり、屋根の雪や梢の雪が落ちて、どさっと、地響きが耳を驚かせた。塀の上から人間でも跳び降りたように、その音は大きく聞えるのであった。
『......?』
吉野は、そっと武蔵を見た。――武蔵の影はその度に、針鼠のように戦気で膨らむかと見えた。眸は鷹のように澄みきっている。神経は、髪の毛の先まで働いているのだ。何物にもあれ、そんな時、彼の体に触れるものはみな斬れてしまわずにはいないであろうと思われた。
『............』
『............』
吉野は、なにかしら、ぞっとして来た。夜明け近くの寒さは骨の髄まで沁みる。しかしそれとはちがう戦慄である。
そういう戦慄と、異性へ搏つ動悸と、ふたつの血の音が、沈黙の底を、交々に駆けていた。そのふたりの間に、牡丹の火はあくまで燃えつづけているのである。そして――彼女がその火の上にかけた釜の口から、やがて松風が沸りだすと、吉野の心は、いつもの落着きに返って、静かに、茶の点前にかかっていた。
『もう程なく夜も明けましょう......武蔵様。いっぷくあがって、此方で、手なりとお焙りなされませ』
二
『ありがとう』
言葉だけで、ちょっと会釈したまま、武蔵は依然と、背を向けていた。
『......どうぞ』
と勧める方の吉野も、これ以上は、諄くも当るので、ついにはまた黙ってしまうほかはない。
せっかく、心をこめて立てた茶も、帛紗のうえで冷えてしまう。――吉野は、ふと、腹を立てたのか、それとも、よしなき田舎者に、無用のことをと考えたのか帛紗を引いて、茶碗の茶を、傍らの湯こぼしへ捨ててしまった。
そして凝っと、愍れむような眼を武蔵へ向けた。相変らず武蔵の姿は、背中から見ても身体じゅうを鉄の鎧で固めているように、一分の隙も見えなかった。
『もし、武蔵さま』
『なんですか』
『あなたはそうやって、誰に備えているのですか』
『誰にではない、自身の油断を誡めている』
『敵には』
『元よりのこと』
『それでは、もしここへ、吉岡様の門人衆が、大勢して、どっと襲せて来た時には、あなたは立ちどころに、斬られてしまうに違いない。わたくしにはそう思えてなりませぬ。なんというお気の毒なお方であろ』
『......?』
『武蔵さま。女のわたくしには、兵法などという道は分りませぬが、宵の頃から、あなたの所作や眼ざしを窺っていると、今にも斬られて死ぬ人のように見えてならないのです。いわば、あなたの面には死相が満ちているといってよいかも知れません。いったい、武者修行とか、兵法者とかいって世に立ってゆくお方が、大勢の刃を前に控えながら、そんなことでよいものでございましょうか。そんなことでも人に勝てるものでございまするか』
詰問るように、吉野が、こう畳みかけて、言葉のうえで彼を愍殺したばかりでなく、その小心さを蔑むように微笑んでいったので、
『なに』
武蔵は、土間から脚を上げて、彼女の坐っている炉前にぴたと坐り直した。
『吉野どの、この武蔵を未熟者だと笑うたな』
『お怒りなされましたか』
『いうた者が女だ。怒りもせぬが、拙者の所作が、今にも斬られる人間に見えてならぬとはどういう理か』
怒らぬといいながらも、武蔵の眼は、決して、生やさしい光ではなかった。こうして夜明けを待っていても、自分をつつむ吉岡門の呪咀や、策や刃ものを磨している気配は、全身に感じている武蔵であった。それは何も、吉野が探りにやって知らせてくれないでも、その前から予じめ彼自身は覚悟に持っていたことである。
蓮華王院の境内から、あのまま他へ姿をかくすことも考えないでもなかったが、それでは、連れの光悦へ非礼に当るし、また禿のりん弥へ、帰って来るといった言葉が噓になる。同時に、吉岡方の仕返しを怖れて姿をかくしたと、沙汰されては心外とも考えたりして、再び扇屋へ戻って、なんのこともなかったように、彼の人々と同席していたのだった。それは武蔵として、かなり苦痛な辛抱でもあったし、自分の余裕を示していたつもりであったのに、なんで吉野は、その間の自分の挙止をながめて、未熟だと笑うのか、死相が面に見えるような――と罵るのか。
傾城の戯れ口ならば咎めるまでもないが、なにか心得があっていうことならば、これも聞き捨てにならないことと彼は思う。たとえ今、この家を包む剣の林の中であっても、開き直って、その理を問い究めて見なければならないと、思わず真率な眼を輝かせて、武蔵は強く詰問ったのであった。
三
ただの眼ではない、そのまま刀の先へつけてもいい眼が、じいっと吉野の白い顔を正視して、彼女の答えを待っているのである。
『――戯れか!』
容易に開かない唇へ、武蔵がこう少し激しかかると吉野は、消していた笑靨をまたちらと見せ、
『なんの――』
嬌やかに、頭を振って、
『かりそめにも、兵法者の武蔵さまへ、今のような言葉、なんで戯れ言に申しましょうか』
『では、聴かせい。どうして拙者の身が、そなたの眼には、すぐ敵に斬られそうなと、そんな脆い未熟な体に見えるのか。――その理を』
『それほどお訊ねならば、申してみましょう。武蔵さま、あなたは先刻、吉野が皆様へのお慰みに弾いた琵琶の音を聴いておいで遊ばしましたか?』
『琵琶を。あれと拙者の身と、なんの関わりがある』
『お訊ねしたのが愚でした。始終何ものかへ、張り緊めていたあなたのお耳には、あの一曲のうちに奏でられた複雑かな音の種々も、恐らくお聴き分けはなかったかも知れませぬ』
『いや、聴いていた。それほど、うつつにはおらぬ』
『では、あの――大絃、中絃、清絃、遊絃のわずか四つしかない絃から、どうしてあのように強い調子や、緩やかな調子や、種々な音色が、自在に鳴り出るのでしょうか。そこまでお聴き分けなさいましたか』
『要らぬことであろう。拙者はただ、そなたの語る平曲の熊野を聴いていただけのこと、それ以上なにを聴こう』
『仰せの通りです。それでよいのでございますが、わたくしは今ここで琵琶を一箇の人間として喩えてみたいのでございます。――で、ざっとお考えなされても、わずか四つの絃と板の胴とから、あのように数多い音が鳴り出るというのは、不思議なことでございませぬか。その千変万化の音階を、譜の名で申し上げるよりも、あなたも御存じでございましょう、白楽天の「琵琶行」という詩のうちに、琵琶の音いろがよく形容されてありました。――それは』
吉野は、細い眉をちょっとひそめながら、詩を歌う節でもなく、そうかといって、ただの言葉でもない低声で、
大絃は嘈々 急雨の如く
小絃は切々 私語の如し
嘈々切々 錯雑に弾ずれば
大珠小珠 玉盤に落つ
間関たる鶯語 花底に滑か
幽咽 泉流 水 灘を下る
水泉冷渋 絃凝絶し
凝絶して通ぜず 声暫し歇む
別に幽愁 暗恨の生ずる有
此時声なきは 声あるに勝る
銀缾乍ち破れて 水漿迸り
鉄騎突出して 刀槍鳴る
曲終って撥をおさめ 心に当てて画す
四絃一声 裂帛のごとし
『――このように一面の琶琶が複雑な音を生みまする。わたくしは禿の頃から、琵琶の体が、不思議で不思議でなりませんでした。そしてついには、自分で琵琶を壊し、また自分で琵琶を作ってみたりするうちに、おろかなわたくしにも、とうとう琵琶の体の裡にある琵琶の心を見つけました』
そこで言葉を切ると、吉野はそっと立って、さっき弾いた琵琶をかかえて来て再びそこへ坐った。海老尾を軽く持って、武蔵と自分の間に、それを立てて眺めやりながら、
『ふしぎな音色も、この板の体を割って、琵琶の心を覗いてみるとなんのふしぎでもないことがわかりまする。それをあなたへお目にかけましょう』
薙刀の折れでもあるような細い鉈が、彼女の嫋やかな手に振上げられた。あっと、武蔵が息を嚥む間に、はやその鉈の刃は、琵琶の角へ深く入っていた。袈裟板のあたりから桑胴の下まで、丁々と、三打ち四打ち、血の出るような刃音だった。武蔵は自分の骨へ鉈を加えられたような痛みを覚えた。
しかし、吉野は惜気もなく、見る間に琵琶の体を縦に裂いてしまっていた。
四
『ご覧じませ』
吉野は、鉈をうしろへかくすと、もうさり気ない微笑みを泛べて武蔵へいった。
生々しい木肌を剝出して、裂かれた琵琶の胴は胴の中の構造を、明らさまに燈の下に晒している。
『......?』
武蔵は、それと吉野の面とを見較べて、この女性のどこに、今のような烈しい気性があるのかと疑った。武蔵の頭脳にはまだ今の鉈の音が消えさらないで、どこかが痛いように疼いているのに、吉野の頰は紅くもなっていなかった。
『この通り、琵琶の中は、空虚も同じでございましょうが。では、あの種々な音の変化はどこから起るのかと思いますと、この胴の中に架してある横木ひとつでございまする。この横木こそ、琵琶の体を持ち支えている骨であり、臓でもあり、心でもありまする。――なれど、この横木とても、ただ頑丈に真っ直に、胴を張り緊めているだけでは、なんの曲もございませぬ。その変化を生むために横木には、このようにわざと抑揚の波を削りつけてあるのでございまする。――ところが、それでもまだ真の音色というものは出てまいりません。真の音色はどこからといえば――この横木の両端の力を、程よく削ぎ取ってある弛みから生れてくるのでございまする。――わたくしが、粗末ながらこの一面の琵琶を砕いて、あなたに分っていただきたいと思う点は――つまりわたくし達人間の生きてゆく心構えも、この琵琶と似たものではなかろうかと思うことでござりまする』
『............』
武蔵の眸は、琵琶の胴からうごかなかった。
『それくらいなこと誰でも分りきっていることのようで、実はなかなか琵琶の横木ほども、お肚に据えていられないのが人間でございますまいか。――四絃に一撥打てば、刀槍も鳴り、雲も裂けるような、あの強い調子を生む胴の裡には、こうした横木の弛みと緊まりとが、程よく加減されてあるのを見て、わたくしは或時、これを人の日常として、沁々、思い当ったことがあったのでございまする。......そのことを、ふと、今宵のあなたの身上に寄せて考え合わせてみると......ああ、これは危ういお人、張り緊まっているだけで、弛みといっては、微塵もない。......もしこういう琵琶があったとして、それへ撥を当てるとしたら、音の自由とか変化はもとよりなく、無理に弾けば、きっと絃は断れ、胴は裂けてしまうであろうに......、こうわたくしは、失礼ながらあなたのご様子を見て、密にお案じ申していたわけなのでござりまする。決して、ただ悪ざまに申したり戯れ口を弄んだ次第ではありませぬ。どうぞ、烏滸がましい女の取越し苦労と、お聞き流し下さいませ』
――鶏の声が遠くでしていた。
戸の隙まから、雪のために強い朝の陽がもう射していたのである。
白い木屑と断れた四絃の残骸を見つめたまま、武蔵は、鶏の声も耳に覚えなかった。戸の隙まから陽の光がさしていたのにも気づかなかった。
『......お。いつの間にか』
吉野は、夜明けを惜しむように炉の火へ焚木を足そうとしたが、牡丹の木はもうなかった。
戸を開ける物音や、小禽のさえずりや、朝の気配が遠い世間のようにきこえる。
けれど吉野は、いつまでも、ここの雨戸を開けようとはしない。牡丹の木はなくなっても彼女の血はまだ温かだった。
禿や引船も、彼女が呼ばないうちは、ここの戸を無断で開けて入ってくるはずもなかった。
春を病む人
一
あわただしく解け去った春の雪であった。おとといの降りはもう痕かたもない。急につよく感じられる陽に、今日は綿の物は肌から皆捨ててしまいたくなった。温い風に騎って、春はいっさんに駈けつけて来たかのように、総ての植物の芽を鮮らかに膨らませていた。
『たのもう。物もうす』
背まで泥濘の刎ねを上げている若い旅の禅坊主だった。
烏丸家の玄関に立ち、さっきから、大声でこう申し入れていたが、出て来る者がないので、雑掌部屋の外へ廻り、そこの窓から背伸びして覗いていると、
『なんだい? 坊さん』
後からいう少年があった。
禅坊主は振向いたが、
(お前こそ何者だ?)
と問いたげな眼をして、奇態な風態の子供を見まもった。
烏丸光広卿の館の中に、どうしてこんな童がいるのか、その不調和に眼をみはったのであろう。禅坊主は変な顔したまま、じろじろと城太郎の姿ばかり見ていて物をいわないのである。
相変らず長い木剣を腰に横たえ、なにを入れているのか、懐中を大きく膨らませて、その上を城太郎は手で抑えながら、
『お坊さん、お施米をもらうなら台所の方へ廻らなければだめだよ。裏門を知らないのかい』
と、いった。
『お施米。――そんな物をいただきに来たのじゃない』
若い禅坊主は、自分の胸にかけている文筥を眼で示し、
『わしは、泉州の南宗寺の者だが、このお館へ来ている宗彭沢庵どのへ、急な御書面をお届けするために出て来たのだ。おまえは、お台所へ出入の小僧か』
『おいらか、おいらはここに泊っている者だよ。沢庵様と同じお客様なんだ』
『ほうそうか、然らば沢庵どのへ告げてくれぬか。――御国元の但馬から寺中へ宛てて、なにか、火急なお手紙がまいりましたゆえ、南宗寺の者が持って伺いましたと』
『じゃあ待ッといで、今、沢庵さんを呼んで来てやるから』
城太郎は玄関へ飛び上った。汚い踵の痕が式台にべたべた残る。そこの衝立の脚に躓いた弾みに、彼が手で抑えていたふところの中から、小さい蜜柑が幾つも転がり出した。
あわてて蜜柑を搔きあつめ、城太郎は往来を飛ぶように奥へ駈けて行った。やや暫らく経って彼はまたそこへ戻って来て、
『いないよ』
と、待っている南宗寺の使へいった。
『いるかと思ったら、きょうは、朝から大徳寺へ行ったんだとさ』
『お帰りは分りませぬか』
『もう帰って来るだろ』
『では、待たせて置いてもらいます。どこかお邪魔にならないお部屋はありませんか』
『あるよ』
城太郎は外へ出て来た。この館のことならなんでも弁えているように、心得顔して先に歩き、
『お坊さん、この中で待っているといいよ。ここの中なら邪魔にならないから』
と、牛小屋へ案内した。
藁だの、牛車の輪だの、牛の糞だのが、いっぱいに散らかっている。南宗寺の使は驚いた顔したが、城太郎はもう客を置いて彼方へ駈け出していた。
広い邸内を庭づたいに走り、「西の屋」の陽あたりのよい一間を覗いて、
『――お通さん、蜜柑買って来たよ』
と、さけんだ。
二
薬を服んでいるし、手当も十分なはずなのに、どうしたのか、こんどの熱症はさがらない。
従って、食慾がなかった。
自分の面へ手が触れるたびに、お通は、
(ああ、こんなに瘦せて)
と、ふと驚く。
病気というような病気は自分でもないと信じているし、見舞ってくれた烏丸家の医師も、心配はないと保証していたが、どうしてこう瘦せてしまうのかしら――そこについ神経質な悩みと熱症がからむ。しきりに、唇が乾くので、
(蜜柑が喰べたい)
と、ふと洩らしたところ、この数日来、なんにも喰べないでいる彼女の容態をひどく心配していた城太郎は、
(蜜柑――)
と、問い返すと、早速、それを取りに、先刻ここを出て行ったのであった。
台所の役人に聞いたところが、蜜柑などはお館にもないという。それから外へ出て、青物店だの食物屋を見て歩いたが、どこにも蜜柑はなかった。
京極の原に、市が立っていた。彼はそこへも行って、
(蜜柑はないか、蜜柑はないか)
と、捜し歩いたが、絹糸だの、木綿だの、油だの、毛皮だの、そんな店ばかり出ていて、蜜柑など一つだって見つからなかった。
城太郎は、どうかして、彼女の喰べたいという蜜柑を手に入れたいと思った。よその屋敷の塀の上に稀稀、その蜜柑があったと思って、盗んでもほしい気がして寄って見ると、それは橙であったり、喰べられない花梨の実であった。
京都の町を、半分も捜してあるいた。すると、あるお社の拝殿にその蜜柑が見つかった。芋だの人参だのといっしょに、三方に載って、神様に上っていたのである。城太郎は蜜柑だけ懐中に詰めこんで逃げて来たのだった。うしろから神様が、
(泥棒、泥棒)
と追いかけて来るような気特がした。城太郎は、それが怖くなって、
(私は喰べませんから、罰をあてないでください)
と、烏丸家の門の中へ逃げ込むまで、胸の中で謝まっていた。
けれど、お通には、そんなことは話せない。枕元へ坐って、懐中の蜜柑を出して一つずつならべて見せ、そのうちの一個を取ってさっそく、
『お通さん、うまそうだぜ、喰べてごらん』
皮を剝いて、彼女の手に持たせてやると、お通は、なにかつよい感情に衝かれたとみえ、顔を横にかくしたまま、蜜柑は喰べようともしないのであった。
『どうしたのさ』
城太郎は、その顔をのぞきこんだ。
厭うように、お通は、よけいに枕へ顔を埋めてしまい、
『......どうもしやしない。どうもしやしない』
といった。
城太郎は、舌打ちして、
『また、泣虫が始まったね。歓ぶかと思って蜜柑を買って来たら、泣いちまうんだもの――つまらねえなあ』
『ごめんよ。城太さん』
『喰べないの』
『......ええ後で』
『剝いたのだけ喰べてみなよ。ね......喰べてみれば、きっと、美味しいよ』
『美味しいでしょう、城太さんの気持だけでも。......だけど喰べ物を見ると、もう唇へ入れる気にならないんです。......勿体ないけれど』
『泣くからさ。なにがそんなに悲しいの』
『城太さんが、あんまり親切にしてくれるから、欣しくって』
『泣いちゃ厭だなあ、おいらも泣きたくなっちまわあ』
『もう泣かない......もう泣かない......。かんにんしてね』
『じゃ、それ喰べてくれる。なにか喰べないと、死んじまうぜ』
『わたし、後でいただきます。城太さんお喰べ』
『おいらは、喰べない』
神さまの眼を恐れて、城太郎はそういいながら生唾をのんだ。
三
『いつも、城太さん、蜜柑は好きじゃないの?』
『好きだけれど』
『どうして、きょうは、喰べないの』
『どうしてでも』
『わたしが喰べないから?』
『え。......ああ』
『じゃあ、わたしも喰べるから――城太さんも、おあがり』
お通は、顔を仰向けに直して、細い指で、蜜柑のふくろの繊維を除っている。城太郎は、困った顔して、
『ほんとは、お通さん、おいら、途中でもう、たくさん喰べて来たんだよ』
『......そう』
乾いている唇へ蜜柑の一ふさを含みながら、お通はうつつのようにいった。
『沢庵さんは?』
『きょうは、大徳寺へ行ったんだって』
『おととい、沢庵さんは、よその家で、武蔵様に会ったんですってね』
『アア。聞いた?』
『え。......その時、沢庵さんは、わたしがここにいることを、武蔵様へ話したかしら』
『話したろ、きっと』
『そのうちに、武蔵様をここへ呼んでやると、沢庵さんは、わたしにおっしゃったけれど、城太さんには、なんにもいっていなかった?』
『おいらには、なんにもそんなことはいわないよ』
『......忘れているのかしら』
『帰って来たら、そういってみようか』
『ええ』
と、彼女は初めて、ニコと、枕の上から笑みを向けて、
『......だけど、訊くならわたしがいないところでね』
『お通さんの前で訊いちゃいけないの』
『きまりが悪いから』
『そんなことないさ』
『でも、沢庵さんは、わたしの病気を、武蔵病だなんていうんだもの』
『アラ、いつの間にか、喰べちゃったぞ』
『なに、蜜柑』
『もう一つ喰べない』
『もう、たくさん、美味しかったわ』
『きっと、これから、なんでも食べられるよ。こんな時に、武蔵様が来れば、きっと、すぐ起きられてしまえるんだがな』
『城太さんまで、そんなことをいって』
城太郎とこんな話をしているうちは、熱症も体の痛さも忘れている彼女であった。
そこへ、烏丸家の小侍が、
『城太どの、いますか』
と、縁の外からいう。
『はい、おります』
答えると、
『沢庵どのが、あちらでお呼びです。すぐおいでなさい』
と告げて去った。
『おや、沢庵さん、帰って来たのかしら』
『行ってごらんなさい』
『お通さん、さびしくない』
『いいえ』
『じゃあ、用がすんだら、すぐ来るからね』
枕元を、立ちかけると、
『城太さん......あのこと、忘れずに、訊いてね』
『あのことって?』
『もう忘れたの』
『あ、武蔵様が、いつここへ来るのかって、それを催促することだね』
お通の瘦せている頰に、紅い血がかすかにさした。その顔を夜具の襟で半分かくしながら、
『いいこと、忘れてはだめですよ、きっとね、きっと訊いてね』
と、念を押した。
四
沢庵は光広の居間へ来て、光広と何か話している折だった。
そこの襖を開けて、
『沢庵さん、なにか用?』
城太郎が後に立つと、
『まあ、坐りなさい』
と沢庵がいい、光広は、城太郎の不作法を寛している眼元で、にやにや眺めていた。
側へ坐るとすぐ、城太郎は沢庵へ向っていた。
『あのね、沢庵さんとこへ、泉州の南宗寺から、沢庵さんみたいな坊さんが、急用の使いに来て待ってるよ。呼んで来てあげようか』
『いや、そのことなら、今聞いた』
『もう会ったの』
『ひどい小僧だと、あの使がこぼしていたぞ』
『どうして』
『はるばる来た者を、牛小屋へ案内して、ここで待っておれといったまま、捨てておいたということじゃないか』
『でもあの人が、自分から、どこか邪魔にならないところへ置いてくれといったからさ』
光広は、膝を揺すって、
『ハハハハハ、牛小屋へ入れておいたのか、それは酷い』
と笑った。
しかし、すぐ真顔に返って、
『では御坊には、泉州へ戻らずに、ここからすぐ但馬へ御発足あるか』
と、沢庵へ向って訊く。
沢庵はうなずいて、なにぶん、気がかりな書面の内容であるから、ぜひそうしたいと答え、支度といってもべつだんない身でもあるし、明日といわずに、今すぐお別れ申したいという。
ふたりの話の様子を、城太郎は不審って、
『沢庵さん、旅へ立つの』
『急に国元へ行かねばならぬことになってな』
『なんの用?』
『故郷にいる老母が寝ついて、今度はだいぶ重態いという気がかりな報らせだから』
『沢庵さんにも、おっ母さんがあったの』
『わしだって、木の股から生れた子ではないよ』
『今度はいつ帰って来るつもり』
『母の容子次第で』
『すると......困ったなあ......沢庵さんがいなくなっちゃうと』
と、城太郎はそこで、お通の気持を思い遣ったり、また彼女と、自分の行く先なども考え出して、心細くなったものか、
『じゃもう、沢庵さんとは会えなくなるの?』
『そんなことはない。またきっと会える。おまえ達二人のことは、お館へもようお頼みしてあるから、お通さんも、くよくよせずに、早く体を丈夫にするよう、おまえも勇気をつけてやってくれ。あの病人は薬よりも、心の力がほしいのだ』
『それが、おいらの力では駄目なんだよ。武蔵様が来てくれないと癒らないぜ』
『困った病人だのう。おまえも飛んでもない者と、この世の道連れになったものだ』
『おとといの晩、沢庵さんは、どこかで武蔵様に会ったんだろ』
『ウム......』
光広と顔を見あわせて、沢庵は苦笑をながした。どこでと、突っ込んで場所を訊かれては困りそうな顔つきであったが、城太郎の質問は、そういう枝葉には触れず、
『武蔵様は、いつここへ来るの。沢庵さんが、武蔵様をここへ呼んでやるといったもんだから、お通さんは、毎日、そればかり待ってるじゃないか。ねえ沢庵さん、おいらのお師匠さまは一体、今どこにいるのさ』
その住所さえ分れば、今すぐにでも、自分で迎えに行きたそうな城太郎の質問であった。
『ウム......あの武蔵のことか』
あいまいに、こういったが、沢庵もその武蔵とお通とを会わせてやろうという、親切を忘れてしまっているわけではさらさらない。今日もそれを心にかけて、大徳寺の帰り途に光悦の家へ立寄り、武蔵の在否を訊ねてみたところ、光悦が困った顔していうには、どういうものかおとといの晩以来武蔵はいまだに扇屋から戻って来ない。母の妙秀尼も案じるので早く帰してくれるように、今も吉野太夫へ手紙を遣わして、頼んでやったところです――という彼の話しなのである。
五
『ホ。......では武蔵とやらいうあの夜の男は、あれきり吉野太夫の許から帰って来ぬのか』
光広は聞いて眼をみはった。
半は、意外なこととして、半は軽い嫉妬も手伝って、大仰にそういったのである。
沢庵は城太郎のてまえ、多くをいわなかったが、ただ、
『あれもやはり、平凡な、つまらん人間でしかないとみえる。とかく若いうち天才らしく見える者ほど、行末当てにならないものだ』
『したが、吉野も変りものじゃなあ。――どこがようて、あんな穢ない武骨者に』
『吉野にせよ、お通にせよ、女の気心のみは沢庵にも解しかねる。わしの眼からは皆ひとしい病人としか思えぬが、武蔵にもそろそろ人間の春が訪れて来たのでござろう。......これからがほんとの修行、危ないのは剣よりは女子の手だが、他人の力でどうなるものではなし、抛っておくしかあるまいて』
独り言のように呟いてから、沢庵はふと旅の空へ心を急ぎ、光広へ向って、改めて別れを告げた上、なお当分の間ではあるが、病中のお通と、城太郎の身とをくれぐれも館に託して、それから間もなく烏丸家の門を瓢然と出て行った。旅を朝立つものと決めているのは、普通の旅行者のことであって、沢庵には朝立も夕立もさしたる問題ではないらしい。今もすでに、陽脚は西にうすずいて、往来の人影にも、のろく通る牛車にも、虻いろの暮靄が映していた。
沢庵さん、沢庵さん、と頻りに後から呼びかけて追って来る者がある。――城太郎だなと沢庵は困ったような顔つきを振り向ける。城太郎は息をきって、彼の袂をとらえ、懸命に訴えた。
『後生だから沢庵さん、もいちど帰って、お通さんになんとかいっておくれよ。お通さんがまた泣き出しちまって、おいらには、どうしていいか分らないんだもの』
『おまえ、話したのか。――武蔵のことを』
『だって、訊くから』
『そしたら、お通さんが、泣きだしたというのか』
『ことによると、お通さんは、死んでしまうかも知れないぜ』
『どうして』
『死にそうな顔しているもの。――こんなこといったよ。――もいちど会って死にたい、もういちど会ってから死にたいッて』
『じゃあ、死ぬ気づかいない。抛っとけ、抛っとけ』
『沢庵さん、吉野太夫って、どこにいる人』
『そんなこと訊いて、どうするつもりじゃ』
『お師匠さまは、そこにいるんじゃないか。さっき、お館さまと沢庵さんが、話していたろ』
『おまえは、そんなことまで、お通さんに喋べったのか』
『ああ』
『それではあの泣虫さんが、死にそうなことを口走るわけじゃ。わしが戻ってみたところで、遽かにお通さんの病気を癒してやる思案もないから、わしがこういったと、告げなさい』
『なんというの』
『御飯をお喰べって』
『なんだ、そんなことなら、おいらが一日に百遍もいってら』
『そうか。それはお前のいう言葉が、そのまま、お通さんにとっては無二の名言なのだが、それさえ耳に通らない病人ならば、仕方がないから、なにもかも正直にいって聞かせるのだな』
『どういう風に』
『武蔵は、吉野という傾城にうつつをぬかし、きょうで三日も扇屋から帰って来ぬという。それを見ても、武蔵がお通さんを少しも想っていないことがわかろう。そんな男を慕うて、どうする気じゃと、よく、泣虫のお馬鹿さんにいうてやるがよい』
聞くも忌々しげに、城太郎は強くかぶりを振った。
『そんなこと、あるもんか。おいらのお師匠さまは、そんな武士じゃない。そんなことをいったらお通さんは、ほんとに自分で死んじまうぞ。なんだい沢庵坊主め、おまえこそ大馬鹿だ、大馬鹿三太郎だっ』
六
『叱られたな。ハハハ、怒ったのか、城太郎』
『おいらのお師匠さまのこと悪くいうからさ。お通さんのことを馬鹿だなんていうからさ』
『おまえ可愛い奴だ』
頭を撫でてやると、城太郎は、その頭をうごかして、沢庵の手を振り落し、
『もういいよ。沢庵坊主なんか、なにも頼まないから。おいら一人で武蔵様を捜して来て、お通さんに会わせてやるからいい』
『知ってるか』
『なにをよ』
『武蔵のいる処を』
『知らなくたって、捜せば知れらい。よけいな心配するな』
『小癪なことをいっても、おまえには、吉野太夫の家はなかなか分らぬぞ。教えてやろうか』
『頼まない、頼まない』
『そうぽんぽん当るな城太郎。わしじゃとて、お通さんの仇じゃない、武蔵を憎む理由もない。それどころか、どうかして、彼のふたりが二人とも、よい生涯を完うしてくれるように蔭で祈っている者だ』
『じゃあどうして意地悪をするんだい』
『おまえには、意地悪と見えるのか。そうかも知れんな。だが、武蔵もお通さんも、今のところ、どっちもまあ病人のようなものだ。体の病を癒すのが医者で、心の病を治すのが坊主ということになっているが、その心の病のうちでもお通さんのは重態だ、武蔵のほうは、抛っておけばどうにかなろうが、お通さんの方はわしにも今のところではどうにもならん。だから匙を投げていうのだよ――武蔵のような男に、片思いしてどうするんだ、さらりと思い切って、御飯をたんと喰べ直せとな。――そういうよりほかないじゃないか』
『だからいいよ、くそ坊主の汝なんかに、なにも頼むといやしねえや』
『わしの言葉が、噓だと思ったら、六条柳町の扇屋へゆき、そこで武蔵が、どうしているか、見届けて来い。そして見たままの事実を、お通さんに話してやれ。いちどは歎きかなしむだろうが、それで眼が醒めれば結構じゃ』
城太郎は耳の穴へ、指で栓をして、
『うるさい、うるさい。どん栗坊主』
『なんじゃ、わしの後を追いかけて来たくせに』
『坊主坊主、お布施はないぞ、お布施ほしけれゃ、唄うたえ』
沢庵の背へ、こう謡口調で罵りながら、城太郎は耳をふさいだまま、遠くなってゆく姿を見送っていた。
しかし、沢庵の影が、彼方の辻の横へかくれると城太郎の眼には、涙がせりあがって来て、それがぼろぼろと溢れ落ちるまで、ぼんやり佇んでいた。
あわてて肱を曲げ、涙の顔を横にこすると、彼は、迷っている犬の子が、急になにか思い出したように往来を見まわして、
『おばさん!』
被衣して通りかかった女房風の女のそばへ駈け寄った。
そして、いきなり、
『六条柳町ってどこ』
と訊ねた。
びっくりしたように女は、
『遊廓でしょう』
『遊廓って何?』
『まあ』
『何するとこ』
『嫌な子だね!』
睨みつけて、その女は、通り過ぎてしまった。
なんでそうされたのか、城太郎はそんな不審にたじろいではいない。懲もせず次々に、六条柳町への道と、そこの扇屋という家を訊いて歩いた。
伽羅の君
一
爛漫と、楼に灯は入ったが、まだ三筋の柳町に、買手共の影は見えない宵の口であった。
扇屋の若い者は、何気なく入口の人影を見て恟ッとした。大暖簾のあいだから首を入れ、家の中をキョロキョロ覗いている二つの眼に驚いたのである。暖簾の裾に汚ない草履と木剣の先が見えたので、なにか途端に、勘ちがいをしたものらしく、あわてて他の男達をよび立てようとすると、
『おじさん』
と城太郎がはいって来て、いきなりこう訊ねた。
『ここの楼に、宮本武蔵様が来てるだろ。武蔵様は、おいらのお師匠さまだから、城太郎が来たっていえば分るんだけれど、取次いでくれないか。それでなければ、ここへ呼んでくれないか』
扇屋の若い者は、子供と分ってほっとしたような顔をした。けれど、先に恟ッとした驚きの反動がむかっと、その顔に筋を立てて、
『なんだ汝は、もの貰いか。風の子か。――武蔵様なんて、そんな者は、いねえいねえ、宵の口から暖簾先へ、うす汚ねえ風体してはいって来やがって、ササ出て行け出て行け』
襟がみを抓んで、外へ持って行こうとすると、城太郎は、虎河豚のように勃然と怒って、
『なにするんだ、おいらは、お師匠様に会いに来たんだぞ』
『ばか野郎、汝の師匠だかなんだか知らねえが、その武蔵という人間のために、おとといから大迷惑をしているところだ。今朝も、今し方も、吉岡道場の使が来て、それにもいってやった通り、もう武蔵はここにはとっくにいねえのだ』
『いないなら、大人しく、いないといえば分るじゃないか。なんだって、おいらの襟くびを摑むんだ』
『暖簾へ首を突っ込んで、気持のわるい眼で中を覗いていやがるから、おれはまた、吉岡道場の廻し者が来たかと思って、ひやりとしたじゃねえか。忌々しい小僧ッ子奴が』
『びっくりしたのは、そっちの勝手じゃないか、武蔵様は、何時頃、そしてどこへ帰ったのか、教えてくれ』
『こいつ、さんざん人に悪たいをついていながら、今度は教えてくれなんて、虫のいいことを吐かしやがる。そんな番をしているか』
『知らなきゃいいから、おいらの襟首を離せ』
『ただは離さねえ、こう離してやる』
耳たぶを強く持って、一廻り振廻して暖簾の外へ突き放そうとすると、城太郎は、
『痛い、痛い、痛い』
さけびながら腰を落し、下から木剣を抜いて、若い男の顎をふいに撲りつけた。
『あっ、このチビ』
前歯を折られて、真っ赤に染まった顎を抑えながら、彼を暖簾の外まで追いかけてゆくと、うろたえた城太郎は、
『誰か来てくれーッ。このおじさんがいけないよっ』
往来へ、こう大声で、危急を訴えながら、持っていた木剣は、その悲鳴とは反対に、いつか小柳生城で猛犬の太郎を擲り殺したような力で、振り向きざま、ぐわんと男の脳天を打っていた。
みみずの鳴いたような、細い呻きを鼻血といっしょに洩らして、若い男は柳の樹の下へヘロヘロと仆れた。
――と、向う側の格子先で見ていた客引き女が、軒ならびの格子へ向ってさけんだ。
『あらっあらっ、あの木刀を持った小僧が、扇屋の若い者を殺して逃げたっ』
すると、夜中のように人影のなかった往来に、わらわらと駈け出す者の影がみだれて、
『人殺し――』
『人が殺された』
と、血なまぐさい声が宵の風にながれた。
二
喧嘩沙汰は年中のことだし、血なまぐさいものを、秘密裡にまた迅速に、処理してしまうことにもこの遊廓の者は馴れていた。
『どこへ逃げた?』
『どんな小僧か』
と、血相の恐い男たちが、捜し廻っていたのも一瞬のことで、程なく、編笠すがたや伊達すがたして、灯に群れる虫のように、ぞろぞろと、ぞめきに流れ込んで来た買手共は、もう紅燈の下に、そんな事件が、半刻前に行われたという噂すら知らなかった。
三筋の往来は、更けるほど雑鬧してきたが、裏は、真っ暗な横町だの、田だの原だのが、しいんとしていた。
どこに隠れていたか、城太郎は頃あいを見すまして、暗い路地から犬の子みたいに這い出した。そしていっさんに暗い方へ向って駈けた。
そのまま、この闇は世間の闇へつづいているのかと単純に思っていたのである。ところが、一丈もある柵へ彼は突き当ってしまった。その柵は、この六条柳町を全部、城郭のように堅固にとり囲んでいる。先を尖らした焼丸太が結まわしてあって、いくらそれに沿って歩いてみても、外へ出られる木戸も隙間もなかった。
少し歩くと、明るい町尻の往来へ出てしまうので、城太郎はまた暗いほうへもどって来た。すると、彼の挙動に注意しながら、後から尾いて来た女が、
『童。......童』
白い手で招いた。
最初――城太郎は疑わしげな眼を光らして、暫らく、闇の中に立ちどまっていたが、やがてのそのそ戻って来て、
『おいらのことかい』
女の白い顔に、害意のないことを確かめると、彼はまた一歩、近づいて行きながら、
『なんだい?』
と、いった。
女はやさしく、
『おまえかい、夕方、扇屋の入口へ来て、武蔵様に会わせてくれといっていたという子は』
『あ、そうだ』
『城太郎というんでしょう』
『うん』
『じゃあ、そっと、武蔵様に会わせてあげるからこちらへおいで』
『ど、どこへ』
と、今度は、城太郎が尻ごみしてしまう。そこで女が、彼の安心がゆくように説明してやると、城太郎は、
『じゃあおばさんは、吉野太夫っていう人の召使なの』
地獄で仏に会ったような顔を見せ、初めて心をゆるしたように従いて行った。
その引船のことばによると、夕方の騒ぎを耳にすると、吉野太夫はいたく心配して、もし捕まったら、自分が口をきいて助けてやるからすぐ知らせて来るように――もしまた、どこかに潜んでいるのを見つけたら、そっと、裏の木戸から、例の田舎の間へ、導き入れて、武蔵に会わせてやるようにという吩咐をうけて来たのだという。
『もう、心配おしでない。吉野様がお声をかけて下さりさえすれば、この廓で通らぬことはないのだから』
『おばさん、おいらのお師匠様はほんとにいるんだろうね』
『いないものを、なんでおまえを捜して、こんなところへ連れて来ましょう』
『いったいこんなところでなにしてるんだろ?』
『なにしていらっしゃるか。......それもう、そこに見える田舎家の内においでになるから、戸の隙間からのぞいてごらん。......では、わたしは彼方のお座敷がいそがしいから』
引船は彼方の庭の植込みへ、忍びやかに、影をかくした。
三
ほんとかなあ?
ほんとに居るのかしら。
どうも城太郎には、素直に信じられないらしいのである。
あれ程、捜しに捜しぬいていた師の武蔵が、今、自分の立っているすぐ眼の前の小屋の中に居る――それがどうも彼には余り簡単すぎて受けとり難い。
では諦めて、止すかと思えば、それ所か、その田舎家を繞り歩いて、しきりともう、中を覗き得る窓をさがしている城太郎なのでもある。
家の横に、窓はあった。ただし彼の脊丈では寸法がちと足らない。そこで城太郎は、植込みの間から石をころがして来てそれへ乗ってみた。――竹の櫺子にやっと鼻が届く。
『......ア、お師匠様だ』
覗き見した行為に顧みて、彼は、声をのんでしまったが、そこからでも手を伸ばしたいような懐しい人の姿に、城太郎は久し振りで出会った。
炉のそばに、武蔵は、手枕をかってうたた寝していた。
『――暢気だなあ』
と、呆れ果てたような丸い眼が、そのまま、窓の竹格子に、貼り付いていた。
快よげに昼寝している武蔵のからだの上には、誰がそっと被けて行ったのか、桃山刺繡の重そうな裲襠が着せてあった。又、彼の身に着けている小袖も、常のごつごつした地味なものとは違い、伊達者の好みそうな大柄の着物を着ていた。
少し離れて、一枚の朱い毛氈が敷いてあり、画筆だの、硯だの、紙だのが散らかっている。その反古のうちには、手習いしたような茄子の絵や、鶏の半身などが見えた。
『こんな所で、絵なんぞ描いて居たんだぜ。お通さんの病気を知らないでさ』
城太郎は、ふと、憤りに似たものを胸に抱いた。武蔵のからだに被けてある女の裲襠が気に喰わないのである。又、武蔵の着ている派手な着物に嫌厭がわくのであった。彼にも、そこらに漂っている艶めいたものの匂いは分っている。
この正月、五条大橋で彼が見つけた時も、武蔵は、若い娘に縋られて、往来中で泣かれていた。今見れば、又この態だし、
(どうかしているぞ、この頃、おいらのお師匠さまは)
と、大人の慨嘆然たりという顔つきに似たようなほろ苦さが、彼の幼い心にも、込み上げて来ずに居られないものらしいのである。
それからふと、
(よし、驚かしてやれ)
と、悪戯心が、忌々しさを唆って来て、なにか、思いついたらしく、そっと石の上から脚を下そうとすると、
『城太郎、誰と来た?』
武蔵の声である。
『え?』
又、覗いてみると、眠っていた人は、うす眼を開いて、笑っていた。
『............』
返辞よりも先に城太郎は表の戸口へ駈け廻って、そこを開けるや否や、中へ入って武蔵の肩に抱きついていた。
『お師匠さま!』
『おう......来たか』
仰向いた儘、肱を伸ばして、武蔵は彼の埃くさい頭を胸へ抱えこみ、
『どうして分った? ......。沢庵坊にでも訊いて来たか。暫くだったなあ』
むっくりと、武蔵は彼の首を抱いたまま身を起した。久しく忘れていた懐中の温みに城太郎は、狆がじゃれるように、いつ迄も、その首を武蔵の膝から離そうともしなかった。
四
――今、お通さんは病の床についている。そのお通さんは、どんなに、どんなに、お師匠さまに会いたがっているか知れない。
かわいそうだ!
お通さんは、お師匠さまのあなたに、会えばいいっていうんだ。それだけなんだ。
この正月の元日、五条の大橋でよそながら出会うことは出会ったが、お師匠さきが変ちくりんな女と仲がよさそうに話したり泣かれたりしていたので、お通さんはすっかり怒ってしまい、蓋を閉めた蝸牛のように、いくら手を引っ張ったって、出て来やしない。
むりもないや。
おいらだって、あの時、なんだかむしゃくしゃして、癪にさわったもの。
でも、そんなことはもういいから、これからすぐに、烏丸のお館まで来てください。そして、お通さんに、来たよといってやってください。それだけでも、お通さんの病気はきっと癒ってしまうに違いありませんから。
――以上の言葉は、城太郎が、未熟な弁を懸命にふるって、武蔵へうったえた沢山の口数のあらましである。
『......うん。......うん』
武蔵は何度もうなずいていう。
『そうか、......そうだったのか』
と、同じように。
そして肝腎かなめな――ではお通に会おうということは、なぜか、口を結んでいわないのである。
頼みに頼み、訴えに訴えぬいても、武蔵が、巌みたいに、こちらのいうことを肯いてくれないと、城太郎はそれ以上いいようもなくなって、なんだか、武蔵という人があんなに好きだったお師匠さまが、急に嫌な奴にみえてきた。
(喧嘩してやろうか)
と、城太郎は、肚のなかで思ったほどだった。
だが、さすがに、武蔵へ向って、悪たい口は叩けないとみえ、彼は顔の表現をもって、武蔵の反省を求めていた。酢を舐めたような口をして、いつまでも、面を膨ませていた。
彼が黙りこむと、武蔵は画手本を見ながら、描きかけの絵へ筆をとり始めた。城太郎は、彼が習っている茄子の絵を睨みつけ、
(下手クソ)
と、心で罵っていた。
その画にも倦んだらしく、武蔵が筆を洗い出したので、もういっぺん頼んでみようかと、城太郎が唇を舐めてなにかいいかけると、飛石を拾って来る木履の音がして、
『お客さま。洗濯物が乾きましたから持ってまいりました』
と、さっきの引船が、きちんと畳みつけた袷と羽織の一襲ねを抱えて来て、彼の前におく。
『ありがとう』
武蔵は入念に、洗えて来た衣服の袖や裾を調べて、
『きれいに落ちましたな』
『人間の血というものは、洗っても洗っても、なかなか落ちないものでございますね』
『これでよい。......時に吉野どのは』
『こよいも、お客方の席が、あちらにもこちらにもという有様で、わずかなお隙もございませぬ』
『思いがけないお世話になったが、こうしていると、ひとり吉野どのへ気づかいを煩わすばかりでなく、扇屋の内緒へも、迷惑のかさむばかり。......こよいの夜更けを待って、そっとここを立ち去りますゆえどうぞ、そう伝えておいて下さい。くれぐれも、よろしゅうお礼を』
城太郎は顔つきを直して、やはりお師匠様は好い人だと思った。肚の中では、お通さんのところへ行ってやろうと、とうに決めていたに違いない。
そう独り決めして、にこにこしていると、武蔵は、引船が立ち去るとすぐ、小袖羽織のその一襲ねを、城太郎の前へ出していった。
『きょうは、よいところへ来てくれたな。この着物は、いつぞやこの遊廓へ来る折、本阿弥様の御老母がわしに着せてくれた着物。つまり借り着じゃ。これを光悦どののお邸へお返しに行って、わしの元の着物を持って来てくれぬか。城太郎、よい子だから、一走り行って来てくれい』
五
『はい、畏りました』
と、城太郎は神妙である。
この使さえ済めば、武蔵はここを出て、お通さんの所へ来てくれるものと思い、それを楽しみに、
『じゃあ、行って来ます』
先方へ返す小袖羽織を風呂敷につつみ、べつに、武蔵から光悦へ宛てて書いた一通もその間へ挾んで背中へ負いかけていると、そこへ夜食を運んで来た以前の引船が、
(オヤ、どこへ)
と、眼をみはって武蔵からその理を聞くと、
『まあ、飛んでもないこと』と、固く止めた。
なぜならば――
と引船が武蔵へ話す。
この子は夕方に、扇屋の店先で、店の若い者をがらにもない木刀で撲りつけ、打ちどころが悪かったとみえて、その男は床についてうんうん唸り通している。
遊廓の喧嘩だから騒ぎはそれきりで済んでいるし、吉野様からお内緒へも若い衆へも、そっと、内済にと口をきいてはあるが、その子がやたらに、宮本武蔵の弟子だと威張りちらしたので、誰の口からともなく、武蔵はまだ扇屋の奥にかくれているという噂が宵からひろがり、それが遊廓の総門の外に、先ごろから網を張っている吉岡方の者へも聞えているらしい。
『......ははあ』
と、武蔵は初めて、そんな事件を知ったように、城太郎の姿を見直す。
城太郎は、隠していたことが武蔵にわかって、面目ないように、頭を搔き、だんだん隅へ退がって、小さくなっている。
『だのに、そこへ今、ひょこひょことそんな物を背負って総門から行って御覧――どうなるか』
と、引船はまた、それについて外部のもようを武蔵に告げるのであった。
――何分にも、おとといから昨日、今日と、三日に亙って、吉岡方の者が、あなたの身を尾け狙っていることはたいへんなもので、吉野様やお内緒でも、それを心痛している。
光悦様もおとといの夜、ここから帰る折にくれぐれも頼んで行かれたことだし、扇屋としても、そういう危地にあるあなたを、追い出すようなことはできない。殊に吉野様は細心な気づかいをして、あなたの身を庇っている。
......しかし。
困ったことは、吉岡方の者が執念深く、この遊廓の出入に見張をつけていることで、店へも昨日から、何度も吉岡門下の者というのが来て武蔵を匿っているだろうとか、うるさく探りに来るので、それは態よく追い払ってはいるが、先方の疑惑は、なかなか解くべくもなく、
(扇屋から出て来たら)
と、その機会を、手に唾して待っていることは知れている。
よくは分らないが一人のあなたを討つために、吉岡方の者は、まるで戦のような物々しい段取をして、幾重にも見張を立て、どんなことをしても、今度は殺してしまうといっているそうです――とも引船はいって、
『ですから、もう四、五日、じっとここに隠れておいで遊ばした方がよかろうと、吉野様もお内緒も心配していらっしゃいます。そのうちには、吉岡の衆も飽いてしまって、見張を退くでございましょうし......』
武蔵と城太郎の二人へ、夕飯の給仕をしながらも、あれやこれや親切に引船はいってくれたが、武蔵は好意だけを謝して、
『思うところもありますから』
と、今夜ここを立つ意思は翻えさなかった。
で――光悦の家へ遣る使の件だけは、引船の忠告を容れて、それからすぐ、扇屋の若い者を走らせてやることにした。
六
使は間もなく帰って来た。光悦からの返辞には、
折もあらばまた会い候わん、長き短き人の世の道、たのみ参らすにつけお身大事にいそしみ給われとのみ、よそながら祈り申されてこそ候え
月 日 光 悦
武蔵どの
と書いてあった。短文ではあるが光悦の気持はよく酌み取れる。また武蔵が、今の身辺の累を、あの平和な母子の生活におよぼすまいとして、わざと、彼の家へ立ち寄らないでいるこちらの気持も、十分理解してくれているようであった。
『そしてこれは、先日あなた様が光悦様のお家へ脱いでおいた以前のお小袖だそうで』
と、使の男は、こちらから届けた羽織小袖とひき換えに、武蔵が前から着ていた古い着物と袴とを持って帰り、
『本阿弥のお老母様からも、くれぐれもよろしくと仰せられました』
と、口上を伝えて、扇屋の母屋へ退がって行った。
包みを解いて、以前の古い着物を見ると、武蔵はなつかしかった。あのやさしい気持の妙秀尼が着せてくれた小洒張した衣裳よりも、この扇屋で借着している伊達な袷よりも、雨露に汚れた一着の木綿着物のほうが、彼には、自分の肌にぴったりした物のように思われた。これこそ、修行中の行衣であり、これ以上の必要を少しも感じないのであった。
綻びてもいたし、雨露や汗にも汚れていたはず、さだめし穢いにおいが畳まれていたであろうと思いながら、袖を通し袴を着けてみると、意外にも折目が、ぴんとついていて、あの襤褸にひとしい古小袖が、生れ代ったように、仕立て直してあった。
『老母というものはよいものだ。自分にも母があったら』
武蔵はふと孤愁に囚われて、これから生きて行こうとする生涯を、心の中で遙かに描いてみる。
すでに父母はない。自分を容れない故山に、わびしい独りの姉があるばかりである。
彼は、暫らく沈湎と燈に俯向いていた。ここも、三日の仮の宿だった。
『さ、立とうか』
持ち馴れた刀を手に寄せ、固く締めた帯と肋骨のあいだへぎゅっと差し込むと、彼のふとした寂しさはもう強い意思の外へ弾き出されていた。その刀こそ父母であり妻であり兄弟であるとしよう――と、そうかねがね心に誓っていたところへ彼の心は返っていた。
『行くの。――お師匠さま』
城太郎は先にそこを出て、欣しそうに今夜の星を見た。
(これから烏丸様のお館まで行けば、ずいぶん遅くなるけれど、いくら夜が更けたって、お通さんはきっと、寝ずに待っているにちがいない。――どんなにびっくりするだろうな、きっと、あんまり欣しがって、また泣いちまうかも知れないぞ)
雪の晩からこっち、毎晩、空は美しかった。城太郎は、これから武蔵を連れて行って、お通に歓んでもらうことのみを空想していた。星を仰ぐと、その星のまたたきまでが、自分とともに、歓んでくれているように思える。
『城太郎、おまえは、裏木戸からはいって来たのか』
『え。裏だか表だか知らないけれど、さっきの女のひとと一緒に、そこの門から』
『では、先へ出て、待っていてくれ』
『お師匠さまは』
『ちょっと、吉野どのに挨拶を申して、すぐ行くから』
『じゃあ、外へ出て、待っているよ』
そんなわずかな間も、彼のそばを離れるのは、多少不安がないでもなかったが、今夜の城太郎はもう、なにを命ぜられても、至って素直になりきっていた。
七
この三日ほどを、この隠れ家のうちで、武蔵は、われながら、愚に返ってよく遊んだと思う。
例えていうならば、今日までの自分の心神や肉体という物は、ちょうど、緊りつめている厚氷のようなものであったと思う。
月にも情を閉じ、花にも耳をふさぎ、太陽にも胸をひらかず、ただ冷たく凝結していた自分というものが、顧みられる。
そうした精進一途な自分のすがたにも、彼は、正しさを信じているが、同時に、狭くて小さい一個の頑固者にすぎないものが――自分となることを彼はおそれかけた。
沢庵からずっと前に、
(おまえの強さは、獣の強さと変りがない)
といわれたり、また奥蔵院の日観からも、
(もっと弱くなれ)
と忠告されたりしたことを思いあわせると、武蔵はこの先ともに、この二、三日のような悠暢な日を持つことが、自分には大事であると考えた。
そういう意味で、今、ここの扇屋の牡丹畑を去るにつけても、彼は無益な日を費したとは少しも思わなかった。むしろ、余りに緊りきっている生命へ、暢々と、天然放縦のわがままを与えて、酒ものみ、転寝もし、書も読み、画筆も弄び、欠伸もしたりして、存分に過ごした日が得難い貴重な日であったと感謝されるのだった。
(――その礼を、吉野どのに一言いいたいが)
と、武蔵は、扇屋の庭に佇みながら、彼方の花やかな灯影を見ていた。けれど奥深い座敷の方には変らない「買手共」の猥歌や三絃が満ちていて、吉野にこっそり会って行く術もない。
(ではここから)
と武蔵は、胸のうちで、別れを告げ、また三日にわたるあいだの彼女の好意にも、心から礼を告げてそこを去った。
――裏木戸から外へ出て、待たせておいた城太郎の影へ、手をあげて、
『さ、行こうぞ』
呼びかけると、その後から、城太郎とはべつに、小走りに追いかけて来た者がある。
禿のりん弥であった。
りん弥は、武蔵の手へ、
『これ、太夫様から――』
となにか渡して、すぐ木戸の中へ駈けこんでしまった。
小さく結んだ一片の紙きれである。色紙ほどな懐紙であった。開いて、文字へ眼のゆく前に、ほのかな伽羅の移り香がする。
ちぎりてはちる夜々のあだ花の数々よりも、樹の間過ぎ行く月のおん影こそ忘れ得ざらめ
しみじみ、語ろういとまもなく雲間のおわかれ、
よその杯に、嘆けばと、人はわらい候わめど、ただ一筆のみを
よしの
『お師匠さま、それ、誰から来たてがみ』
『誰からでもない』
『女の人』
『知らん』
『なんと書いてあるの』
『そんなこと、訊かなくてもよい』
武蔵がたたみかけると、城太郎は脊のびをして、
『いいにおいがする。伽羅みたいなにおいだなあ』
と、覗いていう。
伽羅のかおりは、城太郎の鼻にもわかるものとみえる。
門
一
さて、扇屋は出て来たが、まだ遊廓の内である。どうしたらこの囲いから無事に世間へ出られるだろうか。
城太郎は案じて、
『お師匠さま、そっちへ行くと、総門の方へ出ちまいますよ。総門の外には、吉岡の者が見張っているから危いって扇屋の人もいっていた』
『うむ』
『だから、他から出ましょう』
『夜は、総門以外の口は、みな閉まっているそうではないか』
『柵を越えて逃げれば――』
『逃げたといわれては武蔵の名折になる。恥も外聞もなく、逃げさえすればよいと思う位なら、なんのこんな所から出てしまうのは易いが、それがわしには出来ないことだから、静かに折を待っていたのだ。――やはり総門から手を振って出て行こう』
『そうですか』
と城太郎はやや不安な顔いろを見せたが、「恥」を重んじない者は、たとえ生きていても無価値な人間として扱われてしまう武士社会の鉄則は、彼にもよく分っているから、反対はできなかった。
『――だが、城太郎』
『え、なんです』
『おまえは子供だから、なにもわしの通りに行動する必要はない。わしは総門から出て行くが、おまえは先に遊廓の外へ出て、どこかに身を避けて、わしを待っているがいい』
『お師匠様が総門から手を振って出て行くのに、おいら一人どこから外へ出て行くの』
『そこの柵を越えるのだ』
『おいらだけ?』
『そうじゃ』
『いやだ』
『なぜ』
『なぜって、たった今、お師匠様がいったくせに。――卑怯者といわれるだろう』
『おまえには、誰も、そんなことをいいはせぬ。吉岡方で相手としているのは、この武蔵一名で、そちなどは、数のうちにはいっていない』
『じゃあ、どこで待ってたらいいの』
『柳の馬場の辺で』
『きっと来る?』
『うん、必ず行く』
『また、おいらに黙って、どこかへ行ってしまうんじゃない』
――武蔵は顔を横に振って、
『おまえに、噓は教えぬ。さ、人通りのないうちに、はやく越えろ』
城太郎は、辺を見まわして、暗い柵の下へ駈け寄った。けれど、焼丸太の柵は、彼の脊丈の三倍も高かった。
(だめだ、おいらにゃ、とても越えられそうもないや)
自信のない眼で、城太郎は柵の高さを見上げていた。すると武蔵は、どこからか、一俵の炭俵をさげて来て、冊の下においた。
そんな物を踏台にしたって駄目だといわないばかりに、城太郎は武蔵のすることを見ていた。武蔵は、柵の間から外を窺って、暫く、じっとなにか考えている。
『............』
『お師匠様、誰か柵の外にいるんですか』
『この辺、柵の外は、蘆がいちめんに生えている。蘆の原だから水溜りがあるかも知れぬ、気をつけて跳び降りろよ』
『水なんかいいけれど、高くって、上まで手が届かない』
『総門のみでなく、柵の外部にも、要所要所には、吉岡の見張がいるものと思わなければならぬ。外が暗いから、それに用意をして跳び下りぬと、不意に、どんな者が、闇から刀を薙ぎつけて来るかも知れないのだ。――だから、わしが脊丈を貸して上げてやるから、柵の上で一応体を止めて、よく下を見定めてから跳ぶのだぞ』
『はい』
『わしが下から、炭俵を外へ抛ってやるから、その炭俵を見て、なにも変ったことがなかったら跳ぶがよい』
と城太郎の体を、肩ぐるまに乗せて立った。
二
『届くか、城太郎』
『まだ、まだ』
『では、わしの両方の肩に足をのせて、立ってみろ』
『でも、草履だから』
『かまわぬ、土足のままでよい』
肩車の上の城太郎は、脚をかわして、いわれた通り、武蔵の肩のうえに両足をのせて立った。
『こんどは、届いたであろう』
『まだです』
『やッかいな奴だの、身を弾ませて、柵の横木まで跳びつけぬか』
『できないや』
『仕方がない、それでは、わしの両掌に足をのせろ』
『だいじょうぶ?』
『五人や十人乗っても大事はない。さ、よいか』
城太郎の足の裏に、自分の両掌を踏ませて、武蔵は、鼎を差し上げるように、ぐっと自分の頭上より高く彼の体を上げた。
『――ア、届いた、届いた』
城太郎は、柵の上に取り付いた。武蔵は、先刻の炭俵を片手に持ち、外の闇へぽうんと抛った。
炭俵は、どさっと、蘆の中へ落ちた。――なんの異状もないと見えて、その後から城太郎が跳び降りた。
『なんだ、水溜りも、なにもありやしない。お師匠様、ここは、ただの原ッぱだぜ』
『気をつけて行け』
『じゃあ、柳の馬場で』
城太郎の跫音は、闇の遠くへ、遠ざかって行った。
その跫音の聞きとれなくなるまで、武蔵は、柵の隙間へ顔を寄せてじっと立っていた。
――そして彼の行った先に安心すると、初めて身軽そうに、足を早めだした。
それまでの薄暗い遊廓裏の道を捨てて、三筋の中でもいちばん繁華な総門の通りへ出て来ると、そこをぞめき歩いている人影の中に、彼のすがたも、一個の嫖れ男のように紛れてしまう。
しかし――笠も被らずに、そのままの身装で、一歩、総門を踏み出すと、
『あっ、武蔵!』
と、そこらに潜んでいた無数の眼が、むしろ意外のように、一斉に、彼の姿へ向って光った。
総門の両側には、筵がこいの駕屋の溜りがある。そこにも、二、三名の侍が、股火をしながら総門の出入りを睨んでいた。
そのほか、編笠茶屋の床几だの向い側の飲食店などにも、一組ずつ見張りが屯していたし、その中から四、五名の者が交代して、総門の際に立ちはだかり、廓内から出てくる頭巾だの編笠の顔はいちいち無遠慮にのぞき込み、中を隠した駕が来れば、駕を止めて、その覆の中を検めていた。
三日も前からのことである。
吉岡方の者は、武蔵が、あの雪の夜以来、ここから外へ出ていないことを確実につき止めていた。扇屋へ向けて、懸合いもしたし、探りもやってみたが、扇屋では、そんな客はいないというのみで取りあわない。
吉野太夫が彼の身を匿まっているらしいという見当も、全然つかないわけではなかった。けれど今この風流の別世界に限らず、貴顕から民間にまで人気のある吉野太夫へ、武士が徒党して、争いを仕掛けてゆくということも外聞の上から考えられた。
で――遠巻きに、持久戦の策をとって、武蔵が、廓内から出て来るのを厳しく見張っていたのであるが、その折には必ず当の武蔵が姿を変えて出て来るとか、覆駕のうちに隠れて遁れるとか、でなければ、柵を越えて他から脱出するに違いないと極めて、その用意におさおさ怠りない備えを立てていたのだった。
――ところが、平然と、在の儘な姿を灯に曝して、その武蔵が総門を出て来たので、彼等はむしろ恟っとして、いきなりその前へ立ち塞がるものもなかった。
三
遮るもののない以上、武蔵の方で立ち止る理由もない。
大股な彼の足が、もう編笠茶屋の前も過ぎて、百歩も先をぐんぐんと歩いて行く頃になって、
『やるなッ――』
と、吉岡方の中から一人が叫んだようであった。
すると、声に合せて、
『やるなっ』
『やるな!』
同じ言葉を投げながら、どやどやと彼の後から前の方へと八、九名の影が駈け廻り、
『――武蔵待てッ』
と、ここに初めて、正面から激突をあげてきた。
――と、武蔵は、
『何かっ?』
と相手の耳へ不意と感じるような強さで答え、その答えとともに身を横へずっと退いて、道端の小屋を背にして突っ立った。
小屋の横に、巨きな材木が枕木に横たわっているし、辺りに大鋸屑が積もっているなどから見ても、これは木挽職人の寝小屋らしかった。
物音に、
『喧嘩か』
と、中から戸を開けた木挽の男は、外の景色をひと目見ると、
『わっ』
あわてて戸を閉め、内側に心張り棒をかって、それなり布団でも被ってしまったのか、しいんとして、中に人が居るとも思わせない。
吉岡方のものは、野犬が野犬を募るように、指笛を鳴らしたり、呼号をあげたりして、見る間にここへわらわらと集まって来た。こういう折の人数は、二十人が四十人にも、四十が七十人にも、多く見えるものであるが、正確にかぞえても、三十人以下ではなかった。
真っ黒に、武蔵を取りまいた。
いや、その武蔵が、背中の一方を木挽小屋につけているので、その小屋諸共、取り囲んだという形である。
『............』
武蔵は、三面の敵の頭数を、じっと眼で読みながら、この状態が、どう変化してかかって来るか――それをじっと見ているような眸であった。
三十人の人間がかたまれば、それは三十人の心理ではない、一団はやはり一個の心理である。その心理が微妙な動きを取って来る機先を観てしまうことは、そう難しいことではなかった。
案の如く、いきなり単独で、武蔵へ斬りつけて来るようなものはない。集合体の当然な姿勢として、多数が一つ個性にかたまるまでの暫くの間は、ただがやがやと立ち騒いで、武蔵を遠巻きにしながら口々に罵り、中には、市井のならずものみたいに、
『......野郎』
とか、また、単に、
『青二才奴』
とか呻いて、自分たち個々の弱さを、徒らに示すに過ぎない虚勢のまま、やや暫く、桶のように円くなって、武蔵を囲んでいた。
最初から、一個の意思と行動を持っている武蔵のほうは、その間、わずかな間にしろ、彼らよりは十分な余裕を持っていた。大勢の顔の中で、どれとどれが手強いか、どの辺が脆いか、ぴかぴか光る眼つきを拾って、およそ心に備えておく余地すらあった。
『拙者に、待てといわれたのは誰だ。いかにも、拙者は武蔵だが』
彼が、見渡していうと、
『われわれだ。ここにいる一同が呼びとめたのだ』
『では、吉岡の御門下か』
『いうまでもなかろう』
『御用事とは』
『それも、改めて、ここでいう必要もないと思う。――武蔵、支度はいいか』
四
『支度?』
ちらと唇が歪む。
鉄の桶みたいに、彼を囲んでいる殺気は、彼の白い歯から洩れた冷笑に、ふと毛穴の緊まるようなものに面を吹かれた。
武蔵は、語気を揚げて、すぐいいつづけた。
『武士の支度は、寝る間にも出来ておること、いつでも参られい。理も非もない喧嘩仕かけに、人間らしい口数や、武士らしい刀作法は、事可笑しい。――だが、待て、一言聞いておきたい。各々はこの武蔵を、暗殺したいか、正当に討ちたいか』
『............』
『意趣遺恨で来たか、試合の仕返しで来たか。それを訊こう』
『............』
言葉のうちにでも、勿論、武蔵の眼――またその体に斬り込める隙が見出せたなら、囲りの刃は穴から水の噴くように、彼の虚へ向って衝いて出るはずであるが、そういう者もなく、数珠のような沈黙に縛られている大勢のうちから、
『いわずとも知れたこと!』
と、大喝して、武蔵のことばに答えた者がある。
ぎらっと、武蔵はその顔へ眸を射向けた。年輩、態度、この中では、吉岡方の然るべき者らしく思える。
それは、高弟中の御池十郎左衛門だった。十郎左衛門は、自分がまず、初太刀の皮膜を切ろうとするものらしく、ズズと、摺り足に身をすすめて、
『師の清十郎敗れ、つづいて御舎弟の伝七郎様を討たれ、なんのかんばせあって、われわれ吉岡門の遺弟が、汝を無事に生かしておけるかっ。――不幸、汝のため、吉岡門の名は泥地にまみれたれど、恩顧の遺弟数百、誓って師の御無念をはらさいではおかぬ。意趣遺恨のという狼藉ではない、師の寃をそそぎ奉る遣弟の弔い合戦だわ。武蔵っ、不愍だが、汝の首はわれわれが申しうけたぞ』
『おお、武士らしい挨拶を承った。そういう趣意とあれば、武蔵の一命、或はさし上げぬ限りもない。然し、師弟の情誼を口にし、武道の寃を雪ごうという考えなれば、なぜ、伝七郎殿の如く、また清十郎殿の如く、堂々と、この武蔵へすじみちを立てて正当な試合に及ばれぬか』
『だまれっ! 汝こそ、今日まで居所をくらまして、われわれの眼がなくば、他国へ逃げようといたしながら』
『卑劣者は、人の心事も卑劣に邪推する、武蔵は、かくの通り、逃げもかくれもしておらぬ』
『見つかッたればこそであろうが』
『なんの、姿を晦ます心なら、これしきの場所、どこからでも』
『然らば、吉岡門の者が、あのまま、汝を無事に通すと心得ていたか』
『いずれ、各々から挨拶はあるものと存じていた。併し、かような繁華の町中で、人を騒がせ、野獣か、無頼者のような理不尽な争いを演じては、われら一個の名ばかりか、武士という者すべての恥さらし。各々の申さるる師弟の名分も、却って、世の笑いぐさではあるまいか、師へ対しても恥のうわ塗りではござるまいか。――さもあらばあれ、師家は絶滅、吉岡道場は離散、この上、恥も外聞もあろうかと、武門を捨てた気とあらばなにをかいおう、武蔵五体と両刀のつづく限りは、相手になる、死人の山を築いてみせる』
『なにをッ』
十郎左衛門ではない。十郎左衛門の横あいから一人が、こう肱の弦を切りかけると、どこかで、
『――板倉が来るぞっ』
呶鳴った者がある。
五
その頃、板倉といえば、怖い役人という代名詞になっていた。
大路打たすは
誰が栗毛ぞ
伊賀の四郎左か
みなにげる
だの、
伊賀どのはそも
千手観音か天目天か
あまた目付に
百与力
などと、童戯の群れまで謡っているのは、みなその板倉伊賀守勝重のことだった。
今の京都の繁昌は、特殊な発達と、変則な好景気に浮わついていた。それはこの都府が、政治的にも、戦略的にも、日本の分れ目を握っていて、重要な作用を持っているからである。
だから、全国中でも、ここがいちばん文化も進歩していたが、思想的に観ると、最も市政に厄介な土地でもあった。
室町時代の初めから、土着の市民は殆ど、武家の殻をすてて町人になり、そしてただ保守的だった。今では、徳川か、豊臣か、そのどっちかの色を持った武士が、互いにこの分水嶺に拠って、次の時代を、虎視眈眈と窺っている。
その上、素性も知れない、またなんで生計を立てているのか分らないような武家が、ずいぶん郎党や一門を養って相当に根を張っている。
また、今に、徳川、豊臣の二つの勢力が、当然、なにかおっぱじめるに違いないから――犬も歩けば棒にあたるを空頼みにして、蟻のように、うようよしている牢人もたくさんある。
その牢人と組んで、博奕、ゆすり、かたり、誘拐を職業にして立とうとする無頼者も殖えるし、飲食店や売女もそれに灯をつける。いつの世の中にも多い耽溺主義者だの、刹那主義的な人間も、信長の謡った『――人生五十年、化転の夢にくらべれば』を、たった一つの真理と奉じて、一生懸命に、酒と女と刹那の享楽で、早死を心懸けている。
それだけならいいが、そういう虚無的な人間も、いっぱしな政治観や社会観を放言し、そして、徳川とも豊臣とも色分けつかない偽装をもって、その時々の世情によって、狡く泳いで、うまい蔓でもあったら摑もうとしているから、ここの市政は並大抵な奉行ではまず睨みがきかない。
そこで徳川家康の眼鑑で、京都所司代にもって来たのが、板倉勝重だった。
慶長六年以来、与力三十騎、同心百名を付せられて、この勝重が、京都の睨み役に任命された時、ちょっとした話が伝わっている。
家康から、辞令をうけた時、勝重はすぐ命を拝さず、
(邸にもどって、一応、妻とよく相談してから、お答え仕ります)
帰邸すると、勝重は妻に向い、任官の沙汰を告げていうには、
(古来から顕職の栄位に擢んでられて、却ってために、家を亡し、身を害した者が史上にも多い。その因を思うに、みな、門閥と内室のわずらいから起っておる。だから誰よりもおまえの心に相談するのだが、おまえは、わしが所司代となっても、市尹たるわしのすることには、一切口出ししないと誓うなら、任官しようと思うが)
すると妻は、つつしんで誓った。
(なんで婦女子が左様な口出しを致しましょう)
翌る朝、登城するとて、勝重が衣服を着ると、下着の襟を折って着ていた。妻が見て、それを直そうとすると、
(おまえはもう誓いを忘れているではないか)
と叱り、ふたたび妻を堅く誓わしめてから、はじめて家康の命を拝したというのである。
この覚悟で就職した勝重なので、彼のすがたは公明だった。同時に峻厳でもあった。――恐い役人を上に持つことは、嫌がりそうなものだが、事実その後の市民は、彼を父のようにあがめ、家の上に、父がいるように安心した。
さて、話はわき道へそれたが、今、
(板倉が来るぞ)
と、うしろで呶鳴った人間は誰だろうか。勿論、吉岡方の者はすべて、武蔵と対しているので、そんな言葉を徒らに放つはずはない。
六
――板倉が来るぞ。
は当然、
――板倉の手先が来るぞ。
という意味に受取れたのである。
役人にでしゃばられては厄介な場合だった。けれど、こういう盛り場には、極まって見廻りが歩いている。それが、何事かと見て、駈けつけて来たものかも知らない。
それにしても、今の掛声は誰だろう。味方の者でなければ、往来の者の注意か?
――と、御池十郎左衛門はじめ、吉岡門下の眼が、思わず声の方へふと外れると、
『待て、待て』
押分けて、武蔵と吉岡門下のあいだへ、自ら立ち塞がった若衆姿の侍がある。
『や?』
『お身は』
意外な眼を光らせて、自分へ集まる吉岡門下の大勢の眼と、武蔵の眼へ、その前髪は、
(わしだ! この顔は、双方とも前から記憶があるであろうが!)
そういわないばかりに傲然と自己を誇示して、佐々木小次郎はいうのだった。
『今、総門の前で駕をおりると斬合だという往来の声。よもやと思いのほか、かねがね、こんな事件も起ろうかと案じていた各々ではないか。――わしは吉岡の味方でもないし、尚更、武蔵の味方でもない。――だが、武士であり剣客である以上は、武門のために、武士総体のために、敢て各々方にいう資格がある』
前髪の風采に似あわない雄弁だった。そしてその口吻といい、人を睥睨する眼といい、飽くまで傲岸そのものだった。
『――そこで、双方に問うが、もしここへ、板倉殿の手の者でも来て、巷を騒がす不逞の狼藉と見なされ、始末書でも取られたら、双方共よい恥さらしではあるまいか。役人の手をわずらわせば、この態は、ただの喧嘩沙汰としか扱われぬぞ。――場所もわるい――時もわるい――武士たる各々が、社会の秩序をみだすような所業をなせば、武士総体の恥になる。わしは、武士を代表して双方にいう。止せ、ここでは止せ。剣のうえの解決は、剣の作法に従って、改めて時や場所を選んでなすべきではないか』
彼の演舌に圧倒されて、吉岡方の者はみな黙りこんでしまった。御池十郎左衛門は、小次郎がいい終ると、その言葉じりをすぐ取って、
『よしっ』
と強くいった。
『いかにも、道理はその通りに違いない。――だが小次郎、必ずその他日まで、武蔵が逃げ失せぬという保証を貴公はするか』
『してもよいが』
『あいまいでは承諾できぬ』
『だが、武蔵も生き物だし』
『逃がす気だな』
『ばかをいえ』
小次郎は叱咤して、
『左様な片手落をなせば、貴公等の遺恨はわしへかかるではないか。それ程まで、この男を庇ってやらなければならない友誼も理由もわしにはない。......だが武蔵とても、この期になってまさか逃げもすまい。もし、京都から姿を晦ましたら、京都中に高札を建てて汚名を曝してやればよかろう』
『いや、それだけでは承知できぬ。――必ず、他日の果し合までおん身が武蔵の身を預かると保証するなら、一応、今夜のところは別れてもよいが』
『――待て、武蔵の腹を糺してみるから』
小次郎はくるりと振向いた。さっきから、自分の背を射るように見ている武蔵のひとみを正面に睨め返しながら、彼は、自分を押し出すように、ずっと胸を寄せて行った。
七
『............』
『.........‥』
口のうごく前に双方の烈しい眼であった。猛獣が猛獣を見た時のような沈黙であった。
このふたりは、先天的に合わない性格の持主とみえる。お互いが認めているものを、お互いに怖れ合っていた。若い自負心と自負心とが、触れるとすぐ摩擦を起そうとするのであった。
で――それは、五条大橋の時もまた今も同じ心理が竦み合いになりかけた。言葉を交すまえに、眸と眸とが、もう小次郎の感情と、同時に武蔵の感情とを、完全にいい尽し、余すところなく無言の意思が闘っているのである。
――でも、一言はあった。
やがて小次郎の方からである。
『武蔵、どうだ』
『どうだとは』
『今、吉岡側のほうへ、わしが談合したような条件で』
『承知した』
『いいな』
『ただし、其許の条件には、異存がある』
『この小次郎に、身を預けるということの不満か』
『清十郎どの、ならびに伝七郎どのと、二度の試合にも、武蔵は、みじんも卑怯は致しておらぬ。なんで残余の遺弟たちに、かく名乗りかけられて、卑怯な背を見せようか』
『ウム、堂々たるものだ。その広言を、きっと聞き取っておこう。――然らば武蔵、望みの日取は』
『日も場所も、相手方の希望にまかせておく』
『それも潔い。――して、今日以後、おぬしはどこに居所を決めておるか』
『さだまる住居はない』
『住居がわからなくては、果し合の牒状が遣せぬ』
『ここで、お決め下さらば、違約なくその時刻に、お出会い申す』
『ウム』
小次郎は頷いて後へ退がった。そして御池十郎左衛門や門下の者と、暫く話し合っていたが、やがてまた一人離れて来て、武蔵へ、
『相手方は、明後日の朝――寅の下刻というが』
『心得申した』
『場所は、叡山道、一乗寺山のふもと、藪之郷下り松。――あの下り松を出会の場所とする』
『一乗寺村の下り松とな、よろしい、わかった』
『吉岡方、名目人は、清十郎、伝七郎の二人の叔父にあたる壬生源左衛門の一子、源次郎を立てる。源次郎は吉岡家の跡目相続人であれば、その者を立てるが、まだ年端もゆかぬ少年ゆえ、門弟何名かが、介添として立合につくということ......それも念のため申しておくぞ』
相互の約束を取り決めると、小次郎はそこの木挽小屋の戸をたたき、中へはいって行って、戦いている二人の木挽に命じた。
『そこらに、なんぞ不用な板片れがあろう。高札に建てるのじゃ、程よくひいて、六尺ほどの棒杭に打ちつけてくれい』
木挽が板をひいて出すと、小次郎は吉岡の者を走らせて、どこからか筆墨を取り寄せ、達筆を揮って、それへ果し合の主旨を書いた。
相互に神文を取交すより、これを往来に建てることは、絶対な約束を天下へ公約することになる。
吉岡側の手で、それが最も人目につきやすい辻へ打ち建てられるのを見届けて、武蔵は他人事のように、柳の馬場のほうへ足を早めて立ち去った。
八
ぽつねんと、柳の馬場に、武蔵が来るのを待っていた城太郎は、
『遅いなあ』
幾度か、嘆息して、広い闇を見まわしていた。
駕の灯りが駈けてゆく。
酔っぱらいの唄がよろけてゆく。
『――おそいぞ、ほんとに』
もしや? という不安が彼にもないではない。城太郎は突然、柳町のほうへ駈け出した。
すると、彼方から、
『これ、どこへゆく』
『あ、お師匠さま、あまり遅いから見に行こうと思ったんです』
『そうか。あぶなく行き違うところだったな』
『総門の外に、吉岡の者が、沢山いたろ』
『いたよ』
『なにかしなかったか?』
『ああ何もしなかった』
『お師匠様を捕まえようとしなかったの』
『ウム、しなかった』
『そうかなあ』
城太郎は、武蔵の顔を覗き上げて、その顔いろを読むようにまた訊いた。
『じゃあ、なんでもなかったんだね』
『ウム』
『お師匠様、そっちじゃないよ。烏丸様へ行く道は、こっちへ曲るんだよ』
『あ、そうか』
『お師匠様も、早くお通さんに会いたいでしょう』
『会いたいなあ』
『お通さんも、きっと、びっくりするぜ』
『城太郎』
『なに』
『おまえとわしと、初めて会った木賃宿なあ。あれは、何町であったかのう?』
『北野のかい』
『そうそう、北野の裏町だったな』
『烏丸様のお館は立派だぜ。あんな木賃宿みたいじゃないよ』
『ハハハハ、木賃宿とは、較べものにはなるまい』
『もう表門は閉まっているけれども、裏の下部門をたたけば開けてくれるからね。お師匠様を連れて来たっていうと、きっと、光広様も出て来るかも知れないよ。それからねお師匠様、あの沢庵坊主ね、あいつ、とても意地わるだぜ。おいら癪に障っちまった。お師匠様のことを、あんな者は抛ッとけばいいんだっていうのさ。そして、お師匠様のいるところをちゃんと知っているくせに、なかなか教えてくれなかったんだぜ』
武蔵の無口を知りぬいているので、いくら武蔵が黙然と聞いていても、城太郎は独りで勝手にお饒舌りを休めない。
やがて、烏丸家の下部門がそこに見えると、
『お師匠様あそこだよ』
指さして、ふいに立ち止まった武蔵の眼へ、教えるように、
『あの塀の上に、ぽっと明りが映してるだろ。あそこが北の屋で、ちょうど、お通さんが寝ている部屋があの辺なんだぜ。......あの灯りは、お通さんが起きて待っている灯りかも知れないね』
『............』
『さ、お師匠様、はやくはいろう、今おいらが、門を叩いて門番さんを起すからね』
そこへ向って、駈け出そうとすると、武蔵は城太郎の手首をぐっと握って、
『まだ早い』
『どうしてさ、お師匠様』
『わしは、お館へははいらぬ。お通さんへは、おまえからようく言伝をしてもらいたい』
『え、なんだって。......じゃあお師匠様は、なにしにここまで来たのさ』
『おまえを送って来たまでだ』
九
ひそかに万一の変化をおそれて、敏感になっていた童心に、そのおそれていた予感が、ふいに事実となって、大きく映って見えたのであろう。
城太郎は、途端に、
『いけない、いけない』
絶叫に近い声を出し、
『だめだよ、お師匠様。――来なくっちゃだめだよ!』
武蔵の腕を懸命に引ッぱって、もうすぐそこの門の内にいるお通の枕元まで、どうしても連れて行こうとする。
『躁ぐな』
武蔵は、夜気のうちにしんとしている烏丸家の邸内を憚って、
『まあ、よう聞け。わしのいうことを』
『聞かない聞かない! お師匠様はさっき、おいらと一緒に行くといったじゃないか』
『だから、ここまで、おまえと共に来たではないか』
『門の前までといやしないじゃないか。おいらはお通さんに会うことをいってたんだ。お師匠様が弟子に噓を教えていいのかい』
『城太郎、そう猛らずに、まあわしの言葉を落ちついて聞けよ。この武蔵にはまた、近いうちに、生死の知れぬ日が迫っておるのだ』
『侍はいつも、朝に生れて夕べに死ぬる覚悟を勉強しているのだって、お師匠様は口癖にいってるじゃないか。それなら、そんなこと、今始まったことでもないだろ』
『そうだ、自分で常にいい馴れている言葉も、そうしてお前の口からいわれると、かえって教えられる気持がする。――今度という今度こそは、武蔵も覚悟のとおり、九死のうち一生も覚束なかろう。それゆえ、猶さらお通さんには会わぬ方がよいのだ』
『なぜ。なぜ! お師匠様』
『それはお前に話してもわからぬ。お前も今に大きくなってみると分る』
『ほんとに......ほんとにお師匠様は、近いうちに、死ぬようなことがあるの』
『お通さんへはいうなよ。......病気なそうじゃが、体を堅固にして、ゆく末よい道を選んでたもれと......なあ城太郎......そうわしがいって行ったと申して、今のようなことは、聞かさぬがよいぞ』
『嫌だ。嫌だ。おいらはいうよ! そんなこと、お通さんに黙っていられるもんか。――なんでもいいからお師匠様、来ておくれよ』
『わからぬ奴!』
武蔵が振り離すと、
『でも、......お師匠様』
城太郎は泣き出してしまい、
『でも! ......でも! ......それじゃあ、お通さんが、あんまり可哀そうだ。......お通さんに......今日のこと話したら、お通さんは、よけいに病気がわるくなっちまうに極ってら』
『――だからこういってくれ。所詮兵法修行のうちは、会うたとて、お互いの不為。多艱に克ち、忍苦を求め、自分を百難の谷そこへ捨ててみねば、その修行に光りはついて来ないのだ。なあ城太郎、お前もまた、その道を今に踏んで行かねば一人前の兵法者にはなれまいぞ』
『............』
泣きじゃくっている城太郎の姿を見れば、武蔵はまた可憐しくもなって、その頭をふところへ抱き寄せ、
『いつ果てるか知れないのが兵法者の常、おまえも、わしが亡い後は、よい師を捜せよ。お通さんにも、このまま会わぬ方が、行末になってみれば、あの人の倖せになり、武蔵の気持も、その時には、よく分ってくる筈だ。......おお、そこの塀の内に映している明りが、お通さんのいる部屋か。......お通さんも寂しかろ。さ、はやくおまえも戻って眠るがいい』
十
無茶はいうが、城太郎にも、武蔵の苦衷の半分ぐらいは、なんとなく分っているらしいのである。泣きじゃくりながらも、拗ねた背中を向けているのは、一頃よりは物の理解が少しついてきた証拠で、お通さんには可哀そうだし、お師匠様にはこれ以上の無理もいえないし――と立ち往生している童心の鳴咽が拗ねて見えるのだった。
『じゃあ、お師匠様』
手放しの泣き顔を、不意と、武蔵へ振向けると、最後の一縷へ縋りつくように、
『――修行がすんだら、その時は、お通さんとも仲よく会うの。え、え。お師匠様の修行が、もうこれでいいと、いう時が来たら』
『それはもう、そうなればなあ......』
『それは何日?』
『何日ともいえぬ』
『二年?』
『............』
『三年?』
『修行の道には果がない』
『じゃあ、一生涯もお通さんと会わないつもり』
『わしに天禀があれば、道に達する日もあろうが、わしに素質がなければ、生涯かかってもまだこのままの鈍物でいるかも知れん。――それになによりは、目前に死を期していることがある。――死んで行く人間がなんで、これから花も咲こう実も成ろうとする若い女子と、ゆくすえの約束などを誓えよう』
武蔵が思わずその点まで口を辷らすと、城太郎には、そこの要点はまだよく理解し難いものと見え、すこし怪訝そうに、
『だから、......お師匠様、そんな約束なんかしないことにして、ただお通さんと会えばいいじゃないか』
と、したり顔にいう。
武蔵は城太郎に対して、いえばいう程、自身のうちに矛盾を感じ、迷いを覚えて、苦しくなった。
『そうはゆかないのだ。お通さんも若い女子、武蔵も若い男。しかも、おまえにいうのも恥ずかしいが、会えばわしはお通さんの涙に負けてしまう。きっと、お通さんの涙に今の堅い決心を崩されてしまう......』
柳生の庄で、お通の姿を見ながら逃げて去った彼の時の回避と――今夜の彼の気持とでは、同じ形にあらわれても、武蔵の心の内面には、大きな相違を自覚していた。
花田橋の時でも、柳生谷の時でも――以前はただ、青雲にあこがれる壮気と覇気――また潔癖に似た驀しぐらな道心が、火が水を弾くように、女性の情を反撥したに過ぎなかったが、今の武蔵には、元来の野性が、徐々と智育されてくるにつれて、そこから一面の弱さも当然に覚えて来つつあった。
またと生れ得ない世に生れてきた生命の尊さを知っただけでも、それだけ恐さを知って来たのである。剣に生きる人間以外に、種々に生きる道を辿っている人生の視野を知っただけでも、それだけ、独りよがりの自負心を削がれているのである。
「女」というものについても武蔵は、その魅力を、吉野に見ているし、自分という実体の中からも多分に「女」に持つ人間のあらゆる惑情を知りかけている――で今の武蔵は、その対象を恐れるよりも、自分の心を恐れるのだった。――殊にその対象の人がお通である場合において、彼には、それに克てそうな自信もないし――また、彼女の一生というものを考えずに、彼女を考えることもできなかった。
しくしくと泣いている城太郎に、
(わかったか......)
と、武蔵のことばが耳のそばに聞えていたので、城太郎は肱で顔を抑えていたが、ふとその泣き顔を上げると、もう彼の前には靄のこめた厚い闇しか見えなかった。
『――あッ、お師匠様っ』
ばたばたと城太郎は、長い築地の角まで走って行った。
十一
大声あげて、城太郎は叫ぼうとしたが、叫んでも無駄なことが分っているので、彼は、わっと泣きながら、築地に顔を押し当てた。
『............』
いいことと信じてやった幼い一心が、大人の思慮によって覆えされると、それに服従はしても、理窟は分っても、口惜しくてたまらないらしいのである。
泣くだけ泣いて、声がつぶれると、肩で波打ちながら、まだしゃくりあげていた。
――と。
館のお下婢の女でもあろうか、今、どこからともなく戻って来て、下部門の外に佇んだ人影がある。ふと、暗がりの鳴咽が耳にふれたのであろう、被衣のひさしを向けて、弱々と近づいて来ながら――
『......城太さん?』
疑うように呼んだ。
『......城太さんじゃないの?』
ふた声目に、城太郎は、ぎょっとしたような顔を向け、
『あっ、お通さん?』
『まあ、なにを泣いているんです――そんなところで』
『お通さんこそ、病人のくせに、どうして外へなんか』
『どうしてって、おまえくらい人を心配させる者はない。わたしにも、お館の人へも、なにもいわずに、いったい、今までどこを歩いていたんです......。灯りが点いても帰って来ないし、御門が閉まっても姿が見えないし、どんなに心配したか知れません』
『じゃあ、おいらを捜しに出ていたの』
『もしやなにか、間違いでもあったのではないかと、寝ているにも寝ていられなくなって』
『ばかだなあ、病人のくせに。またこの後、熱が出たらどうするんだい。さあ、はやく寝床へ引込みなよ』
『それよりなんでお前は泣いていたの』
『後でいうよ』
『いいえ、凡事ではないらしい。さ、事情をお話し』
『寝てから話すからさ、お通さんこそ、はやく寝てくれよ。明日また、うんうん唸っても、おいら知らないぜ』
『じゃあ、部屋へはいって寝ますから、ちょいとだけ話しておくれ。......おまえ沢庵様の後を追いかけて行ったのでしょう』
『ああ......』
『その沢庵様から、武蔵様のいらっしゃる所をきいておいた?』
『あんな情知らずの坊さんは、おいら嫌いだ』
『じゃあ、武蔵様の居所は、とうとう分らずじまいですか』
『ううん』
『分ったの』
『そんなこといいから、寝ようよ、寝ようよ。――後で話すからさ!』
『なぜ、わたしに隠すんですか。そんな意地悪をするなら、わたしは寝ずにここにいるからいい』
『......ちえッ』
城太郎は、もいちど泣き直したいように、眉を顰めながら、お通の手を引っ張って、
『――この病人も、あのお師匠様も、どうしてそう、おいらを困らすんだろうなあ。......お通さんの頭にまた、冷たい手拭を当ててからでないと話せないことなんだよ。さ、おはいりよ! はいらなければ、おいらが担いで行って寝床の中へ押しこむよ』
片手にお通の手をつかみ、片手で下部門の戸をどんどん叩きながら、癇癪まぎれに、城太郎は呶鳴った。
『門番さん! 門番さん! 病人が寝床から外へ抜け出しているじゃないか。――開けとくれよ。はやく開けないと病人が冷えちまうよ!』
明 日 待 酒
一
額に汗をにじませ、酒も少し手伝っているらしい顔色をして、本位田又八は、五条から三年坂へ傍見もせず駈けて来た。
例の旅籠屋である。石ころの多い坂の途中から、汚い長屋門の下を駈けぬけ、畑の奥の離屋まで来ると、
『おふくろ』
と部屋のうちを覗き、
『――なあんだ、また昼寝か』
と舌打ちして呟いた。
井戸端で一息つき、ついでに手足も洗って上って来たが、老母はまだ眼もさまさず、どこが鼻か唇かわからないほど、手枕に顔を押し潰して鼾をかいているので、
『......てえっ、まるで泥棒猫みたいに、暇さえあると、寝てばかりいやがる』
よく眠っていると思っていた老母は、その声にうす目をあいて、
『なんじゃあ?』
と起き上ってきた。
『おや、知ってたのか』
『親をつかまえて、なにをいうぞ。こうして、寝て置くのがわしの養生じゃ』
『養生はいいが、おれが少し落着いていると、若いくせに元気がないの、やれその暇に手懸りを探って来いのと、びしびし叱りつけながら、自分だけ昼寝しているのはなんぼ親でも勝手すぎようぜ』
『まあゆるせ、ずいぶん気だけは達者なつもりでも、体は年に勝てぬとみえる。――それにいつぞやの夜、おぬしと二人して、お通を討ち損ねてから、ひどう落胆してのう、あの晩、沢庵坊めに抑えられたこの腕の根が、いまだに痛んでならぬのじゃ』
『おれが元気になるかと思えば、おふくろが弱音を吐くし、おふくろが強くなるかと思えば、おれの根気がはぐれてしまうし、これじゃあ、いたちごッこだ』
『なんの、今日はわしも骨休めに一日寝ていたが、まだおぬしに弱音を聞かせるほど、年は老らぬ。――して又八、なんぞ世間で、お通の行先とか、武蔵の様子とか、耳よりな話は聞かなんだか』
『いやもう、聞くまいとしても、えらい噂だぞ。知らないのは、昼寝しているおふくろぐらいなものだろう』
『やっ、えらい噂とは』
お杉は膝をつき寄せて来て、
『なんじゃ? 又八』
『武蔵がまた、吉岡方と、三度目の試合をするというのだ』
『ほ、どこで何日』
『遊廓の総門前にその高札が建ててあったが、場所はただ一乗寺村とだけで、詳しくは書いてない。――日は明日の夜明け方となっていた』
『......又八』
『なんだい』
『汝れは、その高札を、遊廓の総門のわきで見たのか』
『ウム、大変な人だかりさ』
『さては昼間から、そのような場所で、のめのめと遊んでいたのじゃろうが』
『と、とんでもねえ』
慌てて手を振りながら、
『それどころか、稀に酒ぐらい少し飲むが、おれは生れ代ったように、あれ以来、武蔵とお通の消息を探り歩いているじゃねえか。そうおふくろに邪推されちゃ情なくなる』
ふとお杉は、不愍を増して、
『又八、機嫌なおせ、今のは、ばばの冗談じゃ。汝れの心が定まって、元のような極道もせぬことは、ようこの老母も見ているわいの。――したがさて、武蔵と吉岡の衆との果し合が明日の夜明けとは急なことじゃな』
『寅の下刻というから、夜明けもまだ薄暗いうちだなあ』
『おぬし、吉岡の門人衆のうちに、知っている者があるといったの』
『ないこともないが......そうかといって、あまりいいことで知られているわけでもねえからなあ、なにか、用かい』
『わしを伴れて、その吉岡の四条道場とやらへ案内してほしい。――直ぐにじゃ。汝れも支度したがよい』
二
年寄りのせっかちというものはひどく勝手である。悠々閑と、今まで昼寝していた自分のことは棚へあげ、
『又八、早うせんか』
と、人の落つきに、眉をしかめて、当って来る。
又八は、身支度もせず、けろりとして、
『なんだい慌てて、軒に火でもついたように、――第一、吉岡道場へ行って、いったいどうするつもりなのだ、おふくろの料簡は』
『知れたこと、母子して、お願いしてみるのじゃわ』
『なにを......』
『明日の夜明け、吉岡の門弟衆が武蔵を討つというたであろが、その果し合の人数のうちへ、わしら母子も加えていただき、及ばずながら力を協せて、武蔵めに、一太刀なりと、恨まにゃならぬ』
『アハハハハ、アハハハ、......冗談じゃねえぞ、おふくろ』
『なにを笑うぞ』
『あまり暢気なことをいってるからよ』
『それは、汝れのことじゃ』
『おれが暢気か、おふくろが暢気か、まア街へ出て、世間の噂をちっと聞いて来るがいい。――吉岡方は、先に清十郎を敗られ、伝七郎を討たれ、今度という今度こそは、最後の弔い合戦だ。破れかぶれも手伝って、血の逆った連中ばかりが、もう滅亡したも同様な四条道場に首をあつめ、この上は、多少の外聞にかかわろうとも、なんでも武蔵を打ち殺してしまえ、師匠の讐を弟子が打つ分には、敢て、尋常な手段や作法にこだわっている必要はない――と公然、今度こそは大勢しても武蔵を討つと、言明しているのだ』
『ホウ......そうか』
聞くだけでも耳が娯むように、お杉は眼をほそめて、
『それでは、いかな武蔵めも、こんどはなぶり斬りに遭うじゃろう』
『いや、そこはどうなるか分らない。多分、武蔵の方でも、助太刀を狩りあつめ、吉岡方が大勢ならば、彼も多勢で迎えるだろうし、さてそうなれば喧嘩は本物、戦のような騒ぎになるのじゃないかときょうの京都は、その噂で持ちきりなのだ。――そんな騒動の中へ、ヨボヨボなおふくろが助太刀にまいりましたなどと行って見たところで、誰も相手にするものか』
『ウーム......それやそうじゃろうが、じゃといって、わしら母子が、これまで尾け狙うてきた武蔵が、他人の手で討たれるのを、黙って見ていてよいものか』
『だから、俺はこう思うんだ。あしたの夜明けごろまでに一乗寺村まで行っていれば、果し合のある場所も、その様子もきっと分る。――そこで、武蔵が吉岡の者に討たれたら、その場へ行って、母子して両手をつき、武蔵とおれ達のいきさつを詳しく述べて、死骸に一太刀恨ませてもらう。その上、武蔵の髪の毛なり、片袖なりを貰って、かくの通り、武蔵を討ち取ったと故郷の衆に話せば、それでおれ達の顔は立つじゃねえか』
『なる程。......汝れの考えも智慧らしいが、そうするより他はあるまいの』
坐り直してお杉はまた、
『そうじゃ、それでも故郷への面目は立つわけじゃ。......後はお通ひとり。武蔵さえ亡ければ、お通は木から落ちた猿も同様、見つけ次第、成敗するに手間暇はかからぬ』
独り言に、うなずいて、やっと年寄りのせっかちも、そこで落つくところに落ついたらしい。
又八は、醒めた酒を思い出したように、
『さあ、そう極めたら、今夜の丑満ごろまでは、ゆっくり骨を休めて置かなけりやならねえ。......おふくろ、少し早いが、晩飯の一本を、今から酌けて貰おうか』
『酒か。......ム、帳場へいうて来やい。前祝いに、わしも少し飲もう程に』
『どれ......』
と、億劫そうに、手を膝にかけて起ちかけたと思うと、又八は、なにを見たのか、あっと横の小窓へ大きな眼をみはった。
三
ちらと、白い顔が窓の外に見えたのであった。又八がびっくりしたのは、単にそれが若い女であったというだけではない。
『やっ、朱実じゃねえか』
彼は窓へ駈けよった。
逃げそびれた小猫のように、朱実は木蔭に立ち竦んでいた。
『......まあ又八さんだったの』
彼女もびっくりしたような眼をそこにみはって。
そして、伊吹山のころから今もまだ、帯か袂か、どこかに付けているらしい鈴が、顫えるように彼女の身動きとともに鳴った。
『どうしたのだ、こんなところへ、どうして不意に来たのか』
『......でも、わたしここの旅籠に、もうずっと前から泊っていたんですもの』
『ふウム、......そいつあちっとも知らなかった。じゃあ、お甲と一緒にか』
『いいえ』
『一人で?』
『ええ』
『お甲とはもう一緒にいないのか』
『祇園藤次を知っているでしょう』
『ウム』
『藤次とふたりで、去年の暮、世帯をたたんで他国へ逐電してしまったんです。わたしはその前からお養母さんとは別れて......』
鈴の音がかすかに顫えて鳴る。見れば袂を顔に押し当てて、朱実はいつの間にか泣いているのだった。木蔭の光線の青いせいか、それの襟あしといい細い手といい、又八の記憶にある朱実とはひどく違って来たように思われる。伊吹山の家や、よもぎの寮で、朝夕見ていたような処女の艶はどこにもない。
『――誰じゃあ? 又八』
と、うしろでお杉がいぶかって訊ねた。
又八は振顧って、
『おふくろにも、いつか話したことがあるだろう。あの......お甲の養女さ』
『その養女が、なんでわしらの話を窓の外で立ち聞きなどしていたのじゃ』
『なにもそう悪く取らなくてもいいやな。この旅籠に泊り合せていたのだから、何気なく立ち寄ってみたまでのことだろう。......なあ朱実』
『え、そうなんです。まさか、ここに又八さんがいようなんて、夢にもあたし知らなかった。......ただ、いつぞや、ここへ迷れて来た時に、お通という人は見かけたけれど』
『お通はもういない。おめえ、お通となにか話したのか』
『なにも深い話はしなかったけれど、後で思い出しました。――あの人が、又八さんをお故郷で待っていた許嫁のお通さんなのでしょう』
『ム、まあ、以前は、そんなわけでもあったんだが』
『又八さんもお養母さんのために......』
『おめえはその後、まだ、独り身かい。だいぶ様子が変ったが』
『わたしも、あのお養母さんのためには、ずいぶん辛い思いを忍んで来ました。それでも育ててもらった恩義があるので、じっと辛抱して来たんですけれど、去年の暮、我慢のならないことがあって、住吉へ遊びに行った出先から、独りで逃げてしまったんですの』
『あのお甲には、おれもおめえも、これからという若い出ばなを滅茶滅茶にされたようなものだ。......畜生め、その代りにゃあ今に、碌な死にざまはしやしねえから見ているがいい』
『......でも、これから先、あたしどうしたらいいのかしら?』
『おれだって、これから先の道は真っ暗だ。......あいつにいった意地もあるから、どうかして、見返してやりてえと思っているが。......あアあ......思うばかりで』
窓越しに、同じ運命を託ち合っていると、お杉はさっきから一人で旅包みを拵えていたが、舌うちして、
『又八、又八。用でもない人間と、なにをぶつぶついうているのじゃ。こよい限りでこの旅籠も立つのじゃないか、汝が身も少し手伝うて身仕舞でもしておかぬか』
四
なにかまだ話したそうな様子であったが、お杉に気がねして、朱実は、
『じゃあ又八さん、後でまた』
悄々と、立ち去った。
程なく――
ここの離屋には灯りが点る。
夜食の膳には、誂らえた酒がつき、酌み交している母子の間へ、勘定書が盆に載っている。旅籠の手代だの、亭主だの、交る交る別れの挨拶に来て、
『いよいよ今夜のお立ちだそうでございますなあ。長い御逗留にも、なんのおかまいも申しあげませんで。......どうぞこれに懲りなく、また京都へお越しの折にはぜひとも』
『はい、はい。またお世話になろうも知れませぬ。年暮から初春を越して、思わず三月越しになりましたのう』
『なんだかこう、お名残り惜しゅうございますな』
『ご亭主、お別れじゃ、一盞あげましょう』
『おそれいりまする。......ところで御隠居様、これからお故郷元へお帰りで?』
『いえいえ、まだ故郷へは何日帰れることやら』
『夜中に、お立ちだと伺いましたが、どうしてまたそんな時刻に』
『急にちと大事が起りましてのう。......そうじゃ、お宅に、一乗寺村の割絵図があるまいか』
『一乗寺村といえば、白河からまだずんと端れで、もう叡山に近い淋しい山里。あんな所へ、夜明け前にお出でなされても......』
亭主のいう腰を折って、又八が横から、
『なんでもよいから、その一乗寺村へ行く道筋を、巻紙の端にでも書いておいておくれ』
『承知いたしました。ちょうど一乗寺村から来ている雇人がおりますゆえ、それに聞いて分りよく絵図にして参りましょう。したが、一乗寺村というても広うござりまするが』
又八は少し酔っていた。やたらに鄭重振る亭主の話がうるさそうに、
『行く先のことなんざ心配しなくともいい。道順だけ訊いているのだ』
『おそれ入りました。――では、悠々、お支度を遊ばして』
揉手しながら、亭主は縁へ退りかけた。
ばたばたと、母屋から離屋の周りを、そのとき、旅籠の雇人たちが三、四名駈けていた。亭主のすがたをここに見ると、一人の番頭が、あわてていった。
『旦那、この辺へ逃げて来ませんでしたか』
『なんじゃ。......なにが?』
『あの――この間から奥に一人で泊っていた娘っ子で』
『えっ、逃げたって』
『夕方までは、慥に、姿が見えたんですが......どうも部屋の様子が』
『いないのか』
『へい』
『阿呆共が』
煮え湯を飲んだように亭主の顔は変った。客の部屋の閾際で揉手をしている時とは別人のように口汚く、
『逃げられてから騒いだとて、後の祭りじゃ。――あの娘の様子といい、初手から事情のあるのは知れきっている。――それを七日も八日も泊めてから、お前らは初めて一文無しと気がついたのであろが。――そんなことで、宿屋商売が立ってゆかれるか』
『相済みません。つい、処女な娘と思って――まったく一杯食ってしまったんで』
『帳場の立て替や、旅籠代の倒れは仕方がないが、なにか、相宿のお客様の物でも紛失していないか、それを先に調べて来なさい。エエ忌々しいやつめ』
舌打して、亭主も戸外の闇へ、眼いろを研いだ。
五
夜半を待ちながら、母子はなんべんか銚子を代えた。
お杉は、自分だけ先に、飯茶碗をとって、
『又八、おぬしも、もう酒はよくはないか』
『これだけ』
と、手酌で酌いで――
『飯はたくさんだ』
『湯漬けでも食べておかぬと、体にわるいぞよ』
前の畑や、路地口を、雇人の提燈がしきりと出入りしていた。お杉はそこから見て、
『まだ捕まらぬとみえる』
と、つぶやいた。そして、
『関り合いになってはつまらぬゆえ、亭主の前では黙っていたが、旅籠代を払わずに逃げた娘というのは、昼間、汝れと窓口で話していたあの朱実じゃないのか』
『そうかもしれねえ』
『お甲に育てられた養女では、碌な者であろうはずはないが、あのようなものと出会うても、この後は口など交しなさるなよ』
『......だがあの女も、考えれば、可哀そうなものさ』
『他人に不愍をかけるもよいが、旅籠代の尻ぬぐいなどさせられては堪らぬ。ここを発つまで、知らぬ顔していやい』
『............』
又八は、べつなことを考え出しているらしく、髪の根をつかみながら、横になって、
『忌々しい阿女だなあ。思い出すと、彼女の面が天井に見えてくる。......おれを過まらした生涯の仇は、武蔵でもねえ、お通でもねえ、あのお甲だ』
お杉は聞き咎めて、
『なにをいうぞ、お甲などという女を討ったところで、故郷の衆が、誉めもせぬし、家名の面目も立ちはせぬがな』
『......ああ、世の中が面倒くさくなった』
旅籠の亭主が、その時、縁先から提燈と顔を見せていった。
『御隠居さま。ちょうど丑の刻が鳴りましたが』
『どれ......発ちましょうか』
『もう出かけるのか』
又八は、伸びをして、
『亭主、さっきの食い逃げ娘は、捕まったかい』
『いや、あれ限りでございますよ。縹緻が踏めるので、万一、旅籠代や立替が取れなくても、住み込ませる口はあると安心していたところ、先手を打たれてしまいましたわい』
縁先へ出て、草鞋の緒をしめながら、又八は振返った。
『オイ、おふくろ、なにをしているんだい? ......おれを急きたてておいては何日も自分がまごまごしていやがる』
『まあ待たぬかい、気忙しない。......のう又八、あれは汝が身に預けたであろうか』
『なにを』
『この旅包みの側へおいたわしの巾着じゃ。......宿の払いは、胴巻のお金で払い、当座の路銀をその巾着に入れておいたのじゃが』
『そんな物、おれは知らねえよ』
『ヤ、又八、来てみやい、この旅包みに、又八様として、なにやら紙片れが結いつけてあるぞ。......なんじゃと? ......まアいけ図々しやな、元の御縁に免じて、拝借してゆく罪をゆるしてくれと書いてあるわ』
『ふウん......じゃあ朱実が攫って行ったのだろう』
『盗んで罪をゆるしてくれもないものじゃ。......これ御亭主、客の盗難は、宿主も責めを負わずばなりますまい。なんとして下さるのじゃ』
『へえ......それでは御隠居様には、あの食い逃げ娘を、前から御存じでございましたので。......ならば、手前どもで踏み倒された勘定や立替のほうを先に、なんとかしていただきたいものでございますが』
亭主がいうと、お杉は、眼を白黒しながら、あわてて顔を横に振った。
『な、なにを仰っしゃる、あんな盗ッ人娘に知る辺はない。ささ、又八、まごまごしていると鶏が啼きだすぞ。出ましょうわい、出ましょうわい』
必 殺 の 地
一
――まだ月がある。
朝といっても恐ろしく早いのだ。自分たちの影法師が白い道の上に、黒々と重なって動くのが、なんだか不思議に見える。
『案外だなあ』
『ウム、だいぶ見えない顔がある。百四、五十人は集まると思っていたが』
『この分では、半分かな』
『やがて後から見える壬生源左衛門殿や、御子息や、あの親類がたを入れて、まあ六、七十人だろうな』
『吉岡家も廃ったなあ。やはり清十郎様、伝七郎様の二つの柱がもう抜けてしまったのだ。大厦の覆えるとはこのことか』
影法師の一かたまりが囁いていると、彼方の石垣の崩れに腰かけている一群が、
『気の弱いことをいうな。盛衰はこの世の常だ』
と、誰か呶鳴るようにこっちへ向いていう。また、べつな一団が、
『来ない奴は来ないにしておけばいいじゃないか。道場を閉じたからには、めいめい自活の道を考える奴もあろう。将来の損得を思慮する人間もあるだろう。当り前のことだ。――その中で、あくまで、意地と義気に生きようとする遺弟だけがここに自と集まるのだ』
『百の二百のという人数はかえって邪魔になる。討つべき相手はたった一人ではないか』
『アハハハ。誰かまた、強がっているわい。蓮華王院の時はどうした。そこにいる連中、あの折、居合せながら、みすみす武蔵の姿を見送っていたのじゃないか』
叡山、一乗寺山、如意ケ岳、すぐ背後の山は皆、まだ動かない雲の懐に深く眠っている。
ここは俗称藪之郷下り松、一乗寺址の田舎道と山道の追分で、辻は三つ股にわかれている。
朝の月を貫いてひょろ長い一本松が傘枝をひろげていた。一乗寺山の裾野地ともいえる山の真下なので、道はすべて傾斜している上に石ころが多く、雨降りの時は流れになる水のない河の跡が幾すじも露出している。
下り松を中心に、吉岡道場の面々は、月夜蟹のようにさっきから、その辺を占めて、
『この街道が三つに分れているので、武蔵がどこから来るかそれが考えものだ。同勢をすべて三手に分けて、途中に伏せ、下り松には名目人の源次郎様に、壬生の源左どの、その他、旗本格として御池十郎左、植田良平殿など、古参方が十名ほどひかえておられたらよろしかろう』
地形を案じていう者があると、また一人が、
『いや、ここの足場は狭隘だから、あまり一カ所に人数をかためておいてはかえって不利だろう。それよりも、もっと距離をおいて、武蔵の通り道にかくれ、いちど、武蔵の姿をやり過してから、前と背と、いちどに起って、ふくろ包みにすれば万討ちもらすことはあるまい』
と、一説を立てる。
人数の多数から自とわきあがる意気は天をも衝くように見えた。離れたり集まったりする影法師には、皆、長やかな刀の鐺か、横たえている槍の影が串刺しになっていた。そしてその中には、一人の卑怯者らしいものもなかった。
『――来た、来た』
まだ十分に時刻は早いと分っていながら、彼方から一人が叫んで来ると、すぐに、ぎくっと肌のうぶ毛が凍るような心地して、影法師は皆しいんと黙りこくった。
『源次郎様だ』
『駕でござったな』
『なんといっても、まだお年若だからな』
人々の眼の向いた方に――遠く提燈の灯三つ四つ――その提燈よりも明るい月の下を叡山颪しに吹かれながら、ちらちらと近づいて来るのが見えた。
二
『やあ、揃ったな、各々』
駕を捨てたのは老人だった。次の駕からまだ十三、四歳の少年が降りた。
少年も老人も、白鉢巻をして、高く股立をかかげていた。壬生の源左衛門父子である。
『これ、源次郎』
老人は、子へいい聞かせた。
『そちはこの下り松のところに立っておればよい。松の根元から動くでないぞ』
源次郎は黙ってうなずいた。
その頭を撫でながら、
『きようの果し合は、そちが名目人になっているが、戦いは、他の門弟衆がやる。おまえはまだ幼いから凝とここに控えていればよいのじゃ』
源次郎はこっくりして、正直にすぐ松の根元へ行き、五月人形のように凛々しく立った。
『まだよい、まだちと早い、夜明けまでにはだいぶ間があるでな』
腰を探って、がん首の大きな太閤張りの煙管を抜き、
『火はないか』
と、まず味方に余裕のあるところを示すつもりで見まわすと、
『壬生の御老台、火打石はいくらもあるが、その前に、人数を手分けしておいてはどうか』
御池十郎左衛門が前へ出ていう。
『それも一理あるな』
たとえ血脈の間がらとはいえ、幼少の子を果し合の名目人に提供して惜しまないほどの好々爺である。一も二もなく他説に従って、
『――では早速、備え立てして敵を待とう。しかし、この人数をどう分けるというのか』
『この下り松を中心とし、三方の街道へ、各々約二十間ばかりの距離をおいて、道の両側に潜んでいることとする』
『して、ここには』
『源次郎様のそばには、拙者、また御老台、その他十名ほどの者がいて、護るばかりでなく、三道のどこからか、武蔵が来たとの合図が起ったら、すぐそれへ合体して一挙に彼を葬ってしまう』
『待たっしゃい』
老人らしく、熟っくりと考えこんで、
『――幾カ所にも分割してしまうことになるなら、武蔵が、どの道から来るかわからぬが、真先に彼へぶつかる人数は、およそ二十名ぐらいにしか当るまい』
『それだけが、一斉に取り巻いているうちには』
『いや、そうでないぞ。武蔵にも、何名かの加勢がついて来るに極っている。それのみでなく、いつぞやの雪の夜、伝七郎との勝負の果に、あの蓮華王院での退きようを見ても、武蔵という奴、剣も鋭いかしらんが、退きも上手じゃ。いわゆる逃げ上手という兵法を知った奴じゃ。だから、手薄なところで、素ぼやく三、四名に傷を負わせ、さっと引き揚げて――後に一乗寺址においては、吉岡の遺弟七十余名を相手に、われ一人にて勝ったりと、世間へいい触らすかもわからぬて』
『いや、そうはいわさぬ』
『――というたところで後となれば水掛論。武蔵の方に、何名助太刀がついて来ても、世間は彼の名一つしかいわぬ。その一人の名と大勢の名とでは、世間は相違なく、大勢らしい方を憎む』
『わかり申した。つまり今度という今度こそは、断じて、武蔵を生かして逃がすようなことがあってはならぬということでしょう』
『そうじゃ』
『仰しゃるまでもなく、万が一にも、ふたたび武蔵を逃がすような失策を生じたら、後でどう弁解しても、われわれの汚名はもう拭われますまい。ですから今晩は、ただ一つに彼奴を討ち殺すのを目的とし、そのためには、手段も選ばない所存でござる。死人に口なし、殺してしまえば、世間はわれわれの宣ぶる言を信じて聞くしかないのですから』
御池十郎左衛門はそういって、辺に群れを作っている人々のうちを見廻して、四、五人の名を呼びあげた。
三
半弓を携えた門人が三名、鉄砲を持った門人が一名、
『お呼びですか』
と、前へ進んだ。
御池十郎左衛門は、
『ウム』
と頷いたのみで、源左老人へ向っていった。
『御老台、実はこういう用意までいたしているのでござる。もう御懸念は去りましたろう』
『ヤ、飛び道具』
『どこか、小高い場所か、樹の上に伏せておいて』
『醜い仕方と、世間の評がうるさくはないか』
『世評よりは武蔵を斃すことが第一だ。勝ちさえすれば世評も作れる。敗れたら真実を云っても、世間は泣き言としか聞いてくれまい』
『よし、そこまで、腹をすえてやる儀なら、異存はない。たとい武蔵に、五人や六人の加勢がついて来ても、飛び道具があればよも討ち洩らしもいたすまい。――では評議に手間取っているうちに、不意を衝かれてもなるまいぞ。采配はまかせる。すぐ配備配備』
老人が、合点すると、
『では、潜め』
一同の頭の上へ、十郎左衛門が叱咤をながした。
三方の街道は、敵の出ばなを挫き、同時に、前後を挾撃するという戦法の下にかくれている前衛であり、下り松は、本陣という形でここには十名ほどの中堅が残る。
蘆間の雁のように、黒い影法師は駈け別れ、藪に沈み、樹蔭に隠れ、田の畦に腹這いになった。
また、その辺の地を相して、高い樹の上に、半弓を負ってスルスルと登って行った影法師もある。
鉄砲を持った男は、下り松の梢によじ登り、月明りを気にしながら、自分の影をかくすのに苦心をしていた。
枯れ松葉や木の皮が、ぱらぱらこぼれて来た。下に立っていた飾り人形のような源次郎少年は、襟くびへ手をやりながら身ぶるいをした。
見咎めた源左老人が、
『なんじゃ、顫えているのか。臆病者めが』
『背中へ松葉がはいったんです。なんにも怖くなどありません』
『それならよいが、おぬしにもよい経験というものだ。やがて斬合が始まるから、よく見ておくのだぞ』
すると、三方道のいちばん東にあたる修学院道の方で、突然、
(馬鹿ッ!)
と、大きな声が聞え、ざざざッ――とその辺の藪が鳴り騒いだ。
潜んでいた人間のうごきが方々でいるところを明らかにした。飾り人形の源次郎は、
『恐いッ』
と、口走って、源左老人の腰へしがみついた。
『来たのだ!』
御池十郎左衛門はすぐ気配の立ったほうへ向って駈け出した。――しかし駈けてゆくうちに、変だな? という気持がした。
案の定、待ち設けていた敵ではなかったのである。いつぞや六条柳町の総門の前で、双方のあいだに立って口をきいたあの前髪若衆、佐々木小次郎がそこに突っ立って、
『眼はないのか、戦う前から眼が上っていられるな。わしを武蔵と間違えて突ッかかるような浮き腰では心ぼそい。わしは、今朝の試合の見届け人として来たのだ。立会人へ、藪から棒に――いや藪から槍を突きつける馬鹿者があるか』
と、例の大人びた高慢顔で、そこらの吉岡門人を叱りつけているのだった。
四
然し、此方も気の立っている折ではあるし、小次郎のそうした態度に、不審を抱く者もあって、
(こいつ、臭いぞ)
(武蔵に助太刀を頼まれて、先に様子を見に来たのかも知れぬ)
吉岡方の者は囁いて、手出しは一応控えたものの、彼のまわりを解こうとはしないのであった。
そこへ十郎左衛門が駈けつけて来たので、小次郎のひとみはすぐ衆を捨てて、割り込んで来た十郎左衛門へ喰ってかかり、
『立会人として今暁これまでまいったるに、吉岡衆はわしをも敵と見てかかった。これもそもそも貴所のお指図でありまするか。然るとせば、不肖ながら、佐々木小次郎も、久しく伝家の物干竿に生血の磨ぎを怠っていたところで――勿怪の倖せといいたいのだ。武蔵に助太刀する縁故はさらにないが、自分の面目上、相手となっても差つかえないが。ご返答を聞こう!』
威猛高な獅子吼である。
こうした高飛車な物腰は、なんぞというと、この小次郎の常套的な態度であるが、その姿や前髪の優しげなところだけ見ていた者は、ちょっと、度胆を抜かれてしまう。
――だが、御池十郎左衛門は、その手は喰わないという顔つきで、
『ハハハハ、これはひどい御立腹だな。しかし、今暁の試合に、貴公を立会人として、誰が頼んだか。――当吉岡一門の者としては依頼した覚えがないが、それとも武蔵からお頼みをうけて来られたか』
『だまんなさい。いつぞや六条の往来に、高札を立てた折、確と、わしから双方へいいおいた』
『成程、あの時貴公はいった。――自分が立会人に立つとか立たぬとか。――だがその折、武蔵も貴公に頼むとはいわなかったし、当方でもお願い申すといったつもりはない。要するに、貴公一人が事好みに、出る幕でもない幕へ、独りで役を買って出たのでござろう。そういうおせッ介者は世間によくあるものだて』
『いうたな』
小次郎の激発は、もう虚勢ではなかった。
『――帰れっ』
十郎左衛門は更にいって、
『見せ物ではないっ』
と、唾するように苦りきった。
『......ウム』
息を引くように、青ざめた面をうなずかせて、小次郎はすぐ身を翻えした。
『――見ておれ、うぬら』
彼が元の道のほうへ駈け出して行こうとすると、ちょうどそのとき、十郎左衛門より一足遅れてここへ来た壬生の源左老人が、
『お若いの、小次郎殿とやら、待ちなされ』
と、あわてて後から呼び止めた。
『わしに、用はあるまい。いまの一言、後で眼にもの見せてくれるから待っておれ』
『まあ、そういわないで、暫らく、暫らく』
老人はそういって、息巻きながら立ち去ろうとしかけた小次郎の前に廻って、
『此方は、清十郎の叔父にあたる者でござる。おてまえ様の儀は、予て、清十郎からも、頼母しき御仁なりと承っておりました。どういう行き違いか、門弟共の卒爾は、この老人に免じて勘弁して下さるよう』
『そう御挨拶されると恐縮します。四条道場には、以前、清十郎殿との好誼もあるので、助太刀とまでは行かずとも、十分好意をもっているつもりなのに......余りといえば、雑言を吐くので』
『ご尤もじゃ、御立腹は尤もじゃ。したが、唯今のことは、まあお聞き流しの上、どうぞ、清十郎、伝七郎ふたりのために、何分、御加担をおねがい申す』
如才なく、源左老人は、この精悍な慢心青年を、いい気持にさせて、宥めぬいた。
五
これだけの備えがある以上、小次郎一人の助太刀など頼るにも当らない。けれど、この若者の口から自分たちの卑怯な戦法が吹聴されてはと、それを源左老人はおそれたにちがいない。
『なにとぞ、水に流して』
と、懇ろな謝りように、小次郎は前の怒りようとは、打って変って、
『いや御老人、そう年上のあなたから何遍も頭を下げられると、若輩の小次郎はどうしてよいか分らなくなる。まずお手を上げてくだされい』
案外、あっさり機嫌を直して――それと共に、吉岡方の者へ、例の流暢な弁舌で、こう激励の辞を述べ、そして、武蔵のことを、口を極めて罵り出した。
『わしは元より、清十郎殿とは御懇意だったし、武蔵には、さっきもいうた通り、なんの由縁もない人間です。――さすれば人情としても、知らぬ武蔵よりは、御縁故のある吉岡衆に勝たせたいと思うのが当然でござろう。――しかるになんたる不覚です、二度までの敗北とは。四条道場は離散、吉岡家は瓦滅。......嗚呼、見てはいられません。古来、兵家の試合多しといえども、こんな悲惨事は見たことも聞いたこともない。――室町家御指南役ともあろう大家が、名もなき一介の田舎剣士のために、かかる悲運に立ち至ろうとはです』
小次郎は耳を紅くしているかと思われるような語気で演舌するのだった。源左老人を始め皆彼の熱力のある舌に魂せられて黙ってしまった。そして、これほど好意を持たれている小次郎に対してなんであんな暴言を吐いたかと、十郎左衛門などはありあり悔いている顔つきだった。
そういう空気を見わたすと、小次郎はわが独壇場のように、いよいよ、舌に熱を加えて、
『わしも将来は、兵法をもって一家を成そうとする者なので、単なる好奇心からではなく、努めて試合、真剣勝負などの際は弥次馬に交って出かけます。傍観者となっているのもよい勉強になるからでござる。――けれどおよそ今日まで、貴所方と武蔵との試合ほど傍で見ていて焦々するものはなかった。――蓮華王院の時でも、また蓮台寺野でも、お付添もいたろうに、なぜ武蔵を無事に逃がしたのでござるか。師を討たれながら、武蔵をして、洛内を横行させて、だまっておられる各々の気もちがわしには分りません』
乾いた唇を舐めて更に、
『なるほど、渡り者の兵法者としては、武蔵はたしかに強い、驚くべき烈しい男にはちがいない。それはこの小次郎も、一、二度出会ってよく分っておる。――で実は、よけいなおせっかいに似たことだが、いったい彼奴の素性生国はどういう者かと、先頃来、いろいろ調べてみたのです。もっとも、それには実は、彼を十七歳の頃から知っている或る女に出会ったのが、手がかりの緒口となったのですが』
――と、朱実の名は隠して、
『その女から訊き、また諸方いろいろ詮索してみたところ、彼奴の生い立は、作州の郷士のせがれで、関ケ原の役から帰国後、村で乱暴を働き、遂に国元を追われて諸方を流浪してきたという、取るに足らない人物なのです。けれど、あの剣は、天性とでもいうか、野獣の強さとでもいうか、そういう命知らずなので、無茶に道理が負ける喩えで、かえって、正法の剣が不覚をとるものとわしは思う。――故にです。武蔵を討つのに、尋常にかかっては敗れる、猛獣は罠に穽して獲るしかないように、奇策を用いねばまたいたされますぞ。その辺のこと、十分、敵を観てお考えなされておるかの』
源左老人は、好意を謝して、そこに抜かりのないことを説明すると、小次郎はうなずいて、なおいった。
『そこまで行き届いておれば万が一にも、討ち洩らしはあるまいが、まだ念のために、もう一度、突っ込んだ策があってもいいと思う』
六
『策?』
源左老人は、小次郎の賢しらな顔つきを見直して、
『なんの、これ以上、策も備えも要りませぬ。御好意はありがたいが』
いうと、小次郎はやや執こい。
『いやそうではないぞ御老人、武蔵がのめのめと、ここまで正直にやって参れば、それは各々の術中にかかったも同様、もはや遁れる術はなかろうが、万一、ここにかような備えがあることを未然に知って、道を交してしまったらそれまでではありませぬか』
『そしたら、笑うてくれるまでのこと――。京の辻々へ、武蔵逃亡と、高札に掲げて、天下へ笑い者にしてやるわさ』
『貴所方の名分は、成程、それでも半分は立つだろうが、武蔵もまた、世間へ出て、各々の卑劣を誇張して訴えましょう。さすれば、それで師の怨恨をそそいだ事にはならぬ。――断じて、武蔵をここで刺殺してしまわねば意味がない。その武蔵を、きっと殺してしまうためには、この必殺の地へどうしても彼奴が来るように、誘いの策が要るとわしは思うが』
『はて、そんな策が、あろうかな?』
『ある』
小次郎はいった。
いかにも自信のある口吻で、
『ある! 策はいくらでも......』
と、声を落して、ふと、常の傲岸な顔には見せない狎れ易い眸をして、源左老人の耳へ口をよせ、
『......な。......どうです』
と、ささやいた。
『......ム、む、成程』
老人はしきりと頷いて、今度はそのまま御池十郎左衛門の耳へ顔をよせて計った。
おとといの夜半、ここの木賃宿を叩いて、久しぶりの訪れに、木賃の老爺を驚かせた宮本武蔵は、一夜を明かすと、鞍馬寺へ行って来ると断って出かけたまま、きのうは一日姿を見せなかった。
(晩には)
と、老爺は雑炊を温めなどして待っていたが、その晩も帰らず、やがて翌る日のたそがれ近くに帰って来たかと思うと、
(鞍馬みやげじゃ)
と、苞に入った長芋を老爺にくれた。
それから、もうひとつの方は、近所の店で求めて来た品らしく、一巻の奈良晒布を出して、これで肌着と腹巻と下紐とを急に縫ってもらいたいという。
木賃の老爺は、すぐそれを持って、お針のできる近所の娘の家へ頼みにゆき、帰りの足も無駄をせず、酒屋から酒をさげて来て、山芋汁を肴に、夜半を世間ばなしに費していると、そこへちょうど、頼んでやった肌着や腹巻もできて来た。
それを枕元において、武蔵は眠りに就いたのであったが、ふと老爺が真夜中に眼をさましてみると、裏の井戸ばたで、誰かさかんに水を浴びているような音がする。何気なく覗いてみると、武蔵はもう寝床をぬけて、月の光の下に沐浴を済まし、宵にできた真白な晒布の肌着を着、腹巻をしめ、その上に、いつもの衣服を纏っているのであった。
まだ月もそう西へは傾っていない。――今頃からそんな支度をしてどこへ? と老爺がいぶかって問うと、いや、先頃から洛中洛外を見、きのうは鞍馬にも登って、もうこの京都にも少し飽いた気がするので、これから暁の路をかけて、月の叡山に登ってゆき、志賀の湖の日の出を拝んで、それを鹿島立ちに、江戸表へ下向してみようと思い立った。――そう思い立つと、眼が冴えてしまい、おまえを起すのも気の毒と思ったから、旅籠賃や酒代も、枕元に包んで置いてある。少いが、あれを納めてくれ。また、三年後か四年後か、京都へ出たらおまえの家へ泊りに来よう。
――武蔵はそう答えて、
『おやじ、後を閉めておいてくれよ』
もうすたすたと、横の畑道から廻って、牛糞の多い北野の往来へ出て行くのだった。
老爺が、名残り惜しげに、小さい窓から見送っていると、武蔵は、十歩ほど往来をあるくと、布緒の草鞋の緒を、ちょっと締め直していた。
月 一 つ
一
つかの間であったが熟く眠ったと思う。頭脳の裡はこよいの夜空のように冴え、澄み切ったそのものと、この身とが、恰も、ひとつのようにすら見えて、一歩一歩なにものかの中へ、身は溶け入ってゆくのかと思う。
『ゆるりと歩もう』
武蔵は、意識的に、大股な足癖を惜しんで――
『......さて、人間の世をながめるのも、今夜かぎりとなったな』
なんの詠嘆でもない、悲嘆でもない、そう痛切なる感慨では決してなかった。ふと――しかしなんらの虚飾もない心の底から――ふっとのぼった呟きであった。
まだ一乗寺址下り松までは、だいぶ距離があるし、時刻も夜半を過ぎたばかりなので、死というものが、顔の前まで切実に感じられて来ないのだろうか。
きのう一日、鞍馬の奥の院へ行って、松籟の中に、黙って坐りこんで降りて来たのであったが、無相無身になってみようと努力したその時のほうが、どうしても死というものから離れられなくて、結局、なんのために坐禅などしに山へのぼったのかと、浅ましくさえ覚えた。
それに反して、今夜の清々しさは、どういうものだろうと、彼はわれを疑う。――宵に、木賃のおやじと少し含んでみた酒が、適度にまわって、熟睡して、醒めた肉体に井戸水を浴び、新しい晒布の肌着でひき緊まっているこの体というものが、どう思ってみても今死ぬものとは思われない。
(――そうだ、腫んだ足を引き摺って、伊勢の宮の裏山へ登った時――あの晩の星もきれいだったな。あれは、沍寒の冬だったが、今ごろならば、氷花の樹々にも、もう山桜のつぼみが膨らんでいる時分)
考えようともしないそんなことが頭脳のうちに描き出され、考えようとする行く先の必死の問題にはなんの知性もわいて来ない。
あまりにも、覚悟し切ってしまった、その死に対して、彼の知性はもう間に合いもしない――死の意義、死の苦痛、死後の先などと百歳まで生きてみても、解決しそうもないそんな問題に、今更、焦躁する愚を熄めてしまったのかも知れない。
こんな深夜なのに、道のどこからともなく、笙に和してひちりきの音が冷々とながれていた。
そこらの小路の公卿屋敷らしい。吹奏の律調の厳かな裡にも哀調があるところから察すると、酒興に更けている公卿たちのすさびとも思われない。柩をかこんで暁を待つ通夜の人々や、榊の前の白い灯がふと武蔵の眼に泛かぶ――
『――自分より一足先に死んでいる人がある』
あしたは、死出の山で、その人とも、どこかで知己になりそうな気がして、微笑まれる。
通夜のひちりきは、歩いているうち、もう余程さっきから耳には聞えていたのかもしれない。――その笙やひちりきの音から伊勢の宮の稚児の館が憶い出され、腫んだ足をひき摺って登った鷲ケ岳の樹々の氷花が、ふと考え出されたのであろう。
はて? ――と武蔵は、自分の爽かな頭脳をそこで疑って見ざるを得なかった。――このすずやかな心地は、実に、一歩一歩、死地へ足を向けている体から来るところの――自分でも意識しない極度な恐怖のうつつではあるまいかと。
そう、自分に訊ねて、ぴたと自己の足を大地に踏み止めてみた時、道はすでに相国寺の大路端れに出ていて、半町ほど先には、ひろい川面の水が銀燐を立てて、水に近い館の築地にまでその明るい光りをぎらぎら映していた。
と、その築地の角に、人影が一つ黒く、凝と立ってこっちを見ていた。
二
武蔵は足を止めた。
先に見せた人影は、反対にこっちへ歩き出して来る。その影に従いて、もひとつ小さい影が月の道を転がって来る。近づいてから、それはその男の連れている犬だとわかった。
『............』
手足の先にまでこめていた或力を息に抜いて、武蔵は無言のまますれちがった。
犬を連れた通行人は、通り過ぎてから遽かに振向いて声をかけた。
『お武家さま。お武家さま』
『......わしか』
四、五間を隔てたまま、
『さようでございます』
腰のひくい凡下だ。職人袴に烏帽子を被っている。
『なんだな?』
『ひょんなお訊ねをいたしますが、この道筋に、明々と点して起きていたおやしきはございませぬかな』
『さ。気がつかずにまいったが、なかったように思う』
『はて、それでは、この道筋でもないかしらて?』
『なにをさがしておるのか』
『人の死んだ家でございます』
『それならあった』
『お、お見かけなさいましたか』
『この深夜だが、笙やひちりきの音がもれていた。そこではないか、半町ほど先だった』
『違いございません。先に神官方が、お通夜に行っておりますはずで』
『通夜にまいるのか』
『てまえは鳥部山の柩造りでございまするが、うかつにも、吉田山の松尾様と合点して、吉田山へお訪ねいたしましたところ、もう二月も前にお移りになったのだそうで......いやもう、夜は更けて問う家とてはございませぬし、この辺も知れ難いところでございますなあ』
『吉田山の松尾? ――元吉田山にいてこの辺へひき移って来た家と申すか』
『そうと知らなかったので、とんだ無駄足をいたしましてな。いや、ありがとう存じました』
『待て待て』
武蔵は二、三歩出て、
『近衛家の用人を勤めていた松尾要人の家へゆくのか』
『その松尾様が、たった十日ほどわずろうて、お亡くなりなされました』
『主人が』
『へい』
『............』
――そうか。と呻くようにいったまま、武蔵はもう歩いていた。柩屋も反対な方へ歩いていた。取り残された小犬が、あわてて後から転がってゆく。
『......死んだか』
口の裡でいってみた。
しかし武蔵はそれ以上なんの感傷も抱かなかった。――死んだか。実に、そう思うだけだった。自己の死すら感傷になれないのである。いわんや、他人をや。爪に灯をともすように、生涯いじいじ小金を蓄えて死んで行った酷薄なる叔母の良人――
それよりは、武蔵はむしろ、飢えと寒さにふるえた元日の朝、加茂川の凍った水のほとりで焼いて喰べた餅のにおいの方が今ふと思い出された。
(美味かったな)
と思う。
良人にわかれて独りで暮す叔母を思う。
すぐ彼の足は、上加茂の流れの岸に立っていた。河をへだてて、満目に三十六峰が黒々と空からせまる。
その山の一つ一つが、皆、武蔵に対して敵意を示しているように見えた。
――凝と、そこに立ち尽していることやや暫らくの後、武蔵は、
『ウム』
と、独り頷いた。
河原へ向って、堤の上から降りて行く。そこには、鎖のように小舟を繫いだ舟橋が架かっていた。
三
上京の方面から叡山―志賀山越えの方角へ渡ろうとすれば、どうしても、この一路へかかることになる。
『おおう......いっ』
武蔵の影が、加茂の舟橋の中ごろまで渡ってきた時である。こう呼ばわる声がする。
淙々と瀬の水の戯れは、月の白い限りの天地を占めて独り楽しんでいる。上流から下流まで、ここは奥丹波の風の通路のように冷々と夜気が流れている。――誰が誰をよぶのか、どこに声の主がいるのか、遽かに知るには余りに天地が濶い。
『おオーい』
またしても呼び抜く。
武蔵は、二度足を止めたが、もう心にかけず、糺の中の洲を越えて対岸へ跳び移ってしまった。
と、一条白河のほうから河原づたいに、手をあげながら駈けて来るものがある。見たようなと思った眼に誤りはなかった。佐々木小次郎なのである。
『やあ』
近づきながらこう親しそうに小次郎は声をかけた。そして、武蔵の姿をじっと見、また舟橋のほうを見渡してから、
『お一人か』
といった。
武蔵は頷いて、
『一人です』
と、当然のようにいう。
挨拶が少し前後している。それから小次郎は改めていった。
『いつぞやの夜は失礼いたした。不行届な扱いを受けて下すって、有難くぞんじています』
『いやその折はどうも』
『さて、――これから約束の場所へ赴かれるのか』
『はい』
『お一人で?』
諄いと、承知しながら、小次郎はたずねた。
『一人です』
武蔵の返辞も、前と同じであったのが、かえって、小次郎の耳にはよく聞えた。
『ふふむ......そうですか。しかし武蔵どの、貴所はこの間、この小次郎が誌して六条へ建てたあの公約の高札表を、なにか、読みちがえてはおられぬか』
『いいやべつに』
『でもあの高札文には、この前の清十郎とそこ許との試合のように一名と一名に限るとは書いてないのでござるぞ』
『わかっております』
『――吉岡方の名目人は幼少のただ名だけのもの。あとは一門遺弟となっている。遺弟といえば、十人も遺弟、百人も遺弟、千人も......であるが、その点抜かられたな』
『なぜですか』
『吉岡の遺弟のうちでも、弱腰なものは逃げたり、不参らしく見ゆるが、骨のある門人は、こぞって、藪之郷いったいに備え、下り松を中心に、貴所の来るのを待ちかまえている態に見ゆる』
『小次郎殿には、すでにそこをお見届けでござりますか』
『念のために。――そして今、こは相手方の武蔵どのにとって一大事なりと思慮いたしたので、一乗寺址から急いで引っ返してまいり、およそこの舟橋が貴所の通路ではないかと計って、お待ち申していたのでありまする。――高札表を認めた立会人の務めでもござれば』
『ご苦労に思います』
『右様なわけでござるが、それでも貴所は、一人で行くおつもりか。――それとも、他の助人たちは、べつな道をとって行かれたか』
『自分一名のほか、もう一名、自分とともに歩いてまいりました』
『え。どこへ』
武蔵は、地上のわが影法師を指さして、
『ここに』
といった。
笑う歯が月に白かった。
四
冗談などいいそうもない武蔵が、ニコッと笑って不意に戯れをいったので、小次郎は、ちょっとまごつきながら、
『いや、冗談ごとではありませぬぞ、武蔵どの』
よけい真面目づくると、
『拙者も、冗談はいいませぬ』
『でも、影法師と二人づれなどとは、人を小馬鹿にしたおことばではないか』
『然らば――』
武蔵は、小次郎以上、きっと真面目な態を示して、
『親鸞聖人の申されたことばやらに――念仏行者は常に二人づれなり、弥陀と二人づれなり。とあったように覚えておるが、あれも冗談ごとでしょうか』
『............』
『何様、ただ、形のうえより観ずれば、吉岡衆はさだめし大勢でござろうし、この武蔵は、見らるる如くただの一名。勝負にはならぬと小次郎殿も、拙者を案じて賜わるのであろうが、乞う、お案じくださるな』
武蔵の信念は、言葉のひびきからも脈を搏って、
『彼が十人の多勢を擁する故、われも十人の勢をもって当ろうとすれば、彼は二十人の備えを立てて打ってくるに違いない。彼二十人なれば、われも二十人の勢をもって当らんとすれば、彼はまた三十名、四十名を呼号して集まるでしょう。さすれば、世間を騒がすことも甚だしく、多くの負傷なども出して、治世の掟を紊すばかりか、それが剣の道に益するところはいずれもない。百害あって一益なしです』
『なるほど、だが武蔵どの、みすみす負けと分っている戦をするのは、兵法にないと思うが』
『ある場合もありましょう』
『ない! それでは兵法ではない、無法というものだ、滅茶だ』
『では、兵法にはないが、拙者の場合だけには、あるとしておこう』
『外れている』
『......ハハハハハ』
武蔵はもう答えない。
しかし、小次郎は熄まない。
『そんな兵法に外れている戦の仕方をなぜなさるのじゃ。なぜもっと、活路をお取りなさらぬのだ』
『活路は、今歩いている、この道こそ、拙者にとっては活路です』
『冥途の道でなくば倖だが――』
『或はもう、今越えたのが三途の川、今踏んでゆく道が一里塚、行くての丘は針の山かもしれません。しかし、自分を生かす活路はこの一筋よりほかにあろうとも思われぬ』
『死神にとりつかれたようなことを仰っしゃる』
『なんであろうとよい。生きて死ぬる者もある。死んで生きる者もある』
『不愍な......』
独り語のように小次郎が嘲笑うと武蔵は、立ち止まって、
『小次郎どの――この街道は真っ直何処へ通じますな』
『花ノ木村から一乗寺藪之郷――すなわち、貴所の死場所の下り松を経て――これから叡山の雲母坂へ通っております。それ故、雲母坂道ともいう裏街道』
『下り松まで、道程は』
『ここからは、はや半里余り、ゆるゆる歩いて行かれても、時刻の余裕はまだ十分』
『では、後刻また』
武蔵がふいに、横道へ曲りかけると、
『ヤ、道がちがう。武蔵どの、そう行っては方角が違う』
あわてて小次郎は注意した。
五
武蔵はうなずいた。小次郎の注意に対して素直にうなずいた。
しかし見ていると、曲った道をそのままなお歩いてゆく様子なので、小次郎はもいちど、
『道が違いますぞ』
声をかけると、
『はあ』
と、分っているような返辞。
並木のすぐ後で、窪地の傾斜に沿い、だんだん畑がある、茅ぶき屋根が見える。その低い方へ武蔵は降りてゆくのである。雑木の隙間から後姿が見える。――月を仰いでぽつねんと立っている姿がわかる。
小次郎は、独りで苦笑を頰に流しながら、
『......なんだ、小用か』
呟いて、彼も月を仰ぐ。
『だいぶ西へ傾いて来たなあ。......この月がかくれる頃には、何人かの人命も消えてゆくのだ』
彼の好奇心は頻りといろいろな予想を描く。
武蔵がなぶり殺しにされることは、結局においては確実だが、あの男のことである。仆れるまでに何人の敵を斬るか。
『そこが見ものだ』
と、彼は思う。そして今からそれを予想してみるだけでも、ぞくぞくして来て、肌は総毛だち、血は全身を駆けて待ち遠しがる。
『滅多に遭い難いものにわしは遭った。蓮台寺野の折も、次の時も、実見できなかったが、今暁は見られる。......はてな、武蔵はまだか?』
ちょっと、低地の道を覗いてみたが、まだ戻って来る影は見えない。小次郎は立っていてもつまらないので、木の横に腰をおろした。
そしてまた、密かに空想を楽しんでいる――
『あの落つき澄ましている様子では、まったく死を決しているらしいから、かなりなところまで戦うだろう。なるべく、斬って斬って斬りまくってくれたほうが見ごたえがあっていい。......だが、吉岡のほうでは飛道具の備えまでしているといったな。......飛道具でどんと一発やられてしまっては、万事終ってしまう。......はて、それでは面白くないぞ。そうだ、そのことだけは、武蔵に耳打ちしておいてやろう』
だいぶ待った。
夜露が腰に冷たくなる。小次郎は身を起して、
『武蔵どの』
呼んでみたのである。
おかしいぞ? ――と今頃になって思ってみることが、彼自身にもとたんに不安と焦りを呼び起していた。――タタタタタと小次郎は低地へ降りて行った。
『武蔵どの』
崖下の農家は真っ暗な竹むらに囲まれていて、どこかで水車の音がするが、その流れさえよく見えない。
『しまッた!』
水を飛んで、小次郎は向う側の崖の上へすぐ出てみた。人影らしいものは見あたらない。白河あたりの寺院の屋根、森、眠っている大文字山、如意ケ岳、一乗寺山、叡山――広い大根畑。
それから月が一つ。
『しまったッ。卑怯者め』
小次郎は武蔵が逃げたなと直覚した。あの落ちつきすましていた様子もそのせいであったかと今にして思う。道理で余りいうことも出来過ぎていた。
『そうだ、早く』
小次郎は身を翻えして、元の道へ出た。そこにも、武蔵の影はない。彼の足は宙をとんで駈け出した。――勿論、一乗寺下り松へ真っ直に。
木 魂
一
遠く遠く、見ているまに駈け去って小さくなって行く佐々木小次郎の影を見送って、武蔵は思わずにたりと笑った。
たった今、その小次郎が立っていた所に、武蔵は立っているのである。なぜ、彼があんなにも捜したのに知れなかったのかを考えてみると、小次郎は居場所を捨てて他を捜したが、武蔵はかえってその小次郎のいたすぐ後の樹蔭に来ていたからであった。
――しかし、なにしろまずこれでよかった。と武蔵は思う。
他人の死に興味をもち、他人が鮮血を賭けてする生霊のやむなき大悲願事をふところ手で――後学のためとかなんとかいって――虫のよい傍観者に廻り、その上、双方へ恩着せがましく、いい子になっていようという横着者。
(その手は食わない)
武蔵はおかしくなった。
頻りと敵の侮れぬことを告げ、こちらへ対して助太刀の有無を訊いたのは、そういったら武蔵が膝を屈して武士の情に一臂の力を貸してたまわらぬか――とでもいうかと思っていたかしらぬが、武蔵は、その言葉にも乗らなかった。
(生きよう。勝とう)
と思えば助太刀もほしくなるかも知れぬが、武蔵には、勝てる気もない、明日の後まで、生きようとも思われない――いやありのままにいえばそんな自信はなかったという方が正しかろう。
ひそかに、彼がここへ来るまでのあいだに探り得たところでも、今暁の敵は百数十名にものぼるらしく察しられた。あらゆる方法の下に、自分を害さずば熄まない状態にあることも頷けたのである。――なんで生きる工夫に焦ってみる余地があろう。
けれど武蔵は、その中でも曾つて沢庵のいった――
(真に生命を愛する者こそ、真の勇者である)
という言葉を決して忘失してしまっているわけではない。
(この生命!)
そしてまた、
(二度と生れ難いこの人生!)
を、今も、ひしと五体のうちに抱きしめているのであった。
だが、
――生命を愛する。
ということは、単に無為飽食を守っているということとはたいへんに意味が違う。だらだら長生きを考えるということではさらさらない。いかにしてこの二度と抱きしめることのできない生命との余儀なきわかれにも、そのいのちに意義あらしめるか――価値あらしめるか――捨てるまでも、鏘然とこの世に意義ある生命の光芒を曳くか。
問題はそこにある。何千年何万年という悠久な日月の流れの中に人間の一生の七十年や八十年は、まるで一瞬でしかない。たとえ二十歳を出ずに死んでも、人類の上に悠久な光を持った生命こそ、ほんとうの長命というものであろう。またほんとに生命を愛したものというべきである。
人間のすべての事業は、創業の時が大事で難しいとされているが、生命だけは、終る時、捨てる時が最もむずかしい。――それによって、その全生涯が定まるし、また、泡沫になるか、永久の光芒になるか、生命の長短も決まるからである。
けれど、そういうふうな生命の愛しようも、町人には自ら町人の生命の持ち方があり、侍には侍の持ち方がある。武蔵の今の場合には、当然、さむらいの道に立っていかによくこの生命の捨て際を、侍らしくするかにあることはいうまでもない。
二
さて――
これから一乗寺藪之郷下り松の目的地へ行こうとするならば、武蔵の前には、ここに三つの道筋があった。
その一つは今、佐々木小次郎の駈けて行った雲母越え叡山道。
これは最も近い。
そして一乗寺村までは、道も坦々としていて、まず本道といっていい。
すこし迂回にはなるが、田中の里から曲って高野川に沿い、大宮大原道をすすみ、修学院のほうへ出て下り松に至る――という道取りがその第二。
もう一つは、今、彼の立っている所から東へ真っ直に、志賀山越えの裏街道をとり、白河の上流から瓜生山の麓をあるいて、薬師堂の辺からそこへ行き着くという道も選べる――
そのいずれから行くも、下り松の追分は、ちょうど谷川の合流点のような場所に当っているので、距離にしても、そう大差はない。
だがこれを――将にこれから、そこに雲集している大軍にぶつかって行こうとする寡兵に似ている武蔵の身にとると――兵法からみると――大差がある。生涯のこと、ここの一歩から、分れ目を持つことになる。
――道は三つ。
――どう行こうか。
当然、武蔵はそこで慎重に考えそうなものであったが、ひらりとやがて身軽に動き出した彼の影には、そんな重苦しげな迷いの影は従いていない。
翻――翻――翻と木の間や小川や崖や畑を跳ぶように越えて、月の下を見えつ隠れつ足早に、行きたい方へ歩いている。
では、三道のうち、いずれを選んだかというと、彼の足は、一乗寺方面とは反対な方角へ向いていた。三つの道のいずれも選ばなかったのである。その辺はまだ里ではあったが、狭い小道を通ったり畑を横切ったりして、一体、どこを目ざして歩いて行くのかちょっと気が知れない。
なんのためか、わざわざ神楽ケ岡のすそを越え、後一条帝の御陵の裏へ出る――この辺、ふかい竹藪だった。竹の密林を抜けるともう山気のある川が月光を裂いて里へ走っている。――大文字山の北の肩が、もう彼の上へ、のしかかって来るように近かった。
『............』
黙々と、武蔵は、山ふところの闇へ向って登ってゆく。
今、通って来た右側の樹立の奥に見えた築地と屋根が、東山殿の銀閣寺であったらしい。ふと、振顧ると、そこの泉が棗形の鏡のように眼の下に見えたのである。
更に、もう一息、山道を登ってゆくと、東山殿の泉は、余りに近すぎて足元の木蔭にかくれ、加茂川の白い蜓りがずっと眼の下へ寄っている。
下京から上京まで、両手をひろげて抱えきれるような展望だった。ここからは、遙かに、
(一乗寺下り松はあの辺――)
と、指さして、ほぼ遠く察することもできる。
大文字山、志賀山、瓜生山、一乗寺山――と三十六峰の中腹を横に這って叡山の方へすすめば、ここからそう時を費やさずに、目的の一乗寺下り松のちょうど真後へ、山の上から望むこともできるのだった。
武蔵の考えは、その戦法は――もう疾くから胸に決まっていたものらしい。彼は桶狭間の信長に思い合わせ、鵯越えの故智に倣って、あの当然に選ばなければならないはずの三道のいずれも捨てて、まるで方角ちがいな、歩くには難儀なこの山道の中腹まで登って来たに違いない。
『......やっ、お武家』
こんな所で人声は思いがけなかった。不意に、道の上から人の跫音がしたと思うと、彼の前に、狩衣の裾をくくり上げて、手に松明を持った公卿屋敷の奉公人らしい男が立って武蔵の顔を燻すように、松明の火を突き出した。
三
公卿侍の顔は、自分の持ち歩いている松明の油煙で、鼻の穴まで黒く煤けてい、狩衣も夜露や泥でひどく汚れている。
『や? ......』
と、行き合った最初に、なにか驚いたような声を出したので、不審に思って、武蔵がじっとその顔を凝視すると、急に少し恐れを抱いたように、
『......あの、あなた様は』
と、ひどく低く頭を下げ、
『もしや、宮本武蔵殿と仰せられはいたしませぬか』
と、問う。
武蔵の眼が、ぎらっと松明の赤い光の中に光った。――当然な警戒だったのはいうまでもない。
『......宮本殿でございましょうな』
重ねて、その男は訊ねたが、恐いのだ、武蔵の黙っている形相の中には、人間のなかでは滅多にみつけないものがあったに極まっているから――そう訊きながらも、男の体は浮腰になっていた。
『誰だ? おん身は』
『はい』
『何者だ?』
『はい......烏丸家のものにござりますが』
『なに、烏丸家の......。わしは武蔵だが、烏丸家の御家来が今頃、こんな山路へなにしに?』
『......ア。ではやはり宮本殿でござりますな』
いうと、その男は、後も見ずに山を駈け下ってしまった。松明の火が、赤い尾をひいて、見る間に、麓へ沈んで行った。
武蔵は、なにかはっと思い当ったように、足を早め出して、山伝いに、志賀山街道を横切り、どこまでも山の腹を、横へ横へと、急いで行った。
――一方。
慌て者の松明は、一目散に、銀閣寺のわきまで駈け降りて来た。
そして、片手を口にかざして、
『オオイ、内蔵殿、内蔵殿』
と、同僚の名を呼ばわっていると、その同僚とはちがうが、やはり烏丸家の内に、ここ永らく泊っている城太郎少年が、
『なんだアい――小父さん――』
と、二町も先の西方寺門前あたりから遠く返辞が聞えてくる。
『城太郎かあ――』
『そうだアい』
『はやく来ウいっ――』
すると、また遠くから、
『行かれないよーっ......。お通さんが、ここまでやっと来たけれど、もう歩けないッて、ここへ仆れちまったから、行かれないよーっ』
烏丸家の奉公人は、
(ちぇっ......)
舌打ちを洩らしたが、前よりも高い声を張りあげて、
『はやく来ないと、武蔵殿がもう遠くへ去ってしまうぞっ。――早く来いっ、たった今そこで、武蔵殿をわしが見つけた!』
『............』
すると今度は、返辞がして来ないのである。
――と思ううちに、彼方から二つの人影が、縒れ合うように一つになって来る。病人のお通を援けて来る城太郎であった。
『おお』
松明を振って、男は早くと急き立てて見せる。いたましや、そうでなくてさえ、喘ぎ喘ぎ駈けてくる病人の息は、遠くから聞えるほどだった。
近づくほどに、お通の顔は月よりも血の気がないものに見えた。瘦せ細った手足に旅装いを着けているのがあまりにも無理に見える。しかし、松明のそばまで来ると、その頰は、急に紅くなっていた。
『ほ、ほんとですか。......今仰っしゃったのは』
『ほんとだとも、たった今だ』
と、力をこめて話し、
『はやく、追って行けば会える。はやく行け早く!』
城太郎は、まごまごして、
『どっちへさ、どっちへさ。ただ早く行けじゃ分らないじゃないか』
病人と慌て者のあいだに立って一人で癇癪を起してしまう。
四
お通の体があれから急に快くなっているという理はないから、お通がここまで歩いて来たのは、よくよく悲壮な覚悟でなければなるまい。
恐らく、いつぞやの晩、館の病褥にはいってから、城太郎に詳しい話を聞き、
(武蔵様が死を決しておいでになるなら、わたしも病を養って、こうして生き長らえる効いもない)
といい出したことから始まり、やがてはまた、
(死ぬ前に一目でも)
という病人の一念になって、それまで手拭を当てていた頭の髪を結び、病褥にいたわっていた瘦せた足に草鞋をつけ、誰が止めようと意見しようと耳を藉さず、とうとう烏丸家の門から蹌ろ這い出たものではあるまいか。
さて、そうまでの一心を見ては、止めだてした烏丸家の人々も、
(捨てては措けぬし)
と、能う限りこの病人の――殊によったらこの世の中の最後の望みになるかも知れぬ――希望を遂げさせてやりたいと、共々、気をもんだり騒いだりしたであろうことも想像がつく。
或は、光広卿の耳へも入って、この儚なき恋愛の末期に対して、よそながらお館の指図があったものかとも思われる。
とに角、彼女の弱い足取りをもって、この銀閣寺下の仏眼寺の門前へかかるまでには、烏丸家の御内人たちが、およそ武蔵の影のさしそうな方角へは、八方に手分をして、尋ね求めていたらしいのである。
果し合の場所は一乗寺とだけ分って、広い一乗寺村のどの辺かは明白でない。それにまた、武蔵が果し合の場所に立ってしまってからでは追いつかないことなので、捜す者も、おそらく一乗寺方面へ通う道には、皆一人か二人ずつ奔走して、足を擂粉木にしていたものであろう。
しかしその効いあって、武蔵は見つかったのであるから、後は、加勢の者よりは、お通の一心の如何によるほかはない。
たった今、如意ケ岳の中途から、志賀山越えを横切って、北の沢へ降りて行ったという――それだけを聞けば、彼女ももうその先きまで、他人の力を頼ってはいなかった。
『だいじょうぶ? お通さん、だいじょうぶかい?』
側についてはらはらして行く城太郎とも口もきかない。
いや、きけないのである。
死を覚悟して、無理無体に歩ませてゆく病軀であった。口は渇いてしまう。鼻腔はあらい呼吸につかれる。そして蒼白な額に、髪の根から冷たい汗さえながれていた。
『お通さん、この道だ、この道から横へ横へと、山の腹を縫ってゆけば、自然に叡山の方へ出てしまう......。もう登りはないから楽だよ、どこか、少しそこらで休んだらどう?』
『............』
お通は黙ってかぶりを振った。一本の杖の両端を二人して持ち合いながら――永い人生の艱苦をこの一刻の道に縮めてしまうような喘ぎとたたかいながら、懸命に、およそ二十町余りも山ばかり歩いた。
『お師匠様アッ......。武蔵さまアッ......』
時折、城太郎がありッたけな声を絞って、行く手の方へ向って、こう呼んでくれるのが、お通にとってはなによりの力だった。
だが遂に、その力も尽きたように、お通は、
『城......城太さん』
なにか、いいかけたと思うと、彼の引っ張っていた杖の先を離して、沢の石ころや草叢の中に、蹌りと、音もなく俯つ伏してしまった。
削ったように細い両手の指が、口と鼻を抑えたまま、肩で戦慄しているので、
『ヤ! 血、血でも吐いたんじゃないか。......お通さん! ......お通さん......』
城太郎も泣き声出して、彼女の薄い胸を抱き起した。
五
かすかにお通は顔を横に振った。地に俯つ伏したままにである。
『どうしたの。どうしたのさ』
おろおろと、城太郎は彼女の背中を撫でていたわりながら、
『苦しいの』
『............』
『そうだ、水かい、お通さん、水が欲しかないかね』
『............』
お通はうなずいて見せた。
『待っといで!』
辺を見まわして、城太郎は突っ立った。山と山の間のゆるい沢道である。水音は方々の草や木を潜って、ここにある、ここにある、と彼に教えているように聞こえる。
だが、そう遠くまで駈けなくても、すぐ後に草の根や石塊の下から湧いている泉がある。城太郎は跼み込んで、両手に水を掬おうとした。
『............』
水はよくよく澄んでいて、沢蟹の影も見えるくらいだった。月はもう傾いているので、この水には宿っていなかったが、鮮やかな月の雲は、空を仰いで直かに見るよりも、水に映っている空のほうが一倍美しく見えた。
病人に掬って持って行くよりも、城太郎はふと、自分が先に飲みたくなったのであろう、五、六歩位置を移して、今度は水際に膝をつき、家鴨のように水面へ首を伸ばしたが、
『......あッ?』
大きく叫んだ儘、彼の眼はなにものかに吸いつけられ、河童頭の毛はそそけ立って、凝ーっと、栗の実みたいに、五体をかたく竦めてしまった。
『......?』
水の向う岸から五、六本の樹の影が、縞目のように映っていた。その樹の端に人影が見えたのである。水に映っている武蔵の影を彼の眼は見たのである。
『............』
吃驚したことは勿論、吃驚したに違いないが、水面に映っている武蔵の影だけでは、城太郎はまだほんとに――物の現実に向って吃驚したのではなかった。
ふいに、物の怪の悪戯が、思いつめている心の武蔵の影を藉りて、さっと、通り抜けて行ったような――そんな驚きであったのである。
怖々と、彼はその驚きの眼を水面から向う側の木陰へ上げてみた。こんどはほんとうに仰天したのだった。
武蔵はそこに立っていた。
『おッ、お師匠様っ』
静かな水面の持っていた月雲の空は、とたんに真っ黒に乱れ濁ってしまった。水の縁を通って行けばよいのに、城太郎はいきなり飛び込んで水の中を駈け渡り、ばしゃばしゃッと顔まで濡らして武蔵の体へ飛びついて行ったのであった。
『いたっ、いたっ』
捕まえた者を引ったてるように、武蔵の手を、彼は夢中になって引っ張った。
『待て』
武蔵は顔をそ向けて、ふと瞼に指を当てながら、
『あぶない、あぶない。すこし待て、城太郎』
『いやだっ、もう離さない』
『安心せい、おまえの声が遙かに聞えたから、待っていたのだ。わしよりも、早くお通さんに水を持って行ってやれ』
『ア、濁ってしまった』
『向うにもよい水が流れている。それ、これを持って行け』
腰の竹筒を渡してやると、城太郎はなに思ったか、手を引っ込めて、武蔵の顔を凝と見、
『お師匠様。......お師匠様の手で汲んで行っておやりよ』
六
『......そうか』
吩咐けに従うように、武蔵は素直に頷いた。自分で竹筒に水を掬い、お通の側へ持って行った。
そして彼女の背を抱え、手ずから水を飲ませてやると、城太郎は傍から、
『お通さん、武蔵様だよ、武蔵様だよ、......分る? 分る?』
と、ともどもいたわりを籠めていう。
お通は喉へ水を落すと、幾分か胸がらくになったように、ほっと気のついたように息をついた。しかし、体は武蔵の手に凭れたままうっとりと眸はまだ遠くを見ていた。
『おいらじゃないんだぜ、お通さん、お通さんを抱いているのは、お師匠さまなんだよ』
城太郎がそう繰返すと、お通は遠くを見ている眸に、湯のような涙をいっぱいにたぎらせ、見るまに、その眼は、ぎやまん玉の曇りにも似て、やがて頰を下るふたすじの白珠とはふりこぼれると、
(......分っています)
と、いうように頷いた。
『ああ、よかった』
城太郎は無性に欣しくなってしまい、わけもなく満足して、
『お通さん、これでいいだろ。もう、これで気がすんだろう。......お師匠様、お通さんね、あれから、どうしても、もいちど武蔵様に会うんだといって、病人のくせに、いうこと肯かないんだよ。こんなこと度々やると死んじまうに極まっているから、お師匠様からよくそういっておくれよ、おいらのいうことなんか肯かないんだもの』
『そうか』
武蔵は、彼女を抱えたまま、
『みんなわしが悪いのだ。わしの悪いところも詫び、またお通さんの悪いところもよくいって、体を丈夫にするように今話すから......城太郎』
『なに?』
『おまえは、ちょっと......暫くの間、どこかへ離れていてくれぬか』
城太郎は、そう聞くと、
『どうして?』
と、口を尖らし、
『どうしてさ。どうしておいらがここにいちゃいけないの』
と、不平なようでもあり、不審にも考えるらしく、動こうとはしないのであった。
武蔵も、それにはふと困ったらしい様子に見えた。すると、お通が頼むように、
『城太郎さん......そんなこといわないで、ちょっと、あっちへ行っていてください。......ね、後生ですから』
武蔵には口を尖らした城太郎もお通にそういわれると、理窟もなにもなくなって、
『じゃあ......おいら、仕方がないからこの上に登っているとすらあ。用が済んだら呼んでおくれ』
崖の杣道を見上げて、城太郎はがさがさと攀じ登って行った。
漸く、少し元気を回復したらしく、お通は起って、鹿のように登って行く城太郎の影を見送り、
『――城太さん、城太さん。そんなに遠くへ行かなくってもいいのですよ』
そういったが、聞えたのか聞えないのか、城太郎はもう返辞もしない。
お通もまた、なにも今、そんな心にもないことをいって、武蔵に背を向けている必要もなかろうに――やはり城太郎という者が一枚抜けて、二人きりになったと思うと、遽かに胸がつまって、なにからいい出していいのか、急に自分の体が持て余されて来るのであろう。
羞恥みは、健康な時よりも、病んでいる場合のほうが、生理的にも、強いものかもしれない。
七
いや、羞恥は、お通ばかりではない。武蔵も横を向いていた。
一方は背を向けて俯向き、一方は横を向いて空を仰いだまま......これが幾年も幾年も、会わんとしては会い難かった二人の、稀々、許された一瞬の寄り添いだった。
『............』
どういおう。
武蔵にはその言葉が見つからない。
どんな言葉をもっていっても、自分の心を現わすには足りないからであった。
すさび吹く千年杉の真っ暗な一夜――あの夜明けからのことを、武蔵は瞬間に胸にえがくことができる。眼には見て来なかったが、それからの五年あまりの彼女の歩いて来た道を――又一途に通して来た清純な気持を――武蔵は決して受け取っていないのではない、感じていないわけではない。
多岐な、複雑な彼女の生活と、身に燃え現わされた純愛の炎と、啞のように無表情で、灰のように冷たく人には見せて来た自分の情熱の埋火と――いずれが強くいずれが苦しかったかといえば、武蔵は独り心の裡で、
(おれこそ)
と、いつも思う。今もまた、そう思うのだった。
――だが、そういうわがことよりも弥まして、このお通の可憐しく、そして不愍でならないと思われるのは、男でさえ、片荷には重すぎる悩みを、女の身で、生活に克ちつつ、恋一つを生命として負い通して来た――その強さと健気さにある。
(もう......一瞬の間だ)
武蔵は、月の位置を見ている。自分の生きている間の時間を思わずにいられない。月はもう残月となっていた。いつのまにか、ずっと西に傾いて、光も白っぽく、夜明けはやがて近いのである。
その月と共に、死の山へ落ちてゆく寸前の自分である。今こそお通に向って、たった一言でも、真実をいいたい。またそれがこの女に対して酬ゆる最大な良心でもあるし――と武蔵は思う。
真実。
しかし、いえないのだった。
胸にはいっぱい持っている真実が、その真実をいおうとするほど、口には出て来ないで、徒らにただ、空を見、あらぬ方を見てしまう。
『............』
同じように、お通もただ地を見つめて、地に涙をそそいでいるしかなかった。――ここへ来るまでには彼女の胸にも、七堂伽藍も焼き包んでしまうような、恋以外には真理も神仏も利害もない、また、男の世界でいう意地も外聞もない――ただ恋のみの熱情があったのである。その熱情をもって武蔵をうごかし、その涙をもって二人きりで、浮世の外に住むことも出来ないことはないと信念していたのであった。
けれど――会ってみると、なにもいえない彼女だった。そんな熾烈な望みはおろか会わない間の辛さ、世路にまよう身のかなしさ、武蔵の情無いこと――なに一つとしていえないのだった。胸元まで突き上げてくるそれらの感情を、ふと思い切っていおうとすれば、ただ唇が顫いてしまうだけで、よけいに胸はつまり涙は眼をふさいで、もし、武蔵もそこにいない桜月夜の下でもあるならば、わッ......と大声あげて、嬰児のように泣き転び、せめてこの世にいない母にでも訴える気もちで、心の済むまで、泣き明かしていたいと思うほどだった。
『............』
どうしたものだろう。お通もいわず武蔵もいわず、こうしている間に時刻は徒らに過ぎてしまう。
――はや暁に近いせいか、間の抜けた啼き声をこぼして、帰る雁が五、六羽、山の背を越えて行った。
八
『雁が......』
武蔵はつぶやいた。この場合にそぐわない、取ってつけたような――と知りながら、
『お通さん、帰る雁が啼いてゆくなあ』
といった。
それを機に、
『武蔵さま』
と、お通もいった。
眸と眸が、初めてお互いを見合った。秋や春には雁の渡る故郷の山が二人の心に憶い出された。
あの頃は、単純だった。
お通がいつも仲よくしていたのは又八で、武蔵は乱暴だから嫌いだといっていた。武蔵が悪たれをいうと、お通も負けないで罵った。――そうした幼い頃の七宝寺の山が瞼に見える。吉野川の河原が憶い出される。
しかし、そんな追憶に耽っていると、また、徒らにこの二度とないこの世での尊い瞬間を、沈黙の裡に過ごしてしまいそうなので、武蔵からやがてまたいった。
『お通さん。そなたは今、体が悪いということだが、体はどうだね?』
『なんでもありません』
『もう快い方なのか』
『それよりも、あなたは、これから、一乗寺の址とやらで、死ぬお覚悟でございましょう』
『......う、む』
『あなたが、斬り死にあそばしたら、わたくしも生きていないつもりです。そのせいか、体の悪いことなど、忘れたように、なんともございません』
『............』
武蔵は、そういうお通の顔の冴えを見て、自分の覚悟のほどが、いまだこの一女性にすら及ばない心地がした。
今の肚をすえるまでには、さんざん生死の問題に苦悩したり、日常の修養だの、さむらいとしての鍛錬だのを積んで来て、やっとこの覚悟になり得るまでになって来たと思うのである。――だのに、女は、そういう鍛錬も苦悩も経ずに、いきなりなんらの惑いもなく、
(――わたくしも生きていないつもりです)
と、すずやかにいう。
武蔵が、じっとその眼を見ているに、彼女のことばが、決して一瞬の興奮や噓でないことはわかる。むしろ楽しんで自分の死に従いて、共に死のうとしている気持すらかがやいている。どんな覚悟のよい侍でも及ばないほど静かな眸で死を見ているのである。
武蔵は愧じ、かつ疑った。
(どうして女は、こうなれるのであろうか)
同時に彼は当惑と、そして彼女の一生のために恐れて、自分までが乱れた。
『ばっ、ばかなっ!』
突然、彼は自分の口から吐いた自分の声に驚いた程、激越な感情の上に自分を乗せていっていた。
『わしの死には、意義があるのだ。剣に生きる人間が剣で死ぬのは本望であるばかりでなく、乱脈なさむらい道のために、進んで卑怯な敵を迎えて死ぬのだ。その後からそなたがともに死ぬ――その気持はうれしいが、それがなんの役に立とうか。虫のように哀れに生きて、虫のように儚く死んでどうするのか』
――見ればお通はふたたび大地に伏して泣いている様子なので、武蔵は、自分のことばのあまりに激し過ぎていたのに気づき、膝を折って、声を落し、
『だが、お通さん。......考えてみると、わしは知らず識らず、そなたに噓をついてきた。千年杉の時から、花田橋の時から、欺く気持ではなくても、形はそうなって来てしまった。そして酷い冷たい態を装って来た。わしはもう一刻後には死ぬ身だ。お通さん、今いう言葉は噓ではない。わしはそなたが好きだ。一日でも思わぬ日のなかったほど好きだった。......なにもかも捨ててともに暮して終りたいとどれほど思い悩んだかしれない。――そなた以上好きな、剣というものがなかったら』
九
ことばを休めて、
『お通さん!』
と更に、ことばに力をこめ直して、武蔵はなおいった。
いつも無口で無表情な彼がめずらしく感情の中に没し切って、
『鳥将に死なんとするやだ。将に死なんとしているこの武蔵だ。お通さん、わしの今いう言葉には微塵、噓も衒いもないことを信じてくれ。――羞恥も見得もなくわしはいう。今日まで、お通さんのことを思うと、昼もうつつな日があった。夜も寝ぐるしくて熱い熱い夢ばかりに悩まされ、気の狂いそうな晩もあった。お寺に寝ても野に伏しても、お通さんの夢はつき纏い、しまいには薄い藁ぶとんをお通さんのつもりで抱きしめて歯がみをして夜を明かした晩すらある。それほどわしはお通さんに囚われていた。無性にお通さんには恋していた。――けれど。――けれどそんな時でも人知れず剣を抜いて見ていると、狂おしい血も水のように澄んでしまい、お通さんの影も、霧のようにわしの脳裡から薄れてしまう......』
『............』
お通はなにかいおうとした。蔓草の白い花みたいに、鳴咽していた面をあげたが、武蔵の顔が、恐ろしいほど真面目な熱情に硬ばっているのを見ると、息づまって、再び地へ顔を打ち伏せてしまった。
『――そしてまた、わしは剣の道へ、身も心も打ち込んで行ったのだ。お通さん、この境が、武蔵の本心だった。つまり恋慕と精進の道のふた筋に足かけて、迷いに迷い、悩みに悩みながら、今日までどうやら剣の方へ身を引き摺って来た武蔵だった。――だからわしは、誰より自分をよく知っている。わしは偉い男でも天才でもなんでもない。ただお通さんよりも、剣の方が少し好きなのだ。恋には死にきれないが、剣の道にはいつ死んでもいい気がするだけなのだ』
なにもかも正直に――少しの噓もなく、武蔵は自分の本心を――心の奥底まで、今こそいってしまおうとするのであったが、徒らに、言葉の美飾と、感情の顫のみが勝ってしまって、まだまだ、正直にいいきれないものが、胸につかえているようでならなかった。
『だから、人は知らないが、お通さん、武蔵という男は、そんな男なのだ。もっと、露骨にいえば、そなたのことを考え出して、ふと囚われている時は、五体も焦かれる気がするが、心が、剣の道に醒めると、お通さんの事なんか、頭の隅へすぐ片づけてしまう。いや、心の隅にも失くなってしまう。この体、この心の、どこをさがしたって、お通さんの存在などは芥子粒ほどでもなくなってしまうのだ。――また、その時が、武蔵はいちばん楽しくて生きがいのある男となって歩いていたのだ。――わかったろう、お通さん。そういうわしに向って、お通さんは、心も体もすべてを賭して、今日まで一人で苦しんで来ている。すまないと心では思っても、どうしようもない。......それが自分なのだから』
――不意に、お通の細い手は、武蔵の逞しい手頸を摑んだ。
もう眼は泣いていなかった。
『......知ってます! そ、そんなことぐらい......そういう貴方であるぐらいなこと......し、しらないで......知らないで恋をしてはまいりませぬ』
『さすれば、わしがいうまでもなく、この武蔵と共に死のうなどという考えはつまらぬことと分っておろうが。わしという人間は、こうしているわずかな一瞬こそ、なにも思わず、そなたに心も身も与えているが――一歩別れて、そなたの側を離れれば、そなたの事など、おくれ毛一筋ほどにも心に懸けていない人間。――そういう男に縋って男の死を追って、鈴虫のように死んではつまらぬことではないか。女には女の生きる道がある。女の生きがいはほかにもある。――お通さん、これがお別れのわしのことばだ。......では、もう時刻もないから――』
武蔵は、彼女の手をそっと解いて、立ち上った。
十
解かれた手は、またすぐその袂を追って、
『武蔵様、待って』
と、かたく縋った。
さっきから彼女にも、いいたいものが胸いっぱいに閊えていた。
武蔵が、
(虫のように生きて、虫のように死ぬ女の恋には、死の意義がない)
といったことばや、
(一歩、おまえから離れれば、わしはおまえのことなど、頭の隅にも置いていない男だ)
といったような言葉にも、お通は決して、そんなふうに武蔵を見て、穿き違えた恋をしているのではないことをいいたかったが、なんとしても、
(もう二度と会えなくなるのだ)
と思うさし迫った感情に克てなかった。それ以外のなにもいえなかったと、理性することもできなかった。――で今、
『......待って』
といって、袂を引き留めたものの、やはりお通も、不可抗力なものでただ纒綿と泣くだけの女性をしか示すことが出来なかったのである。
しかし、いおうとすることのいえない――弱さの美しさ――単純なる複雑さ――に対して、武蔵も乱れずにはいられなかった。彼の恐れている自分の性格の中の最も大きな弱点が、今、暴風のなかの根の弱い木みたいに揺すぶられていた。ともすればここまで持ち続けて来た「道への節操」も、地崩れのように、彼女の涙とともに泥になってなだれてしまいそうな気持がする。その気持を彼は恐怖する。
『わかったか』
武蔵が、ただいう言葉のためにそういうと、
『わかりました』
お通は微かに――
『けれど、わたくしはやはり、あなたがお死にになれば、後から死にます。男のあなたが、欣んで死ぬる以上に、女のわたくしにも、死の意味が抱いて逝かれるのでございます。けっして虫のように――また一時の悲しみに溺れて死ぬのではございません。ですから、それだけはお通の心にまかせておいて下さいませ』
乱れずにいった。
そして、もう一言、
『あなたは、わたくしのような者でも、心のうちだけでも、妻としてゆるして下さいますでしょうね。もう、それだけでわたくしは、すべての望みが満ち足りました。......この気持、大きな歓び、それはわたくしだけの持っていられる幸福です。あなたはわたくしを、不幸にしたくないからと仰っしゃいましたが、わたくしは決して、不幸に敗れて死ぬのではございません。わたくしを見る世の中の人達が、皆わたくしを不幸だといっても、わたくし自身は、些っとも、そんな不幸ではないのでございます――むしろ、ああなんといっていいだろう、死の夜明けが、楽しみで待ち遠で、朝の小鳥の音の中に死んで行く身が――花嫁のようにいそいそ待たれてなりません』
長くものをいうと、息が喘れるのであろう。彼女は自分の胸を抱きしめて、そして、夢みるように幸福な眼をあげた。
残んの月はまだ白々としていて少し樹々に霧は立ち初めたが、夜明けにはまだ間があった。
――すると、
ふと彼女の眸を上げた崖の上の方で、
『キャーッ!』
突然、樹々の眠りをさまして翔ける怪鳥のように、一声、女の鋭い悲鳴がつんざいた。
たしかに女の絶叫だった。
さっき城太郎が、その崖の道を上へ登って行ったはずではあるが、その城太郎の声では決してなかった
十一
凡事とも思われない。
誰の叫びか。また、何事が起ったのか。
われを呼び醒まされたように、お通は眼をやって、霧のかかっている峰の頂きを仰いでいたが、その機に武蔵は、つと彼女の側を離れ、
(おさらば)
ともいわず――彼方の死地へさして行く足を大股に急ぎかけていた。
『あっ、もう......』
お通が十歩追うと、武蔵も十歩駈けて、そして振顧った。
『お通さん、よく分った。――だが犬死をしてはならないぞ。不幸に追い詰められて、死の谷間へ辷り落ちて行くような、弱い死に方をしてはならないぞ。も一度その体を健康に戻してから、健康な心でよく考えてみるといい。わしだってこれから無駄に生命を捨てに急ぐわけじゃない。永遠の生をつかむために、一時、死のかたちを取るだけのことだ。――わしのあとに従いて死んでくれるよりは、お通さん! 生き残って永い眼で見ていてくれ。武蔵の体は土になっても、武蔵はきっと生きているから!』
いい続けた息のまま、武蔵はもう一言、
『いいか、お通さん! わしの後に従いて来るつもりで、見当ちがいな方へ一人で行ってしまうなよ。わしの死んだという形を見て、武蔵を冥途に捜しても、武蔵は冥途には行っていない。武蔵がいるところは、百年後でも、この国の人間の中だ、この国の剣の中だ。他にはいない』
いい捨てると、もう、お通の次のことばが届かない方まで、彼の姿は遠ざかっていた。
『............』
茫然とお通は残っていた。遠く去ってゆく武蔵の影は、自分の胸から抜け出した自分自体であるような心地だった。――別れという悲しみは、二つのものの離散から生じる感情なので、お通の今の気持には、別れの悲しみというような、そんなべつべつな意識の悲しみは持てなかった。ただ、大きな生死の濤に持って行かれようとしている彼身此身の、ひとつ魂にふと戦慄の眼をふさぐだけだった。
――ざ、ざ、ざ、ざ
とその時、崖の上から、土ころが彼女の足元まで崩れて来た。すると、その土音を追いかけるように、
『――わあっ』
と城太郎が、木や草を搔分けて飛び下りて来た。
『まあっ!』
お通でさえ、恟っとした。
なぜならば、城太郎少年は、奈良の観世の後家からもらった鬼女の笑仮面を、こんどは烏丸家へ帰らないものと思って大事にふところへ所持して出かけて来たらしく、見ると今、その仮面を顔に被って、
『ああ、驚いた!』
と、ふいに眼の前へ立って、両手を挙げたからである。
『なんですっ? 城太さん』
お通が問うと、
『なんだか、おいらも知らないけど、お通さんにも聞えたろ。キャーッっていった女の声がさ』
『城太さんは、それを被って、どこにいたの』
『この崖をずっと登って行ったら、そこにもこの位な道があってね、その道のもっと上の方に、ちょうど坐りいい巨きな岩があったから、そこに腰かけて、ぽかんと、お月様の落ちて行くのを見ていたのさ』
『それを被って?』
『うん、......なぜっていえば、そこいらでやたらに、狐が啼いたり、狸だか狢だか知れない奴がゴソゴソするから、仮面を被って威張っていたら寄りつけまいと思ったからさ。――するとね、どこかでふいにキャーッという声がしたんだ。なんだろうあの声は。まるで針の山からきた木魂みたいな声だったぜ』
はぐれた雁
一
東山から大文字の麓あたりまではたしかに方角はついていたが、いつのまにか道を間違えていたとみえ、一乗寺村へ出るにはすこし山へ入り過ぎていた。
『これさ、なぜそうせかせか急ぐのじゃ。待たぬかよ。又八、又八』
先へ行く息子の足に遅れがちになると、お杉婆は、意地も我慢もなくなったように後から喘いでいう。
聞えよがしに、舌打して、
『なんだ口ほどもない。宿を立つ時、なんといっておれを叱りとばしたか』
待ってやらないわけにもゆかないので、又八はその度毎に、足を止めて待ちはするが、こんな時とばかり、後からやっと追いついて来る老母を頭からやりこめた。
『なにをそう不機嫌にわしへ当りちらすのじゃ、汝が身のように、生みの親のいうことを、いちいち根に持って遺恨がましゅう当る者がどこにあろうぞ』
皺の中の汗を拭いて、ほっと一息休もうとすると、又八の若い足は、立っている方が辛いので、もう直ぐ先へ歩き出すのだった。
『これ待たぬか。少し休んで行こうぞよ』
『よく休むなあ、夜が明けてしまうぜ』
『なんの、まだ朝までにはだいぶある。常ならば、これしきの山道、苦にもせぬが、この二、三日は風邪気味か体が気懈うて歩くと息が喘れてならぬ。悪い折にぶつかったものよ』
『まだ負け惜しみをいってるぜ。だから途中で、居酒屋をたたき起して、人が折角親切に休ませてやろうとすれば、そんな時には、自分が飲みたくねえものだから、やれ時刻が遅れるの、さア出かけようのと、おれがおちおちと酒も飲まねえうちに立ってしまうしよ。いくら親でも、おふくろぐれえ交際い難い人間はねえぜ』
『ははあ、ではあの居酒屋で、汝が身に酒を飲ませなかったというて、それを、まだ怒っていやるのか』
『いいよ、もう』
『わがままも程にしたがよい、大事をひかえて行く途中だぞよ』
『といったところでなにもおれたち母子が刃の中へ飛びこむわけじゃなし、勝負のついた後で吉岡方のものに頼み、武蔵の死骸へ一太刀恨んで、手出しのできねえ死骸から、髪の毛でも貰って故郷の土産にしようというだけのものじゃねえか、大事も大変もあるものか』
『ままよいわ、ここで汝が身と、母子喧嘩をしてみても始まるまいでの』
歩き出すと――又八はぶつぶつ独り語に、
『ああ、ばかばかしいな。他人の殺した死骸から証を貰って、これでめでたく本懐を達してございと故郷へ帰って披露する。故郷の奴らは、どうせあの山国、他へ出たことのない人間ばかり、本気になって目出度がることだろうが......嫌だなあ、またあの山国で暮すのは、考え出してもぶるぶるだ』
灘の酒だの都の女だの、又八の知った都会生活のあらゆるものが彼に未練をささやいてやまなかった。まして彼にはまだそれ以上の執着がこの都会にある。あわよくば、武蔵の歩いた道以外の道を見つけ、とんとん拍子に立身して、まだ不足な物質の世界の体験にその身を飽満させて、人間の生れがいをそこに自覚してみたいという――彼らしい希望さえまだ決して捨ててはいない。
(ああ嫌だ。ここから見てさえ町中が恋しい)
いつの間にやらまた、お杉婆はだいぶ後に取り残されていた。宿を立つ前から体が懈い懈いといっていたが、まったく幾らか体の調子が悪いのかも知れない。とうとう我を折ったように、
『又八、少し負うてくれぬか。後生だによって、少し負うてくれい』
と、いった。
又八は、顔を顰めた。
面を膨らませたまま、返辞もせずに待っていたのである。すると、お杉婆も彼もぎょっとしたように耳を欹だてた。――先に城太郎も驚き、お通も聞いた、あの針の山の悲鳴に似た女の叫びを、この母子も聞いたのであった。
二
どこともわからない、たった一声したきりの悲鳴だった。次の悲鳴がしたら声の方角も的確に知れよう。――それを待つもののように、又八も婆も、じっと空虚な顔して、疑惑の中に立ちすくんでいた。
『......あっ?』
突然、お杉婆がこういったのは、その不審な悲鳴がまた聞えたのではなく、なに思ったか、又八が不意に、崖の角につかまって、そこから谷へ降りて行こうとする様子を見たからであった。
『ど、どこへ行くのじゃ』
あわてて、咎めると、
『この下の沢だ』
もう崖道へ身を沈めかけながら又八がいう。
『おふくろ、ちょっと、そこに待っていてくれ。――見て来るから』
『阿呆』
お杉婆は、つい、いつもの口癖を出して、
『なにを捜しに行くのじゃ、何を? ......』
『なにをッて、今、聞えたじゃねえか、女の悲鳴が』
『そんなもの尋ねてどうする気かよ。――あれっ、阿呆、止めいというに、止めいというに』
上から婆が喚いているまに、又八は耳もかさず、木の根にすがりながら深い沢へ降りてしまった。
『ばっ、ばか者っ』
と月へ罵っている老母のすがたを、又八は深い沢底から、木の間越しに見上げていた。
『――待ってろようっ、そこで』
下から呶鳴ったが、その声がお杉に届いて行かないほど、彼の降りて来た崖は深かった。
『はてな?』
又八はすこし後悔した。たしかにさっきの悲鳴はこの沢の辺のように思われたが、もし違っていると、無駄骨を折ることになる。
――然し月の光も届かないほどなこの沢も、よく眼を働かしてみると小道がある。山といっても元よりこの辺の山なのでそう深かろうはずはない。それに京都から志賀の坂本や大津へ通う近道でもあるので、どこへ降りても市人の踏んだ足の痕が必ずついている。
さらさらと小さな滝や瀬になって落ちてゆく水に従いて、又八は歩いて行った。すると、その流れを横断して左右の山の中腹へ亙っている一筋の道があった。彼が発見したのは、ちょうどその道筋にあたっている渓流の側であった。
石魚突きの寝泊りする石魚小屋かも知れない。ほんの人間ひとり入れるぐらいなほッ建小屋がそこにある。――その小屋の後に這い屈まっている人間の白い顔と手とをちらと見たのである。
『......女だ?』
又八は、岩の蔭にかくれた。さっきの悲鳴も、女のであればこそ彼は猟奇な興奮に駆られたのである。男の声であったら最初からこんな沢へ降りては来ないだろう。――それが今、その正体を窺ってみると、確かに女で、しかも若いらしい。
――何をしているのか?
と最初は疑っていたが、見ていると、疑いはすぐ解けた。女は、流れのそばへ這い寄って、白い掌に水を掬って、唇へ移しているのであった。
三
びくっと、女は鋭感に振り顧った。又八の跫音を、昆虫のように体で感じて、すぐ起ちかけそうな眼であった。
『――おやっ?』
又八が、声を放つと、
『あっ?』
女も同じように驚いていった。然しそれは、恐怖から救われたような声だった。
『朱実じゃねえか』
『......あ、あ』
そこの谷川で飲んだ水が、やっと今、胸へ下がったように、朱実は大きく息をついた。
けれどまだ何処かおどおどしているその肩をつかまえて、
『どうしたんだ朱実』
又八は、彼女の脚から顔を見上げて、
『おめえも、旅支度だな、旅へ立つにしても、こんな所を今頃――なにしに歩いているのだ』
『又八さん。あなたのおっ母さんは?』
『おふくろか、おふくろは、この谷間の上に待たせてある』
『怒っていたでしょう』
『あ、路銀のことか』
『わたしは急に、旅立ちしなければならなくなったのです。けれど、旅籠の借金も払えないし、路用のお金もないので、悪い事と知りながら、おばばさんの荷物と一緒にあった紙入を、つい出来心で、黙って、持って来てしまった。......又八さん、堪忍してください。そして、わたしを見逃して下さい。きっと後で返しますから』
さめざめと泣き声の裡に、朱実が謝るのを、又八はむしろ意外な顔して、
『おい、おい。なにをそう謝るのだ。......アア分った。俺とおふくろが二人して、おめえを捕まえる為に、ここへ追いかけて来たと勘違いしているんじゃねえか』
『でも、わたしは、出来心にしろ他人様のお金を盗って逃げたんですから、捕まれば、泥棒といわれても仕方がありませんもの』
『それやあ、俺のおふくろの云い草だ。俺にとれば、あれぐらいな金、おめえが真実困っているなら此っ方からやりたい位だ。なんとも思っちゃ居ねえから、そんな心配はしないがいい。――それよりはなんの為に、急に旅支度して、こんな所を今頃歩いているのか』
『旅籠の離れで、あなたがおっ母さんに話していた事を、ふと、蔭で聞いていたものですから』
『フーム、すると、武蔵と吉岡勢との、きょうの果し合の一件だな』
『......ええ』
『それで急に、一乗寺村へ行くつもりでやって来たのか』
『............』
朱実は答えなかった。
一つ家に暮していた頃から、朱実が胸に秘していたものは何か、それは又八もよく知っていた。――で彼は、深くは問わずに、
『そうそう』
急に言葉を変えて、
『今し方、この辺で、キャーッという悲鳴が聞えたが、あれはもしや、おめえの声ではなかったか』
と、この沢へ降りて来た目的に返って、そう訊くと、
『エ。わたしでした』
朱実はうなずいた。
そしてまだなにか、恐怖の夢でも見ているように、この沢の窪から突兀と空に黒く見えている山の肩を振り仰いだ。
四
そこでその事実を、彼女自身が話すところによると、こうである。
――つい今し方のこと。
彼女が、この渓流を越え、そしてここから見える眼の前の――突兀とした岩山の中腹までかかって行くと、ちょうどその山肌の肋骨の辺なる岩頭に、世にも怖ろしい妖怪が腰かけていて、月を眺めていたというのである。
真面目には聞かれない話のようだが、朱実は真面目になって、
『遠くから見たんですけれど、体は侏儒みたいに小さいくせに、顔はといえば、大人並の女なのです。そして顔は、白いのを通り越して何ともいえない色を帯び、唇は耳までキュッと裂けていて、しかも、私の方を見て、ニヤリと笑ったような気がしたんです。――思わずその時、私はキャッと叫んでしまったものでしょう。無我夢中でした。気がついた時は、この沢に辷り落ちていたんです』
と、いう。
いかにも恐かったように、朱実がそう話すので、又八は、笑うまいとしながらもつい、
『ハハハハ。なアんだ』
と、揶揄して、
『伊吹山のふもとで育ったおめえが、恐いなんていうと、化物のほうで顔負けするだろう。燐の燃えている戦さ場を歩いて、死骸の太刀や鎧を剝いだことさえあるじゃねえか』
『でも、あの頃は、恐いこともなにも知らなかった子供ですもの』
『まんざら子供でもなかったらしいぜ。その頃のことを、いまだに胸に想って、忘れ切れずにいるのを見ても』
『それやあ、初めて知った恋ですもの。......だけどもう、私はあの人を、諦めてはいるんですよ』
『じゃあなぜ、一乗寺村へなど出かけて行くのか』
『そこの気特が自分にも分らないんです。ただ、ひょっとしたら武蔵様に会えやしないかと思って』
『無駄なこった』
ひどくそこで、又八は言葉に力をこめ、万に一つも勝目のない武蔵の立場と、相手方の情勢とをいって聞かせた。
すでに清十郎から小次郎と――幾人かの男性を通って、処女であったきのうの自分が、もう思い出のものになって居る彼女には、武蔵を考えたり想ったりすることも、もう処女であった頃のように、未来の花を夢想して考えることはできなくなっていた。肉体的にその資格を失った自分を冷たく諦観して、死にはぐれ、生きはぐれながら、次の道をさがしている迷える雁の一羽に似ていた。
だから彼女は、又八から、武蔵が今刻々、死の危機へ近づいている様子を如実に聞いても、泣くほどな気持にはなって来なかった。――ではなぜ、こんなところまで、恋々と彷徨ってきたかと訊かれれば、その矛盾も説明することのできない彼女であった。
『............』
行くての方角を失ったような眸をして、朱実は、又八のことばを、夢うつつに聞いていた。又八は、その横顔を黙って見ていた。――なにかしら彼女の彷徨っている所と、自分の彷徨っている所とが、似ているように思われてならない。
(この女は道づれを捜している――)
そう見える白い横顔だった。
又八は、ふいに、彼女の肩を抱えた。そして顔を押しつけるようにして、
『朱実。江戸へ逃げないか......』
と、囁いた。
五
朱実は、息をのんだ。
疑うように、又八の眼をじっと見つめ、
『え。......江戸へ?』
ふと、自分に返って、現実の境遇を見直すように反問した。
彼女の肩へ廻している手に、又八はそっと力をこめて、
『なにも江戸表とは限らないが、人の噂に聞けば、関東の江戸表こそこれからの日本の覇府になるだろうという話だ。今までの大坂や京都はもう古い都とされ、新幕府の江戸城を繞って、新しい町がどしどし建っているそうだ。そういう土地へ行って逸早く割り込めばきっとなにかうまい仕事があるだろう。おめえも俺も、いわば群からはぐれた迷い雁だ......行かないか。......行ってみないか。......え、朱実』
囁かれている彼女の顔がだんだん熱心に聞いていた。又八はなお口を極めて、世の中の広さや、自分たちの若い生命を称えて、
『面白く暮すんだ、したいことをして送るんだ。それでなけれや生れた甲斐はない。もっと俺たちは図太い肚を持とうじゃねえか。線の太い世渡りをしなけりゃ噓だ。生半可、正直に、善良にと、料簡を良くしようとするほど、却って運命ッて奴は、人を弄ったり皮肉ったり、ベソを搔くようなことばかり仕向けて来やがって、碌な道は拓けて来やしねえ。......え、朱実、おめえだってそうじゃねえか。お甲っていう女にしろ、清十郎という男にしろ、そんな者の餌になって、食われているから悪いのだ。食う人間にならなけれやあ、この世は強く生きちゃ行かれねえぜ』
『............』
朱実は心を動かされた。よもぎの寮という家から離れ離れに世間へ巣立って、自分はその世間に虐まれて来ただけであるが、さすがに又八は男だけあって、以前よりもどこか慥りしたところが人間に出来てきたように思われた。
けれど、彼女の頭のどこかに、まだ捨て難い幻影がちらちらしていた、それは武蔵の影であった。焼けた家の焼跡へ行って灰でも眺めてみたいとする――愚な執着にそれは似ていた。
『嫌か』
『............』
黙って、朱実はかぶりを振った。
『じゃあ、行こう。嫌でなければ――』
『だけど、又八さん、おっ母さんは、どうするつもり?』
『ア。おふくろか』
又八は、彼方を見上げて、
『おふくろは、武蔵の遺物さえ手に入れれば、一人で故郷へ帰って行くさ。あのまま姥捨山のようなところに置き去りを食ったと知ったら、一時はかんかんに怒るだろうが、なあに今に俺が出世してやればそれで埋め合せはつく。――そう極ったら、急ごうぜ』
意気込んで、先へ歩いて見せると、朱実はまだなにか躊躇って、
『又八さん、ほかの道を行きましょう、その道は』
と、竦んでいう。
『なぜ』
『でも、その道を登って行くとまた、彼の山の肩に』
『アハハハ。口が耳まで裂けている侏儒が出るというのか。俺がついているから大丈夫だ。......アッいけねえ。お婆の奴が彼方で呼んでやがる。侏儒の妖怪よりゃあ、おふくろの方がよっぽど怖いぞ。朱実、見つかると大変だ、早く来いっ』
――駈け上って行く二つの影が岩山の中腹ふかく隠れ去った頃、待ちくたびれたお杉婆の声が谷間の上で、
『せがれようっ......又八ようっ......』
空しく彷徨い歩いていた。
生死一路
一
チチ、チチ、チチ......
畷の大藪に風が立ちそめて来た。風につれて、小禽が立つ。しかしまだその鳥影も見えぬほど朝は暗いのである。
前に懲りているので、佐々木小次郎は、
『わしだぞ。立会人の小次郎なるぞ』
こう断りながら、大息を喘って、雲母越えの十町畷を魔のように駈け、下り松の辻までやがて来た。
跫音に、
『や、小次郎殿か』
四方に潜んでいた吉岡勢は、まったく痺れの切れたような顔をして、彼の周囲をすぐ真っ黒に取り囲んだ。
『まだ見えませぬかの、武蔵奴は――』
壬生の源左老人の問いに、
『いや、出会った』
と、小次郎は語尾を上げ、その言葉に衝かれ、さっと自分へあつまる視線のひらめきを冷たく見廻しつつ、
『出会ったが、武蔵の奴、どう思ったか、高野川から五、六町ほど連れ立って歩くうちに、不意に姿を消してしもうたのです』
いいも終らず、
『さては、逃げたなっ』
これは御池十郎左衛門だった。
『いや!』
と、その動揺めきを抑えて、小次郎はいいつづけるのだった。
『落着き澄ました彼の容子、また、わしにいった言葉のふしや、その他を考え合せてみるに、姿は消したが、どうも、あのまま逃げ去ったものとも考えられぬ。――思うに、この小次郎に知られては具合のわるい奇策を用いるため、わしを撒いたものと思われる。油断は決してなりませぬぞ』
『奇策。――奇策とは?』
無数の顔が、彼を囲んで、彼の一言半句も聞き洩らすまいとするように犇めいた。
『おおかた武蔵の助太刀のものたちが、どこかに屯していて、彼を待ち合せ、それと合してここへ襲せて来るつもりではないかと思う』
『ウウウム。......それはありそうなことじゃ』
源左老人が呻くと、
『しからば、ここへ来るのも、もう間はないな』
十郎左衛門は、そういうと、持ち場を離れたり、樹の上から降りて集まって来た味方へ、
『戻れ戻れ。備えを崩しているところへ、武蔵が不意に虚を衝いて来ようものなら、出鼻に不覚を取ってしまう。どれほどの助太刀を率き具して参るかはしらぬが、いずれ多寡の知れたもの。手筈を過たず討ち取ってしまえ』
『そうだ』
各々も、気づいて、
『待ちくたびれて、心に弛みの起る時が油断だ』
『部署につけ』
『おう、抜かるな』
いい交しながらばらばらと分れて、再び、藪の中や樹蔭や、また、飛道具を携えて梢の上へ影をかくした。
小次郎はふと、下り松の根方に、藁人形のように立っている源次郎少年を見て、
『眠いか』
と訊いた。
源次郎は強く、
『ううん』
首で否定して見せた。
その頭を撫でてやりながら小次郎は、
『では寒いのか、唇の色が紫いろしているではないか。其許は吉岡方の名目人で、つまりきょうの果し合の総大将だからの、確乎していなければいかんぞ。もうすこしの辛抱、も少し経つと、面白いものが見られるからな。......どれ、わしもどこか地の利のよいところで』
と、いい捨ててそこを立ち去った。
二
――一方、思い合せると、ちょうどその時刻。
志賀山と瓜生山の間ノ沢あたりで、お通から別れ去った宮本武蔵は、
(ちと遅くなった!)
と、その遅刻した差を取り戻そうとするかのように、急に脚を早め出していた。
下り松での出会は、寅の下刻と約してある。この頃の日の出はおよそ卯の刻過ぎであるからまだ暗いうちなのだ。場所が叡山道で三道の辻に当っているし、夜が白めば、当然往来人もあるからその点なども時間に考慮されていることはいうまでもない。
(お、北山御房の屋根だな)
武蔵は、脚を止めた。そして自分の今踏んでいる山道のすぐ真下に見える伽藍をのぞいて、
(近い!)
と感じた。
そこから下り松の辻まではもう七、八町しかない。北野の裏町から歩き出した距離も遂にここまでちぢまった。この間に月も彼とともに歩いていた。山の端にかくれたのか朝の月影はもう見えなかった。――しかし、三十六峰の懐に重たく眠り臥している白雲の群れが、遽かに、漠々と活動を起して天に上昇しはじめたのを見ても、天地は寂とした時間のうちにすでに「偉大なる日課」へかかっていることが分る。
その偉大なる日課のまっ先に、もう幾つか呼吸する間に、自分の死が、一片の雲よりも淡く、その気象の中から消されてゆくのか――と武蔵は雲を仰いで思う。
雲の抱く巨きな万象の上から見れば、一匹の蝶の死も一個の人間の死も、なんらの変りもないほどなものでしかない。――けれど人類の持つ天地から観れば、一個の死は、人類全体の生に関ってゆくのだ。人類の永遠な生に対して、よい暗示か、悪い暗示かを、地上へ描いてゆくことになる。
(よく死のう)
と、武蔵はここまで来た。
(いかによく死ぬか?)
に彼の最大の最後の目的はあるのだった。
――ふと水音が耳につく。
一気に、ここまで脚を早めて来たので、彼は渇きを思い出した。岩の根へ屈んで水をすすった。水のうまさが舌に滲みる。彼は自分で、
(おれの精神は紊れてない)
ということをそれでも知った。そして直前の死そのものへ対して、少しも卑屈を感じない自己をすずやかに思った。今こそ、自分の胆は踵にこもっているという感。
――だが、足を止めて、一息つくとすぐ、なにかしら後で自分を呼ぶものがあった。お通の声である。また、城太郎の声である。
(元より気のせいだ)
そう彼は知っている。
(取り乱して、後を追って来るような女ではない。わかり過ぎるほど、自分の心もわかっている女だけに――)
ということも彼は知っている。
けれどそのお通が後から声をふり絞って来るような気持が、なんとしても頭から払えなかった。
ここまで駈けて来る間にも、ともすると振向いてみた。今も、足を止めるとすぐ、意識のうちに、
(もしや?)
と、耳はそれへ傾いてしまう。
時刻に遅れることは、約束を違えたといわれるのみでなく、彼として、戦う上に損である。無数の敵の中へ、単騎で斬り入るのには、ちょうど月も落ち、夜もまだ明けきらないという、暁闇の一瞬こそ彼にとって利がある。勿論、武蔵もその考えで脚を急いで来たのであるが、また一つには、うしろ髪を引くようなお通のあらぬ声や姿を、心から振り捨てるためにも、ここまで眼をつぶるような気持で急いで来たものであろう。
三
外敵はこれを粉砕するも易し、心の敵は敗るよしなし。――武蔵はふとこの言葉に思い当って、
(くそっ、こんなことで)
と、心に鞭を加え、
(女々しい!)
お通のことなど、塵ほども胸に止めまいとした。
さっき袂を振り切る時、そのお通に向っても、いったばかりではないかと恥じる。
(男が男の使命に向って、挺身する時は、恋など、頭の隅にもおいていないのだ――)と。
そういいつつ今、果して自分の頭の中から、お通のことは捨て切っているのだろうか?
(なんたる未練だっ)
心の中から、お通の幻影を蹴とばして、そしてそれから遁れ去るように、彼はまた、驀しぐらに駈けていた。
――と、眼の下の大竹藪から更にずっと山裾へかけて展けている樹林や畑や畷を縫って、一筋の白い道が見えた。
『おっ!』
すでに近い。――一乗寺下り松の辻は近い。その一筋の道を眼で辿ってゆくと、およそ二町ほど先の所で、他の二筋の道と結び合っている。乳いろの霧の微粒が静かにうごいてゆく空に、傘枝を高くひろげた目印の松が、もう武蔵の目にも見えたのである。
――はっと、彼は地へ膝をついた。背にも、前にも、いやこの山の樹木すら、すべて敵かのように、彼の五体は闘志のかたまりとなった。
岩の蔭、樹の蔭と、蜥蜴のように素迅こく身を移しつつ、下り松の真上に当る高地まで来たのであった。
(ウム、いるな!)
そこからは更に近々と、辻にかたまっている人影までが幽かに読まれた。ちょうど松の根元を中心にして、十人ほどの一塊りが、霧の下に凝と槍を立てている――
どうっ――と山巓からふき颪してくる暁闇の大気が、武蔵のからだへ雨かとばかり雫を落し、松のこずえや大竹藪を潮騒のように山裾へ翔けてゆく。
霧の下り松は、その傘枝を震わせて、なにか予感を、天地へ告げているようだった。
眼に見えた敵の数はわずかであるが、武蔵は、満山満地がみな敵の居場所に感じられた。すでに死界の中に来ている肌心地だった。手の甲まで鳥肌になっていた。呼吸はおそろしく深く静かに、足の指の爪までがもう戦闘しているのである。ジリジリと、一歩一歩にすすむ足の指が、掌の指にも劣らない力で、岩の間を攀じ登っていた。
すぐ眼の前に、古い砦の址ででもあるような石垣があった。彼は岩山の腹を伝わって、その小高い地域へ出た。
見ると、麓の下り松のほうへむかって、石の鳥居がある。周囲は喬木と防風林でかこまれていた。
『オ。......御社だ』
彼は、拝殿の前へ駈けて行くなりそこへひざまずいた。何神社とも思わず無意識にべたと両手をついていた。折も折、心魂のおののきを彼も禁じ得なかった。――真っ暗な拝殿のうちに、一穂の御明しは消えなんとしながら消えもせず、颯々と風の中にゆらいでいた。
『――八大神社』
彼は、拝殿の額を仰いで、大きな力を味方にもったような気がした。
『そうだ!』
ここから真下の敵へ逆落しに斬り入ってゆく自分の背には神があるとする強味――神こそはいつも正しきものに味方し給うものという強味――むかし信長が桶狭間へ駈けてゆく途中でも熱田の宮へぬかずいたことなども思い合わされ、なんとなく欣しい吉瑞!
彼は、御手洗の水で口漱いだ。更にもう一杓子含んで、刀の柄糸へきりを吹き、わらじの緒にもきりを吹いた。
手ばやく革襷をかけ、鬢止の鉢巻を木綿で締めた。そして足を踏み馴らしながら神前に戻って、拝殿の鰐口へ手をかけた。
四
――手をかけて。
(いや! 待て)
と武蔵は、手を離した。
縒り合せた紅白の色も分らぬほど古びている木綿の綱――鰐口の鈴から垂れている一条の綱――
(恃め、これに縋れ)
といわないばかりな。
然し、武蔵は自分の胸に、
(自分は今、ここへ、なにを願おうとしたのか)
をたずねてみて、はっと、手を竦めてしまったのであった。
(もう宇宙と同心同体になっているはずの自分ではないか!)
と思う。
(ここへ来るまでに――いや常々から、朝に生きては夕に死ぬる身と、死に習い死に習いしていた身ではないか)
と、われを叱る。
それが今、計らずも、平常の鍛錬を、ここぞと思う間際に当って、一穂の明りを仰ぐと、なにか、暗夜に光りでも見つけたように、欣しげに心は揺れ、手はわれを忘れて、この鰐口の鈴を振り鳴らそうとしている。
さむらいの味方は他力ではない。死こそ常々の味方である。いつでもすずやかに、きれいに潔く、はっと死ねるという嗜みは、どんなに習っても、習いぬいても、容易に習いきれる修行でないことは勿論だが、ゆうべの月から今朝まで歩いて来た己れの身こそ、それを体得し切ったものと、心ひそかに、自分を誇ってさえいたのに――と、武蔵は石の如く神前に突っ立ったまま、凝と慚愧の首を垂れて、口惜し涙が頰を下ってくるのも覚えぬもののように、
(過った!)
と、悔いを心に嚙み、
(――自分では、玲瓏な身になり切っていたつもりでも、まだ五体のどこかには、生きたいとする血もうずいていたに違いない。お通のことやら、故郷の姉のことやらが――そして藁をもつかみたいとする恃みが――ああ、無念な! われを忘れて鰐口の綱へ手を差し伸べさせたのだ。――この期になって神の力を恃もうとしていた)
お通には泣かなかった涙を、武蔵は滂沱と頰にながして、わが身に、わが心に、わが修行に、万恨の無念を持つのであった。
(――無意識であったのだ、恃もうとする気持も、祈ろうとする言葉も考えずに、ふと鰐口の綱を振ろうとした。――だが、無意識だから、なおいけないのだ!)
叱っても叱っても、叱りきれない慚愧なのである。自分が口惜しいのだ。こんな浅い修行をして来たきょうまでの日々であったかと思うと、
(愚鈍め)
憐むべき自分の素質を考えるほかなかった。
すでに空身。なにを恃みなにを願うことがあろう。戦わぬ前に心の一端から敗れを生じかけたのだ。そんなことで、なにがさむらいらしい一生涯の完成か。
だが――武蔵はまた卒然と、
『有難いっ』とも思った。
真実、神を感じた。まだ幸にも、戦いには入っていない。一歩前だ。悔いは同時に改め得ることだった。それを知らしめてくれたものこそ神だとおもう。
彼は、神を信じる。しかし、「さむらいの道」には、たのむ神などというものは無い。神をも超えた絶対の道だと思う。さむらいのいただく神とは、神を恃むことではなく、また人間を誇ることでもない。神は無いともいえないが、恃むべきものではなく、さりとて自己という人間も、いとも弱い小さいあわれなもの――と観ずるもののあわれのほかではない。
『............』
武蔵は、一歩退って、両手をあわせた。――しかし、その手は鰐口の綱へかけた手とは違ったものであった。
そしてすぐ、八大神社の境内から、細い急坂を駈け下りて行った。坂を降りきった山裾の傾斜に下り松の辻はあった。
五
のめるような急坂だった。豪雨の日でもあればそのまま滝となるような道に、洗い出された石ころが脆い土にすがっている。
武蔵が、一気に駈け下りてゆくと、石ころや土が、彼の踵を追いかけて静寂を破った。
『あ!』
なにものかが目に触れたのであろう、武蔵は突然、体を鞠にして、草の中へ転がった。
草はまだ朝露を一滴もこぼしていない。膝も胸も水びたしになってしまう。かがみ込んだ野兎のように、武蔵の眼は下り松の梢を凝視する。
足数にしても、そこまではもう何十歩と眼でも測ることができよう。そして下り松の辻の位置はこの坂下より更に幾分か低地になっているため、その梢も比較的低く見られる。
――武蔵は見た。
樹の上に潜んでいる人影を。
しかもその男は飛道具を持っているらしい。それも半弓ではない、鉄砲らしいのだ。
(卑怯な!)
と、憤ってまた、
(一人の敵に)
と、愍れみもしたが、さりとて予期していないことではなかった。これ位な用意は当然あるものと心構えには入れていたことである。吉岡方でもまた、まさか自分がただ一名でここへ臨むものとは考えていないに違いない。そうすると飛道具の備えもある方がむしろ賢いことだし、それも一挺や二挺ではないものと見なければなるまい。
だが、彼の位置からは、下り松の梢だけにしか発見できなかった。飛道具の者が皆、樹の上に潜んでいるものという見解を持つのも早計であり危険である。半弓ならば岩のかげや低地にもかくれていようし、鉄砲ならば、この山腹から撃っても中たる。
然し、たった一つ武蔵にとって有利だったのは、樹の上の男も、樹の下の一かたまりも、みなこっちに背を向けていることだった。追分から三方へ道がわかれているだけに、彼らは背後の山を忘れていた。
這うように武蔵は徐々と身をすすめた。刀のこじりの高さよりも頭の方を低くして出て行った。そして遽かに小走りになり、ツ、ツ、ツ、ツ、ツ――と巨松の幹へ近づきかけると、二十間ほどてまえで、
『――呀ッ』
梢の男が、ふと、その影を発見して、
『武蔵だっ!』
と、叫んだ。
天空からその声が響いたにも関わらず、武蔵はまだ、同じ姿勢のまま十間は確かに駈けた。
彼は、その秒間だけは、決して弾が来ないということを、胸の裡で計っていた。なぜならば、梢の上の人間は、枝に跨がって、三道の方へ銃口を向けながら見張っていたからである。樹の上なので、身の位置も直さなければならない、また小枝に邪げられて、銃身もすぐには向けられまい。
――こう計って、その秒間だけは安全と思っていた。
『なにッ――?』
『どこへっ』
これは、下り松の下を本陣として立ち並んでいた十名ほどの異口同音だった。
次の瞬間には、また、
『後だい』
と、宙の男がいった。
喉の引ッ裂けそうな声でわめいたのである。その時はもう梢の上であわてて持ち直した銃口が、武蔵の頭へ正確に向いていた。
松の細かい葉を通って、火繩の火がチラ――とこぼれた。武蔵の肱が大きな円を描いたのはその咄嗟であった。手の裡に握られていた石は唸りをあげて、線香ほどに見える火繩の光りへぴゅっと飛んで行った。
――みりっと樹の小枝の裂ける響きと、あッと其処でいった叫びとが一つになって、霧の上から地面へ一個の物体を勢いよく抛り出した。勿論それは人間である。
六
『――オおっ』
『武蔵っ』
『武蔵だっ』
後に眼を持たない人間である限り、この驚きは当然に見えた。
三道それぞれな所に、水も漏らさぬ前衛の備えを固めていただけに、なんの予報もなく、この中核部で、いきなり武蔵の姿を迎えようなどとは、夢想だにもしていなかった吉岡方の狼狽も無理ではない。
わずか十名に足りないそこの人数であったが、不意に大地を震り上げられたかの如く、味方同士、腰の鞘と鞘をぶつけ合い、また、持ち直す槍の柄に味方の者の足もとを躓かせ、また或者は不必要なほど遠くへ横ッ跳びに身を交し、そしてまだ驚き足らないように、
『こ、小橋っ』
『御地っ』
と朋友の名を、無用な高声で呼び合ったり、
『抜かるなっ!』
と自分の心胆さえ定まらないのに他を誡めたり、
『な、な、なにをッ』
『く、くッ!......』
言葉にならない言葉の切れ端を歯の根から力を出したりして、どうにかぎらぎら抜きつれた刀と槍の幾筋とが、武蔵へ向って半円を備えかけたかと見えた時、当の武蔵は、
『約定によって、生国美作の郷士宮本無二斎の一子武蔵、試合に出て参りました。名目人源次郎どのはいずれにおわすか。前の清十郎殿や伝七郎殿のごとき御不覚あるなよっ。ご幼少とのことゆえ助人は何十人たりとも存意のまま認めおく。ただし武蔵はかくの如く唯一名にて参ったり。一人一人かからるるとも、総がかりに来られるともそれも勝手。いでやっ!』
と、凜々、こういい放つ。
正しく挨拶されたのも彼らにはまた意外だった。礼儀に対して礼儀を取らない恥は骨身にこたえたらしいが、平常のそれとは違って、この場合のそれは十分な余裕というものからでなければ生れて来ない。口の唾さえ途端に渇いている舌では、
『遅いぞッ、武蔵っ』
『怯れたかっ』
ぐらいなことしかいえなかった。
にも関らず、武蔵が、唯一名にて参ったりという言葉だけは確かに受け取って、そうだ相手は一名なのだと、急に強味が甦えってきたらしくも見える。けれど源左老人や、御池十郎左衛門らの老巧は、そういう裏を考え、それをもってかえって武蔵の奇策となし、畢竟武蔵の助太刀はどこか附近に姿をかくしているものと疑心暗鬼の眼ざしが忙しない。
――びゅっ!
どこかで弦音がした。
武蔵の抜きはなった刀の刃風のようにもそれが聞えて、彼の顔へ向って飛んで来た一本の矢は、同時にパッと二つになって、肩のうしろと刀の切ッ先へきれいに落ちた。
――と見えた視線はもうそこへ置き残され、武蔵の体は髪を逆立てた獅子のように、松の幹に隠れていたそこの蔭のものへ向って一足跳びに躍っていた。
『キャッ。怖いっ!』
立っておれと吩咐けられた通りに、最初からそこに立っていた源次郎少年は、悲鳴をあげて、松の幹へ抱きついた。
その叫びに、父の源左老人が、自分が真二つに割られたような声で、わあーッと彼方で跳び上ったと思うと、武蔵の刀によって描かれた一閃が、どう斬り下げられたのか、松の皮二尺あまりを薄板のように削ぎ、その皮といっしょに前髪の幼い首を血しおの下に斬り落していた。
第三巻 終
霧 風
一
まるで夜叉の行為にひとしい。
最初から重大視していた目的物でもあるかのように、武蔵はなにものも措いて真っ先に、源次郎少年を斬ってしまったのだ。
酸鼻とも残忍ともいいようがない。敵とはいえ、物の数ではない少年ではないか。
それを斃したからといって先の勢力が微塵も減殺されるわけでもない。いや、かえって吉岡一門の者を極度に怒らせ、全体の戦闘力を狂瀾のように激昻させるにはなによりも役立ったろう。
わけても源左老人は、哭くかのような形相を作り、
『――しゃあッ、よくもッ』
顔中から喚きを発し、老の腕には少し重げに見える大刀を頭の上に振りかぶった儘、武蔵のからだへ打つかるような勢いで向って来た。
一尺ほど――武蔵の右足が退がったと思うと、その足につれ体も両手も右へ斜めになり、源次郎少年の首すじを通って返ったばかりの切ッ先がすぐ、
『喝ッ』
刎ねて――ぴゅん――とばかり源左老人の下りかけた肱と顔とを摺り上げた。
『ウウふっ』
誰の唸きとも分らない。
なぜならば武蔵の後から槍を突き出した者が、同時に前へよろめき出し、源左老人と折重なって朱となったし、なお眼を移す遑もなく、武蔵の正面にはすでにまた次にとびかかった四人目の者が――これはちょうど彼の重心点へ踏み出したとみえ、肋骨まで断ち割られて、首も手もだらんと下げた儘、二、三歩ほど生命のない胴を支えて足だけで歩いていたし――
『出会えッ』
『此処だっ』
後の六、七名は時々、絶叫をふり絞って味方へ急を告げた。だが如何せん三道へわかれている味方は皆、本陣とは相当な距離をおいて潜伏しているので、まだ極めて秒間に過ぎないここの異変を少しも知らず、また彼らの必死なさけびも、松風や大竹藪の戦ぎにまぎれて、むなしく宙へ消えてしまう。
保元、平治の昔から、平家の落人たちが近江越えにさまようた昔から、また親鸞や、叡山の大衆が都へ往来した昔から――何百年という間をこの辻に根を張って来た下り松は今、思いがけない人間の生血を土中に吸って喊呼して歓ぶのか、啾々と憂いて樹心が哭くのか、その巨幹を梢の先まで戦慄させ、煙りのような霧風を呼ぶたびに、傘下の剣と人影へ、冷たい雫をばらばらと降らせた。
――一個の死者と三名の傷負は、息一つする間にこの緊りつめた圏内から無視されてしまったのだ。相互がハッと呼吸を改めたせつなには、武蔵は自分の背を下り松の幹へひたッと貼りつけていた。ふた抱えもある松の幹は絶好な背の守りかに見える。しかし武蔵はそこに長く膠着していることはかえって不利としているらしい。眼ざしは、けわしく刀のみねから七つの敵の顔をひきつけながら次の地の利を案じていた。
梢の声――雲の声――藪の声――草の声あらゆるものが戦ぎ戦いている風の中に、その時、
(下り松へ行けっ!)
何者かが、遙かから、声をからして教えていた。
近くの小高い丘の上だ。手頃なところを選んで、そこの岩に腰をかけていた佐々木小次郎が、いつのまにか岩の上に突っ起ち、三道の藪や木蔭に沈んでいる吉岡勢へ向って、
(わういッ、おおういっ。――下り松だっ、下り松へ出会えっ!)
二
鉄砲の音だった、その時、人々は強い音波に耳を蓋された。
旁々小次郎の声も、大勢のうちの誰かには聞えたはずである。
――素破っ。
動揺めいた大竹藪や、木蔭や岩蔭や、あらゆる物蔭から蚊の湧くように躍り出した三道の伏勢が、
『ヤ、ヤ?』
『既にっ』
『追分、追分』
『出し抜かれているぞッ』
道の三方から各々、二十名以上の人が、地へ臨んで集まる奔流のように疾駆し出した。
武蔵は今――鉄砲の轟音と同時に、下り松の幹をくるっと自分の背でこするように動いた。弾は彼の顔から少し外れて樹の幹へぶすんと中たった。――そしてその前に槍と刀を交ぜて七本の切ッ先を揃えたまま対峙していた、七名も、ズズズズズと彼の動きに釣られて樹の幹を廻ってゆく。
――と。いきなり武蔵は、七人の左の端にいた男へ、青眼の剣を向けたままだッと駈け出した。その男はしかも吉岡十剣の中の一人だった小橋蔵人であったが、余りにも迅い恐ろしい彼の勢いに、
『――あ、呀ッ』
浮き声をあげて、思わず、片脚立ちに身を捻じ交すと、武蔵は、空間を突きながら、そのままタタタタッと果しなくなお駈け出して行く。
武蔵の背を見て、
『やるなッ』
と、追い縋り、飛びかかり、一斉に斬り浴びせようとした刹那、彼らの結合はばらばらになり、彼らの個体もでたらめに構えを失っていた。
武蔵の体が、分銅のように刎ね返って、真っ先に追って来た御池十郎左衛門の横を撲った。十郎左衛門は、直感に、
(彼の詭策)
と覚って、追い足にふくみを持っていたので、武蔵の刀は、彼の反り返った胸先を横へ掠めたに過ぎない。
けれど武蔵の刀は、世の常の術者が振り込むように、一振一刀――つまり斬り損じた刀の力がそれなり空間へ失われて、また二の太刀を持ち直して斬り込むというような――そんな速度ののろいものではなかったのである。
彼は、師というものに就かなかったために、その修行の上で損もし苦しみもしたろうが、師を持たないために、益もあった。
それはなにかといえば、既成の流派の形に鋳込まれなかったことである。彼の剣法には従って形も約束も、また極意も何もない。六合の空間へ彼が描き出した想像力と実行力とが結びあって生れた無名無形の剣なのである。
例えばこの際――彼が下り松の決闘で御池十郎左衛門を斬った時の刀法などでも然りで、十郎左衛門はさすがに吉岡の高足だけに、武蔵が逃げると見せて振り返りざま払った刀は、確かに交し得ていたのである。――それが京流にせよ、神陰流にせよ、何流でもこれまでの既成剣法ならばそれで十分外し得たといっていい。
ところが、武蔵独自の剣はそうではなかった。彼の刀には必ず刎ね返りがある。右へ斬ってゆく刀は同時にすぐ左へ刎ね返ってくる原動力をふくんでいるのだった。ゆえに彼の剣が空間に描く光をよく気をつけてみると、必ず、その迅い光は松葉のように一根二針の筋をひいて走ってはすぐ返して敵を刎ね上げている。
わっ......とさけぶ間に、その燕尾の如く刎ね返った切ッ先に中たって、御池十郎左衛門の顔は、破れた鬼燈のように染まった。
三
京流の吉岡の伝統を負って立つべき十剣のうちの、小橋蔵人がまず先に斃れてしまい、今また御池十郎左衛門ともあろうほどの者が、つづいて大地へ俯ッ伏した。
物の数には入れるわけにゆかないが、彼らの命旗とする、名目人の源次郎少年を加えると、すでにここの半数は、武蔵の刀に中たって序戦の贄に曝され、惨たる血をここ一面に撒いてしまった。
――その時、十郎左衛門を斬った切ッ先の余勢をもって、彼らの乱れた虚につけ入ってゆけば、武蔵はさらに、幾つかの敵首をつかみ、ここでの大勢を決することができたにちがいない。
だが彼はなに思ったか、驀っしぐらに三本道の一方へ駈けた。
逃げるかと思えば、翻えっているし、向って来たなと構えを持ち直せば、地へ腹を摺ってゆく燕のように、武蔵の影はもう忽ち眼前にない。
『くそッ』
残った半数は歯がみをし、
『武蔵ッ』
『醜いぞッ』
『卑怯ッ』
『勝負はまだだぞ』
と吼え――そして追った。
彼らの眼孔は、皆顔から飛び出しそうに光っていた。夥しい血しおを見、血のにおいに吹かれて、彼らは酒蔵へ入ったように血に酔っていた。血の中に立つと、勇者は常よりも冷静になるし、怯者はその反対になる。――武蔵の背を見て追いかけてゆく躍起な血相というものは、さながら血の池の鬼だった。
『行ったぞッ』
『逃がすなッ!』
そんな叫びを聞き捨てながら、武蔵は、最初の戦端を切った丁字形の辻を捨て、三道のうちでいちばん道幅のせまい修学院道へ向って駈け込んで行ったのである。
――当然そこからは今、下り松の変を知って、慌てふためいて駈けつけて来た吉岡勢の一団がある。ものの二十間とも駈けないうちに、武蔵はその先頭とぶつかって、後から追って来るものとの間に挾まってしまわなければならないはず。
二つの勢は、その藪道でぶつかった。味方は味方の雄々しい姿を見ただけだった。
『や。むむ武蔵はッ』
『来ないッ』
『いや、そんなはずはないが』
『でも――』
押問答をしている間に、
『ここだッ』
武蔵がいった。
路傍の岩の蔭からおどり出て、武蔵は、彼らの列が通り越して来た道の中央に立っていた。
――来いッ。といわんばかりな第二の準備が彼のからだにできていた。愕然と、それへ動きかける吉岡勢は、道幅の狭さに出鼻から全体の力に集中を欠いてしまった。
人間の腕の長さと刀の長さとを加えて、体を中心に円を描くとなると、その狭い道幅では、二人の味方が並ぶのさえ危険である。のみならず、武蔵の前に立った者は、ダダダダッと踵を鳴らして後へ退がって来たし、後方の者は、争って前へ押して来るため、大勢という力の自体が、咄嗟に混乱を起して、味方は味方の足手纏いとなるばかりだった。
四
――だが、衆の力というものはもとよりそう脆いものではない。
一度は武蔵の敏速と、彼の剝き出しなたましいの圧倒に、
『ひッ、退くなっ』
腰も踵も浮いて見えたが、
『多寡が唯一人』
と、衆が衆の力を自覚し、その強味を負って、先頭の二、三名が、
『うぬっ』
『おれが仕止めるっ』
身を挺して行くと、後の者もそれを見てはいなかった。わっという喊声だけでも、一個の武蔵よりは遙かに強い。
怒濤へ向って泳ごうとするように、武蔵は闘いつつ後へ後へと押されるのみで、敵を斬るより身を防ぐに急だった。
手許へのめり込んで来て、斬れば斬れる敵すら措いてジリジリ退って行く。
この場合、二人や三人の敵を斬っても、相手は総体の力からいえば、なんの痛痒も感じないばかりでなく、間髪を過まれば、槍が伸びてくるからである。――太刀の切ッ先には、およそ「間」を取っていることができるが、大勢の中にいて、穂先を縮めている槍には「間」を察している遑がない。
吉岡方は、勢に乗った。
タタタタッ――と武蔵の踵は後退がりに引くばかりなので、ここぞと飽くまで押したのである。武蔵の顔はすでに蒼白なのだ。どう見ても呼吸をしている顔ではない。木の根につまずくか、一すじの繩でもその足にからめばもんどり打ってしまうことは確かだと思う。しかし、死相をおびている人間の手許へはいって、死出の道づれになるのは誰も嫌だった。そのためにわッわッと刀や槍で押してゆきながらも、無数のそれが皆、武蔵の胸、小手、膝などへわずか二、三寸ずつ切ッ先の寸伸びが足りなかった。
『あッ――?』
不意にまた、彼らは眼前の武蔵を見失って、そこの狭い道幅とたった一人の相手には、余剰すぎる大勢の力を持て余して、自ら揉み返した。
――といってもべつに武蔵が、足に風を起して駈けたわけでも、樹の上に跳び上ったわけでもない。ただ、彼がたった一跳び、その道から藪の中へ身を反らしたに過ぎないのである。
土のやわらかい孟宗竹の密林だった。青い縞目を縫って飛ぶ鳥影のような武蔵の姿に、チカッと、金色の光が刎ねた。朝の太陽がいつのまにか叡山連峰の山間から、つと真っ紅な櫛形の角をあらわしているのだった。
『待てッ。武蔵』
『醜し!』
『背を見せる法やあるっ』
思い思いに、大勢は竹と竹のあいだを駈けた。武蔵はもう藪の外れの小川を跳びこえている。そして一丈ほどな崖を跳び上り、二つ三つそこで呼吸をやすめている様子。
崖の上はゆるい傾斜を持っている山裾の原だった。彼は一望に夜明けを見た。下り松の辻はすぐ下であり、その辻には、吉岡方の逸ぐれた人数が四、五十名もいて、彼が今、小高いところに立った姿を見つけると、一斉にわッとここへ寄せて来た。
今の人数の三倍に殖えたものが、真っ黒にこの山裾の原に集まった。吉岡方の全勢力である。一人一人手を繫げば、大きな剣の環をもって、この原を包んでしまうこともできるほどな人数なのである。一剣、燦々と、針のように小さく、凝と青眼にすえたまま、武蔵は遠く立って待っていた。
五
どこかで駄馬が嘶いた。里にも山にも、もう往来はあるはずの時刻。
ことにこの辺は、朝の早い法師たちが、叡山から下りて来るし、叡山へ上って行くし、夜さえ明ければ、木履を穿いて、肩をいからして歩く僧侶の姿を見ない日はない。
そういう僧侶らしい者だの、木樵だの、百姓だのが、
『斬合だっ』
『どこで』
『どこで』
人が騒ぎ出すと、里の鶏や馬までが騒ぎ立てた。
八大神社の上にも一群かたまって見ていた。絶えず流れている霧は、山とともに、その見物人の影を、白く塗りつぶしてしまったかと思うと、またすぐ視野を展いて見せた。
――その一瞬の間に武蔵のすがたは見る影もなく変っていた。鬢止めに締めている額の布は、汗と血で、桃色に滲んでいた。髪は崩れてその血と汗に貼りついて見える。ために、彼の形相は、たださえ恐しくなっているところへ、魔王の隈を描いたように、世にもあるまじき物凄さに見えるのだった。
『............』
さすがに、呼吸も全身でつき始めてきた。黒革胴のような肋骨が大きな波を打つ。袴はやぶれ、膝の関節を一太刀斬られていた。その傷口から柘榴の胚子みたいな白いものが見えている。破れた肉の下から骨が出ているのである。
小手にも一箇所かすり傷を負っていた。さしたる傷ではないらしいが、滴る血しおが胸から小刀の帯前まで朱に染めているので、さながら満身が纐纈染になってしまい、墓場の下から起ち上った人間でもあるかの如く、見る者の眼を掩わしめた。
――いや、それよりも酸鼻なのは、彼の刀に中たって、処々に唸いたり、這ったりしている傷負や死人だ。その山裾の原へ彼が駈け上り、七十名もの人間が、どっと彼へ襲撃して行ったと思う途端にもう四、五名が斃れていた。
吉岡方の傷負が斃れている位置は、決して一所にまとまっていなかった。彼方に一名、此方に一名、距たっている。それを見ても武蔵の位置が絶えず動いて、この広い原をいっぱいに足場を取り、大勢の敵をして、その力を集結させる遑のないように闘っていることがわかる。
――といっても武蔵の行動には、いつでも一定の原則があった。それは、敵の隊伍の横へ当たらないことだった。努めて敵の展開してくる横隊の正面を避け、その群の角へ角へと廻って、電瞬に薙ぎつける――末端の角を斬る――
だから、武蔵の位置からは、敵はいつでも、先刻の狭い道を押して来たように、縦隊の端から見ているわけだった。同時に、七十人でも百人でも、彼の戦法からすれば、わずか末端の二、三名だけが当面の対手であるにすぎない。
しかし、いかに飛鳥の敏速があっても、彼にも稀々破綻が生じるし、敵も彼のためにそう乗ぜられてばかりはいない。どっと、無数が無数の働きをして、同時に前後から喚きかかる秒間も起る。
その時が、武蔵の危機だった。
また、武蔵の全能が、無我無想のうちに、高度な熱と力を発する時だった。
彼の手にはいつか、二つの剣が持たれていた。右手の大刀は血ぬられて柄糸も拳も血漿で鮮紅に染まり、左の小剣はまだ切ッ先がすこし脂に曇っているだけで、まだ幾人かの人間の骨に耐え得る光りをしていた。
だが武蔵は、二刀を持って敵と闘いながらも、まだ二刀を使っているという意識などは全然ないのである。
六
浪と燕のようなものだ。
浪は燕を搏ち、浪は燕を蹴って、すぐ他へ翻えってしまう。
一瞬でも、静止はないが、双方の刃の下に仆れて、ばたッと大地に足搔く人間のすがたが眸に映るたびに吉岡方の大勢が、
『――呀ッ』
なんとはなく息をひいたり、
『――ウウム』
と、唸きを合せたり、気が眩んでくるような精神を醒まそうとするように、
『............』
ず、ず、ず――とただ土に草鞋をずり合う音だけをさせて、武蔵を包囲しようとして来る。
――と、武蔵は。
ほっと、その間に呼吸をつく。
左剣は、前へかまえて、いつも敵の眼につきつけ、右手の大刀は横へひらいて、肩から腕――切ッ先まで、緩やかな水平に持ち――これは敵の眼の外にあそばせておくというような形。
大小二剣の尺と、両腕をいっぱいにひろげた尺とを合せると、彼の爛々たる双眸を中心として、かなり広い幅になる。
敵が、正面を嫌って、
(――右)
と窺ってくれば、すぐ体ぐるみ右へ寄って、その敵を牽制し、
(左!)
と、直感すれば、ぱっと左剣が伸びて、その者を、二つの剣の中へかかえてしまう。
武蔵がそうして前へ突き向けている短い左剣には、磁石のような魔力があった。その先へかかった敵は、ちょうどモチ竿にとまった蜻蛉のように、退く間を交す間もなかった。――あっといううちに長い右剣が唸ってきて、一颯のもとに、一個の人間を、びゅッと、血しおの花火にしてしまった。後に、ずっと後年にである。武蔵のこういう戦法を「二刀流の多敵の構え」と人が称んだ。然し――今この場合の武蔵は、まったく無自覚でしていることだった。無我無思のうちに全能の人間力が、より以上の必要に迫られた結果、常には習慣で忘れていた左の手の能力を、われともなく、極度にまで有用に働かすことを、必然に呼びおこされていたに過ぎない。
けれど、剣法家としての彼は、まだ至って幼稚だったものといってよい。何流だの、何の形だのと、理論づけたり、体系づけている間などが今日まであろうわけはない。彼の運命からでもあったが、彼が信じて疑わずに通って来た道は、なんでも実践だった。事実に当って知ることだった。――理論はそれから後、寝ながらでも考えられるとして来たのである。
それとはあべこべに、吉岡方の十剣の人々を始め、末輩のちょこちょこしている人間まで、皆、京八流の理論は頭につめこんでいて理論だけでは、一家の風を備えたものも少くない。けれど、恃む師もなく、山野の危難と、生死の巷を修行の床として、おぼろげながらも、剣の何物かを知らんとし、道に学ぶためには、いつでも死身となる稽古をして来た武蔵とは、根本からその心がまえも鍛えも違っている。――そういう吉岡方の人々の常識から見ると、もう呼吸もあらく、顔色もなく、満身朱になりながらも、まだ、二本の刀を持ち、触れれば何物も一颯の血けむりとしてしまいそうな、武蔵の阿修羅そのままな姿が、なにか不思議なものに見えてきた。気は晦み、眼は汗にかすんで、味方の血に戸惑うてくるにつれ、武蔵の姿が、いよいよ、捉え難くなり、しまいには、なにか真赤な妖怪と闘っているような疲労と焦りが全体に見えた。
七
――逃げろうっ。
――一人の方っ
――逃げろ、逃げちまえっ。
山がいう。
里の樹々がいう。
また、白い雲がいう。
足を止めた往来の者や、附近の百姓たちが、遙かに、重囲の中の武蔵を見て、その危さに気を揉むのあまり、どこからともなく、われを忘れてあげた声であった。
たとえ地軸が裂け、天を覆す雷があっても、武蔵の耳に、そんな声の届くわけもない。
彼の身は、彼の心力だけにうごいている。眼に見える彼の体は、仮の相でしかなくなっている。
おそろしい心力が、身をもたましいをも、まったく焼き尽くしていた。武蔵は今や、肉体ではなくて、燃え熾っている生命の炎だった。
――と、突然!
わあっッと、三十六峰がいちどに谺をあげた。山崩れのような喊声なのだ。それは遠く離れて見ていた人間も、武蔵の前にひしめいていた吉岡勢も、同様に大地から跳び上って、その体の弾みから思わず出した声だった。
――た、た、た、たッ。
武蔵が、不意に、山裾から里へ向って、野猪のように駈け出したからである。
もちろん。
七十名からの吉岡勢は、それに手を束ねていたわけではない。
『それッ!』
真っ黒になって、武蔵へ追いすがり、追いつきざま、五、六名が、
『――かっッ』
『今になって!』
組まんとするばかり打つかって行くと、武蔵は身を伏せ、
『ちいイッ』
右刀で、彼らの脛を薙いだ。そして敵の一名が、
『こんな奴ッ』
上から撲り落してきた槍を、カーン、宙へ刎ねとばすと共に、乱れ髪の一すじ一すじまでが、皆、敵へ向って闘って行くかのように逆立って、
『――ちッ、ちッ、ちいっ』
右剣左剣、右剣左剣――と交々に火となり水と走って、食いしばっている武蔵の歯まで、口を飛び出して嚙みついて来そうに見えた。
――わあっ、逃げたっ。
遠い所の動揺めきは、吉岡方のうろたえを同時に嗤ったように響いた。武蔵の影は、とたんにもう原の西側の端れから青い麦畑にとび降りていたのである。
すぐ後から、
『返せッ』
『待てッ』
どうっと、続いて人数の一部がそこを降りたと思うと、そこでまた、思わず耳を掩うような絶鳴が二声ほど走った。崖の下にへばりついていた武蔵が、自分に倣って向う見ずに飛んだ者を、下で待ち伏せていたように斬ったのである。
――びゅっ。
――ぶすんっ。
麦畑の真ん中へ、二本の槍が飛んできて、土へ深く突っ立った。吉岡方の者が、上から投げつけた槍である。しかし、武蔵の姿は泥の塊りのように山畑を駈けて跳び、またたく間に彼らとは、約半町ほどな距離をつくってしまった。
『里の方だ』
『街道の方へ逃げた』
という声が頻りと多かったが、武蔵は山畑の畝を這って、その人々の手分して駈けまわるさまを時々、山の方から振返って見ていた。
やっと、その頃。
朝陽はいつもの朝らしく草の根にまで映してきた。
菩 提 一 刀
一
大四明峰の南嶺に高く位しているので、東塔西塔はいうまでもなく、横川、飯室の谷々も坐ながらに見える。三界のほこりや芥の大河も遠く霞の下に眺められ、叡山の法燈鳥語もまだ寒い木の芽時を――ここ無動寺の林泉は寂として、雲の去来のうえにあった。
『......与仏有因
......与仏有縁
......仏法僧縁
......常楽我常
......朝念観世音
......暮念観世音
......念々従心起
......念々不離心』
誰か?
無動寺の奥まった一間のうちから、誦すともなく唱うるともない十句観音経の声が――声というよりは自ら出る呟きのように漏れてくる。
その独り語は、いつのまにか、われを忘れたかの如く高くなり、気がつくとまた、低くなった。
墨で洗ったような大床の廻廊を白い衣を着た稚児僧が、粗末な御斎の膳を眼八分にささげ、その経音の聞える奥の杉戸の内へ持って入った。
『お客様』
稚児僧は、膳を隅へおいた。
そしてまた、
『......お客様』
膝をついて呼んだが、呼ばれた者は、後ろ向きになったまま背をかがめており、彼の入って来たのも気づかない様子なのであった。
数日前の朝――見るかげもない血まみれな姿して、剣を杖に、ここへ辿りついて来た一修行者。
といえば、もう想像がつこう。
この南嶺から東に降れば、穴太村白鳥坂に出るし、西に降ればまっすぐに修学院白河村――あの雲母坂や下り松の辻につながる。
『......お午餐を持ってまいりました。お客様、ここへお膳をお置きいたします』
やっと、知ったように、
『オウ』
武蔵は、背をのばし、振りかえって膳と稚児僧のすがたを見ると、
『おそれいります』
坐り直して、礼儀をした。
その膝には、白い木屑がちらかっていた。細かい木屑は、畳や縁にもこぼれている。栴檀かなにかの香木とみえ、微かににおう心地がする。
『すぐ召しあがりますか』
『はい、戴きます』
『じゃあ、お給仕申しましょう』
『憚りさまですな』
飯碗を受けて、武蔵は食べにかかる。稚児僧はその間、武蔵のうしろにキラキラ光っている小柄と彼が今、膝のうえから下した五寸ほどの木材をじっと見ていたが、
『お客様、なにを彫っておいでになるんですか』
『仏様です』
『阿弥陀様?』
『いいえ、観音さまを彫ろうとしているのです。けれど、鑿の心得がないので、なかなかうまく彫れない。この通り指ばかり彫ってしまう』
手をだして、指の傷を見せると、稚児僧は、その指よりも、武蔵の袖口から見える肱の白い繃帯に眉をひそめて、
『脚や腕のお怪我は、どんなでございますか』
『......ア。その方も、お蔭でだいぶよくなりました。御住持にも、どうかお礼をいっておいてください』
『観音をお彫りになるなら、中堂へ参りますと、誰とかいう名人の彫ったという作のよい観音様がありますよ。御飯がすんだら、それを見に行きませんか』
『それはぜひ見ておきたいが、中堂まで、道はどれほどであろうかな』
二
稚児僧は、答えていう。
『ハイ。ここから中堂までの道は、わずか十町ほどしかございません』
『そんなに近いのか』
そこで武蔵は、食事が終ると、そのお小僧に伴われて、東塔の根本中堂まで行ってみるつもりで、十幾日目で、久しぶりに大地を踏んだ。
もうすっかりよくなったつもりでも、土を踏んで歩いてみると、左の脚の刀痕がまだ痛む。腕にうけた傷痕にも、山風が滲み入るここちがする。
けれど、颯々と、鳴りゆらぐ樹々のあいだに、山桜は散って飛雪を舞わせ、空はやがて近い夏の色を湛えかけている。武蔵は、萌え出る植物の本能のように、体のうちから外へ向って象われようとして熄まないものに、卒然と、筋肉がうずいてくるのを覚えた。
『お客様』
と、稚児僧は、その顔を見あげ――
『あなた様は、兵法の修行者でいらっしゃいましょう』
『そうだ』
『なんで観音様なんか彫っているんですか』
『............』
『お仏像を彫ることを習うよりも、その暇に、なぜ、剣の勉強をなさらないのです?』
童心の問いは時によると、肺腑を刺す。
――武蔵は、脚と腕の刀痕よりも、その言葉に、ずきんと胸の傷むような顔をした。まして、そう問うこのお小僧の年頃も十三、四。
下り松の根元で、闘いに入ろうとするや否、真っ先に斬り捨てたあの源次郎少年と――ちょうど年ばえも体の大きさも似て見える。
あの日。
幾人の傷負と、幾人の死者を作ったろうか。
武蔵は、今も、思い出すことができない――どう斬ったか、どうあの死地を脱したのか、それもきれぎれにしか、記憶がない。
ただあれから後、眠りについても、ちらついてくるのは――下り松の下で、敵方の名目人である源次郎少年が、
(――怖いっ)
と、一声さけんだのと、松の皮といっしょに斬られて大地へころがった、あのいたいけな可憐な空骸だ。
(仮借はいらぬ、斬れ!)
という信念があったればこそ、武蔵は断じて真っ先に斬ったのであるが――斬ってそしてこうして生きている後の彼自身は、
(なぜ斬ったか)
と、そぞろに悔い、
(あれまでにしないでも)
と、自分の苛烈な仕方が、自分でさえ憎まれてならない。
われ事において、後悔せず
旅日誌の端に、彼は曾って、自分でこう書いて心の誓いに立てていた。――けれど源次郎少年のことだけは、いくらその時の信念をよび返して心に持ってみても、ほろ苦く、うら悲しく、心が傷んでたまらなかった。剣というものの絶対性が――また修行の道というものの荊棘には、かかることも踏み越えてゆかねばならないのかと思うと、余りにも自分の行く手は蕭条としている。非人道的である。
(いっそ、剣を折ろうか)
とさえ思った。
殊に、この法の山に分け入って幾日、迦陵頻伽の音にも似た中に心耳を澄まし、血しおの酔いから醒め、われとわが身に回ってみると、彼の胸には、菩提を生じないではいられなかった。
手脚の傷の癒える日を待つつれづれに、ふと、観音像を彫りかけてみたのは、源次郎少年の供養のためというよりは、彼自身が自身のたましいに対する慚愧の菩提行であった。
三
『――お小僧』
武蔵はやっと答える言葉を見つけ出していった。
『じゃあ、源信僧都の作だとか、弘法大師の彫だとか、この御山にも聖の彫った仏像がたくさんあるが、あれはどういうものだろう』
『そうですね』
稚児僧は首をかしげて、
『そういえば、お坊さんでも、絵をかいたり、彫刻をしたりするんですね』
と、得心したくない顔つきをしながら頷いてしまう。
『だから、剣者が彫刻をするのは、剣のこころを琢くためだし、仏者が刀を持って彫るのは、やはり無我の境地から、弥陀の心に近づこうとするためにほかならない。――絵を描くのも然り、書を習うんでも然り、各々、仰ぐ月は一つだが、高嶺にのぼる道をいろいろに踏み迷ったり、他の道から行ってみたり、いずれも皆、具相円満の自分を仕上げようとする手段のひとつにすることだよ』
『............』
理に落ちかけると、お小僧はおもしろくなくなったとみえ、小走りに先へ駈けて、草むらの中の一基の石を指さし、
『お客様、ここにある碑は、慈鎮和尚というお方が書いたんですって』
と、案内役の方に移る。
近づいて、苔の中の文字を訓んでみると、
法の水 あさくなりゆく
末の世を
おもえばさむし
比叡の山かぜ
武蔵はじっとその前に立ちつくしていた。偉大な予言者のようにその苔石が見える。信長というおそろしく破壊的でまた建設者があらわれて、この比叡山にも大鉄槌を下したため、それ以後の五山は、政治や特権から放逐され、今では寂として、元の法燈一穂の山に回ろうとしているが、今なお、法師のうちには、戒刀横行の遺風が残っているし、座主の位置をめぐって、相剋の権謀や争い事はやまないと聞いている。
俗生を救うためにある霊山が、人を救うどころか、却って俗生の人に飼われて、からくも布施経済の習慣によって生きているという現在の風を思いあわせると――武蔵は無言の碑の前にあって、無言の予言を聞かないではいられなかった。
『サ、参りましょう』
先をうながして、お小僧が歩みかけると後から手をあげて、呼ぶ者があった。
無動寺の仲間僧である。
ふり顧る二人の前へ、その仲間僧は駈けて来て、まず、お小僧に向い、
『オイ清然、おまえは一体、お客様を御案内して、どこへ行くつもりじゃ』
『中堂まで行こうと思って』
『なにしに』
『お客様が、毎日観音様を彫っているでしょう。ところが、巧くほれないと仰っしゃるもんだから、それなら中堂に、むかしの名匠が作ったという観音様があるから、それを見にゆきませんかといって――』
『では、きょうでなくても、いいわけだの』
『さ、それは知らないが』
武蔵へ憚って、あいまいにいうと、武蔵はそれを引き取って仲間僧へ詫びた。
『御用もあろうに、無断でお小僧を伴れまいって悪いことを致したな。元より、きょうとは限らぬこと、どうぞお連れかえりください』
『いいえ、呼びにまいりましたのはこの稚児僧ではなく、あなた様におさしつかえなければ、戻っていただきたいと思いまして』
『なに、拙者に?』
『はい、折角、お出ましになった途中を、なんとも恐れ入りますが』
『誰か、拙者を訪ねて来た者でもあるのでござるか』
『――一応は、留守と申しましたが、いや今ついそこで見かけた、どうでも会わねばならぬから、呼び戻して来いというて、頑として動かないのでございます』
――はて誰だろうか、武蔵は小首をかしげながらともかくも歩み出した。
四
山法師の横暴ぶりは、政権や武家社会からは、完全に追われていたが、尾羽打ち枯らしても、まだ山法師そのものの棲息は、この山に残存していることは勿論である。
雀百までの喩のとおり、未だにすがたも革まらないで、高木履をはき、木太刀を横たえているのがあるし、長柄刀を小脇に持っているのもある。
それが一かたまり、ざっと十名ほど、無動寺の門前で、待ちかまえていた。
『......来た』
『あれか』
耳打ちし合いながら、朽葉色の頭巾や黒衣の影が、もうそこに近く見えて来た――武蔵と稚児僧と、その二人を迎えに行った仲間僧のすがたとへ、凝と、視線をそろえた。
(何用だろうか?)
迎えに来た者が知らないのであるから、武蔵には元よりわかっていない。
ただ東塔山王院の堂衆だということだけは途中で聞いた。しかしその堂衆のうちに、一人として知合などはいそうもないのである。
『大儀じゃった。おぬしらに用はない。門内へ退ッ込んでおれ』
ひとりの大法師が、長柄刀の先で、使にやった仲間僧と稚児僧とを追い払った。
そして武蔵へ向い、
『そこもとが宮本武蔵か』
と、訊ねた。
先が礼を執らないので、武蔵も直立したまま、
『然れば』
と、頷いてみせた。
すると、その後から、ずいと一足進み出した老法師が、
『中堂延暦寺の衆判により申しわたす』
と奉書でも読むような口調でいった。
『――叡山は浄地たり、霊域たり、怨恨を負うて逃避するものの潜伏をゆるさず。いわんや、不逞闘争の輩をや――じゃ。ただ今、無動寺へも申しおいたが、即刻、当山より退去あるべし。......違背あるにおいては、山門の厳則に照らして断乎処罰申そうぞ、左様心得られい』
『......?』
武蔵は、啞然として、相手の厳めしさをながめていた。
なぜだろう。不審なわけだと思う。初めこの無動寺へたどりついて、身がらを依頼した折に、無動寺では念のため、中堂の役寮へ届けを出して、
(さし閊えない)
という許可をうけ、その上で、自分の滞在を許してくれたのであった。
それを急に、罪人でも追うように追い立てるには、なにか、理由がなくてはならない。
『仰せの趣きは承知いたしました。支度もととのわず、今日はもはや明るい間も乏しゅうござれば、明朝、発足つかまつりましょう。それまでの御猶予を』
武蔵は一応、そうおとなしく受けておいて、
『――しかし、これはなにか、司直のお指図でござろうか、それとも当山の役寮の沙汰であろうか。先に、無動寺よりの届けには、滞在のこと苦しからずと、おゆるしあったものを、遽かな御厳命、甚だその意を得ぬが』
突っ込むと、
『おう、そう訊くならばいって遣わそう。役寮においては最初、下り松にて吉岡方の大勢をただ一名で相手にしたさむらいと、おてまえに、満腔の好意をもっていたのであるが、その後、いろいろと悪評が伝わり、御山に匿まい置くべからず――という衆議になったからじゃ』
『......悪評』
武蔵は、さもあろうことのように頷いた。その後の吉岡方が、世間でどう自分をいいふらしているか――想像するに難くないからである。
ここで、そんな噂をまた聞きした人々と、なにをいい争おう。
武蔵は冷やかにもういちど、
『わかりました。否やもござらぬ故、明朝は、必ず立ち退きます』
答え放して、門内へはいろうとすると、その背へ、唾するようにべつの法師達が口々に罵った。
『見よ! 外道』
『羅刹め』
『馬鹿ッ』
五
『なんじゃと』
憤っとしたに違いない、武蔵は足を止め、そして自分に嘲罵をあびせた堂衆をねめつけた。
『聞えたか』
こういったのは今、武蔵のうしろから、外道と呶鳴った法師だった。武蔵は心外そうに、
『役寮の命とある故、神妙に仰せごとを受け申しておるに、口ぎたない罵詈は心得申さぬ。わざとそれがしに喧嘩でも売ろうと召さるか』
『み仏に仕えるわれわれ、喧嘩など売る気はみじんもないが、自ら喉を破って、今のような言葉が出てしもうたのだから仕方がない』
すると、他の法師も、
『天の声だ』
『人をもっていわしめたのだ』
加勢するように、喚きかかった。
蔑みの眼と――嘲罵の唾とが、武蔵の身にあつまった。武蔵は、耐えられない恥辱を感じた。しかし、いかにも自分に挑むような彼らの態度に、固く自分を、警戒して黙っていた。
この山の法師といえば、舌長いことでは古来から有名である。堂衆というのはいわゆる学寮の生徒である。生意気ざかり、知識自慢、頭でっかちの衒気紛々なのが揃っているのだった。
『なんじゃ、里のうわさが大きいので、然るべき侍かと思うたが、こう見たところ、つまらぬ奴じゃ、腹でも立てて来ることか、碌に物もいえんではないか』
黙っていればいるで、猶、毒舌をふるうので、武蔵もやや色を作した。
『人をしていわしめるといわれたな。天の声といわれたな』
『そうだ』
傲然と、いい押してくる。
『それは、なんの意味か』
『わからんのか。山門の衆判をいい渡されても、まだ気がつかんのか』
『......分らぬ』
『そうか。いや汝の神経ではそうもあろうて。愍れむべき男は汝だ。――だが、輪廻はやがて思い知るであろう』
『............』
『武蔵。......そこ許の世評はひどく悪いぞ。下山しても気をつけろよ』
『世評など、なにものでもござらぬ――いわしておけばいいのだ』
『ふふん、なにやら、自分が正しそうなことを』
『正しい! おれは寸毫も、あの試合において、卑劣はしていない。......俯仰して恥じるところはない』
『待て。そうはいわさん』
『どこに武蔵の卑屈があったか、卑怯未練をしたというか。剣に誓う、おれの戦いには微塵も邪はない!』
『天晴れ顔して、大きくいいおるわ』
『ほかのことなら、聞き流しもするが、拙者の剣にかかわって、あらぬ誹謗をいいたてると、許さぬぞっ』
『然らば、いおうか。この問いに対して明答できるものなら答えてみい。――なる程、吉岡方は目に余る大勢であった。敢然、一人であたって戦いぬいたそこ許の元気というか、暴勇というか、生命知らずなところだけは大いに買おう。えらいと称えておいてもいい。――しかし、なにが故に、まだ十三、四歳の子供まで斬ったか。あの源次郎とよぶ幼少を、無残にも斬り伏せたか――』
『............』
武蔵の面は、水をあびたように悄然と、血のいろを失った。
『二代目清十郎は片輪となって遁世し、舎弟伝七郎も、汝の手にかかって果て、後に残る血筋といえばあの幼少源次郎しかないのだぞ。源次郎を斬ったのは、吉岡家に断絶を与えたも同様なのだ。......いかに武道の上とはいえ、血も涙もない仕方ではあるまいか。外道、羅刹の名をもってして、まだいいたらぬ気がするわ! それでもおぬしは人間か、いや、この国の山ざくら花と対に称われるさむらいといえるかどうじゃ』
六
じっと、さし俯向いて沈黙しつづけている武蔵に対して、
『山門の憎しみもそのいきさつが知れて来たためじゃ、他のいかなる事情を酌んでも、あんな幼少を敵の数に入れて斬った武蔵の心はゆるし難い。この国のさむらいとは、そんなものじゃない。もっと、強ければ強いほど、傑出していればいるほど、優しいもの、ゆかしいもの、また、もののあわれを知っているもの......。叡山は、汝を追う! 一刻もはやく、この御山を出て失せいっ』
あらゆる罵詈、あらゆる嘲蔑――武蔵の胸には少くもそう応えた――を堂衆たちは彼に浴びせかけて、ぞろぞろと帰って行った。
『............』
甘んじて、武蔵は、その笞をうけ、ついに黙りとおしてしまった。
――が、しかし、それに対して答えがなかったのではない。
(おれは正しい! おれの信念はちがっていない! あの場合、唯、あれ以上に出るしかおれの信念を徹する仕方はなかったのだ)
彼は、心のうちで、いいわけでは決してない――今もこの信条は取ってうごかないのである。
では、なぜ源次郎少年を斬ったのか。
それに対して、彼は自分の胸のうちでは、明らかにいい切れる。
(敵の名目人とあるからには、それは敵の大将である。三軍の旌旗である)
なぜ、それを斬って悪いか。また、こういう理由もある。
(敵は、七十人からの人数であった。いかに、自分が舎利となって戦っても、そのうち、十名も斬れば、善戦したものといわなければならない。だがもし、吉岡の遺弟ばかりを、たとえ二十人斬っても、残り五十人は、後で凱歌をあげるだろう。――だから自分が、勝名乗りを揚げるためにも、誰よりも真先に敵方の旌旗であるところの大将首をまず先に挙げておく必要があったのだ。――全軍の護っている中心の象徴に、自分の一撃を下しておきさえすれば、たとえ、自分があの際、斬り死にしても、後に、自分の勝利は証拠だてられる)
もっと、もっと、彼をしていわしめるならば、剣の絶対的な法則とその性質からでも、理由はなお幾言もいうことができる。
けれど武蔵は、堂衆たちの面罵に対して、とうとう、それを一言もいわずにしまった。
なぜなら、それほどの理由をかたく信念しても、他人でない彼自身の胸のうちに何ともいえない寝ざめの悪さ――傷ましさやら慚愧やらを――彼ら以上に、生生しく胸にもって傷んでいるからである。
『......ああ、修行なんて、もう止めようか?』
うつろな眼をあげて、武蔵はなお、門前に立ちつくしていた。
暮れかかって来る夕風夕空の中に、白い山ざくらは散りまよっている。きょうまでの一心不乱も、その花びらのように霏々と砕けて宙にさまよう心地がする。
『......そして、お通さんと』
彼はふと、町人の気楽さを思いうかべた。光悦や紹由の住んでいる世間を考えた。
(いや! ......)
大股に、彼は、無動寺の中へ姿をかくした。
部屋にはもう明りがともっていた。ここも今夜かぎりに去らねばならない。
(巧拙は問うところでない、供養の心もちが、菩提へとどけば足るのだ。――今夜のうちに彫り上げて、この寺に遺してゆこう)
武蔵は、短檠の下に坐った。
そして彫りかけの観音像を膝の上に抑え、彫刀を把って、一念にまた、新しい木の屑を散らしはじめた。
――と、戸締りもない無動寺の大廊下へ、そっと這いあがって、のろまな猫のように、部屋の外にかがみこんだ者があった。
七
短檠の灯が翳くなる......
丁字を剪る。
すぐ、武蔵はまたかがみ込んで、彫刀を把る。
宵のうちすでに、山は、深沈とふかい静寂に囲まれていた。サクリ、サクリと彫刀の鋭利な先で木を削いでゆくのが微かに雪の積むほどにひびく。
武蔵はまったく彫刀の先に没しきっていた。彼の性情はなにへ対しても、一度それに向うと直に没頭しきってしまう。今――刀を把って観音像を彫りにかかっているのを見ても、体がへとへとになりはしないかと思われるような情熱に燃えきっている。
『............』
口のうちで唱えていた観音経の声が、我を忘れて次第に大きな声になってゆく、気がつくと急に声を落とし、また、燭を剪っては、一刀三礼のこころを像に向って凝した。
『......ウム、どうやら』
背を伸ばした時は、東塔の大梵鐘が、二更を報じていた。
『そうだ、挨拶もせねばならぬし、この像も、今宵のうちに、住持におねがいしておこう』
ざっとした荒彫ではあった。けれど武蔵にとっては、自分のたましいを打ちこめ、慚愧の涙をもって、亡き一少年の冥福を祈りつつ彫りあげたものなのである。それを寺に遺しておいて、永く、自分の憂愁とともに、源次郎の霊を弔ってもらおうと発願したものであった。
で。――彼は彫り上げたそれを持って、やがて部屋を出て行った。
彼が去ると間もなく、入れ違いに稚児僧がはいって来て、部屋の中の塵を箒で掃き出した。そして夜具までのべた後、箒をかついで庫裡へ戻ってゆく。
――すると、誰もいないはずのそこの障子が、その後で、ズズズと静かに、すこし開いて、また閉った。
やがてのこと――
武蔵はなにも知らず帰って来たのである。住持から受けて来たらしい餞別の笠、草鞋など、旅装の具を枕べにおき、短檠の灯を消して、寝床についた。
戸閉りはしないので、風はじかに四方にあたる。外の星明りに障子は蒟蒻色に明るくて、樹々の影が海原の荒びを思わせる。
......かすかな鼾声になってゆく。武蔵は眠りについたらしい。
眠りのふかくなるほど、寝息も長く数えられた。と――隅の小屏風の端がすこし動き、ず......と猫のように背の尖った人影が膝で這い寄って来る。
ふと、武蔵の寝息が休むと、人影はぺたっと、布団より薄べたくなり、凝と寝息の深度を測りながら、根気よく大事をとって機を待っている。
――突然! ふわりっと、黒い真綿でもかぶさるように、武蔵の上へその人影がのしかかったのである――と見えたかと思うや否や、
『うっ、うぬっ。思い知れやっ!』
いきなり――脇差の切ッ先であった。寝首の喉へ、力まかせに、キッと走る。
すると、その切ッ先の行方も分らぬほど――だあんッと――横手の障子に、その人間は飛んで行った。
重い風呂敷づつみのように投げつけられた人間は、ひッと一声呻いた限り、障子とともにもんどり打って、外の闇へ転がり落ちた。
投げつけたせつな、武蔵はその曲者の体重が軽いのではっと思った。猫ほどしか重量のない曲者なのである。それに布で顔は包んでいたが、髪の毛も麻のように白かったし......。
だが、彼はそれには一顧もしないですぐ枕元の太刀をかかえ、
『待てっ』
と縁を飛び降り、
『折角の訪れ、ご挨拶を申すであろう。お返しなされ』
いいざま、大股に駈けて、闇の跫音を追いかけた。
しかし本気で追う気ではないらしく、乱れあって彼方へ散って行く白い刃影や法師頭巾の影を嗤ってすぐ引っ返して来た。
八
投げつけられた弾みに、ひどく体を打ったのであろう、お杉婆は大地に呻いていた。武蔵が戻って来たとは知ったが、逃げることも起つこともできなかった。
『......アッ。おばばではないか』
武蔵は抱き起こしてみた。
自分の寝首を狙いに来た首謀者が、吉岡の遺弟でも、この山の堂衆でもなく、老いさらぼうた同郷の友の母であったことは、彼にも意外であったとみえる。
『ああ、これで解けた。中堂へ訴え出て、わしの素性や、わしのことを、悪しざまに告げた者は、おばばであったのだな。健気な老婆のことばと聞き、堂衆たちは一も二もなく信じたに違いない。また、同情もしたであろう......。その結果わしを山から追うことに決め、夜陰に乗じて、おばばを先達にここへ加勢にきたものとみえる......』
『......ウウム、くるしい、武蔵、もうこうなる上は、ぜひもない。本位田家の武運がないのじゃ。ばばの首を討て』
苦悶しながら、お杉はやっとそれだけいった。
しきりと藻がくのであったが、武蔵の力を拒むだけの力すらないのだった。打ちどころも応えたに違いないが、もう三年坂の旅籠をたつ頃から、お杉は風邪をこじらしていて、微熱があったり、足腰が懶かったりして、とかく健康もすぐれなかった揚句である。
その上、下り松へ行く途中、ああして又八から棄てられてしまったことも、さすがに老の心へ大きな傷手となり、体にも利いていたに相違ない。
『――殺せっ、この上は、ばばの首を斬れ』
と今、彼女がもがいていうのもそういう心理や肉体の衰えを考えてやると、あながち弱者のさけぶ捨てばちな狂言ではなく、真実、事ここにいたったと知って(もうこれまで)という観念の下に、いっそ早く死にたいと願って、正直に喚いたものかも知れなかった。
だが武蔵は、
『おばば、痛いのか。......どこが痛い? ......わしがついているゆえ案じぬがよいぞ』
両の腕に、軽々と、彼女のからだを乗せ、自分の寝床の中へ運んで、その枕元に坐り、夜の明けるまで、看護していた。
夜が白みかけるとすぐ、お小僧が頼んでおいた弁当をつつんで持ってきてくれた。――しかも方丈からは、
『お急き立てするようですが、昨日、中堂からやかましくいい渡されておりますゆえ、今朝はすこしも早く御下山をねがいます』
という催促。
もとより武蔵もそのつもりなのである。すぐ旅装して立ちかけたが、さて困ったのは病人の老婆だった。
これを寺に計ると、寺でも、そんな者を残されて行っては迷惑といったような顔つきで、
『では、こうなされては如何です』
便宜をとってくれた。
大津の商人が荷をのせて来た牝牛がある。その商人は牝牛を寺にあずけたまま、丹波路へ用達にまわっているから、その牛の背を借りて、病人をのせ、大津へ下山されたがよかろう。そして牛は大津の渡船場なりあの辺の問屋場へなり置いて行ってくれればいいというのであった。
乳
一
四明ケ岳の天井を峰づたいに歩いて、山中を経て滋賀に下りてゆけば、ちょうど三井寺のうしろへ出ることができる。
『......ウウム......ウウム』
婆は時々、陣痛をこらえるように、牛の背で呻いていた。
その婆を乗せた牝牛の手綱を持って、武蔵は、牛の先に歩いてゆく。
振顧って――
『おばば』
武蔵は、慰めていう。
『苦しければ少し休もうか。――おたがいに急ぐ旅ではないからな』
『............』
牛の背に俯ッ伏したまま、お杉婆は無言だった。その無言のうちには、仇と思う人間のために、こういう世話になるのを好まない性来の勝気が――むしろ無念そうに顔の底に潜んでいた。
で――武蔵が優しく劬われば劬わるほど、
(なんの、汝れなどに、不愍をかけられて、怨みを忘れるような婆ではないぞ――)
と、強いて憎悪に努め、よけいに反感を昻めるのだった。
けれど、まるで自分を呪うために長生きしているかのようなこの老婆に対して、なぜか武蔵はそれほど強い憎みも敵愾心も持たなかった。
力と力との対立では、余りに弱過ぎる敵であるせいもあろうが、その実、きょうまでの間に、計られたり、陥れられたり、武蔵が一番苦しめられた敵は、この最も腕力のない年寄りの敵対行為であった。――にもかかわらず、どういうものか、武蔵にはこの年寄りを、心から敵だと思うことができないのである。
では、まったく、眼中にないのかといえば、故郷ではひどい目に遭わされているし、清水寺の境内では、群衆の中で、唾せんばかり罵倒されているし――その他、きょうまでというもの、どれほどこの老獪なばばのために、事を邪げられたり、脛を掬われるような思いを嘗めさせられているか知れないので、その折々には、
(おのれ、どうしてやろう)
と、八つ裂きにしてもあき足らないほど、憎くも思い、憤りもするのであったが、さて――自分の寝首を搔かれ損なってみても、心底から、
(悪婆!)
と、怒りにまかせて、この細ッこい皺首を捻じ切る気にはなれなかった。
それに今度は、お杉婆その者もまた、いつになく元気がない、ゆうべの打身を痛がって呻いてばかりいるし、辛辣な毒舌も振わないので、武蔵は一しお不愍になり、はやく体だけでも丈夫にしてやりたいがと思うのだった。
『おばば――牛の背も辛かろうが、大津まで行けば何とか思案がつこうで、も少しの辛抱。......朝から弁当も食べていないが、腹は空いていないかな。......水でも飲みとうはないか。......なに? ......要らぬ......そうか』
この峰づたいの天井から眸を四顧にやると、北陸の遠い山々から、琵琶の湖はいうまでもなく、伊吹もみえ、近くは瀬田の唐崎の八景まで一つ一つ数えられる。
『休もう。――おばばも牛の背から降りて、すこし、この草の上に体を横にしてはどうか』
武蔵は、牛の手綱を、樹につないで、お杉婆を抱いて下した。
二
『ア痛、ア痛』
お杉婆は顔をしかめ、武蔵の手を拒んで、草の上に俯ッ伏した。
皮膚は土色に、髪はそそけ立ち、この儘、ほっておけば絶え入りそうな重態にも見える。
『おばば、水は欲しゅうないか。......なんぞ、食べ物でも少し口へ入れてみる気はないか』
武蔵はしきりと案じて、その背を撫でてやりながら訊ねたが、強情な婆は、頑なに、首を横へ振って、水もいらぬ、食べ物もほしくないという。
『弱ったのう』
武蔵は途方に暮れ――
『ゆうべから、水一滴口に入れず、薬をやりたいとは思うが人家もなし疲れてしまうばかりじゃないか。......おばは、せめて、わしの弁当を半分ほどでも食べてくれぬか』
『けがらわしい』
『なに。穢らわしいと』
『たとえ、野末に行き倒れて、烏や獣の餌食になろうとも、仇と狙うおぬし如き者から、飯などもろうて口に入れようか。馬鹿な――うるさいッ』
背を撫でている武蔵の手を、自分の背から振り退けて、婆はまた草の根にしがみついた。
『ウム』
武蔵は、腹が立たなかった。むしろ婆の気持に共感ができるのである。この婆の抱いている根本的な誤解さえ除くならば、自分の気持も婆によく分ってもらえるであろうにと、それだけがただ嘆息されるのであった。
自分の母の病のように、武蔵はなにをいわれても甘んじて受け、そして病人の駄々を宥めるような根気をもって、
『でも、おばば、このまま死んでしまっては、つまらないじゃないか。又八の出世も見なければ......』
『な、なにをいう!』
嚙みつきそうに、婆は歯を剝いていった。
『そ、そのようなこと、おぬしの世話にならいでも、又八は又八でいまに一人前になって行くわ』
『......それは成って行くだろうと俺も思う。だから、おばばも元気を出して、ともどもに、彼の息子を励ましてやらねばなるまい』
『武蔵! ......汝れは、似非善人じゃの。そのような甘い言葉に騙らかされて、怨みを解くようなわしではないぞ。......無駄なこと、耳うるさいわい』
とりつく島もない血相なのだ。たとえ好意にせよ、これ以上はかえって逆らうことになってしまおう。武蔵は、黙然と立って、婆と牝牛をそこに残し、婆の眼にふれないところへ去って、弁当を解いた。
柏の葉で巻いてある握り飯であった。飯の中には黒い味噌が入っている。武蔵には美味かった。その美味さにつけても、どうかしてこれを半分でも婆が喰べてくれればよいがと思い――残りの少しをまた、柏の葉でつつんで懐中に残しておいた。
すると、婆のそばで、話し声が聞える。
岩の蔭から振向いてみると、通りかかった里の女房であろう。大原女のような山袴を穿き、髪は無造作に油けもなく束ねて肩へ垂げている。
『なあ、お婆さんよ、わしの家にも、この間から病人が泊っていての、もうだいぶ癒いが、この牝牛の乳をやったら猶よくなろうと思うのさ。ちょうど壺を持っているし、この牝牛の乳をすこし搾らせてくれまいかのう』
女の話しが、高声にひびく。
婆は顔をあげて、
『ほ、牝牛の乳が、病によいとは聞いていたが、その牛から乳がとれるかの』
と、武蔵に向ける時とはちがう眼ざしを燿かして、そう訊ねていた。
山家の女はなお婆となにかいい交わしている間に、牝牛の腹の下にかがみ込んで、抱えていた酒壺の中へ白い液を懸命に搾り取っていた。
三
『有難うよ、おばあさん』
牝牛の腹の下から女は這い出した。搾った乳の瓶を大事に抱えて、礼をいうとすぐ去りかけた。
『ア。――待たしゃれ』
お杉婆は、呼び止めた。ひどく慌てて手をあげたのである。
そして辺りを見廻した。武蔵のすがたが見えないので、婆は安心したもののように、
『女子。......わしにも、その牝牛の乳をくれぬか。ひと口、飲ませてくれまいか』
渇き切ったような声をふるわせていう。
お易いことですと、女が乳の瓶をわたすと、婆は、瓶の口へ唇をつけて、眼をつぶりながらそれを飲んだ。唇の端から流れた白い汁が、胸を垂れて、草にもこぼれた。
『............』
胃に満ちるまで飲んでから、婆は、ぶるっと身をふるわせ、すぐ吐きそうに顔をしかめた。
『......ああ、なにやら不気味な味よの。したが、これでわしも、達者になれるかも知れぬ』
『おばあさんも、どこか体がお悪いのかえ』
『なあに、大したことはない。風邪熱のあったところを少し手ひどく転んでの』
いいながらお杉婆はひとりで起ち上っていた。牛の背に乗せられて、ウンウン呻いていた病態はその時少しも見えなかった。
『女子......』
声をひそめて、寄り添いながら、もいちど鋭い眼を、武蔵のために配って、
『この山道を、真っすぐに行ったら、どこへ出るのじゃ』
『三井寺の上に出るがな』
『三井寺といえば、大津じゃの。......そこより他に、裏道はないか』
『ないこともないが、おばあさんは一体、どこへ行きなさるのじゃ』
『どこへでもかまわぬ。わしはただ、わしを捕まえて離さぬ悪者の手から逃げたいのじゃよ』
『四、五町ほど先へ行ったら、北へ降りる小道があるで、そこをかまわず降りて行けば、大津と坂本の間へ出るがな』
『そうか......』
と、婆はそわそわして、
『では、誰か後から追いかけて来て、お許になにか訊いても、知らんというてくれよ』
いい捨てると、婆は、怪訝な顔しているその女の歩みを追い越して、跛行の蟷螂が急ぐように、先へ駈け去ってしまった。
『............』
武蔵は見ていた。苦笑しながら岩蔭を起ってしずかに歩き出した。
瓶を抱えてゆく女房のうしろ姿が先へ見えた。武蔵が呼びとめると、女は立ち竦んで、なにも問わないうちから、なにも知りませんと答えそうな顔つきをした。
だが武蔵は、そのことには触れないで、
『おかみさん、おまえの家は、この辺のお百姓か、それとも木樵か』
『わしの家かえ? わしの家は、この先の峠にある茶店だが』
『峠茶屋か』
『ヘエ』
『ならば、なおのこと、都合がよい。おまえに駄賃をやるが、洛内まで一走り、使に行ってくれないか』
『行ってもよいが、家に病人のお客人がいるでの』
『その乳は、わしが届けてやった上、おまえの家で、返事を待っているとしよう。ここからすぐ行ってくれれば、陽のあるうちに帰って来られよう』
『それやあ造作もねえこったが......』
『案じるな。わしは、悪者でもなんでもない、今の婆どのも、あの元気で走れるようなら心配ないから抛っておくのだ。......今ここで手紙を書く。それを持って、洛内の烏丸家まで行って来てくれ。返事はおまえの茶店で待っている』
四
武蔵は、矢立の筆を抜いて、すぐ手紙を認めた。
お通へ――である。
無動寺にいた幾日かのあいだにも、折あらばと機を心がけていた彼女への便りを、
『では、頼むぞ』
と今、女に渡し、自分は牛の背にまたがって、そこから半里ほどを悠々と牛の歩みにまかせて歩いた。
ほんの走り書きの一筆であったが、使に持たせてやった自分の手紙の中の文言を思い泛ベ――それを受け取るお通の胸をも想像して、
『二度と、会えようとは思わなかったが』
と、呟いた。
彼の笑顔には、明るい雲が映えて見える。
生々と夏を待つ地上の何物よりも、晩春の碧落を彩る虚空何物よりも、彼の顔一つが、いちばん楽しそうであり、また、潑剌としていた。
『......この間のあの容態では、まだ病床にいるかもしれない。でも、わしのあの手紙が届いたら、すぐ起きて、城太郎とふたりして追いついて来るだろう』
牝牛は時々草を嗅いで止まった。草の白い花も、武蔵には、星がこぼれているように見えた。
楽しいことだけしか考えられない今の武蔵であったが、ふと、
『おばばは? ......』
と、谷間を見渡し――
『一人でまた、仆れたまま苦しんでいるのじゃないか?』
などと心配してみたりする。――それもこれも、今なればこそある余裕だった。
もし人に見られたら恥ずかしいと思ったが、お通へやった手紙の中に、彼はこういう意味のことを書いたのである。
花田橋のときは、そなたが待った
こたびは、わたしがそなたを待とう
ひと足先に、大津へ出、瀬田の
唐橋に牛をつないでいる。
くさぐさの話、その節
彼は、そう書いた自分の文言を詩のように、口のうちで幾たびも暗誦し、偖――くさぐさの話のたねまで今から胸に描いている。
峠の背に、旗亭が見えた。
『......あれだな』
と思う。
近づいて、彼は牛の背から降りた。手にはここの女房からの届け物である乳の入っている瓶を持っていた。
『ゆるせ』
軒先の床几を占めると、土泥竈にせいろうをかけて、木を燃やしていた老婆が、ぬるい茶を汲んでくる。
武蔵は、その老婆に向い、ここの女房に逢って、途中から使を頼んだ仔細を告げた。そして乳の瓶を渡そうとすると、
『へえ、へえ』
とばかり聞いていた老婆は、耳が遠いのか、その瓶を持たされると、
『これはなんでござりまするか』
と、不審った
武蔵が、これは自分の曳いている牝牛の乳で、ここの女房が病人の客とやらへ飲ませたいためにこれへ搾ったものだから、すぐその病人へ与えるがよかろうと、いい聞かせると、老婆は、
『ほう? ......乳でござりまするか......ほう?』
まだ分ったやら分らないような顔つきして、両手に瓶を支えていたが、やがて、処置に窮したように、
『――お客さあっ、奥のお客さあっ、ちょっくら来ておくんなされや。わしにゃあ、どうしてええか分らんがな』
狭い小屋の奥をのぞいて、唐突にどなった。
五
老婆に呼びたてられた奥の客なる者は、奥にはいなかった。
『――おう』
と、返事の聞えたのは裏口のほうで、やがてのそっと、一人の男が、茶店の横から顔を出して、
『なんだい、婆さん』
と、いった。
老婆はすぐ乳の瓶をその男の手へ渡した。けれど男は、その瓶を持った儘、老婆の話を聞こうともしないし、乳をのぞいて見るでもない。
放心した人間のように、眼を武蔵の頰へ射向けているのだった。武蔵も、亦凝然として、その男を見ている――
『......お、おうっ』
どっちからともなくこう呻いた双方の足が前へ出ていた。
そして顔と顔とを接し合って、
『又八じゃないかっ!』
武蔵がさけんだ。
その男は、本位田又八だったのである。
変らない昔の友の声に耳を打たれると、又八もわれを忘れて、
『――やっ。武やんか!』
と、彼もむかしの呼び慣れた名をもって呶鳴った。武蔵が手を伸ばすと、又八も、うつつに抱えていた乳の瓶を思わず手から落して抱きついた。
瓶は砕け、白い液が二人の裾へ刎ねかかった。
『ああ! 何年ぶりだろう』
『関ヶ原の戦――あれからだ! あれから会っていないのだ!』
『......すると?』
『五年ぶりだ。――おれは今年二十二になったから』
『わしだって、二十二だ』
『そうだ、同い年だったなあ』
抱き合っている友と友を、牝牛の甘い乳の香がつつんでいた。幼な心を二人ともそれにも思い出されていたかもしれなかった。
『偉くなったなあ、武やん。――いや今では、そう呼ばれても自分みたいな気がすまいな。おれも武蔵と呼ぼう。いつぞやの下り松の働き、その前のことども、噂は始終耳にしていた』
『いや、恥かしい。まだまだおれは未熟者だ。世間の奴が、余りにも不出来すぎるのだ。――だが又八、この茶店に泊っているという客は、おぬしのことか』
『ウム......実は江戸表へ行こうと思って都を立ったが、少し、都合があって十日ばかり』
『じゃあ、病人というのは? ......』
『病人』
又八は口籠って、
『あ――病人というのは、連れの者だ』
『そうか。......なにしろ無事な顔を見てうれしい。いつか、大和路から奈良へゆく途中で、城太郎からおぬしの手紙を受け取ったが』
『............』
急に、又八は眼を伏せた。
あの時、手紙の中に、傲語して書いた言葉の一つでも、実行されていないことを思うと、彼は、武蔵の前に、面を上げる勇気も出ない。
武蔵は、その肩に手をかけた。
唯わけもなく懐しいのだ。
五年のあいだに生じた彼と自分との人間的な差などは念頭にもなかった。折もよし、ゆっくりと打ち寛いで、心ゆくまで語りあいたいと思うのだった。
『又八、連れというのは、誰なのだ』
『いや......べつに、誰という程の者でもないが、少しその......』
『じゃあ、ちょっと、外へ出ぬか。ここで余り饒舌るのも悪かろうゆえ』
『ウム、行こう』
又八も、それを望んでいたらしく、すぐ茶店の外へ歩き出した。
蝶 と 風
一
『又八、おぬしは今、なにをやって衣食しているのか』
『職業か』
『ウム』
『仕官の口には外れるし、まだこれぞといえる仕事もしていないが』
『では今日まで、遊んで暮してきたのか』
『そういわれると思い出す。......俺はまったく、あのお甲のやつのために、大事な一歩を過ったものだ』
その伊吹の麓が思い出されるような草原へ出ると、
『坐ろう』
武蔵は、草にあぐらを組んだ。そして自分に対して、何となく、負け目を感じているような友の弱気を、むしろ歯がゆく思った。
『お甲のためだというが――又八、そういう考え方は男の卑劣だぞ。自分の生涯を創ってゆくものは自分以外の誰でもない』
『それゃあもとより、俺も悪い。......だがどういうのかなあ。俺は自分へ向って来る運命を、かわせないのだ。つい引き摺られてしまうのだ』
『そんなことで今の時代をどうして乗り切るか。たとえ江戸へ出てみても、江戸は今、諸国から腹の空いている人間が、眼を研いで集まっている新開地だ。とても人並なことでは立身も覚束なかろう』
『俺もはやく剣術でも修行すればよかったが』
『なにをいう。まだ二十二じゃないか。なんだってこれからだ。......だが又八、おぬしには剣の修行は人がらでない。学問をせい、そしてよい主君を求めて奉公の途につけ、それが一ばんいいと思うな』
『やるよ......俺も』
草の穂をむしり取って、又八は歯に咥えた。心から彼も自分を恥じるのだった。
同じ山間に生れ、同じ郷士の子に生れ、年も同じなこの友に対して、たった五年の歩みの違いが、彼と自分と、こんなにも大きな差を作っていたかと思うと、堪らないほど、徒食の日が後悔されてくる。
噂だけを聞いて、武蔵にあわないでいたうちは、なんの彼奴がと、多寡をくくっていられたが、こうして五年ぶりで変った姿に出あってみると、いくら意地を張ってみても、又八はなにか友達らしくない威圧さえ彼から受けて、自分の影に負けめを抱かずにはいられない。そして常に胸に持っていた武蔵に対する反感も、気概も、自尊心までも同時に失って、ただ正直に自分の意気地なさばかり、心の裡で責めるのであった。
『なにを考え込んでいるのだ――。おいっ、慥かりしろよ』
武蔵は、友の肩を打って、叩いてみても手に感じられるような、その軟弱な意志を叱った。
『いいじゃないか、五年道草をくったら、五年遅く生れて来たと思うのだ。だが、考えようによっては、その五年の道草も、実は尊い修行であったかもわかるまいが』
『面目ない』
『......オオ、話に夢中になって忘れていたが、又八、たった今おれは、おぬしの母親とそこで別れたのだぞ』
『えっ、おふくろと、あったのか』
『なぜ、おぬしは、あの母親の強気と我慢を、も少し血の中に貰って生れて来なかったのだ』
二
この不肖な子を見ていると、武蔵は、あの不幸な母親のお杉婆を、哀れと思わずにいられない。
(なんたるやつだ)
と、腑がいない又八の悄沈している姿が、他人事ならずに、眺められる。
(幼少から母にわかれて、母のない俺のみじめな寂しさを見ろ)
と、いってやりたい。
抑々。
お杉婆が、あの老齢をもちながら、求めて旅の空に惨苦を舐めているのも、また、自分を目して七生の仇敵とまで思いこんでいるのも、その根本の原因は唯一つ、
『又八が可愛い』
という以外の何ものでもない。その他に原因はないのだ。盲愛から生じた誤解であり、誤解から生じた執念でしかないのである。
淡い幼少の夢の中にしか母を知らない武蔵には、痛切にそれが分る。羨ましくてならないのだ。あの婆に罵られ、迫害され、謀られて、一時の憤怒から醒めた後では、かえって胸を嚙まれるほど孤愁の身にそれが羨まれた。
(――だから、婆の呪詛を和らげるには?)
と、武蔵は今、又八の姿を見ているうちに胸の中で、独り問うて独り答えた。
(この息子が、偉大になってくれればいいのだ。武蔵以上の人間になり、俺を見返して、郷人に誇ってくれたら、婆は、おれの首を討った以上、本望と思うだろう)
そう考えると、彼の又八に抱く友情は彼が剣に対するように、彼が観音像を彫る時のように、燃え上らずにいなかった。
『なあ、又八。おぬしは思わないか』
その真実が、彼のことばを、友情の裡にも荘重にして、
『あんないいおふくろを持って、おぬしはなぜ、あのおふくろに、欣し涙をこぼさせてやろうとはしないのだ。親のないおれから見ると、貴様は、勿体なさすぎるぞ。勿体ないということは、親を尊敬しないということじゃないのだ。人間の子の最大な幸福を持たせられていながら、折角の幸福を、余りにもおぬしは自分で踏みにじっている。――仮にだ、おれに今、あんなおふくろがあったとしたら、おれの人生は、何倍も暖かに膨らむだろう。身を研くにも、功を立てるにも、どんなに張合が持てるか知れないと思うのだ。なぜならば、親ほど正直に、子の功を欣んでくれるものはないからだ。自分のしたことを、共々欣んでくれる者があるのは大きな張合というものじゃないか。――それのある者には、陳腐な道義の受け売りをしているように聞えるだろうが、こういう漂泊の空にある身でも、アアいい景色だなあと感じた時のような場合、側にもどこにもそれを語る者がいないということはその一瞬、実にさびしい心地の身になるものだぞ』
又八が、凝と耳を傾けて聞いていてくれるので、武蔵も一息にそこまでいって、友の手頸を握りしめた。
『又八っ......。そんなことは、おぬしだって、百も承知に違いない。おれは、友達として頼むのだ。同じ郷土で育ったのだ。......なあおいっ、関ヶ原の合戦を望んで、槍を担いであの村を出た時の気持を、もいちどお互いに呼び回して、勉強しようじゃないか。合戦は今、どこにもなく見えるが、関ヶ原の役は熄んでも、平和の裏の人生の戦はあんなものどころか、いよいよ修羅と術策の巷を作っているのだぞ。その中で、克ちきる道は、自分を研くことしかない。......なあ又八、もいちど槍を担いで出かける気で貴様も、真面目に世の中と取ッ組んでくれよ。勉強してくれよ、偉くなってくれよ。貴様がやる気ならおれもどんな力でも貸す、貴様の奴僕になってもいい、ほんとに貴様がやるという誓いを天地に立ててくれるならば――』
結び合っている二人の手へ、又八はぼろぼろ涙をこぼした。湯のようにそれは熱かった。
三
これが母の意見だと、耳にたこという顔を示して、いつも鼻で嗤い返す又八であるが、五年ぶりで会った友の言葉には、強く本心を衝たれてつい涙すらこぼしてしまった。
『......分った、分った、有難う』
繰返して、手の甲で眼を抑え、
『今日を心の誕生日として、おれも生れ直す。とてもおれは、剣で身を立てる素質はなさそうだから、江戸表へ行くなり、諸国を遍歴するなりして、そのうちに良師に出会ったら、就いて学問を励むことにする』
『おれも、共に心がけて、良い師と良い主人を見つけてやろう。なにも学問は閑でやるのじゃないから、主人に仕えながらでも修められることだし』
『なんだか、広い道へ出た気がする。――だが、困ったことが一つある......』
『なんだ。どんなことでも話してくれ、将来ともに、この武蔵にできることで、そして、おぬしの身のためになることなら、どんなことでもきっとする。――それがせめて、おぬしのおふくろを怒らせた、わしの罪の償いだから』
『いい難いなあ』
『些細な秘しごとが、つい大きな暗い陰を作る。話してしまえ......間のわるいのは一瞬だし、友達の間に、なんの羞恥むことがあるものではない』
『......じゃあいってしまうが』
『ウム』
『茶店の奥に寝ているのは、女の連れなんだ』
『女連れか』
『それも、実は......。アア、やっぱりいい難いなあ』
『男らしくない奴だ』
『武蔵、気を悪くしないでくれ。おめえも知っている女だから』
『はてな? ......誰だ一体』
『朱実だよ』
『............』
武蔵は、はっと思った。
五条大橋で会った朱実はもう以前の真白な花ではなかった。媚汁をたたえた毒草のお甲ほどにはまだ荒んでいないまでも、危険な火を咥えて飛んでいる鳥だった。あの時、自分の胸へすがって泣きながらそれを告白もしていたし、折からその朱実と、なにか関係のありそうな若衆扮装の前髪が、キッと、橋の袂から白い眼で睨めつけていたことなども思い出される。
武蔵が今、朱実と道連れと聞いて、友のためにハッと思ったのは、そうした複雑な事情と性格をもっている女性と、この弱気な友との人生の旅が、どんな暗黒の谷間へ入ってゆくことか、余りにも見えすいた不幸な道連れ――と直ぐ思われたからであった。
また、どうしてだろうか。お甲といい、朱実といい、選りに選って、そういう危ない道連ればかりが、この男に付くのは。
『............』
武蔵の黙っている面を、又八は、又八らしく解釈して、
『怒ったのか。......おれは秘していては悪いから正直にいってしまったが、おめえの身に取れば、いい気持はしないだろうからな』
と、いった。
憐れむように、武蔵は、
『ばかな』
と、顔色を払って、
『余りにも、不運に出来ているのか、不運を自分で作るのか――と、おぬしのために、おれは茫然とするのだ。......お甲に懲りておりながら、なんでまた......』
口惜しくすら武蔵は思って、そのいきさつを糺すと、又八は、三年坂の旅籠で出会ったことから、過ぐる夜、瓜生山で再び会って、ふと出来心のように、江戸へ駆落ちする相談を決め、連れの母親を捨ててしまったことまで、ありのままに話して隠すところもない。
『ところが、おふくろの罰があたったのか、朱実の奴が、瓜生山で辷った時の打傷が痛いといいだし、それからこの茶店でずっと寝込んでしまったというわけ。おれも後悔はしたが、もう追いつかないことだしなあ』
その嘆息を聞けば、無理もない。火を咥えている鳥と、慈母の珠とを、この男は、取り替えてしまったのである。
四
そこへ、のっそり、
『お客さあ、ここにいなさったのけ』
模糊として風貌のどこかに耄碌した茶店の老婆が両手を腰にまわし、お天気でも見に来たように空を見まわして、
『お連れの病人は、一緒に来ていなさらねえのかよ』
問う如くでもあり、問わざる如くでもある。
又八は直ぐ、
『朱実か。――朱実がどうかしたのか』
色を顔に出していう。
『寝床にいねえがな』
『いない』
『今し方までいただが』
武蔵には、なにか、説明はできないが、直感的に、思い当るものがあった。
『又八、行ってみい』
その又八に続いて、武蔵も茶店へ駈けもどり、彼女の寝床のあったという穢い一間を覗いていると、老婆のことばに違うところがない。
『あっ、いけねえ』
又八は、きょろついて、叫んだ。
『帯もない、履物もない。――やッおれの路銀も』
『化粧道具は』
『櫛も、釵も。どこへ突っ奔って行きやがったのだろう。おれを置き去りにしやがって』
たった今、将来の発憤を誓って、涙をこぼした顔に、忌々しさを漲らしていう。
老婆は、土間口から覗いて、独り語のように、
『なんたらことじゃ。あの娘ッ子はの、いうたら、お客さんに悪いかしらんが、ほんまの病気じゃのうて、仮病して、不貞寝していよったのだによ。老婆の眼から見たらようわかるがの』
そんな声には耳もかさない。又八は茶店の横へ出て、峰を蜿る白い道をぼんやり眺めていた。
もう花も黒く散りしいている桃の樹の下に、寝そべっている牝牛が、思い出したように、長々と欠伸啼きをする。
『............』
『又八』
『............』
『おい』
『ウム?』
『なにをぼんやりしているのだ。去った朱実が行く先、せめて少しでもよい身の落着を得るように、二人して祈ってやろう』
『ああ』
と、気のない顔の前に、小さな風の渦がながれていた。黄いろい蝶が一つ、見えない渦の中に弄ばれながら、崖の下へ沈んで行った。
『さっき、おれを欣ばしてくれた言葉。あれは、おぬしのほんとの決心だろうな』
『ほんとだ、ほんとでなくて、どうするものか』
嚙んだままの唇から、慄を洩らすように、又八は呟いた。
茫と遠くを見ている眸を奪い回すように、武蔵はぐっと彼の手を引っ張って、
『おぬしの行く道は、自然に拓けてきた。もう、朱実の落ちて行った方角がおぬしの道じゃないそ。おぬしはすぐ、これから足に草鞋をつけて、坂本と大津の間へ降りて行ったおふくろを捜し廻れ。――あのおふくろを貴様は見失ってはならないぞ。さ、直ぐに行け』
と、眼につくそこらの草鞋や脚絆など、彼の旅具を取って、軒端の床几まで持ち出してやる。
更にまた、
『金はあるか、路銀は。......少いがこれを持って行ったらどうだ。おぬしが江戸表へ出て志を立てる気なら、おれも一先ず江戸まで共に行こう。また、おぬしのおふくろ殿には、改めておれも心から話したいこともある。おれはこの牛を曳いて、瀬田の唐橋に行っておるから、きっと後から連れ立って来いよ。――いいか、おばばの手を曳いて来いよ』
道聴途説
一
武蔵は後に残って、黄昏れを待っていた、いや使の戻りを待つのだった。
午過ぎの小半日を、さて退屈に思う。日は長いし、飴のように体は伸びを欲する。緋桃の下に寝ている牝牛にならって、武蔵も、茶店の隅の床几に横になっていた。
今朝は早かった。昨夜もろくに眠っていない。いつのまにか夢は二つの蝶になっている。一羽はお通だと夢の中で思っている。連理の枝を繞っている。
――ふと眼をさますと、いつのまにか、陽は土間の奥まで映し込んでおり、寝ているうちに、居場所でも変ったかと思ったくらい、この峠茶屋に騒々しい声がしていた。
この下の谷間から石を切り出しているので、そこで働いている石切職人たちが、毎日の例によって八刻というと、ここへ甘い物をたべに来て、一頻り番茶を飲みながら饒舌を娯しむ。
『なにしろ、だらしがねえや』
『吉岡方か』
『あたりめえよ』
『ひどく沽券をおとしたものだなあ。あんなに弟子がいて、一人も刃の立つ野郎はいなかったのかしら』
『拳法先生が偉かったので、余り世間が買いかぶっていたのさ。なんでも偉いやつは初代に限るな。二代となるともうそろそろ生温くなり、三代でたいがい没落、四代目になっても、てめえと墓石のつり合っている奴アめったにねえ』
『おれなんざ、こう見えても、つり合ってるぜ』
『親代々、石切だからよ。おれがいってるのは、吉岡家の話だ。噓だと思うなら、太閤様の後をみねえ』
それからまた、話はもどり、下り松で果し合のあった朝、おれはあの近所だから見ていたという石切が現れる。
その石切はまた、自分の目撃談を、もう何十遍も何百回も人中で聞かせているとみえて、おそろしく語ることがうまい。
百何十名の相手を敵にまわし、宮本武蔵という男が、こうやって、こう斬りこんでと、まるで自分が武蔵になった気かなにかで、おそろしく誇張して話している。
隅の床几の上に寝ていた本人は、まだその話の酣な頃には、深く睡っていたので倖せだった。もし眼がさめていたら、噴飯に堪えないどころか、面映ゆくてそこにいられなかったかも知れない。
ところが、それを聞いて甚だ面白くない顔をしている一組が、その前から軒先のべつな床几を占めて聞いていた。
中堂の寺侍三名と、その寺侍たちに、この峠茶屋まで見送られて来て、
(では、ここで――)
と別辞を交していた好青年である。若衆小袖を旅扮装に凛々しく括り、前髪の元結も匂やかに、大太刀を背に負い、身の拵え、眼ざしや構え、なにしろ花やかに見うけられる。
石切たちは、その風采に恐れをなして、床几を去り、莚の方に番茶を運んで、無礼のないようにしていたが、下り松の後日譚は、そこへ移ってから、いよいよ調子づいて時々どっと笑ったり、屢々武蔵の名が謳われた。
そのうちに、黙って聞いているに堪えない虫気が起ったのであろう、佐々木小次郎は、石切たちの方へ向って、
『これ、職人ども』
と、呼びかけた。
二
石切の職人たちは、小次郎のほうを振向いて、何事かと皆、居住いを直した。
風采花やかな若衆武士が、先刻から側には中堂の寺侍を二、三名も据え、威風は辺を払うが如く見うけられていたので、彼らは、
『へい』
と一様に頭を下げた。
『これ、これ。唯今、知ったか振りして、喋舌っていた男、前へ出い』
小次郎は、鉄扇をもって、彼らの頭を麾き、
『その他の者も、ずっとこっちへ寄れ。......なにも恐がらんでもよい』
『へ、へい』
『今、聞いておると、其方どもは、口を極めて、宮本武蔵を讃えておるが、左様な出たらめを申し触らすと、以後承知せぬぞ』
『......は。......へい?』
『なんで武蔵が偉いか。其方共のうちにも、過日の件を目撃した者があるとのことだが、この佐々木小次郎もまた、当日の立会人として、親しくあの試合には双方の実情を審に検分いたしておる。――実はその後、叡山に上り、根本中堂の講堂にては、一山の学生を集めて、その見聞と感想を演舌し、また、諸院の碩学たちの招請に応じても、自分の意見を忌憚なく述べてまいったのだ』
『............』
『然るに――其方たちが、剣の何物なるかも知らず、ただ形だけの勝敗を見、衆愚のうわさに惑わされて、武蔵如き者を稀世の人物だの、無双の達人だのと申すが、それでは、この小次郎が叡山の大講堂で演舌した意見が、皆、噓のように相成ってしまう。――無智な凡下共の沙汰すること、取るにも足らんが、ここに居合わす中堂の方々にも一応聞いていただく必要があるし、また、汝らのいう誤った見方は、世上を害するものだ。――事の真相と、武蔵の人物をよう聞かせてやるから、耳の穴を掘って聞け』
『......へ。......はい』
『抑々――武蔵とはどんな肚の男か。あの試合を仕かけた彼の目的から洞察すると、あれは武蔵の売名にやった仕事だ。自分の名を売るために洛内第一の吉岡家へ向って、うまく喧嘩を売ったもので、吉岡はその図に乗せられて彼の踏み台になったものとわしは観る』
『............?』
『なぜならば、初代拳法時代のおもかげもなく、京流吉岡が衰えていることは、誰にだってもう分っていたことなのだ。樹なら朽木、人間なら瀕死の病人にひとしい。抛っておいても自滅するものを、押し倒したのが武蔵なのだ。――そんな者を倒す力は誰にでもあるが、それを敢てやらないのは、もう今日の兵法者の仲間では、吉岡の力など眼中にない情勢にあったからと、もう一つは拳法先生の遺徳を思い、さむらいの情で、あの門戸ぐらいは見遁しておいてやろうという気持もあったに相違ない。それを武蔵は、わざと声を大にし、事件を拡大し、都の大路に高札を立て、巷の噂を高め、思うつぼに芝居を打って当てたのだ』
『............?』
『その心情のいやしいこと、駆引の卑屈なこと、挙げていえば限りもないが、清十郎と立会う時でも、伝七郎の時でも、一度として彼奴は約束の時刻を守った例がない。また、下り松の折なども、正面から堂々と闘わずに、奇道奇策を弄している』
『............』
『成程、数の上で見れば、一方は大勢、彼は一人に違いなかった。しかし、そこに彼の狡智と、売名上手が潜んでおる。世の同情は彼の期したとおり、彼の一身に集まった。――けれどあの勝負などは、わしの眼から観ればまるで児戯にひとしい。武蔵は飽くまで小賢しく狡く行動して、いい汐時にさっと逃げてしまった。――然し、或程度までは、かなり野蛮で強いことは強い。だが、達人だなどという評判は中らぬも甚だしい。――強いて達人というならば、武蔵は「逃げの達人」だ。逃げ足の迅いことだけは、確かに名人といってもよい』
三
立て板に水を流すような小次郎の弁舌だった。叡山の講堂でも、この弁をふるって演舌したことであろうと思われる。
『――素人考えだと何十人と一人の闘いは、容易ならぬものと思うだろうが、何十人の力は、一人一人の実力が何十倍となったものでは決してない』
という論法から、小次郎は当日の勝負を、専門的知識をかけて、舌にまかせて論破する。
岡目八目という立場からいえば――武蔵のあれ程な善戦もいくらでも非難することができた。
次にまたこの小次郎も、武蔵が名目人の一少年までを討ったということを、口を極めて、悪罵した。単なる罵倒にとどまらず、これを人道的に観て――また武士道の上から観て――剣の精神のうえからもゆるし難い人間であると断じつける。
更に、彼の生い立や、郷里でやって来た行状だの――現に今も、彼を仇とねらっている本位田なにがしという老母があるはずだということにまで及んで、
『偽りと思うならば、その本位田の老母に聞いてみるがよい。わしは中堂に泊っている間に、親しくその老母とも会って聞き取ったことなのだ。もう六十になろうという純朴な老婆から、讐と狙われているような人物がどうして偉いか。うしろ暗い仇持ちの人間を賞め称え、それが世道人心によい風を及ぼすであろうかどうか。そぞろ寒心に堪えないものがあるのでわしはいうまでだ。――断っておくが、わしは吉岡方の縁者でもなければ、武蔵に意趣のあるわけでもない。ただ自分も剣を愛し、この道に身を研くものであるゆえ、正しい批判をするまでの者じゃ。――わかったか、職人ども』
いい終って、さすがに喉が渇いたか、小次郎は茶碗を取って、がぶりと一口に飲み、
『アア、だいぶ陽が傾いて来ましたなあ』
と、連れのものを顧みる。
中堂の寺侍たちは、
『そろそろ、お立ちにならぬと、三井寺までゆかぬうち、山道で暗くなりましょう』
と、注意しながら、自分たちも、痺れのきれかけた床几を離れた。
石切の職人たちは、どうなることかと一言もなく硬ばっていたが、その機を見ると、白州から解かれたように、われがちに起って谷間へ仕事に降りてゆく――
その谷間はもう紫ばんだ陽かげになり、ひよどりの声がけたたましく谺を呼ぶ。
『では、御機嫌よう』
『また、御上洛の折には』
と寺侍たちも、ここに小次郎の旅先を餞別けして、中堂の方へ帰って行った。
小次郎は一人残って、
『ばあさん』
と、奥へ呼び、
『茶代をここへおくぞ。――それから、途中で暗くなった時の用意に、火繩を二、三本貰って行くからの』
老婆は、夕餉の物をかけた土泥竈の前にしゃがみ込んで、焚きつけにかかったまま、
『火繩けい。火繩ならそこの隅っこの壁にいくらでもかけてあるで、要るだけ持って行かっしゃい』
と、いう。
小次郎はずかずか茶店の奥に入って、隅の壁にみえる火繩の束から二、三本引き抜いた。
――と、釘を外れた火繩の束が、ばさっと下の床几に落ちた。何気なく手を伸ばした時、彼は初めて気がついた。その床几の上に横たわっている人間の二本の脚元から――顔の方をずっと見上げて、どきっと、鳩尾に当身を食ったような衝動をうけた。
――武蔵は、手枕の上から、眼を開けて、彼の顔を、まじまじと見ていたのである。
四
弾かれたように小次郎は跳び退いていた。ぱっと、無意識の敏捷さだった。
『......おう?』
と、いったのは武蔵。
白い歯を見せて、にやっと笑いながら、今眼が醒めたように、やおらその後から身を起したのである。
やっと、床几を立ち上った。そして軒先にいる小次郎の側へ歩いて来た。
『............』
にこやかな唇元と、心の奥を見透すような眼とを持って、武蔵は立った。小次郎もまた、笑みを持って、それに応えようとしたが、意思と反対に、顔の筋は妙に硬ばってしまって、笑えなかった。
無意識に跳び退いた自分の敏捷を――必要のないあわて振と――武蔵の眼が嗤っているように取れたからである。また、自分が、先刻から石切たちに向って演舌していた事々を、武蔵も聞いていたに違いない――と思い、咄嗟にその狼狽も胸を塞いだからであろう。
で――兎に角、小次郎の顔いろと態度は、すぐいつもの傲岸な風の裡へかえしてしまったが、一瞬は、しどろもどろだった。
『......や。武蔵どの。......これにいたのか』
『いつぞやは』
武蔵がいうと、
『おう、いつぞやは、眼ざましいお働き、人間業とも思われなかった。しかも、さしたるお怪我もなかったそうな。......祝着の至りです』
負け惜しみの底に、苦い矛盾を肯定しながら、つい、こう小次郎はいってしまった。そして自分で吐いた言葉を自分で忌々しく思った。
武蔵は、皮肉であった。なぜなのか、この小次郎の風采や態度に面と対うと、彼は皮肉を弄したくなった。わざとのように慇懃に、
『その節は、立会人として、なにかと御配慮を。且つまた、ただ今は、いろいろ拙者に対して苦言を聞かしていただき、あれにて他ながら、有難いと思って聞いていました。――自分から考える世間と、世間が観ている自分の真価とは大きな違いがあるが、滅多にほんとの世間の声は聞かれない。それを其許が、昼寝の夢に聞かせてくれたと思うと、忝けない心地がする。――忘れずに憶えておりますぞ』
『............』
忘れずに憶えている――彼の一句に、小次郎は全身が鳥肌になった。これは穏やかな挨拶に似ているが、小次郎の胸に受けて聴けば遠い将来をかけて番えて来た挑戦として当然に響く。
また。
(ここではいわぬが)
という含みも言葉の裡にある。
おたがいが、さむらいだ。虚偽をゆるさないさむらいであり、曇りを捨ておけない剣の修行者である。是非を舌の先で争ってみたところで、水掛論に終るしかあるまいし、それで済むほど小さい問題でもない。尠くとも、武蔵にとって下り松のあの事は、畢生の大事業であり、道に参進する者の浄行とも堅く信じているのである。そこに一点の不徳、一毫の疚しさも抱いていない。
だが小次郎の眼からそれを観れば、あのような観察が起るし、小次郎の口からいわしめると、今いったような結論になる――とすると、この解決は、どうしても、武蔵が言外に含めたように、
(今はいわぬが、忘れぬぞ)
という、言葉の味をもって、未来を番えておく他にあるまい。
複雑な感情は働いていたにしても、佐々木小次郎もまた、まったく根底のない出たらめを放言したつもりではない。彼は自分の観たところから公正な判断を下したまでだと思っているし、いかに武蔵の実力をあの程度に見ても、その武蔵が自分以上の人間だとは今もなお決して思っていない彼であった。
『......ウム、よろしい。憶えているといった其許の一言、小次郎も慥に覚えておこう。きっと忘れるなよ、武蔵』
『............』
武蔵は黙ったまま、また微笑してうなずいた。
連理の枝
一
柴折戸の入口から、城太郎は声張りあげて、
『お通さん、ただ今』
奥へ呶鳴っておいてから、彼は、そこの家を繞っているきれいな流れの側に坐りこみ、ざぶざぶと脛の泥を洗っていた。
山月庵。
茅葺きの合掌に、木額の白い文字が仰がれる。燕の子が、そこらに白い糞をちらし、ピチピチと囀りながら、足を洗っている城太郎を見おろしていた。
『オオ、冷てえ。オオ冷てえ』
眉をしかめていながら、彼はいつまでも足を拭こうともせず、足で水を弄っていた。
この水はすぐそこの銀閣寺の苑内から流れてくる清冽なので、洞庭のそれよりも清く、赤壁の月のそれよりも冷たい。
だが、土は暖く、彼の腰の下には、花すみれが拉がれていた。城太郎は眼を細めて、こういう日月の下に生を享けている身のほどを、自で楽しんでいるらしく見える。
やがて彼は、濡れた足を草で拭いて、そっと縁側の方へ廻って行った。ここの家は、銀閣寺の別当某の閑宅であったが、ちょうど空いているというので、過ぐる夜の――武蔵と瓜生山で別れたあの翌日から、烏丸家の口添えで、お通のために暫らく借りうけたものだった。
で――お通は、あれ以来、ずっとここに病を養っていた。
勿論のこと、下り松における決戦の結果は遂一、ここにも伝わっている。
黄母衣組のお使番のように、あの日、城太郎は下り松の戦場と、こことの間を、何十遍となく往復して、手にとる如く、お通の枕元へそれを報告していたからである。
城太郎はまた、彼女の今の体にとっては、薬餌よりも、なによりも、武蔵の無事なことを伝えてやるのが、最善な良法であると信じていた。
その証拠には、お通は日増に血色を革め、今では机に倚って坐っていられるくらいにまでなっている。――一度はどうなるかと、城太郎すら心配したほどであった。おそらく、武蔵が下り松で死んでいれば気持だけでも、彼女もあのまま逝ってしまったに違いなかった。
『ああ、お腹が減った。――お通さん、なにしていたんだい』
お通は、彼の元気な顔を、眼に迎えて、
『わたしは朝からただ、こうして坐っていた限り』
『よく飽きないなあ』
『体は動かさないでも、心はさまざまに、遊ばせていますから。――それより城太さんこそ、朝早くから、どこへ行ったんですか。そこのお重筥の中に、きのう戴いたちまきが入っているからお食べなさい』
『ちまきは後にしよう。お通さんに先に欣ばしてやることがあるから』
『なあに?』
『武蔵様ネ』
『ええ』
『叡山にいるとさ』
『ア......叡山へ』
『きのうも、おとといも、その前も、毎日のように、おいら方々聞いて歩いていたんだよ。――するとね、きょう聞いたのさ。武蔵様は、東塔の無動寺に泊っているって』
『......そう。......ではほんとに御無事でいらっしゃるのだわ』
『そう分ったら、一刻も早くがいい、またどこかへ行っちまうといけないからね。おいらも今、ちまきを食べたら支度するから、お通さんもすぐ支度をおしよ。――直ぐ行こう、これから訪ねて行こう。無動寺へ』
二
じっと、お通のひとみは、あらぬ方へ向いている。庵の廂ごしに見える空へ心を遠くしているのである。
城太郎は、ちまきを食べ、持つ物を身に持つと、再び、
『さ。行こうよ』
と、促した。
だが、お通が起つ気色もなく、いつまでも、坐っているので、
『どうしたんだい?』
やや不満と不平をあらわして問い詰めた。
『城太郎さん、無動寺へ行くのは、止しましょう』
『へエ?』
少し、おひゃらかすように、城太郎は不審りを口に尖らして、
『なぜさ』
『なぜでも』
『ちえッ、女って、これだから嫌になっちまう。飛んでも行きたいくせして、さあ、その人のいる所が分ったとなると、今度はへンてこに澄まして、止そうのなんのとしぶくるんだもの』
『城太さんのいう通り、飛んでも行きたいほどですけれど』
『だから、飛んで行こうというのに』
『けれど。......けれどね、城太さん。わたしはいつぞや瓜生山で、武蔵様とお目にかかった時、これが今生の最後だと思って、ありッたけな心の裡を話してしまいました。武蔵様も、生きては再び会わないと仰っしゃいました』
『だけど、生きているんだから、会いに行ってもいいじゃないか』
『いいえ』
『いけないの?』
『下り松の勝負はついても、まだ武蔵様の心としては、ほんとに勝ったと思っているか、どんな用心をして叡山に身を退いていらっしゃるのかそのお気持は分りません。――それに、私へ仰っしゃったお言葉もあるし、私も、必死で摑んでいたあのお方の袂を離して、もう、今生の恩愛を断ったと覚悟したのですから、たとえ、武蔵様の居所が分っていても、武蔵様のおゆるしがなければ』
『じゃあ、このまま十年も二十年もお師匠様からなにもいって来なかったらどうする?』
『こうしています』
『坐ったきり、空を眺めて暮しているの』
『ええ』
『変な人だなあ、お通さんという人も』
『わからないでしょ。......だけどわたしには分っているの』
『なにが』
『武蔵様のお心がです――瓜生山で最後のお別れをする前よりも、あの後になってからの方が、わたしには武蔵様のお心が、ずっと深く分って来たからです。それは、信じるということなのです。以前は、武蔵様を慕ってはいました。生命がけで思っていました。城太郎さんの前だけれど、ほんとに苦しい恋をつづけて来ました。けれど、武蔵様をほんとに信じていたかといえば、どうだか分りませんでした。......今はもうそうではない。たとえ生きても死んでも、離れていても、お互いの心は、比翼の鳥のように、連理の枝のように、固くむすばれているものと信じていますから、ちっとも淋しくなんかない。......ただ武蔵様が、武蔵様のお心のままに、修行の道へすすんでお出で遊ばすように、祈っているばかりなんです』
黙って、おとなしく聞いていたと思うと、城太郎はいきなり呶鳴るようにいった。
『噓いってらあ。――女って、噓ばかりいっているんだ。――いいよ。じゃあもうきっとお師匠様に会いたいといわないね! これから先はいくらベソを搔いたって、おいらは知らないぜ』
この数日の努力を、無にされたように、城太郎は腹を立てた。そして晩まで口をきかなかった。
宵に入ると間もなくであった。庵の外に松明の赤い光りが映し、そこをほとほと打叩くものがあった。
三
烏丸家の侍は、一通の手紙を城太郎の手に授けて、
『これは、お通どのが、まだお館にいられるものと考えて、武蔵どのが、使いに持たせてよこされたもの。――一応大納言様のお耳に入れると、すぐお通の許に届けてつかわせとのことに、急いで持ってまいったのでおざる。――併せて大納言様よりも体を愛しめとの御意、お伝え申しあげまする』
すぐ、使は帰って行く。
城太郎はそれを手に、
『アア、お師匠様の字だ。もし、下り松で死んでいたらお師匠様ももうこの手紙は書けなかったんだなあ。......お通どのへ、......と書いてあらあ。だが、城太郎どのへとは書いてない』
お通は、奥から立って来て、
『城太郎さん。今、お館の人が持って来たのは、武蔵様からの手紙ではありませんか』
『そうだよ』
城太郎は意地を歪げて、手紙を後にかくしながら、
『でも、お通さんには、用はないだろ』
『おみせ』
『いやだい』
『意地のわるい――そんなことをいわないで』
焦れて、泣きそうになると、城太郎は手紙を彼女へ突きつけながら、
『それ御覧な。そんなに、見たがるくせにして。それを、おいらが会いに行こうといえば、痩せ我慢して、嫌に気取ってみたりして』
お通にはもう、そんな言葉を聞いている耳はない。短檠の下に繰りひろげている手紙と白い指先は、燈芯の火とともにおののいている。
心なしか、こよいは、灯も鮮やかに、翳りなく点って、なんとなく胸も花やぐようなと、灯占をたてていたが――
花田橋では
お許に待たせたが、
こたびは
わしが待つであろう
瀬田の湖畔に
牛をつないで
と、武蔵からの便り。まざまざと、その人の筆、墨のにおい。
墨の光りまでが、虹いろに見え、彼女のまつ毛には、きらきらと、珠の涙が咲いていた。
――夢かと思う。
あまりの欣しさに、頭も茫として。――お通は、なんだか、この世のことでないような心地がしてならなかった。
安禄山の叛乱に、兵車の軌の下に楊貴妃を失った漢皇が、のち貴妃を恋うのあまり、道士に命じて、魂魄をたずねさせ、道士はそれを、上は碧落の極み、下は黄泉にいたるまでさがしもとめ、遂に、海上の蓬萊宮中にその花貌雪膚の仙子を見出して、帝の意をつたえたというあの長恨歌の中にある、貴妃の驚愕と喜びの章が――そのまま自分のことでもあるように、お通は茫然として、短い手紙を、見も飽かず、繰りかえしていた。
『......待つ身となると、待つ間の時の長さ。そうだ、少しでも早くお目にかかって』
こう、城太郎へ向って、語りかけているつもりではあったのだが、もう彼女の歓びは彼女を顚倒させている。――相手へいったつもりでも、それは独り語の独り合点をしていたのである。
手早く身支度をし、庵の持主や、銀閣寺の僧や、世話になった人々へは、一筆ずつ礼の辞を置手紙にのこし、もう、足拵えまでして、先に戸外へ出た。
そして、家の中にぶっ坐って、膨れ顔している城太郎に向い、
『城太さん、おまえはもう、先刻お支度をしていたからそれでいいんでしょ。......さ、早く出ておいで。後を閉めて行かなければならないから』
『知らない、おいらは。――どこへ行くのさ』
てこでも動く顔つきではない。城太郎は、すっかりお臍を歪げてしまった。
四
『城太さん、怒ったの』
『怒ったさ! 当り前だい』
『どうして』
『勝手だから、お通さんは。――おいらが折角捜し当てて来て、行こうという時には、行かないといっておきながら』
『でも、その理由は、よく話したでしょう。ところが今、武蔵様の方からお便りがあったんですもの』
『その手紙だって、自分だけで見て、おいらには、読ませてくれないじゃないか』
『アアほんとに、それは悪かった。御免よ、城太さん』
『もういいよ、もう見たくなんかない』
『そう、ぷんぷん怒らないで、この手紙を見ておくれ。ね、なんという珍しいことでしょう。あの武蔵様が、わたしに手紙を下すったことなんか、これが初めてです。また待っているから来いなんて、優しいことを仰っしゃってくれたのも、これが初めてです。――それからこんな歓ばしいことは、私にとっても、生まれて初めてではありませんか。......だから城太さん、機嫌を直して、私を瀬田まで連れて行ってください。......ね、後生だから、そんなに膨れていないで』
『............』
『それとも、城太さんは、武蔵様にもうお目にかかりたくないの』
『............』
城太郎は黙って例の木刀を横差にし、先刻作っておいた風呂敷づつみを斜めに背負い、ぽんと、庵の外へ飛び出して、まごまごしているお通へ剣突くを食わせた。
『行くなら行くで、早くお出でよっ! 愚図愚図してると、戸外から閉めてしまうぜ』
『まあ、怖い人』
それから二人は、志賀山越えの道を、夜にかけ歩き出したが、先に怒った手前がある、道は寂しいが、城太郎は口をきかない。
すたすたと、先を歩いて行きながら、そこらの木の葉を挘って、木の葉笛を吹いてみたり、俗歌を唄ってみたり、石を蹴ってみたり、なにか遣場のない気持を抱いているらしいので、お通がまた、
『城太さん、わたし、いい物持っていたのに、忘れていたのよ。あげましょうか』
『......なにさ』
『笹飴』
『......ふん』
『おととい、烏丸様から、いろいろお菓子を持たせてよこして下すったでしょう。それがまだ残っているのだけれど』
『............』
くれとも、要らないともいわずに、城太郎が黙々と歩いて行くので、お通は、苦しい喘ぎを我慢して、側へ追いつき、
『城太さん、食べない? わたしも食べよう』
それからやっと、城太郎の機嫌がすこし直った。
志賀山越えを登りつめた時は、もう北斗は白く薄れて、雲は夜明けのたたずまいであった。
『草臥れたろ、お通さん』
『ええ、登りばかりだったから』
『もうこれからは、下り道だから、楽なものだよ。......ああ、湖水が見える』
『あれが鳰の湖ね。......瀬田はどの辺?』
『あっち』
と指さして、
『待っているといっても、お師匠様は、こんなに早く行っているかしら』
『でも、まだ瀬田まで行くには、半日以上もかかるでしょう』
『そうだ、ここから見ると、すぐそこのようだけれど』
『少し休まない?』
『休もうか』
すっかり気持も解けたとみえ、城太郎はいそいそ休み場所をさがし歩いていたが、
『お通さん、お通さん、この樹の下だと朝露がなくっていいよ、ここへお出でよ。ここへ腰かけよう』
と、手招きした。
二本の巨きな合歓の樹の下だった。
五
倚り合っている二本の喬木の下に腰をおろして、
『なんの樹だろ?』
城太郎がいう。
お通も、眸を上げながら、
『合歓の樹です』
と教える。そして、
『わたしや武蔵様が、まだ幼い時分によく遊んだことのある、七宝寺というお寺の庭にも、この樹がありましたっけ。六月ごろになると、糸のような淡紅色の花が咲いてね、夕月が出るころになると、あの葉がみんな重なり合って眠ってしまう』
『だから、ねむの木というのかしら』
『でも、文字で書くと、眠という字は書きません、合い歓ぶと書いて、合歓と訓むんですの』
『どうしてだろ?』
『どうしてでしょうね。きっと誰かが拵えた当字でしょう。......だけど、この二本の樹の姿を見ると、そんな名がなくても、いかにも歓び合っているといったような姿じゃありませんか』
『樹なんか、歓ぶも悲しむも、あるもんか』
『いいえ城太さん、樹にも心があるんです。よく御覧、この山の樹々のうちにも、よく見ると、独りで楽しんでいる樹もあるし、独り傷ましそうに嘆いている樹もある。また城太さんのように、歌を謡っているのもあれば、大勢して、世を怒っている樹の群れもあるでしょう。石でさえ、聞く人が聞けば物をいっているという位ですもの、なんで樹にもこの世の生活がないといえましょう』
『そういわれてみると、そんな風にも見えてくるなあ。――するとこの合歓の木なんか、どう思っているんだろう』
『わたしから見ると羨ましい樹に見えます』
『どうして』
『長恨歌を知ってるでしょう。白楽天という人の作った詩』
『ああ』
『あの長恨歌の終りのほうに――天に在っては願わくは比翼の鳥と作らん、地に在っては願わくは連理の枝と為らん――という句があるでしょ。あの連理の枝というのは、こんな樹のことをいうのじゃないかしらと、さっきから思っているんですの』
『連理って? ......何』
『枝と枝、幹と幹、根と根、二つの物でありながら、一つの樹のように仲よく立って、天地の中に、春や秋を楽しんでいる樹のこと』
『なんだあ......自分と武蔵様のことをいってるんじゃないか』
『いけない、城太さん』
『勝手におしよ』
『――夜が明けてきた。なんという美しい今朝の雲だろう』
『鳥がお喋舌をし始めたね。ここを下りたら、おいら達も、朝飯を食べようぜ』
『城太さんも歌わない』
『なんの歌』
『白楽天といったので思い出したんです。いつか、城太さんが、烏丸様の御家来に教わっていた詩があったわね。覚えている? ......』
『長干行か』
『ええ、あれ。あの詩を、聞かせて下さいな。書を読むような節で結構ですから』
『......妾ガ髪始メテ額ヲ覆ウ
花ヲ折ッテ門前ニ戯レ
郎ハ竹馬ニ騎シテ来リ
牀ヲ遶ッテ青梅ヲ弄ス......』
城太郎はすぐ口誦さんで、
『この詩かい』
『そう。もっと続けて』
『......同ニ長干ノ里ニ居リ
両小嫌猜ナシ
十四、君ノ婦トナッテ
羞顔未ダ嘗テ開カズ
頭ヲ低レテ暗壁ニ向イ
千喚一トシテ廻ラズ
十五、始メテ眉ヲ展ベ
願ワクハ塵ト灰ヲ同ニセン
常ニ存ス抱柱ノ信
豈上ランヤ望夫台
十六、君遠クヘ行ク......』
城太郎はふいに起って、じっと聞き入っていたお通を促した。
『詩よりも、おいらは、お腹が減っちゃったい。早く、大津へいって朝飯を食べようよ』
送春譜
一
まだ天地は濡れている。
家ごとの炊煙は、曙けたばかりの町の上へ、戦のように立ちのぼっていた。大津の宿駅は、湖北から石山までをぼかしている朝がすみと、その熾な煙の下に見えてきた。
夜来、飽々するほど山道を歩いて来て――いや牛の歩みにまかせて来て、黎明と共に、人間のいる里に接した武蔵は、牛の背から思わず、
『オオ』
と、眼を拭って眺めた。
――同じ時刻に、お通と城太郎のふたりも、志賀山越えの道から、この大津の屋根を眺め、湖畔へ向って、希望の足を躍らせているはず――
峠の茶屋から峰を繞って降りてきた武蔵は、今、三井寺の裏山から八詠楼のある尾蔵寺坂にかかって来たが、お通はどこの道から降りて来るのやら。
湖畔の瀬田で落ち合うまでもなく、ひょいと、そこらで打つかっても、そう偶然でないほど、時刻も道も、ほとんど同じように辿って来たのであったが、武蔵の視野の前には未だ彼女の姿は見えなかった。
――といって、武蔵は決して、失望もしないし、会いそうなものだとも思っていなかった。
烏丸家へやった茶店の女房の返事によれば、お通は烏丸家にいないということであり、手紙には、烏丸家からお通の養生している先へこよいのうちに届けておくという消息であった。
その返事から考えると、自分の手紙が、お通の手にとどいたのは昨夜のうちとしても、あの体であるし、女の事故、身支度もあろう。――まず早くても、そこを立つのは今朝あたり、約束の場所へ姿を見せるのが、今日の夕刻頃になるにちがいない。
そう武蔵は、胸づもりに想像していた。
それに今はまた、これぞといって、先を急ぐ何事も心にはないし――牛の歩みも遅いとは思わなかった。
牝牛の巨きな体は、山の夜霧に濡れていた。朝の草の色を見ると、牛は頻りに草を食った。けれど武蔵は、それも牛の意のままにまかせていた。
――すると、民家と向い合っている伽藍の辻に、なんとか桜と、名所名にでもありそうな桜の老木があって、その下の塚に、歌を刻んだ碑が見える。
誰の和歌か。――思い出そうともせず、武蔵は、そこを二、三町行き過ぎてからふと思い出して、
『そうだ......太平記の中で』
と、つぶやいた。
太平記は、彼の少年の頃の愛読書の一つだったので、或る箇所は、暗誦しているくらいだった。
で――今見かけたその和歌から、少年の頃の記憶が甦えってきたのであろう。緩々たる牛の背で武蔵はなにげなく、その和歌の載っていた太平記の一章を、口のうちでそら読みした。
――志賀寺の上人は、手に一尋の杖をたずさえ、眉に八字の霜を垂れ、湖水の波に水想観を念じたもうに、折りふし、京極の御息女所、志賀の花園の帰るさを、上人ちらと見そめ給い、妄想起りて、多年の行徳も潰え、火宅の執念に一切を喪い給う......
『少し忘れたな』
武蔵はそう思いながらまた、うろ覚えのまま、
――柴の庵に立ちかえり、本尊仏にむかい奉るといえども、観念の床には妄想の化の立そい、称名のおん声だに、煩悩の息とのみ聞えたもう。暮山の雲をながむれば、君が花釵かと心も憂く、閑窓の月にうそぶけば、玉顔われに笑み給うかと迷うも浅まし。
――今生の妄念ついに離れずば、往生の障りともなりぬべければ、御息女所に会い奉り、わが思いのふかき一端を申して、心やすく臨終もせばやと、上人杖をつき、御所へ参りて、鞠の坪の下に、一日一夜ぞ立ちたりける......
『おォいっ、旅の衆、牛に乗ってゆくおさむれえ』
誰か、その時、後から呼ぶ者があった。
いつか、牛は町の中にはいっていたのである。
二
問屋場の人足だった。
駈けて来て、牝牛の鼻づらを撫で、牛の頭越しに、武蔵を見あげて、
『おさむれえさん、無動寺から来なすったな』
といい中てる。
『ほ、よう知っているなあ』
『この斑牛は、いつぞや荷を乗せて、山の無動寺へ行った商人に、牛方なしで貸した牛だ。おさむれえさん、幾値か牛賃をおくんなせえ』
『成程、おまえが飼主か』
『おれの持牛じゃねえが、問屋場の牛小屋にいる牛だあな。無賃じゃいかねえぜ』
『よしよし、飼料をつかわそう。――だが、その賃さえ払えば、この牝牛は、どこまで曳いて参ってもよろしいのか』
『金さえ払えば、どこまで乗って行こうと、かまわねえさ。三百里先へ行こうと、道中の宿場問屋に渡しておいてさえくれれば、下りのお客が荷物を積んで、いつか大津の問屋小屋へ帰えって来ることになっているんだから』
『では、江戸表まで、いかほど払ったらよいのか』
『じゃあ、通り道だ、問屋場へ寄って、お名前を書いて行っておくんなさい』
なにかの支度にも好都合、武蔵はいわるる儘にそこへ立ち寄る。
問屋場は打出ヶ浜の渡口場に近かった。船着から上る者、乗る者、ここは旅人の屯なので、草鞋をひさぐ店もあるし、旅の垢を落したり髪を整える備えもある。武蔵はゆっくり朝飯をすまし、まだ、早過ぎるとは思ったが、間もなく、牛の背の人となって、その問屋場から再び先へ立って行く。
瀬田はもう程近い。
湖畔のうららかな風光を、牛の足にまかせて行っても、大丈夫、午までにはそこへ着く。
(まだ、来ていまい)
武蔵はそう思い、そして、今度お通に会うことには、なにかしら心に安んじるものを抱いていた。
それは、彼女に対する彼の、安心であった。下り松の死地を乗り越える前までは、武蔵は、女性というものに、堅い構えを持っていた。お通に対しても同様な危惧を抱いていた。
けれど、あの時の、お通の澄みきった態度、聡明な意思の処理を見てから、武蔵の彼女に対する気持は、ただの愛以上、深いものに改まっていた。
一般の女性を危惧するような眼で、お通をも危惧して来た自分の小心さが、彼女に対して済まなかったように今では思う。
そういう男の気持――安んじて女性にゆるしている気持――それは同じように、お通も、男性に対する信頼として、あれから後、胸のふかくに抱いていた。
武蔵はもう、何もかも、彼女にゆるしきっていた。今日会ったら、どんな事でも、彼女の願いなら容れてやろう。
剣を、歪めない限りの事は。修行の道から堕落しない限りの事は。
今までは、それが恐かった。女の黒髪には、剣も鈍り、道も喪ってしまうものと、それを惧れていたのである。しかし、お通のような覚悟のいい、聞きわけのよい、理性と情熱の処理を誤らない女性ならば、決して、男性の道に情痴な茨を横たえはしない。なんの足手纏いになるわけはない。――ただ溺るることを誡めて、自分さえ、乱れなければ。
(そうだ、江戸表まで一緒に行って、お通には、もっと女性として学ぶべき修養の道に就かせ、自分は城太郎を連れて、更に高い修行の道にのぼろう。そして、或時節が来たら――)
そんな空想に耽ってゆく武蔵の顔に、湖水の波紋の光が、幸福の笑みを投げかけるように、揺々と映えていた。
三
二十三間の小橋と、九十六間の大橋をつないでいる中之島には、古い柳の木があった。
瀬田の唐橋を、青柳橋と呼ぶのは、その柳がよく旅人の目印にされるからであろう。
『あっ、来たよ』
と、その中之島の茶店から駈け出して、小橋の欄干につかまりながら城太郎は、一方には指をさし、一方の手では茶店の床几をさしまねいて、
『お師匠様だっ。......お通さんお通さん、お師匠様が牛に乗って来たよ』
往来の旅人も、この少年が、なにをそんなに狂喜するのかと、眼をそばだてて不審るほど、彼の足は雀躍りしていた。
『おお、ほんに!』
転ぶように駈けて来て、お通もそこに顔を並べる――
二人して、
『お師匠さまあっ』
『武蔵さま』
打ち振る笠、打ち振る手。
にこりとした武蔵の顔もはや間近であった。
牛はやがて、柳の木に繫がれる。――川を隔てて遠く見た姿には、狂喜の手を振ったり名を叫んだりしていたのに、その人の側に立つと、お通はもうなにもいい得ないのである。にこと眼で笑ったほかは、すべて城太郎が一人で引きうけて喋舌っていた。
『お師匠さま、もう傷は癒ったの。おいら、お師匠様が牛に乗って来たから、あの時の傷がまた痛んで歩けないので乗って来たのかと思ったよ。......え? どうしてこんなに早く来ていたかって。......そりゃあ、お通さんに聞いたほうが早いや。お通さんと来たらお師匠様、ほんとに勝手なんだからね。お師匠さまから手紙が来たら、この通り一遍に元気になってしまうんだもの』
『ふム、そうか、ふム......』
と武蔵も一々にこやかに頷いていたが、他に客もある茶店先、お通のことをいわれると、見合いに来た聟殿のように甚だてれる。
裏に、藤棚で掩われた小座敷がある。そこへ三名は寛いだ。といっても相変らず、お通はもじもじしてばかりいるし、武蔵も無口に固くなってしまう。有の儘に歓び、歓びのままに喋舌り、この景地と生命を楽しんでいるものは独り城太郎と、そして、藤の花に噪いでいる虻と蜂ばかりだった。
『オヤいけない、石山寺の上があんなに暗くなりました。一雨来ますよ。もっと奥へおはいりなすって下さい』
茶店の亭主が、あわてて葭簀を巻き、雨戸を横に囲い始める。なる程、江の水はいつのまにか鉛色に見え、そよ風は雨気を囁きはじめて、藤の花の紫は、将に死なんとする楊貴妃の袂のように、遽かに咽ぶような薫いを散らして顫いている。
――サアッと、その弱々しい花から真ッ先に目がけられたように石山颪が小雨をぶっつけてくる。
『アッ、雷さまだぞ。ことしの初雷だ。お通さん。濡れちまうよ。お師匠さまも奥へおはいりなさいよっ、座敷のほうへさ。アアいい気持だ。この雨は、ちょうどいいや! ちょうどいいや』
なにが丁度いいのやら、深い意味でいうわけでは勿論ないが、そう彼にいい囃されては、武蔵もよけいにはいり難い。お通も顔を紅らめて、雨に砕ける藤の花と共に、縁の端に立って濡れていた。
『オオ、ひでえ!』
菰を被って、白い雨の中を、傘みたいに飛んで来た男がある。
四宮明神の楼門の下へ駈け込むなり、ほっと、髪のしずくを撫でて、
『まるで、夕立だ』
と、迅い雲あしへ呟いた。
見るまに四明ケ岳も湖水も伊吹も乳色になって、ただ滌々と雨の音しか耳になかった。――と思ううちに眸を断たれたように雷光を感じると、どこか近くに雷が落ちたらしかった。
『......あっ』
雷ぎらいの又八は、耳の穴をふさいで、楼門の下に縮こまっていた。
雲が断れると、噓のように、陽が射してきた。雨がやみ、往来も元に還って、どこかで三味線の音さえ聞えだした。すると、婀娜なすがたの女が、向う側から往来を越えて来て、用ありげに、又八へ笑いかけた。
四
見かけない女である。
『あなた、又八様と仰っしゃるのでしょう』
そういうのだ。
又八が不審って用事を問うと、今、家へ上っていらっしゃるお客様が、あなたのお友達だそうで、二階からお姿を見かけ、ぜひ引っ張って来いというお吩咐けです、という。
いわれて見ると、成程、この神社の界隈には、娼家らしい構えが幾軒も見える。
『......御用がおありならば、直ぐお帰りになってもよござんすから』
と、使に来た女は、又八のためらいなどは無視して導いて行く。そして近くの娼家へ引っ張って来ると、他の女たちも出て、足を洗ってくれるやら、濡れた着物を脱がすやら、下へも措かない。
いったい、おれの友達というお客は誰かと訊いてみても、二階へ行ってみれば分ると、座興にするつもりで明かさない。
何分、雨に逢って、着物もずぶ濡れだから、一時娼家のものを借り着するが、実は今瀬田の唐橋で約束の者が待っているはず。――で直ぐ帰るのだから、その間に衣類を乾かし、引き留めないでもらいたい。
『頼むぞ、いいか』
何度も念を押すと、
『はい、はい、よい機に、きっとお帰し申しますよ』
女たちは、安請合にいって、又八を梯子段の下から押し上げる。
(二階の客とは一体誰だろうか)
又八は頻りと考えてみたが思い当る者がない。けれどこういうところに場馴れない又八ではないし、またこういう雰囲気の中に入ると、彼の頭のつかい方や身ごなしは、ふしぎに冴えて精彩を発揮してくる。
『やあ、犬神先生』
いきなり先方の者からいった。人違いだったかと又八は閾ぎわで足を止めたが、座敷の中に坐っているその客を見ると、満更知らない人間ではなかった。
『や? ......おぬしは』
『お忘れか、佐々木小次郎を』
『犬神先生といわれたのは?』
『貴公のことさ』
『おれは本位田又八だが』
『そんなことは心得ているが、かつて六条松原の闇で、群犬に取り巻かれ、野良犬どもの中に坐って、百面相をしてござったのを思い出したから、お犬の神様と尊称申し上げ、犬神先生と呼んだのでござる』
『よしてくれ、冗談じゃあねえ。あの時は、ひどい目に遭わせやがったぜ』
『その代りに、きょうはよい目に遭わせてやろうと思い、迎えにやったわけだが、よく来てくれた。まあ、坐るがいい。――おい女輩、この人に杯を酌せ、杯を』
『瀬田で、待っている者があるから、すぐお暇する。......おっと、おい、そう酌してもだめだぜ、きょうは飲めない』
『瀬田で、誰が待っているのか』
『宮本という、おれの幼少からの友達で――』
と、いいかけるのを引っ奪くって、小次郎は早口に、
『なに、武蔵が。......ウウムそうか。峠の茶屋で約束したのか』
『よく知っているな』
『貴公の生い立ち、武蔵の経歴、みな詳細に聞いている。其許の母親――お杉どのといわれたな――叡山の中堂でお目にかかったぞ。そしてつぶさにあの老母から、今日までの苦心を聞かされた』
『え。おふくろと会ったって? ......実あ、きのうから俺も捜し歩いているのだが』
『えらい老母だ、見上げたもの。中堂の僧も皆、同情していた。わしも屹度、助太刀しようと、力づけて別れた』
杯を洗って、
『さ、又八。旧怨を雪いで酌み交そう。武蔵ぐらいな相手、恐れるな。広言ではないが、佐々木小次郎がついている』
頰を紅にして杯を出した。
だが又八は、手を出さない。
五
見栄っ張りな小次郎も、酔うと自でに、常の容態や端麗も構えから忘れてしまう。
『又八、なぜ飲まぬ』
『もうお暇だ』
左の手が走ると、ぐっと又八の腕くびを摑み、
『いかん!』
『でも、武蔵と』
『ばかをいえ。貴様一人で、武蔵と名乗り合ったら、立ちどころに返り討だぞ』
『そんな争いはもうお互い捨てたんだ。俺は、あの親友に縋って、これから江戸へ行って真面目に身を立てるつもりだ』
『なに、武蔵に縋ってだと?――』
『世間は武蔵を悪くいうが、それは俺のおふくろが悪くいい触らすからだ。おふくろは武蔵を思い違いしている。つくづく今度はそれが分った。同時に俺自身も悟った。おれはあの善友に習んで、遅れ走せだがこれから志を立てる所存だ』
『アハッハハハ。わははは』
小次郎は手を打って笑い、
『お人好し! おいっ、おふくろ殿もいっていたが、なるほど、貴様は世にも稀なお人好しだ。武蔵に悉く騙されたな』
『いや、武蔵は』
『まあ、黙れ、いうな。第一おふくろを裏切って仇に加担する不孝者がどこにあろう。他人の佐々木小次郎でさえ、あの老母の言葉には義憤を感じ、将来助太刀をしようとまで誓っているのに』
『なんといわれても、おれは瀬田へ行く。放してくれ。――おい女ッ、着物が乾いたろう、おれの着物を出してくれ』
『出すなっ』
小次郎は酔った眼を吊り上げて、
『出すときかないぞ。――これ又八、貴様武蔵とそうなるならば、一応、おふくろに会って、よく得心させてゆけ。おそらくあの老母は、そんな屈辱に合点はすまい』
『そのおふくろを捜しても見当らないので、一先ず俺は武蔵と一緒に、江戸表へ下ろうと思う。おれが一かどの人間になりさえすれば、すべての宿怨は自でに解けてしまう』
『その口吻は、武蔵のいった口吻に違いない。あしたになったら、わしも共に捜して遣わすから、とに角、おふくろの意見を訊いた上でゆくがよい。そうして今夜は飲もう、嫌でもあろうが、小次郎に交際え』
もちろん、ここは娼家、女達も皆、そういう小次郎に加勢して、又八の着物など返してくれるはずもない。
日が暮れる、遂に、夜も更ける。
しらふでは小次郎に頭も上らないが、酔えば俄然又八は、とらになり得るのだ。見ていやがれという気で彼は宵から飲み始めた。酒の勢いを駆って、小次郎を手古摺らし、さんざん鬱憤をはらして潰れてしまった。
寝たのが夜明け、眼をさましたのは既に午過ぎ。
小次郎はまたべつの部屋で熟睡しているという。昨日の初雷できょうの陽ざしは一倍澄んでいる。又八は、まだ耳に新しい武蔵の言葉を思い泛かべ、ゆうべの酒を吐き出したくなった。
階下へ降りて、着物を出させ、それを身に纏うと逃げるように戸外へ駈け出した。そして瀬田の橋まで来て見た。
赤く濁った瀬田川の水に、石山寺の残んの花もこれ限りのように流され、藤茶屋の藤のふさも砕け、山吹も散っていた。
『牛を繫いで――といったが』
その牛は、小橋の袂にも、中之島にも見えなかった。
諸所を捜したあげく、中之島の茶店で聞くと、その牛に乗ったおさむらい様ならば、きのう店の閉まる頃までここに待ってござったが、夜に入ったので旅籠へ移り、今朝またここへ来て、暫く人待ち顔に佇んでおられたが、やがて手紙を認めて、後からわしを尋ねて来た者があったら渡してくれいと軒先の青柳の枝に、書いた物を結びつけて先にお立ちになりました、という。
見ると、なるほど、白い蛾の止まっているように、柳の枝の結び文。
『済まなかった。――では一足先に立って行ったか』
又八は、蛾の翼を解いた。
女滝男滝
一
初夏に向ってゆく旅だ。木曾路の新緑を浴びて、中山道を牛の足にまかせて行く。
(待っているぞ、後から追いついて来るがいい)
柳の枝に結び文を残して行った武蔵を慕って、又八は道を急いだが、草津まで行っても行き会わない、彦根、鳥居本まで来ても見当らない。
『ハテ、先に来過ぎてしまったのかな?』
摺鉢峠では、峠の上で、半日往来を眺めていたが、その日も無駄。
牛に乗った武士と訊いても、牛馬に騎って行く旅人は多い。それに又八は、武蔵一人と思っていたが、武蔵には、お通、城太郎の道連れがあった。
美濃路へ来ても知れないので、彼は、小次郎の言を思い出して、
『やっぱり俺は、お人好しかな?』
迷い出すと限りがない。
彼自身の惑いが、道を戻ったり、曲ってみたりするために、当然会えるはずの者に、よけいに行き会えないことになってしまう。
だが遂に、中津川の宿場端れで、彼は、先へ行く武蔵の姿を見つけた。
幾日目だろう。それは実に又八としては珍らしいほどな熱意で追いついて来た目標だった。然し彼は、武蔵の後ろ姿を見るとともに顔色を変えて武蔵を疑った。
牛の背に乗って行くのは、武蔵ではなくて、七宝寺のお通ではないか。――そのお通を乗せて牛の手綱を持って行くのが武蔵ではないか。
側にくッついてゆく城太郎の如きは、又八の眼中にはない。問題でもない。又八をして猜疑に顫かしめたものは、お通と武蔵との、睦じそうな姿だった。
今日までのどんな場合の憎悪の嫉視よりも、このせつなほど又八は、友の姿を悪魔に見たことはない。
『......アアやっぱり、思えばおれは、お人好しだったに違えねえ。あいつに唆かされて関ケ原へ出かけた時から今日に至るまで。――だが俺も、こう踏みつけられちゃあ、何日までお人好しじゃいねえぞ。野郎、今にどうするか、覚えていろよ』
『暑い暑い。こんなに汗をしぼる山道って初めてだ。ここはどこ? お師匠様』
『木曾で一番の難所、馬籠峠へかかり出したのだ』
『きのうも二つ峠を越したっけねえ』
『御坂と十曲と』
『おらあ、峠に飽々しちゃった。はやく江戸の賑やかな所へ出たいなあ。ねえお通さん』
お通は、牛の背から、
『いいえ城太さん、わたしは何日までも、こんな人のいない所を歩くのが好き』
『ちぇっ、自分は、歩かないもんだからね。――お師匠様、あそこに滝が』
『オオ、少し休もうか。城太郎、そこらへ牛を繫いで置け』
滝の音を心あてに、細道を分け入ってゆくと、滝つぼの崖の上には、人もいない滝見小屋があり、辺には、霧に濡れた草の花が一面に咲きみだれていた。
『......武蔵様』
お通は、立札の文字を見て、その眼を武蔵に移してほほ笑んだ。女男の滝とそれは読まれた。
大小二すじの滝が、一つ渓流へ落ちている。やさしいほうが女滝とすぐわかる。歩けば休もう休もうというくせに、城太郎は少しも落着いてはいない。滝つぼの狂瀾や、岩間にぶつかってゆく奔流の相を見ると、その水と自分のけじめが分らなくなったように、躍り跳ねて、崖の下へ駈け下りて行った。
『お通さん、魚がいるよ』
答えないでいると、
『石で捕れるよ。石をぶつけると、腹を出して浮くぜ』
やがてまた、暫く経つと、
『わアあい』
と、飛んでもない方角に谺が聞え、なかなか戻って来そうもない。
二
山の端から陽が映した。霧に濡れている草の花の上に、無数の小さい虹が描き出された。
滝見小屋の蔭に寄り添いながら二人は滝の音につつまれていた。
『どこまで行ってしまったんでしょう』
『城太郎か』
『ええ。ほんとに、しようのない子』
『そうでもないぞ、おれの子供時分にくらべると、まだまだ』
『あなたは、べつ者でしたもの』
『反対に又八はおとなしかったなあ。......又八といえば、とうとう彼奴、来なかったが、あいつこそ、どうしたのか』
『でも、わたしは、ほっとしました。もし又八さんが来たら、隠れてしまおうと思っていました』
『隠れる必要はない。話してわからない人間はないはずだ』
『本位田家の母子は、すこし御気性がちがいます』
『お通さん......。おまえ、もいちど考えなおさないか』
『どういうふうに』
『思い直して、本位田家の人になる気はないかと訊くのさ』
お通はびくっと色を顔にうごかして、きっぱりいった。
『ありません!』
そして、蘭の花のように紅らんだ瞼から、みるまに涙がこぼれそうになった。
武蔵は、よしないことをいったと心のうちで悔いた。今更、分りきったことなのだ。時が経って冷めたり迷ったりする女性と同視されたように思って、お通は心外なのであろう。指で顔をおおって、微かに肩を顫わせた。
(......貴方のものです!)
白い襟あしは、武蔵の目に、そう訴えているようだった。辺の若楓の樹は、浅いみどりでここの場所を人目から隠している。
とうとうと地軸を震わせている滝の音は、そのまま自分の血の音のように武蔵は思われた。滝つぼの狂瀾と奔流を見て、遽かに駈け出して行った城太郎の本能と似たようなものが武蔵の体にも、もっと烈しい性能を帯びて潜んでいる。
それにここ幾日の間、宿屋の燈火の下に、らんらんたる太陽の下に、お通の肉体を種々な光で彼は見ていた。或時は、芙蓉の花のように汗ばんだ皮膚を、或夜は屏風をへだてていても漂ってくる黒髪のにおいを。――年久しく、磐石の下に虐がれていた愛慾の芽はそうして、遽かに彼の胸に育てられていた。草いきれのように鬱陶しいものが、むらむらと、眸を曇らして来るのであった。
『............』
ふいと、武蔵はそこを離れた。いや逃げるようにであった。
お通を置き放して、彼方の道もない草むらへはいって行った。なにか、突然くるしくなったのである。口から炎でも吐くように、膨ちきれそうな血を、体から少し捨ててでもしまいたいような心地だった。城太郎のように、暴れ出したかった。そして、まだ冬草の枯れたのが、背高く生い茂っている静かな陽溜りを見出すと、
『ああ』
と、そこへ身を投げて坐った。
お通は、どうしたのかと疑って、すぐ追いかけて来るなり、彼の膝に縋りついた。堅くなって、沈黙していた武蔵の顔が恐く見えた。なにか怖しく不機嫌に見えておろおろした。
『どうしたんですか。武蔵様......武蔵様っ......。なにか、お気に障ったのなら、堪忍してください、堪忍して』
『............』
『武蔵様っ、もしッ......』
彼が堅くなっていればいるほど――また、恐い顔をしていればいるほど、お通はその胸へ、必死にしがみついて、揺れ騒ぐ花のように、花の気づかない香に彼を咽せ返らせた。
『――おいっ!』
武蔵はいきなりそういった。猛然と、彼の巨きな腕はお通を抱きしめて枯草の中へ仆れた。お通は白い喉首を伸ばして、声もあげ得ずに、彼の胸の中でもがいた。
三
槇の樹に、尾の長い縞鳥が、まだ少し雪のある、伊那山脈の空をながめていた。
山つつじが真っ紅に燃えている。――からんとして空は青い。枯草の下には、深山すみれが匂っていた。
猿が啼く、栗鼠がちらと跳ぶ、原始の地上だった。そこの一叢の枯草は深く折れていた。悲鳴をあげたのではないが、悲鳴に近い驚きをあげて、お通は、
『いけないッ、いけませんッ、武蔵様ッ』
栗の棘みたいに自衛して、堅く身を縮めた。
『そ、そんなことっ......。貴方ともあろうお人が』
と、悲しげに、彼女が、嗚咽したので――武蔵はハッとした。焰の身に、ぞっと総毛立つような理智の冷たい声を浴びて、
『なななぜだ? 何故だっ?』
呻きに似た彼の声こそ今にも泣き出しそうだった。誰も知らない秘密にせよ、これは男性には耐え難い侮辱と感じるのだ。遣り場のないその憤りと恥かしさを、彼は自分へ怒るように喚いたのだった。
――だが、手を放した途端に、お通はもうそこにいなかった。小さい匂い袋が一つ、紐が切れて落ちている。彼の眼は茫然と、それを見て泣きかけていた。浅ましい自己のすがたを冷たく客観することができた。ただ分らないのはお通の心なのだ。お通の眸、お通の唇、お通のことば、お通の全姿――あの髪の毛までが、絶えず自分の情熱を誘いかけて、きょうに至ったのではないか。
自分で、男性の胸に火を放っておきながら、火がつくと、びっくりして逃げてしまうのと同じである。故意ではないにしても、結果においては、愛する者を欺き、陥れ、苦しめ、恥ずかしめたことになるではないか。
『......ア、ア』
武蔵は、顔を俯つ伏せて、草へ泣き伏した。
きょうまでの切瑳琢磨も、一敗地にまみれて、総ての精進苦行も、ここに空しく崩れてしまったかと思うと彼は悲しい。童が掌の中の木の実を失ったように悲しいのだ。
自分に唾したいような忌々しさから、さも忌々しげな忍び泣を洩らして大地へ伏していた。日輪へ対して顔を上げ得ないようにいつまでもそうしていた。
(おれは悪くない!)
自分の行為に対して、彼が心の中で頻りにそう呶鳴ってみるもののそれで心は澄んで来なかった。
(分らないっ、分らない)
彼には、処女心の清純というものを、この時、可憐いと思うような余裕はなかった。たとえ白珠のように顫きやすく、感じやすく、無碍なる人の手を恐れるものにしろ、それを女性の一生を通じて、ある期間だけにある、最高な心情の美であるとか、尊いものであるとかで、そんな愛しみを持って、今、この時、思い遣ることはできなかった。
暫くの間――そうして俯ッ伏したまま、土のにおいを嗅いでいるうちに、彼はやや落着いた。むくりと起ち上った。もう先刻の充血した眼ではない。その顔はむしろ蒼白かった。
――落ちているお通の匂い袋を、足の下に踏みにじって、じっと、山の声を聞くかのように俯向いていたかと思うと、
『そうだ』
真っ直ぐに、滝のほうへ向って歩いて行った。あの下り松の剣の中へ、身を投げこんで行く時のように、濃い眉毛をがっきりと寄せて。
......鋭い小鳥の声が、劈くように翔け去ってゆく。風のせいか滝の轟きが急に耳へついて、一朶の雲の裡に、陽の光も淡れて来たかのように思える。
――お通は、武蔵のいたその場所から、わずか二十歩ほどしか逃げていなかった。白樺の幹にひたと身をつけて、彼女は先刻からじいっとこっちを見ていたのである。自分が武蔵をそんなに苦しめたことが明らかに分ると、いまいちど、武蔵が自分の側に来てほしいと思った。さもなければ、自分から走り寄って詫びようかとも思って迷う様子であったが、しかし、脅えた小鳥の心臓のように、まだ強い戦慄が止まないで、体は他人のもののようだった。
四
泣いていないお通の眼には、泣いている以上の、恐怖だの、迷いだの、悲しみだのが、搔き曇っていた。
この人こそと、信頼していた武蔵は、彼女が、自分の胸の中で、自分勝手に描いていた、幻想の男性ではなかった。
幻想の心臓の中に、忽然、赤裸の男性を見出した彼女は、死ぬかと思うほどな愕きに打たれた。悲しくて悲しくてならなかった。
けれど、その恐怖と慟哭の中に、彼女はまだ、ふしぎな矛盾が残っていることを気づかない。
もし先刻の烈しい圧迫が、武蔵でなくて、他の男性であったとしたら、彼女の逃げ走った足は、決して、二十歩や三十歩ではなかったろう。
なぜ、二十歩ほどで足を止めて、後に心を惹かれているか。――それのみでなく、やや動悸が落着いてくるに従って、彼女の心の中には醜い人間の本能の相を、他の男性のそれと、武蔵のそれとは、べつな物として、考えようとさえしていた。
(......怒ったんですか。怒らないでくださいね。あなたが嫌だったわけではありません。......怒らないで)
暴風に吹き飛ばされたような独りぼっちを感じながら、彼女の胸の中の言葉は、ひたすら詫びているのだった。――武蔵自身が、自責したり苦悶したりしているほどに、お通は、彼のなした烈しい行動を、醜く思ってはいなかった。他の男性のように浅ましくは思えないのである。
むしろ、ふと、
(なぜ、わたしは? ......)
自分の盲目的な恐怖が、淋しくすら考えられ、その刹那の火花のような血の狂いが、後になるほどなにか慕わしくさえ思い出された。
(......おや? どこへ? ......。武蔵様は)
いつのまにか、そこに見えない武蔵の影に、お通はすぐ、自分が捨てられたのではないかと思った。
(きっと、怒って。......そうだ、怒って。......あ、どうしょう?)
恟々と、彼女は歩いて、元の滝見小屋の所まで戻って来た。
そこにも、武蔵の姿は、見当らなかった。ただ真っ白なしぶきが、滝壺から霧となって山風に吹きあげられ、満山の樹々まで揺すぶって、絶え間のない滝のとどろきが、ぐわうと、耳を塞ぐばかり冷ややかに面を打って来るだけであった。
すると、どこか高い所から、
『あっ、たいへんだ。お師匠様が滝へ身を投げたぞっ。――お通さアん!』
城太郎の声だった。
渓流を渡って、向う側の山の鼻に城太郎は立っていた。そこから男滝の滝つぼをのぞいていたものらしく、突然、こう時ならぬ大声を発して、お通へ急変を告げたのだった。
滝の響きで、よく聞き取れないらしかったが、城太郎の方から見ていると、お通も何を見たか、ハッと急に血相を変え、深い滝道の――霧と山苔で滑りそうな断崖を――岩にしがみつきながら下へ降りてゆく様子である。
城太郎は猿みたいに、向う山の崖先から、スルスルと藤蔓につかまって、ぶら下がっていた。
五
お通も見た。
城太郎も見つけた。
――滝つぼの中にである。
吼え哮ぶ飛沫や、真っ白な霧のために、初めは、石か人間かと怪しまれたが、二つの手の指を、胸の前にがっきと組み合せ、五丈余りの滝の下に、凝と、頸を垂れている裸形の者は、石ではない、武蔵であった。
お通は、此方の絶壁の道の中途から――城太郎は、向う側の淵の岸から、それと見ると、われを忘れて、
『あッ、お師匠様っ、お師匠様アっ』
『武蔵さまっ――』
声かぎりに、呼び交したが、その二人の叫びに挾まれても、武蔵の耳には、もう、とうとうと吼える滝の音のほかは、なにものの声も入るはずはなかった。
蒼ぐろい滝つぼの水は、武蔵の乳のあたりまであった。百千の銀竜と化って、水は彼の顔や肩に咬みついてくる。千万の水魔と化って、狂う渦は彼の脚を死の淵へ引きずり込もうとした。
『............』
ハッと、ただ一つでも、弱い呼吸をつくか、心に弛みが起れば、途端にその踵は水苔の底を滑って永久に帰れない冥途の激流へ送り込まれてしまうかも知れないのである。
しかも、頭上から落ちて来る滝の圧力は、何千貫という重さを負わされているような感じだった。肺も心臓も、大馬籠の山々の下敷きになったように苦しかった。
――それでもまだ武蔵は、たった今、そこに振り捨てて来たお通の面影を、熱い血の中から忘れ去ることができなかった。
志賀寺の上人でさえ、同じ血を持っていた。法然の弟子親鸞も、同じ煩みを持っていた。古来、事を成す人間ほど、生きる力の強い人間ほど、同時に、この生れながら負って来る苦しみも強くそして大きい。
弱冠十七歳の村童に、槍一本かつがせて、関ケ原の風雲へ駆け向かわせたのも、この血の熱である。沢庵の鉄槌に感じ、法情の慈悲に泣いて、翻然と人生に薄眼を開いて志を起したのも、この血の力である。孤剣、柳生城の伝統を攀じのぼって、石舟斎に迫ろうとしたあの気概もこの血――また、下り松に行って眼にあまる敵の白刃林を駈けちらしたのもこの血があればこそであった。
だが、その烈しいものが、お通という許された対象を通して、人間の本能に燃えつくと、彼が本来の野性は、ここ数年の間に、やっと少しばかり養い得たところの、修行や理性の力では、到底、制しきれないほど強いものとなって、狂い出し、乱れ出したのである。
この敵に向っては、さしもの剣も、何の用もなさないのだ。およそ、対象は、外にあって、形もあるが、この敵は、自己の中にあって、形がない。
武蔵は、狼狽したのだ。明らかに彼は、自分の心にあった大きな陥没を知って、うろたえたのである。
そして、なくても困る、あっても苦しむ、すべての人間が等しく持っている血を――殊に異常な情熱にそれを昻め得る血を――どう処理したらいいのか。まったく、武蔵自身でも、分らなくなって、物狂わしく、滝つぼの中に、身を投じたのに相違ない。――城太郎が刹那に見た眼も、お通へ向って、お師匠様が身を投げたと呶鳴った言葉も、そう誤りではなかったに違いない。
『――お師匠様アっ......お師匠様アっ』
と、その城太郎は、泣き声を出して、なお未だ叫びつづけていた。
彼の眼には、武蔵の生きんとする姿が、どうしても死なんとする姿にしか映らないのであろう。
『――死ンじゃ嫌だっ、お師匠様っ、死なないで下さいっ』
自分もともに滝の痛みを怺えているように、両手の指を固く組み合せ、滝の轟きと泣き声とを争っていたが、ふと向う側の絶壁を眺めると、その途中につかまってともに悲しんでいたお通が、いつの間にかどこにもその姿が見えなくなっていた。
六
『あらっ、変だっ。......お通さんも?』
咄嗟、城太郎は、真っ白な泡つぶの流れてゆく水を見て、悲しげにうろうろした。
彼の解釈では――武蔵がなんの故か、滝つぼに入って、死ぬまでは上って来そうもない体なので、お通さんも、同じ流れの末に、身を投げたのではないかと疑ったのである。
――だがその悲しみの逸まったことは彼も直ぐ気づいた。なぜならば、滝つぼの中の武蔵は、依然と五丈余の瀑布の下に打ちたたかれていたが、その肩から満身へ漲って来た力――粗鉱のような若い生命の力は――決して、鞠の坪に佇んだ志賀寺の上人のように、死を願って立っている姿ではない。かえって、大自然の苔の下から、心の垢を洗って、もっと堅実に生き直ろう、刎ね起きようとしている姿であることが、城太郎にも、なんとなく解って来たのだった。
その証拠には、いつもの武蔵の声が、やがて滝つぼの中から聞えてきた。固より何を叫んでいるのかは分らなかった。経文のようでもあるし、自分を罵り怒っているようにも見えた。
峰の端から映して来る夕陽が、滝つぼの一端にこぼれると、武蔵のもり上っている肩の肉から、無数の小さい虹が、八方へ昇った。中でも大きい一条の虹は、滝よりも高く噴いて、空を貫いた。
『お通さアん!』
城太郎は鮎のように飛んだ。岩から岩を伝わって、激流を渡り越え、此方の絶壁へ移って来た。
(そうだ、なにも、お通さんが安心してる位なら、おいらの心配することはない。お師匠様の気持なら、心の奥まで、お通さんが知ってる筈だもの)
絶壁を攀じて、彼は、先刻の滝見小屋から少し離れた所へのぼって来た。牛の手綱が解けたとみえ、それをズルズル引摺りながら、牛はそこらの草を食べていた。
ふと滝見小屋の方を眺めると、そこの廂の下に、お通の後帯だけがちらりと見えた。――なにをしているのだろう? と疑いながら、跫音を忍ばせて城太郎が近づいて行ってみると、お通は、誰見る者もないと思ってか、小屋の端に脱ぎ捨ててあった、武蔵の着物と大小を両手で胸に抱きしめ、よよと、声を洩らして泣いていた。
『......?』
ここにもまた、心の解らない人間がいるぞといわないばかりに、城太郎は佇んだ儘、唇を指へ当ててぼんやりしていた。お通が、胸へひしと抱えている物が物であるから、城太郎も変な顔をしてしまった。それに、独り泣いている様子も常とはちがい、凡ならぬことが童心にも感じられたのであろう。声をかけずに、そっとまた、牛の遊んでいる方へ、抜き足して戻って行った。
牛は、白い草の花の中に寝そべって、夕陽に眼やにを泛かべていた。
『......いったい、こんなことして居て、何日になったら、江戸へ行けるんだろうなあ?』
城太郎も、仕方なしに、牛のそばへ寝ころんだ。
普 賢
一
木曾路へ這入ると、随所にまだ雪が見られる。
峠の凹みから、薙刀なりに走っている白い閃きは、駒ケ岳の雪のヒダであり、仄紅い木々の芽を透かして彼方に見える白い斑のものは、御岳の肌だった。
だがもう畑や往来には、浅い緑がこぼれている。季節は今、なんでも育つ盛りなのだ。踏んづけても踏んづけても、若い草は伸びずにいない。
まして城太郎の胃ぶくろと来ては、いよいよ、育つ権利を主張する。この頃殊に、髪の毛が伸びるように、背の寸法までが伸びそうに見えて、将来の大人ぶりも思いやられる風がある。
もの心つくと、世間の波へ抛り出されて、拾われた手は又、流転の人であった。勢い、旅から旅の苦労を舐め、どうしてもおませになるべく環境が迎えてくるので仕方がないが、近頃、時々あらわす生意気さ加減には、お通もよく泣かされて、
(なんだってこんな子に、こう馴つかれてしまったのかしら)
と、ため息ついて、睨んでやることもある。
しかし効き目のあろうわけはない。城太郎は知り抜いているのだ。そんな怖い顔したって、心のなかでは、おいらが可愛くてならないくせに――と。
そういう横着と、今の季節と、飽く事を知らない胃ぶくろが、行く先々、食べ物とさえ見れば、
『よう、よう、お通さんてば。あれ買っておくれよ』
と、彼の足を、往来へ釘づけにしてしまう。
先程、通りこえた須原の宿には、木曾将軍の四天王、今井兼平の砦の址があるところから「兼平せんべい」を軒並み売っていた為、とうとうそこでは、お通が根負けして、
『これだけですよ』
念を押して、買って与えたが、半里と歩かない間に、それもぼりぼり喰べ終ってしまい、ややもすると、なにか物欲しそうな顔をする。
寝覚では、宿場茶屋の端をかりて、早目な昼めしを喰べたので、事なく済んだが、やがて一峠越えて、上松のあたりへかかると、
『お通さん、お通さん。干柿が下がっているぜ、干柿喰べたくないかい?』
そろそろ謎をかけ始める。
牛の背に乗って、牛の顔のように、お通が聞えない振りをしているので、空しく、干柿は見過ごしてしまったが、程なく木曾第一の殷賑な地、信濃福島の町中へさしかかると、折から陽も八刻頃だし、腹も減り頃なので、
『休もうよ、其処らで――』
と、又始め出した。
『ね、ね』
こう鼻で揑ね出すと、駄々に粘りが出るばかりで、歩けばこそ、テコでも動く顔つきではない。
『よう、ようっ。黄粉餅たべようよう。......嫌かい』
こうなっては一体、ねだっているのか、お通を脅迫しているのか、分らない。彼女の乗っている牛の手綱は、城太郎の手に曳かれている為、彼の歩き出さぬうちは、どう焦々思っても、黄粉餅屋の軒先を、通り越える事ができないからである。
『いい加減におしなさい』
遂に、お通も意地になってしまう。城太郎と共謀して、往来の地面を嘗めまわしている牝牛の背から、眼にかどを立てて、
『ようござんす。そんなに私を困らすなら、先へ歩いていらっしゃる武蔵様へ、いいつけて上げるから』
そして彼女は、牛の背から降りそうな真似をしたが、城太郎は笑って見ている。止める真似もしないのである。
二
城太郎は、意地わるく、
『どうするの......?』
彼女が、先へ行く武蔵へ、いいつけに行かない事は、百も承知の顔つきでいう。
牛の背から降りてしまったので、お通は、仕方なしに、
『さ、はやくお喰べなさい』
と黄粉餅屋の陰へ這入って行く。
城太郎は威勢よく、
『餅屋のおばさん、二盆おくれ――』
呶鳴っておいてから、軒先の馬繫ぎに牛をつなぐ。
『わたしは喰べませんよ』
『どうしてさ』
『そんなに喰べてばかりいると、人間が莫迦になりますから』
『じゃあ、お通さんのと、二盆喰べてしまうぜ』
『――まあ、呆れた子』
なんといわれようが、喰べているうちは、耳のないような城太郎の姿である。
がらにもない大きな木剣が、屈みこむと肋骨に触って、欣ぼうとする官能の邪魔になる気がするのであろう、中途から、その木剣をぐるりと背中へ廻して、一度、むしゃむしゃやりながら往来へ眼を遊ばせた。
『はやく喰べてしまいませんか。よそ見などしていないで』
『......おや?』
城太郎は、盆に残っている一つを、あわてて抛りこむと、なにを見たか、往来へ駈け出して、小手をかざした。
『もういいんですか』
鳥目をおいて、お通も後から出て来ようとすると、城太郎は彼女を床几へ押しもどして、
『待ちなよ』
『まだなにかねだるつもり?』
『今、彼方へ、又八が行ったからさ』
『噓』
お通は信じない。
『――こんな所を、彼の人が通るわけがないではありませんか』
『ないかあるか知らないけれども、たった今、彼方へ行ったもの。編笠を被っていたぜ。そして、お通さんは気がつかなかったかい。おいらとお通さんをじっと見てたよ』
『......ほんとに』
『噓なら呼んで来ようか』
――飛んでもない事である。又八という名を聞いただけでも、彼女は又、元の病人へ帰ったように、顔の血がさっと退いている程ではないか。
『いいよ、いいよ、心配しないでも、もし何かして来たら、先へ歩いている武蔵様のとこへ駈けて行って、呼んで来るから』
その又八を怖れて、いつ迄もここにいれば、自分たちより何町か先へ歩いている武蔵とも、自然かけ離れてしまう事になろう。
お通は、再び牛の背に腰かけた。まだ、病後の体は決してほんとではない。ふと、今のような事を聞いても、動悸がなかなかしずまらない。
『ね? お通さん。おいらには、ふしぎでならないよ』
ふいに城太郎はこういって、彼女の褪せた唇を、思い遣りなく、牛の前から振り仰いだ。
『――何がふしぎかっていえばさ、馬籠峠の滝つぼの上までは、お師匠さんも口をきき、お通さんも口をきき、仲よく三人づれで来たのに、あれから此っ方、ちっとも口をきかないじゃないか』
お通が答えないので、彼は又、
『どうしてなのさ、え? お通さん。――道も離れて歩くし、晩もちがった部屋に寝るし......喧嘩でもしたのかい?』
三
――又よけいな事を訊く。
喰べ物のことをいわなくなったと思うと、今度はませた口で休みなくお喋舌りなのだ。それもよいが、お通と武蔵との仲を、とやかくと穿ってみたり、探ってみたり、からかってみたりする。
(子供のくせに)
と、お通は、胸に傷い所であるだけに、真面目に答える気にはなれない。
こうして牛の背をかりて旅の出来るほどには、体のぐあいも癒くなっては来たが、彼女の病以上の問題は、決してまだ解決はしていない。
あの馬籠峠の――女滝と男滝の滝津瀬には、まだあの時の、自分の泣声と、武蔵の怒った声が、どうどうと、淙々と咽び合って、そのまま二人の喰い違った気持を百年も千年も、この心が解けあわぬうちは、怨みに残していることであろう。
思うたびに、今でもそれが彼女の耳へ甦えってくる。
(なぜ私は?)
と彼女はあの折に、武蔵が自分へ迫って求めた烈しいそして率直な欲望を、自分も又、満身の力で拒んでしまった事を、幾たびも、
(なぜか? なぜか?)
と心の底で悔いてみたり、分ろうとする努力をしてみたり、頭から離れぬものとなっているが、果は、
(男というものは、誰でもあんな事を、女に強いるものなのかしら?)
と、悲しくなり、浅ましくなり、年久しく独り抱き秘めていた恋の聖泉は、この旅先の女滝男滝の山を越えてから、その滝水のように狂おしく烈しく胸を揺りつづけるものと変っていた。
そして、もっと彼女自身、分らなくなっている事は、武蔵の強い抱擁を交して逃げたくせに、その後の旅でも、こうして武蔵の姿を絶えず見失うまいとしながら、後に尾いて行く矛盾であった。
勿論、あれからというものは、変に気まずくなって、お互いに口も滅多にきかないし、道中も並んでは歩かない。
しかし先へ行く武蔵の足も、後から来る牛の歩みに合せて、初めの約束の如く、江戸表まで共に出ようといった言葉を破棄してしまう考えはないらしく、城太郎のため時々道草をして遅くなっても、何処かで必ず待って居てくれた。
五町七辻の福島を出端れると、興禅寺の曲り角から登りになって、彼方に関所の冊が見える。関ケ原の戦から後は、牢人調べや女の通行がやかましいと聞いていたが、烏丸家からもらって来た手形がものをいって、ここも難なく通り、両側の関所茶屋から眺められながら牛に揺られて来ると、
『ふげんて、なんだろう。――お通さん、ふげんて何のこったい?』
と、城太郎がいきなり訊ねだした。
『今ネ。あそこの茶屋に休んでいた坊さんだの旅の者が、お通さんを指して、そういったんだよ。――牛に乗ったふげんみたいじゃのう......ってね』
『普賢菩薩のことでしょう』
『普賢菩薩のことか。じゃあおいらは、文珠様だ。普賢菩薩と文珠菩薩は、どこでも並んでいるからね』
『食いしん坊の文珠様ですか』
『泣き虫の普賢様となら、ちょうど似合うだろう』
『又!』
とお通が、嫌がって顔を紅らめると、
『文珠と普賢菩薩は、どうして彼んなに並んでいるんだろう。男と女でもないくせに』
と、奇問を発する。
お寺で育ったお通であるから、それに就いてなら、説明はできるが、城太郎の執拗な反復を惧れて、ただ手短に、
『文珠は智慧を現し、普賢は行願を現している仏様です』
といった時、いつのまにか何処からか、蠅のように牛の尻尾へついて来た一人の男が、
『おいっ』
と、尖った声で呼び止めた。
さっき福島で、城太郎がちらと見かけたという、本位田又八であった。
四
そこらで待ちうけていたものに違いない。
――卑劣な男。
お通は彼の顔を見るや、すぐこみあげてくる侮蔑の念を、どうしようもない。
『............』
又八は又八で、彼女のすがたを見ると、愛憎交々、血を駆け巡って、自ら眉間に感情の錐が立ち、まったく常識というものを欠いてしまう。
まして彼は、武蔵とお通が、京都を出てから連れ立っていた姿を見ている。其後、口もきかずよそよそしく歩いているのも、畢竟、昼間だけ人目を憚っているに過ぎないものと見ていた。それだけに人目のない二人だけの時にはどんなに――と瞋恚の炎に燃えて邪推もされる。
『降りろ』
命じるように、彼は、牛の背に俯向いているお通へやがていった。
『............』
お通には答える言葉もない。疾うに心から無い人なのだ。いやもう数年も前に、先の方から許嫁という未来の日を破棄したあげく、先頃、京都の清水寺の谷間では、刃を持って自分を追い、危く殺されかけた程、怖しい目に会わせられた人間。
答えるならば、
(今になって何の用が――)
という以外、挨拶がないではないかと、黙っている眼のうちに、いよいよ、彼に対する憎悪と蔑みが漲ってくる。
『おいっ、降りないか!』
又八は、二度さけんだ。
この息子も、あのお杉婆という母親も、村にいた頃からの口ぐせを未だに持って、もう許嫁でもなんでもない彼女へ、権ペいに吩咐けがましくいうことが、今のお通には、謂なく思われて、憤っと反感をあおられてならない。
『なんでございますか。わたくしには降りる用はございませんが』
『なに』
又八は、側へ来て、その袂をつかみ、
『なんでもいいから降りろっ。お前には無くても、俺には用があるのだ』
声で脅すように、往来の見得もなく、そう呶鳴った。
――と、それ迄は、黙って見ていた城太郎が、牛の手綱を捨てて不意に、
『嫌だっていうもの、無理じゃないか!』
又八に負けない声を出していっただけならよいが、手を出して、相手の胸いたを突いたから納まらない。
『おやっ――此奴』
又八は、踏み蹌めいた足を、草履の緒へかけ直すと、尻込みする城太郎へ、物々しい肩を昻げて、
『なんだか、見たような鼻くそだと思ったら、てめえは北野の酒屋にいた小僧ッ子だな』
『大きなお世話だ。自分こそあの頃は、よもぎの寮のお甲っていうおかみさんに、いつも叱られて、小っちゃくなっていたくせに』
これは又八に取って何をいわれるより痛かったに違いない。ましてお通をそこにおいてはである。
『このチビ』
摑みかかると、城太郎はすばやく、牛の鼻先から向う側へ逃げ廻って、
『おいらが鼻くそなら、自分なんか何だい、鼻の下の長い洟たれだろう』
もう勘弁ならぬという顔を示して、又八が近づくと、城太郎は牛を楯にして、二、三度、お通の下をぐるぐると逃げ廻ったが、とうとう襟がみをつかまれてしまい、
『さあ、もう一遍いってみろ』
『いうともッ』
長い木剣を半分まで引き抜いた時、彼の体は、並木の外の藪へ、猫みたいに抛り飛ばされていた。
五
藪の下は、畦の小川であった。城太郎は泥鱒のようになって、元の並木へ這いあがった。
『......おやッ?』
往来を見廻すと、牛はお通を背に乗せたまま、重い体を揺さ振って、彼方へ駈出しているではないか。
その手綱を引っ張りながら、手綱の一端をムチに打ち振り、共に砂を上げて、駈けてゆく影は、又八に相違ない。
『ちっ、畜生』
彼の血は、それを見るや、一時に頭へのぼって、自分の責任感と小さい力のみを奮い起し、急を他へ告げて、はやく策をとる事を忘れてしまった。
動いているのであろうが、白い雲の帯は、動いているとも目には見えない。
雲表にある駒ヶ岳は、その広い裾の一つの波ともいえる丘に足を休めている一人の旅人へ、何か無言のことばをかけているように、鮮やかに仰がれた。
(はて。おれは何を考えていたろう?)
武蔵はふと、われに返って、わが身を見直した。
眼は山を見ながら、心はそこになく、お通の事ばかりがつき纏う。
彼には解けないのだ。
いくら考えてみても、処女ごころの真の相がわからない。
やがては、腹が立ってしまうのだった。なぜ彼女へ率直に迫ったことがいけないか。その火を自分の胸から呼び出したのは彼女ではないか。自分は、自分の情熱の相をそのまま彼女に見せた。すると彼女の手は、案に相違して自分を刎ね退け、自分を見下げ果てたもののように、身を躱してしまった。
あの後の慚愧、恥ずかしさ、遣り場もない苦い男の気持。それを滝つぼに投げこんで、心の垢を洗い上げたつもりであったが、日が経つに従い、又どうにもならない迷妄がわいてくる。幾度か、自分の愚を嘲って、
(女など、振り切って、なぜ先へ行ってしまわぬか)
武蔵は、自己に命じてみたが、それは唯、おろかな自分に、言訳の虚飾をつけてみるに過ぎない。
江戸表に出て、貴女は好きな道を習え、自分も志す所へ邁進して――と、暗に未来の誓いを与えて、こうして京都から立って来たについては、十分自分にも、責任がある。途中で振り捨てては行かれるものではないと思う。
(――どうなるのだ、こうして二人は。おれの剣は!)
山を仰いで、彼は唇を嚙んでいた。余りにも小さい自分が恥じられてくる。そうして、駒ヶ岳と対い合っていることさえ苦しくなってくる。
『まだ来ない』
耐りかねて、ぬっと立った。
それは、もう疾うに、後から見えて来なければならない筈の、お通と城太郎へいった呟きである。
今夜は藪原で泊るといってあるのに、宮腰の宿場もまだ遙かてまえなのに、すでに陽は暮れかけているではないか。
ここの丘から見ていると、十町も先の森まで、一眸に街道は見渡されるが、それらしい人影はいつ迄も見出せない。
『はてな? ......。関所でなにか暇どっているのだろうか』
捨てて行こうかとすら惑いながら、その影が、うしろに見えなくなれば、武蔵はすぐ心配になって、一歩も先へは出られなかった。
そこの低い丘から彼は駈け降りた。この地方に多い放し飼いの野馬が、彼の影に愕いたもののように、薄陽の原を八方へ逃げて飛ぶ。
『もしもし、お侍さま。あなたは牛へ乗った女子衆のお連れ様じゃございませんか』
彼が、街道へ出るとすぐ、往来の一人が、そういいながら側へ寄って来た。
『えっ、その者に、なにか間違いでもござったか』
先のことばを聞かないうちに、虫の知らせか、武蔵は早口に問い返した。
木曾冠者
一
さっき関所茶屋から程遠からぬ場所で、本位田又八が、お通の牛に鞭打って、彼女ぐるみ、何処かへ攫って行ったという事は、目撃していた旅人の口から伝わって、もうこの街道筋では、隠れもない噂ばなしにのぼっている。
丘にいた為、それを知らずにいたのはかえって武蔵一人であった。
その武蔵は今、倉皇と、元来た道の方へ駈け戻って行ったが、すでに事件が伝わってから半刻ほども経た後の事である。――もし彼女の身に何等かの危急が襲ったとすれば、間に合うかどうか。
『亭主、亭主』
関所の柵は、六刻で閉まる。それと一緒に、床几をたたんでいた茶店のおやじは、後に立って、この喘ぎ声でよぶ人影に、
『なにかお忘れ物でも?』
と、ふりかえった。
『いや、半刻ほど前に、ここを通った女子と少年を探しておるのだが』
『ああ、牛に乗った普賢様のようなお女中でございましたな』
『それだ。その二人を、牢人体の男が、無体に連れ去ったというが、その行先を知るまいか』
『見ていたわけでは御座いませぬが、往来の噂では、この店の首塚のある所から横道へ曲って、野婦之池の方へ、どんどん駈けて行ったと申しますが』
その指さす薄暮の中へ、武蔵の影はもう宙を飛んで淡れて行く。
途々、聞きあつめた噂を綜合してみても、なんの為に、何者が、彼女を拉して行ったのか、見当がつかない。
その下手人が又八であるなどとは、彼には想像もできなかった。いずれこの道中で後から追いついて来るか、江戸表で落合うかする事にはなっているが、いつぞや叡山の無動寺から峰越えして大津へかかる途中の峠茶屋で五年越しの誤解を解き、お互いが幼な友達の昔に返って、
(きょう迄の事は水に流して)
と手を握り、
(貴様も真面目になって、希望を持て)
と武蔵が励ませば、又八も目に涙すらたたえて、
(勉強する。きっと真人間になって遣り直すから、おれを弟とも思って、これからは導いてくれ)
と、あれほど欣んでいった又八。
その又八が? ――などとどうして疑われようか。
疑えば、戦後の各地に、職を求めながら職にも就けず、結局、浮浪の徒とよばれている牢人の中のよからぬ者か、或は、世の中の推移に関わらず世間の抜目ばかり窺っているゴマの灰とか、人買とかいう、道中荒らしの鼠賊か。さもなければ、剽悍なるこの地方の野武士か。
武蔵としては、そんなふうにしか下手人を考えられなかったが、それとて闇をつかむようなもので、野婦之池の方角というだけを目あてに急いでみたが、陽が暮れると、冴え切った星空に反して、地上の暗さは、一尺先の足元も覚つかない。
第一、野婦之池とか聞いたが、その池らしい所へもなかなか出て来なかった。そして田も畑も森も、ゆるい傾斜に乗って、道も少しずつ登り気味なのを考えると、すでに駒ケ岳の裾野を踏んでいるらしいが――と武蔵は立ち迷い、
『道を間違えたな?』
と、思った。
行く手を見失ったように――そうして広い闇を見まわしていると、駒ケ岳の巨大な壁を負って、一叢の防風林に囲まれた農家から、なにか外で焚いている明りか、竈の火か、ぼうと赤い光りが木立ちの垣に映して見えた。
近づいて、そこの地内を覗いて見ると、武蔵にも見覚えのある斑の牝牛が――ただしお通のすがたはどこにも見えないが――その牛だけは健在に、明りの映している百姓家の厨の外に繫がれて、無事に啼いているではないか。
二
『......お? あの斑牛だが』
ほっとして武蔵は胸をなで下ろした。
此家に、お通の乗っていた牛が繫がれているからには、お通の身も、共にここへ連れ込まれている事はもう疑う余地もあるまい。
だが。
この防風林の中の百姓家はいったい何者の住居か。――不覚に踏み込んで、再度、お通を隠されるような事になってはならないと、同時に、武蔵は戒心する。
で、暫くの間、影を密めて、中の様子を窺っていると、
『阿っ母、いいかげんにもう止めんかい。眼がわるい眼が悪いといいながら、そんな暗れえとこでいつ迄、仕事してるだ』
薪や籾殻の散らかっている隅の暗がりから、途方もない大声でいう者がある。
次の気配に耳を澄ましていると赤々と火の影の揺れているのは、厨の次の炉部屋で、その部屋か、次の破れ障子の閉まっている辺りで、微かに、糸をつむぐ糸車の音がする。
然し、すぐその音が止んだのは、阿っ母と今呼んだ怖しく威張った息子のいうことを聞いて、すぐ仕事を片づけているものと思われた。
隅の小屋で、なにか働いていた息子は、やがてそこを閉めながら又、
『今、足を洗うからすぐ飯が喰えるようにしといてくれえ、いいかあ阿っ母』
草履を持って、厨のそばを流れている溝際の石に腰かけ、二、三度足をざぶざぶやっていると、その肩へ、斑の牝牛がのっそりした顔をつき出した。
息子は牝牛の鼻づらを撫でながら、いっこう返辞もない母屋の人へ向って又大きな声でいう。
『阿っ母、後で手があいたら、ちょっと此処へ来て見さっしゃい。おらあ今日、飛んでもねえ拾い物をして来たぜよ。――何だと思う? 分るめえが、牛だよ、しかもすばらしい牝牛だ。畑にも使えるし、乳も搾れる』
その言葉も、外に佇んでいた武蔵が、よく耳に入れて、その人間の何者かをもっと見届けていたら、後の間違いもなかったであろうに――生憎と彼はもうあらかたの空気を察して、この木立ち囲いの一軒の入口を求め、家の横へ迫っていた。
農家としては、かなり広そうだし、壁造りを見ても、旧家に間違いないが、小作もいない女気もない、藁屋根も苔に朽ちながら、その屋根葺の手も乏しい無人の家らしく思われた。
『......?』
明いている横の小窓。その小窓の下の石を踏み台にして、武蔵は、母屋の内をまずそっと覗いてみた。
なにより先に、彼の眼を射たのは、黒い長押に掛かっている一筋の薙刀だった。めったに民間にあっていい品物ではない。尠くも、一かどの武将が手艶にかけた業物で、鞘の揉皮には金紋の箔すら朧ろに残って見える。
――さては。
と、武蔵は思い合わせて、よけいに疑いを深くした。
さっき、隅の小屋から足を洗いに飛び出した若い男の面がまえは、ちらと火影に見ただけであるが、到底、凡者の眼ざしではなかった。
腰きりの野良着に、泥まみれな脚絆を穿き、一本の野差刀を腰にぶちこんでいたが、丸っこい顔に、そそけ立つ髪の毛を、眼尻あがりに藁でつかね、脊は五尺五寸に足るまいが、胸の肉づきといい、足腰のよく地にすわっている動きといい、一見、
(こいつ曲者)
と感じないで居られないものを武蔵は先に見ていたのである。
案のじょう、母屋には、百姓の持つべきでない薙刀などがある。そして、藺を敷いた床に人も見えず、ただ大きな炉の中に、ばちばちと松薪が燃え、その煙は、一つの窓からむうっと外へ吐き出されてくる。
『......あっ』
武蔵は、袂で口を蔽ったが、忽ち咽んで、怺えようとする程――咳をしてしまった。
『誰じゃ?』
厨の中で、老婆の声がした。武蔵が窓の下にかがみ込んでいると、炉部屋に這入って来たらしく、再びそこで、
『権之助っ。――小屋は閉めたか。又、粟泥棒がそこらへ来て、くさめをして居るぞよ』
三
――来たら幸。
まず彼の猪男を手捕りにして、お通をどこに隠したか詮議はそれからの事にしよう。
老婆の息子らしい勇猛そうなその男のほかに、いざとなれば、まだ二、三名の敵は飛び出すかも知れないが、彼さえ取ッ締めれば、物の数ではない。
武蔵は母屋の中の老婆が、権之助権之助と呼び立てると共に、小窓の下を離れて、この家を囲む立木の一部に身を隠していた。
すると軈て、
『どこにっ?』
と、権之助とよばれた息子は、裏から大股に素ッ飛んで来て、もいちど其処で、
『阿っ母、なにが居たんだ?』
と呶鳴って訊く。
小窓に、老婆の影が立って、
『その辺で、今咳声が聞えたがの』
『耳のせいじゃないか。阿っ母は此の頃、眼も悪くなったし、耳もとんと遠くなったからなあ』
『そうでない。誰か、窓から家の内を覗き見していたに違いない。煙に咽せた声じゃった』
『ふうん......?』
権之助は、十歩二十歩、その辺を、あたかも城郭でも見廻るように歩いて、
『そういえば、何だか、人間臭いぞ』
と、呟いた。
武蔵が迂𤄃に出なかった理は、闇に光る権之助の眼の実にらんらんと害意に燃えているためであった。
それと、足のつま先から胸いたにかけて、ちょっと当り難い構えを備えているので、それも不審に思い、何を持っているのか得物を確かめるつもりで、彼の歩み廻る影を凝視していると、右の手裡から小脇を後に抜け、約四尺ばかりの丸棒をしのばせていることが分った。
その棒も、そこらの麺棒やしん張棒を、有り合うまま、引っ抱えて来たものとは違い、一種の武器としての光りを持っている。――のみならず、棒と、棒を持つ人間とが、武蔵から見ると、まったく二つにして一つのものとなっている。いかにこの男が、常にその棒と共に暮しているかが分るほどなのだ。
『やっ、誰奴だッ?』
ふいに棒は風を呼んで、権之助の背から前へ伸びた。武蔵はその唸りに吹かれたように、棒の先から、やや斜めに、身を移して立った。
『連れ人を引取りに来た』
――相手が、自分を睨めすえたまま黙っているので、
『街道からこれへ誘拐して来た女子と童を返せ。――もし無事に戻して詫るならば免じておくが、怪我などさせてあったら承知せぬぞ』
と、重ねていった。
この辺の塀といってもよい駒ヶ岳の雪渓から、里とはひどく温度の差のある冷たい風が、星の下を、時折そよそよ忍んでくる。
『――渡せッ。連れて来いっ』
三度めである。
武蔵がその雪風よりも鋭い声で斬るようにいうと、逆手に棒を握って、喰い付くような眼をすえていた権之助の髪の毛が、針ねずみのように、颯っと立った。
『この馬糞め! おれを誘拐しだと?』
『おう、連れもない、女童と見くびって、これへ誘拐して来たに違いあるまい。――出せっ、隠した者を』
『な、なんだとッ』
権之助の体から突然、四尺余の棒が噴いて出た。――棒が手か、手が棒か、その迅いことは眼にもとまらない。
四
武蔵は避けるより仕方がなかった。驚くべきこの男の練磨と技の体力を前にしては。
で、一応、
『おのれ、後に悔ゆるな』
警告を与えておいて、自分は数歩跳び退いたが、不可思議な棒の使い手は、
『なにを、洒落くせえ』
と喚きながら、決して一瞬の仮借もするのではなかった。十歩退けば十歩迫り、五歩躱せば五歩寄ってくる。
武蔵は相手から跳び開く間髪ごとに、二度ほど、刀の柄へ手をやりかけたが、その二度とも、非常な危険を感じて、遂に、抜き放つ遑すらもない。
なぜならば、手を柄にかける一瞬でも、敵の前に肘を曝す隙となるからである。敵によって、そんな危険は感じない場合と、戒心する場合があるが、当面の相手が振りこんで来る棒の唸りは、武蔵が心で用意する行動の神経よりは遙かに迅速で、それへ無謀な勇をむりに奮って、
(この土民めが何者ぞ)
と、敢て誇れば、当然、棒の一撃にのめるであろうし、焦心りを持つだけでも、呼吸にうける圧迫から、身体のみだれをどうしようもなくなってしまう。
それに又、もう一つ武蔵を自重させた理由は、相手の権之助なる人間が、一体何者か、咄嗟に、見当がつかなくなった事である。
彼の振る棒には、一定の法則があるし、彼の踏む足といい五体のどこといい、武蔵から見て、これは立派な金剛不壊の体を為している。曾て出会った幾多の達人中にも考え出されないほど、この泥くさい田夫の体の爪の先までが、武術の「道」にかない、そして武蔵も求めてやまない、その道の精神力に光っているのだった。
――こう説明してくると武蔵にも権之助にも、お互いが敵を観る間を持って悠々構えているように思われるであろうが、事実は寸秒に次ぐ寸秒で、わけても権之助の棒は、眼ばたきする間も停止していない。
――おおうっ。
と、満身から息をしたり、
――ええおうッ
と、踵を蹴って来たり、又、りゅうりゅうと棒の攻撃を改めてかかり直して来るたびに、
『この、どたぐそ』
とか、
『かったい坊め』
とか、口泥ない方言で悪たれつきながら、打ちこんで来るのであった。
いや、棒に限っては、打ち込むという言葉は当らない。――それは打ち込みもするし、薙ぎもするし、突きもするし、旋しもするし、片手でも使うし、両手でも使う。
又、太刀は切先と、柄の部分とが、はっきり分れていて、その一方しか活用できないが、棒は両端が切先ともなり、穂先ともなって、それを自由自在に使いわける権之助の練磨は、飴屋が飴をのばすように、長くもし、短かくもするのではないかと眼に怪しまれる程だった。
『権っ。気をつけいよ、その相手は、凡者でないぞ!』
不意に、その時、母屋の窓から、彼の老母がこう叫んだ。――武蔵が敵に感じていることを、老母も息子の身になって、同じように感じているのであった。
『でえじょぶだよっ、阿っ母!』
権は、すぐ横の小窓から、母が案じながら見ていることを知って、その勇猛に拍車をかけたが、一颯のうなりを肩越しに躱して這入って来た武蔵の体が、権の小手をつかんだと思うと、巨きな石でも降したように、ずしんと地ひびきして権は背中で大地を打ち、足は高く星の空を蹴っていた。
『待たッしゃい! 牢人』
わが子の一命が今や危うしと思ったか、小窓に縋っていた老母は、そこの竹格子を突き破って、凄まじい一声を武蔵に浴びせ、その血相は、武蔵の次の行動に思わずためらいを与えた。
五
その時、老母の髪の毛が逆立って見えたのは、肉親として、さもある筈のところであろう。
息子の権が投げられたことは、この老母には、非常な意外であったらしい。――投げつけた武蔵の手は当然、次の咄嗟には、刎ね起きる権之助の真向へ、抜打に一太刀行くべきであった。
だが、そうではなくて、
『おう、待ってやる』
武蔵は、権之助の胸へ馬のりになり、猶、棒を離さない右の手頸を足で踏みつけたまま老母の顔の見えた小窓を振り仰いだ。
『......?』
はッと、武蔵は然しすぐ眼を反らした。
なぜならば、老母の顔は、もうその窓には見えなかったからである。――組み伏せられながらも権之助は、絶えず武蔵の手を外そうともがいているし、武蔵の制圧も届かない彼の二本の脚は、空を蹴ったり、地へ突っ張ったり、その腰車の脚技のあらゆる努力をあげて、敗地を挽回しようとしているのだった。
それも決して、油断はできない上に、窓から消えた老婆の影は、すぐ厨の横からさっと走り出て来て、敵に組みしかれている息子を罵しっていうことには、
『何のざまじゃ、この不覚者が。母が助太刀して取らす、負くるな』
――窓口から待てという言葉だったので、武蔵は必ずや老母がこれへ来て、額を地にすりつけて、わが子の助命を乞うのかと思っていたところ、案に相違して、九死一生の淵にある息子を励まし、猶戦おうというつもりらしい。
見れば、老母の小脇には、皮鞘を払った薙刀が星明りを吸って、後隠しに持たれている。そして武蔵の背を窺いながら、
『ここな瘦せ牢人めが、土民とあなどって、小賢しい腕立てしやったの。ここをただの百姓家と思うてか』
と、いう。
背中へ迫られることは武蔵にとって苦手であった。組み敷いているものが生き物なので、自由に向き直るわけにゆかないのだ。権之助は又、背中の着物も皮膚も破れるであろう程、地上を摺りうごいて、母に有利な位置を作ろうと、敵の下から計っている。
『なアに、こんなもの。――阿っ母、心配しねえでもいい。あんまり近寄ってくれんな。今、刎ね返えしてみせる』
呻きながら、権がいうと、
『焦心るでない!』
と、老母はたしなめて、
『元よりこのような野宿者に負けてよいものか。御先祖の血をふるい起せ。木曾殿の御内にも人有りと知られた太夫房覚明の血はどこへやったぞ』
すると、権之助は、
『ここに持っている!』
いいながら、首を抬げて、武蔵の膝行袴の上から、股の肉へ喰いついた。
すでに棒を離して、両手も下から働きかけ、武蔵をして何の技をする余地も与えないのだ。加うるに老母の影は、薙刀の光りを曳いて、背中へ背中へと狙け廻って来る。
『待てっ、老母』
遂にこんどは武蔵からそういった。争う愚が分ったからである。これ以上のことは、斬られるか、何っ方かが死を受けなければ解決しない。
それ迄行っても、お通が救われるとか、城太郎が助かるとかいうならよいが、その点はまだ疑いに過ぎないのである。――ともあれ一応穏やかに事情を打明けてみるのがいいのではあるまいか。
そう考えたので、武蔵はまず老母に向って、刃を退けというと、老母はすぐおうとはいわないで、
『権。どうしやるか』
と、組み伏せられている息子へ、和協の申し出でを、容れるか容れないか、相談するのであった。
六
炉の松薪はちょうど燃え旺っていた。この家の母子が、そこへ武蔵を伴って来たことは、軈てあれから、話し合った末、双方の誤解が溶けたものであろう。
『やれやれ、危い事ではあった。とんだ行き違いからあのような――』
さも、ほっとしたように、老母はそこへ膝を折ったが、共に坐りかけた息子を抑えて、
『これ権之助』
『おい』
『坐らぬうち、そのお侍を御案内して、念のために、この家の内を隈なくお見せ申したがよい。――今外で、お訊ねをうけた女子や童が隠してないことを、よう見届けて戴くために』
『そうだ、おれが街道から、女など誘拐して来たかと、疑われているのも残念。――お武家、おれに尾いて、この家のどこでも改めてもらおう』
上れ――と招ぜられたまま、武蔵はわらじを解いて、もう炉の前に席を占めていたが、母子の者の共々なことばに、
『いやもう、御潔白は分りました。お疑い申した罪は、御勘弁ねがいたい』
詫び入るので、権之助も間が悪くなって、
『おれも良くなかった。もっとそっちの用向きを糺した上で怒ればよかったのだが』
と、炉べりへ寄って、あぐらを組む。
だが武蔵としては、こう打解けたところで訊ねたい疑問がまだある、それは先刻、外から見届けておいた斑の牝牛で、あれは自分が叡山から曳いて来て、途中から病弱なお通のため道中の乗物に与えて、城太郎に、確とその手綱を預けておいたものである。
その牝牛が、どうして、此家の裏に繫がれているのか?
『いやそんな理なら、おれを疑ぐったのもむりはねえ』
権之助はそれに答えていう。――実は自分はこの辺に田を少しばかり持って百姓をしている者だが、夕方、野婦之池から鮒を網に打って帰って来ると、池尻の川に一頭の牝牛が足を突っこんで踠がいている。
沼がふかいので、もがく程、牛は沼に辷り込み、その図ウ体を持てあまして、哀れな啼き声をあげている様子。引き上げてやって見ると、まだ乳ぶさも若い牝牛であるし、辺りをたずねても飼主の姿はみえぬし、てっきりこれは何処からか盗み出して来た野盗が持ち扱かって、捨てて行ったものに違いあるまいと――独りぎめに極めてしまった。
『牛一匹あれば、へタな人間の半人前は野良仕事をするので、これはおれが貧乏で、阿っ母にろくな孝養もできねえから、天が授けてくれたものと――あはははは良い気になって曳っぱって来ただけのものさ。飼主が分っちゃ仕方がねえ、牛はいつでも返すよ。だが、お通とか城太郎とか、そんな人間の事、おらあ一切知らねえぞ』
話が分ってみると、権之助なるこの若者は、いかにも粗朴な田舎漢で、最初の間違いは、その率直な美点からむしろ起ったものといえる。
『じゃが旅のお侍、さだめしそれは心配なことで御座ろう』
と老母は又老母らしく側から案じて、息子にいう。
『権之助、はよう晩飯を搔っこんで、その気の毒なお連れを一緒に探してあげい、野婦之池あたりにうろついて居てくれればよいが、駒ケ岳のふところへでも這入りこんだら、もう他国者の衆に知れることじゃない。――彼の山には、馬や野菜物さえのべつ攫ってゆく野伏りが、たんと巣を喰うているそうな。おおかたそんな無頼物の仕業であろうが』
七
ぶすぶすと、松明の先っぽに風が燃える。
巨きな山岳の裾は、風が来たと思うと、ぐわうと草木もふき捲いて、凄い一瞬の鳴を起すが、止んだとなると、ハタと息をひそめて、不気味なほど静かな星のまたたきばかりとなる。
『旅の者』
権之助は、手に持つ松明を挙げて後から来る武蔵を待ちながら――
『気の毒だが、どうしても知れねえのう。これから野婦之池までゆく途中、もう一軒、あの丘の雑木林のうしろに、猟をしたり、百姓したりしている家があるが、そこで訊いても知れなければ、もう探しようがねえというもんだが』
『御親切に、辱けない。これまで十数軒を訊き歩いても、なんの手懸りもなければ、これは拙者が方角ちがいへ来ているのであろう』
『そうかも知れねえ。女を誘拐す悪党などというものは、悪智恵に長けているから、滅多に追いつかれるような方角へ逃げる筈はねえ』
もう夜半を過ぎていた。
駒ヶ岳の裾野――野婦村、樋口村、その附近の丘や林など宵からおよそ歩き尽くしたといってもいい。
せめて、城太郎の消息でも知れそうなものだが、誰一人、そんな者を見かけたという者もない。
わけてお通の姿には特徴があるから、見た者があればすぐ知れるわけだが、どこで訊いても、
『はてねえ?』
と、気永に首をかしげる土民ばかりであった。
武蔵は、その二人の安否に胸を傷めると共に、縁もゆかりもないのに、この労苦を倶にしてくれる権之助にすまない気がしてくる。明日も野良へ出て働かなければならない体だろうにと思う。
『とんだ迷惑をおかけ申したのう、そのもう一軒を尋ねてみて、それでも知れぬとあれば、ぜひがない、諦めて戻るといたそう』
『歩くぐれいな事、夜どおし歩いた所で、何の事もねえが、いったいその女子と童というのは、お武家の召使か、それとも姉弟たちかね』
『されば――』
まさか、その女性の方は恋人で、子供は弟子とも、答えられないので、
『身寄りの者です』
と、いうと、そういう肉親の少い身を淋しく考え出してでもいるのか、権之助は無口になって、ひたすら野婦之池へ出るという雑木の丘の細道を先に歩いて行く。
武蔵は今、お通と城太郎を案じる気持で、胸もいっぱいになっていたが、その中にも心のうちでは、この機縁を作ってくれた運命の悪戯に――たとえ悪戯であろうと感謝せずにはいられなかった。
もしお通にその災難がかかって来なかったら、自分は、この権之助に会う機会はなかったろう。そしてあの棒の秘術も見る折がなかったに相違ない。
流転の中で、お通と行きはぐれてしまった事は、彼女の生命につつがない限り、やむを得ない災難と思うしかないが、もしこの世に於て、権之助の棒術に出会わずにしまったら、武芸の道に生涯する自分として、大なる不幸であったろうと思う。
――で、折もあらば、彼の素性を問い、その棒術に就ても深く糺してみたいと先刻から考えていたが、武道のことと思うと、不しつけに訊きかねて、つい折もなく歩きつづけていると、
『旅の者、そこに待っていろ。――彼の家だが、もう寝ているに極っているから、おれが起して訊いて来てやる』
木々の中に沈んで見える一軒の藁屋根を指すと、権之助は、ひとりでそこらの崖藪を搔わけ、がさがさと駈け降りて、そこの戸を叩いていた。
八
程なく戻って来た権之助が、武蔵へ向って告げる事には。
どうも雲をつかむような返辞ばかり、ここに住む猟師の夫婦も、こちらの尋ね事に就ては、さっぱり要領を得ないが、ただ内儀さんが夕方、買物に出た帰り途、街道で見かけたという話は、ことによると一縷の手懸りといえるやも知れない。
その内儀さんの話によると、もう星の白い宵の時刻、旅人の影も途絶え、並木の風ばかりが淋しい道を、おいおいと泣き声あげながら、向う見ずに素ッ飛んでゆく小僧がある。
手も顔も泥まみれのままで、腰には木刀を差し、藪原の宿場の方へ駈けて行くので、内儀さんがどうしたのかと訊いてやると、
(代官所はどこにあるか教えておくれ)
と猶泣いていう。
代官所へ何しに行くかと、根を堀って訊くと、
(連れの者が、悪者に攫われて行ったから、奪り返してもらうんだ)
との答え。
それならば代官所へ行ってもむだな事だ、お役所という所は、誰か偉い人が旅で通るとか、上からのお吩咐とでもあれば、てんてこ舞して、道の馬糞を取って砂まで撒くが、弱い者の訴えなどに、どうして本気に耳をかして捜してなどくれるものか。
殊に、女が誘拐されたとか、追剝に会って裸にされたとかいう小事件は、街道筋には朝に夕にある事で、めずらしくもなんともない。
それよりは藪原の宿一つ先へ越して、奈良井まで行くとよい。町の四ツ辻だからすぐ知れる所に奈良井の大蔵さんというて、お百草を薬にして卸している問屋がある。その大蔵さんにわけをいうて頼めば、この人はお役所と反対に、弱い者のいう事ほど、親切に聞いてもくれるし、正しい事なら、人の為に身銭を切ってなんでも引き受けてくれるから――
内儀さんの言葉をそのまま、権之助は口うつしに其処まで語って、
『こういってやると、その木刀を差した小僧は、泣きやんで又、後も見ずに駈けて行ったという事なんだが――もしや連れの城太郎とかいう子供が、それじゃあるめえか』
『オオ、それです』
武蔵は、城太郎の姿を、見るが如く想像しながら、
『――すると、拙者が探しに来たこの方角と、まるで違った方へ行ったわけですな』
『それやあ、此処は駒の麓だし、奈良井へ行く道からは、ずっと横へ入っている』
『何かと、お世話でござった。それでは早速、拙者もその奈良井の大蔵とかを、尋ねて参ろう。――お蔭で微かながら、緒口の解れて来た心地がする』
『どうせ途中になるから、おれの家へ寄って、一寝みした上で、朝飯でも喰って立つといい』
『そう願おうか』
『そこの野婦之池を渡って、池尻へ出ると、半分道で帰えれる。今、断っておいたから、舟を借りてゆくとしよう』
そこから少し降りてゆくと、楊柳に囲まれた太古のような水がある。周囲ざっと六、七町もあろうか。駒ケ岳の影も、いちめんの星も、有りのままに、池の面に泛んでいた。
なぜなのか、この地方にそう見えない楊柳が、この池の周りだけには生い茂っている。権之助は棹を持ち、その代りに、彼の手にあった松明は武蔵が持ち、辷るように池の中央を横切って行った。
水の上を行く松明の火は、暗い水に映って、一倍赤赤と見えた。――その流るる焰を、お通はその時、眼に見て居たのである。人の世の皮肉といおうか、飽くまで薄縁な二人の仲といおうか、場所も、そう遠くない所から。
毒 歯
一
水に映る火影と、小舟の中に人のかざしている火と、深夜の池心を行く松明は、一つの光でありながら、ちょうど二羽の火の鴛鴦が泳いでゆくように遠くからは見える。
『......オオ?』
お通がそれを知った時、
『やっ、誰か来る』
と、狼狽ぎみに、声を出して、お通の繩尻を引っ張ったのは又八で、大それた事をやるくせに、何か事にぶつかると、臆病な持ち前はすぐ体に出してしまう。
『どうしよう? ......そうだ、此っ方へ来い。やいっ、此っ方へ来やがれ』
そこは楊柳につつまれている池畔の雨乞堂であった。
なにを祠ってあるか郷土の人もよく知らないが、ここで夏の旱に雨を祈ると、うしろの駒ケ岳からこの野婦之池へ沛然と天恵が降るという事が信じられている。
『いやです』
お通は動くまいとする。
堂の裏手にひきすえられて、先刻から又八に、責め苛まれていた彼女だった。
縛められている両手がきくものならば、及ばぬ迄も、突きとばしてやりたいと思うがそれも出来なかった。隙があったら眼の前の池に飛びこんで、堂の棟に上っている絵馬のように、楊柳の幹を巻いて、呪う男を呑まんとして蛇身になっても――と思うが、それも出来なかった。
『立たねえか』
又八は、手に持っている篠を鞭にして、お通の背を、いやという程打った。
打たれる程、お通は意志が強くなる。もっと打ってみろと望みたくなる。......黙って又八の顔を睨めつけていた。すると又八は、気が挫けて、
『歩けよ、おい』
と、いい直す。
それでもお通が起たないので、今度は猛然と、片手で襟がみをつかみ、
『来いっ』
ずるずると、地を引き摺られながらお通が、池心の火へ向って、悲鳴をあげようとすると、又八はその口を手拭で縛って、引っ担ぐように、堂の中へ抛りこんだ。
そして、木連格子を抑えながら、彼方の火影がどう来るか窺っていると、その小舟はやがて雨乞堂から二町ほど先の入江へ辷り込んで、松明の火も軈てどこかへ立ち去ったらしい。
『......あ。いい按配』
ほっとして、それには胸を撫でたが、又八の気持はまだ落着きを得なかった。
お通の体は今、自分の手の中にあるが、お通の心はまだ自分の物となりきれない。心の無い肉体だけを持ち歩いていることの実に大変な辛労であるということを、彼はつぶさに宵から経験した。
無理に――暴力をもっても、彼女の総てを、自分のものにしてしまおうとすると、お通は死の血相を見せるのであった。舌をかみ切って死のうとするのである。それ位な事はきっとやるお通である事は幼少から知っている又八なので、
(殺しては)
と、つい盲目な力も情慾も挫けてしまう。
(どうして俺をこんなに嫌い、武蔵を飽くまで慕うのだろうか。――以前は、彼女の心のなかに、俺と武蔵はちょうどあべこべであったものを)
又八は、分らなかった。武蔵より自分の方が、女に好かれる素質を持っているのに――という自信がどこかにある。事実彼は、お甲を始め、幾多の女に、そうした経験がある。
これはやはり武蔵が、最初にお通の心を誘惑し、手なずけてから、折ある毎に、自分を悪くいって、お通につよい嫌悪を抱かせるようにした為にちがいない。
そして自分に出会えば、自分にはいかにも友情の深いような事をいって――
(俺は、お人好しだ。武蔵に騙かられたのだ。その偽ものの友情に涙をこぼしたりなどして......)
と、彼は木連格子に倚りかかりながら膳所の色街でさんざいわれた――佐々木小次郎の忠言を今、心のうちで呼び返していた。
二
今になって思いあたる――
あの佐々木小次郎が、自分のお人好しを嗤い、武蔵の肚ぐろい事をさんざん罵って、
(尻の毛まで抜かれるぞ)
といった言葉。
それが今、彼の心にぴったりする忠言として、甦えって聞えて来る。
同時に、武蔵に対しての、又八の考えは一変した。これ迄も、何度となく豹変しては又持ち直して来た友情ではあるが、今度は今迄の憎悪に輪をかけて、
『よくも俺を......』
と、心の底からわき上る呪いとなって、唇を深く嚙んだ。
人を憎んだり嫉んだりする事は、日常、人一倍烈しい質の又八であるが、呪咀するほどの強い意力は、人を恨むことにすら出来ない質の又八であった。
けれど今度という今度こそは、武蔵に対して、七生までの仇のような怨念が醸されてしまった。彼と自分とは、同郷の友として育ちながら、どうしても、生涯の仇に生みづけられて来た悪縁かのように思われて来るのだった。
似非君子め。――と思う。
抑々、あいつが自分を見るたびに、いかにも真しやかに、やれ真人間になれの、発奮しろの、手を取り合って世の中へ出ようのと、いう口吻からして、思えば面憎い限りである。
その泣き落しにのせられて、涙をこぼしたかと考えると、又八は、業腹でたまらない。自分のお人好しを武蔵に見すかされて翻弄されたかのように、体じゅうの血が、呪いと口惜しさに沸り立ってくる。
(世の中の善人なんていう者は、みんな武蔵のような君子面した奴ばかりだ。ようし、おれはその向うに廻ってやろう。くそ勉強して、窮屈をしのんで、そんな似非者のお仲間入りは真っ平だ。悪人というならいえ、おれはその悪方へ廻って、一生涯、野郎の出世を邪げてくれよう)
何事につけ、いつもよく出す又八の根性ではあったが、今度の場合に限っては、彼が生れて以来胸に抱いた精神力のうちの最大のものであった。
――どんと、自でのように、彼の足は、後の木連格子を蹴とばしていた。たった今、そこへお通を押籠めた前の彼と、外に立って腕拱みして入り直して来た彼とは、わずかな間に、ヘビが蛇になった程、変っていた。
『――ふん、泣いてやがら』
雨乞堂の中の暗い床を眺めやって、又八は、こう吐き出すように冷たくいった。
『お通』
『............』
『やいっ。......さっきの返辞をしろ、返辞を』
『............』
『泣いて居ちゃ分らねえ』
足をあげて、蹴ろうとすると、お通は早くもそれを感じて、肩を躱しながら、
『あなたへする返辞などはありません。男らしく、殺すならお殺しなさい』
『ばかをいえ』鼻で嗤って――
『おらあ今、肚を決めた。てめえと武蔵とが、俺の生涯を誤らせたのだから、おれも生涯、てめえと武蔵とに、復讐をしてやるのだ』
『うそをおいいなさい。あなたの生涯を間違えたのは、あなた自身です。それから、お甲という女のひとではありませんか』
『何をいやがる』
『あなたといい、お杉ばば様といい、どうして、あなたの家のお血すじは、そう他人を逆恨みするのでしょう』
『よけいな口をたたくな。返辞をしろといったのは、おれの家内になるか嫌か、それを一言聞けばよいのだ』
『その返辞ならば、何度でもいたしまする』
『おう吐かせ』
『生きているあいだはおろかな事、未来まで、わたくしの心に結んだお人の名は宮本武蔵様。そのほかに、心を寄せるお人が有ってよいものでしょうか。......まして貴方のような女々しい男、お通は、嫌いも嫌い、身慄いの出るほど嫌いでございます』
三
これ程にいえば、どんな男でも、殺すか、諦めるか、どっちかにするであろう。
お通はそういってから、なんだか胸がすいた。そして又八に、どうされてもやむを得ないと観念していた。
『......ウウム、いったな』
又八は、体のふるえを怺えながら、努めて冷笑して見せようとした。
『それ程、おれが嫌いか。――判っきりして居ていいや。――だがお通、おれも判っきりいっておくぜ。それは、てめえが嫌おうが、俺はてめえの体を、今夜から先は、自分のものにしてしまうということだ』
『......?』
『なにを顫えるんだ? ......ええおい、てめえも今の言葉は、相当な覚悟をもっていったのだろうが』
『そうです、私はお寺で育ちました。生みの親の顔すら知らない孤児です。死ぬことなど、いつでも、そう怖いとは思っておりません』
『冗談いうな』
又八は、傍へしゃがみ込んで、反向ける顔へ、意地悪く顔を持って行きながら、
『誰が殺す? ――殺してたまるものか。こうしておくのだ!』
いきなり彼は、お通の肩と左の手頸をかたく摑まえた。そして着物の上から――彼女の二の腕のあたりを、がぶっと、深く嚙みついた。
ひいイっ、お通は思わず悲鳴をあげた。
身を床にもがいて暴れた。そして、彼の歯を捥ぎ離そうとするほど、彼の歯の尖を肉へ深く入れてしまった。
淋漓たる血しおが、小袖の下を這って、縛られている手の指先までぼとぼと垂れてきた。
又八は、それでも猶、鰐のような唇を離さなかった。
『............』
お通の顔は、月明りでも受けているように、見るまに白くなってしまった。又八はぎょっとして、唇を離し、そして彼女の顔の猿ぐつわを脱って、彼女の唇を調べてみた。――もしや舌でも嚙み切ったのではなかろうかと。
余りの痛さに、喪心したのであろう、鏡の曇りのような薄い汗が顔に浮いていたが、唇の中にはなんの異常もなかった。
『......おいっ、堪忍しろ。......お通、お通』
身を揺すぶると、お通は、われに回ったが、途端に、ふたたび体を床に転ばせて、
『痛い。......痛い。城太さアん、城太さあん! ......』
と、うつつに叫び出した。
『痛てえか』
又八は、自分も蒼白になって肩で息をつきながらいった。
『血は止まっても、歯型の痣は何年も消えることじゃねえ。おれの、その歯の痕を、人が見たら何と思う? ......。武蔵が知ったら何と考えるか。......まあ当分の間、いずれ俺の物となるてめえの体に、それを手付の証印として預けておくぜ。逃げるなら逃げてもいい。おれは天下に、おれの歯型のある女に触れた奴は、おれの女讐だといって歩くから』
『............』
梁の塵を微かにこぼして、真っ暗な堂内の床には、よよと泣きむせぶ声ばかりだった。
『......止せっ、いつ迄、泣いてやがって。気が滅入ってしまわあ。もう苛めねえから黙れ。......うむ、水をいっペい持って来てやろうか』
祭壇から土器を取って、外へ出て行こうとすると、そこの木連格子の外に立って、誰か、覗き見して居た者がある。
四
誰か? ――と恟っとしたが、堂の外に見えた人影は、途端にあわてて逃げ転んで行く様子なので、又八は、猛然と、木連格子を排して、
『野郎っ』
と、追い駈けて出た。
捕まえてみると、この附近の土民らしく、馬の背に、穀物の俵を積み、夜を通して、塩尻の問屋まで行く途中だという。そして猶、諄々と、
『べつに、どういう心算でもなく、お堂の中に、女子の泣き声が聞えたので、不審に思って、覗いてみただけでござります』
と、言訳して、平蜘蛛のように、詫び入るだけだった。
弱い者にはどこまでも強くなれる又八であるから、忽ち反身になって、
『それだけか。――それだけの考えに相違ないか』
と、まるで代官のように威張っていう。
『へい、まったく、それだけの事で......』
と、一方が愈々ふるえ顫くと、
『うむ、それなら勘弁してつかわそう。だが、その代りに、馬の背の俵をみんな降ろせ。そして、俵のあとへ、あのお堂の中にいる女を括しつけて、俺がもうよいという所まで乗せて行くのだ』
勿論、こんな無理を押しつける場合は、又八でない人間でも、必ず刀をひねくり返して見せることは忘れない。
嫌応なしの脅しである。お通は馬の背中へ括りつけられた。
又八は、竹を拾って、馬を曳く人間を撲る鞭としながら、
『こら土民』
『へい』
『街道すじへ出てはならねえぞ』
『では、どこへお越しなさるのでございますか』
『なるべく、人の通らない所を通って、江戸まで行くのだ』
『そんな事を仰しゃっても無理でございまする』
『何が無理だ。裏街道を行けばいいのだ。さしずめ、中山道を避けて、伊那から甲州へ出るように歩け』
『それやあ、えらい山路で、姥神から権兵衛峠を越えねばなりませぬで』
『越えればいいじゃねえか。骨惜しみすると、これだぞ』
と、馬を曳く人間へ、絶えず鞭を鳴らして、
『飯だけはきっと喰わせてやるから、心配せずに歩け』
百姓は、泣き声になって、
『じゃあ旦那、伊那までお供いたしますが、伊那へ出たら放しておくんなさいますか』
又八は、かぶりを振った。
『やかましい。俺がいいという所までだ。その間に、変な素振りをしやがると、ぶッた斬るぞ。俺の要り用なのは、馬だけで、人間なぞは、かえって邪魔くせえ位なものだ』
道は暗い、山にかかるほど、嶮しくなってゆく。そして馬も人も疲れた頃、やっと姥神の中腹までかかり、足もとに、海のような雲の波と、朝の光を微かに見た。
馬の背にしがみついたまま、一言も物をいわずにきたお通も、朝の光を見ると、それ迄の間に、もう心をすえてしまったかのように、
『又八さん。後生ですから、もうそのお百姓さんを放してやってください。この馬を返してあげて下さい。――いいえ、私は逃げはしませぬ。ただ、そのお百姓さんが可哀そうですから』
又八は猶、疑ぐっていたが、再三再四、お通が訴えるので、遂に、彼女を馬の背から解いて降ろした後、
『じゃあきっと、素直に俺について歩くな』
と、念を押した。
『ええ、逃げはしませぬ。逃げても、蛇歯型が消えないうちは、むだですから――』
二の腕の傷みを抑えながら、お通はそういって、唇を嚙んだ。
星 の 中
一
いかなる場所でも場合でも、武蔵は、寝ようと思う時にすぐ眠り得る修養と健康を持っていた。然しその時間は、至って短かった。
ゆうべも――
権之助の家へ戻って来てから、着のみ着のまま、一間を借りて横になったが、小鳥の声がし始める頃は、もう眼をさましていた。
けれど昨夜、野婦之池から池尻へ出て、ここへ戻って来たのがもう夜半過ぎであった。あの息子も疲れているだろうし、老母もまだ眠って居るに違いない。――そう察しられるので、武蔵は小鳥の声を耳にしながら、寝床の中で、軈て雨戸の音のするのをうつらうつらと待っていた。
――すると。
隣の部屋ではない。もう一間ほど先の襖らしかった。そこで誰やら、しゅくしゅくと啜り泣いている者がある。
『......おや?』
耳を澄ましていると、泣いているのは、どうやら彼の精悍な息子らしく、時々、子どものように慟哭して、
『阿っ母、それやああんまりだ。おらだって、口惜しくねえ事があるものか。......おらのほうが、阿っ母よりも、どんなに口惜しいか知れねえけれど』
と、言葉も、とぎれとぎれにしか聞き取れない。
『大きななりをして、何を泣く』
こう三ッ児でもたしなめるように、慥乎りした声で――然し静かに叱っているのは、彼の老母に間違いなく、
『それ程、無念と思うなら、この後は心を戒めて、一心に道を究めて行くことじゃ。......涙などこぼして、見苦しい。その顔を拭きなされ』
『はい。......もう泣きませぬ。昨日のような不覚なざまをお目にかけました罪は、どうかお宥し下さいまし』
『――とは叱りましたが、深く思うてみれば、下手と上手の差。又、無事が続くほど、人間は鈍るという。そなたが負けたのは、当り前なことかも知れぬ』
『そう阿っ母にいわれるのが、なによりおらあ辛い。平常も朝夕に、お叱りをうけながら、昨夜のような未熟な負け方。あんなざまでは、武道で立つなどという大それた志も吾れながら恥ずかしい。この上は、生涯、百姓で終るつもりで、武技を磨くよりは鍬を持ち、阿っ母にも、もっと楽をさせまする』
何事を歎いているのかと、初めは武蔵も他事に聞いていたが、どうやら、母子の対象としている者は、自分以外の他人ではないらしい。
武蔵は、撫然として、寝床のうえに坐り直した。――なんというつよい勝敗への執着だろうか。
昨夕の間違いは、もうお互の間違い事と、心に済ましているのかと思えば、それはそれとして、武蔵に負けたという点を、ここの母子は、今もって、飽くまで不覚な恥辱として、涙にくれるほど無念がっているのである。
『......怖しい負けず嫌い』
武蔵は呟いて、そっと次の部屋へかくれた。そして夜明けの薄い光りの洩れているその又次の一室の内を、隙間からそっと覗いてみた。
見ると、そこは、この家の仏間であった。老母は仏壇を背にして坐り、息子はその前に泣き伏している。――彼の逞ましい大男の権之助が、母の前には他愛もなく顔をよごして泣いている。
武蔵が、ふすまの陰から見ているとも知らず、老母はその時又、何が気に障ったのか、
『なんじゃと、......これ権之助、今、なんといやったか』
ふいに、声を励まして、息子の襟がみをつかんでいた。
二
年来の志望であった武道を捨てて、明日からは、生涯百姓で終るつもりで孝養するといった息子のことばが――気に添わないのみか、かえって、老母の心を怒らせたものの如く、
『なに。百姓で終るとか』
息子の襟がみを膝へ引き寄せると、三ツ児の尻でもたたくように、彼女は、歯がゆそうに、権之助を叱るのだった。
『どうぞして、そなたを世に出し、まいちど家名を興させたいものと願えばこそ、母もこの年まで、世に望みを繫いでいたものを、このまま、草屋に朽ち終るほどなら、なんで幼少からそなたに書を読ませ、武道を励まし、稗粟に細々生きて迄、露命の糸をつむいで来ようぞ』
老母は、ここ迄いうと、子の襟がみを抑えたまま、声も嗚咽になってしまって――
『不覚を取ったら、なぜその恥をそそごうとは思わぬか。幸な事には、あの牢人はまだこの家に泊っておる。眼をさましたら改めて手合せを望み、その挫けた気持に信念を取り戻したがよい』
権之助は、やっと顔を上げたが、間が悪そうに、
『阿っ母、それが出来るほどならば、おらが何で弱音を吐くものか』
『常の其方にも似あわぬ事。どうしてそのように意気地のうなりやったか』
『ゆうべも、半夜のあいだ、あの牢人を連れて歩くうち、絶えず、一撃ちくれてやろうと、狙い続けていたが、どうしても、打ち撲る事ができなかった』
『そなたが、怯みを抱いているからじゃ』
『いいや、そうでねえ。おらの体にも木曾侍の血は流れている。御岳の神前に二十一日の祈願をかけ、夢想の中に、杖の使い方を悟ったこの権之助だ、なんで名もない牢人ずれに――と、幾度も自分では思ってみるが、あの牢人の姿を見ると、どうしても、手が出ねえだ。手を出す先に、駄目だと思ってしまうのだ』
『杖をもって、必ず一流を立てますると、御岳の神に誓ったそなたが』
『でも、よくよく考えてみると、今日までの事は皆、おらの独りよがりだった。あんな未熟で、どうして、一流を興す事などできるものか。その為に貧乏して、阿っ母に飢じい思いをかけるより、きょう限り、杖を折って、一枚の田でもよけいに耕したほうがいいとおらあ考えただが』
『今まで、多くの人々と手合せしても、一度として、負けたという事のないそなたが、きのうに限って敗れたのも、思いように依っては、そなたの慢心を、御岳の神がお叱りなされて下されたのかも知れぬが、そなたが杖を折って、わしに不自由なくしてくれても、わしが心は、美衣美食で楽しみはせぬ』
そう諭してから、老母は猶もいうのだった。奥のお客が眼醒めたら、改めてもう一度、技を競ってみるがよい。それでも敗れたら、お前の気の済むように、杖を折って、志を断つもよかろうが――と。
ふすまの陰で始終の事を聞いてしまった武蔵は、
(さて、困ったことが......)
と、当惑しながら、そっと去って、ふたたび自分の寝床のうえに坐りこんだ。
三
どうしたものだろう?
軈て、自分が顔を見せれば、必ず母子の者から、試合を求められるに違いない。
試合えば、自分は、きっと勝つ。
武蔵はそう信じる。
けれども、今度も亦、自分に敗れたなら、あの権之助は、今日まで誇っていた杖の自信を失って、ほんとに志を断つであろう。
又、わが子の達成を、唯一の生きがいとして、貧困の中にも子の教育を忘れずに今日まで来た――あの母親の身になったら、どんなに落胆するだろうか。
『......そうだ、この試合は、外すに限る。だまって、裏口から逃げ出そう』
縁の戸をそっと開けて、武蔵は外へ出た。
もう朝の陽が木々の梢から薄白くこぼれている。ふと納屋のある片隅を見ると、きのうお通にはぐれて此家へ拾われて来た牝牛が、今日は今日の陽を豊かに浴びて、そこらの草を喰べていた。
(おい、達者で暮せよ)
そんな気持がふと牛に向ってもわくのであった。武蔵は防風林の垣を出て、駒の裾野の畑道を、もう大股に歩いていた。
片方の耳はひどく冷たいが、今朝は鮮らかに全姿を見せている駒の頂きから落ちてくる風に、足元から払われて行くと、ゆうべからの疲れも焦躁も颯っと遠方のものになってしまう。
仰ぐと、雲が遊んでいる。
ちぎれちぎれな無数の白い綿雲。各々が、各々の相を持ち、気儘に自由に屈託なく、碧空をわがもの顔に戯れてゆく。
『――焦心るまい、余りこだわるまい。会うも別れるも、天地の何ものかがさせている力だ。幼い城太郎にも、弱いお通にも、幼ければ幼いなりに、弱ければ弱いなりに、世間の中の――それが神だともいえる――善性の人の加護があるであろう』
昨日から迷れかけた――いや、馬籠の女滝男滝からずっと外れがちに彷徨ってばかりいた武蔵の心が――ふしぎにも今朝は、自分の歩むべき大道へ、確乎と返っている心地だった。お通は? ――城太郎は? ――とか、そんな眼の傍の事のみでなく、死後の先までかけている生涯の道の行く手がこの朝――、彼には見えていた。
午刻過ごろ。
彼の姿は奈良井の宿場の中に見かけられる。軒先の檻に生きた熊を飼っている熊の胆屋だの、獣皮を懸け並べた百獣屋だの、木曾櫛の店だの、ここの宿場もなかなかの雑閙。
その熊の胆屋の一軒。なんの意味か「大熊」と看板に書いてある角店の前に立って、
『ものを訊ねたいが』
と武蔵がのぞく。
後ろ向に釜の湯を、自分で汲んで呑んでいた熊の胆屋のおやじが、
『はあ、何でござりますか』
『奈良井の大蔵殿というお人の店はどこであろうか』
『ああ、大蔵殿のお店ならば、これからもう一つ先の辻で――』
と、湯呑み茶碗を持ったまま、おやじは、店頭まで出て来て道を指さしたが、折ふし、外から帰って来たとんぼ頭の丁稚の顔を見かけると、
『これこれ。こちら様はの、大蔵様のお店を尋ねて行かっしゃるという。あのお店構えは、ちょっと分らんによって、前まで、お連れ申して来う』
と、いいつけた。
丁稚は、頷いて、先にてくてく歩いてゆく。武蔵は心のうちで、その親切にも感じたが、かねて権之助から聞いていた言葉も思い合せて、奈良井の大蔵という者の徳望のほどが偲ばれた。
四
お百草の卸問屋といえば、軒並みにある旅人相手の店の一つのようなものかと思って来たところ、見れば、まるで想像は外れている。
『お侍さん、ここが奈良井の大蔵様のお宅でございますよ』
案内してくれた熊の胆屋の丁稚は、なる程、側まで連れて来て貰わなければそれとも分るまいと思われる――目の前の大家を指さして、すぐ走り戻って行った。
店と聞いていたが、暖簾も看板も懸けてはない。渋で塗った三間の出格子に、二た戸前の土蔵がつづき、その他は高塀で取り繞らしてある。入口には、蔀障子が下りていて、訪れるにも、ちょっと億劫なほど、大きな老舗の奥ふかさを持っている。
『御免』
武蔵はそこを開けていう。
中は暗い。そして、醬油屋の土間のように広くて、冷たい日陰の空気が顔に触れた。
『どなた様で――』
と、帳場簞笥の隅から程なく立って来る者がある。武蔵は、後を閉めて、
『それがしは宮本と申す牢人者ですが、連れの城太郎――漸く十四歳ほどの童が、昨日か――ことによると今朝あたり――御当家を頼って来たように途中で聞いて参りました。もしや御当家のお世話になってはおりますまいか』
武蔵のことばが終らないうちに、番頭の顔には、ああその子供か――という頷きが漂い、
『それはそれは』
と、丁寧に敷物をすすめたが、辞儀をした後の返辞は、武蔵を失望させるものだった。
『それは、残念な事をいたしましたわい。その子供なら、ゆうべ夜半に、ここの表戸をどんどん叩きましてな――ちょうど手前共の主人大蔵様には旅立ちの立ち振舞いで、まだ賑やかに大勢して起きておりました折なので――何事かと開けてみますと、ただ今、あなたのお訊ね遊ばしたその城太郎という子供が、門に立っておりましたようなわけで』
老舗の奉公人の常として、実直すぎて前措きも諄々しいが、つづまる所、要旨は、次のような事だった。
(この街道の事なら何でも奈良井の大蔵さんの所へ頼みに行け)
と、武蔵も誰かに教えられた通り、城太郎も亦、お通を攫われたわけを告げて、此処へ泣きこんで来たところ、主人の大蔵がいうには、
(そいつは容易くないぞ。念のため、手配はしてやるが、この近くの野武士や荷持人足の仕業ならすぐ分るが、旅の者が旅の者を誘拐した事だ。いずれ往来の街道を避けて、間道へ出てしまったにちがいない)
そう見込みはつけたが、つい今朝方まで、八方へ人を派して、捜索したけれど、大蔵の予言のとおり、なんの手懸りも得られなかった。
愈々、知れないとなると、城太郎は又、ベソを搔き出したが、ちょうど今朝は、大蔵が旅立ちの日なので、
(どうだ、おれと一緒に歩かないか。そうしたら、途途も、そのお通さんとやらを探せるし、又、ひょいと、武蔵とかいうお前のお師匠さんに会えない限りもないからなあ)
慰め半分に、大蔵がいったところ、城太郎は地獄で仏に会ったように、ぜひ一緒に行くといい――一方もそれではと、急に連れて行く気になって、旅の空へ立ったばかり――という番頭の話なのである。
それも、時間にすれば、わずか二刻ばかりの違いなのに――
と、いかにも気の毒そうに、繰返していった。
五
二刻の差があっては、いくら急いで来たところで、間に合わなかったことは確実だが、それにしても――と武蔵は残念な気がする。
『して、大蔵殿のお旅先は、いずれで御座ろうか』
訊ねると、番頭の答えは又、甚だ漠としたもので、
『御覧の通り、手前共の店は、表を張っておりませぬし、薬草は山で製り、売子は春秋の二回に、仕入れた荷を背負って、諸国へ行商に出てしまいまする。それ故、主人は閑の多い体で、間があれば神社仏閣に詣でたり、湯治に日を暮したり、名所を見たりするのが道楽なのでござりましてな――今度も、多分、善光寺から、越後路を見物して、江戸へ這入るのではないかとは思いますが』
『では、お分りにならぬのか』
『とんともう、判っきりと、行く先をいって出た例しのないお方で』
それから、番頭は、
『まア、お茶をひとつ』
と、一転して、店からそこまで、歩くにもかなりかかるような奥へ茶を取りに這入って行ったが、武蔵は、ここに落着いている気にもなれない。
やがて、茶を運んで来た番頭に向い、主人の大蔵の容貌や年配を訊いてみると、
『はいはい、道中でお会いなされましても、てまえ共の御主人なら、一目でお分りになるに違いございません。お年は五十二におなりでございますが、どうして、まだ屈強な骨ぐみで、お顔は、どちらかといえば角で赭ら顔のほうで、それに痘瘡の痕がいっぱいござりましてな、右の小鬢に、少々ばかり薄禿が見えまするで』
『脊丈は』
『並の方とでも申しましょうか』
『衣服は、どんな物を』
『これは、今度のお旅には、堺でお求めなされたとかいう唐木綿の縞を着て行かれました。これは珍しいもので、まだ世間一般には着ているお方も稀でございますから、主人を追っておいで遊ばすには、何よりもよい目印になろうかと存じまする』
彼の人柄はそれであらまし分った。なおこの番頭を相手にして話をしていたら限りもあるまい。折角なので、茶を一喫するとすぐ武蔵はそこを出て、先へと急いだ。
明るいうちにはもう難かしいかも知れないが、夜を通して、洗馬から塩尻の宿場を過ぎ、今夜のうちに、峠まで登って待ちかまえていれば、その間に、二刻の道程は追い越し、やがて夜明けと共に、後から奈良井の大蔵と城太郎が通りかかるに極っている。
『そうだ。先へ越えて、彼処で待てば――』
贄川、洗馬も過ぎて、麓の宿場までかかると、すでに陽はかげって、夕煙の這う往来に、軒毎の燈火が、春の晩ながら、なんともいえない山国の佗しさを瞬いている。
そこから塩尻峠の頂きまでは、なお二里以上はある。武蔵は、息もつかず登りつめた。そしてまだそう更けぬうちに、いの字ケ原の高原に立ち、ほっと息をつきながら、身を星の中に置いて、暫く恍惚となっていた。
導母 の杖
一
武蔵はふかく眠った。
今、彼の眠っている小さい祠の廂には、浅間神社という額が見える。
そこは高原の一部から、瘤のように盛り上っている岩山の上で、この塩尻峠では、さし当って、ここより高い所は見当らない。
『おおうい。登って来いよ。富士山が見えるで』
ふいに耳元で人声がしたので、祠の縁に手枕で寝ていた武蔵は、むっくりと起きあがって、いきなり眩ゆい暁雲に眼を射られたが、人影は見えないで、はるか彼方の雲の海に、真っ赤な富士のすがたを見出した。
『ああ、富士山か』
武蔵は少年のように驚異の声を放った。絵に見ていた富士、胸に描いていた富士を、眼のあたりに見たのは、今が生れて初めてなのだった。
しかも寝起きの唐突に、それを自分と同じ高さに見出して、対い合ったのであるから、彼はしばらく吾れを忘れ、唯、
『――ああ』
というため息を胸の中に曳いて、瞬ぎもせず眺め入っていた。
何を感じたのであろうか、そのうちに武蔵の面には涙の玉が転びはしっている。拭こうともしないで、その顔は朝の陽に灼かれて涙のすじまで紅く光って見えた。
――人間の小ささ!
武蔵は衝たれたのである。宏大な宇宙の下にある小なる自己が悲しくなったのであった。
明らかに彼の胸を割れば、一乗寺下り松で、吉岡の遺弟何十名という数を、まったく自己の一剣の下に征服してからは、いつのまにか彼の胸にも、
(世の中は甘いぞ)
と、ひそかに自負の芽が萌していた。天下の剣人と名乗る者は数有っても、およそ何程のものでもあるまいという慢心が首を擡げかけていた。
だが。
たとい剣に於いて、望むがごとき大豪となったところで、それがどれほど偉大か、どれほどこの地上で持ち得る生命か。
武蔵は、悲しくなる。いや富士の悠久と優美を見ていると、それが口惜しくなってくる。
畢竟、人間は人間の限度にしか生きられない。自然の悠久は真似ようとて真似られない。自己より偉大なるものが厳然と自己の上にある。それ以下の者が人間なのだ。武蔵は、富士と対等に立っていることが恐くなった。彼はいつのまにか地上にひざまずいていた。
『............』
そして合掌していた。
合わされたふたつの掌を通して、彼は母の冥福を祈った。国土の恩を感謝した。お通や城太郎の無事を祈った。又神や天地のごとく、偉大なるわけにはゆかないが、人間として、小ならば小なりに偉くなりたい――と自己の希望をも心のそこで祈った。
『............』
猶、彼は掌をあわせていた。
すると、
――ばか、なぜ人間が小さい。
と、いう声がした。
――人間の眼に映って初めて自然は偉大なのである。人間の心に通じ得て初めて神の存在はあるのだ。だから、人間こそは、最も巨きな顕現と行動をする――しかも生きたる霊物ではないか。
――おまえという人間と、神、又宇宙というものとは、決して遠くない。おまえのさしている三尺の刀を通してすら届きうるほど近くにあるのだ。いや、そんな差別のあるうちはまだだめで、達人、名人の域にも遠い者といわなければなるまい。
合掌のうちに、武蔵がそんな閃めきを胸に享けていると、
『なアる程! よく見えらあ』
『お富士様が、このように拝める日は、すくのうござりますよ』
下から這い上って来た四、五名の旅人たちが、手をかざして、ここの景観を称え合っていた。その町人たちの中にも、山を単なる山としている者と、神として仰ぐ者と、自らふたつあった。
二
瘤山の下の高原の道には、もう西と東から行き交う旅人の影が、蟻のように見下ろされる。
祠の裏へ廻って、武蔵は、その道を見張っていた。――やがて奈良井の大蔵と城太郎が、麓から登って来るにちがいない。
そしてもし此方で見つけ損ねても、先方があれを見落す気づかいはあるまい――と安心していた。
なぜならば、彼は入念に、この岩山の下の道ばたに、板切れを拾って、それへこう書いて目につく崖に立てかけて置いてあるからである。
奈良井の大蔵どの
御通過のみぎりは
お会い申したく、
上の小祠にて、お
待ち申しおり候
城太郎の師 武 蔵
ところが、往来の多い朝の一刻を過ぎ、高原のうえに陽の高くなる頃まで待っても、似た人も通らないし、彼の立ててきた札を見て、下から声をかける者もない。
『おかしいなあ?』
と、怪訝からざるを得ない気持に囚われてしまう。
『来ないわけはないが?』
と、どうしても思う。
この高原の嶺を境にして、道は甲州、中山道、北国街道の三方にわかれているし、水はみな北へ駛って、越後の海へ落ちてゆく。
奈良井の大蔵が、たとい善光寺平へ出るにしても、中山道へ向うにしても、ここを通らないという理窟は考えられない。
だが、世間のうごきを、理窟で推してゆくと、とんだ間違いが往々に起る。何か急に、方角を変えたか、まだ手前の麓に泊まっているのかもしれない。腰に一日の用意は提げているが、朝飯と午飯をかねて、麓の宿場まで戻ってみようか?
『......そうだ』
武蔵は、岩山を降りかけた。
その時である。
岩山の下から、
『あッ、居たっ』
と、ぶしつけな呶鳴り方をした者がある。
その声には、殺気があった。おとといの晩、いきなり身をかすめた棒の唸りに似ていた。はっと思いながら武蔵が岩につかまりながら下を覗くと、果せるかな、声を投げて仰向いている眼はあの時の眼であった。
『――客人、追って来たぞ』
こう呼ばわる者は、駒ケ岳のふもとの土民権之助で、見ると、あの百姓家にいた母親までを連れている。
その老母を牛の背にのせ、権之助は、例の四尺ほどの棒と手綱を持って、武蔵の姿を睨めあげていうのだった。
『客人! いい所で会った。だまって俺の宿から逃げ出したのは、こっちの肚を察して、躱したつもりだろうが、それでは俺の立つ瀬がねえ。もういっぺん試合をしろ。おれの杖をうけてみろ』
三
――降りかけた足を止めて、武蔵は岩と岩の間の急な細道の途中で、暫く、岩に縋ったまま、下を見ていた。
降りて来ない、と見たか、下なる権之助は、
『阿っ母、ここで見ていさっしゃい。なにも、試合するには、平地と限ったこたあねえ。登って行って、彼の相手を、眼の下へたたき落してみせる』
母の乗っている牛の手綱を放し――小脇の杖を持ち直して――やにわに岩山の根へ取りつこうとすると、
『これ!』
彼の母はたしなめた。
『いつぞやも、そのような粗忽が不覚の因ではないか。いきり立つ前に、なぜよう敵の心を読んでおかぬのじゃ。もし上から石でも落されたらどうしやる』
なお何か、母子のあいだで、交している声は聞える。然し意味は武蔵の所までは聞きとれない。
その間に、武蔵は肚を決めていた。――やはりこの挑戦は避けるに如くはないという考えである。
すでに自分は、勝っているのだ。彼の杖の技倆もわかっている。改めて猶勝つ要はさらにない。
のみならず、あの一敗を口惜しがって、母子してここまで自分の後を慕って来たところを見ると、愈々、負けずぎらいな母子の恨みの程が怖しい。吉岡一門を敵とした例を見ても、怨みののこるような試合はすべきでない。益は少くて、まちがえば、天命を縮めてしまう。
それに又、武蔵は子を盲愛するの余り人を呪う無知な老母の恐しさは、身にも骨にも沁みて、一日一度は必ず思い出すほどだった。
あの又八の母親――お杉ばばの影を。
何を好んで、また人の子の母から、呪いを買おう。何う考えても、これは逃げるの一手、ほかに当り障りなく通る道はなさそうに思われる。
で、彼は無言のまま、半まで降りて来た岩山を、又ふたたび上へ向って、のそのそと登りかけた。
『――あっ、お武家』
その背へ、下からこう呼んだのは、気の荒い息子の方ではなく、今、牛の背を降りて地上に立った老母の方であった。
『............』
声の力にひかれて、武蔵は足もとを振りかえってみた。
見ると、老母は岩山の根の辺りに坐って、じっと自分を見上げている。武蔵の眸が下へ振向いたと知ると、老母は両手をついているのである。
武蔵はあわてて、向き直らずにはいられなかった。一夜の恩にこそ預かっているが、そして、なんの礼ものべずに裏口から逃げ出してしまってこそいるが、この長上から、地へ両手をついて、辞儀される事は何もしていない。
(お老母、勿体ない、お手を上げてください)
そういいたそうに、武蔵は思わず、伸ばしていた膝を屈めてしまった。
『――お武家、さだめし、我のつよい者、他愛ない奴と、お蔑みでございましょうの。恥ずかしゅうござりまする。しかし......遺恨の、自惚れのと、思い募るのではございませぬ。年頃、杖をつかい馴れて、師もなく、友もなく、又よい相手にも巡り会わぬこの伜を、不愍と思し召して、もう一手のお教えをうけたいのでござります』
武蔵はなお、無言であった。けれど老母が、届きかねる声を一心に張って、こう下からいう言葉には、耳を洗って聞かなければならない真がこもっていた。
『このままお別れ申しては、どうにも残念でござります。ふたたび貴方のようなお相手に会えるやらどうやら。――猶々、あの見苦しい敗れ方のままでは、この子も、この母も、以前は名だたる武門であった御先祖に、どう顔向けがなりましょう。意趣ではございませぬぞ。敗けるにしても、あれではただの土民がねじ伏せられただけのものでござります。折角、巡り会うた貴方のようなお方から、なにも得ずに過ぎては、それこそ口惜しい限りでございます。わしは、それを伜に叱って連れて参りました。――どうぞわしの願いをかなえて試合ってやって下されい。お願い申しまする』
いい終ると、老母は、武蔵の踵を拝むように、又、大地へ両手をつかえていた。
四
武蔵は黙って降りて来た。そして道傍の老母の手を取って、牛の背へ押しもどし、
『権どの、手綱を持て、歩きながら話そう。――試合うか、試合わぬかは、わしも歩きながら考えるとして』
と、いった。
次に彼は、黙々と、その背を母子の者に向けて歩いて行く。話しながら歩こうといったのに、その沈黙は変らない。
武蔵が何を迷っているか、権之助にはその肚が酌めないのである。疑いの眼を彼の背へ光らしている。そして一歩でも距つまいとするもののように、遅い牛の脚を叱咤しながら尾いて行った。
嫌というか。
応か。
牛の背の老母もまだ不安そうな顔に見えた。そして、十町か二十町も高原の道を歩いたかと思う頃、先に歩いていた武蔵が、
『ウム!』
と独り返辞をしながら、くるりと、踵をめぐらし、
『――立合おう』
と、いきなりいった。
権之助は手綱を捨て、
『承知か』
即座にもと思ったらしく、もう足場を見まわすと、武蔵は、意気ごむ相手を眼の外に措いて、
『じゃが――母御』
牛の背へいうのである。
『万が一のことが有ってもよろしいか。試合と斬合とは持ち物がちがうだけで、紙一重ほどの相違もないが』
念を押すと、老母は初めてにこと笑って、
『御修行者、お断りまでもないことを仰せられる。杖を習び出してからもう十年。それでも猶、年下のあなたに負けるような伜であったら、武道に思いを断つがよい。――その武道の望みを断っては、生きるかいもないといいやる。さすれば、打たれて死んだとて当人も本望である。この母も、恨みにはぞんじませぬ』
『それ迄にいうならば』
と、武蔵は、眸を一転して、権之助の捨てた手綱をひろい、
『ここは往来がうるさい。どこぞへ牛を繫いで、心ゆくまでお相手いたそう』
いの字ケ原のまっただ中に、枯れかけている一本の巨きな落葉松が見える。あれへと指して、武蔵はそこへ牛を導き、
『権どの。支度』
と、促した。
待ちかねていた権之助は、おうと武蔵の前に棒をひっ提げて立った。武蔵は直立したまま、相手を静かに見た。
『............』
武蔵には木剣の用意がない。そこらの得物を拾って持つ様子もなかった。肩も張らず、二本の手は柔かに下げたままである。
『支度をしないのか』
今度は権之助からいった。
武蔵は、
『なぜ?』
と、反問した。
権之助は、憤っと、眼から出すような声で、
『得物を把れ、何でも好む物を』
『持っておる』
『無手か』
『いいや......』
首を振って、武蔵は、左の手をそっと忍ばすように、刀の鍔の下へ移して、
『此処に』
といった。
『なに! 真剣で』
『............』
答えは、唇の端に歪めた微笑を以てした。低い一声、静かな呼吸の一つも、もう徒らに費やすことはできないものになっている。
落葉松の根元へ、濡れ仏のように、べたっと坐り込んでいた老母の顔は、途端にさっと蒼ざめた。
五
――真剣で。
武蔵がいった為に、老母は急に動顚したのであろうか。
『ア。待って賜も』
ふいに横からいった。
だが、武蔵の眼、権之助の眼、そう双つのものは、もうそれ位な制止では、針程も動かなかった。
権之助の棒は、この高原の気をみんな吸って、一撃の唸りにそれを噴き出そうとするもののように、凝と小脇に含んで構え、武蔵の片手は、鍔の下に膠着したまま、相手の眼の中へ、自分の眼光を突っこむような眼をしているのである。
もう二人は、内面に於て、斬り結んでいるのである。眼と眼とは、此の場合、太刀以上、棒以上に相手を斬る。まず眼を以て斬り伏せてから、棒か刃か、何っ方かの得物がはいって行こうとするのである。
『待たッしゃれ!』
老母は、又叫んだ。
『――何か?』
と、答えるためには、武蔵は四、五尺も後へ身を退いていた。
『真剣じゃそうな』
『いかにも。――木剣でいたしても、真剣でいたしても、拙者の試合は同じことですから』
『それを止めるのではないぞえ』
『お分りならばよいが、剣は絶対だ......手にかける以上、五分までの七分までの、そんな仮借があるものではない。――さもなくば、逃げるかがあるばかり』
『元よりの事――。わしが止めたは、それではない。これほどな試合に、後で名乗り合わなんだ事を悔やんではと――ふと思い寄ったからじゃ』
『うむ、いかにも』
『怨みではなし、しかし、どちらから見ても、会い難きよい相手、この世の縁。――権よ、そなたから名乗ったがよい』
『はい』
権之助は、素直に一礼して、
『遠くは、木曾殿の幕下、太夫房覚明と申し、その人を家祖といい伝えております。なれ共、覚明は木曾殿の滅亡後、出家して、法然上人の室に参じております故、その一族やも知れませぬ。年久しく、土民として今、私の代に至りましたが、父の世の頃、或る恥辱をうけ、それを無念におもいまして、母と共に誓いをたて、御岳神社に参籠して、必ず、武道をもって世に立つことを神文に誓ったのです。――そして神前に於て、会得したこの杖術を、自ら夢想流と称し、人はてまえを呼んで、夢想権之助といっております』
彼が口を結ぶと、武蔵も礼儀を返して、
『拙者の家は、播州赤松の支流、平田将監の末で、美作宮本村に住し、宮本無二斎とよぶものの一子、同苗武蔵であります。さして、有縁の者もおりませず、又、元より武辺に身をゆだねて世にさすらう以上は、たとえこれに於て、其許の杖の下に、敢なく一命を終ろうとも、毛骨のお手数などは御無用な業です』
と、いった。そして、
『では』
と、立ち直ると、権之助も杖を把り直して、
『では』
と、応じた。
六
松の根もとに坐りこんだ老母はその時、息もしていないように見えた。
降りかかった災難とでもいうならば兎も角、われから求めて、追いかけて来て迄、わが子を今、白刃の前に立たせている。――常人には到底考えられない心理の中に、しかし、この老母は自若としているのだ。万人が何といおうが、自分だけは深く信じる所があるもののような姿をして――。
『............』
べたんと、坐ったまま、肩をすこし前へ落し、行儀よく両手を膝にかさねている。幾人の子を生み、幾人の子を亡くして、貧苦の中に耐えてきた肉体か、その姿はいかにも小さい。そして萎みきっている。
――だが今、武蔵と権之助とが、何尺かの土の間に対峙して、
『では』
と、戦端を切ったせつなに、老母の眸は、天地の仏神が皆集まってそこから覗いているような、巨大な光を発した。
彼女の子は、すでに武蔵の剣の前に、その運命を曝していた。武蔵が鞘を払った瞬間に、権之助はもう自分の運命がわかったような気がして、体がさっと冷たくなった。
(はて、この人間は?)
と今、観えて来たのである。
いつぞや、わが家の裏で、不用意に闘って感得した敵とはまるでその体が違う。文字でいうならば、彼は草書の武蔵を見て、武蔵の人間を律していたが、きょうの厳粛で、一点一画もゆるがせにしない、武蔵の楷書の体を見て、自分が敵を量るに、意外なまちがいを抱いていたことを覚ったのである。
又、それが覚れる権之助であるから、いつぞやは自信にまかせて、滅多打ちに振りこんだ杖も、きょうは、頭上へたかく振りかぶったまま――まだ一打の唸りすら呼び起すことができない。
『............』
『............』
いの字ケ原の草靄は、かかるあいだに薄ッすらと霽れかけていた。遠くかすんでいる山の前を、一羽の鳥影が悠々と横ぎってゆく。
――ぱッと、二人のあいだの空気が鳴った。飛ぶ鳥も落ちるような見えない震動である。それは又、杖が空気を搏ったのか、剣が大気に鳴ったのか、いずれともいえないことは、禅でいう、隻手の声は如何というのと同じことである。
――のみならず双方の五体と得物の一如なうごき方は、とても肉眼に依って見て取ることは難かしい。はっと、視覚から脳へそれが直感する一秒間の何分の一かわからない一瞬に、すでに眼に映る二人の位置と姿勢はまるで変っている。
権之助が振り落した一撃は、武蔵の体の外を搏ち、武蔵が小手を翻えして、中位から上位へ向けて薙ぎ上げた刃は、権之助の体の外とはいいながら、殆ど右の肩から小鬢の毛をかすめる位に閃いていた。
同時に、この場合も、武蔵の刀は、彼のみの持っている特質として相手の身を外れて行く所まで行くと、ヒラと、すぐ松葉形に切先を返して来た。この返す切先の下こそ、いつも彼の相手の地獄となるところであった。
ために、第二撃を、敵に与える遑もなく、権之助は杖の両端を持って、武蔵の刀を、頭上で受け止めた。
かんと、彼の額の上で、杖は鳴った。白刃と杖とのこんな場合、杖は当然両断になってしまいそうなものだが、刃が斜めに来ない限り、決して切れるものでない。従って、受ける方にも、その手心があって、権之助が頭上へ横に翳した杖は、敵の手元へ深く左の肱を突ッこみ、右の肱をやや高く折り曲げて、咄嗟、武蔵のみずおちを、杖の突端で突かんとしながら受けたものであった。しかし武蔵の刃はたしかに止まったが、その捨て身な迅業は、成功しなかった。――なぜならば、杖と刀とが、彼の頭上で、がっきと十字に嚙み合ったせつな、杖の先と武蔵の胸のあいだには、惜しくも、ほんの一寸ほどな空間を残していたからである。
七
引きもならない。
押してもゆけない。
無碍にそれをやろうとすれば、忽ち、焦心だつほうが敗れるに極まっている。
これが、刀と刀との場合ならば、つば競りというのであろう。が、一方は刀でも一方は杖である。
杖には鍔がない、刃がない、又、切先も柄もない。
けれど、丸い四尺の杖は、その全部が刃であり、切先であり、又、柄であるともいい得る。従って、これを上手に使われると、杖の千変万化なことは到底、剣の比ではない。
剣の六感で、
(こう来るな)
というような測定をもったらとんだ目にあう。杖は、時によって、刀のような性格を持って、短槍と同じ働きもするからである。
十文字になった杖と刀の上から、武蔵が刀を引けない理由は、その予測がゆるされないからであった。
権之助の方は猶さらである。彼の杖は、武蔵の刀を、頭上に支えているのであるから、受身の体であった。――引くはおろか、もし、満身の気魄を、びくとでも弛めたらば、
(得たり)
と、武蔵の刀は、そのまま一押しで、彼の頭を砕いてしまうであろう。
御岳の夢想をうけて、杖の自由を体得したという権之助も、今はどうすることも出来なかった。
見ているまに、彼の顔は蒼白になって行った。下唇へ前歯がめりこんでいる。吊るしあがった眼じりから脂汁がねっとりと流れ出す。
『............』
頭上に受けとめている杖と刀の十字が波を打ってくる。その下に、権之助の息が刻々に荒くなっていた。
――すると。
その権之助以上、蒼ざめた形相となって、松の根がたから凝視していた老母が、
『権ッ』
と、さけんだのである。
権――と絶叫した瞬間に老母はわれを忘れていたに違いない。坐っていた腰を伸び上げて、その腰を自分で強かに打ちながら、
『腰じゃわえ!』
と罵って、そのまま血でも吐いたのか、前へのめってしまった。
武蔵も権之助も、ふたりとも石に化るまで離れそうにも見えなかった杖と刀が、とたんに、嚙み合ったせつなよりも凄まじい力を持って、ぱッと離れた。
武蔵の方からである。
退いたのも、二尺や三尺ではない。右か左か、何ッちかの踵が、土を掘ったような勢いであった。その反動、彼の体は七尺も後へ移っていた。
しかし、その距離は、権之助の飛躍と、四尺の杖に、すぐ迫られて、
『――あッ』
と、武蔵は辛くも横へ払い退けた。
死地から攻勢に立ったとたんに払い捨てられたので、権之助は、頭を大地へ突っこむような勢いで、だッと、前へのめった。そして、強敵に会った隼が、死にもの狂いとなったように、髪逆立てた武蔵の眼の前に、明らかに、空いている背中を曝してしまった。
一本の雨のような細い閃光が、その背を切った。
――うううっと、仔牛のように唸きながら、権之助は猶、ととととと、三足ほど歩いてそのまま仆れ、武蔵も片手でみずおちを抑えながら、草の中へ、どたっと、腰をついて坐ってしまった。
そして、
『――負けた!』
と叫んだ。
武蔵がである。
権之助は声もない。
八
前のめりに仆れたまま、権之助はいつ迄も動かなかった。――それを見入っているうちに、老母も喪心してしまった。
『みね打ちです』
武蔵は、老母へ向って、こう注意を与えた。それでもまだ、老母が起って来ないので、
『はやく、水をおやりなさい。御子息には、何処も怪我はない筈だ』
『......えっ?』
老母は、初めて顔を上げ、やや疑うように権之助の姿を見ていたが、武蔵のいうとおり、血にまみれては居なかったので、
『オオ』
次には、跟めいて、いきなりわが子の体へ、縋りついた。水を与え、名を呼んで、老母がその体を揺り動かすと、権之助は息をふき返した。――そして茫然と坐っている武蔵を見ると、
『怖れ入りました』
いきなりその前へ行って土に額ずいた。武蔵はわれに還ると共に、慌ててその手を握り取って、
『いや、敗れたのは、其許ではない、拙者の方です』
彼は、襟元を披いて、自分のみずおちを、二人へ見せた。
『杖の先が、赤い痕になっているでしょう。もう少し入ったら、恐らく拙者の生命はなかったに違いない』
いいながらも、武蔵はまだ、茫然としているのである。どうして敗れたかを理解し切る迄は。
同じように、権之助も老母も、彼の皮膚にある一点の紅い斑点をながめて、口もきけなかった。
武蔵は襟を合わせて、老母に訊ねた。――今、二人が試合のうちに、腰! と叫んだのは何の為か。あの場合、権之助殿の腰構えに、抑、どういう虚を見出されて、あんな声を発しられたのか。
すると、老母は、
『お恥ずかしい事じゃが、せがれは唯、あなたの刀を杖で支えるに必死となって、両足を踏まえておりました。退いても危ない、突いても危ない、絶体絶命の縛りに会っての。――それを横から見ておるうち、はっと、武術も何も判らぬわしにすら見えた虚がある。それは――あなたの刀に心の総てを奪われていたから縛りに会ったのじゃ。手を引こうか、手をもって突こうかと、逆上っているので更に気がつかぬようじゃったが、あの体のまま、手も其のまま、ただ腰を落しさえすれば、自然に杖の先が、相手の胸元へどんと伸びる......そこじゃと、思うたので、何を叫んだのやら思わず口走ったのでござりました』
と、いう。
武蔵はうなずいた。よい教えを受けたと、この機縁に感謝した。
黙然と、権之助も聞いていた。彼にも何か会得するところが有ったに違いない。これは、御岳の神の夢想ではない、眼の前に、子が斬られるか生きるかの境を見て、現実の母が、愛の中から摑み出した「窮極の活理」であった。
木曾の一農夫権之助、後に、夢想権之助と称して、夢想流杖術の始祖となった彼は、その伝書の奥書に、
〝導母の一手〟
なる秘術を誌して、母の大愛と、武蔵との試合を審らかにしているが「武蔵に勝つ」とは書いていない。彼は生涯、武蔵に負けたと人にも語り、その負けたことを尊い記録としていた。
それはそうと、この母子の多幸を祈って別れ、いの字ケ原を去って、武蔵が上諏訪の辺まで行き着いたかと思わるる頃、
『この道筋を、武蔵という者が通らなかったであろうか。慥に、此の道へ来たわけだが――』
と、馬子の立場だの行き交う旅人に、途々訊合わせながら、後を慕ってゆく一名の武家があった。
一夕の恋
一
どうも痛む......。
みずおちの中心を外れて少し肋骨にかかっている。夢想権之助からうけた杖の痛みである。
麓か、上諏訪のあたりに足をとめて、城太郎の姿を探し、お通の消息を知らねばならぬと思うのであったが、なんとなく気が冴えない。
彼は、下諏訪まで足を伸ばした。下諏訪まで行けば温泉がある。そう思ってから急に真っ直に歩いたのである。
湖畔の町は、町屋千軒といわれていた。本陣の前の屋根のある風呂小屋が一ヵ所見えたが、後は往来傍にあって、誰が入浴ろうと怪しむ者はない。
武蔵は、着物を立木の枝に懸け、大小を括り付けた。そして、野天風呂の一つに体を浸けて、
『ああ』
と、石を枕に、眼をふさいだ。
今朝から革ぶくろのように硬ばっていたみずおちを、そうして湯の中で揉んでいると、眠くなるような快さが血管を繞ってくる。
陽が傾きかけている。
漁師の家でもあろうか。湖畔の家と家の間から見える水面には、茜色の淡靄が立って、それも皆湯のように感じられる。二、三枚の畑を隔てたすぐそこの往来には、馬や人間や車の行き交う物音が頻繁であった。
と――その辺の油や荒物を売っている小やかな店先で、
『草鞋を一足くれぬか』
と床几を借りうけて、足拵えを直している侍がいっているのである。
『うわさはこの辺へも聞えておろう。京都一乗寺の下り松で、吉岡方の大勢を一身にうけ、近頃ではめずらしい、よい試合ぶりをした男だ。確かに通ったに違いないが、気づかなかったかの』
塩尻峠を越えると間もなくから、往来を訊いて歩いている例の武家であった。そのくせ、そうよくは知らないと見えて、問われた者から、服装や年頃などを反問されると、
『さあ、その程は』
と、あいまいなのである。
しかし、何の用があるのか、熱心は熱心で、そこでも見かけないという返辞を聞くと、ひどく落胆して、
『何とか、会いたいものだが......』
と、草鞋の緒をくくり終えても、まだ愚痴のように繰返している。
自分の事ではないか。
武蔵は、畑越しに、湯の中からその武家を篤と見ていた。
旅焦けのしている皮膚――四十ぐらいな年配――牢人ではない主持である。
笠の紐癖でそそけているのかも知れないが、小鬢の毛が荒く立って、これが戦場に立ったら、武者面のほども偲ばれる骨柄である。裸にしたら鎧ずれや具足だこで鍛え抜かれている体だろうとも思われる。
『はて......覚えがないが』
考えている間に、武家は立ち去ってしまった。吉岡の名を口にしたところから見て、事によったら、吉岡の遺弟ではあるまいかなどとも思ってみる。
あれだけの門下のうちだ、気骨のある人間もいよう。奸計をめぐらして、復讐しようとつけ狙っている者がないとはいえない。
体を拭き、衣服を着けて、武蔵がやがて往来へ姿を現すと、何処からか出て来た最前の武家が、
『お訊ね申すが』
と、ふいに彼の前に会釈して、しげしげと顔を見ながらいった。
『もしや尊公は、宮本殿ではござるまいか』
二
不審顔に、武蔵がただ頷くと、彼を糺したその武家は、
『やあ、さてこそ』
と、自分の六感に凱歌をあげて、又、さもさも懐しげに、
『とうとうお目にかかることが出来、大慶至極。......いや何かしら、今度の旅では、何処かでお目にかかれるような気持が、初めからいたして居った』
と、独りで欣んでいる。
そして武蔵が、何を問う遑もなく、とにかく今夜は御迷惑でも同宿ねがいたいといい、
『さりとて、決して不審な者ではござらぬ。こう申しては、烏滸のようなれど、いつも道中には、供の者十四、五名は連れ、乗り換え馬の一頭も曳かせて歩く身分の者でござる。念のため名乗り申すが、奥州青葉城の主、伊達政宗公の臣下で、石母田外記という者でござる』
とつけ足した。
意にまかせて伴われてゆくと、外記は湖畔の本陣に泊りを定め、通るとまず、
『風呂は』
と、自分で訊ねながら、すぐ自分で打ち消して、
『いや、尊公はもう、野天風呂でおすみじゃな。では失礼して』
と、旅装を解き、気軽に手拭を持って、出て行ってしまう。
おもしろそうな男ではある。然し武蔵にはまだ分っていない。一体、何であんなに自分の後を尋ね、自分に親しみを持っているのか?
『おつれ様も、お召替えなさいませぬか』
と、宿の女が、どてらを出して彼へすすめる。
『わしは要らぬ。都合によっては、ここへ泊るか泊らぬか、まだ分らぬのだから――』
『おや、左様でございますか』
開け放してある縁へ出て、武蔵は漸く暮れてきた湖水へ眸をやり、その眸に、又ふと、
『どうしたか?』
と、物思わしく、彼女の悲しむ時の睫毛などを、描いていた。
うしろで女中が膳をすえている物音が静かにする。やがて燈火が背から映す。そして欄の前のさざ波は、見ているうちに濃藍から真っ暗になってゆく。
『......はてな、この道へ来たのは、方角を取り違えたのではないか。お通は誘拐されたという。女を誘拐す程な悪い奴が、こんな繁華な町へさしかかるわけはない』
そんな事を考えたりしていると、耳に彼女の救いをよぶ声が聞えるような気がする。何事も天意だと達観していながら、すぐ居ても立っても居られない心地がしてくる。
『いや、どうも、大きに失礼を仕った』
石母田外記が戻って来た。
『さ、さ』
と早速、膳の前へ、着座をすすめたが、自分だけのどてら姿に気づいて、
『尊公も、どうぞ、お着替えくだされい』
と、強っていう。
それを武蔵も、強って固辞して、常に樹下石上のおきふしに馴れている身、寝るにもこのままの姿、歩くにもこのままの姿、それでなかなか寛げもすれば窮屈でございませぬと答えると、
『いや、それよ』
と、外記は膝を叩いて、
『政宗公のお心がけは、行住坐臥、やはりそこに御座る。かくもあろう人とは思っていたが、ウウムさすがは』
と、燈火を横にうけている武蔵の顔を、穴のあく程、見惚れているのだった。
そして我に返ると、
『いざ。おちかづきに』
と、杯を洗って、これからの夜を心ゆくまで楽しもうとするもののように、慇懃に一献向ける。
辞儀だけして、手は膝においたまま、武蔵は初めて訊ねた。
『外記殿。これは一体どうした御好意でござりますか。路傍の拙者を追って、このお親しみは?』
三
改まって、何の為に? と武蔵から訊かれると、外記は初めて、自分の独りのみ込みに気づいたらしく、
『いや成程、ご不審はごもっともじゃ。――然しべつだん意味はないので、強いて、何の為に、路傍のそれがしが路傍の尊公に、かく迄も親しみを持つかと問わるるならば――一言で申さば――惚れたのでござるよ』
と、いって又、
『あははは。男が男に、惚れたのでござるよ』
と、いい重ねる。
石母田外記は、これで十分、自分の気持を説明したつもりらしいが、武蔵にとっては、少しも説明された事にはならない。男が男に惚れるということはあり得よう。けれど武蔵はまだ、惚れる程な男に会った経験がない。
惚れるという対象に持つには、沢庵は少し恐すぎるし、光悦とは住む世の中が隔たりすぎ、柳生石舟斎となるともう余りに先が高すぎて、好きな人とも呼びかねる。
かくて過去の知己を振向いてみても、男が惚れる男などが、そう有る筈のものではない。――それをこの石母田外記は無造作に、
(あなたに惚れた)
と、自分へいう。
お追従であろうか。そんな事を軽々しくいう男はよほど軽薄と思ってもよい。
けれど外記の剛毅な風貌から見ても、そんな軽薄な徒ではないことは、武蔵にも何だか分る気がするのである。
そこで彼は、
『惚れたと仰っしゃるのは、いかなる意味でございましょうか』
愈々、真面目に、こう問い直すと、外記はもう次にいうことばを待っていたように、
『――実は、一乗寺下り松のお働きを伝え聞いて、失礼ながら、今日まで、見ぬ恋にあこがれて居ったのじゃ』
『ではその頃、京都に御逗留でございましたか』
『一月より上洛して、三条の伊達屋敷におりましたのじゃ。あの一乗寺の斬合いがあった翌日、何気なくいつも参る烏丸光広卿をお館にたずねてゆくと、そこで種々な尊公の噂。お館は一度、尊公とも会ったことがあると仰せられ、お年ばえや、閲歴なども承って、愈愈思慕のおもいに駆られ、どうかして一度、会いたいものと念じていた願いかなって――今度の下向に、計らずも尊公が、この道を下っているということを――あの塩尻峠に書いておかれた立札で承知したのでござる』
『立札で?』
『――されば、奈良井の大蔵とかをお待ちになる由を、札に書いて、道ばたの崖へ立てて置かれたであろう』
『ああ、あれを御覧になられたのですか』
武蔵はふと世の中の皮肉をおぼえた。――此方で探し求める者とは巡り会わずに、かえって、思いがけない無縁の人にこうして探し当られて居るとは――
だが、外記の心を聞いてみれば、この人の衷情は身に過ぎて勿体ない。三十三間堂の果し合といい一乗寺の血戦といい、武蔵にとっては、むしろ慚愧な傷心が多く、誇る気もちなどは毛頭ないが、あの事件は、相当世間の耳目を聳動して、うわさの波を天下に拡げているらしい。
『いや、それは面目ないことです』
武蔵は、心からいった。そして心から恥ずかしかった。こんな人に惚れられる資格など自分にないと思うのであった。
ところが外記は、
『百万石の伊達武士のうちにも、よい侍はずいぶん居る。又、こう世間を歩いてみるに、剣の達人上手も少くない。したが、尊公のようなのは稀れでござろう。末たのもしいというのは尊公のような若者じゃ。まったくそれがしは惚れました』
と、称揚して熄まない。――そして又、
『で、今夜は、それがしが一夕の恋を遂げた訳。御迷惑でも、どうか一献お過ごしあって、存分、我儘をいってもらいたいのじゃ』
と、手の杯を洗い直した。
四
武蔵は心を開いて杯をうけた。そして例のごとくすぐ赤くなってしまう。
『雪国の侍は、みな酒が強うござるよ。――政宗公がおつよいので、勇将の下、弱卒なしで』
と、石母田外記は、まだなかなか酔うほどに行っていない。
酒を運ぶ女に、幾度か、灯を剪らせて、
『ひとつ今夜は、飲み明かし、語り明かそうではないか』
『やりましょう』
と、笑みを含み、
『――外記殿は最前、烏丸のお館へはよく参ると仰せられたが、光広卿と御懇意でございますか』
『御懇意という程でもないが――主人の使などで、しげしげ参るうち、あのように御気さくなので、いつのまにか、馴々しゅう伺っておるので』
『本阿弥光悦どののお紹介わせで、私もいちど、柳町の扇屋でお目にかかりましたが、公卿にも似あわぬ、快活な御気性と見うけました』
『快活? ......それだけで御座ったかの......』
と外記はすこしその評に不満らしく、
『もっと長く話してみたら、必ずあの卿が抱いている情熱と智性でもお感じになったであろうに』
『何分、場所が、遊里でござりました故』
『なる程、それではあの卿が、世間を化かしている姿しかお見せなさるまい』
『では、あの方の、ほんとの相はどこにあるのですか』
何気なく、武蔵が問うと、外記は坐り直して、ことば迄改め、
『憂いの中にあるのでござる』
と、いった。
そして、猶、
『――その憂いは又、幕府の横暴にあるのでござりまする』
と、いい足した。
湖水のゆるい波音のあいだに、白々と燈は揺れていた。
『武蔵どの。――尊公はいったい、誰の為に、剣を磨こうとなされるか』
こんな質問は、受けたことがない。武蔵は率直に、
『自分の為に』
と、答えた。
外記は大きく、
『ム。それでいい』
と頷いたが、又すぐ、
『その自分は、誰の為に』
と、たたみかける。
『............』
『それも自分の為か。まさか尊公ほどな精進を持つ者が、小さな自己の栄達だけでは、御満足がなるまいが』
話は、こんな緒口から始まったのである。いやむしろ外記がこんな緒口を自分でつくって、自分の話したい本心を披き出したといったほうが適切かも知れない。
彼の話によると、今、天下は家康の手に帰して。一応、四海万民みな泰平をたたえているやに見えるが、いったい、ほんとに民のために幸福な世の中が出来たろうか。
北条、足利、織田、豊臣――と長いあいだに亙って、いつも虐たげられてきたものは、民と皇室である。皇室は利用され、民は値なき労力のみにこき使われ――両者のあいだにただ武家の繁栄だけを考えて来たのが、頼朝以後の武家政道――それを倣った、今日の幕府制度ではあるまいか。
信長は、ややその弊に気づき、大内裡を造営して見せたり、秀吉も後陽成天皇の行幸を仰いだり、一般を賑わし楽しませる庶民の福祉政策を取ったりもしたが、家康の政策が本意とする所は、飽くまで徳川家中心で、ふたたび庶民の幸福も皇室も犠牲にして、幕府ばかり肥え太ってゆく専横時代がやって来るのではなかろうかと、世の趨く先が案じられる。
『それを案じている者は、天下の諸侯中でも、わが主君伊達政宗公より他にはござらぬ。――そして公卿では烏丸光広卿などで』
と、石母田外記は、いうのであった。
五
自慢というものは元より聞きづらいものだが、主人の自慢だけは聞いていても悪い気はしない。
わけてこの石母田外記は、主人自慢であるらしかった。今の諸侯の中で、心から国を憂い、また皇室へも、心から直な心をよせている者は、政宗を措いて誰もいない――というのである。
『......ははあ』
武蔵はただそう頷く。
彼には、正直なところ、そう頷くだけの知識しかなかった。関ケ原の以後、天下の分布図は一変したが、
(世の中がだいぶ変ったな)
と思うだけで、秀頼方の大坂系大名がどう動こうとしているか、徳川系の諸侯が何を目企みつつあるか、島津や伊達などの惑星が、その中にどう厳存しているか――などという大きな時勢への眼は、改めて向けてみた事もないし、それらの常識は、至って浅かった。
それも加藤とか、池田とか、浅野、福島などといえば、武蔵にも、二十二歳の青年並の観察は持っているが、伊達などというと、もう漠として、
(表高は、六十万石だが、内容は百万石以上もある陸奥の大藩)
という以外、これぞという知識も持ち合せていない。
だから、ははあと、頷くばかりで、時には疑い、時には、
(政宗とは、そんな人物か)
と、聞き入るのであった。
外記は、数々な例証をあげて、
『わが主人政宗は、一年二回は必ず国内の産物を挙げて、近衛家の手より禁中へ献上なされる。――どんな戦乱の年でも、此の伝献を怠られたことはござらぬ。――今度、自分が都へ上ったのも、その伝献の荷駄について上洛いたしたので、無事お役を果したので、帰り途だけ閑暇を賜わって、ひとり見物がてら仙台までもどる途中でござる』
といい、又――
『諸侯のうちで、城内に、帝座の間を設らえてあるのは、わが青葉城があるばかりでござろう。御所の改築の折、古材木をいただいて、遠く船で運んで来たものとか申しまする。とはいえ、いとも質素なもので、主人は朝夕、遠く仰拝する室としているばかりでござるが、武家政道の歴史に鑑みて、一朝、見るに見かねる暴状でも世に行われれば、いつ何時でも、朝廷方の御名をかりて、武家をあいてに戦うお心を抱いておられるのじゃ』
外記は、そういって猶、
『そうじゃ、こういうお話しもある。それは、朝鮮御渡海の時――』
と、話しつづける。
『あの役の折には、小西、加藤など、各々が功名争いして、いかがわしい聞えもござったが、政宗公のお態度はどうであったか。朝鮮陣中で、背に日の丸の旗差物をさして戦われたのは、政宗公おひとりで御座ったぞよ。お家の御紋もあるに、何故に左様な旗差物をお用いあるかと人が問われた時、公はこう仰せられた。――いやしくも海外に兵をひっさげて参った政宗は、一伊達家の功名などで戦い申そうか。又、一太閤の為に働き申すのでもない。この日の丸の旗を故郷のしるしと見て身を捨て申す覚悟――とお答えになったとか』
武蔵は、何しろ興味ふかく聞いていた。外記は杯を忘れている。
『酒が冷えた』
外記は手をたたいて女を呼んだ。そして猶、酒をいいつけそうなので、武蔵はあわてて、
『もう十分です。私は湯漬を頂戴いたしたい』
固辞すると、
『......何の、まだ』
と外記は、残り惜気に呟いたが、相手の迷惑を思ったか、急に、
『では、飯を貰おうか』
と、女へいい直した。
湯漬を喰べながらも、外記はまだ頻りと主人自慢を話しつづけている。中で武蔵が心を傾けさせられたものは、政宗公という一箇の武辺を中心として、伊達藩の者がこぞって、
(如何に武士たるべきか)
と――武士の本分を、「士道」というものを、磨き合っている風の旺なことだった。
今の社会に、「士道」はあるかないか、といえば、武士の興った遠い時代から、漠とした士道はあった。けれど漠としたままそれは古い道徳となり、乱世のつづくうちに、その道義も乱れ果てて、今では太刀を持つ人間の間に、曾つての古い士道さえ見失われてしまっている。
そしてただ、
(武士だ)
(弓取りだ)
という観念だけが、戦国のあらしと共に強まっているのみである。新しい時代は来つつあるが、新しい士道は立っていない。従ってその武士だ、弓取りだと自負する者のうちには、屢々、田夫や町人にも劣る下劣なのが見かけられる。勿論、そういう下劣なる武将は、自ら滅亡を招いてはゆくが、そうかといって、真に「士道」を研いて、自国の富強の根本としてゆこうと自覚している程な将は――まだ豊臣系や徳川系の諸侯を見わたしても極めて少ないのではあるまいか。
曾つて。
それは姫路城の天主の一室へ、武蔵が、沢庵のために、三年のあいだ幽閉されて、陽の目もみずに書物ばかり見ていたあの頃である。
あの沢山な池田家の蔵書の中に、一冊の写本があったことを覚えている。それには、
不識庵様日用修身巻
という題簽がついていた。不識庵とは、いう迄もなく、上杉謙信のことである。書物の内容は、謙信が自身の日用の修身を書きならべて、家臣へ示したものであった。
それを読んで武蔵は、謙信の日常生活を知ると共に、あの時代、越後の富国強兵な謂われを知った。――けれど「士道」というものに迄はまだ思い至らなかった。
所がこよい、石母田外記の話をいろいろ聞いていると、政宗はその謙信にも劣らない人物と思われて来るのみでなく、伊達一藩には、この乱麻の世の中にあって、いつのまにか、幕府権力にも屈しない「士道」を生み、それを磨き合っている風が勃々として、ここに在る、石母田外記一人を見ても、分る気もちがするのであった。
『いや、思わず、それがしばかり勝手なことを喋舌ったが......どうじゃな武蔵殿。いちど仙台へもお越しなさらぬか。主人は至って無造作なお方でござる。士道のある侍なら、牢人であろうと、誰であろうと、お気易くお会いなされる質じゃ。それがしから御推挙もいたそう。ぜひおいでなされ。――ちょうどこうした御縁の折、何ならば、御同道申してもよいが』
膳を下げてから、外記は、熱心にこうすすめたが、武蔵は一応、『考えた上で』と答えて、臥床にわかれた。
べつな部屋へわかれて、枕についてからも、武蔵は眼が冴えていた。
――士道。
凝と、そこに、思索をあつめているうちに、彼は、忽然と、それを自己の剣に省みて悟った。
――剣術。
それではいけないのだ。
――剣道。
飽くまで剣は、道でなければならない。謙信や政宗が唱えた士道には、多分に、軍律的なものがある。自分は、それを、人間的な内容に、深く、高く、突き極めてゆこう。小なる一個の人間というものがどうすれば、その生命を托す自然と融合調和して、天地の宇宙大と共に呼吸し、安心と立命の境地へ達し得るか、得ないか。行ける所まで行ってみよう。その完成を志して行こう。剣を「道」とよぶところまで、この一身に、徹してみることだ。
――そう心に決定をつかんでから、武蔵はふかく眠りに落ちた。
銭
一
眼をさますと、武蔵はすぐ思い出す。――お通はどうしたろう。又、城太郎はどこを歩いているだろう。
『やあ昨夜は』
と、朝の膳で、石母田外記と顔をあわせる。忘れるともなく話に紛れて、やがて旅籠を立ち出ると、この二人も、中仙道を往還する旅人の流れの中に交って行く。
武蔵は、その行き来の流れに、絶えず無意識のうちに眼をくばっていた。
似た人の後ろ姿にも、はっとして、
(もしや?)
と、すぐそれかと思う。
外記も気がついたのか、
『誰方か、お連れでも、お探しかの』
と、訊く。
『さればです』
と、武蔵は搔いつまんで事情を話し、江戸へ参るにしても、途々、その二人の安否を心がけて行きたいから、ここでべつな道を取りたいと、それを機に、夜来の礼をのべて別れかけた。
外記は、残念そうに、
『折角よい道連れと存じたが、それではぜひもござらぬ。――したが、昨夜も諄々お話ししたが、ぜひ一度、仙台の方へお越しください』
『忝けのう存じます。――折もあらば又』
『伊達の士風を見ていただきたいのじゃ。さもなくば、さんさ時雨を聞くつもりでおざれ。歌もいやならば、松島の風光を愛でに渡らせられい。お待ち申すぞ』
そういって、一夜の友は、すたすたと和田峠の方へ一足先に行ってしまった。何となく心ひかれる姿だった。そして武蔵は心のうちで、いつか、伊達の藩地を訪ねてみようとその時思った。
その時代、こういう旅人に出会うことは、武蔵ばかりでなかったろう。なぜならば、まだ明日をも知れぬ天下の風雲である。諸国の雄藩は頻りと人物を求めている。路傍からよい人物を見出して行って、主君へ推挙することは、家臣として、大きな奉公の一つだからであった。
『旦那、旦那』
後ろで誰か呼びかける。
一度和田の方へかかりながら武蔵が又、足を回らして、下諏訪の入口へもどり、甲州街道と中山道のわかれに立って、思案にくれていると、その姿を見かけて来た宿場人足たちの声なのである。
宿場人足といっても、荷持もあれば馬曳きもあるし、これから和田へかけては登りなので、極めて原始的な山駕の駕かきもいる。
『――何か?』
と武蔵はふり返った。
その姿を、無作法に眼で撫で廻しながら、人足達は木像蟹のような腕を拱んで近づいて来た。
『旦那あ。さっきからお連れを探している様子だが、お連れは別嬪ですかえ。それともお供でもおあんなさるかね』
二
持たせる荷物もないし、山駕を雇う気もない。
武蔵はうるさく思って、
『いや......』
と、首を振ったのみで、黙々と、人足たちの群を離れて、歩みかけたが、彼自身まだ、
(西せんか? 東せんか?)
心に迷っている姿だった。
一度は、何事も天意にまかせて、自分は江戸表へと、心に極めたが、やはり城太郎をふと考え、お通の身を思うと、そうも行かない。
(そうだ、きょう一日だけでも、この附近を尋ねてみよう。......もしそれでも知れなければ、一先ず諦めて先へ立つとして)
彼の考えが極まった時、
『旦那、もしや何か、お探しになる事でもあるなら、どうせあっしらは、こうして陽なたぼッこして遊んでいるので御座いますから、お指図なすっておくんなさいまし』
又、寄って来た人足の一人がいうと、他の者も、
『駄賃なんざあ、いくらくれとは申しません』
『一体お探しになっているのは、お女中でござんすか、御老人ですかえ』
余りいうので、武蔵も、
『実は――』
と仔細を話して、誰か、そんな少年と若い女を、この街道筋で見かけた者はないかと訊くと、
『さあ?』
と、彼等は顔を見合わせ、
『誰もまだ、そんなお人は、見かけねえようですが、なあに旦那、こちとらが手分けをして、諏訪塩尻の三道にかけて、探すとなれやあ造作アありませんぜ。誘拐された女子だって、道のねえ所を越えてゆく筈はなし、そこは蛇の道はヘビってもんで、訊き廻るにも、土地に明るいこちとらでなけれやあ分らねえ穴がございますからね』
『なるほど』
武蔵はうなずいた。大きにそれは理窟がある。土地にも不案内な自分が、徒らに歩いてみたり焦躁するよりは、こういう輩を使えば忽ち、二人の消息は分るかも知れない。
『――では頼む、ひとつ其方たちの手で、探してくれまいか』
率直にいうと、人足たちは、
『ようがす』
と、一斉にひき受けてから、暫くがやがや手分けの評議をしていたが、やがて一名の代表者が前へ出て、揉手をしながら、
『ええ、旦那え。エヘヘヘ、寔に申しかねますが、なにしろ裸商売、こちとらあまだ、朝飯も喰べておりません。夕方までにゃあ、きっと、お尋ねのお人を突き止めますから、半日の日雇い賃と、わらじ銭とを、些っとばかりやっておくんなさいませんか』
『おう、元よりの事』
武蔵は当然に思って、貧しい路銀をかぞえてみたが、彼の要求する額には、その全部をはたいても足りなかった。
武蔵は金の貴重なことを人よりも身に沁みて知っている。なぜならば、孤独である。又旅にばかり暮しているから。――然し武蔵は又、金に執着を持ったことがない。それは、孤独の彼には、誰を扶養する責任もない。その一つは、寺に宿り、野に臥し、時には知己の清浄を恵まれ、無ければ喰べずにいても、そう痛痒には感じない。――そのうちに何とかなって来たのが今日までの流浪生活の常であった。
考えてみると、ここまで来た道中の費えも、一切お通が見ていてくれたのだった。お通は、烏丸家から莫大な路銀を恵まれ、それをもって、道中の経済をしていた上、武蔵へもなにがしかの金を頒けて、
(お持ちになっていらっしゃいまし)
と、渡してくれたものだった。
そのお通からもらった全部を、武蔵は人足たちに皆渡して、
『これでよいか』
といった。人足たちは、掌へ銭を頒け合って、
『ようがす。負けておきましょう。――じゃあ旦那は、諏訪明神の楼門でお待ちなすっていておくんなさい。晩までにゃ、きっと、吉いお報らせをいたしますから』
と、蜘蛛の子みたいに散らかって行った。
三
八方、人手を分けて、探しているとはいえ、この一日を、空しく待っているのも智慧がないので、武蔵は武蔵で、高島の城下から、諏訪一円を歩き暮した。
お通と城太郎の消息を尋ね歩いていると、武蔵は、こうして暮れてゆく一日が惜しかった。彼の頭には、絶えず、この辺の地勢とか、水理とか、又、誰か聞えた武術家などはいないかなどと――そのほうへ頻りと心が動く。
だが、その両方ともに、大した収穫もなく、やがて黄昏頃、人足たちと約束した諏訪明神の境内へ来てみると、楼門の辺にも、まだ誰も来ている様子がない。
『ああ、疲れた』
呟きながら、彼は楼門の石段へどっかり腰をおろした。
気づかれというのか、こんな呟きが、嘆息のように出ることは滅多にない。
誰も来ない。
やや退屈を感じて広い境内を、一巡りして又戻って来た。
まだ約束した人足は一人も見えていなかった。
闇の中で、時々、戞つ、戞つ、と何か蹴るような響きがするので、武蔵は、時々、はっとわれに返るような眼をみはった。それが気にかかるらしく、楼門の石段を降りて、ふかい木蔭の中にある一棟の小屋を窺ってみると、その中には、白い神馬が繫がれているのだった。耳についた物音は、神馬が床を蹴って暴れる音だった。
『御牢人、なんじゃ』
馬に飼糧をやっていた男が、武蔵の影を振向いて訊ねた。
『何ぞ、社家に御用事でもあるのか』
咎めるような眼つきでいう。
そこで武蔵が、わけを話して、一応怪しい者でないことを弁明すると、白丁を着ているその男は、
『あははは。あははは』
腹を抱えて笑い止まないのである。
憤っとして武蔵が、何を笑うかというと、その男はなお笑って、
『あんたは、そんな事で、よう旅が出来なさるの。なんであの道中の蠅みたいな悪人足が、先に銭を取って、正直に一日中、そんなお人を探して歩いているものか』
と、いうのであった。
『では、手分けをして、探すといったのは噓であろうか』
武蔵が糺すと、こんどはむしろ気の毒になったように、その男も真顔になっていった。
『お前さんは、騙されたのじゃ。――道理で、きょう十人ばかりの人足が、裏山の雑木林で、昼間から車座になって、酒をのみながら博奕などしておった。おおかた、その連中であったかもしれぬ』
それから、その男は、この諏訪塩尻あたりの往還で、旅客が人足の悪手段にのって路銀をせしめられる屢々の実例を幾つも挙げて、
『わたる世間も同じ事ですよ、これからはよく御用心なさるがよい』
と、空になった飼糧桶をかかえて、彼方へ行ってしまった。
武蔵は、茫然としていた。
『............』
何か、大きな未熟を自己に発見したような気持で。
剣を持っては、隙がないと自負している自身も、世わたりの俗世間に立ち交じる、無智の宿場人足にも翻弄される自分でしかなかった――と明らかに世俗的な不鍛錬が分ってくる。
『......仕方がない』
武蔵はつぶやいた。
口惜しいとも思わないが、この未熟は、やがて三軍を動かす兵法のうえにも現れる未熟である。
これからは謙虚になって、もっと俗世間にも習おうと思う。
――そして彼は又、楼門の方へ足を返して来たが、ふと見ると、自分の去った跡へ来て、誰か一人立っている。
四
『オ。旦那』
楼門の前で辺りを見廻していたその人影は、武蔵の姿を見つけると、石段を降りてきて、
『お探しになっているお人の、一方だけ分りましたから、お報らせに参りましたんで』
と、いった。
『え?』
武蔵はむしろ意外な顔して――よく見るとそれは、今朝、半日の駄賃をやって、八方へ手分けして走らせた宿場人足の中の一人であった。
たった今、
(騙されたのだ)
と、神馬小舎の前で嘲われて来ただけに、武蔵は、意外だったのである。
同時に彼は、自分から半日の駄賃と酒代を詐取した十幾人もの人間が世間に満ちてはいるが、
(世間の全部が、詐欺師ではない)
と分って、それが先ず、欣しかった。
『一方が分ったとは、城太郎という少年の方か、お通の方が知れたのか』
『その城太郎っていう子を連れている、奈良井の大蔵さんの足どりが分ったのでございます』
『そうか』
武蔵は、それだけでも、ほっと心の一面が明るくなった。
正直者の人足は、こう話した。
――今朝、駄賃をせしめた仲間の手輩は、元よりそんな者を探すつもりは毛頭ないので、皆、仕事を怠けて、博奕に耽っているが、自分だけは、御事情を聞いてお気の毒だと思い、一人で塩尻から洗場まで行って立場立場の仲間に、尋ねあるいてみると、お女中衆の消息はさっぱり知れないが、奈良井の大蔵さんなら、ついきょうの午頃、諏訪を通って、和田の山越えにかかって行ったという事を、中食をした旅籠屋の女中から聞きました――というのである。
『よく知らせてくれた』
武蔵は、この人足の正直と功労に対して、酒代を酬いたいと思ったが、ふところに手を当ててみると、路銀はみなほかの狡い連中に取られてしまったので、考えてみると、今夜の飯代しか残っていない。
(――でも、何かやりたい)
と、彼は猶、考えた。
然し、身につけている物で、値のある物などは何一つもない。彼は遂に、今夜は食べずにしのぐと極めて、一度の飯代にと残しておいたわずかな銭を、革巾着の底を払って、皆、その男に与えてしまった。
『ありがとう御座います』
正直者は、当然な事をして、過分な礼に会ったので、銭を額に押しいただくと、ほくほくして立ち去った。
――もう一箇の銭もない。
武蔵は、無意識の中に、銭の後ろ姿を見送っていた。与えながら、与えた後は、ちょっと途方に暮れた気持になった。空腹はもう夕刻から頻りに迫っていたのでもあるし――。
けれど、あの銭が、あの正直者に持ち帰られれば、自分の空腹をみたす以上、何かよい事に費われるにちがいない。それからあの男は、正直に酬われる事を知って、明日も亦、街道へ出て、ほかの旅人へも正直に働くだろう。
『そうだ......この辺で一宿の軒端を借りて朝を待つより、これから和田峠を越えて、先へ行ったという奈良井の大蔵と城太郎に追いつこう』
今夜のうち和田を越えておけば、明日は何処かでその人と城太郎に出会うかも知れない。――武蔵は忽ち思い立って、軈て諏訪の宿場を出外れ、久しぶりに暗い道を、独りすたすたと夜旅の味を踏みしめて行った。
五
――独り夜を歩む。
武蔵は好きだった。
これは彼の孤独な生来から来るものかも知れない。自分の踏む跫音をかぞえ、耳に天空の声を聞いて真っ暗な夜道を、黙々と歩いていると、総てをわすれて、楽しいのであった。
人中の賑やかな中に居ると、彼のたましいはなぜか独り淋しくなる。淋しい暗夜を独り行く時は、その反対に、彼の心は、いつも賑わしい。
なぜならば、そこでは、人中では心の表に現れないさまざまな実相が泛んでくるからであった。世俗のあらゆるものが冷静に考えられると共に、自分の姿までが、自分から離れて、あかの他人を見るように、冷静に観ることができた。
『......オ。燈が見える』
然し――
行けども行けども闇の夜道に、ふと一つの燈を見出すと、やはり武蔵はほっと思う。
人の住む燈!
われに返った彼の心は、人恋しさや、なつかしさに、顫えるほどだった。もうその矛盾を自分に問うている遑もなく、
『――焚火をたいているらしい。夜霧にぬれた袂をすこし乾かしてもらおう。ああ、腹もすいた。稗粥などあらば無心して』
と、足は自ずとその燈へ向って急いでいる。
もう夜半であろう。
諏訪を出たのは宵だったが、落合川の渓橋を越えてからはほとんど山道ばかりだった。一の峠は越えたが、まだ先に和田の大峠と大門峠が、星空に重なっている。
その二つの山の尾根と流れ合っている広い沢の辺りに、ポチと、燈が見えたのである。
近づいてみると、たった一軒の立場茶屋だった。廂の先には「馬繫ぎ」と呼ぶ棒杭が四、五本打ち込んであり、この山中のしかも深夜に、まだ客があるのか、土間のうちからパチパチと火のはぜる音に混じって、粗野な人声が洩れてくる。
『――さて?』
と、当惑した顔つきで、武蔵はその軒端に立ち迷った。
ただの百姓家か木樵の小屋でもあれば、暫時の休息も頼めるし、稗粥の無心ぐらいはきいてもくれるであろうが、旅人を相手に商売している茶店では、一ぱいの茶も、茶代をおかずに立つわけにはゆかない。
どう考えても、金はもう一枚の鐚も持っていないのだ。しかし、温かそうな煙に混じって洩れる煮物のにおいは、彼の飢をつよく思い出させて、もう到底、去り得ないほどだった。
『そうだ、仔細をいって、彼品でも、一飯の値の代りに取ってもらおう』
そう思いついた抵当の品というのは、背に負っている武者修行包みの中の一品だった。
『......ごめん』
彼がそこへ入る迄には以上のような当惑やら苦心のあげくであったが、中でがやがやいっていた連中には、まったく唐突な姿だったに違いない。
『......?』
びっくりしたように皆、黙ってしまった。そして彼の姿を、いぶかしげに見まもった。
土間の真ン中に大きな自在鉤が懸っている。土足のまま囲めるように炉は土へ掘ってあり、鍋には、猪の肉と大根がふつふつ煮えていた。
それを肴に、樽や床几へ腰かけて、酒壺を灰へ突っこみながら、茶碗を廻していた野武士ていの客が三人。――老爺は後ろ向のまま、漬物か何か刻みながら、その客たちと、馬鹿ばなしでもしていたらしい。
『なんだ?』
老爺に代って、そういったのは、中でも眼のするどい、五分月代の男だった。
六
猪汁のにおいや、この家の暖かい火の気につつまれると、武蔵の飢渇は、もう一刻もしのべなくなった。
居合せた野武士ていの男が、何かいったが、それに答えもせず、ずっと通って、空いている床几の隅を占め、
『おやじ、湯漬でもよい、はやく飯を支度してくれい』
亭主は冷飯と猪汁を運んで来て、
『夜どおしで、峠をお越えなされますか』
『ウム、夜旅じゃ』
武蔵はもう箸を取っている。
猪汁の二杯目を取って、
『きょうの昼間、奈良井の大蔵という者が、一名の童を連れて、峠を越えて行かなかったであろうか』
『さあ、存じませんなあ。――藤次どのや、他の衆のうちで、そんな旅の者を見かけた者はございませんか』
おやじが、土間炉の鍋越しに訊ねると、首を寄せて、酌ぎ合ったり囁いたりしていた三名は、
『知らねえ』
膠もなく皆、顔を振った。
武蔵は満腹して、一碗の湯をのみほし、体も温まると共に、さて食事の価が気がかりになった。
最初に、事情を告げて、それからにすればよかったが、他に三名の客が飲んでいるし、慈悲を乞うつもりでもないので、先に腹を拵えてしまったが、もし亭主がきき入れてくれなかったらどうしよう。
その時には、刀の笄でも――と思い極めて、
『おやじ、寔に相済まぬ頼みだが、実は、鳥目を一銭も持ち合せておらぬ。――と申しても、無心を頼むわけではない、此方が持ち合せておる品物を、その値として取っておいてくれまいか』
いうと、案外気やすく、
『ええ、よろしゅうござりますとも。――したが、そのお品とは、なんでございますな』
『観音像じゃ』
『え、そんな物を』
『いや、某の作というような品ではない。拙者が旅のつれづれに、梅の古木へ小刀彫りで彫った小さい坐像の観世音。一飯の値には足らぬかもしれぬが......。まあ、見てくれい』
背に負っている武者修行包みの結び目を解きかけると、炉の向う側にいる三名の野武士たちは、杯を忘れて皆、武蔵の手を凝視していた。
武蔵は、包みを膝にのせた。それは雁皮の紙縒に渋汁を引いた一種の糸で、袋のように編んだ物である。武者修行して歩く者は皆、その袋へ、大事な物を押し籠めて負っているが、武蔵の包みの中には、今彼のいった木彫の観音と、一枚の肌着と貧しい文房具しか這入っていなかった。
編袋の一方を持って、武蔵はそれを振り動かした。すると、中からずしりと、土間へ転がった物がある。
『......やっ?』
これは、茶屋のおやじと又、炉の向う側にいた三名の口から出た声だった。――武蔵は自分の足元へ眼を落したまま、ただ啞然たる顔でしかない。
金の包みである。
慶長小判や銀や金色のかねが、そこら迄散らばった。
(――誰の金?)
と、武蔵は思った。
四人も、そう疑ぐっているらしく、息をのんで、土間の金へ、眼を奪われていた。
武蔵は、もう一度武者修行袋を振ってみた。すると、金の上へ、更に又、一通の書面がこぼれた。
七
怪しみながら披いてみると、それは石母田外記の置手紙であった。
それもたった一行、
当座の御費用に被成べく侯
外 記
としか書いてない。
けれど少からぬ金である。この一行が何をいっているか。武蔵にはわかる気もする。要するにこれは、伊達政宗ばかりでなく、諸国の大名がやっている一つの政策である。
有為の人材を常に召し抱えておくことはむずかしい。然し時代の風雲は、愈々、有為な人材を要望している。関ケ原くずれの浮浪人は、路傍に満ちて、禄を漁りあるいているが、さて、これはという人材は極めて無い。あれば忽ち、家の子郎党の厄介者付きでも、何百石、何千石の高禄で、すぐ売れ口がついてしまう。
いざ戦――という日でも、集まる雑兵はいくらでも集まるが、求めて容易く来ないような人物を、今は各藩で血眼に探しているのだ。そして、これはと思う人物には、何らかの方法で、必ず恩恵を売っておく。或は黙契をむすんでおく。
その、大物どころでは、大坂城の秀頼が、後藤又兵衛に捨て扶持をやっていることは天下の周知である。九度山に引籠っている真田幸村へ、年毎に、大坂城からどれほどな金銀が仕送りされているかぐらいなことは――関東の家康でも調べ上げている所であろう。
閑居している佗び牢人に、そんな生活費のいるはずはない。然し、幸村の手から、その金銀は又、零細な幾千人の生活費になってゆくのである。そこには、戦のある日まで、遊んで暮している沢山な人間が町に隠れていることはいう迄もない。
一乗寺下り松のうわさから、後を追いかけて来た伊達家の臣下が、すぐ武蔵の人物に、食指をうごかした事は当然すぎる。――既にこの金が、明らかに、外記の底意を証拠だてていると見て間違いはない。
――困った金である。
費えば恩を買う。
無ければ?
(そうだ、金を見たから、惑うのではないか。無ければ、無いでもすむものを)
武蔵はそう思って、足もとに落ちている金を拾い集め、元通りに武者修行袋へつつみこんで、
『――では亭主。これを飯の代に、取っておいてくれい』
自分の手すさびに彫った木彫の観世音をそこへ出すと、茶店の老爺は、今度は甚しく不平顔で、
『いけませんよ旦那、これやあ、お断りしますべ』
と、手を出さない。
武蔵がなぜ? というと、
『なぜって、旦那は今、持合せが一文もねえと仰っしゃるから、観音様でもいいといったのじゃが......見れば無いところか、持て余している程、お金を持って御座らっしゃるではねえか。どうか、そんなに見せびらかさねえで、お金で払っておくんなさいまし』
最前から、酒の酔をさまして、固唾をのんでいた三名の野武士は、おやじの抗議を、尤もだというように、後でうなずいていた。
八
自分の金ではない――というような弁解をしてみるのも、この場合は、愚の至りである。
『そうか......では仕方がない』
武蔵は、やむなく一箇の銀片を出して、おやじの手に渡した。
『はて、剰銭がないが。......旦那様、もっと細かいお鳥目で下さいませ』
武蔵は又、金を調べてみた。然し包みは慶長小判と、それがいちばん小さくて安い銀片であった。
『剰銭はいらぬ、茶代に取っておくがいい』
『それは、どうも』
と、おやじは急に打って変る。
もう手をつけた金なので、武蔵はそれを腹巻へ巻いた。そして、茶店のおやじから嫌われた木彫の観音像を、元のように、武者修行袋に入れて背中へ背負う。
『まあ、あたって行かっしゃれ』
と、おやじは薪をくべ足したが、武蔵はそれを機に、戸外へ出た。
夜はまだ深い。けれど腹ごしらえもまずできた。
夜明け迄に、この和田峠から大門峠まで踏破してしまおうと思う。昼ならば、この辺りの高原は、石楠花やりんどうや薄雪草も数あるらしいが、夜はただ渺として、真綿のような露が地を這っているばかり。
花といえば、空こそ、星のお花畑とも見える。
『おおオいっ』
立場茶屋を離れておよそ二十町も来た頃である。
『――今の旦那あ、お忘れ物をなされたぞよ』
さっき茶店に居合せた野武士ていの中の一人であった。
側へ駈けて来て、
『早いお脚だの、あんたが出て行ってから、暫くしてから気づいたのじゃ。――このお金は、あんたの物じゃろうが』
掌に、一粒の銀片をのせて、武蔵に見せ、それを返そうと追いかけて来たのだという。
いやそれは自分の物ではあるまいと武蔵はいったが、野武士ていの男は、かぶりを振って、確かにあなたが金包みを落した時、この一片が土間の隅へ転ったものに違いない、と押し戻して来る。
数えて持っている金ではないので、そういわれてみると、そうかも知れないと武蔵は思うほかなかった。
で、礼をいって、それを袂に納めたが、武蔵は、この男の正直な行為が、なぜか少しも自分の感激に触れないことに気づいた。
『失礼じゃが、あんたは、武道を誰に習びなされた』
用がすんでからも、男は要らぬ話をしかけて、側へついて歩く。それもおかしい。
『我流ですよ』
と、武蔵は、投げっ放しな語調でいう。
『わしも、今は山に籠ってこんな業をしておるが、以前は侍でな』
『ははあ』
『さっき居合せた者も皆そうじゃ。蛟竜も時を得ざれば空しく淵に潜むでな、みな木樵をしたり、この山で、薬草採りなどして生計をたてているが、時到れば、鉢の木の佐野源左衛門じゃないが、この山刀一腰に、ぼろ鎧を纒っても、名ある大名の陣場を借りて、日頃の腕を振うつもりじゃが』
『大坂方ですか、関東方でございますか』
『何っ方でもいい。まずやはり旗色を見て加わらぬと、一生を棒にふるからなあ』
『はははは、大きに』
武蔵は、まるで相手にしない。なるべく足も大股に努めてみたが、男もそれにつれて大股になるので何の効いもない。
そして猶、気になる事には、自分の左側へ左側へと、男は好んで寄り添ってくるのだった。これは、心ある者は最も忌むところの、抜き討ちを仕かける時の姿勢である。
九
――だが武蔵は兇暴な道連れの狙っているその左側を、わざと空けて、甘んじて相手に窺わがせておいた。
『どうじゃな修行者。もし嫌でなかったら、おれたちの住居へ来て、今夜は泊ってゆかないか。......この和田峠の先には、大門峠がある。夜明けまでに越えるというても、道馴れない者にはどうして大変だ。これから先は、道も嶮しくなるばかりだし』
『ありがとう存じます。おことばに甘えて、泊めて戴きましょうかな』
『そうするがいい、そうするがいい。――だが何も、もてなしは無いぜ』
『元より、体さえ横たえれば、それでいいのでございます。して、お住居は』
『この谷道から、左の方へ五、六町ほど登った所さ』
『えらい山中にお住いですな』
『さっきもいった通り、時節の来る迄、世から隠れて、薬草採りをしたり、猟師の業をまねたりして、彼の者たちと三人して暮しているのじゃ』
『そういえば、後のお二人は、何うなされましたか』
『まだ立場で飲んでいるじゃろう。いつも彼家で飲むと酔いつぶれて、小屋まで担いで行く役がおれと極まっているが、今夜は、面倒なので置いて来た。......おッと、修行者、そこの崖を降りるとすぐ谿川の河原だ、あぶないから気をつけろよ』
『彼方へ、渡るのですか』
『ム......その流れの狭い所の丸木橋を渡って、谿川づたいに、左へ登ってゆく......』
と、男は低い崖の途中に立ち止まっている様子だった。
武蔵は、振向きもしない。
そして丸木橋を渡りかけていた。
崖の中途からぽんと跳んだ男は――いきなり武蔵の乗っている丸木橋の端に手をかけて、彼の姿を、激流の中へ振り落そうとして、持ち上げたが、
『何をする?』
と、河の中の声にぎょっとして首を上げた。
武蔵の足は、橋を離れて、飛沫の中の岩の上に、鶺鴒が止まったように立っていた。
『――あッ』
抛り出した丸木橋の端が、白い飛沫を途端に散らした。その水玉の傘が地まで落ちないうちに、河中の鶺鴒はぱっと跳んで返って、いわゆる抜く手も見せない間髪に、狡智に長けたその卑怯者を斬り撲った。
――こんな場合、武蔵は、斬った死骸には眼もくれなかった。死骸がまだ蹌めいているうちに、彼の剣は、もう次の何ものかを待っている。彼の髪は、鷲の逆毛のように立って、満山皆敵と観るもののようであった。
『............』
果して、ぐわあん! と谷間の擘けるような音が渓流の向う側からとどろいた。
いう迄もなく、猟銃の弾である。弾は正しく、武蔵の在った位置を、ぴゅんと通りぬけ、後の崖土の中へ潜った。
弾が土の中へ入った後から武蔵も同じところへ仆れた。そして対岸の沢を見ていると、螢の火みたいな赤いものがチラチラする。
――二つの人影が、そろそろと河べりまで這い出して来る。
一足先に冥土へ立った卑怯者は、後の二人の仲間は、立場の居酒屋でのみつぶれていると噓をいったが、先へ廻って、待ち伏せの手ぐすね引いていたのである。
それも、武蔵の考えていた通りであった。
猟師だとか、薬草採りだとかいっていたのは勿論うそで、この山に巣喰う賊であることは疑ぐってみる迄もない。
けれど、さっき、
(時節が来る迄)
と、途々いった言葉は、ほんとであろう。
どんな盗賊でも、子孫まで盗賊でやって行こうと考えている者は一人もあるまい。乱世の方便としての世渡りに、諸国には今、山賊と野盗と市盗が急激にふえつつある。そして、いざ天下の合戦となると、これが皆、一かどの錆槍とボロ鎧をかついで、陣借りして、真人間に生き甦るのだ。――ただ惜しいかなこの手輩は、雪の日、客に梅を焚いて、時節を待ちながらも時節を度外している雅懐はないのである。
虫 焚 き
一
火繩を口に咥え、一人は二度目の弾込めをしているらしい。
もう一人は、身を屈めて、此っ方を見ている。対岸の崖の下へ、武蔵の影が仆れはしたが、なお疑って、
『......大丈夫か』
と囁いているのだった。
鉄砲を持ち直したのが、
『確かだ』
と、うなずいて、
『手応えがあった』
という。
それで安心して、二人は丸木橋を頼って、武蔵の方へ渡って来ようとした。
鉄砲を持った方の影が、丸木橋の中ほどまでかかって来ると、武蔵は起き上った。
『――あッ』
引金に懸けた指は、もちろん、正確を失っていた。どうんと、弾は空へ走って、ただ大きな谺を呼んだ。
ばらばらっと、二人は引っ返して、谿川添いに逃げ出した。武蔵が追いかけてゆくと、業腹になったものか、
『やいやい、逃げる奴があるものか、相手はひとり、この藤次だけでも片づくが、引っ返して助太刀しろ』
鉄砲を持たない方がけなげにもこういって立ち止まった。
自分で藤次と名乗っているし、物腰から見ても、これが山寨に住む賊の頭目であろう。
呼び返されて子分か分らぬが、もう一名の賊は、それに励まされて、
『おうっ』
と答え、火繩を抛りすてたと思うと、鉄砲を逆手にして、これも武蔵へかかって来た。
武蔵はすぐ感じた。これはそう根からの野武士ではない。わけても、山刀を揮って来た男の腕に多少筋がある。
――だが、彼のそばへ近づくと、賊の二人とも、一撃に刎ね飛ばされたように見えた。鉄砲を持った方の男は、完全に肩から袈裟にふかく割りこまれて、渓流の縁から、だらんと半身落ちかけている。
口程もなく、藤次と名乗った賊の頭目は、小手の傷を抑えながら、逃足早く、沢から上へ駆け上ってゆく。
ざざざ、と土の落ちてくる後を辿って、武蔵も何処までも、追って行った。
ここは和田と大門峠の境で、山毛欅が多いままぶな谷と呼ばれている。沢を登りつめた所に、一叢の山毛欅につつまれた家があった。その家も亦、山毛欅の丸太で組み建てたような巨きな山小屋に過ぎない。
ボッと、そこに燈が見えた――。
家の内にも明りが映しているが武蔵の眼に見えたのは、その家の軒先に、誰か、紙燭を持って立ってでもいるらしい燈であった。
賊の頭目はばたばたっと、それへ向って逃げて行きながら、
『燈を消せっ』
と呶鳴った。
すると、袂で燈をかばいながら、戸外に立っていた影が、
『どうしたのさ』
と、いった。
女の声であった。
『まあ、ひどい血になって――。斬られたのかえ。今、谷の方で鉄砲の音がしたから、もしやと思っていたら? ......』
賊の頭目は、うしろから迫る跫音に、振向きながら、
『ば、ばかっ。はやくその燈を消してしまえ。家の中の燈も』
と、息を喘って、又呶鳴った。
彼が、土間の中へ転げ込むと、女の影も、燈をふき消して、あわてて姿を隠してしまった。――軈て武蔵が、その前へ来て立った時は、家の中の明りも洩れず、手をかけてみても、戸はかたく閉まっていた。
二
武蔵は怒っていた。
だが、この怒りは、卑劣だとか偽かれたとか、対人的に怒っているのではない。元より虫けらのような鼠賊と思いながら、社会的に免しておけない気持がする。いわゆる公憤なのである。
『開けろっ』
いってみた。
当然、開ける筈はない。
足で蹴っても破れそうな雨戸だが、万一を惧れて、武蔵は戸から四尺ほど離れている。それへ手をかけて叩いたり、がたがた試みたりするような不用意は、武蔵でなくとも、多少心得のある人間のすべき業ではない。
『開けないか』
戸の中は、猶、しんとしている。
武蔵は抱え易い程度の岩を両手に持った。いきなりそれを戸に向って抛りつけたのである。
戸の継目を狙ったので、二枚の戸が内側へ仆れた。その下から山刀が素っ飛び、続いて、一人の男が、這い起きて、家の奥へ逃げ転んでゆく。
武蔵が跳びかかって、その襟がみを摑むと、
『あっ、免せっ』
と、悪人が悪事に失策ると、決まって吐ざく脆い声をあげた。
そのくせ、平蜘蛛になって、謝まるのではなく、間断なく隙を狙って、武蔵へ肉闘してくるのである。最初から武蔵も感じていたとおり、賊の頭目だけに、この男の小手技には、かなり鋭いところがある。
その小手技を、ぴしぴし封じて、武蔵が許す気色もなく、捻じ伏せかけると、
『く、くそっ』
猛然、この男は、生来の暴勇をふるい起し、短刀を抜いて、突っかけて来た。
引っぱずして、
『この鼠賊』
と体を抄い込み、どんと、次の部屋まで投げつけると、その脚か手か、炉の上の自在鉤へぶつかったのであろう。朽ち竹の折れる響きと共に、炉の口から、火山のような白い灰が噴き騰った。
武蔵を近づけまいとして、その濛々と煙る中から、釜のふただの、薪だの、火箸だの、土器などを、所きらわず投げつけてくる。
――やや灰が落着いたところで、よく見ると、それは賊の頭目ではない。彼はすでに、どこか強く打ちつけたとみえて、柱の下に長く伸びているのである。
――それなのに猶、
『畜生、畜生』
と、必死になって、手当り次第に、物を取っては、武蔵へ向って投げつけて来るのは、賊の妻らしい女であった。
武蔵は、すぐその女を組み敷いた。――女は組み敷かれながらもまだ、髪の笄を逆手に抜いて、
『畜生』
と、突きかけていたが、その手を、武蔵の足に踏まれてしまうと、
『――お前さん、どうしたのさ! 意気地のない、こんな若僧に』
と、歯がみをしながら、もう気を失っている賊の良人を、無念そうに、叱咤していた。
『......あっ?』
武蔵は、その時、思わず身を離した。女は男以上に勇敢だった。刎ね起きざま、良人の捨てた短刀を拾って、再び、武蔵へ斬りつけて来たが、
『......おっ、おばさん?』
武蔵が意外な言葉を与えたので、賊の妻も、
『――えっ?』
息をひいて、喘ぎながら相手の顔をしげしげと――
『あっ、おまえは? ......オオ武蔵さんじゃないか』
三
今もまだ、幼名の武蔵を、そのまま自分へ呼ぶ者は、本位田又八の母のお杉ばばを措いて、誰があろう?
怪しみながら、武蔵は、そう馴々しく自分を呼んだ賊の妻を見まもった。
『まあ、武さん、いいお武家におなりだねえ』
さもさも懐しそうな女のことばだった。それは、伊吹山のよもぎ造り――後には娘の朱実を囮に、京都で遊び茶屋をしていた、彼の後家のお甲であった。
『どうして、こんな所に居るのですか』
『......それを訊かれると恥ずかしいが』
『では、そこに仆れているのは......あなたの良人か』
『おまえも知っておいでだろう。元、吉岡の道場にいた、祇園藤次の成れの果てですよ』
『あっ、では吉岡門の祇園藤次が......』
啞然としたまま、武蔵は、後のことばも出なかった。
師家の傾く前に、藤次は、道場の普請にと集めた金を持って、お甲と駈落してしまい、侍にあるまじき卑劣者と――当時京都で悪い噂を立てられたものだった。
武蔵も、小耳にはさんでいる。その成れの果てがこの姿か――と、他人の身の末とはいえ、淋しくならずにいられなかった。
『おばさん、早く介抱してやるがよい。あなたの亭主と知ったなら、そんな目に遭わせるのではなかったが』
『穴でもあったら這入りたい気がする』
お甲は藤次のそばへ寄って、水を与え、傷口を縛り、そしてまだ半うつつな顔つきへ、武蔵との縁故を話した。
『えっ?』
と、藤次は、活を入れられたように白眼を上げて、
『じゃあ其許が......あの宮本武蔵どのか。――ああ、面目ない』
さすがに恥は知っている。藤次は頭を抱え、それへ詫び入ったまま、暫くは上げる面もない様子。
武門を落ちて、山沢の賊となって生きてゆくのも、大所かち観てやれば、流々転相の世の中の泡つぶ、こうして迄、生きてゆかねばならぬ程に落ちたのかと思えば、あわれともいえる、不愍ともいえる。
武蔵はもう憎む気もちを忘れていた。夫婦の者は、時ならぬ賓客を迎えたように、塵を掃き、炉ぶちを拭いて、薪を新たにくべ足した。
『何もございませぬが』
と、酒など燗ける様子に、
『もう、山の立場で、腹はできておる。かもうてくれるな』
『――でも、久しぶりに、山の夜語り、わたくしの心づぐしを喰べてくださいませ』
と、お甲は、炉の上に鍋などかけ、酒壺を取ってしきりにすすめる。
『伊吹山のふもとを思い出しますなあ』
外は、ごうごうと、峰の夜あらしであった。閉めきっても、炉の焰は、黒い天井へめらめらと脊を伸ばす。
『もう、いうて下さいますな。......それよりも、朱実はその後、どうしたでしょうか。何か噂を聞きませんか』
『叡山から大津へ出る途中の山茶屋で、数日、わずらっていたそうですが、連れの又八の持物を奪って、逃げてしまったとその折ちょっと耳にしたが......』
『では、彼の子も』
と、お甲は自分の身にひき較べて、さすがに、暗い面を伏せた。
四
お甲だけではない。祇園藤次もふかく恥じ入った様子で、今夜の事は、まったく出来心に他ならないといい、他日、世に出た時は、必ず元の祇園藤次になってお詫びするから、どうか今夜の所は、水に流して見のがしてくれという。
山賊まがいの藤次が、以前の祇園藤次に返ったところで、大した変りばえもないが、それだけ道中の旅人は明るくなれよう。
『おばさん、あなたも、もう危い世渡りは、よした方がいいでしょう』
強いられた酒に少し酔って、武蔵がこう意見すると、お甲も、
『なあに、あたしだって好きこのんで、こんな事をしているわけじゃないけれど、京都落ちを極め込んで、御新開の江戸で一稼ぎと来る途中、この人が、諏訪で博奕に手を出して、持物から路銀までみんなはたいてしまい、やむなく、元のもぐさ採りから思いついて、ここで薬草を採って町へ売っては喰べるような始末になってしまったのさ。......もう今夜に懲りたから悪い出来心は起さないようにしますよ』
相変らず、この女は、酔うと以前の婀娜な調子が出る。
もう幾歳だろうか。この女に年齢はないようである。猫は家に飼うと人間の膝に媚態を作るが、これを山に放つと、暗夜にも爛々と光る眼の持主となって、行路病者の生きた肉へも、野辺の送りの柩を目がけても跳びついてくる。
お甲はそれに近い。
『......ねえ、お前さん』
と、藤次を顧みて、
『今、武蔵さんから聞けば、朱実も江戸へ行ったらしい。わたし達も、何とか、人中へ出る算段をして、もう少し人間らしい暮しをしようじゃありませんか。彼の娘でも捕まえれば、又何とか商売の思案もあろうというものだし......』
『うむ、うむ』
と、藤次は、膝を抱えて、生返辞を与えていた。
この男も亦、この女と同棲してみて、先にこの女から捨てられた本位田又八と、同じような後悔を、もう抱いているのではあるまいか。
武蔵は、藤次の顔が気の毒に見えた。そして又八の身を憐れみ――やがては自分も一度この女の招く魔の淵に誘われたことなども思い出されて、ふと肌がそそけ立つ思いがした。
『――雨ですか、あの音は』
武蔵が、黒い屋根を仰ぐと、お甲はほんのり酔ったながし眼で、
『いいえ、風がつよいから、木の葉や、木の小枝が、折れては降って来るんですよ、山の中というものは、夜になると、何か降らない晩はない。――月は出ても、星は見えても、木の葉が降ったり、山土をぶつけて来たり、霧が降ったり、滝の水がしぶいて来たり』
『おい』
藤次は、顔を上げて、
『――もうじきに夜が白んで来る頃だ。おつかれだろうから、あちらへ寝道具をのべて、おやすみになるようにしたらどうだ』
『そうしましょうかね。武蔵さん、暗いから気をつけて来てください』
『では、朝までお借りしようか』
武蔵は起って、お甲の後から暗い縁を尾いて行った。
五
彼の寝た板小屋は、谷間の崖に建てた丸太の上に支えられていた。夜なのでよくわからないが、おそらく床下は、すぐ千仞の谷底へ通じているのではあるまいか。
霧が降ってくる。
滝水が吹きつけてくる。
ぐわうという度に、寝小屋は、船のようにうごいた。
――お甲は、白い足を、簀の子にしのばせて、そっと、前の炉部屋へもどって来た。
炉の火を見つめて、考えこんでいた藤次が、するどい眼を振向けて、
『......寝たか』
と、問う。
『寝たらしいよ』
お甲は、側へ膝を立てて、
『どうする、え?』
と藤次の耳へいう。
『呼んで来い』
『やるかえ』
『あたりめえだ。慾ばかりじゃねえ、彼奴を殺ってしまえば、吉岡一門の仇を取ったという事にもなる』
『じゃあ、行って来るよ』
どこへ行くのか。
お甲は、裾を端折って、戸外へ出て行った。
深夜である。真っ暗な風の中を、驀しぐらに駈けてゆく白い足と、うしろに流れる髪の毛とは、魔性の猫族でなくて何であろう。
大山の皺に棲むものは、鳥獣ばかりとは限らない。彼女が駈け歩いた峰や沢や山畑の遠方此方から、忽ちにして簇り集まって来た人間は、二十名以上もある。
しかもその行動には、訓練があった。地を掃いて来る木の葉よりも静かに、藤次の小屋の前に集まると、
『ひとりか?』
『武士か』
『金は持ってるのか?』
などと密々囁き交し、指真似や、眼くばせで、各々、いつも通りの部署につくべく分れて行く。
猪突き槍や、鉄砲や、大刀を持って、その一部は、寝小屋の外を窺い、又、半分は小屋のわきから絶壁を下りて、確か、谷底へ廻ったらしい。
猶、その中から、べつに二、三人の賊は、崖の中途を這って、ちょうど武蔵の眠っている小屋の下へ辿りついた。
準備は出来たのである。
谷間へ懸出してあるこの小屋は、つまり彼等の罠なのである。その小屋は、莚を敷き、たくさんな薬草の乾草を積み、薬研や製薬の道具などわざと置いてあるが、それはここへ入れる人間の安眠剤であって、元より彼等の職業は、薬刻みや、薬草を乾すことではない。
武蔵も、そこへ横になると、快い薬草のにおいに、眠りを誘われて、手足の先にまで、腫れぼったい疲れが出て来たが、山で生れ、山で育った武蔵には、この谷間の懸出し小屋に、一応、頷けないものがあった。
自分の生れた美作の山々にも、薬草採りの小屋はあるが、薬草はすべて湿気を忌う。こんな、鬱蒼と雑木の枝をかぶって、しかも滝しぶきの来るような所に、乾小屋は持っていない。
枕元には、薬研台の上に、錆びた鉄の灯皿がおいてある。その微かな燈心の揺らぎで見返しても――又合点のゆかないふしがある。
それは、四隅の材木と材木との継目である。鎹付けになっているが、その鎹の穴がやたらに見える。そして継目と、木の肌の新しい所とが一、二寸ずつ喰い違っている。
『ははあ』
彼の寝顔は、苦笑をうかべた。しかしまだ彼は木枕に顔をつけていた。――
しとしとと霧の音につつまれるように、ふしぎな気配をうつつに感じながら。
六
『......武蔵さん。......寝たんですか。もうお寝みかえ』
障子の外へ、そっと摺り寄っていうお甲の小声であった。
寝息を聞きすますと、すうと其処をあけて、お甲は、武蔵の枕元まで忍び寄り、
『ここへ、お水を置きますからね』
わざと、寝顔へ断りながら、盆をおいて、又静かに、障子の外へもどって行った。
母屋を闇にして、待っていた祇園藤次が、
『いいか』
囁くと、お甲は眼に手助わせて、
『ぐっすりだよ......』
藤次は、しめたというように、縁先から裏へ飛び出して、谷間の闇を覗きこみ、手に持っている火繩をチラチラ振って見せた。
それが合図であった。
武蔵の眠っている一棟の板小屋は、それと共に、崖の中途で、支えている床柱を外され、ぐわうーんと凄い音をたてながら、棟も板も、乱離となって、千仞の底へ呑まれてしまった。
『それっ』
鳴をひそめていた賊は、もう仕止めた猟人が姿を見せるように、公然と、声をあげて、猿の如く思い思いに、谷底へ辷り降りて行った。
手に余る人間と見れば、彼等はいつも、こうして寝小屋諸共、旅人を谷へ落して、その死骸から安々と、目的の物を奪り上げていた。
そして簡単な寝小屋は又、次の日のうちに、絶壁へ懸出して組むのであった。
谷底にも一群の賊が、先へ廻って待っていた。寝小屋の板や柱がばらばらに墜ちて来ると、彼等は、骨に跳びつく犬のように、それへ集って、武蔵の死骸を求め始めた。
『どうした?』
上の人数も降りて来て、
『あったか』
と、共に探しまわる。
『見えねえぞ』
誰かいう。
『何が』
『死骸がよ』
『ばかあいえ』
然し又、軈て同じあぐねた声が放たれた。
『居ねえや、はてな?』
誰よりも血眼に藤次が呶鳴りつけた。
『そんな筈はねえ。途中の岩にぶつかって、刎ね飛ばされているのかも知れねえ。もっと、そっちも探してみろ』
その言葉の終らないうちに、彼の見廻している谷間の岩も水も雪崩の草も、いちめんに夕焼け色にばっと明るく染まった。
『――あっ?』
『――おやっ?』
賊は皆、顎を空へ振りあげた。およそ七十尺もある絶壁である。その上に乗っていた藤次の住居は、棟、障子、窓、四方から真っ赤な焰を噴き出しているではないか。
『あれえっ。あれえっ。来ておくれよっ』
ただ独りで、気も狂わんばかりな悲鳴をあげているのは、お甲にちがいない。
『大変だ、行ってみろ』
道を攀じ、藤づるを攀じ、賊は又、上へ這い上った。断崖の上の一軒家、焰と山風にはよい弄り物だった。お甲はと見れば、火の粉をかぶりながら、近くの樹に後手を縛りつけられている。
いつの間に、どうして抜けたろうか。逃げたという武蔵が、賊には何だか信じられなかった。
『追っかけろ、これだけ居れば――』
藤次はいう勇気もなかったが、武蔵を知らぬ他の賊はそのままで居る筈もない。旋風になってすぐ後を追った。
けれども武蔵の影はもう見当らなかった。道のない横道へ外れたのか、樹の上で今度はほんとに熟睡でもしているのか、そうこうする間に、美しい山の火事の中に、和田峠も大門峠も、白々と朝の姿を見せていた。
下り女郎衆
一
甲州街道には、まだ街道らしい並木も整っていないし、駅伝の制度も、頗る不完備であった。
その昔――というほど遠くもない。永禄、元亀、天正へかけての武田、上杉、北条、その他の交戦地であった軍用路を、そのまま後の旅人が往還しているだけで、従って、裏街道も表街道もありはしない。
上方から来た者が、もっとも弱るのは、旅舎の不便で、一例をいえば、朝立ちの際に、弁当ひとつ拵えさせても、餅を笹の葉で巻いた物とか、飯をいきなり柏の乾葉でくるんで出すとか――藤原朝時代の原始的な慣わしを、今でもやっているという風。
ところが、笹子、初狩、岩殿あたりの草深いそんな旅籠屋でも、この頃の混みあう様は、凡事とも思えない。そしてその多くが上りよりも、下りの客だった。
『やあ、きょうも通る――』
と、小仏の上で休んでいた旅人たちは、今、自分たちの後から登って来る一団の旅の群を、これは観物と、道傍で迎えていた。
やがて、がやがやとそれへ来た人数を見ると、成程、これは大変。
若い女郎衆だけでも、およそ三十名ぐらいは居よう。子守ッ子みたいな禿ばかりでも五人、中年増や婆さんや、男衆など合せると、総勢四十人からの大家族である。
その他、荷駄には、つづらや、長持や、一方ならぬ荷物を積み、この大家族の主人と見える四十がらみの男は、
『草鞋まめができたら、草履に代えて、緒を縛ってあるけ。なに、もう歩けないと、何をいう。子どもを見なさい。子どもを』
と、坐りぐせのついている女郎衆を歩かせるのに、口を酢っぱくしている。
(今日も通る)
と路傍で声のするように、こうした上方女郎衆の輸送は、三日にあげず通った。もちろん流れてゆく先は新開発の江戸表である。
新将軍の秀忠が江戸城に坐ってから、いわゆる御新開の膝下へは、急激に上方の文化が移動して行った。東海道や船路のほうは、為にほとんど、官用の輸送や、建築用材の運搬や大小名の往来でいっぱいで、こういう女郎衆の行列などは不便をしのんで、中山道や甲州筋を選ぶほかなかった。
きょうこれ迄来た女郎衆の親方は伏見の人で、どういう料簡か侍のくせに、遊女屋の主人となって、目端や才覚も利くところから、伏見城の徳川家へ手づるを求め、江戸移住の官許を取って、自分ばかりでなく、他の同業者にもすすめて、続々と、女を西から東へ移動させている庄司甚内という者だった。
『さあ、休め休め』
小仏の上まで来ると、甚内は程よい所を見つけ、
『すこし早目だが、ついでに、弁当をつかってしまおう。お直婆さん、女郎衆や禿たちに、弁当をくばっておくれ』
荷駄の上から、一行李もある弁当が下ろされて、乾葉巻の飯が、一つ一つ渡されると、女郎たちは、思い思いにわかれてそれへ貪りつく。
どの女の皮膚も黄いろく、髪は、笠や手拭をかぶっても、みな白っぽく埃になっている。湯茶もなく、ぽそぽそと、舌つづみ打っている姿には、行末は誰が肌ふれん紅の花――などという色も香もない。
『アア、お美味かった』
親が聞いたら、涙をこぼすであろうような声を出して、しんから叫ぶ。
すると中の妓の二、三が、折ふし通りかけた旅すがたの若衆を見つけて、
『あら、いい恰好だ』
『ちょっとしてる』
などと囁き合っていると、べつな妓は又、
『あの人なら、わたしゃあよく知っているよ。吉岡道場の門人衆と、たびたび来たことがあるお客だもの』
といった。
二
上方から関東といえば、関東の者が、みちのくを思うより遠かった。
(これから何んな土地で店を張るのやら)
と、心細い気持に囚われている彼女たちは、稀々、伏見で馴染の客が通ると聞いて、
『どの人さ』
『どの人さ?』
と、忽ち姦しい眼をそばだてた。
『大きな刀を背中へ懸けて、威張って歩いて来る若衆だよ』
『アアあの前髪の武者修行』
『そうそう』
『呼んでごらん、名前はなんていうの』
思いがけぬ小仏峠の上などで、自分がこんなに大勢の女郎衆に注目されているとは知らず、佐々木小次郎は、手を振って、荷駄や人足の間を通り抜けた。
すると、黄いろい声で、
『佐々木さん、佐々木さん――』
それでもまだ、まさか自分とは思わず、振向きもしないで行くと、
『前髪さん――』
と、来たので、これは怪しからぬ事だと、眉をしかめて振り向いた。
荷駄の脚元に坐りこんで、弁当をつかっていた庄司甚内は、妓たちを叱りつけ、
『何じゃ、御無礼な』
といって、小次郎の姿を仰ぐと、これはいつか、吉岡の門人達が大勢して、伏見の店へあがった時、挨拶に出た覚えがあるので、
『これはこれは』
と、草をはたいて立上り、
『佐々木様ではございませんか。どちらへお越しなさいますか』
『やあ、角屋の親方どのか。わしは江戸へ下向するが、問いたいのは、おぬしたちの行く先、大層な引っ越しじゃないか』
『てまえ共は、伏見を引払って、江戸の方へ移りますので』
『なぜあんな古い廓を捨て、まだどうなるか知れない江戸表へなど移るのだ』
『あまり澱んでいる水には、腐えた物ばかり湧いて、水草は咲きません』
『御新開の江戸へ行ったところで、城普請だの弓鉄砲の仕事はあろうが、まだ遊女屋などの、悠長な商売は成り立つまい』
『ところが、そうじゃございません。灘波の葦を拓り開いたのも、太閤様より妓の方が先でございますからね』
『何よりも、住む家があるまいが』
『今、どしどし家を建てている町中の、葭原という沼地を、何十町歩と、私たちの為に、お上から下さいました。――でもう他の同業者が、先へ行って地埋めをしたり、普請をいたして居りますから、路頭に迷うような心配はございません』
『なに、徳川家では、おぬしのような者にまで、何十町歩という土地をくれているのか。――それは無料か』
『たれが、葭の生えている沼地など、金を出して買うものがございましよう。そればかりでなく、普請の石材木なども、多分にお下げくださるので』
『ははあ......なる程、それでは上方から、世帯を担いで、皆下るはずだ』
『あなた様も、何か、御仕官の口でもあって』
『いいや、わしは何も仕官は望んでいないが、新将軍の膝下となり、新しく天下へ政道を布く中心地ともなることだから、見学をしておかねばならない。もっとも、将軍家の指南役になら、成ってもよいと思って居るが......』
甚内は、黙ってしまった。
世間の裏、景気のうごき、人情の種々相にくわしい彼の眼から見て、剣術は上手かどうか知らないが――今の口吻では、語るに足らないと思ったのである。
『さあ、ぼつぼつ出かけようかな』
小次郎を他にして、一同へこう促すと、女郎衆の人数を読んでいたお直という奉公人が、
『おや、女郎衆の頭数が一人足らないじゃないか。居ないのは一体誰だえ。――几帳さんか、墨染さんか。ああそこに、二人とも居るね。おかしいねえ、誰だろう?』
三
まさか、江戸へ移住して行く女郎衆の同勢と、道連になる気もないので、小次郎は先へ一人で歩き出したが、後に残った角屋の大家内は、一人の落伍者のために皆其処を立ちかねて、
『つい、その辺まで、私たちの中に、姿が見えていたのに』
『どうしたのであろ?』
『ひょっと、逃げたのではあるまいか』
などと頻りにうわさしては、二、三の者は、わざわざ探しに道を戻って行った。
その噪ぎに、小次郎へわかれを述べて、此方へ顔も向けた親方の甚内は、
『おいおいお直、逃げたとは、誰がいったい逃げたのだ』
自分の責任でも問われたように、お直と呼ばれた年よりは、
『朱実という女でございますよ。......ほれ、親方様が、木曾路で見かけて、女郎にならぬかといって、お抱えになった、旅の娘っ子で』
『見えないのか――その朱実が』
『逃げたのじゃないかと、今、若い者が麓まで見つけに行きましたが』
『あの娘なら、何も証文を取って身代金を貸したわけじゃなし、女郎になってもよいから、江戸まで連れて行ってくれろというし、容貌も踏める玉だから抱えようと約束したまでの事。ここまでの旅籠代が少しばかり損は損だが、まあ仕方がない。そんな者は抛っておいて、出かけようぜ』
今夜八王子泊りとなれば、あしたは江戸に入ることができる。
少しは、夜にかかっても、其処まではと、親方の甚内は、急き立てて先に立つ。
すると、道の傍らから、
『皆さん、どうもすみません』
と、探しぬいていた朱実が姿をあらわして、もう歩き出している一行の中へ交じって、自分も共に尾いて歩きだした。
『どこへ行っていたのさ』
と、お直は叱るし、
『おまえさん、黙って横道へ行っちゃいけないよ。逃げるつもりならいいけれど』
と、朋輩の女郎たちはいかに心配したかという事を、さも大仰にいって、たしなめる。
『でもネ......』
と、朱実は、叱られても、怒られても、笑ってばかりいた。
『わたしの知った人が通ったから、会うのは嫌でしょう、だから、後の藪の中へ、あわてて隠れてしまったの。そしたら、下が崖で、この通り、辷っちまって......』
着物を破いた事だの、肱をすりむいた事ばかりいって、済みませんとはいっているが、少しも済まないような顔つきはしていない。
先に歩いていた甚内は、ふと小耳にはさんで、
『おい、娘っ子』
『わたしですか』
『ああ、朱実といったっけな。覚えにくい名前だな。ほんとに女郎衆になる気なら、もっと、呼びいい名にしなくちゃ困るが、おめえほんとに遊女になる覚悟か』
『遊女になるのに、覚悟なんているでしょうか』
『ひと月勤めてみて、いやになったら、やめるというような理にはゆかないからなあ。何しろ遊女になったら、客の求める事は嫌応はいえないのだ。それだけの決心がなくちゃあ困る』
『どうせ、わたしなんか、女の大事な生命ともいうものを、男の奴に、滅茶苦茶にされたんですから――』
『だからといって、もっと滅茶苦茶にしていいという法はない。江戸へ着く迄のあいだに、よく考えておくがいいよ。......なあに、途中の小遣いや旅籠銭ぐらいは、何も返してくれとは、いいはしないから』
火 悪 戯
一
ゆうべ高雄の薬王院に草鞋を解いた何処かの御隠居がある。
下男に挾み筥を担わせ、もう一人、十五ぐらいな少年を供に連れ、
『参詣は明日とし、お宿にあずかり申したい』
と、黄昏れ頃、薬王院の玄関へ立った者である。
今朝は夙く起きて、供の少年を連れ、一山を巡って午近くに帰って来たが、ここも上杉、武田、北条以後、戦乱に荒れ果てているのを見て、
『御修理の屋根葺き料にも』
と、黄金三枚を寄進して、すぐ草鞋をはきかけた。
薬王院の別当は、この奇特な人の少なからぬ寄進に驚いて、倉皇と見送りに出、
『お名前をどうぞ』
と、訊ねたところ、他の僧が、
『いえ、宿帳にいただいてございます』
と、それを示した。
見ると、
木曾御岳山下百草房 奈良井屋大蔵
とあるので、
『――ああ、あなた様が』
と別当は見上げて、ゆうべからの粗略を、かえすがえす口惜しげに詫入った。
奈良井の大蔵という名は、全国到る所の神社仏閣の寄進札に見かける名であった。必ず黄金何枚ずつか――或る霊場には、黄金何十枚という寄進をしている所もあった――それは道楽か、売名か、まったくの奉公心か、本人以外に分らないが、とにかく、今の世の中に変った奇特家として、別当も夙にその名を聞いているものとみえる。
――で、遽かに、ひき止めてみたり、宝物を御覧にと、すすめたりしたが、大蔵はもう供の者と門を出て、
『暫く江戸におるつもりですから、又そのうち拝観に出ましょう』
と、辞儀して去る。
『では、山門まで、お送り申しあげましょう』
と、別当は従いて来て、
『今夜は、府中でお泊りなされますか』
『いや、八王子でと思うているが』
『それならお楽に参れまする』
『八王子は今、誰方の所領でござりますな?』
『つい此頃から大久保長安様の御支配になりました』
『ああ、奈良奉行から移った――』
『佐渡の御金山奉行も、御支配だそうで』
『えらい才人だからの』
山を下りると、陽の高いうちに、大蔵以下三人は、もう繁華な八王子二十五宿の往来に姿を見せて、
『城太郎、どこへ泊ろうかな?』
と、巾着のように、腰へ尾いて歩いている彼を振向く。
城太郎は、直に答えた。
『おじさん、お寺は止そうよ』
そこで、町の中でも一番大きな旅籠と見える家構えを選んで、
『御やっかいになるよ』
大蔵の人品もよし、挾み筥まで担がせて歩いている旅客なので、
『おはやいお着で』
中庭を隔てた奥の間へ通して、下へも措かない扱いである。
だが、やがて陽も暮れて、どやどやと客の混む頃おいになると、主人と番頭が顔を揃えて来ていうには――
『まことに御無理なお願いでございますが、よんどころのない大勢の相客で、下座敷はかえってお騒がしゅうございましょうから、ひとつ二階へお部屋更えを』
と、恐縮して、頼むのだった。
『ああ、いいとも。御繁昌で結構』
大蔵は、気軽に承知して、手廻りの荷物を持たせ、急に二階へ引っ越しとなったが、それと入れ交いに、ここへ入って来たのは角屋の女郎衆の同勢であった。
二
『さてさて。とんだ旅籠へ泊りあわせたものだて』
大蔵は、二階へ来てから、こう愚痴めいて、自分の落着きを見まわした。
時ならぬ混雑に、いくら呼んでも、召使は来ない。お膳も来ない。
やっと、食事が来たと思うと、こんどはそれを退げに来ない。
それに、どたばたと、階下も二階も忙しげな跫音が絶えなかった。腹も立つが、ああして目をまわしている雇人も気の毒と思うと、怒りもされないのである。
片づかない部屋の中に、奈良井の大蔵は手枕で横になっていたが、ふと、何か思い立ったように首を擡げ、
『助市』
と、下男を呼んだが、見あたらないので、
『城太郎、城太郎』
と、呼び直して坐る。
その城太郎も亦、何処へ行ったか、影が見えないので、部屋を出てみると、中庭を下へ臨んで、ここの縁の欄干には、まるで花見でもしているように、二階の客が揃いも揃って、階下の奥座敷を見おろしながら、何やらわいわい騒いでいるのであった。
その中に交って、城太郎も一緒になって階下をのぞいていたのを見出し、
『これ』
と、抓んで来て、
『何を見ているのだ』
と、大蔵が眼で叱ると、城太郎は、家の中でも離さずにいる長やかな木剣を、畳につかえて坐りながら、
『だって、みんな見てるんだもの――』
と、尤もな事をいう。
『みんなは、何を見ているのだい』
大蔵も多少、興をひかれていないわけでもない。
『何って......あの、階下の奥へ泊った、沢山な女の人を見ているんだろ』
『それだけか』
『それだけだよ』
『何がそんなものおもしろい』
『わからない』
城太郎は、有体に首を振る。
大蔵を落着かせぬ原因は、雇人の跫音よりも、階下へ泊り合せた角屋の女郎衆よりも、むしろそれを上から覗いている、二階の客共の騒ぎにあった。
『わしは少し、町を歩いて来るからな、なるべく、部屋に居なくてはいけないよ』
『町へ行くなら、おいらも連れて行っておくれよ』
『いや、晩はいけない』
『なぜ』
『いつもいっている通り、わしの夜歩きは、遊びではない』
『じゃあ、何さ?』
『信心だ』
『信心は昼間しているからたくさんじゃないか。神様だって、お寺だって、晩は寝てるだろ』
『社寺をお参りする事ばかりが信心ではない。ほかに祈願もあることでな』
と、相手にしないで、
『その挾み筥から、わしの頭陀袋を出したいが、開くか』
『開かない』
『助市が鍵を持っているはずじゃ、助市はどこへ行ったな』
『階下へ行ったぜ、さっき』
『まだ風呂場か』
『階下で、女郎衆の部屋をのぞいてたよ』
『あいつもか』
と、舌打して、
『――呼んで来い、早く』
大蔵は、そういって、帯を締め直しにかかった。
三
四十人からの同勢である。旅籠の下座敷は、ほとんど、角屋の連中で占めている。
男たちは、帳場寄りの部屋に、女郎たちは、中庭の向うの部屋に。
何しろ、賑やかを通り越して、姦しいこと一方でない。
『あしたはもう、歩けんがなあ』
と、大根のような白い足に、大根おろしを摺って、足の裏の火照りに塗ってもらっている傾城もある。
元気なのは、破れ三味線を借りて来て爪弾きをしているし、皮膚の青白いのは、もう夜の具を被いで、壁に向って寝こんでいる。
『おいしそうだね、あたいにも、よこしなよ』
と、喰べ物を引ッ張りっこ。――又、行燈とさし向いで、上方の空に残して来た契りある男へ、筆を走らせている苦界の後姿もある。
『あしたはもう江戸とやらへ、着くのかえ』
『どうだかね。ここで訊けば、まだ十三里もあるってえもの』
『勿体ないね、夜の灯りを見ると、こうしているのは』
『おや、たいそう、親方思いだね』
『だって......。ああじれったい、髪の根がかゆくなった。釵をおかし』
こんな風景でも、京女郎衆と聞くからに、男の眼はそばだったのであろう。風呂場から上った下男の助市は、湯ざめをするのも忘れて中庭の植込み越しに、いつ迄も、見惚れていた。
すると、後から耳を引張って、
『いい加減におしよ』
『ア痛』
と振向いて、
『なんだ、この城太郎め』
『助さん、呼んでるぞ』
『誰が』
『おまえの主人がさ』
『うそいえ』
『うそじゃないよ。又、歩きに出かけるんだとさ。あの小父さん、年がら年中、歩いてばかりいるんだな』
『あ、そうか』
助市の後から、城太郎も駈出して行こうとすると、庭木の陰から思いがけなくも、
『城太さん。――城太さんじゃないの?』
と、呼ぶ者があった。
はっと、城太郎の眼が、真剣になって振顧った。何もかも忘れ切って運命に尾いて歩いているかのようでも、彼の心のどこかには絶えず、見失った武蔵とお通の身を気にとめているらしかった。
今、呼んだのは、若い女の声であった。もしや? ――とすぐ胸がどきっとしたものとみえる。凝と、大きな八ツ手の陰をすかして、
『......誰?』
おずおず寄ると、
『わたし』
と、木陰の白い顔は、葉の下を潜って、城太郎の前に立った。
『なアんだ』
がっかりしたように、城太郎がいい放ったので、朱実は舌うちして、
『なあに、この子はまあ』
と、自分の寄せかけた感傷のやり場を失って、憎そうに、城太郎の背を打った。
『ずいぶん久し振じゃないの。どうして、お前、こんな所へ来ているの』
『自分こそ、どうしたのさ』
『わたしはネ......知ってるだろ。よもぎの寮の養母さんとも別れちまって、それからいろんな目に会ってね』
『あの......大勢の女郎衆と、一緒なのかい』
『でも、まだ、考えてるの』
『何をさ』
『傾城になろうか、やめようかと思って』
こんな子供にと思っても、朱実には、こんな嘆息を、ほかに聞いてもらう人はなかった。
『......城太さん、武蔵様は今、どうしていらっしゃるの?』
やがて、そっといったが、彼女が初めから訊きたい事は、むしろそれだけらしかった。
四
武蔵の消息を訊かれると、城太郎は、そのことなら、此方訊きたいところだと、いわぬばかりに、
『知らないよ、おいらは』
『なぜ、あんたが知らないのさ』
『お通さんとも、お師匠様とも、途中でみんな、迷れてしまったんだもの』
『お通さんて――誰?』
朱実は、息に、彼のことばに、注意をかたむけ、そして、何か憶い出したように、
『......ああそうか。......あのひとは、いまだに武蔵様の後を追いまわしているのね』
と、呟いた。
朱実が常に想像している武蔵は、行雲流水の修行者であった。樹下石上の人だった。それ故に、いくら想いを懸けたところで、届き難い心地がして、同時に、自分の荒びかけた境涯も顧みられ、
(所詮、かなわぬ恋)
という弱気な諦めにつつまれてしまうのだった。
けれど、その武蔵の生活の影に、もうひとり、べつな女性の影が重なっていると想像すると――朱実の諦めは、到底、灰をかぶせられた埋め火のままではない。
『城太さん、ここじゃ、他の人の目がうるさいから、戸外へ行かない?』
『町へかい』
出たくて耐らなかった折なので、そう誘われると、一も二もない。
旅籠の庭木戸をあけて、ふたりは宵の往来へ出る。
二十五宿といわれる八王子の燈は、今までの何処よりも繁華に見えた。秩父や甲州境の山の影が、どっぷり町の西北を囲ってはいるが、ここに纏まっている宵の燈には、酒のにおいだの――博労の声だの、機屋のおさの響きだの、問屋場役人の呶鳴る声だの、町芸人の佗しい音楽だのがつつまれて、人間の聚楽を賑わしていた。
『あたし、お通さんていうひとのことは、又八さんからよく聞いてたけれど、いったい、どんな女――』
朱実は、ひどくそれが、気になり出したらしい。
武蔵の事は、ひとまず胸の隅へあずけておいて、彼女の胸には、お通という者に対して、何か、燃えるようなものが、焦々、立ちはじめていた。
『いいひとだぜ』
と、城太郎がことさらに――
『やさしくって、思いやりがあって、綺麗でサ――。おいら、大好きだ、お通さんは!』
と、いったので、朱実の胸はよけいに、或る脅威を感じてきた。
けれど、そういう脅威は、どんな女性でも決してあらわには顔色に出さない。反対に、彼女も、ほほ笑むのであった。
『そう、そんないいひと』
『ああ、そして、何でもよくできるよ、歌もよむし、字もうまいし、笛も上手だしね』
『女が、笛なんか上手だって、なんにもなりやしないじゃないの』
『けれど、大和の柳生の大殿様でも、誰でも、お通さんのことは賞めるぜ。......ただおいらにいわせれば、いけない事がひとつあるけれど』
『女には、誰にだって、いけない性分が沢山あるものよ。ただそれを、あたしみたいに、正直にうわべに出しているか、おしとやか振って、うまく包んでいるかの違いしかありやしないものよ』
『そんな事ないよ。お通さんのいけないのはたった一つしかないよ』
『どんな性分があるの』
『すぐ泣くんだよ。泣虫なのさ』
『泣くの。......まあ、どうしてそう泣くんでしょう』
『武蔵様のことを思い出しちゃあ泣くんだろ。一緒にいると、それだけが、陰気になって、おいら嫌いさ』
――もう大概に、相手の顔いろを見て喋ればいいのに、城太郎はおかまいなしに、まだこの上にも、朱実の胸はおろか、全身を嫉妬の火で焼きかねないほど――無邪気を通り越していた。
五
眸の底にも、皮膚にも、蔽いきれない嫉妬のいろをたたえながら――猶々、朱実は求めて訊きたがった。
『いったい、お通さんて、幾歳なの?』
城太郎は、見較べるように、彼女の顔をながめて、
『同じぐらいだろ』
『わたしと?』
『だけど、お通さんの方が、もっと、綺麗で若いよ』
その位でこの話題が打切れればよかったのに、朱実の方から又、
『武蔵様は、人なみ以上、武骨だから、そんな泣虫のひとは嫌いだろう。そうだよきっと、そのお通ってひとは、泣いて男の気持をひきつけようとする――角屋の女郎衆みたいなひとに違いない』
どうかして、お通を、城太郎にだけでも、好く思わせまいと努めるのであったが、結果はかえって反対に、
『そうでもないぜ。お師匠様も、うわべは優しくしないけれど、ほんとは、お通さんが好きらしいんだよ』
と迄、いわせてしまった。
凡ならぬ顔いろはもうとうに通り過ぎている朱実であった。歩いている側に河でもあれば、すぐ飛びこんで見せてもやりたいような火の塊りが胸へこみあげてくる。
これが、子供相手でもなければ、もっといってやりたい事はあるけれど、城太郎の顔いろを見ては、その張合もない。
『城太さん、おいで』
ふいに、彼女は、町の辻から横町の赤い燈を見て、引っ張った。
『ア、居酒屋じゃないか、そこは』
『そうさ』
『女のくせにおよしよ』
『何だか、急に飲みたくなったのよ。ひとりじゃ間がわるいから』
『おいらだって、間がわるいや――』
『城太郎さんは、何でも喰べたいものを喰べればいいじゃないか』
覗いて見ると、幸いにも、ほかの客は居ないらしい、朱実は、河へ飛び込むよりもっと強い盲目になって、中へ這入るなり、
『......お酒を』
と、壁へ向っていった。
それから彼女は矢つぎばやに酒を体に容れた。城太郎が恐れて止めた頃には、もう城太郎の手におえなかった。
『うるさいね、何サ、この子は――』
と、肱で振払って、
『もっと、お酒を......お酒をくださいな』
そのくせ、もう焰のような顔して、俯っ伏しながら、息もくるしげなのである。
『いけないよ、与っちゃあ』
城太郎が、間に立って、心配そうに断ると、
『いいよ、お前はどうせ、お通さんが好きなんでしょ。......あたしはね、泣いて男の同情を買うような、そんな女、大っ嫌いさ』
『おいら、女のくせに、酒なんか飲むやつ、大っ嫌いだ』
『わるかったね。......お酒でも飲まなけれや居られないあたしの胸は......おまえみたいなチンチクリンには分りません――だよ』
『はやく勘定をお払いよ』
『おかねなんて、あるかとさ』
『ないのかえ』
『そこの旅籠に泊っている、京の角屋の親方さんから貰っておくれ。どうせもう売った体......』
『アラ、泣いてら』
『わるいかえ』
『だって、お通さんの泣虫を、さんざん悪くいった癖に、自分で泣くやつがあるもんか』
『あたしの涙は、あのひとの涙とは、涙がちがいますよ。――アア面倒くさい、死んでやろうか』
ふいに身を起すと、戸外の闇を目がけて駈け出したので、城太郎は、びっくりして抱き止めた。
こういう女客も、稀にはあるとみえて、居酒屋の者は笑っていたが、ふと、隅に寝ていた牢人者が、むっくり酔眼をさまして見送っていた。
六
『朱実さあん。朱実さあん。――死んじゃいけないよ』
城太郎は追いかけてゆく。
朱実は先へ走ってゆく。
暗い方へ、暗い方へと。
先が闇であろうと、沼であろうと無鉄砲に駈けているもののように見えるが、朱実は、城太郎が泣き声だして、後で呼んでいることを知っている。
ひそかな芽生えを乙女の胸にもちながら、その芽を、あらぬ男に――あの吉岡清十郎にふみにじられて――住吉の海へまっしぐらに駈けこんだ時には、ほんとに、死の彼方まで行く気であったが――今の朱実には、その口惜しさだけがあっても、それ迄の純真さはすでにない。
(誰が、死ぬものか)
と、自分へいいながら、ただわけもなく、城太郎が後から駈けて来るのが面白くて、世話をやかせてやりたいのだった。
『あっ、あぶないっ』
城太郎は、呶鳴った。
彼女の先に、濠の水らしいものが、闇に見えたからであった。
たじろぐ彼女を後からひしと抱き止めて、
『朱実さん、およしよ、およしよ。死んだってつまらないじゃないか』
引きもどすと、よけいに、
『だって、おまえだって、武蔵様だって、みんなあたしを、悪者のように思ってるじゃないか。あたしは、死んでこの胸に、武蔵様を抱いてゆく。......そして添わせるものか、あんな女に』
『どうしたのさ。何が、何うしたのさ』
『さあ、その濠の中へ、あたしを突きとばしておくれ。......よ、よ、城太さん』
そして両手を顔に当て、さめざめと、泣きぬくのであった。
城太郎は、その姿を見て、ふしぎな恐さに取り憑かれていた。自分も泣きたくなったらしく、
『......ネ。帰ろう』
と、宥めると、
『ああ、会いたい。城太さん――探して来ておくれ。武蔵様を』
『だめだよ、そんな方へ歩いてゆくと』
『――武蔵様』
『あぶないッたら』
この二人が居酒屋の横町を駈け出した時から、すぐ後を尾けて来た牢人者は、その時、狭い濠を繞らした屋敷の角から、嗅ぎ寄るように歩いて来て、
『こら、子ども。......この女は、おれが後から送り届けてやる。お前は帰ってもいい』
と、朱実の体を、いきなり小脇に抱きしめて、城太郎を突き退けた。
身丈のすぐれた三十四、五の男である。かなつぼ眼に青髯のあとが濃い。関東風というのか、江戸へ近づくに従って、ひどく眼につくのが、着物や裾の短いことと、刀の大きい事だった。
『おや?』
見上げると、下顎から右の耳へかけて、刀の切先で撫であげられた古傷が、桃の割れ目のように歪んでいる。
(強そうなやつだぞ)
と思ったのであろう。城太郎は生唾をのんで――
『いいよ、いいよ』
朱実を連れ戻そうとすると、
『みろ、この女は、やっと虫が納まって、いい気持そうに、おれの腕の中に締められて寝てしまった。おれが連れて帰ってやる』
『だめだよ、おじさん』
『帰れっ』
『......?』
『帰らないな』
悠っくり、手をのばして、城太郎の襟がみをつかむと、城太郎は、羅生門の綱が鬼の腕に耐えるように踏んばって、
『な、なにをするのさ』
『この餓鬼め、溝の水を喰らって帰りたいか』
『なにをっ』
此頃は、体以上の木剣も、やや手について、ひねり腰に抜くがはやいか、牢人の横腰をなぐりつけた。
――然し、自分の体も途端に、あざやかなもんどりを宙に打って、溝へは落ちなかったが、どこか、そこらの石にでもぶつけたらしく、ううむと唸って、それなり動きもしなかった。
七
ひとり城太郎に限らず子供というものはよく気絶する。大人のような遅疑がないので、事にぶつかると、素純なたましいは、此世と彼世の境を、つい弾みでも、超えてしまうのであろう。
『おーい、子どもう』
『お客さん』
『子ども......ウ』
耳元で、かわるがわるに呼ばれて、城太郎は、大勢の中に介抱されている自分を、ぱちぱち見まわした。
『気がついたかい』
皆に問われて、城太郎は、間がわるそうに、自分の木剣を拾うが早いか、歩き出した。
『これこれ、お前と一緒に出た女子はどうした』
宿屋の手代は、あわてて彼の腕をつかまえた。
そう訊かれて、彼は初めて、この人々が、奥に泊っている角屋の者と、旅籠の雇人たちで、朱実を探しに来たものと知った。
誰が発明したのか、重宝がられて上方でも流行っている「ちょうちん」と呼ぶ物が、もう関東にも来ているとみえ、それを持った男だの、棒切れを持った若者などが、
『おまえと、角屋の女子が、侍につかまって、難儀をしていると、知らせてくれた者があるのだ。......何処へ行ったかおまえは知っているだろうが』
城太郎は、首を振って、
『知らない。おいらは、何も知らない』
『何も? ......ばかをいえ、何も知らぬことがあるものか』
『何処か、彼方のほうへ、抱えて行ったよ。それきりしか、知らない』
城太郎は、とかく返辞をいいしぶった。関り合いになって、後で奈良井の大蔵に叱られる事が恐かったのと、もう一つの理由は、相手に抛りつけられて、気絶してしまった不覚を、大勢の前でいうのが、間がわるいのであった。
『どっちだ。その侍の逃げた方は』
『あっちだ』
指さしたのも、いい加減であったが、それっと大勢が駈け出すとすぐ、ここにいた、ここにいたと、先で叫ぶ者がある。
提燈や棒が駈け集まってみると――朱実はしどけなない姿を農家の藁小屋らしい陰に曝していた。その辺に積んである乾草の上に押し仆されていたものとみえ、人の跫音に驚いて、髪も着物も、わらや乾草だらけになって、起き上っていたが、襟はひらいているし、帯はだらりと解けている――
『まあ、どうしたのじゃ』
提燈の明りに、それを見た人々は、すぐ或る犯行を直感したが、さすがに、口へいい出す者もなく、犯行者の牢人者を追うことも忘れていた。
『......さ、お帰り』
手をひくと、その手を払って、彼女は小屋の羽目へ顔を当てたまま、よよと、声をあげて、泣きじゃくった。
『酔っているらしいね』
『何で又、戸外で酒など?』
人々は、暫く、彼女の泣くにまかせて、見まもっていた。
城太郎も、遠くからその様子を覗いていた。彼女がどんな目に遭ったのか、彼には判っきり頭に描く事はできなかったが、彼はふと、朱実とはまるで縁のない過去の或る体験を思いだしていた。
それは、大和の柳生の庄のはたご屋に泊った時、はたごの小茶ちゃんという少女と、馬糧小屋のわらの中で、抓ったり、かじりついたりして、ただ狆ころのように、人の跫音を恐れるおもしろさを味わった――あの経験であった。
『行こうッ――と』
すぐ、つまらなくなって、城太郎は駈けだした。駈けながら、たった今、彼世のてまえまで行った魂を、此世に遊ばせて歌いだした。
野なかの、野中の
金ぼとけ
十六娘をしらないか
迷った娘を知らないか
打っても、カーン
訊いても、カーン
草 雲 雀
一
帰る旅籠は、分りきったつもりで居たらしいが、向う見ずに飛んで来るうちに、
『おや、違ったかな?』
城太郎は初めて、自分の駈けている道に、疑いを抱き、前や後を見まわして、
『来る時には、こんな所は歩かなかったぞ』
と、やっと気がついたような顔つきである。
この辺には、古い砦の蹟を中心に、一廓の武家町がある。砦の石垣は、曾つて他国の軍に占領されて、ひどく壊されたまま荒れているが、一部を修復して、今ではこの地方を支配する大久保長安の役宅か住居になっている模様である。
戦国以後に発達した平城とちがい、極めて旧式な――土豪時代の砦なので、濠も繞らしてないし、従って城壁も見えない。唐橋もない。ただ、漠とした一面の藪山であった。
『あっ? ......誰だろう......あんな所から人間が?』
城太郎が佇んでいた道の片側は、砦の下を繞っている侍屋敷の塀であった。
そして一方は、田圃と沼であった――。
その沼と田圃の端れからすぐ、嶮しい藪山の裏が、生えたように急に聳え立っている。
道もないし、石段も見えないから、恐らく、この辺は砦の搦手であろう。――だのに今、城太郎が見ていると、その藪山の絶壁から、綱を垂らして、降りて来る人間がある。
綱の先には、カギがついているとみえて、その綱の端まで降りてくると、足の先で、岩や木の根を探り、下から振ってカギを外し、また更に下へ綱をのばして、スルスルと降りて来る。
――そして遂に、田圃と山の境まで下がって来ると、その人影はいったん其処らの雑木藪の中に見えなくなってしまった。
『なんだろ?』
城太郎の好奇心は、自分の身が宿場の灯から遠い所へ迷って来ていることをも忘れさせてしまった。
『......?』
だがもう、彼がいくら眼をまるくしていても、何も見えて来なかった。
それだけに又、彼の好奇心は、そこを去りかねた様子で、往来の樹蔭にひたと身をつけて、やがて田圃の畦を渡って、自分の前へ来そうな気のする――先刻の人影を待ちぬいていた。
彼の期待は外れなかった。ずいぶん時経ってからであったが、やがて、畦道からのそのそと此方へ来る人間が見える。
『......なんだ薪拾いか』
他人の山の薪を盗む土民は、一背負いの薪のために、夜を選んで、随分あぶない崖も越えるが、もしそんな者だったら――と城太郎はふとつまらない待ちくたびれを感じた。然し再び、驚くべき事実を眼のあたりに見せられて、彼の好奇心は、満足を通り越え、恐怖の顫えに襲われた。
――田圃の畦から往来端へ上った人影は、彼の小さい影が、樹の陰にへばりついているとも知らず、悠々、彼の側を通って行ったが、そのせつな、城太郎はよくも、
『あっ!』
という声を出さなかったものである。
なぜなら、それは慥かに城太郎が先頃から身を託している奈良井の大蔵に違いないからである。
けれど彼は又すぐ、
『いや、人間違いだろ?』
と、自分の眼で見た瞬間のものを、打ち消そうとした。
そう打ち消してみると、間違いかとも信じられた。――彼方へすたすたと行く後姿を見れば、黒い布で顔をつつみ、黒い膝行袴や脚絆もはいて、足も身軽なわらじ穿きではないか。
そして背中には、なにやら重たげな包みを確乎と背負っている。その頑健な肩といい、腰ぼねといい、何うして、五十を越えた奈良井の大蔵であるものか――と、思われぬでもなかった。
二
見ていると、先へ行く人影は、又、往来から左の丘の方へ向って、曲がって行く。
ベつに深い考えもなく、城太郎も後に尾いて歩いていた。
どっちにしても、彼も、帰る方角をきめて、歩き出さなければならない場合にあったので、ほかに道を問う人影はなし、漫然、その男の後に尾いて行ったら、宿場の燈火が見えて来るだろう――ぐらいな思案にすぎなかったのである。
ところが。
先の男は、横道へ這入ると、担いでいた囊のような物を、重そうに、道標べの下におろして、石の文字を読んでいた。
『あら? ......変だな......やっぱり大蔵様に似ている人だ』
それから城太郎は、いよいよ不審を増して、今度はほんとに、見え隠れに、その男を尾行てみる気になった。
男が、もう丘の道を登っているので、後から、道標べの碑の文字を読んでみると、
首塚の松
このうえ
と、彫ってある。
『ああ、あの松か』
その梢は、丘の下からも仰がれた。後からそっと行ってみると、先に着いた男はすでに、松の根方に腰をおろし、煙草をつけて喫っている。
『いよいよ、大蔵様にちがいないぞ』
と、城太郎は呟いた。
なぜならば、その頃、ここらの田舎の人や町人が、滅多に煙草など持っているはずがない。煙草の味を教えたのは、南蛮人だそうであるが、日本で栽培するようになってからでも、高価なので、上方あたりでも、よほど贅沢な者でなければ喫わない。値だんばかりでなく、日本人の体はまだ喫煙の害に馴れないので、眩いを起したり、泡をふいたりする者が多いので、美味いけれど、魔薬であると考えられている。
だから、奥州の伊達侯などは、六十余万石の領主であり、大の煙草の好者といわれているが、祐筆の御日常書によると、
朝、お三ぷく
夕、御四ふく
御寝、ご一ぷく
などと誌されてある。
そんな事は、城太郎の知ったわけのものではないが、城太郎にも、滅多な者が喫うべきものではないことは分っている。――又、それを奈良井の大蔵が、日常時をきらわず、陶器製の煙管で喫っていたことも見ていた。もっとも大蔵が喫っているのは、木曾一の大家の主人であるから、不審には思わなかったが、今、首塚の松の下で、スパリスパリと喫っている螢火ほどな煙草の火には、恐ろしい疑念がわいた。
『何をしてるんだろ?』
彼は、冒険に狎れて来て、いつのまにか、かなり近くの物陰まで、這い寄ってながめていた。
やがての事。
悠々と、煙草入を仕舞うと、男はぬくっと起ち上った。そして被っている黒い布を脱ったので、顔もよく見えた。やはり奈良井の大蔵なのである。
覆面に使っていた黒布を、手拭のように腰に挾むと、彼は、大地にはびこっている巨松の根を、一周りぐるりと巡ってあるいた。そしてどこから拾い出したのか、手には、いつのまにか、一挺の鍬を持っている。
『......?』
鍬を杖に立てて、大蔵はしばらく夜の景色でも眺めるように突っ立っている。城太郎もそれで気づいた。この丘は、町場のある本宿と、砦や屋敷ばかりの住宅地との境になっている丘であった。
『うむ』
大蔵は、独りでうなずいた。そしてやにわに、松の根の北側にある一個の石を転がし、その石のあった下を目がけて、ざくと、一鍬入れはじめた。
三
鍬を振りだした大蔵は、わき目もふらずに、土を掘りのけた。
みているうちに、人間の体が立ったままであらかた這入るぐらいな穴になった。――そこで彼は、腰の黒い手拭で、ひと汗拭いた。
『......?』
草むらの石の陰に、石みたいになって、眼をまろくしていた城太郎は、その人間が、大蔵にちがいないと見てはいるが、それでもまだ、自分の知っている奈良井の大蔵とは、人がちがう気がしてならなかった。世の中に、奈良井の大蔵という者が、二人居るような気がして来るのだった。
『......よし』
大蔵は、穴の中に這入って、地面から首だけ出して、そういった。
穴の底を、足で踏み固めているのだった。
自分を埋めて、土を被るつもりなら、止めなければならない――と城太郎は考えていたが、そんな心配はいらなかった。
穴から跳び出すと、彼は松の木の下に置いてあった囊のような重い物を、穴のそば迄、ずるずる引き摺って来て、囊の首を括ってある麻の紐を解いている。
風呂敷かと思ったら、それは革の陣羽織であった。陣羽織の常に、もう一重、幕みたいな布で包んである物を開けると、驚くべき黄金の海鼠があらわれた。二つ割の竹の節のあいだに、熔かした黄金を流したもので、竹流しの竿金ともよぶ地金で、それが何本もあった。
それだけかと思っていると、彼はこんどは帯を解いて、腹巻だの、背中だの、体じゅうから、慶長判に鋳き上げてある金を、何十枚となく振りこぼした。それを手早く搔き集めて黄金の地金といっしょに、陣羽織にくるむと、穴の中へ犬の死骸でも蹴込むように、ずしーんと落した。
土を被せる。
足で踏みつける。
そして石を、元のとおりな位置へすえ、新しい土塊れが、そこらに目立たぬように、枯草や木の枝などを撒きちらし、こんどは、自分の身装を、平常の奈良井の大蔵に変えているのだった。
草鞋や脚絆や、不用になった物は、鍬にくくし付けて、人の這入らない藪の中へ投げこんだ。そして十徳を着、十徳の胸へ、雲水の掛けているような頭陀袋をさげ、草履まで穿きかえると、
『アア、一骨だった』
呟いて、丘の彼方へ、さっさと降りて行ってしまった。
その後で、城太郎はすぐ、生き埋めになった黄金のあとに立ってみた。どう見ても、掘りかえしたらしい痕は残っていない。彼は魔術師の掌を見つめるように、大地を見ていた。
『......そうだ。先へ帰っていないと、変に思われるぞ』
町場の燈火が見えているので、もう帰り途の見当はついている。彼は、大蔵とちがう道をえらんで風の子みたいに丘から駈けだした。
何喰わぬ顔をして、旅籠の二階へあがり、自分たちの部屋へ入ってゆくと、いいあんばいにまだ大蔵は戻っていない。
ただ、行燈の下に、下男の助市が、挾み筥へ依りかかって、孤影悄然と、よだれをたらして眠っていた。
『おい、助さん、風邪ひくよ』
わざと、揺り起すと、
『あ。城太か......』
助市は、眼をこすって、
『こんな遅くまで、御主人様へも無断で、わりゃあ何処へ行っていたのだ』
『何いってんだい』
城太郎はやり返して、
『おいらはもう、とっくの昔に帰っていたじゃないか。寝ぼけて、知りもしないくせに』
『噓をつけ。わりゃあ、角屋の妓を引っぱり出して、外へ行ったというじゃねえか。――今から、そんなまねしやがって、末恐ろしいやつだ』
間もなかった。
そこへ奈良井の大蔵が、
『今もどったよ』
障子を開けて入って来た。
四
どう歩いても、十二、三里はある。陽のあるうちに江戸へ着こうとすれば、よほど早立ちをしなければならない。
角屋の一行は、まだ暗いうちに八王子を立った。奈良井の大蔵の組は、悠々、朝飯をしたため、
『さて』
と宿を立ち出でたのが、もう陽のたかい時分。
挾み筥の下男と、城太郎とは、例によって、お供に従いていたが、きょうの城太郎は、ゆうべの事実があるので、何となく、大蔵に対する気ぶりが違っていた。
『城太』
大蔵はふり向いて、浮かない彼の顔つきへ、
『どうした、きょうは』
『へ? ......』
『どうかしたのか』
『どうもしません』
『ひどく、きょうに限って、むっつりしているじゃないか』
『はい......、大蔵様。実は、こうしていてはお師匠様にいつ行き会えるか分らないから、おいら、おじさんと別れて捜そうと思うんだけれど......いけないかな』
大蔵は膠なくいった。
『いけないな』
すると城太郎は、いつものように、馴々しく縋りかけたが、息に手を引っ込めて、
『どうして』
と恟々いう。
『一ぷくしよう』
大蔵はそういって、武蔵野の草に腰をおろした。そして挾み筥を担いでいる助市へ、先へ行けと手を振って見せる。
『おじさん、おいら、どうしても、お師匠様をはやく捜したいもの。だから自分一人で、歩いたほうがいいと思って――』
『いけないというのに』
難かしい顔を示しながら、大蔵は陶器の煙管で、すぱりとくゆらしながら、
『お前は、きょうから、おれの子になるのだ』
と、いった。
問題が重大なので、城太郎は唾をのんだ。だが、大蔵はもうにやにや笑っているので、冗談をいわれたのだと解して、
『いやなこった。おじさんの子になんかなるのは嫌だ』
『どうして』
『おじさんは、町人だろ。おいらは武士になりたいんだもの』
『奈良井の大蔵も、根を洗えば、町人ではない。きっと、偉い武士にさせてやるから、わしの養子になれ』
どうやら本気らしいので、城太郎は身ぶるいを覚えながら、
『なぜおじさんは、急にそんなことをいい出すのだい?』
――すると大蔵は、いきなり城太郎の手を引き寄せて、ぎゅっと、羽交締めに抱き込みながら、彼の耳へ、唇をつけて、小声にいった。
『見たな! 小僧』
『......え?』
『見たろう!』
『......な、なにをさ』
『ゆうべ、おれがしたことを』
『............』
『なぜ見た!』
『............』
『なぜひとの秘密を見る!』
『......ごめんよ、おじさん、ごめんよ。誰にもいわないから』
『大きな声を出すな。もう見てしまった事だから、叱言はいわぬ。その代りに、わしの子になれ。それが嫌なら、可愛い奴だが、殺してしまわなければならぬのだ。――どうだ、どっ方がいい?』
五
ほんとに殺されるかも知れないと思った。生れて初めて恐いというものに出会った気持であった。
『ごめんよ。ごめんよ。殺しちゃ厭だい。死ぬのは厭だい』
抑えられた雲雀のように、城太郎は、大蔵の腕の中で軽くもがいた。大きく暴れると、すぐに死の手が圧し被さってくるように惧れもするのであった。
そのくせ大蔵の手は、決して、彼の心臓がつぶれる程、強い力で締めつけているのではない。
やんわりと、膝のなかへ抱えこんで、
『じゃあ、おれの子になるか』
と、まばらな髯を城太郎の頰へ摺りつけていう。
その髯が痛い。
そのやんわりとした力がとても怖ろしい。大人臭いにおいが体を縛ってしまう。
どうしてだろう。城太郎には分らなかった。危険というだけなら、これ以上あぶない目には何度も出会っているし、それに対しては、むしろ向う見ずな性質なのに、声も手も出ないで、嬰児のように、大蔵の膝から逃げることができなかった。
『どっちだ。どっちがいい?』
『............』
『おれの子になるか、殺されたほうがいいか』
『............』
『これ、はやくいえ』
『............』
城太郎はとうとうベソを搔き始めた。汚い手で顔をこするものだから、涙が黒いしずくになって小鼻のそばに溜っている。
『なにを泣くか。おれの子になれば、倖せじゃあないか、武士になりたければ、猶さらのことだ。きっといい武士に仕立ててやる』
『だって......』
『だってなんだ』
『............』
『はっきりいえ』
『おじさんは......』
『うむ』
『でも』
『焦れったい奴。男というものは、もっと何でもはっきりと物をいうものだ』
『......だってね......おじさんの商売は、泥棒だろ』
もし大蔵の手が、軽くでもかかっていなければ、途端に彼は、雲をかすみと駈け出していたに違いないが、その膝が深い淵のように、起つこともできなかった。
『あはははは』
大蔵は、泣きじゃくる背を、ぽんとたたいて、
『だから、おれの子になるのは、嫌だっていうのか』
『......う、うん』
城太郎がうなずくと、彼は又、肩をゆすって笑いながら、
『おれは、天下を盗む者かもしれないが、けちな追剝や空巣ねらいたあ違う。家康も秀吉も信長も、みな天下を奪った人間じゃないか。――おれに従いて長い目で見ていると、今にわかって来る』
『じゃあおじさんは、泥棒でもないの』
『そんな割の合わない商売はしない。――おれはもっと太い人間さ』
もう城太郎の思案では、どう答えていいか、背が足りなかった。
大蔵は、膝の上から、ぽんと彼を離して、
『さあ、泣かずに歩け。きょうからはわしの子だ。可愛がってやる代りに、噯にも、ゆうべの事をひとに喋舌るな。――喋舌るとすぐ、その首を捻じ切ってしまうぞよ』
草分の人々
一
本位田又八の母が、江戸表へ来たのは、その年の五月末頃であった。
気候は、めっきり暑くなっていた。ことしは空梅雨か、ひと粒の雨も見えない。
『こんな草原や葭の多い沼地へ――なんで又こんなに家が建つのじゃろ?』
江戸へ来て、彼女の第一印象は、そんな呟きであった。
京の大津を出てから約二ヵ月近くもかかって、彼女はやっと今、着いたのである。道は東海道をとって来たものらしく、途中では、持病やら信心詣りやら、道草も多いので、都をば霞とともに出でしかど――という歌どおり遙けくふり返られる。
高輪街道には、近頃植えた並木や、一里塚もできていた。汐入から日本橋へゆく道は、新しい市街の幹線道路なので、わりあいに歩きよいが、それでも、石や材木をつんだ牛車がひっきりなしに通るのと、人家の普請や、埋地の土運びなどで、足もとも悪く、雨もふらないので、濛々と、白い埃が立っている。
『――ア、なんじゃ?』
彼女は、目角を立てて、普請中の新しい民家の中も睨めつけた。
中で笑う声がした。
左官屋が壁を塗っているのである。こての先から飛んできた壁土が、彼女の着物をよごしたのであった。
年は老っても、こういう事には我慢のならない婆であった。ついこの年頃まで、郷里では、本位田家の隠居で通った権式ぐせが、とたんに憤っと出るのである。
『往来の者へ、壁土をはね返しながら、詫びもせず、笑うているという法があろうか』
郷里の畑でこういえば、小作や村の者は、慴伏したものであった。然し、御新開の江戸へ遽かに流れて来て、荒い土をこねている左官屋職人は、こてをうごかしながら鼻で笑った。
『なんだって。――変なばばあが、なにか、ぶつぶついってるぜ』
お杉婆は、いよいよ怒って、
『今、笑うたのは、いったい誰じゃ』
『みんなだよ』
『なんじゃと』
ばばが肩をいからせる程、職人たちは笑っていた。
年がいもない――よせばいいのにと、足を止めた往来の者は、はらはらしていたが、ばばの性格がそれではすまなかった。
黙って、彼女は土間の中へ入って行った。そして左官たちが、足場にして乗っている板へ手をかけながら、
『おのれであろうが』
と、板を外した。
左官たちは、漆喰板の泥を浴びて、板の上からころげ落ちた。
『こん畜生』
刎ね起きると、左官たちは、ひと摑みにしてしまいそうな権まくで、お杉ばばの前に立ったが、
『さあ、外へ出い』
婆は、脇差に手をかけて、少しも年よりらしい怯みは見せない。
その勢いに、職人たちは、気をのまれてしまった。こんな婆さんがあろうかと意外であった。すがたや言葉づかいから考えて、侍のおふくろである事は知れているし、へたな真似をしては――と、急に惧れをなした顔いろである。
『この後、今のような無礼をしやると、承知せぬぞよ』
これでいいのだ。ばばは気がすんだとみえて、往来へ出て行った。往来の者は彼女のきかない気らしい後つきを見送ってちらかった。
すると、かんな屑を泥足にひきずった左官屋の小僧が、ふいに普請場の横から駈け出して行って、
『このばばめ』
いきなり、手桶のへどろを、彼女の体へぶちまけて、隠れてしまった。
二
『何するかっ』
振り向いた時は、もう悪戯の下手人はいなかった。
自分の背に浴びた壁土に気づくと、彼女の顔は、無念そうな中に、泣き出しそうな顔を顰めて、
『何を笑う?』
と、こんどは、笑っている往来の者へ向って、いいちらした。
『げらげらと、何がおかしゅうて、笑い召さるのじゃ。老いぼれは、わしのみではないぞえ。おぬし等も、やがては年を老るのじゃぞ。はるばると遠国から越えて来たこのとしよりを、親切に宥ろうとはせず、揑ね土を浴びせたり、歯をむいて嘲笑うたりするのが江戸の衆の人情か』
罵るために、往来はよけいに足を止め、又愈々、笑い声を増すことがお杉婆には分らぬらしい。
『お江戸お江戸と、日本じゅうでは今、この上もない土地のように、偉いうわさじゃが、何のことじゃ、来てみれば、山を崩し、葭沼を埋め、堀を掘っては海の洲を盛っている慌だしい埃ばかり。おまけに人情はすすどうて、人がらの下品ていることは、京から西には見られぬことじゃ』
これで、婆は少し胸がすいたとみえる。なお笑う群衆を捨てて、忌々しげに、脚をはやめて行った。
町はどこを見ても、木口も壁も新しくて、ぎらぎらと眼を射るし、空地へ出ると、まだ埋めきれない土の上から、葭や蘆の根が枯れて喰み出している。乾いた牛の糞は、眼や鼻に這入る気がするのであった。
『これが江戸か』
彼女は、事々に、江戸が気に入らなかった。新開発の江戸の中でいちばん古い物が、自分の姿のように思われた。
実際、ここの土に活動しているものは、悉くが若い者に限られていた。店舗を持っている主人も若いし、騎馬で歩いている役人も、編笠を抑えて大股に過ぐる侍も、労働者も、工匠も、物売も、歩卒も部将も、総てが若かった。若い者の天地だった。
『尋ねる者でもない旅なら、こんな所に、一日とて、居てくれるのではないが......』
ぶづぶついっているまに、婆は又、足を止めた。ここも亦、堀を掘っているので、道を曲がらなければならなかった。
掘り出した土の山は、どんどんと、土車で運ばれてゆく。そうして、葭や蘆が埋ってゆくそばから、大工は家を組み、大工の這っているうちに、もう白粉の女が、暖簾の陰で眉を刷いていたり、酒を売ったり、生薬の看板をかけたり、呉服反物を積みあげて居たりしていた。
ここらは以前の千代田村と日比谷村のあいだを通っている奥羽街道の田圃道が開けているので、もっと、江戸城の周辺に寄れば、太田道灌以後、天正の御入国以来のまとまった大名小路や屋敷町もあって、多少、城下としての落着きもあるのであったが、婆はまだ、そこへは足を踏んでいない。
そして、昨日今日、急拵えにできかかっている新開地を見て、江戸の全体を考えているので、ひどく落着かないのであった。
掘りかけている空堀の橋のたもとに、ふとみると、一軒のほったて小屋がある。四方は蓆張りで、削ぎ竹を抑えに打ち、入口にのれんを掛けて、そこから一本の小旗が出ている。
見ると、一字、
「ゆ」
と書いてある。
永楽のびた銭一枚を、湯番にわたして、ばばは、湯にはいった。汗をながすのが目的ではなかった。竿を借りて、抓み洗いをした着物を小屋の横に干し、それの乾くあいだ、襦袢一枚で、洗濯物の下にほそい脛をかかえて、往来をながめていた。
三
時々、干竿の着物を手で触ってみる。陽が強いのですぐ乾きそうに思われたが、なかなか乾かないのである。
襦袢一枚に、湯巻の上へ帯を巻いたきりで、これを待っているので、見得を知らないばばも、往来から見えないような、銭湯小屋の陰に、いつ迄も縮まっていた。
すると、往来の向う側で、
『幾坪あるのだい、この地所は――安けれやあ相談に乗ろうじゃないか』
『総坪で、八百坪からござんすよ。値だんは、申し上げたより負かりません』
『高いなあ、すこし、べら棒じゃないか』
『どういたしまして、土盛りの人足賃だって、安かあございません。――それにサ、もうこの界隈には地所はありませんぜ』
『なあに、まだ、あの通り埋立てているじゃないか』
『ところが、葭の生えているうちから、みんなあばき合いで、買手を待っている地所なんざ、十坪だってありませんや。――もっとも、ずっと隅田川の河原寄りなら幾らかありやすがね』
『ほんとに、八百坪あるのかい、この地面は』
『だから念の為に、繩を引いてごらんなすって』
四、五名の町人どうしで、頻りと、土地売買の取引をしているのだった。
その値だんを、往来ごしに聞いて、お杉ばばは、眼をまろくした。田舎なら米のできる田が何十枚という値が、ここの一坪か二坪の値だった。
江戸の町人のあいだには今、熱病のように、土地売買の思惑が行われているので、こんな風景は、随所に見られるのであったが、
『米も実らなければ、町中でもない地面を、どうしてここらの衆はあんなに買うのか』
と、彼女には、不思議でならなかった。
そのうちに取引の相談がまとまったのであろう。埋地に立っていた人影は、手打ちをして散らかって行った。
『――おやっ?』
ぼんやりと、そんな物を見ているうちに、誰か背後へ来て、自分の帯へ手を入れた者があるので、ばばはその手を摑んで、
『泥棒っ』
と、さけんだ。
小出しの財布はもう帯の間を抜けて、土工か駕かきらしい男の手に摑まれたまま、往来の方へ飛んでいた。
『――泥棒じゃっ』
自分の首を持って行かれたように、ばばは追い縋って、男の腰へしがみついた。
『――来てくだされッ。往来の衆ッ。盗人じゃっ』
一つや二つ、顔を撲っても、容易にばばの手が離れないので、持て余した搔っ攫いは、
『うるせえっ』
と、いいながら、足をあげて、ばばの脾腹を蹴とばした。
並たいていの老婆と心得たのがその泥棒には不覚であった。うむうっ――と呻いてばばは仆れたものの、それと共に、襦袢一重になっても差していた小脇差を、抜きざまに酬いて、相手の足くびを斬っていた。
『ア痛ててて』
財布を持った小泥棒はちんばを曳いたままそれでも十間ばかり逃げたが、夥しい血がこぼれるのを見て、貧血して、往来へ坐ってしまった。
今、埋地で土地の手打ちをして、一人の乾児と共に歩いていた半瓦の弥次兵衛は、
『――やっ? そいつあこの間まで、部屋にごろついていた甲州者じゃねえか』
『そうのようです。財布を握っていますぜ』
『泥棒という声が聞えたが、部屋を出ても、まだ手癖がやまねえな。......おお彼方に老婆が仆れている。甲州者はおれが捕まえているから、あの老婆を労わって来い』
半瓦はそういうと、逃げかけるちんばの襟がみを抓んで、螽でも叩きつけるように、空地の方へ抛り出した。
四
『親分、そいつが、婆さんの財布を持っている筈ですが』
『財布は、おれが奪り返して預かっている。としよりはどうした』
『たいして怪我もございません。気を失っていましたが、気がつくとすぐあの通り財布財布と喚いております』
『坐っているじゃねえか。起てねえのか』
『そいつに脾腹を蹴とばされたんで』
『よくねえ奴だ』
半瓦は、小泥棒を睨めつけて、乾児の男へいいつけた。
『丑。杭を打て』
杭を打て――と聞くと甲州者の小泥棒は、刃物を当てられたより顫えあがって、
『親分、それだけは、どうぞ御勘弁を。以後は改心して、よく働きますから』
ひれ伏して、拝んだが、半瓦は首を振って、
『ならねえ、ならねえ』
その間に、走って行った乾児は仮橋普請をしている大工を二人連れて来て、
『この辺へ打ってくれ』
と、空地の中ほどを足で示して大工へいう。
ふたりの大工は、そこへ一本の杭を打ちこんで、
『半瓦の親分、これでようがすか』
『よしよし。野郎をそこへふん縛って、頭の上のあたりへ、板を一枚打ってくれ』
『なにか、お書きになるので』
『そうだ』
大工の墨つぼを借りて、それへ差尺筆で、
一ツ 泥棒一ぴき
せんだって迄、半瓦の部屋の飯食い者、再度悪事のかど之有り候につき、雨ざらし陽ざらし、七日七晩きゅうめいさせ置候ものなり。
大 工 町
弥 次 兵 衛
『ありがとう』
墨つぼを返して、
『すまねえが、死なねえ程に、弁当飯のあまりでも、時々エサをやっといてくれ』
と、橋普請の大工や、近くで働いている土工たちへ頼んだ。
一同は口を揃えて、
『承知いたしました。たんと笑ってやりやしょう』
と、いった。
笑ってやるという事は、町人社会でさえ、この上もない制裁であった。年久しく武家は武家と戦争ばかりしていて、民治や刑法がゆき届かないために、町人社会はそれ自体の秩序のために、こういう私刑の方法も持っていた。
新興の江戸政体には、もう町奉行の組織だの、大庄屋制度をそのまま厳めしく延長したような職制や民治が体をなしかかっていたが、民間の旧習というものは、上ができたからといって、遽かに余風が革まるものではない。
けれど、私刑の風などは、新開発の半途にある混雑な社会には、まだ当分有ってもよいものとして、町奉行でも、べつに是を取締ることはしなかった。
『丑、そのとしよりへ、財布を返してやれ』
半瓦は、それをお杉ばばの手へ戻してから、又、
『かあいそうに、この年して、ひとり旅の様子じゃねえか。......着物はどうしたんだ』
『風呂小屋の横に、洗濯して、乾してありますが』
『じゃあ着物を持って、としよりを負ぶって来い』
『家へ連れて帰るんで?』
『そうよ、盗っ人だけ懲したって此のとしよりを捨てておいたら、又どいつかが悪い料簡を起こさねえとも限るまい』
生乾きの着物を抱え、彼女を背なかに負ぶって、乾児の男が、半瓦のあとに尾いてそこを立ち去ると、往来につかえていた人垣も、ぞろぞろと東西へ崩れだした。
五
日本橋は、竣工てからまだ一年も踏まれていなかった。
後の錦絵などで見るよりも、そこの河幅はずっと広くて、両岸から新しい石垣の築出しが築かれ、そこにまだ新しい白木の欄干が架かっていた。
鎌倉船や、小田原船が、橋の際までいっぱいに這入って行った。その向う河岸に、魚くさい人間がわいわいと市を立てている。
『......痛い。うう痛い』
ばばは、乾児の背なかで、顔をしかめながらも、魚市場の人声に何事かと、眼をみはった。
半瓦は、乾児の背から、時々聞える呻きをふり向いて、
『もう直きだよ、辛抱しねえ、生命に別条があるじゃなし、余り呻りなさんな』
往来の者が、頻りと振向くので、こう注意したのである。
それからは、おとなしくなって、ばばは嬰児みたいに、乾児の背へ顔を寝かせていた。
鍛冶町だの、槍町だの、紺屋町だの、畳町だの、職人色に町がわかれていた。大工町の半瓦の家は、その中でひどく変っていた。屋根の半分が瓦で葺いてあるのが、誰の眼にもついた。
二、三年前の大火以後、町の家は板屋葺になったが、その以前は、草茸屋根がおおかたであった。弥次兵衛は往来に向った方だけ、瓦で葺いたので、
(半瓦、半瓦)とそれが通り名になってしまい、自分も得意だった。
江戸へ移住して来た初めは、弥次兵衛はただの牢人者だったが、才気と俠気が備わっているので、人を御すのが上手、町人になって、屋根請負いを始め、やがて、諸侯の普請人足を請負うようになり、又、土地の売買をやったりして、今では懐手をして「親分」という特殊な敬称をうけている。
「親分」とよばれる特殊な権力家は、新しい江戸には今、彼のほかにも、簇生してきた。然し、彼はその中にも顔のひろい「親分」であった。
町の者は、武家をさむらいと尊敬するように、彼等の一族をも「男伊達」と敬称して、むしろ武家の下風にある自分たちの味方の者としていた。
この男伊達も、江戸へ来てから、風俗だの精神は大いに変化したが、江戸の町から発生した生え抜きではない。足利の末の乱世には、もう茨組などという徒党があって――勿論それは男伊達などとは敬称されなかったが、「室町殿物語」などによると、
ソノ装束ハ、赤裸ニ茜染ノ下帯、小王打チノ上帯ハ幾重ニモマワシ、三尺八寸ノ朱鞘ノ刀、柄ハ一尺八寸ニ巻カセ、二尺一寸ノ打刀モ同ジニ仕立テ、頭ハ髪ヲツカミ乱シ、荒繩ニテ鉢巻ムズトシメ、黒革ノ脚絆ヲシ、同行常ニ二十人バカリ、熊手、鉞ナド担ウモアリテ......
そして群集はそれを見ると、
(当時聞ゆる茨組ぞ、あたりへ寄るな、物いうな)
と、怯じ怖れて、道をあけて通したほどな威勢であったとある。
その茨組は、口には王義を唱えながら、時には、
(物奪り強盗は武士の慣い)
と出かけ、市街戦の時には、乱破に化けて、敵へも味方へも節操を売りなどした為、平和になると、武家からも民衆からも追われてしまい、素質の悪いのは、山野に封じこめられて追剝稼ぎに落ち、性骨のある者は、新開発の江戸という天地を見つけて、ここに起りかけてある文化に眼ざめ、
(正義を骨に、民衆を肉に、義と俠の男らしさを皮にして――)
新興男伊達なるものが、いろいろな職業や階級の中から今、名乗りをあげているのだった。
『帰ったぞ、どいつか、出て来ねえか。――お客さまをお連れ申しているのだ』
半瓦は、自分の家に入ると、大まかな町屋造りの奥へ向って、こう呶鳴った。
喧嘩河原
一
よくよく居心地がよいとみえ、お杉ばばが半瓦の家に起臥を始めてから、月日はいつか一年半も巡っている。
その一年半の間、ばばは何をしていたかというと、体が、がっしり癒ってからは、
(思わず長いお世話になりましたわいの。もうお暇をせにゃならぬ)
と、今日は明日はと、いい暮して来たに過ぎない。
然し、暇を乞おうにも、主人の半瓦弥次兵衛とは、めったに顔を合わすこともない。稀々、居たと思えば、
(まあまあ、そう気のみじかい事をいわずに、ゆるりと、敵をさがしなされ。身内の者も、絶えず心がけているのだから、追っつけ、武蔵の居所をつきとめ、ばば殿に、助太刀しようというているのに)
そういわれると、彼女も亦、ここの軒から立つ気も失せる。
初めのうちは、およそ江戸という土地がらや風俗を、忌み嫌っていた彼女も、この半瓦の家に一年半も過ごすうちに、
(江戸の人の親切さ)
を身に沁みて、
(何という、気儘な暮し)
と、目を細めて、この土地の人間を眺めるようになっていた。
わけても、半瓦の家はそうだった。ここには百姓出の怠け者もいるし、関ケ原くずれの牢人も、親の金を蕩尽して逃げて来た極道者も、おととい牢屋から出て来た入墨者もいるが――それが弥次兵衛という戸長の下に、大家族式な生活を営み、ざッかけない、粗っぽい、極めて不しだらな――中にも整然たる階級を持って、
(男を磨きあう)
という事を御神灯に立てて、一種の六方者道場を世帯としているのだった。
この六方者道場には、親分の下に兄哥があり、兄哥の下に乾児があり、その乾児のうちにも古参新参の区別がやかましく、他の客分格だの、仲間の礼儀作法も、誰が立てたともなく、非常に厳密であった。
(ただ遊んでござるのが退屈だったら、若い者の世話などみてくれると有難い)
と、弥次兵衛にいわれたところから、お杉ばばは、一間にあって、沢山ながさつ者の洗濯とか、縫物などを、お針子を集めて来ては、整理してやっている。
(さすがに、士の御隠居だ。本位田家とやらも、相当な家風を持った家筋とみえる)
がさつ者は、噂し合った。お杉ばばの厳格な起居と家政ぶりは、ひどく彼等を感嘆せしめた。又、それが六方者道場の風紀を正すうえに役立った。
六方者ということばは、無法者にも通じる。柄の長い大小を突出し、二本のから脛と、二本のこじりを突っ張って歩く男だての姿から来た町の綽名なのである。
『宮本武蔵という侍が立ち廻ったら、すぐあのばば殿へ知らせてやれ』
半瓦の身内は、等しくこう心がけていたが、すでに一年半からになるが、その武蔵の名は杳としてこの江戸には開かなかった。
半瓦弥次兵衛は、お杉ばばの口から、その意志や境遇を聞いて、甚しく同情を抱いたのである。彼の持った武蔵観は、当然、お杉ばばの武蔵観であった。
『えらい婆殿だ。憎むべき野郎は武蔵とやらだ』
そうして彼は、お杉ばばの為に、裏の空地へ一室を建ててやったり、家にいる日は、朝夕、挨拶に出たりして、賓客に仕えるように、このばばを大事にした。
乾児が、彼に訊ねた。
『お客を大事になさるのはいいが、親分ともあろう者が、どうして、そんなに鄭重になさるんですかえ』
すると、半瓦はこう答えた。
『この頃おれは、他人の親でも年よりを見ると、親孝行がしたくなるんだ。......だから俺が、どんなに、自分の死んだ親には、親不孝だったか分るだろう』
二
町中の野梅は散った。江戸にはまだ桜はほとんどなかった。
わずかに、山の手の崖に、山桜が白く見られる。近年、浅草寺の前に、桜の並木を移植した奇特家があって、まだ若木ではあるが、ことしはだいぶ蕾を持ったという。
『ばば殿、きょうは一つ、浅草寺へお供しようと思うが、行く気はないか』
半瓦の誘いに、
『おう、観世音は、わしも信仰じゃ。ぜひ伴れて行ってたも』
『では――』
と、いうので、お杉ばばも加えて、乾児の菰の十郎に、お稚児の小六の二人に弁当など持たせて、京橋堀から舟に乗った。
お稚児といえば優しげに聞えるが、これが向う傷のある肉のかたじまりな、いかにも喧嘩早い生れつきに出来ているような小男で、櫓はうまい。
堀から隅田のながれへ漕ぎ出すと、半瓦は、重筥を開けさせて、
『おばあさん、実は今日は、わしのおふくろの命日なのです。墓詣りといっても、故郷は遠国なので、浅草寺へでもお詣りして、何か一つ、今日は善い事をして帰ろうと思うのだ。......だから遊山のつもりで、一献飲りましょう』
と、杯を持って、舷から手をのばし、大川の水を杯洗にしてさっと雫を振って婆へ酌した。
『そうか。......それはそれは優しいお心がけじゃな』
お杉はふと、自分にもやがて来る命日を考えた。それはすぐ、又八を考える事でもあった。
『さ、少しは飲けるでしょう。水の上だが、わし等がついているから、安心して酔うておくんなさい』
『御命日なのに、酒をのんでも悪いことはござりませぬか』
『六方者は、噓や飾りの儀式が大嫌い。それに此方人は、門徒だから、物知らずでいいのです』
『久しゅう、酒も飲まなんだ。――酒はたべても、このように暢々とはのう』
お杉は杯を重ねた。
隅田宿の方から流れてくるこの大河は満々として広かった。下総寄りの岸の方には、鬱蒼とした森が折り重なり、河水に樹の根の洗われている辺りは、水もまっ蒼な日陰の瀞になっている。
『オオ、鶯が啼きぬいて』
『梅雨頃には、昼間も、昼ほととぎすが啼きぬくが......まだ時鳥は』
『ご返杯じゃ。......親分様、きょうは婆もよい供養のおこぼれにあずかりましたわえ』
『そう、欣んでくれると、わしも有難い。さあ、もっと重ねぬか』
すると、櫓を漕いでいるお稚児が、羨ましそうに、
『親分、こっちへも、少し廻してもらいてえもので』
『てめえは、櫓がうまいから連れて来たのだ。行きに飲ますとあぶねえから、帰りにはふんだんに飲め』
『我慢は辛いものだ、大川の水がみんな酒に見える』
『お稚児、あそこで網を打っている船へ寄せて、肴を少し買い込め』
心得て、お稚児が漕ぎよせて、漁師にかけ合うと、なんでも持って行きなされと、漁師は船板を開けてみせる。
山国で老いたお杉ばばには、目をみはるほど珍らしかった。
船底にパチャパチャ生きている魚を見ると、鯉、鱒がある。すずき、鯊にくろ鯛がある。手長えびや鯰もある。
半瓦は、白魚をすぐ醤油につけて喰べ、彼女にもすすめたが、
『生ぐさは、よう喰べぬ』
と、ばばは首を振って、おぞけをふるった。
舟は間もなく、隅田河原の西へついた。河原を上ると、波打ち際の森の中に、すぐ浅草観音堂の茅葺屋根が見えた。
三
人々は河原へ降りた。ばばは少し酔っている。年のせいか舟から足を移すのに、よろめく気味であった。
『あぶない、手をとろう』
半瓦が手をひくと、
『なんの、止めてくだされ』
婆は手を振る。
年より扱いが元から嫌いな性なのである。乾分の菰の十郎とお稚児の小六は、舟をつないで後から従いた。河原は渺々として眼の限り石ころと水であった。
するとその河原の石ころを起して、蟹でも捕まえているらしい子供が、稀々、河から上った珍らしい人影を見て、
『おじさん、買っとくれ』
『ばばさん、買っとくれよ』
と、半瓦とお杉のまわりに集まって来て、うるさく強請む。
子供が好きとみえて、半瓦の弥次兵衛はうるさがりもせず、
『なんだ蟹か。蟹なんざいらねえよ』
子供らは、一斉に、
『蟹じゃないよ』
と、着物の裾をふくろにしたり、ふところに入れたり、手に持っている物を示して、
『矢だよ、矢だよ』
と争っていう。
『なんだ、鏃か』
『ああ、鏃だよ』
『浅草寺のそばの藪に、人間や馬を埋めた塚があるよ。お詣りする人は、そこへこの鏃を上げて拝むよ。おじさんも上げてくれよ』
『鏃は要らない、だが、銭をやるからいいだろう』
半瓦が、銭を与えると、子供たちは又、散らかって、鏃を掘っていたが、すぐ附近の藁屋根の家から、子供たちの親が出て来て、銭だけを取り上げて行った。
『ちぇっ』
半瓦は、嫌な気がしたとみえ、舌打ちして、眼をそらしたが、ばばは恍惚と、広い河原の眺めに見惚れていた。
『この辺から、あのように鏃がたんと出るところを見ると、この河原にも、合戦があったのじゃろうのう』
『よくは知らぬが、荏土の庄といわれていた頃、戦がたびたびあったらしいな。遠くは、治承の昔、源頼朝が、伊豆から渡って、関東の兵をあつめたのもこの河原。――又、南朝の御世の頃、新田武蔵守が小手指ケ原の合戦から駈け渡って、足利方の矢かぜを浴びたのもこの辺だし――近くは、天正の頃、太田道灌の一族だの、千葉氏の一党が、幾たびも興り、幾度も亡んだ跡が――この先の石浜の河原だそうな』
話しながら、歩き出すと、菰の十郎とお稚児のふたりは、もう浅草寺の御堂の縁へ行って、先に腰かけている。
見れば、寺とは名のみの、ひどい茅葺堂が一宇と、僧の住むあばら屋が、堂の裏にあるだけに過ぎない。
『......なんじゃ、これが江戸の衆がよくいう金竜山浅草寺かいな』
ばばは、一応失望した。
奈良京都あたりの古い文化の遺跡を見た眼には、余りにも原始的であった。
大川の水は、洪水の時、森の根を洗って浸るとみえ、御堂のすぐ側まで、平常でも、支れ水がひたひたと寄せていた。御堂を囲む木は皆、千年も年経ったような喬木であった。――何処かでその喬木を仆す斧の音が、怪鳥でも啼くように、時々、コーン、コーンとひびく。
『やあ、おいでなされ』
不意に、頭の上で、挨拶する声が聞えた。
(――誰?)
と驚いて、ばばが眼をあげてみると、御堂の屋根の上に坐って、茅で屋根の修繕をしている観音堂の坊主たちであった。
半瓦の弥次兵衛の顔は、こんな町の端れにも知られていると見える。下から挨拶を返しながら、
『ご苦労様。きょうは、屋根でござりますかな』
『はあ、この辺の木には、巨きな鳥が棲んでおりますでな、繕っても繕っても、茅をついばんでは、巣へ持って行ってしまうので、雨漏りがして弱りますわい。......今降ります故、しばらく、おやすみ下さいませ』
四
神燈をあげて、堂の中へ坐ってみると、成程、これでは雨も漏ろう、壁からも屋根裏からも星のように、昼の明りが洩れてみえる。
如日虚空住
或被悪人逐
堕落金剛山
念彼観音力
不能損一毛
或値怨賊遶
各執刀加害
念彼観音力
咸即起慈心
或遭王難苦
臨刑欲寿終
念彼観音力
刀尋段々壊......
半瓦と並んだお杉は、袂から数珠をとり出し、もう無想になって、普門品を称えていた。
始めは低声であったが、そのうちに半瓦や乾児がいることも忘れ果てた有様で、朗々と声の高まるにつれて、顔の形相も、物に憑かれたように変ってしまう。
一巻を誦み終ると、打ちふるえる指に数珠を押し揉み、
『――衆中八万四千衆生、皆発無等々、阿耨多羅三藐三菩提心。――南無大慈大悲観世音菩薩――なにとぞ、ばばが一念をあわれみたまい、一日もはやく、武蔵を討たせたまえ。武蔵を討たせたまえ。武蔵を討たせたまえ』
それから又、遽かに、声も体も沈めて、ひれ伏しながら、
『又八めが、よい子になり、本位田家の栄えまするよう』
彼女の祈りが終った様子をさし覗いて、堂守の僧が、
『あちらへ、湯を沸かしておきました。渋茶などお上り下さいまし』
半瓦も乾児も、ばばの為に、しびれをさすりながら起ち上った。
乾児の十郎は、
『もう、ここなら、飲んでもようございましょう』
許しをうけると早速、堂裏にある僧の住居の縁側に、弁当をひろげ、舟で買い求めた魚などを焼いてもらって、
『この辺に、桜はねえが、花見に来たような気がするぜ』
と、お稚児の小六を相手に、すっかり落着きこむ。
半瓦は、布施をつつんで、
『お屋根料の足しに』
と、若干かを寄進したが、ふと壁に見える参詣者の寄進札のうちに、眼をみはった。
寄進の多くは、今彼がつつんだ程度の金か、それ以下の額であったが、中にたったひとり、ずば抜けた篤志家がある。
黄金十まい
しなの奈良井宿 大 蔵
『お坊さん』
『はい』
『さもしい事をいうようだが、黄金十枚といっちゃ当節大金だ。いったい奈良井の大蔵というのは、そんな金持かな』
『よう存じませんが、昨年、年の暮に、ぶらりと御参詣なさいまして、関東一の名刹が、このお相はいたましい、御普請の折には、お材木代の端に加えてくれといって、置いて行かれましたので』
『気特のいい人間もあるものだな』
『ところが、だんだん聞きますと、その大蔵様は、湯島の天神へも、金三枚御寄進なさいました。神田の明神へは、あれは平の将門公を祠ったもので、将門公が謀叛人などと伝えられているのは、甚だしいまちがいだ。関東が開けたのは、将門公のお力もあるのに――といって黄金二十枚も献納したということでございますが、世には、ふしぎな奇特人もあるもので......』
と――その時、河原と寺内との境の森を、向う見ずに、ばらばらと駈け込んで来る狼藉な跫音があった。
五
『童共っ。遊ぶなら河原で遊べ、寺内へ入って来て乱暴するじゃないっ』
番僧は、縁側に立って、こう呶鳴った。
駈け込んで来た子供等は、目高の群れのように、その縁側へと集まって来て口々に、
『たいへんだよ、お坊さん』
『何処かのお侍さんと、何処かのお侍さん達が、河原で喧嘩してるよ』
『一人と四人で』
『刀を抜いて』
『はやく行ってごらんよ』
番僧たちは、聞くとすぐ草履へ足を下ろして、
『又か』
と、呟いた。
すぐ駈け出そうとしたが、半瓦やお杉たちを顧みて、
『お客様方、ちょっと失礼いたします。なにせい、この辺の河原は、喧嘩には足場がよいので、なんぞというと、果し合の場所になったり、誘き出しだの、撲り合いだの、絶えず血の雨のふる所でしてな。――その度に、お奉行所から始末書を求められますので、見届けておかぬと』
子供たちはもう、河原の森の際へ行って、なにか声をあげて昻奮している。
『斬合か』
嫌いでない半瓦の乾児二人も、その半瓦も、駈けて行った。
お杉ばばは、一番後から森を抜けて、河原境の樹の根に立って見渡した――だが、彼女の足がおそかったので、彼女がそこへ出てみた時は、なにも、それらしい者は見えなかった。
又、あれほど躁いでいた子供も、駈け出した大人も、その他この界隈の漁村の男女も、皆、森の際や木の間がくれに、しいんと、生唾をのんでしまって、声一つ立てる者がない。
『......?』
婆はいぶかしく思ったが、すぐ彼女も、同じように息をひそめ、ただ凝視の眼を、じっとすえていた。
見わたす限り、石ころと水ばかりな広い河原であった。水は澄んだ空と同じ色をしていた。燕の影が、その天地を独り自由に翔けている。
――見ると今、そのきれいな流れと、石ころの道を踏んで、彼方から澄ました顔をして歩いて来る一名の侍がある。人影といっては、それしか見当らない。
侍はまだうら若い男で、背に大太刀を負っているのと、牡丹色の舶載地の武者羽織を着ている体がひどく派手やかであった。そして、かくも大勢の眼に、木陰から見られているのを、知ってか知らずにいるのか、いっこう無関心らしく、ふと、立止まった。
『......ア。ア』
と、その時、ばばの近くにいた傍観者が、低い声をもらした。
ばばも、はっと、眼をひからした。
牡丹色の武者羽織が立ちどまった所から、約十間ほど後に、四つの死骸が、算をみだして、斬りふせられていた事がわかった。喧嘩の勝敗はもうそれでついていたのである。四人に対して、一人の若い武者羽織の方が、決定的に、勝ちを占めたものらしい。
ところが、まだその四人のうちには、薄傷の程度で、多少呼息のある者があったとみえ、牡丹色の武者羽織が、ハッと振向くと、そこの死骸から、人魂のように、血まみれな一箇が、
『まだッ、未だッ。勝負は未だだっ。逃げるなっ』
と、追いかけて来た。
武者羽織は、向き直って、尋常に待ちかまえていたが、火の玉のような負傷が、
『まだ、お、お、おれはまだ、生きてるぞっ』
喚いて、斬りかかると、此方は、一歩退いて、相手を泳がせ、
『これでも、まだかっ』
西瓜を割ったように、人間の顔が斬れてしまった。斬った刀は、武者羽織の背中に負っていた「物干竿」とよぶ長剣であったが、肩越しに、柄を持った手も、斬り下げた手元も、眼には見えないほどな技であった。
六
刀を拭っている。
それから、流れで、手を洗っている。
度々、この辺で、斬合を見つけている者でも、その落着きぶりに、嘆息をもらしたが、又余りにも、凄愴なものに打たれて、中には観ているだけで、蒼ざめてしまった者もある。
『............』
とにかく誰も、その間、一語を発しる者もなかった。
手を拭いた牡丹色の武者羽織は身を伸ばして、
『岩国川の水のようだ。......故国を思い出すなあ』
と、つぶやいて、暫く、隅田河原のひろさや、水をかすめて飛び翻る燕の白い腹を見送っていた。
――やがて彼は、急に足を早めた。もう死骸が追いかけて来る憂いはなかったが、後の面倒を考えたらしい。
河原の水瀬に、彼は、一艘の小舟を見つけた。櫓も付いているし、恰好な乗物と思ったのであろう。それへ乗って、繫いでいる綱を解きかけるのであった。
『やいっ、侍』
半瓦の乾児の菰の十郎とお稚児の小六の二人だった。
こう木の間からいきなり呶鳴って、河原の水際へ駈け出して行き、
『その舟を、どうする気だ』
と、咎めた。
武者羽織の体には、近づくとまだ血腥いにおいが感じられた。袴にもわらじの緒にも、返り血がこびりついていた。
『......いけないのか』
解きかけた繫綱を放して、その顔がにっと笑うと、
『あたりまえだ。これは、俺たちの持舟だ』
『そうか。......駄賃をやったらよろしかろう』
『ふざけるな、俺たちは、船頭じゃあねえ』
たった今、そこで四人を一人で斬り捨てた侍に対して、こういう口がきける気の暴さは、お稚児や菰の口を借りて、関東の勃興文化がいうのである。新将軍の威勢や江戸の土がいうのである。
『............』
悪かったとはいわない。
然し、牡丹色の武者羽織も、それに横車は押せなかったと見え、小舟から出ると、黙って又河原を下流の方へ歩き出した。
『小次郎どの。――小次郎どのじゃないか』
お杉はその前に迫って立っていた。顔を見あわすと、小次郎は、やあといって、初めて凄愴な青白さを、顔から捨てて笑った。
『居たのか。こんな所に。――いや、その後は、どうしたかと思うていたが』
『身を寄せている半瓦の主や若い者と、観世音へ参詣にの』
『いつであったか、そうそう、叡山でお目にかかった折、江戸へと聞いていたので、会いそうなものと思うていたが、こんな所でとは』
と、振りかえって、呆気にとられている菰やお稚児を眼でさしながら、
『では、あれが婆殿の連れの者か』
『そうじゃ、親分というお人は出来ている人間じゃが、若い者たちは、ひどくがさつ揃いでの』
ばばが小次郎と馴々しく立話しを始めたことは、衆目をそばだたせたばかりでなく、半瓦の弥次兵衛も、意外であった。
で、半瓦はそれへ来て、
『なにか唯今、乾児の者が、不作法を申しあげたらしゅうございますが』
と、丁寧に詫び、
『てまえ共も、もう帰ろうとしている所、何ならば、お急ぎの先まで、舟でお送り申しましょう』
と、すすめた。
かんな屑
一
帰りの小舟の中。
同舟という言葉があるが、ひとつ舟に身を託すとなれば、いやでもお互いに心の溶けあうものである。
まして、酒もある。
新鮮な魚鱗もある。
それに、婆と小次郎とは、以前からふしぎに、気心も合い、その後の話も積もるほどあって、
『相変らず、御修行かの』
と、ばばがいえば、
『そちらの大望はまだか』
と、小次郎が訊く。
ばばの大望とは、いうまでもなく、「武蔵を討つ」事にあるが、その武蔵の消息が、この頃はとんと知れないので――といえば、小次郎が、
『いや、昨年の秋から冬頃までの間に二、三の武芸者を訪れたうわさがある。まだ多分、江戸表にいるにちがいない』
と、小次郎が力づける。
半瓦も口を出して、
『実は、手前も及ばずながら、ばば殿の身上を聞いてお力添えをしておりますが、武蔵とやらの足どりが今のところ皆目、分らねえので』
と、話は婆の境遇を中心としてそれからそれへと結びつき、
『どうぞ、これから御懇意に』
と、半瓦がいえば、
『わしからも』
と、小次郎は、杯を洗って、彼のみでなく、乾児たちへも、順々に廻して酌ぐ。
小次郎の実力は、たった今、河原で見ているので、打ち解けると、お稚児も菰も、無条件に尊敬をはらった。又、半瓦の弥次兵衛は、自分の世話している婆の味方というので、肝胆を照らし合うところがあり、婆は婆で又、多くの後ろ楯に囲まれて、
『渡る世間に鬼はないというが――ほんに小次郎殿といい、半瓦の身内の衆といい、わしのような老いさらぼうた者を、ようして賜もる志......何というてよいやら。これも観世音の御庇護でがなあろう』
と、洟をかまないばかり、涙ぐんでいうのだった。
話しがしめっぽくなりかけたので半瓦が、
『――時に小次郎様。最前、あなた様が河原で討ち果しなすった四人は、あれはどういう人間共でござりますな』
と、訊ねると、待っていたように、小次郎が、それからの得意な雄弁であった。
『アア、あれか――』
と、先ず最初は事もなげに一笑して、
『あれは、小幡の門に出入りする牢人で、先頃から五、六回ほど、わしが小幡を訪れて議論しておると、いつも横合いから口をさし挿み、軍学上の事ばかりか、剣に就いても小賢しくいうので、さらば隅田河原に来い、幾名とでも立対って、巌流が秘術と、物干竿の斬れ味を見せて進ぜるといったところ、今日五名して待つというので出向いたまでです。......一人は立合うとたんに逃げおったが、いやはや、江戸には、口程もないのが多くて』
と又、肩で笑う。
『小幡というのは?』
と、訊ね返すと、
『知らんのか。甲州武田家の御人小幡入道日浄の末で――勘兵衛景憲――。大御所に拾い出され、今では秀忠公の軍学の師として、門戸を張っておる』
『アアあの小幡様で』
と、半瓦は、そういう名だたる大家を、まるで友達のようにいう小次郎の顔を、見まもった。
そして心の裡で、
(いったいこの若い侍は、まだ前髪でいるが、どんなに偉いのか?)
と、思った。
二
六方者は、単純である。市井の事々は複雑だが、その中を、単純に生きようというのが、男だてである。
半瓦はすっかり、小次郎に傾倒してしまった。
(この人は偉い)
と思うと、こういう持前の男だては、一本槍に惚れこんでゆく。
『いかがでしょう一つ』
と、早速にも、相談であった。
『てまえ共には、しょッ中、ごろついている若い奴等が四、五十人はあります。裏には空地もあるし――そこへ道場を建ててもよろしゅうございますが』
と、小次郎の身を自宅で世話をしたいらしい意嚮を漏らすと、
『それは、教えてやってもいいが、わしの体は、三百石での、五百石でのと、諸侯から袖を引かれて、弱っているのだ。自分は、千石以下では奉公せぬ所存で、まだ当分は――今の邸に遊んでおるが、その方の義理もあるから、急に身を移すわけにもゆかぬ。――そうだな、月に三、四度ぐらいならば、教授に出向いて遣わそう』
と、いう。
それを聞くと、半瓦の乾児は、いよいよ小次郎を大きく買った。小次郎のことばには、常に、単純でない伏線で自己宣伝が潜んでいるが、それを嚙みわけないのである。
『それでも結構です。ぜひ一つお願い申したいもので』
辞を低くして、
『又、お遊びに』
と半瓦がいえば、お杉ばばも、
『待っていますぞよ』
と、小次郎のことばをつがえた。
小次郎は京橋堀へ舟が曲る角で、
『ここで降ろしてくれ』
と、陸へ上った。
小舟から見ていると、牡丹色の武者羽織は、すぐ町中の埃にかくれてしまった。
『たのもしい人だ』
と半瓦はまだ感心していたし、ばばも、口を極めて、
『あれが、真の武士じゃろう。あの位な人物なら、五百石でも、大名の口がかかりましょうわえ』
と、いった。
そして、ふと、
『せめて又八も、あの位に、人間が出来てくれれば......』
と呟いた。
それから五日程後、小次郎はぶらりと、半瓦の家へ遊びに来た。
四、五十名もいる乾児が、代る代る彼のいる客間へ、挨拶に出て来た。
『おもしろい生活をしておるものだな』
小次郎は、そういって、心から愉快になったらしい。
『ここへ、道場を、建てたいと思いますが、ひとつ地所を見てくださいませんか』
と、半瓦は、彼を誘って、家の裏へ連れ出した。
二千坪ぐらいの空地だった。
そこには、紺屋があって、染め上げた布を、たくさんに干していた。その地所は、半瓦が貸しているので、いくらでも広く取れるというのである。
『ここなら、往来の者が、立ちもすまいし、道場などは要るまい。野天でいい』
『でも、雨降りの日が』
『そう、毎日は、わしが来られないから、当分、野天稽古としよう。......ただし、わしの稽古は、柳生や町の師匠などより、うんと手荒いぞ。――下手をすれば、片輪もできる。死人もできる。それをよく承知しておいてもらわんと困るが......』
『元より、合点でございます』
半瓦は、乾児を集めて、承知の旨を誓わせた。
三
稽古日は、月三回、三の日と極めて、その日になると、半瓦の家へ小次郎の姿が見えた。
『伊達者の中に又一倍の伊達者が加わった』
と、近所では噂した。小次郎の派手姿は、何処にいても、人目立った。
その小次郎が、枇杷の長い木太刀を持って、
『次。――次!』
と、呼ばわりながら、紺屋の干場で、大勢に稽古をつけている姿は、猶更、目ざましかった。
いつになったら元服するのか、もう二十三、四歳にもなろうというのに、相変らず前髪を捨てず、片肌ぬぐと、眼を奪うような桃山刺繡の襦袢を着、掛け襷にも、紫革を用いて、
『枇杷の木で打たれると、骨まで腐ると申すから、それを覚悟でかかって来い。――さっ、次の者、来ないか』
身装の艶やかなだけに、言葉の殺伐なのが、よけい凄くひびく。
それに稽古とはいえ、この指南者は、少しも仮借しないのだ。きょうまでにこの空地の道場は、稽古初めをしてから三回目だが、半瓦の家には一人の片輪と、四、五人の怪我人ができて、奥で唸って寝ている。
『――もう止めか、誰も出ないのか。止めるならわしは帰るぞ』
例の毒舌が出始めると、
『よしっ、一番おれが』
と、溜りの中から、ひとりの乾児が、口惜しがって立ちかけた。
小次郎の前へ出て来て、木剣を拾おうとすると、――ぎゃっと、その男は、木剣も持たずにへたばってしまった。
『剣法では、油断というものを最も忌む。――これはその稽古をつけたのだ』
小次郎は、そういって、周りにいる三、四十人の顔を見まわしている。皆、生唾をのんで、彼の厳しい稽古ぶりに顫いた。
へたばった男を、井戸端へ担いで行って、水をかけていた乾児たちは、
『だめだ!』
『死んだのか』
『もう呼吸はねえ』
後から駈け寄る者もあって、がやがや騒いでいたが、小次郎は、見向きもしなかった。
『これ位な事に恐れるようでは、剣術の稽古などはしないがいい。お前等は、六方者だの伊達者だのといわれて、ややもすると、喧嘩するではないか』
革足袋で、空地の土を踏んで歩きながら、彼は講義口調でいう。
『――考えてみろ、六方者。おまえ等は、足を踏まれたからといっては喧嘩をし、刀のこじりに触ったといってはすぐに抜き合うがだ――いざ、改めて、真剣勝負となると、体が固くなってしまうのだろう。女出入や意地張の、ツマらぬ事には生命も捨てるが、大義に捨てる勇を持たない。――なんでも、感情と鼻っぱりで起つ。――それじゃあいかん』
小次郎は、胸を伸ばして、
『やはり修行を経た自信でなければ、ほんものの勇気でない。さあ、起ってみろ』
その広言を凹ましてやろうと、一人が後から撲りかかった。然し、小次郎の体は地へ低く沈み込み、不意を襲った男は前へもんどり打った。
『――痛えっ』
と、叫んだままその男は坐ってしまった。枇杷の木剣が、腰の骨に当った時、がつんといった。
『――もう今日は止め』
小次郎は、木剣を抛り出して、井戸端へ手を洗いに行った。たった今、自分が木剣で撲り殺した乾児が、井戸の流しに、こんにゃくみたいに白っぽくなって死んでいたが、その顔の側で、ざぶざぶと手を洗っても、死人には、気の毒という一言もいわなかった。――そして、肌を入れると、
『近頃、たいへんな人出だそうだな、葭原とやらは。......お前たちは皆、明るいのだろう。誰か今夜案内せぬか』
と、笑っていった。
四
遊びたい時は、遊びたいというし、飲みたい時は、飲ませろという。
衒いとも見えるが、率直だともいえる。小次郎のそういう気性を、半瓦はいい方に買っている。
『葭原をまだ見ねえんですか。そいつあ一度は行って見なくちゃいけねえ。手前がお供をしてもいいが何しろ死人が一人出来ちまって、そいつの始末をしてやらなけれやなりませんから――』
と、弥次兵衛は乾児のお稚児と菰の両名に金を預けて、
『御案内してあげろ』
と、小次郎に付けて出した。
出かける際、彼等は親分の弥次兵衛からくれぐれも、
『今夜は、汝たちが遊ぶんじゃねえ。先生の御案内をして、よく観せてお上げ申すのだぞ』
といわれて来たが、門を出るとすぐ忘れて、
『なあ兄弟、こういう御用なら、毎日仰せつかってもいいなあ』
『先生、これから時々、葭原が見てえと、仰っしゃっておくんなさい』
と、はしゃいでいる。
『はははは。よかろう、時々いってやる』
小次郎は先に歩む。
陽が暮れる途端に、江戸は真っ暗だった。京都の端にもこんな暗さはない。奈良も大坂も、もっと夜は明るいが――と江戸へ来て一年の余になる小次郎でも、まだ足元が不馴れだった。
『ひどい道だ。提燈を持って来ればよかったな』
『廓へ提燈なんぞ持ってゆくと笑われますぜ。先生、そっちは堀の土を盛りあげてある土手だ。下をお歩きなさい』
『でも、水溜りが多いではないか。――今も葭の中へ辷って、草履を濡らした』
堀の水が、忽然と、赤く見え出した。仰ぐと、川向うの空も赤い。一廓の町屋の上には、柏餅のような晩春の月があった。
『先生、あそこです』
『ほう......』
眼をみはった時、三人は橋を渡っていた。小次郎は渡りかけた橋をもどって、
『この橋の名は、何ういうわけだな』
と、杭の文字を見ていた。
『おやじ橋っていうんでさ』
『それはここに書いてあるが、どういうわけで』
『庄司甚内ってえおやじがこの町を開いたからでしょう。廓で流行っている小唄に、こんなのがありますぜ』
菰の十郎は、廓の灯に浮かされて、低い声で唄い出した。
おやじが前の竹れんじ
その一節のなつかしや
おやじが前の竹れんじ
せめて一夜と契らばや
おやじが前の竹れんじ
いく世も千代も契るもの
ちぎるもの......
仇にな引くな
切れぬ袂を
『先生にも、貸しましょうか』
『何を』
『こいつで、こう顔を隠してあるきます』
と、お稚児と菰のふたりは、茜染の手拭を払って、頭から冠った。
『なる程』
と、小次郎も真似て袴腰に巻いていた小豆色の縮緬を、前髪のうえから被って、顎の下にたっぷり結んで下げた。
『伊達だな』
『よう似合う』
橋を渡ると、ここばかりは、往来も燈に染まり、格子格子の人影も、織るようであった。
五
暖簾から暖簾へ、小次郎たちはわたり歩いていた。
茜染の暖簾や、紋を染めぬいた浅黄の暖簾などもある。或る楼の暖簾には、鈴がついていて、客が割って入ると、鈴の音を聞いて、遊女たちが、窓格子まで寄って来た。
『先生、隠したってもうだめですぜ』
『なぜ』
『初めて来たと仰しゃいましたが、今、這入った楼の遊女の中で、先生の姿を見ると、声を出して屏風の陰へ、顔をかくした女があった。もう泥を吐いておしまいなせえ』
菰もお稚児も、そういうが、小次郎には覚えがなかった。
『はてな。どんな女が......?』
『空恍ぼけたって、もういけません。登楼りましょう。今の楼へ』
『まったく、初めてだが』
『登楼ってみれば分るこってさ』
今出て来たばかりの暖簾の内へ、二人はもう引っ返している。大きな三ツ柏の紋を三つに割って、端に、角屋としてある暖簾であった。
柱も廊下も、寺のように大まかな建築だが、まだ縁の下には枯れない葭が埋まっているのである。なんの煤みもなければ床しさもない。家具も襖も、すべてが目に痛いほど新しかった。
三人が通ったのは、往来に向いた二階の広座敷であったが、前の客の残肴やら鼻紙などが、まだ掃きもせず散らかっている。
下働きの女たちは、まるで女の労働者のように、ぶっきら棒にそれを片づける。お直という年寄が来て、毎晩、寝る間もない忙しさで、こんな事が三年も続いたら死ぬかも知れませんという。
『これが遊廓か』
と、小次郎は、夥しい天井のふしだらけなのを眺めて、
『いや、殺伐な』
と、苦笑した。するとお直は、
『これはまだ仮普請で、いま裏の方に、伏見にも京にもないような本普請にかかっているのでございますよ』
と、弁解する。そしてじろじろ小次郎を見ながら、
『お武家様には、どこかでお目にかかっておりますよ。そうそう昨年、私たちが伏見から下って来る道中で』
小次郎は忘れていたが、そういわれて、小仏の上で出会った角屋の一行を思い出し、その庄司甚内が、ここの主という事も分って、
『そうか。......それは浅からぬ縁だ』
と、やや興に入る。菰の十郎は、
『それやあ、浅くねえわけでしょう。何しろ、此楼には、先生の知っている女がいるんだから』
と、揶揄して、その遊女をはやくここへ呼んでくれとお直へいう。
こんな顔の、こんな衣裳の、と菰が説明するのを聞いて、
『ああ、わかりました』
お直は立って行ったが、いつ迄待っても、連れて来ないのみか、菰とお稚児が廊下まで出てみると、なんとなく楼内が躁がしい。
『やいっ、やいっ』
二人が手をたたいて、お直を呼び、どうしたのだと極めつける。
『いないんでございますよ。あなたが呼べと仰しゃった遊女が』
『おかしいじゃねえか、どうしていなくなったんだ』
『今も、親方の甚内様と、どうもふしぎだと、話しているのでございます。以前も、小仏の途中で、お連れのお武家様と甚内様が話していると、その間に、あの娘の姿が見えなくなってしまった事があるんでございますからね』
六
棟上をしたばかりの普請場であった。屋根は葺きかけてあるが、壁もない、羽目板も打ってない。
『――花桐さん、花桐さん』
遠くのほうで呼ぶ声がする。山のように溜っているかんな屑や、材木の間を、何度も、自分を探しまわる人影が通った。
『............』
朱実はじっと息をころして隠れていた。花桐というのは、角屋へ来てからの自分の名である。
『......いやなこった。誰が出てやるものか』
初めは、客が小次郎と分っていたので、姿を隠したのであるが、そうしている間に、憎らしいものは、小次郎だけではなくなった。
清十郎も憎い、小次郎も憎い、八王子で、酔っている自分を馬糧小屋へ引きずりこんだ牢入者も憎い。
毎夜のように、自分の肉体をおもちゃにして行く遊客たちもみな憎い。
それはみんな男というものだ。男こそは仇だと思う。同時に彼女は又、男を探して生きている。武蔵のような男を――である。
(似ている人でもいい)
と、彼女は思った。
もし似ている人に出会ったら、愛の真似事をしても、慰められるだろうと朱実は思っていた。だが、遊客の中に、そんな者は見つからなかった。
求めつつ、恋しつつ、だんだんにその人から遠くなるばかりな自分が朱実にはわかっていた。酒はつよくなるばかりだった。
『花桐っ......。花桐』
普請場とすぐくっ付いている角屋の裏口で、親方の甚内の声が近く聞え、やがて空地の中へは、小次郎たち三名の姿も見えている。
さんざん詫びをいわせたり、文句をいったあげく、三名の影は空地から往来の方へ出て行った。多分、あきらめて帰ったものと見える。朱実は、ほっとして、顔を出した。
『――あら花桐さん、そんな所にいたの』
台所働きの女が、頓狂な声を出しかけた。
『......叱っ』
朱実は、その口へ手を拭って、大きな台所口を覗きながら、
『冷酒でひと口くれないか』
『......え。お酒を』
『ああ』
彼女の顔いろに怖れをなして、かたくちへ満々と注いでやると、朱実は、眼をつむって、器と共に、白い面を仰向けにのみほした。
『......ア、何処へ。花桐さん、何処へ』
『うるさいね、足を洗ってあがるんだよ』
台所の女は、安心して、そこを閉めた。けれど朱実は、土のついた足のまま、有合う草履に足をかけて、
『ああいい気もち』
ふらふらと、往来のほうへ歩み出した。
赤い灯影に染まっている往来を、たくさんな男ばかりの影が、ぞめき合ってながれていた。朱実は呪うように、
『なんだいこの人間たちは』
と、唾をして、そこを走った。
すぐ道は暗くなった。白い星が堀の中に浮いている。――じっと覗きこんでいると、後のほうから、ばたばたと駈けて来る跫音がする。
『......あ、角屋の提燈らしい。ばかにしてやがる、あいつ等はあいつ等で、ひとが路頭に迷っているのをいい気になって、骨まで削らせて稼がせる気なんだろう。――そしてあたい達の血や肉が、普請場の材木になりゃあ世話あないや。......誰がもう帰ってやるものか』
世間のあらゆるものが敵視されるのであった。朱実は、まっしぐらに、的もなく闇の中へ駈け去った。髪についていたかんな屑が一ひら、闇の中にひらひらと動いて行った。
梟
一
したたかに小次郎は酔っていたのである。もちろん。その程度に、どこかの揚屋で遊びぬいた挙句に違いない。
『肩......肩だおい......』
『ど、どうするんで? 先生』
『両方から肩を貸せというのだ――もう、あるけない』
菰の十郎とお稚児の小六の肩にすがって、汚れた夜更の色街を、蹌踉ともどって来るのだった。
『だから、泊ろうと、おすすめしたのに』
『あんな楼に、泊れるか。おい、もういちど、角屋へ行ってみよう』
『およしなさい』
『な、なぜ』
『だって、逃げ隠れするような女を、むりに、つかまえて、遊んだって......』
『......む。そうか』
『惚れているんですか、先生はその女に』
『ふ、ふ、ふ、ふ』
『何を思い出しているんで』
『おれは、女になど、惚れたことはないな。......そういう性格らしい。もっと、大きな野望を抱いているから』
『先生の望みってえのは?』
『いわずとも知れている。剣を持って立つ以上、剣の第一人者にならずには措かない。――それには将軍家の指南になるのが上策だが』
『生憎と......もう柳生家があるし......小野治郎右衛門という人も近頃、御推挙されましたぜ』
『治郎右衛門......あんな者が。......柳生とて惧るるには足らん。......見ていろ、わしは今に、彼奴等を蹴落としてみせる』
『......あぶねえ。先生、自分の足元の方を、気をつけておくんなさいよ』
もう廓の灯は、後だった。
通う人影もとんとない。行きがけにも悩んだ掘りかけの堀端へ出て来たのである。盛り上げた土に柳の木が半分も埋まっているかと思うと、一方は低い蘆や葭の水たまりがまだ残っていて、白い星の影が更けている。
『辷りますぜ』
この堤から下へ、厄介者を担いで、菰とお稚児が降りかけた時だった。
『――あっ』
叫んだのは、小次郎であったし又、その小次郎に、突然、振り飛ばされた両人でもあった。
『何者だっ』
と、小次郎は、堤の腹へ、仰向けに身を伏せながら、再び呶鳴った。
その声を、びゅっと、虚空へ斬りながら、背後から不意を襲った男の影は、自分の足先を、余勢に踏み外して、これも、あっ――といいながら下の沼地へ飛びこんでしまった。
『わすれたか、佐々木』
と、何処かでいう。
『よくもいつぞやは、隅田河原で同門の四名を斬りすてたな』
ベつな者の声である。
『おうっ』
小次郎は、堤の上へ跳ね上って、そこらの声を見廻した。――見ると、土の陰、木の陰、蘆の中、十人以上の人影が数えられた。彼がそこに立ったと見ると、総てが、むらむらと刃を向けて、足元へ寄りつめてきた。
『――さては、小幡の門人共だな。いつぞやは、五人で来て四人を失い、こん夜は何名で来て何名が死にたいのだ。望みの数だけ斬ってやろう。......卑劣者めッ、来いっ』
小次郎の手は肩越しに、背なかの愛剣、物干竿の柄に鳴った。
二
平河天神と背なか合せに、森を負っている屋敷だった。旧家の草葺屋根へ、新しい講堂や玄関を継ぎ建てて、小幡勘兵衛景憲は、軍学の門人を取っていた。
勘兵衛は、元、武田家の家人で、甲州者の中でも武門の聞えの高い小幡入道日浄の流れである。
武田の滅亡後久しく野に隠れていたが、勘兵衛の代になって家康に召出され、実戦にも出たが、病体だし、もう老年なので、
(願わくば、年来の軍学を講じて、余生を奉じたい)
と、今の所へ移ったのである。
幕府は、彼の為にも、下町の一区画を宅地として与えたが、勘兵衛は、
(甲州出の武辺者が、華奢な邸宅が軒を並べている間に住むのは、不得手でござれば――)
と、辞退して、平河天神の古い農家を屋敷構えに直し、いつも病室に閉じこもって、近頃は、講義にも滅多に顔を見せない。
森には、梟が多くいて、昼間も梟の声がする程なので、勘兵衛は、
隠士梟翁
と自ら名乗り、
(わしも、あの仲間の一羽か)
と、わが病骨を、さびしく笑ったりしていた。
病気は今でいう神経痛のようなものであった。発作が起ると、坐骨のあたりから半身が猛烈に痛むらしい。
『......先生、少しはおよろしくなりましたか。水でも一口おあがりなされては』
いつも彼の側には、北条新蔵という弟子がつき添っていた。
新蔵は、北条氏勝の子で、父の遺学を継いで、北条流の軍学を完成するために、勘兵衛の内弟子となって、少年の頃から、薪を割り水を担って、苦学して来た青年だった。
『......もうよい。......だいぶ楽になった。......やがて夜明け近くであろうに、さだめし眠たかろう。やすめ、やすめ』
勘兵衛の髪の毛は、まっ白であった。体は、老梅のように痩せて尖っている。
『お案じくださいますな。新蔵は、昼寝しておりますから』
『いや、わしの代講ができる者は、そちの他にはない。昼間も、なかなか眠る間もあるまい......』
『眠らないのも、修行と存じますれば』
新蔵は、師の薄い背中をさすりながら、ふと、消えかける短檠を見て、油壺を取りに起った。
『......はての?』
枕に俯つ伏していた勘兵衛が、ふと肉の削げた顔をあげた。
その顔に、灯が冴えた。
新蔵は、油壺を持ったまま、
『何でござりますか?』
と師の眼を見た。
『そちには聞えないか......水の音だ......石井戸の辺りに』
『オオ......人の気配が』
『今頃、何者か。......又、弟子部屋の者どもが、夜遊びに出おったのかもしれぬ』
『おおかた、そんな事かと存じますが、一応見て参りまする』
『よく、窘めておけ』
『いずれにせよ、お疲れでございましょう。先生は、おやすみなされませ』
夜が白みかけると、痛みもやみ、すやすや寝つく病人であった。新蔵は、師の肩へ、そっと寝具をかけて、裏口の戸を開けた。
見ると、石井戸の流しで、釣瓶を上げて、二人の弟子が手や顔の血を、洗っていた。
三
北条新蔵は、それを見ると、はっとしたらしく眉をひそめた。革足袋のまま石井戸の側まで駈け出して、
『出かけたな! 貴様たちは』
と、いった。
その言葉には、あれほど止めたのに――と叱っても今は及ばないものを見た嘆息と驚きがこもっていた。
石井戸の陰には、二人が背負って来た深傷の門人が、もう一名、今にも息をひきとりそうに、呻いていた。
『あっ、新蔵殿』
手足の血を洗っていた同門の二人は、彼の姿を仰ぐと、男泣に泣き出しそうな皺を顔に刻んで、
『......ざ、残念です!』
弟が兄に訴えるような、甘えた嗚咽と、歯がみをして叫んだ。
『馬鹿』
撲らないだけがまだいい新蔵の声だった。
『馬鹿者っ』
と、もう一度つづけて、
『――貴公たちに討てる相手ではないから止せと、再三再四、わしが止めたのになぜ出かけたか』
『でも......でも......。ここへ来ては、病床の師を辱しめ、隅田河原では、同門の者を四名も討った――彼の佐々木小次郎ずれを、何でそのままに置けるものでしょうか。......無理ですっ、意地も抑え、手も抑えて、黙って怺えていろと仰っしゃる新蔵殿の方が、御無理というものです』
『何が無理だ』
年こそ若いが、新蔵は小幡門中の高足であり、師が病床にあるうちは、師に代って弟子達に臨んでいる位置でもあった。
『貴公たちが出向いていい程なら、この新蔵が真っ先に行く。――先頃からたびたび道場へ訪れて来て、病床の師に、無礼な広言を吐きちらしたり、われわれに対しても、傍若無人な小次郎という男を、わしは怖れて捨てて措いたのではないぞ』
『けれど、世間はそうは受けとりません。――それに、小次郎は、師の事や、又兵学上の事までも、悪しざまに、各所でいいふらしているのです』
『いわせておけばいいではないか。老師の真価を知っている者は、まさか、あんな青二才と論議して、負けたと誰が思うものか』
『いや、あなたはどうか知りませんが、われわれ門人は、黙っていられません』
『では、どうする気だ』
『彼奴を、斬り捨てて、思い知らせるばかりです』
『わしが止めるのもきかずに、隅田河原では、四人も返り討にあい、又今夜も、かえって彼の為に敗れて帰って来たではないか。――恥の上塗りというものだ。老師の顔に泥をぬるのは、小次郎ではなくて、門下の各々たちだという結果になるではないか』
『あ、あまりなお言葉。どうして吾々が、老師の名を』
『では、小次郎を討ったか』
『............』
『今夜も、討たれたのは、恐らく味方ばかりだろう。......各々にはあの男の力がわからないのだ。成程、小次郎という者は、年も若い、人物も大きくはない、粗野で高慢な風もある。――けれど彼が持っている天性の力――何で鍛え得たか――あの物干竿とよぶ大剣をつかう腕は、否定できない彼の実力だ。見縊ったら大間違いだぞ』
喰ってかかるように、門下の一人は、そういう新蔵の胸いたへ不意に迫って来た。
『――だから、彼奴に、どんな振舞いがあっても仕方がないと仰っしゃるのですか。――それほど、あなたは、小次郎が怖しいのでござるかっ』
四
『そうだ。そういわれても仕方がない』
新蔵は、頷いて見せながら、
『わしの態度が、臆病者に見えるなら、臆病者といわれておこう』
――すると、地に呻いていた深傷の男が、彼と二人の友の足元から苦しげに訴えた。
『水を......水をくれい』
『お......もう』
二人が、左右から搔き抱いて、釣瓶の水を掬ってやりかけると、新蔵があわてて止めた。
『待て。水を遣っては、すぐこときれる』
二人がためらっている間に、負傷は首をのばして釣瓶にかぶりついた。そして水を一口吸うと、釣瓶の中に顔を入れたまま、眼を落してしまった。
『............』
朝の月に、梟が啼いた。
新蔵は、黙然と立ち去った。
家に這入ると、彼はすぐ師の病室をそっと窺った。勘兵衛は昏々とふかい寝息の中にある。ほっと胸をなでて、彼は自分の居間へ退がった。
読みかけの軍書が机のうえに開いてある。書に親しむ間もない程、毎夜の看護である。そこへ坐って、自分の体に回ると、同時に夜毎のつかれが一時に思い出された。
机の前に、腕を拱んで、新蔵は思わず太い息をついた――自分を措いて今、誰が老いたる師の病床を見る者があろう。
道場には幾人かの内弟子もいるが、皆、武骨な軍学書生である。門に通う者は猶更、威を張り、武を談じ、孤寂な老師の心情をふかく酌んでいる者は少い。ややともすれば、ただ外部との意地や争闘にのみ走りやすい。
すでに今度の問題にしてもそうである。
自分の留守のまに、佐々木小次郎が、何か兵書の質疑で、勘兵衛に糺したいことがあるというので、門人が彼を師の勘兵衛に会わせたところ、教えを乞いたいといった小次郎が、かえって、僭越な議論をしかけて勘兵衛をやりこめる為に来たかのような口吻なので、弟子たちが、別室へ彼を拉して、その不遜をなじると、かえって小次郎は大言を放ち、そのうえ、
(いつでも相手になる)
と、いって帰ったとかいうのが原因なのである。
原因は常に小さい、然し結果は大きなことになった。それというのも小次郎がこの江戸で、小幡の軍学は浅薄なものだとか、甲州流などというが、あれは古くからある楠流や唐書の六韜を焼直して、でッち上げたいかがわしい兵学だとか、世間で悪声を放ったのが、門人の耳に伝わって、よけいに感情が悪化したせいもあるが、
(生かしてはおけぬ)
と、小幡の門人がこぞって、彼に復讐をちかい出したのであった。
北条新蔵は、その議が持ち上ると、最初から反対した。
――問題が小さい事。
――師が病中にある事。
――相手が軍学者でない事。
それからもう一つ、老師の子息の余五郎が旅先きにいることも理由として、
(断じてこちらから喧嘩に出向いてはならぬ)
と、戒めて来たのであった。――にもかかわらず、先頃は新蔵に無断で隅田河原で小次郎と出会い、又、それにも懲りず衆を語らって、ゆうべも、小次郎を待ちぶせ、かえって手酷い目に遭って、約十名のうち生きて還ったのは幾人もない様子なのである。
『......困ったことを』
新蔵は、消えかける短檠へ、何度も嘆息をもらしては、又、腕ぐみの中に面を沈めていた。
五
机に肘をのせて俯つ伏したまま、北条新蔵はうとうとと眠ってしまった。
ふと醒めると、何処かで騒がしい人声が幽かに聞える。すぐ門弟たちの寄合だと分った。明け方の事が、それと共に、頭にはっと甦えった。
――だが、声のする所は遠かった。講堂を覗いても誰もいない。
新蔵は、草履を穿いた。
裏へ出て、若竹のすくすくと青い竹林を越えると、垣もなく、平河天神の森へつづいてゆく。
見るとそこに、大勢してかたまっているのは、案のじょう、小幡軍学所の門下生たちだった。
明け方、石井戸で傷を洗っていた二人は、白い布で腕を頸に吊っている。そして蒼白な面を並べて、同門たちに、ゆうべの惨敗を告げているのだった。
『......では何か、十名も行って、小次郎一人のために、その半分迄も返り討になったというのか』
一人が問うと、
『残念だが、何分、彼奴が物干竿と称んでいるあの大業刀には、どうしても、刃が立たんのだ』
『村田、綾部など、ふだん剣法にも、熱心な男なのに』
『かえって、その二人などが、真っ先に割りつけられ、後もみな深傷薄傷。与惣兵衛など、ここまで気丈に帰って来たが、ひと口、水をのむと、井戸端でこときれてしまった。......かえすがえす無念でならぬ。......御一同、察してくれ』
暗然と、皆、口をつぐんでしまう。平常、軍学に傾倒しているこの派の人々は、いわゆる剣というものを、あれは歩卒の習ぶもので、将たる者の励む事ではないように思っている者が多かった。
それが端なくこんな事態を生じて、一人の佐々木小次郎に出会を仕掛けながら、二度迄、多くの同門が返り討になってみると、痛切に、ふだん軽蔑していた剣法に自信のないのが悲しまれてきた。
『......どうしたものか』
と、そのうちに誰か呻く。
『............』
重い沈黙の上に、きょうも梟が啼いている。と、突然、名案が泛かんだように一人がいった。
『おれの従弟が、柳生家に奉公している。柳生家へ御相談して、お力を借りてはどうだろう』
『ばかな』
と、幾人もいった。
『そんな外聞にかかわることができるか。それこそ、師の顔に泥を塗るようなものだ』
『じゃあ......じゃあどうするか?』
『ここにいる人数だけで、もう一度佐々木小次郎へ、出会い状をつけようではないか。暗闇で待ち伏せるなどという事はもうしない方がよい。いよいよ、小幡軍学所の名折れを増すばかりだ』
『では、再度の果し状か』
『たとい、何度敗れても、このまま退くわけにはゆくまい』
『元よりだ。......だが、北条新蔵に聞えると又うるさいが』
『勿論、病床の師にも、あの秘蔵弟子にも、聞かしてはならない。――では、社家へ参って、筆墨を借り、すぐ書面を認めて、誰か一名、小次郎の手許へ使いに立つとしよう』
腰を上げて、大勢がひっそりと、平河天神の社家のほうへ歩みかけると、先に歩いていたのが不意に、あッと口走って、身を退いた。
『......やっ?』
誰の足も皆、とたんに棒立ちに竦んでしまった。そして眼は一様に平河天神の拝殿の裏にあたる――古びた廻廊の上へ、うつろに注がれた。
陽あたりのよい壁に、青梅の実のついた老梅の影が描かれていた。そこの欄に、片足をのせて、佐々木小次郎は、先刻から、森の集まりを見ていたのであった。
六
大勢の顔は、一瞬、胆を奪われて、蒼白い腑抜けになっていた。
そして、自分たちの眼を疑うように、廻廊の上に小次郎を見あげ、声を出すのはおろか、呼息も止まったように、身を硬め合っている。
小次郎は、傲岸な微笑を含んでその人々を見下しながら、
『今、そこで聞いていれば、まだ懲りもせず、この小次郎へ果し状を付けるとか付けぬとか、談合して居られたな。――使いの世話には及ばん事だ。わしは昨夜の血の手も洗わず、いずれ揺り返しがある筈と、卑怯者の後を慕って、この平河天神へ来て夜明けを待ちあぐねて居った』
例の壮烈な舌を呵して、一気に小次郎はこういったが、それに気を呑まれて、大勢の顔からぐの音も出ないので、又――
『それとも小幡の門人等は、果し合をするにも、大安とか仏滅とか、暦と相談でなければ出来ないのか。昨夜のように、相手が酩酊して帰る途中を待ち伏せして、暗討をしかけなければ刃物はぬけないと申すのか』
『............』
『なぜ黙っている。生きている人間は一匹も居らぬのか。一人一人来るもよし、束になってかかるもよし、佐々木小次郎は、汝等ごときが、たとい鉄甲に身を固め鼓を鳴らして襲せて来たとて、背後を見せるような武芸者ではないぞ』
『............』
『どうしたっ』
『............』
『果し合は、見合せか』
『............』
『骨のある奴はいないのか』
『............』
『聞け。よく耳に留めておけ、刀法は富田五郎左衛門が歿後の弟子、抜刀の技は、片山伯耆守久安の秘奥をきわめて、自ら巌流とよぶ一流を工夫した小次郎であるぞ。――書物の講義ばかり齧って、六韜がどうの孫子が何といったのと、架空な修行しておる者とは、この腕が違う、胆が違う』
『............』
『貴様たちは、平常、小幡勘兵衛から何を学んでいるか知らぬが、兵学とは何ぞや? わしは今、その実際を汝等に、身を以て教訓してつかわしたのだ。――なんとなれば、広言ではないが、ゆうべのような暗討に出会えば、例い勝っても、大概な者なら逸早く安全な場所へ引揚げて、今朝あたりは、思い出してホッとておる所だ。――それを、斬って斬って斬り捲り、猶、生きのびて逃げるを追い、突然、敵の本拠に現れ、足下等が善後策を講じる間もなく不意を衝いて、敵の荒胆を挫ぐという――この行き方が、つまり軍学の極意と申すもの』
『............』
『佐々木は、剣術家ではあるが軍学家ではない。それなのに軍学の道場へ来て迄、小癪をいうなどと、誰やら何日か此方を罵倒した者もいたが、これで佐々木小次郎が、天下の剣豪であるばかりでなく、軍学にも達している事が、よく分ったろう。......あはははは。これはとんだ軍学の代講をしてしまった。この上、商売ちがいの薀蓄を傾けては病人の小幡勘兵衛が扶持ばなれになろうも知れん。......ああ喉が渇いた。おい小六、十郎、気のきかぬ奴だ。水でも一杯持って来い』
振向いていうと、拝殿の横で、へいと威勢のよい答えがする。菰の十郎とお稚児の小六の二人だった。
土器へ水を酌んで来て、
『先生。やるんですか、やらねえんですか?』
小次郎は、飲みほした土器を、茫然としている小幡の門人達の前へ投げつけて、
『訊いてみろ。あのぼやっとした顔に』
『あははは。なんてえ面だ』
小六が罵ると、十郎も、
『ざまあ見やがれ。意気地なしめ。......さ先生、行きましょう。どう見たって、一匹でも、蒐って来られる面はないじゃア御座いませんか』
七
ふたりの六方者を連れた小次郎の姿が、肩で風を切って、平河天神の鳥居の外へ消えてゆく迄――物蔭から北条新蔵は見送っていた。
『......おのれ』
新蔵はつぶやいた。
それと共に、苦汁をのむような堪忍の顫えが体のなかを廻った。然し今は――
『今に見ろ』
と、念じて措くよりほか彼にはなかった。
出鼻を逆に衝かれて、拝殿の裏に立ち竦んでしまった大勢の者は、まだ一語を洩らす者もなくしんと白けたまま、かたまっていた。
小次郎が弁じ立てて行ったように、まったく、彼等は小次郎の戦法に乗ぜられてしまったのだ。
一度、臆病風に吹かれた顔に、最初の活気はもう甦えって来なかった。
同時に、心頭に燃えるほどだった彼等の怒りも、女女しい灰になってしまったらしい。誰あって、小次郎の後姿へ向って、
(おれが)
と、進んで追って行く者もなかったのである。
そこへ、講堂の方から、仲間が駈けて来て、今、町の棺桶屋から棺桶が五つも届いて来ましたが、そんなに棺桶を注文したのでしょうか――と訊ねて来た。
『............』
口をきくのも嫌になったように皆、それにも答える者がない。
『棺桶屋が、待っておりますが......』
と仲間の催促に、初めて一人が、
『まだ取りにやった死骸が届かぬから、よく分らぬが、多分、もう一つぐらい要るだろうから、後のも頼んで、届いたのは、物置へでも一時仕舞っておけ』
と、重たい口吻でいった。
やがて棺桶は、物置の中にも積まれ、各々の頭の中にも、その幻影が、一個ずつ積まれた。
講堂で、通夜が営まれた。
病室へは知れぬように、極めてそっと送ったが、勘兵衛もうすうすわけを知ったらしく見える。
しかし、何も訊かないのだ。
そこへ侍いている新蔵も亦、何にも告げなかった。
激していた人々は、その日から殆ど啞みたいに黙って暗鬱になり、誰よりも消極的で、誰からも臆病者に見えていた北条新蔵のひとみには、もう我慢ならないといったようなものが常に底に燃えていた。
そうして彼は独り、
(今に、今に)
と、来る日を待っていた。
その待つ日の間に、彼はふと、或る日、病師の枕元から見える巨きな欅の木の梢に、一羽の梟が止まっているのを見つけた。
その梟は、いつ眺めても、同じ所の梢にとまっていた。
昼間の月を見ても、どうかすると、その梟は、ほうほうと啼くのであった。
夏を越えると、秋ぐちから、師の勘兵衛の病は篤くなった。余病が出たのである。
(近い、近い)
と、梟の声が、師の死期を知らせるように、新蔵には、聞えてならない。
勘兵衛の一子余五郎は旅先にあったが、変を聞いて、すぐ帰ると書面でいって来た。――その人の着くのが早いか、死の迎えが早いか――と憂えられていた此の四、五日であった。
どっちにせよ、北条新蔵には、自分の決意を果す日が近づいたのであった。彼は、もう明日は師の子息余五郎がここへ着くという前夜、遺書を机に残して小幡軍学所の門にわかれを告げた。
『無断で立ち去ります罪は、どうぞお宥し下さいまし』
樹陰から、老師の病間へ向って、彼はいんぎんな挨拶を残して行った。
『もはや明日は、御子息余五郎様が御帰宅故、御病間の事も、安心して去りまする。――したが、果して、小次郎の首級をさげて、御生前に、再びお目にかかれるや否や。......万一にも、私も亦、小次郎の手にかかり、返り討になった時は、一足先に死出の山路でお待ちしておりまする』
通夜童子
一
そこは下総国行徳村からざっと一里程ある寒村だった。いや村というほどな戸数もない。一面に篠や蘆や雑木の生えている荒野であった。里の者は、法典ケ原といっている。
常陸路の方から今、ひとりの旅人が歩いて来る。相馬の将門が、坂東に暴勇をふるって、矢唸りを恣にした頃から、この辺りの道も藪もそのままにあるように蕭々としたものだった。
『――はてな?』
武蔵は、行き暮れた足を止めて、野路の岐れに立ち迷っていた。
秋の陽は野末に落ちかけ、ところどころの野の水も赤い。もう足元も仄暗く、草木のいろも定かでない。
武蔵は、燈を探した。
ゆうべも野に寝た。おとといの夜も山の石を枕に寝た。
四、五日前、栃木あたりの峠で豪雨にあい、それから後、少しからだが気懶い。風邪気などというものは知らなかったが――なんとなくこよいは夜露がもの憂いのである。藁屋の下でもよい。灯と、温かい稗飯がほしかった。
『どことなく潮の香がする......。四、五里も歩けば海があるとみえる。......そうだ、潮風を的に』
と、彼は又、野道を歩いた。
然し、その勘があたるかどうかわからない。もし海も見えず家の灯も見えなければ、こよいも秋草のなかに、萩と添寝をするしかないと思う。
赤い陽が沈みきれば、こよいも大きな月がのぼるであろう。満地は虫の音に耳もしびれるばかりだった。彼一人の静かな跫音にさえ愕いて、虫は武蔵の袴や刀のつかにも飛びついてくる。
自分に風流があるならば、この行き暮れた道をも楽しんで歩くことが出来ように――とは思うのであったが、武蔵は、
(汝、楽しむや)
と、自分へ訊ねて、
(否)
と、自分で答えるしかない気持であった。
――人が恋しい。
――食物がほしい。
――孤独に倦みかけた。
――修行に肉体がつかれかけている。
と正直に思う。
元より、これでいいとしている彼ではない。苦い反省を抱きつつ歩いているのだ――。木曾、中山道から江戸へと志して、その江戸にはいること僅か数日で、再び陸奥の旅へ去った彼であった。
ちょうどあれから一年半余――武蔵は先に逗留し残した江戸へこれから出るつもりなのである。
なぜ、江戸を後にして、陸奥へいそいだか。それは諏訪の宿で会った仙台家の家士石母田外記の後を追ったのであった。自分の知らぬまに、旅包みの中にあった大金を、外記の手へ返すためであった。あの物質の恩恵を受けておくのは、彼にとって、大きな心の負担であった。
『仙台家へ仕える程なら......』
武蔵は、自尊をもつ。
たとい修行に疲れ、食に渇いて、露衣風身の漂泊いに行き暮れていても、
『おれは』
と、その事を考えると、微笑がわいてくる。彼の大きな希望は伊達公六十余万石を挙げて迎えてくれても、まだ、満足とはしないに違いなかった。
『......おや?』
ふと、足の下で、大きな水音がしたので、武蔵は踏みかけた土橋に立ち止って、暗い小川の窪を覗きこんだ。
二
なにか、ばちゃばちゃと水音をたてている。まだ野末の雲が赤いだけに、川崖の窪はよけいに暗く、土橋の上に佇んだ武蔵は、
『河獺か?』
と、眼を凝した。
然し、彼はすぐ、幼い土民の子を、そこに見出した。人間の子とはいいながら、河獺と大差のない顔をしていた。怪しむように、その子は土橋の上の人影を下から見上げている。
そこで武蔵が、声をかけた。子供を見ると言葉をかけたくなるのは、彼には、いつもの事で、特に理由のある事ではない。
『子ども、何しているのだ』
すると土民の子は、
『泥鰌』
とだけいって、又ざぶざぶ小笊を小川に浸して振っていた。
『あ、泥鰌か』
なんの意味もないこんな会話も、この曠野の中では親しくひびく。
『たくさん捕れたか』
『もう秋だから、そう居ないけど』
『拙者に少し分けてくれぬか』
『泥鰌をかい?』
『この手拭に一摑みほど包んでおくれ。銭はやる』
『折角だけど、きょうの泥鰌は、お父さんに上げるんだから遣れないよ』
笊を抱えて小川の窪から飛びあがると、子供は、野萩の中を栗鼠みたいに駈け去ってしまった。
『......迅こい奴』
武蔵は、取残されたまま苦笑をうかべていた。
自分の幼ない時の姿が思い出された。友達の又八にもあんな時があったなあと思う。
『......城太郎も、初めて見た頃は、ちょうど彼のくらいな童だったが』
――偖、その城太郎はその後どうしたろうか。何処に何をしていることぞ?
お通と共に迷れてから、その年から数えれば足かけ三年目――あの時十四、去年で十五、
『ああ、もう彼も、十六歳になる』
彼はこんな貧しい自分をも、師とよび、師と慕い、師として仕えてくれた。――だが自分は彼に何を与えたか。唯、お通と自分とのあいだに挾まりながら、旅路の苦労をさせたにすぎない。
武蔵は又、野中に佇んだ。
城太郎の事、お通の事、さまざまな追憶に、暫くつかれを忘れて歩いていたが、道はいよいよ分らない。
ただ倖せなことには、秋の月がまんまると空にある。啼きすだく虫の音がある。こんな夜にお通は笛をふくのが好きだったと思う。......虫の音が皆、お通の声、城太郎の声に聞えてくる。
『......お。家がある』
灯を見つけた。武蔵は、暫く何もわすれて、その一ツ灯へ向って歩いた。
近寄ってみると、まったくの一ツ家で、傾いた軒よりも、すすきや萩の背のほうが高く見える。大きな露と見えるのは、やたらに壁を這っている夕顔の花だった。
彼が近づくと、突然、大きな鼻息を鳴らして怒る者があった。家の横につないであった裸馬である。馬の気配ですぐ知ったとみえ、明りのついている家の中から、
『誰だっ』
と呶鳴る者があった。
――見ると、先刻、泥鰌を分けてくれなかった子どもである。これはよくよく縁があると、武蔵は思わず微笑んで、
『泊めてくれぬか、夜明けにはすぐ立去るが――』
いうと、子どもは、先刻とはちがって、武蔵の顔や姿をしげしげ眺めていたが、
『あ。いいよ』
と、素直に頷いた。
三
これはひどい。
雨が降ったらどんなだろう。月明りが屋根からも壁からも洩る。
旅装を解いても、掛ける釘もなかった。床板に蓆は敷いてあるが、そこからも風が洩る。
『おじさん、先刻、泥鰌が欲しいといったね。泥鰌好きかい』
童子は、前に畏って訊く。
『............』
武蔵は、それに答えるのを忘れて、この子供を見つめていた。
『......何を見ているのさ』
『幾歳になるの』
『え』
と、童子はまごついて、
『おらの年かい?』
『うむ』
『十二だ』
『............』
土民の中にもよい面魂の子があるもの――と武蔵はなお惚々と見るのであった。
洗わない蓮根みたいに垢で埋った顔をしている。髪は蓬々と伸びて、小鳥の糞みたいな匂いがする。然し、よく肥えている事と、垢の中にくるりと光っている眼のきれいなことはすばらしい。
『粟飯も少しあるよ。泥鰌も、もうお父さんに上げたから、喰べるなら、下げて来てやるよ』
『すまないなあ』
『お湯ものむだろ』
『湯も欲しい』
『待っといで』
童子は、がたびしと、板戸をあけて、次の部屋にかくれてしまう。
柴を折る音や、七輪をあおぐ音がする。家の中は忽ち煙で充ちてくる。天井や壁にたかっていた無数の昆虫が煙に追われて外へ出て行く。
『さ、できた』
無造作に、食物が床へじかに並んだ。塩からい泥鰌、黒い味噌、粟飯。
『うまかった』
武蔵がよろこぶと、人の欣びを童子もよろこぶ性質とみえ、
『うまかったかい?』
『礼をのべたいが、此家の主はもうお寝みかの』
『起きてるじゃないか』
『どこに』
『ここに』
と、童子は、自分の鼻を指さして、
『ほかに誰もいないよ』
と、いう。
職業を訊くと、以前は少しばかり農もやっていたが、親がわずらってから、農はやめて自分が馬子をして稼いでいるという。
『......ああ油がきれてしまった。お客さん、もう寝るだろう』
明りは消えたが、月洩る家は何の不便もなかった。
うすい藁ぶとんに、木枕をかって、武蔵は壁に添って寝た。
とろとろと眠りかけると、まだ風邪気が抜けきらないせいか、軽い汗が毛穴にわく。
そのたびに武蔵は、夢の中で雨のような音を聞いた。
夜もすがら啼きすだく虫の音は、いつか彼をふかい眠りに誘った。もしそれが砥石を辷る刃物の音でなかったら、その深い眠りは覚めなかったに違いない。
『......や?』
彼は、ふと、身を起していた。
ずし、ずし、ずし――と微かに小屋の柱がうごく。
板戸の隣で、砥石へ物を当てている力がひびいて来るのである。何を研いでいるのか? ――それは問題でない。
武蔵はすぐ、枕の下の刀を握った。すると、隣の部屋から、
『お客さん、まだ寝つかれないのかい?』
四
どうして自分が起きたのを、隣の部屋で知ったろうか。
童子の敏感に愕きながら、武蔵は、その答えを外して、斬り返すように、此方からいった。
『この深夜に、なんで其方は、刃物など研いでいるのか』
すると少年は、げらげら笑いながら、
『なアんだ、おじさんは、そんな事に恟々して、寝つかれなかったのかい。強そうな恰好をしているけれど、内心は臆病なんだなあ』
武蔵は、沈黙した。
少年の姿を借りた魔魅と、問答でもしているような気持に打たれたからである。
ごし、ごし、ごしっ......と童子の手は又、砥石のうえに動いているらしい。不敵な今の言葉といい、砥を揺する底力といい、武蔵はいぶからずに居られなかった。
『......?』
で、板戸の隙間から覗いてみたのである。そこは台所と、蓆を敷いた二坪の寝小屋になっている。
引窓から白い月明りが映しこんでいる下に、童子は、研桶を据え、刃渡り一尺五、六寸の野差刀を持って、一心に刃をかけているのであった。
『何を斬るのか』
隙間から武蔵がいうと、童子は、その隙間をちょっと振向いたが、一言も発せず、なお懸命に研いでいる。そしてやがての事、晃々と刎ね返す光りと研水のしずくを拭いあげて、
『おじさん』
と此方を見て訊ねた。
『これでね、おじさん。人間の胴中が、二つに斬れる?』
『......さ、腕に依るが』
『腕なら、おらにだっておぼえがある』
『一体誰を斬るのか』
『おらのお父さんを』
『......何?』
武蔵は、愕いて、思わずそこの板戸を開け、
『童。戯れにいったのか』
『だれが、冗談など、いうものか』
『父を斬る? ......それが本気ならおまえは人間の子ではない。こんな曠野の一ツ家に、野鼠か土蜂のように育った子にせよ、親とは何かぐらいな事は、自然分っていなければならない。......獣にすら親子の本能はあるに、おまえは親を斬る為に、その刀を研いでいた』
『ああ......。だけど、斬らなければ、持って行けないもの』
『どこへ』
『山のお墓へ』
『......え?』
武蔵は改めて眼を壁の隅へ向けた。先刻からそこに気になるものを見ていたが、まさか、少年の父の死骸とは思いも附かなかったのである。熟視すると、死骸には、木の枕をさせ、上から汚い百姓着が被せてある。そして一碗の飯と水と――さっき武蔵にもくれた泥鰌の煮たのが木皿に盛って供えてある。
この仏は、生前泥鰌が無二の好物であったとみえる。少年は、父が一番好きな物は何であったかを考え――もう秋も半ばというのに、懸命に、泥鰌をさがして、あの小川で洗っていたものにちがいない。
――とも知らずに、
(泥鰌を分けてくれぬか)
といった自分の心ない言葉が武蔵は恥ずかしく思い出された。同時に又、父の遺骸を、山の墓地へ持って行くのに、一人の力で運ばれないから、死骸を両断して持って行こうという――この童子の剛胆な考え方に、舌を巻いて、暫くその顔を見つめてしまった。
『いつ死んだのだ? ......おまえの父は』
『今朝』
『お墓は遠いのか』
『半里ばかし先の山』
『人を頼んで、寺へ持って行けばよいではないか』
『おかねが無いもの』
『わしが、布施をしよう』
すると、童子は、かぶりを振っていった。
『お父さんは、人から物を恵まれるのは嫌いだった。お寺も嫌いだった。――だから、要らない』
五
一言一句、この少年のことばには、奇骨がある。
父という仏も、察するに、凡の田夫野人ではなかろう。由縁ある者の末にちがいはない。
武蔵は彼のことばに任せ、山の墓所へ、仏を運ぶ力だけ貸した。
それも、山の下までは、仏を馬の背にのせて行けばよいのであった。ただ嶮しい山道だけ、武蔵が仏を背負って上った。
墓所といっても、大きな栗の木の下に、丸い自然石が一つ、ぽつねんとあるだけで、他に塔婆一つない山だった。
仏を埋け終ると、少年は花を手向け、
『祖父も、祖母も、おっ母さんも、みんなここに眠ってるんだぜ』
と、掌をあわせた。
――何の宿縁。
武蔵も共に仏の冥福を念じて、
『墓石もそう古くないが、おまえの祖父の代から、この辺に土着したとみえるな』
『ああそうだって』
『その以前は』
『最上家の侍だったけど、戦に負けて落ちのびる時、系図も何もみんな焼いちまって、何もないんだって』
『それほどな家柄なら墓石にせめて、祖父の名ぐらい刻んでおきそうなものだが、紋印も年号もないが』
『祖父が、墓へは、何も書いてはいけないといって死んだんだって。蒲生家からも、伊達家からも、抱えに来たけれど、侍奉公は、二人の主人にするものじゃない。それから、自分の名など、石に彫っておくと、先の御主人の恥になるし、百姓になったんだから、紋も何も彫るなっていって、死んだんだって』
『その祖父の、名は聞いていたか』
『三沢伊織というんだけれど、お父さんは、百姓だから、ただ三右衛門といっていた』
『おまえは』
『三之助』
『身寄はあるのか』
『姉さんがあるけれど、遠い国へ行っている』
『それきりか』
『うん』
『明日からどうして生きてゆくつもりか』
『やっぱり馬子をして』
と、いってすぐ、
『おじさん。――おじさんは武者修行だから、年中旅をして歩くんだろ。おらを連れて、何処までもおらの馬に乗ってくれないか』
『............』
武蔵は先刻から、白々と、明けてくる曠野を見ていた。そして、この肥沃な野に住む人間が、どうして、かくの如く貧しいかを考えこんでいた。
大利根の水の、下総の潮があって、坂東平野は幾たびも泥海に化し、幾千年のあいだ、富士の火山灰はそれを埋め――やがて幾世をふるうちに、葭や蘆や雑木や蔓草がはびこって、自然の力が人間に勝ってしまう。
人間の力が土や水や自然の力を自由に利用する時、始めてそこに文化が生れる。坂東平野はまだ人間が自然に圧倒され、征服され、人間の智慧の眸は、茫然とただ天地の大をながめているにすぎない。
陽がのぼると、そこらを、小さい野獣が跳ぶ、小鳥が刎ねる。未開の天地では、人間よりも、鳥獣のほうが、自然の恵みを、より多く享け、より多く楽しんでいるかに見えた。
六
やはり、子どもは、子どもである。
土の下に、父を葬って帰るさには、もう父のことを忘れている。いや忘れてもいまいが、葉の露から昇る曠野の日輪に、生理的に、悲しみなどは、吹きとんでいた。
『なあ、おじさん、いけないかい。おらは、今日からでもいい。――この馬に、何処までも乗って行って、何処までも、おらを連れて行ってくんないか』
山の墓所を降りかけてからの帰り途――
三之助は、武蔵を、客として、馬にのせ、自分は、馬子として、手綱を引いていた。
『......ウム』
と、うなずいてはいるが、武蔵は明瞭な返辞はしない。そして心のうちでは、この少年に、多分な望みをかけていた。
けれど、いつも流浪の身である自分が先に考えられた。果して、自分の手によって、この少年を幸福にできるかどうか、将来の責任を、自分に問うてみるのであった。
すでに、城太郎という先例がある。彼は、素質のある子だったが、自分が流浪の身であり、又自分にさまざまな煩いがある為に、今では、手元を離れて、その行方もわからない。
(もし、あれで悪くでもなったら――)
と、武蔵は、いつもそれが、自分の責任でもあるかのように、胸をいためている。
――然し、そういう結果ばかり考えたら、結局人生は、一歩も、あるくことが出来ない。自分の寸前さえ分らないのである。ましてや、人間の子、ましてや、育ってゆく少年の先の事、誰が、保証できよう。又、傍の意志をもって、どうしよう、こうしようと思う事からして、むりである。
(ただ、本来の素質を、研かせて、よい方へ歩む導きをしてやるだけなら――)
それならば、できると彼も思う。又、それでいいのだと、自身に答えた。
『ね、おじさん、だめかい、いやかい』
三之助は強請む。
武蔵は、そこでいった。
『三之助、おまえは、一生涯、馬子になっていたいか、侍になりたいか』
『それやあ、侍になりたいさ』
『わしの弟子になって、わしと一緒に、どんな苦しい事でもできるか』
すると、三之助は、いきなり手綱を放り出した。何をするのかと見ていると、露草の中に坐って、馬の顔の下から、武蔵へ両手をついていった。
『どうか、お願いです。おらを侍にしてください。それは死んだお父さんもいい暮していたんだけど......きょうまで、そういって、頼む人がなかったんです』
武蔵は、馬から降りた。
そしてあたりを見廻した。一本の枯木の手頃なのを拾い、それを三之助に持たせて、自分も有り合う木切れを取って、こういった。
『師弟になるかならぬか、まだ返辞はできぬ。その棒を持って、わしへ打ち込んで来い。――おまえの手すじを見てから、侍になれるかなれないか決めてやる』
『......じゃあ、おじさんを打てば、侍にしてくれる?』
『......打てるかな?』
武蔵はほほ笑んで、木の枝を構えてみせた。
枯れ木を摑んで立ち上った三之助は、むきになって、武蔵へ打ちこんで来た。武蔵は、仮借しなかった。三之助は、何度も、蹌めいた。肩を打たれ、顔を打たれ、手を打たれた。
(今に、泣き出すだろう)
と思っていたが、三之助は、なかなか止めなかった。しまいには、枯れ木も折れてしまったので、武蔵の腰へ武者ぶりついて来た。
『猪口才な』
と、わざと大げさに、武蔵は彼の帯をつかんで、大地へたたきつけた。
『なにくそ』
と、三之助は、刎ね起きてかかってくる。それを又、武蔵は、つかみ寄せて、高々と、日輪の中へ双手で差し上げながら、
『どうだ、参ったか』
三之助は、眩しげに、宙で踠きながら答えた。
『参らない』
『あの石へ、叩きつければ、おまえは死ぬぞ。それでも参らないか』
『参らない』
『強情な奴だ。もう、貴様の敗けではないか。参ったといえ』
『......でも、おらは、生きてさえいれば、おじさんに、きっと勝つものだから、生きているうちは参らない』
『どうして、わしに勝つか』
『――修行して』
『おまえが十年修行すれば、わしも十年修行して行く』
『でも、おじさんは、おいらよりも、年がよけいだから、おらよりも、先へ死ぬだろう』
『......む。......ウム』
『そしたら、おじさんが、棺桶へ入った時に、撲ってやる。――だから、生きてさえいれば、おらが勝つ』
『......あッ、こいつめ』
真こうから一撃喰ったように、武蔵は、三之助のからだを、大地へ抛り出したが、石のところへは、投げなかった。
『......?』
ぴょこんと彼方に立った三之助の顔をながめて、むしろ愉快そうに、武蔵は手を叩いて笑った。
一指さす天
一
『弟子にする』
武蔵は、その場で、三之助に言葉をつがえた。
三之助の欣びは、非常なものだった。子供は、欣びをつつまない。
二人は、一度、家へ戻った。――明日はもうここを去るというので、三之助は、こんな茅屋でも、自分まで三代も住んだ小屋かとながめて、夜もすがら、祖父の思い出や、祖母や亡母の事などを、武蔵へ話して聞かせた。
そうして、翌る日の朝。
武蔵は、支度して、先へ軒を出ていた。
『――伊織、伊織。はやく来い。持って行くような物は何もあるまい。有っても、未練を残すな』
『はい。今参ります』
三之助は、後から、飛び出して来た。着のみ着のままの支度である。
今、武蔵が、「伊織」と彼を呼んだのは、彼の祖父が、最上家の臣で、三沢伊織といい、代々伊織を称して来た家だと聞いたので、
(おまえも、わしの弟子となって、侍の子に返った機に、祖先の名を襲いだがよい)
と、まだ元服には早い年齢であったが、ひとつの心構えを抱かせるために、ゆうべからそう呼ぶことにしたのであった。
然し、今飛び出して来た姿を見ると、足にはいつもの馬子草鞋を穿き、背中には、粟飯の弁当風呂敷を背負って、尻きり着物一枚、どう眺めても、侍の子ではない、蛙の子の旅立ちである。
『馬を遠くの樹へ持って行って繫いでおけ』
『先生、乗って下さい』
『いや、まあいいから、彼方へ繫いで帰って来い』
『はい』
きのう迄は、何かの返辞も、へイであったが、今朝からは急に、ハイに変っている。子供は、自分を改めることに、何のためらいも持たなかった。
遠くへ馬を繫いで、伊織は又、そこへ帰って来た。武蔵は、まだ軒下に立っている。
(何を見てるんだろう?)
伊織には、不審であった。
武蔵は、彼の頭に、手を乗せて――
『おまえは、この藁屋の下で生れた。おまえの肯かない気性、屈しない魂は、この藁屋が育ててくれたものだ』
『ええ』
と、武蔵の手をのせたまま、小さい頭はうなずいた。
『おまえの祖父は、二君に仕えぬ節操をもって、この野小屋にかくれ、おまえの父は、その人の晩節を全うさせるために、百姓に甘んじて、若い時代を、孝養に送り、そして、おまえを残して死んだ。――けれどおまえはもう、その親を送って、きょうからは一本立ちだ』
『はい』
『偉くなれよ』
『......え、え』
伊織は、眼をこすった。
『三代、雨露をしのがせて貰った小屋に、手をついて、別れをいえ。礼をのべろ。......そうだ、もう名残りはよいな』
いうと、武蔵は、屋内へ這入って、火を放けた。
小屋は見るまに、燃えあがった。伊織は、熱い眼をして見ていた。その眸が、余り悲しげなので武蔵は、説いて聞かせた。
『このままにして立ち去れば、後には野盗や追剝が住むに決っている。それではせっかく忠節な人の跡が、社会を毒する者の便宜になるから焼いたのだ。......分ったか』
『ありがとう御座います』
見ているうちに、小屋は一山の火となり、軈て、十坪もない灰に化ってしまった。
『さ、行きましょう』
伊織は、もう先を急く。少年の心は、過去の灰には、何の感奮もなかった。
『いや、まだまだ』
武蔵は、首を振ってみせた。
二
『まだって? ......これからまだ、何をするんですか』
伊織は、いぶかしそう。
その不審顔を笑って、
『これから、小屋を建てにかかるんだよ』
と、武蔵がいう。
『え? どうしてだろ。......たった今、小屋を焼いちまったのに』
『あれは、きのう迄のおまえの御先祖の小屋。きょうから建てるをのは、われわれ二人の明日から住む小屋だ』
『じゃあ、又ここへ住むんですか』
『そうだ』
『修行には出ないんですか』
『もう出ているのではないか。わしも、おまえに教えるばかりではなく、わし自身が、もっともっと修行しなければならないのだ』
『なんの修行?』
『知れたこと、剣の修行、武士の修行――それは又、心の修行だ。伊織、あの斧をかついで来い』
指さす所へ行くと、いつの間にか、そこの草むらの中には斧だの、鋸だの又、農具などだけが、炎をかけずに、取り残されてあった。
伊織は、大きな斧をかつぎ、武蔵の歩む後に尾いて行った。
栗林がある。そこには松も杉もあった。
武蔵は、肌を脱ぎ、斧を揮って樹を伐り出した。丁丁と、生木の肉が白く飛ぶ。
――道場を拵える? この平野を道場に修行する?
伊織には、いくら説明されても分る程度しか分らなかった。旅へ出ないで、この土地に止まる事が何だかつまらない。
どさっ――と樹が仆れる。次々に斧が仆してゆく。
血のさした武蔵の栗色の皮膚には、黒い汗がりんりと流れ出した。この日頃からの惰気、倦怠、孤愁などはみな汗となって流れるかのようだ。
彼は昨日の未明、一個の農民で終った伊織の父の墓のある山から――坂東平野の未開をながめて、勃然と、今日の事を、思い立ったのであった。
(暫く、剣を措いて、鍬を持とう!)
という発願だった。
剣を研くべく――禅をする、書をまなぶ、茶にあそぶ、画を描く、仏像を彫る。
鍬を持つ中にも、剣の修行はあるはずだと思う。
しかも、この広茫な大地は、さながらそのまま行動を持つ絶好な道場であり、又鍬と土には必ず開墾が生じ、その余恵は、幾百年の末まで、幾多の人間を養うことにもなる。
武者修行は、由来、行乞を本則としている。人の布施に依って学び、人の軒端をかりて雨露をしのぐことを、禅家その他の沙門のように、当りまえなこととしている。
けれど、一飯の尊さは、一粒の米でも一茎の野菜でも、自分で栽ってみて初めてわかることである。それをしない坊主のことばがまま口頭禅としか聞えないように、布施で生きている武者修行が剣のみを研いても、それを治国の道に生かすことを知らず、又、社会ばなれた武骨一偏になってしまい易いことも当然である――と武蔵は思った。
武蔵は、百姓の業は、知っている。母と共に、幼い頃は、郷士屋敷の裏畑へ出て、百姓のすることもしたものだった。
けれど、今日からする百姓は、朝夕の糧のためではない。心の糧を求めるのだった。又、行乞の生活から、働いて喰う生活を学ぶためだった。
更にまた、野茨や沼草の繁茂にまかせ、洪水や風雨の暴力にも、すべて自然に対して、諦めの眼しか持たない農民に――子々孫々、骨と皮ばかりの生活を伝えて来ながらも、依然、眼をひらかない彼等に、身をもって、自分の考えを、植えつけてやろうという望みもかけた。
『伊織、繩を持って来て、材木をしばれ。――そして河原の方へ曳いてゆけ』
斧を立てて、ほっと、汗を肱で拭いながら、武蔵は命じた。
三
伊織は、繩を結びつけて、材木を曳いた。武蔵は、斧や手斧で、面皮をとる。
夜になると、手斧屑で焚火をし、火のそばに、材木を枕にして寝る。
『どうだ伊織、おもしろいだろうが』
伊織は正直に答えた。
『ちっとも、おもしろい事なんかないや。百姓するなら、先生の弟子にならなくたって、できるんだもの』
『今におもしろくなる』
秋が更けてゆく。
夜毎に、虫の音は減って行った。草木は枯れてゆくのである。
もうその頃には、この法典ケ原に、二人の寝小屋が建ち、二人は毎日、鋤と鍬を持って、まず足元の一坪から開墾し始めた。
もっとも、それにかかる前に、彼は一応この附近一帯の荒地を足で踏んで、
(なぜ、この天然と人とが離反したまま雑木雑草に委されているか)
を考査してみた。
(水だ)
と、まず第一に、治水の必要が考えられた。
小高い所に立ってみると、ここの荒野は、ちょうど応仁以後から戦国時代に亙る人間の社会みたいな図であった。
ひとたび、坂東平野に大雨がそそぐと、水は各々、勝手に河を作り、流れたい方へ奔流し、激したいままに石ころを動かす。
それらを収める主流というものがないのだ。天気の日眺めると、それらしいものは幅の広い河原を作っているが、天地の大に対する包容力が足らないし、元々、あるがままに出来た河原なので、秩序もないし、統制もない。
もっと無くてならないのに無いものは、群小の水を集めて、一体に指してゆくべき方角を持たないのだ。主体自らが、その折々の気象や天候にうごかされて、或る時は、野にあふれ、或る時は、林を貫ぬき、もっと甚だしい時は、人畜を冒して、菜田まで泥海にしてしまう。
(容易でないぞ)
と、武蔵は、踏査した日から思った。
それだけに、彼は又、非常な熱と興味をこの事業に抱いた。
(これは政治と同じだ)
と思う。
水や土を相手に、ここへ肥沃な人煙をあげようとする治水開墾の事業も、人間をあいてに、人文の華を咲かせようとする政治経綸も、なんの変りもないことと考える。
(そうだ、これはおれの理想とする目的と、偶然にも合致する)
此頃からの事である。――武蔵は剣に、おぼろな理想を抱き始めた。人を斬る、人に勝つ、飽くまで強い、――と云われたところで何になろう。剣そのものが、単に、人より自分が強いということだけでは彼はさびしい。彼の気持は満ち足りなかった。
一、二年前から、彼は、
――人に勝つ。
剣から進んで、剣を道とし、
――おのれに勝つ。人生に勝ちぬく。
という方へ心をひそめて来て、今もなおその道にあるのであったが、それでも猶、彼の剣に対する心は、これでいいとはしない。
(真に、剣も道ならば、剣から悟り得た道心をもって、人を生かすことができない筈はない)
と、殺の反対を考え、
(よしおれは、剣をもって、自己の人間完成へよじ登るのみでなく、この道をもって、治民を按じ、経国の本を示してみせよう)
と、思い立ったのである。
青年の夢は大きい。それは自由である。だが、彼の理想は、今のところ、やはり単なる理想でしかない。
その抱負を実行に移すには、どうしても政治上の要職に就かなければできないからだ。
然し、この荒野の土や水を相手としてそれをやる分には、要職も要らなければ、衣冠や権力をもって臨む必要もない。武蔵は、そこに熱意と歓びを燃やしたのであった。
四
木の根瘤を掘る。また、石ころを篩う。
高い土を崩してならし、大きな岩は、水利の堤にするために並べる。
そうして日々、晨は未明から、夕方は星のみえる頃まで、武蔵と伊織とが、孜々として、法典ケ原の一角から開墾に従事していると、時折、河原の向うに、通りがかりの土民たちが立ち止って、
『何をしてるだ?』
と、いぶかり顔に、
『小屋あ、ほっ建てて、あんな所に、住む気でいるのか』
『ひとりは、死んだ三右衛門とこの餓鬼でねえけ』
うわさが拡がる。
嘲う者ばかりでもなく、中にはわざわざやって来て、親切に呶鳴ってくれる者もあった。
『そこなお侍よう、おめえッち等、そんなとこを、せッせと開墾いても、だめなこったぜよ。いっぺん暴風雨がやって来て見さっせ、百日の萱だがなあ』
幾日か経って、又来てみても、黙々と、伊織を相手に、武蔵が労働しているのを見ると、親切者も少し、腹を立てたように、
『おウい。くそ骨折って、つまらねえところに、水溜りを拵えるでねえだ』
又――数日おいて来てみたところ、相変らず、二人の耳の無いような姿が働いているので、
『阿呆よっ』
と、こんどは、ほんとに怒ってしまい、そして武蔵を、ふつうの智恵のない馬鹿者と見なして、
『藪や河原に、喰える物ンの芽がでる位ならよ、おらたちゃあ、太陽さまに腹あ干して、笛ふいて暮らすがよ』
『飢饑年は、無えわい』
『止めさらせ、そんなとこ、掘りちらすなあ』
『むだ骨折る奴あ、くそ袋もおんなじだよ』
鍬を打ち振りながら、武蔵は土へ向ったまま笑っている。
たしなめられてはいたが、伊織は時々、むッとして
『先生、あんなこと、大勢していってるよ』
『ほっとけ、ほっとけ』
『だって』
と伊織は、小石をつかんで、抛りそうにするので、武蔵はくわっと眼をいからせて、
『これッ。師のことばを聞かぬやつは、弟子ではないぞ。――何する気かっ』
と、叱りつけた。
伊織は耳がしびれたようにハッとした。けれど、手に握った石は素直に捨てられもせず、
『......畜生っ』
と、近くの岩にたたきつけて、その小石が、火花を出して、二つに割れて飛んだのを見ると、何だか悲しくなってしまい、鋤をすてて、しくしくと泣き出してしまった。
(泣け、泣け)
といわんばかりに、武蔵は、それも抛っておく。
すすり泣いていた伊織は、だんだん声を高めて、果ては、天地にただ独り居るように、声をあげて、大泣きに泣き出した。
父の死骸を二つに断って、山の墓所へひとりで埋めに行こうとしたくらいな剛気を持っているかと思うと、泣けばやはり、から子供であった。
――お父さん!
――おっ母さん!
――祖父。祖母っ。
届かぬ地下の人へ、届けよとばかり、訴えているかのように、武蔵には、強く胸を打ってくる。
この子も孤独。われも孤独。
余りの伊織の泣き声に、草木も心あるもののように、蕭々と、冷たい風に、黄昏近い曠野は晦く戦ぎはじめた。
ポツ、ポツ、とほんとの雨もこぼれて来て――。
五
『......降って来た。ひと暴れ来そうだぞ。伊織、はやく来い』
鍬や鋤の道具をまとめて、武蔵は小屋の方へ駈け出した。
小屋の中へ飛びこんだ時は、雨はもう真っ白に、天地を一色に降りくだいていた。
『伊織、伊織』
後から尾いて来たものとばかり思っていたところ、見ると彼の姿は、側にもいない、軒端にも見えない。
窓から眺めやると、凄まじい雷光が、雲を斬り、野面をはためき、それに眼をふさぐ瞬間――思わず手は耳へ行って、五体に雷神のひびきを聞くのであった。
『............』
竹窓のしぶきに顔を濡らしながら、武蔵は恍惚と、見とれていた。
こういう豪雨を見るたびに、風のすさぶ度に、武蔵は、もう十年近い昔になる――七宝寺の千年杉を思い出す、宗彭沢庵の声を思い出す。
まったく自分の今日あるのは、あの大樹の恩だと思う。
その自分が、今は、たとえ幼い童子にせよ、伊織という一弟子を持っている。自分に果して、彼の大樹のような無量広大な力があるか、沢庵坊のような肚があるか。――武蔵は顧みて、自分の成長を思うと気恥ずかしい心地がする。
だが、伊織に対しては、どこまでも自分は千年杉の大樹の如くであらねばならぬと思う。沢庵坊のような酷い慈悲も持たねばならぬと思う。又、それが、曾つての恩人に対しての、いささかな報恩ではないかとも思った。
『......伊織っ、伊織っ』
外の豪雨に向って、武蔵は再三再四呼んでみた。
何の返辞もない。ただ、雷と、どうどうと軒先の水音が騒がしいのみである。
『どうしたのか』
武蔵すら、出てみる勇気もなく、小屋に閉じこもっていたが、そのうちに、はたと雨が小やみになったので、外へ出て見まわすと、何という強情な性質の童子だろうか、伊織はまだ依然として、前にいた耕地の所から一尺も動かずに立っているのだった。
(すこし白痴か)
とすら、疑えない事もない。
あんぐりと口を開いて、先刻、大泣きに泣いたままな顔をして、――もちろん頭からズブ濡れになって、泥田になった耕地に案山子みたいに立っているのだ。
武蔵は、近くの、小高い所まで駈けて行って、思わず、
『ばかっ』と、叱った。
『はやく小屋へ這入れ、そんなに濡れては体の毒だ。ぐずぐずしておると、そこらに河が出来て、戻れなくなるぞ』
――すると、伊織は、武蔵の声をさがすように見廻して、にやりと笑って、
『先生は、あわてもンだなあ。この雨はやむ雨だよ。この通り、雲が断れて来たじゃないか』
と、一指を天にさしていった。
『............』
武蔵は、教える子に、教えられたような気がして、沈黙していた。
だが、伊織は、単純なのである。――武蔵のようにいちいち考えていったり為たりしているのではない。
『おいでよ、先生。まだ明るいうちにゃ、だいぶ仕事ができるよ』
と、その姿のままで、又、前の労働をつづけ始めた。
この師この弟子
一
ここ四、五日青空をみせて、ひよ、もずの高音に穂すすきの根の土も乾きかけて来たかと思うと又、野末の果てから脊のびをした密雲が、見るまに坂東一帯を、日蝕のように暗くしてしまった。伊織は、空を見て、
『先生、こんどは、ほんものが襲ってきたよ』
と、心配そうにいった。
いううちにも、墨のような風が吹く。帰る所へ帰り遅れた小鳥は、ハタキ落されたように地に墜ち、草木の葉はみな葉裏を白く見せて戦き立つ。
『一降り来るかな?』
武蔵が訊くと、
『一降りどころじゃないぜ、この空は――。そうだ、おらは村まで行って来よう。先生は道具をまとめて、早く小屋へ引場げたほうがいいよ』
空を見ていう伊織の予言は、いつも外れたことがない。今も、武蔵へそういい残すと、野分をよぎる鳥のように、見え隠れして草の海をどことなく駈けて行った。
果して、風も雨も、伊織のいったとおり、いつものとは変って、兇暴に募ってくる。
『――何処へ行ったのか』
武蔵はひとり小屋へ帰ったが、案じられて時々外を見た。
きょうの豪雨は常と違う。おそろしい雨量である。そして一瞬にハタとやむ。やんだかと思うと前にも増して降ってくる。
夜になった。
雨はよもすがら此世を湖底としてしまうかとばかり降りぬいた。ほっ建小屋の屋根はいくたびも飛ぶかと危ぶまれ、屋根裏に葺いてある杉皮が、いっぱいに散りこぼされた。
『困ったやつ』
伊織はまだ帰らない。
夜が明けても猶見えない。
いや夜が白みかけて、きのうからの豪雨のあとを見渡すと、猶の事、伊織の帰りは絶望された。日頃の曠野は、一面の泥海となっている。所々、草や木が、浮洲のように見えるだけだった。
ここの小屋は、やや高い所を選んであるので、幸いに、冒されないが、すぐ下の河原は、濁流が押し流れて、さながら大河の奔激である。
『......もしや?』
武蔵はふと案じ出した。その濁流に流されてゆく種種な物を見て、ゆうべ闇夜に帰ろうとした伊織が、過まって、溺れでもしてしまったのではあるまいか――と聯想されたからである。
だが、彼はその時、ごうごうと地も空も水に鳴る暴風雨の中で、伊織の声をどこかに聞いた。
『せんせーいっ。......先生ーッ』
武蔵は、鳥の浮巣みたいにみえる彼方の洲に、伊織らしい影を見た。いや伊織にちがいない。
何処へ行ったのか、彼は牛の背に乗って帰って来たのだ。牛の背には自分のほかに、何か繩で絡げた大きな荷物を、後先に縛しつけている。
『おおう......?』
と見ているまに、伊織は、牛を濁流へ乗り入れた。
濁流の赤いしぶきと渦は忽ち彼と牛をつつんでしまう。流され流され、やっと、此方の岸へ着くと牛も彼も、身ぶるいしながら、小屋のある所へ駈け上って来た。
『伊織! 何処へ行ったのだ』
半ば怒るように――半ばほっとしたように、武蔵がいうと、伊織は、
『何処へって、おら、村へ行って、食物をうんと持って来たんじゃないか。この暴風雨は、きっと半年分も降ると思ったから。――それに暴風雨がやんでも、この洪水はなかなか退かないに極ってるもの』
二
武蔵は、伊織の悧発なのに愕いたが、考えてみれば彼が悧発なのではない、自分が鈍なのである。
天候の悪兆候をみたら、すぐ食物の準備を考えておくことは、野に住む者の常識で、伊織は、嬰児の時から、こういう場合を、何度も経験しているにちがいない。
それにしても、牛の背から下ろした食物は、少いものではない。莚を解き、桐油びきの紙を解いて伊織が――
『これは粟、これは小豆、これは塩魚――』
と、幾つもの袋をならべ、
『先生、これだけあれば、ひと月やふた月、水が退かなくっても、安心だろう』
と、いう。
武蔵の眼には涙が溜った。健気よとも忝けないともいいようがない。自分はここを開拓して、農土に寄与するものと、ただ気概のみを高く抱いて、自分の餓えるのを忘れていたが、その飢えは、この小さい者に依って、辛くも凌がれているのだった。
だが、自分たち師弟を、狂人呼ばわりしている村の者が、どうして、食物を施してくれたろうか。村の者自身さえ、この洪水では、自身の飢えにおののいているに違いない場合に。
武蔵が、その不審を糺すと、伊織は事もなげに、
『おらの巾着を預けて、徳願寺様から借りて来た』
と、いう。
『徳願寺とは?』
と聞くと、この法典ケ原から一里余り先の寺で、いつも彼の亡父が、
(おれの亡き後、独りで困った時は、この巾着の中にある砂金を少しずつ費え)
といわれていたのを思い出し、常に、肌身に持っていたその巾着を預けて、寺の庫裡から借りて来たのだ――と、伊織はしたり顔に答える。
『では遺物ではないか』
と武蔵がいうと、
『そうだ、古い家は焼いちゃったから、お父さんの遺物は、あれと、この刀しかない』
と、腰の野差刀を撫でる。
その野差刀も、武蔵は一見したことがあるが、生れからの野差刀ではない。無銘とはいえ、名刀の部に入ってよい品である。
思うに、この子の亡父が遺物として、肌身に持たせておいた巾着にも、少しの砂金ばかりでなく、何か由緒ある物ではなかろうか――それを食物の値に、巾着ぐるみ預けて来たのは、やはり子どもらしいが――又、可憐らしい、と武蔵は思った。
『親の遺物など、滅多に、人に渡すものではない。いずれわしが徳願寺へ行って、貰い返してやるが、以後は、手離すではないぞ』
『はい』
『ゆうべは、その寺に、泊めてもらったのか』
『和尚さんが、夜が明けてから帰れといいましたから』
『朝飯は』
『おらもまだ。先生も、まだだろう』
『ウム。薪はあるか』
『薪なら、くれてやる程あるよ。――この縁の下は、みんな薪だよ』
蓆を巻いて、床下へ首を突っ込むと、日頃、開墾するうちに心がけて運んだ木の根瘤だの、竹の根だのが、山をなすほど蓄えてある。
こんな幼い者にでも経済の観念がある。誰がそれを教えたか。まちがえばすぐ飢え死ぬ未開の自然が生活の師であった。
粟飯をたべ終ると、伊織は、武蔵の前へ一冊の書物を持って来て、
『先生、水が退かないうちは、どうせ仕事にも出られないから、書を教えてください』
と、畏まっていった。
外は、その日も終日、吹き歇まない暴風雨の音であった。
三
見ると、論語の一冊である。これもお寺で貰ったのだという。
『学問をしたいのか』
『ええ』
『今までに、少し書を読んだことがあるか』
『すこし......』
『誰に教わった』
『お亡父さんから』
『何を』
『小学』
『すきか』
『すきです』
伊織は、その体から知識を燃やしていった。
『よし、わしの知っている限り教えてやろう。わしに及ばない所は、今に、学問のよい師を見出して就くがよい』
暴風雨の中に、ここの一軒だけは、素読の声と講義に一日暮れて、屋根はふき飛んでも、この師弟は、びくとも膝を立てそうもなかった。
翌日も雨。次の日も雨。
それがやむと、野は湖水になっていた。伊織は、むしろ欣んで、
『先生、今日も』
と、書を出しかけると、
『書はもういい』
『なぜ』
『あれをみろ』
武蔵は、濁流を指さして、
『河の中の魚になると、河が見えない。余り書物に囚われて書物の虫になってしまうと、生きた文字も見えなくなり、社会にもかえって暗い人間になる。――だから今日は、暢気に遊べ、おれも遊ぼう』
『だって、きょうはまだ、外へも出られないぜ』
『――こうして』
と、武蔵はごろりと横になって手枕をかいながら、
『おまえも、寝ころべ』
『おらも、寝るのか』
『起きているとも、足を投げ出すとも、好きにして』
『そして何するんだい』
『話をしてやろう』
『欣しいなあ』
と、伊織は、腹這いになった、魚の尾のように、足をばたばたさせ、
『何の話?』
『そうだな......』
武蔵は自分の少年時代を胸にうかべ、少年の好きそうな合戦の話をした。
多くは源平盛衰記などで聞き覚えた物語である。源氏の没落から平家の全盛にくると、伊織は憂鬱だった。雪の日の常磐御前に、眼をしばたたき、鞍馬の遮那王牛若が、僧正ケ谷で、夜毎、天狗から剣法をうけて、京を脱出するところへくると、
『おら。義経は好きだ』
と、刎ね起きて、坐り直した。そして、
『先生、天狗ってほんとにいるの』
『居るかも知れぬ。......いや居るな、世の中には。――だが、牛若に剣法を授けたというのは、天狗ではないな』
『じゃあ何?』
『源家の残党だ。彼らは、平家の社会に、公然とは歩けなかったから、皆、山や野にかくれて、時節を待っていたものだ』
『おらの、祖父みたいに?』
『そうそう、おまえの祖父は、生涯、時を得ず終ってしまったが、源家の残党は、義経というものを育てて、時を得たのだ』
『おらだって――先生、祖父のかわりに、今、時を得たんだろ。......ねえそうだろう』
『うむ、うむ!』
武蔵は、彼のその言葉が気に入ったとみえ、いきなり伊織の首を寝たまま抱きよせて、脚と両手で手玉に取って天井へ差し上げた。
『偉くなれ。こら』
伊織は、嬰児が欣ぶように、擽ッたがって、きゃッきゃッといいながら、
『あぶないよ、あぶないよ先生。先生も僧正ケ谷の天狗みたいだなあ。――やあい天狗天狗、天狗』
と上から手をのばし、武蔵の鼻を抓んで戯れ合った。
四
五日たっても十日たっても、雨はやまなかった。雨がやんだと思うと、野は洪水に漲って、容易に濁流が退かないのである。
自然の下には、武蔵も、じっと沈吟しているしかない。
『先生、もう行けるぜ』
伊織は太陽の下へ出て、今朝から呶鳴っている。
二十日ぶりで、二人は道具を担いで、耕地へ出て行った。
『あっ......?』
と、ふたりとも茫然としてしまった。
二人が孜々として開拓しかけた面積などは、なんの跡形も残していない。大きな石ころと、一面の砂利であった。前には無かった河が幾筋もできて小さな人力を嗤うが如く、奔々と、その大石や小石を弄んでいた。
――阿呆。狂人。
土民たちが嘲った声も思い出される。思い知ったのである。
手の下しようもなく、黙然と立っている武蔵を見上げて、伊織は、
『先生、ここはだめだ。こんな所は捨てて、もっと他のよい土地を探そう』
と、策を述べる。
武蔵はそれを容れない。
『いやこの水を、他へ引けば、ここは立派な畑になる。初めから地理を按じて、ここと決めてかかったからには――』
『でも亦、大雨が降ったら』
『こんどは、それが来ないように、この石で、あの丘から堤をつなぐ』
『たいへんだなあ』
『元よりここは道場だ。ここに麦の穂を見ぬうちは、尺地も退かぬぞ』
水を一方に導き、堰を築き、石ころを退けて、幾十日の後に、やっとそこに、十坪の畑が出来かかった。
けれど、一雨降ると、一夜のうちに、又元の河原になってしまった。
『だめだよ先生。むだ骨ばかり折るのが、何も、戦の上手でもないだろ』
武蔵は、伊織にまでいわれた。
でも、耕地を変えて、ほかへ移る考えは、武蔵は持たなかった。
彼は又、雨後の濁流と闘って、前と同じ工事をつづけた。
冬に入ると、屢々、大雪が降った。雪が融けると、又濁流に荒らされてしまう。年を越えて、翌年の一月、二月になっても、二人の汗と鍬から一畝の畑も生れなかった。
食物が無くなると、伊織は、徳願寺へもらいに行った。寺の者もよくいわないとみえて、戻って来ると、伊織の顔つきに、憂いが見えた。
そればかりでなく、この二、三日は武蔵も根負けしたか、鍬を持たないのである。防いでも防いでも濁流になる耕地に立って、終日黙然と何か考えこんでいた。
『そうだ! ......』
或る時、何か大きな発見をしたように、武蔵は伊織へいうともなく、
『きょう迄おれは、土や水へ対して、烏滸がましくも、政治をする気で、自分の経策に依って、水をうごかし、土を拓こうとしていた』
と、呻きだした。
『――間違いだった! 水には水の性格がある。土には土の本則がある。――その物質と性格に、素直に従いて、おれは水の従僕、土の保護者であればいいのだ。――』
彼は今までの開墾法をやり直した。自然を征服する態度を改めて、自然の従僕となって働いた。
次の雪融にも、大きな濁流が押しよせたが、彼の耕地は、被害から残された。
『これは政治にも』
と、彼は悟った。
同時に、旅手帳へも、
――世々の道に反かざる事。
と、自戒の一句を覚え書きしておいた。
土 匪 来
一
長岡佐渡は、度々この寺へ姿を見せる大檀那の一人だった。彼は、名将の聞えの高い三斎公――豊前小倉の城主細川忠興の家職であるから、寺へ来る日は、もちろん縁者の命日とか、公務の小閑に、杖を曳いて来るのである。
江戸から七、八里あるので、一泊になる場合もある。従者はいつも侍三名に小者一名ぐらい召連れ、身分からすれば極めて質素であった。
『寺僧』
『はい』
『あまりかもうてくれるな。心づくしは欣ばしいが、寺で贅沢をしようとは思わぬでの』
『恐れいります』
『それよりは、わがままに、くつろがせて貰いたい』
『どうぞお気儘に』
『無礼を許されよ』
佐渡は、横になって、白い鬢づらへ手枕をかった。
江戸の藩邸は、彼の体を寸暇もなく忙殺させる。彼は、寺詣りを口実に、ここへ遁れてくるのかもしれない。野風呂を浴びて、田舎醸りの一酌をかたむけた後、手枕のうつらうつらに、蛙の声を聞いていると、何もかも現世のものでなくなるように忘れてしまう。
こよいも佐渡は此寺へ泊って、遠蛙の音を聞いていた。
寺僧は、そっと、銚子や膳を下げてゆく。従者は、壁際に坐って明りの瞬きに、手枕の主人が、風邪をひきはすまいかと、案じ顔にながめていた。
『ああよい心地。このまま涅槃に入るかのようじゃ』
手枕を更えた機に、侍が、
『おかぜを召すといけません。夜風は露をふくんでおりますから』
注意すると、佐渡は、
『捨てておけ。戦場で鍛えた体、夜霧でくさめをするような気遣いはない。この暗い風の中には、菜の花のにおいが芬々とする――其方たちにも香うか』
『とんと、分りませぬ』
『鼻のきかぬ男ばかりじゃの。......ははははは』
彼の笑い声が大きいせいでもあるまいが、その時、四辺の蛙の声がハタと止んだ。
――と思ううち、
『こらっ、童ッ! そんなところへ立ってお客様のお居間をのぞいてはならん』
佐渡の哄笑よりも、遙かに大きい寺僧のがなり声が、書院の横縁で聞えた。
侍たちは、すぐ立って、
『何じゃ』
『何事じゃ』
と見まわした。
その影を見ると、誰か、小さな跫音がバタバタと庫裡の方へ逃げて行ったが、咎めた僧は、後に残って、頭を下げていた。
『お詫びいたしまする、何せい土民の親無し子、お見のがし下さいませ』
『覗き見でもしておったのか』
『そうでござります。ここから一里ほど先の法典ケ原に住んでいた馬子のせがれでございますが、祖父が以前、侍であったとかで、自分も大きくなる迄に、侍になるのだと口癖に申しております。――で、貴方がたのようなお武家様を見かけると、指を咥えて、覗き見をするので困りまする』
座敷の中に寝ころんでいた佐渡は、その話にふと起き直って、
『そこの御房』
『はい。......アアこれは長岡様で、お目ざめに』
『いやいや咎め立てではない。――その童とやら、おもしろそうな奴。徒然の話し相手には、ちょうどよい。菓子でも遣らせよう。これへ、呼んでおくれぬか』
二
伊織は庫裡へ来て、
『おばさん、粟がなくなったから取りに来たよ。粟を入れておくれ』
と、一斗もはいる穀袋の口を開けて、呶鳴っていた。
『なんじゃこの餓鬼は。まるで貸した物でも取りに来るように』
大きな暗い台所から、寺の婆やは呶鳴りかえした。
いっしょに洗い物を手伝っていた納所坊も、口をそろえて、
『お住持が、かあいそうじゃから遣れと仰っしゃるので、くれて遣るのじゃぞ。なんだ、大きな面して』
『おらの顔、大きいかい』
『物貰いは、あわれな声を出して来るものだ』
『おらは、物乞いじゃない。和尚さんに、遺物の巾着を預けてあるんだもの。――あの中にゃあ、おかねも這入っているんだぞ』
『野中の一軒家の、馬子のおやじが、どれ程なおかねを餓鬼に遺すものか』
『くれないのかい、粟を』
『だいいちおまえは阿呆だぞ』
『なぜさ』
『どこの馬の骨かわからない狂人牢人にこき使われて、あげくに、喰い物までおまえが漁って歩くなどとは』
『大きなお世話だい』
『田にも畑にもなりッこないあんな土地を掘くり返して、村の衆は皆わらって御座るぞ』
『いいよウだ』
『おまえも少し、狂人にかぶれてきたな。あの牢人者はお伽草子の黄金の塚でもほん気にして、野たれ死にする迄、掘りちらしているだろうが、おまえはまだ鼻たれンぼのくせに、今から自分の墓穴を掘るのは早いじゃないか』
『うるさいな、粟を出しておくれよ、はやく、粟をおくれよ』
『アワといわないで、アカといってみろ』
『アカ』
『んべ! だ......』
納所坊は、調子に乗って揶揄いながら、眼の玉を剝いて、ぬっと顔を突き出した。
ぐしゃっと、濡れ雑巾のようなものが、その顔へ貼りついた。納所坊は、きゃっと悲鳴をあげて青ざめた。彼の大嫌いな大きなイボ蟇であった。
『このお玉杓子め』
納所坊はおどり出して、伊織の首根ッこをつかまえた。そこへ奥に泊っている檀家の長岡佐渡様がお召になっている――というべつな寺僧の迎えであった。
『なにか、粗相でもあったのか』
と、住持までが、案じ顔してそこへ来たが、いえいえただ佐渡様が徒然に呼んでこいと仰っしゃる迄で――と聞いて、
『それならよいが』
と住職はほっとしたが、猶、心配は去らないとみえて、伊織の手を引っぱって、自身、佐渡の前へ連れて来た。
書院の隣室には、もう夜の具が展べてある。老体の佐渡は、横になりたかった所だが、子どもが好きとみえて、伊織が、ちょこなんと住職のそばに坐ったのをみると、
『幾歳じゃな』
と、訊ねた。
『十三。ことしから、十三になりました』
と伊織は、相手を心得ている。
『侍になりたいか』
と、訊かれると、伊織は、
『うん......』
と頷いた。
『では、わしの屋敷へ来い。水汲から、草履取りを勤めあげたら、末は若党に取立ててやろう程に』
というと、伊織は、黙ってかぶりを振った。そんな筈はない、きまりが悪いのじゃろう、明日は江戸へ連れて帰る――と重ねて佐渡がいうと、伊織は、納所坊がしたように、アカンベーをして、
『殿様、お菓子をくれなければ噓つきだぜ。はやくおくれよ、もう帰るんだから』
住職は青くなって、眼から離した彼の手を、ピシャリと打った。
三
『叱るな』
と、佐渡は、住職の気遣いを、かえって窘めて、
『侍は噓をつかぬ。今菓子を遣らすであろう』
と、従者に、すぐいいつけた。
伊織は、それを貰うと、すぐ懐へ入れてしまった。佐渡がそれ見て、
『なぜ、ここで喰べぬか』
と、訊ねると、
『先生が、待ってるから』
『ホ......先生とは?』
佐渡は、異な顔をした。
もう用はないといった容子で、伊織は答えずに、その部屋から素迅ッこく飛出してしまった。長岡佐渡が笑いながら寝所へ這入ってゆく姿へ、住職は、再三再四、低頭平身していたが、やがて、追いかけるように、庫裡へ来て、
『小僧、どうしたか』
『今、粟を背負って、帰ってゆきましたが』
と、そこにいる者の答え。
耳を澄ますと、真っ暗な外の何処かを、頓狂な木の葉笛の音が流れてゆく――
ぴき、ぴー
ぴッぴッき、ぴーの
ぴよ助、ぴゅー
伊織は、いい歌を知らないのが残念だった。馬子の唄う謡は、木の葉の音に乗らないのである。
お盆になると、踊りにうたう此の地方の歌垣から転訛したような謡も、木の葉笛には複雑すぎてだめだった。
結局、彼は、神楽囃子の律調を頭に描きながら、木の葉を唇に当て、しきりと妙な音を吹きたてて道の遠さを忘れて来たが、やがて法典ケ原の近く迄来たかと思う頃、
『おやっ?』
と、唇の木の葉を、唾と一緒に吐き出して、同時にがさがさと傍の藪へ這いこんでしまった。
二筋の野川は、そこから一つになって、部落の方へ流れている。その土橋のうえに三、四人の大男が、顔を寄せて何かひそひそ声を交しているのである。
伊織は、その人間たちを見たとたんに、
『――あっ、来た』
と、先おととしの秋の晩頃の、或る事を思い出したのであった。
子を持つこの辺の母親は、ふた言めにはすぐ、
(山神さまの輿へ入れて、山の衆へくれっちまうぞ)
と、子を叱る。
小さい頭に沁みついたその怖さを――伊織も忘れていない。
ずっと昔は、その山神様の白木の輿が、ここから八里も十里も先の山の社に、何年目かの順番が廻って来ると、据えられたもので、土民は、報らせをうけると、稼ぎ蓄めた五穀やら、大事な娘までも、因果をふくめて化粧させ、わざわざ松明行列を作って、そこへ納めに行ったものだそうであるが、何時頃からか、山神様の正体は、やはり人間だと分ってから、土民のほうも狡を極めこんで怠ってしまった。
ところが、戦国以来は、その山神様の徒党が、山の社に白木の輿をおいて報らせても、貢物が来ないので、猪突き槍だの、熊射ち弓だの、斧だの手槍だの、なるべく土民が見ただけでも縮み上ってしまいそうな武器を携え、三年目とか二年目とか、物資の貯えられている状態を見ておいて、自身の方から、部落部落へ、出張して来るようになって来た。
この辺には、その兇匪の群が、先おととしの秋やって来た。
――その時の惨たる光景で、幼な心にも怖かった記憶が、今――土橋の上の人影を見ると共に、いなずまのように彼の頭に呼び起されたのであった。
四
――やがての事。
彼方から又、一群の人間が、隊伍を作って野を駈けて来た。
『おうい』
と、土橋の上の影を呼ぶ。
『おおうい』
と、野の声が答える。
声は、幾つも、方々から聞えて来て、夜霞の果てへ流れてゆく。
『......?』
伊織は、息づまるような眼をみはって、藪の中から覗いていた。いつのまにか、土橋を中心として、約四、五十名の土匪が真っ黒にかたまっているのだった。そして、一群一群が、何やら首を寄せて凝議していたが、或る手筈が整ったものとみえ、
『それ――』
と、首領らしい男が手をさし挙げると、一群のいなごのように、その総てが、村の方へ向って、一散に駈けて行った。
『たいへんだ!』
と、伊織は、藪の中から、首を伸ばして、怖しい光景を目に描いた。
平和な夜霞につつまれて、眠りに落ちていた村には、忽ち、消魂しい夜鶏の啼き声が起り、牛が鳴き、馬がいななき、老人や子どもの泣き喚くのが、手にとるように聞えだした。
『そうだ......徳願寺に泊っているお侍さまへ』
伊織は、藪を飛びだした。
そしてこの大変を、そこへ報らせようと思って、健気にも、後へ戻りかけると、もう人影は見えないとばかり思っていた土橋の陰から、
『やいっ』
人間の声がした。
伊織は、つンのめるように、逃げだしたが、大人の足には及ばなかった。そこに張番していた二人の土匪のために、襟がみをつかまえられてしまった。
『どこへ行く』
『なんだ、てめえは』
――声をあげて、わアと泣いてしまえばいいのである。だが、伊織には、泣けなかった。自分の襟がみを吊るしあげている逞しい腕を、生半可、引搔きなどしたので、土匪は、この小さい者にも疑いぶかい眼を光らした。
『こいつ、おれたちを見かけて、何処かへ、知らせに行くつもりか何かだぞ』
『そこらの田に叩ッこんでしまえ』
『いや、こうして置こう』
土橋の下へ、彼は蹴落された。すぐ後から飛び下りて来た土匪は、彼を橋杭に縛りつけてしまった。
『よし』
と、見捨てて、二人は上へ跳ね上って行った。
ごうん、ごうん......と寺の鐘が鳴りだした。もう寺でも、土匪の襲来は知ったものとみえる。
村の方に、火の手が揚った。土橋の下を流れる水が、血のように赤く染まってみえる。嬰児の泣き声が走る。女の悲鳴がながれてくる。
そのうちに、伊織の頭の上を、ぐわらぐわらと、車の轍が通った。四、五名の土匪は、牛車や、馬の背に、盗んだ財物を満載して、そこを駈け通るのだった。
『畜生っ』
『なにを』
『おらの嬶を返せ』
『生命しらずめ』
何か――土橋の上で始まった。土民と土匪との格闘だった。凄まじい呻き声や跫音が、そこでみだれ合う、
――と思うまに、伊織の前へ、朱にまみれた死骸が、一つ又一つ――と続けさまに蹴落されて来て、彼の顔へ、しぶきを浴びせかけた。
五
死骸は流れて行き、まだ息のある者は、水草につかまって、岸へ這い上った。
橋杭に縛られて、眼のあたりにそれを見ていた伊織は、
『おらの繩を解いてくれ。おらの繩を解けば、敵を取ってやるぞ』
とさけんだ。
斬られた土民は、岸へ這い上っても、水草の中に俯つ伏したままで動かなかった。
『おいっ、おらの繩を解かないか。村の者を助けるんだ。おらの繩を解け』
伊織の小さい魂は、その小さい身を忘れて大喝した。意気地ない土民を叱咤して、命令するようにいった。
昏倒した者は、まだそれでも気がつかなかった。そこで伊織は、もう一度、自分の力で自分の繩目を切ろうとするらしく、懸命にもがいてみたが、所詮、切れる筈はなかった。
『おいッ』
彼は、体を摺らして、伸びるだけ足を伸ばし、昏倒している負傷の肩を蹴った。
泥と血にまみれた顔を上げて――土民は、伊織の顔を、にぶい眼で見た。
『はやく、この繩を解くんだよ、解くんだよ』
土民は、這って来た。そして伊織の繩を解くと、そのまま、ことぎれてしまった。
『見てろ』
伊織は、土橋の上を見て、唇を嚙んだ。土匪たちは、追って来た百姓を皆、そこで殺害してしまったが、財物を乗せた牛車の轍が、土橋の腐った所へめり込んでしまったので、それを引き出すのに騒いでいた。
伊織は、水に沿って、河崖の陰を夢中で走った。そして、浅瀬を渡って向う側へ這いあがった。
彼は、一目散に、野を駈けた。田も畑も家もない法典ケ原を半里も駈けた。
武蔵と二人で住んでいる丘の小屋へやがて近づいた。見ると小屋の側に誰か立って空をながめている――武蔵であった。
『先生――っ』
『おお、伊織』
『すぐ行ってください』
『どこへ』
『村へ』
『あの火の手は?』
『山の者が襲せて来たんですよ。先おととしも襲た奴が』
『山の者? 山賊か』
『四、五十人も』
『あの鐘の音はそれを告げておるのか』
『はやく行って、たくさんな人を、助けてやって下さい』
『よしっ』
武蔵は、一度小屋の中へ引っ返したが、すぐ出て来た。足拵えをして来たのである。
『先生、おらの後に、従いといでよ、おらが案内するから』
武蔵は、首を振って、
『おまえは、小屋で待っておれ』
『え、どうして』
『あぶない』
『あぶなかないよ』
『足手纏いじゃ』
『だって、村へゆく近道を、先生は知るまい』
『あの火が、よい道案内。よいか――小屋の中でおとなしく待って居るのだぞ』
『はい』
仕方なしに、伊織はうなずいたが、今までの、正義に昻ぶった小さい魂は、飛躍のやりばを失って、急にぽつねんと、淋しい顔をしてしまった。
村は、まだ焼けていた。
その炎に、赤く見える野面を、鹿のように駈けてゆく影が、武蔵であった。
征 夷
一
親や良人は殺され、子は見失って、数珠つなぎに捕われてゆく贄の女たちは、オイオイと手放しに泣きながら、野を追い立てられて行った。
『やかましいっ』
『歩かねえか』
土匪たちは、鞭を振って、彼女等を撲りつけた。
ひいイっと、一人が仆れる。繫がっている前の女、後の女も仆れる。
土匪は、綱をつかんで、引起しながら、
『こいつら、諦めのわるいやつ等だ、稗粥をすすって、痩せ土を耕しながら、骨と皮ばかりになっているより、おれ達と暮してみろ、世の中が面白くて堪らなくなるから』
『面倒だ、その綱を、馬に繫いでしょッ引かせろ』
馬の背には、どの馬にも掠めて来た財物や穀類が山と積んである。その一頭へ数珠つなぎの綱の端を結びつけ、そして、馬の尻をぴしぴし打った。
女たちは悲鳴をあげながら、駈ける馬と一緒に駈け出した。仆れる者は黒髪を地に引摺って、
『腕が抜けるッ、腕が抜ける――』
とさけんだ。
わははは、あははは、大笑いしながら、土匪たちは、その後から一団になって尾いて行った。
『やいやい、こんだあ少し早すぎら。加減しろやい』
後からいううちに、馬も女の群れも止まった。――だが馬の尻を打っていた土匪の仲間は、うんともすんとも答えなかった。
『あれ、こんだあ止めて待ってやがる。ドジめ』
げらげら笑う声がすぐそれへ近づいて行った。嗅覚のつよい彼等は、すぐぷんと血のにおいをそこに感じた。――オヤ? と眼もいっせいに竦み合った。
『だ、だれだッ』
『............』
『だれだッ、そこに居るなあ』
『............』
彼等が認めた一個の人影は、のそのそと草を踏んで向って来た。手に提げている白刃からは、霧のように血のにおいが立っていた。
『......や、や』
前の者から踵を退いて、ず、ず、ず、と後へ押し合った。
武蔵は、その間に、賊の人数を目づもりで、ざっと十二、三人と読んで、その中にも、手強そうな男へ眼をつけていた。
土匪たちは山刀を抜きつれた。又、斧を持った男は横へ飛んで来た。猪槍の穂も、それと共に、斜から武蔵の脾腹を窺うように低くつめ寄って来る。
『いのち知らずめ』
と、ひとりが喚く。
『――一体うぬあ、どこから来た風来人だ。よくも、仲間のものを』
いってる間に、
『......ぐわッ』
斧を持っていた右側の男が、舌でも嚙んだような声を出して、武蔵の前をよろよろと泳ぎ抜けた。
『知らぬかッ』
と、血けむる中で、武蔵は刀の切先を引きざまにいった。
『おれは、良民の土を護る、鎮守の神のおつかいだ!』
『ふざけるな』
掠め去った猪突き槍を捨てておいて、武蔵は、山刀の群れの中へ一刀をかざして、駈け入った。
二
土匪が、自分の力を過大に盲信し、ただ一名だという点に、敵を侮りきっているうちは、武蔵も苦戦であった。
けれど眼のあたりに、その一名のため、仲間の多数が駈け散らされ、ばたばたと斃れ出した事実を見ると土匪どもは、
(こんな事が一体ある事か)
と、錯乱し始め、
(おれが)
と、気負って進む者から、次々に、醜い死屍を、曝して行った。
駈け入って、一当て当ってみると、武蔵にはおよそ当面の敵の力量がもうわかっている。
数ではなく、一団の力をである。多数を制する剣法は、彼の得意とはしないまでも、彼にとっては、生死を賭した中にのみ学び得る大きな興味ではあった。個個の試合には体得し得ないものを、多数の敵から教えられるからであった。
で――彼はこの場合、最初、ここを離れた彼方の場所で、数珠つなぎの女たちを馬に引かせていた一人の土匪を血まつりに斬り捨てた時から、敵の山刀を奪って用い、まだ、自分の帯びている大小は、使っていなかった。
こんな鼠賊を斬るのに、自己のたましいともする刀を穢すまでもない――というような高踏的な考えからではなく、もっと実際的な、武器の愛護を念とするからであった。
相手の得物は雑多である。それと闘えば忽ち刃こぼれを生じる、刀の折れる惧れも勿論ある。又最後の絶対的な場合に、身に帯びる物がないために、不覚をとるような例はいくらもある。
だから彼は、容易に自分の物は抜かない。これはいつの場合でもである。敵の武器を奪って敵を斬る。その神速の技に、彼は知らず知らず練磨も積んでいた。
『うぬ、覚えてろ』
土匪は逃げはじめた。
約十名余りが五、六人になって、元来た方へ走って行った。
村には、まだ沢山な仲間が残って、狼藉の限りを尽している最中であろう。思うに、そこへ逃げ戻って、他の猛獣どもを糾合し、捲土重来して眼にもの見せてやろうというつもりとみえる。
武蔵は一応、そこで自分も一息入れた。
そして先ず後へもどって、数珠つなぎにされて、野に仆れている女たちの縛めを斬りほどき、まだ起てる気力のある者に、起てない者を介抱させた。
彼女等は、もう礼をいう口さえ失っている。武蔵のすがたを仰いで、ただ啞のように、交々手をつかえて泣くばかりだった。
『もう安心するがよい』
武蔵はまずいって――
『村には、まだおまえたちの親や子や良人が残っているのだろう』
『ええ』
と、彼女等は頷く。
『それも救わなければなるまい。おまえ達だけ助かって、老いた者や、子たちが助からなかったら、おまえ達はやはり不幸だろう』
『はい』
『おまえ達は、自分を護り、人を救い合う力を持っている筈なのだ。その力をお前たちは、結びあう事も、出すことも知らないので、賊にいたされるのだ。わしが手伝ってやるから、おまえ達も剣を持て』
と彼は、土匪がそこらへ落して行った武器を拾い蒐め、彼女等の手に各々持たせて、
『おまえ達は、わしに尾いて来ればよい。わしがいう通りになっておれ、炎と賊の中から、親や子や良人を救いに行くのだ。皆の上には、鎮守の神様が加勢についている。怖れることはない』
と、いいきかせ、土橋を渡って、村の方へ近づいて行った。
三
村は焼けている。然し、民家が散在しているため、火の手は一部らしい。
道は火光に赤く映えて、影法師が地にうつる程だった。武蔵が、彼女等を率いて、村へ近づいてゆくと、
『おう』
『われか』
『居たのか』
と、そこらの物陰に逃げ潜んでいた土民たちが、次次に集まり寄って、たちまち、何十名かの一団になった。
彼女等は、わが親、わが兄弟、わが子などの姿に出会うと、抱き合って号泣した。
そして、武蔵を指さし、
『彼のお方に』
と、助けられた仔細を、訛りのひどい言葉に然し心からの歓びを現わして告げるのだった。
土民たちは、武蔵を見て、初めは皆、異様な眼をした。なぜならば、法典ケ原の狂人牢人よと、常々、自分たちが、口汚く嘲笑っていた人だからである。
武蔵は、その男共へも、先程、彼女等に告げた時と同じ言葉を以て教え、
『皆、得物を把れ。――そこらに有り合う、棒切れでも、竹でも』
と、命じた。
ひとりも反く者はなかった。
『村を荒している賊は、総てで何十人ぐらい居るか』
『五十名ばかしで』
と、誰か答える。
『村の戸数は』
と訊くと、七十戸程はあるという。まだ大家族的な遺風のある土民であるから、一戸当り少くも十名以上の家族はあるとみていい。すると約七、八百名の土民が住んでいるわけで、そのうち幼児と老人と病人をのぞいても、男女五百名以上の壮者はいるであろう。それが五、六十名の土匪の為に、年ごとの収穫を掠奪され、若い女や家畜など、蹂躙し尽されても、
『しかたがない』
と、諦めなければならない理由が、武蔵には発見できない。
それは、為政者の不備にもあるが、又彼等自身に、自治と武力のないせいもある。
武力のない者に限って、ただ漫然と武力に絶対な恐怖をもつが、武力の性質を知れば、武力はそう恐いものではなく、むしろ平和のために在るものである。
この村に、平和の武力を持たせなければ、この惨害は根を絶つまい。武蔵は、今夜の土匪を討つことが目標ではなく、それがすぐ意図されていた。
『法典ケ原の牢人様。さっき逃げ込んで行った賊が、大勢ほかの仲間を呼んで、今こっちへやって来るぞ』
駈けて来た一人の土民が、武蔵と村の者へ、手を振って、急を告げた。
得物は持っても、山の暴れ者は怖しいと先入主になっている土民たちは、すぐ浮き腰になって、動揺しはじめた。
『そうだろう』
武蔵は、まず彼等に安心を与え――そして命令した。
『道の両側へかくれろ』
土民たちは、われがちに木の陰や畑にかくれた。
武蔵は一人残って、
『やがて来る賊は、わし一人で迎えて闘う。そしてわしは、一度逃げる』
彼等のかくれた左右を見まわして独り言のようにいう。
『――だが、お前たちはまだ出て来なくともよい。そのうちに、わしを追いかけて来た賊が、反対に又ここへ、散々に逃げて来るにちがいない。その時は、お前たちがわっと声をあげ、不意に横から衝け、足を払え、真っ向を撲りつけろ。――そして又潜んでは出、隠れては出、一匹も余さず打ちのめすのだ』
いっている間に、もう彼方から一群の土匪が、魔軍のように殺到した。
四
彼等のいでたちや隊伍ぶりは、まるで原始時代の軍隊みたいだった。彼等の眼には、徳川の世もない、豊臣の世もない、山は彼等の天地であり、里は彼等のあらゆる飢えを一時に満たす所だった。
『あ、待て』
先頭の一人が、足を止めて、後に続くなかまの者を制した。
二十名も来たろうか、稀れな大鉞を提げたのや、錆びた長柄をかかえ込んだのが、赤い火光をうしろに背負い、黒々と立ち淀んで、
『居たか』
『あれがそうじゃねえか』
すると、中のひとりが、
『オオ、あれだ』
と、武蔵の影を指さした。
約十間ほど隔てて、武蔵は、道を塞いで突っ立っていた。
これほどな殺到に、いっこう無感覚な様子で、彼が立っているのを見ると、この猛獣の群も、
(おや、こいつ?)
と一応、自分の威勢を疑ってみたり、彼の態度に不審を起して、足をとめずにいられなかった。
――が、それは僅かな間だった。すぐずかずかと二、三名が進み出で、
『うぬか』
と、いった。
爛とした眼で、武蔵は近づいた者を見つめた。彼の眼に縛り寄せられたように、賊も武蔵を睨めすえたまま、
『うぬか、おれたちの邪魔に来た野郎というのは』
武蔵が、一言、
『――そうだッ!』
いった時は、ぶら下げていた彼の剣が、賊を真っ向に割りつけていた時であった。
わっ――と動揺めいた後は、もう誰彼の見わけもつかなかった。小さな旋風の中に、かたまり合って吹かれてゆく羽蟻の群みたいに乱闘が始まったのだ。
然し、片方は水田だし、片方は並木の堤になっている道なので、地の利は、土匪どもに不利で、武蔵には絶好だった。それに土匪は、兇猛ではあるが、武器の統一も、訓練もないので――これを一乗寺下り松の決戦の時から思うと――武蔵はまだ生死の境にふみこんでいる心地はしなかった。
それと彼は、機を見て、退くことを考えていたせいもあろう。吉岡門下の大勢と闘った時は、一歩も「退く」などという考えはもたなかったが、今はその反対に、彼等と互角に闘おうなどとは毛頭思っていないのである。ただ彼は兵法の「策」を以て彼等を馭そうとしているのである。
『あっ、野郎』
『逃げやがったッ』
『逃がすな』
土匪たちは、駈けてゆく武蔵を追いつめ追いつめて――軈て野の一端にまで誘われて来た。
地の利は、さっきの狭い場所よりも、ここの何物もない広い野原の方が、武蔵には当然不利に見えたが、武蔵は、彼方へ逃げ、此方へ駈け、彼等の密集を存分に分散させてから、突然、攻勢に変った。
『かっッ』
一颯!
又一颯!
血しぶきから血しぶきへ、武蔵の影は跳び移ってゆく。
麻幹を斬るという言葉はあながち誇張ではない。斬られるものが、狼狽のあまり半ば喪心してしまい、斬る者は手に入って、斬るごとに無我心業の境になってゆくのである。土匪共は、物々しいいでたち程もなく、わっと、元の道へ逃げ出した。
五
『――来たっ』
『来たぞ』
道を挾んで、物陰にかくれていた土民たちは、そこへ逃げて来る賊の跫音を聞くと、
『わッ』
と、いちどに蜂起して、
『こなくそ』
『けだものめが』
竹槍、棒、雑多な得物を揮いながら、押しつつんでは撲り殺した。
そして又すぐ、
『かくれろ』
と、身を伏せ、やがて散々になって来る賊を見ると、再び、わっと包んで、
『野郎』
『野郎』
蝗を退治るような衆の力で、賊の個々を一人一人打ちのめしてしまった。
『こいつら、口ほどもねえがよ』
土民たちは、遽かに、気負い出した。そこらに数えられる賊の死骸を見て、今までは観念的に、無いと思っていた力が、自分たちにも有ると新しく発見したのだった。
『又、来たぞ』
『ひとりだ』
『やってしまえ』
土民たちは、犇めいた。
駈けて来たのは、武蔵だった。
『おう、違う違う。法典ケ原の御牢人だ』
彼等は、将を迎える従卒のように、道の両側へ身を交して、武蔵の朱にまみれた姿と、手の血刀を見まもった。
血刀の刃は 鋸のように刃こぼれしていた。武蔵はそれを捨てて、落ちている賊の槍を拾った。
『賊の死骸が持っている刀や槍を、おまえ達も拾って持て』
彼がいうと、土民の若者たちは、われがちに武器を拾った。
『さ、これからだ。おまえ達は力を協せて、自分の村から賊を追い払え。自分の家と家族を奪り戻しに行け』
そう励ましながら、武蔵は先頭に駈け出した。
もう怯んでいる土民は一人もなかった。
女や老人や子供までが、得物を拾って、武蔵の後から走って行った。
村へ這入ると、昔ながらの大きな農家が、今、熾に燃えていた。土民の影も、武蔵の姿も、木も道も、真っ赤に見えた。
家を焼いた火が竹林へ燃えついたとみえ、青竹の爆裂する音が、パンパンと、炎の中で凄まじくはねている。
又、何処やらで、嬰児のさけび声がする。火を見て狂う牛小屋の牛の唸りも物凄い。――然し、降りしきる火の粉の中には、一人も賊の影が見えなかった。
武蔵はふと、
『どこだ、酒のにおいがする所は?』
と、土民にたずねた。
土民たちは、煙にばかり晦んでいたので、酒のにおいを感じなかったが、そういわれて、
『酒甕に酒をたんと貯めてあるのは、村長の家しかねえが』
と、いい合った。
賊は、そこを屯にしていると武蔵は教え、一同へ、策を授け、
『わしに続け』
と、又駈けた。
その頃、後方此方から戻ってきた村の者は、もう百名を越えていた。床下や、藪の中に逃げこんでいた者も、次第に出て来て、彼等の団結は、強大になるばかりだった。
『村長の家はあれだ』
土民たちは、遠くから指さした。形ばかりの土塀に囲まれ、村では大きな家だった。近づいて行くと、そこらに酒の泉でも流れているように、酒の香が鼻を打ってくる。
六
土民たちが、附近の物陰へ隠れ込まないうちに、武蔵は、土塀をこえて、ただ一人、土匪の本拠としている農家の中へはいって行った。
土匪の首領と、主なる者は、広い土間の中に屯して、酒甕を開け、若い女をとらえて、酔いつぶれていた。
『あわてるな』
土匪の首領は、なにか怒っていた。
『多寡がひとりの邪魔者が出たからって、おれの手を煩わす迄の事はあるめえ、てめえ達の手で片づけて来い』
そんな意味らしい言葉だった。そして今ここへ急を告げに来た手下を、頭から叱りとばしているのだった。
――その時、首領は、異様な声をすぐ外に聞いた。炙った鶏の肉を裂き、酒を仰飲っていた周りの賊も、
『やっ、なんだ?』
一斉に突っ立ち、また無意識のうちに、得物をつかんだ。
その瞬間、彼等の前面は、心に何のまとまりもない虚になっていた。そして不気味な絶叫の聞えた土間の入口にばかり気を奪られていた。
武蔵はその時、疾くに家の横手へ走っていた。そして母屋の窓口を見つけると、槍の柄を足懸りとし、家の内へ飛び込んで、土匪の首領の後へ立った。
『おのれかっ、賊の首領は』
声に振向いたとたん、彼の胸いたは、武蔵の突き出した槍に縫い貫されていた。
獰猛なその男は、
『うわっ』
と、血にまみれながら、その槍をつかんで起ちかけたが、武蔵が軽く手を離したので、胸に槍を突き立てたまま土間へ転げ落ちた。
もう彼の手には、次にかかって来た賊の手から引っ奪くった刀があった。それで一人を浴びせ、一人を突くと、蜂の子の出るように、土匪はわれがちに土間の外へ跳び出した。
その群へ、武蔵は、刀を投げつけて、すぐその手へ又、死骸の胸いたから槍を抜いて持った。
『うごくな』
鉄壁でも――という勢いで彼は槍を横にしたまま外へ駈け出した。竿で水面を打ったように、土匪の群は、さっと分れたが、もう槍の自由な広さである。武蔵は樫の黒い柄が撓うほど、それを振って居た、又突いて刎ねとばした。又上から撲りつけた。
敵わぬと思った土匪は、土塀の門へ向って逃げ出したが、そこは得物を持った村の者が犇めいていたので、塀をこえて、外へ転び落ちた。
多くは、そこで皆、村の者に打ち殺された。おそらく逃げた者も、片輪にならなかった者は少かったであろう。村の者は、老も若きも、女も、生れて初めての声を出して、暫くは凱歌に狂い、少し経つと、わが子や、わが妻や、父母たちを見つけ合って、欣し泣きに抱き合っていた。
すると誰かが、
『後の仕返しが怖い』
といった。土民たちは、又それに動揺めきだしたが、
『もう、この村には来ぬ』
と、武蔵が諭したので、やっと落着いた顔いろを取り戻した。
『――だがお前たちは、過信するな。お前たちの本分は、武器ではない鍬なのだ。穿きちがえて、生なかな武力に誇ると、土匪より恐しい天罰が下るぞ』
七
『見て来たか』
徳願寺に泊りあわせていた長岡佐渡は、寝ずに待っていた。
村の火は、原や沼の彼方に、すぐ間近く見えていたが、もう火の手は鎮まっていた。
ふたりの家臣は、
『はっ、見届けて参りました』
と、口を揃えていった。
『賊は、逃げたか。村の者の被害は、どんなふうだ』
『われわれが駈けつける遑なく、土民たちが、自分の手で、賊の半を打ち殺し、後は追いちらしましたように御座ります』
『はてな?』
佐渡は、のみこめない顔つきである。もしそうだとすれば、佐渡は、自分の主人細川家の領土の民治に就ても、だいぶ考えさせられる事がある。
とにかく今夜はもう遅い。
そう考えて、佐渡は、臥床へ入ってしまったが、翌朝は江戸へ帰る身なので、
『ちと、廻りになるが、ゆうべの村を通って参ろう』
と、駒をそこへ向けた。
徳願寺の寺僧が一名、案内に付いて来た。
村へかかると、佐渡は、二人の従者を顧みて、
『そち達は昨夜、何を見届けて来たのか。今、道ばたで見かけた賊の死骸は、百姓が斬ったものとは見えんが』
と、不審を抱いた。
村の者は、寝ずに、焼けた家やそんな死骸を片づけていたが、佐渡の馬上姿を見ると、みな家の中へ逃げこんだ。
『あ、これ。何かわしを思い違いしておるぞ。誰かすこし話の分りそうな土民を一名つれて来い』
徳願寺の僧が、どこからか一名連れて来た。佐渡はそれで初めて昨夜の真相を知ることが出来、
『そうだろう』
と、うなずいた。
『して、その牢人というのは、何という者』
佐渡が、重ねて訊くと、その土民は首をかしげて、名は聞いたことがないという。佐渡が、ぜひ知りたいというので、寺僧は又、聞き歩いて、帰って来た。
『宮本武蔵という者だそうでござります』
『なに、武蔵』
佐渡はすぐ、ゆうべの少年を思い起して、
『では、あの童が、先生と呼んでいたものだの』
『平常、あの子供を相手に、法典ケ原の荒地を開墾し、百姓のまね事などをしておる、風の変った牢人にござります』
『見たいな、その男を』
佐渡は、つぶやいたが――藩邸に待っている用事が思い起されて、
『いや、又参ろう』
と、駒をすすめた。
村長の門まで来ると、ふと佐渡の目をひいた物がある。今朝建てたばかりのような、真新しい制札に、墨色まで水々と、こう書いてあるのだった。
村の者心得べき事
鍬も剣なり
剣も鍬なり
土にいて乱をわすれず
乱にいて土をわすれず
分に依って一に帰る
又常に
世々の道にたがわざる事
『ウウム......誰が書いたか、この高札は』
村長が出て来て、地に平伏しながら答えた。
『武蔵さまでござりまする』
『おまえ達に、分るのかこれが......』
『今朝、村の衆が、みな集まっている中で、このわけを、よく説いて下さいましたで、どうやら分りまする』
『――寺僧』
佐渡は振向いて、
『戻ってよろしい。御苦労であった。残念じゃが、心が急く。又来るぞ、おさらば』
と、駒を早めて去った。
卯月の頃
一
当主の細川三斎公は、豊前小倉の本地にいて、江戸の藩邸にいることはなかった。
江戸には、長子の忠利がいて、補佐の老臣と、たいがいな事は、裁断していた。
忠利は英邁だった。年歯もまだ、二十歳を幾つも越えてない若殿なのに、新将軍秀忠を繞って、この新しい城府に移住していた天下の梟雄や豪傑的な大名のあいだに伍しても、父の細川三斎のこけんを落すようなことは決してなかった。むしろ、その新進気鋭なことと、次の時代に活眼をもっている点では、諸侯の中の新人として、戦国育ちの腕自慢ばかりを事としている荒胆な老大名よりは、遙かに立ち勝っている所もある。
『――若殿は?』
と、長岡佐渡は探していた。
御書見の間にも見えない。馬場にもお姿はない。
藩邸の地域はずいぶん広かったが、まだ庭などは整っていない。一部には元からの林があり、一部は伐木して馬場となっている。
『若殿は、どちらにお在で遊ばすな』
佐渡は、馬場の方から戻りながら、通りかかった若侍にたずねた。
『お的場でござります』
『ああお弓か』
林の小径を縫って、その方角へ歩いてゆくと、
――ぴゅうん
と、快い矢うなりがもう的場の方に聞える。
『おう、佐渡どの』
呼びとめる者があった。
同藩の岩間角兵衛である。実務家で辣腕で、重く見られている人物だった。
『どちらへ』
と、角兵衛は寄って来た。
『御前へ』
『若殿は今、お弓のお稽古中でござるが』
『些事故、お弓場でも』
行き過ぎようとすると、
『佐渡どの、お急ぎなくば、ちと御相談申したい事があるが』
『なんじゃの』
『立話しでも――』
と、見まわして、
『あれで』
と、林の中の数寄屋の供待へ誘った。
『ほかではないが、若殿との間に、何かのお話が出た折に、ひとり御推挙していただきたい人物があるのじゃが』
『御当家へ奉公したいという人間かの』
『いろいろな伝手を求めて、同じような望みを申し入れて来る者が、佐渡どのの所へなども沢山あろうが、今、てまえの邸に置いてある人物は些と少い人物かと思うので』
『ほ。......人材は御当家でも求めておるのじゃが、ただ、職にありつきたい人間ばかりでなあ』
『その手輩とは、ちと質からして違う男でござる。実はそれがしの家内とは縁故もあって、周防の岩国から来てもう二年もわしの邸にごろごろしているのじゃが、何としても、御当家に欲しい人物でして』
『岩国とあれば、吉川家の牢人かの』
『いや、岩国の郷士の子息で、佐々木小次郎といい、まだ若年でござるが、富田流の刀法を鐘巻自斎にうけ、居合を吉川家の食客片山伯耆守久安から皆伝され、それにも甘んじないで自ら巌流という一流を立てたほどの者で』
と、口を極めて角兵衛は、その人間を佐渡に頷かせようとする。
誰でも、人物の推薦には、一応この位には肩入するものである。佐渡はそう熱心に聞いていなかった。――むしろ彼は、彼の意中に、一年半も持ち越したまま、つい忙しいままに忘れていた、べつな人間を、ふと思い出していた。
それは、葛飾の法典ケ原で開墾に従事している、宮本武蔵という名であった。
二
武蔵という名は、彼の胸に、あれ以来、忘れ得ないものになって深く刻まれていた。
(ああいう人物こそ、御当家でお抱えになっておくとよいが)
と、佐渡は、密かに胸に秘めていたのであった。
だがもう一度、法典ケ原を訪れ、親しくその人物を見極めた上で、細川家へ推挙するつもりでいたのである。
今――思い出してみると、そういう考えを抱いて帰った徳願寺の一夜から、いつか、一年の余も経っていた。
公務の忙しさにも紛れ、あれきり又、徳願寺へ詣る折がなかった為である。
(どうしているか)
と、佐渡がふと、ひとの話から思い出していると、岩間角兵衛は、自分の邸に置いている佐々木小次郎の推薦に、佐渡の助力を期待して、猶しきりと小次郎の履歴や人物を話して、彼の賛同を求めた末、
『御前へ参られたら、どうぞひとつ、貴方からもお口添えを』
と、くれぐれも頼んで立ち去った。
『承知した』
と、佐渡は答えた。
けれど彼の胸には角兵衛から頼まれた小次郎の事よりも、やはり武蔵という名に何となく心が惹かれていた。
的場へ行ってみると、若殿の忠利は、家臣を相手に、旺に弓をひいていた。忠利の射る矢は、一筋一筋、おそろしく正確で、その矢うなりにも、気品があった。
彼の侍者が、或る時、
(これからの戦場では、鉄砲がもっぱら用いられ、槍が次に使われ、太刀、弓などは、余り役立たぬように変遷しておるように御座りますから、お弓は、武家の飾りとしても、作法だけの御習得でよろしくはないかと存じますが)
と、諫めた時、忠利は、
(わしの弓は、心を的に射ておるのだ。戦場へ出て、十や二十の武者を射る稽古をしているように見えるか)
と、かえってその侍者に反問したという若殿である。
細川家の臣は、大殿の三斎公には勿論、心から心服していたが、そうかといって、その三斎公の余光に伏して、忠利に仕えている者は一人もなかった。忠利の身辺に近侍している者は、三斎公が偉くあっても無くっても、問題ではなかった。忠利その人を心から、英主と仰いでいるのだった。
――これはずっと晩年の話であるが、その忠利をどんなに藩臣が畏敬していたかというよい話がある。
それは細川家が豊前小倉の領地から熊本へ移封された時の事――その入城式に、忠利は熊本城の大手の正門で駕籠を下り、衣冠着用のまま、新筵に坐って、今日から城主として坐る熊本城へ向って手をついて礼拝したそうである。――すると、その時、忠利の冠の紐が城門の蹴放――つまり門の閾――に触ったというので、それから以後忠利の家臣は勿論、代々の家来も皆、朝夕、この門を通行するのに、決して真ん中を跨ぐことはしなかったという事である。
当時の一国の国守が「城」に対してどれほど厳粛な観念を抱いていたか、又、家臣がその「主」に対して、どれほどな尊崇を抱いていたか、この一例はよくその辺の侍の気持を示している話であるが、壮年時代から既にそうした気宇のあった忠利であるから、その君へ家臣を推挙するにしても、うかつな者は、当然、推薦し難かった。
長岡佐渡はお弓場へ来て忠利の姿を見ると、すぐさっき岩間角兵衛へわかれ際に、うっかり、
(承知いたした)
と、いってしまった軽率なことばを胸に悔いていた。
三
若侍の中に立ち交じって、競射に汗をながしている細川忠利は、やはり一箇の若侍としか見えないほど無造作な姿だった。
今、一息ついて、何か侍臣たちと哄笑しながら、弓場の控へ来て、汗を拭っていたが、ふと老臣の佐渡の顔を見かけて、
『爺、そちも一射、試してみないか』
と、いった。
『いや、このお仲間では、大人げのうて』
と、佐渡も戯れると、
『何をいう。いつまでもわし達を角髻の子供と見おって』
『されば、てまえの弓勢は、山崎の御合戦の折にも、韮山城の城詰の折にも、しばしば大殿の御感にあずかった、極め付の弓でござる。的場のお子供衆の中ではお慰みになりませぬ』
『はははは、始まったぞ、佐渡どのの御自慢が』
侍臣たちが笑う。
忠利も苦笑する。
肌を入れて、
『何か用か』
忠利は、真面目に返った。
佐渡は、公務の用向きを、ちょっと耳に入れて、その後で、
『岩間角兵衛から、誰か御推挙の人物がある由でございますが、その仁を、御覧になりましたか』
と、訊ねた。
忠利は、忘れていたらしく、いやと、顔を振ったが、すぐ思い出して、
『そうそう。佐々木小次郎とかいう者を、頻りと、推挙しておったが、まだ見ておらん』
『御引見なされてはいかがで御座りますな。有能の人物は、諸家でも、争って高禄をもって誘いますゆえ』
『それほどな者かどうか?』
『ともかく、一度、お召寄せのうえで』
『......佐渡』
『は』
『角兵衛に、口添えを頼まれたかの』
と、忠利は苦笑した。
佐渡はこの若い殿の英敏を知っているし、自分の口添えが、決してその英敏を晦すものでない事も分っているので、唯、
『御意』
と、いって笑った。
忠利は又、弓掛を手に嵌めて、侍臣の手から弓を受取りながら、
『角兵衛の推挙いたした人物も見ようが、いつか、そちが夜話しに申した、武蔵とかいう人物も一度見たいものだな』
といった。
『若殿には、まだ御記憶でございましたか』
『わしは覚えておるが、そちは忘れておったのではないか』
『いや、その後はついぞ徳願寺へも、詣る折が御座いませぬ為に』
『一箇の人材を求める為には、忙しい用を省いても苦しゅうあるまい。他用の序でになどとは、爺にも似あわぬ横着な――』
『怖れいりました。したが、諸方より御奉公申したいと、御推挙も多い所、それに若殿にも、お聞き流しのようで御座りました故、ついお耳に入れたまま、怠っておりましたが』
『いやいや、余人の眼鏡なら知らぬこと、爺の眼でよかろうというその人物。わしも心待ちにしていたのじゃ』
佐渡は、恐縮して、藩邸から自分の邸に帰ると、すぐ駒の支度をさせ、従者もただ一人連れたきりで、葛飾の法典ケ原へいそいだ。
四
こよいは、泊っていられない。すぐ行ってすぐ帰るつもりである。心が急くので、徳願寺にも立ち寄らず、長岡佐渡は、駒を早めた。
『源三』と従者を顧みて、
『もはやこの辺りが、法典ケ原ではないかの』
供侍の佐藤源三は、
『てまえも、そうかと存じますが――まだここらには、御覧の通り、青田が見えますから、開墾しておる場所は、もそっと、野の奥ではございますまいか』
と答えた。
『――そうかの?』
もう徳願寺からかなり来ている――これより奥へすすめば、道は常陸路へかかってしまう。
陽が暮れかけた――青田には、白い鷺が、粉のようにこぼれたり舞い立ったりしている。河原のへりや、丘の陰や、ところどころに、麻も植わっている。麦も戦いでいる。
『おお、御主人様』
『なんじゃ』
『あれに沢山、農夫がかたまっておりますが』
『......ム? ......成程』
『訊ねてみましょうか』
『待て。何をしているのか、代る代るに地へ額いて、拝んでおる様子ではないか』
『ともあれ、参ってみましょう』
源三は、馬の口輪をつかみ、河原の浅瀬を瀬ぶみしながら、主人の駒をそこへ導いた。
『これ、百姓たち』
声をかけると、彼等はびっくりした眼をして、群れを崩した。
見ると、そこに一箇の掘建小屋がある。又、小屋の横には、鳥の巣箱ほどな、小さい御堂が出来ていて、彼等は、それを拝んでいたのだった。
一日の労役を終えた土民たちは、およそ五十名もそこにいた。各々がもう帰る真際であったらしく洗った道具を携えていた。そして何かがやがやいっていたが、その中から一人の僧が出て来て、
『これはこれは、誰方かと存じましたら、お檀家の長岡佐渡様ではございませぬか』
『おう、おぬしは、昨年の春、村に騒ぎのあった折、身の案内に立たれた徳願寺の僧侶じゃの』
『さようで御座ります。今日も御参詣でございましたか』
『いやいや、ちと思い立って急に出向いて来たまま、真っ直にこれまで参ったのじゃ。――早速に訊ねたいが、その折、当所で開墾していた牢人の武蔵と申す者と――伊織という童は――今でも健在かの?』
『その武蔵様は、もうここにはいらっしゃいませぬ』
『なに、居ない?』
『はい、つい半月程前に、ふと何処かへ、立ち去っておしまいになりました』
『何ぞ、事情でもあって、立ち退いたのか』
『いえ。......ただその日だけは皆の衆も仕事を休んで、このように水ばかり出ていた荒地が、青々と、新田に変りましたので、青田祭りの欣びをいたしました。――すると、その翌朝はもう、武蔵様もあの伊織も、この小屋に姿が見えなかったのでござりまする』
と、その僧侶は、まだそこらに武蔵様が居るような気がしてなりませぬ――といいながら、次のような仔細を話すのであった。
五
あの時以来。
土匪を懲らし、村の治安が強固になり、各々の生活が平和に回ると、誰ひとりこの地方では、武蔵の名を呼び捨てにする者はなかった。
――法典の御牢人さま。
とか、又は、
――武蔵さま。
とか敬称して、今まで狂人扱いにしたり、悪口を叩いた者も、彼の開墾小屋へ来て、
(わしにも、お手伝いをさせて下され)
というように、変ってしまった。
武蔵は、誰にも平等に、
(ここへ来て手伝いたい者は来て手伝え。豊かになりたい者は来い。自分だけ喰って死ぬ事は鳥獣もする。少しでも、子孫の為に、自分の働きを遺して行こうとする者はみんな来い)
そういうと忽ち、
(わしも、わしも)
と、彼の開墾地には、日々四、五十人ずつ、手空きの者が集まった。農閑期には何百人も来て、心を協せて、荒地を拓いた。
その結果、去年の秋には今までの出水もそこだけは防ぎ止め、冬には土を耕し、春には苗代に種子を蒔き水を引き、この初夏には、わずかながら新田に青々と稲もそよぎ、麻も麦も一尺の余も伸びていた。
土匪は来なくなった。村の者は気をそろえてよく働き出した。若い者の親たちや女房たちは、武蔵を神のように慕い、草餅や初物の野菜ができると、小屋へ運んで来た。
(来年は、田も畑も、この倍になるぞ。その次の年には、三倍になる)
と彼等は、土匪征伐と村の治安に信念を持つと共に、荒地の開墾にも、すっかり信念を持った。
その感謝の溢れから、村民たちは、一日仕事を休んで、小屋へ酒壺をかついで来た。そして、武蔵と伊織を取り巻いて、里神楽の太鼓や笛をあわせて青田祭りをしたのであった。
その時、武蔵がいった。
『わしの力じゃない。おまえ達の力だ。わしは唯、おまえ達の力を引出して遣っただけのものじゃ』
そして、その祭りに来あわせていた徳願寺の僧へ、
『わしの如き、一介の漂泊士を、皆が頼りにしていては、末が心もとない。――いつ迄も、今の信念と一致が縒の戻らぬように、これを、心の的としたがよかろう』
と、一体の木彫の観世音を包みから出して授けた。
その翌朝――来てみると武蔵はもう小屋にいなかった。伊織を連れて、行先も告げず、夜明け前に、何処かへ旅立ったものと見え、旅包みもなかった。
『武蔵さまが居ない!』
『どこぞへ、消えてしまいなすった――』
土民たちは、慈父を見失ったように、その日は、仕事も手につかず、ただ彼のうわさと哀惜に暮れた程だった。
徳願寺の一僧は、武蔵のことばを、思い当って、
『それでは、あの方にすむまいぞ、青田を枯らすな。畑を殖やせ』
と、一同を励ました。そして小屋のそばに、小さい堂を作り、そこへ観音像を納めると、土民たちは、いわれる迄もなく、朝夕仕事にかかる前、仕事の終った後には、武蔵へ挨拶するように、必ずそこへ額いた。
――僧の話はそれで終った。だが、長岡佐渡の悔いはいつ迄も、胸を嚙んで、
『......ああ遅かった』
卯月の夜は、草靄にぼかされて来た。佐渡は、むなしく駒を返しながら、
『惜しいことをした......こういう怠慢は、ひとつの不忠も同じ事。......遅かった、遅かった』
何度も口のうちで呟いた。
第四巻 終
入 城 府
一
両国という地名も橋が出来てから後の事である。まだ両国橋も、その頃は無かった。
けれど、下総領から来る道も、奥州街道から岐れて来る道も、後の橋の架けられた辺りへ来て、大川に突き当っていた。
渡し場には、関門と呼んでよい位な、厳しい木戸があった。
そこには、江戸町奉行の職制ができてから、初めての初代町奉行、青山常陸介忠成の手の者が、
『待て』
『よろしい』
などと、いちいち通行人検めをしていた。
(ははあ、だいぶ江戸の神経も、尖っておるな)
と、武蔵はすぐ思った。
三年前、中山道から江戸へ足を入れて、すぐ奥羽の旅へ向った時、まだ、この都市の出入はさほどでなかった。
それが、急激にこう厳重になったのはなぜか?
武蔵は、伊織を連れて、木戸口に順々に並んでいる間に考えた。
都市が都市らしくなって来ると必然に、人間が殖える、人間の中の種々な善業悪業が相剋し合う。制度が要る、制度の法網を潜る方も活潑になる。そして栄えを祈る文化を打ち建てながら、その文化の下で、もう浅ましい生活や慾望が血みどろで地上に嚙み合う。
それもあろう。
が又、ここが徳川家の将軍所在地となると共に、大坂方に対する警戒も、日に増して厳密を要するのであろう。――何しろ大川を隔てて見ても、この前、武蔵が見た江戸とは、家々の屋根が殖えている事や、緑が目立って減っている事だけでも、隔世の感があった。
『御牢人は――?』
そう呼ばれた時は、もう革袴を穿いた二人の木戸役人に、武蔵は、懐中から背や腰の――体じゅうを撫でまわされていた。
べつな役人が、側から厳しい目で詰問した。
『御府内へ、何用を帯びて行かっしゃるか』
武蔵はすぐ答えた。
『何処とて、的もなく歩く修行者でござる』
『的もなく?』
と、咎め立てして、
『修行するという的があるではないか』
『............』
苦笑を見せると、
『生国は?』
と、たたみかける。
『美作吉野郷宮本村』
『主人は』
『持ちませぬ』
『然らば、路用その他の出費は、誰から受けておらるるか』
『行く所で、いささか余技の彫刻をなし、画などを書き、又寺院に泊り、乞う者があれば太刀技もおしえ、人々の合力に依って旅しておりますが......それもない時には、石にも臥し、草の根や木の実を喰ろうておりまする』
『ふーム......。で、いずれからお越しなされた』
『陸奥に半年あまり、下総の法典ケ原に、百姓の真似事して、二年程を過ごし、いつ迄、土いじりもと存じて、これ迄、参ってござります』
『連れの童は』
『同所で拾い上げた孤児――伊織と申し、十四歳に相成ります』
『江戸で泊る先はあるのか。無宿の者、縁故のない者は、一切入れぬが』
限りが無い。後にはもうたくさんな往来人がつかえている。素直に答えているのも莫迦らしく、ひとにも迷惑と考えて、武蔵は答えた。
『あります』
『何処の、誰か?』
『柳生但馬守宗矩どの』
二
『何、柳生どのへ』
役人は、ちょっと、鼻白んで黙った。
武蔵は、おかしく思った。柳生家とは、われながら、いみじくも思い付いたものだと自分で感心する。
かねて大和の柳生石舟斎とは、面識はないが、沢庵を通じて相知る仲である。問い合せられても、
(そんな人間は知らぬ)
とは柳生家でも答えまい。
ひょっとしたら、その沢庵も江戸表へ来ているような気がする。石舟斎には、遂に、面謁も遂げず宿望の一太刀も合せなかったが、その嫡子で――且つ柳生流の直流を享け、秀忠将軍の指南に就任して来ている但馬守宗矩には、ぜひ共、会いもしたいし、試合も受けてみたい。
そう、日頃から思っていたのが――思わず直ぐ行く先かのように、木戸役人の質問に出てしまったのである。
『いや、それでは、柳生家に御縁故のあるお方で御座ったか。......失礼いたした。何分、うろんな侍共が、御府内に入り込む為、牢人方と見れば、一際、厳密な取調べを要す――という上司からの厳達なので』
役人は、こう言葉も態度もあらためて、後の調べは、ほんの形式だけですまし、
『お通りなさい』
と、木戸口から送った。
伊織は後から尾いて来て、
『先生、なぜ侍だけ、あんなにやかましいんだろ』
『敵方の間者に備えてであろうな』
『だって、間者なら、牢人のふうなんかして、通るもんか。お役人って、頭がわるいね』
『聞えるぞ』
『たった今、渡船が出ちまったよ』
『待つ間に富士でも眺めておれというのだろう。――伊織、富士が見えるぞ』
『富士なんて、めずらしくないや。法典ケ原からだって、いつも見えるじゃないか』
『きょうの富士はちがう』
『どうして』
『富士は、一日でも、同じ姿であった事がない』
『同じだよ』
『時と、天候と、見る場所と、春や秋と。――それと観る者のその折々の心次第で』
『............』
伊織は、河原の石を拾って、水面を切って遊んでいたが、ひょいと跳んで来て、
『先生、これから、柳生様のお屋敷へ行くんですか』
『さあ、どうするか』
『だって、あそこで、そういったじゃないか』
『一度は、行くつもりだが......。先様は、大名だからの』
『将軍家の御指南役って、偉いんだろうね』
『うむ』
『おいらも大きくなったら、柳生様のようになろう』
『そんな小さい望みを持つんじゃない』
『え。......なぜ?』
『富士山をごらん』
『富士山にゃなれないよ』
『あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人が極めてくれる』
『渡船が来たよ』
子供は、人に遅れるのが嫌いだ。伊織は、武蔵をさえ捨てて、真っ先に乗合の舷へ跳び移った。
三
広い所もあれば、狭い所もある。河の中には洲もあるし、流れの早い瀬も見える。何しろ当時のすみだ川は、自由気儘な姿であった。そして両国はもう海に近い入江であり、波の高い日は、濁流が両河岸を浸して、平常の二倍にも見える大河になった。
渡船の棹は、ガリガリと、川底の砂利を突いてゆく。
空の澄んだ日は、水も澄み切って、舷から魚の影が覗かれた。赤く錆びた兜の鉢金などが、小石の間に埋っているのもまま見えた。
『どうだろう、このまま天下泰平に治まるものだろうか』
渡船の中の話である。
『そうは行くめえなあ』
と、ひとりがいう。
その連れが、連れの者の言葉に裏書して、
『いずれ、大戦さ。――無けれやそれに越したことはねえが』
話は、弾みかけて弾まなかった。中には、止せばいいにという顔して水を見ている者もある。役人の耳が怖いからだった。
だが、お上の怖い目や耳を掠めながら、民衆はそういう物へ触れるのを好む。わけもなくただ好むのである。
『その証拠には、ここの渡船の木戸調べでもそうだ。こう往来検めが厳しくなったのは、つい近頃のこったが、それというのも、上方からどしどし隠密が入り込んでいるからだという噂だぜ』
『そういえば、この頃、大名屋敷へよく這入る盗賊があるそうだ。――外聞に洩れては、見っともないので、這入られた大名は皆、口を拭いているらしいが』
『それも、隠密だろうぜ、いくら金の欲しい奴でも、大名屋敷などは、生命を捨ててかからなければ這入れねえ所だ。ただの泥棒である筈はねえ』
渡船の客を見渡すと、これは江戸の一縮図といっていい。大鋸屑を着けている材木屋、上方流れの安芸人、肩肱を突ッ張っている無法者、井戸掘らしい一かたまりの労働者、それとふざけている売笑婦、僧侶、虚無僧――そして武蔵のような牢人者。
船が着くと、それ等の人々がぞろぞろと、流れになって、岸へ上って行く。
『もし、御牢人』
武蔵を追いかけて来た男があった。見ると、船の中にいた背のずんぐりした無法者で――。
『お忘れ物をなすったろう。こいつあ、おめえさんの膝ッ子から落ちたんで、拾って来たが』
と、赤地錦の――といっても余りに古びて金襴の光りよりは、垢光りの方がよけいにする巾着の耳を抓んで、武蔵の顔の前へ出した。
武蔵は、顔を振って、
『いや、てまえの所持品ではありませぬ。誰ぞ、ほかの乗合の衆の物でござろう』
いうと、その横合から、
『ア、おらのだ』
と、無法者の手から、いきなりそれを奪って、懐中へ仕舞った者がある。
武蔵の側にいると、あまり背の違いがあるので、よく見ないと気がつかないほど小さい、伊織であった。
無法者は、怒った。
『やいやい、いくら汝の物だって礼もいわずに、引ッ奪くるという奴があるか。もいちど、今の巾着を出せ。改めて三ベン廻ってお辞儀をしたら返えしてやるが、さもなければ、河ン中へ、叩っ込んでしまうから』
四
無法者の怒り様も大人げなく思われたが、伊織の仕方も重々よくない。――だが子供の事であるから自分に免じて寛してくれ、と武蔵が代って詫ると、無法者は、
『兄か主人か、何か知らねえが、じゃあおめえの名を聞いておこう』
と、いう。
武蔵は、辞を低く、
『名乗るほどの者ではありませんが、牢人宮本武蔵という者です』
すると、無法者は、
『えっ?』
と、目をみはって、暫く凝視していたが、
『これから気をつけろ』
伊織へ一言、捨て科白を置いて、さっと身を翻すように立去ろうとした。
『待てっ』
処女のように柔和だった者の口から、こう不意に一喝くって、無法者はびくっとしながら、
『な、なにしやがんでい』
摑まれている脇差のこじりを捥ぎ払おうとして振向いた。
『汝の名を申せ』
『おれの名』
『ひとの名を聞いたまま、会釈もなく立ち去る法があろうか』
『おらあ、半瓦の身内のもんで、菰の十郎ってんだ』
『よし、行け』
突っ放すと、
『覚えてやがれ』
と、菰はのめッたまま素っ飛んで行った。
伊織は、自分のかたきを打って貰ったように、
『いい気味だ、弱虫』
又とない頼母しい人のように武蔵を見上げて、その側へくッついた。
町へと、歩き出しながら、
『伊織』
『はい』
『今までのように、野原に住んで、栗鼠や狐が隣り近所のうちはよいが、このように多くの人の住んでいる町中へ来たら、礼儀作法を持たねばならぬぞ』
『はい』
『人と人とが円満に住んでゆければ地上は極楽だが、人間は生れながら神の性と、悪魔の性と、誰でも二つ持っている。それが、ひとつ間違うと、この世を地獄にもする。そこで、悪い性質は働かせないように、人中ほど、礼儀を重んじ、体面を尊び、又、お上は法を設けて、そこに秩序というものが立ってくる。――おまえが先刻したような不作法は小さい事だが、そういう秩序の中では人を怒らせるのだ』
『はい』
『これから、何処へどう旅して行くか知れぬが、行く先々の掟には素直に、人には礼儀をもって対うのだぞ』
嚙んで含めるようにいい聞かせると、伊織は、何遍もこっくりして、
『分りました』
と、早速に言葉もていねいになったり、取って付けたようなお辞儀もしてから、
『先生、又落すといけませんから、これを、済みませんが、先生のふところに持っていて下さい』
と、さっき渡船の中へ忘れてしまう所だった襤褸の巾着を、武蔵の手に預けた。
それ迄は、かくべつ気にも止めなかった武蔵は今、手にしてふと思い出した。
『これはお前が父から遺物にもろうた品ではないのか』
『ええそうです。徳願寺へ預けておいたら、今年になって、お住持さんが、黙って返してくれた。おかねも元のまま這入っているよ。なにか要る時には、そのおかね、先生が費ってもかまわないよ』
五
『ありがとう』
武蔵は、伊織へそういった。
他愛もない言葉ながら、伊職の気特は欣しいものだった。彼は自分の侍いている先生が、いかに貧しいかを、子供ごころにも常に案じているふうなのだ。
『では、借りておくぞ』
おしいただいて、武蔵は、彼の巾着を懐中に預かった。
そして歩きながら思うには、伊織はまだ子供だが、幼少から、あの瘦せた土と藁の中に生れ、審さに生活の困窮を舐めてきたので、童心の中にも自から「経済」というものの観念が、つよく養われている。
それに較べると、武蔵は自分ながら、自分には「かね」を軽視し、経済を度外視している欠点があることに気づく。
大きな経策には関心をもつのであるが、自己の小さい経済には、ほとんど無関心なのである。そして幼い伊織にさえその「私の経済」には、いつも心配を煩わしている。
(この少年は、自分には無い才能を持っているようだ)
武蔵は、馴じむ程、伊織の性格の中に、次第に磨かれてくる聡明をたのもしく思った。それは彼自身にも亦、別れた城太郎にもないものだと思った。
『どこへ泊ろうな、今夜は』
武蔵には、的がない。
伊織は、めずらしげに、町ばかり見廻していたが、やがて異郷の中に、自分の友達でも見つけたように、
『先生、馬がたくさんいるよ。町の中にも馬市が立つんだね』
と軽い昻奮をして指さす。
博労が集まって、博労茶屋や博労宿が無秩序に殖えだしたので、近頃「ばくろ町」と呼ばれている辻の辺から――馬の背が無数に並んでいる。
市へ近づくと、馬蠅と人間がわんわんいっている。関東訛りの、あらゆる地方語で喚いているので、なんの意味やら分らない騒音になっている。
従者をつれた武家の者が、頻りと名馬を探し求めていた。
世間に人材が乏しいように、馬の中にも、名馬が少ないものとみえ、その侍は、
『もう帰ろうわえ、一匹も殿へお薦めできるような馬は居りやせん』
こういい放って、馬の間から大股に身を反らした時、はたと、武蔵と正面に出会った。
『おう』
と、その侍は、胸を反らし、
『宮本氏ではないか』
武蔵もその顔を見つめて、同じように、
『おう』
と、顔を綻ばせた。
それは大和の柳生ノ庄で、親しく新陰堂へ招かれたこともあるし、一夜を剣談に更かしたこともある――柳生石舟斎の高足木村助九郎であった。
『いつから江戸表へ御座ったな。意外な所で、お目にかかったのう』
と、助九郎は、武蔵のすがたを見て、武蔵が今猶、修行の途にまみれている様子を見て取ったようにいった。
『いや、たった今、下総領から来たばかりです。大和の大先生にも、その後、お健やかで居られますか』
『御無事でござる。したが、もう何分、御高齢でな』
といって、すぐ、
『いちど但馬守様のおやしきにも、お越しがあるとよい。お紹介わせもしようし......それに』
と助九郎は、何の意味か、武蔵の面を見つめながら、にっと笑った。
『貴公の美しい落し物が、お邸へ届いておるぞ。ぜひ一度、訪ねて御座らっしゃい』
――美しい落し物。
はて? 何だろう。助九郎は仲間を連れてもう往来の向う側へ、大股に移っていた。
蠅
一
ここは裏町――つい今し方、武蔵の彷徨っていた博労町の裏通りである。
隣りも旅籠屋、その隣りも旅籠屋、一町内の半分が、汚い旅籠屋であった。
泊り賃が安いので、武蔵と伊織はそこへ泊った。ここの家にもあるが、何処の旅籠屋にも、馬舎が付きものになって人間の宿屋というより、馬の宿屋といったほうが近かった。
『お侍さま、表の二階だと、少しは蠅が少のうございますので、部屋をお取替いたしますべ』
と、博労でない客の武蔵を、ここの旅籠では少し持ち扱い気味。
勿体ない、きのう迄の開墾小屋の生活から較べれば、ここはこれでも畳のうえ。――にも関らずつい、
(ひどい蠅だなあ)
と呟いたのが、気にでも障ったふうに、旅籠のかみさんの耳に這入ったものとみえる。
だが――好意のままに、武蔵と伊織は、表二階へ移った。ここは又、かんかんと西陽が映している。――すぐそう思うだけでも、気特が贅沢に変っているのだと思いながら、
『よしよし。ここでいい』
と、独り宥めて落着いた。
ふしぎなのは人間をつつむ文化の雰囲気である。つい昨日までいた開墾小屋では、強い西陽は苗の育ちを思い、あしたの晴朗な気が卜されて、この上もない光明であり希望であった。
汗の肌にたかる蠅は、土に働いている時は気にもならないし、むしろ、
(おまえも生きているか。おれも生きて働いているぞ)
といいたい位、自然の中に生命を持つ友達にさえ思えるのに、大河を一つ越えて、この熾な勃興都市の一員となるとすぐ、
(西陽があつい。蠅がうるさい)
などという神経と共に、
(なんぞ美味い物でも喰いたいなあ)
と、思う。
そういう人間の横着な変り方は、伊織の顔にもありありと出ている。むりもない事には、すぐ横隣りで博労の一群れが、鍋に物を煮て、騒がしく酒を飲んでいるのだ。法典の開墾小屋では、蕎麦を喰べたいと思えば、春先種子を蒔き、夏花を見て、秋の暮に実を乾し、漸く冬の夜粉を挽いて喰べるのだが、ここでは手一つ叩いて、打ってもらえば、一刻もすると、蕎麦が出てくる。
『伊織、蕎麦を喰おうか』
武蔵がいうと、
『うん』
と、伊織は唾をのんで欣しそうに頷く。
そこで旅籠のかみさんをよんで、蕎麦を打って貰えるかと計ると、他のお客からも御注文があるから、きょうは打って上げてもいいという。
蕎麦のできて来る間、西陽の窓に頰杖ついて、下の往来をながめていると、すぐ斜向うに、
御たましい研所
本阿弥門流厨子野耕介
と読める板が軒先に出ている。
それを先に見つけたのは、眼のはやい伊織で、さも驚いた顔しながら、
『先生、あそこに、御たましい研所と書いてあるけれど、何の商売でしょう?』
『本阿弥門流とあるから、刀の研師であろう。――刀は武士のたましいというから』
そう答えて、武蔵は、
『そうだ、わしの刀も、いちど手入れして置かねばなるまいな。後で、訊ねてみよう』
と、呟いた。
その時、襖隣りで、なにか喧嘩が始まった。いや喧嘩ではなく、賭博のもつれで、なにか紛争が起ったらしいのだ。――武蔵は、なかなか来ない蕎麦の待ち遠しさに、手枕をかって、とろとろしていたが、ふと眼をさまして、
『伊織。隣の衆へ、少しお静かにしてくださいと申せ』
といいつけた。
二
そこの境を開ければ、すぐ事は済むが、武蔵の横になっている姿が先に見えるので、伊織は、わざわざ廊下へ出て、隣の部屋へ、いいに行った。
『おじさん達、あんまり騒がないでおくれよ。此方に、おらの先生が寝ているんだから』
すると、
『何?』
と、博労たちは、賭博の紛争に血ばしった眼を一斉に伊織の小さい姿へ移した。
『なんだと、小僧』
伊織は、その無礼に、むっとして口を尖らしながら、
『蠅がうるさいから、二階へ越して来たら、又みんなが騒いでいて喧しくってしょうがないや』
『てめえがいうのか、てめえの主人でも、そういって来いといったのか』
『先生がさ』
『いいつけたんだな』
『誰だって、うるさいよ』
『ようし、てめえっちのような、兎の糞みてえなチビに、挨拶しても仕方がねえ、後から、秩父の熊五郎が返答にゆくから引っ込んでろ』
秩父の熊か狼か分らないが、なにしろ獰猛そうなのが、その中に二、三人居る。
その手輩に睨まれて、伊織はあわてて帰って来た。武蔵は、手枕の肱へ薄く眼をつぶって眠っている。その裾に西陽もだいぶ陰って、足の先と、襖の端の残り陽に、大きな蠅が真っ黒にたかっていた。
起してはいけないと思って、伊織はそのまま黙って、又往来を視ていた。――然し、隣の部屋の喧ましさは前と少しも変りはない。
こちらから持って行った抗議の衝動をうけて、賭博の紛争は沙汰止みになったらしいが、その代り今度は団結して、無礼にも、境のふすまを細目に開けて覗いたり、暴言を放ったり、嘲笑ったりしているのだった。
『ええこう、どこの牢人か知らねえが、江戸の真ン中へ風に吹かれて来やがって、しかも博労宿にのさばりながら、うるせえもねえもンじゃねえか。うるせえなあ、おれっちの持ち前だ』
『つまみ出しちまえ』
『わざと、ふてぶてしそうに、寝ていやがるぜ』
『侍なんぞに、驚くような骨の細い博労は、関東にゃ居ねえって事を、誰か、よく聞かして来いよ』
『いっただけじゃだめだ、裏へ抓み出して、馬の小便で顔を洗わせちまえ』
すると先刻の――秩父の熊とか鷹とかいう男が
『まあ、待て。ひとりや二人の乾飯ざむらい、騒ぐにゃ当らねえ。おれが懸合に行って、謝り証文を取って来るか、馬の小便で顔を洗わせるか、かたをつけてやるから汝たちは静かに呑みながら見物していろやい』
『おもしれえ』
と、博労たちは、襖の陰に鳴をしずめた。
その者たちから見ると、頼みがいある面だましいを持った博労の熊五郎は、腹帯を締め直して、
『へい、御免なすって』
と、間の襖をあけ、上眼づかいに、相手を見ながら、膝で這いずりこんだ。
武蔵と、伊織のあいだに、誂えておいた蕎麦がもう来ていた。大きな塗の蕎麦箱の中に、蕎麦の玉が六ツ並んでいて、その一山を、箸で解しかけていた所である。
『......あ、来たよ先生』
伊織は吃驚して、そこを退いた。熊五郎は、その後へ、大あぐらを搔いて坐りこみ、両手の肱を膝へついて、獰猛な面がまえを頰杖に乗せながら、
『おい牢人。喰うなあ後にしちゃあどうだ。胸につかえているくせに、何も落着きぶって、無理に喰うにゃあ当らねえだろうに』
――聞えているのか居ないのか、武蔵は笑いながら、次の箸に又蕎麦をほぐして、美味そうに啜りこんだ。
三
熊はかん筋を立てて、
『止せっ』
と、ふいに呶鳴った。
武蔵は、箸と、蕎麦汁の茶わんを持ったまま、
『そちは、誰だ?』
『知らねえのか。博労町へ来ておれの名を知らねえ奴あ、もぐりか、つんぼぐれえなものだぞ』
『拙者もすこし耳が遠いほうだから、大きな声でいえ。どこのなにがしだ』
『関東の博労なかまで、秩父の熊五郎といやあ、泣く子もだまる暴れ者だが』
『......ははあ。馬仲買か』
『侍あいての商売で、生き馬を扱ってる人間だから、そのつもりで挨拶しろい』
『なんの挨拶?』
『たった今、その豆蔵をよこしやがって、うるせえとか、喧ましいとか、きいたふうな御託を並べやがったが、うるせえな博労の地がねだ。ここは殿様旅籠じゃねえぞ、博労の多い博労宿だ』
『心得ておる』
『心得ていながら、おれっちが遊び事をしている場所へ、何でケチをつけやがるんだ。みんな腐って、あの通り、壺を蹴とばして、てめえの挨拶を待っているんだ』
『――挨拶とは?』
『どうもこうもねえ、博労の熊五郎様、他一統様へ宛て、詫証文を書くか、さもなけれや、てめえを裏口へしょッぴいて、馬の小便で面を洗わしてくれるんだ』
『おもしろいな』
『な、なにを』
『いや、おまえ達の仲間でいうことは、なかなかおもしろいと申すのだ』
『たわ言を聞きに来たんじゃねえ。どっち共、はやく返答しろい』
熊は、自分の声に、昼間の酔をよけいに顔へ出して呶鳴った。額の汗が、西陽に光って、見る者の眼にも暑苦しい。それでもまだ、熊は威嚇が足らないと思ったか、胸毛だらけな諸肌を脱いで、
『返答に依っちゃ、ただは引退がらねえぞ。さ、何っちとも、早く吐かせ』
肚巻から出した短刀を、蕎麦箱の前へ突き立てて、あぐらの脛を更に大きく組み直した。
武蔵は、笑みをつつみながら、
『――さ。どっちにしたがよいかなあ』
汁茶碗の手を少し下げ、箸の手を蕎麦箱へ伸ばして、蕎麦のたまにたかっている塵でも取っているのか、何か挾んでは、窓の外へ抛っていた。
『............』
てんで相手にされていないふうなので、熊は青筋を太らせて、ぐいと眼だまを剝き直したが、武蔵はなお黙然と、蕎麦のうえの塵を箸で取り退けている。
『......?』
ふと、その箸の先に気のついた熊は、剝いた眼を、いやが上にも大きくして、息もせずに、武蔵の箸に、気もたましいも抜かれてしまった。
蕎麦の上にたかっている黒いものは、無数の蠅であった。武蔵の箸が行くとその蠅は、逃げもせず、黒豆を挾むように素直に挾まれてしまうのだった。
『......限りがないわい。伊織、この箸を洗って来い』
伊織が、それを持って、外へ出ると、その隙間に、博労の熊も、消えるように隣の部屋へ逃げこんで行った。
暫くごそごそしていたかと思うと、またたくまに、部屋替えをしたものとみえ、襖の向うには人声もしなくなった。
『伊織、せいせいしたな』
笑い合って、蕎麦を食べ終えた頃、夕陽も陰って、研屋の屋根の上に、細い夕日が見えていた。
『どれ、おもしろそうな前の研師へ研を頼みに行って来ようか』
だいぶ荒使いをして傷めている無銘の一腰――それを提げて、武蔵が立上った時、
『お客さん、どっかのお侍が手紙を置いて行かしゃりましたが』
と、黒い梯子だんの下から、宿のおかみさんが、一通の封書をつき出した。
四
(はて、何処から?)
と封の裏を見ると、
助
と唯一字しか書いてない。
『使は?』
武蔵が問うと、宿のおかみさんは、もう帰りましたといいながら、帳場に坐る。
梯子だんの途中に立ったまま武蔵は封を切ってみた。「助」の字は、きょう馬市で出会った木村助九郎のこととすぐ読めた。
けさ程のお出合い、殿のお耳に入れ候処、但馬守様、なつかしき男と被仰され候
お越しの日、いつ頃にやとのおことば、折返してお便り待入申候
すけくろう
『御内儀、そこの筆をかしてくれぬか』
『こんなので、よろしゅうございましょうか』
『うむ......』
と帳場のわきへ立ち寄って、助九郎の手紙の裏へ、
武辺者には、ほかに用もなし。ただたじま 守様、御試合たまわるなれば、何時なりと伺候申すべく候
政 名
政名というのは武蔵の名のりである。そう書いて巻き直し、封も先の裏をつかって、
柳生どの御内
助どの
と宛てて書く。
梯子だんの下から見上げて、
『伊織』
『はい』
『使に行ってくれ』
『どこへですか』
『柳生但馬守さまのお邸へ』
『はい』
『所はどこか。知っておるまい』
『聞きながら参ります』
『む、賢い』
と、武蔵は頭をなでて、
『迷わずに行って来いよ』
『はい』
伊織はすぐ草履を穿く。
宿のおかみさんはそれを聞いて、柳生様のお邸なら誰でも知っているから、聞きながら行っても分るが、ここの本通りを出て、街道をどこまでも真っすぐに行き、日本橋を渡ったら、河に沿って左へ左へとおいで――そして木挽町と聞いて行くんだよと、親切に教えてくれる。
『あ。あ。わかったよ』
伊織は、外へ出られるのが欣しかった。しかも使の行先が、柳生様だと思うと、手を振って歩きたくなった。
武蔵も、草履を穿いて、往来へ出た。――そして伊織の小さい姿が、博労宿と鍛冶屋の四つ角を左へ曲ったのを見届けて、
(すこし賢すぎる)
と、ふとそんな事を思いながら――宿の斜向いの「御たましい研所」の板が出ている店を覗いた。
店といっても、格子の無いしもた家みたいな構えで、商品らしい物は何も見あたらない。
這入るとすぐ、奥の細工場から台所まで繞っているような土間だった。右側は一だん高い框になって居て六畳ばかり敷いてある。そして、そこを店とすれば、店と奥との堺には、注連が張り廻してあるのが――すぐ武蔵の眼についた。
『御免』
と、武蔵は土間に立った。――わざわざ奥へ向っていったのではない。――すぐそこの何も無い壁の下に、たった一つある頑丈な刀箱に頰杖をついて、絵に描いた荘子のように、居眠りをしている男がある。
それが亭主の厨子野耕介という男らしいのである。肉の薄い、そして粘土のような青い顔には研師のようなするどさも見えない。月代から顎までは、怖ろしく長い顔に見えた。その上に又、長々と、刀箱から涎をたらして、何時覚むべしとも見えない体なのである。
『ごめん!』
少し声を張って、武蔵はもう一度、荘子の寝耳を訪れた。
かたな談義
一
武蔵の声が、漸く耳にはいったとみえ、厨子野耕介は、百年の眠りから今醒めたように、おもむろに顔を上げて、
『......?』
おや、といいたげに、武蔵のすがたを、まじまじ眺めている。
程経て、
『いらっしゃいまし』
やっと、自分が居眠っていたところへ客が来て、何度も起された事を覚ったらしい。にたりと、涎のあとを掌でこすって、
『何か御用で』
と、膝を直していう。
怖ろしく暢んびりした男である。看板には「御たましい研所」と高言しているが、こんな男に武士の魂を研がせたら、とんだ鈍ら刀になってしまうのではあるまいか――一応案じられもする。
だが、武蔵が、
『これを』
と、自分の一腰を差し出して、研ぎをかけてもらいたいというと、耕介は、
『拝見いたします』
さすがに、刀に対うと、瘦せた肩を、突兀と聳え立て、片手を膝に、片手を伸ばして、武蔵の腰の刀を取って、慇懃に頭を下げた。
人間が来た時には、ぶあいそに下げもしなかった頭を、刀に対しては、まだそれが名刀か鈍刀かも知れないうちから――まず鄭重にこの男は礼儀をする。
そして懐紙をふくみ、鞘をはらって、静かに、眉のあいだに白刃を立てながら、せっぱから切先まで、ずっと眼をとおしているうちに、この男の眼は、どこからかべつな物を持って来て嵌めこんだように、爛として、耀きだした。
ぱちんと、鞘におさめ、何もいわずに又、武蔵の顔を見ていたが、
『お上り下されい』
ずっと膝を退いて、初めて円座をすすめる。
『では』
と、武蔵は辞退せずに上って坐った。
刀の手入も手入であるが、実をいえば、ここの板看板に本阿弥門流としてあったので、京出の研師に違いないと思うと同時に、恐らく本阿弥家の職方長屋の一門下であろうとも考えられ、その後久しく消息を欠いている光悦は御無事か――又、いろいろ世話になった光悦の母妙秀尼も御息災か――そうした事も聞けるであろうと思って、遽かに、研刀の頼みをかこつけて来たわけであった。
だが耕介は、元よりそんな縁故を知ろうはずもないので、並扱いにしているにちがいないが、武蔵の刀を見てから、どこか改まって、
『お刀は、重代のお持ち刀でござりますか』
と、訊く。
武蔵は、いやべつにそんな来歴のある品ではないと答えると、耕介は又、では戦場で使った刀か、それとも常用の刀かなどと、訊ね、武蔵が、
『戦場で使ったことはない。唯、持たないには勝ろうかと、常に帯びている刀で、銘も素性もない安刀でござる』
と、説明すると、
『ふむ......』
と、耕介は、相手の顔を見まもりながら、
『これを、どう研げという御注文ですか』
と、いう。
『どう研げとは?』
『斬れるように研げと仰っしゃるのか、斬れぬ程でもよいと仰っしゃるのか』
『元より、斬れるに越したことはない』
すると耕介は、さもさも驚嘆するような顔をして、
『え。この上にも』
と、舌を巻いていった。
二
斬れるべく研ぐ刀である、斬れるだけ斬れるように研ぐのが研師の腕ではないか。
武蔵が不審り顔に、耕介の顔を見ていると、耕介は首を振って、
『てまえには、この刀は、お研ぎできません。どうか他へ研ぎにやって下さるように』
と、武蔵の腰の刀を押しもどした。
わけのわからない男、なぜ研げないというのかと、断られた武蔵は、やや不快な顔いろをつつめなかった。
――で、彼が黙っていると、耕介も、ぶあいそに、いつ迄も、口を緘んでいる。
すると門口から、
『耕介どん』
と、近所の者らしい男が覗きこんで――
『お宅に、釣竿があったら貸しておくれぬか。――今なら、そこの河端に、上げ汐に乗って、うんとこさと魚が来て跳ねているで、いくらでも釣れるでな、釣ったら晩のお菜を分けて上げるから、釣竿があったら貸して下され』
と、いった。
すると耕介は、他にも、機嫌のわるいものが胸にあった所とみえて、
『わしの家には、殺生をする道具などは無いっ。ほかで借りたがいい』
と、呶鳴った。
近所の男は、吃驚したように行ってしまった。――そして後は、武蔵を前に、苦りきっているのであった。
だが、武蔵は、漸くこの男のおもしろさを見出していた。そのおもしろさというのは、才や機知のおもしろさではない。古い陶器に見立てていうならば、巧みも見得もない土味を剝き出しに、どうなと見たいように見てくれとしているノンコウ茶碗か唐津徳利みたいな味の男だった。
そういえば、耕介の横びんに薄禿があって、鼠に齧られたような腫物に、膏薬が貼ってあるところなど――窯の中で傷になった陶器の自然のくッつきとも見えて、一だんと、この男の風情を増して見えないこともない。
武蔵は、こみあげて来るおかしさを、顔には見せぬ程に和んで、
『御主人』
と程経ていった。
『はい』
と気のない答えよう。
『――なぜこの刀は、研げないのでござろうか。研いでも効いのない鈍刀というわけであろうか』
『うんにゃ』
と、耕介は首をふって、
『刀は、持主のそこもと様が、誰よりよう御存知じゃろが、肥前物のよい刀でおざる。――ですがの、実をいえば、斬れるようにというお望みが気にくわんでな』
『ほ。......なぜで』
『誰も彼も、およそ刀を持って来る者が、一様にまずいう注文が――斬れるように――じゃ。斬れさえすればいいものと思うておる。それが気に喰わぬ』
『でも、刀を研ぎによこすからには』
いいかける武蔵のことばを、耕介は、手で抑えるような恰好をして、
『まあ、待たっしゃい。そこの所を説くと話は長くなる。わしの家を出て、門の看板を読み直してもらいたい』
『御たましい研所――として御座った。他にまだ読みようがござりますか』
『さ。そこでござる。わしは刀を研ぐとは看板に出しておらぬ。お侍方のたましいを研ぐものなりと――人は知らず――わしの習うた刀研の宗家では教えられたのじゃ』
『なる程』
『その教えを奉じます故、ただ斬れろ斬れろと、人間を斬りさえすれば偉いように思うているお侍の刀などは――この耕介には研げんというのじゃ』
『ウム、一理あることと聞え申した。――してそういう風に子弟に教えた宗家とは、何処の誰でござるか』
『それも、看板に誌してあるが――京都の本阿弥光悦さまは、わしの師匠でございます』
師の名を名乗る時は、それが自分の誇のように耕介は猫背をのばして昻然というのであった。
三
そこで武蔵が、
『光悦どのなら、実は自分も面識のある間で、母御の妙秀尼様にもお世話になったことがある』
と、その当時の頃の思い出を一つ二つ話すと、厨子野耕介は非常な驚き方をして、
『ではもしや貴方は、一乗寺下り松で、一世の剣名を轟かせた、宮本武蔵様ではございませぬか』
と、眼をすえていう。
武蔵は、彼のことばが、誇張に聞えて、少しむず痒く思いながら、
『されば、その武蔵でござる』
いうと耕介は、貴人へ対い直すように、ずっと席を退げて、
『よもや武蔵様とは知らず、先程から釈迦に説法も同様な過言――どうぞ真っ平おゆるしの程を』
『いやいや、御亭主のお話には、拙者も教えられるふしが多い。光悦どのが、弟子に諭されたという言葉にも、光悦どのらしい味がある』
『御承知の通り、宗家は室町将軍の中世から、刀のぬぐいや研をいたして、禁裡の御剣まで承わっておりまするが――常々師の光悦が申すことには――由来、日本の刀は、人を斬り、人を害すために鍛えられてあるのではない。御代を鎮め、世を護りたまわんが為に、悪を掃い、魔を追うところの降魔の剣であり――又、人の道を研き、人の上に立つ者が自ら誡め、自ら持するために、腰に帯びる侍のたましいであるから――それを研ぐ者もその心をもって研がねばならぬぞ――と何日も聞かされておりました』
『む。いかにもな』
『それ故、師の光悦は、よい刀を見ると、この国の泰平に治まる光を見るようだと申し――悪剣を手にすると、鞘を払うまでもなく、身がよだつと、嫌いました』
『ははあ』
と、思い当って、
『では、拙者の腰の刀には、そんな悪気が御亭主に感じられたのではありませんか』
『いや、そうした理でもございませんが、てまえが、この江戸へ下って、多くの侍衆から、お刀を預かってみますと、誰あって、刀のそういう大義を分ってくれるお人がないのでござります。ただ、四つ胴を払ったとか、この刀は、兜金から脳天まで切ったとか、斬れることだけが、刀だとしているような風でござります。で――、てまえはほとほと、この商売が厭になりかけましたが、いやいやそうでないと思い直し、数日前から、わざと看板を書き更えて、御たましい研所と認めましたが、それでも猶、頼みに来る客は、斬れるようにとばかりいって見えますので、気を腐らしていた所なので......』
『そこへ、拙者までが、又候同様なことをいって来たので、それでお断りなされたのか』
『あなた様の場合は、又違いまして――実は先程、お腰の物を見たせつなに、余りにひどい刃こぼれと、むらむらと、拭いきれない無数の精霊の血脂に――失礼ながら、益なき殺生をただ誇る素牢人が――といやな気持に打たれたのです』
耕介の口を藉りて、光悦の声がそこにしているように、武蔵は、さし俯向いて聞いていたが、やがて、
『おことばの数々、よう分りました。――なれどお案じ下さるまい、物心ついてより持馴れている刀なので、その刀の精神を特に考えてみたこともなかったが、今日以後は、よく胸に銘じておきまする』
耕介は、すっかり気色を好くして、
『ならば、研いでさし上げましょう。いや、あなた様のような侍のたましいを、研がせていただくのは研師の冥加と申すもので』
と、いった。
四
いつか燈火が点っている。
刀の研を頼んで、武蔵が戻ろうとすると、
『失礼ですが、代りの差料をお持ちでござりますか』
と、耕介がいう。
無いと答えると、
『では、たいして良い刀ではございませんが、一腰、その間だけ、宅に有る物をお用い下さいまし』
と、奥の部屋へ招く。
そして刀箪笥や刀箱から、耕介が選び出した数本をそれへ並べて、
『どれでも、お気に召した物を、どうぞ』
と、いってくれた。
武蔵は、眼も眩む心地がして、選び取るのに迷った。元より彼も、良い刀は欲しかったが、今日まで、彼の貧囊ではそれを望んでみる余裕すらなかった。
けれど、良い刀には、必然な魅力がある。武蔵が今、数本の中から握り取った刀には、鞘の上から握っただけでも、何かしら、それを鍛った刀鍛冶の魂が手にこたえて見るような気がした。
抜いて見ると、案のじょう、吉野朝時代の作かと思われるにおいの麗わしい刀である。武蔵は自分の今の境遇や気持には、やや優雅に過ぎるかと思ったが、燈下にそれを見入っているまに、もうその刀を手から離すのも惜しい気がして、
『では、これを――』
と、所望した。
拝借するといわなかったのは、もう是非に関わらず、返す気特が起らなかったからである。名工の鍛った名作には、人の気持をそこまで摑む怖しい力が必然あるのであった。武蔵は心の裡、耕介の返辞を待つまでもなく、どうかして是れを、自分の持物にしたいと思った。
『さすがに、お目が高い』
耕介は後の刀を、仕舞いながらいった。
武蔵は、その間も、所有慾に煩悶した。売ってくれといえば、莫大な刀であろうし......などと思い惑ったが、どうしても抑えきれなくなって、いい出した。
『耕介どの、これを拙者に、お譲りくださるわけにはゆかないでしょうか』
『差上げましょう』
『お代は』
『てまえが求めた元値でよろしゅうございます』
『すると何程』
『金二十枚でございます』
『............』
武蔵は、よしない望みと、よしない煩悶を、ふと悔いた。そんな金のある身ではなかった。で、彼はすぐ、
『いや、これは、お返しいたしましょう』
と、耕介の前へ戻した。
『なぜですか』
と、耕介はいぶかって――
『お買いにならずとも、いつ迄も、お貸し申しておきますから、どうかお使いなさいまして』
『いや、借りておるのは、猶さら心もとない。一目見ただけでも、持ちたいという慾望にくるしむのに、持てぬ刀と分りながら、暫しの間身に帯びて、又そちらヘ返すのは辛うござる』
『それ程、お気に召しましたかな......』
と、耕介は、刀と武蔵とを見くらべていたが、
『よかろう、それ迄に、恋なされた刀なら、此刀はあなたへ嫁にあげるとしよう。その代りに、あなたも手前に、何か、身に応じた事をして下さればよい』
欣しかった。武蔵は遠慮なく、まず貰うことを先に決めた。それから礼を考えるのであったが、無一物の一剣生には、何も酬いる物がなかった。
すると耕介が、あなたは彫刻をなさるそうで、そんな事を、師の光悦から聞いていましたが、何か、観音像のような物でも、御自分で彫った物があったら、それを手前に下さい。それと取換えという事にして、刀は差上げましょう――と、彼の工面顔を、救うようにいってくれた。
五
手すさびの観音像は、久しく旅包みに負って持ち歩いていたが、法典ケ原に遺して来たので、今はそれも無い。
で数日の余裕を与えてくれれば特に彫っても、この刀を所望したい――と武蔵がいうと、
『元より、直ぐでなくても』
と、耕介は当然の事としているのみか、
『博労宿にお泊りなさる位なら、てまえの細工場の横に、中二階の一間が空いておりますが、そこへ移っておいでなさいませんか』
と、願ってもない事だった。
では、明日からそこを拝借して、事の序に観音像も彫りましょうと、武蔵がいうと耕介も欣んで、
『それでは一応、そこの部屋を見ておいて下さい』
と、奥へ案内する。
『然らば』
と、武蔵は従いて行ったが、元よりさして広い家でもない。茶の間の縁を突き当って五、六段のはしごを上ると、八畳の一室があり、窓のわきの杏の梢が、若葉に夜露をもっていた。
『あれが、研をする仕事場なので――』
と主が指さす小屋の屋根は、牡蠣の貝殻で葺いてあった。
いつの間に吩附けたのか、耕介の女房がそこに膳を運んで来て、
『まあ、一献』
と、夫婦してすすめる。
杯が交されてからは、客でもなく主でもなく、膝をくずして、お互いに胸襟をひらき合ったが、話は、刀のほかには出ない。
その刀の事となると、耕介は眼中に人もない。青い頰は少年のように紅らみ、口の両端に唾を嚙み、ともすれば、その唾が相手へ飛んで来ることも意に介さない。
『刀は、わが国の神器だとか、武士のたましいだとか、皆口だけでは仰っしゃるが、刀をぞんざいにする事は、侍も町人も神官も、みな甚しいものですな。――てまえは或る志を抱いて、数年間、諸国の神社や旧家を訪れ、古刀のよい物を観ようものと歩いたことがありますが、古来有名な刀で満足に秘蔵されている物が余りに尠いので悲しくなりましたよ。――例えば、信州諏訪神社には三百何十口という古来からの奉納刀がありますが、この中で、錆ていなかったのは、五口ともありませんでしたな。又、伊予国の大三島神社の刀蔵は有名なもので、何百年来の所蔵が三千口にも上っておりますが、凡そ一ヵ月も籠って調べたところ、三千口のうち光っている刀は十口とも無かったという、実に呆れた有様です』
――それから、彼は、こうもいう。
『伝来の刀とか、秘蔵の名剣とか、聞えている物ほど、ただ大事がるばかりで赤鰯にしてしまっているのが多いようです。かあいい子を盲愛しすぎて、お馬鹿に育ててしまう親のようなものですな。いや人間の子は、後からでも良い子が生れるから、数の中には、世間の賑わいに、少しはお馬鹿が出来てもいいかも知れませんが、刀はそうは参りませんぞ――』
と、ここでは口ばたの唾をいちど収め、眼の光りを改めて、瘦せた肩をいちだんと尖り立てる。
『刀は、刀ばかりはですな。どういうものか、時代が下るほど、悪くなります。室町から下って、この戦国になってからは、愈々、鍛冶の腕が荒んで参りました。これから先も、猶々、悪くなって行くばかりじゃないかと思われるんで――古刀は大事に守らなければいけないとてまえは思う。いくら今の鍛冶が、小賢しく、真似てみても、もう二度と、この日本でもできない名刀を――実に、可惜くやしいことじゃ御座いませんか』
と、いうと、何思ったか、ふと立ち上って、
『これなども、やはり他から研を頼まれて、預っている名刀の一つですが、ごらんなさい。惜しい錆をわかせています』
と、怖しく長い太刀作りの一刀を持ち出して来て、武蔵の前へ、話題の実証として置いた。
武蔵は、その長剣を何気なく見て、はっと驚いた。これは佐々木小次郎の所有する「物干竿」にちがいなかった。
六
考えてみれば不思議はない。ここは研師の家であるから、誰の刀が預けられてあろうとも、べつだん奇とするには当らない。
けれど、佐々木小次郎の刀を、ここで見ようとは思いがけないことと、武蔵は追想に耽りながら、
『ほ、なかなか長刀でござりますな。これ程な刀を差しこなす者は、相応な侍でございましょう』
と、いった。
『さればで』
と、耕介も合点して、
『多年、刀は観ていますが、これ程な刀は、まあ尠い。ところが――』
物干竿の鞘をはらい、みねを客の方へ向けて柄を手渡しながら、
『ごらんなさい、惜しい錆が三、四ヵ所もある。しかし、そのままだいぶ使ってもいる』
『なる程』
『幸、この刀は、鎌倉以前の稀れな名工の鍛刀ですから、骨は折れますが、錆の曇りも脱れましょう。古刀の錆はサビても薄い膜にしかなって居りませんから。――ところが近世の新刀となると、これ程錆させたらもうだめですわい。新刀の錆は、まるで質のわるい腫物のように地鉄の芯へ腐りこんでいる。そんな事でも、古刀の鍛冶と、新刀の鍛冶とは、較べ物になりはしません』
『お納めを』
と、武蔵も亦、刃を自分のほうに向け、みねを耕介の方にして刀を返した。
『失礼ですが、この刀の依頼主は、この家へ、自身で見えましたか』
『いえ、細川家の御用で伺いました時、御家中の岩間角兵衛様から、戻りに邸へ寄れと申され、そこで頼まれて参りましたので。――何か、お客の品だとかいいましたよ』
『拵えもよい』
燈の下に、武蔵が猶、しげしげと見入りながら呟くと、
『太刀作りなので、今までは肩に負って用いていたが、腰へ差せるように、革めてくれという注文ですが、よほどな大男か、腕に覚えがないと、この長刀を腰にさして扱うには難しい』
と、耕介も、それを見ながら、呟くようにいった。
酒も体にまわり、だいぶ主の舌もくたびれて来たらしい。武蔵は、この辺でと思い立ち、程よく辞去して戸外へ出てきた。
外へ出てすぐ感じたことは、町の何処一軒も起きていない暗さであった。そう長い時間とも思わなかったが、案外長坐していたものとみえる。夜はもうよほど更けているに違いなかった。
然し旅宿はすぐ斜向いなので何の苦もない。開いている戸の間から這入って、寝臭い暗闇を撫でながら二階へ上った。――そして伊織の寝顔をすぐ見る事であろうと思っていたところ、二つの蒲団はしいてあるが、伊織の姿は見えないし、枕もきちんと並んでいて、まだ人の温みに触れた気配もない。
『まだ帰らぬのであろうか』
武蔵は、ふと、案じられた。
馴れない江戸の町――どこをどう道に迷っているのかもわからない。
梯子だんを降り、そこに寝そべっている寝ずの番の男を揺り起して訊ねると、寝ぼけ眼で、
『まだ帰ってお出でなさらねえようですが、旦那と一緒じゃなかったのでございますか』
と、武蔵が知らない事を、かえって不審り顔にいう。
『――はてな?』
このまま寝られもしない。武蔵は再び漆のよう外の闇へ出て、軒下に立っていた。
道草ぎつね
一
『ここが木挽町か』
と、伊織は疑った。
そして途々、道を教えてくれた者に対して、
『こんな所に、お大名の家なんかあるものか』
と、腹を立てて独り思った。
彼は、河岸に積んである材木に腰かけて、火照った足の裏を、草でこすった。
材木の筏は、堀の中にも、水が見えないほど浮いていた。そこから二、三町先の端れはもう海で、闇の中に、潮の白い仄めきだけしか見えはしない。
それ以外は、渺とした草原と、近頃、埋めたばかりの広い土だった。もっとも其処此処と、ポチポチ灯りの影は見えるが、近づいてみると、それは皆、木挽や石工の寝小屋だった。
水に近い所には、材木と石ばかりが、山をなしていた。考えてみると、江戸城も旺に修築しているし、市街にもどんどん家屋が建って行くので、町というほど、木挽の小屋が集まっているのも道理である。けれど、柳生但馬守ともある人の邸が、こんな職人小屋の部落と並んであるのは変だ――いやあるものじゃない――と伊織の幼い常識でも考えられるのであった。
『困ったな』
草には夜露がある。板みたいに硬くなった草履を脱いで、火照った足で草を弄っていると、その冷たさに、体の汗も乾いてきた。
尋ねる邸は知れないし、余りに夜も更けてしまって、伊織は、帰るにも帰れなかった。使に来て、使を果さずに帰る事は、子ども心にも、恥辱に思われた。
『宿屋のおばあが、いい加減な事を教えたから悪いんだ』
彼は、自分が、堺町の芝居町で、さんざん道草をくって遅くなったことは、頭から忘れていた。
――もう訊く人もいない。このまま夜が明けてしまうのかと思うと伊織は、突然悲しくなって、木挽小屋の者でも起して、夜の明けないうちに、使を果して帰らなければならないと、責任感に責められて来た。
で――彼は又、歩き出した。そして掘建小屋の灯を頼りに歩き出した。
すると、一枚の菰を、番傘のように肩に巻いて、その掘建小屋を覗き歩いている女があった。
鼠鳴きして、小屋の中の者を、呼び出そうとしては、失望して、彷徨っている売笑婦であった。
伊織は、そういう種類の女が、何を目的にうろついているのか、元より知らないので、
『おばさん』
と、馴々しく声をかけた。
壁みたいな白い顔をしている女は、伊織をふり顧って、近くの酒屋の丁稚とでも見違えたのか、
『てめえだろ、さっき、石をぶつけて逃げたのは』
と、睨みつけた。
伊織は、ちょっと、驚いた眼をしたが、
『知らないよ、おらは。――おらはこの辺の者じゃないもの』
『............』
女は歩いて来て、ふいに、自分でおかしくなったように、げたげた笑いだした。
『なんだい。何の用だえ』
『あのね』
『かあいい子だね、おまえ』
『おら、使に来たんだけど、お邸が分らないで困っているんだよ。おばさん、知らないか』
『どこのお邸へゆくのさ』
『柳生但馬守様』
『何だって』
女は、何がおかしいのか、下品に笑い転けた。
二
『柳生様といえば、お大名だよおまえ』
と女は、そんな大身の所へ用があって行くという伊織の小さな身なりを、見下して又笑った。
『――おまえなんぞが行ったって、御門を開けてくれるもんかね。将軍様の御指南番じゃないか。中のお長屋に、誰か知ってる人でもあるのかえ』
『手紙を持って行くんだよ』
『誰に』
『木村助九郎という人に』
『じゃあ、御家来かい。そんなら話は分ってるけれど、おまえのいってるのは、柳生様を懇意みたいにいうからさ』
『どこだい、そんな事はいいから、お邸を教えておくれよ』
『堀の向う側さ。――あの橋を渡ると、紀伊様のおくら屋敷、そのお隣りが、京極主膳様、その次が加藤喜介様、それから松平周防守様――』
女は、堀の向うに見える、浜倉だの、塀だのの棟を、指で数えて、
『たしか、その次あたりのお屋敷がそうだよ』
と、いう。
『じゃあ、向う側も、木挽町っていうのかい』
『そうさ』
『なあんだ......』
『人に教えてもらって、なあんだとは何さ。だけど、おまえ可愛い子だね。あたしが、柳生様の前まで、連れて行って上げるからおいで』
女は、先に歩き出した。
傘のお化みたいに、菰を被っている姿が、橋の中ほど迄ゆくとすれ交った酒くさい男が、
『ちゅっ』
と、鼠鳴きして、女の袂に戯れた。
すると女は、連れている伊織の事などは、すぐ忘れて、男のあとを追いかけて行き、
『あら、知ってるよこの人は。――いけない、いけない、通すもんか』
男を捉えて、橋の下へ、引きずり込もうとすると、男は、
『はなせよ』
『いやだよ』
『かねが無いよ』
『なくてもいいよ』
女は、モチみたいに男にねばりついたまま、ふと、伊織の呆ッ気にとられている顔を見て――
『もう分ってるだろ。わたしはこの人と用があるんだから先へおいで』
と、いった。
だが伊織は、まだ不思議な顔して、大人の男と女が、むきになって争っている状を眺めていた。
そのうちに、女の力が勝ったものか、男がわざと曳かれて行くのか、男女は橋の下へ、一緒に降りて行った。
『......?』
伊織は、不審を覚えて、こんどは橋の欄干から、下の河原をのぞいた。浅い河原には雑草が萌えていた。
ふと、上を見廻すと、女は、伊織が覗きこんでいるので、
『ばかッ』と、怒った。そして、打ちかねない顔つきをして、河原の石を拾いながら、
『ませてる餓鬼だね』
と、投げつけた。
伊織は、胆をつぶして、橋の彼方へ、どんどん逃げ出した。曠野の一ツ家に育った彼だが、今の女の白い顔ほど、恐いものを見たことはなかった。
三
河を背なかにして、倉がある、塀がある。又、倉がつづく、塀がつづく。
『あ、ここだ』
伊織は、独り言に、思わずそういった。
浜倉の白壁に、二階笠の紋が、夜目にもはっきり見えたからだ。柳生様は二階笠ということは、流行歌でよく唄うので、はっと思い出したのであろう。
倉のわきにある黒い門が、柳生家にちがいない。伊織は、そこに立って、閉まっている門をどんどん叩いた。
『何者だっ』
叱るような声が、門の中から聞えた。
伊織も、声いっぱい、
『わたくしは、宮本武蔵の門人でございます。手紙を持って、使に参りました』
と、呶鳴った。
それからも、ふた言三言、門番は何かいったが、子供の声をいぶかりながら、軈て、門を少し開けて、
『なんだ今時分』
と、いった。
その顔の先へ、伊織は武蔵からの返事をつき出して、
『これを、お取次して下さい。御返事があるなら、貰って帰ります。無ければ、置いて帰ります』
門番は、手に取って、
『なんじゃ......? ......おいおい子ども、これは、御家中の木村助九郎様へ持って来た手紙じゃないか』
『はいそうです』
『木村様はここにはおらんよ』
『では、どこですか』
『日ケ窪だよ』
『へ。......みんな木挽町だって、教えてくれましたが』
『よく世間でそういうが、こちらにあるお邸は、お住居ではない。お蔵やしきと、御普請お手伝いのためにある材木の御用所だけだ』
『じゃあ、殿様も御家来方も日ヶ窪とやらにいるんですか』
『うむ』
『日ヶ窪って、遠いんですか』
『だいぶあるぞ』
『どこです』
『もう御府外に近い山だ』
『山って?』
『麻布村だよ』
『わからない』
伊織はため息をついた。
だが、彼の責任感は、なおさら彼をこのままで帰る気特にはさせない。
『門番さん、その日ヶ窪とやらの道を、絵図に書いてくれないか』
『ばかをいえ。今から、麻布村まで行ったら、夜が明けてしまうぞ』
『かまわないよ』
『よせよせ、麻布ほど、狐のよく出る所はない。狐にでも化かされたらどうするか。――木村様を知ってるのかおまえは』
『わたしの先生が、よく知っているんです』
『どうせ、こう遅くなったんだから、米倉へでも行って、朝まで、寝てから行ったらどうだ』
伊織は、爪を嚙んで、考えこんでしまった。
そこへ蔵役人らしい男も来て、仔細を聞くと、
『今から、子供一人で、麻布村へなど行けるものか。辻斬りも多いのに――よく博労町から一人で来たものだな』
と、つぶやき、門番と共に、夜明けを待てとすすめてくれた。
伊織は、米倉の隅へ、鼠のように、寝かしてもらった。しかし彼は、余りに米が沢山にあるので、貧乏人の子が黄金の中へ寝かされたように、少しとろとろとすると魘されていた。
四
寝るともう直ぐ、正体もない顔つきは、伊織も、まだやはり他愛のない少年でしかない。
蔵役人も、彼を忘れてしまい、門番からも忘れられて、米倉の中にぐっすり眠り込んだ伊織は、翌る日の午も過ぎた頃、
『おや?』
がばと、醒めるなり直ぐ、
『たいへんだ』
と、使の任務を思い出して、狼狽した眼をこすりながら、藁と糠の中から飛び出して来た。
陽なたへ出ると、彼は、ぐらぐらと眼が眩った。ゆうべの門番は、小屋の中で、午の弁当を喰べていたが、
『子ども。今起きたのかい』
『おじさん、日ヶ窪へ行く道の絵図を書いておくれよ』
『寝坊して、慌てたな。お腹はどうだ?』
『ペコペコで、眼がまわりそうだよ』
『ははは。ここに一つ、弁当が残っているから喰べてゆくがいい』
――その間に、門番は、麻布村へ行く迄の道すじと、柳生家のある日ヶ窪の地形を、絵図に書いてくれた。
伊織は、それを持って、道を急ぎ出した。使の大事なことは、頭に沁みているが、ゆうべから帰らないで、武蔵が心配しているだろうという事は、少しも考えていなかった。
門番の書いてくれた通り、夥しい市街を歩き、その町を貫いている街道を横ぎって、やがて江戸城の下まで行った。
この辺は、何処も彼処も、夥しい濠が掘られ、その埋土の上に侍屋敷だの、大名の豪壮な門ができていた。そして濠には、石や材木を積んだ船が、無数に這入っているし、遠くみえる城の石垣や曲輪には、朝顔を咲かせる助け竹のように、丸太足場が組まれてあった。
日比谷の原には鑿の音や、手斧のひびきが、新幕府の威勢を謳歌していた。――見るもの、耳に聞えるもの、伊織には、めずらしくない物はなかった。
手折るべい
武蔵の原の
りんどう、桔梗
花はとりどり
迷うほどあるが
彼の娘思えば
手折れぬ花よ
露しとど
ただ裾が濡れべい
石曳き普請の石曳きたちは、おもしろそうに歌っているし、鑿や手斧が、木屑を飛ばしている仕事にも、彼は、足を止められて、思わず道草を喰っていた。
新らしく、石垣を築く、物を建てる、創造する。そうした空気は少年の魂と、ぴったり合致して何となく、胸がおどる。空想が飛びひろがる。
『ああ、早く、大人になって、おらも城を築きたいな』
彼は、そこらに監督して歩いている侍たちを見て、恍惚としていた。
――そのうちに、濠の水は、茜色にそまり、夕鴉の啼く声をふと耳にして、
『あ。もう陽が暮れる』
と、伊織は又、急ぎ出した。
眼をさましたのが、午過ぎである。伊織は一日の時間を、きょうは勘違いしていた。気がつくと、彼の足は、地図をたよりに、あたふたと急ぎ出し、やがて、麻布村の山道へさしかかっていた。
五
暗やみ坂とでも称いそうな、木下闇を登りきると、山の上には、まだ西陽があたっていた。
江戸の麻布の山まで来ると、人家は稀れで、わずかに、彼方此方の谷底に、田や畑や農家の屋根が、点々と見えるに過ぎない。
遠いむかし、この辺りは、麻生う里とも、麻布留山とも称ばれ、とにかく麻の産地であったそうだ。――天慶年中、平将門が、関八州にあばれた頃は、ここに源経基が対峙していたことがあり、又それから八十年後の長元年間には、平忠恒が叛乱に際し、源頼信は征夷大将軍に補せられて、鬼丸の御剣を賜わり、討伐の旗をすすめて、ここ麻生う山に陣を張り、八州の兵をまねき集めたともいい伝えられている。
『くたびれた......』
一息に上って来たので、伊織はつぶやきながら、芝の海や、渋谷、青山の山々、今井、飯倉、三田、あたりの里を、ぼんやり見廻していた。
彼のあたまには、歴史も何もなかったが、千年も生きて来たような木だの、山間を流れてゆく水だの、ここらの山や谷のたたずまいは、麻生う往古、平氏や源氏のつわもわ輩が、野に生れた道の――武家発生の故郷だった時代の景色を――何とはなく感じさせるものが、まだ残っていた。
どーん
どん、どん、どーん
『おや?』
どこかで太鼓の音がする。
伊織は、山の下をのぞいた。
鬱蒼とした青葉の中に、神社の屋根の鰹木が見える。
それは今、登って来る時に見て来た、飯倉の大神宮さまだった。
この辺には、御所のお米を作る御田という名が残っていた。そして伊勢大神宮の御厨の土地でもあった。飯倉という地名も、そこから起ったのであろう。
大神宮さまは、どなたを祀ったものであるか。これは伊織もよく知っていた。武蔵に就て勉強しない前からだって、それだけは知っていた。
――だから此頃急に、江戸の人たちが、
(徳川様、徳川様)
と、崇め奉るようにいうと、伊織はへんな気もちがした。
今も、たった今、江戸城の大規模な改修工事をながめ、大名小路の金碧さんらんたる門や構えを見て来た眼で――ここの暗やみ坂の青葉の底に、そこらの百姓家の屋根と変らない――ただ鰹木と注連だけが違う――侘しいお宮を見ると、猶々、へんな気もちがして、
(徳川のほうが偉いのかしら)
と、単純に不審った。
(そうだ、こんど、武蔵さまに訊いてみよう)
やっと、その事は、それで頭にかたづけたが、肝腎な柳生家の屋敷は? ――さてここからどう行くのか。
これはまだ些っとも判っきりしていないのである。そこで彼は又ふところから門番にもらった地図を出し、ためつすがめつ、
(はてな?)
と、小首を傾げた。
何だか、自分の居る位置と絵図とが、些っとも符合しないのだ。絵図を見れば、道が分らなくなり、道を眺めると、絵図が分らなくなる。
(変だなあ)
よく陽のあたる障子の中にいるように、辺りは陽が暮れるほど反対に、明るくなって来る気がするが――それへ薄っすらと夕靄がかかって、眼をこすってもこすっても、睫毛の先に、虹みたいな光りが遮ってならなかった。
『けッ! こん畜生っ』
何を見つけたか。
伊織は、やにわに跳ね飛んで、いきなり後の草むらを目がけ、いつも差している野刀の小さいので抜き打ちに斬りつけた。
ケーン!
と、狐が躍った。
草と血とが、虹いろの夕陽の靄に、ぱっと舞った。
六
枯れ尾花のように、毛の光る狐だった。尾か脚かを、伊織に斬られて甲だかい啼き声を放ちながら征矢みたいに逃げ走った。
『こん畜生』
伊職は、刀を持ったまま、やらじとばかり追いかける。狐も迅い。伊織も迅い。
傷負の狐は、すこし跛行をひく気味で、時々、前へのめる様子なので、しめたと思って、近づくと、やにわに神通力を出して、何間も先へ跳んでしまう。
野に育った伊織は、母の膝に抱かれていた頃から、狐は人を化かすものだという実話を沢山に聞かされていた。野猪の子でも兎でもむささびでも愛すことが出来たが、狐だけは憎かった、又、怖かった。
――だから今、草むらの中に居眠りしていた狐を見つけると、彼は、とたんに、道に迷っている自分が、偶然でない気がした。こいつに誑かされているのだと考えたのである。――否、すでに昨夜から、この狐が、自分のうしろに憑き纏っていたに違いないという気持さえ咄嗟に起った。
忌々しいやつ。
殺して了わないと又崇る。
そう思ったから伊織はどこ迄も追いかけたのであったが、狐の影は、忽ち、雑木の生い茂った崖へ跳びこんでしまった。
――だが伊織は、狡智に長けた狐のことだから、そう人間の眼には見せて、実は自分の後にかくれて居りはしないかと、そこらの草むらを、足で蹴ちらしながら、詮議してみた。
草にはもう夕露があった。赤まんまとよぶ草にも、ほたる草の花にも露があった。伊織は、へなへなと坐りこんで、薄荷草の露を舐めた。口が渇いてたまらかったのである。
それから――彼は漸く肩で息をつきはじめた。とたんに滝のような汗がながれてくる。心臓が、どきどきと、あばれて打つ。
『......アア、畜生、どこへ行ったろう?』
逃げたら逃げたでいいが、狐に傷を負わせたことが、不安になった。
『きっと、何か、仇をするにちがいないぞ』
という覚悟を、持たざるを得なかった。
果せるかな。――すこし気が落着いたと思うと、彼の耳に、妖気のこもった音が聞えて来た。
『......?』
伊織は、キョロキョロ眼をくばった。化かされまいと、心を固めた。
妖しい音は近づいて来る。それは笛の音に似ていた。
『......来たな』
伊織は、眉に唾を塗りながら、用心して起ち上った。
見ると、彼方から女の影が夕靄につつまれてくる。女は、羅衣の被衣を冠り、螺鈿鞍を置いた駒へ横乗りに騎って、手綱を、鞍のあたりへただ寄せあつめていた。
馬には、音楽が分るとかいうが、いかにも笛の音が分るように、馬上の女がふく横笛に聞き恍れながら、のたり、のたりと、緩い脚を運んで来るのだった。
『化けたな』
と、伊織はすぐ思った。
うすずく陽を背後にして、馬上に笛をすさびながら来る被衣の麗人は、まったく彼ならでも、この世の人とも思えなかった。
七
伊織は、青蛙のように、小さくなって、草むらに屈みこんでいた。
そこはちょうど、南の谷へ降りる坂道の角になっていた。――もし女が馬上のまま、ここまで来たら、不意に斬りつけて、狐の正体を剝いでやろう――と、考えていたのである。
真っ赤な日輪は今、渋谷の山の端に沈みかけて、覆輪をとった夕雲が、むらむらと宵の空をつくりかけていた。地上はもう夕闇だった。
――おつうどの。
ふと、何処かで、そんな声がしたようだった。
(――おつウどの)
伊織は、口のうちで、口真似してみた。
疑ってみると、その声も、何だか人間放れのした五音であった。
(仲間の狐だな)
狐の友が、狐をよんだ声にちがいない。――伊織は、近づいて来る騎馬の女を、狐の化けたものと、飽くまで信じて惑わないのであった。
草の中からふと見ると、馬の背へ横乗りになった麗人は、もう坂の角まで来ていた。この辺りには、樹が少いので、馬上の姿は、宵闇の地上からぼかされて、上半身は、赤い夕空に、くッきりと明瞭に描かれていた。
伊織は、草むらの中に、身づくろいをしながら、
(おらの隠れていることを知らないな)
と、思って、刀をかたく持ち直していた。
そして彼女が、もう十歩ほど出て、南の方の坂道を降りかけたら、飛び出して、馬の尻を斬ってやろうと考えていた。
狐というものは大概――化けている象から何尺か後に身を置いているものだと――これも幼少からよく聞いていた俚俗の狐狸学を思い出して、伊織は固唾をのんでいたのである。
だが。
騎馬の女性は、坂の口のてまえ迄来ると、ふと、駒を止めてしまい、吹いていた笛を、笛囊に納めて、帯のあいだに手挾んだ。そして――眉の上に当る被衣の端に手をかけて、
『......?』
何か、探すような眼をして、鞍の上から見まわしているのであった。
――おつうどのう。
又しても、どこかで同じ声が聞えた。――と思うと、馬上の佳人は、ニコと白い顔を綻ばせて、
『お。――兵庫さま』
と、小声にさけんだ。
するとやっと、南の谷から、坂道を上って来たひとりの侍の影が――伊織の眼にも分った。
――オヤッ?
伊織は、愕然とした。
何とその侍は、跛行をひいているではないか。さっき、自分が斬りつけて逃がした狐も跛行だった。察するところ、この狐めは、自分に脚を斬られて逃げた狐のほうに違いない。よくもよくもこう巧く化けて来たものと――伊織は舌を巻くと共に、ぶるぶるッと、身ぶるいを覚えて、思わず、尿を少し洩らしてしまった。
その間に、騎馬の女と、跛行の侍は、何か、ふた言三言話していたが、やがて侍は馬の口輪をつかんで、伊織のかくれている草むらの前を通りすぎた。
(今だ!)
と、伊織は思ったが、体がうごかなかった。――のみならずその微かな身動きをすぐ気どったらしく、馬のそばから振り顧った跛行の若い侍は、伊織の顔を、ぐいと睨みつけて行った。
その眼ざしからは、山の端の赤い日輪よりも、もっとするどい光が、ぎらりと射したような気がした。
で――伊織は、思わず草の中に俯ッ伏してしまった。生れてから十四の年まで、こんな怖いと思ったことはまだなかった。自分の位置を覚られる惧れさえなかったら、わっと、声をあげて泣き出したかも知れなかった。
懸 り 人
一
坂は急であった。
兵庫は、駒の口輪をつかみ、反り身になって馬の脚元を撓めながら、
『お通どの、遅かったなあ』
鞍の上を振り仰いでいった。
『――参詣にしては、余り遅いし、日も暮れかかるので、叔父上は案じておられる。――で、迎えに来たわけだが、何処ぞへ、廻り道でもして来たのか』
『ええ』
お通は、鞍の前つぼへ、身を屈めながら、それに答えず、
『勿体ない』
といって、駒の背から降りてしまった。兵庫は、足をとめて、
『なぜ降りるのじゃ。乗っておればよいのに』
と、顧みる。
『でも、あなた様に口輪を把らせて、女子のわたくしが......』
『相変らず遠慮ぶかいなあ。さりとて、女子に口輪をつかませて、わしが乗って帰るのもおかしい』
『ですから、二人して、口輪を把って参りましょう』
と、お通と兵庫は、駒の平首を挾んで、両側から口輪を持ち合った。
坂を降りるほど、道は暗くなった。空はもう白い星だった。谷の所々には、人家の明りがともっている。そして渋谷川の水が音をたてて流れてゆく。
その谷川橋のてまえが、北日ケ窪であり、向うの崖を、南日ケ窪とこの辺では称んでいる。
その橋手前から北側の崖一帯は、看栄禀達和尚の創始されたという、坊さんの学校になっていた。
坂の途中に今見えた「曹洞宗大学林栴檀苑」と書いてあった門がその入口なのである。
柳生家の邸は、ちょうど、その大学林と向い合って、南側の崖を占めているのであった。
だから、谷あいの渋谷川に沿って住んでいる農夫や、小商人たちは、大学林の学僧たちを北の衆とよび、柳生家の門生たちを南の衆と呼んでいた。
柳生兵庫は、門生たちの中に交じっているが、宗家石舟斎の孫にあたり、但馬守からは甥にあたるので、ひとり別格な、そして自由な立場にあった。
大和の柳生本家に対して、ここは又、江戸柳生と称されていた。そして本家の石舟斎が、最も可愛がっていたのは、孫の兵庫なのだった。
兵庫は二十歳を出ると間もなく、加藤清正に懇望されて、破格な高禄で、いちど肥後へ召抱えられてゆき、禄三千石を喰んで熊本へ居着くことになっていたが――関ケ原以後の――いわゆる関東お味方組と、上方加担の大名との色わけには、複雑極まる政治的な底流があるので去年、
(宗家の大祖父が危篤のため)
というよい口実を得た折に、いちど大和へ帰り、その以後は、
(猶、修行の望みあれば)
と称して、それなり肥後へ帰らず、一両年のあいだ諸国を修行にあるいて、去年からこの江戸柳生の叔父の許に、足をとめている身であった。
その兵庫は、ことし二十八歳であった。折から、この但馬守の屋敷には、お通という一女性も居合わせた。年頃の兵庫と、年頃のお通とは、すぐ親しくなったが、お通の身上には複雑な過去があるらしいし、叔父の眼もあるので、兵庫はまだ、叔父にも彼女にも、自分の考えは、一度も口に出した事はなかった。
二
――だが、猶ここで、説明しておかなければならない事は、お通がどうして、柳生家に身を寄せていたかという事である。
武蔵の側を離れて、お通が、その消息を絶ってしまったのは、もう足掛け三年も前――京都から木曾街道を経て、江戸表へ向って来た――彼の途中からの事だった。
福島の関所と、奈良井の宿のあいだで、彼女を待っていた魔手は、彼女を脅迫して、馬に乗せ、山越えを押して、甲州方面へ逃びのびた足どりだけは前に述べておいた。
その下手人は、まだ読者の記憶にもそう遠くはなって居ない筈の――例の本位田又八であった。お通は、その又八の監視と束縛をうけながらも、珠を抱くように、貞操を護持して、やがて武蔵、城太郎など、行き迷れた人々が、それぞれの道を辿って江戸の地を踏んでいたであろう頃には――彼女も江戸に居たのであった。
何処に。
又、何をして。
と――今それを審さに書き出すとなると、再び、二年前に遡って語り直さなければならなくなるから、ここでは、以下簡略に、柳生家へ救われた経路だけを概説することに止めておく。
又八は、江戸へ着くと、
(とにかく喰う道が先だ)
と、職を捜した。
元より、職をさがして歩くにも、お通は一刻も放さない。
(上方から来た夫婦者で――)
と、どこへ行っても、自称していたのである。
江戸城の改築をしているので、石工、左官、大工の手伝いなどならその日からでも、仕事があったが、城普請の労働の辛い味は、伏見城でもさんざん嘗めているので、
(どこか、夫婦して働けるような所か、家に居てやる筆耕みたいな仕事でもありますまいか)
と、相変らず、優柔不断なことばかりいい歩いているので、多少肩を入れかけてくれた者も、
(いくら江戸でも、そんな虫のいい、お前方の注文どおりな仕事があるものか)
と、あいそをつかして、見向きもされなくなってしまうという風であった。
――そんな事で、幾月かを過ごすうち、お通は、努めて、彼に油断をさせるよう、貞操にふれない限りでは、何でも、素直になっていた。
そのうち、彼女は或る日、往来を歩いていると、二階笠の紋をつけた挾み箱や塗り駕籠の行列に行き会った。路傍に避けて礼を執る人々の囁きを聞くと、
(あれが、柳生様じゃ)
(将軍家のお手をとって、御指南なさる但馬守様じゃ)
――お通はふと、大和の柳生ノ庄にいた頃を思い出し、柳生家と自分との由縁を考え、ここが大和の国であったらなどと、儚い頼りを胸に抱いて、その時も、又八が側にいたので茫然と見送っていると、
(オオ、やはり、お通どのだ。――お通どの、お通どの)
と、路傍の人々の散らかる中を捜し求めて、後からこう呼び止めた人がある。
今、但馬守の駕わきに歩いていた菅笠の侍で――何と、顔を見合えば、柳生ノ庄でよく見知っている――石舟斎の高弟木村助九郎ではないか。
慈悲光明の御仏が救いの使を向け給うたかとばかり――お通は、取り縋って、
(オ。あなたは)
と、又八を捨てて、彼のそばへ走り寄った。
その場から、彼女は、助九郎に連れられて、日ケ窪の柳生家へ救われて行った。もちろん鳶に油揚を攫われた形の又八も、黙っている筈はなかったが、
(話があるなら、柳生家へ来い)
と、助九郎の一言に、口惜しげに唇をひん曲げたまま、例の臆心と、柳生家の名に、ぐの音もいえず見送ってしまったわけである。
三
石舟斎はいちども江戸表へは出て来なかったが、秀忠将軍の指南役という大任をうけて、江戸に新邸を構えている但馬守の身は、本国柳生ノ庄にいながらも、たえず案じているらしかった。
今、江戸はおろか、全国的にまで、
(御流儀)
といえば、将軍の学ぶ柳生の刀法のことであり、
(天下の名人)
といえば、第一指に、誰しも、但馬守宗矩を折るほどであった。
けれど、その但馬守でも、親の石舟斎の眼から見れば、
(あの癖が出ねばよいが)
とか、
(あの気儘で勤まろうか)
などと、昔ながらの子供に思えて、遠くから、明け暮れ取りこし苦労をしていることは、およそ剣聖と名人の父子も、凡愚と俗才の父子も、その煩悩さに於いては何のかわりもない。
殊に、石舟斎は、昨年あたりから病がちで、そろそろ天寿をさとると共に、よけいに、子をおもい、孫の将来についての念いが深くなって来たようであった。又、多年自分の側においた門下の四高足、出淵、庄田村田なども、それぞれ越前家だの、榊原家だの、知己の大名へ推挙して、一家を立てさせ、この世の暇の心支度をしているかに見えた。
又、その四高足の中の一人、木村助九郎を国許から江戸へよこしたのも、助九郎のような世馴れた者が但馬守のそばにいれば、何かと役に立つであろうという、石舟斎の親心からであった。
以上で、ざっと、柳生家のここ両三年の消息は伝えたと思うが、そうした江戸柳生の新邸へ――否、もっと家庭的に、但馬守の許には、ひとりの女性と、ひとりの甥とが、何っ方も、懸り人どして身を寄せていたのである。
それが、お通と、柳生兵庫とであった。
助九郎がお通を連れて来た場合は、それが石舟斎に侍いていた事もある女性なので、但馬守も、
(心おきなく、何日までも足を留めておるがよい。奥向きの用なども手伝うてもらおう)
と、気軽であったが、後から甥の兵庫も来て、共に寄食するようになると、
(若いふたり)
という眼をもって視なければならなくなったので、何か、絶えず家長としての気ぼねを抱くようになっていた。
――だが、甥の兵庫という人物は、宗矩とちがって、至って気楽な性質とみえ、叔父がどう見ようが思おうが、
(お通どのはいい。お通どのはわしも好きだ)
と、いって憚らないふうであった。然し、その好きだ――というにも多少の見得はつつんでいるとみえ、
(妻に)
とか、
(恋している)
とか、そんな事は、叔父にもお通にも、決して口に出すことはなかった。
さて。
――その二人は今、駒の口輪を挾んで、とっぷり暮れた日ケ窪の谷へ降り、やがて南面の坂を少し上ると、すぐ右側の柳生家の門前に足をとめ、兵庫がまずそこを叩いて、門番へ呶鳴った。
『平蔵、開けろ。――平蔵。――兵庫とお通さんのお戻りだぞ』
飛 札
一
但馬守宗矩は、まだ四十に二つ間があった。
彼は、俊敏とか剛毅とかいう質ではなかった。どっちかといえば聡明な人で、精神家というよりも、理性家であった。
その点が、英邁な父の石舟斎とも違っていたし、甥の兵庫の天才肌とも多分に違っていた。
大御所家康から柳生家に、
(誰ぞひとり、秀忠の師たるべき者を江戸へさし出すように)
と、いう下命があった時、石舟斎が、子や孫や甥や門人や、多くの一門からすぐ選んで、
(宗矩、参るように)
と、いいつけたのも、宗矩の聡明と温和な性格が、適していると見たからであった。
いわゆる御流儀といわれる柳生家の大本とするところは、
――天下を治むる兵法
であった。
それが石舟斎の晩年の信条であったから、将軍家の師範たるものは、宗矩のほかにないと推挙したのであった。
又、家康が、子の秀忠に、剣道のよい師をさがして、それに就かせたのも、剣技に長じさせる為ではなかった。
家康は、自分も奥山某に師事して、剣を学んでいたが、その目的は、
(見国の機を悟る――)
にあると常にいっていた。
だから御流儀なるものは、従って、個人力の強い弱いの問題よりも、まず大則として、
――天下統治の剣
である事。又、
――見国の機微に悟入する
のが、その眼目でなければならなかった。
だが、勝つ、勝ちきる、飽くまで何事にも打ち勝って生き通す――事が剣の発足であり、又最後までの目標である以上、御流儀だから個人的試合においては弱くてもよいという建前は成り立たない。
いや、むしろ、他の諸流の誰よりも、柳生家はその威厳のためにも、絶対に、優越していなければならなかった。
そこに、絶えず、宗矩の苦悶があった。――彼は、名誉を負って江戸へ上ってから一門のうちで一ばん恵まれた幸運児のように見えているが、事実は、最も辛い試練に立たされていたのだった。
『甥は羨ましい』
と、宗矩はいつも、兵庫の姿を見ては、心の裡でつぶやいた。
『ああなりたいが』
と思っても、彼には、その立場と性格から、兵庫のような自由にはなれないのだった。
その兵庫は今、彼方の橋廊下を越えて、宗矩の部屋のほうへ渡って来た。
ここの邸は、豪壮を尊んで建築させたので、京大工は使わなかった。鎌倉造りに倣わせて、わざと田舎大工に普請させたものである。この辺は樹も浅く山も低いので、宗矩はそうした建築の中に住んで、せめて、柳生谷の豪宕な故郷の家を偲んでいた。
『叔父上』
と、兵庫がそこをさし覗いて、縁に膝まずいた。
宗矩は、知っていたので、
『兵庫か』
中庭の坪へ眼をやったままで答えた。
『かまいませぬか』
『用事か』
『ベつに用でもございませぬが......ただお話に伺いましたが』
『はいるがよい』
『では』
と、兵庫は初めて室へ坐った。
礼儀の実にやかましいことは、ここの家風であった。兵庫などから見ると、祖父の石舟斎などには、ずいぶん甘えられる所もあったが、この叔父には寄りつく術がなかった。いつも端然と、真四角に坐っていた。時には、気の毒のような気持さえするほどだった。
二
宗矩は、ことば数も尠いたちであったが、兵庫の来た機に、思い出したらしく、
『お通は』
と、訊ねた。
『戻りました』
と、兵庫は答えて、
『いつもの、氷川の社へ参詣に行って、その帰り道、彼方此方、駒にまかせて歩いて来たので、遅くなったのだと申しておりました』
『そちが迎えに行ったのか』
『そうです』
『............』
宗矩は、それから又、短檠に横顔を照らされたまま、暫く口を緘んでいたが、
『若い女子を、いつまで邸に止めておくのも、何かにつけ、気がかりなものだ。助九郎にもいっているが、よい折に、暇を取って、どこぞへ身を移すようにすすめたがよいな』
『......ですが』
兵庫は、やや異議を抱くような口吻で、
『身寄もなにもない、不愍な身上と聞きました。ここを出ては、他に行く所もないのではございますまいか』
『そう思い遣りを懸けたひには限りがない』
『心だての好いものと――祖父様も仰せられて居たそうで』
『気だてが悪いとは申さぬが――何せい若い男ばかりが多いこの邸に、美しい女がひとり立ち交ると、出入の者の口もうるさいし、侍どもの気もみだれる』
『............』
暗に自分へ意見しているのだ、とは兵庫は思わなかった。なぜなら、自分はまだ妻帯していないし、又お通に対しても、そう人に訊かれて恥じるような不純な気持は持っていないと信じているからだった。
むしろ、兵庫は、今の叔父のことばを、叔父自身が、自身へいっているように思われた。宗矩には格式のある権門から輿入している妻室があった。その妻室は、表方とはかけ離れていて、宗矩と琴瑟が和しているか居ないかも分らないほど奥まった所に生活しているが――まだ若いし、そうした深窓にいる女性だけに――良人の身辺にお通のような女性が現れたことは、決して、よい眼で見ていないことは想像に難くないことであった。
こん夜も、浮いた顔いろでないが――時々、宗矩が、表の部屋で、ただひとり寂然としている姿など見ると、
(何か奥であったのではないか)
と、兵庫のような、独身者の神経にも、思い遣られることがある。殊に、宗矩は、真面目な質だけに、女のいうことばだからといって、大まかに、
(黙っておれ)
と、一喝しておくことができない良人であった。
表に対しては、将軍家師範という大任を感じていなければならない良人は又、妻室へはいっても何かと要らない気をつかわなければならなかった。
――といって、そんな顔いろも愚痴も人には示さない宗矩だけに、ふと、沈湎と独りの想いに耽ることが多かった。
『助九郎とも、相談してお煩いのないようにしましょう。お通どのの事は、てまえと助九郎におまかせ置きください』
叔父の心を察して、兵庫がいうと、宗矩は、
『はやいがよいな』
と、つけ加えた。
その時、用人の木村助九郎がちょうど、次の間まで来て、
『――殿』
と、文筥を前に、灯影から遠く坐った。
『なんじゃ』
振顧ると、その宗矩の眼ざしに向って、助九郎は膝をすすめ直して告げた。
『お国許から、ただ今早馬のお使いが到着いたしました』
三
『――早馬?』
宗矩は、思い当ることでもあるように、声を弾ませた。
兵庫も、すぐ察して、
(さては)
と、思った。然し口に出していい事ではないので、無言のまま助九郎の前から文筥を取次ぎ、
『何事でございましょうか』
と、叔父の手へ渡した。
宗矩は、手紙を披いた。
本国柳生城の家老――庄田喜左衛門からの早打であって、筆のあとも走り書きに、
大祖(石舟斎)さま御事
又々、御風気のところ
此度は御模様ただならず
畏れながら旦夕に危ぶまれ申候
然し乍ら、猶御気丈に在し、
たとえ身不慮のことあるも、
但馬守は将軍家指導の大任あるもの故、
帰郷に及ばずとの仰せに候
さは仰せられ候ものの臣下の者、
談合のうえ、とりあえず先は飛札かくの如くござ候
月 日
『......御危篤』
宗矩も、兵庫も、呟いたまま、暫く暗然としていた。
兵庫は、叔父の顔いろの中に、もう総てが解決しているのを見た。こういう場合にあたっても惑わず乱れず、すぐ肚の極まるところは、やはり宗矩の聡明な点に依るものといつも感服する。兵庫となると、ただ徒らに、情がみだれて、祖父の死に顔だの、国許の家来たちの嘆きだの――そうしたものばかり見えて時務の判断はつかなかった。
『兵庫』
『はあ』
『わしに代って、すぐに其方は発足してくれぬか』
『承知いたしました』
『江戸表の方――すべて何事も御安心なさるように――』
『お伝えいたします』
『御看護もたのむ』
『はい』
『早打の様子では、よほどおわるいらしい。神仏の御加護をたのみ参らすばかり......急いでくれよ。お枕辺に、間にあうように』
『――では』
『もう行くか』
『身軽な拙者。せめて、こんな時のお役にでも立たねば』
兵庫は、そういって、すぐ叔父に暇乞いをし、自分の部屋へ退がった。
彼が、旅支度をしている間に――もう国許の凶報は、召使の端にまで分って、邸内には、どこともなく、人々の憂わしげな気もちが漂い合った。
お通も、いつのまにか旅支度をして、彼の部屋を、そっと訪れ、
『――兵庫様。どうぞ私も、お連れ遊ばしてくださいませ』
と、泣き伏して頼んだ。
『できない迄も、せめて、石舟斎様のお枕べに参って万分の一の御恩返しでもさせて戴きとうございます。柳生ノ庄でも深い御恩をうけ、江戸のお邸においていただいたのも、恐らくは、大殿様の御余恵と存じあげておりまする。......どうぞ、お召し連れ下さいますように』
兵庫は、お通の性質をよく知っていた。叔父なら断るであろうと思いながら、彼は、その願いを断れなかった。
むしろ、先刻宗矩からの話もあった所なので、ちょうどよい折かも知れないとさえ考えられて、
『よろしい。しかし、一刻も争う旅。馬や駕を乗りついでも、わしに尾いて来られるかな』
と、念を押した。
『はい。どんなにお急ぎ遊ばしても――』
と、お通は欣しげに、涙をふいて、兵庫の身支度をいそいそ手伝った。
四
お通は又、但馬守宗矩の部屋へ行って、自分の心もちを述べ、長い月日の恩を謝して、暇乞いをすると、
『おお、行ってくれるか。そなたの顔を見たら、さだめし御病人もお欣びになるであろう』
と、宗矩も異存なく、
『大事に参れよ』
路銀や小袖の餞別けなど、何くれとなく、さすがに離情をこめて心づけてくれる。
家臣たちは、門をひらき、挙ってその両側に並行して見送った。
『おさらば』
と、兵庫は一同へあっさり挨拶を残して出て行く。
お通は腰帯を裾短かにくくり、塗の市女笠に、杖を持っていた。――その肩に藤の花を担わせたら、大津絵の藤娘になりそうな――と人々はその優婉かな姿が、あしたからここに見られないのを惜しんだ。
乗物は、駅路の行く先々で、雇うことにして、夜のうちに、三軒家あたり迄は行けようと兵庫とお通は、日ケ窪を立った。
まず大山街道へ出て、玉川の渡船を経、東海道へ出ようと兵庫はいう。お通の塗笠には、もう夜の露が濡れ初めていた。草深い谷間川に沿って歩くと、やがてかなり道幅のひろい坂へかかった。
『道玄坂』
と、兵庫が独り言のように教える。
ここは鎌倉時代から、衝要な関東の往来なので、道は拓けているが、鬱蒼とした樹木が左右の小高い山をつつみ、夜となると、通る人影は稀れだった。
『さびしいかね』
兵庫は、大股なので、時々足を止めて待つ。
『いいえ』
にことして、お通は、そのたびに幾分か脚を早めた。
自分を連れている為、柳生城の御病人の枕許へ着く日が、少しでも遅れてはすまないと心のうちに思う。
『ここは、よく山賊の出たところだ』
『山賊が』
彼女が、ちょっと、眼をみはると、兵庫は笑って、
『昔の事だ。和田義盛の一族の道玄太郎とかいう者が、山賊になって、この近くの洞穴に住んでいたとかいう』
『そんな怖い話はよしましょう』
『さびしくないというから』
『ま、お意地のわるい』
『はははは』
兵庫の笑い声が、四辺の闇に木魂する。
なぜか兵庫は、心が少し浮いていた。祖父の危篤に国許へいそぐ旅路を――済まないと責めながらも、密かに、楽しかった。思いがけなく、お通とこんな旅をすることのできた機会を、欣ばずにいられなかった。
『――あらっ』
何を見たか、お通は、ぎくと脚をもどした。
『なにか?』
兵庫の手は無意識に、その背を庇う。
『......何かいます』
『どこに』
『おや、子供のようです。そこの道傍に坐って。......何でしょう、気味のわるい、何か、独り言をいって、喚いているではございませんか』
『......?』
兵庫が近づいて見ると、それは今日の暮れ方、お通と邸へもどる途中、草むらの中にかくれていた見覚えのある童子であった。
五
兵庫とお通のすがたを見ると、
『――あっ』
何思ったか、伊織は、やにわに跳ね起きて、
『ちくしょうッ』
と、斬りつけて来た。
『あれっ』
お通がさけぶと、お通へも、
『狐め。この狐め』
子供の小腕だし、刀も小さいが、侮り難いのは、その血相である。なにか、憑り移っているように蒐って来る向う見ずな切先には、兵庫も、一歩退かなければならなかった。
『狐め。狐め』
伊織の声は、老婆みたいにシャ嗄れていた。兵庫は不審に思って、彼の鋭鋒を、そのなすがままに避けて、暫く眺めていると、やがて、
『――どうだッ!』
伊織は、その刀を揮って、ひょろ長い一本の灌木をズバリと斬り、木の半身がばさっと草むらへ仆れると、自分も共に、へなへなと坐って、
『どうだ! 狐』
と、肩で息をついているのであった。
その容子が、いかにも、敵を斬って血ぶるいでもしているような体なので、兵庫は初めて頷きながら、お通を顧みて微笑した。
『かあいそうに、この童は、狐に憑かれているらしい』
『......ま、そういえば、あの恐い眼は』
『さながら狐だ』
『助けてやれないものでしょうか』
『狂人と馬鹿は癒らないが、こんなものはすぐ癒る』
兵庫は、伊織の前へ廻って、彼の顔をじいっと、睨めつけた。
くわっと、眼をつりあげた伊織は又、刀を持ち直して、
『ち、畜生、まだ居たかっ』
起ち上ろうとする出鼻を、兵庫の大喝が、彼の耳をつきぬいた。
『ええーいッ』
兵庫はいきなり、伊織の体を、横抱きにして駈け出した。そして坂を下ると、さっき渡った街道の橋がある。そこで、伊織の両脚を持って、橋の上から欄干の外へ吊り下げた。
『おっ母さあん!』
金切声で、伊織はさけんだ。
『お父つあん!』
兵庫はまだ、離さずに、吊り下げていた。すると三声目は、泣き声で、
『先生っ。たすけて下さいっ』
といった。
お通は後から駈けて来て、兵庫の酷い仕方に、自分の身が苦しむように、
『いけません、いけません、兵庫さま! よその子を、そんな酷い事をしては――』
いう間に、兵庫は、伊織の体を橋の上へ移して、
『もうよかろう』
と、手を離した。
わあん、わあん......と伊織は大声で泣き出した。この世に自分の泣き声を聞いてくれる者が一人もない事を悲しむように、愈々、声をあげて泣いた。
お通は、そばへ寄って、彼の肩をそっと触ってみた。もう先刻のように、その肩は硬く尖っていなかった。
『......おまえ、どこの子?』
伊織は、泣きじゃくりながら、
『彼っ方』
と指さした。
『彼っ方って何っ方』
『江戸』
『江戸の?』
『ばくろ町』
『まあ、そんな遠方から、どうしてこんな所へ来たの』
『使に来て、迷子になっちまったんだ』
『じゃあ、昼間から歩いているんですね』
『ううん』
と、かぶりを振りながら、伊織はすこし落着いて答えた。
『昨日からだい』
『まあ。......二日も迷っていたのかえ』
お通は、憐れを催して、笑う気にもなれなかった。
六
彼女は、重ねて、
『そして、お使とは、どこへお使に?』
訊くと、伊織は、訊いてくれるのを、待っていたように、
『柳生様』
と、言下だった。
そしてそれ一つだけは、生命がけで持っていたように、揉み苦茶になった手紙を、臍の辺りから取出し、上書の文字を星に透かして、
『そうだ、柳生様の中にいる、木村助九郎様ってえ人へ、この手紙を持って行くんだよ』
と、更にいい加えた。
ああ、伊織は何でその手紙を、折角、親切な人へ、ちょっとでも見せないのか。
使命を重んじているのか。
又は、目に見えない運命の何ものかがこんな場合、物の陰にいて、わざとそうさせずにいるのか。
伊織が、彼女のすぐ前で、皺だらけにして握っている手紙は、お通にとって、七夕の星と星とよりも稀れに、ここ幾年、夢にのみ見て、会いも得ず、便りもなかった人の――天来の機縁に恵まれるものではないか。
それを又。
――知らないという事はぜひもない。お通もべつに、眼をとめて、見ようともせず、
『兵庫さま、この子は、お邸の木村様を尋ねて来たのだそうです』
と、あらぬ方へ、顔を向けてしまう。
『ではまるで、方角ちがいを彷徨っていたな。――だが子供、もう近いぞ。この川の流れに沿って暫く行くと、左の方へ登りになる。そこの三叉道から、巨きな女男松のある方を望んでゆけ』
『又、狐に憑かれないように』
と、お通は危ぶむ。
だが、伊織は、漸く霧のはれたような心地がして、もう大丈夫と自信を持ったらしく、
『ありがとう』
と、駈け出した。
渋谷川に沿って、少し行ったかと思うと、彼は、足をとめて、
『左だね。――左の方へ登るんだね』
と、念を押しながら、指さしていう。
『うむ』
兵庫は頷きを送って、
『暗い所があるぞ。気をつけて行けよ』
――もう返辞もしない。
伊織の影は、若葉のふかい丘道の中へ、吸われるように隠れ去った。
兵庫とお通は、まだ橋の欄に残って、何を見送るともなく見ていた。
『鋭いな、あの童は』
『賢いところがありますね』
彼女は、胸の中で、城太郎と思いくらべていた。
彼女の描いている城太郎は、今の伊織に少し脊を足したぐらいなものであるが、数えてみると、今年はもう十七歳になる。
(どんなに変ったろう)
と、思う。
ひいては又、武蔵を恋う痛いような物思いが、胸さきへ募りかかって来たが、
(いや、ひょっとしたら、思いがけない旅先で、かえってお目にかかれようも知れぬ)
と、儚い頼みに紛らわしてしまうべく、この頃は、恋の苦しみに耐える事にも馴れた心地である。
『おう急ごう。こよいは仕方がないが、この先々で、もう道ぐさはしておられぬぞ』
兵庫は、自分を誡めていう。どこか暢気な兵庫には、そういう弱点のある事を、自分でも感じているらしいのだ。
――かくてお通も、道を急いだが、心は道の辺の草にも措いて、
(あの草の花も、武蔵さまが踏んだ草ではなかろうか)
などと、連れにも語れぬ想いばかりを独り胸に描いては歩いた。
仮名がき経典
一
『オヤ、おばば、手習いか』
今、外から戻って来たお菰の十郎は、お杉ばばの部屋をのぞき込むと、呆れたような又感心したような――顔をした。
そこは、半瓦弥次兵衛の家。
ばばは振向いて、
『おいのう』
と答えたのみで、うるさそうに又、筆を執り直し、何か書き物に余念がない。
お菰は、そっと側へ坐って、
『なんだ、お経文写しているんだな』
と、呟く。
ばばが耳も傾けないので、
『もういい年よりのくせに、今から手習いなんぞして、どうするつもりだ。あの世で手習い師匠でもする気かえ』
『やかましい。写経は、無我になってせねばならぬ。去んでくだされ』
『今日は外で、ちと耳よりな拾い物をしたので、はやく聞かしてやろうと思って帰って来たのに』
『後で聞きましょう』
『いつ終るのか』
『一字一字、菩提の心になって、ていねいに書くので、一部書くにも三日はかかる』
『気の永げえこったな』
『三日はおろか、この夏中には、何十部も認めましょう。そして生命のあるうちには、千部も写経して世の中の親不孝者に、遺して死にたいと思っているのじゃ』
『ヘエ、千部も』
『わしの悲願じゃ』
『その写した経文を、親不孝者へ遺すというのは、いったいどういう理由か、聞かしてもらいてえもんだな。自慢じゃねえが、こう見えても、親不孝の方じゃあ、おれも負けねえ組だが』
『おぬしも、不孝者か』
『ここの部屋にごろついている極道者は、みんな親不孝峠を越えて来た崩れに極ってらアな。――孝行なのは、親分ぐれえのもんだろう』
『嘆かわしい世の中よの』
『あはははは。ばあさん、ひどくおめえ悄気てるが、おめえの子も、極道者とみえるな』
『あいつこそ、親泣かせの骨頂。世に、又八のような不孝者もおろうかと、この父母恩重経の写経を思い立ち、世の中の不孝者に読ませてやろうと悲願を立てたが――親泣かせは、そんなにも、多いものかのう』
『じゃあ、その父母恩重経とやらを、生涯に千部写して、千人に頒けてやる気か』
『一人に菩提の胚子をおろせば、百人の衆を化し、百人に菩提の苗を生ずれば、千万人を化すという。わしの悲願は、そんな小さいものじゃない』
と、お杉はいつか筆を措いてしまって、傍らに重ねてある写し終りの薄い写経五、六部のうちから一冊をぬいて、
『――これを其方に与えますから、暇のあるたびに誦んだがよい』
と、恭しく授けた。
お菰は、ばばの真面目くさった顔に、ぷッとふきだしかけたが、鼻紙のように懐中へねじこむわけにもゆかず、写経を額に当てて、ちょっと拝む恰好をしながら、
『ところで』
と、身を交すように、急に話のほこをすげ替えた。
『――おばば、おめえの信心が届いたか、今日、外出の先で、おれはえらい奴に出ッ会わしたぜ』
『何。えらい者に会ったとは』
『おばばが、仇とねらって探している、宮本武蔵という野郎よ。――隅田川の渡船から降りた所で見かけたんだ』
二
『えっ、武蔵に出会ったと?』
聞くと、ばばはもう、写経どころではない。机を押しやって、
『して、どこへ行きましたぞえ。その行く先を、突き止めてくれたかよ』
『そこは、お菰の十郎だ、抜け目はねえ。野郎と別れるふりをして、横丁にかくれ、後を尾行てゆくと、ばくろ町の旅籠でわらじを脱いだ』
『ウウム、ではこの大工町とは、まるで目と鼻の先ではないか』
『そう近くもねえが』
『いや近い近い。きょう迄は、諸国をたずね、幾山河を隔てている心地がしていたのが、同じ土地にいるのじゃもののう』
『そういやあ、ばくろ町も日本橋のうち、大工町も日本橋の内、十万億土ほど遠くはねえ』
ばばは、すっくと立って、袋戸棚の中をのぞきこみ、かねて秘蔵の伝家の短い一こしを把ると、
『お菰どの、案内してたも』
『どこへ』
『知れたことじゃ』
『おそろしく、気が永げえかと思うと又、怖しく気が短けえなあ。今からばくろ町へ出向く気か』
『おいの。覚悟はいつもしていることじゃ。骨になったら、美作の吉野郷、本位田家へ骨は送ってくだされ』
『まあ、待ちねえ。そんな事になったひにゃあ、折角、耳よりな手懸りを見つけて来ながら、おれが親分に叱られてしまう』
『ええ、そのような、気遣いして居られようか。いつ武蔵が、旅籠を立ってしまわぬとも限らぬ』
『そこは、大丈夫、すぐ部屋にごろついているのを一匹、張番にやってある』
『では、逃がさぬ事を、おぬしがきっと保証しやるか』
『なんでえまるで......それじゃあ此っ方が恩を着るようなものじゃねえか。――だがまあ仕方がねえ、年よりの事だ、保証した保証した』
と菰は、なだめて、
『こんな時こそ、落着いて、もちッとその写経とやらをやって居なすっちゃどうだ』
『弥次兵衛どのは、きょうもお留守か』
『親分は、講中のつきあいで、秩父の三峰へ行ったから、いつ帰るか分らねえ』
『それを待って、相談をしてはおられまいが』
『だから一つ、佐々木様に来てもらって、御相談をしてみなすっちゃどうですえ』
翌る日の朝。
ばくろ町へ行って、武蔵の張番に立っている若い者からの諜報によると、
(武蔵はゆうべ晩く迄、旅籠の前の刀屋へ行って話しこんでいたらしいが、今朝は旅籠を引払って斜向いの刀研厨子野耕介の家の中二階へ移った)
とある。
お杉ばばは、それ見たことかといわんばかりに、
『見やれ、先も生きている人間じゃ、じっと、何日まで一つ所に居るものかいの』
と、お菰へいって、今朝は、焦々と、写経の机に坐りかねている容子。
だが、ばばの気性は、お菰も半瓦の部屋の者も、今では皆よく知りぬいている所となっているので、気にもかけず、
『いくら武蔵だって、羽が生えているわけじゃなし、まあそう、焦心りなさんなッてえことよ。後で、お稚児の小六が、佐々木様の所へ行って、篤と相談して来るといっているから――』
菰がいうと、
『なんじゃ、小次郎殿のところへ、昨夜行くといっていながら、まだ行っていないのか。――面倒な、わしが自身で行って来る程に、小次郎殿の住居は何処か教えてたも』
と、ばばは、自分の部屋にあって、もう身支度に忙しない。
三
佐々木小次郎が江戸の住居は、細川藩の重臣で岩間角兵衛が邸内の一棟――その岩間の私宅というのは、高繩街道の伊皿子坂の中腹、俗に「月の岬」ともいう地名のある高台で、門は赤く塗ってある。
――と、眼をつぶっても行けるように、半瓦の部屋の者が、教えて聞かすと、
『わかった。分った』
お杉ばばは、年よりの鈍を、若い者たちから見くびられたように取って、
『造作もない道、行て来る程に、後をたのみますぞ。親分どのもお留守、わけて火の用心に気をつけての』
草履の緒を結い、杖をつき、腰には伝家の一こしを差し、半瓦の家を出て行った。
何か用をして、ふと、出て来た菰の十郎が、
『おや、ばあさんは』
見廻して、訊ねると、
『もう、出かけましたぜ。佐々木先生の住所を教えろというから教えてやると、早のみこみに、たった今』
『しようのねえ婆さんだな。――おいおい小六兄哥』
広い若者部屋へ、声をかけると、遊び事をしていたお稚児の小六が、飛び出して来て、
『なんだ兄弟』
『なんだじゃねえ、おめえが呑み込んだまま、ゆうべ佐々木先生の所へ行かなかったものだから、ばあさんが、癇癪を起して、一人で出かけちまッたじゃねえか』
『自分で行ったら、行ったでいいだろう』
『そうもゆくめえ。親分が帰えって来てから、告げ口するにちげえねえ』
『口は達者だからな』
『そのくせ、体はもう、蟷螂みてえに、折ればポキリと折れそうに瘦せこけてやがる。気ばかり強いが、馬にでも踏まれたら、それっ限りだぞ』
『ちぇっ、世話がやけるな』
『すまねえが、今出かけて行ったばかりだから、ちょっくら、追いかけて行って、小次郎先生の住居まで、連れて行ってやってくれよ』
『てめえの親の面倒さえ見たことがねえのに』
『だから、罪亡しにならアなあ』
遊び事を半ばにして、小六はあわてて、お杉のあとを追いかけて行った。
菰の十郎は、おかしさを嚙みながら、若者部屋へはいって、ごろりと、片隅に寝ころんだ。
部屋は三十畳も敷ける広さで、藺筵が敷いてあり、大刀、手槍、鈎棒などが、手を伸ばす所にいくらでも備えてある。
板壁には、ここに起臥する無法者の乾児が、手拭だの、着替えだの、火事頭巾だの、襦袢だのを雑多に釘へ掛けつらね、中には、誰も着手のいるわけがない、紅絹裏のあでやかな女小袖なども掛け、蒔絵の鏡立ても、たった一つ置いてあった。
誰かが、或時、
(何だ、こんな物を)
と、外そうとすると、
(外しちゃいけねえ。それは佐々木先生が掛けといたんだから)
と、いった事がある。
理由を糺すと、
『野郎共ばかりを大勢部屋に詰めておくと、癇が立って、ふだんのケチな事にばかり殺気立ち、ほんとの死に場所へ出てから役に立たねえと、先生が親分へいっていたぜ』
と、説明した。
然し――女の小袖と蒔絵の鏡台ぐらいでは、なかなかここの殺気は和むべくもない。
『やい、胡魔化すな』
『だれが』
『てめえがよ』
『ふざけるな、いつおれが』
『まあ、まあ』
今も、大部屋の真ん中では、壺か加留多か、半瓦の留守をよいことにして、賭け事にかたまっている連中の額から、その殺気がもうもうと立ち昇っている。
四
菰は、その態を見て、
『よく飽きもせず、やってやがるなあ』
ごろんと仰向けに寝て、脚を組んだまま、天井を見ていたが、わいわい連の勝った負けたに、昼寝もならない。
そうかといって、三下の仲間にはいって彼等のふところを搾ってみた所ではじまらないので、眼をつむっていると、
『ちぇっ、きょうは、よくよく芽が出ねえ』
と、矢も弾も尽き果てたのが、惨澹たる顔をして菰のそばへ来ては共に、ごろんと枕を並べる。一人殖え、ふたり殖え、ここへ来て寝ころぶのは皆、時利あらずの惨敗組だった。
ひとりがひょいと、
『菰の兄哥これやあ何だい』
彼の懐中から落ちていた――一部の経文へ、手をのばして、
『お経じゃねえかこれやあ。がらにもねえ物を持ってるな。禁厭か』
と、めずらしがる。
やっと少し眠くなりかけていた菰は、しぶい眼をあいて、
『む......それか。そいつあ、本位田のばあさんが、悲願を立てて、生涯に千部写すとかいっている写経だよ』
『どれ』
少し文字の見えるのが、手へ奪って、
『なる程、ばあさんの手蹟だ。児童にも読めるように、仮名まで振ってあら』
『じゃあ、汝にも、読めるか』
『読めなくってよ、こんな物』
『ひとつ、節をつけて、美い声で誦んで聞かせてくれ』
『じょうだんいうな。小唄じゃあるめえし』
『なあにおめえ、遠い昔にゃあ、お経文をそのまま、歌謡にうたったものだあな。――和讃だってその一つだろうじゃねえか』
『この文句は、和讃の節じゃあやれねえよ』
『何の節でもいいから聞かせろッていうに。聞かせねえと、取っちめるぞ』
『やれやれ』
『――じゃあ』
と、そこで男は、余儀なく仰向けのまま、写経を顔の上に披いて、
仏説父母恩重経――
かくの如くわれ聞けり
ある時、ほとけ
王舎城の耆闍堀山中に
菩薩、声聞の衆といましければ
比丘、比丘尼、憂婆塞、憂婆夷
一切諸天の人民
竜神鬼神など
法を聴かんとして来り集まり
一心に宝座を囲繞し
またたきもせで尊顔を
仰ぎ瞻たりき――
『なんのこッたい』
『比丘尼ってえな、近頃、鼠色におしろいを塗って、傾城町より安く遊ばせるという、あれとは違うのか』
『しっ、黙ってろい』
是の時、ほとけ
乃ち法を説いて宣わく
一切の善男子善女人よ
父に慈恩あり
母に悲恩あり
そのゆえは
人のこの世に生るるは
宿業を因とし
父母を縁とせり
『なんだ。おやじと、おふくろの事か。お釈迦なんぞも、知れ切った御託しか並べやしねえ』
『叱......、うるせえぞ武』
『みろ、誦み手が、黙っちまったあ。聞きながらトロトロいい気持で聞いていたのに』
『よし、もう黙ってるから、先を謡えよ。もっと、節をつけて――』
五
――父にあらざれば生れず
母にあらざれば育たず
ここをもって
気を父の胤に禀け
形を母の胎内に托す
誦み手は、行儀わるく、仰向けの寝相を更えて、鼻くそをほじりながら――
この因縁を以ての故に
悲母の子を念うこと
世間に比いあることなく
その恩、未形に及べり
こんどは、余り皆、黙っているので誦む方が、張合がなくなって、
『オイ聞いているのか』
『聞いてるよ』
始め胎を受けしより
十月をふるの間
行、住、坐、臥
もろもろの苦悩をうく
苦悩休む時なきが故に
常に好める飲食衣服を得るも
欲執の念を生ぜず
一心ただ安く生産せんことを思う
『くたびれた、もういいだろ』
『聞いてるのに、なぜやめるんだよ。もっと謡えよ』
月充ち日足りて
生産の時いたれば
業風ふきて是を促がし
骨節ことごとく痛み苦しむ
父も心身おののき懼れ
母と子とを憂念し
諸親眷族みな苦悩す
すでに生れて草上に堕つれば
父母、欣び限りなく
猶、貧女の如意珠を待たるが如し
初めはふざけていた彼等も、次第に意味が酌めて来ると、聞くともなく聞き惚れていた。
――その子、声を発すれば
母も此の世に生れ出たるに似たり
爾来
母の懐を寝処とし
母の膝を遊び場とし
母の乳を食物となし
母の情を生命となす
母にあらざれは、着ず脱がず
母飢に中る時も
哺めるを吐きて子に啗わしめ
母にあらざれば養われず
その闌車を離るるに及べば
十指の爪の中に
子の不浄を食う
......計るに人々
母の乳をのむこと
一日八十斛
父母の恩重きこと
天の極まり無きがごとし
『............』
『どうしたんだい、おい』
『今、誦むよ』
『おヤ、泣いてるのか。ベソを搔きながら誦んでやがら』
『ふざけんない』
と、虚勢を出して又続けた。
母、東西の隣里に傭われ
或は水汲み、或は火焼き
或は碓き、或は磨ひく
家に還るの時
未だ至らざるに
わが児家に啼き哭して
我を恋い慕わんと思い起せば
胸さわぎ心愕き
乳ながれ出でて堪うる能わず
乃ち、走り家に還る
児、遙かに母の来るを見
脳を弄し、頭をうごかし
嗚咽して母に向う
母は身を曲げ、両手を舒べ
わが口を子の口に吻く
両情一致、恩愛の洽きこと
復たこれに過ぐるものなし
――二歳、懐を離れて始めて行く
父に非ざれば火の身を焼く事を知らず
母に非ざれば刀の指を堕すを知らず
三歳、乳を離れて始めて食う
父に非ざれば、毒の命を落すを知らず
母に非ざれば薬の病を救うを知らず
父母、外の座席に往き
美味珍羞を得るあれば
みずから喫わず懐に収め
喚びて子に与え、子の喜びを歓ぶ
『やい。......又ベソを搔いてんのか』
『何んだか、思い出しちまった』
『よせやい、てめえがベソを搔き搔き誦むもんだから、おれっち迄、変てこに、涙が出て来やがるじゃねえか』
六
無法者にも、親があった。
粗暴な、生命知らずな、その日暮しな、あらくれ部屋のゴロン棒も木の股から生れた子ではない。
ただここの仲間では平常、親のことなど口にすると、
(てッ、女々しい野郎だ)
と、片づけられるので、
(ヘン、親なんぞ)
と、有っても無い顔をしているのを、潔よしとしている風なのだ。
その父母がふと今、彼等の心の底から喚び起されて、急にしんみりしてしまったのであった。
初めは、鼻からちょうちんを出すように、ふざけた節をつけて、謡に唄って誦んでいた父母恩重経のことばも、それがいろはのように平易なので、誦むにつれ、聴くに従い、だんだん分って来たものとみえる。
(おれにも親があった)
ことを思い出すと、その身が、乳をのみ、膝に這った頃の、幼心に返って――形こそ皆、腕枕をかったり、足の裏を天井にあげたり、毛脛をむき出したりして、ごろごろ寝転んではいたが、知らず知らず頰に涙を垂れていた者が尠くなかった。
『ヤイ......』
と、そのうちの一人が、誦み人の男へいう。
『まだ、その先が、あるのか』
『あるよ』
『もちっと、きかしてくれ』
『待てよ』
と、誦み人の男は、起きあがって、鼻紙で洟をかんでから、こんどは坐って先を誦んだ。
――子、やや成長して
朋友と相交わるに至れば
父は子に衣を索め
母は子の髪を梳ずり
己が美好はみな子に捧げ尽し
自は故を着、弊れたるを纏う
――既に子、婦を索めて
他の女子を家に娶れば
父母をば転、疎遠にして
夫婦は特に親近にし
私房の中に語らい楽しむ
『ウーム、思い当るぞ』
と、誰かうなる。
......父母年高けて
気老い、力衰えぬれば
倚る所の者はただ子のみ
頼む所の者はただ婦のみ
しかるに朝より暮まで
未だ敢て一たびも来り問わず
夜半衾冷ややかに
五体安んぜず、復談笑なく
孤客の旅寓に宿泊するが如し
――或は復、急に事ありて
疾く子を呼びて命ぜんとすれば
十たび喚びて、九たび違い
遂に来りて給仕せず
却って怒り罵りていわく
老い耄れて世に残るよりは
早く死なんに如かずと
父母聞きて怨念胸に塞がり
涕涙、瞼を衝き目くらみ
噫、汝幼少の時
吾れにあらざれば養われざりき
吾れに非ざれば育てられざりき
噫、吾れ汝を......
『もう、おらあ、おらあ......誦めねえから、誰か誦んでくれ』
経を抛って、誦み人の男は泣きだしてしまった。
ひとりとして、声を出す者がない。横になっている者も、仰向けにひっくり転っている者も、胡坐の中へ鴨のように首を突ッこんでいる者も――
同じ部屋の、すぐ向こうの組では、勝った敗けたの賭け事に、慾の餓鬼が修羅のまなじりを吊りあげているかと思えば――ここの一組は、がらにもない無法者が、しゅくしゅく啜り泣いている。
その奇妙な部屋を見まわしながら入口に立って、
『半瓦は、まだ旅先から帰らぬのか』
佐々木小次郎が、ぶらりと訪れて、姿を見せた。
血五月雨
一
一方では、賭事に熱中しているし、ここでは皆、沈みこんで泣いているし、返辞をする者もないので、小次郎は、
『これ、どうしたのだ』
両腕で顔を被い、仰向けに寝ている菰の十郎のそばへ立つと、
『あ。先生で』
菰も、他の者も、あわてて眼を拭いたり洟をかんだりして起上り、
『ちっとも、存じませんで』
と、間が悪そうに、揃って辞儀をする。
『泣いておるのか』
『いえ、なあに、べつに』
『おかしな奴だの。――稚児の小六は』
『おばばに尾いて、今し方、先生のお住居へ出かけましたが』
『わしの住居へ』
『へい』
『はて、本位田のばばが、わしの住居へ、何用があって出かけたのか』
小次郎の姿が見えたので、賭博に耽っていた組も、あわてて散らかってしまい、菰のまわりにベソを搔いていた連中も、こそこそ姿を消してしまう。
菰は、きのう自分が、渡船口で武蔵に出会った事から話して、
『生憎、親分が旅先なんで、どうしたものか、とにかく先生に御相談した上の事にしようというので出かけましたが』
――武蔵と聞くと、小次郎の眼には、ひとりでに爛として燃えるものが充ちて来るのだった。
『ううむ、然らば武蔵は今、ばくろ町に逗留しておるのか』
『いえ、旅籠は引払って、そこのすぐ前にある刀研の耕介の家へ移ったそうで』
『ほ。それはふしぎな』
『何がふしぎで』
『その耕介の手許には、わしの愛刀物干竿が研に遣ってある』
『ヘエ、先生のあの長い刀が。――なるほどそいつあ奇縁ですね』
『実はきょうも、もうその研ができて居てもよい頃と、取りに出かけて来たのだが』
『えっ、じゃあ耕介の店へ寄ってお在でなすったんで?』
『いや、ここへ立ち寄ってから参るつもりで』
『ああ、それでよかった。迂ッかり先生が知らずに行ったりなどしたら、武蔵が気取って、どんな先手を打つかもしれねえ』
『なんの、武蔵如きを、そう恐れるには当らん。――だが、それにしても、ばばが居らねば何の相談も成らぬが』
『まだ伊皿子までは行きますまい。すぐ、足の迅い野郎をやって、呼び戻して参りましょう』
小次郎は、奥で待った。
――やがて灯ともし頃。
ばばが町駕に舁がれ、お稚児の小六と迎えに行った男はわきに付き、慌ただしく戻って来る。
夜、奥では凝議。
小次郎は、半瓦弥次兵衛の帰りを待つほどの事はない。自分が居るからには、助太刀して、きっと、ばばに武蔵を討たせてみるという。
菰もお稚児も、相手は近頃うわさにも上手と聞えた武蔵ではあるが、小次郎ほどの腕とは、どう高く買っても想像できない。
『じゃあ、やるか』
となる。
ばばは元より、
『おう、討たいで置こうか』
と、気がつよい。
けれど唯、ばばも年齢だけは如何とも仕方がない。伊皿子まで往復した疲れに、今夜は腰が痛いというのだ。――そこで小次郎の研の刀を取りに行くのは差控え、翌日の夜を待つことになった。
二
翌日の昼間。
彼女は行水を浴び、歯をそめたり、髪を染めたりした。
そして、黄昏れとなれば、物々しくも扮装にかかった。彼女の死装束とする白晒布の肌着には、紋散らしのように、諸国に亙る神社仏閣の印が捺してある。
浪華では住吉神社、京では清水寺、男山八幡宮、江戸では浅草の観世音、そのほか旅の先々で受けた所の神々や諸仏天は、今こそ、自分の肌身を固め給うものと信じて、ばばは、鎖帷子を着たよりも、心丈夫だった。
――でも、帯揚の中には、子の又八へ宛てた遺書を入れておくのを忘れていない。自分で写経した「父母恩重経」の一部にそれを挾んで、ふかく秘めておく。
いや、もっと驚くべき用心は、金入の底にはいつも、次のように書いた一札を入れていることである。
わたくし事、老齢にてありながら、大望のためさすらい居り候えば、いつなん時、返り討たれんも知れず、行路に病軀をさらし候わんも計られず、その砌りは、御ふびんと思召し、このかねにていかよう共、御始末たまわりたく、途上の仁人とおやくにん様方へ、おねがい申上げおきそろ
作州吉野郷士
本位田後家 す ぎ
自分の骨の届け先にまで心が届いていた。
さて又、腰には一刀、脛には白脚絆、手にも手甲、袖無の上から更にくけ帯をしかと締めなし、すっかり身仕度が成ると、自分の居間の写経机に、一椀の水を汲み、
『行んで来るぞよ』
と、生ける人へいうように、暫く、瞑目していた。
おそらく旅で死んだ、河原の権叔父へ告げているのであろう。
障子を細目に、菰の十郎は、そっと覗いて、
『おばば、まだか』
『支度かの』
『もう、よさそうな時刻だから――小次郎様も待っている』
『いつでもよいがの』
『いいのか。じゃあ、こっちの部屋へ来てくれ』
奥では、佐々木小次郎と、お稚児の小六、それに菰の十郎を加えて、こよいの助太刀三名、疾くから身支度して待っていた。
ばばの為に床の間の席は空けてあった。ばばはそこへ備前焼の置物みたいに硬くなって坐った。
『門出の祝いに』
と、三方の土器をとって、お稚児は、ばばの手に持たせ、銚子を把ってそっと酌ぐ。
次に小次郎。
順に飲みわけて――ではと四名はそこの灯を消して立ち出でた。
おれも、てまえもと、こよいの途に、気負って助太刀をいい出した乾児も多かったが、多人数はかえって足手まとい、それに夜とはいえ、江戸の町中、世上の聞えもあるからと、それらの希望は小次郎が退けたのであった。
『お待ちなすッて』
と、門を踏み出す四名の背なかへ、乾児のひとりが、カチカチと切火を磨った。
外は、雨雲の空もよう。
ほととぎすのよく鳴く此頃の闇であった。
三
犬がしきりと闇で吠える。
どこか四人の影に、凡事ならぬものが、獣の眼にもわかるとみえる。
『......はてな?』
暗い辻で、お稚児は後を振り顧った。
『なんだ、小六』
『変な奴が、さっきから、後を尾行て来るようなんで』
『ははあ、部屋の若い奴だな。なんでもかんでも、助太刀に一緒に連れて行けと強請んで肯かない奴が、一、二名いたではないか』
小次郎のことばに、
『しようのねえ奴だな。斬合が飯より好きだという野郎ですからね。――どうしましょう』
『抛っておけ。来るなと叱られても、尾いて来るような人間なら頼もしい所がある』
で――気にも止めず、そのまま四名は、ばくろ町の角を曲がった。
『ム......そこだな。刀研の耕介の店は』
遠く離れて、向い側の廂の下に小次郎は佇む。
もうお互いに、声をひそめて、
『先生は、今夜、初めて来たんですか』
『刀の研を頼む折は、岩間角兵衛どのの手から頼んだからな』
『で。どうしますか』
『先程、打合わしておいた通り、おばばも、其方たちも、そこらの物陰に潜んでおれ』
『だが、悪くすると、裏口から逃げやしませんか、武蔵のやつ』
『大丈夫、武蔵とわしとの間には、意地でも背後を見せられぬものがある。万一、逃げたりなどしたら、武蔵は剣士としての生命を失うことになろう。だが彼れは、それでも逃げるほど反省力のない男ではない』
『じゃあ両側の軒下に、わかれていますか――』
『家の中から、わしが武蔵を連れ出して、肩を並べながら往来を歩いて来る。足数にして、十歩ほども、歩いた頃に、わしが一太刀、抜き打ちに浴びせておくから――そこを、おばばに斬ってかからせるがよい』
お杉は、何度も、
『ありがとう御座りまする......。あなた様のおすがたが、八幡の御化身のように見えまする』
と、掌をあわせて拝んだ。
自己の影を拝まれながら「御たましい研所」の厨子野耕介の門口へ歩み寄って行った小次郎の心には、自分の行為に対する正義観が、他人には想像もつかないほど、大きく胸に拡がっていた。
彼と、武蔵のあいだには、初めから、そう宿怨というほどな事は何もなかった。
ただ、武蔵の名声が高まるにつれて、小次郎は、何となく快くなかったし、武蔵は又、小次郎の人よりもその力を、尋常でなく認めているので、彼に対しては、誰よりも特殊な警戒を抱いて迎えた。
それが数年も前から続いて来たのである。要するに、当初は双方がまだ若く、衒気や壮気に充ちきっていた。そして力の互角した者同士が起しやすい摩擦から醸された感情と感情のくいちがいに過ぎなかった。
だが――
顧みると、京都以来、吉岡家の問題を挾み、又、火を咥えて彷徨って歩くような朱実という女性を挾み、今また、本位田家のお杉ばばという者を、その喰い交いの感情に挾んで、小次郎と武蔵とのこの世に於ける面識は、宿怨といえないまでも、決して再び溶けないほどな、対立的な渠を深めて来つつあることは否み難い。
――ましてや、小次郎が、お杉ばばの観念を、そのまま自己の観念に加えて、あわれむべき弱者を扶けるという形に似た自己の行為の下に、自己の歪んだ感情をも、正義化して考えるようになって来ては、もう二人の相剋は、宿命というほかあるまい。
『......寝たのか。......刀屋、刀屋』
耕介の店の前に立つと、小次郎は、閉まっているそこの戸を、かろく叩いた。
四
戸の隙間から明りが洩れている。店に人気はないが、奥では起きているに違いない――と小次郎はすぐ察していた。
『――どなたで!』
主の声らしい。
小次郎は、戸の外から、
『細川家の岩間角兵衛どのの手から、研を頼んである者じゃ』
『あ、あの長剣ですかな』
『ともあれ、開けてくれい』
『はい』
――やがて戸が開く。
じろりと、双方で観る。
耕介は立ち塞がったまま、
『まだ研げておりませぬが』
無愛想にいう。
『――そうか』
と、返辞をした時は、小次郎はもう関わず中へはいって、土間わきの部屋の框へ、腰をすえこんでいたのである。
『いつ研げる!』
『さあ』
耕介は自分の頰を抓む。長い顔がよけいに伸びて眼じりが下がる。何か人を揶揄しているように見え、小次郎はすこし焦々した。
『あまり日数がかかりすぎるではないか』
『ですから、岩間様にも、お断りしておいたわけで。日限のところは、おまかせ下さいと』
『そう長びいては困る』
『困るなら、お持ち帰りねがいたいもので』
『なに』
職人ずれがいえる口幅ではない。小次郎は、そのことばや形を見て、人間の心を覗こうとしないので、さては、自分の訪れを早くも知って、武蔵が背後にひかえていることを、この男、強がっているに違いないと受け取った。
で、かくなっては、早いがいいと考え、
『時に、話はちがうが、其方の家に、作州の宮本武蔵どのが泊っているということではないか』
『ほ......。どこでお聞きなさいましたな』
それには、耕介も少し不意を受けた顔つきで、
『居るには、居りますが』
と、いい濁る。
『久しく会わぬが、武蔵どのは、京都以来存じておる、ちょっと、呼んでくれまいか』
『あなた様のお名前は』
『佐々木小次郎――そういえばすぐわかる』
『何と仰っしゃいますか、とにかく申しあげてみましょう』
『あ、ちょっと待て』
『なんぞまだ』
『余り唐突だから、武蔵どのが疑うといけないが、実は、細川家の家中で、武蔵どのとよく似た者が、耕介の店におると話していたので、訪ねて来たわけだ。よそで一献上げたいと思うから、お支度して来られるように、ついでに申してくれ』
『へい』
耕介は、暖簾口の見える縁を通って、奥へかくれた。
小次郎は後で、
(万一、逃げない迄も、武蔵がこっちの手にのらず、出て来ない場合にはどうするか? いっそ、お杉ばばに代って、名乗りかけ、意地でも、出て来ずにいられぬように仕向けるか?)
二段、三段の策までを、その間に考えていると――突然、彼の想像を遙かに跳び越えて、戸外の闇で、
『――ぎゃっ』
と、ただの肉声ではない。直かに他人の生命へもひびいて、ぞっと戦慄を覚えさせるような悲鳴が走った。
五
――しまった。
と、小次郎は抛り上げられたように、腰かけていた店框から突っ立った。
――こっちの策は破れた!
いや、策のウラを搔かれた!
武蔵はいつのまにか、裏口から戸外へまわり、お杉ばばや、菰や、お稚児や、手易い者へ先に挑戦して行ったらしい。
『よしっ、その分なら』
彼は、闇の往来へ、ぱっと躍り出した。
時は来た!
と、思う。
体じゅうの肉がぎゅっと緊りながら、血ぶるいするように闘志がいきり立つ。
(いつかは剣を把って会おう)
それは叡山から大津越えの峠の茶屋で、別れに誓ったことばである。
忘れてはいない。
その時が来たのである。
たといお杉ばばが返り討になっても、ばばの冥福には自分が武蔵の血をもって供養してやろう。
――と瞬間、小次郎の頭には、そんな義俠と正義の念が、火花みたいに突きぬけたが、十歩も跳ぶと、
『せ、先生っ』
道ばたに、苦悶していた人間が、彼の跫音に縋って、悲痛な声でさけんだ。
『やっ、小六?』
『......斬られた! ......や、斬られました......』
『十郎は、どうした。......お菰は』
『お菰も』
『なにっ』
見れば、そこから五、六間離れたところに、もう虫の息となっている菰の十郎の朱にまみれた体が見出された。
見えないのはお杉ばばの影である。
だが、それを探す眼の遑もなかった。小次郎自身が、自身の警戒にそそけ立っているのだ。八方の闇がみな、武蔵のすがたである如く、彼の五体には構えを要した。
『小六、小六』
ことぎれかかるお稚児へ、彼は早口に呶鳴って、
『武蔵は――武蔵はどこへ行ったか。武蔵は?』
『ち、ちがう』
小六は、上がらない首を、地で振りながら、やっといった。
『武蔵じゃねえ』
『何』
『......む、武蔵が、相手じゃねえのです』
『な、なんだと?』
『............』
『小六っ、もういちどいえ。武蔵が相手ではないというのか』
『............』
お稚児はもう答えなかった。
小次郎の頭は、もんどり打ったように搔き乱れた。武蔵でなくて誰が、一瞬にこの二人を斬って捨てたか。
彼は、こんどは、菰の十郎の仆れているそばへ行って、血でびしょ濡れになっている襟がみをつかみ起した。
『十郎っ、確乎りせいっ。――相手は誰だ、相手は、どっ方へ行った?』
すると、菰の十郎は、びくっと眼を開いたが、小次郎の訊ねたこととも、この場合の事件とも、まったく関聯のないことを、臨終の息で、泣くように呟いた。
『おっ母あ、......おっ母あ......ふ、ふ、不孝を』
きのう、彼の血の中に浸みこんだばかりの「父母恩重経」が、破れた傷口から噴きこぼれたのである。
――小次郎は知らず、
『ちいっ、何をくだらぬ』
と、襟がみを突き放した。
六
――と。何処かで、
『小次郎どのか。小次郎どのかよ』
と、お杉ばばの声がする。
声をあてに、駈け寄ってみると――これも無残な。
下水溜の中に、ばばは墜ち込んでいるのだった。髪や顔に、菜屑だの藁だのこびりつけて、
『上げて下され。はやく、上げて下され』
と、手を振っている。
『ええ、この体は、いったい何としたことだ』
むしろ腹立ち紛れである。力まかせに引ッぱり上げると、ばばは、雑巾のようにべたっと坐って、
『今の男は、もう何処ぞへ走ってしもうたか』
と、小次郎の問いたい事を、却って問う。
『ばば! その男とは抑、何者なのだ』
『わしには理が分らぬ。――ただ先程も、途中で誰か気づいたが、わし達の後を尾行て来たあの人影に違いない』
『いきなり、菰とお稚児へ、斬りつけて来たのか』
『そうじゃ、まるで疾風のようにな、何かいう間もない、陰から不意に出て来て、菰どのを先に仆し、稚児の小六が、驚いて抜き合わす弾みに、もう何処か斬られていたような』
『して、何っ方へ逃げたか』
『わしも、傍杖くって、こんな汚い所へ墜ちてしまったので、見もせなんだが、跫音はたしかに、彼っ方へ遠のいて行った』
『河の方へだな』
小次郎は宙を駈けた。
よく馬市の立つ空地を駈けぬけ、柳原の堤まで出て見た。
伐った柳の材木が、原の一部に積んである。そこに人影と灯が見えた。近づいてみると四、五挺の駕かきが屯しているのだった。
『オオ、駕屋』
『へい』
『この横丁の往来に、連れの者がふたり斬られて仆れている。それに下水溜りへ墜ちた老婆とがいるから、駕にのせて、大工町の半瓦の家まで送り届けておいてくれい』
『えっ、辻斬ですか』
『辻斬が出るのか』
『いやもう、物騒で、こちとらも、迂濶にゃ歩けやしません』
『下手人はたった今、そこの横丁から逃げ走って来たはずだが、其方たちは、見かけなかったか』
『......さあ、今ですか』
『そうだ』
『嫌だなあ』
駕かきは、空駕の三挺を、残らず舁いで、
『旦那、駄賃はどちらで戴くんですえ?』
『半瓦の家でもらえ』
小次郎はいい捨てて、又、そこらを駈け廻った。河べりを覗いてみたり、材木の陰を検めてみたりしたが、どこにも見当らなかった。
(辻斬だろうか?)
少し戻ると火除地の桐の木畑がある。そこを通って、彼はもう半瓦の家へ戻ろうと考えていた。出鼻の不首尾ではあるし、お杉ばばが居ないでは意味がない。又、こう乱れた気持で武蔵と剣のあいだに相見ることは、避ける方が賢明で、当ってゆくのは愚であると考えたからである。
すると、
桐林の道のわきから、ふいに刃らしい光がうごいた。ハッと眼を向ける間もなかった。頭の上の桐の葉が四、五枚ばさっと斬れて散りながら、その迅い光はすでに彼の頭へ臨んでいた。
七
『――卑怯ッ』
と、小次郎はいった。
『卑怯でない』
と二の太刀は、ふたたび、彼の退いた影を追い――ばさっと青桐の木陰から、闇を破って、跳ね出した。
三転して、小次郎は、七尺も跳び退き、
『武蔵とあろう者が、なぜ尋常に――』
と、いいかけたが、そのことばを途中から驚きの声に変えて、
『やッ、誰だっ? ......。おのれは何者だ。人ちがいするな』
と、いった。
三の太刀まで交された男の影は、はや肩で息をついていた。四の太刀はもう、自己の戦法の非を知って、中段にすえたまま、眼を刀の鋩子に燃やし、じりじり迫り直して来るのである。
『だまれ。人違いなどいたそうか。平河天神境内に住む小幡勘兵衛景憲が一弟子、北条新蔵とはわしがこと。こういったら、もう腹にこたえたであろうが』
『あっ、小幡の弟子か』
『ようもわが師を恥かしめ、又重ねて同門の友を、さんざんに討ったな』
『武士の慣い、討たれて口惜しければ、いつでも来い。そういえば、佐々木小次郎、逃げかくれする侍ではない』
『おおっ、討たいでおくか』
『討てるか』
『討たいでか』
尺――又二寸――三寸。
詰め寄って来るのを見つめながら、小次郎はしずかに、胸をひらき、右手を腰の大刀へ移して、
『――来いっ』
と誘う。
はっと、その誘いに、相手の北条新蔵が、戒心を持ったせつなに、小次郎の体が――いや腰から上の上半身だけが――びゅっと折れて、肱の弦を切ったかと見えたが、
――ちりん!
次の瞬間に、彼の刀の鍔は、彼の鞘へ戻っていた。
むろん、刃は鞘を脱し、そして鞘へ返っていたのであるが、肉眼で見える速度ではない。ただ、一線の細い光が、相手の北条新蔵の首すじあたりへ、キラと、届いたか、届かないかと、思えたくらいなものであった。
だが――
新蔵の体は、まだ股を踏みひらいたまま立っているのだ。血らしいものは、どこにも流れていない。けれど、何かの打撃をうけたことは事実である。なぜなら、刀は中段に支えたまま持っているが、左の片手は、左の首すじを、無意識に抑えていた。
――と。その体を挾んで、
『あっ? ......』
これは、小次郎の声とも、後の闇でした声とも、何っ方つかない所から起ったのである。小次郎もそれに依ってすこし慌て、闇の中から駈けて来た跫音も、それに依って、足を速めて来た。
『おおっ、どうなされた』
駈けつけて来たのは、耕介であった。棒立の男の姿勢が、すこしおかしいと思ったので、抱き支えようとすると、とたんに北条新蔵の体はどたっと朽木だおれに、あやうく大地へ仆れかけた。
耕介は、両の手に不意の重みをかけられて驚きながら、
『やっ、斬られてるな。――誰か来てくれいっ。往来の衆でも、この近くのお人でも、誰か来てくれ。人が斬られているっ』
と、闇へ向ってどなった。
その声と共に、新蔵の首すじから、ちょうど蛤の片貝ほど、肉を削ぎとられている傷口が、ぱくと赤い口をあいて、こんこんと温い液体を、耕介の腕から裾へそそぎかけた。
心形 無 業
一
ぼとっ――と、時折、中庭の闇で青梅の実の落ちる音がする。武蔵は、一穂の灯に向って屈みこんだまま顔も上げない。
灯皿から燃えゆらぐ小さな燈火は、側近く俯向いている彼の蓬々とした月代を鮮らかに照らして余す所がない。彼の髪は毛の硬い性と見えた。そして油気がなくてやや赤っぽい。又よく見ると、その毛の根には、大きな灸の痕みたいな古傷がある。幼少の時に病んだ疔という腫物のあとで、
(こんな育て難い子があろうか――)
と、よく母を嘆かせたその頃の、きかない性分の痕は、まだ、まざまざと消えきらずにあった。
――彼は今、心のうちで、その母をふと思いうかべ、刀の先で彫り刻んでいる顔が、だんだん母に似てくるように思われた。
『............』
先刻。
いや、たった今し方。
ここの中二階の障子の外から、この家の主の耕介が、這入るのを憚って、
(まだ、御精が出ていらっしゃいますか。ただ今、店先へ佐々木小次郎とかいう者がみえ、お目にかかりたいような事をいっていますが、お会いなさいますか、それとも、もうお寝みだと、ていよく断っておきましょうか......どうなさいますかな? ......どうにでも、お気のままに、返事しておきますが)
二、三度、部屋の外でいったようには思ったが――武蔵はそれに返辞をしたかしないか――自分自身で弁えていない。
そのうちに、耕介が、
(あっ?)
と、何か物音を聞きつけて、忽然と去ってしまったらしいが――それにもべつに気を惹かれず、武蔵は猶、依然として小刀の先を、八、九寸ほどな彫刻の木材に向けて、そこの小机から、膝から身のまわり迄、いっぱいな木屑にして屈み込んでいるのであった。
彼は、観音像を彫ろうとしていた。――耕介から申し受けた無銘の名刀のかわりに――観音像を彫ってやる約束をしたので、きのうの朝から、それにかかっているのである。
ところで、その依頼に就いて、凝り性な耕介には、特別な望みがあった。
それは何かというと、
(折角あなたに彫っていただくものなら、自分が、年来秘蔵している古材があるので、それをお用い下さいませんか)
とて、恭しく取り出して来たのを見ると、成程、それは少なくも六、七百年の年数は枯らしてあったろうと思われる一尺ほどな枕形の角材。
だが、こんな古材木の切れ端がなんで有難いのか、武蔵には怪訝であったが、彼の説明を口吻のまま仮りていうと、これなん河内石川郡東条磯長の霊廟に用いられてあった天平時代の古材で、年久しく荒れていた聖徳太子の御廟の修築に、その柱の取代えをなしていた心なき寺僧や工匠が、これを割って庫裡の竈へ薪として運んでいたのを見かけ、旅先ではあったが、勿体なさの余り、一尺ほど切ってもらって来たものだとある。
木目はよし、小刀の触りもよいが、武蔵は、彼が珍重して措かないのみでなく、失敗ると、懸け替えのない材で――と思うと、刀の刻みが、つい硬くなった。
――がたんと、庭の柴折を、夜風が外す。
『......?』
武蔵は顔を上げた。
そして、ふと、
『伊織ではないかな?』
と、呟いて、耳を澄ました。
二
案じている伊織が戻って来たのではなかった。又裏の木戸が開いたのも風のせいではないらしい。
主の耕介が呶鳴っていた。
『はやくせい、女房。なにを呆っけにとられている。刻を争うほど、重い怪我人じゃ。手当次第で助かるかもしれぬ。寝床? ――どこでもよいわ、はやく静かな所へ』
耕介のほかに、その怪我人を擔って、尾いて来た人人も、
『傷口を洗う焼酎はあるか。なくば自宅から取って来るが』
とか――
『医者へは、わしが飛んで行ってくる』
とか、やや暫く、ごたごたしている気配であったが、やがてひと落着きすると、
『御近所の衆、どうも有難うございました。どうやら、お蔭様で命だけは、取り止めそうな様子でございますから、安心して、お寝みなすって下さいまし』
挨拶しているのを聞くと、どうやらここの主の家族でも、不慮な災難に出会ったかのように――武蔵には思われた。
そこで、捨て置けない気がしたのであろう、武蔵は、膝の木屑を払って、中二階の箱段を降りて行った。そして廊下のいちばん隅から灯りが洩れているのでさし覗くと、そこに寝かしてある瀕死の負傷の枕元に、耕介夫婦が、顔を寄せていた。
『......オオ、まだ起きておいでなされましたか』
振返って、耕介は、そっと席をひらく。
静かに、武蔵も、枕元へ坐って、
『どなたでござるか』
燈下の蒼い寝顔をのぞきながら訊くと、
『驚きました......』
と、耕介はさも驚いたふうを示して、
『知らずにお救けしたのでございますが、ここへ連れて来てみると、わたくしのお出入先で、わたくしの最も尊敬している甲州流の軍学者、小幡先生の御門人ではございませんか』
『ホ。この人が』
『はい。北条新蔵と仰っしゃいまして、北条安房守の御子息――兵学を御修行なさるために、小幡先生のお手許に、長年お仕えをしているお方でございます』
『ふーム』
武蔵は、新蔵の首に巻いてある白い布をそっとめくってみた。今焼酎で洗ったばかりの傷口は赤貝の肉片ほど、見事に刀で抉り飛ばされていた。灯影は凹んだ傷口の底まで届き、淡紅色の頸動脈はありありと眼に見えるほど、露出していた。
髪一すじ――とよくいうが、――この負傷の生命は、正に髪一すじの差で取り止めていた。それにしても、この凄い――冴え切った太刀の使い手は、いったい何者だろうか。
傷口に依って考えると、この太刀は、下からしゃくり上げて、しかも燕尾に刎ね返したものらしい。さもなければこう鮮かに、頸動脈を狙って、貝の肉を削ぐように抉れている筈はない。
――燕斬り!
ふと、武蔵は、佐々木小次郎が得意とする太刀の手を思いうかべ、とたんに先刻の、主の耕介が自分の室の外から、その訪れを告げた声を――今になってハッと思いあわせたのであった。
『事情は、分っておるのか』
『いえ、何もまだ』
『そうであろう。――然し、下手人は分った。いずれ、負傷が本復したうえで聞いてみるがよい。相手は佐々木小次郎と見えた』
武蔵はそういって、自身のことばに自身で頷くのであった。
三
部屋へ戻ると、彼は手枕で、木屑の中へごろりと横になった。
夜具が展べてないわけではないが、夜具の中にはいる気持がしないのである。
きょうで二日ふた晩。
伊織はまだ帰って来ない。
道に迷っているにしては永すぎる。もっとも使い先が柳生家であり、木村助九郎という知人もいるので、子供だし、まあ遊んで行けと、ひき止められて、いい気になっているのかも知れない――
で、案じながらも、それに就いては、さして心を労してはいないが、きのうの朝から、刀を持って向っている観音像の彫りには、だいぶ心身のつかれを彼は覚えていた。
武蔵は、その彫りに向って、技巧を心得ている玄人ではない。又、賢い逃げ道や、上手らしい小刀の痕をつけて誤魔化してゆく方法を知らない。
ただ彼の心のなかには、彼の描いている観音の象だけがある。彼は、無念になって、その心のなかの象を、木彫として現そうとするだけに過ぎないが、その真摯な狙いどころが、手となり、小刀の先の動きにまでくるあいだに、種々な雑念が、狙うところの心形を散漫に乱してしまう。
そこで彼は、折角、彫るところの物が、観音の形になりかけると、それを削って、又彫り直し、又乱れては、又彫り直し――何度もそれを繰り返しているうちに、ちょうど鰹魚節を費い削ってしまうように、与えられた天平の古材も、いつか八寸に縮み、五寸ほどに瘦せ、もうわずかに、三寸角ぐらいに迄、小さくしてしまって居た。
――時鳥の声を二度ほど聞いたと思ううちに、彼は半刻ほど、とろとろと眠った。ふと眼をさますと、彼の健康な体力は、頭の隅々の疲労まで洗い去っていた。
『今度こそ』
と、起きると共にすぐ思う。
裏の井戸へ行って、顔を洗う、口を嗽ぐ。そして彼は、もう暁に近い灯を剪り直し、気を革めて、又、彫刀を持ち直した。
サク、サク、サク......
と、眠らない前と、眠った後とでは、小刀の刃味までが違ってくる。古材の新しい木目の下には、千年前の文化が細やかな渦を描いている。もうこれ以上彫り損じては、この貴重な古材はふたたび木屑から一尺の角材に帰るよしもないのだ。どうしても、今夜はうまく彫り上げなければならないと思う。
剣を把って敵に立ち対った時のように、彼の眼はらんらんとし、彼の小刀には力がこもっていた。
背も伸ばさない。
水も飲みに立たない。
夜が白んで来たのも――小鳥の声がし始めて来たのも――又この家の戸が、彼の部屋を余す以外すべて開け放されたのもまったく知らずに――彼は三昧にはいっていた。
『武蔵さま』
どうしたのか? ――と案じて来たように、主の耕介がうしろを開けて這入って来たので、彼は初めて、背ぼねを伸ばし、
『......ああ、だめだ』
初めて、小刀を投げていった。
見るともう、削り削りして瘦せた木材は、その原型はおろか、拇指ほども残らず、総て、木屑となって、彼の膝からまわりに、雪を積んだようになっていた。
耕介は、眼をみはって、
『......あっ、だめですか』
『ウム、だめだ』
『天平の古材は』
『みんな削ってしまった。――削っても削っても、木の中から、とうとう菩薩のおすがたが出て来なかったよ!』
こう、われに回って、嘆声をもらすと、武蔵は初めて、菩提と煩悩の中間から地上へ放し落されたように、両手を頭の後に結んで、
『だめだ。これから少し禅でもやろう』
と、仰向けに寝ころんだ。
そして、眠るべく目を閉じてから、やっと、種々な雑念が去って、なごんだ脳膜のうちに、ただ「空」という一字だけが、うとうとと、頭の中に漂っていた。
四
朝立ちの客が物騒がしく土間から出てゆく。多くは博労たちだった。この四、五日立っていた馬市の総勘定も、きのうで片づいたとかで、ここの旅籠もきょうから閑散になるらしい。
伊織は、今朝、そこへ帰って来て、すたすたと二階へ上りかけると、
『もしもし。子ども衆』
と、宿の内儀さんが、帳場からあわてて呼ぶ。
梯子段の中途から、伊織は、
『なんだい』
と、振向いて、お内儀さんの頭髪の禿をそこから見下ろす。
『どこへ行きなさるのかね』
『おらか?』
『ああさ』
『おらの先生が二階に泊ってるから、二階へ行くのに、ふしぎはあるまい』
『へえ......?』と、呆れ顔して、
『一体、おまえさんは、何日ここを出かけたんだえ』
『そうだなあ?』
指を繰って――
『おとといの前の日だろ』
『じゃ、先おとといじゃないか』
『そうそう』
『柳生様とかへ、お使に行くといっていたが、今帰って来たのかえ』
『あ。そうだよ』
『そうだよもないものだ、柳生さまのお邸は江戸の内だよ』
『おばさんが、木挽町だなんて教えたから、とんだ廻り道をしちまったじゃないか。あそこは蔵屋敷で、住居は麻布村の日ケ窪だぜ』
『どっちにしたって、三日もかかる所じゃないじゃないか。狐にでも化かされていたんだろ』
『よく知ってるなあ。おばさん、狐の親類かい』
揶揄いながら伊織が、梯子段をのぼりかけるのを、内儀さんは又、あわてて止めて、
『もう、おまえの先生は、此宿には泊っていないよ』
『噓だい』
伊織は、ほんとうにせず、駈け上って行ったが、やがてぼんやり降りて来て、
『おばさん、先生は、他の部屋へ代ったんだろ』
『もうお立ちになったというのに疑ぐりぶかい子だね』
『えっ、ほんとかいっ』
『噓だと思うなら、帳面をごらんよ、この通り、お勘定だって済んでいる』
『ど、どうしてだろう、どうして、おらの帰らないうちに、立っちまったんだろ』
『あんまり、お使が遅いからさ』
『だって......』
伊織は、ベソを搔き出して、
『おばさん、先生は、何ッ方へ立って行ったか、知らないか、何か、いい置いて行ったろ』
『何も聞いてないね。きっと、おまえみたいな子は、お供に連れて歩いても、役に立たないから、捨てられたんだよ』
眼いろを変えて、伊織は往来へ飛び出した、――そして西を見、東を見、空をながめて、ぽろぽろ泣き出した様子に、中剃の禿を櫛の歯で搔きながら、お内儀はケタケタ笑った。
『噓だよ、噓だよ。おまえの先生は、すぐ前の刀屋さんの中二階へ引っ越したのさ。そこに居るから、泣かずに行ってごらん』
今度は、ほんとの事を教えてやると、その言葉が終るや否、内儀さんのいる帳場の中へ、往来から馬の草鞋が飛びこんできた。
五
寝ている武蔵のすその方へ、伊織は畏る畏るかしこまって、
『ただ今』
と、いった。
彼を、ここへ通した耕介は、すぐ跫音をひそめて、母屋の奥の病室へかくれた様子――
どことなく、きょうの此家は陰気だった。伊織にも、感じられる。
それに、武蔵の寝ているまわりには、木屑がいっぱい散らかっていて、燈しきって、油の渇いた燭台もまだ片づけてない。
『......ただ今』
叱られる事が、何よりも彼の心配であった。で、大きな声が出ないのであった。
『......誰だ』
武蔵がいう。
眼をあいたのである。
『伊織でございます』
すると武蔵は、すぐ身を起した。そして足の先にかしこまっている伊織の無事をながめると、ほっとしたように、
『伊織か』
と、いったが、それきり何もいわなかった。
『遅くなりました』
それにも何もいわず、伊織がふたたび、
『すみません』
と、お辞儀しても、べつだん次の問いを発せず、帯を締め直して、
『窓を明けて、ここを掃除しておけ』
吩咐けて、出て行った。
『はい』
伊織は、家人に箒を借りて、部屋の掃除にかかったが、猶、心配になるので、武蔵が何をしに行ったのかと、裏庭をのぞくと、武蔵はそこの井戸ばたで口を嗽いでいた。
井戸端のまわりには、青梅の実がこぼれている。伊織は、それを見るとすぐ、塩をつけて齧じる味を思った。そして、あれを拾って浸けこんでおけば、一年中梅干に困らないのに、ここの人はなぜ拾って漬けないのかと考えたりした。
『耕介どの。怪我人の容態はどうじゃな』
武蔵は、顔を拭きながら、そこから裏の端の部屋へ、ことばをかけていた。
『だいぶ、落着いたようで』
と、耕介の声もする。
『おつかれで御座ろう。後で少し代りましようかな』
武蔵がいうと、耕介は、それには及ばない由を答えて、
『ただ、この事を、平河天神の小幡景憲様の塾まで、お知らせしたいと思いますが、人手がないので、どうしたものかとそれを案じておりますが』
と、相談する。
それなら、自分が行くか、伊織を使に出すから――と武蔵がひきうけて、やがて中二階の箱段をのぼって来ると、部屋は手ばやくもう掃かれてある。
武蔵は、坐り直して、
『伊織』
『はい』
『使の返事は、どうであったな』
――多分、いきなり叱られるに違いないと惧れていた伊織は、やっとニコついて、
『行って参りました。そして柳生様のお邸にいる木村助九郎様からここに、御返事をもらって来ました』
懐の奥のほうから、返事の一通を出して、したり顔をした。
『どれ。......』
武蔵は手を伸ばし、伊織は、膝をすすめてその手へ渡した。
六
木村助九郎からの返辞には、ざっと、こうした文言が認めてあった。
(――せっかくの御所望ではあるが、柳生流は将軍家のお止流。何人とも、公然の試合はゆるされない。然し、試合としてお越しあるのでなければ、時に依って、主人但馬守様が、道場で御挨拶のある場合もある。――猶、強って、柳生流真骨法に接したいというお望みならば、柳生兵庫様とお立合いになるのが最上と思うが――折わるく、その兵庫様には、本国大和の石舟斎様の御病気再発のために、にわかに昨夜、大和へ向けてお立ちになってしまった。かえすがえす遺憾であるが、そういう御心配もある折なので、但馬守様を御訪問の儀も他日になされてはどうか)
と、結んで、
(その時には又、自分が御周旋申しあげてもよい)
と、追伸してある。
『............』
武蔵は、ほほ笑みながら、長い巻紙をゆるゆる巻き納めた。
彼の微笑を見ると、伊織はよけい安心した。その安心をしたところで、窮屈な脚を伸ばして、
『先生、柳生さまのお邸は、木挽町じゃないぜ、麻布の日ケ窪ってとこさ、とても大きくて、立派な家だよ。そしてね、木村助九郎様が、いろんな物を、ご馳走してくれた』
狎れて、話し出すと、
『伊織』
武蔵の眉が、すこし難かしく変っている。その気色に、伊織はあわてて又、足を引っ込めて、
『はい』
と改まる。
『道を間違えたにせよ、きょうは三日目、あまり遅過ぎるではないか、どうしてこんなに遅く帰って来たか』
『麻布の山で、狐に化かされてしまったんです』
『狐に』
『はい』
『野原の一軒家に育って来たおまえが、どうして狐になど化かされたのか』
『わかりません。......けれど半日と一晩中、狐に化かされて、後で考えても、何処を歩いたのか、思い出せないんです』
『ふーム......。おかしいな』
『まったく、おかしゅう御座います。今まで狐なんか、何でもないと思っていましたが、田舎より江戸の狐のほうが、人間を化かしますね』
『そうだ』
彼の真面目顔を見ていると、武蔵は叱る気も失せて、
『そちは、何か悪戯したろう』
『ええ、狐が尾行て来ましたから、化かされないうちにと要心して、脚だか尻尾だか斬りました。その狐が、仇をしたんです』
『そうじゃない』
『そうじゃありませんか』
『うム、あだをしたのは、眼に見えた狐でなくて、眼に見えない自分の心だ。......ようく落着いて考えておけ。わしが帰って来る迄に、その理を解いて、答えるのだぞ』
『はい。......けれど先生は、これから何処かへ行くんですか』
『麴町の平河天神の近所まで行ってくる』
『今夜のうちに、帰って来るんでしょうね』
『はははは、わしも狐に化かされたら、三日もかかるかも知れぬぞ』
きょうは伊織を留守において、武蔵は梅雨ぐもりの空の下へ出て行った。
雀羅 の 門
一
平河天神の森は、蟬の声につつまれていた。梟の声もどこかでする。
『ここだな』
武蔵は、足を止めた。
昼間の月の下に、物音もしない一構えの建物がある。
『たのむ』
まず玄関に立ってこう訪れた。洞窟へ向ってものをいうように、自分の声が自分の耳へがあんと返ってくる。――それ程、人気が感じられなかった。
――暫く経つと、奥の方から跫音がして来た。やがて彼の前に、取次の小侍とも見えぬ青年が、提げ刀で立ち現れ、
『誰方だな?』
立ちはだかったままでいう。
年ばえ二十四、五歳、若いが、革足袋の先から髪の毛まで、一見して、能も無く育って来た骨がらでないものを備えていた。
武蔵は、姓名を告げて、
『小幡勘兵衛どのの小幡兵学所はこちらでございますな』
『そうです』
青年は、膠がない。
次にはさだめし、兵法修行のため諸国を遊歴しておる者で――と武蔵がいうに違いないと、見ているような体だったが、武蔵が、
『御当家の一弟子、北条新蔵と申さるる人が、仔細あって、御存じの刀研ぎ耕介の家に救われて、療養中にござります故、右迄、耕介の依頼に依って、お報らせにうかがいました』
と述べると、
『えっ、北条新蔵が、返り討になりましたか』
と、青年は驚愕して、気を落着けると、
『失礼いたしました、わたくしは勘兵衛景憲の一子、小幡余五郎にございます。わざわざのお報らせ有難う存じまする。まず、端近ですが御休息でも』
『いやいや、一言、お伝えすればよい事、すぐお暇をいたす』
『して、新蔵の生命は』
『今朝になって、いくらか持直したようです。お迎えに参られても、今のところでは、まだ動かされますまいから、当分は耕介の家に置かれたがよいでしょう』
『何分、耕介へも、頼み入るとお言伝ねがいたい』
『伝えて置きましょう』
『実は当方も、父勘兵衛がまだ病床から起ち得ぬところへ、父の代師範をつとめていた北条新蔵が昨年の秋から姿を見せませぬため、このように講堂を閉じたまま、人手のない始末、悪からずお推察を』
『佐々木小次郎とは、何かよほどな御宿怨でもござるのか』
『私の留守中故、詳しくは存じませぬが、病中の父を、佐々木が恥かしめたとかで、門人たちの間に遺恨を醸し、幾たびも彼を討とうとしては、かえって彼の為に、返り討になる始末に、遂に、北条新蔵も意を決して、ここを去って以来、小次郎をつけ狙っていたものとみえまする』
『なる程。それでいきさつが相分った。――然し、これだけは御忠告しておく。佐々木小次郎を相手にとって争うことはお止めなされ。彼は、尋常に刃向っても勝てぬ相手、策を以ても猶勝てぬ相手。――所詮剣でも、口先でも、策略でも、およそ一かど位な器量の者では、太刀打にならぬ人物です』
武蔵が、小次郎の凡物でない点を揚げて称揚すると、余五郎の若い眸には、ありありと不快ないろが燃えた。武蔵は、それを感じるので猶さら、未然の警戒を、繰返したくなって、
『誇る者には誇らしておくに限る。小さな宿怨に、大禍を招いてはなりますまい。北条新蔵が仆れたからには、自分がなどと重なる遺恨を追って、又、前車の血の轍をお踏みなさるなよ。愚です、愚なことです』
そう忠告すると、彼は、玄関先からすぐ帰って行った。
二
――その後で、余五郎は、壁に倚りかかったまま、独りで腕を拱んでいた。
多感な唇が、かすかに、
『残念な......』
と、顫えを洩らした。
『新蔵までが、とうとう、返り討にされたのか......』
うつろな眼で、天井を見る。広い講堂も母屋も、今では、ほとんど無人のようにしんとしていた。
自分が旅先から帰って来た際には――新蔵はもう居なかったのである。ただ、自分へ宛てた遺書だけがあった。それには、佐々木小次郎をきっと討って帰るとあった。討てなければ今生でお目にかかる折はもうあるまいとしてあった。
その、希わぬ事の方が、今は、事実となってしまった。
新蔵が居なくなってから、兵学の授業も自然やすみとなり、世間の評は、とかく小次郎に加担して、この兵学所に通う者を卑怯者の集まりのように、又、理論だけで実力のない人間の屯のように悪くいった。
それを、潔しとしない者だの、父勘兵衛景憲の病気や、甲州流の衰微を見て、長沼流へ移ってゆく者だの――いつのまにか門前はさびれてしまい、近頃では内弟子のほんの雑用をする者が二、三止まって居るきりだった。
『......父にはいうまい』
彼は、すぐそう心に決めた。
『――後は後の事だ』
とにかく、老父の重病に手を尽すことが、子としては、今は最善なつとめだと思う。
しかし、その恢復は、到底、覚つかないことだとは、医者からもいわれていることだった。
――後は後の事。
と、そこで悲しい我慢が胸をさするのだった。
『余五郎っ。余五郎っ』
奥の病室から、こう父の声がその時聞えた。
子の眼からは、今にもと危ぶまれる病父も、何かに激して、子を呼ぶ時の声は、病人とも思われなかった。
『――はいっ』
あわてて、余五郎は、駈けて行った。
そして次の間から、
『お呼びですか』
ひざまずいて見ると、病人はいつも寝くたびれた時するように、自分で窓をあけ、枕を脇息にして、床のうえに坐っていた。
『余五郎』
『はい。ここにおります』
『今――門の外へ行った武士があったな。――この窓から、後ろ姿だけを見たのだが』
もう、父はそれを知っていたのかと、包んでいるつもりだった余五郎は、ややうろたえた。
『は......。では......ただ今見えた使の者でございましょう』
『使とは、どこから』
『北条新蔵の身に、ちと変事がござりまして、それを知らせに来てくれた――宮本武蔵とか申すお人です』
『ふム? ......宮本武蔵。......はてな、江戸の者ではあるまいが』
『作州の牢人とか申しておりましたが――お父上には只今の人間に、何ぞお心当りでもあるのでござりまするか』
『いや――』
勘兵衛景憲は、白い髯のまばらに伸びた顎の先をつよく振って、
『なんの由縁も見おぼえもない。したが、この景憲も、若年からこの年まで、数々の戦場はおろか平時のあいだに、随分人らしい人は見たが、まだ真に武士らしい武士に出会うたのは幾人もない。――ところが、今立ち去った侍には、何か、心が惹かれた。――会いたい。ぜひその宮本殿とやらに会って話してみたい。――余五郎、すぐ追いかけて、これへ、御案内申して来い』
三
あまり長く話してもいけない――と医者からも注意されている病人である。
――呼んでこい。
と、病人が、やや昻奮していうだけでも、余五郎は、父の容態に障りはしないかと、案じられるのだった。
『かしこまりました』
一応は、病人に従って、彼はこういったが立とうとはせず、
『しかしお父上、今のさむらいの何処がそんなにお気に召しましたか。この御病間の窓から、後ろ姿を御覧になっただけでしょうに』
『おまえには分るまい。――それが分る頃になると人間も、もはやこの通り寒巌枯木に近くなる』
『でも、何か理由が』
『ない事もない』
『お聞かせ下さいませ。余五郎などには後学にも相成りましょう』
『わしへ――この病人にさえ――今の侍は油断をせずに行った。それが偉いと思う』
『父上が、こんな窓の中に、お在でになる事を、知る筈はありませぬが』
『いや、知っていた』
『どうしてでしょう』
『門を這入って来る時、そこで一足止めて、この家の構えと、明いている窓や明いていない窓や、庭の抜け道、その他、隈なく一目に彼は見てしまった。――それは少しも不自然なていではなく、むしろ慇懃にさえ見える身ごなしで這入って来たが、わしは遙にながめて、これは何者がやって来たかと驚いて居ったのじゃ』
『では、今の侍は、そんな嗜みのふかい武士でしたか』
『話したら、さだめし尽きぬ話しができよう。すぐ追いかけて、お呼びして来い』
『でも、お体に障りはいたしませんか』
『わしは、年来、そういう知己を待っていたのだ。わしの兵学は、子に伝えるため積んで来たのではない』
『いつも、お父上の仰っしゃって居らるる事です』
『甲州流とはいうが、勘兵衛景憲の兵学は、ただ甲州武士の方程式陣法を弘めてきたのではない。信玄公、謙信公などが、覇を争っていた頃とは、第一時世がちがう。学問の使命も違う。――わしの兵学は、あくまで小幡勘兵衛流の――これから先、真の平和を築いてゆく兵学なのだ。――ああ、それを誰に伝えるか』
『............』
『余五郎』
『......はい』
『そちに伝えたいのは山々だ。けれど、そちは今の武士と、面と対ってさえ、まだ相手の器量がわからぬほど未熟者じゃ』
『面目のう存じます』
『親のひいき目に見てすらその程度では――わしの兵学を伝えるよしもない。――むしろ他人の然るべき者に伝えて、そちの後事を託しておこう――と、わしはひそかにその人物を待っていたのじゃ。花が散ろうとする時は、必然に、花粉を風に託して、大地へこぼして散るようにな......』
『......ち、父上、散らないでください。散らないように、御養生遊ばして』
『ばかをいえ、ばかを申せ』
二度繰り返して、
『はやく行け』
『はい』
『失礼のないように、よくわしの旨を申しあげて、これへ、お連れ申して来るのじゃぞ』
『はっ』
余五郎は、いそいで、門の外へ駈け出して行った。
四
――追って行ったが、武蔵の影はもう見えなかった。
平河天神の辺を探し、麹町の往来まで出て行ったが、やはり見当らなかった。
『しかたがない。――又折があろう』
余五郎は、すぐ諦めた。
父がいうほど、彼にはまだ、武蔵がそれほど優れた人間とは、受け取れなかった。
年齢も、自分と同じくらいな彼が、たといどれ程、才分があったとしても、知れたものだとしか思われかった。
それに、武蔵が帰り際に、
(佐々木小次郎を相手になさるのは愚である。小次郎は凡物ではない。小さな宿怨はお捨てになったほうがお為であろう)
などといった言葉も、頭のどこかに閊えている感じである。あたかもわざわざ小次郎を称揚しに来たような印象を、余五郎は受けていた。
(何の!)
と、いう気持が、当然、それに対して、彼には有る。
小次郎に対しても抱くが如く、武蔵に対しても、それの軽いものを抱いているのだ。――いや、父に対してすら、従順には聞いていたが、心の裡では、
(私とても、そうお父上が見縊るほどな未熟ではございません)
と、呟いた程だった。
一年、時には二年、三年と、余五郎も許された暇のあるたびに、武者修行にも歩いたり、他家へ兵学の内弟子となったり、時には、禅家へも通ったり、一通りな鍛錬は積んで来たつもりなのである。――それを父はいつまでも乳くさいように自分を視ている。そして稀々窓越しに見た武蔵のような若輩者を、おそろしく過賞し、
(すこし貴様も見ならえ)
と、いわないばかりな口吻であった。
『――戻ろう』
と、決めて、家のほうへ帰りながら、余五郎はふと淋しかった。
『親という者は、いつ迄も子が乳くさく見えてならないのだろうな』
いつかはその父に、お前もそんなになったかといわれてみたい。然し、その父は明日も知れない病身である。それが淋しかった。
『おう、余五郎どの。――余五郎どのじゃないか』
呼びかける声に、
『やあ、これは』
と、余五郎も踵を回して、双方から近づいて行った。
細川家の家士で、近頃はあまり見えないが、一頃はよく講義を聞きに来ていた中戸川範太夫であった。
『大先生の御病気は其後いかがでございますな。公務に追われて、御ぶさたを致しておりますが』
『相変らずでございます』
『なにせい、御老齢のことでもあるしの。......オオ時に、教頭の北条新蔵どのが、又しても、返り討にされたという噂ではござらぬか』
『もう御承知ですか』
『つい今朝方、藩邸で聞きましたが』
『ゆうべのそれを――もう今朝細川家で』
『佐々木小次郎は、藩の重臣、岩間角兵衛殿の邸に食客しておるので、その角兵衛どのが、早速、吹聴したものでござろう。若殿の忠利公すら、すでに御存知のようでござった』
余五郎の若さでは、それを冷静に聞いている事はできなかった。そうかといって、顔いろの動きを見られるのも嫌だった。さり気なく範太夫には別れて家へ戻ったが、その時もう、彼の肚は決まっていた。
街 の 雑 草
一
耕介の妻は、粥を煮ている。
奥の病人の為にである。
その台所を覗いて、
『おばさん、もう梅の実が黄色くなったよ』
と伊織が教えた。
耕介の妻は、
『ああ、熟れて来たね、蟬も啼き出すし』
と、なんの感激もない。
『おばさん、どうして、梅の実を漬けないのさ』
『小人数だもの。あれだけ漬けるには、塩だって沢山いるだろ』
『塩は腐らないけれど、梅の実は漬けとかないと腐っちまうじゃないか。小人数だって、戦争の時だの、洪水の時には、ふだんに要心しておかないと困るぜ。――おばさんは病人の世話で忙しいから、おらが漬け込んでやるよ』
『まあ、この子は、大洪水の時のことまで考えでいるのかえ。子供みたいじゃないね』
伊織はもう、物置へ入って、空樽を庭へ持ち出している。そして梅の樹を仰いだ。
他家の世話女房を窘なめる程、子供に似げない才覚や生活の自衛を心得ているかと思うと、もうすぐ樹の肌に止まっているミンミン蟬を見つけて、それに気を奪られていた。
そっと寄って、伊織は、蟬を抑えつけた。蟬は彼の掌の中で、老人の悲鳴みたいに啼き立てた。
自分の拳をながめて、伊織は不思議な感に打たれている。蟬には血がない筈なのに、蟬の体は自分の掌よりも熱かった。
血がない蟬でも、死ぬか生きるかの境には、火のような熱を体から燃やすのであろう。――伊織は、そこまでは考えなかったが、ふと怖くなって、また可哀そうになって、その掌を大空へ上げて開いた。
蟬は、隣りの屋根へぶつかって町の中へ反れて行った――。伊織はすぐ梅の樹へのぼり出した。
かなり大きな樹だった。恙なく育った毛虫は、驚くほど美麗な毛を着て這っていた。天道虫もいたし、青葉の裏には、青蛙の子もはりついていた。小さい蝶も眠っていた。虻も舞っていた。
人間の世界を離れた別な世界を覗いたように、伊織は、見惚れていた。いきなり梅の枝をユサユサ揺すって、昆虫の国の紳士淑女を愕かすのは気の毒みたいな気がしたのかもしれない。まず薄く色づいた梅の実を一個捥いで、ボリッと、齧じった。
そして手近の枝から、揺すぶり始めた。落ちそうに見えていて、梅の実は案外落ちない。手の届く実は手で毮って、下の空樽へ抛り投げた。
『――あっ、畜生っ』
何を見たのか、伊織はふいにそう呶鳴って、家の横手の露地へ向って、ぱらぱらッと、三ツ四ツ梅の実を投げつけた。
垣根へ懸け渡してあった物干竿が、それと共に、大きな音を立てて地へ落ちた。続いて、慌てふためいた跫音が、露地から往来へ飛び出して行った。
きょうも、武蔵は外出していて、その留守中の事なのである。
細工場で、余念なく、刀を研いでいた耕介は、竹窓から顔を出して、
『なんだ? 今の音は』
と、眼をまるくした。
二
伊織は、樹の上から、飛び降りて――
『おじさん、露地の陰へ、又変な男が来て、しゃがみ込んでたよ。梅の実を打つけてやったら、びっくりして、逃げてったけれど、油断してると、又来るかもしれないぜ』
と、細工場の窓へ告げた。
耕介は、手を拭きながら外へ出で来て、
『どんな奴だった?』
『無法者だよ』
『半瓦の乾児か』
『こないだの晩も、店へ押し襲けて来たろ。あんな風態さ』
『猫みたいな奴等だ』
『何を狙いに来るんだろ』
『奥の怪我人へ、仕返しにやって来るのだ』
『あ。北条さんか』
伊織は、病人のいる部屋を、振返った。
病人は粥を喰べていた。
その北条新蔵の負傷も、もう繃帯を脱っていい程に恢復していた。
『――御亭主』
新蔵がそこから呼ぶので、耕介は縁先へ歩いて行って、
『いかがですな』
と、慰めた。
食事の盆を片寄せて、新蔵は坐り直した。
『耕介どの。思わぬお世話に相成った』
『どういたしまして。仕事があるのでつい行き届きませんで』
『何かとお世話ばかりでなく、拙者を狙う半瓦の部屋の者が、絶えずこそこそ立ち廻るらしいな。長居するほど迷惑はかさむし、万一当家へあだをするようでは、この上にも申し訳がない』
『そんな御斟酌は......』
『いやそれに、この通り、体も恢復いたしたから、今日はもうお暇をしようと思う』
『え、お帰りですって』
『お礼には、後日改めてお伺いする』
『ま......お待ち下さい。ちょうど今日は、武蔵様も外へ出ていらっしゃいますから、帰った上で』
『武蔵どのにも、種々と手厚い御世話に成ったが、戻ったら宜しくいってくれい。――この通り歩行などにはもう少しも不自由はない程に』
『でも、半瓦の家にいる無法者たちは、いつぞやの晩、菰の十郎と、お稚児の小六という者を、あなたの為に斬り殺された為、それを恨んで、あなたが一歩でも此家の軒下を出たら喧嘩をしかけようと、待ち構えておりまする。それで毎日毎夜、あの通りちょいちょい様子を覗きに来ておりますのに、それを承知で、お一人でここから帰すことはできませぬ』
『何の、菰やお稚児を斬ったのは、こちらには、堂々と理由のあること。彼等のうらみは逆恨みじゃ。それを、事を構えて仕懸けて参れば――』
『と、いっても、まだその体では心もとのうござりまする』
『御心配は忝いが大事はござらぬ。御家内はどこに居られるか。御家内へも礼を申して......』
と、新蔵はもう、身支度を直して、立ち上った。
ひき止めても、きかないので、夫婦もぜひなく、送り出すと、ちょうどその店先へ、陽に焦けた顔に汗をたたえて、武蔵が外から戻って来た。
出合いがしらの眼をみはって、
『や。北条どの、何処へ出かけられるか。――何、御帰宅と。――そういう元気になってくれた事は欣しいが、一人では途中が物騒。よい所へ戻って来た。拙者が平河天神までお送りしよう』
と、武蔵はいった。
三
一応は辞退したが、
『何。――まあよい』
武蔵は受けつけない。
で、好意に甘えて、北条新蔵は彼に伴れられて、耕介の家を出た。
『久しく歩かれなかったから、御大儀ではないか』
『何か、こう、地面が高く見えるようで、足を踏み出すのに、蹌めきまする』
『無理もない。平河天神まではだいぶある。町駕が来たら、あなただけお乗りなさい』
武蔵がいうと、
『申し遅れましたが、小幡兵学所へは帰りませぬ』
『では、何処まで』
『......面目ない気もいたしますが』
と、新蔵はさし俯向いて、
『――一時、父の許へ帰るといたしまする』
と、いった。そして、
『牛込です』
と、行先を告げた。
武蔵は、町駕を見つけ、強って新蔵だけを乗せた。駕屋は、武蔵へもすすめたが、武蔵は乗ろうともしない。新蔵の駕のわきに付いて歩いて行くのだった。
『あ。駕へ乗せやがった』
『此っ方を見たぞ』
『騒ぐな、まだ早い』
駕と武蔵が、外濠を見て右へ曲ると、町角に現われた一団の無法者が、各々、裾をまくり、腕をたくし上げて、その後から、尾いて行った。
半瓦の部屋の者である。今日の遺恨ばらしを待っていたぞという顔つき。どの眼もどの眼も武蔵の背と駕の中に飛びつきそうにぴかぴかしている。
牛ケ淵まで来た時である。駕の棒へ小石が一つカンと刎ね返った。それと共に、遠巻に拡がった無法者の群が、
『やいっ、待て』
『野郎、待て』
『待て』
『待て』
すでに前から怯えていた駕かきは、斯くと見るや、駕をおいて、横っ飛びに逃げ出した。その姿を越えて、又二ツ三ツ石つぶてが武蔵へ向って飛んで来た。
卑怯と見られる事は無念なように、北条新蔵は、刀を抱えてすぐ駕から這い出し、
『待てとは、わしか』
と、突っ起って、応戦の身構えを取った。武蔵は、彼の身を庇いながら、
『用事をいえ』
石の飛んで来る方へいった。
無法者たちは、浅瀬を探るように、だんだん寄り詰めて来たが、
『知れた事っ』
叩き返すようにいって、
『その野郎を渡せばよし、小生意気なまねをすると、てめえも共に生命がねえぞ』
味方の言葉に気勢が揚がって、無法者たちはそこで、どっと殺気を漲らした。
――といって、誰あって、先に大刀かざして斬りこんで来る者もない。又、武蔵の眼光がそうさせなかったともいえる。いずれにしろかなり距離を措いて一方は吠え、武蔵と新蔵は、それを睨めすえて沈黙していた。
『半瓦とか申す無法者の親分はその中におるのか。居るならばそれへ出てもらいたい』
時ならぬ時分に、武蔵がこういった。すると、無法者の中からも、
『親分は居ねえが、部屋の留守は年寄役でおれが預かっている。おれは、念仏太左衛門という老爺だが、何か挨拶があるなら聞いてやろう』
と、白帷子を着て、襟に大きな数珠を懸けている無法者の老人が、前へ進んで名乗った。
四
武蔵はいった。
『其方たちは、なんで、この北条新蔵どのに、恨みを抱くのか』
すると、念仏太左衛門は、一同に代って肩をそびやかした。
『部屋の兄弟分を二人まで叩っ斬られて、黙っていちゃあ、無法者の顔にさわる』
『だが、北条どのにいわせれば、その前に、菰の十郎と稚児の小六とやらは、佐々木小次郎に手伝うて、小幡家の門人衆を、幾名も、闇打にしているというではないか』
『それはそれ、これはこれ、おれたちの兄弟分がやられた時は、おれたちの手で仕返しせねば、無法者の飯を喰って、男でござると歩いていられねえのだ』
『なる程』
武蔵は、肯定を与えておいてから、又、いった。
『それは、おまえ達の住む世界ではそうだろう。だが、侍の世界は違う。――侍の中では、謂われのない意趣は立たぬ。逆恨みや亦恨みは、許されぬ。――侍は義を尊び、名分のために、復讐はゆるされているが、遺恨のための遺恨ばらしは、女々しい振舞いと笑うのだ。――たとえば、其方たちのような』
『何、おれたちの振舞いが、女々しいと?』
『佐々木小次郎を先に立て、侍として、名乗り来るなら分っておるが、手伝い人の騒ぎ立てを、相手に取るわけにはゆかぬ』
『侍は侍のごたく。何とでもぬかせ。おれたちは無法者だ。無法者の顔を立てにゃあならぬ』
『一ツの世間に、侍の仕方、無法者の仕方、二ツが立とうとすれば、ここばかりではない、街のいたる所に血まみれが生じる。――これを裁くものは奉行所しかない。念仏とやら』
『なんだ』
『奉行所へ参ろう。そして是非を裁いて戴こう』
『くそでもくらえ。奉行所へ行くくれえなら、初手からこんな手間ひまはかけねえ』
『おぬし、年齢は幾歳だ』
『何』
『よい年齢して、若い者の先に立ち、好んで無益な人死にを見ようとするか』
『つべこべと、理窟は措け。こう見えても、太左衛門、喧嘩に年齢は取っていねえぞ』
――太左衛門が脇差を抜いたのを見ると、後にひしめいていた無法者たちも、一度に声をあげて、
『やッちまえ』
『老爺を打たすな』
と、かかって来た。
武蔵は、太左衛門の脇差をかわして、太左街門の白髪首のどこかを摑むと、大股に十歩ほど持って来て、外濠の中へその体を抛りこんでしまった。
そして又、無法者の群へ駈け入ると、その乱争の間から、北条新蔵の体を拾って、横抱きに攫い取り、彼等が、驚き躁ぐまに、早くも、牛ケ淵の原を駈け出して、九段坂の中腹あたりを、その遠い影は、小さくなって、駈け上っていた。
五
牛ケ淵とか、九段坂とかいったのも、勿論ずっと後世の地名である。当時まだその辺は、蒼古とした樹林の崖や、外濠の淵へあつまる渓流だの、青い沼水を湛えた湿地が見られるだけで、地名としても、こおろぎ橋とか、もちの木坂とか、極めて土俗的な呼称があるに過ぎなかったであろう。
――呆っ気にとられている無法者の群を捨てて坂の中腹まで、駈けて来ると、
『もうよい。北条どの、さあ、逃げよう』
武蔵はいって、新蔵の体を、小脇から下ろし、ためらう彼を促して、猶も彼方へいそぎ出した。
無法者たちは、初めて、
『あっ、逃げたっ――』
と、われに回って、遽かに又、気勢を改め、
『逃がすな』
と、坂の下から、追い上りながら、口々に罵った。
『弱虫』
『口ほどもねえぞ』
『恥を知れ』
『それでも侍か』
『よくも、部屋がしらの太左衛門を、お濠へ叩っこんだな。返せ、野郎』
『もう武蔵も、相手だ』
『ふたり共、待てっ』
『卑怯者め』
『恥知らずめ』
『駄ざむらいめ』
『待たねえか』
――その他、あらゆる罵詈讒謗がうしろから飛んで来たが、武蔵は見向きもせず、又、北条新蔵にも、足を止めることを許さず、
『逃げるに如くはない』
と、呟いて逃げ出し、
『逃げるのも、なかなか楽ではない』
などと笑いながら、足のかぎり、彼等の追撃から遁れてしまった。
振りかえってみると、もう追って来る影も見えない。病後の新蔵は、駈けただけでも、蒼白になって、息を喘っていた。
『お疲れだな』
『い......いえ......さほどでもありませぬが』
『彼等の罵詈に甘んじて、残念だと仰っしゃるのか』
『............』
『はははは。落着いてから分って来ます。逃げるのも、時には、心地よいものだという事が。......そこに流れがある、水で口でもお嗽ぎなさい。そしてお宿までお送りしよう』
赤城の森はもう見えていた。北条新蔵の帰る家は、赤城明神の下だという。
『ぜひ、屋敷へ寄って、拙者の父にも会っていただきたい』
と、新蔵はいったが、武蔵は、赤土の土塀が見える段の下で、
『又、お目にかかる折もあろう。御養生なさい』
といって、そこで別れて立ち去った。
――こういう事もあって、武蔵の名は、それから後、いやが上にも、江戸の街に有名になった。
――彼は、喰わせ者だ。
――卑怯者の張本だ。
――恥知らず、武士道よごしの骨頂だ。あいつが京都で吉岡一門を相手にしたなどというのは、よくよく吉岡が弱かったか、逃げの一手で、巧く逃げて、虚名を売ったに違いない。
有名とは、そうした悪評の有名であって、誰ひとり、武蔵を弁護する者もなかった。
なぜならば、其後、半瓦の部屋の者が、口を極めて、いいふらしたばかりではなく、街の辻々に、公然と、こういう立て札を幾十となく江戸中へ建てたからであった。
いつぞや、おら衆に、うしろを見せて、突ン逃げた、宮本武蔵へ、物いうべい。本位田のおばばも、讐と尋ねてあるぞ。おら衆にも、兄弟ぶんの意趣があるぞ。出て来ずば、侍とはいわれまいが。
半瓦いちまきの者
衆 口
一
学問は朝飯前に、昼間は、藩の時務を見たり、時には江戸城へ詰めたり、その間に、武芸の稽古は随時にやるとして――夜はおおかた若侍相手に、打ち寛いでいる忠利であった。
『どうだな、何か近頃、おもしろい話は聞かぬか』
忠利がこういい出す時は特にあらためて、無礼講とゆるされなくても、家臣たちは、
『されば、こういう事がございますが......』
と、いろいろな話題を持ち出すのをきっかけに――礼儀こそ紊さないが――家長を囲む一家族のように、睦み合うのが例であった。
主従という段階があるので、忠利も、公務の場合は、峻厳な容態をくずさないが、晩飯の後など帷衣一重になって、宿直の者たちの世間ばなしでも聞こうとする時は、自分も寛ぎたいし、人をも寛がせたいのであった。
それに、忠利自身が、まだ多分に、一箇の若侍といったふうだから、彼等と膝を組んで、彼等のいいたいことを聞いているのが好きであった。好きばかりでなく、世情を知るうえには、むしろ、朝の経書よりも、活きた学問になった。
『岡谷』
『はあ』
『そちの槍は、だいぶ上達ったそうだな』
『上がりました』
『自分で申すやつがあるか』
『人がみな申すのに、自分だけ謙遜しているのは、かえって噓をつく事になりますから』
『ははは。しぶとい自慢よの。――どれほどな腕なみになったか、いずれみてやるぞ』
『――で、はやく、御合戦の日が来ればよいと、祈っておりますが、なかなか参りませぬ』
『参らずに、仕合せであろう』
『若殿にはまだ、近頃のはやり歌を、御存じありませぬな』
『なんという歌か』
『――鑓仕鑓仕は多けれど、岡谷五郎次は一の鑓』
『うそを申せ』
忠利が笑う。
一同も笑う。
『あれは――名古谷山三は一の鑓――という歌であろうが』
『ヤ。御存じで』
『それ位』
と、忠利は、もっと、下情の通をいってみせようとしたが、慎んだ。そして、
『――ここでは、平常の稽古に、槍を致しておる者と、太刀を致しておる者と、いずれが多くあるな?』
と訊ねた。
ちょうど、七名いたが、
『拙者は槍』
と、答えた者が、五人で、
『太刀』
といった者は、七名のうち、二人しかなかった。
で、忠利は重ねて、
『なぜ、槍を習うか』
と、その者たちへ訊ねたところ、
『戦場に於いて、太刀よりも利がござれば――』
と、一致した答えだった。
『では、太刀の者は?』
と、訊くと、
『戦場に於いても、平時に於いても、利がござれば』
と、太刀を稽古しているという二人が答えた。
二
槍が利か、太刀が利か。
これは、いつも、議論になる事だったが、槍の者にいわせると、
『戦場では、平常の小技の稽古などは、役には立たぬ。――武器は、体に扱える程度に、長いほど利である。殊に、槍には、突く手、撲る手、引く手の、三益がある。槍は又闘いに損じても、太刀の代りがあるが、太刀は、折れたり曲がったりしたら、それ限りではないか』
太刀の利を説く者は、
『いや、われわれは戦場だけを武士の働き場所と考えていない。常住坐臥、武士は太刀をたましいとして持っているので、太刀を習練するのは、常に魂を研いでいることになる故、戦場で多少の不利はあっても、太刀を本位として武芸は研くべきだと心得る。――その武道の奥義に達しさえすれば、太刀に依って得た練磨も、槍を把れば槍に通じ、鉄砲を持てば鉄砲に通じ――決して未熟な不覚はあるまいかと存じます。――一芸万法に通ずとか申しますれば』
これは、果てしない問題になりそうである。忠利は、どっちへも加担せずに聞いていたが、太刀に利が有ると、力説していた松下舞之允という若侍へ、
『――舞之允。今のは、どうもそち自身の口吻でない所があるぞ。誰の請売だ』
と、いった。
舞之允は、むきになって、
『いえ、てまえの持論で』
と、いったが、
『だめじゃ。わかる』
と、忠利に観破されて、
『実は――いつぞや、岩間角兵衛どのの、伊皿子のお住居へ招かれた節、同じ議論がわき、居合せた佐々木小次郎と申す、その家の懸り人から聞いたことばでございます。――然し、てまえの平常の主張と一致しておりますので、てまえの考えとして、申上げた次第で、他を偽るつもりはございません』
と、白状した。
『それみい』
忠利は、苦笑しつつ、胸のうちで、ふと、藩務の一ツを思い出していた。
それは、予て、岩間角兵衛から推挙している――佐々木小次郎という人間――を召し抱えるか、否か、聞きおいてあるまま、いまだに宿題として、決めかねていたことである。
推薦者の角兵衛は、
(まだ若年故、二百石を下し置かれれば)
といっているが、問題は禄高ではない。
一人の侍を養うことが、いかに重大か。殊に新参を入れる場合に於いては、猶更であることは、呉々も、父の細川三斎からも、彼は教えられていた。
第一が、人物である。第二が、和である。いくら欲しい人間でも、細川家には、細川家の今日を築き上げた譜代がいる。
一藩を、石垣に喩えていうならば、いくら巨大な石でも、良質な石でも、すでに垣となって畳まれている石と石との間に、組み込める石でなければ使えないのである。均等のとれない物は、いかに、それ一箇が、得難い質でも、藩屛の一石とするわけにはゆかない。
天下には、可惜、そういう角が取れないために、折角の偉材名石でありながら、野に埋れている石が限りなくある。
殊に――関ケ原の乱後には、たくさんある筈であった。けれど、手頃でどの垣へでも嵌るような石は、抱える大名がその多いのを持て余し、これとは思う石には、圭角があり過ぎたり、妥協がなくて、自己の垣へはすぐ持って来られないのが多かった。
そういう点で、小次郎が、若年者であってしかも優れているという事は――細川家へ仕官するには無難な資格であった。
まだ、石と迄はならない、若い未成品だからである。
三
佐々木小次郎という者を思い出すと、細川忠利は、同時に、宮本武蔵なる者をも、自然胸の中で思いくらべた。
その武蔵の事は、初め、老臣長岡佐渡から聞いたのである。
曾つて佐渡が、今夜のような夜伽の――君臣団欒の折に、ふと、
(近頃、変った侍をひとり、見出して御座るが――)
と、例の法典ケ原開墾のことを話したのである。そして、その法典ケ原から立ち帰って来た次の折には、
(惜しいことに、其後、行方も相分りませぬ由で)
と、嘆息と共に復命した。
だが、忠利は断念しきれず、ぜひ見たいものだといって、
(心がけておるうちに、居所も知れよう。佐渡、猶も心がけよ)
と、命じておいた。
――で。忠利の胸には、岩間角兵衛から推薦の佐々木小次郎と、武蔵とが、いつのまにか、較べられていた。
佐渡の話を聞けば、武蔵のほうが武に優れているばかりでなく、たとえ山野の部落にでも、開墾を教え、自治を覚らせるなど、経策もあり、人物の幅もある。
又、岩間角兵衛にいわせれば、佐々木小次郎は、名門の子で、深く剣に参じ、軍法に通じ、まだ年ばえも若いのに、すでに巌流という一派をすら自称しているとあるし、これも、ざらにある豪傑とは思われない。殊に、角兵衛以外の者からも、近頃、江戸に於ける小次郎の剣名はしきりと聞くところであった。
隅田河原で小幡門下を、四人も斬って平然と、帰って行ったということ。
神田川の堤でも。――又、北条新蔵までも、返り討ちにしたというような事が、よくうわさに上るのだった。
それにひきかえて、武蔵という名はとんと聞かない。
数年前に、京都の一乗寺で、その武蔵が、吉岡一門の何十名を相手にして打ち勝った――というような事は一時喧伝されたが、すぐその反対説が出て、
(あの噂は、眉つば物だそうじゃ)
とか、
(武蔵というのは、売名家で、派手にはやったが、いざとなった場合は、逸はやく、叡山へ逃げこんだというのが真相らしいて)
とか。――その他、よい時にはすぐ一方から出る反動説が、間もなく、彼の剣名を揉み消してしまった。
いずれにしろ、武蔵の名が出るところには、何かすぐ悪評がまとっていた。――さもなければ、黙殺されて、彼という剣人などは、剣人の仲間に、居るか居ないか、存在の程度すらない程だった。
それに、美作国の山奥で生れ、名もない郷士の伜では、誰も顧みる者はなかった。尾張の中村から秀吉が出ても、まだまだ世の中は階級を重んじ、血統を衒う風習から少しも脱けていなかった。
『......そうだ』
忠利は、思い出した手を、膝に打って、若侍たちを見廻しながら、武蔵に就て、居合す者たちに訊いてみた。
『誰か――そち達の中に、宮本武蔵という者を、存じておる者はないか。――何か、うわさでも訊いたことはないかな?』
すると直ぐ、
『武蔵?』
と、顔を見合せて、
『つい近頃、その武蔵の名は、街の辻々に出て居りますので、誰でも名だけは存じておりますが』
と、若侍の殆どが、皆それを知っているような口吻だった。
四
『ほ。――武蔵の名が、辻々に出ておるとは、どうした理か』
忠利は、目をみはった。
『立て札に書かれてあるので御座る』
若侍のひとりがいうと、森某が、
『その立て札の文言を、他人が写してゆくので、拙者も、おもしろい事と思うて、懐紙に写して参りました。――若殿、読みあげてみましょうか』
『ウム、読んでみい』
『これで――』
と、森某は、反故を拡げて、
いつぞや、おら衆に、うしろを見せて、突ン逃げた、宮本武蔵へ、物いうべい。
皆クスクス笑った。
忠利は、真面目だった。
『それきりか』
『いや』
と、森某は、
――本位田のおばばも、讐と尋ねてあるぞ。おら衆にも、兄弟ぶんの意趣があるぞ。出て来ずば、侍とはいわれまいが。
と読みつづけた。そして、
『これは、半瓦弥次兵衛という者の、乾児共が書いて、各所に立てたものだそうで。――いかにも文言が、無法者らしいと、街の者は、欣しがっておりまする』
と説明した。
忠利は、ほろ苦い顔をした。自分が胸に持っていた武蔵とは、それは余りに違うからである。その唾は武蔵が浴びているばかりでなく、自分の暗愚も嘲けられている気持がしたのであろう。
『ふム......武蔵とはそんな人物か』
忠利が、なお一抹の諦めかねたものをもって、そういうと、ほとんどが、異口同音に、
『どうも、つまらぬ男のようでござります』
といったり、
『いや、何よりも、よほどな卑怯者とみえまする。素町人等に、こう迄、恥かしめられても、いッこう姿を見せんそうですから』
と、一同がいった。
やがて、自鳴鐘が鳴ると、若侍たちは皆、退座した。忠利は、眠ってからも、考えていた。
けれども彼の考えは、あながち衆と一致していなかった。むしろ、
『おもしろいやつ』
と、思った。武蔵の立場になって、複雑に考えてみる事に、興があった。
あくる朝、いつもの経書の間で、受講をうけて、縁へ出ると、庭に、長岡佐渡の姿が見えた。
『佐渡、佐渡』
と、呼びかけると、老人は振り向いて、朝の礼儀を、庭先から慇懃にした。
『その後も、心がけておるか』
忠利のいい方が、佐渡には、唐突に聞えたとみえて、ただ眼をみはっていると、
『武蔵のことじゃよ』
と、忠利がつけ加えた。
『――はっ』
と、佐渡が頭を下げると、
『とにかく、見つけたら、いちど屋敷へ召連れい。人間が見たい』
――同じ日。
いつもの弓場へ、忠利が、午すこし過ぎ、姿をあらわすと、的場の控え所に、彼のすがたを待っていた岩間角兵衛が、それとなく、小次郎の推挙を又、繰返した。
忠利は、弓を把りながら、うなずいて、
『忘れておった。――ウム、いつでもよい、いちどその佐々木小次郎とやらをここの弓場まで召連れて来い。――抱えるか、抱えぬかは、見たうえの事じゃが』
と、いった。
虫 し ぐ れ
一
ここは伊皿子坂の中腹、岩間角兵衛が私宅の赤門の中。
小次郎の住居は、その地内で、独立した手狭な一棟であった。
『おいでか』
と、訪なう者があった。
小次郎は、奥に坐って、静かに、剣を看ていた。
愛剣の物干竿――
これはここの主の角兵衛に依頼して、細川家に出入の厨子野耕介へ研にやっておいたものである。
ところが、あの事件。
その後、耕介の家とは、いよいよ経緯がまずくなったので、岩間角兵衛から催促してもらうと、今朝、耕介から送り届けて来たのである。
無論、研げてはいまい。
そう思って、小次郎は、座敷の真ん中に坐って、鞘を払ってみたところが、研げていないどころではない――晃々と百年の冴えを革めて、淵の水かとも、深くて蒼黒い鉄肌から――燦として白い光が刎ね返したのである。
痣のようであった、うすい錆の斑紋も消えているし、血あぶらにかくれていた錵も、朧夜の空のように、ぼうっと美しく現れていた。
『...‥まるで、見直してしまったな』
小次郎は、飽かず看入っていた。
ここの座敷は、月の岬の高台にあるので、芝の浜から品川の海は元より、上総沖から湧きあがる雲の峰とも坐ながらに対い合っていた。――その雲の峰の影も、品川の海の色も、剣の中に溶けていた。
『お留守かの。――小次郎どのはお在ででないか』
間を措いていた戸外の声が、ふと又、柴折戸からそう訪れていた。
『誰方か』
刀を鞘におさめて、
『小次郎は居りますが、用事なら柴折から縁へ廻ってくだされい』
いうとすぐ、
『やれ、居るそうな』
と、いう話し声がして、お杉ばばと、一名の無法者が、縁先へ姿をあらわした。
『誰かと思うたら、ばば殿であったか。暑い日中を、よう見えたの』
『ご挨拶は後。――洗足水をいただいて、足を浄めたいが』
『そこに石井戸があるが、ここは高台なので、怖しく深いぞ。――漢。ばば殿が、墜ちると事だ。介添してやれ』
漢――とよばれたのは、彼女の道案内に、半瓦の部屋から付いて来た下っ端である。
井戸で、汗をふいたり、足を洗って、やがてお杉ばばは、座敷へあがり、挨拶をすますと、吹き通す風に眼をほそめて、
『涼しい家じゃが、こんな家に閑居して御座ったら、よい怠け者になりはせぬか』
と、いった。
小次郎は、笑って、
『お息子の又八とは違う』
ばばは、ちょっと、淋しげな眼をしばたたいて居たが、
『そうじゃ、何の土産もないが、これはわしが写経したもの、一部進ぜましょう程に、閑な時、誦んでくだされ』
と父母恩重経の一部をさし出した。
小次郎は、かねてばばの悲願を聞いていたので、それか――とよい程に眺めたのみで、
『そうそう、そこの漢』
と、後にいる無法者へ向って訊ねた。
『いつぞや、わしが書いて遣わした高札の文面。――あれを、方々へ建てておいたか』
二
漢は、膝をのりだして、
『――武蔵出て来い。出て来ずば侍とはいわれまいが......っていう、あの高札でござんしょう』
大きく頷いて、小次郎は、
『そうだ、辻々へ手分けして、建てておいたか』
『二日がかりで、目抜きな場所へは、たいがい建てておきましたが、先生はごらんになりませんので』
『わしは、見る要もない』
ばばも、その話に、側から割りこんで――
『きょうもの、ここ迄来る途中、その立札を見かけたが、札の建っている所には、街の衆がとり巻いて、くさぐさの噂ばなし。――よそ耳に聞いていても、胸がすいて、おもしろう御座ったわ』
『あの立札を見ても、名乗って出ぬとすれば、武蔵の侍はもう廃れたも同じこと。天下の笑いぐさじゃ。ばば殿も、それでもう恨みは済んだとしてもよかろう』
『なんの、いくら人が嗤おうと、恥を知らぬ面の皮には、痛くも痒くもあるまいに。――あの位な事では、このばばの胸も晴れねば、一分も立ちませぬわえ』
『ふふム......』
と、小次郎は、彼女の一念を見やって、笑つぼに入りながら、
『さすがは、ばば殿、幾歳になっても、初志は曲げぬの。いや見上げたもの』
と、煽動した。そして、
『時に、きょう御座ったのは、何用かな』
と、訊ねた。
ばばは、改まって告げた。――他でもないが、半瓦の家へ身を寄せてからもう二年余にもなる。いつ迄、世話になって居るのも本意でないし、あらくれ男共の世話にも飽きた。折からちょうど、鎧の渡しの附近に、手頃な借家があいたので、そこへ移って、一軒構えるという程でもないが――一人住居がしてみたい。
『どうであろう?』
と、相談顔に、
『武蔵も、まだ当分は、出て来る様子もないしの、せがれの又八も、この江戸には居るにちがいないが、居所が知れぬし......で、国許から金をよび、暫く、そうして居りたいと思うが』
と、小次郎へ計るのだった。
小次郎は、元より異議はない。そうするもよかろうという程度だった。
実をいえば、小次郎も、一時は興味もあり利用もしたが、この頃は、無法者達とのつきあいも、少々うるさくなって来た。主取をした後の事なども、計算に入れると、深入りは禁物だと思った。――で、近頃は、そこへの稽古にも、足を絶っているところだった。
岩間家の仲間をよんで、裏の畑から西瓜を採らせ、ばばと漢に馳走して、
『武蔵から、何か申して来た節は、すぐ当方へ使をよこせ。――わしも近頃ちと体が忙しいから、当分は無沙汰じゃと思うてくれ』
そういって、二人を、陽の暮れぬうちと、追い立てるように帰した。
ばばが帰ると、小次郎は、ざっと室内を掃いて、庭面へ井戸の水を撒いた。
山芋の蔓や、夕顔の蔓が、垣から手洗い鉢の脚にまでからみついている。その白い花の一つ一つが、夕風にうごき出した。
『きょうも、角兵衛どのは、宿直なのか?』
母屋に煙る蚊遣りを眺めながら、小次郎は部屋の中に寝そべった。
灯火はいらなかった。燈してもすぐ風に消えるであろうし、やがて宵月が、海を離れて、彼の顔まで映して来た。
......その頃である。
坂下の墓地から、垣を破って、この伊皿子坂の崖へ、一人の若い侍が、紛れ込んで行ったのは。
三
いつも、藩邸へは騎馬で通っているので、岩間角兵衛は、坂の下まで来ると、そこで馬を捨てる。
彼の姿を見ると、寺門前の花屋が出て来て、馬を預かってくれるのだ。
ところが、きょうの夕方は、花屋の軒をのぞいても、老爺が見えないので、自身で裏の樹へ繫いでいると、
『おう、旦那様で』
老爺は、寺の裏山から駈けて来て、いつものように、彼の手から馬を受取りながら、
『――たった今、墓地の垣を破って、道もない崖へ上って行くおかしなお武家があるので、そこは抜け道では御座らぬ、と教えてやると、怖い顔して、こちらを振向いたまま何処ともなく行ってしまいましたが......』
と、問わず語りをして、
『あんなのが、近頃やたらに大名屋敷へ忍び込むといううわさの盗賊ではございますまいかの』
と、まだ気に懸けて、黒々と暮れた青葉の奥を見上げていた。
角兵衛は、気にもとめない容子だった。大名屋敷へ、怪盗が這入るといううわさはあるが、細川家などは見舞われた事もないし、当家に盗賊が這入ったと、自らの恥を自らいう大名の有った例しもないので、
『はははは。あれは、単なる噂にすぎない。寺の裏山などへもぐる盗賊なら、多寡の知れた小盗人か辻斬かせぎの牢人者であろう』
『――でも、こちらは、東海道の街道口に当りますので、他国へ逃げ出す奴が、よく行きがけの駄賃という荒仕事をやりますので、夕方など、風態のわるい人間を見ると、その晩は、嫌な気もちがいたしまして』
『変事があったら、すぐ駈けて来て、門をたたけ。うちの懸り人どのは、そういう折を待って御座るが、出会わないので、毎日、髀肉の嘆をもらしているくらいだ』
『あ。佐々木様でございますか。あんな優姿でも、お腕はたいそうなものだと、この界隈の衆も、評判でごさりまする』
小次郎のいい噂を聞くと、岩間角兵衛は、鼻の高い気がした。
彼は、若い者が好きだった。とりわけ現今の気風として、有為な青年を家に養うということは、侍として、高尚な美風とされていた。
一朝、事のある場合に、ひとりでもよけいに、家の子輩をひき連れて、君侯の馬前へ出ることは平常のたしなみ好き事になるし――又、その中でも、抜群な男ぶりの者は、主家へ推挙しても一つの奉公ともなるし、自己の勢力扶植にもなる。
自己を、考えるような奉公人では、侍奉公の者として、頼母しくない家臣ではあるが、自己をまったく捨て切っている奉公人などというものは、細川家のような大藩にも、そう幾人もいるものではない。
さればといって、岩間角兵衛が、不忠者かといえば、決して一かどの武士以下の者ではない。唯当り前以上に出ない譜代の侍だった。平常の時務には、かえって、こういう人間が、人一倍、便利でよく働くもだった。
『戻ったぞ』
伊皿子坂は、ひどく急なので、わが屋敷の門へかかって、彼がこういう時には、いつも少し息を喘っている。
妻子は、国許へおいてあるので、元よりここは、男手と雇い女がいるばかり。――でも、宿直でない夕方には、彼の帰邸をおそしと待って、赤い門から玄関までの笹むらには、打水の露が光っていた。
『お帰りなさいまし』
出迎える召使たちへ、
『うむ』
と、応えて、
『佐々木どのは、きょうは家におるか、それとも外か』
角兵衛はすぐ訊ねた。
四
――今日は終日、家にいた様子だし、今も、寝転んで涼んでおります、と召使から聞いて、
『そうか、では、酒の支度をしての。支度ができたら、佐々木どのを、こちらへお呼びして参れ』
――その間に、風呂に入ってと、角兵衛はすぐ汗になった衣服を脱ぎ、風呂場で浴衣になった。
書院へ出て来ると、
『お帰りか』
小次郎は、団扇片手に、先へ来て坐っていた。
酒が出る。
『まず、一盞』
と、角兵衛は酌いで、
『きょうは、吉い事があるので、それをお聞かせしたいと存じてな』
『ほ。......吉い事とは』
『かつて、其許の身を、御推挙しておいたところ、だんだん殿にも其許の噂を耳にされ、近日、連れてこいという事になったのじゃ。――いやもう、ここまで運ぶには、容易ではない。何しろ、家中の誰や彼から、推挙しておる人間もずいぶん多いからの』
さだめし小次郎が欣んでくれるに違いない。角兵衛は正直に期待していた。
『............』
小次郎は、無音のまま、杯の端を唇へつけて、聞いていたが、
『御返杯』
そういったのみで、欣しそうな顔もしないのである。
だが角兵衛は、それを不服と思わないのみか、むしろ尊敬さえ抱いて、
『これで、お頼みをうけたそれがしも、世話効いがあったというもの。こよいは、祝杯でござる、お過ごしなさい』
と、更に、酌いでゆく。
小次郎は初めて、
『お心添え、かたじけない』
と、少し頭を下げた。
『いや何、其許のような器量人をお家に薦めるのも、御奉公の一ツじゃ』
『そう過大にお買いくだされては困る。元より、禄を望まず、ただ細川家は、幽斎公、三斎公、そして御当主忠利公と、三代もつづく名主のお家。そうした藩に奉公してこそ、武士の働き場所と思うてお願いしてみた事でもあれば』
『いやいや、身共は少しも、其許の吹聴はしないつもりだが、誰いうとなく、佐々木小次郎という名は、もう江戸表では隠れないものになっておる』
『こうして、毎日、懶惰にぶらぶらしている身が、どうして、そう有名になったものか』
小次郎は自嘲するように、若々しい歯ならびを見せて、
『べつに拙者が、出色しているわけではない。世間に似非者が多いのでしょう』
『忠利公には、いつでも召し連れいと仰せられたが......して、何日、藩邸までお出向き下さるの』
『此方も、何日なと』
『では、明日でも』
『よろしかろう』
と、当り前な顔つきである。
角兵衛は、それを見て、猶さら彼の人物の大きさに傾倒したが、ふと、忠利から念を押された一言を思い出して、
『しかし、君侯には、とにかく一度、人間を見た上でという仰せでござった。――とは申せ、それは形式で御仕官の儀は、もう九分九厘まで、極ったも同じようなものではあるが――』
と、小次郎へも、一応はと考えて、断っておいた。
すると、小次郎は、杯を下へ措いて、角兵衛の顔をじっと正視した。そして、
『止めた。角兵衛どの、折角だが、細川家へ奉公は、見合せる』
昻然といった。
酔うと鮮紅になって、血のはち切れそうな彼の耳朶であった。
五
『......ほ。なぜ?』
と角兵衛は、さも当惑そうに、彼を見まもった。
小次郎は一言、
『気にそまぬゆえ』
と、にべなくいったのみで、理由は口に出さないのである。
だが、小次郎が急に、不機嫌になったのは、角兵衛が今、君侯のお断りとして、
(召抱えるか否かは、当人を見た上で)
といった――その条件が気に障ったものらしかった。
(何も、細川家に抱えて貰わなければ、困る体ではない。何処へ持って行っても、三百石や五百石は――)
と、平常それとなく示している小次郎の誇に、角兵衛のありのままな伝え方が、ぐいと当りが悪く触ったものに相違ない。
小次郎は、他人の気持に関っていない質だったから、角兵衛が当惑して困った顔をして居ようが、自分を我儘勝手な人間と思おうが、いっこう心にかけるふうもなく、食事を終ると、さっさとわが住む棟へ帰ってしまった。
燈灯のない畳には、月明りが白く映しこんでいた。小次郎はそこへあがると、酔った体を仰向けに横たえて、手枕をかった。
『ふ、ふ、ふ......』
何を思い出したか、独りでこう笑いだしながら、
『とにかく、正直者だな、あの角兵衛は』
と、つぶやいた。
ああいったら、角兵衛が主君に対して困ることも――又、どう振舞っても、角兵衛が自分に対して怒らないことも――何もかもよく知りぬいている彼だった。
(禄に望みはない)
と、予て自分からいってはあるが、彼の満身は、野望に満ちていた。その彼に禄の望みがないわけもなく、自分の力で能う限りの名声も、又立身も望んでいた。
さもなくて、何で、苦しい修行などやる必要があろう。立身の為だ、名を揚げる為だ、故郷へ錦を飾る為だ、そのほか人間と生れた効をあらゆる点で満足させる為だ。その為には、今の時代では何といっても兵法に優れるごとが出世の捷径である。幸にも、この時代に自分は剣にかけては天禀の質をもって生れて来た――と、こう彼は考えている。自尊心を持っている。又聡明なる処世の歩みとして歩んでいる。
だから、彼の一進一退は、すべてこの目的と懸引から、割り出されていた。そうした彼の眼から見ると、ここの主の岩間角兵衛などは年こそ自分よりはずっと上だが、
(甘いものだ)
と、思わざるを得ないのであった。
――いつか小次郎は、そうした夢を抱いて、寝てしまった。月は畳の目を一尺もうごいたが、まだ醒めなかった。窓の女竹に絶えまなく涼風が戦いで、昼の暑さから解かれた肉体は、打たれても醒める気色はなかった。
――すると、その頃まで、蚊の多い崖の陰にかくれていた一つの人影は、
(よし!)
と、頃を見定めたように、燈のない家の軒端まで、蟇の這うように忍び寄って来た。
六
凛々しく身拵えした武士であった。――夕刻、坂下の花屋の老爺が挙動を怪しんで、寺の裏山へ見送ったという――彼の若い武士がこの男であったのではあるまいか。
――這い寄って、
『............』
その人影は、縁先から、やや暫くのあいだ、じっと、屋内を窺っている。
月明りを避けて屈んでいるので物音を立てない限り、そこに人間がいるとはちょっと分らない位だった。
『............』
小次郎の鼾声が微かに聞える。――一時、ハタと竭んだ虫の音もふたたび何事もないように、そこらの草の露からすだき始めた。
やがて。
人影は、ぬっくと立った。
そして刀の鞘を払うや否、ぽんと縁先へ跳ね上って、小次郎の寝すがたへ向い、
『くわッ』
と、歯を喰いしばって、斬りつけたと思うと、小次郎の左の手から、黒い棒が発矢と唸って、その小手を強く打った。
振り下した刃は、よほどな勢いであったとみえて、小手を打たれながらも、畳まで斬りさげた。
だが、その下に在った小次郎の姿は、水面を打たれた魚が摺り抜けて悠々と他を泳いでいるように、さっと、壁際へ身をよけて、此方を向いて立っていた。
手には、愛剣の物干竿を、二ツにして持っていた。――つまり左の手には鞘を。右の手にはその抜刀を。
『誰だ』
こういった彼の呼吸でも分かることは、小次郎がこの刺客の襲撃を、疾くから予感していたという点である。露のこぼれにも、虫の音にも、油断のない彼の姿というものが、壁を背にして、その時少しも紊れず見えた。
『わ、わしだッ』
それにひきかえて、襲った者の声は割れていた。
『わしでは分らん。名をいえ。――寝こみを襲うなどとは、武士らしくもない卑怯者め』
『小幡景憲の一子、余五郎景政じゃ』
『余五郎!』
『おお......よ、ようも』
『ようも? 如何いたしたと申すのか』
『父が病床にあるのを、よい事にして、世間に小幡の悪口をいいふらし』
『待て。いいふらしたのは、わしではない。世間が世間へいいふらしたのだ』
『門人共へ、果し合いの誘いをかけ、返り討にしおったのは』
『それは小次郎に違いない。――腕の差だ、実力の差だ。兵法の上では、こればかりは致し方ない』
『いう、いうなっ。半瓦とか申す無法者に手伝わせ......』
『それは二度目の事』
『何であろうと』
『ええ、面倒な!』
小次郎は癇癖を投げて、一歩踏み出しながら、
『恨むなら、いくらでも恨め、兵法の勝負に、意趣をふくむは、卑怯の上の卑怯者と、よけい、もの笑いを重ねるのみか――又してもそちの一命まで、申しうけるが、それでも覚悟か』
『............』
『覚悟で来たかっ』
更に一歩ふみ出すと、それと共に伸びた物干竿の切先一尺ほどに、軒の月が白く映した。チカッと、余五郎の眼も眩むばかり、白い光芒がそれから跳ねた。
きょう研ぎ上って来たばかりの刀である。小次郎は、渇いた胃が饗膳へ向ったように、相手の影を獲物として、じっと見すえた。
鷲
一
ひとに仕官の斡旋を頼んでおきながら、主君とする人のことばが気に喰わないなどと、間際になって、我儘をこねる。
岩間角兵衛は、弱って、
(もう関うまい)
と、思った。そして、
(後進を愛すのはよいが、後進の間違った考えまで、甘やかしてはいかん)
と、自省した。
けれど角兵衛は元々、小次郎という人間が好きだった。凡物でないと打ち込んでいた。従って、彼と君侯のあいだに挾まって、困った当座は、腹も立ったが、数日経つと、
(いや、あれが彼の、偉いところかも知れぬ)
と、考え直して来た。
(凡の人物なら、お目見得といえば、欣んで行くだろうに)
と善意に酌んで、むしろそれくらいな気概は、若い人間に有るほうが頼母しいし、又、彼にはその資格があると、よけい小次郎が大きく見えて来た。
で、四日ほど後。
それ迄、彼は宿直があったり、気色も癒らなかったので、小次郎とも顔を合わせなかったが、その朝、彼の棟をぶらりと訪れて、
『小次郎どの。――きのうも御館から退がろうとすると、忠利公がまだかと、其許の御催促じゃ。どうじゃな、お弓場で会おうと仰せられるのじゃから、御家中の弓でもごらんになるつもりで、気軽に出かけては』
と、気をひいてみた。
小次郎がにやにや笑って答えないので、彼は又、
『仕官するなれば、一応お目見得をすることは、どこにでもある例じゃから、何も、其許の恥辱にはなるまいが』
『だが、御主人』
『ウム』
『もし、気に入らぬ、断るといわれたら、この小次郎は、もう古物になるではないか。小次郎はまだ、自分を商品のように売り歩くほど落ちぶれては居り申さん』
『わしのいい方が悪かったのだ。殿の仰せは、そういう意味あいではなかったが』
『然らば、忠利公へ、どうお答えなさったの』
『――いやまだ、べつにどうとお答えはしておらぬ。それで、殿には殿で、心待ちにしておられるらしい』
『はははは。恩人のあなたを、そう困らせては相済まぬな』
『こよいも、宿直の日じゃ。又、殿から何か訊かれるかも知れぬ。そうわしを困らせずに、ともあれ一度、藩邸へお顔を出してもらいたいが』
『よろしい』
小次郎は、恩にでも着せるように、頷いて、
『行って上げましょう』
といった。
角兵衛は欣んで、
『では、今日にも?』
『左様、今日参ろうか』
『そうして欲しい』
『時刻は』
『いつでもという仰せでござったが、午すこし過ぎならお弓場へ出ておられるから、窮屈でもなし、気も軽く、拝謁できるが』
『承知した』
『相違なく』
と、角兵衛は、念を押して、先に藩邸へ出かけて行った。
その後で、小次郎は悠々身支度をした。身装などは関わない豪傑ふうな事を常にいっているが、彼は実はなかなか洒落者で、非常に見得をかざる質だった。
羅衣の裃、舶載織の袴、草履も笠も新しいのを出させ、岩間家の仲間に、
『馬はないか』
と、訊いた。
坂下の花屋の小屋に、主人の乗換馬の白が預けてあるからと聞いて――小次郎はその花屋の軒に立ったが、きょうも老爺はいなかった。
そこで、彼方の境内を見ると、寺の横に、その花屋の老爺だの僧侶だの、近所の人々が大勢して何か首を集めて騒いでいた。
二
何があるのか――と小次郎もそこへ行ってみた、見ると、菰をかけた一箇の死体が地上にある。それを、取り囲んでいる人々は、埋葬の相談をしているのだった。
死者の身許は分らない。
年頃は若い。
そして侍だという。
肩先から、思いきって深く斬られているのである。血しおは黒く乾いていた。持物は何もないらしい。
『わしは、この侍を、見かけた事がある。四日ほど前の夕方じゃった』
花屋の老爺がいった。
『......ほ?』
と、僧侶や近所の人々は、彼の顔を見まもった。
老爺は、猶も、何か喋舌りかけたが、その時自分の肩を叩く者があるので、振顧ると小次郎が、
『おぬしの小屋に、岩間殿の白馬が預けてあるそうだが、出してくれい』
『お、これは』
あわてて辞儀をして、
『お出ましで』
と、老爺は、小次郎と共に急いで家の方へ戻った。
小屋から、曳き出して来た月毛を撫でて、
『良い馬じゃな』
『はい。よい馬でございまする』
『行って来るぞ』
老爺は、鞍の上へ移った小次郎のすがたを見上げて、
『お似あいなされます』
小次郎は、巾着の中から、若干かの金をつまみ出して馬上から、
『おやじ、これで、線香と花でも供げておいてくれ』
『......へ? 誰方へ』
『今の死人へ』
小次郎は、そういって、坂下の寺門前から、高輪街道へ出て行った。
ベッと、彼は馬上から唾を捨てた。いやな物を見た後の不快な生唾がまだ残っていた。――四日前の月の夜、研ぎ上ったばかりの物干竿に、斬けた人間が、さっきの菰を刎ねて、馬の後から尾いて来るような気持がする。
『怨まれる筋はない』
彼は、心のうちで、自分の行為に、弁明していた。
炎天を打たせて、彼の白馬は、往来を払って行った。町家の者も、旅人も、歩いている侍も、彼の馬前を避けて、そして皆、振顧った。
実際、彼の馬上姿は、江戸の街へはいっても目につくほど立派だった。――どこのお武家だろうと、人々は見るのであった。
細川家の藩邸についたのは、約束どおり暑い真昼中だった。駒をあずけて、邸内へかかると、岩間角兵衛はすぐ飛んで来て、
『ようお出で下された』
と、まるで自分の事のように犒いながら、
『すこし、汗でも拭いて、お控えでおやすみ下さい。唯今、殿へお取次ぎをする間』
と、麦湯、冷水、煙草盆と、下へも措かない。
『では、お弓場へ』
と、間もなくべつの侍が案内をしに来る。勿論、彼が自慢の物干竿は家臣の手にあずけ、小刀のみで、従いてゆく。
細川忠利は、きょうもそこで、弓を射ていた。夏中、百射をつづけるというので、きょうもその幾日目かであった。
大勢の近侍が、忠利を取り巻いて、矢を抜きに駈けたり介添えしたり、又、固唾をのんで、弓鳴りを見まもっていた。
『手拭、手拭』
忠利は、弓を立てた。
汗が眼に流れこむほど、射疲れていた。
角兵衛は、その機に、
『殿』
と、側へひざまずいた。
『なんじゃ』
『あれに、佐々木小次郎が参って御拝謁を待っておます。おことばを戴きとうぞんじまする』
『佐々木? ああそうか』
忠利は眼もくれないで、もう次の矢を弦に懸け、足をふみ開いて、弓手を眉の上に翳していた。
三
忠利ばかりでなく、家臣たちも誰ひとり、控えている小次郎に、眼をくれる者はなかった。
やがて百射が終ると、
『水、水』
忠利は、大息でいった。
家臣たちは、井戸水を揚げて、大きな盥に水を漲った。
忠利は、諸肌をぬぎ、汗を拭いたり、足を洗った。側から家来が、袂を持ったり、新しい水を汲んだり、介添えは怠りないが、それにしても、いわゆるお大名の仕草ともみえぬ野人ぶりであった。
国許にいる大殿とよばれる三斎公は茶人である。先代の幽斎は、それにもまして風雅な歌人であった。さだめし三代目の忠利公も、みやびたる公卿風の人か、御殿育ちの若殿だろうと考えていた小次郎は、ちょっと、その体に、意外な眼をみはっていた。
よく拭きもしない足をすぐ草履にのせて、ずかずかと忠利は、弓場へ戻って来た。そして、さっきからまごついている岩間角兵衛の顔を見ると、思い出したように、
『角兵衛、会おうか』
と、幕の日陰へ床几を置かせ、九曜の紋を後にして腰かけた。
角兵衛に麾ねかれて、小次郎は彼の前にひざまずいた。人材を愛し、士を遇することに厚かったこの時代では、一応、謁見をうける者からそういう礼は執るが、すぐ忠利の方でも、
『床几を遣わせ』
と、いった。
床几を受ければ客である。小次郎は膝を上げて、
『おゆるしを』
会釈しながら、それへ腰をおろして、忠利と対いあった。
『仔細、角兵衛から聞いておるが、生国は岩国と申すか』
『御意にござります』
『岩国の吉川広家公は英邁の聞えが高い。そちの父祖も、吉川家に随身の者か』
『遠くは近江の佐々木が一族と聞いておりますなれど、室町殿滅亡後、母方の里へひそみました由で、吉川家の禄は喰んでおりませぬ』
などと家系や、縁類などの質問があって後、
『侍奉公は、初めてか』
『まだ主取は存じませぬ』
『当家に望みがあるやに、角兵衛から聞いておるが、当家のどこがようて、望んだか』
『死に場所として、死に心地の好さそうな御家と存じまして』
『む、む』
忠利は、唸いた。
気に入ったらしく見える。
『武道は』
『巌流と称します』
『巌流?』
『自身発明の兵法にござりまする』
『でも、淵源があろうが』
『富田五郎右衛門の富田流を習いました。又、郷里岩国の隠士で片山伯耆守久安なる老人から、片山の居合を授けられ、旁々、岩国川の畔に出ては、燕を斬って、自得するところがございました』
『ははあ、巌流とは――岩国川のその由縁から名づけたか』
『御賢察のとおりです』
『一見したいな』
忠利は、床几から、家臣の顔を見まわして、
『誰か、佐々木を相手に、起つ者はおらぬか』
と、いった。
四
この男が、佐々木か。近頃、よくうわさに上る、あの著名な人間なのか。
(それにしては、思いのほか、若いものだな)
と感心して、先刻から、忠利と彼との応接を見まもっていた家臣たちは、忠利が唐突に、
(誰か、佐々木を相手に、起つ者はないか)
といった言葉に又、顔を見あわせた。
自然、その眼はすぐ、小次郎の方へ移ったが、彼には、迷惑そうな気色もなく、むしろ、
(望むところ)
と、いわんばかりな紅潮が面に見えた。
だが猶、さし出がましく、我がと名乗って、起つ者もないうちに、
『岡谷』
と、忠利が、名指した。
『はっ』
『いつぞや、槍が太刀に勝る論議の出た折に、誰よりも、槍の説を取って退かなかったのは、そちであったな』
『は』
『よい折だ、かかってみい』
岡谷五郎次は、お受けすると、次に、小次郎の方へ向い直って、
『不肖、お相手に立ちまするが、おさしつかえ御座いませぬか』
と、訊ねた。
小次郎は、大きく、言葉を胸で肯くように、頷いた。
『お願いいたしましょう』
慇懃な礼儀のあいだであるが、何かしらさっと肌じまるような凄気がながれた。
幕の裡で、的場の砂を掃いていた者や、弓の整理をしていた人々も、それを聞いて、忠利のうしろへ皆、集まった。
朝夕、武芸を口にし、太刀や弓を箸の如く持ち馴れている者にでも、稽古以外のほんとの試合などに立つ体験は、一生を通じて、そう何度もある事ではなかった。
仮に――
(戦場へ出て戦うのと、平常の場合、試合に立つのと、どっちが怖いか)
という事を、ここにいる大勢の侍に、正直に告白させたら、十人が十人迄、
(それは試合だ)
というに違いないのである。
戦争は集団の行動だが、試合は箇と箇の対立である。必ず勝たなければ、必ず死ぬか片輪になるのだ。足の拇指一つから髪の毛一筋までを味方として、自己の生命力を尽して戦い切らなければならない。――他人が戦っている間、ほっと一息を入れるというような余裕なども、試合にはない。
――粛として、彼の友だちは皆、彼の挙止を見まもった。だが、五郎次が落着いているのを見ると、やや安心して、
(彼なら負けまい)
と、思った。
細川藩には、従来、槍術の専門家という者はいなかった。幽斎公三斎公以来、数々の戦場で人と為った者ばかりが君側なのである。足軽の中にさえ、槍の上手は沢山いた。槍を上手につかうなどという事は、必ずしも奉公人の特別な技能ではなかった。だから特に師範役というような者は要らなかったといえるのである。
けれど、その中でも、岡谷五郎次などは、藩での鑓仕といわれていた。実戦を踏んでいるし、平常の稽古や工夫も積んでいる老練家であった。
『暫し、御猶予を』
と、五郎次は、主君と相手の者へ、そう会釈をして、静かに、彼方へ退がって行った。もちろん身支度の為である。
朝に笑顔で出て、夕べには死体で帰るかもしれない侍奉公の嗜みとして、きょうも、下帯から肌着まで、垢のつかない衣を着ていたという事が、支度に退がる彼の心を、その時ふと、涼やかにさせていた。
五
身を開け放した姿で、小次郎は、突っ立っていた。
借りうけた三尺の木太刀を提げ、袴の襞もたらりと――絡げもせずに、試合の場所を選んで、先に待っていた。
逞ましかった。誰が見ても、憎んで見てさえも、それは凛々しい男振であった。
殊に、鷲のごとく勇猛で、しかも美しい横顔には、平常と何の異るところも見えなかった。
(どうしたか?)
相手に立つ岡谷五郎次へは、家中の者の友情がわいた。小次郎の異彩を見るにつけ、彼の腕のほどが案じられ、彼が支度にかくれた幕の方へ自と不安な眼がうごいた。
だが、五郎次は、落着きすまして身支度を終えていた。それに猶、手間どっているわけは、槍の先に濡れ晒布を、ていねいに巻きつけている為だった。
小次郎は、見やって、
『五郎次どの。それは何のお支度だな。てまえに対する万一のお気づかいなら無用な御配慮だが』
と、いった。
ことばは尋常に聞えるが、意味は傲慢な放言に等しい。――今、五郎次が濡れ晒布を巻いている槍は、彼が戦場で得意につかう短刀形の菊地槍である。柄の長さ九尺余、手元から先は青貝塗りの磨出し、菖蒲造りの刃先だけでも七、八寸はあろうという業物なのだ。
『――真槍でいい』
それを見ながら、小次郎は、彼の徒労をすでに嘲うかにいったのである。
『無用ですか』
キッと、五郎次が、彼を見ていうと、君侯の忠利も、君側にいる彼の友も、皆、
(ああいうのだ)
(かまわん)
(突き殺してしまえ)
と、いわんばかりに、眼でぎらぎらと、使嗾した。
小次郎は、早くと、促すように、語気をこめて、
『そうだ!』
と、眼をすえた。
『然らば』
巻きかけた濡れ晒布を解きほぐし、五郎次は長槍の中段をつかむと、ずかずかと進んで来て、
『お望みにまかせる。然し、それがしが真槍を把る以上、貴方も真剣を持っていただきたい』
『いや、これでいい』
『いや、成らぬ』
『いや』
と、小次郎は、彼の呼吸を圧しかぶせて、
『藩外の人間が、いやしくも他家の君前で、真剣を把るなどという無遠慮は、慎まねばなりますまいが』
『でも』
五郎次が猶、心外らしく、唇をかむと、忠利は、彼の態度を、もどかしく思ったように、
『岡谷。卑怯ではない。相手のことばに任せ。逸くいたせ』
明らかに、忠利の声の中にも、小次郎に対する感情がうごいていた。
『――では』
二人は、目礼を交した。するどい血相が双方の顔に映り合った。とたんに、ぱっと五郎次から跳び退いた。
だが、小次郎の体は、モチ竿に着いた小鳥のように、槍柄の下に添って、五郎次のふところへそのまま、つけ入って行った。
五郎次は槍を繰り出す暇がなく、ふいに身を向き転えると石突きの方で、小次郎の襟がみの辺を撲り下ろした。
――ぱッん、と石突きの先が谺して宙へ跳ね返された。小次郎の木剣は、咄嗟に又、槍の勢いで上げられた五郎次の肋骨へ向って、低く、嚙みつくように唸って来た。
『ち。ち。ち!』
五郎次は、踏み退いた。
更に横へ跳んだ。
息もつかず、又、避けた。又跳び交した。
――だがもう、鷲に追いつめられた隼だった。つき纏う木剣の下に、戞然と、槍が折れた。せつな、五郎次の魂がその肉体から、無理に捥ぎ離されたような呻きがして、一瞬の勝負は、ついてしまった。
六
伊皿子の「月の岬」の家へ帰ってから、小次郎は、主の岩間角兵衛にたずねた。
『ちと、やり過ぎましたかな? ――今日の御前では』
『いや上乗でござったよ』
『忠利公には、わしの帰った後で、何というて居られたかな』
『ベつに』
『何か、いわれたろうが』
『何とも、仰せられずに、黙って、お座の間へお出でられた』
『うむ......』
小次郎は、彼の答えに、不満足な顔を見せた。
『いずれ、そのうち、お沙汰があるでござろう』
角兵衛がいい足すと、
『抱えるとも、抱えぬとも、いずれでもいい。......だが、噂に違わず、忠利公は、名君と見た。同じ仕えるなら――とは思うが、これも縁物だからな』
角兵衛の眼にも、小次郎の鋒鋩が次第に見えてきて、きのうから、少し気味わるくなった面持である。愛すべき若鳥と抱いていたのが、覗いてみたら、いつの間にか懐中で鷲になっていた感じである。
きのう、忠利の面前では、少くも四、五名は相手にしてみせるつもりだったが、最初の岡谷五郎次との試合が、余りに残忍であったせいか、
(見えた。もうよい)
と、忠利の声で、終ってしまったのである。
五郎次は、後で蘇生したというが、怖らく跛行になってしまったろう。左の太股か腰部の骨は砕けた筈である。あれだけ見せておけば、このまま、細川家に縁はなくてもまず遺憾はないがと、小次郎はひそかに思う。
だが、未練はまだ、十分にある。将来、身を託す所として、伊達、黒田、島津、毛利に次いで、細川あたりは慥な藩である。大坂城という未解決な存在がまだ風雲を孕んでいるので、身を寄せる藩に依っては、再び素牢人に転落したり、落人の憂目にあう惧れは多分にある。奉公口を求めるにも、よほど将来を見通してかからないと、半年の禄のために、一生を棒にふるかも知れない。
小次郎には、その見通しがついていた。三斎公という者がまだ国元に光っているうちは、細川家は泰山の安きにあるものと見ていた。将来性も十分にあるし、同じ乗るなら、こういう親船に乗って新時代の潮へ、生涯の舵を向けてゆくことこそ賢明だと考えていた。
(だが、いい家柄ほど、易々と、抱えもせぬし)
小次郎は、やや焦々する。
何を思いついたのか、それから数日後のこと、小次郎は急に、
『岡谷五郎次どのを見舞って来る』
と、いって出かけた。
その日は徒歩で。
五郎次の家は、常盤橋の近くだった。彼は突然、小次郎の慇懃な見舞をうけて、まだ病床から起き上れない身であったが、
『いや、試合の勝負は、腕の相異、わが未熟は恨むとも、なんで其許を......』
と、微笑をみせ、
『おやさしい、お労りをうけ、かたじけない』
と、眼に露を見せた。
そして小次郎が帰ると、枕辺に来ていた友へ、
『ゆかしい侍だ。傲慢者と思うたが、案外、情誼もあり、礼儀も正しい』
と、洩らした。
小次郎は、彼が、そういうであろうことを、弁えていた。
ちょうど、来ていた見舞客の一名は、もう彼の思うつぼに、彼の敵たる病人の口から、小次郎の讃美を聞かされていた。
青 い 柿
一
二日おき、三日おきに、前後四たび程、小次郎は岡谷の家を見舞った。
或る日は、魚市場から、生きた魚など、慰めにと、届けさせた。
夏は、土用に入った。
空地の草は、家を蔽い隠し、乾いた往来には、のそのそ蟹が這っている江戸だった。
――武蔵出てこい。出て来ずば侍とはいわれまいが。
と、半瓦の者が立てた辻々の立札も、夏草の背にかくされ、或は雨で仆れたり、薪に盗まれたりなどして、もう眼にふれる折もなかった。
『どこぞで、飯を』
と、小次郎は、空腹を思い出して、彼方此方、見まわした。
京とちがって、奈良茶というような家もまだ無い。ただ、空地の草ぼこりに、葭簀を立てて、
どんじき
と書いた旗が見える。
屯食――とは遠い時代、握り飯のことを称った名と聞いている。屯食いという意味から生れた言葉であろう。だが、ここの「どんじき」とは一体何か。
葭簀の陰から這ってゆく煙は草にからみついて、いつまでも消えない。近づいてゆくと、煮物のにおいがする。まさか、握り飯を売るわけでもあるまいが、とにかく、喰べ物屋には違いない。
『茶をいっぱいくれ』
日陰へ這入ると、そこの腰かけに、ひとりは酒の茶碗、ひとりは飯茶碗を持って、がつがつ喰っている二人づれがある。
対いあった腰かけの端へ小次郎は倚った。
『おやじ、何ができるのか』
『めし屋でござります。酒もございまするが』
『どんじき――と看板に書いてあるが、あれは何の意味だな』
『皆さまがお訊きになりますが、てまえにも分らないので』
『おぬしが書いたのではないのか』
『はい、ここでお休みなされた旅の御隠居らしいお人が、書いてやるといって、書いて下さいましたので』
『そういえば、なる程、達筆だな』
『諸国を、御信心に歩いているお方だそうで、木曾でも、よほど豪家な金持の御主人とみえましてな、平河天神だの、氷川神社、また神田明神などへも、それぞれ莫大な御寄進をして、それが、無二の楽しみだと仰っしゃっている御奇特人でございまする』
『ウム、何という者か、その人の名は』
『奈良井の大蔵と仰っしゃいます』
『聞いたようだな』
『どんじき、などと、お書きくださって、なんの意味か、通じはしませぬが、そういう有徳なお方の看板でも出しておいたら、少しは貧乏神の魔除けになるかと思いましてな』
おやじは、笑った。
小次郎は、そこに並んでいる瀬戸物鉢をのぞき、肴と飯を取って、箸で蠅を追いながら、湯漬にして喰べ始めた。
前に腰かけていた二人の侍のうち――一人はいつの間にか立って、葭簀の破れ目から草原を覗いていたが、
『来たぞ』
連れを振り顧って、
『浜田、あの西瓜売じゃないか』
といった。
あわてて、箸をおいて、もうひとりの男も立ち上った。そして葭簀へ顔を並べながら、
『む、彼れだ』
と、何か物々しく頷いた。
二
草いきれの炎天を、西瓜売は天秤を肩に歩いてゆく。
それを追って、「どんじき」の葭簀の陰から出て行った牢人は、いきなり刀を抜いて、天秤の荷繩を払った。
――もんどり打つように西瓜と西瓜売が前へ転んだ。
『やいっ』
先刻、どんじきの中で、浜田とか呼ばれていたもう一名の牢人が、すぐ駈けて、横から西瓜売の首を抓み上げた。
『お濠ばたの石置場で、このあいだまで、茶汲女をしていた娘を、おのれは、何処へ連れて行った。――いいや、空惚呆けてもだめだ。なんじが隠したに相違ない』
一人が責めると、一人が刀を鼻先へ突きつけて、
『いえ、吐かせ』
『そちの住居はどこだ』
と、脅かし、
『こんな面して、女を誘拐かすとは、以てのほかな奴だ』
と、刀の平で、西瓜売の頰をたたいた。
西瓜売は、土気色になった顔を、唯、横に振るだけだったが、隙を見ると、憤然一方の牢人を突きとばし、天秤を拾って、もう一名の方へ、打ってかかった。
『やるかっ』
と、牢人は呶鳴って、
『こいつ、満更、ただの西瓜売でもないぞ。浜田、油断するな』
『何、多寡の知れた――』
と、浜田某は、打って来る相手の天秤を引っ奪くり、これへ叩き伏せてしまうと、西瓜売の背中へ天秤を背負わせ、有合う繩で、棒縛りに、ぎりぎり巻きつけた。
――すると彼の後方で、猫が蹴られたような声と共に、どさっという地響きがしたので、何気なく振顧ると、その顔へ、夏草の風がぱッと赤い細かい霧を持って来て、吹きつけた。
『――やっ!』
馬乗りになっていた西瓜売の体の上から跳び退いた浜田某なる牢人は、有り得ない事を見たように、疑いの眼をみはって、愕然とさけんだ。
『何者だッ......な、なに者だっ汝は......』
だが。
蝮のように、するすると、そういう彼の胸へ真っ直に迫って来る刀の先は――冷然と、答えもしない。
佐々木小次郎なのである。
刀は、いう迄もなく、いつのも長刀物干竿。厨子野耕介が研桶に古い錆垢を落して光芒を改めて以来、近頃しきりと、血に渇いて、血をむさぼりたがっている刀である。
『............』
笑而不答――小次郎は、後ずさる浜田某をぐいぐい追いつめて夏草を繞っていたが、ふと、棒縛りの目に遭っていた西瓜売りが、その姿を見るなり、さもさも吃驚したように、
『あっ......佐々木......佐々木......佐々木小次郎どの。助けてくれっ』
と、大地から呶鳴った。
小次郎は、見向きもしない。
ただ、抜き合せたまま、後へ後へ、果てなく退がってばかりいる浜田某の呼吸を数えながら、死の淵まで押してゆくように、彼が一退すれば、彼も一進し、彼が横へ旋れば、彼もさっと、横へ旋って、刀の先から外さず押しつづけているのみだった。
もう青白くなって来た浜田某は、その耳に、佐々木小次郎の名を聞くと、
『えっ、佐々木?』
遽かに、戸惑いし出して、くるくる旋ったかと思うと、ぱッと、逃げ出した。
物干竿は、宙を刎ね、
『何処へッ』
と、いうや否、浜田某の片耳を削いで肩先から深く斬りさげてしまった。
三
彼がすぐ、繩目を切ってやっても、西瓜売は、草むらから顔を起さなかった。
坐り直しはしたが――いつまでも面は上げないのである。
小次郎は、物干竿の血をぬぐい、鞘に納めると、何かおかしくなったように、
『大将』
と、西瓜売の背を叩いた。
『何もそう面目ながらないでもいいじゃないか。――おいっ、又八』
『はあ』
『はあ、じゃあない、顔を上げろ。偖もその後は久しぶりだな』
『あなたも、御無事でしたか』
『あたり前だ。――然し、貴様は妙な商売をしておるじゃないか』
『お恥かしゅうございます』
『とに角、西瓜を拾い集め――そうだ、あの、どんじき屋へでも、預けたらどうだ』
小次郎は原の中から、
『おおウい、おやじ』
と、麾ねいた。
そこへ、荷や西瓜をあずけ、矢立を取出して、どんじきの掛障子のわきへ、
空地の死体ふたつ
右、斬捨て候ものは
伊皿子坂月の岬住人
佐々木小次郎
後日の為のこす
こう書いて、
『おやじ、ああしておいたから、其方に迷惑はかかるまい』
『ありがとう存じまする』
『あまり有難くもないだろうが、死者の由縁の者が来たら、言伝てくれ。――逃げ隠れはせぬ、いつでも、御挨拶はうけるとな』
そして、葭簀の外にいる西瓜売の又八へ、
『参ろう』
と、促して、歩き出した。
本位田又八は、俯向いてばかりいた。近頃彼は、西瓜の荷を担って、江戸城の此処彼処にたくさん働いている石置場の人足や、大工小屋の工匠や、外廓の足場にいる左官などへ、西瓜を売ってあるいていた。
彼も、江戸へ来た当初は、お通に対してだけでも、男らしく、一修行するか、一事業やるか、壮志のあるところを見せていたが、何へかかっても、すぐに意志のへこたれてしまうことと、生活力の弱いことは、この人間の持ち前で、職を換える事も、三度や四度の数ではない。
殊に、お通に逃げられてからの彼は、よけい、薄志弱行の一途を辿るばかりで、わずかに、各所の無法者のゴロ部屋に寝泊りしたり、博奕の立番をして一飯を得たり、又、江戸の祭や遊山の年中行事に、その折々の物売をしたり――兎に角まだ一ツの定った職業すら摑んでいないのであった。
だが、それが不思議とも思わないほど、小次郎も彼の性情は前から知っている。
唯、どんじき屋へ、ああ書いておいた以上、やがて何とかいって来るものと心得ていなければならない心構えの為に、
『いったい、あの牢人共から、どんな恨みをうけたのか』
と、理由を糺すと、
『実は、女のことで......』
と、いい難そうに、又八はいう。
又八が生活を持つ所、何か必ず女の事故が起っている。彼と女とは、よくよく前世から業のふかい悪縁でもあるのだろうと――小次郎すらも苦笑をおぼえ、
『ふム、相変らず貴様は色事師だの。して、その女とは、どこの女で、そしてどうしたという理か』
いい渋る口を割らせるのは骨だったが、伊皿子へ帰っても、かくべつ用を持たない彼には、女と聞くだけでも、無聊をなぐさめられて、又八と会ったのも、拾い物のような気がしていた。
四
漸く、又八が、打明けていう事情というのを聞くと、こうであった。
濠端の石置場には、お城の作業場に働いている者や往来の頻繁を当てこんで、何十軒といっていいほど、休み茶屋が、葭簀を張っている。
そこの一軒に、人目をひく茶汲女があった。飲みたくもない茶をのみに這入ったり、喰べたくもない心太を啜ったりしにゆく連中のなかに、先刻の浜田某という侍の顔もよく見えていた。
ところが、自分も時折、西瓜を売上げた帰りになど、休みに寄るうち、或時、娘がそっと囁くことには、
(わたしは、あのお侍が嫌いでならないのに、茶屋の持主は、あのお侍と遊びにゆけと、此店が閉まるとすすめるのです。あなたの家へ隠してくれませんか。女ですから水仕事や綻びを縫うぐらいなことならしますよ)
と、いうので、否む筋合もないから、諜し合せて、自分の家へ、早速、娘を匿ってやっているので――唯それだけの理由なので――と、又八は頻りとそこのところを繰返して言訳する。
『おかしいじゃないか』
小次郎は、頷かない。
『なぜですか』
と、又八は、自分の話のどこがおかしいのかと、すこし反抗を見せて、突っこんでゆく。
小次郎は、彼の、惚気とも言訳ともつかない長文句を、炎天に聞かされて苦笑も作れず、
『まあいいわ。ともかく貴様の住居へ行って、ゆるゆる聞こう』
すると、又八は足を止めてしまった。ありありと、迷惑そうにその顔つきが断っているのである。
『いけないのか』
『......何しろ、御案内申すような、家ではないので』
『なあに、かまわぬ』
『でも......』
又八は、謝って、
『この次にして下さい』
『なぜじゃ』
『すこし今日は、その』
よくよくな顔していうので、強ってともいわれず小次郎は急にあっさりと、
『ああそうか。然らば、折を見て、そちの方からわしの住居へ訪ねて来い。伊皿子坂の途中、岩間角兵衛どのの門内におる』
『伺います。ぜひ近日』
『あ......それはよいが、先頃、各所の辻に立ててあった高札を見たか。武蔵へ告げる半瓦の者共が打った立札を』
『見ました』
『本位田のおばばも尋ねておるぞと、書いてあったろうが』
『は。ありました』
『なぜすぐに、老母をたずねて参らぬのじゃ』
『この姿では』
『ばかな。自分の母親に何の見得がある。何日、武蔵と出会わんとも限らぬではないか。その時、一子として、居合わせなかったら、一生の不覚だそ。生涯の悔をのこす事になるぞ』
彼の意見じみた言葉を、又八は素直に聞けなかった。母子のあいだの感情は、他人の見た眼のようなのではない。――そう腹の膨れるように思ったが、たった今、救われた恩義のてまえ、
『はい。そのうちに』
と、渋った返辞をのこして、芝の辻でわかれた。
――小次郎は人が悪い。別れると見せて、実はすぐ又、引っ返していた。又八の曲がった狭い裏町を、見え隠れに尾けて行った。
五
幾棟かの長屋がある。藪や雑木を伐り拓いて、どしどし人間が先へ住み出したといったような、この附近の開け方であった。
道などは、後の事で、人が歩けば、それからつくし、下水なども、戸毎から、行水の水や台所の汚水で、流るるままに出来たものが、自然小川へ落ちて行く――でいいとしている。
何しろ、急激に殖えてゆく江戸の人口は、それほど無神経でなければ納まりがつかなかった。その中で多いのは、やはり労働者であった。わけて河川改修と、城普請の仕事に就く者たちである。
『又八さん、帰ったのか』
憐の井戸掘の親方がいった。親方は、盥の中にあぐらをくみ、横にした雨戸の上から首を伸ばしていったのである。
『やあ、行水ですか』
今、家へ戻って来た又八がいうと、盥の中の親方は、
『どうだい、わしはもう上るところだが、一浴びやっては』
『有難うございますが、宅でもきょうは、朱実が沸かしたそうですから』
『仲がいいな』
『そんなでもございません』
『兄妹か、夫婦か、長屋の者もまだよく知らないが一体どっちなんだね』
『へへへへ』
そこへ、彼女が来たので、又八も親方もだまってしまった。
朱実は、提げて来た大きな盥を、柿の木の下におき、やがて、手桶の湯をあけた。
『又八さん、加減を見てよ』
『すこし、熱いな』
車井戸の音がきりきりする。又八は裸で駈けてゆき、手桶の水を取って来て、自分でうめて、すぐ入浴りこむ。
『ああいい湯だ』
親方はもう浴衣になって、糸瓜棚の下に竹床几を持ち出し、
『きょうは、西瓜は売れたかい』
と、訊く。
『知れたもんですよ』
又八は、指の股に、血が乾いていたのを見出して、気味わるそうに、手拭で落していた。
『そうだろうな、西瓜なんぞ売るよりはまだ、井戸掘人足になって日傭稼ぎしたほうが、楽だと思うが』
『いつも、親方が、おすすめしてくれますが、井戸掘になると、お城の中へ這入るんですから、滅多に、家へ帰れないでしょう』
『そうさ。御作事方のお許しが出なくっちゃ、帰るわけにゆかねえな』
『それじゃあ、朱実がいうには、淋しいから、やめてくれといいますんでね』
『おい、のろけかい』
『決して、あたし達は、そんな仲じゃございません』
『そうめんでも奢りなよ』
『――ア痛っ』
『どうしたい』
『頭の上から、青い柿が落ちて来やがったんで』
『ははは、のろけるからよ』
親方は渋団扇で、膝をたたいて笑った。伊豆の伊東の生れで、運平さんという名で界隈の尊敬をうけていた。年はもう六十すぎ、麻のようにもじゃもじゃした髪の毛をしているが、日蓮信者で朝夕は題目を称え、若い者達を、子ども扱いにするだけの体力をもっている。
この長屋の入口に、
お城御用あなほり土方口入
いどほりうん平宅
と立札にあるのは、この親方の家のことである。城郭の井戸の開鑿には、特別な技術がいるので、ただの井戸ほりではできない。そこで伊豆の金山ほりの経験のある自分が、工事の相談と人足の口入に招かれて来たのである――とは、運平親方が、晩酌にやる焼酎の御きげんで、よく自慢する糸瓜棚の下のはなしだった。
六
許可がなければ、家には帰さないし、仕事中も監視はつくし、留守宅の家族は、人質同様、町名主や親方の束縛もうけるが、その代り、御城内仕事は、外の仕事より、体も楽だし、賃銀はざっと倍額にもなる。
工事が終る迄、寝泊りも、御城内の小屋でするから、小費いもつかいようがない。
――だからそうして一ツ、辛抱してから、それを資本に、西瓜など売らずに、何か商売でもする工夫をしてはどうか。
隣家の運平親方は、前から又八へ、よくそういってくれて居たが、朱実は首を振って、
『もし、又八さんが、お城仕事へ行くなら、わたしはすぐ、逃げちまうからいい』
と、脅すようにいった。
『行くもんか、お前ひとり置いて――』
又八も、そんな仕事はしたくないのである。彼がさがしているのは、体が楽で、もっと、体裁のいい仕事だった。
行水から彼が上がると、次には朱実が、囲いの戸板を殖やして、湯を浴み、ふたりとも浴衣になってから今も、その話が出たが、
『少しぐらい金になるからって、囚人みたいに、体を縛られる働きに出るなど、いやなこった。おれだって、いつまでも西瓜売じゃいねえつもりだ。なあ朱実、当分貧乏暮しでも、辛抱しようぜ』
冷し豆腐に、青紫蘇のにおう膳をかこみながら、又八がいえば朱実も、
『そうともさ』
と、湯漬を喰べながらいった。
『一生に一遍でもいいから、意気地のあるところを見せてやりなさいよ。――世間の人に』
朱実が、ここへ来てから、長屋では、夫婦者と見ているらしかったが、彼女は、こんな歯がゆい男を、自分の良人に持とうとは思っていない――
彼女の、男を見る眼は、進んでいた。江戸へ来てから――殊に堺町の遊びの世界に身を置いているあいだに――多くの種々な型の男を見ていた。
その朱実が、又八の家へ逃げて来たのは、一時の方便にすぎなかった。又八を踏み台にして、再び、立ってゆく空をさがしている小鳥だった。
――だが、今又八に、お城仕事になど行ってしまわれるのは、都合が悪かった。というよりも、身の危険であった。茶汲女をしていた頃の男――浜田某という牢人に、見つけ出される惧れがあるからである。
『そうそう』
飯が終ると、又八は、その事について、話し出した。
浜田につかまって、ひどい目に遭っていたところを、佐々木小次郎に助けられ、その小次郎が、此家へ案内しろといってきかないので、閉口したが、とうとう体よくいって、別れて来た――ということを審に、彼女の気を迎えるように、語り出したのである。
『えっ、小次郎に、出会ったんですって』
朱実は、もう顔いろを失いながら、息をついて、
『そして私が、ここにいるなどという事をいったんですか。まさか、いいはしないでしょうね』
と、念を押した。
又八は、彼女の手を、自分の膝へ取って、
『誰が、あんな奴に、おまえの居ることなどいうものか。いったが最後、あの執念ぶかい小次郎が又......』
――あっと、そこで、又八はふいに呶鳴って、自分の横顔を抑えた。
誰が抛ったのか。
裏の方から飛んで来た青い柿の実が一つ、ぐしゃっと、彼の顔に当ったのである。まだ固い青柿だったが、白い肉が砕けて、朱実の顔へもかかった。
もう夕月の藪の中を、小次郎に似た影が、涼しい顔して、町の方へ立ち去った。
露 し と ど
一
『――先生』
と、伊織は追う。
その伊織の背丈より、秋近い武蔵野の草は高かった。
『はやく来い』
武蔵は、振向いて、草の中を泳いで来る雛鳥の跫音を時々待つ。
『道があるんだけれど、分らなくなっちまう』
『さすがに、十郡に亙るという武蔵野の原は広いな』
『どこ迄行くんです』
『どこか、住み心地のよさそうな所まで』
『住むんですか、ここへ』
『いいだろう』
『............』
伊織は、いいとも、悪いともいわない。野の広さと等しい空を見あげて、
『さあ? どうだか』
『秋になってみろ、これだけの空が澄み、これだけの野に露を持つ。......思うだに気が澄むではないか』
『先生は、やっぱり、町の中はきらいなんだな』
『いや、人中もおもしろいが、あのように、悪口の高札を辻々に立てられては、なんぼ武蔵が厚かましゅうても、町には居づらいではないか』
『......だから、逃げて来たの』
『ウむ』
『くやしいな』
『何をいうか、あれしきの事』
『だって、どこへ行っても、先生のことを誰もよくいわないんだもの。おらは、くやしいや』
『仕方がない』
『仕方がなくないよ。悪口をいうやつを、みんな打ち懲して、こっちから、文句のあるやつ出て来いと、札を立ててやりたいや』
『いや、そんな、敵わぬ喧嘩はするものじゃない』
『だって、先生なら、無法者が出て来たって、どんな奴が対って来たって、負けやしないよ』
『負けるな』
『どうして』
『衆には負ける。十人の相手を打ち負かせば、百人の敵が殖え、百人の敵を追ううちには、千人の敵がかかってくる。どうして、敵うものか』
『じゃあ、一生、人に嗤われているんですか』
『わしにも、名には、潔癖がある。御先祖にもすまない。どうかして、嗤われる人間にはなりとうない。......だから、武蔵野の露にそれを捜しに来たのだ。どうしたら、もっと嗤われない人間になれるかと』
『いくら歩いても、こんな所に、家はないでしょう。あれば、お百姓が住んでるし......又、お寺へでも行って、泊めてもらわなければ』
『それもいいが、樹のある所へ行って、樹を伐り、竹を畳み、茅を葺いて、住むのもよいぞ』
『又、法典ケ原にいた時のように?』
『いや、こんどは、百姓はせぬ。毎日、坐禅でもするかな。――伊織、おまえは書を読め、そしてみっしり太刀の稽古をつけてやろう』
甲州口の立場、柏木村から野へ這入ったのである。十二所権現の丘から、十貫坂とよぶ藪坂を下りてからは、ほとんど、歩いても歩いても、同じような野であった。夏草の波のなかに、消え消えになる細い道であった。
行くほどに軈て、笠を伏せたような、松の丘があった。武蔵はそこの地相を見て、
『伊織、ここに住もう』
と、いった。
行く所に天地があり、行く所に生活が始まる。鳥が巣を作るのから較べれば、二人の住む一庵を建てるのは、もっと簡素だった。近くの農家へ行って、伊織は一人の日雇いと、斧、鋸などの道具をやがて借りて来た。
二
草庵と迄はゆかない、ただの小屋でもない、妙な家が、とにかく数日の間に、そこに建った。
『神代の家は、こんな物でもあったろうか』
武蔵は、外から、わが家をながめて、独り興に入っている。
木の皮と竹と茅と板とで出来ている。そして柱は附近の丸木である。
その家の中の壁とか、小障子とかに、ほんのわずかばかり使用されている反古紙が、ひどく貴重に見え、又、文化的な光りと匂いをたたえ、やはり神代ではあり得ない住居を証拠だてている。
しかも、朗々と、藺のすだれの陰からは、伊織の読書の声がながれている。秋となっても、蟬の声はまだ旺だったが、到底、その伊織の声には敵わない。
『伊織』
『はいっ』
はいっ――と返辞した時は、伊織はもう彼の足もとに来てひざまずいていた。
近頃、厳しく慣らした躾けである。
以前の童弟子、城太郎には、彼はこうしなかった。彼の振舞いたいように振舞わせ、それが、育つさかりの者には、よい事であり、人間を自然に伸ばすことだと考えていた。
武蔵自身がそう育てられて来たからである。――だが、年と共に、彼の考え方も変化して来た。
人間の本来の性質の中には、伸ばしてもいい自然もある。だが、伸ばしてはならない自然もある。
放っておくと、得て、伸ばしてはならない本質は伸び、伸ばしてもいい本質は伸びないものだった。
この草庵を建てるので、草や木を刈ってみても、伸びて欲しい植物は伸びず、醜草や邪魔な灌木は、刈っても刈っても、蟠って仕方がない。
応仁の乱この方、世の中の相は、文字どおり乱麻であった。信長がそれを刈り、秀吉が束ね、家康が地ならしと建築にかかりかけているが、まだ、まだ、危いことは、附火木の火一ツで、天下を火となさんず気ぶりも蒸々と、西には満ちている。
だが、この永い乱麻の世相は、もう一転する秋だろう。野性の人間が、野性を大きく買われる時代は過ぎた。武蔵があるいた足跡の範囲だけを見ても、将来、天下が徳川になろうが豊臣の掌に帰ろうが、人心の一致している方向はすでに極っている。
それは、乱麻から整理へ。又、破壊から建設へ。――要するに、求めても求めなくても、次期の文化が、人心の上へひたひたと潮を上げているのである。
武蔵は、独り思うことがある。
(生れたのが、遅かった)
――と。
(せめて、二十年も早く生れていたら、いや十年でも、間に合ったかも知れない)
――と。
自分が生れた時がすでに、天正十年の小牧の合戦のあった年である。十七歳には、あの関ケ原であった。もう、野性の人間が用をなす時代はその頃から過ぎてしまったのだ。――今思えば、田舎から槍一本持って出て、一国一城を夢みるなどということは、おかしい程、時代錯誤な田舎者の世間知らずであった。
迅い。時勢は急流のように早い。太閤秀吉の出世が、津々浦々の青年の血へ響いて来た時には、もう太閤秀吉の踏襲ではいけないのである。
武蔵は、伊織へ訓えるのに、そう考えずにいられなかった。その為に、城太郎とはちがって、殊に、躾けを厳しくした。次の時代の侍を作り上げねばならぬと思った。
『先生。なにか御用でございますか』
『野末に大きな陽が落ちかけた。いつものように、木剣を把れ、稽古をつけてつかわそう』
『はいっ』
伊織は、二本の木剣を持って来て、武蔵の前におき、
『おねがい致します』
ていねいに頭を下げた。
三
武蔵の木剣は長い。
伊織の木剣は短い。
長い木剣は、青眼に、短い木剣も青眼に、いわゆる相青眼にあって、師弟は対い合っている。
『............』
『............』
草より出て草へ沈むという武蔵野の陽は地平線に仄かな余映を残していた。草庵の後の杉林はもう暗かった。蜩の声を仰ぐと細い月がその梢に忍び寄っている。
『............』
『............』
稽古である。勿論、伊織は武蔵の構えを真似て、自分も構えているのであった。打ってもいい、といわれているので、伊織は打って行こうとするが、思うように体が動かせないのである。
『............』
『眼を』と、武蔵がいう。
伊織は、眼を大きくした。武蔵が又いう。
『眼を見ろ。......わしの眼をくわっと見るのだ』
『............』
伊織は、懸命に、武蔵の眼をにらもうとする。
だが、武蔵の眼を見ると、自分のにらみは刎ね退けられて、武蔵のにらみを、受けてしまうのである。
それでも猶、じっと怺えて、見つめて居ようとすると、頭が、自分の頭だか、ひとの頭だか分らなくなってしまう。頭ばかりでなく、手も脚も、五体すべて、うつつになってしまう。すると又、
『眼を!』
と、注意される。
いつのまにか眼は、武蔵の眼の光りから逃げるように、そわそわ動いているのだ。
はっと、それに心をあつめると、手に持っている木剣まで、伊織は忘れてしまうのだった。そして、短い木剣が、百貫の鉄の棒でもささえているように、だんだん重くなってくる。
『............』
『眼。眼』
いいながら、武蔵が少しずつ前へすすんで見せる。
この時、伊織が、どうしても後へ退がりたがるので、それを幾十度も、きょう迄、叱られて来た。――で、伊織は、武蔵に倣って、前へ出ようと努めるのだったが、武蔵の眼を見ていては、到底、足の拇指も、にじり出せないのである。
退がれば、叱られる。進もうとするが、進めない。伊織の体が、くわっと熱くなる。人間の手に摑まれた蟬の体みたいにくわっと熱くなる。
この時、
(何を!)
と、伊織の幼い精神の中にも、鏘然と、火華が発しるのだった。
武蔵は、それを感じると、すぐ、彼の気を誘って、
『来いっ』
いいながら、魚が交すように、さっと、肩を落しながら身を退いてやるのだった。
伊織は、あッといいながら、飛びかかる。――武蔵の姿はもうそこには居ない。――一転して振り向くと、自分の居たところに武蔵は居る。
そして、最初の時と同じ姿勢に又、回るのであった。
『............』
『............』
いつかそこらは、しとどに夜露が綴っている。眉に似た月は、杉林の陰を離れ、そこから風の落ちてくるたびに、虫の音はみな息をひく。昼はさほどとも見えない秋草の花々も、顔を粧ってみな霓裳羽衣を舞うかのように戦ぎ立つ。
『............』
『よし、これ迄』
武蔵が、木剣を下ろして、それを伊織の手へ渡した時、伊織の耳に初めて、裏の杉林のあたりに、人声が聞えた。
四
『誰か来たな』
『又、泊めてくれと、旅の人が迷って来たんでしょ』
『行ってみろ』
『はい』
伊織は、裏へ廻って行った。
武蔵は竹縁に腰かけて、そこから見える武蔵野の夜をながめていた。もう穂芒が穂をそろえ、草の波には秋の光りがある。
『先生』
『旅人か』
『違いました。お客様です』
『......客?』
『北条新蔵様が』
『お。北条どのか』
『野道から来ればよいのに、杉林の中に迷いこんで、やっと分ったんですって。馬を向うに繫いで、裏に待っておりますが』
『この家には、裏も表もないが――此方がよかろう、お連れ申してこい』
『はい』
家の横へ駈け廻って、
『北条さん、先生はこちらにいます。こっちへお出でなさいまし』
伊織が呶鳴る。
『おう』
武蔵は、立って迎え、すっかり、壮健になった新蔵の姿にまず、欣びの眼をみはった。
『ご無沙汰いたしました。恐らく人を避けてのお住居とは察しながら、押して突然、お邪げ申しました。おゆるしのほどを』
新蔵のあいさつに、会釈しながら武蔵は、縁へ誘って、
『ま。お掛け下さい』
『いただきます』
『よく分りましたな』
『ここのお住居で』
『されば。誰にも告げてないはずだが』
『厨子野耕介から聞いて承知いたしました。過日、耕介とお約束の観音様がお出来とかで、伊織どのが、届けられたそうで......』
『ははあ、ではその折、伊織がここの住所を喋舌ったとみえる。......いやべつに、武蔵もまだ、人を避けて閑居するなどという年齢ではありませぬが、七十五日も身を潜めていたら、うるさい噂も冷めようし、従って又、耕介などに禍のかかる惧れも無くなろうかと思った迄のことでござる』
『お詫び申さねばなりませぬ』
と、新蔵は、頭を下げて――
『みな、てまえの事から御迷惑を』
『いや、お身の事は、枝葉に過ぎない。原因はもっと遠いところにあるのです。小次郎とこの武蔵との間に』
『その佐々木小次郎の為に、又しても、小幡老先生の御子息、余五郎どのが、殺害されました』
『えっ、あの子息が』
『返り討です。わたくしが仆れたと聞かれたので、一途に、彼奴を狙って、かえって落命なされたのでした』
『......止めたのに』
武蔵は、いつか小幡家の玄関に立つた若い余五郎の姿を思いうかべ、可惜――と心のうちで、つぶやいた。
『然し――御子息のお気もちも分るのです。門下はみな去り、かくいうてまえも仆れ、老先生も先程病死なされました。――今は、というお気もちを抱いて、小次郎の家へ襲ってゆかれたものと察しられます』
『うむ。......まだわしの止め方が足らなかった。......いや止めたのが、かえって、余五郎どのの壮気をあべこべに駆りたてたかも知れぬ。かえすがえすも惜しいことを』
『――で、実はわたくしが、小幡家の跡を継がねばならぬことになりました。余五郎どののほかに老先生のお血筋もないので、すでに絶家となるところ、父安房守から柳生宗矩様へ実情を申しあげ、お骨折で、師の家名だけは、養子の手続きを取って、残ることに相成りました。――然し、未熟者のわたくしでは、かえって甲州流軍学の名家の名を、汚すようなものではないかと、それのみを惧れておりまする』
五
北条新蔵がことばの中に、父安房守といったのを、武蔵はふと、聞き咎めて、
『北条安房守どのと申せば、甲州流の小幡家と並んで、北条流の軍学の宗家ではありませぬか』
『そうです、祖先は遠州に興りました。祖父は小田原の北条氏綱、氏康の二代に仕え、父は、大御所家康公に見出され、ちょうど三代、軍学をもって、続いて来ております』
『その、軍学の家に生れた其許がどうして、小幡家の内弟子などになられていたのか』
『父の安房守にも、門人はあり、将軍家へも、軍学を御進講しておりますが、子には、何も教えませぬ。他家へ行って、師事してこい、世間から苦労を先に習んで来い――と申すような風の父でありますゆえ』
新蔵の物ごしや、そういう人がらのどこかに、そう聞けば、卑しくないところが見える。
彼の父は、北条流のながれを汲む三代目安房守氏勝であろう。そうすると、その母は、小田原の北条氏康の女である。人品のどこかに、下賤でないものが、仄見えるのは、道理であった。
『つい、余談に紛れましたが――』
と、新蔵はそこで辞儀をし直し、
『こよい、急に、お訪ねいたしたのも、実は、父安房守のいいつけで、父の方からお礼に伺うところであるが、折からちょうど珍しいお客様も来あわせて、屋敷にお待ちいたしておるので、お迎えいたして来いと、いいつけられて参ったのでござりますが』
と、武蔵の顔いろを窺っていった。
『はて?』
武蔵は、まだ彼のことばが、よく酌めないらしく、
『珍らしいお客が、其許のおやしきで拙者を待ちうけているから来い――という仰せかな?』
『そうです。恐縮ながら、てまえが御案内いたします程に』
『これから直ぐに?』
『はい』
『いったい、その客とは、誰方でござるか。武蔵にはとんと江戸には知己がないはずでござるが』
『御幼少からよく御存知のお方でござります』
『何、幼少から?』
愈ゝ、解せない。
(誰だろう?)
幼少からといえば懐しい。本位田又八か、或は、竹山城の侍か、父の旧知か。
ひょっとしたら、お通ではあるまいか? ――などと思いながら又、その客とは一体誰かと訊くと、新蔵は窮した容子で、
『お連れして参る迄、名は明かさずにおれ。会って意外と欣び合ったほうが興があるから――と申されるのです。......お越しくださいましょうか』
と、いうのである。
武蔵は、頻りと、その分らぬ客に会ってみたくなった。お通ではなかろう。そう思いながら、又、心のすみで、
(お通かも知れないし)
と、思われたりする。
『参ろう』
武蔵は立って、
『伊織。先に寝め』
と、いった。
新蔵は、使の面目が立ったと欣んで、早速、裏の杉林に繫いでおいた駒を縁先まで曳いて来た。
駒の鞍もあぶみも、秋草の露に、しとど濡れていた。
六
『どうぞお召を』
と、北条新蔵は、馬の口輪をつかんで、武蔵へすすめた。
武蔵は、敢て辞退せず、鞍上の人になって、
『伊織、先に寝め、わしの戻りは、明日になるかも知れぬ』
伊織も、外まで出て、
『行っていらっしゃいまし』
と、見送った。
萩、芒の中を、馬上の武蔵と、口輪を持つ新蔵の影とが――軈て、いちめんな露の彼方へ沈んで行った。
伊織は、ぽかんと、独りぼッちになって、竹縁に腰かけていた。この草庵に、独り留守をすることも、珍らしくはない。又、法典ケ原の一ツ家にいた頃のことを思えば、淋しくもない。
(眼。......眼)
伊織は、稽古のたび、武蔵からいわれることが、頭にこびりついて、今もすぐ、銀河の空を仰ぎながら、ぽかんと、それを考えていた。
(どうしてだろ?)
なぜ、武蔵の眼に睨まれると、彼の眼を見ていられなくなってしまうのか、伊織には分らなかった。そして、少年の純な口惜しさが大人以上の一途となって、それを幼い思念で解こうとしていた。
そのうちに、彼は、草庵の前の一本の樹に絡んでいる野葡萄の葉蔭から、キラと、自分のほうを睨んでいる二ツの眼に出会った。
『......おや?』
生き物の眼である。それは師の武蔵が、木剣を持って自分を見る眼にも劣らない光りを帯びている眼だった。
『......鼯だな』
伊織は、野葡萄の実へよく来るむささびの顔を覚えている。あの琥珀色の眼が、草庵から映す燈のせいか、妖怪のそれのように、怖しくぎらぎら光っているのだった。
『......畜生め。おいらが意気地がないと思って、むささびまでひとを睨んでやがるな。負けるか、おまえなどに』
伊織も又負けない気になって、むささびの眼を、きつく睨み返した。
彼が、竹縁から、両肱を張って、息もせずに、そうしていると、何と、感じたものだろうか、依怙地で、猜疑ぶかくて、執念づよい小動物は逃げもせず、かえって鋭い光りをその眼に加え、じいっと、いつ迄も、伊織の顔を見ているのである。
――負けるか! 汝ごときに。
と、伊織も、見つめる。
長い間を、まったく呼吸もせずに、そうしていたのであったが、軈て、伊織の眼の力が、彼を圧伏してしまったものか、野葡萄の葉が、カサと揺れたせつなに、むささびの影はどこへやら消えてしまった。
『ざまをみろ』
伊織は、誇った。
彼はびっしょり汗をかいていたが、何だか胸がせいせいして、こんど師の武蔵と立合う時には、今みたいに睨み返せばいいんだと思った。
彼は、藺すだれを下ろし、草庵の中で眠りについた。灯を消しても、藺すだれの隙間から、露明りが、青白く映している。
――彼自身では、横になると同時に、すぐ眠りにはいった気がしていたが、頭の中には、何か光る珠のような物が、ぎらぎらしていて、それがだんだん、むささびの顔のように、夢うつつの境に見えて来るのだった。
『......ウウム。......ううむ』
何度も彼は呻いた。
そのうちに、どうしても、その眼が夜具の裾のほうに居る気がしてならないので、むくり起き直ってみると、果して、薄明るい蓆の上に、一匹の小動物が、くわっと自分を睨みつけているのだった。
『アッ、畜生っ』
枕元の刀を把って斬るつもりの伊織は、もんどり打って、刀と共に転び、さっと動いた藺すだれに、むささびの影が黒く止まっていた。
『畜生』
その藺すだれもズタズタに斬り、外の野葡萄も、乱離と斬って、猶、野を見廻していた伊織は、二ツの眼の行方を、天の一角に見つけた。
それは、青い大きな星だった。
四 賢 一 燈
一
どこかで、神楽笛の音が、遠く聞えるようでもある。夜祭でもあるのか、篝の火花が、森のこずえに、うす赤く映している。
馬でこそ、一刻だったが、口輪を把って付いて来た北条新蔵には、この牛込まで、かなりの道であったに違いない。
『ここです』
赤城坂の下。
一方は赤城神社のひろい境内であり、坂の道を隔てて、それに劣らぬ広い土塀をめぐらした宅地がある。
土豪の門のような、そこの構えを見て、武蔵は鞍を下り、
『御大儀』
と、新蔵へ手綱を返す。
門は開いていた。
彼が曳き込む駒のひづめが戞々と邸内へひびくと、待ちもうけて居たらしく、紙燭を手にした侍たちが、
『お帰り』
と、出迎えて、彼の手から又駒を受けとり、そして客の武蔵の先に立って、
『御案内いたしまする』
と、新蔵と共に樹々の間を縫って、大玄関の前まで来る。
すでに、その式台には、左右に明るい燭台を備え、用人らしい者以下、安房守の召使がずらりと頭を下げていた。
『お待ちうけで御座ります。どうぞそのまま』
『――御免』
武蔵は、箱段を上って、家人の導くままに歩いた。
ここの家造りは変っていた。階段から階段へ、上へばかり登って行くのである。赤城坂の崖へ依って、櫓組みに幾部屋も、積み上げられてあるのであろう。
『しばらく、御休息を』
一室へ通して侍たちは退がってゆく。武蔵はそこへ坐るとすぐこの部屋の高い位置に気付いた。庭の崖先から真下に、江戸城の北の濠が見え、城壁をつつむ丘陵の森と対して、昼間はさぞと、ここからの展望も偲ばれるのであった。
『............』
音もなく、火燈口のふすまが開く。
美しい小間使が、楚々と、彼の前に、菓子、茶、煙草などのもてなしを供え、無言のまま退がって行った。
その艶な帯や裾が、壁から出て壁へ吸われてゆくようにかくれると、後には、ほのかな香いだけが漂って、ふと武蔵に「女」なるものを、忘れていた胸から思い起させた。
しばらくすると、小姓を従れた主がそこへ現れた。新蔵の実父安房守氏勝である。武蔵のすがたを見ると、非常に馴々しく――いや自分の息子たちと同年輩なので、やはり子どものように見えるのであろうか、
『や。ようお越し』
と、厳めしい辞儀などを略して、小姓の設らえた敷物へ、武将らしくあぐらをくみ、
『――聞けば伜の新蔵が、いかい御恩になったそうな。お越しを願うて、礼をいうなどは、逆礼じゃが、ゆるされい』
と、扇の先に、手を重ねて、高い頭をちょっと下げた。
『恐れ入る』
と、武蔵も、かろい会釈をして、安房守の年輩を見ると、もう前歯は三本も抜けているが、皮膚の艶は、老人ぎらいな負けん気をあらわし、少し白いのも交ってはいるが、太い口髯を、左右へ生やして、その髯が又、歯のない唇のまわりの梅干皺を巧くかくしているのであった。
(子沢山な老人らしい。そのせいか、若い者にすぐ親しまれそうな人である)
武蔵はそう感じながら、彼も亦気軽にすぐ訊ねた。
『御子息から伺えば、私を存じおるお客が御当家に来合せておられる由。いったい誰方でござりますか?』
二
『今、お会わせする』
安房守は落着いて――
『よう其許を知っている人だ。――偶然にも、二人が二人とも、よく知っておる』
『では、客どのは、お二人とみえますな』
『どちらも、わしとは親しい友達、実はきょう御城内で出会ったのじゃ、そしてここへ立寄られて、よも山の話のうちに、新蔵が挨拶に出た事から、其許のうわさが始まった。――すると、客のひとりの方が、遽かに、久し振りで会いたいという。又一方も、会わせて欲しいという』
そんな事ばかり述べたてていて、安房守もなかなか客が何人であるか明かさないのであった。
だが、武蔵は、うすうす解けて来た心地がした。にっと、微笑みながら試みに、
『わかりました。宗彭沢庵どのではございませぬか』
と、いってみると、
『やあ、中てたわ』
果して、安房守は、小膝を打って、
『よう、お察しじゃ。いかにも、きょう御城内で出会うたのは、その沢庵坊。おなつかしかろう』
『その後は、実に久しく、お目にかかりませぬ』
一人の客が、沢庵であることはこれで分った。だが、もう一名は誰か、思い当りもない。
安房守は、案内に立って、
『御座れ』
と、部屋の外へ導いた。
そして外へ出ると、又、短い階段を上り、鍵の手に曲っている廊下を、奥深く這入って行った。
その辺で、ふと、先にいた安房守の姿が見えなくなった。廻廊も階段もひどく暗いので、勝手を知らぬ武蔵の足が、遅れがちであったせいもあろうが――それにしても、気の短い老人ではある。
『......?』
武蔵が足を止めて佇んでいると、燈りの映している彼方の座敷らしい内から、
『此方じゃ』
と安房守がいう。
『お』
眼は答えたが、武蔵の足は、一歩もそこから出ていない。
燈りの流れている縁側と、彼の立っている廊下との間を、約九尺ほどの闇が中断していて、そこの暗い壁の露地に、武蔵はなにか好ましからぬ物の気配を感じたのである。
『なぜ御座らぬ? ――武蔵どの、此方じゃよ、早う渡られい』
安房守は、又呼んだ。
『......はい』
武蔵は、そう答えずに居られない所に立っている。だが、彼はやはり前へ歩まなかった。
静かに、足を回らして、十歩ばかり戻ると、庭先へ出る手洗口がある。そこの沓脱石にある木履を穿いて、庭づたいに廻って、安房守が呼んでいる座敷の前へ出て行った。
『......あ。そこから』
と安房守は、何か、出し抜かれたような顔して、座敷の端から振顧った。武蔵は意にもかけず、
『......おう』
と、座敷の内へ呼びかけて、床の正面に坐っている沢庵へ、心の底から笑顔を向けた。
『おう』
と、同じように、沢庵も眼をみはり、席を立って迎えながら、
『武蔵か』
と、これも懐しそうに、待っていた、待っていた、と何度も繰返していうのだった。
三
さて、久しい邂逅である。二人とも、しばらくは、見飽くことなく、お互いの姿をただ眺め合うばかりであった。
しかも、場所も場所。
武蔵にとっては、なんだか、この世の対面とも思われぬ心地がするのだった。
『――まず、其後の事ども、わしから話そうか』
と、沢庵はいう。
そういう沢庵は、昔ながらの、粗まつな僧衣で、決して金襴も、珠も、飾ってはいないが、どこか以前の彼とは、風貌もちがっているし、ことばの角もまろくなっている。
武蔵が、曾つての野育ちから洗われて、昔ながらの一野人でも、どこかに温厚を加えて来たように、沢庵も漸く、その人間に、風格というようなものや、禅家の深みを備えて来たものであろう。
もっとも、武蔵とは、年齢も十一も違う。やがて沢庵は、四十に近いのである。
『この前、お別れしたのは、京都であったのう。――京都以来か。あの折、わしは母の危篤で、但馬へ帰った』
こう語り出して、
『母の喪に服すこと一年、まもなく旅へ出て、泉州の南宗寺へ身を寄せ、後には大徳寺へも参じ、又、光広卿などと共に、世の流転をよそに、歌行脚よし、茶三昧よし、思わず数年を暮して来たが近頃、岸和田の城主、小出右京進が下向に同道して、ぶらと、江戸の開けようを、ありのままいえば、見物に来たのじゃが......』
『ほ、では、近頃のお下向でござりましたか』
『右大臣家(秀忠)とは、大徳寺でも、二度ほど会うているし、大御所には、しばしば謁しておるが、つい江戸には、こん度が初めて。――して、お許には』
『私もつい、この夏の初め頃から――』
『だが、だいぶもう、関東でも、おぬしの名は、有名なものじゃの』
武蔵はぞっと、脊すじに恥を覚えながら、
『悪名ばかり......』
と、俯向いた。
沢庵は、その体をしげしげ眺め入って、彼の「たけぞう」時代の姿を思い出しているらしかった。
『いや何、おぬしぐらいな年頃に、早くも、美名の高いのは、むしろどうかな? ......。悪名でも関うまい。不忠、不義、逆徒――そんな悪名でない限りは』
と、沢庵はいって、
『さて、次には、そちらの修行――又、今の境遇など、訊きたいが』
と、問い出した。
武蔵は、この数年のあらましを語って、
『今もって、未熟、不覚、いつまで、真の悟入ができたとも思われませぬ。――歩めば歩むほど、道は遠く深く、何やら、果なき山を歩いている心地でございまする』
と、述懐した。
『む。そうなくては』
と、むしろ沢庵は、彼の嘆息を正直な声として、欣びながら、
『まだ三十にならぬ身が、道のみの字でも、分ったなどと高言するようじゃったら、もうその人間の穂は止まりよ。十年先に生れながら、野僧なども、まだまだ、禅などと話しかけられると、脊すじが寒い。――だがふしぎと、世間がこの煩悩児をつかまえて、法を聴聞したいの、教を乞いたいのという。お許など、買いかぶられていないだけに、わしよりは、素裸じゃな。法門に住んで怖いのは、人を、ややともすると、生仏かのように、崇めこむことじゃよ』
ふたりが、話に熱しているまに、いつか、膳や銚子などが、運ばれて来ていた。
『......おう、そうそう。安房どの、亭主役じゃ。もう一方の客をお呼びして、武蔵どのへ、紹介わせてもらいたいの』
と、沢庵が気付いていう。
膳は、四客分くばられてある。そしてここにいるのは、沢庵、安房守、武蔵と三名だけである。
姿の見えぬもう一名の客とは誰か?
武蔵には、もう分っていた。しかし彼は黙って控えていた。
四
沢庵にそう催促されると、安房守は、少しあわてた顔いろで、
『お呼びするのか?』
と、ためらった。
そして、武蔵の方を見て、
『ちと、こちらの画策が、其許に見事、観やぶられた形でな――。いささか、発案者のわしが、面目のうて』
と、意味ありげに、言訳を先にする。
沢庵は、笑って、
『敗れたからには、潔う、兜をぬいで、打ち明けてしまったがよろしかろう。――ほんの、座興の企み、北条流の宗家じゃとて、そう権式を張っておるにも当るまいて』
と、いった。
『元より、わしの負けだ』
安房守は、そう呟いたが、まだ不審ないろをその顔に残して、自分の企みを割って話すと共に、武蔵へ向って、次のような質問をした。
『――実は、伜の新蔵からも、沢庵どのからも、お身様の人間は、よう承って、その上、お迎え申したことじゃが、失礼ながら、今の御修行がどれほどなものか、それは知るよしもなし、又お目にかかって、言葉の上で伺うよりも、まず先に、無言のうちに拝見いたそうかと――ちょうど居合わせた仁も然るべきお方ゆえ、如何? と計ったところ、畏まったと、すぐ呑みこまれて――真は、彼れなる暗い廊下の壁露地に、そのお方が、刀の鯉口を切って、お待ちしていたものでござる』
安房守は、今更、人を試すようなことをした所為を、自ら恥じているように、そこで、謝罪の意を示して――
『......それゆえに、実はわざと、てまえが此方から、渡られい、渡られい、と幾度も、罠へ誘なうつもりで、お呼びしたのじゃが。――それを彼の時、お許には、どうして、後へ戻って、庭さきから、此室の縁側へと、お廻りになられたのか? ......。それが伺いたいものじゃて』
と、武蔵の顔を見入っていうのだった。
『............』
武蔵は、ただ唇の辺に、にやにやと笑いを湛えるのみで、どうとも、その解説を与えなかった。
そこで、沢庵がいうには、
『いや、安房どの。そこが軍学者のお許と、剣の武蔵どのとの差じゃな』
『はて、その差とは』
『いわば、智を基礎とする兵理の学問と、心を神髄とする剣法の道との、勘の相違でござりましょう。――理からいえば、こう誘う者は、こう来なくてはならぬ筈という軍学――。それを、肉眼にも、肌にも触れぬうちに、察知して、未然に、危地から身を避ける剣の心機――』
『心機とは』
『禅機』
『......では、沢庵どのでも、そうした事がおわかりになるかの』
『さあ、どうだか』
『何にしても、恐れ入りました。わけて、世の常の者ならば、何か、殺気を感じたにしても、度を失うか、又は、覚えのある腕のほどを、そこで見しょうという気になろうに――後へもどって、庭口から木履をはいてこれへお見えになった時は、実はこの安房も、胸がどきっと致しました』
『............』
武蔵自身は、当然なことと、彼の感服にあまり興もない顔つきだった。むしろ、自分が主の目企みの裏を搔いた為に、いつ迄も、この座敷にはいり難くて、壁の外に佇んでいる者が気の毒になったので、
『どうぞ、但馬守様に、お席へお着きくださるよう、これへ、お迎えを願いまする』
と、いった。
『ええ』
これには、安房守ばかりか、沢庵もちょっと驚いて、
『どうして、但馬どのと、お許に分っておるのか』
と、訊ねた。
武蔵は、但馬守に、上座を譲るべく、席を退がりながら、
『暗うござりましたが、あの壁の陰にひそと澄んでいた剣気、又ここのお顔ぶれといい、但馬様を措いて、余人であろうとは思われませぬ』
と、答えた。
五
『むむ、御明察』
と、安房守が、感嘆して、頷いて見せると、沢庵も、
『その通り、但馬守どのに相違お座らぬ。あいや、物陰のお人、もう知れておる。これへ御座あってはどうか』
室外へ向っていうと、そこで笑い声がひびいた。やがて這入って来た柳生宗矩と武蔵とは、いうまでもなく、初対面であった。
その前に、武蔵はすでに、末席に身を退いていた。但馬守のためには、床の間の席が開けてあったが、彼はそこへ坐らずに、武蔵の前へ来て、対等の挨拶をした。
『身が、又右衛門宗矩でござる、お見知りおき下さい』
武蔵も亦、
『初めて御意を得ます。作州の牢人、宮本武蔵と申す者、何分、この後は御指導を』
『先頃、家臣木村助九郎から、お言伝ても承ったが、折わるく、国許の父が大患での』
『石舟斎様には、その後の御容態、いかがにございまするか』
『年齢が年齢でござれば、いつとも......』
と、語尾を消して、
『いや、あなたの事は、その父の手紙にも、又沢庵どのからも、よく聞いておりました。――わけて、唯今の御要意には感じ入る。不作法には似たれども、かねがね此の身へ卸所望の試合も、これで果したと申すもの。お気に障られな』
温厚な風が、武蔵の貧しい姿を和らかにつつむのであった。うわさに違わず、但馬守は総明な達人であると、武蔵もすぐ感じた。
『おことば、痛み入りまする』
武蔵は自然、彼の挨拶以上に、身を低くして、そういわざるを得ない。
但馬守は、たとえ一万石でも、諸侯の列に在る人である。その家格からいっても、遠く天慶年代から柳生ノ庄の豪族として知られ、しかも将軍家の師ではあり、一介の野人にすぎない武蔵とは、比較にならない権門の出である。
同席して、こう語りあう事すらが、すでに当時の人の観念では破格であった。だが、ここには旗本学者の安房守もいるし、又、野僧の沢庵も、極めて、そういう隔てにはこだわらずにいるので、武蔵も救われた心地で坐っていた。
やがて、杯を持つ。
銚子を酌み交す。
談笑がわく。
そこには、階級の差もない、年齢のへだてもない。
武蔵は、思うに、これは自分への待遇ではなく、「道」の徳であり、「道」の交わりなるが為に、許されているのである。
『そうだ』
沢庵は、何を思い出したか、杯を下に措きながら、武蔵へ、
『お通はどうしておるの? ......近頃』
と、ふいに訊ねだした。
その唐突な問いに、武蔵は、ちょっと顔を紅らめ、
『どうして居りますやら、其後はとんと......』
『とんと、知らんのか』
『はい』
『それは不憫。あれも、いつまで知らぬままにはしておけまい。其許としても』
宗矩がふと、
『お通とは、柳生谷の父の許にも居たことのある彼の女子のことか』
と、いう。
『そうじゃ』
沢庵が代って答えると――それならば今、甥の兵庫と共に、国許へ行って、石舟斎の看護をしてくれている筈――と宗矩が話し、
『武蔵どのとは、そんな以前からの、お知り合いか』
と、眼をみはる。
沢庵は、笑った。
『お知り合いどころではお座らぬよ。はははは』
六
兵学家はいるが、兵学の話はしない。禅僧はいるが、禅のぜの字もいわない。剣の但馬守、剣の武蔵もいながら先刻から、剣道のことなどは、おくびにも話題には上らないのである。
『武蔵どのには、ちと面映ゆかろうが』
と、沢庵が、かろく戯れながら断って、一頻り今、話の種にしていたのは、お通のことで、彼女の生い立ちやら、武蔵との間がらを打ち明けて、
『この男女は、いずれどうにかせねばならぬが、野僧の役には向かぬ。ひとつ御両所のお力添えを借りるのじゃな』
と、それを基礎に、暗に武蔵の身の落着きを、但馬守と安房守へ計るような、沢庵の口うらであった。
ほかの雑談のうちにも、
『もう、武蔵どのも御年輩。一家を構えられてもよかろう』
と、但馬守もいい、安房守も共に、
『御修行も、これまで積めばもう十分――』
と、口を協せて、それとなく武蔵に、長く江戸へ留ることを最前からすすめているのであった。
但馬守の考えでは、今すぐではなくても、お通を柳生谷から呼び戻し、武蔵に娶わせて、江戸に一家を持たせたら、柳生、小野の二家に加えて、三派の剣宗が鼎立し、目ざましいこの道の隆盛期を、この新都府に興すであろうと思うのであった。
沢庵の気もちも、安房守の好意も、ほぼそうした考えに近かった。
殊に、安房守としては、子息の新蔵が受けた恩義に酬いるためにも、
(ぜひ、武蔵どのを将軍家御師範の列に御推挙したい)
と、いう考えを抱いていて、それは新蔵を使にやって、武蔵をここへ呼び迎える前に、話し合っていた事なのである。
(一応、彼の人間を見て)
というので、話は決まっていなかったが、武蔵を試した但馬守には、もうそれも分っている筈だし、素性、性格、修行の履歴などは、沢庵が保証する所であるから、これにも、誰も異議はない。
ただ将軍家の師範に推挙する場合は、当然、旗本に列しなければならない。これには、三河以来の譜代者がたくさんいて、徳川家が、今日を為してから新規に抱える者に対しては、とかく白眼視する傾きもあり、近頃、うるさい問題も起っているので――難といえばただそこに難関はある。
だが、それも沢庵が口添えしたり、両人の推挙があれば、通らないこともなかろう。
もう一つの困難と想像されるのは家柄の事である。武蔵は勿論、系図書などは持っておるまい。
遠祖は赤松一族で、平田将監の末裔とはあっても、確証はなし、徳川家との縁故もない。――あるのはむしろ反対に、無名の一戦士としてではあったが、関ケ原の折、槍一筋でも持って、徳川の敵に立ったという不利な経歴ぐらいなものである。
だが、関ケ原以後、たとえ敵方であった牢人でも、ずいぶん召抱えられている例はある。又、家格のことも、小野治郎右衛門のごときは、伊勢松坂にかくれていた北畠家の一牢人であったのが、抜擢されて、今では将軍家師範となっている前例もあるので、これとて案じるほどの障害にはならないかもしれない。
『――とにかく、推挙してみようが、所で、かんじんな、其許の肚は、どうおざるな』
沢庵が、こう話の結びへ持って来て、武蔵に糺すと、
『身に過ぎたお心添えにござります。――なれどまだ、この身一つの埒すらあかぬ未熟者』
いいかけると、
『いやいや。それゆえ、もう埒をつけてもよかろうと薦めるのじゃ。一家を構える気はないのか。お通もあのままにしておくつもりか』
沢庵は率直に問いつめた。
七
お通をどうするか。それを問われると、武蔵は、責められる心地がする。
(不運となるとも、わたしはわたしの心で)
とは、彼女が、沢庵へもいったことだし、武蔵にも常にいっていることばであったが、ひとは許さない。
ひとは、男の責任とする。
女が、女自身の心でうごいて来ても、その結果のいいわるいは、男のせいにあると観る。
――自分のせいではない。などとは武蔵も決して思いはしなかった。いや思いたくない心のほうが強い。やはり彼女は恋にひかれて来たと思う。そして、恋の罪は、ふたりが負うべきものと知っていた。
けれど、偖、
(彼女の身をどうするか)
と、なると、武蔵には、胸のうちだけでも、的確な答が出て来ない。
その根本には、
(まだ、一家など構えるのは、自分としては早過ぎる)
と、いう考えが、潜んでいるからであった。入れば入るほど、深い、遠い、剣の道へのひたむきな欲求が、その為に少しも、紛れようともしないからであった。
もっと、打割っていえば。
武蔵の胸には、法典ケ原の開懇からこっち、剣に対するそれ迄の考えが一変して、まったく従来の剣術者とは観点のちがった方へ、彼の探求は向って来ている。
将軍家の手をとって、剣を教えるよりは土民百姓の手をとって、治国の道を切り拓いてみたい。
征服の剣、殺人の剣は、曾っての人々が揮って、その行くところ迄行きついている。
武蔵は、開懇地の土に親しんでから、その上へ行く剣を、道を――どんなにつきつめて考えてみたことか。
修める、護る、磨く――この生命と共に、人間が臨終の際まで、抱きしめていられるような剣の道が立つとしたら――その道をもって、世を治めることはできないか、民を安んぜしめることは不可能か。
それからは――彼は敢て、単なる剣技を好まなくなった。
いつか伊織に手紙をもたせて、但馬守の門を窺わせたのも、曾って、柳生の大宗を仆すべしとなして、石舟斎に挑んだような、浅い覇気では決してなかった。
で――武蔵の今の希望としては、将軍家の師範となるよりは、小藩でもよい、政機に参与してみたい。剣の持ち方を説くよりも、正しい政治を布いてみたい。
嗤うだろう。
おそらく今迄の剣術者が、彼の抱負を聞いたら、
(大それた!)
と、いうか、
(若いやつだ)
と、一笑するか、さもなければ、政治に触れたら人間は堕落する、殊に純潔を尊ぶ剣は曇ってしまう――と、彼を知る者なら、彼の為に、惜しむであろう。
ここにいる三名の人々も、自分の真底をいえば皆、前のうちのどれか一つの言を為すにちがいないと、武蔵にもそれは分っている。
で――武蔵は、ただ未熟を理由として、何度も、断ったが、
『まあ、よい』
沢庵は、簡単にいうし、安房守も亦、
『とにかく、悪いようにはいたさぬ。われわれに任しておかれい』
と、のみ込んでしまう。
更けてくる――
酒は尽きないが燭は時々、灯の暈をかぶった。そのたびに、北条新蔵は、灯を剪りに来て、この話を耳に挾み、
『寔に、よいお話で。皆様の御推挙が通り、それが実現すれば、柳営武道のためにも、武蔵どのの為にも、もう一夕、宴を張って、お杯を挙げてもよろしゅうございますな』
と、父へもいい、客たちへもいった。
槐 の 門
一
――今朝、起きてみると、姿が見えないのである。
『朱実』
又八は、台所から首を出して、呼んでみた。
『......居ねえぞ?』
小首を傾げる。
前から、予感が無いでもなかったので、押入を開けてみると、ここへ来てから作った、彼女の新しい衣裳もない。
又八は、顔いろを変え、すぐ土間の草履を穿いて、外へ出た。
隣家の、井戸掘親方の運平のうちも覗いてみたが、見えなかった。
又八は、いよいよあわて気味に、
『うちの朱実を知りませんかね......』
長屋から、往来の角まで、訊き歩いて出て行った。
『見たよ、今朝』
という者がある。
『ア。炭屋のおかみさんですか、どこで見かけましたか』
『いつもと違って、美麗におめかししているので、何処へといったら、品川の親類までといっていた』
『え。品川へ』
『あっちに、身寄があるのかえ』
この界隈では、彼を亭主とおもい、彼も亭主顔しているので、
『へい。......じゃあ、品川へ行ったのかもしれません』
追いかけて――というほど強い執着ではない。なんとなく、ほろ苦いのだ。舌打をしたいような忌々しさがやたらに着き纏う。
『......勝手にしやがれ......』
唾をして又八はつぶやいた。
そのくせ、ぶらんと放心した顔つきで、浜のほうへ歩いて行った。浜は、芝浦街道を横ぎると、ついそこだった。
漁師の家がまばらにある。朱実が飯を炊いているまに、浜へ来て、網からこぼれる五、六尾を葭に通し、提げて帰ると、ちょうどお膳ができていたものである。
その魚が、砂の上に、今朝もこぼれていた。まだ生きているのもある。だが、又八は拾う気も出なかった。
『どうなすったえ、又さん』
背を打たれて、おや誰か、と振向いてみると、五十四、五の肥り肉な町人が、豊かな福相に、眼皺をたたえて笑っていた。
『あ。表の質屋の旦那でしたか』
『朝はいいね、清々しくて』
『ええ』
『毎日、朝めし前には、こうして海辺をお徒歩いかね。養生にはいちばんいいからな』
『どういたしまして、旦那のような御身分なら、歩くのも養生かもしれませんが......』
『顔いろがよくないな』
『へえ』
『どうかしたのかい』
『............』
又八は、一握りの砂を拾って、風の中へ撒いていた。
急場の算段をしに行くたびに、又八も朱実も、いつもこの質屋の旦那とは、店で顔を突きあわせていた。
『そうだ。いつか折があったらと思い思い、いい機もなく過ぎていたが、又さん、おまえ今日は、商に行くのかい』
『なんですか。行ったって行かなくたって、西瓜や梨を売っていたんじゃ、どうせ埒はあきやしません』
『鱚を釣りに行かないか』
『旦那――』
と、又八は、悪い事でも詫るように、頭を搔いて、
『あっしゃあ、釣はきらいですが』
『何さ、嫌いなら、釣らなくてもいい。――そこにあるのは家の持舟だが、ただ沖まで出てみるだけでも、気が晴れるぜ。棹ぐらいは突けるだろう』
『へい』
『まあおいでよ。おまえに、小千両も儲けさせてやろうという相談だ――。嫌かい』
二
芝浦の浜から五町も沖へ出たが、そこらもまだ、棹の立つほど浅かった。
『旦那、あっしに、金を儲けさせてやるってえのは、一体どんなお話ですか』
『まあ、悠りと......』
と、質屋の旦那という男は、巨きな体を、ずしりと小舟の胴の間に坐らせて、
『又さん、そこの釣竿を舷から出しておくといいな』
『どう出しておくんで?』
『釣をしていると見えるようにさ。――海の上だって、あの通り人目があらあな。用もない舟で、二人が首を突き合せていたら、疑われるだろうじゃないか』
『こうですか』
『む、む、それでいい......』
と、陶器作りの煙管に、上等なたばこをつめて、くゆらしながら、
『わしの肚をはなす前に、又八さんに訊くが、おまえの住んでいる長屋の衆などは、この奈良井屋をどう噂しているね?』
『お宅の事ですか』
『そう』
『質屋といえば、因業ときまっているが、奈良井屋さんは、よく貸してくれる。旦那の大蔵様は、苦労人でいらっしゃると......』
『いや、そんな質屋稼業のことでなく、この奈良井屋の大蔵を』
『よいお人だ、お慈悲ぶかい旦那だと、まったく、お世辞ではなく皆申しておりますが』
『わしが、信心家だということは誰もいわないか』
『さ、それだから、貧乏人を庇って下さるのだろうと、その事は、御奇特なことだと、いわない人はございません』
『奉行所の町方などが、なにかわしに就いて、聞き歩いたような事もないかね』
『そんな事は......どういたしまして、あるわけがない』
『はははは、つまらない事を訊くと思うだろうな。だが、実をいえば、この大蔵は、質業じゃない』
『へ......?』
『又八』
『へえ』
『金も小千両と纏まった大金となると、おまえの生涯にも、二度と、そんな運にぶつかるかどうかしれないぜ』
『......多分、それやあ、そうでございましょうね』
『摑まないか、ひとつ』
『何をで?』
『その大金の蔓を――だ』
『ど、どうするんです』
『おれに約束すればよい』
『へ......へい』
『するか』
『します』
『途中でことばを違えると首がないぞ。金は欲しかろうが、よく考えて返辞をしたがよい』
『何を――いったい――やるんですか?』
『井戸掘だ。仕事は、造作もないこった』
『じゃあ、江戸城の中の』
大蔵は海を見まわした。
材木や伊豆石や、城普請の用材をつんだ船が、誇張していえば、舳艫をつらねてといえるほど、江戸湾に、それぞれの藩旗を並べていた。
藤堂、有馬、加藤、伊達――中には細川家の船旗も見える。
『......勘がいいなあ、又八』
大蔵は、煙草をつめ直して、
『その通り――ちょうどおめえの隣家には、井戸掘親方の運平が住んでるし、その運平から、いつも井戸掘人足になれとすすめられても居るだろう。渡りに舟というものじゃねえか』
『それだけでげすか。......井戸掘に行きさえすれば、何かあっしに、大金の授かることがあるんでしょうか』
『ま。......あわてるな、相談というなあ、それからだよ』
三
――晩に忍んで来い。前金として黄金三十枚、耳をそろえて渡してやろう。
そう約して別れた。
又八の頭には、大蔵のいったその言葉しか、残っていない。
その代償として、
(やるか)
と大蔵から持ち出された条件に対しては、その内容を漠然と呑みこんで、
(やる!)
と、いったことだけしか後に覚えていないのである。然し、そう答えた時、怪しく顫えた唇には、まだ微かな痺れが残っている気はしているが――
何としても、又八にとっては、金が魅力であった。しかも途方もない額である。
年来の不運はその金だけで埋め合せがつく。そして生涯の生活を保証される。
いや彼の心には、そうした慾望そのものよりも、きょう迄、自分を小馬鹿にした世間の、ありとあらゆる奴らに、
(どうだ)
と、見返した顔をしてやりたい――とする、その魅惑のほうが強かったに違いない。
舟から陸へもどって、長屋の家に帰って、ごろんと、仰向けに寝ころんだ後も――頭の中を占めているのは、金の魔夢であった。
『そうだ、運平さんに、頼んでおかなくっちゃあ......』
思いついて、隣家をのぞいたが、運平親方は出かけていない。
『じゃあ、晩に又』
と、家へ帰って来たが、熱病に憑かれたように、落着かなかった。
それからやっと、彼は、海の上で質屋の大蔵に命じられた事を思い出して、ぶるぶると人も居ない裏藪や表の露地を見まわした。
『いったい、何だろ? 彼の人は......』
今になって、それを考えてみるのだった。それと共に、舟の上で大蔵から命じられたことを思い出してみた。
井戸掘人足は、江戸城の中の、西の丸御新城とよぶ作事場へはいる。――と、そんな事まで大蔵は知っていて、
(機を窺って、新将軍の秀忠を鉄砲で撃止めろ)
と、いうのであった。
又。
それに使う短銃は、こちらの手で城内へ埋け込んでおく。
その場所は、紅葉山下の西の丸裏御門の内にある、樹齢数百年という巨きな、槐の木の下とし、そこに、鉄砲も火繩も、併せて隠しておくから、掘り起して、密かに狙え――ともいった。
もちろん、作事場の監視は厳密にちがいない。奉行、目附などの警戒も元よりであろうが、秀忠将軍は若くて闊達だ。よく侍側を従えて普請場へも現われるという。そんな折、飛び道具なら瞬間で目的を果すことができよう。
咄嗟の騒ぎに乗じてすぐ火を放ち、西の丸の外濠へ飛びこめば、そこにはわれわれの仲間が救いの手を伸ばしているから、屹度助け出してやる――
ぽかん、と天井を見ながら又八は、大蔵から囁かれた声を、頭の中で繰返していた。
肌がそそけ立ってくる。
あわてて、跳ね起きて、
『そうだ、とんでもないこった。今のうちに断って来よう!』
と、気が付いたが――又、あの時、大蔵から、
(――こう話したからには、もしお前さんが、嫌だといえば、気の毒だが、おれの仲間が三日のうちに、きっと寝首をもらいにゆくぜ)
と、いわれたのが、その時の凄い眼つきと共に、そこらに見えて来る気がした。
四
西久保の辻を、高輪街道の方へ曲って、もう夜半の海が、横丁の突き当りに見えている四つ角。
いつも見る質屋倉の壁を、横に仰いで、又八は露地の裏木戸をそっと叩いた。
『開いているよ』
中ですぐ誰かがいう。
『お......旦那で』
『又八さんか。よく来てくんなすった。倉へ行こう』
と、雨戸を這入って、廊下づたいに、すぐ土蔵の中へ導かれた。
『さ、坐るがいい』
主の大蔵は、蠟燭立を、長持の上において、肱をかけた。
『隣の運平親方のところへ行ってみたかね』
『へい』
『で――どうしたい?』
『承知してくれました』
『いつ、お城へ入れてくれるというのか』
『あさって、新規の人足が、十人ばかり又這入るそうで、その時に、連れて行ってやろうといってくれました』
『じゃあ、その方は、きまったんだな』
『町名主と、町内の五人組の衆が、請判を捺してくれさえすればいい事になっております』
『そうか。はははは。おれもこの春から、町名主のすすめで、強ってといわれて、その五人組のひとりになっているんだ。......そのほうは心配なし通るぜ』
『へ。旦那も』
『何を驚いた顔しているんだ』
『べつに、驚いたわけじゃございませんが』
『はははは、そうか、おれみたいな物騒な人間が町名主の下役をする、五人組衆にはいっているので呆れたというわけか。――金さえあれば、世間はおれみたいな人間でも、やれ奇特人の、慈悲ぶかいのと、こっちで嫌だといっても、そんな役付まで持ちこんで来るんだよ。――又さん、おめえも、金を摑むこったぜ』
『へ、へい』
又八は、何かしら、急に胴ぶるいをしながら、早口を吃らせていった。
『や、やります! だ、だから手付の金をおくんなさい』
『お待ち』
手燭と一緒に立って、大蔵は倉の奥へ首を入れ、棚の手文庫から三十枚の黄金を鷲づかみに持って来た。
『入物を持っているか』
『ございません』
『これにでも巻いて、胴巻へしっかり抱いてゆくがいい』
そこらにあった更紗の襤褸を投げてやる。
――と、又八は数えもせず巻き込んで、
『何か、受取でも、書いて参りましょうか』
『受取?』
思わず笑って、
『可愛らしい正直者だのう、おめえは。受取はいい。間違ったら、そこに持っている首を抵当にもらいに行くばかりだ』
『じゃあ、旦那、これでお暇を......』
『待て待て。手付金だけ受取ったからいいやで、忘れるなよ、きのう海の上で、いいつけた事を』
『覚えております』
『御城内の西の丸裏御門の内――そこにある巨きな槐の樹の下だぞ』
『鉄砲のことで?』
『そうだ。近いうちに、埋けにやるからな』
『え。誰が埋けにゆくんで』
又八は、解せない顔して、眼をみはった。
五
口入親方の運平の手から、町名主や五人組の請判付きで、身ひとつで御城内にはいるのさえ並たいていな厳しさではないのに、どうして外部から鉄砲や弾薬などを持ちこむことができるのか。
そして、約束どおり半月後に、西の丸裏御門の内の槐の下へ、誂えたように、埋けておくなどという事は、神業でもなければ、為しうる筈のものではない。
又八が、そう疑って、まじまじと大蔵の面を見つめていると、
『ま、その方の事は、おめえが気を揉まなくてもいいから、おめえは、自分の役割だけをしっかりやってくれ』
と、大蔵は深くいわず、
『まだ、ひき受けたものの、おめえも恟々して居るだろうが、御城内へはいってから、半月も働いているまには、自然、肚もすわってくる』
『自分も、それを頼りに思っていますが』
『その肚が、ぐっと出来てから、うまく機会をつかむのだな』
『へい』
『それと、抜かりはあるめえが、今渡した金だ。仕遂げてしまう後までは、どこか人目にかからぬ所へ隠しておいて、手をつけちゃあならねえぞ。......とかく未然に事の破れるのはいつも金からだからの』
『それも考えておりますから、御心配には及びません。......ですが旦那、首尾よく仕遂げた後で、後金やれねえなんて苦情は出やしますまいね』
『ふ、ふ。......又さん、口幅ったいようだが、この奈良井屋の蔵には、金なんざ、千両箱であの通り重ねてある。眼の楽しみに眺めてゆくがいい』
手燭を揚げて、大蔵は埃だらけな蔵の隅を一巡した。
膳箱だの、鎧びつだの、何の箱か知れないものが雑然とみえた。又八は、よく見もしないで、
『お疑いしたわけじゃございませんが』
と、言訳して、猶、半刻ばかりそこに密談していたが、軈て、やや元気になって、元の裏口からそっと帰って行った。
彼が、出て行くとすぐ、
『おい、朱実』
大蔵は、灯りのついている障子の内へ、顔を入れて、
『あの足ですぐ、金を埋けに行ったろうよ。試しに尾けて行ってみな』
湯殿口から、誰か出てゆく跫音がした。見ると今朝、又八の家から姿を消したばかりの朱実ではないか。
近所の者に出会って、
(品川の親類へゆく)
などといったのは、勿論、彼女のでたらめであった。
質ぐさを抱えて、何度か、此処へ通ううちに、主の大蔵の眼は、いつのまにか、朱実を擒にして、朱実の今の境遇や心もち迄、聞いてしまった。
もっとも、彼と彼女とは、近頃初めて会ったわけではない。彼女が、中山道を江戸下りの女郎衆と共に、八王子の宿まで来た時、そこで泊り合せた旅籠で、彼女は、城太郎の連れだという大蔵を見かけていたし、大蔵は二階から、陽気な一座の中に、朱実の姿を見て、薄ら覚えに記憶はしていたのである。
(女手がなくて、困っているところだが)
と、大蔵が謎をかけると、朱実は一も二もなくここヘ逃げて来てしまった。
大蔵にとれば、その日から、朱実も役に立ち、又八も役に立つのであった。又八の始末はすると前からいっていたが、思い合すと、それが今日の事らしかった。
......何も知らない又八の影は、朱実の先を歩いて行った。いちどわが家へ戻って鍬を持ち出し、夜もすがら裏藪のあたりを歩いていたが、軈て、西久保の山へ上って、その金を埋けていた。
朱実が、それを見届けて来て、大蔵に告げると、大蔵はすぐ出て行った。――そして彼が帰って来たのは明け方だったが、掘出して来た金を、土蔵の中で調べてみると、三十枚渡した黄金が、どう数えても二枚不足しているので、損失でもしたように、頻りと小首をかしけていた。
さいかち坂
一
悲心の闇、悲母の迷い、風流を解すおばばではないが、秋の虫、萩すすき、前にはゆるい大川のながれ。――こうした中に身を置いては、彼女も、もののあわれに誘われぬ人間ではあり得ない。
『いるのか』
『誰じゃ』
『半瓦の部屋のもんだよ。葛飾から野菜物がたくさん届いたから、ばば殿のところへも頒けてやれと親方が仰っしゃるんで、一背負い持って来た』
『いつも、お心深いことのう、弥次兵衛どのによろしゅういって下されよ』
『どこへ置こうか』
『水口の流し元へ置いといて下され。後で仕舞うほどに』
小机の側に灯を掲げて、彼女はこよいも筆を執っている。
千部写経の悲願をたてた、例の父母恩重経の行を積んでいるのであった。
この浜町の原の一軒家をかりうけて、昼間は、病人に炙点をして困らぬながら糊口の生業もし、夜は静かに写経などして、ひとり暮しの気易さに馴れてからは、持病も久しく起らないし、この秋は、体もめっきり若返ったふうである。
『あ。ばば殿』
『なんじゃ』
『夕方、若い男が、訪ねて来なかったかい』
『炙点のお客か』
『うんにゃ、そうでもねえ様子だったぜ、なんだか用ありげに、大工町の部屋へ来て、おばばの引っ越し先を教えてくれといって来たが』
『幾歳ぐらいな男かの』
『そうさ、二十七、八かな』
『面ざしは』
『どっちかといえば丸っこい――そう背は高くなかったな』
『ふム......』
『来なかったかい、そんな人は』
『来ぬがの......』
『ばば殿のことばと、訛もよく似ていたから、国者じゃねえかと思ったが。......じゃあ、お寝み』
使の男は、帰って行った。
その跫音が去ると又、止んでいた虫の音が、雨のようにこの家をつつんだ。
ばばは、筆を擱いて、灯の暈を見つめていた。
ふと、彼女が思いだしたのは、燈火の占であった。
明けても暮れても戦ばかり多かった彼女の娘時分には、戦に出ている夫とか、子とか、兄弟とかの便りを知る術もないし、又、自分たちの明日も知れぬ運命に顫いて、よくその頃の人々は「燈火占」というものを口にしていた。
宵ごとに点す灯を見て、灯の暈が華やかに映しているから吉事があるとか、灯の色に紫色の陰があるから誰か死んだ知らせに違いないとか、灯が松葉のようにはぜたから待人が来るとか......。
そうして、憂いたり、喜んだりした。
遠い娘時代の流行り事であるから、彼女ももうその占い方さえ忘れていた。けれど、こよいの灯は、なんとなく、彼女に吉い事があるように、そよめき立っている気がする。そう思うせいか、ぽっと、虹いろの暈まで映して美しい。
『もしや、又八じゃないか』
そう思うともう、筆も持っていられない。彼女は恍惚と、愚なる子の面影をえがいて、半刻や一刻は、身も世もわすれてそれのみを考えていた。
がさっ――と裏口で何やら物音がして、ばばの、うつつを醒ました。又悪戯な鼬でもはいって、台所を荒しているのであろうと、ばばは、灯を持って立って行った。
さっき、男が置いて行った野菜物の上に、何か、手紙のような物が見える。何気なく披いてみると二枚の黄金がつつんであって、その包紙に、
まだ会う顔も候わず、もう半年ばかりの不孝、平におゆるしをと、そっと窓よりお別れを告げて、立ち去り申し候
又 八
と書いてあった。
二
草を蹴って駈けて来た一人の殺伐な風を帯びた侍が、
『浜田、違ったのか』
と、寄って来るなり喘いでいった。
大川端に立って、河原を見まわしていた方の侍は二人で、浜田とよばれたのは、まだ部屋住みらしい若者で、
『むむ......違った』
と、呻きながら、猶、何者かを探すように、ぎらぎらと眼をくばっていた。
『たしかに、彼奴とみえたが』
『いや船頭だった』
『船頭か』
『追いかけて来たところ、あの船へ這入ってしもうた』
『でも、何ともしれぬぞ』
『いや調べてみた。まったく別人なのだ』
『はてな?』
と、こんどは三人して、河べりから浜町の原を振り向いて、
『夕方、大工町でちらと見かけて、確かに、この辺までは追いこんだものを。――逃足の早い奴』
『どこへ失せたか』
川波の音が、耳につく。
三名はなお佇んだまま、各々、闇の中へ耳目を放っていた。
――すると。
又八......。又八......。
少し間を措いて再び、原の何処かを、同じ声がなれて行った。
『又よう......。又八っ......』
初めは、耳のせいと疑っていたのであろう。三名とも黙っていたが、急に、眼を見あわせて、
『や、又八と呼んでおるぞ』
『老婆の声だが』
『又八といえば、彼奴のことではないか』
『そうだ』
浜田という部屋住みの若者がまっ先に駈け出し、後の二人もつづけて駈けた。
声を目あてに、追いついたのは造作もなかった。先は、老婆の足である。それに、彼等の跫音を聞くと、かえって、お杉ばばは、自分の方から駈け寄って、
『その中に、又八は居やらぬか』
と、呼びかけた。
三名は、ばばの両手、襟がみを、三方からつかんで、
『その又八を、われわれも追い廻しておるのだが、一体、そちは、何者だ』
返辞の前に、
『何しやるッ』
と、ばばは、怒った魚のように、棘を立てて、彼等の手を振り捥ぎ、
『おぬし等こそ、何者じゃ』
『われわれか、われわれは小野家の門人。これにおるのは、浜田寅之助だ』
『小野とは何じゃ』
『将軍秀忠公の御師範、小野派一刀流の小野治郎右衛門様をしらぬのか』
『しらぬ』
『こいつ』
『待て待て、それよりは、このばばと、又八の縁故を先に聞け』
『わしは、又八の母じゃが、それがどうぞしたか』
『では、おのれは、西瓜売の又八の母か』
『何をほざく。他国者と侮って、西瓜売とはようもいやったの。美作国吉野郷竹山城のあるじ新免宗貫に仕えて郷地百貫、歴乎とした本位田家の子、わしはその母じゃぞ』
耳も仮さず、一人が、
『おい、面倒だ』
『どうする?』
『引っ舁げ』
『人質か』
『おふくろとあれば、取りに来ずにはいられまい』
それを聞くと、骨ばった体を反らして、蝦蛄のように暴れた。
三
おもしろくないこと夥しい。佐々木小次郎は、不平に腹が膨れていた。
寝ぐせがついて、近頃は寝てばかりいる。月の岬の例の家だった。寝るといっても、寝るべき時刻に寝るようにして寝て居るのではなかった。
『物干竿も泣くだろう』
それを抱いて、仰向けに、畳へじかに転がりながら鬱勃たる独り言なのである。
『この名刀、この腕の持主が、五百石に足らぬ扶持を取りかね、いつ迄も懸り人で朽ちているとは』
そういって、戞然と、抱いていた物干竿の柄を鳴らし、
『盲め!』
と、寝なりに宙を薙ぎ払った。そして、大きな半円を描いた光はすぐ、鞘の内へ、生き物のように潜み込んでいた。
『あざやかでございますな』
と、縁先から、岩間家の仲間が――
『居合のお稽古でございますか』
『ばかをいえ』
小次郎は、腹這いに寝返って、畳の上に落ちている虫の体を、爪の先で、ぽんと縁先へ弾き飛ばした。
『こいつが、灯へ飛びついて来てうるさいから、手討にしたのだ』
『ア、虫を』
仲間は、それへ顔を近づけて、眼をまろくした。
蛾に似た虫である。柔かい羽も腹もきれいに斬れて半分になっていた。
『寝床を敷きに来たのか』
『いえ......つい申しおくれました。左様ではございません』
『なんだ』
『大工町の使の者が、手紙をおいて帰って行きました』
『手紙......どれ』
半瓦弥次兵衛からであった。
この頃、そこにも余り関心がない。少しうるさくなったのである。寝そべったまま、彼はそれを披いた。
ちょっと、彼の顔色がうごいて来た。――昨夜からお杉ばばの行方が知れなくなったとある。そのためきょうは一日中、部屋の者総出で探し、やっと、所在は知れたが、自分等の手に及ばない所へ運ばれているので、御相談申しあげる次第ともある。
それが分ったのは例の、どんじき屋の懸障子に、小次郎がいつぞや書いておいた文句を、誰か捺摺り消して、こう新しい墨で書かれてあったからだという。
佐々木どのへ申す
又八の母預り置く者、
小野家内、浜田寅之助なり
――弥次兵衛の手紙にはそんな事まで細々書いてあった。小次郎は読み終ると、
『......来たな』
眸を天井へ上げながら、口の裡でいった。
きょう迄、その小野家の内から、沙汰のないのが物足らない所であった。二名のそれらしい侍を、どんじき屋の側の空地へ斬り捨てて来た時、公明正大にあそこの懸障子へ、自分の姓名を後日の為、書いて来たものを――と心待ちに思っていた所である。
――来たな。
と、呟いたのは、その反響がやっと出て来たほくそ笑みから思わず洩れた声なのだ。彼は、縁先へ立って、夜空を見まわした。――雲はあるが、降りそうもない。
それから間もなく。
高輪街道から駄賃馬に乗って行く小次郎の姿が見かけられる。駄賃馬は晩く、大工町の半瓦の家に着いた。彼は弥次兵衛から委細を聞きとり、翌る日の肚をきめて、その夜はそのまま部屋へ泊ったらしかった。
四
以前は、神子上典膳と称っていたが、関ケ原の戦後、秀忠将軍の陣旅で、剣法講話をしたのが機縁で、幕士に加えられ、江戸の神田山に宅地をもらって、柳生家とならんで師範に列し、姓も、小野治郎右衛門忠明と更えたのである。
それが神田山の小野家だった。神田山からは、富士がよく見えるし、近年、駿河衆が移住して来て、邸宅の地割がこの辺に当てられたので、この山一帯を、近頃は駿河台とも呼び始めている。
『......はて。皀莢坂と聞いて来たが』
小次郎は、そこを登りきって、佇んだ。
きょうは富士が見えない。
崖ぷちから深い谷を覗く。樹々の透き間を淙々とゆく谷川が望まれる。お茶の水の流れだった。
『先生、ちょっと、探してきますから、ここにお待ちなすって』
と、道案内について来た半瓦の若い者は、ひとりで何処かへ駈けて行った。
暫くすると戻って来て、
『分りました』
と告げる。
『何処だ』
『やっぱり、今、登って来た坂の途中ですぜ』
『そんな屋敷があったかな』
『将軍家の御指南と聞いていたんで、あっしゃあ、柳生様のような屋敷かとばかり思っていたら、さっき右側に見えた汚い古屋敷の土塀がそうなんでさ。――あそこは以前、何とかいう馬奉行がいた屋敷だと思ってたが』
『そうだろう。柳生は一万一千五百石。小野家はただの三百石だからの』
『そんなに違うんで』
『腕はちがわないが、家柄がちがう。――柳生などはその点では、先祖が七分禄を取っているようなものだ』
『ここです......』
と、足を止めて指さすのを眺め、
『なる程、ここか』
と、小次郎も立ち止まって、まずその家構えを暫くながめていた。
馬奉行時代の古い土塀が、坂の途中から裏山の藪へかけて繞らしてある。地内はかなり広いらしく扉のない門から奥をのぞくと、母屋の裏に道場らしい、木の色の新しい建て増しの棟もみえる。
『帰っていい』道案内の男へいって――
『晩までに、お杉ばばの身を受取って帰らなかったら、小次郎も骨になったと思え――と、弥次兵衛へ伝えておけ』
『へい』
男は、振り顧りながら、皀莢坂の下へ、駈け降りて行った。
柳生へは、近づいて行っても無駄である。彼を負かして、彼の名声を、自分の名声へ転じようと計っても、柳生は、お止流である、将軍家流である、という口実があるから、牢人剣士のそんな手に乗るようなことはしない。
それに反して、小野家の方は、無禄者でも、強豪の聞え高い者でも、随分、相手にとって試合にも応じると聞いている。どう転んでも三百石だ。柳生の大名剣法とちがって、殺伐なる実戦的鍛錬を、ここでは目標としているからでもある。
――然し、小野家へ行って、小野派一刀流を蹂躙して来たという者があったという例も聞かない。
世上では、柳生家を、尊敬している。けれど、強いのは、小野だと誰もいう。
小次郎は、江戸へ出て来て、それらの事情を知った時から、あの皀莢坂の門を、
(何日かは)
と、密かに眼をつけていたのである。
――その門は今、彼の眼の前にあった。
忠明発狂始末
一
浜田寅之助は、三河出身の――いわゆる御譜代衆で、小禄でも今の江戸では、それだけで、随分大きな顔をしていられる幕士のひとりだった。
今――
何気なく、道場わきの支度部屋と呼んでいる部屋の窓から、外を眺めていた同門の沼田荷十郎というのが、あっと、その寅之助の姿を眼でさがし求め、
『来たぞ、来たぞ』
小声で――ひどく早口に告げながら、道場の真ん中にいた彼のそばへ、飛んで来て、
『浜田。参ったらしいぞ。――参ったらしいぞ』
と、もう一度、告げた。
浜田は答えない。
ちょうど木剣をかまえて、ひとりの後輩へ稽古をつけていた折であるから ――それを背中で聞いたまま、
『いいか?』
と、正面へ向って、こう攻撃の予告を与え、木剣を真っ直に伸ばして、だ、だ、だっ――と床を鳴らして押して行った。
そして道場の北の隅まで、その勢いのまま行ったと思うと、どたっと、後輩はもんどり打って、木剣は刎ね飛ばされていた。
寅之助は、初めて振り向いて、
『沼田。来たとは、佐々木小次郎がか?』
『そうだ。今、門をはいって来た......。すぐ見えるぞここへ』
『思いのほか、早くやって来たな。やはり、人質が利いたとみえる』
『だが、どうする』
『何が』
『誰が出て、どう挨拶してやるかだ。充分、備えておらぬと、一人でここにやって来るほど剛胆な奴――不意に何をやり出すかもしれぬ』
『道場の真ん中へ通して坐らせるがいい。挨拶はおれがする。各々は周に居て黙って控えておれ』
『ウム。これだけ居れば......』
と、荷十郎は居合わす人々を見まわした。
亀井兵助、根来八九郎、伊藤孫兵衛、などの顔は、彼を気強くさせるものだった。その他、総てで二十人足らずの同輩がここには居る。
その同輩たちは皆、先頃からの経緯もよく知っていた。どんじき屋の空地で斬り捨てにされた二人の侍のうちの一名は、ここにいる浜田寅之助の兄に当る者だった。
寅之助の兄というのは、ろくでもない人間らしく、ここの道場でも評判のよくない男だったが、それにしても、佐々木小次郎に対する怒りは、小野派の者として、
(捨て措けない)
程度に昻まっていた。
特に浜田寅之助は、小野治郎右衛門が手塩にかけた門下中でも、前記の亀井、根来、伊藤などと共に、皀莢坂の驍将といわれている一人でもあるし――小次郎がどんじき屋の障子に不遜な文句を書いて、公衆へ曝してあるというのに――猶も、寅之助があれを放っておくようでは、小野派一刀流の名誉にも関るがと、事件の成行に注意を払うと共に、陰ながら力んでいた場合でもあった。
そこへ、昨夜の事。
寅之助や荷十郎などが、何処からか、ひとりの老婆を担ぎこんで来て、実は云々という話に、彼の同輩や後輩たちは、手を打って、
(それは、よい人質を取って来られた。小次郎の方からやって来るように仕向けられたのは、さすがに兵法の御巧者というもの。――参ったらさんざんに叩きのめしたあげく、鼻を削いで、神田川の樹に曝し者にしてやるのだな)
と、いい合った。そして、だが来るか、来まいか、などとつい今朝も、賭事のように噂していたものだった。
二
大部分の者が、来まい、と予想していた佐々木小次郎が今、荷十郎の言によれば、
――門を這入って来た。
と、あるので、
『何。来たと?』
居合せた人々の顔は、白木の板みたいに硬ばった。
浜田寅之助以下、広い道場の床を、しいんと開けて、固唾をのんでいた。
今に、道場の玄関へ、声がかかるか、今に小次郎の訪れがあるかと、待ち構えていたのである。
『......おい、荷十郎』
『うむ?』
『門を這入って来るところを確かに見たのか』
『見た』
『じゃあもう、これへ見えそうなものじゃないか』
『来んなあ』
『......遅すぎる』
『はて』
『人違いじゃなかったのか』
『そんな事はない』
厳めしく床を占めて、坐っていた面々も、ふと、間拍子が抜けて、自分の緊張に、自分で力負けを覚えかけて来た頃、ぱたぱたと、草履の音が、控部屋の窓の外に止まって、
『御一同』
と、外から、同輩の顔が一つ、脊伸びして、中を覗きこんだ。
『おう、何だ』
『待っていても、佐々木小次郎は、こっちへは見えぬぞ』
『おかしいな。でも、荷十郎がたった今、門内へ通って来たのを見たといっておるに』
『所が、彼は、お住居の方へ行ってしまって、どう奥へ刺を通じたものか、お座敷で、大先生と話しこんでいるのだ』
『えっ。大先生と』
これには先ず浜田寅之助が、どぎもを抜かれた顔つきであった。
兄が斬り捨てにされた事も、原因を洗うと、ろくでもない兄の不行跡が必然に出て来るにきまっている。――で、師の小野治郎右衛門などには、体よく告げてあったし、ゆうべ、浜町の原から、老婆を人質に取って来たなどという事も、勿論、告げていないのである。
『おい、ほんとか』
『誰が、噓をいう。――噓だと思ったら、裏山の方へ廻って、庭ごしに、大先生のお書斎の次の客間をのぞいてみたまえ』
『弱ったなあ』
然し他の者は、彼の嘆息をむしろ歯がゆく思った。小次郎が直接、師の治郎右衛門の住居の方へ行ったにしろ――又、どんな詭弁を弄して自分たちの師を籠絡しようと考えているにしろ――堂々と対決して、彼の非を挙げ、此っ方へ引き摺って来てしまえばいいではないか。
『何を、弱ることがある。おれたちが行って、様子を見て来てやる』
道場の入口から、亀井兵助と根来八九郎のふたりが、草履を穿いて出ようとした時であった。
住居の方から、何事か起ったように、顔いろを変えて此っ方へ駆けて来る娘がある。――アアお光どの、と呟いて両名は足を止め、道場の内にいた人々も、どやどやとそこへ出て、彼女のけたたましい声を、騒ぐ胸へ、受け取った。
『皆さん、来てください。伯父様がお客様と、刃を抜き合せて、外へ出ました。――庭先で、斬り合いを始めています』
三
お光は治郎右衛門忠明の姪である。彼が一刀流の伝をうけた師の弥五郎一刀斎の妾の子をひき取って育てたのだ――と陰でいう者もある。或は、そうかもしれないし、噓かもしれなかった。
それはとにかく、色白で愛くるしい娘だった。
おどろくと、そのお光が、
『伯父様が、お客様と、なにか大きな声をし合っていたかと思うと、庭で斬り合っているんです。――伯父様の事ですから、万一の事はないでしょうが』
告げるのを、皆まで聞かず、亀井、浜田、根来、伊藤などの主立った者が、
『やっ?』
と、いったのみで、何を問うまもなく、駈けて行った。
道場と住居とは離れていて、住居の庭へ行くには垣と竹編戸の中門がある。一つ塀の中でありながら、こういう風に、棟が離れていたり、垣が結ってあるのは、城郭生活の慣しで、少し大きな侍の家となれば、これに猶、手飼の者の長屋だの何だのが、加わっているのである。
『ヤ、閉まっている』
『何、開かない?』
ひしめいた門人達の力は、門の竹編戸を押し破ってしまった。そして、裏山を抱いている約四百坪ほどの山芝の平庭を見ると、師の小野治郎右衛門忠明は、日頃、持ち馴れている行平の刀を抜いて、青眼――というよりはやや高目にひたと構え、かなり距離を措いてその向うには、紛う方なき佐々木小次郎が、物干竿の大剣を、傲然、頭上に振上げたまま眼を矩のようにしているのだった。
――はっと、その有様に誰も一瞬、眼が眩んだ。そして四百坪からある芝庭の広さと、張りつめた空気は、線でも引いたように、他の人間を近づけしめなかった。
『............』
慌てて来てはみたものの、門人たちは、遠く見守って、毛穴をそそけ立てているしかなかった。
立合っている双者の間には、断じて、横あいから、手出しを許さないほど、森厳なものがある。無知蒙昧な者ならそれへ、石でも唾でも投げられるかもしれないが、武士の家に生れて、童学からその教養に躾けられて来た者には――
『ああ』
と、真剣の荘厳に打たれ、そのせつなには愛憎も忘れて、ただ、見まもる気になるのだった。
けれど、それは一瞬の、忘失的作用にすぎない。すぐ感情は全身をくわっと醒まして、
『うぬ』
『お助太刀』
とばかり二、三の者が小次郎の後へ駈け迫ろうとした。
すると忠明が、
『寄るなっ!』
と、叱咤した。
声も常とはちがう。霜のような気を帯びていた。
『......あ』
と、乗り出した身を退きながら彼等はふたたび、徒らに、手出しのならない刀の鯉口を握りしめているしかなかった。
――けれど、少しでも、忠明の方に、敗色が兆したら、耳をふさいで、四方から小次郎をつつみ、一気にずたずたに斬ってしまうつもりで居るらしい――各々のその眼ざしであった。
四
治郎右衛門忠明は、まだ壮健だった。五十四、五歳であろう。髪は黒く、見た所は猶四十代にしか見えない。
小づくりであるが、腰の据りがよく、四肢は伸び伸びして、全体の姿態に、少しの硬化もなく、又、小柄にも見えなかった。
小次郎は、それに対って、まだ一太刀も下していない。いや、下し得ないというべきであろう。
だが、忠明は、彼を剣の先に立たせて見たせつなに、
(これは――)
と、侮り難いものを感じ、密かに、身をひき緊めながら、
(善鬼の再来か!)
とさえ思った。
善鬼――そうだ善鬼以来、こんな当るべからざる覇気を持った剣には久しく遇ったことがない。
その善鬼というのは、彼がまだ青年の頃、名も神子上典膳といって、伊藤弥五郎一刀斎に従いて修行に歩いていた当時――同じ師に付いていた恐い兄弟子だった。
善鬼は、桑名の船頭の子で、さしたる教養もなかったが、強いことは天性だった。後には、一刀斎でさえ、善鬼の剣を、如何ともすることができなかった。
師が老いてゆくと、善鬼はその師を見下して、一刀流は自己の独創であるように誇称した。一刀斎は、善鬼の剣が、磨かれて行くほど、社会に害があって、益のない成行をながめ、
(我れ生涯の誤りは、善鬼にあり)
と、嘆いた程だった。又、
(善鬼を見ると、おのれの内にある悪いものを、みな持って、躍っている化物にみえる。――だから善鬼を見ると、自分という人間までが忌わしくなる)
と、述懐したこともある。
然し、典膳にとっては、その善鬼があった為、よい鑑にもなり、励みにもなって、遂に、下総の小金ケ原で、彼と試合して、彼を斬った。そして、一刀斎から、一刀流の印可伝巻を授けられたのであった。
――今。
佐々木小次郎を見て、彼はその善鬼を思いだしたのである。善鬼には、強さはあっても、教養はなかったが、小次郎には、それへ加うるに、当世的な鋭智があり、侍の教養も身についていて、それは彼の剣に、渾然と一つのものになっている。
それを、凝と見て、
(自分の敵する所ではない)
と、忠明はすぐ潔く心のうちで、思い捨てた。
柳生に対してだって、彼は決して卑下は抱いていない。今でも但馬守宗矩の実力などは、そう高く買っていない彼ではあるが――今日という今日――佐々木小次郎という一介の若者に対して、彼は正直に、
(おれも、そろそろ時代に取り残されて来たかな?)
と、剣の老を覚えたのである。
誰かのいった言葉に、
先人ヲ追イ越スハ易ク
後人ニ超サレザルハ難シ
と、あるが、その語を、今ほど痛切に覚えたことはない。柳生とならび称されて、一刀流の全盛を見、老来やや人生に安んじているまに、社会の後からはもう、こんな麒麟児が生れつつあったのか――と、大きな驚きをもって、小次郎を見たものであった。
五
双方とも、固着したまま、姿勢の上にはいつ迄、なんの変化も見えなかった。
だが、小次郎も忠明も、肉体の内には、怖しい生命力を消耗していた。
その生理的変化は、鬢をつたう汗となり、鼻腔の喘ぎとなり、青白な顔色となって、今にも、寄るかと見えながら、剣と剣は、依然、最初の姿勢を持続していた。
『降ったっ――』
忠明が叫んだのである。――叫びながら、刀と身を、そのまま、ぱっと後へ退いたのであった。
けれど、その言葉が、待てっ、といったように響いたのかも知れなかった。小次郎の体は、とたんに、動物的な跳躍を空にえがいていた。それと共に、揮り伸ばした物干竿は、忠明の姿を真二つに斬り下げたかのような旋風を起し、忠明の髷のもとどりは、それを交すに急なため、逆立って、ぷつりと、元結の根が切れた。
――然し、忠明が、肩を落しながら刎ね上げた行平の切先も又、小次郎の袂を、五寸ほど切り飛ばしていた。
『理不尽!』
憤りは、門人たちの顔に、燃えあがった。
忠明が今、
(降った)
と、いったことばで、双方の立合が、喧嘩ではなく、試合であったことは明白である。
だのに、小次郎は、むしろその隙を得たりとなして、無下に斬って行った。
彼が、そういう不徳を敢てして出た以上、もう、手を拱いている必要はない。――咄嗟に、その気持が一致して、行動へ移って行ったのである。
『うっ――』
『うごくな』
小次郎へ向って、総てが、どっと駈け雪崩れた。小次郎は、鵜が飛ぶように、身の位置を更えていた。巨きな棗の樹が平庭の一方にあった。その幹の陰から姿をなかば見せて、おそろしくよく動く眼をぎらぎらさせながら呶鳴った。
『勝負。見たか』
――俺が勝ったぞという名乗りをあげたつもりであろう。忠明は彼方で、
『見えた』
と、答えた。そして門人達へ向い、
『ひかえろ』
と、叱った。
刀を鞘におさめて、書斎の縁へもどると、彼は腰かけて、
『お光』
と、姪を呼び、
『もとどりを結げてくれい』
と、ぱらぱらになった髪の毛を撫で上げていた。
お光に髪を上げさせているうちに、初めてほんとの喘ぎが出て来たらしく、忠明の胸は、汗に光っていた。
『ざっとでよい』
そして、お光を、肩越しに見て、
『あちらに居るお若い客へ、おすすぎを上げて、元の座敷へ、お上げ申しておけ』
『はい』
忠明は然し――その客間へは通らなかった。草履を穿いて、門人たちの面を見まわし、
『道場の方へ集まれ』
と、命じて、自身が先に彼方へ歩いて行った。
六
どうした理なのか?
門人等には、分らないのである。第一、かりそめにも、師の治郎右衛門忠明が、小次郎に対して降ったとさけんだのが、心外であった。
(あの一声は、きょうまでの無敵小野派一刀流の誇を、一敗地にお汚しなすってしまったものだ)
と、青白な面のうちに、怒りに似た涙をのんで、忠明の顔を、睨めつけている門人もあった。
道場へあつまれ――と呼ばれてそこに坐った者は、約二十名ばかり、三列になって、板の間に、ぎしっと固くなって、坐っていた。
治郎右衛門は、上座の――一段高い席に、寂と坐って、それ等の顔をしばらく眺めていた。
『さてさて、わしも年齢を老ったものである。つかの間に、時代も遷ってゆくな』
これが、軈て忠明の唇から流れた――最初のことばだった。
『過去、自分の来た道を顧みてみると、師の弥五郎一刀斎様に仕えて、善鬼を仆した頃が、自分の剣が最高な冴えを示した時であり、この江戸表に、門戸をもって、将軍家の御師範の端に列し、世間から無敵一刀流とか、皀莢坂の小野衆とか、いわれ始めた頃はすでに、わし自身の剣としては、降りへ来ている頃だった』
『............』
門人達は、師が、何をいおうとしているのか、まだその意が酌めなかった。
で、粛とはしているが、その面には、不平だの、疑惑だの、思い思いな感情がまだ動いていた。
『思うに』
忠明は、そこから俄に声を張って、今までの伏目な眼を、大きく見ひらいた。
『――これは誰にもある人間の通有性だ。安息に伴うてくる初老の兆しだ。この間に、時代は移ってゆく。後輩は先輩を乗りこえてゆく。若い、次の者が新しい道を拓り開いてゆく。――それでいいのだ。世の中は転変の間に進んでいるから。――だが、剣法では、それを許さぬ。老のない道が剣の道でなければならぬ』
『............』
『たとえば、伊藤弥五郎先生。今はもう、生きて在すや否や、その御消息だにないが、小金ケ原でわしが善鬼を斬った折、即座に、一刀流の印授をこの身にゆるし給い、入道して、そのまま山へ這入られてしまわれた。そして猶、剣、禅、生、死、の道を探って、大悟の峰に、分け登ろうと遊ばすお口吻が見えた。――それにひき更えて、この治郎右衛門忠明は、早くも、老の兆しを現し、きょうのような敗れをとった事、師弥五郎先生に対しても、なんの顔があろうか。......きょう迄のわしが生活などは、思わざるも甚だしいものであった』
堪らなくなったように、
『せ、先生っ』
根来八九郎が、床からいった。
『敗れたと仰っしゃいますが、あのような若年者に、敗れる先生ではない事を、われわれは日頃から信じております。今日の事は、なにか、御事情でもあったのではござりませぬか』
『事情? ......』
一笑の下に、かぶりを振って、
『かりそめにも、真剣と真剣との立合、その間に、なんで、微塵の情実など許そう。――若年者といわれたが、その若年者なるが為に、わしは彼に負けたとは思わない、移っている時代に負けたと思うのだ』
『と、とは申せ』
『まあ待て』
静かに、根来のことばを抑え、又、大勢の同じ顔いろを見直して、
『手早く話そう。あちらには、佐々木殿もお待たせしてある。――そこで各々へ、改めて、申し渡す儀と、わしの希望を聞いてもらいたい』
七
――自分はきょう限り、道場から身を退こうと思う。世間からも身を隠す。隠居ではない。山中へ行って、弥五郎入道一刀斎先生の分け入った道の後をたずねる心で、猶、晩成の大悟を期したい。
『これが一つの希望』
と、治郎右衛門忠明は、弟子一同へ告げるのだった。
――弟子の中の伊藤孫兵衛は甥にあたる者ゆえ、一子忠也の後見をたのむ。幕府へは、その由を願い出で、自分の事は、出家遁世と届けておいてもらいたい。
『これが二つの頼みである』
といった。
次に、この機会に、いい渡しておく事として、
『わしは、若輩の佐々木殿に負けたという事を、そう恨みには思わぬ。しかし、彼の如き新進が他から出ているのに、まだ小野の道場から一名の駿足も出ておらぬという事は、ふかく恥じる。――これというのも、わが門下には、御譜代の幕士が多く、ややもすると、御威勢について思い上り、いささかの修行をもって、すぐ無敵一刀流などと誇称して、よい気になっているせいと思う』
『あいや、先生。お言葉中にはござりますが、決して、われわれとても、そのような驕慢怠惰にのみ日を暮しているわけでは――』
と、亀井兵助が、その時、声ふるわせて、弟子の座からいうと、
『だまれ』
と、忠明は、彼の顔を睨まえて師の座から一言に圧して、
『弟子の怠りは、師の怠りである。わしはわし自身を慚愧して、自ら裁いておるのだ。――お身等すべての者が、驕惰だとは申さぬ。だが、この中には、そうした者もおると見た。その悪風を一掃して、小野の道場は、正しい、若々しい、時代の苗床とならねばならぬ。――そうせねば、忠明が身を退いて、改革いたす意味もないことになろう』
沈痛な彼の誠意は、ようやく弟子たちの肺腑へ沁み透ってきた。
弟子の座に居ならぶ者は、みな頭を垂れて、師の言葉を嚙みしめながら、自分たちも反省した。
『浜田』
忠明が、軈ていった。
浜田寅之助は、ふいに、名を指されて、
『はっ』
と、師の顔を見た。
忠明の眼は、彼をきっと睨めすえていた。
寅之助は、その眼に、さし俯向いてしまった。
『立て!』
『はい』
『立て』
『は......』
『寅之助、立たんかっ』
と忠明は、声を励ました。
三列に坐っている弟子たちの中から、寅之助だけ直立した。彼の友達や後輩たちは、忠明の心を測りかねて、しんとしていた。
『寅之助、おぬしを、今日限り、破門する。――将来、心を改め、修行を励み、兵法の旨にかなう人間となった時は、又、師弟として会う日もあろう。――去れっ』
『せ、先生っ。理由を仰っしゃってください。拙者には、破門される覚えはございませぬが』
『兵法の道を穿きちがえているゆえに、覚えがないと思うのであろう。――他日よく、胸に手を当てて考えてみれば分ってくる』
『仰っしゃって下さい! 仰っしゃって下さい! 仰せなくば、寅之助、この席を去るわけには参りません』
昻ぶった顔に、青すじを太らせて、彼は又いい猛った。
八
『――然らば、いおう』
と、忠明は、やむなく、寅之助に破門をいい渡した理由を、その寅之助を立たせておいたまま、一同へも、釈明した。
『卑怯――は武士の最も蔑む行為である。又、兵法の上でも固く誡めておる。卑怯の振舞ある時は破門に処す、というのはこの道場の鉄則であった。――然るに、浜田寅之助は、兄を討たれながら徒らに日を過ごし、しかも当の佐々木小次郎には、雪辱をなそうともせず、又八とやらいう西瓜売風情の男を仇とつけ廻し、その者の老母を人質に取って来て、この邸内に押しこめておくなどとは――いやしくも武士のする事といえようか』
『いや、それも、小次郎をこれへ誘き寄せる手段でいたしたのです』
寅之助が、躍起となって、抗弁しかけると、
『さ。それが卑怯と申すものじゃ。小次郎を討たんとするなら、なぜ自身、小次郎の住居へゆくなり、果し状をつけて、堂々と、名乗りかけんか』
『......そ、それも、考えぬではござりませんでしたが』
『考える? 何をその期に、猶予などを! ――衆を恃んで、佐々木どのをこれへ誘き寄せ、打たんとした卑劣は、お身の今いったことばで自白しておるではないか。――それにひきかえ、佐々木小次郎なる者の態度、見上げたものだと、わしは思う』
『............』
『――単身わしの前へ来て、卑劣な弟子など、相手に取るに足らぬ。弟子の非行は師の非行、立ち合えとばかり、挑みかかった』
弟子の座の人々は皆、さては、最前のいきさつは、そうした動機から起った事かと――頷いた気色だった。
忠明は言葉をつづけ、
『しかも、ああして、真剣と真剣とで、立ち向ってみた結果は、この治郎右衛門自身の中にも明らかに、恥ずべき非が見出された。わしはその非に対して慎んで降ったといった』
『............』
『寅之助、これでもそちは、自身を省みて、恥なき兵法者と思うか』
『......恐れ入りました』
『去れ――』
『去ります』
寅之助は、俯向いたまま、道場の床を、十歩ほど退がって、両手をつかえて坐り直した。
『先生にも、御健勝に』
『うむ......』
『御一同にも』
と、さすがに、声が暗くなって、後はかすかに、別れの挨拶をした。そして、悄々、どこへか立ち去った。
『――わしも、世間を去る』
と、忠明も立った。弟子の座の中に鳴咽がきこえた。男泣きに泣きだした者もあるのである。
愁然と、うなだれ合っている弟子達の頭を、ながめて、
『励めよ、皆』
忠明は、最後の――師の言として――師愛をこめていった。
『なにを憂い悲しむのか。おまえ達は、おまえ達の時代を、この道場へ、潑剌と迎え取らねばならぬ。明日からは謙虚になって、一層、精を出して磨き合えよ』
九
やがて――道場の方から住居へ戻って、そこの客間へ姿を見せた忠明は、
『失礼いたした』
と、最前から控えている小次郎へ向って、こう中座を詫びながら静かに坐った。
その顔いろには、なんの動揺も読まれなかった。平常と変った点はなかった。
『偖――』
と、忠明は口を切って、
『門人の浜田寅之助は、ただ今あちらで、破門をいい渡し、向後、心を改めて修行いたすよう、よく訓誡しておきました――で、寅之助が人質に隠しおいた老婆の身も、当然、お帰しする考えであるが、其許がすぐお連れ下さるか、それとも改めて、当方からお送り申そうか』
いうと、小次郎は、
『満足でござる。拙者がすぐ連れて戻ります』
今にもと、立ちかけた。
『そう極まれば――何もかも水に流して、一献お酌み交して戴きたい。――光っ、光っ』
と、手をたたいて、
『酒の支度をっ』
と、姪へいいつけた。
さっきの真剣の立合で、小次郎はありったけの精神を消耗してしまったような気がしていた。その後、独りでぽつねんとここに待たされていた時間も長かったので、すぐ帰りたかったが、臆しているように思われてもと、腰をすえて、
『では、おもてなしに甘えようか』
と、杯を取った。
そして小次郎は飽くまで、忠明を眼下に見た。心で眼下に見ながら、口では、――自分も今日まで随分、達人にも出会ったが、まだ貴公のごとき剣に対した事はない。さすがに、一刀流の小野と音に響いただけのものはある――などと褒めて、おのれの優越感を、その上へもっと高めた。
若い、強い、覇気満々だ。酒を飲んでみても、敵わないことを、忠明は体に感じてくる。
けれど、大人の忠明から彼を見ると、自分には敵わないとは思いつつ、いかにも危い強さ、若さであると思った。
(この素質を、よく磨けば、天下の風はこの人に靡こう。――だが、悪くすれば、善鬼になる惧れがある)
そう惜しんで、忠明は、
(弟子ならば)
と、その忠言を喉まで出しかけたが、遂に、何もいわなかった。
そして小次郎の言葉には、なんでも、謙虚に笑って答えた。
雑談のうちに、武蔵のうわさなども出た。
――近頃、忠明が聞いた事として、北条安房守や僧沢庵の推薦で、又新たに、宮本武蔵という無名の一剣士が、抜擢されて師範の席に加わるかも知れない――という話なども、彼が洩らした。
『......ほ?』
小次郎は、そういったきりだったが、心の安からぬ顔いろをした。
西陽を見て、彼が、
『帰る』
と、いい出したので、忠明は、姪のお光にいいつけ、
『お老婆の手をひいて、坂の下までお送りして行け』
と、いった。
恬淡で、真直で、柳生のように、政客との交わりなどもなく、粗朴な武士気質の人で通って来た治郎右衛門忠明の姿が、江戸から見えなくなったのは、それから間もなくであった。
(将軍家にも、直々、近づける身なのに......)
(うまく勤め上げれば、いくらでも出世の先があったものを)
と、彼の遁世を怪訝しがった世人は、やがて佐々木小次郎に彼が負けたという事を誇大に取って、
(小野治郎右衛門忠明は、発狂したのだそうだ)
と、いい伝えた。
もののあわれ
一
恐かった。ゆうべの風は。
――あんな暴風雨って、生れて初めてだと、武蔵さえいった。
二百十日、二百二十日。
そういうものの恐さに善処することは、武蔵よりも細心で、よく知っている伊織は、ゆうべの暴れが襲って来る前に、屋根へ登って、竹の押ぶちを結びつけたり、石を乗せたりしておいたが、その屋根なども、夜半に吹き飛ばされてしまって、今朝見ても、どこへ行ったか、屋根の行方がわからない。
『アアもう書も読めなくなっちゃった』
崖の肌やら、草叢やら、あちこちに、ベトベトになって散らばっている書の残骸をながめて、伊織は、何より未練そうに呟いた。
だが、被害は、書どころではない。彼と武蔵の住む家さえ、跡形もなく潰がれて、手のつけようもない有様。
それを他に、武蔵はどこへ行ったやら、
(火を焚いておけ)
と、いって出たまま、まだ戻って来なかった。
『――暢気だなあ。稲田の出水を見物に行くなんて』
伊織は、火を焚き始めていた。その薪は、わが家の床や板壁である。
『今夜、寝る家だった』
と、考えると、煙が眼に沁みてくる。火は出来た。
武蔵は戻らない。
ふと見ると、そこから、まだ割れていない栗の実だの、風に叩きつけられて死んでいる小鳥の死骸などが眼についた。
朝飯に、伊織は、そんな物を火に焙って喰べていた。
午頃、武蔵は帰って来た。それから半刻ほどして、又後から、簔笠を着た村の人々がそろって来た。そして、お蔭で早く出水が退いたとか、病人が喜んでいるとか、かわるがわる礼をのべ出した。――いつも後始末では自分自分の事にばかり懸って、争いになるのだが、今度は仰っしゃる通り、村人が一致して、誰の田だの、彼の家だのという分け隔てなく、力を協せてやることにしたので、案外早く被害の取返しもつきそうで――などとも、中の老百姓が、礼を繰返していった。
『あ。そんな指図をしに行ったのか』
と、伊織は、やっと、武蔵が夜明けに出て行った用事が分った。
伊織は、武蔵の為にも、死んだ小鳥の毛をむしって焙っておいたが、
『食物は、わしらがとこに、幾らでもあるで』
と、甘い物、辛い物、何くれとなく運んで来る。
伊織の好きな餅もあった。
死んだ鳥の肉は不味かった。自分だけの身を考えて、あわててそんな死肉で腹を膨らましてしまった伊織は後悔した。――自分を捨てて、大勢の為に考えれば、食物はひとりでに、誰かが与えてくれるのだということを覚えた。
『家も、こんどは、潰れぬように、わしらの手で建ってあげますでの、今夜は、わしが所へ来て寝さっしゃい』
と、年老った百姓は、いってくれる。
その老百姓の家は、この近村ではいちばん旧かった。ゆうべずぶ濡れになった、肌着や着物を乾かしてもらい、武蔵と伊織は、その晩、老百姓の家のお客になって寝た。
『......おや?』
寝てからのことである。
伊織は、隣りに眠っている、武蔵の方へ、寝返りを打って、小声でいった。
『先生』
『......ウむ?』
『遠くの方で、神楽囃子が聞えませんか――遠くの方で』
『聞えるようでもあり、聞えないようでもあるが』
『変だな。こんな大暴風雨の後に、神楽の音が聞えるなんて?』
『............』
寝息はするが、武蔵の返辞はしないので、伊織もいつか、眠ってしまった。
二
朝になって、
『先生、秩父の三峰神社って、そう遠くないんだってね』
『ここからでは、幾らもあるまいな』
『連れて行っておくんなさい。――お詣りに』
なにを思い出したのか、今朝、急に伊織がいい出したのである。
わけを訊いてみると、彼は、ゆうべの神楽の音が気になって、起きるとすぐ、此家の老百姓に聞いてみたところ、ここから近い阿佐ケ谷村には、遠い昔から、阿佐ケ谷神楽といって、旧い神楽師の家があり、毎月、三峰神社の月祭りには、そこの家で調べを奏せて、秩父へ出張ってゆくので、それが聞えて来たのだろうという説明だった。
音楽と舞踊との、壮大なものといえば、伊織は、神楽よりしか知らないのである。しかも三峰神社のそれは、日本三大神楽の一つといわれるほど、古典なものであると聞かされたので、彼は、矢も楯もなく、秩父へ行ってみたくなった。
『よう、よう、先生』
と、伊織は甘えて、
『どうせ、まだ草庵は、五日や六日じゃ出来ないし......』
と、強請んだ。
伊織にこう甘えられると、武蔵はふと、別れている城太郎を思い出した。
城太郎を従れていると、城太郎はよく甘える。ねだったり、だだをこねたり、我儘をいって手古ずらせたり――
だが、伊織には、滅多にそんな事がない。――時にはふと武蔵の方で、そのよそよそしさが淋しくなるほど、伊織にはその子供ッぽさがない。
城太郎とは、生い立や、性格の相違もあろうが、多くは、それは武蔵が躾けたものであった。弟子と師とのけじめを、伊織には、厳然とつけてきたからである。――放ったらかしに唯連れていた城太郎の結果に鑑みて、伊織には意識的に、師であろうとしている為だった。
その伊織が、めずらしく、甘えてねだると、武蔵は、
『......ウム』
生返辞して、考えてはいたが、
『よし、連れて行ってつかわそう』
伊織は雀躍りして、
『天気もいいし』
と、もうおとといの晩の空への怨みも忘れ果てて、俄かに、この家の老百姓に告げて、弁当を乞い草鞋をもらい、
『さあ、参りましょう』
と、武蔵を促す。
老百姓は、お帰りの頃までに、草庵を建て直しておきます――といって送り出すし、野分の後の水たまりは、まだ所々小さい湖水を作っているが、おとといの暴れは噓のように、鵙は低く飛び、空の碧さは、高く澄みきっている。
三峰の例祭は、三日間とある。こう決まって出て来ればもう、伊織とてそう急ぎもしない。間に合わぬ心配はないからである。
田無の宿の草旅籠に、その日は早く泊り、翌日の道も、まだ武蔵野の原だった。
入間川の水は三倍にもなっていた。平常の土橋は川の中に取残され、何の用もなさなくなっている。附近の住民達は、田舟を出したり、杭を打ち込んだりして、両岸から橋を継ぎ足していた。
そこの通れるようになるのを待っている問に、伊織は、
『あらあら、鏃がたくさん落ちていら。兜の鉢金もあるし――先生、この辺は、戦場の跡ですね、屹度』
出水に洗われた川砂を掘りちらして、伊織は、錆刀の折れだの、性が分らぬ古金など拾って興がっていたが、そのうちに、
『あ......? 人間の骨』
と、手をすくめた。
三
武蔵は、それを見て、
『伊織。その白骨を、ここへ持って来い』
いちど、知らずに手には触れたが、伊織は、もう手を出す気になれない顔して、
『先生、どうするんです』
『人の踏まない所へ埋けてあげるのだ』
『だって、一つや二つじゃありませんよ』
『橋の修繕いが出来る間の仕事にはちょうどよい。あるだけ拾い集めて――』
と、河原の背を見まわし、
『あの竜胆の花のあたりへ埋けておきなさい』
『鍬がないのに』
『その折れ刀で掘れ』
『はい』
伊織はまず穴を掘った。
そして拾い集めた鏃も兜の古金も、白骨と一緒に、みな埋け終って、
『これでようございますか』
『ム。石をのせておけ。それでよい。――よい供養になった』
『先生、この辺に合戦のあったのは、何日頃の事なんでしょ』
『忘れたか。おまえは書で読んでいるはずだがな』
『忘れました』
『太平記の中にある、元弘三年と正平七年の両度の合戦――新田義貞、義宗、義興などの一族と、足利尊氏の大軍とが、しのぎを削り合うた小手指ケ原というのは、この辺りだ』
『あ、小手指ケ原のあった所か。そんなら何度も、先生の話を聞いているから知っています』
『では』
と、日頃の伊織の勉学力を試すように、武蔵は、
『その折、宗良親王が。――東の方に久しく侍りて、ひたすら武士の道にたずさわりつつ、征東将軍の宣旨など下されしも、思いのほかなるように覚えて詠み侍りし――と仰せられて、お詠みになった歌、伊織は憶えておるかな』
『います』
伊織はすぐいって、空の碧さに、一羽の鳥影が、漂ってゆくのを仰ぎながら、
『――思いきや、手も触れざりしあずさ弓、起臥し我が身馴れむものとは』
武蔵は、ニコとして、
『そうだ、では。――同じ頃、武蔵の国に打ち越えて、小手指ケ原という所に ――という詞書の条にある、同じ親王のお歌は?』
『......?』
『忘れたな』
伊織は負けん気に、
『待って、待って』
と、首を振った。
そして思い出すと、こんどは自勝手なふしをつけて朗詠した。
君のため
世のため
なにか惜しからむ
すててかいある
いのちなりせば
『......でしょう。先生』
『意味は』
『わかってます』
『どう? わかってるか』
『いわなくたって、このお歌がわからなかったら、武士でも日本人でもないでしょ』
『ウム。......だが伊織。それならお前はなぜ、白骨を持ったその手を、さも汚いように、先刻から忌っているのか』
『だって白骨は、先生だっていい気持じゃないでしょ』
『この古戦場の白骨は皆、宗良親王のお歌に泣いて、親王のお歌どおりに奮戦して死んだ人々だった。――そうした武士たちの――土中の白骨が、眼には見えぬが、今も猶、礎となっていればこそ、この国はこんなにも平和に、何千年の豊秋が護られているのではないか』
『ア、そうですね』
『稀々の戦乱があっても、それはおとといの暴風雨のようなもので、国土そのものにはびくとも変化がない。それには、今生きている人々の力も大いにあるが、土中の白骨たちの恩も忘れては済むまいぞ』
四
武蔵の一語一語に、伊織は、何度もこっくりした。
『わかりました。じゃあ、今埋けた白骨に、お花を供げて、お辞儀して来ましょうか』
武蔵は、笑って、
『何も、お辞儀はせんでもよい。心のうちに、今申した事さえ刻んでおれば』
『......だけど』
伊織はやはり気が済まなくなったらしい。秋草の花を折り集めて石の前に捧げた。そして掌を合せかけたが、ふと振り顧って、
『先生』
と呼び、何か、ためらい顔にいい出した。
『――この土の中の白骨が、ほんとに、先生が今いったような、忠臣ならいいけれど、もし足利尊氏の方の兵だったら、つまらないなあ。掌なんか合せてやるのは癪にさわる――』
この返辞には、武蔵も窮した。伊織は、武蔵の明答がない限りは、滅多に掌をあわせない様子を示して、彼の顔をながめながら、その答えを待っていた。
――ふと、きりぎりすの声が耳につく。仰ぐと昼間の薄い月が目にとまった。然し、伊織に与える返辞はなかなか見つからない。
やがて、武蔵はいった。
『十悪五逆の徒にも、仏の道では救いがある。即心即菩提――菩提に眼をひらけば、悪逆の徒も仏もこれを許し給うとある。――まして白骨となってしまえばもう』
『じゃあ。忠臣も逆賊も、死ねば同じものになるんですか』
『ちがう』
と、厳しく、そこに句点を打って、
『そう早合点してはならぬ。武士は名を尊ぶ。名を汚した武士には、末世末代、救いはない』
『そんならなぜ仏様は、悪人も忠臣も、同じみたいなことをいうんですか』
『人間の本性そのものは皆、もともと、同じ物なのだ。けれど、名利や慾望に眼がくらんで、逆徒となり、乱賊となるもある。――それも憎まず、仏が即心即仏をすすめ、菩提の眼をひらけよかしと、千万の経をもって説かれているが、それもこれも、生きているうちの事。――死んでは救いの手にすがれぬ。死してはすべて空しかない』
『ああそうか』
分ったような顔をして、伊織は、急に声に弾みを出していった。
『――だけど、武士は、そうじゃないでしょ。死んでも、空ではないでしょう』
『どうして』
『名が残るもの』
『うむ!』
『悪い名を残せば悪い名が、――いい名を残せばいい名が』
『むむ』
『白骨になってもね』
『......けれど』
と武蔵は、彼の純真な知識慾が、一途に呑みこんでしまうことを惧れて、それに又いい足した。
『だが、その武士には又、もののあわれというものがある。もののあわれを知らぬ武士は、月も花もない荒野に似ている。ただ強いのみでは、おとといの晩の暴風雨も同じだ。――剣、剣、剣、と明け暮れそれを道とする身は猶更のこと、もののあわれ――慈悲の心がなくてはならぬ』
伊織はもう黙っている。
黙って――土中の白骨に花を供え、素直に掌をあわせていた。
撥
一
秩父の麓から、蟻のように絶えまなく、山道を登って行く小さい人影は、いちど、山を繞る密雲の中へ皆、隠れてしまう。
その人々はやがて、山頂の三峰権現へ出て来た。そしてそこから空を仰ぐと、空には一朶の雲もなかった。
ここは坂東四箇国に跨がって、雲取、白石、妙法ケ岳の三山に通う天上の町だった。神社仏閣の堂塔門屋の一郭につづいて、その別当だの社家だの、土産物屋だの、参詣茶屋だのの門前町があるし――まばらに散ってはいるが、神領百姓の家数も七十戸からあるという。
『ア。大太鼓が鳴った』
ゆうべから、武蔵と共に、別当の観音院に泊っていた伊織は――食べかけていた赤飯をあわてて搔っ込んで、
『先生、もう始まりましたよ』
と、捨てるように箸を置く。
『神楽か』
『見に行きましょう』
『ゆうべ見たから、わしはもういい。一人で行って来い』
『だって、ゆうべは、二座しかやらなかったでしょ』
『まあ、急がんでもいい。今夜は夜徹しあるというから』
なるほど、武蔵の木皿には、まだ赤飯が食べ残っていた。それが無くなったら行くというに違いない。伊織は、そう思い直して神妙に、
『今夜も、星が出てますよ』
『そうか』
『このお山の上に、何千人という人がきのうから登ってるから、雨が降っちゃあ可哀そうだ』
武蔵は、可憐しくなって、
『じゃ、行って見るかな』
『ええ、行きましょう』
飛び上って、伊織は先に玄関へ駈け出し、そこの藁草履を借りて、揃えておく。
別当所の前も、山門の両側にも、大篝火をどかどかと焚いていた。門前町の家毎には、門々に松明をつけて、何千尺の山の上も、昼をあざむくばかりだった。
湖水のように深い色をした夜空には、銀河がキラキラ煙っていた。その麗しい星明りと火光に煙ってうごく群衆は、神楽殿を繞って、この山上の寒さを知らぬ人いきれにしていた。
『......あら?』
伊織は、その人混みに揉まれながら、きょろきょろして、
『先生はどこへ行っちまったんだろう。たった今、いたのに』
笛や太鼓が、山風に谺を呼んで人足もいよいよここへ流れ集まって来るが、神楽殿にはまだ、静かに、灯影と帳が揺れているのみで舞人はあらわれていなかった。
『先生――』
伊織は、人のあいだを潜り歩いた。そしてやっと、武蔵の姿を見出した。
武蔵は、そこから少し先の御堂の棟に打ち並べてある、沢山な寄進札を仰いでいたのである。伊織が駈け寄って、
『先生』
と、袖を引いても、黙ったまま、仰向いて、見つめていた。
無数の寄進者からかけ離れて、金額も大きく、札も一倍と大きな板にこう書いてあったのが、彼の眼をはたと引きつけたものだった。
武州芝浦村
奈良井屋大蔵
『......?』
奈良井の大蔵といえば、曾つて数年前、木曾から諏訪のあたりへかけて、どれほど尋ねたか知れない名である。
その大蔵が、迷れた城太郎を伴れて、他国へ旅立ったというのを聞いて――。
『武州の芝浦といえば?』
所もつい先頃まで、自分もいた江戸ではないか。ゆくりなくも今、大蔵の名を見出して、武蔵は茫然――別れた者たちを、思い出しているのだった。
二
常でも、忘れているわけではないが。
伊織が、日に日に、成長してゆくにつけても、何かにつけ、思い出されて居たのだが――
『もう、夢のように、三年余りになる』
武蔵は、城太郎の年を、心のなかで数えてみた。
神楽殿の大鼓が、その時、急に高く鳴り出した。武蔵が、われに回ると、
『ア。もう舞ってる』
と、伊織は、心をもうそこへ飛ばして、
『先生、何を見てるんです』
『べつに、さしたる事ではないが――伊織、おまえは一人で神楽を見ておれ、ちと、用事を思い出したゆえ、わしは後から行く』
そういって、彼を追い遣り、武蔵はひとり、社家の方へ歩いて行った。
『寄進者の事について、ちとお伺いいたしたいが』
と、いうと、
『ここでは、扱いませぬが、別当総役所へ、御案内いたしましょう』
と、少し耳の遠い老禰宜が、先に立って、導いてゆく。
総別当高雲寺平等坊という大きな文字が入口に厳めしい。宝蔵らしい白壁も奥に見える。神仏混淆で、一切ここを総務所としているらしかった。
老禰宜が、玄関で長々と何か告げている。
程なく非常に鄭重に、
『どうぞ』
と、役僧が、奥へ案内した。
茶が出る。見事な菓子が運ばれてくる。やがて、二の膳であった。又、美しい稚児が銚子を持って来て、給仕についた。
暫くすると、権僧正の某というのが現れて、
『ようこそ御登山下されました。山菜のみで、なにもお構いできませぬが、どうぞお寛ぎあって――』
と、いんぎんにいう。
はてな?
武蔵は少し、勝手のちがう気持だった。
で、杯も手に取らず、
『実は、寄進者のことについて、ちとお調べ願わしく、参った者でござるが』
と、いい直すと、五十恰好肥り肉なその権僧正は、
『え?』
と、眼を革めて、
『調べとは』
と、さも怪訝らしく、急に眼いろまで無遠慮にして、じろじろ武蔵のすがたを見廻した。
武蔵が、寄進札の中にある武州芝浦村の奈良井の大蔵というのは何日ここへ登山したのか、又、たびたび来る者か、その折は一名か、共を連れていればどんな者を連れているか?――などと次々に訊ね出すと、僧正どのは怖しく不きげんになって、
『では、なんじゃな。其許が寄進をなさろうというのではなく、寄進者の身元を洗い立てに御座ったのか』
老禰宜が聞き違えたのか、この僧正どのが早のみ込みしたのか――これはしたり、といわんばかりな顔をして見せる。
『お聞き違えでござりましょう。拙者が寄進したいと申すのではなく、奈良井の大蔵という仁の事について』
いいかけると、
『それならそれと、玄関ではっきりいわっしゃればよいのに。――見れば、御牢人らしいが、素性もよう知れぬ者に、寄進者のお身元など、滅多にいうて、御迷惑がかかっては困る』
『決して、左様な事は』
『まあ、役僧がどういうか、聞いてみなされ』
何か損でもしたように、僧正どのは、袖を払って、立ってしまった。
三
寄進者の台帳なるものを役僧が引っ張り出して、おざなりに調べてはくれたが、
『べつに、こちらにも、詳しい事は何も書いてない。御山には、度々参籠してござるようじゃ。供の者が、幾歳ぐらいか、そんな事まで分らんよ』
と、膠もない。
それでも武蔵は、
『お手数をかけました』
と礼をのべて外へ出た。そして神楽殿の前へ来て、伊織の姿を探すと、伊織は群衆の後にいた。脊が低いので、樹の上にのぼり、梢に腰をかけて、神楽を見ているのだった。
彼は、武蔵がその樹の下へ来たことも知らない。全く放心して、神楽殿の舞に見恍れている。
黒い檜の舞台に、五色の帳が垂れていた。棟の四方に、張り繞らしてある注連に、山風がそよとうごいて、庭燎の火の粉がチラチラ燃えつきそうに時折掠める。
『............』
武蔵もいつか、伊織と共に、舞台へ眼を向けていた。
彼にも、伊織とおなじ日があった。故郷の讃甘神社の夜祭が、此処のような気がしてくる。群衆の人いきれの中には、お通の白い顔があったり、又八が何か喰っていたり、権叔父が歩いていたり――そして自分の帰りの遅いのを案じて、子を探す母の姿が彷徨っていたり――など、その頃の幼い幻影に、さながら、今、身をつつまれているのだった。
舞台に坐って、笛を構え、撥を把っている、古雅な近衛舎人たちの風俗を写した山神楽師の、怪しげな衣裳も、金襴のつづれも、庭燎の光りは、それを遠い神代の物に見せるのである。
ゆるい大鼓の撥音が、あたりの杉木立にたかく谺する。それに縺れて、笛や太鼓の前拍子がながれ、舞台には今、神楽司の人長が、神代人の仮面つけて――頰や顎の塗りの剝げているその貌を、おおらかに舞いうごかして――「神あそび」の歌詞を謡っていた。
神がきの、みむろの山の
さか木葉は
神のみまえに、しげりあいにけり
しげりあいにけり
人長が、一つの詞を謡い終ると舎人等は、段拍子を入れ、畳み拍子と、楽器をあわせて、舞と楽と歌とが、ようやく一つの早い旋律を描き出して、
すめ神の、みやまの杖と、
やま人の、ちとせを祈り
きれるみ杖ぞ
きれるみつえぞ
又――
この鉾は、いずこの鉾ぞ
天にます
豊おか姫の、宮の鉾なり
みやのほこなり
神楽歌の幾つかは、武蔵も幼い頃には覚えていたものである。自分が仮面をつけて、故郷の讃甘神社の神楽堂で舞ったりした事なども、思い出された。
よもやまの
人のまもりにする太刀を
神の御前に祝いつるかな
いわいつるかな
その歌詞を耳に聞いていた時である、武蔵の眼は、太鼓の座に、太鼓をたたいている舎人の手をじっと見ていたが、
『あっ、あれだ! ......二刀は』
と、突然、辺りをわすれて大きく呻いた。
四
樹の股の上から、
『おや、先生、居たんですか』
伊織は、武蔵の呻いた声に、びっくりして覗き下した。
『............』
武蔵は、彼を、見上げもしなかった。神楽殿の床を見ているのであるが、周りの人々のように舞楽に陶酔している眼ではない。むしろ怖いといえばいえもする眼ざしなのだ。
『......ウウム、二刀、二刀、あれも二刀も同じ理だ、撥は二つ、音はひとつ』
凝然として腕拱みを解かないのである。しかし彼の眉には、年来、胸にわだかまっていたものが解けていた。
それは、二刀の工夫であった。
生れながら、人間には、二つの手がある。けれど剣をとる場合には、人間はそれを一つにしか使っていない。
敵がそうだし、衆が皆、それを習性としているからいいが、もし、二つの手を、完全に二つの剣として働かして来た場合は一つの者はどうなるか。
実例はすでに武蔵の体験の中にある。それは一乗寺下り松の闘いに、吉岡方の大勢に対して、身一つで当って行った時である。あの時、戦いが終ってから気づいて見ると、自分は両手に剣を持っていた。――右に大剣と、左の手に小刀を。
それは、本能がしたのである。無自覚のうちに二本の手が、各々あるだけの力を出して身を護ったのである。生死の境が、必然に教えたのだ。
大軍と大軍との合戦でも、両翼の兵を完全に駆使しないで、敵に当るという兵法はあり得ない。まして一箇の体には猶の事である。
日常生活が習性は、しらずしらず不自然を自然に思わせて、不思議ともしなくなるものである。
(二刀がほんとだ。むしろ、二刀が自然なのだ)
武蔵は、あの時以来、そう信じていた。
けれど、日常生活は日常の所作であり、生死の境は、生涯にそう何度もあるものではない。――しかも剣の極意は、その生死の要意を日常化するにある。
無意識でなく、意識あっての働き――
しかも、その意識が、無意識のように自由な働き――
二刀は、そうしたものでなければならぬ。武蔵は常にその工夫を胸に抱いていた。彼は自己の信念に、理念を加えて、動かない二刀の原理をつかもうとしていた。
それを、彼は今、はっと受け取ったのである。神楽殿の上で、太鼓をたたいている舎人の二本の撥の手――二刀の真理をその音に聞いたのだった。
太鼓を打つ二つの撥は、二つであるが発する音は一つである。そして左と右――右と左――意識があって、意識が無い。いわゆる無礙自由の境である。武蔵は、胸の開けた心地がした。
五座の神楽は、人長の歌詞から始まって、いつのまにか舞人も入れ代っている。大まかな岩戸神楽もすすみ、荒尊の鉾の舞につれて、早拍子の笛がさけび、鈴がりんりんと振り鳴らされた。
『伊織、まだ見ておるか』
武蔵が梢を仰いでいうと、
『ええ、まだ』
と、伊織は、返辞もうわの空だった。神楽舞に魂を飛ばして、自分も舞い人になったような心地で居た。
『明日は又、奥の院まで、大岳を登らねばなるまいが、余り晩くならぬうちに戻って眠れよ』
いい置いて、武蔵は、別当の観音院の方へ、ひとりで歩き出した。
――すると彼の後から、大きな黒犬に手綱をつけて、のそのそ尾いて行く男があった。武蔵が、観音院の内へ入ると黒犬を連れたその男は後を見て、
『おい、おい』
と、小声に、闇へ手招きした。
魔 の眷属
一
犬は、三峰の神の御使であるというので、山では、権現様の御眷属とよんでいる。
山犬の御札だの、山犬の木彫だの、山犬の陶器だの――を参籠者が下山の折、買ってゆくのもその為である。
又、ほんものの御犬もこの山には沢山いた。
人に飼われ、崇められてもいるが、この山中にいるので、自然生物を喰い、まだ山犬の本質が脱けきれていないような、鋭い牙を持った犬ばかりである。
それらの眷属の祖先は、千余年前、大集団で、海の彼方から武蔵野へ移住して来た高麗民族の家族と共に、移って来たものと、それより以前から、秩父の山にいた純坂東種の山犬と、そう二種類の結合された血をもっている猛犬だということであった。
それはとにかく。
――武蔵の姿を別当の観音院の前まで尾行てきた男の手にも、一匹の犬が麻繩で曳かれている。今、男が闇へ手招きすると、犢のような黒犬も共に、闇の方を見てくんくんと鼻を鳴らし始めた。
彼が常に嗅ぎ馴れている人間のにおいが、近づいて来たせいであろう。
『しッ』
と、飼主は、手綱をちぢめて、尾を振る尻を一つ打った。
その飼主の顔も、狛犬に劣らない獰猛な容貌をそなえていた。顔に、皺の彫が深く、五十歳がらみに見えるが、骨太な体は、もっと若い、いや若い者にもめずらしいほど精悍である。脊は五尺そこそこだが、四肢の節々には、何処となく、当り難い弾力と闘志がこもっていて――謂わば、この飼主も、連れている犬と同じように、まだ山犬の性が多分に脱化しきれない――野獣から家畜への過渡期にあるのと同様な――山侍の一人だった。
だが、寺に勤めている身なので、服装はきちんとしていた。胴服ともみえ、裃ともみえ、羽織ともみえる物の上に、腰締をむすび、麻袴をはき、足には、祭礼穿きの、新しい紙緒のわら草履をはいている。
『梅軒さま』
そっと、闇の中から寄って来た女はいった。
犬は、その裾へ、じゃれ懸ろうとするし――女は、その為に、或る距離しか近づきかねていた。
『こいつ』
梅軒は、繩の端で、こんどはやや強く、犬の頭を打って、
『お甲。......よく見つけたな』
『やはり、あいつでしょう』
『うむ。武蔵だ』
『............』
『............』
二人は、それきり口を噤む。雲の断れ目の星を見ている。神楽殿の早拍子が、黒い杉木立の奥に今、旺んだった。
『どうします』
『どうかせねば』
『折角、山へ上って来たのに』
『そうだ、無事に帰しては、勿体ない』
お甲はしきりに眼をもって梅軒の決心をけしかける。梅軒はだが容易に肚がきまらないらしい。眸の奥でぎらぎらと何か思慮を焦いている。
恐い眼である。
暫くして、
『藤次はいるか』
『え。祭の酒に酔って、宵から店で寝ておりますが』
『じゃあ、起しておけ』
『あなたは』
『何せい、おれは勤務のある体だ。――御宝蔵の見廻りや用事を済まして、後から行くとしよう』
『じゃあ、宅の方へ』
『む。おぬしの店へ』
赤い庭燎のゆらぐ闇へ、二人の影は又、別れ別れに消えて行った。
二
山門を出ると、お甲の足は、小走りになった。
門前町は二、三十戸ある。
多くは、土産物屋と、休み茶屋であった。
稀々、煮物や酒のにおいの中に人声の賑やかな小屋もある。
彼女の這入った家も、そうしたふうの一軒で、土間には腰掛が並べてあり、軒先には「御休処」としてある。
『うちの人は』
帰るとすぐ、彼女は、床几に居眠っていた雇人の小女へ訊いた。
『寝てるのかい』
叱られたと思って、小女はあわてて、何度もかぶりを振った。
『おまえじゃないよ。うちの人のことを訊くのだよ』
『あ、お旦那なら、眠ってござらっしゃります』
『それ、ごらんな』
舌打ちして、
『祭だっていうのに、こんな薄ぼんやりしているのは、うちだけだよ、ほんとに』
お甲は、そういいながら、暗い土間を見まわした。
表口で、雇い男と老婆が、明日の赤飯を泥竃にかけて蒸していた。そこから赤い薪の火がゆらいで来る。
『もし、おまえさん』
お甲は、一つの床几の上に、長々と寝こんでいる姿を見かけて、側へ寄った。
『ちょっと、眼を醒ましておくれよ。――もしおまえさんたら』
軽く肩を持って、揺すぶると、
『なに』
むくりと、寝ていた男は、起き上った。
お甲は、
『おや......?』
と、退いて、男の顔を見まもった。
それは、彼女の亭主の藤次ではなかった。丸っこい顔に、大きな眼をもった在郷の若者である。ふいに、見知らぬ女にゆり起されたので、きょろッと、その丸い眼でお甲を見つめた。
『ホ、ホ、ホ』
彼女は、自分のそそッかしさを笑いに紛らして、
『お客様でしたか。どうも、相すみませんでした』
在郷の若者は、床几の下にすべり落ちている菰を拾って、それを顔に被ると、だまって又、眠ってしまった。
木枕の前に、何か食べかけた盆と、茶碗がおいてある。菰の裾からにゆッと出ている二本の足には、土だらけな草鞋が結いつけてあり、壁へ寄せて、この若者の持物らしい旅包みと、笠と、一本の丸杖とが、置いてあった。
『お客かえ、あの若い衆は』
小女に訊くと、
『はい。一眠りしたら、奥の院へ登りに行くだから、眠らせてくれといいなさるで、木枕を貸してあげましただ』
と、いう。
『そうならそうとなぜいわないのさ。うちの人と間違えてしまったじゃないか。一体、うちの人はどこに――』
といいかけると、かたわらの破れ障子の内から、片脚を土間におろして、体は莚床へ横たえていた藤次が、
『べら棒な。ここにいる俺がわからねえのか。――てめえこそ、店を空けて、どこをうろついているのだ』
と、寝起きの悪い声をして、起き上った。
勿論この男は、曾つての祇園藤次。彼も変り果てたものだが、まだ悪縁も切れずに連れ添っているお甲のほうも、さすがに、元の色香はなかった。男のような女になっていた。
藤次が怠け者なので、自然、女がそうならなければ、生活してゆかれないせいでもあろう。和田峠に薬草採りの小屋を懸けて、中山道を往来する旅の者を殺めては、慾を満たしていた頃はまだよかったが――
その山小屋の巣も焼き払われてしまったので、手足にしていた手下も散ってしまい、今では、藤次は冬場だけ猟を稼ぎ、彼女は、御犬茶屋のが内儀さんだった。
三
寝起きのせいもあろうが、藤次の眼は、まだ赤く濁っていた。
その眼が土間の水瓶を見ると、立って行って、柄杓からがぶがぶと、酔醒めを飲んでいる。
お甲は、床几へ、片手をついて、体を斜にして振向きながら、
『いくら祭だって、お酒も程々にしたがいい――生命が危いのも知らず、よく外で、刃物につまずかなかったね』
『何』
『油断をおしでないということさ』
『何かあったのか』
『武蔵が、この祭に来ているのを、おまえ、知っておいでかえ』
『え。武蔵が』
『ああ』
『武蔵とは、あの宮本武蔵か』
『そうさ。きのうから、別当の観音院へ来て泊っているんだよ』
『ほ、ほんとうか?』
水瓶いっぱいの水を酔醒めに浴びたよりも、武蔵の二字は、藤次の顔をいちどに醒ましていた。
『そいつあ大変だ。お甲、てめえも店へ出て居ないがいいぞ。野郎が、山を下りるまでは』
『じゃあおまえは、武蔵と聞いて、隠れている気かえ』
『又、和田峠の二の舞を、やる迄もねえだろう』
『卑怯だね』
お甲は、せせら笑って、
『和田峠でもそうだが、武蔵とおまえは、京都で、吉岡とのいきさつ以来、恨みのかさなっている相手じゃないか。女のわたしでさえ、あいつの為に、後手に縛られて、住み馴れた小屋を焼き払われた時の口惜しさは、忘れてはいないよ』
『だが......あの時は、手下も大勢いたが』
藤次は、自分を知っていた。彼は、一乗寺下り松の人数のうちには加わらなかったが、その後、武蔵の手なみは、吉岡の残党の者からも聞いてもいたし――和田峠では、直接、体験もしていたし――到底、彼に対して、勝目は考えられなかった。
『だからさ』
お甲は、摺り寄った。
『――おまえ一人では無理だろうが、この山には、武蔵にふかい遺恨のある人が、もう一人居るだろうじゃないか』
『......?』
そういわれて、藤次も思い出したのである。彼女のいうその人というのは、山の総務所、高雲寺平等坊の寺侍――総務所の宝蔵番を勤めている宍戸梅軒のことをいったものに違いない。
ここに、茶店を持たせてもらったのも、その梅軒の世話からであった。
和田峠を追われて、旅へ出た末、ここの秩父で、梅軒と知り合ったのが縁であった。
後になってだんだん話しあってみると、その梅軒は、以前、伊勢鈴鹿山の安濃郷に住んでいて、ひところは多くの野武士を配下にもち、戦国のみだれに乗じて野稼ぎを働いていたが、その戦もなくなったので、伊賀の山奥で、鎌鍛冶となったり、百姓に化けたりしていたが、領主の藤堂家の藩政が統一されてくるにつれ、そういう存在もゆるされなくなったので、遂に時代の遺物たる野武士の集団を解散して、ひとり江戸へと志して来たが――その江戸にもない真向きな口があるが――と三峰に縁故のある者の紹介で、数年前から、総務所の宝蔵番に雇われたものだった。
ここよりもっと奥の武甲の深山には、まだまだ、野武士以上、殺伐で未開な人間が、武器をもって棲息しているというので――要するに彼は、毒をもって毒を制する為――宝蔵番には真向きな人物として、抱えられたのである。
四
宝蔵には、社寺の宝物ばかりでなく、寄附者の浄財が、現金である。
この山中、それは常に、山の者の襲撃に、脅やかされていた。
その宝蔵の番犬として、宍戸梅軒は、実に打ってつけな人物に違いなかった。
野武士、山の者などの、習性とか、襲撃法とか、そういう事にも通じているし、もっと重大な資格としては、彼は、宍戸八重垣流の鎖鎌の工夫者であり、鎖鎌を使わせては、天下無敵の達人といわれている。
前身が前身でなかったら、然るべき主君もとれる人間だった。けれど、彼の血統は余りにどす黒い。彼の血をわけた兄も、辻風典馬といって、伊吹山から野洲川地方へわたって、生涯、血なまぐさい中に跳梁した野盗の頭目であった。
その辻風典馬の死は、もう十年も以前になるが、武蔵がまだ「たけぞう」といっていた頃――ちょうど関ケ原の乱後――伊吹山に裾野で、武蔵の木剣の為に血へどを吐いて終ったものであった。
宍戸梅軒は、自分たちの没落の原因が、時代の推移と考えるよりも、その兄の死が、ケチのつき初めと考えていた。
で、武蔵の名を、彼は、恨みの胸へ、彫りつけていた。
その後。
梅軒と武蔵とは、伊勢路の旅の途中、安濃の山家で計らずも出会った。彼は、武蔵を必殺の罠にかけたつもりで、寝首を狙った。
だが、武蔵は、死地をのがれて、姿を晦ましてしまった。――それ以来、梅軒は、武蔵の姿を、見る時がなかったのである。
――お甲は、彼から幾度となくその話を聞いていた。同時に、自分たちの身上も彼に洩らした。そうして梅軒との親密を濃くする為に、武蔵への怨みを、よけいに強く語った。そんな時、
(今に。――永い生涯のうちには、きっと)
と梅軒は、あの眼を、皺のなかに凄く潜めて、呟くのが常だった。
そうした人間のいるこの山。――武蔵にとっては、恐らく、これ以上、危い地上はない呪咀の山へ、きのう伊織を連れて、上って来たのであった。
お甲は、店の中から、その姿をチラと見て、おやと見送ったが、祭の雑沓に見失ってしまった。
で、藤次に計ろうとしたが、藤次は飲んで歩いてばかりいる。けれど、気懸りでならないので、宵の手すきに、別当の玄関を窺っていると、ちょうど、武蔵と伊織が、神楽殿の方へ出て行った。
いよいよ、武蔵にちがいない。
彼女は、総務所へ行って、梅軒を呼び出した。――梅軒は、犬を引っ張って出て来た。そして、武蔵が、観音院へ帰って行く迄、背後に尾いて見届けていたわけであった。
『......ムム。そうか』
藤次は、それを聞いて、ようやく力を得た心地がした。梅軒がぶつかる気なら――と、やや勝目が考えられて来た。三峰の奉納試合に、梅軒が八重垣流の鎖鎌の秘を尽して坂東の剣術者をほとんど総薙ぎに葬ったおととしの記憶などを思いうかべていた。
『......そうか。じゃあ、梅軒さまの耳へもその事は入れてあるのだな』
『後で、御用がすんだら、ここへ来るといっていましたが』
『諜し合せにか』
『元よりでしょうね』
『だが、相手が武蔵だ。こんどこそ、よほど巧くやらねえと......』
胴ぶるいと共に、思わず大きな声が出たのである。お甲は、気がついて、薄ぐらい土間の片隅を振り顧った。そこの床几には菰を被った在郷の若者が、さっきから鼾かいてよく眠っていた。
『叱っ......』
お甲に、いわれて、
『ア。誰かいたのか......?』
藤次は、自分の口を抑えた。
五
『......誰だ?』
『お客だとさ』
お甲は、気にかけなかった。
だが、藤次は、顔をしかめて、
『起して、出しちまえ。――それにもう、宍戸様が来る頃だろう』
と、いった。
それに越した事はない。お甲は小女にいいふくめた。
小女は、隅の床几へ行って、若者の鼾をゆり起した。そして、もう店を閉めるのだから出て行ってくれと、無愛想にいった。
『わあ、よく眠った!』
伸びをして、若者は土間に立った。旅ごしらえや、訛りから見て、近郷の百姓とは思われない。何しろ、起きるなり、独りでにこにこして、丸っこい眼をしばたたき、はち切れそうな若い肉体をくるくる動かし、またたくまに、菰を着、笠を持ち、杖をかかえ、旅ぶろしきを首に巻いて、
『どうも、お邪魔さん』
と、お辞儀して、外へ飛び出して行った。
『お茶代は置いて行ったのかい。変なやつだね』
お甲は、小女を振向いて、
『床几を、畳んでおしまい』
と、いいつけた。
そして彼女も、藤次も、葭簀を巻いたり、店の物を片づけ始めた。
そこへ、のっそりと犢のような黒犬が這入って来た。梅軒の姿は、その後からであった。
『お、お越しで』
『どうぞ、奥へ』
梅軒は黙って、草履を脱ぐ。
黒犬は、そこらに落ちている喰物を、漁り歩くのに忙しない。
荒壁の破れ廂だが、板縁を架けて、離れている。そこの一間に燈火がつく。梅軒は坐るとすぐ、
『......先程、神楽堂の前で、武蔵が連れの子供に洩らした言葉に依れば、明日は、奥の院へ登るつもりらしい。それから先に、慥めておこうと、そっと観音院へ寄って探って来たので遅くなった』
と、いった。
『じゃあ、武蔵はあしたの朝、奥の院へ......』
とお甲も藤次も息をのんで、廂ごしに、大岳の黒い影を、星空に見た。
尋常一様なことで、武蔵を打てないことは、藤次以上、梅軒は弁えていた。
宝蔵番のうちには、彼のほかに屈強な番僧が二人いる。同じく、吉岡の残党で、この神領に小さな道場を建て、部落の若い者に稽古などをつけている男もある。なお糾合すれば、伊賀から随身して来た野武士で、今は転業している者など、十名以上はすぐ狩りあつめられよう。
藤次は、手馴れの鉄砲を持つがよいし、自分は、いつもの鎖鎌を用意して来ている。――ほか二人の番僧は槍を持ってもう先へ出た筈である。猶、出来るだけ味方を狩りあつめ、夜明け前に、大岳へゆく途中の小猿沢の谷川橋で――われわれを待ち合す手筈になっているから、万々、これで遺漏はあるまいと、宍戸梅軒はいうのだった。
藤次は、驚いて、
『へえ、もうそんな手廻しがついているので?』
と、疑わしい眼をした。
梅軒は、苦笑した。
梅軒をただの寺僧と見馴れているから意外とするのであろうが、前身の辻風典馬の弟黄平としてみれば、これくらいな早仕事は、眠りをさました野猪が、山萩の一叢に、風を起したほどにも足りない事だった。
八重垣紅葉
一
まだ、霧が深い――。
小さい残月も、谷から高く離れている。
大岳は眠っていた。
淙々、どうどう、ただ躁がしいのは、小猿沢の底を行く水である。
そこの谷川橋に、黒々と、霧につつまれた人影がかたまっていた。
『藤次』
と、低声に呼ぶ。
梅軒の声である。
同じ低声で、群の中から、藤次が答える。
『火繩を濡らすな』
と、いう注意を梅軒がする。
法衣をからげた山法師そのままな僧が、手槍を持って二人もこの殺伐な群の中に交じっている。
あとは地侍や、ならず者の徒であろう。服装は雑多だが、足拵えは、どれを見ても、軽捷に馴れた装いである。
『これだけか』
『そうです』
『何名?』
お互いに、頭数を読み合う。誰が数えても、自分も加えて、十三名と読む。
『よしっ......』
梅軒はいって、行動する手筈をもういちどそこで銘銘に、繰返した。銘々は、黙って頷いた。――そして、では行けとばかり、谷川橋から一筋道の辺りを指して、雲の中へ、搔き消えてしまった。
是ヨリ三十一町
奥之院道
谷川橋の断崖の際にある道しるべ石の文字が、白い残月に、微かに読まれて、その後はただ、渓の水音と風だった。
人が去ると、その間、潜んでいたものが、やがて樹樹の梢を渡って躁ぎだした。
これから奥の院まで、無数に見かける猿の群だった。
猿は、崖の上から、小石を転がし、蔓ぐさに縋り、道まで出て来た。
橋を駈けまわる。橋の裏へかくれ込む。谷間へ飛ぶ。
霧は、その影を、追い廻すように、猿と戯れた。――もしここに一人の神仙が降りて、彼等に、仙語を以て、
(汝ら、生をうけて、何ぞこの狭隘の山谷に、雲と児戯するや。雲すでに起つ、雲に駕せよ。行くこと西方三千里、盧山に臥し峨眉峰を指さし、足を長江に濯ぎ、気を大世界に吸う。生命真に伸ぶべし。われらと共に来らずや)
とでも呼びかけたら、雲はみな猿となり、猿はみな雲と化って、漠々、昇天し去って行くかもしれない。
――そんな幻想さえ催すほど、猿は、遊んでいた。残月の光りに、その猿の形は霧へ映って、二つずつに見えた。
わんッ!
わん、わん、わんッ!
突――犬の声だった。
犬の声は、谺して、谷へ遠くひびいた。
とたんに、さながら秋の末の黄櫨の葉が風に見舞われたように、猿は、一瞬に影をひそめてしまった。――そしてそこへ、かなり高い跫音をひびかせて、宝蔵番のために梅軒が飼っている黒犬が繩を切って素っ飛んで来た。
『くろっ、くろ奴!』
後から追って来たのはお甲であった。
梅軒たちが、大岳へ行ったのでそれを知って、繩を嚙み切ったものとみえる。
二
彼女はやっと、黒犬の引きずって行く繩の端をつかまえた。黒犬はつかまると、彼女に巨きな体を押しつけて絡みついた。
『畜生』
彼女は、犬が好きでない。振り退けながら、繩で打った。
そして、
『お帰り!』
と、元来た方へ曳き戻そうとすると、黒犬は又、耳まで口を裂いて、
――うわんッ
と、吠え始めた。
繩はつかまえたが、彼女の力では動かなかった。無理に引っ張れば、狼のような甲高い声を発して、吠えつづける。
『なぜこんな物を、連れて来たんだろう。宝蔵の犬小屋へ繫いでおけばいいに』
と、彼女も癇が起った。
こんな事をしている間に、もし別当の観音院を今朝立つ筈の――武蔵が早くも来かかったら、不審に思われるにちがいない。この犬が、この道に、うろうろしているだけでも、機敏な彼に気遣われる惧れは十分にある。
『ちいッ、しようがないね』
お甲は、持て余した。
黒犬は吠えやまないのである。
『仕方がない――お出で。その代り、奥の院へ行ったら、吠えるんじゃないよ』
やむなく彼女は犬を曳いて、いや犬に曳かれて――先へ登った人々の道を後から喘いで行った。
それきり黒犬の吠える谺はして来なかった。黒犬は嬉々と、飼主の匂いを追って行ったのだろう。
一夜中、うごきやまずに動いていた霧が、谷間へ、厚ぼったい雪のように落着いて、武甲の山々や、妙法や、白石や、雲取の相が澄んで来ると、奥の院道も白み渡って、チチ、チチ、チチ......と小鳥の声が耳を洗う。
『先生、どうしてだろ?』
『何が』
『明るくなったのに、お日様が見えないもの』
『おまえの見ている方角は、西ではないか』
『あ、そうか』
伊織は、その代りに、月を見つけた。峰の彼方に落ちかけている淡い月を。
『伊織』
『はい』
『この山には、おまえの親友がたくさん居るな』
『どこにですか』
『それ。あそこにも――』
武蔵が、指さした谷間の樹をのぞくと、親猿を真ん中にして、子猿が、かたまっていた。
『居たろう。はははは』
『何だあ......。だけど先生......猿は羨ましいなあ』
『なぜ』
『親がいるもの』
『............』
道は胸突である。武蔵は黙って先へ攀じ登って行く。――少し登ると又やや平地になって来た。
『あの、いつか、先生に預けといた、革の巾着――お父っさんのお遺物の――あれを先生はまだ持っていてくれますか』
『落しはせぬ』
『中を、見て下さいましたか』
『見ない』
『あの中に、お神札の他に、書いた物もはいっているんですから、こん度、見てください』
『ウむ』
『あれを持っていた時分は、私にはまだ、難しい字は読めなかったけれど、今ならもう読めるかもしれません』
『何かの時、おまえ自身で、開けてみるとよい』
一歩一歩に夜は白んで来る。
武蔵は、道の草を見ながら踏んだ。自分の踏んで行く先に何者の足痕か、その草露はおびただしく汚れていた。
三
蜿々と、道は山を旋り巡って、やがて、東を望む平地へかかって来た。
とたんに、伊織は、
『あっ、日の出!』
指さして武蔵を振り顧った。
『オオ』
武蔵の顔も、紅に染まった。
見る限りが、雲の海である。坂東の平野も、甲州、上州の山々も雲の怒濤の中にうかぶ蓬莱の島々であった。
『............』
伊織は、口をむすんで、姿勢を正して凝然と日輪を見ていた。
余りに大きな感動は、少年を啞にさせてしまう。伊織は、何といっていいのか、分らなかった。
自分の体じゅうを旋っている血液と、その太陽の赤いものとが、ひとつみたいな気がして来た。
だから、伊織は、
(太陽の子だ)
と、自分を思ったが、それではまだ、彼の感動と、人間精神とが、ぴったりしなかった。
で、彼はなお黙って、恍惚としていたが、突然、大きな声でどなった。
『天照皇大神さまだ!』
振向いて、武蔵へ、
『ね、先生。そうでしょう』
『そうだ』
伊織は、両手を高く翳して、十本の指を透かしてみた。そして、又どなった。
『お日様の血も、おれの血も、同じ色だ』
その手で、伊織は、拍手を打った。そして俯し拝みながら、心のなかで、凝と、
――猿には親がある
――おれにはない
――猿には大神祖がない
――おれにはある!
と、思って、歓びに盈ちあふれて来た。涙がながれかけて来た。
その涙の疼きが、唐突に、伊織の手や足を動かし始めた。伊織の耳には、ゆうべの岩戸神楽が、雲の彼方で聞えているのである。
『――タラン、タン、タン、タン。――どどん、どん......』
笹を拾って、舞い出した。
神楽拍子に足を踏み、手を流し、そして、きのう覚えたばかりの神楽歌を謡った。
あずさ弓
はる来るごとに
すめ神の
豊のあそびに
あわんとぞおもう
あわんとぞ思う――
気がつくと、武蔵はもう彼方を歩いている。伊織は、あわてて駈け出した。
道は又、樹林のあいだへ這入って行く、――もう参道が近いのではあるまいか。樹々の姿に自ら統一がある。
巨きな樹はみな、厚ぼったい苔を被っていた。苔には、白い花がたかっている。五百年も千年も生きて来たかと思うと、伊織は、樹にもお辞儀をしたくなった。
足許はだんだん熊笹に狭められて来る。真っ赤な蔦もみじが、眸を吸いつけた。樹の深い中はまだ暁闇であった。仰向いても、朝の光は、少ししか見られなかった。
――と、ふいに二人の踏んでいる大地が揺れたような気がした。そう思った瞬間、ずどんッ! 烈しい音響だった。
『あっ』
伊織は、耳を抑えて、熊笹の中へ俯ッ伏した。とたんに、うすい弾煙のながれた樹陰で、ぎゃッ――と、生き物が断末を告げる刹那の――あの不気味なさけび声が聞えた。
四
『伊織。立つな』
熊笹の中へ首を突っ込んでいる伊織へ、武蔵は、杉の樹陰から、そういった。
『――踏まれても、立つではないぞ』
『............』
伊織は、返辞もしなかった。
煙硝くさい煙は、うすい霧のように、伊織の背を越えて行った。その――彼方の樹、武蔵の横にある樹、又、道の行く手、道の後方――すべての物の陰には、槍の穂か、刃かが、潜んでいた。
『......?』
物陰から窺っている者たちから見ると、瞬間に、武蔵のすがたが、何処へ行ったかと、戸惑いを覚えているらしかった。――そして、鉄砲の効果をも、確めているのであろう。ガサともさせず、暫く窺い合っていた。
今――ぎゃッといった凄いうめき声が、武蔵に与えた手応えかとも思ったが、その武蔵のいた辺りに、武蔵の姿は仆れていないし、それも彼等の出足をためらわせていたに違いない。
鉄砲の音と共に、熊笹の中に、熊の子みたいに、尻だけ出して凝としている伊織の姿は、誰の眼にも見えた。――伊織はちょうど、八方の眼と、刃との、真ん中に置かれていた。
『............』
起つでないぞ――と何処からかいわれたような気がしたが、毛の根に迫ってくるような恐さと、鼓膜がガンとした後の一瞬の、余りにもひそとした静かさに、つい、そうっと首を擡げてみると、すぐ側の巨きな杉の樹陰に、大蛇にも似た太刀が、ギラと見えた。
われを忘れて、
『せッ、先生っ。――たれかそこに、隠れてるぞ!』
と、伊織は絶叫してしまった。
そして、跳ね起きるなり、ぱっと無性に駈け出そうとすると、
『この餓鬼っ』
と、彼の見た刃が、そこの陰から躍って来て、悪鬼のように伊織の上へ、振りかぶった。
その横顔へ、ぐさっと、一本の小柄が突き立った。武蔵が、身を運んで救うに遑がなく、投げたものであることはいうまでもない。
『――うっ、く、くそっ』
槍を繰り出した法師である。武蔵はその槍を一方の手に引っ摑んでいた。然し、右の片手は猶、今小柄を放っただけで、完全に空けて、次に備えていた。
およそどれ程の敵の数か、亭々たる木の幹に遮られて、それの明瞭でないのが、彼をして、軽々しく動かせない原因だった。
――すると又、どこかで、
『ぐわっ』
と、石でも頰張ったような呻きがした。
同時に思いがけない方で、武蔵とは関係なく、相手の中から裏切でも起ったのか、凄まじい格闘が始まった様子なのである。
『はて?』
武蔵が、それへ眸を反らした咄嗟、狙い澄ましていたもう一名の法師は、槍もろとも勢いよく彼へ向って、驀進して来た。
『――おっ』
武蔵は、両脇へ槍をつかんだ。互い交いに、槍と槍を以て、彼の体を挾んだ二人の法師は、喚き合って、味方へ、
『かかれッ』
『何してる!』
と、叱咤した。
その呶号より高く、
『何者だっ。何者がこの武蔵を討たんとはするのか。名乗れ。――名乗らずば、皆、敵と見るぞっ。この神域、血に汚すは畏れあるが、屍を積むぞ』
と、いった。
摑んでいた二本の槍を振り廻すと、法師は二人とも跳ね飛ばされた。武蔵は飛びかかって、抜き打ちにその一人を斬り伏せ、身を翻えして、更に、抜きつれて来る三名の白刃を迎えた。
五
道はせまい。
武蔵は、その道をいっぱいに、じりじり押した。
白刃をならべた三名に、横から又二名ほど加わって、相手は、肩をすぼめ合いながら、踵摺りに後へ後へと退がって行った。
心もとない事には、伊織の姿が見えない。武蔵は、当面の敵へは単に、備えておくに止めて、
『伊織っ......』
と、呼んでみた。
ふと見ると、杉林の中に、追い廻されている者がある。それが伊織だった。今、討ち洩らした一名の法師が、槍を拾って、伊織を追い駈け廻しているのだった。
『ア、おのれ』
彼の救いに――その方へ武蔵が身を外そうとすると、
『やるなッ』
どっと、前の五名は、刃をつらねて、間近へ斬り込んで来た。
疾風を起して、武蔵は、対って来た刃へ、自身からも対って行った。怒濤へ怒濤をぶつけたのである。飛沫となって血は刎ね飛んだ。武蔵の体は、敵よりも低目に、そして彼の背はまるで渦に見えた。
血の音、肉の音、骨の音までがした。ふた声三声、つづけざまに絶鳴がその中に交じった。右へ左へ、朽木仆れに斃れた者のすべてが、胴から下を薙ぎられていた――そして武蔵の手には、右に大剣と、左に小剣が握られていた。
『――わっ』
二人ほどが、のめるように、逃げ出した。追いかけざま、
『何処へ』
ひとりの後頭部へ、左剣を浴びせた。
びゅっ――と黒い返り血が、武蔵自身の眼へ刎ねた。
武蔵は、左剣の手を顔へ――思わず眼へ当てた。とたんに、異様な金属の音が、後から、風を裂いて、その顔へ飛んできた。
――あっ、と無意識のまに彼の右剣が、それを払った。
いや、払ったと意識したのは、単なる意識でしかない。鍔のあたりへぶんと嚙みついた分銅に、彼が、
(しまった!)
と、心にさけんだ時はすでに、ガリガリガリッと、刀身と細い鎖とは、繩を綯うように、縒られていたのである。
『武蔵っ』
鎌を、手元に持って、分銅鎖に相手の刀を巻きつけた宍戸梅軒は、その鎖を張りながらいった。
『――忘れたか、おれを』
『おおっ?』
武蔵は、くわっと見て、
『――鈴鹿山の梅軒だな』
『辻風典馬の弟よ』
『あ。さては』
『知らずに登ったのがてめえの運のつきだ。針の山、地獄の谷、亡兄の典馬が呼んでるから早く行け』
絡みついた分銅は、武蔵の刀から離れなかった。
梅軒は、徐々に、その鎖を手元に手繰り溜めた。
――それは手元にある鋭い利鎌を、次に抛ってくる用意であることはいう迄もない。
その鎌に対しては、武蔵は、左の小剣を持って備えていたが、今にして思えば、もし、右の大刀のみだったら、すでに身を防ぐ何物もなかったのである。
『ええいッ』
梅軒の喉は膨れて、顔と同じくらいな太さになった。こう満身から一声しぼり出したと思うと、鎖は、武蔵の右剣を――体ぐるみ、だッと前へ引き寄せた。
同時に、梅軒の体も、一手繰り鎖を寄せて、踏みこんで来た。
六
はからずも、武蔵は今日という今日、一代の不覚を取ったものではあるまいか。
鎖鎌という特殊な武器。それに対する予備知識がないではないのに。
曾て。
この宍戸梅軒の妻が、安濃の鍛冶小屋で、その実物を持って、宍戸八重垣流の形をして、武蔵に見せたこともある。
その折、武蔵は、
(――ああ見事)
と、見恍れたものである。
妻ですらこの位につかうとしたら良人の梅軒の技はどれ程か、と思ったものである。
同時に、この滅多に出合わない――天下に使い手も少い、特殊な武器の性能の怖るべきものだという事も、十分に、弁えたはずであった。
鎖鎌に就ての知識は、自分でも今日まで、知り得たものとしていた。
だが、知識というものが、いかに生死の大事などにぶつかった咄嗟には、役立たないものか。――そう気付いた時すでに武蔵は、鎖鎌の持つ恐るべき性能に、完全に囚われていた。
しかも、梅軒だけに、彼は全力を向けていられなかった。――背後からも、這い寄る敵を感じていた。
梅軒は誇った。
鎖をしぼりながら、にゅっと歯で笑ったようだった。武蔵は、その鎖に絡まれている自分の大刀を離すことは知っていたが、機を計っていた。
二度目の、えおほッと喚いた声が梅軒の口から走った。彼の左の手にあった鎌は、それと共に武蔵の顔へ飛んで来た。
『オッ!』
武蔵は、右手の剣を離した。
鎌は、彼の頭上をかすめ、鎌が消えると、分銅が飛んできた。――分銅が外れると、鎌が飛んできた。
鎌か分銅か。
その何っちに対しても、身を交すことは甚だしい危険だった。なぜならば、鎌を交した位置へ、ちょうど、分銅の速度が間にあうようになるからだった。
体ぐるみ、武蔵は、絶えまなく位置を移した。それも、目にとまらないほどな迅さを以てしなければならない。――又、後へ後へと、狙け廻っている他の敵に対しても、身構えを必要とする。
(我れ、遂に、敗れるか)
彼の五体は、漸次硬ばってくる。意識ではない、それは生理的にである。あぶら汗も流れない程皮膚と筋肉とは、本能的に死闘するのだ。そして髪の毛も総身の毛穴も、そそけ立つのだった。
鎌と分銅に対して何よりの戦法は、樹を楯とすることだったが、その樹へ近づく遑がなかった。――又、その樹の陰には、敵がいた。
――すると何処かで、きゃっ、と澄んだ悲鳴がながれた。
『あ。伊織?』
武蔵は、振り向けなかった。肚の底で、葬らった。――その間にも、眸の前に、鎌が光り、分銅はおどって跳ぶ。
『くたばれ!』
梅軒の喚きではない。
武蔵がいったのでも勿論ない。――武蔵のうしろで何者かが、こう呶鳴ったのであった。
『武蔵どの、武蔵どの。何でそれしきの敵に、手間どりなさる。――後巻は某が引受けました』
そして又、同じ声で、
『くたばれっ、獣』
地ひびき――絶叫――熊笹を蹴荒す跫音――。何者か、先刻から彼方にかけ離れて、武蔵に助太刀していた者が、ようやく、隔てる相手を踏み破って、武蔵のうしろへその働きを移して来たらしいのであった。
七
(――誰か?)
と、疑った。思わざる後の味方であった。だが慥めている遑など元よりない。
武蔵は、背を、安心した。
梅軒へ向って、一方に、心をあつめることができた。
だが、彼の手には、すでに小刀一本しかなかった。大剣は、梅軒の鎖に、嚙み奪られていた。
迫ろうとすれば、梅軒は、すぐ感じて、後へ跳ぶ。
梅軒にとって、何よりも大切なのは、敵と自己との距離だった。鎌と分銅と、二分された鎖の長さが、彼の武器の長さである。
武蔵にすれば、その距離より一尺遠くてもよい。或は、一尺近く這入ってもよいのである。――だが、梅軒はそうさせない。
武蔵は、彼の秘術に、まったく舌を巻いた。難攻不落の城に当って、攻めあぐねたような疲れを感じるのである。――だが、武蔵は彼の秘妙な技が、何に依って起るかを、戦いのあいだに観破った。それは二刀流の原理と同じだからであった。
鎖は一本であるが、分銅は右剣であり、鎌は左剣である。そしてその二つの物を、彼は一如に使いこなしているのだった。
『観た! 八重垣流っ』
武蔵は、そう叫んだ。その声はもう、自分の勝利を信念していた。――飛んで来た分銅から五尺も後へ跳び退がりながら、右手に持ち更えていた小剣を、敵へ抛りつけたのである。
梅軒の体は、彼を追って、前へ躍って来る姿勢にあった。――飛んで来た小剣に対して、梅軒はそれを払う何物もなかった。
思わず――あッと、身を捻じったのである。
小剣は、反れて彼方の木の根に突き立った。――然し、梅軒の分銅鎖は、彼が、急角度に身を捻じかわしたため、彼自身の体に、ぶんと一巻き絡みついた。
『ちっ』
悲壮なさけびが、梅軒の口から洩れたか否かの咄嗟に、武蔵は、
『おうっ』
と、鉄球のように、梅軒の体に向って、自分の五体をぶつけていた。
梅軒の手は、刀のつかを摑みかけたが、武蔵の手が、その小手を撲った。彼が離した刀のつかはもう武蔵の手に握られていた。
(――惜しいっ)
心のうちにそう念じながら、武蔵は、梅軒の大刀をもって、梅軒を真二つに斬り下げていた。鍔から七、八寸どころから引き気味に深く割りつけたので、生木を裂く雷のように、刀の刃は脳から肋骨の何枚かまで徹って行った。
『......噫』
誰か後で、武蔵のその呼吸を、うけ継ぐように嘆声でいった者がある。
『からたけ割。――初めて見ました』
『......?』
武蔵は、振り顧った。
四尺ほどな丸棒の杖をついて、一人の若い田舎者が立っている。むっくり肥えた肩を張り、丸々とした顔に、上気した汗をたたえ、白い歯を見せながら笑っているのである。
『やっ......?』
『わたくしです。――暫くでござりました』
『木曾の、夢想権之助どのではないか』
『意外でございましょう』
『意外だ』
『三峰権現のおひきあわせだと私は思います。又、わたくしに導母の杖を授けてくれた亡き母の導きもあるでしょう』
『......では、母御は』
『亡くなりました』
茫然たるまま、とりとめもなく、語りかけたが、
『そうだ。伊織が?』
と、武蔵の眼はすぐ、彼の姿を探した。すると、権之助は、
『お案じなさいますな。てまえが救って、あそこへ登らせておきました』
と、空を指した。
伊織は、樹の上から、不審そうに二人をじっと見まもっていたが、その時、杉林の奥で、ワン、ワン! と猛犬の吠えたけびが、谺して来たので、
『おや?』
と、眼を反らした。
八
手をかざして、伊織が、樹の上から、猛犬の吠えている方角をさがすと、ずっと奥の――杉林の断れ目から沢へかかる途中に、わずかな平地があって、そこに一匹の黒犬の影が眼にとまる。
黒犬は、樹に繫がれていた。
そして側にいる、女の袂に嚙みついている。
女は必死で、逃げようとしているが黒犬が離さない。
然し、袂を断って、女は転ぶように草原を駈け出した。
梅軒の加勢に来て、さっき伊織を杉林の中で追い廻した法師が、頭から血を出して、槍を杖に、よろめきながら、女の先に歩いていたが、女は忽ち、傷負坊主を追いこして、麓の方へ、駈け下りて行った。
――わ、わ、わんッ
先刻から血腥い風が、黒犬を発狂に近い昻りにさせたのかもしれない。谺が声をよび、声が谺をよび、陰々と、その吠えたけびは、止まなかった。
――と思ううち、遂に、猛犬はその繩を切って、黒い鞠みたいに、女の逃げた方へ素ッ飛んで行ったが、その途中に、よろめき歩いていた傷負法師は、自分へ嚙みついて来たと思ったか、いきなり槍を振りあげて、犬の顔をぶん撲った。
穂先で撲られたので、黒犬の顔が少し切れた。
――きゃんッ!
犬は横へ反れて杉林へ駈けこんだ。それきり、吠える声もせず、影も見えなくなってしまった。
『先生』
伊織は、上から告げた。
『女が逃げてったよ。――女が』
『降りて来い、伊織』
『杉林の向うを、まだもう一人、傷負の坊主が逃げて行く。追いかけないでもいいんですか』
『もうよい』
――伊織がそこを降りて行った頃には、武蔵は、夢想権之助の口から、あらましの次第を聞いていた。
『女が逃げて行ったといいますから――きっと今申した、お甲にちがいありません』
権之助はゆうべ、彼女の茶店の腰掛に眠っており、天佑といおうか、端なくも、彼等のきょうの企み事を、すっかり聞いてしまったので、すぐ、そう察したのであった。
武蔵は深く謝して、
『――では、最初に物陰から鉄砲を撃った者を、打ち殺したのも、其許でござったか』
『いや、私ではありません。――この杖です』
権之助は、諧謔を交えて、笑いながら、
『彼等が討とうと計っても、余人ならぬ貴方の事、たいがいの事は拝見しておる所ですが、鉄砲を持ち出す者があったので、夜明け前に、ここへ先廻りしていて、鉄砲を持った男の後にひそみ、狙いすました所を後から、この杖で打ち殺しました』
――それから二人して、一応そこらの死骸を検めてみると、杖で打ち殺されている者が七名、武蔵が斬った者が五名、杖のほうが多かった。
『非は、こちらに無いにせよ、ここは神域、不問ではすまされまい。神領の代官へ、自訴いたそうと思う。――其後のことも問いたし、こちらの事も語りたし、ではあるが、落着いた上として、一先ず観音院まで戻ろう』
だが。――その観音院まで戻らぬうちに、神領代官の役人たちが、谷川橋に屯して居たので、武蔵一人、それへ自訴した。役人たちは多少、意外な体だったが、即座に、
『繩を打て』
と、部下へ命じた。
(――繩を?)
武蔵は、予期しなかった事に驚いた。自訴した者に、無法だと思う。神妙な仕方を、暴で酬われた気がした。
『歩けッ』
すでに、囚人の扱いである。武蔵は怒ったが、間に合わなかった。役人たちの身支度からして物々しかったが、行くほどに途々屯していた捕手の夥しさに驚いた。
門前町まで来るうちに、百人以上にもなって、繩付の武蔵ひとりを十重二十重に警固して行くのだった。
下 り 荷 駄
一
『泣くな、泣くな』
権之助は、その泣き声を、抑えつけるように、伊織の顔を懐中へ抱きしめた。
『泣かいでもいい。――男じゃないか、男のくせに』
なだめ賺すと、
『男だから......男だから、泣くんだい。......先生が捕まって行った。――先生が縛られて行った』
と、権之助の懐中を抜け、なお大きな口をあいて、空へ向って泣いた。
『捕まったのじゃない。武蔵どのから、自訴なされたのだ』
と、いってみたが、権之助も心のうちでは不安だった。
谷川橋まで出向いていた役人の群が、なにしろ、物物しく殺気立っていたし、その他、十名、二十名ずつの捕手が、幾組屯していたろうか。
(神妙に、自訴して出た者を、あんなにしないでも)
と、思うし又、疑われもする。
『さ、行こう』
伊織の手を引っ張ると、
『嫌っ』
伊織は、首を振って、まだ泣いていたいように、谷川橋から動かないのである。
『嫌だ。嫌だ。――先生を、呼んで来てくれなければいやだ』
『武蔵どのは、すぐお帰りになるに極っている。――来なければ、置いて行ってしまうぞ』
――でも猶、伊織は動かなかったが、その時、先刻見た猛犬の黒犬が、あの杉林のあたりの生血を啜り飽いたような顔して、勢いよくそこを駈け抜けて行ったので、
『あっ、おじさん?』
と、権之助のそばへ飛んで行った。
権之助は、この小がらな少年が、曾っては、曠野の一軒屋にただ独りで住み、父の死骸を葬るのに、ひとりで持てない為、その亡骸を自分で刀を研いで二つに斬ろうとしたくらい、不敵なたましいの持主とは知らないので、
『くたびれたのだろ』
と、慰めた。
そして、
『怖かったろう。むりもない。――負ぶってやろうか』
と、背中を向けた。
伊織は、泣きやんで、
『ああ』
と、甘えながら、彼の背中へ抱きついた。
祭は、ゆうべで仕舞だった。あれほどな人出が、木の葉を掃いたように下山して、三峰権現の境内も、門前町のあたりも、ひっそりとしていた。
群衆の残して行った竹の皮や紙屑が、ただ小さい旋風に吹かれていた。権之助は、ゆうべ床几を借りて寝た犬茶屋の土間の中を、そっと覗きながら通った。
すると、背中の伊織が、
『おじさん。――さっき山にいた女のひとが、この家にいたぜ』
『いる筈だ』
権之助は、立ちどまって、
『武蔵どのが縛られるくらいなら、彼の女が先に捕まって行かなければ噓だ』
といった。
たった今、家へ逃げ帰って来たお甲は、帰るとすぐ、有り合う金や持物を身につけ、旅へ走る身拵えに慌ただしかったが、ふと、門に立った権之助の影に、
『畜生』
と、家の中から振り向いてつぶやいた。
二
伊織を負ぶったまま、軒下に立った権之助は、お甲の憎怨にみちた眼へ、
『逃げ支度かね』
と、笑い返した。
奥にいたお甲は、憤っと、立って来て、
『大きなお世話というものだよ。――それよりも、おい、若蔵』
『ホ。何だ』
『よくも今朝は、わたし達の裏を搔いて、武蔵へよけいな助太刀をおしだね。そして、わたしの亭主の藤次を打ち殺したね』
『自業自得。しかたがないというものだろう』
『覚えておいで』
『どうする』
権之助が、いうと、背中から伊織までが、
『悪者っ』
と、罵った。
『............』
お甲はついと奥へ這入ってしまって、そこからせせら笑った。
『わたしが悪者なら、おまえたちは、平等坊の宝蔵破りをした大盗ッ人じゃないか。いえ、その大盗ッ人の手下じゃないか』
『何』
背中の伊織を下して、権之助は土間へ這入って来た。
『盗賊だと』
『白々しい』
『もう一度、申してみろ』
『わかるよ、今に』
『いえっ』
むずと彼女の腕を摑むと、お甲はいきなり隠していた匕首を抜いて、権之助へ突きかけて来た。
例の杖は左に持っていたが、それも使うに及ばず、匕首を捥ぎ取って、お甲を軒先へつきとばした。
『山の衆っ、来てくださいっ。宝蔵破りの仲間がっ――』
何で先刻からそういうのか、とにかくそう叫びながも、お甲は往来へ転び出した。
権之助は、くわっとして、捥ぎ取った匕首を、その背へ向って、投げつけた ――匕首は彼女の肺を貫ぬいた。きゃッと、朱になって、前へ仆れた。
――すると、何処に潜っていたのか、猛犬の黒は、一声、大きく吠えながら、彼女の体へとびかかった。そして傷口から流れる血をすすっては、陰々と、雲に向って吠えた。
『あっ、あの犬の眼』
伊織はおどろいた。それは、発狂の相をあらわしていたからである。
だが、犬の眼どころではない。この山上の人間は、今朝から皆、それに近い眼いろをもって、何事か、騒いでいたのである。
夜も昼も、人と燈と神楽ばやしに熱閙していた祭の混雑に乗じて、ゆうべの深夜から今朝までの間に、総務所の平等坊の宝蔵が、何者かのために、破られていたというのである。
勿論、外部の仕業であることは明瞭で、宝蔵のうちの古刀とか鏡とかには異状はなかったが、多年蓄えられてあった砂金だの海鼠形だの、貨幣となっているものだのを合せておよそ何貫目というかねが一度に失われてしまったのだという。
単なる噂ではないらしい。この山上に、さっきも、あれ程な役人や捕吏が来合せて居たという事も、思い合せば、原因はその方にあったかもしれないのである。
いや、もっと顕然たる証拠には、お甲が、往来で揚げたわずか一声で、もうわらわらと駈け寄った附近の住民が、
『ここだ、この中だ』
『宝蔵破りの徒党が逃げこんでいる』
と、遠巻にして、獲物を持ったり、石を拾って、家のうちへ投げこんだりし始めた。それを見ても、山上の住民の興奮が、ただならぬものである事がわかる。
三
山づたいに二人は漸く逃げのびてきたのであった。そこは秩父から入間川の方へ降る正丸峠の上だった。ここまで来るとやっと、自分たちを、
(宝蔵破りの盗賊の一類)
と、竹槍や猪鉄砲で追う住民も後に見えなくなった。
権之助と伊織とは、そうして自分等の安全は得たが、武蔵の安否はわからなかった。いや、よけい不安が濃くなった。今になって考えると、武蔵は、宝蔵破りの巨魁と間違われて、繩をかけられたものであろう。そして彼が、べつな事で、自首した行為をも穿きちがえられて、秩父の獄へ曳かれて行ったに相違ないと思われた。
『おじさん、武蔵野が遠くに見えて来たよ。だけど、先生はどうしたろうな。まだ役人に捕まっているかしら?』
『うム......。秩父の獄舎に送られて、今頃はさぞ難儀な目に遭っておいでだろう』
『権之助さん。先生を助けてあげることはできないの』
『できるとも。むじつの罪だ』
『どうか、先生を助けてあげてください。この通りおねがいします』
『この権之助にとっても、武蔵様は、師と同様なお方。頼まれなくても、きっとお助けする考えでいるが――伊織さん』
『え』
『小さいおまえが居ては足手まといだ、もうここ迄来れば、武蔵野の草庵とやらへ、一人でも帰れるだろう』
『あ。帰れることは帰れるけれど......』
『じゃあ。一人で先に戻っておれ』
『権之助さんは?』
『おれは秩父の町へもどって、武蔵様の御様子をさぐり、もし、役人共が理不尽にいつ迄も先生を獄につないだまま、むじつの罪に堕し入れようとするならば、獄を破っても、お救いして来なければならない』
そういいながら、権之助が抱いていた例の杖を、大地について見せると、伊織は疾くからその杖の威力を知っているので、一も二もなくうなずいて、ここから別れて一人武蔵野の草庵へ帰っていることを承知した。
『賢い、賢い』
と、権之助は賞めて、
『無事に先生を救い出して、一緒に帰る日まで、おとなしく、草庵に留守をして待っているのだ』
そう諭すと、彼は、杖を小脇に持ち直し、再び秩父の方角へ向って行ったのであった。
で伊織は、独りぼっちになった。けれど寂しいなどとは思わない。元々、曠野で育った自然児である。それに三峰へ来る時と同じ道を戻って行くのであるから、道に迷う心配もなかった。
ただ、彼はやたらに眠かった。三峰から山づたいに逃げ廻って来るあいだ、ゆうべは一睡もしていなかった。栗だの菌だの小鳥の肉だの、喰べ物は喰べているが、峠の上へ出る迄は、まったく眠りをわすれていたのである。
秋の陽をほかほか浴びて、黙って歩いてゆくうちに、彼は慾も得もなく眠くなってしまい、ついに、坂本まで来ると、道わきへはいって、草の中へごろんと横になってしまった。
伊織の体は、何か、仏様の彫ってある石の陰にかくれていた。やがてその石の面に西陽のうすれて来る頃、石の前で、誰かひそひそ話している声が聞えた。伊織は、その気配にふと目をさましたが、ふいに飛び出すとその人が驚くにちがいないと思って、寝たふりをつづけていた。
四
一人は石に、一人は木の切株に腰かけて、暫し休んでいる体なのである。
そのふたりの乗用とみえ、少し離れたところの樹に、二頭の荷駄が繫いであった。鞍には、二箇の漆桶が両脇に積んであって、一方の桶には、
西丸御普請御用
野 州 御 漆 方
と、札に書いてある。
その打札から考えをすすめれば、両名の侍は、江戸城の改築に関係のある棟梁の組下か、漆奉行の手の者かと思われる。
だが、伊織が草の陰からそっと覗いてみたところでは、その二人とも険しい眼相を備えていて、なかなか悠長な役人面などとは、骨がらもちがう。
一方はもう五十を越えている老武士で、これは体つきも肉づきも、壮い者をしのぐばかり頑健なのだ。菅の一文字笠に夕陽がつよく反射しているため、その紐下の顔は、暗くてよく見えない。
又、それに向いあっている侍の方は、十七、八歳の痩せぎすな青年で、前髪立ちのよく似あう顔に、蘇芳染めの手拭いを頰冠りにして顎で結び、何か、うなずいては、にこにこ笑って見せているのである。
『どうです、おやじ様、漆桶の考えは、うまく行ったでございましょうが』
その前髪がいうと、おやじ様とよばれた一文字笠は、
『いや、貴さまもだいぶ、巧者になったな。さすがの大蔵も、漆桶までは気がつかなかった』
『だんだんのお仕込みでございますから』
『こいつ、皮肉なことをいう。もう四、五年も経ったら、今にこの大蔵のほうが、お前に顎で使われるようになるかもしれぬ』
『それは当然そうなりましょうな。若い者は抑えても伸び、老いゆく者は、焦心っても焦心っても老いてゆくばかりで』
『焦心っているとみえるかの。貴さまの眼から見ても』
『お気のどくですが、老先を知って、やろうとなさっているお気もちが、傷ましく見えまする』
『わしの心を観抜くほど、貴さまもいつの間にか、いい若い者になったものよな』
『どれ、参りましょうか』
『そうだ、足もとの暮れぬうちに』
『縁起でもない。足もとはまだ十分に明るうございます』
『はははは、貴さまは血気に似あわず、よく御幣をかつぐの』
『そこはまだ、この道に日が浅いので、十分、舞台度胸がついていないせいでしょう。風の音にも、何となく、そわそわされてなりません』
『自分の行為を、ただの盗賊と同じように考えるからだ。天下の為と思えば、怯む気などは起らぬものじゃ』
『いつもいわれるお言葉なので、そう思ってみますものの、やはり盗みは盗みに相違ございません。どこやら後めたいものに襲われまする』
『何の、意気地のない』
年老った方の一文字笠は、多少自分の心にも、そうした怯えがあるらしく、忌々しげに、自分へいうとも連れの者へいうともなくつぶやいて、漆桶のくくり付けてある荷鞍へ乗り移った。
頰冠りの前髪も、身がるく鞍へとび乗った。そして、先に出ようとする馬の前を追い越し、
『露はらいは、先に出ましょう。何か見えたら、すぐ合図いたしますから、御油断なく』
と、後の荷駄を警めた。
道は、武蔵野の方へ向って、南へと、降るばかりで、馬の頭も、笠も頰冠りも、夕陽の陰へ、沈んで行った。
漆 桶
一
石のうしろに寝ていた伊織は、はからずも二人の話をそのまま聞いていたのであるが、ただ怪しげなと不審を起しただけで、話の内容を解くことはできなかった。
だが、荷駄に乗った二人がそこを立つと、伊織もすぐ後から歩き出した。
『......?』
一、二度、怪しむように、先の二人は馬の背から彼を振向いたが、年齢や姿を見極めて、警戒するに足る程な者でないと考えたか、それから後には、少しも意に介していない様子であった。
それと間もなく夜になって、後も前も見えなくなって来た。そして道は、武蔵野の一端に出るまでは、ほとんど、降りどおしであった。
『オ、おやじ様。あれに、扇町屋の灯が見えはじめて来ましたぞ』
と一方の、若い頰冠りをした前髪の影が、鞍の上から指さした頃――ようやく道もやや平坦になり、行く先の平野には、入間川の水が、闇の中に解いた帯のように蜿っていた。
先へ行く二人には何の警戒心もなかったようだが、後からついてゆく伊織は、子ども心にも、細心な気をくばって、二人に怪しまれないように注意していた。
(あの二人は泥棒にちがいない)
と――それだけは彼にも分っていたからである。
盗賊というものが、どんなに怖いか――これは彼の生れた法典村が一年おきに匪賊に襲われて、その後は一箇の鶏の卵も、一升の小豆もなくなってしまう惨状なので、よく知りつくしていたし、又、平気で人間を殺すものだというような漠とした観念が幼少から沁みついているので、見つかったら殺されるような気がするのであった。
それほど怖いものならば、なぜ伊織は、はやく横道へでも曲がってしまわないか――と疑われるが、その彼は、却って反対に、二つの荷駄の影にくッついて、何処までも尾いてゆくのであった。その理由はごく簡単であって、
(三峰の権現さまの宝蔵をやぶって、たくさんのおかねを盗み出した盗賊は、きっとこの二人にちがいない)
と、心のうちで、決めてしまっているからである。
さっき石の後で、怪しいと思ったとたんに、伊織の頭にひらめいたのはそういう考えであった。少年の直感には、それを又、反復してみたり他を顧みたりしている迷いがない。てっきりこいつだと思いこんだらもう一途に、この二人こそ、三峰の怪盗でなければならなかったのである。
やがて彼も、荷駄の影も、扇町屋の宿場の中を歩いていた。後の荷駄に乗っている一文字笠は、先へゆく頰冠りの前髪男へ手をあげて、
『城太、城太。この辺で腹を拵えて行こうではないか。馬にも飼糧をくれねばならぬし、わしも、一ぷく煙草がつけたい』
と、鞍の上でいった。
うす暗い燈のもれている飯屋の外に、荷駄を繫いで、二人は中へ這入った。若い方の前髪男は、入口の端に腰かけて、飯をたべながらも、たえず荷駄の背を見張っているようであった。そして、自分が喰べ終るとすぐ外へ出て来て、こんどは二頭の馬に、干糧を飼っていた。
二
その間、伊織もよそで買喰いをしていた。そして荷駄の二人が又、宿場の先へ進んで行くのを見ると、口をうごかしながら、後から追いかけて行った。
道は又、暗くなった。然し武蔵野の草から草の平地である。
鞍の上から、鞍の上を顧み合って、荷駄のふたりは、時々話しかけてゆく。
『城太』
『はい』
『木曾の方へ、前ぶれの飛脚は出しておいたろうな』
『手筈しておきました』
『では、首塚の松へ、木曾の衆が来て、こよい待ち合わせでいるわけだの』
『そうです』
『時刻は』
『夜半といっておきましたから、これから参れば、ちょうどよい頃になりましょう』
老いたるほうは連れの者を城太とよび、若い方は一方を、おやじ様とよんでいる。
(この盗賊は親子だろうか)
伊織はそう考えて、猶さら怖しく思った。そして元より、自分の力では到底捕まえることはむずかしいが、二人の帰ってゆく住家をつきとめて、後から官へ訴えて出れば、自然、武蔵のむじつの罪もはれて、牢から解かれて来るにちがいない――と信じるのであった。
彼の考えているように、そううまく行くかどうかは疑問だが、三峰の怪盗と直感した彼の童心のひらめきは、そう見当違いなものでもないらしい。
あたりに人も無しと思って、大声で語り合ってゆく話しぶりといい、又、あれからのこの両名の行動といい、いよいよ怪しい節ばかりなのである。
川越の町はもう沼みたいにしいんと眠りに落ちていた。灯のない屋並を横に見て、二頭の荷駄は首塚の丘へのぼって行った。登り口の道ばたに、
首塚の松
このうえ
と、標した石があった。伊織はその辺から崖の中へ紛れ込んだ。
丘の上には、巨きな一本松がみえる。その松に一頭の馬が繫いであった。そして松の根かたに三人の男が――旅支度をした牢人ていの者共が――膝を抱えて待ちあぐねていたが、ふと立ち上って、
『おう、大蔵様だ』
と、登って来た二頭の荷駄を迎えて、凡ならぬ親しみで久濶の情を叙べたり、無事を歓び合ったりしているのであった。
やがて、夜の明けぬうちにと、何事かいそぎ始めて、大蔵のさしずのもとに、一本松の下の巨石をとりのけると、一人は鍬をもってそこを掘り始めた。
埋めておいた金銀が、土と共に掘り出された。盗むたびに、ここへ隠匿しておいたものとみえ、それは、夥しい額であった。
前髪に頰冠りの――城太とよばれた若者も亦――ここまで乗って来た荷駄の背から、漆桶をみな降ろし、蓋を破って、土のうえに中の物をぶちまけた。
漆桶の中から出たものは漆ではなかった。三峰権現の宝蔵から影を隠した砂金やなまこである。穴の中から掘り出したものと、それとを合せれば何万両という額にのぼる金銀がそこに積まれたのであった。
さて、それを又、幾つものかますに分けて詰込むと、三頭の馬の背に縛しつけて、空になった漆桶や、不用の物を、すべて坑の中へ蹴込み、きれいに土をかぶせてしまった。
『これでよし、これでよし。――まだ夜明けにはだいぶ間がある。まあ、一ぷくつけようか』
大蔵は、そういって、松の根かたに坐りこみ、ほかの四名も、土を払って車座になった。
三
信心の遍歴にといって、木曾のお百草問屋の大蔵が、奈良井の本家を出かけてから、ことしで足かけ四年目になる。
彼の足跡は関東にあまねく、神社仏閣のある所で、奈良井の大蔵の寄進札を見かけない霊場はない位だが、この奇特人が、その金をどこから運んできているかは、誰も詮議をしてみた者はない。
のみならず、去年あたりから江戸城下の芝あたりに居宅をもち、質店を構え、町の五人組衆の一人にまでなりすまして、町内の信望もあつい彼である。
その大蔵が、先には、本位田又八を芝浦の沖へ誘って、新将軍の秀忠を狙撃しないかと、金で惑わして喚いたり、今は又、三峰権現の祭に乗じて、宝蔵の金銀を盗み出し、首塚の松の根に埋けておいた数年間の稼ぎをも併せて、かますに詰めこんで三頭の馬の背へぎっしり背負い込ませているのである。
世の中はおそろしい、およそ分らぬものは人間の表裏である。とはいえ、総てをそう疑ぐっていたら限りもなくなって、遂には、自分というものまで懐疑しなければならなくなってしまう。
そこで、聡明であろうと、誰も心がけるが、稀々、その聡明を欠いている又八などが、敢なくも大蔵の巧言にのせられて、金の為に、おそろしい冒険へ自ら向って行ってしまった。
恐らく、又八は今頃は、もう江戸城の中にいるだろう。そして大蔵と約束したとおり、槐の木の下に埋けてある鉄砲を持ちだして、秀忠将軍を一発の下に撃つ日を待っているにちがいない。
それが自己の破滅の日とも知らずに。
何にしても、大蔵は怪人物である。又八の如きが他愛なく囮になったのは当然でさえある。朱実も今は、彼に奉じる特殊な側女となっているし――もっと驚くべき事には、武蔵が、手しおにかけて数年も愛育して来た少年城太郎までが、いつのまにか、年ばえも十八の前髪振りのいい青年になって、しかも大蔵のことを、
――おやじ様
と、敬称するような境遇になり果てている事実である。
いかにとはいえ、盗賊の彼につかえて、おやじ様と呼ぶほどな人間になったと――その城太郎の変りようを知ったら、武蔵よりは、あのお通がどんなに嘆くことだろうか。
それはとにかく。
くるま座になった五名は、半刻近くもそこでいろいろな評議をこらしていた。その結果、奈良井の大蔵はもうこの辺で木曾へ姿をかくし、江戸へは戻らぬほうが安全だろうという事になった。
然し芝の質店の方には、家財などはともかく、焼いて捨ててしまわなければならない書類などもあるし、朱実も残して来たことだから、誰かその始末に一人はやらなければならないがというと、
『城太がよい。それには、城太をやるがいちばんです』
と、異口同音に決まってしまったのである。
で、やがて。
かますを積んだ三頭の馬に、大蔵を加えた四名の木曾の衆は、まだ夜朋け前のうちに、そこから甲州路のほうへ反れて立ち去ってしまい、城太郎はただひとりで、江戸のほうへ向って行ったのであった。
丘のうえには暁の明星が、まだはっきり光っていた。すべての人影が去った後で、そこへ飛び出した伊織は、
『さあ、どっちへ尾いて行ったらいいだろう?』
と迷った目をして、まだまだどっちを眺めても真暗な、漆桶の中みたいな天地を見廻していた。
兄 弟弟子
一
きょうも秋の空は澄みきっている。つよい陽が皮膚の下まで沁みこむように思える。夜盗などの仲間の者は、およそこうした清澄な白日の下では、大手を振って歩けるものでないが、城太郎には、そんな暗い陰がすこしもない。
彼はあだかも、これからの時代に、大いに意志を展べようとする理想にみちた青年のごとく、武蔵野の昼をわがもの顔して歩いて行くのだった。
ただ時々、城太郎の目が、何か気にするように後をふり向いた。それとて、決して、うしろ暗い自分の陰に脅えている目ではなく、妙な少年が、今朝、川越を出た時から、のべつ自分の後からちょこちょこ尾いて来るからで、
(迷子かしら)
と、考えたが、なかなか迷子になるような薄ぼんやりな顔つきではないし、
(何か用でもあるのか)
と待っていれば、どこかに影を潜めてしまって、後から近づいて来る様子がない。
そこで城太郎も、これは油断がならないと思いだし、わざと道のない尾花の叢へかくれて、少年の挙動を窺っていると、ふいに先の姿を見失った伊織は、
『......おやっ?』
と、そこへ来るなり狼狽の眼をせわしなくうごかし、頻りと、城太郎の影をさがしている様子なのである。
城太郎はきのうのように、例の蘇芳染の手拭を頰かむりに顎でしばっていたが、尾花の中からその時すっくと立って、
『小僧』
と、ふいに呼びかけた。
小僧小僧とよく呼ばれたのは、つい四、五年前までの城太郎自身であったが、今は、ひとをそう呼ぶような背丈に彼もなっていた。
『......あっ』
伊織はおどろいて、無意識に逃げかけたが、所詮、逃げ了おせないことを知ったとみえて、
『なんだい?』
平気な顔をして――わざと先の方へとことこ歩き出して行った。
『おいおい、何処まで行くんだ。おいチビ、待たないか』
『何か用?』
『用は、そっちにあるんじゃないか。かくしてもだめだ。川越からおれを尾行て来たのだろう』
『ううん』
――首を振って、
『おら、十二社の中野村まで帰るんだよ』
『いいや、そうじゃない。たしかにおれを尾行て来たに違いない。いったい、誰に頼まれたかいえ』
『知らないよ』
逃げッ尻になるのを、城太郎は手をのばして、その襟元をつかみよせ、
『いわないか』
『だって......だっておら......何も知らないんだもの』
『こいつめ』
と、すこし締めて、
『おのれは、役所の手先か誰かに頼まれたに違いあるまい、密偵だろう、いや密偵の子だろう』
『じゃあ......おらが密偵の子に見えるなら......おまえは盗ッ人かい?』
『何』
ぎょっとして、城太郎が、その顔を睨めつけると、伊織は、彼の手を外して、首と体を地へすくめたかと思うと、ぱっと風を起して、彼方へ逃げ出して行った。
『――あっ、こいつ』
城太郎もすぐそれを追う。
草の彼方に、土蜂の巣をならべたような藁屋根が幾つか見える。野火止の部落であった。
二
この部落には、鍬鍛治が住んでいるとみえて、どこかで鎚の音が、かあーん、てえーん、長閑に聞える。赤い秋草の根には、土竜の掘りちらした土が乾き、民家の軒に干してある洗濯物のしずくがぽとぽとと落ちていた。
『泥棒っ、泥棒っ』
道ばたにふいに、呶鳴っている子があった。
干柿の吊るしてある軒下だの、暗い馬小屋の横からだの、わらわらと人が駈けて出た。
伊織はその人々へ、手をふり廻して、
『彼方から今、おらを追いかけて来る頰冠りの男は、秩父で権現様の宝蔵破りをした泥棒のひとりだから、みんなして捕まえてください。――あら、あら、来たよ来たよ此っ方へ』
と、大きな声して告げた。
部落の人たちは、余りに唐突な彼のわめきに、最初はあっ気にとられていたが、伊織の指さす方を見ると、なるほど、蘇芳染の手拭を顎で結んだ若い侍が、此方へ向って宙を飛んでくる。
けれども百姓達は、依然として、その近づいてくるのをただ見ているだけの様子なので、伊織は又、
『宝蔵破り、宝蔵破り。噓じゃない。ほんとにあれは、秩父の大泥棒の片割れだよ。はやく捕まえないと逃げちまう!』
と、さけんだ。
そうして伊織は、勇気のない兵を指揮する将みたいに、声をからしたが、部落の穏やかな空気はなかなか震動しない。暢んびりした顔をならべた百姓たちは、ただ彼の叫びに、うろたえの眼と、怖々した挙動をすこし見せたばかりで、手を拱いているのだった。
そのうちにもう城太郎のすがたは、すぐ眼の前へ来てしまったので、伊織はいかんともする術がなく、栗鼠のようにすばやくどこかへ隠れこんでしまったらしかった。――それを城太郎は知っていたか知らないか分らないが、じろりと、道の両わきに居並ぶ部落の者を眺めながら、ここでは足もゆるやかに、
(手出しをする者があるなら出て来い――)
と、いわんばかりに落着きすまして、悠々と通り抜けて行ったのである。
その間、部落の者は、息もしないで、彼の姿を見送っていた。宝蔵破りの泥棒とどなった声を聞いているので、どんな兇猛な野武士かと思っていたらしいが、案に相違して、まだ十七、八の目鼻だちもよく、凛々しい青年なので、何かのこれは間違いにちがいないと、先にどなった少年の悪戯をむしろ憎んだほどであった。
一方の伊織は、あんなに声をからしても、誰も、泥棒に向おうとする正義の人がいないので、大人の卑劣さに愛想をつかしたが、さりとて、自分の力ではどうにもならない事も知っているので、これは早く中野村の草庵に帰ってあの近所の懇意な人々にも告げ、官へも訴えて、捕まえてやろうと考えた。
で、野火止の部落の裏から、暫くは畑や道のない草むらを急いだ。そして程なく、覚えのある杉ばやしを彼方に見、もう十町も行けば、いつぞやの暴風雨にこわれた草庵の跡――と、心をおどらして駈けだしたのである。
すると彼の前に、横手をひろげた者がある。横道からふいに出て来た城太郎であった。伊織はとたんに、頭から水を浴びたような気がしたが、ここまで来ればもう自分の国のように気が強かったし、逃げてもだめだと思ったので、跳び退きながら、腰に帯びていた野差刀を抜きはらい、
『ア、畜生』
と、獣が出て来たように、空を切って、罵った。
三
刃物を抜いたにしろ、多寡の知れたチビと見くびって、城太郎は無手でいきなり跳びかかった。
襟がみを摑んでしまうつもりであったが、伊織は、
『――ちイ!』
と、さけびながら、城太郎の小手をすりぬけて、横へ十尺も跳びのいてしまった。
『いぬの子!』
城太郎は、忌々しい顔をして、迫って行ったが、ふと、自分の右手の指先から、たらたらと温いものが垂れるので、何気なく肱を上げてみると、二の腕あたりに二寸ばかりの太刀傷をいつのまにか受けていたのであった。
『ヤ。やったな』
城太郎は伊織を睨む目を新たにした。伊織は、いつも武蔵から教えられた通りに刀を構えた。
眼。
眼。
眼。
いつも師からやかましくいわれている力が、伊織のひとみへ無意識にぐっと上った。顔じゅうを眼にしたような伊織の顔だった。
『生かしておけない』
睨み負けしたように城太郎が呟いて、かなり長い腰の刀を抜いて見せた時である。まさかと、そうなってもまだ、幾分多寡をくくっていた伊織が、最初に敵の小手を切ったことに、すっかり自信をもったらしく、ぱっと野差刀を振りかぶって、斬りつけて来た。
その跳びつき方も、常々、武蔵へかかってゆく仕方と同様であるから、それを受けはしたものの城太郎には、意外な圧倒感を、腕にも精神的にも、受けたことに間違いない。
『生意気なっ』
もう城太郎も全力だった。殊にどうしてか、宝蔵破りの件を知っているこのチビは、自分たち一類のためにも生かしておけないと思った。
躍起になって、斬りつけてくる伊織の攻勢を無視して、城太郎は、まっ向に一太刀あびせてやろうと押して行った。けれど、伊織の敏捷は、はるかに城太郎に勝るものがある。
『蚤みたいな小僧だ』
と、城太郎は思った。
そのうちに、伊織はふいに駈け出した。逃げるのかと思うと、踏み止まって又かかってくる。こんどは城太郎が意気ごむと、巧みに外して、又逃げるのだった。
賢しくも伊織はそうして、徐々に敵を村のほうへ誘って行こうとするらしいのである。そして遂に、草庵の跡に近い雑木林の中へまで連れこんだ。
西陽はとうに薄れかけていたので、林の中はもうじっとりと夕闇がこめていた。先へ走りこんだ伊織を追って、城太郎はするどい血相をもって追いかけて来たが、彼のすがたが見当らないので、一息つきながら、
『チビめ、どこへ潜ったか』と、見まわしていた。
すると、側の大きな樹のこずえから、樹皮の塵がはらはらとこぼれて、彼の襟くびに触った。
『そこだな』
と、城太郎は、宙を見あげてどなった。こずえの空はこんもりと暗く、白い星が一つ二つ見えるだけだった。
四
梢の上からは何の答えもない。雫が降って来るだけだった。城太郎は思案していたが、伊織が逃げ上っていることは確かと見極めたらしく、巨きな幹へ抱きついたと思うと、注意ぶかく攀じ登って行った。
果して、がさっと樹の空で何か動いた。
追い上げられた伊織は梢の頂きへ向いて猿みたいに這ったが、もうそれから先は、伝ってゆく枝もなかった。
『小僧っ』
『............』
『翼がなければもう逃げられぬぞ。生命を助けてくれといえ。そしたら、助けてやらぬこともない』
『............』
梢の股に、伊織の影は、小猿みたいに縮まっていた。
そろ、そろ、と下から城太郎は登り詰めて行った。だが、飽くまで伊織が黙っているので、その足のあたりへ手を伸ばし、踵を摑もうとしたのである。
『............』
伊織はなお、黙ったまま、もう一つ上の枝へ足を移した。で、城太郎は、彼が足を退けた枝へ両手をかけ、
『うぬ』
と、身を伸ばしかけると、伊織は待っていたように、右手に隠していた刀で、その横枝の股を発矢と上から撲った。
生木の枝は、刃を当てられると共に、城太郎の重量を加えて、めりッと大きな響きを発し、あッと彼の影が、木の葉の中でよろめいたと思うと、幹を離れた枝と城太郎の体は、一つになってどさッと大地へ落ちて行った。
『どうだ、泥棒』
伊織は、宙からいった。
傘をひらいて落ちたように、木の枝が、木の枝に障ぎられつつ墜ちて行ったので、城太郎はどこも大地に打ちはしなかったが、
『やったな、よくも!』
と、ふたたび宙を睨むと、今度は豹が木を攀じてゆくような勢いで、伊織の足の下に迫った。
伊織は、刀を下へ向けて、滅茶滅茶に枝の間をふり廻していた。双手が使えないだけに、城太郎も無碍にはそれへ近づけなかった。
体は小さいが、伊織には智がある。年齢が上だけに、城太郎は相手を呑んでいる。といって、こんな樹の上では、いつまで埒はつかなかった。いや、体の小さい伊織のほうが、位置からいってもかえって利があった。
そうしているうちに、この林の杉木立の彼方で、尺八をふく人間があった。もちろんその人間が見えるわけでもないし、何処と定かにも分らないが、とにかくその音が二人の耳にとどく距離のうちで、その夜、尺八をふいている者があることに間違いはなかった。
伊織も城太郎も、その音を聞くと一瞬、争いをやめて、真っ暗な木の葉の宇宙で、毛穴から呼吸をし合っていた。
『......チビ』
城太郎は、沈黙から回ると、ふたたび伊織の影へ向って、こんどは小し諭すようにいった。
『見かけによらない強情なところは、感心なものだといっておこう。誰にたのまれて、おれの後を尾行たのか、それさえ白状したら生命は助けてやるがどうだ』
『あかといえ』
『何』
『こう見えても、宮本武蔵の一の弟子、三沢伊織とはおいらの名だ。泥棒に生命乞いなどしたら、先生の名をよごすじゃないか。あかといえ。ばか』
五
城太郎はびっくりした。その大木から大地へ抛り出されたさっきよりも驚いた。余り意外だったので、自分の耳を疑ったくらいだった。
『な、なんだって。もう一ペんいってみろ、もう一ぺん』
そう訊き直す彼の言葉が、度を外してふるえていたので、伊織は、自分の名乗に誇すら持って、
『よく聞け、宮本武蔵の一の弟子三沢伊織といったのだ。おどろいたか』
『おどろいた』
城太郎は、神妙に兜をぬいだ。そして、なかば疑いと親しみとを持って、
『おいっ、お師匠さまは、ご丈夫か。そして今は、どこにいらっしゃるのだ』
『なんだと』
こんどは伊織が気味わるがって、じりじりと寄って来る彼を、避けながら、
『――お師匠さまだと。武蔵さまは、泥棒の弟子など持っていやしないぞ』
『泥棒とは人聞きが悪い。この城太郎は、そんな悪心は持っていない』
『エ。城太郎』
『ほんとに、おまえが武蔵様の弟子なら、何かの折、噂に出たこともあるだろう。おれがまだ、おまえみたいに小さい頃、何年もおれは武蔵さまの側に侍いていたのだ』
『噓っ、噓をいえ』
『いや、ほんとだ』
『そんなてにのるものか』
『ほんとだというのに』
師の武蔵に抱いている日頃の情熱をそのまま示して、城太郎はいきなり伊織の側へ寄り、伊織の肩を抱きよせようとした。
伊織には、信じられない。城太郎が自分の体へ手を廻して、おまえとおれとは兄弟弟子であるといったことばを、すぐ智恵に訴えた伊織は、わるく受け取ってしまって、まだ鞘に納めずにいた刀で、城太郎のわき腹を一突きに突いてしまおうとした。
『あっ、待てったら!』
城太郎は、窮屈な梢のあいだで、危くその手元をつかんだが、とたんに、樹から手を離して、体の全部で伊織がかかって来た為、伊織の襟くびにしがみついたまま、梢に踏ンばって起ちあがってしまった。
当然、ふたつの体は、双仆れになって、宙から無数の木の葉と梢とを折りちらして、大地へどさッと墜ちて来た。
この場合は、先に城太郎が墜ちた時と違って、ひどく重量と速度をかけて墜落した為、二羽の若鳥は、うーむと、胸を反りあったまま、ふたりとも其処にいつまでも気を失っていた。
ここの雑木林は杉林につづいている。その杉林の断れ目に、いつぞやの暴風雨で壊れたままの、武蔵の草庵はあった。
だが、武蔵が秩父へ立つ朝、村人が言葉をつがえたとおり、その日から、壊れた草庵は、大勢して建て直しにかかっていた。
――で、もう屋根と柱だけは新しくなっていた。
武蔵はまだ帰らないのに、その壁も戸もない屋根の下に、今夜は燈火がついている。きのう江戸表から水見舞だといって来た沢庵が、武蔵の帰るまで待とういって、独り泊っているのである。
独りということは然しこの世の中ではあり得ないこととみえる。沢庵がここにぽつねんと灯を点していると、ゆうべはまったく独りで過ぎたが、こよいはもうその灯影を見かけて、一名の旅の薦僧が、夕飯を食べますので、湯をいただかせてくれといって立ち寄った。
さっき雑木林のほうまで聞えた尺八は、この老いたる薦僧が沢庵へ聞かせたものであろう。時刻もちょうど、彼が柏の葉につつんだ弁当の飯粒を嘗め終った頃であったから。
大 事
一
眼病なのか、老眼で衰えきっているのか、薦僧は、何をするにも手さぐりであった。
べつに沢庵から望んだわけでもないのに、一曲ふきましょうといって吹いた尺八も、素人の手すさびのように下手だった。
けれど沢庵は、こういう事をその間に感じた。彼の吹いている尺八には、非詩人の詩のように、無技巧な真情がある。平仄には合っていないが、どういう気もちで吹いているか、その心のほどは十分に汲みとれるのであった。
ではこの老い朽ちたる世捨人の薦僧は、いったいどういうものをその破れ竹から訴えようとしているのかというと、それはただ懺悔の二字に尽きるものであった。序の歌口から吹き終るまで、ほとんど、懺悔して泣いてばかりいるかのような竹の音なのである。
凝と、沢庵は、それを聞いているうちに、この薦僧の通って来た生涯がどんなものであったかが分るような心地がした。偉い人間といっても凡人といっても、人間の内的な生涯などというものはそう変りのあるものではない。偉人と凡物の相違は、その等しい人間的な内容や煩悩を超えて現れた表示のすがたであって、この薦僧と沢庵とでも、一管の竹をとおして、形なく心と心を触れてみれば、いずれも過去は同じように、煩悩に皮をかぶせた人間でしかなかったのである。
『はてな、どこかでお見かけしたようだが......』
その後で沢庵が呟いたのである。すると薦僧も、眼をしばたたいて、
『そう仰せられますなら、わたくしも申しまするが、最前からてまえも何だか、聞いたようなお声に思われてなりませんのです。もしやあなたは、但馬の宗彭沢庵どのではありませぬか。美作の吉野郷では七宝寺に長らく逗留してお在でた......』
といいかける言葉の途中から、沢庵もはっと思い出したらしく、隅にあったほの暗い灯皿の芯をかきたてて、凝と、薦僧のまばらに光る白い髯や、削げた頰を見つめていたが、
『あ。......青木丹左衛門どのじゃないか』
『おう、ではやはり、沢庵どのでございましたか。おお穴でもあれば這入りたや。変り果てた此の身のすがた。宗彭どの、むかしの青木丹左と思って見てくださるな』
『意外や、ここでお目にかかろうとは。――もう十年の前になるのう、彼の七宝寺の頃からは』
『それをいわれると、氷雨を浴びるように辛うござる。もう野末の白骨にひとしい丹左なれど、ただ子を思う闇にさまようて、生きながらえておりまする』
『子故にと? その子とは、そも何処にいて、どう暮しておるのか』
『うわさに聞けば、そのむかし此の青木丹左が、讃甘の山に狩り立てた上、千年杉の梢に縛し上げて苦しめた――当時のたけぞう――その後宮本武蔵とよぶ人の弟子となって、この関東へ来ておるということなので』
『なに、武蔵の弟子』
『されば――そう聞いた時の慚愧――面目なさ――。どの面さげてその人の前にと、一時はもう子も忘れ、武蔵にもこの姿を見せまいと、深く怖じ恐れておりましたが、やはり会いとうて会いとうて......もう指折りかぞえれば城太郎もことし十八。その成人ぶりさえ一目見れば、死んでも心残りはないと、恥も意地も打ち捨てて、先頃からこの東路をさがし歩いているわけでございまする』
二
『では、城太郎というあの童弟子は、お許の子でおざったか』
この事は、沢庵にはまったく初耳であった。どうしてか、あんな知合いでいながら、ついぞお通からも武蔵からも、その生立については、何も聞いていなかった。
薦僧の青木丹左は、黙ってうなずいた。その枯渇したすがたには、往年のどじょう髭を生やした侍大将の威風も旺盛な慾望の影も思い出せないほどだった。沢庵は、ただ撫然として見るほか、慰める言葉もなかった。すでに人間の脂ぎった殻から脱けて、蕭条の野へかかっている晩鐘の人生に、お座なりな慰めはいえるものではないからである。
――といって、過去の懺悔にのみ心を傷めて、これから先の道はないように、骨と皮の身を持ち扱っている相も、見ていられない心地がする。この人間は、自己の社会的な地位から転落して、すべてに滅失した時に、仏陀の救いとか、法悦の境というものがあることまで、見失ってしまったに違いない。勢のよい時、羽振に乗って、人いちばい権をふるったり意慾を恣にしたけれど、こういう人間ほど、半面には、頑なくらいな道徳的良心をもっているので、失脚すると共に自己の良心で、自己の余生を全く自身で縊め殺しているような心理になってしまったものらしいのである。
だから悪くすれば、彼は今、生涯の望みとしている――武蔵に会って一言の詫びをいうことと、わが子の成人ぶりを見て、その将来に安心を抱くことをしてしまえば――すぐそこらの雑木林へ行って、明日の朝は、首を縊って死んでいたというようなことにならないとも限らない。
沢庵は、そう思った。この男には、子に会わせるよりも先にまず、仏陀に会わせてやらなければならない。十悪の徒、五逆の悪人でも、救いを求めれば救うてくれる慈悲光の弥陀尊仏に対面させてから後、城太郎に会わせてやって晩くはない。武蔵との邂逅は、なおさらそのうえである方が、この男にもよいし、武蔵にとっても心地がよかろう。
こう考えたので沢庵は、とりあえず丹左に向って、御府内の一禅寺を教えてやった。わしの名をつげてそこに幾日でも逗留しておるがよいというのである。そのうち自分が暇の時に出向いてゆるゆる話もしようし聞きもしよう。子息の城太郎については、心当りがないでもないから、他日必ずわしが尽力して会わせてやる。余りくよくよせず、五十歳、六十歳から先でも、長命を考える楽土もあれば、する仕事のある人生もある。わしが行くまで禅寺でちとそんなことでも和尚から聞いておかれるがよろしかろう。
――こんなふうに諭して、沢庵は態とすげなく青木丹左をそこからほどなく立たせてやったのであった。その気もちが丹左の心にも映ったとみえ、丹左は何度も礼をのべ、薦と尺八を背に負って不自由らしい眼を竹杖に頼りながら、壁のない家の廂を離れて行った。
そこは丘なので、下へ降りる道の辷りやすい事を惧れ、丹左は林のほうへ這入って行った。杉林の細道から、雑木林の細道へ、足は自然に導かれて行った。
『......?』
そのうちにふと、丹左の杖の先になにか閊えたものがあった。まったくの盲人ではないので、丹左は身を屈めて見まわした。暫くは何も見えなかったが、そのうちに樹の間を洩れる青い星の光に、二つの人間の体が、露にぬれたまま大地に横たわっているのが、薄っすらと分った。
三
どう思ったのか、丹左は、道をもどり出した。そして、元の草庵の燈をのぞいて、
『沢庵どの。......今お暇した丹左でござるが、この先の林の中に、若い者がふたり、樹から落ちて気を失ったまま仆れておりますが』
――こう告げると、沢庵は、燈影から身を起して来て外へ顔を出した。丹左は言葉を続けて、
『生憎、薬は持たず、この通り眼も不自由なため、水を与える事もできませぬ。近くの郷士の息子共か、野遊びに来た武家衆の兄弟かとも思われる少年達です。憚りですが一つお救いに行って戴きとうござりますが』
といった。
沢庵は承知して、すぐ草履を穿いた。そして、丘の下に見える茅屋根へ向って、大きな声で誰か呼んだ。
屋根の下から人影が出て、丘の草庵を仰いでいる。そこに住んでいる百姓のおやじであった。沢庵はその影へ向って松明と竹筒の水を用意してすぐ来いと吩咐けた。
その松明の光りがここへ上ってくる頃、丹左は、沢庵から道を教えられて――今度は丘の道を下へ降りて行った。で、降りて行く丹左と、上って来る松明とは、坂の途中ですれ交いになった。
もし丹左が、最初に迷って行った道のとおり歩いて行けば、松明の下にわが子の城太郎を見出すことができたに違いなかったのに、江戸へ出る道を訊き直した為に、かえって薄縁から薄縁の闇へわれから辿って行ってしまった。
だが、それが不幸か僥倖かは、後になってのみ分ることで、人生の事々はすべて、回顧される時にならなければ、ほんとの薄縁とも不幸ともいわれないものであろう。
竹筒の水と松明とを持って早速やって来た百姓は、きのうも今日も、この草庵の修繕を手伝った村の者の一人で、何事があったのかと不審り顔に、沢庵の後について、林の中へ這入って行った。
やがてすぐ、その松明の赤い明りは、先に薦僧の丹左が見出したものを同じ所に見出した。――けれどつい先刻と今とは、その状態に於いては少し相違があって、丹左が発見した時は、城太郎も伊織も、打ち重なって仆れていたが、今見ると、城太郎は蘇生してそこに呆然と坐って居り、そして側に仆れている伊織を手当して訊きたいことを訊いたものか、このまま逃亡してしまったほうがよかろうか――と、迷ってでも居たらしく伊織の体へ片手をかけながら、じっと考えこんでいたのであった。
――そこへ松明の光りと人の跫音を感じたので、城太郎は忽ち夜の獣のような鋭い迅い姿勢の下に、いつでもぱっと起てるような身構えをしかけた。
『......おや?』
沢庵の立った側から、ぷすぷすと燃える松明を、百姓のおやじが突き出していた。城太郎は咄嗟に、相手がさして警戒するほどな者でないと思って安心したらしく、身を落着けて、ただ、その人影を見上げた。
――おや? と沢庵がいったのは、気を失っているはずの者が、そこに坐っていたからであったが、双方から凝と姿を眺め合っているうちに、その『おや?』という一語は、そのまま重大な愕きを両方に持つ言葉となっていた。
沢庵から見た城太郎は、余りに体も大きくなっていたし、顔も姿もちがっていたからやや暫くは分らなかったが、城太郎から見た沢庵は一目で沢庵とすぐ知れた筈であった。
四
『城太郎ではないか』
沢庵はやがて、眼をみはっていった。
自分を仰いだと思うと、その城太郎が、はっと、手をつかえてまった容子に、沢庵も眼を注いで、初めてそれと気づいたのであった。
『はい。......はい、さようでございまする』
沢庵の姿を仰ぐと、以前の洟垂れ小僧に返って、彼はただ恐れ入るばかりな容子だった。
『ふうむ、そちが彼の城太郎か。いつの間にやら大人びて、たいそう鋭い若者になったものよの』
彼の成人ぶりに愕いて、沢庵は眺めて入っていたが、何はともあれ、伊織を手当してやらなければならない。
抱いてみると体温はたしかである。竹筒の水を与えると、すぐ意識はよび戻した。伊織はあたりを見て、きょろきょろしていたが、突然大声を出して泣き出した。
『痛いのか。どこか、痛いのか』
沢庵がたずねると、伊織はかぶりを振って、どこも痛くはないが先生が居ない、先生が秩父の牢屋に連れて行かれてしまった。それが恐ろしいと、なお泣きじゃくって訴えるのだった。
彼の泣き方も訴え方も、余りに唐突であったから、沢庵も容易にその意味を汲むことができなかったが、だんだんと仔細を聞いて、なる程それは容易ならぬことが起ったものと、漸く伊織と同じ憂いを抱くことができた。
するとそれを傍らで聞いていた城太郎は、身の毛をよだてたように、卒然と、愕きを顔にみなぎらして、
『沢庵さま。申しあげたいことがあります。どこか人の居ない所で......』
と、少し声をふるわせていい出した。
伊織は、泣きやんで、疑いの眼を光らしながら、沢庵へ寄り添うと、
『そいつは、泥棒の一類だよ。そいつのいうことは、噓に決まっている。油断しちゃだめだよ、沢庵さん』
と指をさした。
城太郎が睨むと、伊織は猶、いつでも亦、戦ってやるぞという眼をもって、それに酬いた。
『ふたり共、喧嘩するな。おまえ達は、元々、兄弟弟子ではないか。わしの裁きにまかせて尾いて来い』
道を引っ返して来ると、沢庵はふたりに命じて、草庵の前に焚火を焚かせた。百姓のおやじは、用がすむと下の藁屋根へもどって行った。沢庵は火のそばに腰をかけて、お前たちも仲よく焚火をかこめといったが、伊織はなかなかそこへ寄らないのである。泥棒の城太郎と兄弟弟子となることを敢て拒否するような顔つきなのだ。
だが沢庵と城太郎とが、睦まじく以前の話などしているのを見ると、伊織は軽いそねみを覚え、いつのまにか彼も亦、焚火のそばへ来てあたっていた。
そして沢庵と城太郎とが低声になって話しているのを黙って聞いていると、城太郎は、弥陀の前で懺悔する女人のように、睫毛に涙さえ見せて、聞かれない先まで、素直にすらすらと自白しているのであった。
『......ええそうです。お師匠さまの側を離れてから足掛け四年にもなります。その間わたくしは、奈良井の大蔵という者の手に育てられ、その人の教えをうけ、又その人の大きな望みや世の中の行くてを常に聞くにつけ、この人の為なら生命を投げ出しても惜しくないという気持になりました。それから今日まで、大蔵どのの仕事を助けて参りましたが――でも泥棒呼ばわりなどは心外の極みです。わたくしも武蔵先生の弟子、おそばを離れてからでも、お師匠さまの精神とは、一日も別れてはいないつもりですから』
五
城太郎は、いいつづけた。
『――大蔵どのと私とは、天地の神祇に誓って、自分等の目的は、他人にもらすまいと約していますので、それが何かは、たとえ沢庵様であろうと、語るわけには参りませんが、お師匠さまの武蔵様が、宝蔵破りの寃罪をきて、秩父の牢へお曳かれになったとあっては、知らぬ顔はしておられません。明日にでもすぐ秩父へ行って、下手人は此の身であると、自首いたして、お師匠さまを獄舎から解いておもどし致します』
彼の語るのを、沢庵はだまったまま、ただ頷き頷き聞いていたが、その時ふと顔を上げ、
『では、宝蔵破りの仕事は、おまえと大蔵の仕業には相違ないのじゃな』
『はい』
城太郎のその答えは、俯仰天地に恥じないといったような語気を持っていた。
ぎらっと、沢庵は、その眼を見つめた。城太郎は、前の言葉に似ず、つい眼を伏せてしまった。
『じゃあ、やはり泥棒じゃないか』
『いえ。......いえ、決して、ただの盗賊ではありません』
『泥棒にふたいろも三いろもあるかの』
『でも、われわれは、私慾を持ちませぬ。公民のために、ただ公財を動かすだけです』
『わからんな』
沢庵は、ぽいと抛るようにいって、
『然らば、おまえのやっている盗みの種類は、義賊というようなものなのか。支那の小説などによくあるな。剣俠とか、俠盗とかいう怪物が。つまり彼れの亜流だろう』
『その弁解をいたしますと、自然大蔵どのの秘密も喋舌ってしまうことになりますから、何といわれても、今は隠忍しておりまする』
『はははは。かまにはかからんというわけだな』
『ともあれ、お師匠さまを救うために、私は自首いたします。どうぞ、後で武蔵様へも、御坊からよろしくお取做しをねがいまする』
『そんな取做しは沢庵にはできぬ。武蔵どのの身は元より寃罪の禍、おぬしが行かいでも、解かれるに極っておる。――それよりも、おぬしはもっと仏陀に直参して、倖い、この沢庵をお取次に、真心の底を御仏に自首してみる心にはなれぬか』
『仏に?』
と、彼は考えてもみないことをいわれたように問い返した。
『さればよ』
と、沢庵は当然なことを諭すように、
『おぬしの口吻を聞いておれば、世の為とか、人の為とか、偉そうじゃが、さし当って、他人事よりはわが事じゃろ、おぬしの周りに、誰も不倖せな者は残っておらぬかの』
『自己の一身など考えていては天下の大事はできませぬ』
『青二才』
沢庵は、一喝して、城太郎の頰をぐわんと撲った。城太郎はふいを打たれて、頰をかかえたが、気をのまれたように為すことを知らなかった。
『自己が基礎ではないか。いかなる業も自己の発顕じゃ。自己すら考えぬなどという人間が、他の為に何ができる』
『いや、わたくしは、自己の慾望などは考えないといったのです』
『だまれ、おまえはおまえ自身が、人間としてまだ酢っぱい未熟者だということを弁えんか。世の中の端ものぞかぬやつが、世の中を分った顔して大それた大望などにうつつを抜かしているほど怖ろしいものはない。城太郎、おまえや大蔵のやっている仕事はたいがい読めた。もう訊かいでもいい――。阿呆な餓鬼じゃ、なりばかり大きくなっても心の育ちは更に見えん。何を泣く、何がくやしい、洟でもちんとかむがよい』
六
寝ろといわれたのである。寝るしかなくなって、城太郎はそこらにある筵など被って横になった。
沢庵も寝た。伊織も眠った。
だが城太郎は寝つかれなかった。獄窓にある師の武蔵の事が夜もすがら考えられて、すみません――と胸の上に掌をあわせて詫びた。
仰向いていると、眦からつたう涙が耳の穴へながれこむ。横に寝返ってまた思う。お通さんはどうしたろうか。お通さんがいたらよけい合せる顔がない。沢庵の拳は痛かったが、お通さんであったら打たない代わりに、自分の胸ぐらを持って泣いて責めるにちがいない。
さはいえ、人には洩らさぬと、大蔵と誓った秘密は誰にも明かしようはない。夜が明けたら又、沢庵から折檻されるかもしれない。そうだ今のうちに抜け出そう。
『............』
城太郎はそう考えてそっと身を起した。壁も天井もない草庵は抜けるには都合がよい。彼はすぐ戸外へ出た。星を仰ぐ。急がないともう朝は近いらしい。
『――こら。待て』
歩みかけた城太郎は、後の声にぎょっとした。自分の影みたいに沢庵が立っているのだ。沢庵はそばへ来て、城太郎の肩へ手をかけた。
『どうしても、自首して出る気かの』
『............』
城太郎はだまって頷いた。沢庵はあわれむようにいった。
『そんなに、犬死がしたいか。浅慮なやつだ』
『犬死』
『そうだ、おまえは、自分という下手人さえ名乗って出たら、武蔵どのを免してもらえると考えているじゃろうが、世の中はそんなに甘くはない。おまえがわしにいわなかった事も、役所へ出れば残らず泥を吐かねば役人は納得せぬ。武蔵は武蔵として、獄舎に置いたまま、おまえの身は一年でも二年でも、生かしておいて拷問にかける。――極っていることだ!』
『............』
『それでも、犬死でないと思うか。真に、師の寃罪を雪ごうと思うならば、まずおまえ自身から身を雪いで見せねばなるまい。――それを役所で拷問にかけられてしたがよいか、それとも、この沢庵に向ってしたがよいか』
『............』
『沢庵は仏陀の一弟子、わしが訊いたとて、わしが裁くわけでも何でもない。弥陀のお胸に問うてみる、取次ぎをして進ぜるのみだ』
『............』
『それも嫌ならもう一つ方法がある。計らずもわしはゆうべ、おまえの父、青木丹左衛門にここで出会うたのじゃ。いかなる仏縁やら、すぐその後で子のおぬしに又会おうとは。......丹左の行先はわしが知辺の江戸の寺、どうせ死ぬならその父に一目会ってから行くがよかろう。そしてわしの言葉の是か非かも、父に訊ねてみたがよい』
『............』
『城太郎。おまえの前に、三つの道がある。わしが今いうた三つの方法じゃ。そのどれなと選ぶがよい』
沢庵はいいすてて元の塒へ這入りかけた。きのう伊織と樹の上で闘っていた時、遠く聞えた尺八の音を城太郎は耳に呼び返していた。それが父だったと聞いただけで、彼は父がその後どんな姿で、どんな気持で世の中を彷徨っていたか、訊かなくても胸がこみあげてくるほど分っていた。
『ま、まって下さいっ。......沢庵さん、いいます! いいます! 人にはいわぬと大蔵様とは誓った事ですが、御仏に......ほとけ様に一切を』
ふいにそう叫ぶと、彼は、沢庵の袂を持って、林の中へ引きもどしていた。
七
城太郎は自白した。暗闇の中で長い独りごとをいいつづけているように、一切を声にして、胸の奥から吐いてしまった。
沢庵はそれを、最初から終りまで、一口も挾まず聞いていた。
『もういうことは何もありません――』
と、城太郎が沈黙すると、初めて、
『それだけか』
と、いった。
『はい、これ限りです』
『よし』
沢庵もそれで又黙ってしまった。半刻も黙っていた。杉林の上が水色に暁けてきた。
鴉の群が噪がしい。四辺は白々と露ッぽく見えて来た。沢庵はと見ると、くたびれたかの如く杉の根に腰かけている。城太郎は彼の折檻でも待つもののように、半身木に凭れてうつむいていた。
『......えらい者の仲間に引きこまれたものじゃな。この大きな天下の歩みが、どう動いてゆくかも見えぬとは、不愍な者の集まりよの。だが、事を起さぬ前でまだよかった』
そう呟いた時の沢庵は、もうなにも屈託した顔つきではなかった。彼はそんな物はありそうもない懐中から二枚の黄金を取り出した。そして城太郎にここからすぐ旅路へ立てというのである。
『一刻もはやくせぬと、そちの身ばかりか、親にも師にも、災難をかけることに相成ろうぞ。遠国へ奔れ、思いきって遠国へ。――それも甲州路から木曾路は避けて行くことじゃ。なぜならば、きょうの午下がりから先は、もうどの関所も厳しゅうなる』
『お師匠様のお身はどうなりましょうか。わたくしの為にああなったと思うと、このまま他国へも』
『その段は、沢庵がひきうけておく。二年なり三年なり余燼りのさめた頃に、改めて、武蔵どのを訪ね、お詫びいたしたがよかろう。沢庵もその時にはとりなして進ぜる』
『......では』
『待て』
『はい』
『立ちがけに江戸へ廻れ。麻布村の正受庵という禅刹に行けば、そちの父青木丹左が、ゆうべ先に行き着いておる』
『はい』
『これに大徳寺衆の印可がある。正受庵で笠や袈裟をもらいうけ、一時、そちも丹左も、僧体になって共に道中をいそぐがよい』
『どうして、僧体にならなければいけませんか』
『あきれたやつ。自身犯している罪をすら知らぬのか。徳川家の新将軍を狙撃し、その噪ぎに乗じて、大御所の在わす駿府にも火を放ち、一挙にこの関東を混乱に墜し入れて、事を為そうという浅慮者のお前は手先のひとりではないか。大きくいえば治安を乱す謀叛人のひとり。捕まれば縛り首は当りまえじゃろが』
『.........‥』
『行け、陽の高くならぬうちに』
『沢庵さま。もう一言うかがいます。徳川家を仆そうとする者はどうして謀叛人でしょうか。豊臣家を仆して天下を横奪する者は、なぜ謀叛人ではないのでしょうか』
『......知らん』
沢庵は怖い眼で彼の理窟をただ睨みつけた。その説明は誰にもできないのである。城太郎を承服させるぐらいな理論を立てることは、沢庵にできないはずはかったが、彼自身の得心できる理由がまず確然とつかめていないのだ。然し一日一日と、徳川家に弓をひく者を謀叛人と呼んでもふしぎでない社会に変りつつあることは見遁せない。そしてその大きな推移に逆らう者は、必ず汚名と悲運を被って、時代の外へ影を没して亡んでしまうことも顕然とした事実であった。
柘榴の傷み
一
その日、沢庵は伊織をしりに従れていた。赤城坂の北条安房守の門へはいって行く。玄関わきの楓がいつぞやとは見まごうほど紅葉している。
『お在すか』
小僧へ問うと、
『は。お待ちを』と、奥へ駈けこむ。
出て来たのは子息の新蔵だった。父は登城して不在ですがまずお上り下さいと招じるのであった。
『御城中とな。ちょうどよい』
沢庵はそういって、すぐ自分もこれから御城内へ参るが、この伊織を、当分ここに留めておいてくれまいかと頼んだ。
『お易いこと』
と、新蔵はちらと見てわらう。伊織とは知らない仲でもないからである。――そして御坊は御登城とあるならば、駕籠を命じましょうと気をくばる。
『頼みたいの』
駕籠の用意のできるあいだ、沢庵は紅葉の下に立って、梢を仰いでいたが、思い出したように、
『そう、江戸の奉行職は、何といわれたの』
『町のですか』
『されば、町奉行という職制が、新たに設けられておるが』
『堀式部少輔様でした』
駕籠が来る。輿に似た塗かごであった。いたずらをするなよと、伊織へいって、沢庵はそれへ身をまかせる。ゆらゆらと紅葉の陰を、それはのどかに門外へ出て行った。
伊織はもうそこに居ない。廐をのぞき込んでいる。廐は二棟あった。栗毛、白眉、月毛、いい馬がたくさんいてどれもよく肥えている。伊織は、田へ出して働かせもしない馬を、どうしてこんなに多く飼っておくのかと、武士の家の経済がふしぎに思われた。
『そうだ、戦の時、使うんだな』
漸くひとり解釈して、よくよく馬の顔を見ていると、馬の顔でも、武家の飼馬と野放しの野馬とは顔が違っていた。
馬は小さい時からの友だちだった。伊織は馬が好きだった。見ていても飽きないのである。
――すると玄関の方で、新蔵の大きな声がした。伊織は、自分が叱られたのかと思ってふり顧ったが、見ると玄関の前に、今門から這入って来たらしい細っこい老婆が、杖をたてて、きかない顔を、じっと、式台に立ちはだかっている北条新蔵へ向け合っているのだった。
『居留守をつかうとは何事をほざくか。そちのような見知らぬ老ぼれに、父が居留守をつかう要はない。居ないから居ないというたのだ』
老婆の態度が新蔵をむっとさせたらしかった。その語気に又、老婆は年がいもない怒りを駆りたてて、
『お気に障ったか。安房どのを父といわれたところを見れば、おぬしが当家の御子息じゃろが、先頃からこのばばが、いったい何度この門をくぐっておるか御存じかの。――五度や六度ではおざらぬぞよ。そのたび毎に留守じゃ。居留守と思うもむりではあるまいが』
『何度、訪ねたかしらぬが、父はひとに会うのを好まぬほうだ。会わぬというのに、無理に来るほうがわるい』
『ひとに会うのは好まぬと。片腹いたい仰せ言じゃの。ではなぜ、おぬしの父は人中に住んでおざるのじゃ』
お杉ばばは又、いつもの歯を剝きはじめて、きょうこそは会わぬうちは帰りそうもない顔つきなのであった。
二
てこでも動かないという俗言がある。ばばの面構えはそれであった。
老婆と思って見くびる――という共通のひがみが、お杉にもある。いや人いちばい強いほうだ。それゆえに、見くびられまいとする緊張が、てこでも動かない顔を拵えてしまうのである。
若い新蔵には、およそ苦手な応対であった。ヘタをいえば揚足を取る。一喝や二喝ではおどろかない。時時、皮肉な歯を見せてせせらわらう。
無礼者っ。
と、柄の音でも聞かせてやりたくなるが、短気は負けだと思うし、又そんな事をしても効果があるかどうかも、このばばには疑わしく思われた。
『――父は留守だが、まあ、それへ腰かけてはどうだな。わしで分る話なら、わしが聞いておこうではないか』
虫を抑えていってみると、これは新蔵が予期していた以上、効き目があって、
『大川の畔から牛込まで歩いて来るのも、容易ではないがの。実は足もくたびれているところ、おことばに甘えて掛けようか』
すぐ式台の端へ腰をおろして、膝をさすり出したが、舌の根はくたびれる気色もなく、
『これ、お息子よ。――今のように、物柔かにいわれると、このばばも、つい大声した事が、面目のうなるが、それでは用向を話すほどに、安房どのがお帰りなされたら、よう伝えてたもれよ』
『承知した。して、父の耳へ入れたいとか、注意したいとかいうた用件とは』
『ほかでもない、作州牢人の宮本武蔵が事じゃ』
『ム。武蔵がどうしたか』
『あれは十七歳の折、関ケ原の戦に出て、徳川家に弓を引いた人間じゃ。しかも郷里には、数々の悪業をのこし、村では一人として、武蔵をよういう者はない。それに幾多の人を殺して、このばばにも仇と狙われて、諸国を逃げ廻っている悪い素性の浮浪人』
『ま、待て、婆』
『いいえいの、まあ、聞いて賜も。そればかりではない。わしが伜の許嫁のお通、それをまあ手なずけたりしての、友だちの女房とも極った女子をば誘拐かして......』
『ちょっと、ちょっと』
新蔵は、手で抑えて、
『いったい、ばばの目的は何じゃ。武蔵の悪口をそうしていい歩くことか』
『あほらしい。天下のお為を思うてじゃ』
『武蔵を讒訴することが、なんで天下のお為になるか』
『ならいでか』
ばばは開き直って、
『――聞けば、当家の北条安房どのと、沢庵坊の推挙で、どうあの口巧い武蔵が取入ったやら、近いうちに、将軍家の御指南役のひとりに加えられるという噂じゃが』
『誰に聞いたか、まだ御内定のことを』
『小野の道場へ行った者から、確に洩れ聞いておる』
『だから、どうだと申すのか』
『――武蔵という人間は、今もいうた通りな札つき者、そのような侍を、将軍家のお側へ出すさえ忌わしいのに、御指南役などとは、以てのほかとこの婆は申すのじゃ。将軍家の師範といえば、天下の師。おおまあ、武蔵などとは思うてもけがらわしい。身ぶるいが出ますわいの。......此の身は、それを安房どのへ、お諫めに来たわけじゃ。分ったかの、お息子どの』
三
新蔵は信じている。武蔵をである。父や沢庵が将軍の師範へ推薦したことも、もちろんいい事をなされたと欣んでいる。
で――ばばのいいぐさを、虫をこらえて聞いていても、自から顔いろが変っていた筈であるが、口ばたに唾をこしらえて喋舌りだすと、お杉は相手の顔いろなどは眼に入らず、
『じゃに依って、安房どのに、お諫めしてお沙汰止みを計るのは、天下の為だと思いまする。そなた様もの、くれぐれ武蔵の巧い口にはのせられぬがようござるぞよ』
と、なお饒舌のとめどがない。
新蔵は、もう聞いているのが、不快になって、うるさいっ、と大喝してやろうと思ったが、それでは又、かえって粘り出すかも知れないと惧れて、
『わかった』
と、不快な唾をのみころして追いたてた。
『話の趣き、よく分った。父へもその由、伝えておくであろう』
『くれぐれもの』
と、念を押して、ばばは漸く目的を達したように、藁草履のしりを摺って、ひたひたと門の外へ出て行きかけた。
すると、どこかで、
『くそばば』
と、いった者がある。
足を止めて、
『なんじゃと』
ねめ廻して、そこらを探すと、樹陰に見えた伊織の顔が、ヒーンと、馬の真似して歯を剝いて見せながら、
『これでも喰らえ』
と、固い物を抛りつけた。
『ア痛』
ばばは、胸を抑えながら、地に落ちた物を見た。そこらに幾つも落ちている柘榴の実の一つが砕けていた。
『こいつ』
ばばは、べつに実を一つ拾って、手をふり上げた。伊織は、悪たれをたたきながら逃げこんだ。廐のある角まで、ばばは追いかけて行ったが、そこから横をのぞいたとたんに、今度はやわらかい物が顔へいっぱいに打つかってつぶれた。
馬の糞だった。ばばは、ベッベッと唾をした。顔についているものを指で搔き落すと、ぽろぽろと涙が共にながれて来た。かかる憂目にあうというのも、旅の空なればこそ、わが子の為なればこそ。――そう思うと老の身をふるわせて口惜しく思うのであった。
『............』
伊織は、遠くに逃げて、物陰から顔を出した。悄然とばばが泣いている姿を見ると、彼も急にしょんぼりして、大きな罪を犯したように恐くなった。
ばばの前へ行って、謝まりたくなった。けれど伊織の胸には、師の武蔵の悪口をさんざんいわれた憤りがまだそれ位で消えていなかった。けれどやはり老婆の泣いている姿は彼に悲しかった。伊織は、複雑な気もちに囚われて、指の爪を嚙んでいた。
高い崖のうえの部屋で、新蔵が呼んでいる。伊織は救われたように、崖づたいに駈けて行った。
『おい、夕方の赤い富士山が見えるから来てみい』
『あ。富士山』
それで何もかも伊織は忘れてしまった。新蔵も亦、忘れ果てた顔していた。元よりきょうの事を父の耳へ伝えようなどとは、聞いているうちから思いもしない事ではあった。
夢 土
一
秀忠将軍はまだ三十をすこし出たばかりであった。父の大御所は一代の覇業をまず七分どおり迄は仕上げたというすがたで今は老を駿府城に養っている。ここまでは父がした、後はおまえがやるのだと、将軍の職を秀忠は三十そこそこで父から任せられたのである。
父の業績は一代を通じての戦争であった。学問も修養も家庭生活も婚姻も、戦争の中でなかったことはない。その戦争はさらに乾坤一擲な次の大戦争を大坂方とのあいだに孕んではいるが、然しそれはもう長い戦争の終局的なもので、その一戦で長い長い日本の春秋時代も、ほんとの平和に回るだろうと、一般の人心は観ているのである。
応仁の乱以後の長期な戦乱つづきである。世人は平和の招来に渇きぬいている。武家はとにかく庶民百姓は、豊臣でも徳川でもよい、ほんとの平和が建設されるものならば、というのが偽らない多くの気持であったにちがいない。
家康は秀忠に職をゆずる時、
(そちの為すことは何か)
と、諮問したそうである。
秀忠はすぐ、
(建設にあると思います)
と、答えたので、家康は大いに安んじたということが側近から伝えられていた。
秀忠の信条は、そのまま今の江戸にあらわれている。大御所の認めていることでもあるし、彼の江戸建設は思いきって大規模で急速だった。
それに反して、太閤の遺孤秀頼を擁する大坂城では、戦争に次ぐ戦争の再軍備にせわしかった。将星はみな謀議の黒幕にひそみ、教書は密使の手から諸州に奔り、際限もなく牢人や游将を抱え入れて、硝弾を積み槍をみがき、濠を深めて備えに怠りないのであった。
(今にも、又、合戦が)
と、恟々たるものは、大坂城を中心とする五畿内の住民を通じての空気であり、又、
(これからは、ほっとできよう)
と、いうのが江戸城を繞る一般市民の心理であった。
必然――
庶民のながれは続々と、不安な上方から建設の江戸へ移り出した。
それは又一般が、豊臣中心を見すてて、徳川の治下を慕ってくるような人気のようにも見えた。
事実、乱国につかれた庶民は、豊臣方が勝って、なお戦乱がつづくよりも、ここで徳川家が終局を収めてくれたほうがよいと祈るようにもなっていた。
そういう世相は、関東上方のいずれに子孫を託すかと今、去就の半にある各藩の大名やその臣下の眼にも移って、日一日と、江戸城を中心とする町割や河川の土木や城普請には、新しい時代の力が味方した。
きょうも秀忠は、野支度で、旧城の本丸から新城の工事場のほうへ吹上の丘づたいに出て、作事場を一巡し、眼に耳に胸にひびいて高鳴る建設の騒音の中で時をわすれていた。
侍側には、土井、本多、酒井などの閣臣や近習衆をはじめ、僧侶などの姿も見え、秀忠はやや小高い所に床几を呼び、そこに一休みしていた。
すると大工たちの働いていた紅葉山下のあたりで、
『野郎っ』
『野郎っ』
『野郎っ、待てっ』
と、迅い跫音がみだれた。逃げ廻るひとりの井戸掘人足を追って、七、八人の大工たちが、喧騒の中を喧騒して突き抜けて行った。
二
脱兎のように、一人の井戸掘人足が逃げ廻って行く。材木の間にかくれ左官小屋の裏へ走り、又そこから飛び出して、土塀足場の丸太へ攀じ付いて、外側へ跳ね飛ぼうとした。
『ふてえ奴』
追い詰めて来た大工のうちの二、三名はすぐ、丸太の上の人間の足をつかまえた。井戸掘人足男は、手斧屑の中へもんどり打ってころげ落ちた。
『こいつめ』
『胸くそのわるい』
『叩きのめせ』
胸いたを踏みつける。顔を蹴とばす。襟がみをつかんで引き摺り出す。ふくろ叩きなのである。
『............』
井戸堀は、痛いとも何ともいわなかった。ただ大地が唯一の頼みのように、地面にへばりついている。蹴転がされても、襟がみを摑まれても、すぐへばりついて必死に地を抱きしめた。
『どうしたのだ』
すぐ棟梁の侍が来た。職方目付も駈けつけて来た。そして、
『しずまれ』
と、押し分けた。
大工のひとりは、昻ぶったことばで、職方目付に訴えた。
『曲尺を踏みつけやがったんです。曲尺はわっし共のたましいだ。お侍の腰の刀と同じでさ。そいつをこの野郎が』
『ま。しずかに申せ』
『これが、静かにできるものか。お武家が刀を土足でふまれたら、何となさいますえ』
『わかった。――じゃが、将軍様には今し方作事場を一巡遊ばして、あれなるお休み所の丘に、只今床几をおすえ遊ばしておられるところだ。お目障りだ、ひかえろ』
『......へい』
一度は鳴をしずめたが、
『じゃあ、この野郎を、彼方へしょっ引いて行こう。こいつに水垢離とらせて、踏まれた曲尺に手をつかせて謝まらせなくっちゃならねえ』
『成敗は、此方等がする。おまえ達は、持場へ行って仕事にかかれ』
『ひとの曲尺を踏みつけておきながら、気をつけろといえば、謝りもせず、口答えをしやがったんです。このままじゃ、仕事にかかれません』
『分った、分った。きっと処分いたしてくれる』
と職方目付は、俯つ伏している井戸掘人足の襟がみを摑んで、
『顔をあげい』
『......はい』
『や、そちは、井戸堀の者じゃないか』
『......へ。そうです』
『紅葉山下の作事場では、お書物蔵の工事と、西裏御門の壁塗りとで、左官、植木職、土工、大工などは這入っておるが、井戸掘は一名もいないはずだぞ』
『そうでさ』
と、大工たちは、職方目付の不審に、いい足して、
『この井戸堀め、他人の仕事場へ、きのうも今日もうろつきに来やがって、あげくの果て、大事な曲尺を泥足で踏ンづけたりなどしやがったから、いきなり頰げたを一つくらわしてやったんです。すると、小生意気な口答えをしやがったので、仲間の者が、叩きのめせと、騒ぎ出したんで』
『そんな事はどうでもよいが。......これ、井戸掘、何の用があって、そちは用もない西丸裏御門のお作事場などをうろついておったのか』
職方目付は、井戸掘のまっ蒼な顔を見つめた。井戸堀にしては男ぶりのよい又八の容貌や、総じて蒲柳な体つきも、そう気をつけて見られると、彼に不審を抱かせた。
三
侍側の士や閣臣たちや、僧侶や茶道衆や、秀忠の床几のまわりには勿論多くの警固がついているが、更にその小高い場所を中心にして、遠巻に要々には、見張りの警戒が二重にそこを隔てている。
その見張役の者は、作事場の中の些細な事故にも、すぐ眼をひからせているので、何事かと、又八がふくろ叩きになった現場へ駈けて来た。
そして職方目付の者から説明を訊きとると、
『上様のお目障りになるから、お目に触れぬ方へ立ち去られたがよかろう』
と、注意した。
尤もな言葉であるから、職方目付は、大工棟梁の侍に計って一同を各々の仕事の持場へ追い遣り、
『この井戸掘人足の男は、ほかにちと調べる事もあるから』
と、又八の身は、目付方で処置を取ることとして拉して行った。
御作事奉行配下職方目付詰所というのは、工事場に幾つもある。現場監督の役人たちが休んだり交替で起居をしているほんの仮小屋だった。土間炉に大薬罐を掛けて、手すきの役人たちが、湯をのみに来たり、わらじを穿き代えにもどって来たりしている。
又八はその小屋の裏にくっ付いている、薪小屋の内へ抛りこまれた。薪ばかりでなく物置として沢庵樽だの漬物樽だの、炭俵だのが、積んである。そこへ出這入りするのは、炊事をする小者だった。そこの小者たちは、小屋仲間と称ばれていた。
『この井戸掘人足は、不審のかどがある者だから、取調べのすむまで押込めて注意しておれよ』
小屋仲間は、又八の監視をいいつけられたが、そう厳重に繩目などはかけなかった。罪人と決っている者ならば、すぐその方の手へ渡すだろうし、又この工事場そのものが、すでに江戸城の厳重な濠や城門のうちにあるので、その必要を感じないからであった。
職方目付はその間に、井戸掘親方や又その方の監督者に交渉して、又八の身元とか平常の素行など洗ってみるつもりらしかったが、それも彼の容貌が根からの井戸堀人足らしくないというだけの不審で、べつにどういう事をしたというわけでもないから、小屋に抛りこまれた又八に対しては、そのまま幾日も調べがなかった。
――が然し、又八自身は、その一刻一刻が死へ歩み寄っているような恐怖だった。
彼は、彼ひとりで、
『あの事が、露顕したに違いない』
と、決めていた。
あの事とは、いう迄もなく、彼が奈良井の大蔵に使嗾されて機をうかがっていた「新将軍狙撃」の企み事であった。
大蔵にその決行を迫られて、井戸掘親方の運平等の口入で城内へはいったからには、すでに又八の胸にはいちかばちかの覚悟がついている筈であるが、又八はあれから今日に至るまで、幾度も、秀忠将軍の工事場御巡視の機会には出合っていながら、槐の木の下に埋けてあるという鉄砲を掘り出して、将軍を狙撃するなどという大それた事は、彼には出来なかったのである。
大蔵に脅迫された時は、いやといえば即座に、殺されそうだったのと、金も欲しかったので、
(やる)
と、誓ってしまったが、江戸城の中へはいってみると、たとえこのまま一生涯、井戸掘人足で終ろうとも、将軍家を狙うなどという怖しい事は、自分にはできないと思い直して、大蔵との約束も努めて忘れるように、土まみれになって、他の人足たちの間に働いていたのである。
――ところが彼に取って、そうしていられない椿事がわき上って来たのだった。
四
それというのは、西裏御門の内にある大きな槐の木が、紅葉山御文庫の書庫を建てる都合で、ほかへ移し植えられることになった事である。
井戸掘人足のたくさん這入っている吹上の作事場とそことは、だいぶ離れているが、槐の木の下には、かねて奈良井の大蔵が手をまわして、鉄砲を地下に埋けてあるということを又八は承知していたので、始終、そこには、人知れず注意を払っていたのだった。
で――彼は、飯休みの暇とか、朝晩の仕事の暇には、西裏御門のそばへ来て、槐の木がまだ掘り返されていないのを見ると、ほっとしていた。
そして、いつか人目のない隙に、その木の下を掘って、鉄砲を他へ捨ててしまおうと考え、ひとり苦慮していたのである。
だから彼が、そこで過って大工の曲尺を踏んづけ、大工等の怒りに会って追いまわされた時も、ふくろ叩きよりは、事の発覚がすぐ怖しかった。
その恐怖は其後も去らず、暗い小屋の中で毎日つづいた。
槐の木はもう移し植えられたかもしれない。根を掘れば地下から鉄砲が発見される。当然、取調が始まる――
(こんど曳き出される時には生命がない)
又八は毎晩、夢うつつに、あぶら汗をかいた。冥途の夢を幾度も見た。冥途には、槐の木ばかり生えていた。
或る夜、彼は又、母親の夢をありありみた。おばばは、今の自分の境遇をあわれともいってくれず、飼蚕笊をぶつけて何か怒りわめいている。笊の中にいっぱいあった白い繭を頭から浴びて、又八は逃げまわった。するとその繭のお化けのように白い髪をさかだてたおばばが、どこ迄も追いかけてくる。夢の中の又八はびっしょり汗をかいて崖から飛びおりたが――体はいつまでも下へつかないで奈落の闇にふわふわしていた。
――ごめんなさいっ。
――おっ母さん。
子どものような悲鳴をあげたと思うと、彼は眼をさましていたのである。眼がさめると又、かえって夢よりも切実に恐い現身に回って、惻々と責め虐まれた。
(そうだ......)
又八はこの恐怖から自分を救うために、ひとつの冒険へ奮って起った。それは、槐の木がまだ無事でいるか、移植されたか、見届けてくることだった。
江戸城の要害は、小屋そのものにもあるわけではない。江戸城の外へ出ることはとてもできないが、この小屋から槐の木の側まで行ってみることは、さして困難ではあるまいと思いついたのだ。
もちろん小屋にも鍵はかかっていた。けれど不寝番が付きッきりでいるわけではない。彼は漬物樽を踏み台にして、明り窓を破って外へ出た。
材木置場だの、石置場だの、掘返してある土の山陰などを這って、又八は、西裏御門の辺まで来た。そして、見まわすと、巨きな槐の木は、まだ元の所に、そのまま立っていた。
『......ああ』
又八は、ほっと胸をなでた。まだこの木が根移しされていない為に、自分の生命もつながっていたのだと思った。
『今だ......』
彼は、どこかへ行って、やがて鍬を拾って来た。そして槐の木の下を掘り始めた。自分の生命がそこから拾い出せるように。
『............』
一鍬掘っては、その音のひびきに胸を騒がせて、鋭い眼が四辺を見まわすのだった。
いいあんばいに見廻りも来ない。鍬は次第に大胆に振りつづけられた。そして穴のまわりに新しい土の山ができた。
五
土を搔く犬のように、彼は夢中でその辺りを掘り起した。だが、いくら掘っても、土中からは土と石しか出なかった。
(誰か先に掘り出してしまったのではあるまいか)
又八は懸念しだした。
そしてよけい、徒労の鍬を揮うことを、止められなかった。
顔も腕も、汗にぬれて、その汗に土が刎ねかかって、泥水を浴びたように、全身はくわっくわっと喘ぎぬいている。
戞――
戞――
つかれた鍬と、つかれた呼吸とが、次第に縺れ合って、眩いがしそうになって来ても、又八の手は止まらなかった。
そのうちに、何か、どすっと鍬の刃にぶつかった。細長い物が穴の底に横たわっている。彼は鍬を抛って、
『あった』
と、坑へ手を突っこんだ。
だが、鉄砲ならば、錆びぬように、油紙につつみこんで置くとか、箱に密閉してありそうなものだが、指先に触った物は、ちと変な感じのするものだった。
でも、幾分の期待をかけて、牛蒡を抜くように引っぱり出してみると、それは人間の脛か腕らしい一本の白骨だった。
『............』
又八は、もう鍬を拾う気力もなかった。何か又、夢をみているのではないかと自分を疑った。
槐の木を仰ぐと、夜露と星が燦めいている。夢ではない。槐の一葉一葉だって数えられる意識がある。――確にあの奈良井の大蔵は、この木の下に鉄砲を埋けておくといった。それを以て秀忠を撃てといった。噓であろう筈はない。そんな噓をいったって彼に何の得もない事だから――然し、鉄砲はおろか古鉄のかけらも出て来ないというのはどうしたわけだろうか。
『............』
無ければ無いで、又八の不安は去らない。掘りちらした槐のまわりを歩きだした。そして足で土を蹴ちらしてまだ探していた。
――すると誰か、彼のうしろへ歩き寄って来た者がある。今来た様子でなく、意地わるくさっきから物陰で彼のなす事を眺めていたらしかった。又八の背をふいに打って、
『あるものか』
と耳元で笑った。
軽く打たれたのではあるが、又八は背中から五体がしびれて、自分の掘った坑の中へのめりそうになった。
『......?』
振向いて、じっと、暫く空虚な眼をすえていたが――あっ、とそれから初めて常態の神経に回って愕きを口から洩らした。
『――お出で』
沢庵は、彼の手を引いた。
『............』
又八の体は硬直したまま動かなかった。沢庵の手をすら、冷たい爪の先で捥ぎ去ろうとするのである。そして踵からぶるぶる顫えを走らせていた。
『来ないか』
『............』
『お出でというに?』
きっと沢庵が眼をもって叱るようにいうと、又八は啞のように、
『そ、そこを。......そこの、後を......』
と、縺れた舌でいいながら足の先で土を坑へ落し、自分の行為を埋め隠してしまおうとするらしかった。
沢庵は、あわれむように、
『よせ。むだの事を。人間が地上に描いた諸行は、善業悪業ともに、白紙へ墨を落したように、千載までも消えはしない。――今した事も足の先で、土をかければすぐ消えると――そんな考え方だから、おまえはぞんざいな人生をするのじゃろ。――さ! 来いっ。おまえは大それた罪を犯そうとした大罪人。沢庵が鋸引にして血の池へ蹴こんでくれる』
動かないので、彼は又八の耳たぶを持って引っ立てて行った。
六
彼が脱出して来た小屋を沢庵は知っていた。又八の耳たぶを持ちながら、沢庵は小者たちの寝ている所を覗き、
『起きんか。誰か起きんか』
と、戸をたたいた。
小屋仲間は起き出して来て、不審しげに沢庵のすがたを見ていたが、いつも秀忠将軍の側について、将軍家とも閣老とも、臆面なくことばを交している坊さんかと、やがて腑に落ちた顔つきで、
『へい、何か』
『何かじゃないよ』
『へ......?』
『味噌小屋か漬物小屋かしらないが、そこをお開け』
『その小屋には今、御不審の井戸掘を押込めてございますが、何ぞお出しになる物でも』
『寝ぼけていてはいけない。その押込め人は、窓を破って脱出しているではないか。わしが捕まえて来てあげたのだ。虫籠へきりぎりすを入れるような訳には参らぬから、戸をお開けというのだよ』
『あ。そいつが』
小屋仲間は愕いて、泊り番の職方目付を起しに行った。
目付の侍はあわてて出て来て、怠慢のかどを謝まりぬいた。閣老などのお耳に入らぬようにと、それも、沢庵へ繰返して頼むのだった。
沢庵はただ頷いてみせ、開けられた小屋の中へ又八を突きとばした。そして自分も共に這入り、中から戸を閉めてしまったので、目付も小屋仲間も、
(どうしたものか?)
と顔を見あわせ、去りも出来ず、外に佇んでいた。
すると沢庵が又、戸の間から顔だけ出して、
『おぬし等のつかう剃刀があるじゃろう。すまんがよく磨いで、剃刀を一挺、ここへ貸しておくれんか』
と、いう。
何にするのかと疑ったが、この坊さんにそんな事を訊ねていいものか悪いものかの判断もつきかねるのである。ともあれ剃刀を磨いで持って来て渡すと、
『よしよし』
と、それを受取って、沢庵は中から、もう用事はないから寝めという。命じるような言葉であるから、それに反いてはよくあるまいと、目付も小屋仲間も、各各の寝小屋へ引き退がった。
中は暗い。
だが、破れた窓から星明りはかすかに射す。沢庵は、薪の束に腰をおろし、又八は筵のうえに首を垂れている。いつ迄も無言であった。剃刀は、沢庵の手にあるのか、そこらの上に置いてあるのか、気になりながらも、又八の目には見あたらない。
『又八』
『............』
『槐の下を掘ったら何が出たか?』
『............』
『わしなら掘り出してみせる所じゃがのう。だが鉄砲ではないぞ。無から有をだ。空なる夢土から世の中の実相をだ』
『......はい』
『はい、というたところで、おぬしにはその実相も何も分っておるまいが。――まだ夢ごこちに違いない。どうせおぬしは嬰児のようなお人よし。嚙んでふくめるように教えてやるほかはあるまいなあ。......これ、おぬしは今年幾歳になる』
『二十八になりました』
『武蔵と同年じゃなあ』
そういわれると又八は、両手を顔にやって、しゅくしゅくと哭き出した。
七
泣きたいだけ泣かしておけといわぬばかりに、沢庵は黙ってしまった。そして又八の嗚咽が漸くしずまると又口を開いた。
『怖しいとは思わぬか。槐の木はおろか者の墓標になるところじゃった。おぬしは自分の墓穴を掘っていた。もう首まで突っ込んでいたのだぞよ』
『――たっ、たすけて下さい。沢庵さまっ』
又八は、いきなり沢庵の脛に、しがみついて叫んだ。
『眼、眼が......やっと醒めました。わたしは、奈良井の大蔵に騙されたんです』
『いや、まだほんとに、眼がさめてはおるまい。奈良井の大蔵は、おぬしを騙したわけではない。慾張りで、お人よしで、気が小さくて、そのくせ並の者ではできぬ大胆な事もしかねない、天下一の愚者を見つけたので、上手にそれを使おうとしたのだ』
『わ、わかりました。自分の馬鹿が』
『いったいおぬしは、あの奈良井の大蔵を、何者と思うて頼まれたか』
『分りません。それは今になっても、分らない謎です』
『あれも関ケ原の敗北者の一人、石田治部とは刎頸の友だった大谷刑部の家中で、溝口信濃という人間じゃ』
『げっ、では、お尋ね者の残党でしたか』
『さもなくて、秀忠将軍の御寿命を窺うわけはあるまいが。今更、驚くおぬしの頭脳がわしには分らんのう』
『いえ、わたしにいったのは、ただ徳川家に怨みがある。徳川家の世になるより、豊臣の世になったほうが、万民の為になる。だから自分の怨みばかりでなく、世上の為だというような話で......』
『そういう折、なぜおぬしは、その人間の底まで、じっと考えてみないのか。漠と聞いて、漠とのみこんでしまう。そして自分の墓穴でも掘る勇気をふるい出す。怖いのう。おぬしの勇気は』
『ああ、どうしよう』
『どうしようとは』
『沢庵さま』
『離せ。――いくらわしにしがみついてももう間にあわぬ』
『で、でもまだ将軍様へ、鉄砲を向けたわけではありませんからどうか、助けてください。生れ変って、きっと、きっと......』
『いいや、鉄砲を埋けに来る者に途中で故障が起ったため、間に合わなかったという迄の事だ。大蔵の手にまるめられ、彼奴の怖しい策をうけて、あの城太郎が、秩父から無事に江戸へもどって居たら、その夜のうちにも槐の木の下に、鉄砲が埋け込まれてあったかも知れぬのだ』
『え? 城太郎というのは。......もしや』
『いいや、そんな事は、どうでもよい。ともあれおぬしが抱いた大逆の罪科は、法は勿論、神仏もゆるし給わぬところだ。助かろうなどとは考えるなよ』
『では、では、どうしても』
『あたりまえだ』
『お慈悲ですッ』
しがみついて泣き吠える又八を、沢庵は立ち上りざま蹴放して、
『ばかっ』
と、小屋の屋根も吹き飛ぶような大喝を吐いて睨めつけた。
縋れない仏。慙愧しても救いの手を出してくれない恐い仏。
うらめしげに又八はその眼を見ていたが、がくと、観念の首を垂れて、更にさめざめと死を恐れて泣いた。
沢庵は、薪のうえの剃刀を手に取って、その頭へそっと触れた。
『又八......。どうせ死ぬなら、容相だけでも、釈尊の御弟子になって逝け。せめてもの誼み、引導だけは授けて進ぜる。眼をふさいで、静かに膝をくむがよい。死も生も、その瞼一皮、そう泣くほど恐いものではない筈じゃ。――善童子、善童子。嘆くまい。死によいようにわしがしてやる』
花ちり・花開く
一
閣老部屋はひとつの密室でもある。ここの政議が洩れないために、幾側にも隔ての間や縁が繞っている。
先頃から、沢庵と北条安房守とは、度々その席へ加わって、終日、何事か議を凝していることが多かった。秀忠の裁可を得るために一同が秀忠のまえに出たり、又、奥とそこの間を、状筥の通う数も頻りであった。
『木曾からの使者がもどりました』
と、その日、表から閣老部屋へ報告がはいった。
閣老たちは、
『直かに訊こう』
と、待ちかねていた気ぶりでその使者を、べつな部屋に通した。
使者は信州の松本藩の家来なのである。数日前に閣老部屋から早打が立って、木曾奈良井宿の百草問屋で大蔵というものを召捕れという命が飛んでいた。――で、すぐ手を廻してみたところ、奈良井の大蔵一家は、とうに宿場の老舗をたたんで、上方の方へ引移り、その行先は知る者がない。
家宅捜索をした結果、町家にあるまじき武器弾薬や、大坂方ととり交した書状などの始末し残った物が多少あったので、それは後から証拠品として小荷駄に積み、やがて御城中へ齎すことになっているが、取りあえず右のお報らせ迄を早馬をもってお答えに参りました――というのであった。
『遅かったか』
閣老たちは、舌打した。打った大網に雑魚もかからなかった時の感じとひとつである。
次の日。
これは閣老の中の酒井侯へ、酒井家の臣が、川越から来ての報告である。
『おいいつけに依りまして、即日宮本武蔵なる牢人の身は、秩父の牢舎より放ちました。折から、迎えに見えた夢想権之助なる者に、懇に、誤解の由を申して、引渡しましてござります』
この事はすぐ、酒井忠勝から、沢庵の耳に伝えられた。
沢庵は、
『御念入に』
と、かろく謝した。
自分の領地内のまちがい事なので、忠勝はかえって、
『武蔵とやらにも、悪しゅう思わぬように』
と、詫び返した。
沢庵が胸に持って来たことは、こうして江戸城逗留中に、一つ一つ片がついて行った。極く手近な、芝口の質屋――大蔵が住んでいた奈良井屋の跡にはもちろん町奉行がすぐ行って、家財秘密書類など残らず没収し、何も知らずに留守居をしていた朱実の身は奉行所の手に今、保護されている。
一夜、沢庵は、秀忠の室へ近づいて、秀忠に、
『こうなりました』
と、一切の始末を告げた。
そして、
『天下にはまだ無数の奈良井の大蔵がいることを、夢おわすれあってはなりません』
といった。
秀忠は、うむ、と強くうなずいた。この人にはものが分ると思うので沢庵はなお言葉をついで、
『その無数のものを、いちいち捕えて詮議立いたしていたら、詮議に暮れて、大御所の跡目をうけて二代将軍たるの御事業は遂に為すいとまもございませねぞ』
秀忠は、そう小心ではない。沢庵の一言は百言に嚙みくだいて、自己の反省としているので、
『手軽に、処置しておけ。この度は、御坊の進言に依る事、御坊の処置にまかすであろう』
と、いった。
二
沢庵は、それについて、親しく礼の旨を述べた。
その後で、
『野僧も、思わず月余を、御府内に逗留いたしましたが、近いうちに錫を巡らし、大和の柳生へ立ち寄って、石舟斎どのを病床に見まい、泉南から大徳寺へもどるつもりにござります』
と、併せて、別れの辞も、いっておいた。
秀忠は、ふと、石舟斎と聞いて、思い出を呼んだらしく、
『柳生の爺は、その後、どんな容態かの』
と、訊ねた。
『このたびは、但馬どのも、おわかれぞと、覚悟のていに伺いました』
『では、むずかしいのか』
秀忠は、幼い頃、相国寺の陣中で、父の家康のそばに坐って謁見した、石舟斎宗厳のすがたと、自分の幼時とを、思い泛かべていた。
『次に』
と、その沈黙の裡から、沢庵がもう一言いった。
『かねて閣老衆にも計り、おゆるしも得ている儀にござりますが、安房どのからも野僧からも、御推挙申し上げておりました宮本武蔵、御師範へお取立てのことも伏してお願い申しておきまする』
『うむ。その事も聴きおいてある。かねて、細川家でも嘱目いたしていた人物とやら、柳生、小野もあるが、もう一家ぐらいは取立ておいてもよかろう』
これで何もかも、沢庵は用事がすんだ心地だった。間もなく彼は秀忠の前を退がった。秀忠からは、いろいろな心入れの賜物があった。しかし沢庵は、その全部を城下の禅寺へ寄託して、いつもの一杖一笠のすがたで帰った。
けれど、それでもとかく、人の口はさがないものであった。沢庵は政治に嘴を入れるから、あれは野心を抱いているとか、或は、徳川家に籠絡されて、大坂方の情報を時折に齎す黒衣の隠密であるとか、いろいろな沙汰が陰ではあった。けれど沢庵自身には、土に働いている庶民の幸不幸はいつも心にあったが、一江戸城や一大坂城の盛衰などは、眼前の花が、開いたり散ったりするほどにしか、観じられていないのである。
ところで、将軍家に又当分の別辞を述べ、江戸城から出て来る前に、沢庵は、ひとりの男を、弟子として連れて来た。
彼は、秀忠から任せられた権限で、退出する間際の足を、工事場の職方目付の小屋へ向けたのであった。そして、そこの裏手の小屋を開けさせた。
闇の中に、きれいに頭を丸めた若い坊さんが、ぽつねんと俯向いて坐っていた。その法衣はこの間、沢庵がここを訪れた翌日、人に持たして来て与えた物である。
『......あ』
若い今道心は、戸口の光りに射られると、眩しげに顔をあげた。それは、本位田又八なのである。
『おいで』
沢庵は、外から手招きした。
『............』
今道心は、立ち上がったが、脚が腐りかけてしまったように蹌めいた。
沢庵は、その手を、搔き抱いてやった。
『............』
いよいよ刑罰に処される日が来た――と又八は観念しきった眼をふさいでいた。脚の節はがくがく顫えた。断刀の筵が目のさきにちらついていた。削げた青い頰に、ほろほろと涙がながれた。
『歩けるか』
『............』
何かいったつもりが、声は出なかった。沢庵に支えられている腕の上で、又八は力なく頷いたのみであった。
三
中門を出る、多門を通る、平河門をくぐる。幾つかの門や濠の橋を又八道心はうつつで越えた。
沢庵の後に尾いて悄々と歩く彼の足つきは、屠所の羊という形容をそのまま思わせる姿だった。
――なむあみだぶつ
――なむあみだ、なむあみだ
――なむあみだぶ......
又八道心は、一歩一歩が、死の刑場へ近づいているのだと思って口のうちで唱えていた。
それを唱えていると、死の恐さが少し忘れられて来るからだった。
愈々、外濠へ出た。
山の手の屋敷町が見える。日比谷村あたりの畑や河すじの船が見える。下町の人通りが見える。
(ああ、この世だ)
又八は、改めて、そう観じずにいられなかった。そしてもいちど、あの浮世の中へ漂ってみたいと思う執着に、涙がぼろぼろながれて来た。
――なんまいだ
――なんまいだ
彼は眼をふさいだ。唱名の声がだんだん唇を破って大きくなって来た。果ては夢中だった。
沢庵はふり顧って、
『これ、はやく歩け』
濠に添って、沢庵は大手のほうへ繞って行った。そして、原を斜めに横ぎって歩いた。又八は、千里もある心地がしていた。このまま道は地獄に続いているように、昼間も真っ暗な心地がした。
『ここで、待っておれ』
沢庵にいわれて、彼は原の中に佇んだ。原のそばには常盤橋御門からつづいている掘割の水が土の色を溶かして流れていた。
『はい』
『逃げてもだめだぞ』
『............』
もう半分死んでいるような顔を悲しげに顰めて、又八道心は、うなずいた。
沢庵は原を出て、往来の向うへ渡って行った。すぐ前に、まだ職人が白土を塗りかけている土塀があった。土塀につづいて高い柵があり、柵のうちには、凡の町家や屋敷構えとちがう黒い建物の棟が重なっていた。
『......あ。ここは』
又八道心は慄然とした。新しく建った江戸町奉行所の牢獄と役宅である。沢庵はその何っ方か分らないが一つの門の中へはいって行った。
『......?』
又、急にがくがく慄え出して来た脚は、彼のからだすら支えられなくなって、ぺたんとそれへ坐ってしまった。
どこかで、鶉が啼いている。ホロホロと昼の草むらに啼く鶉の声までが、もう冥途の道の辺のもののように聞えた。
『......今のうちに』
と、彼は逃げようかと考えてみた。自分の身体には、繩も手錠もかけてはいない。逃げれば逃げられないこともない気がする。
いや、いや、もうだめだ。この原の鶉のように潜んだところで、将軍家の威令で捜されたら隠れる草の根もあるわけはない。それに頭も剃り、法衣も着せられて、この姿ではどうしようもない。
――お老母っ。
彼は、胸のうちで、絶叫した。今さらながら、母の懐中がなつかしい。母の手から離れさえしなかったら、こんな所で、首を刎ねられる落目にはならなかったであろうにとひしと思う。
お甲、朱実、お通、誰、誰、誰と彼が青春の相手に、想ったり狎れ遊んだりした女子の数々も、今、死を前にして、思わぬではなかったが、胸のそこから呼んでいる名は、唯ひとつだった。
『お老母っ、お老母っ......』
四
もう一度生きのびられるものだったら、今度こそはお老母にも叛くまい。どんな孝行でもしてみせる。
又八道心は、誓ってそう思ったが、それもよしない後悔にすぎない。
今にも、飛ぶ首――
襟の寒さに又八道心は雲を見あげた。時雨もようの陽であった。雁が二、三羽、翼の裏を見せてそこらの近い洲へ下りた。
(雁が羨ましい!)
逃げたい気もちがうずうずと体を衝いて来た。そうだ、又捕まっても元々だと思う。彼はすごい眼で往来の向うの門を見た。沢庵はまだ出て来ない――
『今だ』
起ち上った。
そして、駈けだした。
すると、どこかで、
『こらっ!』
と、呶鳴った者がある。
それだけで又八道心はもう必死の気を折られてしまった。思いがけない所に、棒を持って立っていた男がある。奉行所の刑吏だった。飛んで来るなりいきなり又八道心の肩さきを打ちすえて、
『どこへ逃げる!』
と、棒の先で、蛙の背なかを抑えるように突き立てた。
そこへ沢庵が見えた。沢庵のほかに、奉行所の刑吏が――頭立ったのから小者までぞろぞろ出て来たのである。
その一かたまりが又八の側へ寄って来た頃、更に又もう一名の繩付を曳いて四、五名の牢舎臭い人々が現れた。
頭立った役人は、処刑の場所を選定して、そこに二枚の荒筵を敷かせ、
『では、お立会いを』
と、沢庵を促した。
刑の執行人たちは、ぞろぞろと筵のまわりを立ち囲む。主な役人と沢庵には床几が与えられた。
棒の先に抑えつけられていた又八道心は、
『起てっ』
と、どなられて体を擡げた。だが、歩く力はもうなかった。それを焦れったがって刑吏は、彼の法衣の襟がみを摑んでずるずる筵の上まで引き摺って来た。
新しい素筵のうえに、又八道心は寒々した首を垂れた。もう鶉の啼き声も耳になかった。ただまわりの人人ががやがやいっているのを、壁を隔てて聞くように、遠い気持で意識するだけだった。
『......あ。又八さん?』
その時、誰か側でいった。又八はぎょろりと横を見た。――見ると自分と並んで荒筵の上にひき据えられている女の囚人がある。
『ヤッ。......ああ朱実じゃないか』
いった途端に、
『口をきいてはならん』
と、二人の刑吏が間に這入って長い麵棒みたいな樫の棒で、男女を隔てた。
沢庵のそばにいた頭立った役人は、その時、床几から立って、何か厳そかな口調で、ふたりの罪状をいい渡した。
朱実は泣いていなかったが、又八は人前もなく涙をこぼした。で役人からいい渡された罪状もよく耳には通らないのであった。
『打てっ』
床几へつくと、すぐその役人は厳しい声でいった。すると、先刻から割竹を持って後に屈んでいた二人の小者が、躍り出して、
『一ィっ、二ウ......。三ィ!』
数えながら又八と朱実の背を撲り出した。又八は、悲鳴をあげた。朱実はまっ蒼な顔を俯伏せたまま、歯の根で怺えている容子だった。
『七ア! 八ア! 九ツ!』
割竹は割れて、竹の先から煙が立つように見えた。
五
原の外の往来に、ぼつぼつ人が立ち止まって、遠くから眺めていた。
『なんでしょう』
『お処刑さ』
『ア。百叩きですか』
『痛いだろうな』
『痛いでしょうね』
『まだ百には、半分もあるよ』
『勘定していたんですか』
『......ア。もう悲鳴も揚げなくなってしまった』
棒をかかえて、刑吏がやって来た。その棒で草を叩いて、
『立っちゃいかんっ』
往来の者は、歩き出した。振顧ってみると、百叩きも終ったらしく、撲り役の小者は、ささらのようになった割竹を抛りだして、肱で汗をこすっていた。
『ご苦労でござった』
『御大儀で』
沢庵と、主なる役人とは、正しく礼儀を交し合って、立ち別れた。
役人小者たちは、どやどやと奉行所の門内にはいり、沢庵はなお暫らく、男女の俯伏している筵のそばに佇んでいたが、黙然と――何もいわずに、原をよぎって、彼方へ行ってしまった。
『............』
『............』
時雨雲の裂け目から、うすい陽が草にこぼれた。
人が去ると、鶉が又啼く。
『............』
『............』
朱実も、又八道心も、いつまでも凝とうごかなかった。けれどまったく気絶してしまったわけではない。体じゅうは火みたいに痛んでいるし、又、天地に恥かしくて顔が上らないのであった。
『......オ。水が』
朱実が先に呟いた。
自分たちの筵の前に、小さい手桶に竹柄杓が添えてある。この手桶は、笞で打ちすえる奉行所にも、一掬の情はあるのだぞというように、無言の相を持ってそこにあった。
がぶっ......
かぶりつくように朱実は先にそれをのんだ。又八へすすめたのはその後からであった。
『......飲みませんか』
又八道心は、やっと手を伸ばした。ごくごくと水が喉を通ってゆく――。役人もいない、沢庵もいない、彼はまだわれに返りきらない面持だった。
『又八さん......おまえ坊さんになったのかえ』
『......いいのかしら?』
『何が』
『お処刑はこれでいいんだろうか。わたしたちはまだ斬られていない』
『首なんか斬られてたまるものかね。床几に掛けたお役人が、ふたりへ言い渡したじゃないか』
『何といって?』
『江戸表から追放を申しつけると。冥途へ追放でなくってよかったね』
『あっ......。じゃあ生命は』
頓狂な声を出した。よほど欣しかったにちがいない。又八道心は起って歩き出した。朱実のほうを見もしなかった。
朱実は、手を髪へやって、乱れ毛を搔きあげていた。襟を直し、帯をしめ直した。そうしている間に、又八道心の姿はもう草の彼方に小さくなっていた。
『......意気地なし』
彼女は唇を曲げてつぶやいた。割竹の傷みが疼くたびに、彼女はよけい世の中に強くなろうとした。その底には、数奇な運命にねじけて来た性格が、漸く年を経て、妖冶な花をもちかけていた。
第五巻 終
逃げ水の記
一
もうこの屋敷へ預けられてから数日。
伊織は、悪戯に飽きた。
『沢庵さんはどうしたのだろ?』
そう訊ねる彼のことばの裏には、沢庵の帰りよりは、師の武蔵を案じる憂いがこもっていた。
北条新蔵は、その気持を、いじらしく思って、
『父上もまだお退城りにならぬから、ずっと、御城内にお泊りとみえる。――そのうちにお帰りは極っておるから、又、厩の馬とでも遊んでいるがよい』
『じゃあ、あの馬、借りてもいい?』
『いいとも』
伊織は、厩へ飛んで行った。彼は、良い馬を選んで引っぱり出す。きのうも、おとといも、その馬には乗っていたが、新蔵には黙って乗って行ったのである。――けれど今日は許されたので大威張であった。
馬に跨がると、伊織は疾風みたいに裏門から駈け出した。きのうもおとといも、彼の行く先は極っていた。
屋敷町――畑道――丘――田や野や森や、晩秋の風物が見るまに駒のうしろになって行く。――そして、軈て銀いろに光る武蔵野の薄の海が眼に展がってくる。
伊織は駒を立てて、
『彼の山の彼方に――』
と、師のすがたを思う。
秩父の連峰が、野の果てに横たわっていた。牢舎の中に囚われている師の身を思うと、伊織の頰は濡れてくる。
涙の頰を、野の風が冷たく撫でる。秋の更けたことは、あたりの草陰に真っ赤な烏瓜だの草紅葉をみても知れる――。やがて、山の彼方は、霜にもなろうに――と考えられたりする。
『そうだ! 会って来よう』
伊織は、思うとすぐ、馬のしりへ鞭を加えた。
駒は、尾花の波を跳んで、またたくまに半里も駈けた。
『いや、待てよ。ひょっとしたら草庵にお帰りになってるかもしれないぞ』
その日に限って、何となくそんな気がしたのである。伊織は、草庵へ行ってみた。屋根も壁も、壊れた所はみな繕っていた。けれど中に住む人はなかった。
『おいらの先生を知らないかあっ......』
刈入れをしている田の人影へどなってみた。附近の百姓たちは皆、彼のすがたを見ると、悲しげに首を振った。
『馬なら一日で行けるだろう』
どうしても彼は、秩父までの遠乗を決心しなければならなかった。行きさえすれば、武蔵に会えると思い、一途に又、野を駈け飛ばした。
いつぞや城太郎に追いつめられて覚えのある野火止の立場まで来た。ところが部落の入口には、乗馬や荷や、長持や駕籠でいっぱいだった。道を塞いで四、五十名の侍が、昼食をしている様子なのである。
『ア。通れないや』
往来止めではないが、通るには鞍から下りて、駒を曳かなければならないのである。伊織は、面倒と思って道を引っ返した。道に不便はない武蔵野の原であるし――
すると、飯を喰べかけていた仲間共が、彼の駒を追いかけて来て、
『オイ、どん栗坊主。待て』
と、呼んだ。
三、四名つづいて駈け寄って来るのであった。伊織は、駒の首をめぐらして、
『なんだと?』
と、怒ってみせた。
なりは小粒であるが、乗っている駒も鞍も、堂々たるものだった。
二
『降りろ』
仲間共は、鞍の両側へ寄って来て、伊織を見あげた。
伊織は、何のわけか分らなかったが、仲間共の小面が癪にさわって、
『何さ。何も、降りなくたっていいだろう。――後へ戻るとこだもの』
『何でもいいから降りろ。つべこべいわずと』
『嫌だっ』
『いやだと』
いうより早く、ひとりの仲間が、彼の足を抄いあげた。鐙に足の届いていない伊織の体は、苦もなく、馬の向う側へ転げ落ちた。
『御用のあるお方があちらで待っているのだ。ベソを搔かずに、早う来いっ』
襟がみを摑まれて、立場の方へずるずる引戻されて行った。――と、彼方から杖を立てて歩いて来た老婆がある。手をあげて、仲間共を制しながら、
『ホホホホ。捕まったの』
と快げに笑った。
『あ』
伊織は、真向きに、老婆のまえに立った。いつぞや北条家の邸内へ来た時、柘榴の実をぶつけてやったおばばではないか。見たところ、その折とは違って、旅装も改まっているのだ。こんな沢山な侍たちの中に交って、一体どこへ行く所なのだろうか。
いや、そんな事は、伊織に考えている遑はない。彼はただ、ぎょっとして、ばばが自分をどうする気かと恐れていた。
『童よ。おぬし、伊織とかいうたの。――いつぞやはこの婆に、ようも酷しいまねをしやったな』
『............』
『これ』
枚の先で、ばばは、彼の肩をとんと突いた。伊織は戦闘的に身を直したが、部落の中にはいっぱいな侍がいる。それが皆このばばの味方になったら敵うはずはないと思って、眼に涙をたたえて怺えていた。
『武蔵は、よい弟子ばかり持つことわいな。おぬしも、その一人かよ。ホホホホホ』
『な、なんだと......』
『よいわ。武蔵の事は、このあいだ北条どのの息子にも、口の酢くなるほどいうたあげくじゃ』
『お、おいらは、おまえなんかに用はないや。帰るんだ。帰るんだっ』
『いいや、まだ用はすまぬ。――いったい今日は、誰の言附でわし達の後を尾行て来やったか』
『だれが、てめえなどの、後に尾いてくるものか』
『口ぎたない餓鬼よ、汝れの師匠は、そういう行儀を教えてか』
『よけいなお世話だい』
『その口から、泣きほざかぬがよいぞ、さあ来やい』
『ど、どこへさ』
『どこへでもよい』
『帰るんだ、おらあ、帰るっ』
『誰が――』
と、ばばの杖は咄嗟、風を呼んでいきなり伊織の脛を蹴った。
伊織は思わず、
『痛いっ』
と、いって坐った。
ばばの眼くばせの下に、仲間たちは、ふたたび伊織の襟がみを持って、部落の入口の粉挽小屋の横へ連れこんだ。
そこにいたのは、正しくどこかの藩士に違いない。野袴を穿いて、見事な大小をさし、乗換馬を傍らの木につないで、今、弁当を食べ終えたらしく、小者の汲んで来た白湯を木陰で飲んでいた。
三
捕まって来た伊織を見ると、その侍はにやりと笑った。気味のわるい人である。伊織は竦んで眼をみはった。――佐々木小次郎であったからである。
その小次郎へ、おばばは、得意そうに、
『見なされ、やはり伊織めであったがな。武蔵奴が、なんぞ肚に一物あって、わしらが後を尾けさせたに違いはない』
と、顎つき出して告げた。
『......ウむ』
小次郎も、そう考えているように、頷き合った。そして、周りにいる仲間たちを、漸く退けた。
『逃げるといかぬ。逃げぬように、小次郎どの、縛っておきなされ』
小次郎は又、薄笑いをうかべて、顔を横に振った。――その笑い顔の前では、逃げることはおろか、起つこともできないと、伊織はあきらめていた。
『小僧』
小次郎は、当りまえな言葉で話しかけた。
『――今、ばば殿が、ああいうたが、その通りか。それに違いないか』
『ううん、ち、ちがう』
『どう違う?』
『おらはただ、馬に乗って、野駆けに来たんだ。――後なんか尾けに来たんじゃないや』
『そうだろう』
と、小次郎は一応、得心して見せたが、
『武蔵も武士の端くれならば、よもそのような卑劣はすまい。......だが、突然わしとばば殿とが、打ち揃うて、細川家の家士のうちに交じり、旅立つのを知ったとしたら、さだめし、何事かと武蔵も不審を起して......解けぬ疑いから......後を尾けさせてみとうなるのも人情だ。むりはない』
と、独りぎめして、伊織のいいわけなど、耳に入れない。
伊織も亦、そういわれてから初めて、彼やおばばの境遇に、改めて不審を持った。二人の身に、何か最近、変ったことが起ったに違いない。
なぜならば、小次郎の特徴であった髪や服装も、前とは、人違いするほど変っていて、あの前髪も刈り込み、これ見よがしな派手な伊達羽織も、地味な蝙蝠羽織と野袴とに変っているのである。
ただ、変らないのは、愛刀物干竿だけで、これは太刀作りを、ふつうの拵えに直して横に手挾んでいた。
ばばも旅支度だし、小次郎も旅拵えなのだ。そしてこの野火止の立場には、細川家の重臣岩間角兵衛以下、十名ぐらいな藩士とその家来や荷駄の者が今、昼食の休息を取っているのである。そういう道中の群のうちに小次郎が、やはり一箇の藩士としているところを見ると、彼が前から志していた仕官の宿望が遂にかなって――望みの千石とはゆかないまでも――四百石とか五百石とか相応のところで折れ合い、推挙した岩間角兵衛の顔も立てて、細川家に召抱えられたものと推定しても過りはないであろう。
そう考えてくると、細川忠利も亦、近く豊前の小倉に帰国の噂がある。三斎公が老年なので、忠利の帰国願いは、かなり前から幕府へ提出されていた。その許しが出たことは、いいかえれば、幕府が細川家を二心なきものと見極めた信頼の証拠であるとも、一般から思われていた。
岩間角兵衛だの、新参の小次郎だのの一行は、その先発として、本国豊前の小倉へ向う途中であった。
四
同時に又、おばばの身にも、どうしても一度、郷里に帰らなければならない事情が起っていた。
跡取りの又八は家出し、大黒柱ともいうべき彼女は、ここ幾年も帰った事はなく、親類中でも頼りとする河原の権叔父までが、旅先で落命しているので、郷里にある本位田家にも、その間、いろいろな問題が溜っているには違いないのである。
で、おばばは、なお武蔵にもお通にも依然として他日の報復は期しているが、小次郎が豊前小倉まで下るのをよい道連と頼んで、途中、大坂表に預けてある権叔父の遺骨を受け取り、郷里の宿題をひと片づけつけて、旁々、年久しく怠っていた祖先の年忌やら、権叔父忌も一度やって、ふたたび目的の旅へ出直そうと決めたわけであった。
――だが、このばばの事であるから、武蔵に対しては、一時でもただ見遁しては去らなかった。
小野家から小次郎に洩れ、小次郎から彼女の耳へはいった噂によると、武蔵は近く、北条安房や沢庵の推挙によって、柳生、小野の二家に加わって、将軍家師範の一員となるということだった。
それを小次郎から聞かされた時の、ばばの不快そうな顔色といったらなかった。そうなっては将来、手出しのし難いものになるし又、彼女の信念に訴えても、これを阻むのは将軍家の為であり、そういう人間の出世を覆えしてやるのは、世道の見せしめであると思った。
で、彼女は、沢庵にだけは会えなかったが、北条安房守の玄関に立ったり、柳生家へわざわざ出向いたりして、極力、武蔵が取立てられる事の非を鳴らした。推薦者の二家ばかりでなく、手蔓のある限り、閣老たちの屋敷へも行った。そして武蔵の讒訴をあの調子で撒いて歩いたのである。
もちろん小次郎は、それを止めもしないし又、煽動もしなかった。――けれど、おばばが一たんそういう目的に躍起を賭けると、貫かねば熄まなかった。町奉行や評定所へも、年来の武蔵の生立や行状など悪しざまに書いて、それを投げ文にして抛りこんだくらいである。小次郎すら、余りいい気持がしないほど、その妨害運動は徹底していた。
(――わしが小倉へ参っても、いつか一度は、武蔵とまみえる日がきっと来る。又、いろいろな関係が、宿命的にもそうなっている気がする。ここは暫くほっておいて彼が出世の階を踏み外した後――どう落ちて来るか、見ていたがよいだろう)
小次郎からも、今度の小倉下向に、行を共にするようにすすめた訳であった。ばばの心にはまだ又八への未練もあったが、
(あれも、今に眼がさめて、後を追うて来るじゃろう)
と、武蔵野の秋も暮れる此頃を――一先ずすべての迷妄から離れて、ここまで旅立って来たところだった。
だが。
そういう二人の一身上の変化などは、固より伊織の知るところでもなし、いくら考えても、分ることではなかった。
逃げるにも逃げられないし、涙など見せては、師の恥になると思って彼は、恐ろしい中にも、凝と我慢して、小次郎の面を見つめていた。
小次郎も意識的に、その眼をにらみつけた。だが伊織は眼を反らさないのである。いつか、草庵で独り留守していた折、むささびと睨めくらをしたように、鼻腔でかすかな息をしながら、飽くまで小次郎の面を正視していた。
五
どんな目に遭わされるかと思っているらしい伊織の戦慄は、子ども心の憂いに過ぎなかった。
小次郎には、おばばのように、子どもと対等になる気など毛頭ない。まして今日の彼には地位もできていた。
『ばば殿』
と、ふと呼ぶ。
『おいの。なんじゃ』
『矢立をお持ちか』
『矢立はあるが、墨つぼが乾いておる。なんぞ筆が要用かの』
『武蔵へ、手紙を認めようと思って』
『武蔵へと』
『されば。辻々へ札を立てても、いっかと姿を見せぬし、又、住居もとんと知れぬ武蔵へ――折からこの伊織は、打ってつけな使ではあるまいか。江戸を去るにあたって、一書、彼の手に届けておくのだ』
『何と書きなさる?』
『文飾などはいらぬ。又、わしが豊前へ下ることも、人伝てに聞き居ろう。要は、腕をみがいて汝も豊前へ下れという迄のことだ。生涯でもこちらは待つ。自信を得た日に来れ、というだけで意志は届こう』
『そのような......』
と、ばばは手を振って、
『――気の永いことは困る。作州の家へ帰っても、わしは又すぐ旅に出るつもりじゃ。そしてこの両三年がうちには、きっと武蔵を討たねばならぬ』
『わしにまかせておけ。おばばの望みも、わしと武蔵との事の序に仕果して進ぜるからそれでよかろう』
『じゃが、なんせい、老る年齢じゃ。生きているうちに、間に合わねば......』
『養生をなされ、長生をして、わしが畢生の剣を持って、武蔵に誅を加える日を見るように』
受取った矢立を持って、小次郎は近くの流れに手を浸し、指のしずくを墨つぼにたらしていた。佇ったまま、懐紙にさらさらと筆を走らせる。彼の文字は流達で、文辞には才気があった。
『これに飯粒が』
と、ばばは弁当殻のそれを木の葉の上に付けて出した。小次郎は封をして、表に宛名、裏に、
細川家家中佐々木巌流
と、書いた。
『小僧』
『............』
『恐がらないでもよい。これを持って帰れ。そして中には大事な用向が書いてあるから、きっと、師の武蔵へ手渡すのだぞ』
『......?』
伊織は、持って行ったものか、きっぱり断ったがいいものか、考えているふうだったが、
『......うん』
頷いて、小次郎の手から、それを引ッ奪くった。
そして、屹と、立ち上って、
『こん中に、何と書いてあるんだい、おじさん』
『今、おばばへ話したような意味だ』
『見てもいいかい』
『封を切ってはならん』
『でも、もしか先生に無礼な事でも書いてある手紙なら、おいらは、持って行かないぜ』
『安心せい。無礼なことばなどは書いてない。曾っての約束は忘れておるまいなという事と、たとえ豊前に下るとも、必ず再会の日を期しておるという事が書いてあるだけだ』
『再会というのは、おじさんと先生と、会うことかい』
『そうだ、生死の境に』
と、うなずく小次郎の頰に、薄っすらと血が冴えた。
六
『きっと届けるよ』
伊織は、手紙を、懐中へしまいこんだ。
そしてすばやく、
『あばよ!』
おばばと小次郎の間から六、七間も跳び離れて、
『ばかっ』
と、いい放った。
『な、なんじゃと』
ばばは、追おうとした。
だが、小次郎が手を抑えて離さなかったのである。小次郎は苦笑して、
『いわしておけ。子どものことだ......』
伊織は、もっと何か、胸につかえていたものをいおうとして、踏み止まったのであるが、眼は口惜し涙にかすんで、急に唇もうごかないのであった。
『なんだ小僧。――ばかといったようだが、それきりか』
『そ、それきりだいッ』
『あはははは。おかしな奴だ。はやく行け』
『大きなお世話だよ。見ていろ、きっと、この手紙は、先生に渡してやるから』
『おお届けるのだ』
『後で後悔するんだろ。おまえたちが、歯ぎしりしたって、先生が、負けるものか』
『武蔵に似て、負けない口をきく小僧弟子だ。だが、涙をためて、師の肩持をするところは可憐しい。武蔵が死んだら、わしを頼って来い、庭掃きにつかってやる』
揶揄ったのである。しかし伊織は骨の髄まで恥辱を覚えた。いきなり足もとの石を拾って、投げつけようとしたのである。その手を、無自覚に振りあげたせつな、
『餓鬼っ』
小次郎の眼が、はったと、自分のほうを見た。見たというよりは、眼の球がとびかかって来たような衝動だった。いつかの晩のむささびの眼などまだまだ弱いくらいだった。
『............』
敢なく石を横へ捨てて、伊織は無性に逃げ出していた。いくら逃げても逃げても恐さが振り捨てられなかった。
『............』
武蔵野のまん中に、彼は息をきって坐りこんでいた。
二刻もそうしていた。
そのあいだに、伊織はおぼろげながら、わが師と頼む人の境遇を、初めて考えてみたのだった。敵の多い人だということが子供ごころにも分った。
(おいらも偉くなろう)
いつ迄、師の身を無事に、そして永く師を奉じる為には、自分も一緒に偉くなって、師を護る力をはやく持たなければならないと思った。
『......偉くなれるかしら、おいらなんか』
正直に、彼は、自分を考えてみる。さっきの小次郎の眼光が思い出されてまた、ぞっと身の毛がよだったのである。
ひょっとしたら、自分の先生でも、あの人には敵わないのじゃないかしら? ――そんな不安さえ抱きはじめた。そしたら、もっと自分の先生も勉強しなければ――と彼らしい取越し苦労を持った。
『............』
草の中に、膝をかかえているまに、野火止の宿も、秩父の連峰も、白い夕霧につつまれている。
そうだ。新蔵様は心配するかも知れないが、秩父まで行ってしまおう。牢舎にいる先生にこの手紙を届けよう。陽は暮れても、あの正丸峠を越えさえすれば――。
伊織は立って、野を見まわした。俄に、捨てた馬を思い出したのである。
『どこへ行ったろ? おいらの馬は?』
七
北条家の厩から曳き出して来た駒である。螺鈿の鞍がついている。野盗が見つけたら見逃しっこない逸物なのだ。――伊織は捜しあぐねた果て、口笛をふきならして、しばらく草枯れの野末を見まわしていた。
水か霧か、うすい煙のようなものが、草の間を低くうごいてゆく。――そこらに、駒の跫音がするような気がして駈けて行けば、駒の影もなく、水の流れもない。
『おや? 彼方に』
と、何やら黒いものの動くのを見て、また駈けてゆくと、それは餌を拾っていた野猪だった。
野猪は、伊織のそばをかすめて、萩むらの中へ、旋風みたいに逃げ去った。――振向くと、猪の通った後には、幻術師の杖が線を引いたように、漠として一すじの夜霧が白く地を這っている――
『......?』
だが、霧かと眺めているうちに、霧はせんかんと水音を立て、やがて、小川のせせらぎの上に鮮やかな月の影を浮かべてくる。
『............』
伊織は怖くなって来た。彼は幼時からいろいろな野の神秘を知っている。胡麻粒ほどな天道虫にでも、神の意志があると信じている。うごく枯葉も、呼ぶ水も、追う風も、伊織の眼には、無心なものである物は一つもなかった。そうして有情の天地に触れると、彼の幼い心も、行秋の草や虫や水と共に蕭々とうら寂しい顫えを鳴り立ててくる。
彼はふいに、大きく声をしゃくって、泣きはじめた。
馬が見つからないので、泣きたくなったわけでもない、急に父母のない身が悲しくなったとも見えない。肱を曲げて顔に当て、その顔と肩をしゃくっては、歩き歩き泣いて行くのである。
こういう時、少年の涙は、彼自身にも甘かった。
人間以外の、星か、野の精が、もし彼に向って、
――何で泣くか。
と訊ねたら、彼は泣きやみもせずにいうにちがいない。
――わからないや。分ることなら泣きなんかしないや。
それをもっと宥めすかして問いつめれば、彼は遂にこういうだろう。
――おいらは、曠い野に出るとふいに泣きたくなる事がよくあるんだ。そしていつも法典ケ原の一軒家がそこらにあるような気がしてならないんだよ。
独り泣く病のある少年には、独り泣くたましいの楽しみが同時にあった。泣いて泣いて泣きぬいていると、天地があわれと労わり慰めてくれるのである。そして涙が乾きかけてくると、雲の中を出たように心が晴々と冴え返ってくる。
『伊織。伊織ではないか』
『おお、伊織だ』
彼のうしろで突然そういう人声がした。伊織は泣き腫らした眼のまま道を振り向いた。ふたりの人影が夜空に濃く見えた。ひとりは馬の上なので、連れの者よりずっと姿が高く見えた。
八
『――ア。先生』
伊織は馬上の足元まで、のめるように駈け転んで行き、そしてもう一度、
『先生っ。先......先生』
あぶみへ、しがみつきながら叫んだのであった。――だがふと、夢ではないかと疑うような眼をして、武蔵の顔を見上げ――又、馬のわきに杖をついて立っている夢想権之助の姿を見まわした。
『どうした?』
と、馬上から見おろしている武蔵の顔は、月のせいか、いたく窶れている。だがその声は、彼がこの日頃、心に渇きぬいていた師のやさしい声に間違いなかった。
『――こんな所を、どうして独りで歩いていたのだい』
それは次にいった権之助のことばである。権之助の手は、すぐ伊織の頭の上へ来て、自分の胸へかかえ寄せた。
もし前に泣いていなかったら、伊織はここで泣いたかも知れなかったが、彼の頰は月にてらてら乾いていた。
『先生のいる秩父へ行こうと思って......』
いいかけてふと、伊織は、武蔵の乗っている駒の鞍や毛並を見つめ、
『オヤ。この馬は......おいらの乗って来た馬だ』
権之助は、笑って、
『おまえのか』
『ああ』
『誰のか知らぬが、入間川の近くに、うろついていたので、お体のつかれている武蔵様へ、天の与えと、拾っておすすめ申したのだ』
『アア、野の神さまが、先生の迎えに、わざと其っ方へ逃がしたんだね』
『だが、おまえの馬というのもおかしいではないか。この鞍は、千石以上の侍のものだが』
『北条様の厩の馬だもの』
武蔵は降りて、
『伊織、ではそちは今日まで、安房どののおやしきにお世話になっていたのか』
『はい。沢庵さまに連れられて――沢庵さまが居ろといったんです』
『草庵はどうなっている』
『村の人たちがすっかり繕してくれました』
『では、これから戻っても、雨露だけはしのげるな』
『......先生』
『うむ。なんじゃな』
『瘦せた......どうしてそんなに瘦せたんですか』
『牢舎の中で、坐禅をしていたからの』
『その牢舎を、どうして出て来たんですか』
『後で、権之助から、ゆるゆる聞くがよい。ひと口にいえば、天の御加護があったか、遽かにきのう無罪をいい渡されて、秩父の獄舎から放されたのじゃ』
権之助が、すぐいい足した。
『伊織、もう心配すな。きのう川越の酒井家から、急使が来て、平あやまりに謝まり、むじつのお疑いが晴れたわけだ』
『じゃあきっと、沢庵さまが、将軍様に頼んだのかも知れないよ。沢庵さまはお城へ上ったきり、まだ北条様のおやしきへ帰らないから』
伊織は遽かにお喋舌りになった。
それから、城太郎と出会ったことや、その城太郎が、実の父の薦僧と落ちて行ったことや、又、北条家の玄関さきへ、度々お杉ばばが訪れて、悪たいを並べたことなどを――歩き歩き話しつづけていたが、そのおばばで思い出したらしく、
『あ。それからね、先生、まだたいへんなことがあるよ』
と、懐中を搔い探って、佐々木小次郎の手紙を取り出した。
九
『なに、小次郎からの書状? ......』
仇と呼び合う者とはいえ、絶えたる者はなつかしい。まして、互いに砥石となって研き合っている仇である。
武蔵はむしろ、心待ちしていた消息でも手にしたように、
『どこで会ったか』
と、その宛名書を見ながら伊織に訊ねた。
『野火止の宿で』
と、伊織は答え、
『――あの、恐いおばばも、一緒にいましたよ』
『おばばとは、本位田家のあの年よりか』
『豊前へ行くんだって』
『ほ......?』
『細川家のお侍たちと一緒でね......詳しいことはその中に書いてあるでしょう。――先生も、油断しちゃだめですよ。しっかりして下さい』
武蔵は書面を懐中に仕舞う。そして伊織に黙って頷いてやる。だが、伊織はそれに安んぜず、
『小次郎って人も、強いんでしょ。先生は何か怨みをうけているの? ......』
と、それからそれへと問わず語りに、きょうの始末を、喋舌りつづけた。
やがて何十日ぶりで、草庵にたどり着いた。早速に欲しいのが、火と食物。――夜は更けていたが、権之助が薪や水をあつめる間に、伊織は、村の百姓家へ走ってゆく。
火ができる。炉を囲む。
あかあかと燃える一炉をかこんで、久しぶりに互いの無事を見合う楽しさは、波瀾に揉まれてみなければ汲めない人生の悦楽だった。
『あら?』
伊織は、袖口にかくれている師の腕だの、襟元などに、まだ傷口の割れている痣が幾つもあるのを見つけて、
『先生、どうしたんです。身体じゅうに......そんなに』
傷々しげに、眉をしかめて、武蔵の肌の奥を覗こうとすると、
『何でもない』
武蔵は、話を反らして、
『馬にも、何かやったか』
『ええ、飼糧をやりました』
『あの駒を、明日は北条どののお邸へ、帰して来なければいけないぞ』
『はい。夜が明けたら、行って参ります』
伊織は寝坊しなかった。赤城下の邸で、新蔵が心配しているに違いないと、翌る朝は、真っ先に起きて戸外へとび出した。
そして、朝飯前に一鞭と――駒の背にまたがるなり駈け出すと、ちょうど武蔵野の真東から、のっと大きな日輪が草の海を離れかけていた。
『ああ!』
伊織は、駒を止めて、驚きの眼をすえていたが、急に駒を返して、草庵の外から、
『先生、先生。早く起きてごらんなさい。いつかみたいな――秩父の峰から拝んだ時みたいな――それはそれは大きなお陽さまが、きょうは、草の中から、地面を転がって来るように昇っていますよ。権之助さんも、起きて来て拝んだがいいよ』
『おう』
と、武蔵がどこかでいう。武蔵はもう起きて、小鳥の声の中をあるいていた。行って来ます、と元気よく駈けてゆく馬蹄の音に、武蔵が森から出て、眩ゆい草の海を見送っていると、伊織の影は一羽の鴉が、太陽の火焰の真っただ中へ翔け入って行くように、またたく間に、小さくなり、黒い点になり、やがて燃えきって溶けてしまった。
栄 達 の 門
一
一夜ごとに落葉がたまる。邸内を掃き、門を開け、落葉の山に火をつけて、門番が朝飯を食べているころ、北条新蔵は、朝の素読と、家臣相手の撃剣の稽古を了え、汗の体を井戸端で拭いて、ついでに厩の馬たちの機嫌を覗きに来る。
『仲間』
『へい』
『栗毛はゆうべ帰らなかったな』
『馬よりは、彼の子はいったい、何処へ行っちまったんでしょう』
『伊織か』
『いくら子供は風の子だって、まさか夜どおし、駈け歩いているわけでもないでしょうに』
『心配はない。彼れは、風の子というよりは、野の子だからな。ときどき、野原へ出てみたくなるに違いない』
門番の爺がそこへ走って来て、彼に告げた。
『若旦那さま。お友達の方が大勢して、あれへお越しなさいましたが』
『友達が』
新蔵は歩き出して、玄関前にかたまっている五、六名の青年たちへ声をかけた。
『やあ』
すると、青年たちも、
『ようっ』
と、朝寒顔を揃えて、彼の方へ近づいて来ながら、
『しばらく』
『お揃いで』
『御健勝か』
『この通りだ』
『お怪我をなされたと。うわさに聞いていたが』
『何。さしたるほどではない。――早朝から諸兄おそろいで、何事か御用でも』
『む、些と』
五、六名は顔を見合せた。にの青年たちは、皆、旗本の子弟とか、儒官の子息とか、それぞれ然るべき家の子であった。
また先頃までは、小幡勘兵衛の軍学所の生徒でもあったから、そこの教頭だった新蔵からすれば軍学のおとうと弟子にあたる者達である。
『あれへ行こうか』
新蔵は、平庭の一隅に燃えている落葉の山を指さした。その焚火を囲み合って、
『寒くなると、まだここの傷口が痛んでな......』
と頸首へ手を当てた。
新蔵のその刀傷を、青年たちは交々覗いて、
『相手はやはり、佐々木小次郎と聞きましたが』
『そうだ』
新蔵は、目にいぶる煙に、顔を反向けて、沈黙していた。
『きょう御相談に参ったのは、その佐々木小次郎に就いてでござるが......。亡師勘兵衛先生の御子息、余五郎どのを討ったのも、小次郎の仕業と、やっと昨日、知れましたぞ』
『多分......とは思っていたが、何か、証拠があがりましたか』
『余五郎どのの死骸が発見されたのは、例の芝伊皿子の寺の裏山でした。あれから吾々が、手を分けて詮議してみると、伊皿子坂の上には、細川家の重臣で岩間角兵衛という者が住まっており、その角兵衛の宅の離室に、佐々木小次郎が起居していたことが知れたのです』
『......ム。では余五郎どのは、単身でその小次郎の所へ』
『返り討におなりなされたのです。死骸として、裏山の崖から発見された前日の夕方、花屋のおやじが、それらしいお姿を附近で見かけたということで......旁々、小次郎が手にかけて、崖へ死骸を蹴込んでおいたことは、もはや疑う余地もございません』
『............』
話はそこで断れて、幾人もの若い眸は、断絶した師家の怨みを、落葉の煙の中に悲痛に見つめ合っていた。
二
『で? ......』
新蔵は火にほてった顔を上げ、
『それがしに相談とは』
青年の一人が、
『師家の今後です。それと、小次郎に対するわれわれの覚悟のほどを』
他の者が又、
『あなたを中心に決めておきたいというわけで』
と、いい足した。
新蔵は考えこんでしまう。――青年たちは、なお口を極めて、
『お聞き及びかも知れぬが、佐々木小次郎は、折も折、細川忠利公に抱えられ、すでに藩地へ向け旅立ったということだ。――遂に、吾々の師は憤死せられ、御子息は返り討にあい、しかも同門の多数も彼に蹂躙されたまま、彼が栄達の晴れの退府を、空しく見ていなければならないのか......』
『新蔵どの、残念ではないか。小幡門下として、このままでは』
誰かが、煙に烟せる。落葉の火から白い灰が舞う。
新蔵は依然、黙りこくっていたが――果しない同門たちの悲憤の遣り取りに、
『何せい拙者は、小次郎から受けた刀の傷痕が、この寒さに、まだしんしんと痛んでおる身。いわば恥多き敗者の一名だ。......さし当って、策もないが、各々としては一体、どうなさろうというお考えか』
『細川家へ談じ込もうと思うのです』
『何と』
『逐一。経緯を述べて。小次郎の身がらを吾々の手に渡してもらいたいと』
『受け取って、どう召さる』
『亡師と御子息の墓前に、彼奴の首を手向けます』
『繩付で下さればよいが、細川家でもそうはいたすまい。われわれの手で討てる相手なら、今日までにも疾うに討てている。――又、細川家としても、武芸に長けたところを買って召抱えた佐々木小次郎。各々から渡せといっても、かえって小次郎の武技に箔を付けるようなもので、そういう勇者なれば猶更、渡せぬと出るに違いない。いちど家臣とした以上、たとえ新規召抱えであろうと、おいそれと渡すような大名は、細川家ならずとも、何処の藩でもないと思うが』
『さすれば、やむを得ぬ。最後の手段をとるばかりだ』
『まだほかに手段があるのですか』
『岩間角兵衛や小次郎の一行が立ったのはつい昨日の事。追いかければ道中で行き着く。貴公を先頭にして、ここにいる六名、そのほか小幡門下の義心ある者を糾合して......』
『旅先で討つといわれるのか』
『そうです。新蔵どの、あなたも起ってください』
『わしは嫌だ』
『嫌だと』
『嫌だ』
『な、なぜです。聞けば貴公は、小幡家の名跡をついで、亡師の家名を再興すると、伝えられておる身なのに』
『自分の敵とする人間のことは、誰しも、自分より優れていると思いたくないものだが、公平に、われと彼とを較べれば、剣に依っては、所詮われわれの手に仆せる敵ではない。たとえ同門を糾合して、何十人で襲おうとも、いよいよ恥の上塗をするばかり』
『では、指を咥えて』
『いやこの新蔵にせよ、無念は一つだ。ただわしは、時期を待とうと思う』
『気の永い』
一人が舌打すると、
『逃げ口上だ』
と罵る者もあって、もう相談は無用と、落葉の灰と新蔵をそこにのこして、血気な早朝の客は、わらわら帰ってしまった。
入れ違いに、門前で鞍から下りた伊織は、馬の口輪を引ッぱって、戛々と、邸内へ入って来た。
三
厩に駒を繫いで、
『新蔵おじさん。こんな所にいたの』
焚火のそばへ、伊織は駈けて来た。
『おお帰ったか』
『何を考えているの。え、喧嘩したのかい、おじさん』
『なぜ』
『だって今、おいらが帰って来ると、若い侍たちが、ぷんぷん怒って出て行ったもの。見損なったの、腰抜けだのって、門を振り顧って、悪口を叩いて行ったよ』
『はははは。その事か』
新蔵は笑い消して、
『それよりは、まあ焚火にでもあたれ』
『焚火なんかにあたれるものか。武蔵野から一息に飛ばして来たので、おいらの体は、この通り湯気が立っているよ』
『元気だな。ゆうべは何処に寝たか』
『ア。新蔵おじさん。――武蔵さまが戻って来たよ』
『そうだそうだな』
『なんだ。知ってるの』
『沢庵どのがいわれた。多分もう秩父から放されて、戻っている頃だろうと』
『沢庵さんは?』
『奥に』
と、眼でさして、
『伊織』
『え』
『聞いたか』
『なにを』
『おまえの先生が出世なさる吉事だ。途方もない歓び事だ。まだ知るまいが』
『何。何。教えてよ。先生が出世するって、どんな事さ』
『将軍家御師範役の列に加わって一方の剣宗と仰がれる日が来たのだ』
『えっ、ほんと』
『欣しいか』
『うれしいとも。じゃあもう一ペん、馬を貸してくれないか』
『どうするのだ』
『先生の所へ報らせに行って来る』
『それには及ばぬ。今日のうちに正式に、閣老から武蔵先生へお召状がさがるはず。それを持って明日は、辰の口のお控え所まで参り、登城のおゆるしが出れば、即日、将軍家に拝謁することになろう。――だから、老中のお使が見え次第に、わしがお迎えに行かねばならぬ』
『じゃあ、先生が、こっちへ来るの』
『うむ』
うなずいて、新蔵は、そこを離れて歩き出しながら、
『朝飯は食べたか』
『ううん』
『まだか。はやく食べて来い!』
彼と話しているうちに、新蔵はいくらか憂悶が軽くなった。憤怒して去った友達の行く先に、まだ幾分かの気懸りは残していたが。
それから一刻ほど後、閣老からの使が見えた。沢庵へ宛てた書簡と共に、明日、辰の口伝奏屋敷の控え所まで、武蔵を召連れて、出頭あるようにという達しであった。
新蔵は、その旨をうけて、騎馬となり、べつに一頭の美々しい乗換馬を仲間に曳かせて、武蔵の草庵へ使者として出向いた。
『お迎えに』
と、訪れると、武蔵はちょうど、権之助を相手に、陽なたで小猫を膝にのせて、何か話していた折だったが、
『いやこちらから、お礼に出るつもりでいたところ』
と、そのまま、すぐ迎えの駒に乗った。
四
獄から解かれた武蔵にはまた、将軍家師範という栄達が待っていた。
だが武蔵は、それよりも沢庵という友、安房守という知己、新蔵という好ましい青年などが、自分のような、一介の旅人に、席を温めて待ってくれる志のほうに、遙かなありがたさと、人間の世の限りなき隣りの恩を思わせられた。
翌る日。
すでに北条父子は、彼のために一襲の衣服と、扇子、懐紙などまで整えて、
『めでたい日、おこころ爽やかに行って参られい』
と、朝の膳は、赤い御飯、魚頭つき、あだかもわが家族の元服でも祝うかの如き心入であった。
この温情に対して、また、沢庵の好意を酌んでも、武蔵は、自分の望みばかり固持していられなかった。
秩父の獄中でも、ふかく考えてみたことである。
法典ケ原の開墾に従事して、およそ二ヵ年足らずのあいだ、土に親しみ、農田の人々と一緒に働いてみて、自己の兵法を、大きな治国や経綸の政治に活かしてみたいという野心はかつて本気で抱いてみたことであるが――江戸の実情と、天下の風潮、まだまだ決して、彼が理想するような所までには、実際において来ていない。
豊臣と徳川と、これは宿命的にも、大きな戦争をまだ敢てやるだろう。思想も人心も、為に、なお混沌たる暴風期を衝き抜けなければならない。そして関東か、上方か、いずれかに統一を見るまでは、聖賢の道も、治国の兵法も、いうべくして行われるわけはない。
明日にも、そうした大乱があるとする――その場合に、自分はいずれの軍へつくべきだろうか。
関東に加担するか。上方に走って味方するべきか。
それとも、世をよそに、山へ分け入って、天下の鎮まるのを、草を喰って待っているべきだろうか。
(いずれにせよ、今、将軍の一師範になって、それを以て、甘んじてしまったら、自分の道業もまずは知れたものといえよう)
朝の陽のかがやく道を、彼は式服を着、見事な鞍の駒にまたがり、栄達の門へと、そうして一歩一歩近づいておりながら、猶、心のどこかでは、満足しきれないものがあるのだった。
「下馬」
と、高札が見える。
伝奏屋敷の門だった。
玉砂利をしきつめた門前に、駒つなぎがある。武蔵がそこで降りていると、すぐ一名の役人と、馬預りの小者が飛んでくる。
『昨日、御老中よりの御飛札により、お召を承って罷りこした宮本武蔵と申すものでござる。控え所詰お役人方までお申し入れ願わしゅうございます』
この日、武蔵は元よりただ一名であった。暫く待つ間に、此方へとべつな案内が来て先に立つ。
『お沙汰あるまでこれにお控えください』
蘭の間とでもいうか、絵襖いちめんに春蘭と小禽が描いてある。長さ二十畳の広い部屋である。
茶菓が出る。
人の顔を見たのはそれだけで、後はおよそ小半日も待たされた。
襖の小禽は啼かず、描いた蘭は香いもせぬ。武蔵は、欠伸を催して来た。
五
やがて、閣老の一名であろう、赫顔白髪の見るからに凡庸でない老武士が、
『武蔵どので在わすか。長々お待たせして、無礼おゆるしを』
と、あっさりそれへ出て来て坐った。ふと仰ぐと、川越の城主である酒井忠勝であった。けれどここでは江戸城の一吏事に過ぎないので、侍者一名を側につれただけで、至極格式に囚われていないふうである。
『お召に依って』
と、武蔵が――これは先方が威儀作ろうと否とにかかわらず――長者に対するいんぎんな礼を執って、ひたと、平伏しながら、
『作州牢人、新免氏の族、宮本無二斎がせがれ武蔵と申しまする者、将軍家御内意の趣きに、御城門先までまかり出でましてござります』
忠勝は、肥えたふたえ顎を、小さく何度も頷かせて、
『大儀、大儀でおざった』
と、受けた。
そしてややいい渋った面持に、気の毒そうな眼を持ちながら、
『時に――予て沢庵和尚や安房殿などから、御推挙あった其許の仕官の儀......。昨夜に至って、いかなる御都合変りにや、遽かにお見合せというお沙汰じゃ。――われらにも些と解しかねるので、御事情のほど、又御再考もあらばと――実は今の今まで、御前において再評議もあったのじゃ。然し折角のことではあったが、此度の儀は、やはり御縁のないこととなり終った』
といって、忠勝は慰めることばもないように――また、
『毀誉褒貶――浮世のありふれ事、前途のお気に障えられなよ。人事総て、眼前を観ただけでは、何が幸不幸とも申されぬで』
――武蔵は、平伏のまま、
『......はっ』
と、なおひれ伏していた。
忠勝の言葉は、むしろ耳に温かく聞えた。同時に胸の底から、わき出ずる感激が身をひたした。
反省はあっても、彼とて人間である。もし無事に任命があったら、このまま幕府の一吏事となって、かえって大禄や栄衣が、剣の道業を、若木で枯らしてしまうかもしれない。
『お沙汰の趣き、相分りました。ありがたく存じまする』
自然そういったのである。不面目などという気は毛頭なかった。皮肉もない。彼としては、将軍以上のものから、一師範役以上のもっと大きな任を――その時、神のことばを以て、胸に授けられていた。
神妙な――と忠勝はその体をながめ入って、
『余事であるが、聞けば、其許には武辺に似あわぬ風雅のたしなみもあるそうな。何ぞ、将軍家へお目にかけたいと思う。......俗人共の中傷や陰口には、答える要もないが、かかる折、毀誉褒貶を超えて、たしなむ芸術に、己れの心操を無言に残しておくことは、少しも差閊えなかろうし、高士の答えとわしは思うが』
『............』
武蔵が、彼のことばを心に解いているうちに、忠勝は、
『後刻までに』
と、席を立った。
忠勝の言葉のうちには、毀誉褒貶とか、俗人たちの中傷とか陰口とかいう事が、幾度か、意味ありげに繰返されていた。――それに答える要はないが、潔白な武士の心操は示しておけ! 暗にそういったように武蔵には解かれた。
『そうだ、自分の面目は、泥に委そうと、自分を推挙し給わった人たちの面目をけがしては......』
武蔵は、広間の一隅にある純白な六曲屏風に眼をとめた。やがてこの伝奏屋敷の溜りの小侍を呼び、酒井どのの仰せにまかせて一筆余技をのこして参りたい故、もっとも佳い墨と、古い朱と、少量の青い顔料とをお貸し下げねがいたいといった。
六
子どもの頃は誰でも画を描く。画を描くのは、歌をうたうも同じだ。それが大人になると極ってみな描けなくなる。生半可な智恵や目が邪げるからである。
武蔵も、幼少の時は、よく画を描いた。環境の淋しかった彼は、特に画が好きだった。
だがその画も、十三、四から二十歳過ぎまでの間は、ほとんど忘れていた。――その後、諸国を修行中、多くは宿泊する寺院で、或る時は貴顕の邸宅で屢屢、床の間の軸や壁画に接する機会が多くなり、描かないまでも、又、興味を持つようになった。
いつだったか。
本阿弥光悦の家で見た梁楷の栗鼠に落栗の図を観――その粗朴なうちに持つ王者の気品と、墨の深さを、いつまでも忘れなかったりしたこともある。
多分、あの頃からであったろう。彼がふたたび画に眼をひらき出したのは。
北宋、南宋の稀品。又、東山殿あたりからの名匠の邦画。それから現代画として行われている山楽だの友松だの狩野家の人々の作品など、折ある毎に、武蔵は観てきた。
自然、その中に彼の好き不好があった。梁楷の豪健な筆触は、剣の眼から観ても巨人の力をうけるし、海北友松は根が武人であるだけに、晩年の節操も、画そのものも師とするに足ると思った。
又、洛外の滝の本坊にいるという隠操の雅人、松花堂昭乗の淡味な即興風のものにも心をひかれた。沢庵とも深い友達であると聞いて、更に慕わしい気もちをその画に持っていた。――けれど自分の歩まんとする道とは――行末は一つ月を見る所に落ち合うまでも、遠いべつな世に住む人のような気がするのでもあった。
で、時には。
人には示さぬものとして、密かに自分でも描いてみたりした。だが彼も、いつの間にかやはり描けない大人になっていた。智が働いて、性が働かないのだ。巧く描こうとばかりして、真の流露というものが現せない。
厭になって、もう止した。――だが又ふと、何かに感興をよび起されて、人知れず描いてみる。
梁楷を模し、友松を倣い、時には松花堂の風をまねたりして――。然し、彫刻は二、三人にも示したが、画はまだ曾って、人に見せた例しはない。
『......よし!』
それを今、彼は、描いてしまった。しかも六曲半双へ、一気に。
試合の後――ほっと息づくように胸をあげて、静かに、筆洗へ筆の先を沈めると、描きあげたわが画に一顧もせず、伝奏屋敷の控えの広間から、さっさと退出してしまった。
『――門』
武蔵は、そこの豪壮な門を跨いで、ふと振り顧った。
入るが栄達の門か。
出るが栄光の門かと。
人はなく、まだ濡れている屏風のみが残されてあった。
いちめんに武蔵野之図が描いてあった。大きな旭日だけを、わが丹心と誇示するように、それだけに朱が塗ってあって、後は墨一色の秋の野だった。
酒井忠勝は、その前に坐ったまま、黙然と腕を拱んでいること暫し、
『ああ、野に虎を逸した』
と、独り呻いた。
天 音
一
武蔵は、何か思うところあったのか、その日、辰の口御門を去ると、牛込の北条家には戻らず、武蔵野の草庵へ帰ってしまった。
留守をしていた権之助は、
『オオ、お戻り』
と、すぐ駒の口輪を取りに外へ飛び出して来る。
いつになく糊目のついた式服すがたの武蔵。美々しい螺鈿の鞍など――さては今日のうち登城もすみ、首尾も上々に、就任の沙汰は極まったものと、権之助は早のみこみして、
『おめでとう御座りました。......はや明日からでも、御出仕でござりますか』
武蔵が坐ると、藺蓆のすそに彼も坐って手をつかえながら、欣びを述べるつもりで直ぐいった。
武蔵は笑って、
『いや、沙汰止になった』
『えっ......?』
『よろこべ、権之助。今日になって。遽かにお取消という沙汰』
『はて。腑に落ちぬことで。一体どういうわけでございましょう』
『問うに及ばん。理由など糺して何になろう。むしろ天意に謝していい』
『でも』
『其方まで、わしの栄達が、江戸城の門にばかりあると思うか』
『............』
『――とはいえ、自分も一時は野心を抱いた。然しわしの野望は、地位や禄ではない。烏滸がましいが、剣の心をもって、政道はならぬものか、剣の悟りを以て、安民の策は立たぬものか。――剣と人倫、剣と仏道、剣と芸術――あらゆるものを、一道と観じ来れば――剣の真髄は、政治の精神にも合致する。......それを信じた。それをやってみたかった故に、幕士となってやろうと思った』
『何者かの、讒訴があったか、残念でござりまする』
『まだいうか。穿きちがえてくれるな。一時は、そんな考えも抱いたことは確かだが、其後になって――殊に今日は、豁然と、教えられた。わしの考えは、夢に近い』
『いえ、そんな事はござりませぬ。よい政治は、高い剣の道と、その精神は一つとてまえも考えまする』
『それは誤りはないが、それは理論で、実際でない。学者の部屋の真理は、世俗の中の真理とは必ずしも同一でない』
『では、われわれが究めて行こうとする真理は、実際の世の為には役立ちませんか』
『ばかな』
と、武蔵は憤るが如く。
『この国のあらん限り、世の相はどう変ろうと、剣の道――ますらおの精神の道が――無用な技事になり終ろうか』
『......は』
『だが深く思うと、政治の道は武のみが本ではない。文武二道の大円明の境こそ、無欠の政治があり、世を活かす大道の剣の極致があった。――だから、まだ乳くさいわしなどの夢は夢に過ぎず、もっと自身を、文武二天へ謙譲に仕えて研きをかけねばならぬ。――世を政治する前に、もっともっと、世から教えられて来ねば......』
そういった後で、武蔵はにやにやと笑った。抑えきれない自嘲を洩らすように。
『......そうだ。権之助。硯はないか。硯がなくば、矢立を貸してくれい』
二
何か、書面を認めて、
『権之助。大儀ながら、使に行ってもらいたいが』
『牛込の北条どののお邸へでございますか』
『そうだ。委細、武蔵のこころは書中にある。沢庵どの、安房どのへ、そちからも宜しゅうお伝え申しあげてくれい』
武蔵は、そう告げて、
『そうそう、ついでに伊織より預かりおる品、そちの手から彼へ、戻しておいてほしい』
取出して、書面と共に、権之助の前へさし出した物を見ると、それはいつか伊織から武蔵へ預けた――父の遺物という古い巾着であった。
『先生』
権之助は、不審顔に、膝をすすめ――
『いかなる理でございますか。改まって、伊織からお預かりの品までを。遽かにお返しあるとは』
『誰とも離れて、武蔵は又、しばらく山へ分け入りたい』
『山ならば山へ、町ならば町の中へ、何処までも、弟子として、伊織も手前もお供いたす所存にござりますが』
『永くとはいわぬ、両三年が間、伊織の身は、そちの手に頼む』
『えっ。......ではまったく、隠遁の御意思で』
『まさか――』
武蔵は笑いながら、膝を解いて、うしろに手をつかえ、
『乳臭いわしが、今から何で――。先にいった大望もある。あれやこれ、慾もこれから。迷いもこれから。――誰が歌か、こういうのがあった』
なかなかに
人里近くなりにけり
あまりに山の
奥をたずねて
武蔵が口誦さむのを、権之助は頭を垂れて聞いたが、そのまま、使の二品を懐中に、
『ともあれ、夜にかかりますゆえ急いで参ります』
『ウム。拝借の駒、お厩へお返し申しておいてくれい。衣服は、武蔵が垢をつけたものゆえ、このまま頂戴いたしおくとな』
『はい』
『本来、辰の口より今日すぐに、安房どののお邸の方へ戻るべきなれど、此度のこと、お取止めの御諚あるからには、武蔵の身に、将軍家御不審あればこそである。将軍家に直仕召さるる安房どのへ、これ以上の御昵懇は、おためにもならぬことと思うて――わざと草庵へ掃って来た。......この儀は、書中には認めてないから、其方の口上にて、悪しからず伝えおいてくれるよう』
『承知いたしました。......とにかく手前も、今宵のうちに、直ぐ戻って参りますから』
もう赤々と野末に夕陽は沈みかけている。権之助は、駒の口輪を把って、道を急いだ。師のために貸し与えられた他家の鞍なので、返しにゆくには、勿論、その駒には乗らない。――誰も見てはいないし、空いている駒だが、曳いて歩くのであった。
赤城下に行き着いたのは、夜も八刻頃であった。
――どうしてまだ帰って来ないのか?
と、北条家では案じていたところなので、権之助はすぐ奥へ通され、書面も沢庵の手で、即座に封を切られた。
三
使として、権之助がここに見える前に、この席の人人は、武蔵の就任取止めの沙汰を、或る方面から洩れ聞いていた。
或る方面というのは、やはり幕閣の一員で、その者がいうには、遽かに、武蔵の登用が中止になった原因は、閣老のうちからも、又、奉行所方面からも、武蔵の素性や行状について、種々、おもしろくない材料が、将軍家へ提出されたためだとある。
不合格となった、何よりもいけない点は、
――彼は仇持ちだ。
という風評が専らにあることだった。しかも非は彼にあって、彼を仇と狙って永年辛苦している者は、もう六十路をこえた老婆だと聞えたので――同情は翕然としてその年寄にあつまり、武蔵には反対なものが、御採用という機会に、一時に現れたものらしいとの話であった。
どうして、そんな誤解が生じたのかに就いては北条新蔵が、
(いや、そのことなら、その策で、当家の玄関へ、執こくやって参りましたよ)
と、留守中、本位田家のばばが、武蔵の悪たいを並べて立ち去ったことを、初めて、父と沢庵の耳に入れたのだった。
それで分った、原因が。
然し、わからないのは、あんな婆の触れ言をそのまま信じる世間の輩であった。それも居酒屋や井戸端の集合者なら知らぬこと、分別ぶった相当な人間が――しかも為政者ともある連中が――と、きょう半日は、啞然としていた折なのである。
所へ、武蔵の使として、権之助が書面を齎したので、さては、不平の辞かと披いてみると、
委細、権之助よりお聞え上げ賜わるべし。さる人の歌に
なかなかに
人里ちかくなりにけり
あまりに山の
奥をたずねて
近頃おもしろく覚え候うて、又いつもの持病かや、旅にさまよい出で候
左の一首は、又の旅出に即興の腰折れ、おわらい賜わるべく候
乾坤を
そのまま庭と
見るときは
われは浮世の
家の戸ざかい
猶、権之助が口上で、
『辰の口から一応は御当家へ帰って、委細、申しあげるのが順でございますが、すでに幕閣より、御不審の目をもって見られたる身が、心易げに、御邸内に出入りする儀はいかがかと――わざと差控えて草庵へ戻りました由。これも師武蔵からの伝言でござりました』
そう聞くと、一しお、北条新蔵も、安房守も、名残りが惜しまれて遽かに、
『何の御遠慮ぶかい。――このままでは、こちらの心も何となくすまぬ。沢庵どの、呼び迎えても来ぬかも知れぬ。これより駒をつらねて、武蔵野まで訪れようか』
起ちかけると、
『あ。お待ちください。手前もお供仕りますが、伊織へ返せと、師から申しつかって来た品があるので。――恐れ入りますが、伊織をこれへ、お呼びくださいませぬか』
と、彼へ手渡す例の古びた革の巾着を、懐中から出して、それへおいた。
四
伊織はすぐ呼ばれて来て、
『はい。何ですか』
目ばやく、眼はもうそこに置いてある自分の革巾着を見つけている。
『これを、先生からお前にお返しになった。お前の父の遺物だから、大事に持てと仰っしゃった』
権之助は、それと共に、師の武蔵が暫くわれわれと別れて御修行の途に上るから、おまえは今日以後、当分はわしと共に暮すことになろうということをもいい渡した。
伊織はすこし不服顔。
だが、沢庵がいるし、安房守もいるので、
『はい』
と不承不承うなずく。
沢庵は、その革巾着が、彼の父親の遺物と聞いて、伊織の素性に就いていろいろ糺してみると、祖先は最上家の旧臣で代々三沢伊織と名乗る家柄だという。
何代前かに、主家の没落にあい、戦乱の中で一族は離散してしまい、その後は諸国を漂泊って、父の三右衛門の代になってやっと下総の法典ケ原に畑をもち、農夫となって住みついていたのだとも――伊織は問いに答えていう。
『ただ、よく分んないのは、おらに姉さんがあるっていったけれど、お父つぁんも、詳しいことをいわないし、お母さんは、早く死んじまったから、何処の国にいるのか、生きているのか死んだのか、分んない』
率直な伊織の答えを聞きながら、沢庵はその由緒ありげな革巾着を膝に取って、先刻からその中の蝕んだ書付や守り袋など、丹念に見ていたが、そのうちに、愕きの眼をみはって、一紙片の文字と、伊織の顔とを、まじまじ穴のあくほど見較べた末に、
『伊織。その姉なら、父三右衛門の筆らしいこの書付に書いてあるが』
『書いてあっても、何のことか、おらにも、徳願寺のお住持でも分らないんです』
『よく分っておる。この沢庵には......』
と、その一紙片を人々の眼の前に拡げて沢庵が読んだ。文章は数十行に亙るが前の方は略して、
――飢エ仆ルル共、二君ヲ求ムル心無ク、夫婦シテ流転年久シク、賤シキ業シテ歩クウチ、一年中国ノ一寺ニ、一女ヲ捨テ、伝来ノ天音一管ヲ襁褓ニ添エテ、慈悲ノ御廂ニ、子ノ末ヲ祈願シ奉リテ又他国ニ漂泊ウ。
後、コノ下総原ニ一茅ノ屋ト田ヲ獲、年経ルママ思エドモ、山河ヲ隔テ、又消息ヲ絶ツノ今、カエッテ子ノ幸ニ如何アルベシナド思イ、イツシカ歳月ノ流レニマカセ了ンヌ。
浅マシキ哉、人ノ親。鎌倉右大臣モ歌イケル
ものいわぬ
四方の獣すらだにも
あわれなるかなや
親の子をおもう
サアレ二君ニマミエ、私ヲ負イ名ヲ争ウテ、武門ノ果ヲ汚サンヨリハ祖先モアワレト見ソナワシ給ウベシ。ワガ子モ亦、コノ父ノ子ゾカシ。名ヲ惜ムトモ、サモシキ粟食べルナ。
『会うことができるぞ。この姉なら、わしも若年からよう知っておる。武蔵も存じておる。伊織、さあおまえも行け』
沢庵は、席を立った。
だが、その夜、武蔵野の草庵へ急いだ人々も、遂に武蔵とは会えなかった。
夜の明けかけた野末の果に、一朶の白雲を見たのみである。
春 告 鳥
一
ここは、鶯の名所。
柳生の城のある柳生谷――
武者溜りの白壁に、二月の陽がほかりと映して、槍梅の影が一枝、静かな画になっている。
南枝の梅花は誘っても、片言の初音の声は、まだ稀にしか聞かれないが、野路や山路の雪が解けると共に、めっきり殖え出してくるのが、今、天下に遍き武者修行と称する客で、
――頼もう。頼もう。
の訪れだの、
――大祖石舟斎先生に一手。
だの。又、
――てまえこそは何の某が流れ汲む、何の誰それ。
だのといって、例の石垣坂の閉まっている門を無益に叩く者が、寔に踵を接して来るのである。
『どなたの御添書でお越しになろうと、宗祖は老年故、一切、お目にもかかりませぬ』
と、ここの番士は、十年一日のごとく同じ言葉で、そういう客を謝辞している。
中には、
『芸道には、貴賤の差も、名人と初心の差も、道に於いては、無いはずでござろうに』
などと小理窟こねて、憤々として帰る武芸者もあるが、何ぞ知らん、石舟斎はすでに去年、世に亡き人になっていた。
江戸表にある長子の但馬守宗矩が、この四月中旬にならなければ公儀から暇をとって帰国できない事情にあるため――まだ喪を発せずに秘めてあるのだった。
心なしか、そう思って、吉野朝以前からというここの古い砦型の城を仰ぐと、四山の春は迫って来ているに関わらず、どことなくしいんとして冷寂な感がある。
『お通さま』
奥の丸の中庭に立って、ひとりの小僧が、今、彼方此方の棟を見まわしていた。
『――お通さま。どこにお在ででございますな』
すると、一つの屋の障子があいた。室の中に焚き籠められていた香の煙が、彼女と共に外へ流れた。百日の忌を過ぎても猶、陽に会わないでいる故か、梨の花のように白い愁いを顔に漂えている。
『持仏堂でございます』
『お。又それへ』
『御用ですか』
『兵庫さまが、ちょっと、来て欲しいと申されまする』
『はい』
縁づたいに、又、橋廊下を越えたりして、そこから遠い兵庫の部屋へ訪ねてゆく。――兵庫は縁に腰かけていたが、
『オオ。お通どの、来てくれたか、わしの代りになって、ちょっと挨拶に出てもらいたいが』
『どなたか......お客間に?』
『先刻から通って、木村助九郎が挨拶に出ておるが、あの長談義には閉口なのだ。殊に、坊主と兵法の議論などは参るからな』
『ではいつもの、宝蔵院様でいらっしゃいますか』
二
奈良の宝蔵院と柳生ノ庄の柳生家とは、地理的な関係からも、遠くないし、槍法と刀法の上からも、因縁が浅くなかった。
故石舟斎と、宝蔵院の初代胤栄とは、生前親しい間がらであった。
石舟斎の壮年時代に、真に悟道の眼をひらかせてくれた恩人は、上泉伊勢守であったが、その伊勢守を、初めて柳生ノ庄へ連れて来て紹介わせた者は、胤栄であったのである。
――だがその胤栄も、今は故人になって、二代胤瞬が、師法をうけ、宝蔵院流の槍なるものは、その後愈々、武道興隆の時潮に乗って、時代の一角に、一つの大淵叢をなしているのだった。
『兵庫どのが、お見えにならぬが、胤舜が参ったこと、お伝えくだされたかの』
今日しも、書院の客座に、二人の法弟を従えて、先刻から話している者が――その宝蔵院の二世権律師胤舜で、その応接に、下座にあるのが、柳生四高弟の一人、木村助九郎なのである。
故人との関係から、よくここへは訪れるのである。それも、忌日や法事などでなく、どうも兵庫をつかまえて、兵法を談じたいのが目的らしいのだ。そしてあわよくば、故人石舟斎が、
(叔父の但馬も及ばず、祖父のわれにも優れたるやつ)
と、眼の中へ入れても痛くないほど鍾愛して、上泉伊勢守から自身が受けた新陰の相伝、三巻の奥旨、一巻の絵目録など、総てこれを生前に授けたと聴く、故人の孫の柳生兵庫に対し胤瞬が自ら奉じるところの槍をもって、一手の試合を望んでいるらしい気ぶりも仄見えるのである。
それを悟ったか、兵庫は、彼の訪れにもここ二、三回、
(風邪ごこちにて)
とか、
(やむなき差閊えで)
とかいって、避けている。
きょうも胤瞬は、なかなか帰る気ぶりもなく、やがて兵庫が、席に見えるのを、何となく期待しているらしい。
木村助九郎は、察して、
『はい、最前、お伝えしておきました故、お気分さえよろしければ、御挨拶に見えましょうが......』
と、何とつかず、いい濁していた。
『まだ、お風邪気かな?』
と、胤舜はいう。
『は、どうも......』
『平常、お弱くおられるか』
『御頑健な質でおられますが、久しく江戸表に御座って、山国の冬を越されたのは、近年ない事なので、馴れぬ寒さがこたえたのかも知れませぬ』
『頑健といえば、兵庫どのが、肥後の加藤清正公に見こまれて、高禄にて聘せられた折――お孫の為に故人の石舟斎様が、おもしろい条件をつけられたそうですな』
『はて。聞き及んでおりませぬが』
『拙僧も、先師胤栄から聞いたのですが、肥後殿へここの大祖がいわるるには、孫奴は、殊のほか短慮者故、御奉公を過まっても、三度まで死罪のお宥しをお含みおき下さるなら、差出しましょうといわれたそうな。......はははは、そのように、兵庫どのは、御短慮と見えるが、大祖にはよほどお可愛かったものとみえますな』
三
そこへ、お通が出て、
『これは、宝蔵院様でいらっしゃいますか。折悪く、兵庫さまには、江戸城へさし上す何やらの御目録とかを認め中で、失礼ながらお目にかかりかねる由にござりまする』
そう告げて、次の間まで用意して来た菓子、茶などを整え、
『粗葉でござりますが......』
と、胤舜へ先に――居並ぶ法弟たちの前へもすすめた。
胤瞬は、落胆顔して、
『それは残念な。――実はお目にかかってお告げ申したい大事があるのだが』
『何ぞ、てまえで足りる儀なればお伝え申しておきますが』
と、木村助九郎が傍からいうと、
『やむを得まい。では其許からお耳へ入れておかれい』
と胤舜は、やっと用談の本筋へはいった。
兵庫の耳へ入れたいというのはこうだ。この柳生ノ庄から一里ほど東――梅の樹の多い月ケ瀬の辺は、伊賀上野城の領地と、柳生家の領と、ちょうど境になっているが、その辺は、山崩れやら、縦横の渓流や、部落も飛々で、確かな国境というものがない。
ところが。
伊賀上野城は従来、筒井入道定次の所領であったものを、家康が没取して、これを藤堂高虎に与え、その藤堂藩は、昨年、入部してから、上野城を改築し、年貢の改租やら治水やら、国境の充実やら、目ざましく新政を布いている。
その勢いが余ってか、月ケ瀬の辺へ近頃たくさんな侍を派し、勝手に小屋を建てたり梅林を伐採したり、勝手に旅人を阻めたりして、柳生家の領土を侵害しているという噂が頻りと聞えてくる。
『――思うに御当家が喪中にあるのをよい機として、藤堂家がわざと国境を押し出し、やがて勝手な所へ関の柵でも構えてしまおうという考えかもしれぬ。いささか老婆心に過ぎたるようじゃが、今のうちに、抗議なさらねば、悔いても及ばぬ事になりはしまいか』
胤瞬の話に助九郎は家臣の一人としても、
『よいお知らせを賜わりました。早速。取り糺して抗議いたしましょう』
と、厚く礼をのべた。
客が帰ると、助九郎は、さっそく兵庫の部屋へ出向いた。兵庫は聞いたが、一笑に附して、
『抛っておけ。そのうち叔父が帰国した時、処理するだろう』
と、いった。
だが、国境沙汰となれば、一尺の地でも、問題はゆるがせに出来ない。どうしたものか、他の老臣や四高弟の者にも計って、対策を講じなければなるまい。相手は藤堂という大藩だし、大事を取ってかかる要もある。
そう考えて、翌日を待っていると、その日の朝。
新陰堂の上の道場から、いつものように家中の若者へ一稽古をつけて、助九郎が出て来ると、外に立っていた炭焼山の小僧が、
『おじさん』
と、後から尾いて来て、彼の腰へお辞儀をした。
月ケ瀬からずっと奥の服部郷荒木村という僻地から、常に炭だの猪の肉だのを――城内へ大人と一緒に担いでくる――丑之助という十三、四歳の山家の子だった。
『おう、丑之助か。また道場を覗きおったな。きょうは自然薯の土産はないか』
四
彼の持って来る山芋は、この附近の山芋よりうまかった。で、助九郎が戯れ半分に訊くと、
『きょうは芋は持って来なかったけれど、これをお通さんに持って来た』
と。丑之助は、手に提げていた藁苞を上げて見せた。
『蕗の薹か』
『そんなもんじゃねえよ。生き物だ』
『生き物』
『おらが、月ケ瀬を通るたんびに美い声して啼く鶯がいるんで、眼をつけといて捕まえたんさ。お通さんにやろうと思って――』
『そうだ。そちはいつも、荒木村からこれへ来るには、月ケ瀬を越えて参るわけだな』
『ああ、月ケ瀬よか他には道はねえもの』
『では訊くが......。あの辺に近頃、侍が沢山入り込んでおるか』
『そんなでもねえが、居るこたあ居るよ』
『何をしているか』
『小屋あ建って、住んで、寝てるよ』
『柵のような物を築いておりはせぬか』
『そんな事あねえな』
『梅の樹など伐り仆したり、往来の者を調べたりしておるか』
『樹を伐ったのは、小屋あ建てたり、雪解で流された橋を渡したり、薪にしたりしたんだろう。往来調べなんか、おらあ見たことねえが』
『ふうむ......?』
宝蔵院衆の話とちがうので助九郎は小首をかしげた。
『その侍たちは藤堂藩の人数と聞いたが、然らば何の為に、あんな所へ出張って屯しておるのか。荒木村などでの噂はどうだ?』
『おじさん、そりゃあ違うよ』
『どうちがう』
『月ケ瀬にいる侍たちは、奈良から追われた牢人ばっかしだよ。宇治からも奈良からも、お奉行に趁われて、住むところが無くなったから、山ン中へ入って来たんさ』
『牢人か』
『そうだよ』
助九郎は、それで解けた。
奈良奉行として、徳川家の大久保長安が着任してから、関ケ原の乱後まだ仕官もせず職にもつかず、町で始末に困っていた遊民の侍を、各地から追った事がある。
『おじさん。お通さんはどこに居るね。お通さんに、鶯を上げたいんだけど』
『奥だろう。――だが、こら丑之助。御城内を勝手に飛びあるいてはいかんぞ。貴様、百姓の子に似あわず、武芸好きだから、御道場を外から見ることだけは、特別にゆるしておくが』
『じゃあ、呼んで来てくれないかなあ』
『オ......。恰度よい。お庭口から彼方へ行くのは、それらしいぞ』
『あっ。お通さんだ』
丑之助は、駈けて行った。
いつもお菓子をくれたり、優しい言葉をかけてくれる人である。それに山家の少年の眼から見ると、此の世の人とも思えない神秘な美しさを感じるのであった。
その人は振向いて、遠くからにこと笑った。丑之助は駈け寄って、
『鶯を捕って来た。お通さんに上げるよ、これ――』
と、苞を出して見せた。
『え。鶯......』
さぞ喜ぶと思いのほか、彼女が眉をひそめたまま手を出さないので、丑之助は不平顔をした。
『とても美い鳴き声をする奴なんだよ。お通さんは、小禽を飼うのは嫌いかい?』
五
『嫌いではないけれど、苞に入れたり。籠に入れたり、鶯が可哀そうですもの。籠に入れて飼わなくても、ひろい天地に放しておけば、いくらでも美い音を聞かしてくれるでしょ......』
彼女が、諭すと、自分の好意を受けられなかったように不満だった丑之助も、
『じゃあ、放しちまおうか』
『ありがとう』
『放したほうが、お通さんは、欣しいんだろ』
『ええ。おまえが持って来てくれた気持は受けておきますから』
『じゃあ、逃がしちまえ』
丑之助は、晴々といって、藁苞の腹を破った。その中から一羽の鶯が跳ね出した。そして征矢みたいに、城の外へ飛んで行った。
『ごらん。――あんなに欣んで行ったでしょ』
『鶯のことを、春告鳥ともいうんだってね』
『おや。誰に教えてもらいました?』
『そんな事ぐらい、おらだって知ってらい』
『オヤ。ごめん』
『だからきっと、お通さんとこへ、何かいい便りがあるよ』
『まあ! わたしにも春を告げて来るような、よい便りがあるというの。......ほんとに心待ちに待っている事があるのだけれど』
お通が歩み出していたので、丑之助も歩いた。けれどそこらは本丸の奥の藪だたみなので、
『お通さん、何処へ、何しに行くつもりだったんだい? もうここはお城の山だぜ』
『余りお部屋にばかり居ますから、気を晴らしに、そこらの梅花を見に出たのです』
『そんなら、月ケ瀬へ行けばいいじゃないか。――お城の梅花なんか、つまらないや』
『遠いでしょ』
『すぐさ。一里だもの』
『行ってみたい気もするけれど......』
『行こう。――おらが薪を積んで来た牛が、この下に繫いであるから』
『牛の背へ』
『うん。おらが曳いて行くで』
ふと、彼女は心がうごいた。苞の鶯のように、この冬は、城の外へ出なかった。
本丸から山づたいに、搦手の雑人門の方へ降りて行った。そこの城門には、常詰の番人がいて、いつも素槍を持って歩いているが、彼女の姿を見ると、番人も遠方から笑って頷いただけである。丑之助はもちろん鑑札を持っている。だが、その鑑札を示す必要のないほど、彼も番人たちとは親しかった。
『被衣を着てくればよかった』
牛の背に乗ってから、彼女はそう気づいてつぶやいた。知ると知らぬに関わらず、道傍の軒から彼女を仰ぐ者や、行き会う百姓たちは、
『よいお日和様でございます』
と、ていねいに挨拶した。
だが、暫く行くと、城下の家々もまばらになった。――そして後に柳生の城が山のすそに白く振り返られた。
『黙って出て来てしまったけれど、陽の明るいうちには帰れますね』
『帰れるとも。おらが又、送って来るから』
『だって、おまえは、荒木村へ戻るのでしょ』
『一里ぐらい、何度往き来したって......』
話しながら行くうちに、城下端れの塩屋の軒で、塩と子猪の肉とを交換していた牢人ていの男が後からのそのそ追いついて来た。
奔 牛
一
道は、月ケ瀬の渓流に沿って行くのである。行く程に又、その道は悪くなるばかりだった。冬を越えた雪解のあとは、通る旅人も稀れだし、この辺りまで、梅花を探りに来る者などは殆どない。
『丑之助さん。おまえ村から里へ来る時は、いつもここを通って来るの』
『ああ』
『荒木村からは、柳生へ出るよりも、上野の御城下へ出たほうが、何をするにも、近いんでしょ』
『けれど、上野には、柳生様みたいな剣法のお屋敷がないものなあ』
『剣法が好きかえ』
『うん』
『お百姓には、剣法はいらないじゃないか』
『今は百姓だけど、以前は百姓じゃねえもの』
『お侍』
『そうだよ』
『おまえも、お侍になる気?』
『アア』
丑之助は、牛の手綱を抛って、渓流のふちへ駈け下りた。
岩から岩へ架け渡してある丸太の端が、渓流に落ち込んでいるのを直して、戻って来た。
すると、後から歩いていた牢人ていの男が、先へ橋を渡って行った。橋の途中からも、向うへ渡ってからも、お通のすがたを、何度も不遠慮に振り顧って、すたすたと山間に隠れて行った。
『誰だろ?』
お通は、牛の背で、ちょっと不気味な気もちに襲われてつぶやいた。丑之助はわらって、
『彼んな者恐いのか』
『恐かないけれど......』
『奈良から追われた牢人だよ。この先へ行くと、山住居してたくさん居るぜ』
『大勢?』
お通は、帰ろうかと惑った。梅花はもう眼を遣る所に咲いていた。けれど山峡の冷気が肌身に沁みて、梅花に楽しむよりも、心は人里にばかり牽かれていた。
だが、丑之助の引く手綱は、無心に先へ先へ歩いている。そして、
『お通さん、後生だから、おらを木村様に頼んで、お城の庭掃きでも水汲みにでも、雇ってくれねえかなあ』
などといった。
丑之助の日頃の望みは、それにあるらしかった。祖先の名は菊村といい、親代々、又右衛門を名乗って来たから、自分も侍になった上は、又右衛門と改める。そして菊村という名からは、偉い先祖が出ていないから、自分が剣法で家を立てたら、郷土の名を取って荒木を姓にし、荒木又右衛門と名のるつもりだ――などと姿に似げない抱負を述べる。
お通は、この少年の夢を聞くにつけ、城太郎はどうしたろうと、弟のように、別れた彼の身が考え出された。
(もう、十九か二十歳)
城太郎の年をかぞえると、ふと彼女は堪らない淋しさに駆られた。自分の年を思い出したからである。月ケ瀬の梅花はまだ浅い春だったが。自分の春は過ぎようとしている。女の二十五を越えては――。
『もう帰りましょう。丑之助さん。元の道へ、返っておくれ』
丑之助は、飽気ない顔をしたが、いわるるまま牛の頭を向け直した。――と、何処かで、オオーイと呼ぶ声がその時聞えた。
二
さっきの牢人と、他にもう二人、同じ風体の男が近づいて来て、お通の乗っている牛の周りに、腕拱みして立ったのである。
『おじさん達。呼び止めて、何か用があるのかい』
丑之助はいったが、丑之助へは振り向く者もない。三人が三人共、卑しげな眼をお通へ集めて、
『なるほど』
と、呻き合っている。
そのうちに、一人が又、
『ウーム、美人だ』
と、不遠慮にいって、
『――おい』
と、仲間を顧みた。
『おれはこの女を、どこかで見た覚えがあるぜ。多分、京都だと思うが』
『京都にはちがいあるまい。見るからに山里の女とはちがう』
『町でちらと見ただけか、吉岡先生の道場で見たのか、覚えはないが、慥に見たことはある女だ』
『おぬし、吉岡道場などに、居たことがあるのか』
『居たとも、関ケ原の乱後、三年ほどはあそこの飯を喰っていたものだ』
――何の用事か分らない。人を止めておいて、こんな雑談をし――そしてはじろじろとお通の体から顔を、さもしい眼で撫で上げている。
丑之助は、腹を立てて、
『おい。山のおじさん。用があるなら早くいってくんな。帰り途の陽が暮れちまうから』
ぎょろりと、牢人の一人が、初めて丑之助を見、
『われやあ、荒木村から出て来る、炭焼山の小僧じゃねえか』
『そんな事が、用なのかい』
『だまれ、用事は、汝れにあるわけじゃない。汝れは、さっさと帰る方へ帰れ』
『いわれなくても、帰るさ。退いてくんな』
牛の手綱を曳きかけると、
『よこせ』
と、一人がその手綱をつかみ、そして恐い眼を丑之助へして見せた。
丑之助は、離さず、
『どうするのさ』
『用のある人を借りて行くのだ』
『どこへ』
『何処だろうが、黙って、手綱をよこせ』
『いけねえ!』
『いけないと』
『そうさ』
『こいつ、恐いという事を知らねえのか。何か、つべこべいうぞ』
すると、他の二人も、脅しの眼を揃え、肩をいからせ、
『何だと』
『どうしたと』
丑之助の周りにかたまって、松瘤のような拳を突きつけた。
お通は、顫えあがって、牛の背へしがみついた。そして、丑之助の眉に、凡ならぬ出来事が起りそうな景色を見たので、
『――あれッ』
と、それに対して、制止しかけたが、丑之助はかえって彼女のそれに感情の弦を切って、いきなり片足あげて、前の男を蹴とばしたせつな、彼の石頭は、斜にいた牢人の胸いたへ打つけて行って、その胸から敵の刀を抜き取るが早いか、自分のうしろへ向って、盲打ちに薙ぎ払った。
三
お通は、丑之助が気でも狂ったかと思った。丑之助の動作は、それほど、迅くて、向う見ずな仕方だった。
だが、自分よりずっと上脊丈のある三方の大人に対って、彼がやった一瞬の身の動かし方は、同時に平等な打撃を相手に加えていた。
かんの働きといおうか、少年の無鉄砲といおうか、理や法を持った大人がそれに出し抜かれた形であった。
うしろへ無法に振った刀は、うしろに立っていた牢人の胴へ強くぶつかった。――お通も何か愕きを叫んだが、その牢人が、怒って吠えた声は、彼女の乗っていた牛を驚かすに足りる程だった。
しかも、仆れたその牢人の体から噴いた血が、牛の角から顔へ、霧のように走ったのである。
傷負の呻きにつづいて、一声、牛が吠えた。丑之助は、二度めの刀で、牛の尻を撲りつけた。牛は又、大きく吼えて、彼女を乗せたまま猛然と駈け出した。
『うぬ』
『餓鬼っ』
二人の牢人は丑之助を追うのに急だった。丑之助は、渓流へ跳び下り、岩から岩へ逃げ移って、
『おらは、悪くねえぞ』
と、いった。
大人の飛躍は、到底、彼の比でなかった。
愚を悟って、
『小僧は後にしろ』
と、二人は急に、お通を乗せて行った牛の後を追い出した。
それと見ると、丑之助は又、その後からどんどん駈けて、
『逃げるのかっ』
と、二つの背へ、声を投げた。
『何ッ』
口惜しげに、一つの顔が止まって振向いたが、
『小僧は後にしろ』
と、連れが又、同じ言葉を繰返して、ひたむきに先へ跳んで行く奔牛へ、足幅を跳ばし続けた。
彼女が先に手綱を引かれて来た時の道とちがって、牛は、闇夜を眼をつぶって駈けるように、渓河沿いの道を離れ、低い山の背や尾根をめぐって――笠置街道とよんでいる細道を果なく駈けて行くのだった。
『――待てっ』
『待てえっ』
彼等は、牛より迅い自信を持っていたが、平常の牛に対する考えは当らなかった。
奔牛は、瞬く間に、柳生ノ庄に近く――いや柳生よりも奈良に近い街道まで息もつかずに来てしまった。
『............』
お通は、眼をふさいだきりだった。もし牛の背に、炭俵や薪を付ける荷鞍がなかったら、振り落されていたに違いない。
『おお、誰か』
『牛が狂うて行く』
『助けてやれ。女子が可哀そうな』
もう人通りのある街道を駈けているものとみえ、うつつな彼女の耳に、すれちがう往来の者の声は聞こえるが、
『あれよ』
と、いうのみな、そうした人々の騒ぎも、忽ち、後へ後へと、流れ去ってしまうのだった。
四
もう般若野に近かった。
――生ける心地もないお通であった。止まる所を知らない奔牛の勢いであった。
どうなる事か?
と、往来の者も、後振り向いて、お通の代りに声を揚げ合っていたが、その時、彼方の辻から、胸に文筥を掛けた何家かの下郎が、牛の前に歩いて来た。
『――あぶないっ』
と、誰か注意したが、その下郎はなお真っ直に歩いていた。当然盲目的に進んで来た奔牛の鼻づらと、下郎の体とは、恐しい勢いで打つかったように見えた。
『ア。牛の角に突かれた』
『あほう!』
同情の余り、見ていた者は、かえってその下郎のぼんやりを罵った。
だが、奔牛の角に掛けられたと思ったのは、路傍の人たちの錯覚だった。ばん――と何か音がしたのは、下郎の平掌が、途端に牛の横面をつよく撲りつけたのだった。
よほど強打であったとみえ、牛は太い喉くびを横へ上げて、ぐるりと半廻りほど廻ったが、猛然と、角を向け直したと思うと、前にも増した勢いで、又、駆け出した。
――けれど今度は、十尺とも進まぬうちに、奔牛の足は、ぴたと止まってしまった。そして口から夥しい唾液と息を洩らして、巨きな体に、喘ぎの波を打たせておとなしくなっていた。
『お女中。はやく降りたがよい......』
下郎は、牛の後からいった。
この驚くべき働きに驚いた往来の者たちは、すぐわらわらと集まって来た。そして皆、下郎の足元に眼をみはった。――その片足が奔牛の手綱を踏んでいたからであった。
『......?』
何家の下僕だろうか。武家の仲間のようでもなし、町家の下男ともみえない。
周りに集った者は、そんな事をすぐ考えている顔つきだった。――そしては又、下郎の足と、踏んでいる手綱を見て、
『えらい力じゃな』
と単純に舌を巻いていた。
お通は、牛の背から降りて、下郎の前に、頭を下げていたが、まだわれに回り切れない容子だった。それに周りの人だかりにも気を縮めてしまい、その顔にも姿にも、容易に落着きがもどって来なかった。
『こんな素直な牛が、どうして暴れたものか』
下郎はすぐ牛の手綱を取って道ばたの木へ縛しつけた。そして、初めて合点のいった顔をして、
『おう、尻に大怪我をしておるわ。刀で撲ったような大傷。......道理で、これでは』
牛の尻を眺めて、彼がそう呟いている間であった。辺りの人だかりを叱って、追い払いながら、
『や。そちはいつも、胤舜御坊の供をしてみえる、宝蔵院の草履取ではないか』
と、そこへ立った侍がある。
急いで駈けつけて来たものとみえ、その言葉も息喘れに弾んでいた。柳生の城の木村助九郎なのである。
五
宝蔵院の草履取は、
『よい所でお目にかかりました』
と、胸に掛けていた革文筥を外し、自分は、院主のお使で、この書面を、柳生までお届けにゆく途中であるが、おさしつかえなければ、ここで御披見くだされまいかとて、それを手渡した。
『わしへか』
助九郎は、念を押して、手紙を披いた。きのう会った胤舜からの物で――読んでみると、
月ケ瀬にいる侍共の事について、昨日申し上げた儀は、その後よく取糺してみると、藤堂家の侍ではなく、浮浪の徒が冬籠りしていたものらしい。どうか拙僧の前言は誤聞として、取消していただきたい。念の為に、取り敢ず右迄。
といったような文意であった。
助九郎は、袂に納めて、
『ご苦労。書面の趣は、当方でも取調べたところ誤聞と相分って安心しておる程に、お案じないように――と、告げてくれい』
『では、道傍で失礼で御座いましたが、てまえはこれで』
別れかけると、
『あ。待て待て』
助九郎は呼び止めて、やや言葉を改めていった。
『おぬし、いつ頃から、宝蔵院の下郎に住みこんだか』
『つい近頃の、新参でございます』
『名は』
『寅蔵といいまする』
『はてな?』
凝と見すえて――
『将軍家御師範の小野治郎右衛門先生の高弟、浜田寅之助どのとはちがうかの?』
『えっ』
『それがしは、初めての御見だが、お城のうちに、薄薄お顔を知った者があって、胤舜御坊の草履取は、小野治郎右衛門が高弟の浜田寅之助じゃが? ――どうもそうらしいが? ――と噂をしているのをちらと承ったが』
『......は』
『お人ちがいか』
『......実は』
浜田寅之助は、真っ赤な顔してさし俯向いた。
『ちと......念願の筋がござりまして、宝蔵院の下郎に住み込みましたなれど、師家の面目、又、自分の恥。......どうか御内分に』
『いや何、さらさら御事情を伺おうなどとは存じも依らぬこと。......ただ日頃、もしやと思っていたので』
『疾くお聞き及びと存じまするが、仔細あって、師の治郎右衡門は道場を捨てて山へ隠れました。その原因は、この寅之助の不つつかにあった事ゆえ、自分も身を落し、薪を割り水を担うても、宝蔵院でひと修行せんものと、身許をかくして住み込んだわけ。――お恥かしゅう存じます』
『佐々木小次郎とやらの為に、小野先生が敗れたという事は、その小次郎が吹聴しつつ、豊前へ下って参ったので、隠れもない天下の噂となっておるが、さては......師家の汚名を雪がんための御決心とみえる』
『いずれ。......いずれ又』
心から赤面に堪えぬように、草履取の寅蔵は、そういうと、遽かに別れて、立ち去ってしまった。
麻 の胚子
一
『まだ帰らぬか』
柳生兵庫は、表の中門まで出て、お通の身を案じていた。
お通が、丑之助の牛に乗って何処かへ行った儘、だいぶ時間が経ってからの騒ぎなのである。
そのお通が、城内に見えないと気がついたきっかけも、江戸表から一通の飛脚状が兵庫の手に届いて、兵庫がそれをお通に見せようと姿を探し出した事からであった。
『月ケ瀬の方へは、誰と誰が見に行ったか』
兵庫の問いに、
『大丈夫です。七、八名駈けて行きましたから』
と、側にいる家来たちが、等しく口をそろえて答えた。
『助九郎は』
『御城下へ出ております』
『探しにか』
『はい。般若野から、奈良まで見て来るといって出られましたが』
『どうしたろう?』
少し間を措くと、兵庫は大きな息をしていう。
彼は、お通に対して、清廉なる恋を抱いていた。特に、清廉なる――と自覚しているのは、お通が、誰を愛しているか、お通の胸をよく知っているからである。
彼女の胸には、武蔵という者が住んでいる。しかも兵庫は、彼女がすきだった。江戸の日ケ窪から柳生までの間の長い旅路に――又、祖父の石舟斎が臨終のきわまで枕辺について世話してくれた間にも――兵庫はお通の性質を見とどけていた。
(かほどな女性に想われている男は、男の幸福の一つを持った者だ)
と、武蔵を羨ましくさえ思っているのである。
だが、兵庫は、他人の幸福を密に奪おうなどという野心は抱けなかった。彼の考えや行動のすべては、武士道の鉄則に拠って為されている事なのである。恋をするにも、武士道を離れてはできなかった。
まだ相見た事はないが、お通が選んだ男性というだけでも、兵庫は、武蔵の人物を、想像できる気がした。――そして何日かは、お通を無事に、彼の手に渡してやることが、祖父の遺志でもあったろうし、自分の武士――武士の仄かな恋の遣り場とも――独り考えていたところである。
ところで。
きょう彼の手に届いた飛脚状は、江戸表の沢庵から出た手紙で、日付は去年の十月末に出ているが、どうして遅れたのか、年を越えて、今日のたった今、彼の手に届いたばかりなのだった。
それを見ると、
武蔵事、叔父御の但馬どの、矢来の北条どのなどの推挙により、愈々、将軍家御師範座の一人に御登用と相極まり候て......云々。
の辞句が見える。
それのみか、武蔵も就任すれば、さっそく屋敷を持ち、身の周りの者もなくてはかなわぬ――。お通一名だけでも、先へ早々と、江戸表へ下向あるよう、諸事又次便に――というような事が、書きつらねてあるのだった。
(どんなに欣ぶか!)
と、兵庫が、わが事のように、その手紙を持って彼女の部屋へ訪れたところが、お通の姿が、何処にも見えなかったという次第なのであった。
二
そのお通は、ほどなく助九郎に伴われて、帰って来た。
又、月ケ瀬の方へ行った侍たちは、丑之助と出会い、これも丑之助を連れて、軈て戻って来た。
丑之助は、自分が罪でも犯したように、
『堪忍してくんなされ。済まねえ事をしたで』
と、一人一人へ、謝ってばかりいる。
そして直ぐに又、
『おっ母が案じるで、おら、荒木村へもう帰りてえ』
と、いい出したが、
『ばかを申せ。今から帰ったら又途中で、月ケ瀬の牢人共に捕えられ、生命はないぞ』
と、助九郎にも叱られ、侍たちにも、
『今夜は、御城内に泊めてやるから、明日帰れ、明日帰れ』
と、いわれて、小者と共に、外曲輪の薪倉の方へ、追いやられた。
一室では、柳生兵庫が、江戸表からの便りをお通に示して、
『どう召さるか』
と、彼女の胸を問うている。
やがて四月の頃ともなれば、叔父の宗矩が、賜暇を得て、江戸表から帰国する。その折を待って叔父と共に江戸へ下るか――それとも、直ぐにも一人で立つ考えか。
そう訊ねるのだった。
沢庵の便りと聞くからにその墨の香さえ彼女にはなつかしい。
ましてや、その消息によれば、武蔵は近く幕府に仕え、一戸を江戸に構える事になろうとある。
巡り会えぬ幾年よりも、そう便りの知れたからには、一日も千秋の思いである。どうして、四月まで待てよう。
彼女は、飛びたつような心地を、頰の色にも秘め切れず、
『......明日にも』
と、此所を立ちたい希望を小声に洩らした。
兵庫も、又、
『さもあろう』
と、頷くのだった。
自分も、永くはここに留まっていない。年来、招かれている尾張の徳川義直公の聘に応じて、ともあれ一度、名古屋まで行くつもりである。
――だがそれも、帰国の叔父を待って、祖父の本葬をした上でなければ去り難い。なるべく途中まででも送ってやりたいが、そういう訳だから、其女が先に立つとすれば、一人旅をせねばならぬ。それでも、よいか。
去年の十月末に出した江戸の便りが、年を越えて今頃やっと着くほど、道中の駅逓も、宿々の秩序も、表面は穏やかに見えながら、まだ完全でない社会である。女のひとり旅は、覚束ない気もするが、それも其女に覚悟があることならば――
こう兵庫が、念を押すと、
『......はい』
お通は、彼の親身も及ばない好意を、沁々、胸に受け取って、
『旅には、馴れておりますし、世間の辛さにも、少しは覚えがございまする。その辺の事は、どうぞお案じ下さいませぬよう』
さらば――と、その夜は彼女の身支度と、小やかな別れの宴に送って翌る日の朝。
きょうも、梅日和だった。
助九郎やら誰やら、馴染の家臣たちは皆、彼女の旅立を見送るべく、中門の両側に立ち並んでいた。
三
『そうだ......』
と、つぶやいて、助九郎はお通のすがたを見ると共に、側の者へいった。
『せめて宇治あたりまで、牛の背で送って進ぜよう。ちょうど、ゆうべは丑之助も、御城内の薪倉に泊っている筈――』
と、直ぐに呼びにやった。
『それはよい所へ思いつかれた』
と人々もいって、別れの辞は交したが、暫くお通を引き止めて、中門のほとりに待たせておいた。だが、やがて戻って来た侍のことばには、
『丑之助は、見当りません。小者に訊くと、ゆうべのうち、あの闇夜を、月ケ瀬を越えて荒木村へ帰ったということでございます』
『えっ。ゆうべのうち帰ってしまったと』
助九郎は、呆れた声を放った。
きのう事情を聞いた者は、誰もみな、丑之助の剛胆さに、驚かない者はなかった。
『では、駒を曳け』
助九郎のいいつけに、小侍の一人はすぐ厩へ飛んで行った。
『いいえ、女の身で、お鞍などいただいては、勿体ない』
と、お通は辞退したが、兵庫も強いてすすめるので、
『では、おことばに甘えて』
と、小侍の曳いてきた一頭の月毛のうえに身を預けた。
駒は、お通を乗せて、中門から大手のゆるい坂を降り始めた。もちろん、宇治までは、一名の小侍が、口輪を把って駒に従いて行く。
お通は、駒の背から、人々の姿を振向いて、礼を返した。その顔に、崖から伸びている梅の横枝が触った。二、三輪、匂って散った。
『......おさらば』
と、声には出さなかったが、兵庫の眼はいっていた。坂の途中で散った梅のにおいが、その辺りまで微かにうごいて来た。兵庫はたまらない寂しさと――同時にその苦しい気持とは反対な彼女の幸とを祈っていた。
――見ているうちに、彼女のすがたは、城下の道へ小さくなって行った。兵庫はいつまでも立っていたので、彼のみをそこに置いて、辺りの者はみな去ってしまった。
(武蔵とやらは羨ましい)
寂しい胸の裡で、われとも非ず呟いていた。――すると、彼のうしろに、いつの間にか、ゆうべ荒木村へ帰ったという丑之助が立っていた。
『――兵庫様』
『オ......。童か』
『はい』
『ゆうべ、帰ったのか』
『おっ母が、案じますで』
『月ケ瀬を通って?』
『はあ。あそこを越えずにゃ村へ行かれねえで』
『恐くなかったか』
『なんにも......』
『今朝は』
『けさも』
『牢人共に見つからずに来たか』
『おかしいのだよ、兵庫様。山住居していた牢人共は、きのう悪戯をした女の子が、後で柳生様のお城にいるお女中と分って、きっとこの後では、柳生衆が押しかけて来ると騒いで、夜のうちに、みんな山越えして何処へか行ってしまったとさ』
『ははは、そうか。......して、童。おまえは今朝、何しに来たな?』
『おらかい』
と、丑之助はやや羞恥んで――
『きのう木村様が、おらっちの山の自然薯を賞めてくれたで、けさ早く、おっ母にも手伝ってもらって、山芋を掘って持って来たんさ』
と、いった。
四
『そうか――』
兵庫は初めて、寂しさを顔から払った。お通を失った瞬間の空虚を、この純朴な山の少年に忘れ得たのである。
『ではきょうは、美味いとろろ汁が喰えるというものだな』
『兵庫様も好きなら、又いくらでも掘って来るが』
『はははは。そう気遣うには及ばん』
『きょうは、お通様は』
『今し方、江戸へ立った』
『え。江戸へ。......じゃあ、きのう頼んでおいた事、兵庫様にも木村様にも、話しておいてくれなかったかなあ』
『何を頼んだのか』
『お城の仲間に使ってもらいたい事を』
『仲間奉公をするには、まだ小さい。大きくなったら召し使ってやる。どうして奉公したいのか』
『剣道が習いたいんだ』
『ふム......』
『教えて下さい。教えて下さい。おっ母が生きているうちに、上手になって見せなければ......』
『習いたいというが、そちは誰かに習んでおるだろう』
『木を相手にしたり、獣を撲ってみたり、独りで木刀を揮って見たりしているだけだ』
『それでいい』
『でも』
『そのうちに、尋ねて来い。わしのいる所へ』
『居る所って何処』
『多分、名古屋に住むことになるだろう』
『名古屋。尾張の名古屋か。おっ母が生きているうちは、そんな遠くへは行けない』
おっ母、ということばを洩らすたびに、丑之助の眼には涙が見える。
兵庫も、何がなし、ひしと胸にこたえ、率然と、いった。
『来い』
『......?』
『道場へ通れ。兵法家として一人前になれる質か、なれない質か、見てつかわす』
『えっ?』
丑之助は、夢かと、疑うような顔をした。このお城にある道場の古い大屋根は、彼の幼いたましいが、生涯の憧憬をもって常に仰いでいる希望の殿堂なのだ。
――そこへ通れ、という。しかも柳生家の門下でも家臣でもない一族の人から。
丑之助は、欣しさに、ただ胸が膨らんで口もきけなかった。兵庫はもう先に立っている。丑之助はちょこちょこ追いかけた。
『足を洗え』
『はい』
雨水の溜めてある池で、丑之助は足を洗った。爪についている土まで気をつけてこすり落した。――そして生れて初めて踏む、道場というものの床に立った。
床は鏡のようだった。自分の姿が映るかと思われる。――四面の逞しい板張、頑健な棟木。彼は威圧をうけて竦んだ。
『木剣を持て』
兵庫の声までが、ここに這入ると違うような気がした。正面脇の侍溜に、木剣のかかっている壁が見える。そこへ行って、丑之助は一筋の黒樫を選んだ。
兵庫も取る。
兵庫はそれを、垂直に下げて、床の真ん中へ出た。
『......よいか』
丑之助は、持った木剣を、腕と平行に上げて、
『はいっ』
と、いった。
五
兵庫は木剣を上げなかった。右の片手に提げたまま、少し体を斜めに開いたのみである。
『............』
それに対し、丑之助は木剣を中段に向け、体じゅうを、針鼠のように膨らました。そして、
(何を!)
ときかない顔に、眉を昻げ、少年の血を漲らした。
――行くぞ!
と声ではない、瞳でくわっと、兵庫が気を示すと、丑之助はぎゅっと肩を緊めて、
『うむっ』
と、唸った。
とたんに、兵庫の足が、だだだッと床を鳴らして、丑之助を追いつめ、片手の木剣は、丑之助の腰のあたりを、横撲りに払った。
『まだッ』
丑之助は、呶鳴った。
そして、彼の足からも、後の羽目板でも蹴ったような響を発し、どんと、兵庫の肩を跳び越えた。
兵庫は、身を沈めながら、左の手で、その足を軽く掬った。――丑之助は自己の迅業と自己の力で、竹とんぼみたいに旋ったまま、兵庫の後へもんどりを打った。
カラカラ――と、手から離れた木剣が、氷の上を辷るように、彼方へ飛んでしまった。跳ね起きた丑之助は、なお屈せず、木剣を追いかけて、拾い取ろうとした。
『もうよい!』
兵庫が、此方からいうと、丑之助は振向いて、
『まだッ』
と、いった。
そして持ち直した木剣を振りかぶって、今度は鷲の子のような勢いで兵庫へ対って来たが、兵庫が、ひたッと木剣の先を向けると、丑之助は、その姿勢のまま、途中で立ち疎んでしまった。
『............』
くやし涙を眼に溜めているのである。兵庫はじっとその様子をながめ、心のうちで、
(これは、武魂がある)
と、見込んだ。
だが、わざと眼を怒らせて、
『童っ』
『はいっ』
『不埒な奴だ。この兵庫の肩を躍り越えたな』
『? ......』
『土民の分際で、狎れるにまかせて、不届きな仕方。――直れ。それへ坐れ』
丑之助は、坐った。
そして、何か理は分らないが、謝まろうと手をつかえかけると、その眼の前へ、兵庫はカラリと木剣を捨て、腰の刀を抜いて丑之助の顔へ、突き出していた。
『手討ちにする。噪ぐと、これを浴びせるぞ』
『あっ。おらを』
『首を伸べろ』
『......?』
『兵法者が、第一に重んじるのは礼儀作法である。土百姓の童とはいえ、今の仕方は堪忍ならぬ』
『......じゃあ、おらを、無礼討ちにし召さるというのけい』
『そうだ』
丑之助は、兵庫の顔を、しばらく見つめていたが観念の体をあらわして、
『......おっ母。おらあお城の土になるそうな。後で嘆かっしゃる事だろうが、不孝者を持ったと思って堪忍してくんなされ』
と、兵庫へつく手を、荒木村の方へついて、偖、静かに、斬られる首をさし伸べた。
六
兵庫はニコと笑んだ。そしてすぐ刀を鞘におさめ、丑之助の背を叩いて、
『よし。よし』
といって宥めた。
『今のはわしの戯れだ。なんでそちのような童を手討ちになどするものか』
『え。今のは、冗戯なのけ』
『もう、安心するがいい』
『礼儀を重んじなければいけないといったくせに、その兵法者が、今みたいな冗戯をしてもいいのけい』
『怒るな。おまえが、剣で立つほどな人間になれるか成れないか、試すためにいたしたのだから』
『だって、おら、ほんとだと思った』
丑之助は初めてほっと息をついていった。同時に、腹が立ったらしいのである。無理もないと、兵庫も思い、宥め顔に又訊ねた。
『そちは先刻、誰にも剣術は習わぬといったが、噓であろう。――最初、わしがわざと羽目板の際までおまえを追いつめたが、たいがいの大人でも、あのまま、板壁を背負って、参ったという所なのに、そちはパッとわしの肩を越えて跳ぼうとした。――あれは三年や四年木剣を持った者でも、できる技ではない』
『でも......おいらは誰にも習った事はないもの』
『噓だ』
兵庫は信じない。
『いくら隠しても、誰か、そちには良い師匠があったに違いない。なぜ、師の名を申せぬのか』
問い詰められて、丑之助はだまり込んでしまった。
『よく考えてみい。誰かに、手ほどきをしてもらった者があるだろう』
――すると、率然と、丑之助は顔を上げた。
『アア。あるある。そういわれれば、おらにも、教えてくれたものがあったっけ』
『誰だ』
『人間じゃないんだ』
『人でなければ、天狗か』
『麻の実だよ』
『何』
『麻の実さ。あの鳥の餌にもやるだろ。あの麻の胚子さ』
『ふしぎな事を申す奴。麻の実がどうしてそちの師か』
『おらの村にゃ居ねえが、少し奥へ行くと、伊賀衆だの、甲賀衆だのっていう、忍者のやしきが幾らもあるで――その伊賀衆たちが修行するのを見て、おらも真似して、修行したんだ』
『ふウむ? ......麻の胚子でか』
『あ、春先、麻の胚子を蒔くんだよ。すると、土から青い芽がそろって出て来るがな』
『それをどうするのか』
『跳ぶのさ――毎日毎日、麻の芽を跳ぶのが修行だよ。あたたかくなって、伸び出すと、麻ほど伸びの早いものはないだろ。それを朝に跳び、晩に跳びしてると――麻も一尺、二尺、三尺、四尺とぐんぐん伸びて行くから、怠けていたら、人間の勉強の方が負けて、しまいには跳び越えられないほど高くなってしまう......』
『ほ! 貴様は、それをやったのか』
『アア。おらあ、春から秋まで、去年もやったし、おととしも......』
『道理で』
兵庫が、膝を打って感じ入っていた時である。道場の外から木村助九郎が、
『兵庫様。又江戸表から、このような書状がとどきましたが......』
と、いいながら、手にそれを持って這入って来た。
七
書面は、やはり沢庵からで、
前便の件
遽かに模様更と相成
と、書き出してある通り、先に出した手紙の追いかけの第二便だった。
『助九郎』
『はっ』
『まだお通は、いくらも道は捗どっておるまいな』
読み終ると、兵庫は何か、気の急く面もちで、急にいった。
『さ......。駒に乗っても、徒士供の付き添い、まだ二里とも参っておりますまい』
『では、すぐ追い着こう。ちょっと行って参る』
『あ。......何ぞ遽かな御用でも』
『されば、この書面に依れば、将軍家でお召抱えの件は、何か、武蔵どのの身状に御不審とやらで取止めになったとある』
『え。お取止めに』
『――とも知らずに、江戸の空へ、あのように欣んで立って行ったお通へ、聞かしとうもないが、聞かせずにも措かれまい』
『では、手前が追いかけて参りましょう。その御書面を拝借して』
『いや、わしが行く、......丑之助、急に用事ができたから、又参れよ』
『はい』
『時が来るまで、志を磨いておれ。よく母親に孝養をつくして』
兵庫の身はもう外に在る。厩から一頭曳き出して、それへ乗ると、宇治のほうへ驀っしぐらに駈けていた。
だが――
彼はその途中で、ふと考え直した。
武蔵が、将軍家師範に成る成らないなどという事は、彼女の恋にとっては何らの問題でもない。
彼女はただ、ひたむきに、武蔵と巡り会いたいのである――
ああして、四月も待たず、ひとりで立ったのを見ても。
書面を示して、
(一度、戻っては)
とすすめた所で、空しく戻るはずもない。ただ徒らに、彼女の心を、折角な旅を、暗澹と、沈ませてしまうに過ぎまい。
『......待てよ』
兵庫は、駒を止めた。柳生城から小一里も来てからであった。もう一里も駈ければ、或は、追いつきもしよう。――だが彼は、その無益を悟った。
(武蔵と会って、二人が会った欣びのうちに語りあえば、こんな事は、些細な問題)
彼は、のどかに駒を柳生のほうへ引っ返した。
いや、路傍に芽ぐみ出した春の色はうららかだし、彼の姿ものどかには見えたが――彼のみが知る胸には又、纏綿たる後髪を引くものが無いではなかった。
(もう一目でも)
その未練があるからこそ、彼自身、駒をとばしてお通のあとを追ったのではなかったか。
そう問う者があれば、
(否――)
と兵庫は潔く顔を横にふることはできなかったに違いない。
さあれ兵庫の胸は、彼女の多幸を祈る気もちでいっぱいなのだ。武士にも未練はあり、又、愚痴がある。――だがそれは、武士道的に諦観しきってしまうまでのあいだの瞬間にすぎない。煩悩の境を、一歩転じれば身は春風に軽く、柳の縁は眸を醒まし、又べつな天地がある。――恋のみが青春を燃やすものかは! ――時代は今、偉きな潮の手を挙げて、世の若者輩を呼んでいるのだ。路傍の花に眼をくれるな! 日を惜しめ、そしてこの潮に乗りおくれるな! と。
草 埃
一
お通が、柳生を去ってから、はや二十日の余も過ぎた。
去る者は、日々にうとく、萌える春は、日々に濃くなる。
『だいぶ、人出だな』
『されば、今日あたりは、奈良にも稀れな日和ですから』
『遊山半分か』
『ま。左様なもので』
柳生兵庫と、木村助九郎とであった。
兵庫は編笠をかぶり、助九郎は法師頭巾に似た物を顔に巻いている。元より微行である。
遊山半分か――といったのは、自分たちの事をさしたのか、道行く人々のことをいったのか、どっちにも聞えるが、二人の顔にはかるい苦笑がながれ去った。
お供は荒木村の丑之助。――近ごろ丑之助は、兵庫に愛されて、前よりも屢々城へ見えるが、きょうは二人の供について、背に弁当の包みを負い、兵庫の換え草履一そく腰に挾んで、なりの小さい草履取――という恰好して後から歩いてゆく。
この主従も、往来の人々も、いい合せたように皆、やがて町中のひろい野原に流れこんだ。野のそばに興福寺の伽藍があり森が囲み、塔が聳えてみえる。
又、野から彼方の高畠には、坊舎や神官の住居がみえ、奈良の町屋は、その先の低地に昼間も霞んでいた。
『もう済んだのかな?』
『いや、食休みでございましょう』
『なるほど、法師輩も、弁当をつこうておる。――法師も飯を喰うものとみえる』
兵庫がいったので、助九郎はおかしくなって笑い出した。
人はおよそ四、五百名もこの野に集まっていたが、野が広いので、まばらにしか見えない。
ちょうど、春日野の鹿のように、ある者は立ち、ある者は坐り、ある者はぶらぶら歩いている。
だが、ここは春日野ではなく、旧平安三条の内侍ケ原であった。その内侍ケ原には、きょうは何か興行があるらしい。
興行といっても、都会をのぞいたほかは、小屋掛などする事は稀れにもない。めずらしい幻術師が来ても、傀儡師が来ても、賭弓や賭剣術が催されても、野天であった。
きょうの催しは、そういうただの人寄せではなく、もっと真面目なものだった。宝蔵院の槍法師たちが集まって、年に一度、公開してみせる試合日なのだ。この試合に依って、平常の宝蔵院の床に坐る席順がきめられるというので、大勢の法師や侍は、衆人の前でもあるし、ずいぶん烈しい戦闘をするという事だった。
けれど今は、からんとして、野づらの空気は、至って長閑であった。
ただ、野の一方に三、四ヵ所張ってある幕のあたりで、法衣短かに括げあげた法師たちが柏の葉でくるんだ弁当の飯を喰べたり、湯をのんだりしているだけである。悠長な――という言葉がそのまま当てはまる景色だった。
『助九郎』
『は』
『わし等も、何処かへ坐って、弁当でも解こうか。......だいぶ間がありそうだ』
『お待ちください』
助九郎は、手頃な場所を見まわしていた。
――すると、丑之助が、
『兵庫様、これへお坐りなさいまし』
と、何処からか、早速に一枚のむしろを持って来て、程よい所へ敷いた。
(心利きたる奴)
何かにつけ、兵庫は彼の機敏なことに感心したが――又、その気の利く事が、将来の大成という上には、すこし懸念される点でもあった。
二
主従三人は、むしろの上に坐って、竹の皮をひらいた。
玄米のにぎり飯。
梅漬と味噌が添えてある。
『美味い』
兵庫は、青空を喰うように、野天の弁当を楽しんだ。
『丑之助』
と、助九郎がいう。
『へい』
『兵庫様に、白湯を一椀上げたいな』
『じゃ、貰って来て上げようか。あそこの法師衆がいる溜りへ行って』
『ム。もらって来い......だが、宝蔵院衆へ、柳生家の者が来ているという事は、黙っておれよ』
兵庫も、側から注意した。
『うるさいからなあ。挨拶にでもやって来られると』
『はい』
丑之助は、むしろの端から起ちかけた。――すると。
先刻から、彼方で、
『オヤ?』
と、野の芝地を見まわして、
『筵がない。筵がない』
と、探している二人の旅の者があった。兵庫たちの居る所から、十間ほど離れた場所で、そこらには牢人者だの、女だの、町の者などが、まばらに居たが、旅の者が失くした筵は、誰も敷いていなかった。
『伊織。もういい』
探しあぐねて、一人がいった。
がっちりと、丸こい顔と固い筋肉をして、四尺二寸の樫の杖を提げている男だった。
伊織の連れとあれば、これはいうまでもなく、夢想権之助。
『もうお止し。探さないでもいい』
重ねて、権之助はいったが、伊織はなお諦めきれぬ顔して、
『何奴だろ。誰かがきっと、持って行ったにちがいないよ』
『まあいいよ。たかが筵一枚』
『筵一枚でも、だまって持って行った心根が憎いもの』
『............』
権之助はもう忘れて、草の上に坐りこみ、矢立を出して、昼前の旅の小遣帳をつけていた。
彼が、旅の間にも、こういう事を克明に誌けるようになったのも、伊織と旅をし、伊織に感心してからの事である。伊織は、時には、子どもらしく無さ過ぎるほど、生活には用意ぶかかった。物を無駄にせず、几帳面な質で、自然、一椀の飯にも、毎日の天候にも、感謝を知っていた。
――だから又、人にも、違った事は、許さない潔癖がある。この潔癖は、武蔵の手を離れて、人中へ出るほど育てられて来た。――で、一枚の筵といえど、ひとの迷惑を思わず、無断で持って行った人間の心根を、伊織は憎んでやまないのであった。
『ア。――あいつ等だな』
伊織は、遂に見つけた。
権之助が旅に持ち歩いている寝筵を、平気で敷いて、弁当を喰べている三人の主従を。
『もし。――おいっ』
伊織は、そこへ駈けて行った。だが、十歩ほど手前で先ず立ち止まって、抗議の文句を先ず考えていると、折ふし、湯を貰いに起った丑之助が、出合いがしらに、胸を寄せて、
『なんだい』
と、彼に答えた。
三
伊織は、明けて十四。丑之助は取って十三だった。然し丑之助の方が、ずっと年かさに見えた。
『何だいとは、何だい』
伊織は丑之助の不作法を咎めた。丑之助は、土地の者らしくない此の小さい旅人を鼻先で迎えて、
『そういったのが悪いか。汝から呼んだから、何だいと訊いたんだ』
『ひとの物を、黙って持って行けば、盗人だぞ』
『盗人。――こいつめ、おらを盗人だといったな』
『そうさ。おらの連れの人が、あそこへ置いた筵を黙って持って行ったじゃないか』
『あの筵か。あの筵は、そこに落ちていたから持って来たんだ。なんだ筵の一枚ぐらい――』
『一枚の筵でも、旅人の身にとれば、雨をしのいだり、夜の衾になる大事な物だ。返せ』
『返してもいいが、いい方が癪に触るから返さねえ。盗人といった言葉を謝れば返してくれてやろ』
『自分の物を取返すのに、謝るばかがあるものか。返さなければ腕にかけても取るぞ』
『取ってみろ。荒木村の丑之助だぞ。汝ッちに、負けて堪るか』
『生意気いうな――』
と、伊織も負けていない。小さい肩を聳やかしていった。
『こう見えても、わしだって兵法者の弟子だぞ』
『よし。後で彼方へ来い。周りに人がいると思って大口を叩いても、人中を離れたら立対えまい』
『何を。その口を忘れるな』
『きっと来るか』
『何処へさ』
『興福寺の塔の下まで来い。助太刀など連れずに来い』
『いいとも』
『おれが手を挙げたら、来るんだぞ。いいか覚えてろ』
口喧嘩だけで、一時は別れた。丑之助はそのまま湯を貰いに行ったのである。
何処からか彼が土瓶の湯を提げて戻って来た頃、野の真ん中には、草埃が煙っていた。法師たちの試合が始まったのである。群衆は、大きな輪を作って、それを見物に詰め寄った。
輪のうしろを、土瓶を提げた丑之助が通った。権之助と並んで見ていた伊織は、振向いて、丑之助のほうを見た。丑之助は、眼で挑んだ。
(後で来い!)
伊織も眼で答えた。
(行くとも。覚えてろ)
内侍ケ原ののどかな春も、試合がはじまると一変して、時々あがる黄色い埃に、群衆は、武者押しのような声を揚げた。
勝つか負けるか。
勝つ位置へ自己を躍り上げる。
試合はそれだ。
いや時代がそれなのだ。
少年の胸にもそれが反映している。時代の中に育てられた彼等である。たとえ生れ出ても、生れながらの虚弱では一人前に成って行けないように、十三、十四の頃からして既に、頷けない屈伏はできない気骨に養われている。一枚の筵が問題なのではない。
だが伊織にも、丑之助にも、大人の連れがあるので、暫くは、その人達の腰について、野試合のさまを見物していた。
四
モチ竿のように長い槍を立てて、原の真ん中に先刻から立っている法師がある。
その法師にむかって、幾人も幾人も、槍を合せに出たが、みんな刎ね飛ばされたり、叩き伏せられたり、ほとんど手に合う者がなかった。
『出合い給え』
法師は、後の者を、促しているのだ。
が、容易に出ない。
この際は、出ないことを賢明としているように、東の幕でも、西の溜でも、固唾をのんで、唯法師に物をいわせていた。
『――つづく者がなくば、野僧は退がり申すぞ。きょうの野試合に於いて十輪院の南光坊が第一のこと御異存ないかな』
いい触らすように、西に向い、東へ向って、法師は挑んでいる。
十輪院の南光坊は、宝蔵院の流を先の初代胤栄から直かにうけて、いつか一派を興し、十輪院の槍と称え、今の二代胤舜とは、反目している者だった。
怖れてか、争いを避けてか、胤舜は、きょうは姿も見せていない。病気ということが理由になっていた。南光坊は存分に、宝蔵院の現門下を蹂躙し尽したかのように、やがて立てていた槍を横に直した。
『では、わしは退がろう。――もはや敵無しじゃ』
すると、
『待った』
ぱっと、一僧が、槍を斜に持ったまま、躍り出した。
『胤瞬の門下、陀雲』
『お』
『お相手に』
『御座れ!』
二人の踵からぱっと土が煙る。跳び別れた途端、槍と槍は、もう生物のように睨め合っている。
(終りか)
と、失望していた見物は、歓呼をあげて狂った。
だが、群衆はすぐ、窒息したように黙った。カーンと強い音響を聞いた時、それは槍が槍の柄を打ったのかと思ったら、陀雲という法師の頭が、南光坊の槍で撲り飛ばされていたのである。
風に打たれた案山子のように陀雲の体は横に仆れていた。わらわらと、溜から三、四名の法師が駈け出たので、さては喧嘩かと思っていると、陀雲の体をひっ担いで退がって行ったのである。
――後は又、誇りに誇った南光坊が、いよいよ肩を昻げて立っている姿しかなかった。
『健気者が、まだ少しは、いるらしいな。――御座るならはやく御座れよ。三人四人。束となって蒐っても苦しゅうないが』
その時である。
溜の幕の陰に、笈をおろした山伏がある。身軽になって、宝蔵院衆の前に出て、
『試合は、院中のお弟子方に限りましょうか』
と訊ねた。
宝蔵院の者は、口を揃えて、然らず――と答えた。
東大寺前と、猿沢の池の畔に、高札を立ててある通り、道に志す武芸の道友とならば、何人といえど、手合せに関いはない事になっているが、住古の荒法師以上、槍修行の荒法師ぞろいと聞えている宝蔵院の野天行に当って、
(われこそ)
などと自分から人前に恥をさらし、揚句に片輪者にされて悄々引っ込むような愚なまねを――敢て自分からすすんで求めるような馬鹿者はいないのだ、という説明であった。
山伏は、列座の法師輩に、一応の辞儀をして、
『然らば、やつがれが一つその馬鹿者となってみとう御座るが、木太刀を御拝借願われましょうか』
と、いった。
五
人の輪に紛れて、彼方の野試合を眺めながら、兵庫は、
『助九郎。おもしろくなったな』
と、顧みた。
『山伏が出て来たようで』
『されば。もう勝敗は見えたも同じだの』
『南光坊が優っておりましょうか』
『いや、多分、南光坊は試合うまいよ。試合えば、彼も至らぬ奴じゃ』
『はて? ......左様でございましょうか』
助九郎には、解せない面持である。
南光坊の人物は、よく知っている兵庫の言ではあるが、なぜ、今出てきた山伏と試合えば、至らぬ人間だろうか。
不審に思っていたが、ほどなく助九郎にも意味が分った。
その時、彼方では――
山伏の男が、借り受けた木剣を手にひっ提げ、南光坊の前へ進んで行って、
(いざ)
と、挑んでいた。その体を見て、助九郎にも、初めて分ったのである。
大峰の者か、聖護院派か、見知らぬ山伏だが、年ごろ四十前後の男で、鉄のような五体は、修験の行に鍛えたというよりは、戦場で作ったものである。生死の達観のうえに出来上っている肉体なのである。
『お願いいたしましょうか』
山伏の言語は穏やかである。眼も柔和であった。だが、この男の眼は生死の境から外の物だった。
『他者か』
と、南光坊は、新手の敵を見直して、そういった。
『は。飛入りではござるが』
と、会釈すると、
『待たっしゃれ』
南光坊は、槍を立ててしまった。これはいけないと悟ったらしいのだ。技では勝てるかも知れないが、絶対に、勝てないものを、この新手に感じたのである。――それに当今の山伏には、氏素性をかくして身を韜晦している人間も多いし、避けたほうが賢明と、考えたのであろう。
『他者とは立合わぬ』
と、南光坊は、首を振った。
『いや、今あちらで、掟を伺ったところによれば』
と、山伏は、自分の出場が不当でない点を、穏やかにいって、猶も強いたが、南光坊は、
『人は人、拙僧は拙僧。――拙僧が槍は、いたずらに、諸人に勝たんためではお座らぬ。槍の中に法身を鍛錬しているこれは一つの仏行でござる。余人との試合は、好むところでおざらん』
『......ははあ?』
山伏は苦笑した。
何かまだ物いいたげであったが、人中でいう事を好まないふうで、然らばぜひもない事と、溜場の法師に木剣を返し、素直に何処へか立ち去ってしまった。
それを機に、南光坊も退場した。彼の逃げ口上を、溜の法師たちも見物も、卑怯だとささやいたが、南光坊は気にもかけず、二、三の法弟をつれて、凱旋の勇将のように、帰ってしまった。
『どうだ、助九郎』
『御明察の通りでしたな』
『その筈だ』
と、兵庫はいった。
『あの山伏は、おそらく九度山の一類だろう。兜巾や白衣を鎧甲に着かえれば、何の某と、相当な名のある古強者にちがいない』
群衆は思い思いに、散らかりかけていた。――試合が終りを告げたからであろう。――助九郎は周りを見まわして、
『おや、何処へ行ったか?』
と、つぶやいた。
『何だ、助九郎』
『丑之助の姿が見当りませんので――』
童心地描図
一
約束だ。ふたりだけで出合う約束だ。
連れの大人たちが皆、野試合に気をとられている隙に、丑之助から、
(来い!)
と、眼合図をすると、一方の伊織は、連れの権之助にも黙って、人ごみから抜け出した。
同時に、丑之助も亦、兵庫や助九郎に悟られぬように、そこから駈け出して、興福寺の塔の下まで行った。
『やい』
『なんだ』
高い五重の塔の下に、小さい二人の兵法者が、睨み合った。
『生命がなくなっても、後で恨むな』
伊織がいうと、丑之助は、
『生アいうな』
と棒を拾った。
刀を持たないからである。
伊織は、持っていた。その刀を抜くや否、伊織は、
『こいつめ!』
斬ってかかった。
丑之助は跳び退いた。伊織は彼が怯んだと思って、ぶつかるように又、追いかけて斬りつけた。
丑之助はその途端に、伊織を麻の胚子と思って跳び上った。そして足は、伊織の顔を、宙で蹴とばしていた。
『わっ』
伊織は、片手で耳を抑えた。転んだ勢いはすぐ起きた勢いだった。
立ち直ると、刀を振り被った。丑之助も棒を振り被っていた。伊織は武蔵の教えも、平常、権之助から学んだ事も忘れてしまった。此っ方から打って行かなければ、彼から打たれると思った。
眼。眼。眼――とあれほど武蔵からやかましくいわれた事などはもう念頭にもなく、その眼をつぶって、盲目的に、刀と共に相手へぶつかって行ったのである。待ち構えていた丑之助は、身を避けて、ふたたび強かに。伊織を棒で、撲り伏せた。
『ウウム......』
伊織は、もう起てなかった。刀を持ったまま地に俯っ伏してしまった。
『勝ったぞ。おらが』
丑之助は、誇っていったが、伊織が動かなくなったので、急に、恐いものに襲われたように、山門の方へ駈け出した。
『――こらっ!』
四方の木立が吼えたように、誰かが彼の背へ向ってそう呶鳴った。又――声と一緒に四尺ばかりの杖が一本、風を切ってびゅッと泳いで行き、丑之助の腰の辺に杖の突端がコツンと中たった。
『痛っ』
丑之助は、横に転んだ。
すぐ杖の後から駈けて来た人間がある。いうまでもなく、伊織を探しに来た夢想権之助である。
『待て』
声が近づくと、丑之助は、痛む腰を忘れて、脱兎みたいに跳ね起きた。そして、十歩も駈けたかと思うと、その時、山門から這入って来たべつな者に、正面からぶつかった。
『丑之助ではないか』
『......あっ?』
『どうした』
木村助九郎であった。丑之助はあわてて、助九郎の後へかくれた。――で当然、彼を追って来た権之助とは、何の予告もなく、いきなり眼と眼をまず激突させて、とたんに対峙の姿勢になってしまった。
二
眼と。そして、眼と。
そう二人のあいだに、険しい一瞬が発したせつなは、どんな争闘を捲き起すかと思われた。
助九郎の手は刀へ。権之助の手は杖へ。双共方、ぴたと。然し――
これが事なく、次のような会話へ移って、この場の真相を知りあうことができたというのは、相手の人間を観てとる鋭い直観力を、幸いにも二人が持ち合せていた為だったといえよう。
『旅の者。――仔細は知らぬが、何でこのような童を、大人げもなく打ちのめそうといたすか』
『異なお訊ね。その前にあれなる――塔の下に仆れている連れの者を御覧じ。その童のために、強かに打たれ、気も失うて苦しんでおる』
『あの少年は、そちの連れの者か』
『されば――』
と、権之助はいってすぐ、言葉を抛り返すように、
『その小童は、おてまえの召使でござるか』
『召使ではないが、拙者の主人が目をかけておる丑之助という者。......これ丑之助。何で彼の旅の人の連れ衆を打ちすえたか』
背中へ廻ってさっきから黙って佇っている彼を顧みて、
『正直に申せ』
と、助九郎が詰問すると、その丑之助が口をあかぬうちに、塔の下に仆れていた伊織が首をもたげて、彼方から、
『試合だよっ。試合だよ!』
と、さけんだ。
伊織は痛そうな体を、その言葉と共に起して歩いて来ながら、
『試合して、おらが負けたんだから、その子が悪いんじゃない、おらが弱いんだ』
と、いった。
助九郎は、伊織が負けた事を怯まず負けたといった姿へ、感嘆でも浴びせたいような眼をみはったが、
『おお。では約束のうえで尋常に打ち合ったのか』
微笑の眼をほそめ、一方の丑之助を顧みると、丑之助も今となってはやや間がわるそうに、
『おいらが、彼の衆のむしろを。彼の衆のもんと知らねえで、黙って持って来たから悪かっただ』
と、事情を話した。
打たれた伊織ももう元気に回っている。訊いてみれば子どもらしい経緯だ。ほほ笑ましくさえなるものを、もし最前、権之助がここへ追い、助九郎が駈けつけて来た出合いがしら、大人と大人とが、一歩退くことなく、武器で物をいったとしたら、可惜無用の血が、今頃はそこらを染めていたに違いなかった。
『いや、失礼いたした』
『お互いです。手前こそ御無礼を』
『では、主人も彼処で待っておるゆえ、ここで御免――』
『おさらば』
笑い合って、山門を出た。助九郎は丑之助を伴い、権之助は伊織を連れて。
興福寺の門前から、右と左に別れかけたが、権之助はふと戻って、
『あ。ちょっとお訊ねします。柳生ノ庄へは、どう参りましょうか。この道を真っ直でよいでしょうか』
助九郎は、振向いて、
『柳生の何処へ行かれるか』
『柳生城をおたずね仕ります』
『えっ、お城へ?』
と、止めた足を又、助九郎は、権之助のほうへ戻して来た。
三
こうした事から、計らずもお互いの身分と、身上が知れた。
べつな所で、助九郎、丑之助のふたりを待ちつつ佇んでいた柳生兵庫も、やがてここへ来合せ、事情を聞くに及んで、
『さてさて、惜しいことを!』
と、嘆息した。
そして遙々――江戸からこの大和まで来た権之助と伊織を、労わりの眼でながめて、
『せめて、もう二十日も早く来たら』
と、何度となくいう。
助九郎も、頻りと、
『惜しい、惜しい』
と繰返して、今は何処やら知れぬ人の行方を雲にながめるのだった。
もういう迄もないが、夢想権之助が伊織を連れてこれへ来たのは、柳生城にいると聞いたお通を訪ねて来たのである。
そのお通には自分の用向ではなく――先頃、北条安房守の宅で計らずも、伊織の姉なるものが話題にのぼり、それこそ実にお通という女性であると――同席の沢庵に教えられてから、思い立って来たことであった。
ところが。
かけちがって、そのお通は、およそ二十日ばかり前、武蔵を訪ねて、江戸へ立った。――悪い時にはぜひもないもので、今、権之助に江戸の消息を聞けば、武蔵その者も亦、権之助の立つ前に、すでに江戸を去ってしまい、知己身辺の者にすらその行先は知れていないという。
『迷うて居ような』
ふと、兵庫はつぶやく。
そして何日か、一度彼女を宇治の途中まで追って行きながら、呼び戻さずに帰ったことを――軽く悔いたりしながら、
『あわれ、どこまで不幸な』
と、わが淡い未練を人の恋に寄せて、何がな暫し物想わせられた。
――が。あわれはここにも一人居た。それらの話を、側で聞きながら、しょんぼり側に立っていた伊織。
(生れたっきり知らない姉)
と、観念していたうちは会いたくもなかったが、
(世にある人)
と、教えられ、
(大和の柳生にいる)
と聞いてからは、漂う海に一つの陸が見つけたように、生れてから一遍に溢れわいた思慕と肉親への肌恋しさが――これは抑えるべくもなく、ずいぶん連れの権之助をも困らしたほど、きょうまで楽しみにして、此処まで来たに違いないのである。
『............』
今にも泣きたそうな顔をしているが、伊織は泣かない。
泣くには何処か人のいない所へ行って大声で泣きたいのだ。――権之助が兵庫から訊ねられて、いつまでも江戸の話をしているので――伊織は辺りの草の花など眼に拾いながら、大人の側からだんだん離れて行った。
『何処へ行くだい』
丑之助も、後から来た。なぐさめ顔に、伊織の肩へ手を廻して、
『泣いてんのけ?』
伊織はつよく首を振った。眼から涙が飛び散った。
『泣くもんか。そら、泣いてなんかいないよ』
『オヤ。山芋の蔓があるぜ。山芋掘る術知ってるか』
『知ってらい。おらの故郷にだって、芋はあら』
『掘り競しようか』
丑之助にいわれて、伊織も蔓を見つけて、蔓の根にしゃがみこんだ。
四
叔父宗矩の近状やら、武蔵の事ども。
それから、江戸の街々の変りようだとか、小野治郎右衛門が失踪のうわさだとか。
訊けば、限りもなく、語れば語り尽きない。
この大和の山里では、稀々江戸から来た者とあれば、その者の一語一話が、すべて耳新しい社会の知識であった。
――が、思わずも時を過ごしたので、兵庫も助九郎も、陽脚に気がつき、
『ともあれ、城内へ来て、当分のうち逗留なすっては』
と勧めたが、権之助は深く謝すのみで、
『お通さまがお在でにならぬ上は――』
と、このまま、先の旅へ向いたい希望を告げる。
先の旅といっても、元より修行一筋の身ではあるが、実は、木曾の故郷で亡くした母の遺髪と位牌を今もなお肌身に持っていて、何かにつけ気がかり。この大和路まで来たのを幸いに、ついでといっては勿体ないが。紀州の高野山か、河内の女人高野という金剛寺か、いずれかへ行って、位牌を預け、かたみ髪を仏塔へ納めなどして置きたいという。
『それも亦、名残り惜しいことではあるが――』
強いて止めもならぬ気がして、さらばと別れを告げかけた時、ふと気がつくと、側に居たはずの丑之助が居ない。
『おや――』
と権之助も見直して、これも伊織を探している。
『オオ、あんな所におる。二人とも、何を掘っているのか、地へしゃがみ込んで』
助九郎が指さす所を見遣ると――なるほど伊織と丑之助が、すこし間をへだてて、わき目もふらずに、土を掘っている。
大人たちは微笑んで、そっとその背後へ立っていた。
ふたりは気がつかない。先刻から蔓の根を掘り下げ、折れ易い自然薯を折らないように、芋のまわりを大事に庇って、片腕が地へ這入り込んでしまうほど、もう深い穴を作り合っていた。
『......あ』
そのうちに、背後でする人の気配に、丑之助は振向いた。伊織も笑い顔を向けた。
自分達の競争を大人達が見ていると意識すると、二人はよけい熱し出したが、すぐ丑之助が、
『抜けた』
と、長い芋を、地上へ抛り出した。
伊織は、肩先まで入れて、黙々とまだ穴を搔いている。果しのない様子に、権之助が、
『まだか。行ってしまうぞ』
と、いうと、伊織は老人のように腰を叩いて立ちながら、
『だめだあ、この芋は。晩までかかるよ』
と、未練を土の中に残して着物の泥をはたいた。
丑之助が、覗いて見て、
『なんだ、こんなに掘れてるくせに。臆病な芋掘だなあ。おらが抜いてやろうか』
手を出しかけると、
『いけないいけない。折れちまうよ』
と、伊織は拒んで、折角八分ぐらいまで掘り下げた穴へ、まわりの土を足で寄せ落し、元のように埋けてしまった。
『あばよ!』
丑之助は、掘り採った自分の芋を、自慢して肩へ担いだ。だが、その芋の先は完全でなかった。折口が白い乳を出していた。
『丑之助。負けたなあ。――打ち合ではそちが勝ったそうだが、芋掘ではそちの負けだぞ』
兵庫は、彼の頭を、ぐいと抑した。伸び過ぎる麦の育ちを踏んでやるように――ぐいと首根を抑していった。
大 日
一
吉野の桜も褪せたろう。道の辺の薊も咲きほうけて、歩くには少し汗ばむほどだが、牛の糞の乾くにおいも、寧楽のむかしや、流転の址が偲ばれたりして、歩き飽かないこの辺の道だった。
『おじさん。おじさん......』
伊織はうしろを振向いて、権之助の袖を引きながら、頻りと気にかけて、
『又、尾いて来たよ。ゆうべの山伏が』
と、ささやいた。
権之助は、わざと、彼の注意に従わず、真っ直に向いたまま、
『見るな、見るな。――知らん顔をしておれ』
『だって、変だよ』
『なぜ』
『きのう柳生兵庫様達と、興福寺の前で別れた時から、間もなく、後になったり先になったり......』
『いいじゃないか。人間みな、思い思いに歩いているのだから』
『そんなら、宿屋なんか、べつな家へ泊ればいいのに、宿屋まで一つ所へ泊って』
『いくら尾行られても、盗まれるほどな金も持っていないし、心配はない』
『でも、命という物を持ってるから、空身とはいえないよ』
『ははは。命の戸締りはわしもしている。伊織は確かかな』
『おらだって』
見るな――と止められるほど、つい後が振向きたくなる。伊織は、左の手を、野差刀の鍔の下から離さなかった。
権之助にしても、余りいい気持はしない。山伏の顔には見覚えがある。それはきのう宝蔵院の試合興行の折に、飛入を望んで出て断られた彼の山伏なのだ。どう考えても此っ方には付き纒われる覚えがない。
『おや、いつのまにか、消えちまった』
又、伊織が振向いていう。権之助も振顧る。
『多分、飽きてしまったのだろう。やれやれ、さっぱりした』
その晩は、葛木村の民家に泊めてもらう。翌日は早目に、南河内の天野郷にはいり、清流に沿っている門前町の低い軒ならびを覗き歩いて、
『木曾の奈良井から、この土地の酒醸りの杜氏へお嫁に来ている、おあんさんという人の家を知りませんか』
と頼りない手がかりを頼りにして尋ね歩いた。
おあんさんというのは彼が故郷で知っている人だった。この天野山金剛寺の附近に嫁いでいるというので、彼女が分ったら、亡母の位牌とかたみ髪を金剛寺へ納めて供養して貰おうという考え。
もし分らなかったら高野へ行こう。高野は貴人の供養所として、余り名だたる大家の霊が寄っているそうなので、旅人の貧賤では心もとない気もするが、ここが駄目だったらともかく高野山へ預けに行こう。
そう思っていたところ、
『ああ、おあんさんかね。おあんさんなら杜氏屋敷のお長屋にいるがな』
と、案外早くそれが知れた。
門前町の何屋かの内儀さんである。親切に先へ立って、
『この門をお這入んなすったら、右側の四軒目で、杜氏の藤六さんのお家かとお聞きなされ。おあんさんの御亭主じゃげな』
と、教えてくれた。
二
どこの寺でも「葷酒山門ニ入ルヲ許サズ」は、法城の掟みたいになっているが、この天野山金剛寺では、坊舎で酒を醸造っている。
もちろん、世上へ出しているわけではないが、豊臣秀吉などが、ここの寺製りの酒を賞美して、諸侯のあいだにも「天野酒」といって知れ渡っているので、秀吉の亡き後は、その余風もだいぶ廃っていたが、まだ年々製って乞われる檀家へ贈る慣わしは残っていた。
『――そんなわけで、わしを始め十人ほどの職方が、お山に雇われて来ておりますのじゃ』
おあんさんの御亭主である杜氏の藤六は、その夜、客の権之助の不審を解いて、そんな事も話した。
それから、権之助の頼みに就いては、
『お易いことじゃ。御孝心に依ることでもあれば、明日、僧正さまにおねがいして上げよう』
と、いってくれた。
翌る日、その家の一間に起出た頃は、もう藤六は見えなかったが、やがて午少し過ぎ姿を見せ、
『僧正さまにお願いしたら、さっそく承知して下された。わしに従いてお出でなされ』
と、いう。
案内されて、権之助は藤六の後に従い、伊織は権之助の腰にちょこちょこついて行った。四方は幽翠な峰で、散り残った山ざくらが白く、七堂伽藍は、天野川の渓流が繞るふところ谷にあり、山門へ渡る土橋から下をのぞくと、峰の桜が片々と流れにせかれて落ちてゆく。
伊織は、襟を合せた。
権之助も、身が緊まった。何とはなく、山巒の気と、坊舎の荘厳に打たれたのである。
ところが、存外にも、
『お前様か。母御の供養をしてくれというのは』
と、本堂の上から気楽な調子でいった僧がある。
肥えて、背も高く、大きな足をした坊さんである。僧正というからには定めし金欄の袈裟に払子を抱き、威儀作ろった人かと思えば、これはこのまま破れ笠と杖をもたせて、世間の軒端に立たせても、恥かしくないそのままの人だった。
だが、藤六は、
『はい、お願いの儀は、この人でございまする』
と、堂下の大地にぺたりと額ずいて、権之助に代って答えてる様――やはりこの人が僧正だとみえる。
『............』
権之助も、何か、あいさつをいって、藤六と同様に、ひざまずこうとすると、僧正はもう大きな足を、階段の下にありあわせた汚ない藁草履へのせて、
『じゃあ、大日様のほうへお越し......』
と、数珠ひとつ持って、先へ歩いてゆく。
五仏堂だの、薬師堂だの、食堂だの、堂塔のあいだを繞って坊舎からすこし離れると、そこに金堂と多宝塔があった。
遅れて、後から追いかけて来た弟子僧が、
『お開けいたしますか』
と訊ね、僧正のうなずいた眼をみると、大きな鍵をもって、金堂の大扉をひらいた。
『お着座を』
と、促されて、権之助と伊織とは、二人きりでひろい伽藍の中へ坐った。仰ぐと、台座からなお一丈の余もある金色の大日如来が、天井で微笑をふくんでいた。
三
やがて内陣の裡から僧正は袈裟をつけ直して出て来た。そして台座に坐って朗々と経をあげた。
先には、藁草履の見すぼらしい一山僧にしか見えなかったが、そこに坐ると、運慶の鑿の力にも劣らない権威を背なかに示している。
『............』
権之助は、掌を胸にあわせ、亡き母の姿をまざまざと描いていた。
すると一朶の白雲が、瞼に流れた。――そしてそこに塩尻峠の山や、高野の草が見えた。――武蔵は戦ぐ風をふんで、剣を抜いて立っている。自分は、杖を取って、それに対している。
野中の一本杉の下に、地蔵様のように、ちょこなんと坐っている老母がある。
老母の眼のいかにも心配そうな――。そして今にも、剣と杖の間へ、跳びつきそうなその光り。
子を案じる愛の眼。その時、母のすさまじい助言の一声から教えられた「導母の杖」の一手。
『......おっ母さん、今もあなたはあの時のような眼で、私の前途を案じて見ておいででございましょうな。だが御心配くださいますな。その折の武蔵どのは、幸いに私の乞いを容れて、お教えを下されているし、私もまだ一家を成す日は遠いかもしれませぬが、たとえ今がどんな乱世でも、子の道、世々の道は、踏み外すことはいたしません』
こう念じつめて息をもじっとひそめていると、身の前に高々と在る大日如来の御顔が、母の顔そっくりに思われ、その微笑までが、生ける日の母の笑いとなって胸に沁みてくる。
『......お』
ふと気づいて、掌を解くと、僧正はもう居ない。読経は終ったのである。傍らにいる伊織も、ぽかんと大日の御顔をふり仰いだまま起つのも忘れている様子なので『伊織』と、呼び醒まし、
『なんでそんなに見恍れている』
と訊ねたところ、われに返ったような顔して、伊織がいうには、
『だって、この大日様は、おらの姉さんに似てるんだもの――』
権之助は思わず、からからと笑って、まだ会ったこともないお通さんとかいう其方の姉の顔がどうして分る? 又、大日様のお顔は大日様のお顔で、こんな慈悲円満な具相をもった人がこの世にあろうはずはない。これは独り運慶のような名匠の精進が、稀々、鑿の先に現し得た奇蹟のようなもので、決して俗界にあるものではない。
いうと――伊織は『だって、だって』となお強くかぶりを振って、
『おらは一度、江戸の柳生様のお邸へ使に行って、夜半に途に迷ってた時、そのお通様っていう人に会ってるもの。――あの時姉さんだと分っていたら、もっとよく見ておくんだったけれど、今じゃ思い出せなくなっちまった。......そう思ってたら、今、僧正さんがお経を上げているうち、掌を合してると、大日様が姉さんの顔になったんだよ。ほんとに、何かおらへいったような顔をしたよ』
『......ふうむ』
権之助は、もう否定できなかった。そして、いつまでも金堂の縁から離れ難いここちがした。
ふところ谷は日暮れが早い。峠のかげにもう陽は沈み、多宝塔の屋根の水煙だけが、七宝の珠でちりばめたように、燦々と夕陽の端をうけている。
『ああ。死んだ母へ、及ばぬ回向だが、きょうは生きてる身にも、善根のよい一日を送ったなあ。......血臭い世間は噓のようだ』
薄暮のあいろに向って、二人はなお、そこの縁に腰かけていた。
四
どこかでサラサラと落葉を掃くような音がする。権之助が、
『おや』
と、右の崖を仰ぐと、崖の中腹に、室町風の古雅な観月亭と廟があって、狭い石ころ道は苔むして見え、その辺りを縫って猶、幽翠な山の上へつづいている。
ひとりは上品な尼とも見える年老った婦人。
又ひとりは、肉づき豊かな五十がらみの人物で、つつましき木綿着物に、袖無羽織を着、小桜の革足袋に新しい藁草履をはき、鮫柄の小脇差を一つ横たえて、武士とも町人ともみえず、ただ何処やら床しげな風格のある人が、竹箒を持って――ふと、腰をのばして立っている。
老尼のほうは、白練の絹の頭巾をかぶり、これも竹箒を手にして、
『......ほ。少しはきれいになったかのう』
と、掃いて来た山道や崖の其処此処を見まわしているらしい。
そこらは滅多に人も踏み入らなければ、関う者もないとみえ、冬中の雪折れやら朽葉やら又、鳥の空骸やらが、農家の堆肥のように春とも見えず腐り積っているのであった。
『お母さん、だいぶおくたびれでしょう。陽が暮れましたし、あとは私がやりますから、もうお休みなされませ』
肥えた人のほうがいう。
老尼は、五十にも近いその者の母とみえるが、息子のことばをかえって笑って、
『わしは家にいても、働きつけておるせいか、つかれもせぬが、そなたこそ肥えてはいやるし、このような事はしつけぬゆえ、土に手が荒れたであろう』
『はい。仰っしゃる通り、一日箒を持っていたので、掌にまめができました』
『ホ、ホ、ホ、ホ。......よい土産のう』
『けれどお蔭で、きょう一日は、何ともいえぬ清々しい心で送りました。私たち母子の貧しい御奉仕も、天地の御心にかなったしるしでございましょう』
『いずれ、こよいももう一夜、御本房に泊めていただくのじゃから、後はあしたにして、そろそろ戻りましょうかの』
『暗くなりかけました。足もとをお気をつけなさいまし......』
いいつつ、息子は、母の尼の手をとって、観月亭の小道から、権之助と伊織のやすんでいる金堂の横へ降りて来た。
人もなしと思っていた黄昏れの金堂の縁に、ふと、人影が起ったので、老尼もその息子も、
『......誰?』
と、驚いたように、立ちどまったが――老尼はすぐ眼元にやさしい笑みをたたえ、
『御参籠でございますかの。今日も一日、よいお日でございましたの』
と、旅の者と見て、行きずりの挨拶をした。
権之助も、辞儀して、
『はい。母の供養にと詣でましたが、あまり静かな夕暮なので、何か、空虚になっておりました』
『それはそれは御孝心な』
と、いいながら老尼は、伊織のすがたへ眼を移して、
『よい坊ンち......弟御かの』
と、頭を撫でて息子のほうを振顧って、
『光悦、山で喰べた麦菓子が、まだ、そなたの袂に、すこし残っていたであろ。この子にやって下さらぬか』
と、いった。
古今逍遙
一
光悦とよばれた老尼の息子は、紙につつんだ菓子を、袂から取出して、伊織に持たせ、
『残り物で失礼だが、よかったら喰べておくれ』
と、いった。
伊織は、掌に乗せたまま、どうしていいか、分らない顔つきで、
『おじさん、これ、貰っといてもいいの』
権之助にたずねた。
『いただいておけ』
と、権之助が、伊織にかわって、礼をのべると、老尼は又、
『おことばの様子では、御兄弟でもないようじゃの。関東のお方らしいが、旅の道を、どこまでお越しなされるのか』
『果ない道を、果なく旅しておりまする。お察しの通り、ふたりは肉親ではござりませぬが、剣の道に於いては、年はちがいまするが兄弟弟子の仲でござります』
『剣をお習いなされますか』
『はい』
『それは一方ならぬ御修行。師のお方は、どなたかの』
『宮本武蔵と仰っしゃいます』
『え。......武蔵どの?』
『御存じですか』
答えを忘れて、老尼は、
『ほう......』
と、ただ眼をみはり、何か思い出の中にいる様子、武蔵を知らぬ仲の人とは思われなかった。
するとこの老尼の息子も、なつかしい人の名でも聞いたかのように寄り添って来て、
『武蔵どのは今、どこに居られますな。その後の御様子は......』
などと、いろいろ訊ねだし、権之助がそれについて、知る限りの消息を話して聞かせると、いちいち母なる老尼と顔を見あわせて、うなずくのであった。
そこで、権之助から今度は、
『――して、貴方様は』
と、訊ねると、
『申しおくれました』
と詫びて、
『わたくしは京の本阿弥の辻に住む光悦という者。又、これは母の妙秀でして、武蔵どのとは六、七年前に、ふとお親しくしていただいた事もあり、何かにつけ、日頃、おうわさ申し上げて居るものですから』
と光悦は、その頃の思い出ばなし二つ三つ搔いつまんで話した。
光悦の名は、疾く、刀の上に於いて権之助も知っている。又、武蔵との交渉は、その武蔵から草庵の炉べりで聞いたこともある。思いがけぬ所で、思いがけぬ人に会うもの哉。――と権之助も驚いた。
その驚きのうちには、京都でも然るべき家がらの母堂といわれる妙秀尼や又、本阿弥光悦ともある人の母子が、なんでこの山里の人も訪わぬ伽藍などに来て、しかも寺の雑人すら怠っている山の朽葉などを、竹箒を持って、こんな暗くなるまで掃除しているのだろうか?
その不審も、無意識のなかに、手伝っていたにちがいない。
――いつか朧な月が、多宝塔の水煙のあたりにさし昇っていた。行きずりの人でも人恋しい夜の頃ではあるし、権之助は、去り難てな心地になって、
『おふた方には、この上の山や崖道を、終日、お掃除なされていた御様子。どなたか、御縁をひくお方の碑でもあるのですか。それとも御遊山のつれづれにでも......?』
と、訊ねてみた。
二
『なんの。なんの』
光悦は頭を振っていう。
『この厳な聖地で。気まぐれなどと、勿体ない』
相手の権之助が、何も知らずにいったにせよ、その曲解を甚だ畏れるもののように、彼は、徒然の腹ごなしに箒など持っていたのではない事を弁明に努めて、
『あなたは、この金剛寺へは、初めてのお詣でか。そしてこの御山の歴史について、山僧から何もまだお聞きになっていないのか』
権之助は、ありのまま、
――然り。
そんな事の無智は、べつに武辺者の自己の恥辱とも考えず答えると、光悦は、
『では、烏滸な沙汰ですが、私が山僧にかわって聞きかじりの請売を少し御案内いたしましょうか』
と、四辺を見まわし、
『よいあんばいに、朧な月がさし昇って来ましたから、ここに立ったままでも絵図をさすように、この上の院の御墓。御影堂、観月亭。――また彼方の求聞持堂、護摩堂、大師堂、食堂、丹生高野神社、宝塔、楼門など、ほぼ一望にすることができましょう』
ひとわたり指をさして、光悦も共に、寂土の朧に浸り入った態で説くのであった。
――御覧ぜよ。あの松あの石。一木一草といえど、皆どこかにこの国の民ぐさと等しく、不屈な志操と伝統の優雅を姿にもち、又何かを訪う人に語らんとしているではありませんか。光悦は、草木の精に成り代って、草木がいわんとすることを述懐してみたいと思うのでございます。
それは。
元弘、建武の頃から正平年間にわたる長い乱世にかけてこの御山が、時には、大塔宮護良親王の戦勝祈願をこめらるる大炉となり帷幕の密議所となり、又時には、楠正成たちの忠誠が守るところとなるかと思えば、京六波羅の賊軍が、大挙して攻め襲せる目標となったり、下って足利氏が世を暴奪なし終った乱麻の時代となっては偲び上げるも畏れ多いことながら、後村上天皇は、男山御脱出以来、軍馬の間を彼方此方と御輦の漂泊を経られて、やがてこの金剛寺を行宮に年久しく、山僧の生活も同様な御不自由をしのんでお在で遊ばした。
なお。それより前には。
この御山には、光厳、光明、崇光の三上皇も、御幸していらせられたので、一山には、守護の武士たちや、公卿たちも、夥しい数にのぼり、賊軍の襲来に備える兵馬兵糧の料はもとよりのこと、永い年月のうちには、供御の炊ぎに奉る朝夕のものにも事欠いて、当時の様を眼のあたりに見た禅恵法印の記したものを見れば、
坊舎山房皆切払イ
損亡申ス計リ無シ
と、嘆いております。
しかもその間、主上には寺の食堂を政庁に充てられ、寒日も火なく、炎日もお憩いなく、政務をおとり遊ばしていたとやら。
光悦は、そこでふと、声をのんで、
『この辺り、あの食堂といい、摩尼院と申し、皆そうした御遺跡でないものはございません。この上にある、院の御墓というのも、光厳院法皇の御分骨をお奠めしてある霊地といい伝えておりますが、足利の世このかた、御垣は仆れ、朽葉に埋れ、あまりに荒れはてておりますので――今日はふと、朝から母といいあわせて、院の御墓のあたりから其処此処となく、お掃除をさせて戴いていたわけなのです。――もっとも、それも徒然であろうといわれれば、それまでの事ですが』
と、笑みを含んでいった。
三
われ知らず権之助は、身のちぢまる思いを被り、襟を正して聞き入っていた。いや、彼よりも、伊織はもっともっと厳粛なものにひき緊められた顔して――語る人光悦の面からわき目もふらない。
『――ですから北条氏から足利氏への長い長い乱世のあいだ、あの石、そこらの草木までみな、一系の皇統を護るため戦った物でしょう。石は、護国の砦となり、木々は、天皇の供御の薪となり、草は兵の衾となって』
光悦も亦、真摯に聞いてくれる語り相手を見出して、鬱懐の至情を吐きつくすように――去るに忍びない面持で夜空と寂土の万象を四顧しながら、
『――多分、その頃、賊軍と戦って、ここで草の根を喰べながら立て籠っていた御親兵の一人か、或は、降魔の剣を把って兵の中に働いていた僧兵のひとりかも知れません。......というのは、きょう私たち母子が、院の御墓のあたりから山道を掃除して参りますと、とある藪中の石に、誰が刻んだか、こんな歌が彫ってあったのがふと見出されたのです。......
百年の戦もなさん春は来ぬ
世の民くさよ歌ごころあれ
と、いうのです。――これを見て私はなお胸を打たれました。何十年という戦の中の春秋に、何というゆとりでしょうか。強い護国の信念でしょうか。七たび生れてこの国を護らんと仰っしゃった大楠公の御心は、名もない一兵にまで沁み徹っていたものとみえまする。又、この優雅と、心のひろさがあったので、遂に、百年の戦を経ても、ここの堂塔は今もなお、皇土のうえに厳然と在るのでございます。有難いことではございませんか』
と、いいむすぶ。権之助は、ほっと、息づきをし直しながら、
『いや、ここの御山が、そういう尊い戦の址とは、はじめて承知しました。知らぬ事といいながら、先程は、卒爾なおたずねを致しおゆるし下さい』
『いいや、もう......』
光悦は手をふって、
『実をいえば、手前こそ人恋しく居たところで、きょうもきのうも胸に鬱していたものを、誰かに語りたくてならなかった折なのです』
『又、つまらぬお訊ねをして、お笑いを受けるかも知れませぬが、光悦どのには、もうこの寺に永く御逗留でございますか』
『されば、今度は、七日ばかりになりまする』
『やはり御信仰で』
『いえ、母がこのあたりの旅が好きなのと、自分もこの寺に参ると、奈良、鎌倉以後の、画やら仏像やら漆器やら、いろいろ名匠の作品を見せていただけるので......』
朧な地に影を曳いて――光悦と妙秀尼、権之助と伊織、ふた組になって、いつか金堂から食堂のほうへ歩いていた。
『――ですが明日の朝はもう立とうと存じます。武蔵どのにお会いになったら、どうぞまいちど、京の本阿弥の辻へ立ち寄ってくださるようお伝えおきを』
『承知いたしました。では、御きげんよう』
『オ。おやすみ......』
山門の陰の月ささぬ闇を境にわかれて、光悦と妙秀尼は坊舎の方へ。――権之助は伊織と共に、山門の外へ出た。
土塀の外は、自然の濠を繞らしたような渓流であった。そこの土橋へかかるや否、何か白いものが、物陰からさっと権之助のうしろへ襲いかかり――伊織は呀ッという間もあらず、土橋の外へ足を踏みはずしていた。
四
――ざんぶ!
飛沫のなかに、伊織ははね起きていた。流れは迅いが、水は浅い。
(何だろ?)
咄嗟なのだ。どうして墜ちたのか、自分でもわかない。
だが、土橋の上を仰ぐと、そこから自分を抛り飛ばした勢いのものが、何ものをも交えず、真空の一圏内を作って対峙していた。
その一方は、権之助へふいに襲いかかった白いものだ。伊織がはね飛ばされて落ちたせつな――白いものと見えたのは、彼の白衣であった。
『あっ、山伏?』
伊織は、さてこそ、来るものが遂に来たなと思った。何の故か、おとといから自分たちを尾けていたあの山伏なのだ。
山伏の杖。
権之助も手馴れの杖。
ふいに打ってかかったが、権之助がさはさせじと、とたんに身の位置を変えた為、山伏は土橋をはさんで往来側の口に立ちふさがり、権之助は山門を背なかにして、
『何者っ?』
と、一喝を発し、
『人ちがいすなっ』
と、声するどく、窘めていた。
『............』
山伏は何もいわない。人ちがいなどするかといった体である。背には笈を負い、軽捷を欠いた扮装に見えるが、踏んまえている足は木が生えているように慥かである。
この敵、ただ者に非ず――と見ながら権之助は、満身を気に膨ませて、杖をうしろに扱きながらもう一度、
『だれだっ。卑怯だっ。名を申せ。さもなくば、この夢想権之助へ、何の意趣で打ってかかるか、理由をいえ』
『............』
山伏は、耳がないように、ただ眼だけにらんらんと、人を葬るような炎をたいている。金剛わらんじの足の指が、百足の背みたいに一縮一縮地をにじり詰めてくる。
『うぬ。もはや』
これは権之助が丹田で堪忍をやぶった呻きである。――彼の丸ッこい五体は、闘志に節くれだって、詰めよる山伏に対して、彼のほうからも競りつめて行った。
――がつッと、物音が発したとたん、山伏の杖は、彼の杖のために、真二つに折られて、宙へすっ飛んでいた。
だが山伏は、手に残った杖の半分を、権之助の面部へ向ってすばやく投げつけ、権之助が、顔をふと交した一瞬、腰の戒刀を抜いて飛燕のように躍りかからんとするかに見えた。
その時、その山伏が、
『あっ』
といったのと、伊織が渓流の瀬で、畜生っとさけんだのと、同時であって、山伏の足は五、六歩ほどそのまま、だだだだと土橋を往来のほうへ踏み退いた。
伊織の投げた石つぶてが、山伏の面部へ、したたかに中ったのである。悪くすれば左の眼であったかもしれない。とにかく山伏としては、思わざる方角から、致命的な傷手をうけた為、しまったと思ったに違いない。崩れた体勢をそのまま一転、足を変えるが早いか、寺の土塀と渓流のながれに沿って下町のほうへ征矢のごとく逃げ去ってしまった。
岸へ跳び上った伊織は、
『待て』
と、手の中に、まだ石を振っていて、追いかけそうにしたが、権之助に止められて、
『ざま、見ろ』
と、その石を、もう人影のない朧へ向って遠く投げた。
五
杜氏屋敷の藤六の家へもどってから、程なく、二人は寝どこへ這入ったが、さて二人とも、なかなか眠れない。
ぐわうぐわうと、峰の夜あらしが、屋の棟を繞って、更けるほど耳につくせいばかりでもない。
眠りと現の境で、権之助は、光悦の言葉を脳裡にくりかえし、建武、正平のむかしを思い、又、現在の世へ思い到って、(応仁の乱れから、室町幕府のくずれ、信長の統業、秀吉の出現と時勢は移り、――そしてその秀吉の亡い今は、関東大坂のふたつが、次の覇権を繞って、あしたも知れぬ風雲を孕んでいるが――憶えば、世の中は、建武、正平のむかしと、どれほどな相違があろう)
そう考えるのだった。
(北条、足利の侍が、国家の大本をかきみだした最も厭むべき時代には、半面に又、楠氏一族のような、又諸国の尊王武族のような、真の日本武士があらわれたが――今は――今の武門は――又武士道は?)
これでいいのか。
民心は、天下の司権が、信長、秀吉、家康とあわただしく、争奪されるのをながめているまに、まことの主上の在わすをすら、いつか思わぬようになり、民の帰一というものが、総じて、はぐれているような。
武士道も、町人道も、百姓道も――すべてが武家の覇権のためにあって、天皇の大みたからである臣民の本分を、見失って来ているような。
気がつくと、彼は、
(社会は賑わしくなり、個々の生活は活潑になって来たろうが、この国の根本のものは、建武、正平の頃から、大してよくなって来てはいないのだ。大楠公の奉じた武士の道――抱いたであろう理想とは、まだまだ遠い世の中なのだ)
と、夜具の中に、横たえている身も熱くなり、河内の峰々や、金剛寺の草木が、夜半を吠えたけぶも、何やら、心あるもののように夢へ聞えてくるのだった。
――伊織は伊織で又、
(何だろ、さっきの山伏は?)
と、あの白い幻像が、瞼から消えないらしい。
そして、明日の旅が、何だかしきりと気づかわれ、
(恐いなあ)
と、つぶやいて、峰のあらしに蒲団の襟をひき被った。
その為、夢に大日様の御微笑も見ず、尋ねる姉の面影もあらわれず――朝もぱちりとはやく眼がさめてしまった。
おあんさんと、藤六は、二人が今朝早く立つとの事に、暗いうちから朝めしや弁当の支度などしておいてくれて、いよいよ此家の門から立つとなると、
『喰べながらお歩き』
と、伊織へ、酒の糟の焼いたのを、紙につつんでべつにくれた。
『お世話になりました。御縁もあらば又――』
立ち出でると、峰には虹いろの朝雲がうごきかけ、天野川の流れからは、湯気のような水蒸気が立っていた。
その朝靄をついて、ぴょいと、そこらの家から飛び出して来たひとりの身軽な旅商人は、権之助と伊織のうしろから、
『よう、お早いお立ちで』
と、元気よく、いかにも朝らしい声でことばをかけた。
紐
一
見も知らぬ男なので、権之助は、よい程にあいさつを返したのみ。伊織も、ゆうべの事があるので、無言を守って歩いていると、
『お客さまは昨夜、藤六どんの所へお泊りでございましたな。藤六どんには、てまえも長年、お世話になっておりますよ。ご夫婦とも寔によくできたお人で』
などと旅商人の男は、もう連れになった気で、いよいよ馴々しくなる。
それもよい加減に聞きながしていると、又、
『木村助九郎さまにも、御ひいきになりまして、柳生のお城へも、時折には、御用を伺いに出たりいたしますが』
と、しきりに話の糸をひく。
『――女人高野の金剛寺へお詣りになりました上は、ぜひ紀州高野山のほうへもお登りでございましょうが、もう山道の雪はございませんし、道の雪崩もすっかり直っておりますから、お登りには今がよい季節。きょうは天見、紀伊見などの峠をゆるゆる越えて、こん夜は橋本か学文路でゆっくりお休みになるとちょうどよい頃合で――』
いう事がいちいち、余りこちらの消息に通じ過ぎているので、権之助は不審に思って、
『おぬし、何屋じゃな』
『てまえは、打紐の売子でございます。この荷の中に――』
と、背に負っている小さい包みに首を曲げ、
『組紐の見本を持ちまして、近国遠国を注文を取って歩いておりますもので』
『ははあ、紐屋か』
『藤六どんの手づるで、金剛寺のお檀家なども、たくさんお世話していただきましてな。きのうも実は、例に依って、藤六どんの家へ泊めて貰うつもりでお寄りしました所が――こん夜はよんどころないお客が二人あるから、御近所の家で厄介になってくれと申され、同じ杜氏長屋の一軒で寝かして貰いましたわけで。......いえいえべつに貴方方のせいじゃございませんが、藤六どんとこへ泊ると、いつもよい酒をのませて貰えるので、寝るより実は、それが楽しみなんで......。はははは』
そう聞いてみれば、べつに不審に思う筋はない。権之助はむしろこの男が、附近の地理や風俗に詳しいのを幸いに、後学のため耳袋を養っておこうとするらしく、歩きながらの道々を、なにかと訊ねたり探ってみたり、いつか相手になっている。
すると天見の高原にかかって、紀伊見の峠から高野大峰のすがたが正面に見えてきた頃である。――おおウい、と後のほうから呼ばわる者がある。振り顧ると、連れの紐売と同じような恰好をした旅商人の者が又ひとり、駈けて来て、
『杉蔵。ひどいじゃないか』
追いついて来るなり、息を喘いていう。
『――今朝立つ時誘ってくれるというで、天野村の口で待っていたに、何で黙って行っちまうだ』
『アア源助か。......いや、すまないすまない。藤六どんとこのお客と連れになったもんで、うっかり声をかけるの忘れちもうた。ははは』
と、頭を搔いて、
『あまり旦那と、話がもててしまったもんで――』
と、権之助の顔を見て、又笑った。
やはり打紐の売子仲間とみえ、その男と、旅先の売上だの、糸の相場のことなど、頻りと喋舌り合っていたが、そのうちに、
『ア。あぶねえ』
と、二人とも立ち止まった。
太古の大地震で割れた痕のような断層の断れ目に、無造作な丸木が二本渡してあった。
二
『どうしたのか?』
と、二人の後へ寄って、権之助もそこに立つ。
旅商人の杉蔵と源助は、
『旦那、ちょっとお待ちなさいまし。ここの丸木橋が壊れていて、ぐらつきますで』
『崖崩れか』
『それ程でもありませんが、雪解に石ころが落ち込んだまま、直してもないのでさ。往来人の為、ちょっと、動かないようにしますから、少し休んでいてください』
と、ふたりは早速、断層の崖ぎわへ身を屈め、架け渡してある二本の朽木橋の土台へ、石を嚙ませたり、土を築いたりしている様子。
――奇特な心がけよ。
と、権之助は心のうちで感じていた。およそ旅の困苦は、常に旅をしている者ほど分ってる筈だが、その旅馴れている者ほど、他の旅人の困苦などは顧りみもせぬのが多い。
『おじさん達、もっと石ころを持って来てやろうか』
と、伊織も、二人の善行に手伝いを申し出て、せっせと、そこらの石など抱えて来たりしている。
断層の谷は、かなり深い。覗いてみると二丈の余もありそうだ。高原なので、水は流れていないで、岩石や灌木で底は埋まっている。
そのうちに、
『よさそうだ』
と、旅商人の源助は、朽木橋の端にのって、足踏みして試みている。そして権之助へ、
『――ではお先に』
といい残し、ひょいひょいと身振りしながら、体の中心を取って向うへ素早く渡って見せた。
『さ。どうぞ』
残った杉蔵に促されて、次に権之助が歩み、その腰について、伊織も渡って行った。
そして――朽木橋のうえ足数にして――三歩か五歩も出たかと思うと、ちょうど断層の谷の真上のあたりで、
『あッ?』
『きゃっ!』
と伊織と権之助は突然、絶叫して、お互いの身を抱きあいながら立ち竦んでしまった。
――何となれば、先に渡って行った源助は、予て備えておいたものらしく、そこの草叢のうちから一本の槍を取り出し、それを持ったと思うと、何げなく越えて来た権之助の方へ向けて、ぴたと白い穂先を突きつけて居たのである。
――さては野盗か。
と、とむねを衝たれて、振りかえると、後になった杉蔵も、いつのまにどこから持ち出したか、同様に素槍を持って、伊織と権之助の背後を脅かして居るのだった。
『しまった!』
さしもの権之助も悔の唇を嚙みしめて、刹那の当惑に、髪の毛をもそそけだてた顔色だった。
前にも槍。
うしろにも槍。
二本の朽木は、からくも愕きに顫く身を、断層の宙に支えているに過ぎない。
『おじさん! おじさん!』
無理もないが、伊織は絶叫をしつづけて、権之助の腰につかまっている。権之助はその伊織を庇いながら、瞬間、眼をとじて、一命を天意にまかせてしまい、偖、いった。
『鼠賊ども! 謀ったなっ』
すると何処かで――
『だまれっ、旅の者』
と、太い声でいった者がある。それは彼をはさんで槍を向けている源助でも杉蔵でもなかった。
『......やっ?』
権之助がふと仰ぐと、向いの崖の上に、左の眼の上に腫れ上った青痣のある山伏の顔が見えた。その痣は、ゆうべ金剛寺の渓川から、伊織の投げた石つぶてを、直ぐ二人に思い起させた。
三
『慌てるでない』
伊織へそういって、その優しさとは、別人のように、権之助は、
『くそっ!』
すさまじい敵意を吐いて、橋の左右へ、ぎらぎら眼をくばりながら、
『さては、昨夜の山伏の詭計だったか。浅ましくも亦、卑劣な賊めら。人を見損のうて、可惜一命をむだにするな』
――彼と伊織を、左右から挾んでいる槍の持手は、その穂に気をこめて、狙いすましたまま、あぶない朽木橋の上へは、一歩も出て来ないし、先刻から口もきかないのである。
絶体絶命、身うごきのつかない谷間の空の朽木橋に置かれた権之助が、怒髪天を衝いて、死地から叫ぶすがたを、山伏は一方の崖から冷ややかに眺めて、
『賊とは何』
と、するどく咎めた。
『程の知れた汝らの路銀などに目をくるる徒輩と思うか。さような浅い眼では、敵地へ隠密に来る資格はないぞ』
『なにっ、隠密だと』
『関東者っ』
山伏は、大喝して、
『谷へ、その棒を捨てろ。次に腰の大小を捨てろ。そして両手を後へまわし、おとなしく繩目にかかってわれわれの住居までついて来い』
『――ああ』
権之助は大きな息をついて、とたんに闘志の大半を失ったように、
『待て、待てっ。今の一言で初めて解けた。――何かの間違い事だろう。わしは関東から来た者に相違ないが、決して、隠密などではない。夢想流の一杖を一道として、諸国を修行しあるく夢想権之助という者』
『いうな、くどくどとそんないい抜け。どこに、自分は隠密なりと名のって歩く隠密があろうか』
『いや、まったく』
『耳は仮さん。この期になって』
『では、あくまでも』
『ひッ縛った上で、訊く事は訊く』
『益もない殺生したくない。もう一言申せ。何でわしが隠密か、その理由を』
『怪しげなる男、童子一名つれて、江戸城の軍学家北条安房の密命をうけて上方へ潜行す――と、関東の味方の者から疾く通牒のあった事だ。然もここへ来る前、柳生兵庫や家臣の者とも、忍びやかに諜し合わせて来た事まで見届けてある』
『すべて、根から間違いだ』
『有無はいわさん。行く先へ行ってから、いくらでも申せ』
『行く先とは?』
『行けばわかる』
『わしの意志だ。行かなかったら......?』
――すると。
橋の左右を塞いでいた旅商人の杉蔵、源助と称するふたりが、槍の穂へ、キラと陽を吸って、
『突き殺すまでだっ』
と、にじり寄った。
『何を』
いうとすぐ、権之助は、側へかかえよせていた伊織の背なかを、平手でどんと突いた。わずかにやっと、足を乗せて渡れるだけの幅しかない二本の丸木から、伊織は身をのめらしたので、
『――アッ』
声もろとも、二丈の余もある断層の底へ、自分から飛んだように、墜ちて行った。
咄嗟に、又、
『わうっ』
吠えた権之助は、翳し上げた杖から風を起して、一方の槍へ、われとわが五体を、たたきつけるように、飛びかかって行った。
四
槍が槍の働きを十分に示すには、秒間の時と、尺地の距離とが要る。
構えてはいたが――
又、せつなを外さず、操手を伸ばしはしたが。
『しえっッ――』
と、喉でわめいたのみで、完全に、杉蔵は空を突いてしまった。そして途端に、体ぐるみ自分へぶつかって来た権之助と、折り重なったまま、
――どさっ
と崖へ尻もちついた。
転がり合ったせつな、権之助の杖は左手にあった。杉蔵が跳ね起きようとする時、彼の右手の拳は、杉蔵の顔の真ん中を、一撃で突き凹ました。
ぐわっ
面部のどこからか血をふいて、歯ぐきを剝いて見せた顔は、実際、凹んだように見えた。権之助は、その顔を踏みつけ、一跳躍して、高原の平地へ立った。
そして、髪を逆立てて、
『来いっ』
と、杖を、次の者へ備えたが、死者の運命を打開したと思ったその瞬間こそ、実は、彼を待っていたほんとの死地だったのであった。
そこらの草むらから二筋三筋――ひゅっと、さなだ虫のような紐が、草を撫でて飛んで来たのである。一筋の紐の先には、刀の鍔が結いつけてあった。又一筋の紐には、鞘ぐるみの脇差がしばりつけてあった。分銅の代りに用いたのであろう。勢いよく走って来たそれは、権之助の足元だの、首のあたりへ絡みついた。
仲間の杉蔵が不覚を取ったと見て、すぐ断層の橋を渡って来た源助と山伏のほうへ向けて、咄嗟に構えていた杖とその手元へも、一筋、くるくるっと、蔓のように巻きついた。
『あッ』
蜘蛛の糸から脱れようとする昆虫のように、権之助の全身は、本能的に暴れたが、わらっと寄り集って来た五、六名の人間は、完全に彼のもがく姿を、蔽い隠してしまった。
手取り足取りである。――その人々が彼の体から離れて、
『さすがに手強い』
と、ひと汗、拭き合った時には、もう、権之助は鞠のように縛られて、どうでもしろというように大地に委せられていた。
その両手と胴とを幾重にも巻いた縛めの紐は、この近郷で――いや近頃はかなり遠国まで知れて来た丈夫な木綿の平打紐で、九度山紐とも、真田紐ともよばれ、製品の販路を拡げて歩く売子も、何処へ行っても見かけるほど手びろく売り出されている紐だった。
今、草むらから不意に起って、権之助を陥穽に落して顔を見あわせている、六、七名も、すべてその紐売の旅商人拵えの者ばかりで、ただひとり山伏の扮装の男のみが違っているだけだった。
『馬はないか、馬は』
山伏はすぐこう気を配って、
『九度山まで、引っ立てて歩くのも、途中がわずらわしい。馬の背に縛りつけて、蓆でも引っかぶせて行くとしては?』
と、諮ると、
『それがいい』
『この先の天見村まで行けば』
と、一同異議なく、権之助を追い立て追い立て、真っ黒にかたまって、雲と草の彼方へ、急いで行ってしまった。
――だがその後。
地の底から、冷たい風のふき上がるたびに人の声が、この高原の空をながれていた。断層の谷へ墜ちこんだ伊織のさけびであることはいうまでもない。
春・雨を帯ぶ
一
鳥の啼く音も、啼くところ聴くところによって異う。又、人の心によってもちがう。
高野の奥の高野杉には、天上の鳥という頻伽の声が、澄みぬいている。ここでは、下界でいうもずも、ひよどりも、あらゆる雑鳥も一様に迦陵頻伽のさえずりであった。
『縫殿介』
『はあ』
『......無常だなあ』
迷悟の橋とかいう反橋の上に佇んで、老武士は、供の縫殿介という若党を顧みた。
どこの田舎の老い武士。――一応はそうとしか見えない手織木綿のごつい羽織に野袴という旅拵え。――けれど大小が図ぬけていい。立派な差料である。それから供人の縫殿介なる若党の骨がらもよく、いわゆる雑人ずれのした渡り奉公人とはちがって、子飼からの躾けがみえる。
『――見たか。織田信長公のお墓、明智光秀どののお墓、また石田三成どのや、金吾中納言様や、苔むした古い石には、源家の人々から平家の輩まで。......ああ数知れぬ苔の人間が』
『ここでは、敵も味方もございませぬな』
『一様に皆、寂たる一つの石でしかない。さしもの上杉、武田の名も夢のような』
『変な気がいたしまする』
『どういう心地がするの?』
『何だか、世間の事がすべて、有り得ない噓のような』
『ここが噓か。世間が噓か』
『わかりません』
『誰がつけたか。奥の院と外院との、ここの境を、迷悟の橋とは』
『うまくつけましたな』
『迷いも実。悟りも真。わしはそう思う。噓と観たら、この世はないからな。――いや御主君に一命をさし上げている侍奉公の身には、かりそめにも虚無観があってはなるまい。わしの禅は、故に、活禅だ。娑婆禅だ、地獄禅だ。無常におののき、世を厭う心があって、侍の奉公が成ろうか』
といって、老武士は、
『わしは此っ方へ渡る――さあ、元の世間へ急ごうぞ』
足を早めて先に立つ。
年のわりに足が慥かである。襟くびに兜の錣ずれらしい痕もみえる。山上の名所や堂塔の美もすでに一巡し、奥の院の参詣もすまし終ったものとみえ、その足どりはもう真直に下山口へかかる。
『よう、出ておるな』
下山口の大門まで来ると、老武士は遠くからつぶやいて、ふと迷惑そうな眉をひそめた。そこには、本山青巌寺の房頭から学寮の若僧たちが二十名以上も、列を左右に割って、待ちうけていた。
老武士の見送りにである。老武士はそんな手数を煩わすことを避けるために、すでに今朝立つ時、金剛峰寺で一同にわかれの辞を尽くして出たのであるから、重ねて又、ここで大勢の見送りをうけた事は、好意には感謝しても、かえって微行の身には、有難迷惑と思ったにちがいなかった。
――が、そこの儀礼やあいさつの取り遣りも済まして、九十九谷という谷間谷間を眼の下に、降り道を急いで来ると、やっと、気もらくになり又、彼のいわゆる娑婆禅や地獄禅を必要とする――下界のにおいや、その身自身の人間くさい心の垢も、心にいつか戻っていた。
『あっ。あなた様は?』
とある山道の曲りかど。
出あいがしらに、体つきの大きな色の白い――といって美少年では決してないが――卑しくない若侍が眼をみはって立ちどまった。
二
や、あなた様は?
と声をかけられて、老武士と若党の縫殿介も、はっと足をとめ、
『どなたで御座るか』
訊ねると、
『九度山の父から申しつかって、使に参りました者にござりますが』
と、その若侍は、いんぎんに礼儀をした後、
『もし、間違いましたら、おゆるし下さいまし。道の辺で失礼にございますが、尊台はもしや、豊前小倉よりお越しの、細川忠利公の老臣長岡佐渡様ではござりますまいか』
『え。わしを佐渡と――』
老武士は、さも愕いたらしく、
『かような所で、御存じの其許は、いったい誰じゃ。――わしはその長岡佐渡にちがいないが』
『ではやはり、佐渡様でございましたか。申しおくれましたが、わたくしは、この麓の九度山に住居しておる隠士月叟の一子、大助めにござります』
『月叟。......はて?』
思い出せない顔すると、大助は佐渡のその眉を仰いで、
『もはや父が、疾くに捨て去りました名にござりますが、関ケ原の戦いまでは、真田左衛門佐と名乗りおりました者で』
『やあ?』
と、愕然、
『では真田殿――あの幸村殿のことか』
『はい』
『其許は御子息か』
『はい......』
と、大助は、その逞しい体に似合わず、はじらい顔に、
『けさほど、父の住居へ、ふと立寄りました青巌寺の坊さまのおうわさに、御登山のよしを知り、御微行とは伺いましたなれど、他ならぬ御方の稀々な御通過――それに道とてもこの麓のお通りがかり、何も、おもてなしは御座りませぬが柴の門べで、粗茶一ぷく、さし上げたいと父が申しまする。そのためお迎えに参じましたので――』
『ほ。それはそれは』
と、佐渡は眼を細めて見せたが、供の縫殿介をふり顧って、
『――せっかくな御好意であるし、どうしたものか』
と、諮った。
『さようで』
と、縫殿介も、うかとは答え兼ねていた。大助は重ねて、
『なお、およろしければ、まだちと陽は高うござりますが、一夜お泊りでも下されば、願うてもない仕合せ。父もさだめし欣ぶかと存じますが』
――考えこんでいた佐渡は、何やら心をきめたように、われとわが身へ頷いて、
『では、ご厄介に相なろう。泊めていただくか否かは、その時として。――のう縫、ともあれ、お茶をひとつ』
『はい。お供いたしましょう』
主従は、それとなく、眼を見あわせて、大助の案内に従って行った。
ほどなく九度山の里だった。その里の民家からは少し離れて、小高い山の瀬に倚り、土止めの石垣をたたみあげて柴垣をめぐらした一構えがある。
ちょうど土豪の山屋敷といったふうな作りだった。然し、柴垣も門造も、背が低く、風雅を失っていない。隠士の家と聞けば、成程と、どこか床しい閑雅があった。
『門前に、父が出て、お待ちしておりまする。――あの茅屋でございます』
大助は指さした。そしてそこから客を先に立て、自分は後に尾いて、わが家の前へ近づいた。
三
土塀の囲いのうちには、朝夕の汁へ摘み入れる程な菜だとか、葱などの野菜が畑に栽ってある。
母屋は、崖を負い、座しきから九度山の民家の屋根や学文路宿が低い彼方に見える。曲り縁の横は青々と竹林が水のせせらぎを抱き――その竹林の向うにも、住居があるとみえて、二棟ほどな家が透いてみえた。
佐渡は、通されて、閑雅な一室に坐り、供の縫殿介は、縁の板の間に、端居して畏まっていた。
『おしずかだのう』
佐渡はつぶやいて、室内の隈にまで眼をやった。――主の幸村とは、土塀の門を潜る時もう会っている。
しかし、案内をうけて、ここに坐ったきりで、挨拶はまだ交していない。改めて、客の前に出直して来るのであろう。茶は、息子の大助の嫁らしい婦人が今、しとやかに置いて退がった。
だいぶ待つ......
然し、飽かなかった。
ここの客間の、何くれとない物すべてが、主の席にない間も、客をなぐさめている。庭ごしの遠い眺め、水の姿は見えないが水のせせらぎ、茅葺屋根の廂先から咲いている苔草の花。
又、客の身近には、これとて綺羅な調度は何一つないが、さすがに上田城三万八千石の城主真田昌幸が次男の果て――そこはかとなく燻じる香木のにおいも民間にない種類の名木らしい。柱は細く、天井は低めに、佗びたる荒壁の小床には、蕎麦の一輪ざしに、梨の花が一枝、投げてあった。
梨花一枝春雨帯
『............』
客の佐渡は、白楽天の一句を想い起し、そして長恨歌にうたわれた楊貴妃と漢王との恋など、声なき鳴咽を聞く心地がしていたが――ふと、眼はそこに懸けてある一聯の書に、はっと打たれた。
五字の一行物である。筆太に、濃い墨で、どっぷりと大胆に――が、どこか無邪気で、稚ないところをみせ、一気に、
豊国大明神
と書きくだしてあるのである。そしてその大字のわきに小さく「秀頼八歳書」としてあった。
――道理で。
佐渡は、それへ背を向けて坐っている身を畏れて、すこし座の位置を横へ移した。名木を焚きこめてあるのも、客のために今遽かに焚いたのではなく、朝暮に、ここを浄め、これへ神酒を捧げる時のものが、いつか襖にも壁にも沁みているのであろう。
『......ははあ、さてはやはり、噂にたがわぬ幸村の心がけよな』
すぐ佐渡は、そこへ思い当ったのである。九度山の伝心月叟事――真田幸村こそは油断のならぬ漢である。あれをこそ、まことの曲者とはいうべきだろう。いつ風雲によって、どう変じるかも知れぬ惑星だ。深淵の竜だ。――と世間の噂はなかなかに喧しく、よく耳にすることなのである。
『......その幸村が』
と、佐渡は、主の肚を悟りかねていた。本来、努めて、隠すべき事を、客の目にふれるような所へ、何で懸けておくのだろうか。――ほかになんぞ大徳寺物の墨跡でも懸けておいたらよかりそうなものなのに。
――その時、板縁をふんでくる人のけはいに、佐渡はさり気ない眼をそらしていた。さっき門前で、無言のまま出迎えた、体の小兵な、肉づきも瘦せ形な人物が、袖無羽織に、短い前差ひとこしを差して、至極、腰ひくく、
『失礼いたしました。せがれ奴をさし出して、お旅先を心なきお引留め、おゆるりを』
と、詫ぶるのであった。
四
ここは隠士の閑宅。主は牢人。
元より、社会的の地位は取りのけられている主客の間とはいえ、客の長岡佐渡は、細川藩の家老である。陪臣である。
伝心月叟と今は名まで変えたりとはいえ、主の幸村は、真田昌幸が直子、その実兄の信幸は、現に、徳川系の諸侯のひとり。
その幸村が、あまりに腰ひくい挨拶に、佐渡は甚だしく恐縮して、
『お手を。......お手をお上げくだされて』
と、頻りに辞儀を返し、
『――さてもきょうは、計らざるお目もじ。お噂を耳にするは常々ながら、ご健勝のていを見て、よろこばしゅうござる』
佐渡がいえば、
『御老台にも、愈々』
と、幸村は、客の恐縮がるままに寛ぎを示して、
『御主人、忠利公には、おつつがもなく、先頃は江戸表より御帰国とのこと。よそながら祝着のいたりと存じおりました』
『されば、今年はちょうど、忠利様の祖父の君にあたる幽斎公さまが、三条車町の御別邸でおかくれ遊ばしてより三年の忌のお迎えと相成るので』
『もうそうなりまするか』
『かたがた御帰国。この佐度も、幽斎公、三斎公、ただ今の忠利公と――三代の君にお仕えもうす骨董物となり居ってござる』
この辺まで、話がくだけて来たところで、主客一緒に、ははははと笑い合って、どうやらお互いに、世事を離れた閑居の主客らしくうち溶けてくる。迎えに出た大助は初めて知った客であったが、幸村と佐渡とは、きょうが、初対面ではないらしい。四方山のはなしのうちに、
『近ごろは、和尚にお会いなされますかな。花園の妙心寺の愚堂和尚に』
幸村が訊くと、
『いや、さっぱり、御不音をつづけておる。......そうそう、幸村どのを初めてお見かけしたのは愚堂和尚の禅室でござったな。お父上昌幸どのに侍かれて。――てまえは妙心寺地内の春浦院を建立の主命で、あのころは絶えず訪れておったもので。......いや、だいぶ以前のことじゃ。あなたもまだ、お若かった』
と、佐渡の追懐が、なつかしい思い出として語られるし、幸村も、
『あの頃はよく、暴れ者が、角を撓めるために、愚堂和尚の室にあつまりましたなあ。和尚も亦、諸侯と牢人、長者と若輩のさべつなく、相手になってくだされた』
『わけて世の牢人と、若い者を愛された。――和尚がよくいった事でお座った。 ――浮浪の徒は、あれは浪人じゃ。真の牢人とは、心に牢愁のなやみを抱き、意志の牢固な節操をもった者じゃ。......真の牢人は名利を求めず、権に媚びず、世に臨んでは、政治を私に曲げず、義にのぞんでは私心なく、白雲のごとく身は縹渺、雨のごとく行動は急、そして貧に自楽することを知って、的を得ざるも不平を病まずなどと......』
『よう御記憶ですな』
『だが、そうした真の牢人は、蒼海の珠のように少いともよく嘆かれておった。然し又、曾つての史を閲すれば、国難の大事に当って、私心なく、身を救国の捨て草にした無名の牢人は、どれほどあるか知れぬ。じゃに依って、この国の土中には、無数の名なき牢人の白骨が、国柱となっておるが......さて、今の牢人は如何に、などとも仰っしゃった』
佐渡は、語りながら、幸村の顔を、敢て直視した。だが幸村はその眼を感じないもののように、
『左様、そのおはなしでふと思い出しましたが、あの頃、愚堂和尚の膝下にいたひとりで、作州牢人の宮本なにがしという年少の者がおりましたが、御老台には、御記憶はございませぬか』
五
『作州牢人の宮本といえば? ......』
と佐渡は、幸村の訊ねを、そのままつぶやき返して、
『武蔵の事じゃないかな』
『そうそう。宮本武蔵。――武蔵と申しました』
『それがどうしたので』
『当時まだ二十歳に満たない年少でしたがどこか重厚な風があり、いつも垢汚れた服装して愚堂和尚の禅室の端に来ておりましたが』
『ほ。あの武蔵がの』
『では、お覚えでございましたかな』
『いや、いや』
佐渡は、かぶりを振って、
『てまえが心に止めたのは、つい近年で――それも江戸在府中のこと』
『江戸に居りますか今は』
『実は、御主命もあって、それとなく尋ねてはおるが、どうも居所が知れぬのでお座る』
『あれは見所がある。あれの禅は物になろうと、愚堂和尚が申された事があるので、それとなく、私も見ておりましたが、そのうち忽然と去ってから幾年もなく――一乗寺下り松の試合に、彼の名を、うわさに伝え聞き、やはり和尚のお眼はたしかなものと、思い合せていましたが』
『てまえは又、そういう武名とは異って、江戸在府のころ、下総の法典ケ原と申す土地で、土民を育成し、荒蕪の地を開墾しておるめずらしい心がけの牢人があると耳にして、会ってみたいと、探してみたところ、もう土地に居らぬ。――それが後で聞けば、宮本武蔵という者と聞き、いまだに心に留めているのでお座る』
『何せい、私の知るうちでは、あの漢などが、和尚の申す、真の牢人。いわゆる蒼海の珠だったかもしれませぬ』
『主殿も、そう思われるか』
『愚堂和尚のお噂に、ふと思い起したのですが、どこか心の隅に残るだけのものはある漢でしょう』
『実はその後、手前から主君忠利公に御推挙はしてあるのじゃが、蒼海の珠はなかなか会い難うて』
『武蔵なら、私も、御推挙申してもよいと思いまする』
『――とはいえ、そういう人物となると、仕官の先にも、ただ禄ばかりでなく、自身の目ざす働きばえに、望みを抱いているにちがいない。――案外、細川家よりの迎えよりも、九度山からのお迎えを、待って居ろうも知れませぬぞ』
『え?』
『はははは』
佐渡はすぐ笑い消した。
だが今、不用意のうちに、幸村へいった佐渡のことばは、必ずしも、不用意な言とはいえない。
悪くいえば主の肚をさぐろうとして鋭鋒の先を、ちらと見せたものと取れる。
『......お戯れを』
と、幸村も、笑い顔だけでは反らしかねて、
『なかなか、若党ひとり、今では召抱えられる身ではなし――何で名だたる牢人衆などを、九度山へ迎え取りましょうぞ。もっとも、先でも来もいたしますまいが』
言訳に落ちるとは知りながら、ついいい足してしまったのである。佐渡は、この機と、
『いやいや、お包みあるな。関ケ原の合戦に、細川家は東軍に御加勢、徳川方と旗幟はすでに鮮明でお座るし――又、其許におかれては、故太閤さまの遺孤秀頼君が、唯一の味方とお頼みの人とは世上にかくれもないことよ。......最前もふと、床のお懸物を拝すにつけ、ふだんのお心がけも床しゅう覚えて居ましたわえ』
と、壁の秀頼の書を顧みながら、戦場は戦場、ここはここと、胸をひらいていったのであった。
六
『そう仰っしゃられると、この幸村、穴にも入りたい心地がいたす』
と彼は、佐渡のことばを、思いのほか迷惑そうな態で、
『秀頼公のその御書は、太閤さまの御影と思えとて、大坂城のあるお方より、わざわざ下された物とて、粗末にもならず、懸げてはおきまするが......すでに太閤さまも亡き今日では』
と、さし俯向いたまま暫し声をのんで又、
『――遷りゆく世はぜひもござらぬ。大坂の御運がどうなるか。関東の勢威がどこまでゆくか。賢者でのうても、今は誰の目にも見えて来た時勢。――というて、遽かに節を曲げて、二君に仕えもならず――というのが幸村のあわれな末路。おわらい下されい』
『いや、御自身でそういわれても、世間は承知いたしますまい。あけすけに申そうなら、淀殿や秀頼君より、年々莫大なお手当もひそかに貢がれ、この九度山を中心に、其許が手ひとつ挙げれば、五千六千の牢人は物の具とってすぐ馳せあつまるだけの手飼の衆もあるとやら――』
『ははは、根もないことを。......佐渡どの、人間、自分以上に、自分を買われている程、辛いものはございませぬ』
『じゃが、世間のそう思う方がむりもない。お若い頃から、太閤さまにも、側近くおかれて、人一倍お目をかけられた其許。その御恩顧やら又、真田昌幸が次男幸村こそは当代の楠か孔明かと、嘱目されておられるだけに』
『おやめ下さい。そう聞くほど身が縮みまする』
『では、誤聞かな?』
『願わくは法の御山のふもとに余生の骨を埋め、風流は身にないことながら、せめては田でも殖やし、子の孫を見、秋は新蕎麦、春は若菜のひたし物を膳にのせ、血ぐさい修羅ばなしや戦のことは松吹く風と聞いて長命をしとう存じまする』
『はて、御本心で』
『近ごろ、老荘の書物など、暇にあかして読みかじるにつけても、この世は、楽しんでこそ人生。楽しまずして何の人生ぞや、などと悟りめかしておりまする。......お蔑みではあろうなれど』
『......ほほう』
真にはうけないが、佐渡は真にうけた顔して、わざと呆れ顔をつくって見せる。
――かかるうちもう半刻。
主客の間には、幾たびか茶がつぎ代えられ、そのたび大助の嫁らしい女性が見えて、何くれとはなく気をくばって退がってゆく。
佐渡は、菓子台の麦落雁をひとつ摘んで、
『だいぶ、いらざるお喋べりをして、おもてなしにあずかった。......縫殿介、ぼつぼつお暇しようか』
板縁を顧みていうと、
『あいや、もう暫らく』
と、幸村はひきとめた。
『――嫁とせがれ共が、あちらで今、蕎麦など打って、何やら支度しておるそうな。山家とて、ろくなおかまいも成りませぬが、まだ陽は高いし、学文路へお泊りとすれば御悠りでよい筈。まず、暫時は』
そこへ大助が、
『父上。どうぞお越しを』
『できたのか』
『はい』
『座敷も』
『あちらへ設えておきました』
『そうか。では......』
と、客を促して、幸村は、縁づたいに、先へ立った。
せっかくの好意、佐渡もこころよく後について行ったが、その時ふと、不審な物音を、裏の竹林の彼方に聞いた。
七
その音は、機を織る音かとも思えたが、機よりも大きな音で、調子もちがう。
竹林を前にした裏座敷に、主人と客に供える蕎麦が出ていた。
酒の瓶子も添えてある。
『不出来でございまするが』
大助がいって、箸をすすめる。まだ人馴れない嫁が、
『おひとつ』
と、瓶子を向ける。
『酒は』
と、佐渡は杯を伏せて、
『こちらがよい』
と、蕎麦に向う。
強いてはすすめず、大助も嫁もほどよく退がる。――その間も、竹林の彼方から、機に似た音がしきりに耳につくので、佐渡は、
『あれは何の物音で』
と、訊ねた。
幸村は、客にきかれて、客の耳ざわりになっている事を、初めて気づいたように、
『お。あの音でおざるか。あれはお恥かしいが、生活の援けに、家族共や子飼いの召使いどもにやらせておる組紐打の細工場で、紐打ちの木車を掛けている音でござります。......自分たちは、職業でもあり、朝夕耳に馴れていますが、お客には、おうるさかろう。......早速、申し遣わして、木車の機を、止めさせましょう』
手をたたいて、大助の嫁をよびかける容子に、
『いや、それには及ばぬ事。お職所の邪げしては、かえって居辛うおざる。平に、平に』
と、佐渡は止めた。
ここの裏座敷は、母屋の家族たちが居る所に間近いとみえて、出入りの者の声や、厨の音や、どこかで銭をかぞえる音や――前の離室とはだいぶ空気がちがっている。
(はて? ......。こうもしなければ食えないほどな境遇だろうか)
佐渡は怪訝ったが、まったく大坂城からの貢がないとすれば、落魄れた大名の末路はこうもあろうかと思わぬでもない。家族が多い、農事には馴れない、有る限りの品は、売喰いしていつかは尽きてしまう。
あれこれ、思いすぎたり、惑ったりしながら、佐渡は、蕎麦をすすった。だが蕎麦の味から、幸村の人間を、嚙みわけることはできなかった。総じて、
(漠とした漢――)
という感じであった。十年ほど前、愚堂和尚の膝下で知った頃の印象とは、どこか勝手がちがっていた。
然し、こっちで独り角力を取っているまに、幸村は、自分を通して、細川家の意志なり、近状なりを、雑談の端からでも、嗅ぎ取っているかも知れない。
――探りがましい事は、彼の口からは、塵ほども、訊かれていないが。
訊かないといえば、第一、自分が何の用務を帯びて、高野山へ来たのか。――それすら幸村は訊ねようとはしない。
佐渡の登山は、元より主命なのである。故人の細川幽斎公は、太閤在世中にも、侍して青巌寺へ来たことがあるし、山上に長くいて、歌書の著述などを書いていた一夏もあるので、青厳寺にはその折のままになっている幽斎公の直筆の書物や文房の遺物やらが何かと置いてある。その整理と、受取の打合せに、ことし三年の忌会を前に、豊前の小倉からわざと身軽で来たわけだった。
――そんな事も、幸村は糺そうともしない。迎えの大助がいったとおり、門前を通りすがりの客へ茶一つの饗応をするのが、裏も表もない彼の真意であり又、好意としか思えなかった。
八
供の縫殿介は、先程から縁端に畏まったままでいたが、奥へ通された主人の身が、不安でならなかった。
いくら表面は歓待しているようでも、ここは、敵方の家である。徳川にとっては、油断のならない大物として、注意人物の第一に視ている人間の家。
紀州の領主浅野長晟は、そのために徳川から特に九度山の監視をいいつけられているとも聞えている。相手が大物だし、つかみようのない幸村という人物なので、手古摺っているといううわさも予々聞く所だし、
『......よいほどに、お帰りなさればよいのに』
と、縫殿介は、気を揉むのだった。
この家にどんな詭計がないとも限らないし、又そんな事はないとしても目付役の浅野家から、徳川の方へ、細川家の藩老が微行の途次に立寄ったと報告されるだけでも徳川の心証を悪くしよう。
関東と大坂のあいだは、事実、それほど険悪なのである。そんな事にお気づきなさらぬ佐渡様でもないのに。
――などと縫殿介は、奥のほうばかり窺って、案じていたが、ふと、縁の傍らの連翹や山吹の花がゆさと大きく揺れたか思うと、いつか墨をながしていた空から、板廂をかすめて、ポツリと雨が落ちて来た。
彼はふと、
『よい機――』
と、思いついて、縁を下り、佐渡が饗応されている部屋の方へ庭づたいに歩み、そこから、
『雨が来そうでございます。御主人様、お立ちなれば、今のうちにと存じますが』
声をかけると、先刻から話にとらわれて起ちかねていた佐渡は、心ききたる奴と、直ぐ応じて、
『や、縫か。......何、降って参ったと。今のうちなら濡れもしまい。どれどれ、早速お暇しよう』
幸村へあいさつして、気短に立ちかけると、幸村も、せめて一夜はお泊りをとある所だったが、主従の気もちを察してか、強いてともいわず、大助と嫁を呼んで、
『お客に、蓑をさしあげい。そして大助は、学文路までお送り申しあげて――』
といいつけた。
『はい』
大助は、蓑を持ってくる。それを借りうけて、佐渡は、門を辞した。
迅い足の雲が千丈ヶ谷のふところや、高野の峰々から空を翔けてくるが、雨はさしたる事もない。
『ご機嫌よう』
幸村とその家族たちは、門の辺まで、客を送っていった。
佐渡も、いんぎんに礼を返し、そして幸村へは、
『いずれ又、雨の日か、風の日か、お目もじいたす日もお座ろう。御健勝に――』
と、いった。
幸村は、ニコとうなずいた。
やがて又。
やがて又。
お互いに馬上長槍の姿を、その時ふと描いて胸につぶやき合ったであろう。だが、塀ごしの杏の花は、しとどに散って、送る主と、去る客の蓑を、惜しむ行春の斑にしらじらと彩った。
大助は、送って行きながら、その途々、
『さしたる降りはありませぬ。晩春の空癖で、山には一日一度ずつ、きっとこんな疾風雲が通るのです』
と、いった。
だが雲脚に追われて、おのずと足も急いで来ると、やがて学文路の宿の入口あたりで、彼方から駈けて来る一駄の馬と、白衣の山伏に行きあたった。
九
荷駄の背には荒菰を蔽いかけてある。そしてがんじがらみにした男の体を鞍の上にくくしつけ、両側から柴の薪束を抱き合せてある。
山伏は、先に駈け、旅商人ていの男が二人、ひとりが手綱を持ち、ひとりは細竹を持って、馬の尻を打ちたたきながら、急ぎに急いで来たのだった。
――と。その出合いがしら。
大助のほうは、はっと眼を反らし、わざと連れの長岡佐渡へ、何か話しかけたが、その眼に気づかず、山伏のほうは、
『おうっ、大助様っ』
と、弾み声で、呼びかけた。
にも関わらず、大助はなお、聞えぬふりをしていたが、佐渡と縫殿介とは、異な顔をして、すぐ足を止め、
『大助どの、誰か呼んでおりますぞ』
と教えつつもそれへ眼を注ぐ。
ぜひなく、彼は、
『おお、林鐘坊どの。何処へ』
さりげなくいい寄ると、山伏は、
『紀見峠からいっさんに――これから山のお屋敷へ直ぐ参ろうと思って』
と、声高に話し始め、
『先頃、知らせを受けていた怪しげな関東者を、奈良で見つけ、やっと紀見の上で、生擒ったのでござる。人なみ優れて、面だましいの剛気なやつ、月叟様の前にひきすえて、泥を吐かせたなら、関東方の反間の機密などが、或はこの者の口から......』
黙っていれば、問わぬ事まで、立板に水のような調子で誇り顔に喋舌り出すので、大助も遂に、
『これこれ、林鐘坊、何をいうのか。わしはいっこう分らぬが』
『ご覧じませ。馬の背を。――その馬の背に引ッ縛ってある奴こそ、関東者の隠密で』
『ええ、ばかな』
堪らなくなって、もう眼や顔つきでは、間に合わなくなったように、大助は一喝した。
『往来ばたで――しかも、わしのお供いたしておるお客を誰ぞと思う。――豊前小倉の細川家の御老臣、長岡佐渡様。滅多なことを......いや戯れも、ほどにいたしたがよい』
『えっ?』
林鐘坊は、はじめて、眼をべつな方へ遣った。
佐渡と、縫殿介とは、耳のないような顔して、彼方此方眺めていたが、その間も、迅い雲脚は頭のうえを越えて行き、雨まじりの風の落ちて来るたび、佐渡の着ている蓑は、鷺の毛のように、風に膨んだ。
――あれが細川家の?
と、林鐘坊は、口をつぐむと、さも意外らしく愕きと怪しみを湛えた横目づかいで見ていたが、
『......どうして?』
と小声で、そっと大助へ、訊ねていた。
ふた言三言。何か囁いて、大助はすぐ此っ方へ戻って来たが、それを機に長岡佐渡は、
『もうここで、お引取りくだされい。これ以上は、かえって恐縮』
と、強いて大助と袂をわかち、会釈もそこそこ立ち去った。
大助は、是非なげに、なお佇んだまま見送っていたが、その眼を荷駄馬と山伏のほうへ返すと、
『迂闊な』
と、たしなめて、
『場所がら、人がら、よう眼をあいて、物はいうものぞ。お父上のお耳へでもはいったら、ただ事には措かれまいぞ』
『はっ。......よもやと存じて』
山伏は面目なげに謝った。あれよ真田の郎党鳥海弁蔵と、この辺では知らぬ者もなかったが。
港
一
(――おらは、気が狂ったのかな?)
伊織はときどき、そんな恐怖に襲われた。水溜りを見ると、自分の顔を映して、
(顔はわかる)
と、いくらか心を安めた。
きのうから歩いている。――どう歩いているのか、見当もつかない。
あの断層の底を這い上ってからずっとの事なのだ。
『来いっ』
発作的に、いきなり空へ向って、呶鳴ったり、
『畜生ッ』
と、地を睨んで、その気力が抜けると、肱を曲げて、涙を拭いたりした。
『――おじさアん』
権之助を呼んでみる。
やはり此の世にはもう居ないのだと思う。謀られて殺されたのだと考える。あの附近に散らばっていた権之助の遺品を見てから、伊織はそう思いこんでしまった。
『......おじさアん。おじさーん』
多感な少年のたましいは、むだと知りながらも、呼ばずにいられなかった。きのうから歩きつづけて居る足のつかれも知らない。その足にも、耳の辺へも、手にも血がついている。着物が裂けている。然し、何も顧みようとしない。
『どこだろう?』
ときどき、われに返る時は、胃の腑から空腹を訴えられる時だった。何かは喰べていたが、何を喰べて来たか、よく覚えないのである。
おとといの晩泊った金剛寺へなり、或は、その前の柳生の庄なりを思い出せば、歩む目的もつくわけだが、伊織の頭には、断層以前の記憶は、まだ何もよみがえって来ないらしい。
漠として、
(生きている――)
身を感じ、急に独りぼっちになった身の、生きる道を、探り歩いている形だった。
バタバタと虹のように眼を遮った物がある。雉子だった。山藤の香がする。伊織は坐りこんで、
(何処だろ?)
もいちど、考えた。
ふと彼は縋るものを見つけた。大日様の微笑である。大日様は、雲の彼方にも、峰にも谷にも、何処にでも居るものと彼には思われたので、山芝の上にぺたんと坐ると、
(わたしの行先を教えてください――)
と、掌を合せた。
眼をつぶっていた。
そしてしばらくして、顔を上げると、山と山のあいだに、遠く海が見えた。薄ッすらと、碧い靄のように見えた。
『......坊んち』
さっきから彼の背後に立って怪訝しげに眺めていた婦人がある。娘と母であろう、二人とも軽い旅装いはしているが身綺麗にして、男の供も連れていない様子。近国に住む良家の者の、神詣でか仏参か。徒然の春の旅か。そんなふうに見うけられる。
『......何?』
伊織は、振向いて、御寮人と娘の顔をじっと見た。まだどこか、眼がうつろなのだった。
娘は、母を見――
『どうしたんでしょう?』
と、ささやいている。
御寮人は、首をかしげていたが、伊織のそばへ寄って来て、手や顔の血に、眉をひそめながら、
『痛くないのかえ』
と、訊いた。
伊織が、顔を横にふると、御寮人は娘のほうを顧みて、
『分ることは、分るらしいよ』
二
どっちから来たのかえ。
生れは何処。
名は何というのか。
そして一体、こんな所に坐って、何を拝んでいるのか――などと御寮人とその娘に訊ねられて、伊織はようやく、われとわが身を取り戻し、平常の彼にも近くなった容子で、
『はい、紀見の峠で、連れの者が殺されました。そしておらは、山の割目から這い上って、昨日からどっちへ行こうかと迷ってしまい、思い出して大日様を拝んでたら彼方に海が見えて来た――』
初めは、不気味がっていた娘のほうも、伊織の話を聞くと、かえって母らしい御寮人以上に、同情をよせ、
『まあ、可哀そうな子。おっ母さん、堺まで連れて行ってやりましょうよ。もしかしたら、ちょうど年頃だし、お店で使ってやってもいいじゃありませんか』
『それはいいけれど、この子が来るかしらね』
『来るだろう。......ねえ?』
伊織が、うんというと、
『じゃあお出で。その代りこのお荷物を持ってくれるかえ』
『......うん』
まだどこか、肌馴れない気がするとみえ、連れになって歩いても当分のうち伊織は何をいわれても唯、うんとのみしかいわなかった。
だが、それも長いあいだではない。山を降り、村の道が尽きると、やがて岸和田の町へついた。さっき、伊織が山から見た海は、和泉の浦であったのだ。人間の多い町中を歩くうち、伊織は、母娘の連れにも馴れて、
『おばさん、おばさん家は何処だえ』
『堺だよ』
『堺って、この辺』
『いいえ。大坂の近く』
『大坂はどの辺』
『岸和田から、船に乗って帰るんですよ』
『え。船に?』
これは伊織に取って、思いがけない歓びらしかった。その歓びにはしゃいで、問わず語りに彼が喋舌るには――江戸から大和まで来る間、川の渡船に幾たびも乗ったが、海の船にはまだ乗ったことがない。おらの生れた下総には海はあるけれど船には乗ったことがない。――それに乗れるんならほんとに欣しいなあ。と他愛もなくいいつづける。
『伊織や』
と、娘はもう名を覚えて、
『おばさん、おばさんって、呼ぶのは、おかしいから、お母さんの事は、御寮人さまとお呼び。わたしの事は、お嬢さんと呼ぶんですよ。――今から癖をつけておかないといけないからね』
『うん』
と、うなずくと、
『うん......もおかしいよ。うんなんて返辞はありませんよ。はいと仰っしゃい。これからは』
『はい』
『そうそう、お前なかなか良い子だね。お店で辛抱してよく働けば、手代に取立てて上げますよ』
『おばさん家は......あ、そうじゃない、御寮人さまの家は、いったい何屋なの』
『堺の廻船問屋さ』
『廻船問屋って』
『おまえには、分るまいが、船をたくさん持って、中国、四国、九州のお大名方の御用をしたり、荷物を積んで、港々に寄ったりする......商人なのさ』
『なアんだ。――商人か』
伊織は急に、御寮人さまやお嬢様を、下に見るように呟いた。
三
『なアんだ、商人かって? ――。まあこの子は、生意気な口をきいて!』
と娘は、母と顔を見あわせ、そして拾ってやったつもりで居る伊織の小さい体を、少し小憎らしいように見直した。
『ホ、ホ、ホ、ホ、商人といえば餅売か、そこらの呉服商が、精々みたいに考えているからだよ』
御寮人は、聞き流して、むしろ愛嬌に取っていたが、娘は、堺商人の誇をもって、一応いって措かなければ気がすまないような容子――
その自慢ばなしに依ると。
廻船問屋の店は、堺の唐人町の海岸にあって、三戸前の蔵と、何十艘の持船がある。
また店は、堺のみでなく、長門の赤間ケ関にもあるし、讃岐の丸亀にも、山陽の飾磨の港にも出店がある。
わけて小倉の細川家からは、特に藩の御用も仰せつかっているので、御船手印もゆるされ、苗字帯刀もいただいて、赤間ケ関の小林太郎左衛門といえば、中国九州きって知らない者はない。
等々々、ならべたてて、
『商人といってもお前、ぴんからきりまであるよ。廻船問屋というものは、いざ天下の大戦とでもなってごらん。薩摩様でも細川様でも、藩の御手船だけでは足りはしない。だからふだんは凡の問屋でも、いざとなれば、御合戦の一役をするのですからね』
と、その小林太郎左衛門の娘であるお鶴は、口惜しがって、頻りと説く。
御寮人は、お鶴の母であり、太郎左衛門の妻でもあって、名はお勢様という――事なども、やがて伊織に分って、伊織もすこしいい過ぎたと思ったか、
『お嬢さん。怒ったの』
と、機げんをうかがう。
お鶴も、お勢も、笑ってしまいながら、
『怒りはしないけれども、おまえみたいな井の中の蛙の子が、あまり小癪な口を、きくからですよ』
『すみません』
『お店には、手代だの若い者だの、それから船がつくと、水夫や軽子がたくさんに出入するから、生意気なことをいうと、懲しめられますよ』
『はい』
『ホホホホ。生意気かと思うと、素直なところもあるね、おまえは』
と、よい玩具にして扱う。
町を曲がると、海のにおいが直に面に打って来た。岸和田の船着場である。この地方の産物を積んだ五百石船がそこについていた。
お鶴は、指さして、
『あれへ乗って帰るんだよ』
と、伊織へ教え、
『あの船だって、うちの持船なんだからね』
と、誇る。
そこらの磯茶屋から、その時彼女たちの姿を見かけて、駈けて来る三、四人があった。船頭や小林屋の手代らしく、
『お帰りなさいまし』
『お待ちしておりました』
と、挙って出迎え、
『生憎と積荷が沢山で、お席も広く取れませんが、彼方へ支度もして置きましたから直ぐにどうぞ』
先に立って、船の内へ導いて行ったが、見れば、艫寄りの一劃に幕をめぐらし、緋毛氈をしき、桃山蒔絵の銚子だの、料理のお重だの、水の上とも思われない、豪奢な小座敷が拵えてある。
四
船は滞りなく、その晩、堺の浦につき、小林の御寮人とお鶴様とは、船が着いた川尻のすぐ向いにある大きな間口の軒へ、
『お帰りなさいませ』
『ようお早く』
『きょうは又、お日和もよくて』
などと老番頭から、若い者にいたるまで、出迎える中を、奥へ通りながら、
『そうそう、お帳場どん』
と、店と奥の中仕切で、御寮人は、老番頭の佐兵衛を顧みていった。
『そこへ立っている子だが』
『へいへい。お連れになった汚い童でございますか』
『岸和田へ出る途中で拾って来た子なんだけれど、気転がききそうだからお店で使ってみてごらん』
『道理で、変な者が、くッついて来たと思いましたら、道で拾っておいでになったんで?』
『しらみでもたかっているといけないから、誰かの、着物をやって、一度、井戸端で水をかぶせてから寝かしてやっておくれ』
中仕切の内緒暖簾から先は、ちょうど武家の奥向と表のような区別があって、番頭でもゆるしがなければ這入れない。いわんや拾われて来た風来の子に過ぎない伊織に於いては、その晩から、店の片隅に置かれたのみで、御寮人とお鶴様の顔を見ることも、それきり幾日もなく日は経った。
『いやな家だな』
助けられた恩よりも、伊織には商家のしきたりが、事々に窮屈だし、不満だった。
丁稚、丁稚と、ひとを呼ぶ。
あれをしろ、これをしろ。
若い者から老番頭まで、犬ころのように追い使う。
それらの人間が又、奥の者とかお店のお客とかいうと、額がつかえる程、頭ばかりぺこぺこ下げる。
そういう大人達は又、明けても暮れても、金々々と、金のことばかりいってるし、仕事仕事と、人間のくせに仕事にばかり追われている。
『いやだ、逃げ出そうか』
伊織は、何度も思った。
青空が恋しい。土に寝た日の草のにおいが懐しい。
五
いやだ。逃げ出そうか。
そう考える日は、伊織の胸に、武術のはなしや、心を磨く道の語らいをしてくれた、師の武蔵の姿や、別れた権之助の事がひしひし慕われていた。
そして、自分の実の姉と聞きながら、まだ行き会えぬお通の面影だのが――
けれど。
そう思い募る日もあり、夜もありつつも、少年の一面には、この泉州堺という港場のもつ絢爛な文化だの、異国的な街だの、船舶の彩だの、そこに住む人たちの豪奢な生活だのにも、ただならぬ目をみはって、
(こんな世界もあるのか)と、心から驚いた。
また、憧憬や、夢や、意欲をも抱いて、いつとはなく日を送っていた。
『おいっ、伊お!』
帳場で、老番頭の佐兵衛がよんでいた。伊織は、広い土間と、納屋蔵の露地を掃いていた。
『伊お!』
返辞をしないので佐兵衛は帳場から立って来て、欅の角材が、漆で塗ったように黒くなっている店先の框まで出て来て、呶鳴りつけた。
『新参の丁稚っ。呼んでるのになぜ来ないか』
伊織は、振向いて、
『は。おらか』
『おらという奴があるかっ。わたくしといえ』
『はあ』
『はあじゃない。へいというのだ。腰をひくく』
『ヘーい』
『おまえ、耳がないのか』
『耳はある』
『なぜ、返辞しない』
『だって、伊お伊おと呼ぶから、自分の事じゃないと思ったんだ。おらは――わたくしは、伊織という名ですから』
『伊織なんて、丁稚の名らしくないから、伊おでいい』
『そうですか』
『こないだも、あれほどわしが禁じておいたのに、又、変な物を持ちだして、腰に差しているな。......その薪ざッぽうのような刀を』
『へい』
『そんな物、差してはいけないぞ。商家の小僧が、刀など差すなんて。――ばかっ』
『............』
『こっちへ出せ』
『............』
『何をふくれている』
『これは、お父っさんの遺物だから、離せません』
『こいつめ。よこせというのに』
『わたしは、商人なんかに、成れなくてもいいから』
『商人なんか――だと。これ、商人がなかったら、世の中は立ちはしないぞ。信長公がお偉いの、太閤様がどうだのといっても、もし商人がなかったら、聚楽も桃山も、築けはしない。異国からいろんな物もはいりはしない。わけても堺商人はな、南蛮、呂宋、福州、厦門。大きな肚で、商をしているのだ』
『わかってます』
『どう分ってる』
『――町を見ますと綾町、絹町、錦町などには、大きな織屋がありますし、高台には、呂宋屋のお城みたいな別室があるし、浜には、納屋衆というお大尽のやしきや蔵がならんでいます。――それを思うと、奥の御寮人さまやお鶴様が、自慢たらたらのここのお店も、物の数でもありません』
『この野郎』
佐兵衛は、土間へ、跳んで降りた。伊織は箒を捨てて、逃げ出した。
六
『若い衆っ。その丁稚をつかまえろ。つかまえてくれっ』
佐兵衛は、軒から呶鳴った。
河岸で荷揚の軽子をさしずしていた店の者たちが、
『あ。伊お公だな』
追っ取りまいて、すぐ伊織を捉え、店の前へ引きずって来た。
『手におえん奴じゃ。悪たいはいうし、わし達を小馬鹿にはするし。きょうはうんと、懲してやってくれ』
佐兵衛は、足を拭いて、帳場へ坐ったが、又すぐ、
『それから、伊おが差しているその薪ざッぽうを、こっちへ奪り上げておきなさい』
と、いいつけた。
店の若い衆たちは、伊織の腰からまず刀を取上げた。それから後手に縛って、店先に幾山も積んである荷梱の一つへ、飼猿みたいに縛しつけ、
『少し人様に笑われろ』
と笑いながら、立去った。
恥は、伊織がもっとも尊ぶところだし、武蔵からも、権之助からも恥を知れとは、常々聞かされていた事である。
――恥曝しだ。
と自分を思うと、伊織は、少年の烈しい血を狂的にたかぶらせて、
『解いてくれっ』
と、さけび、
『もう為ない』
と、謝まり、それでも許されないと、今度は悪たいに代って、
『ばか番頭。くそ番頭。こんな家なんかに居てやらないから、繩を解けっ。刀を返せ』
と、喚いた。
佐兵衛は又、降りて来て、
『やかましい』
と、伊織の口へ、布をまるめて押しこんだ。伊織が、その指へ嚙みついたので、佐兵衛は又、若い者を呼びたてて、
『口を縛ってしまえ』
と、いった。
もう何も呼べなかった。
往来の者が皆、見て通る。
わけてこの川尻と、唐人町の河岸すじは、便船に乗る旅客だの、商人の荷駄だの、物売女だのと、往来が繁しかった。
『......く。く。......くっ』
猿ぐつわの口のなかで、伊織は声をもらしていた。そして身をもがき、首をふり、軈ては、ぽろぽろ泣いている。
その側で、荷を積んだ馬が、とうとうと尿をしていた。尿の泡が、伊繊のほうにながれて来る。
刀も差さない、生意気もいわないから、もう縛めだけ解いてもらいたい、と伊織は心から思ったが、その訴えも叫べない。
――すると。
もう真夏に近い炎天を、市女笠に陽を除けながら、細竹を杖に、麻の旅衣を裾短かにくくりあげて――ふと、荷馬の向う側を通り抜けた女性がある。
(......あっ。おやっ?)
伊織の眼は飛びつきそうに、その人の白い横顔へ輝いた。
どきん! と胸が鳴って、体じゅうがくわっと熱くなって、気もみだれてしまいかけた刹那に、その人の白い横顔は、わき目もせず、店の前を過ぎて、後ろ姿になってしまった。
『ね、ねえ様だっ。――姉様のお通さんだっ......』
首を伸ばして、伊織は、絶叫した。いや、彼だけは、絶叫をもって、その人の背後へ呼びかけたつもりであろうが、声は誰にも、聞えてはいなかった。
七
泣きぬいた後は、声も出ない。ただ肩で鳴咽しているきりだった。
伊織は、喚けど声も出ない猿ぐつわを、涙でぬらしながら、
――今行ったのは、姉さんのお通さまに違いない!
――会えたのに。会えもしない。おらがここにいるのも、知らずに行ってしまった。
――何処へ。どっちへ?
と、思いみだれ、胸の中で、泣き躁いでいたが、誰ひとり顧みる者もない。
店頭は、荷揚げの船がついて、いよいよ混雑して来るし、午さがりの往来は、暑いのと埃で、人の足も早かった。
『おいおい。佐兵衛どん。何だって、この丁稚を、熊の子の見世物みたいに、こんな所へ縛っておくのだ。無慈悲な人づかいするようで、見ッともないじゃないか』
主人の小林太郎左衛門は堺の店には居なかったが、その従兄弟とかいう南蛮屋の某――黒あばたがあって怖らしい顔をしているが、いつも遊びに来ると、伊織に、菓子などくれる気のいい人物があって――その南蛮屋が、怒っていった。
『こんな往来先へ、こんな小さい者を、いくら懲しめにせよ、小林の外聞にもさわる。はやく解いてやんなさい』
帳場の佐兵衛は、伊織が、箸にも、棒にもかからない事を、
『はい。はい』
と、服従しながらも、一方でくどくど告げ口していたが、南蛮屋は、
『そんな持て余す小僧なら、わしの家へもらって帰るよ。きょうは一つ、御寮人やお鶴にも、話してみよう』
と、耳にもかけず、奥へ通ってしまった。御寮人に聞えてはと、佐兵衛はひどく惧れていた。そのせいか、遽かに伊織へ当りがよくなったが、伊織の泣きじゃくりは、縛めを解かれても、小半日は止まなかった。
大戸が卸りて――
店も閉まった黄昏頃。南蛮屋は、奥で馳走になったらしく、――微酔をおびて、いい機げんで帰りかけたが、ふと伊織を土間の隅に見つけて、
『わしがお前を、貰ってゆこうと、掛合ったところがな、御寮人もお鶴も、何といっても、いやだという。やはり可愛いのだよ。だから辛抱せい。......その代りにな、明日からはもう、あんな目には、会わしゃせんで。......よいか、おい、大将。はははは』
彼のあたまを撫でて、そういって、帰ってしまった。
噓ではなかった。南蛮屋がいってくれた効き目であろう。その翌日から、伊織は店から近所の寺子屋へ通って勉強することを許された。
又、寺子屋へ通う間だけ、刀を差すことも、奥からの言葉で、免許になった。――佐兵衛もほかの者も、それからは余り辛く当らなかった。
だが。だが。
伊織はそれ以来、どうも眼ざしが落着いていなかった。店にいても、往来ばかり見ているのだ。
そしてふと、心にある人の面影に似ているらしい女性でも通ると、はっと、顔のいろまで変えるのだった。時には、往来まで飛び出して、見送っていたりする――
それは八月も過ぎて、九月の初めだった。
寺子屋から帰って来た伊織は、何気なく、店さきへ立つと同時に、
『おやっ?』
と、そこへ竦んでしまった。その時も、彼の顔いろは、凡ならず変っていた。
熱 湯
一
ちょうど其の日は。
朝から小林太郎左衛門の店と河岸の前には、おびただしい行旅の荷物やら梱やらが、淀川から廻送され、それを又、門司ケ関へ行く便船に積みこむので、ひどく混雑していた。
荷物には、どれにも、
豊前細川家内某。
とか或は、
豊前小倉藩何組。
とかいう木札が見られて、そのほとんどが、細川家の家士の行李なのであった。
――ところへ、今伊織が外から戻って来て、軒先に立つと共に、あっ? といって血相を変えた、というわけは、広い大土間から軒先の床几にまで溢れて、麦湯を飲んだり、扇づかいしたりしている大勢の旅装の武士たちのなかに、佐々木小次郎の顔がちらと見えたからであった。
『店の者』
と小次郎は、梱の一つに腰かけて、帳場の佐兵衛をふり顧りながら、扇を胸にうごかしていた。
『船が出るまで、ここに待っておるのでは、暑うてかなわぬが――便船はまだ着いていないのか』
『いえ、いえ』
と、送り状に忙しい筆をうごかしていた佐兵衛は、帳場ごしに川尻を指して、
『お召になる巽丸は、あれに着いておりますが、積荷よりは、お客様方のお越しのほうが、滅相おはやく見えられましたので、船方衆にいいつけて、ただ今あわててお坐り場所を先に整えさせておりますので』
『同じ待つにも、水の上はいくらか涼しかろう。はやく船へ行って休息したいものだが』
『はいはい。もういちど手前が行って、急がせて参りましょう。しばらく、御辛抱を』
佐兵衛は汗をふく暇もない顔つきして、すぐ土間から往来へ駈け出したが、そこの物陰に佇んでいた伊織のすがたを横目で見ると、
『伊おじゃないか。この忙しいのに、棒を呑んだように、そんな所に突っ立っている奴があるか。お客様たちへ、麦湯でも上げたり、冷たい水でも汲んで来てさしあげろ』
と叱り捨てて行った。
『へい』
と、答える振はしたが、伊織はついとそこから駈けて、土蔵のわきの露地口にある湯沸し場の陰へ来て又、佇んでいた。
そして眼は――大土間の中にいる佐々木小次郎の姿から放ちもやらずに、
(おのれ)
と、睨めつけて。
だが小次郎のほうでは、一向気づかない容子らしかった。
細川家に召抱えられて、豊前の小倉に居を定めてから、彼の恰幅や容子には、一倍と尾ヒレがついて来たように見られた。わずかな間だが、牢人時代のようなするどい眼ざしも、落着をもった深い眸にかわり、元から色の小白い面には豊かな肉もついて、触れれば触れるものを舌刀で斬り返すような皮肉もあまりいわなくなった。総じて重々しい風采となり、その裡に養われて来た剣の気禀というものが、ようやく人格化して来たものと見てよかろう。
そのせいもあろう、今も、彼のまわりにいる円満の家士はみな、
(巌流様――)
とか、
(先生)
とか、敬って、新参の師範とはいえ、軽んじるふうは誰にも見えなかった。
小次郎という名は廃したわけではないが、その重い役目と、風俗とに、漸くふさわしくない年配にもなった為か、細川家へ行ってからは、名も巌流と称していた。
二
汗をふきふき、佐兵衛は船から戻って来て、
『お待たせいたしました。胴の間のお席はまだ片づきませぬので、もうしばらくお待ちねがいますが、舳にお坐りの組は、どうか船へお移り下さいまし』
と、触れた。
舳へ乗る組は、軽輩と若侍たちであった。各々の荷や、身支度を見まわして、
『では、お先に』
『巌流先生。お先へ』
ぞろぞろと、一群は店口から立って行く。
巌流佐々木小次郎と、そのほか六、七名が後に残っていた。
『佐渡どのが、まだお見えなさらぬの』
『もう追ッつけ、着かれようが』
残った組は、みな年配で、服装から見ても、藩の然るべき要職にある者ばかりらしい。
この細川家家中の一行は、先月、陸路を小倉から立って、京都に入り、三条車町の旧藩邸に逗留して、そこで病歿された故幽斎公の三年忌の営やら、生前幽斎公と親しかった公卿たちや知己へのあいさつやら、又、故人の文庫や遺物の整理など悉皆すまして、きのう淀川船で下り、きょうは海路の旅へ、初めての夜を送ろうという旅程にある人々であった。
今思い合せると、この晩春ごろ、高野を下り九度山へ立寄って去った長岡佐渡の主従は、その八月の営の準備のため、あれから京都へ廻って、その経歴と顔の古い関係からも、一切の奉行を勤め了わし、今日まで同地に止まっていたものであろう。
『――西陽がさしこんでまいりました。皆様、巌流様にも、どうぞ、まちっと奥のほうでお休みくださいまし』
佐兵衛は、帳場へ返っても、のべつ気を遣って愛想をいっていた。巌流は西陽を背にしながら、
『ひどい蠅』
と、扇で身を払いながら、
『口ばかり渇く、最前の熱い麦湯を、もう一碗、所望したいが』
と、いう。
『はいはい。熱い湯では、なおなおお暑うございましょう。唯今、冷たい井水を汲ませまする』
『いや、道中、水は一切飲まぬことにしておる。湯が結構だ』
『これよ――』
と、佐兵衛は坐ったまま首を伸ばして、湯沸し場のほうを覗き、
『そこにいるのは、伊おじゃないか。何をしている。巌流様へ、お湯をさしあげい。各々様にも』
と、どなった。
それなり佐兵衛は又、送り状やら何やらに眼を忙しげに俯向けていたが、返辞のなかったのに気づいて、もう一度呶鳴るつもりで顔を上げると――伊織は盆に五ツ六ツの茶碗をのせて、眼をそれに注いで、おずおずと大土間の一方から這入って来た様子。
で――佐兵衛は又、それには無関心になって、送り状を書いていた。
『お湯を』
と、伊織は、ひとりの武家の前でお辞儀をし、順に、
『どうぞ』
と、又お辞儀をして行った。
『いや、わしはいらぬ』
という武家もあって、彼の捧げている盆には、まだ二ツの茶碗が熱い麦湯を湛えて残っていた。
『お取り下さいまし』
伊織は、最後に、巌流のまえに立って、盆を向けた。巌流はまだ気づかず、何気なく手をのばしかけた。
三
――はッと、巌流は手をひいた。
触れかけた熱湯の茶碗が熱かった為にではない。
手が、そこ迄もゆかない間に、盆を捧げている伊織の眼と、彼の眼とが、かちっと、火華を発したように、出会ったのであった。
『あっ。そちは――』
巌流の唇が、こう愕きを洩らすと、伊織はそれとは反対に、嚙んでいた唇をやや弛めて、
『おじさん。この前会ったのは、武蔵野の原でしたっけね』
にっと笑って見せたのである。――稚い、まだ小粒な歯を見せて。
その、小癪な不敵さに、
『何!』
巌流が、思わず、大人げもない声を釣り出されて、何か、次のことばでも吐こうとしたらしく見えたせつな、
『覚えているかっ!』
と、手に捧げていた盆を――それに乗せてある茶碗も熱湯も共に――がらっと、巌流の顔を目がけて抛りつけた。
『――あっ』
巌流は、腰かけたまま、顔をかわし、途端に、伊織の腕くびを引っ摑んでから――
『ア熱! ......』
片目をつぶりながら、憤然と、突っ立った。
茶碗も盆も、うしろへ飛んで、土間の隅柱に当って一箇は砕けたが、こぼれた熱湯のしぶきが、顔、胸、袴にまでかかったのであった。
『ちイッ』
『この童めが』
時ならぬ二人のさけびと、茶碗の砕けたひびきとが、一つになって、居合す人々の耳を愕かした時、伊織の体は、巌流の脚下へ、叩きつけられた小猫のように、もんどり打って投げられていた。
起き上ろうとすると、
『うぬ』
と、巌流は、伊織の背を、手間ひまなくふみつけて、
『店の者っ』
と、どなった。
片目をおさえながらである。
『この童は、当家の小僧か。子どもとはいえ、免し難いやつ。――番頭っ、ひっ捕えろ』
仰天した佐兵衛が、飛び下りて来て抑える遑もなかった。巌流の脚の下に這いつくばっていた伊織は、
『なにを』
どう抜いたか――いつもその佐兵衛から禁物にされている刀を抜き払って、下から巌流の肱を狙い上げた。
巌流は、又も、
『あ、こやつ』
と、鞠のように、伊織の体を大土間へ蹴転がして、身を一歩、うしろへ退いた。
佐兵衛が、そこへ、
『阿呆ッ』
絶叫して、飛びついて来たのと、伊織が跳ね起きたのと、同時であったが、伊織は、狂せるもののように、
『なにをッ』
と、なおいいつづけ、佐兵衛の手が、自分の体にふれると、振りほどいて、
『ざまア見ろ! ばかっ』
巌流の面へ、そう罵ったかと思うと、ぱっと戸外へ向って逃げ出して行った。
――だが。
軒先から二間も駈けると、伊織はすぐ前へのめって仆れていた。巌流が土間の中から、有り合う天秤を取って、その脚もとへ投げつけたからであった。
四
佐兵衛は、若い衆と協力して、伊織の両手を捉え、土蔵露地のわきにある湯沸し場の方へ、引摺って来た。
巌流がそこへ出て来て、濡れた袴や肩を、仲間に拭かせていたからである。
『とんでもない御無礼を』
『何とお詫び致しましょうやら』
『何とぞ、御寛大に......』
などと口を揃えながら、伊織をそこにひき据えて、佐兵衛を初め店の若い衆たちは、あらゆる謝罪の辞をならべたが――巌流は耳がないように、見向きもせず、仲間に絞らせた手拭で、顔など拭いて平然としていた。
若い衆たちに、両の手をねじ上げられて、地へ顔をこすりつけられて居る伊織は、そのわずかな間も、苦しがって、
『離せっ。離してくれっ』
と、もがき叫び、
『逃げはしないよっ。逃げるもんかっ。おらだって、さむらいの子だ。覚悟でした事、逃げなんかするか! ......』
と、いった。
髪をなで、衣紋まで直してから、巌流はこっちを見て、
『――離してやれ』
穏やかにいった。
むしろ意外にして、
『......えっ?』
と、佐兵衛たちが、その寛大な面を仰ぎ合って、
『離しても、よろしゅう御座いましょうか』
『だが』
と、そこへ釘を打ちこむように、巌流はいい足した。
『どんな事を致しても、詫びれば免されるものと考えさせては、却って、この少年の将来の為にならぬ』
『へい』
『元より、取るに足らぬ童のした事。巌流は手を下さぬが、そち達がこのままにもいたし難いと思うなら糾明として、そこの湯柄杓で釜の煮え湯をいっぱい頭からかぶせてやれ。――命にはかかわるまい』
『......ア。その湯柄杓で』
『それとも、このまま、放してよいと、其方共が思うなら、それでもよし......』
『............』
さすがに佐兵衛も若い衆たちも、顔見合せてためらって居たが、
『どうしてこのままに済まされましょう。自体、日頃からよくない餓鬼。お手討となってもせんない所を、それくらいなお仕置で、御勘弁ねがえるものなら有難い仕合せ。......野郎、誰のせいでもないぞ。おれ達を怨むなよ』
と口々にいう。
暴れ狂うにちがいない。そこの素繩を持って来い。両手を縛れ、膝を縛れ――などと大仰にさわぎだすと、伊織は、それ等の手を振り払って、
『何するんだいッ』
と、いった。
そして地面に坐り直し、
『覚悟してした事だから逃げないといってるじゃないか。おらはその侍に、湯をかけてやる理があるからかけてやったんだ。その返報に、おらにも煮え湯をかぶせるなら、かぶせてごらん。町人なら謝るだろうが、おらは謝る筋もないぞ。侍の子が、そればかしの事に、泣きなんかするものか』
『いったな!』
佐兵衛は、腕を捲って、大釜の熱湯を柄杓いっぱい汲んで、伊織の頭の上へ徐々に持って来た。
(......むウ!)
と、唇をむすんだまま、伊織は両眼をくわっと開いて、それを待っていた。
――すると、何処かで、
『眼をふさげ。伊織! 眼をふさいでいないと、眼がつぶれる!』
と、注意する者があった。
五
誰か? と声のほうを見る遑もなく伊織は、注意された通り、眼をふさいだ。
そして、頭の上から注ぎかけられる熱湯を待ちながら――その意識も払いのけて――いつしか武蔵の草庵で、ひと夜、武蔵から聞いたはなしの、快川和尚のことをふと思いだしていた。
甲州武士がふかく帰依していた禅僧で、織田徳川の聯合軍が、峡中へ討入って、山門へ火をかけた時、その楼上でしずかに炎に体を焼かせながら、
――心頭ヲ滅却スレバ火モ亦スズシ
と、いって死んだという人。
眼をつぶりながら、伊織は、
(なんだ、柄杓いっぱいの熱湯ぐらい)
と、思ったが、又すぐ、
(あ。そう思うのが、もういけないんだ)
と気づいて、頭のしんから体じゅうを、しーんと虚にして、形はあれど、迷妄も悩悶もない、無我の影になろうとした。
だが、駄目であった。
伊織には、そう成れない。いっそ伊織が、もう少し年がゆかなかったら、或はなれよう。でなくば、もっともっと年をとっていたら、或はそこに到達されよう。彼ももう、あまりに物ごころが有りすぎていた。
――今か。......今か。
額からだらりと落ちる汗も湯玉かと思えた。わずかな一瞬が、百年のように長いのだ。伊織は、眼を開きたくなった。
――すると、巌流の声が、
『おお、御老台か』
と、後でいった。
湯柄杓を持って、伊織の頭の上から、浴びせかけようとしていた佐兵衛も、周りの若い衆達も、往来の彼方から、
(伊織、眼をふさげ!)
と、注意した者のほうへ――思わず眼をやって――そして一瞬、伊織へかぶせる熱湯を、ためらって居たのだった。
『えらい事が始まったのう』
御老台と呼ばれた人物は――道の向う側から足をうつして来ていた。若党の縫殿介ひとり召連れて、茶地の麻の小袖に、夏も冬も同じ物かと思えるような野袴をはき、汗だけは、人いちばい汗性らしい顔をした藩老の長岡佐渡であった。
『これは、とんだ所を、お目にかけてしもうた。はははは、懲しめております』
大人げないと思われはしまいか。――巌流は藩の先輩にそう自分ですぐ斟酌したものか、紛らすように笑っていった。
佐渡は、伊織の顔ばかりじっと見て、
『ふむ。懲しめにな。......理由のある事なら、仕置もよかろう。サササ。やりなさい。佐渡も見物しよう』
熱湯の柄杓を持ち怺えたまま、佐兵衛は、巌流の顔を横目に見た。巌流は、相手が少年であるばかりに、自分の立場が、不利に見えていることを直ぐ覚って、
『もうよい。これで童も懲りたであろう。――佐兵衛、湯柄杓を退け』
すると、伊織は、さっきから開くともなく開けたまま、空虚に見つめていた人の顔へ向って、
『あっ。おらは、お武家様を知っていら。お武家様は、下総の徳願寺へ、よく馬に騎って、来たことがあるだろ!』
と、縋りつきそうにして叫んだ。
『伊織。覚えていたか』
『アア! ......忘れるもんか。徳願寺で、おらにお菓子を下さった』
『今日は、お前の先生の武蔵とやらはどうしたな。......この頃は、あの先生の側には居ないのか』
問われると、伊織は突然、シュクと鼻をすすって、鼻と拳の間から、ぽろぽろと涙をこぼした。
六
佐渡が、伊織を知っていたのは、巌流にも、意外であった。
けれどその長岡佐渡は、自分が細川家へ仕官する前から、自分の今の位置へ、宮本武蔵を推挙していた者であり、猶その後も、君公とつがえた約を果さねばならぬとかいって――折ある毎に、武蔵の居所を心がけているとも聞いているので、
(何かの時、伊織を通じて武蔵と知ったか、武蔵をさがす為に、伊織を知ったか。とにかく、そんな縁故だろう)
と巌流は、察した。
けれど巌流は、
(この少年を、どうして御存じか?)
とは、強いて訊いてみる気がしなかった。そんな緒口から、佐渡とのあいだに、武蔵の名が話に出ることは、好ましくない。
だが、好むと好まないとに関らず、いつか一度は、武蔵と相会う日がきっと来るに違いないことは、巌流もひそかに予期していた。――それは又、自分と武蔵との従来の経歴が、何となくそうして来たばかりでなく、君公の忠利も予期し、藩老の長岡佐渡も予期しているところである。いや、彼が豊前小倉へ着任してみると、そういう期待は、果然、中国、九州の民間にも、各藩の剣人たちのうちにも持たれていたのが、意外なくらいであった。
郷土的な関係もあろう。武蔵の生地も自分の生れた土地も共に中国だし、又、武蔵の名声も自分の名も、江戸にあって考えるのとは想像以上に、郷土や西国一帯には話題となっていたのである。
なお必然、細川家の本藩支藩を通じても、伝え聞く武蔵を高く評価する者と、新任の巌流佐々木小次郎を偉なりとする者とが、何とはなく対立していた。
その一方に、巌流を細川家へ斡旋した同じ藩老の岩間角兵衛がある。だからこの空気は、大きくは天下の剣人達の興味から起ってもいるが、その真因は、藩老の岩間派と、藩老の長岡派との対立が醸したものだと観るものもあった。
で。いずれにせよ――
巌流が佐渡に或る感じを持ち、佐渡が巌流に好意をもっていないことも明白なのだ。
『お支度ができました。胴の間のお席の方も、どうぞいつでも、船へお越しくださいまし』
その時。
巌流にとっては、折もよく、巽丸の水夫頭が迎えに来たので、
『御老台、ひと足お先へ』
と、佐渡へいい、他の家中の者を誘って、あわただしげに、船の方へぞろぞろ立去った。
佐渡は、後に残って、
『船出は、黄昏だの』
『へい。左様で』
と、番頭の佐兵衛はまだ、この場の始末が着き限らないような惧れを抱いて、店の大土間にうろうろしながらいった。
『ではまだ――休息して参っても、間に合おうな』
『間に合いまするとも。どうぞお茶なと一ぷく』
『湯柄杓でか』
『ど、どういたしまして』
と、佐兵衛はひどく、痛い皮肉を浴びた顔して、頭を搔いたが、その時、店と奥との仕切暖簾のあいだから、お鶴が顔を出して、
『佐兵衛。ちょっと......』
と、小声で呼んだ。
七
店先では、あまり端ぢか。お手間はとらせませぬゆえ、住居の庭門から奥の数寄屋まで――と、佐兵衛に導かれて、
『では、ことばに甘えよう。わしに会いたいとは、この家の御寮人か』
『お礼を申したいとかで』
『何の礼じゃ』
『多分......』
と佐兵衛は、そこで頭を搔いて、恐縮しながら、
『伊織の事を、無事にお扱い下さいましたので、主人に代ってその御挨拶を申すんでございましょう』
『オ。伊織といえば、あれにも話がある。こっちへ呼んでくれい』
『かしこまりました』
庭はさすがに堺町人の数寄をこらしたもの、土蔵一側の隔てだが、店先の暑さや騒ぎは別天地のようだ。泉石も、樹々も打水に濡れ、微かな水のせせらぎが耳を洗う。
数寄屋の一間に、毛氈を敷きのべ、茶菓、煙草をととのえ、火入には練香をしのばせて、御寮人のお勢と、娘のお鶴は、客を迎えたが、長岡佐渡は、
『この埃まみれに、草鞋がけじゃ。ゆるされい』
とそこに腰のみ掛けて、茶を喫した。
お勢からは、改めて、
『ただ今は、何とも――』
と、雇人たちの無考えな仕方だの伊織に就いても、詫やら礼をのべたが、佐渡は、
『いや何。あの子供は仔細あってわしが以前に見かけた事のある者。来合せたのが倖せであった。それよりは、どうして当家の厄介になっておるか、それはまだ伊織からも聞いてはおらぬが......』
と、訊ねた。
御寮人は、大和詣りの途中、ふと見かけて拾って来たわけを話し、佐渡は又、伊織の師宮本武蔵という者を、年来捜しているところじゃが――などと種々の物語りも出て、
『――最前、彼が熱湯を浴びせられそうになって、大勢の中に、坐ったところを、往来をへだてて凝と見ておったが、なかなか自若として、悪びれぬていには、密かに感服した。ああいう性根の児を、商家に飼っておいては、かえってその性根を歪めてしまうかもしれぬ。いっその事、わしにくれぬか。わしが小倉へ連れ帰って、手飼の者として育ててみたいが』
佐渡から、望まれると、
『願うてもない......』
と、お勢も同意し、お鶴もよろこんで、早速、伊織を呼んで来ようと席を立つと、その伊織は、さっきから木陰に佇んで、そこの相談をのこらず聞いていたらしい。
『厭か』
皆に、意志を訊かれると、もちろん厭どころではない。ぜひぜひ小倉とやらへ連れて行ってくれという。
船出は間もない――
お鶴は、佐渡がそこで茶を喫んでいるまに、着物よ袴よ、笠よ脚絆よと、自分の弟でも旅立たせるようにいそいそした。生れて初めて、袴という物を穿き、歴乎とした武家の随身になって、伊織は、やがてお供をして船へ移った。
夕焼け雲に、黒い帆の翼を張りきって、船は潮路を豊前の小倉へ立った。
お鶴さんの顔――
御寮人の白い顔――
佐兵衛の顔。たくさんな見送人の顔。堺の町の顔――
伊織は、笠を振っていた。
無可先生
一
岡崎の魚屋横ちょう。
そこの一つの露地口に、板の打ってあるのを見れば、侘牢人の生活とみえ、
童 蒙 道 場
よみかきしなん 無 可
と、ある。
寺子屋であろう。
だが、その先生の自筆らしい看板の文字からして、はなはだうまくない。横目に見て、苦笑して通る識者もあるだろう。けれど、無可先生は、敢て恥としていない。問う者があれば、
(わしも、まだ子どもで、修行中だからな)
と、いうそうである。
露地の突当りは、竹やぶだ。竹やぶの彼方は馬場で、天気だと、のべつ埃が立っている。いわゆる三河武士の精鋭、本多家の家中が、騎馬の練磨に日を暮しているのだった。
で、埃がくる。
無可先生は、その為か、いつもそっちの折角明るい軒へ、一簾をかけているので、いとど狭い室内は、よけいに薄暗い。
元より独り者。
今しがた、昼寝からさめたとみえ、井戸の釣瓶が鳴っていたが、そのうちに、
ぱーん!
と竹藪の中で、大きな音がした。竹を伐った音である。
叢竹の中の一本が、ゆさっと仆れた。しばらくすると、無可先生は、尺八にするにしては太すぎるし、みじかくもある一節を切って、藪から出て来た。
鼠頭巾に、鼠無地の単衣を着、脇差ひと腰。それで居て、年は若い。そんな地味ではあるが、まだ三十とは思われない。
一節切の竹を、井戸端で洗い、文字どおりな裏店の室内へ上って来ると、床の間はない――ただ壁の隅へ、一枚の板をおいて、そこへ誰の筆か、祖師像を描いたのを懸けてあるだけの――その置床の板へ、竹の節を据えた。
花挿になっている。
雑草にからんだ昼顔の花を、ぽんと投げてあるのだった。
――悪くない。と、自分でも見ているらしい。
それから机に坐って、無可先生は、習字をし始めた。褚遂良の楷書の手本と、大師流の拓本が載っている。
『............』
ここへ住んでからでも、一年の余になる。日課を務めたせいだろう。看板の文字よりは、はるかに上達していた。
『お隣のお師匠さん』
『はい』
筆を措いて、
『――隣のおばさんか。暑いのう、今日も。お上りなされ』
『いえいえ。上ってはいられないが......何じゃろ? 今大きな音がしたようだが』
『ははは。私の悪戯ですよ』
『子ども衆をあずかる先生、悪戯しては困ったものじゃ』
『ほんにな......』
『何をなされたのじゃ』
『竹を伐ってみたのでござる』
『そんならよいが妾は又――何か有ったのじゃないかと、胸がどきっとした。うちの良人がいうことだから、そうあてにはならないけれど、どうもこの辺をよく牢人衆がうろついて居るのは、お前さんの生命でも狙っているらしい......などと聞かされているものだからね』
『だいじょうぶです。私の首など三文の値もしませんから』
『そんな暢気をいってても、自分に覚えのない恨みで殺される人だってあるからね。......気をつけるがいいよ。わたしはいいけれど、近所の娘さん達が、泣くからね』
二
隣家は筆職人であった。
亭主も女房も、親切者で、わけておかみさんは、独り者の無可先生のために、時には炊事煮物の法を教え、時には縫いもの洗濯ものの労まで取ってくれる。
それはいいが、無可先生を、ややもすると、困らせる一事は、
(いいお嫁さんがあるのだが――)
である。
毎度毎度、やたらにそのお嫁に来たい口を持って来ては、
(いったい、どうして女房を持たないのさ。まさか女嫌いでもあるまいに)
と、問いつめて、時には無可先生をして殆ど、答えに窮させてしまう。
だが、これは彼女の罪ばかりではなく、無可先生自身も悪いので、
(自分は、播州牢人、系累もなく少しばかり学問をこころざして、京都や江戸に学んだから、この土地で行末は、良い塾でも持って落着きたいと思う)
などとお座なりをいった事があるので、年頃も年頃、人品もよし、第一に真面目でおとなしいし......と隣の夫婦がすぐ鍋釜の次に女房を考えたのも無理ではないし又、時折出歩く無可先生の姿を見かけ、嫁に行きたい、嫁に遣りたいと筆職人の夫婦へ洩らして口ききを縋る向も多いのである。
そのほか。
何の祭礼。何の踊。やれ彼岸の盆のと――小さな生活を忙しく派手に――悲しみの葬式や病人の世話事までも、寄り合世帯のように賑やかに送っている――裏町住居のおもしろさ。
その中に、寂として住んで、
(おもしろいな)
無可先生は、一脚の小机から、世間をながめ、世間に学んでいるらしかった。
然し、こういう世間には、ひとり無可先生ばかりでなく、どんな人間が住んでいるか知れなかった。時節が時節でもある。
先頃まで、大坂の柳の馬場の裏町で、幽夢という頭を丸めた手習師匠が住んでおったが、徳川家の手で身元を洗ってみると、何ぞしらん、これが前の土佐守長曾我部宮内少輔盛親の成れの果――とわかり、大騒ぎしたが、近所に知れた時には、一夜で彼の姿はどこにも見えなかったという噂。
又。名古屋の辻で、売卜をしていた男を、不審と見て、これも徳川家の手筋が、さぐってみると、関ヶ原の残党毛利勝永の臣竹田永翁であったとやら。
九度山の幸村、漂泊の豪士後藤基次、徳川家に取って、神経にさわる人間は皆、世のなかを韜晦して、そして努めて、人目につかない暮しを、法則としている。
もちろんそういう大物ばかりが世間に隠れているわけではなく、くだらない物もそれ以上、ごろついているのが世間であり、その真物とくだらない物とが、渾然と、見分けもつかず隣り合っている所に、裏町の神秘がある。
無可先生についても、近ごろ、誰がいい出したともなく、無可と呼ばずに、武蔵とよぶ者が、ちらちらあって、
『あのお若い方は、宮本武蔵といって、寺子屋などは、何かの都合でしていることで、ほんとは一乗寺下り松で、吉岡一門を相手にして勝ちぬいた、剣の名人であらっしゃる』
と、頼まれもせぬ事を、触れてあるく者もあった。
『まさか?』
と、いったり、
『そうかしら......?』
と、いったりして、無可先生を見ているのが、今の近所の衆の眼で、時折、夜に紛れて裏の竹藪だの、露地の口だのを、密かに窺っているのが、隣家のかみさんがよく彼に注意する――彼の生命を狙っている何者かの眼であった。
三
そういう危険が、絶えず身を窺っているのを、無可先生自身は、
(知れたもの――)
と、およそ多寡をくくってでも居るのか、今日も、隣家の内儀に注意されたばかりなのに、晩になると、
『お隣家の御夫婦、又ちょっと留守にいたすが、頼みまする』
声をかけて、出て行った。
筆屋の夫婦は、開け放して、晩飯をたべていたので、その姿が、軒先をよぎる時ちらと見えた。
鼠無地の単衣に、編笠を被り、出て行く時は、大小を横たえては居るが、袴もつけず、着流しの素服。
袈裟、掛絡をまとえば、そのまま、虚無僧といった風采である。
筆屋のかみさんは、舌打して、つぶやいた。
『いったい何処へ行くんだろうね、あの先生はさ。子供たちの指南は、お午前にすんでしまうし、午からは昼寝だし、晩になると、蝙蝠みたいに、出かけて行く......』
亭主は、笑って、
『独り者だ、仕方ないさ。他人の夜遊びまで、妬いていたら、限りがないぞ』
露地を出ると、宵の岡崎は、夕凪のむし暑いほとぼりが冷め切れないうちにも、夏の夜の灯が戦ぎ立って、人影の流れの中に、尺八が聞え、虫籠の虫の音が聞え、座頭の節をつけた喚きだの、西瓜売や鮨売の呼声や、又、夜歩きに出た旅人の浴衣の群など――さすがに江戸のような新開地的なあわただしさと違って、落着いた中に城下町風情がある。
『あら。先生が行く』
『無可先生』
『すまして行くこと』
町の娘達が、眼顔して、囁きあう。中には、お辞儀する娘がある。無可先生の行先は、そこらでも、話題であった。
だが、彼の行く足は、真っ直だった。遠い王朝のむかしから、ここの辺りは、矢矧の宿の浮れ女たちから脂粉の流れをひいて、今も岡崎女郎衆の名は、海道の一名物であったが、そこの辻を曲がる様子もない。
ほどなく、城下の西端れまで行ってしまう。すると、広い闇に、どうどうと、瀬にしぶく水音が聞かれ、暑さもいちどに袂を払って、橋の長さ二百八間という、その橋桁の第一柱に、
矢矧ばし
と星明りに読める。
すると、約束したように、そこに待っていた一個の瘦法師が、
『武蔵どのか』
と、いった。
無可先生は、
『おう。又八か』
近づいて、笑顔を見合う。
正しく一方の者は、本位田又八である。江戸町奉行所の前で、百の笞に打叩かれた果、罪の筵から放逐された――あの時の姿のままの又八である。
無可とは、武蔵が、仮の名であった。
矢矧の橋のうえ。
星の下。
ふたりの間には、曾つての旧怨もなく、
『禅師は?』
武蔵が問うと、
『まだ旅よりお帰りもなし、お便りもない様子』
と、又八がいう。
『お長いなあ』
呟きながら、ふたりは、背をならべて、矢矧の大橋を睦まじそうに、渡って行った。
四
対岸の松の丘に、古い禅刹があった。その辺りを八帖山というせいか、八帖寺と寺の名も称ばれている。
『どうだな又八。禅寺の修行というものは、なかなか辛いものだろう』
そこの山門へ向って、暗い坂道を登って行きながら、武蔵がいうと、
『辛い――』
又八は、正直に、青い頭を垂れて答えた。
『何度も、逃げ出そうと思ったり、こんなにも、辛い思いをしなければ、人間になれないなら、いっそ首でも縊ろうかとさえ考える時もある』
『まだまだおぬしは、禅師へおすがりして、入門の許しを得た弟子ではないから、そこらはほんの修行の初歩だ』
『然し――お蔭でこの頃は、弱い気持が出ると、これではならぬと、自分で自分を、鞭打つことができるようになった』
『それだけでも、修行のかいが目に見えて来たわけだな』
『苦しい時には、いつもおぬしを思い出すのだ。おぬしでさえ、やり越えて来た事、おれに出来ぬわけはないと』
『そうだ。わしがした事。おぬしに出来ぬことはない』
『それと、一度死ぬところを――沢庵坊に救われた生命と思い、又、江戸町奉行所で、百叩きにされた――あの時の苦しみを思い出しては――何を、何をと、今の修行の辛さと朝夕闘っている』
『艱苦に克ったすぐ後には、艱苦以上の快味がある。苦と快と、生きてゆく人間には、朝に夕に刻々に、たえず二つの波が相搏っている。その一方に狡く拠って、ただ安閑だけを偸もうとすれば、人生はない、生きてゆく快も味もない』
『......少し分りかけて来た』
『欠伸一つしてもだ――苦の中に潜心した人間のあくびと、懶惰な人間のそれとはまったく違う。数ある人間のうちには、この世に生を得ながら、ほんとの欠伸の味すら知らずに、虫のように、死んで行くのがたくさんいる』
『寺にいると、周りの人たちからも、いろいろな話を聞く。それが楽しみだ』
『はやく、禅師に会って、おぬしの身も頼みたいし、わしも何かと、道について、禅師に糺したい事もあるのだが......』
『一体、いつお帰りなのだろう? 一年も便りがないといってるが』
『一年はおろか、二年も三年も、飄々と、白雲のように、居所も知れぬ例は、禅家には珍しくない事だ。――折角、この土地に足を留めたのだから四年でも五年でもお帰りを待つ覚悟でいてくれい』
『その間、おぬしも、岡崎に居てくれるか』
『居るとも。裏町に住んで、世間の底の、雑多な生活に触れてみるのも、ひとつの修行。――空しく禅師のお帰りのみを待っているわけではない。わしも修行と思って、町住居しているのだから』
山門といっても何の金碧もない茅葺門。本堂も貧しい寺だった。
又八道心は、そこの庫裡のわきにある寝小屋の内へ友を導いた。
まだ彼は、正式にここの寺籍にはいっていないので、禅師の帰るまでそこに塒を与えられていた。
武蔵は、時々、彼をここへ訪れて、夜更けまで話しては、帰って行った。もちろん二人が、旧交を取りもどし、又八も一切を捨てて、こうなるまでには、――そこに、江戸の地を離れてから以後の話も残ってはいるが。
無 為 の 殻
一
話は、以前になるが。
去年。――柳営に仕官の望みを絶って、伝奏やしきの半双の屏風に、武蔵野之図を一掃に描き残したまま、江戸の地を去った武蔵は、あれからどう道どりを取って来たか。
時には、忽然とすがたを見せ、時には飄然とすがたを消し、峰のふところに遊ぶ白雲のように、武蔵の足跡は、近ごろ殊に定まらなかった。
彼の歩みには、確とした一つの目的と、一定の法則があるようであって又、無いもののようでもあった。
彼自身は、ひたすら一筋の道をば、脇目をふらず歩いているかに思われるが、傍から眺めると、自由無碍な、いかにも気ままな道を歩いたり、止まったりしているように観えるのだった。
武蔵野の西郊を相模川の果まで行くと、厚木の宿から、大山、丹沢などの山々が面に迫って来る。
彼の姿は、そこから先、しばらくのあいだ、どこでどう暮していたか分らない。
文字どおりな蓬頭垢面を持った彼が、約ふた月ほど後、山から里へ下りて来た。何か或る一つの迷いを解くために、山へ籠ったらしかったが、冬山の雪に追われて下りて来た彼のその顔には、山に入る前より苦しげな迷いが刻みこまれていた。
解けないものが次々に彼の心を虐む。一つ解くと又一つの迷いに逢着する。そしてまったく、剣も心も、空虚になる。
『だめだ』
自分で自分を、時にはまったく、嘆息の下に、見捨てかける時すらあった。そして、
『いっそ......?』
と、人なみな安逸を想像した。
お通は? すぐ思う。
彼女と共に、安逸をたのしむ心になれば、すぐにでも出来そうな気がするのだ。又、百石や二百石の、身過の為の食禄をさがす気になれば、それも何処にでもあると考える。
けれど。顧みて、
――それで不足はないか。
と、自身に問うてみると、彼は決して、そんな生涯の約束を、甘受できなかった。反対に、
『懦夫! 何を迷う』
と、身を罵って、攀じ難き峰を仰いで、よけいに踠いた。
時には、さもしい、浅ましい、餓鬼のように煩悩の中に。又時には、澄み返った、峰の月のように、孤高を独り楽しむほど潔い気もちになったり――朝に夕に、濁っては澄み、澄んでは濁り、彼の心は、その若い血は、余りに多情であり、又、多恨であり、又、躁がし過ぎた。
そういう心の中の明暗不断な妄像と同じように、形に現れる彼の剣も、まだまだ彼が自分で、
『可』
と、思う域には達していないのだった。その道の遠さ、未熟さが、自分には、余りに分りすぎているので、時折の迷いと、苦悶とが、烈しく襲ってくるのだった。
山に入って、心が澄めば澄むほど里を恋い、女を思い、いたずらに若い血が狂いそうになる。木の実を喰べても、滝水を浴びて、いかに肉体を苦しめてみても、お通を夢みて、うなされる。
ふた月ばかりで、彼は山を降りてしまったのである。そして藤沢の遊行寺に、数日足を留め、鎌倉へまわって来た所、そこの禅寺で、はからずも自分以上に苦しみもがいている男と出会った。それが旧友の又八であった。
二
又八は、江戸を追われてから、鎌倉へ来ていた。鎌倉には、寺が多いと聞いていたからである。
彼も亦、べつな意味で、苦悩していた所だった。もう二度と、自分が歩いて来た懶惰な生活へ、戻ろうという意志はなかった。
武蔵は、彼にいって、
『遅くはない。今からでも、自分を鍛え直して、世に出ればいいではないか。――自分で自分を、だめだと見限ったら、もう人生はそれまでのものだ』
と、励ましたが――然し、と付け加えて、
『とはいえ、かくいう武蔵も、実は今、何かまったく、壁のような行止りと、ともすれば、おれは駄目かな? ――と疑いたいような、虚無に囚われて、何をする気も失せているのだ。そういう無為の病に、自分は三年に一度か、二年に一度ずつは、きっと罹るのだが、その時、駄目と思う自分を鞭打って励まし、無為の殻を蹴やぶって、殻から出ると、又新しい行くてが展けてくる。そして驀しぐらに一つの道を突き進む。――すると又、三年目か四年目に、行止りの壁につき当って、無為の病にかかってしまう。......』
正直に、武蔵は告白して、偖てまた、又八へ向っていう事には、
『ところが、今度の無為の病は、すこし重い。いつ迄も、打開できぬ。殻の中と、殻の外との、境の闇に、もがいている無為から無為の日がつづく苦しさ......。で、ふと思い出したお方がある。そのお方の力をお借りするほかはないと――実は山を下りて、この鎌倉へ、そのお人の消息をさぐりに来た次第だが』
と、話した。
武蔵がいう、思い出した人というのは、彼がまだ十九か二十歳の向う見ずに道を求めてさまよっていた時代――京都の妙心寺の禅室へ足しげく通っていた事があって――その頃、啓蒙の師事をうけた前法山の住、愚堂和尚、べつの名を東寔ともいう禅師だった。
聞くと、又八は、
『そういう和尚ならば、ぜひおれを紹介わせてくれ。そしておれを、弟子にしてくれるように、頼んでみてくれ』
といった。
果して又八が、そういう本心になったのか否かを、武蔵も初めは疑ったが、又八が、江戸へ出てから会った憂目の数々を聞くと。――そうか、それほどな目に会ったなら、さもあろう。心得た。きっと弟子入のことはお願いしてみよう。――と武蔵も誓って、ともども、鎌倉の禅門をさがし歩いてみたところ、誰も知っている者がない。
なぜならば、愚堂和尚は、数年前に妙心寺を去って、東国から奥羽の方を旅しているとは聞えていたが、至って、飄々たる存在で、時には、主上後水尾天皇の御座ちかく召され、清涼の法筵に、禅を講じているかと思えば、ある日は、弟子僧ひとり連れず、片田舎の道に行き暮れて、夜の一飯に当惑していたりしているといった風な人だからである。
『岡崎在の、八帖寺へ行って、訊いてごらんなされ。そこへはよく、脚を留められるから』
こう、さる寺で教えられて、ではそこへと、武蔵と又八は、岡崎へ来たが、愚堂和尚はやはり居なかった。けれど、一昨年ぶらりとお姿を見せ、陸奥の戻りには又、立ち寄るような事をいわれていたという話に、
『では、何年でも、お帰りまで待とうではないか』
と、武蔵は町に仮の家をさがして住み、又八は庫裡裏の寝小屋を借りて、共に、和尚の見える日を、もう半年以上も、待ち暮して来たのだった。
三
『小屋の中は、蚊が多くて』
又八は蚊やりを焚きつづけていたが、耐えられない眼をしていった。
『武蔵どの、外へ出ようか。蚊は外にもいるが、少しは......』
『うむ、どこでも』
武蔵は先に出た。こうして訪れるたびに、少しでも、又八の心に何か不足を足して行ければ、彼の心もちは済むのだった。
『本堂の前へ行こう』
深夜なので、そこは誰もいなかった。大扉も閉まっている。風もよく通る。
『......七宝寺を思い出すなあ』
階段に足を投げ出し、縁に腰をかけながら、又八はつぶやいた。二人が顔をあわせた時、何ぞといえば、木の実や草の話からでも、すぐ故郷の思い出が口に出るのだった。
『......うむ』
と武蔵にも同じ思い出がわいていた。けれど、それからは、二人とも、黙って、思いを口に出さなかった。
何時もの事である。
故郷のはなしが出れば、それにつれて、お通のことが、二人の念頭に泛んでくる。又、又八の母の事やら、苦い数々の記憶が、今の友情をみだして来る。
今では、又八も、それを惧れるふうであった。武蔵も、いわず語らず、避けていた。
――だが、その晩にかぎって、又八は、もっとそれについて話したいような顔つきで、
『七宝寺のある山は、ここより高かったな。ちょうど麓には、矢矧川と同じように、吉野川が流れていた。......ただここには、千年杉がない』
武蔵の横顔を、そういいながら見つめていたが、突然、
『なあ、武蔵どの。いつかいおう、いつか頼もうと思っていたが、つい、いい出しかねていたが、おぬしにぜひ承知してもらいたい事があるのだ。肯いてくれるか』
『わしに? ......はて。何をだ? ......。いってみい』
『お通のことだが』
『え』
『お通をっ......』
という先に、感情のほうが、舌に絡んでしまった。そして眼は、泣きそうになっていた。
武蔵の顔いろも動いていた。お互いに触れまいとしていたものを、又八から急にいい出されて、咄嗟、その意志を測りかねたのだった。
『おれとおぬしとは、心も溶け合うて、こうして一つ夜を語り合ったりしているが、あのお通は、どうしてるだろう。――いやどう成って行くだろう。この頃、ときどき思い出しては、済まないと心で詫びているのだ』
『............』
『よくもおれは、長年の間、お通を苦しめたものだった。一頃は、鬼のように追い廻し、江戸では一つ家においた事もあるが、決しておれに心はゆるさない。......考えてみれば、関ケ原の戦へ出た後から、お通は、おれという枝から離れて地へ落ちた花だ。今のお通は、べつな土から、べつな枝に咲いている花だ』
『............』
『おい武蔵っ。いや武蔵どの。......頼むから、お通を娶ってやってくれ。お通を救ってやるのはおぬししかないぞ。......それも、以前の又八だったら、金輪際こんな事はいいもしないが、おれはこれから今までの取返しを、沙門の弟子になってやろうと思い定めた所だ。もうきれいに諦めた。......だが又八、気がかりにもなるのだ。......頼むから、お通をさがし出して、お通の望みをかなえてやってくれい』
四
その晩。――もう夜も更けきった丑満の頃。
黙々と、松風の闇を、八帖の山門から、麓へ降りて行く武蔵の姿が見られる。
腕を拱いて。
俯向いて。
彼が自分でいうところの無為と空虚の悩みが足もとにも纒っているような歩みで――。
今、本堂で別れて来た又八の言葉が、松かぜに洗われても、いつまでも、耳から離れなかった。
――頼むから、お通の身を。
と、真剣でいった又八のあの声である。顔つきである。
自分へそういった又八も、いい出すまでには、幾夜となく、悶えたであろう。苦しかったであろう。――と思いやられる。
だが、より以上、見苦しい迷いと、苦悶とは、かえって自分にある事を、武蔵は否めなかった。
......頼むから!
掌を合さないばかりにいってしまった又八は、それまでの、日夜の焰から遁れて、後は却って、解脱の身のすずしさに、泣きぬれて、悲しみと法悦との、二つのふしぎな疼きのなかに、ほかの生き効いを、胎児のように、今は索っている気もちであろう。
又八が、面と向って、それをいい出した時、武蔵は、
(それは出来ない!)
ともいい切れなかった。
(お通を、妻にもつ気はない。以前は、おぬしの許嫁だ。懺悔と、真心を示して、おぬしこそ、お通との仲を取りもどせ!)
とは、猶更、いわれなかった。
では、何といったか。
武蔵は、始終、何もいわなかったのであった。
何をいおうとしても、自分のことばは、噓になるからだった。
といって胸の底に蟠っている本当らしい事は、自分に顧みて、いえもしなかったからである。
それにひきかえて、今夜の又八は、必死だった。
お通の事からして、解決しておかなければ、沙門の弟子になっても、ほかの修行を求めても、一切むだなものになるから。
――というのだった。
そして又、
(おぬしがおれに修行をすすめたのではないか。それほど、おれを友達と思ってくれるなら、お通も救ってやってくれ。それはおれを救ってくれる事にもなるんじゃないか)
と、七宝寺時代の幼な友達の頃の口調そのままになって、果はおいおいと泣いていったのである。
武蔵は、彼のその姿に、
(四ツか、五ツの頃から見ているが、こんな純情な男とは思わなかった――)
と、心のうちで、その必死な言に打たれると共に、
(おのれの醜さ。おのれの迷い......)
とわが身をさえ恥かしく思って別れてしまったのであった。
別れる時、又八が、袂をつかんで最後のように猶いった折――武蔵は初めて、
(考えておく......)
といったが、又八が猶、すぐ返辞をと求めてやまないので遂に、
(考えさせてくれ)
と、辛くも、一時のがれをいい残して、山門を出て来たのだった。
――卑怯もの!
武蔵は自分へ罵りながら、しかもいよいよ、無為の闇から脱けられない、この日頃の自分をあわれに眺めた。
五
無為の苦しさは、無為を悶える者でなければ分らない。安楽は皆人の願うところだが、安楽安心の境地とは大いにちがう。
為さんとして、何もできないのである。血みどろに踠きながら、頭も眸もうつろに呆けたここちである。病かというに、肉体にはかわりはない。
壁へ頭をぶつけ、退くに退けず、進むに進めない。にッちもさッちも行かない空間に縛られて、果もないここちがする。その果に、われを疑い、われを蔑み、われに泣く。
――浅ましや己れ。
武蔵は、憤怒してみる。あらゆる反省を自己へそそいでみる。
が、どうにもならないのだ。
武蔵野から、伊織を捨て、権之助にわかれ、又、江戸の知己すべてと訣別して、風のように去ったのも、薄々、この前駆的症状を自分でも感じていたので、
――これではならじ。
と、驀しぐらに、その殻を蹴やぶって出たつもりではなかったか。
そして半年以上。気がついてみれば、破った筈の殻は、依然として空虚の自分を包んでいる。あらゆる信念を喪失しかけて空蟬にも似た自分の影が、今宵もふわふわと暗い風の中を歩いている。
お通のこと。
又八のいったことば。
そんな事すら、今の彼には、解決がつかないのだ。考えても、考えても、纒らないのであった。
矢矧川の水が広く見えて来た。ここへ出ると、夜明けのように仄明るかった。編笠のふちに、川風がびゅっと鳴って行く。
その強い川風のなかに紛れて、何か、ぴゅるウん――と唸って掠めたものがあった。武蔵のからだを、五尺とは去らない空間をつき貫いて行ったのであったが、武蔵の影は、より迅かったと思われるほど、すでにその辺の地上には見えなかった。
ぐわん、と矢矧川が同時に鳴った。鉄砲の音波に相違なかった。よほど火力のある強薬で遠方から撃ったものだという証拠は、弾うなりと音響のあいだに、息を二つ吸うほどな時間があったのでも分った。
武蔵は? ――と、見れば、矢矧の橋桁の陰へと、逸はやく跳んで、蝙蝠がとまったように、ぺたと身を屈めていたのである。
『......?』
隣の筆屋の夫婦が、いつも気に病んでいっている言葉が思い出された。――然し武蔵には、この岡崎に、自分を敵視する者があることさえ不思議だった。何者なのか、思い出せないのである。
そうだ。
今夜はそれを一つ見届けてやろうか。身を橋桁へ貼りつけた途端に、彼は考えていた事だった。――で、いつまでも、息をこらして凝としていた。
だいぶ間があった。そのうちに、二、三人の男が八帖の丘の方から松の実みたいに風に吹かれて駈けて来た。そして案のじょう、武蔵が最前立っていた辺りの地上をしきりに見廻している様子なのだ。
『はてな』
『見えんなあ』
『も少し、橋寄りの方ではなかったろうか』
すでに、狙撃の的は、死骸になって仆れているものと考えて、火繩も投げ捨て、鉄砲だけを持って、やって来たらしいのである。
鉄砲の真鍮巻が、ピカピカ光って見える。それは戦場に持ち出しても立派な物だった。抱えこんでいる男も、他のふたりの侍も、黒いでたちをして眼元だけしか出していなかった。
苧 環
一
何者か?
そこに見えている二、三人の人影には、思い当りもなかったが、いつ何時でも、自分の生命に対する敵への心構えは、武蔵にあった。
武蔵ばかりでなく、およそ今の時勢に生きている人間には、総てに、日常に、その要心があった。
殺伐な無秩序な乱国の余風は決してまだ治まり切っているとはいえない。人は詭謀や反間の中に生きているので、要心すぎて疑いぶかく、妻にさえ油断せず、骨肉の間さえ破壊されかけた一頃の――社会悪はなお人間のなかに澱んでいた。
まして。
きょうまでにも、刃と刃のあいだに、武蔵の手にかかった者、或は、彼の為に、社会からも敗北して去った者はかなりな数にのぼっている。そうした敗者の系累一門、その家族等までを合せればどれほどな数かわからない。
元より、正当な試合、又は非は彼にあって、武蔵にない場合の結果でも――およそ、討たれた者の側からいえば、あくまで、武蔵は敵と視よう。たとえば、又八の母などが、そのもっともよい例である。
だから、このような時勢に、斯道にこころざす者には、たえまなく、生命の危険が伴った。為に、一つの危険を斬り払うと、更にそれが次の危険を生み、敵を作ったが――然し、修行する身には、危険は又となき砥石であり、敵は不断の師であるともいえるのだ。
寝る間も油断のならない危険に研がれ、絶間もなく生命を窺う敵を師として、しかも剣の道は、人をも活かし、世をも治め、自己をも菩提の安きに到って、悠久の生ける悦びを、諸人と共に汲み頒とうという願にほかならないのである。――その至難の道の途中で、稀々、つかれ果て、虚無に襲われ、無為に閉じ籠められる時――卒然として、撓めていた敵は、影を顕わして来るものとみえた。
矢矧の橋桁に――
武蔵は今、ひたと、身を寄せて屈みこんでいたが、その一瞬に、彼のこの日頃の惰気も迷いも、毛穴からサッと吹き消されていた。
素裸になって、目の前の危険に曝された生命のすずしさである。
『......はて?』
わざと、敵を近よせて、敵の何者であるかを確めようと思い、息をこらしていると、その影は、期していた武蔵の死骸がそこらに見当らないので、はっと気づいたらしく、彼等も亦、物陰へかくれて、人なき往来と橋の袂を、かえって気味わるく窺い直している様子だった。
その動作に。
武蔵が、はて? ――と感じたわけは、怖しく敏捷なのと、黒扮装とはいえ、差刀の鐺や足拵えなど浮浪の徒や、ただの野武士とは、見えなかったからである。
この辺の藩士とすれば、岡崎の本多家、名古屋の徳川家であるが、そういう方面から、危害を向けられる理由が考えられなかった。――不審だ。人違いかも知れない。
いや人違いにしては、先頃来から露地口を覗き見したり、裏藪から眼を光らしたりする者があると隣の筆屋の夫婦までが感づいていた事実がおかしい。やはり武蔵を武蔵と知って、機を窺っている者に相違はない。
『ははあ......橋向うにも仲間がいるな』
武蔵が見ていると、物陰の暗がりへ潜んだ三名は、そこで火繩をつけ直し、河の対岸へ向って、その火繩を振っていた。
二
そこにも、飛び道具を持って潜んでいるし、橋向うにも敵の仲間がいるとすると、敵は相当、備えを立てて、
(今宵こそは)
と、手具脛ひいているものと思われた。
武蔵の八帖寺通いも幾夜となく、この橋を通ることもしげしげであったから、敵は、それを確め、地の利と配置とを、十分に用意しておく余裕もあったにちがいない。
で――橋桁の陰から、武蔵は、うかと離れられない。
跳り出るとたんに、ドンと弾が飛んでくる事は知れきっている。そこの敵を捨てて、一散に橋を駈け渡ってしまうのは猶さら危険きわまるといっていい。――といって、いつ迄、じっと屈んでいるのも策を得たものであるまい。なぜなら、敵は、対岸の仲間と、火繩で合図を交しているから、事態は、時の移るほど、彼の不利になって迫って来るものと見なければならないからだ。
が武蔵には、間髪のまに、処する方法が立っていた。兵法によらず、凡ての理は、それを理論するのは、平常の事で、実際にあたる場合は、いつも瞬間の断決を要するのであるから、それは理論立てて考えてする事ではない。ひとつの「勘」であった。
平常の理論は「勘」の繊維を成してはいるが、その知性は緩慢であるから、事実の急場には、まにあわない知性であり、ために、敗れる事が往々ある。
「勘」は、無知な動物にもあるから、無知性の霊能と混同され易い。智と訓練に研かれた者のそれは、理論をこえて、理論の窮極へ、一瞬に達し、当面の判断をつかみ取って過らないのである。
殊に、剣に於ては。
今の武蔵のような立場に立った時に於ては。
武蔵は、身を屈めたまま、そこから大きな声で、敵へいった。
『潜んでも、火繩が見えるぞ。益ない事だ。この武蔵に用事あらば、ここまで歩け。武蔵はここだっ。ここに居るッ』
川風が烈しいので、声は届いたか届かなかったか疑われたが、その返辞に代えて、すぐ鉄砲の第二弾が、武蔵の声がした辺を狙って撃って来た。
元より武蔵はもうそこに身を置いていなかった。橋桁に添って、九尺も居る所を更えていたが、弾と行き交いに、彼の体はそこから敵のかくれている暗がりへ向って一躍した。
次の弾をこめて、火繩の火を強薬へ点じている間などなかったので、敵の三名は狼狽を極め、
『や。や』
『う。うぬ』
刀を払って、おどって来た武蔵を、三方から迎えたが、それさえ辛くも間に合った姿勢なので、味方と味方の聯繫は取れていない。
武蔵は、三名のなかへ割って入ると、真っ向の者を、大刀で一颯の下に断ち伏せ、左側の男を、左手で抜いた脇差で、横に薙いだ。
一人は逃げ出したが、よほど慌てたとみえて、橋桁の袂へ、盲とんぼのように打つかり、そのまま矢矧の大橋を、のめるように駈けて行った。
三
――それから、武蔵も、常の足どりで、ただ欄干に身を添いながら、大橋を渡って行ったが、何の事も起って来ない。
しばらくの間、来る者あれば待つように、身を佇ませていたが、かわった事もなかった。
家に帰って彼は眠った。
すると、翌々日。
無可先生として、手習い子の中に交って、自分も一脚の机に倚り、筆を持って習字していると、
『御めん――』
軒端からさし覗いて、訪れた侍がある。二人づれだ。狭い土間口は、子供の穿物だらけなので、そういってから、木戸もない裏の方へ廻って来て、縁先へ立った。
『――無可殿は御在宅だろうか某どもは、本多家の家中で、さる御人の使として参ったのだが』
子供等の中から、武蔵は、顔をあげて、
『無可は、私ですが』
『尊公が、無可と仮名しおる、宮本武蔵どのか』
『え』
『お隠しあるな』
『いかにも武蔵に相違ござらぬが、お使の趣は』
『藩の侍頭、亘志摩どのを御存じあろうが』
『はて。存じ寄らぬお人でござるが』
『先様では、よう知っておいでられる。其許には、二、三度ほど、当岡崎で俳諧の席へ顔を出されたであろうが』
『人に誘われて、俳諧の寄合へ参りました。無可は、仮名に非ず、俳諧の席でふと思い寄って名けた俳号でござる』
『あ。俳名か。――それはまあ何でもよろしいが、亘殿も、俳諧を好まれ、家中の吟友も多い。一夜、静かにおはなし申したいと仰せでござるが、お越し賜わろうか』
『俳諧のお招きなれば、他にふさわしい風流者がござろう。気まぐれに、当地の俳筵へ、誘われた事はあるものの、性来、雅事を解さぬ野人でござれば』
『あいや。何も、俳筵を開いて句をひねろうというのではない。亘殿には、仔細あって、其許を知っておられる。――で会いたいというのが趣旨。又、武辺ばなしなど、聞きもし、話もしたし――というのであろうと存ぜられる』
手習子たちは皆、手を休めて、先生の顔と庭に立っている二人の侍の顔とを、心配そうに見較べていた。
武蔵は、黙って、そこから縁先の使を、正視していたが、考えを決めたものとみえ、
『よろしゅうござる。お招きに甘えて参堂いたそう。して、日は』
『おさしつかえ無くば、今夕にでも』
『亘殿のおやしきは、どの辺?』
『いや、お越し下さるとあれば、その時刻に、駕を向けて、お迎えに参ろう』
『然らば、お待ちする』
『では――』と、使の二人は、顔を見あわせて、頷きを交しながら、
『お暇しよう。――武蔵どの、御授業の中、失礼した。では相違なくその時刻までにお支度おきを』
と、帰って行った。
筆屋の女房は、隣の台所から、顔を出して、不安そうに覗いていた。
武蔵は客が帰ると、
『これこれ、人のはなしに気をとられて、手を休めて居てはいかんな。さ、勉強せい。先生もやるぞ。人のはなしも、蟬の声も、耳にはいらぬまでやるのだ。小さい時に怠けていると、この先生みたいに、大きくなっても手習していなければならんぞ』
墨だらけな、子供たちの手や顔を、見まわしながらいった。
四
黄昏――
武蔵は身支度していた。
袴を着けて。
『よしたがよい。何とかいうて、断りなされた方が......』
その間、隣のかみさんは、縁先へ来て止めていた。果は、泣かぬばかりに。
だが、ほどなく、迎えの駕は露地口へ来てしまった。もっこのような町駕ではない。輿に似た塗籠である。それにけさの侍二名、小者三人ほど付いて。
何事やらん――と近所界隈は眼をそばだてた。駕のまわりに人立がした。武蔵が侍たちに迎えられてそれへ乗ると、寺子屋のお師匠さんはえらい出世をなさったと、まことしやかにもう噂する者がある。
子供等は子供等を呼び集めて、
『先生はえらいんだぞ』
『あんな御駕は、えらい人でなければ、乗れないよ』
『どこへ行くんだろ』
『もう帰らないのかしら』
駕戸をおろすと、侍は、
『こら、退け退け』
先を払って、
『いそげ』
と、駕仲間へいった。
空が赤かった。町のうわさは夕焼に染められている。人が散った後へ、隣のかみさんは、瓜の種やら、ふやけた飯つぶの交っている汚水を撒きちらした。
ところへ。
若い弟子を連れた坊さんがそこへ来た。法衣を見てもすぐ分る通り禅家の雲水さんである。油蟬みたいな黒い皮膚をし、かなつぼ眼というのか、眼のくぼが凹んでいて、高い眉骨の下から、眸がぴかぴかしている。四十から五十ぐらいな間の年齢であろう。こういう禅家の人の年齢は、凡眼ではよく分らない。
体は、小づくりで、贅肉が少しもない。瘦せッぽちなのだ。然し、声が太い。
『おい。おい』
連れている白瓜みたいな弟子を振顧って、
『又八とやら。おい又八坊』
『はい、はい』
そこらの軒並びを覗き歩いて、うろついていた又八坊は、蒼惶として、油蟬のような顔をした雲水さんの前へ来て、頭を下げた。
『分らないのかい』
『ただ今、さがして居ります』
『おまえ、一度も、来た事はないのか』
『はい。いつも、山へ足を運んでくれますのでつい』
『訊いてみなさい。その辺で』
『は。そう致しましょう』
又八坊は、歩きかけると直ぐ、戻って来て、
『愚堂さま。愚堂さま』
『おい』
『分りました』
『分ったか』
『ついそこの、眼の前の露地口に、看板の板が打ってございました――童蒙道場、てならいしなん、無可と』
『ウむ。そこか』
『おとずれてみましょう。愚堂さまには、ここでお待ち下さいますか』
『何。わしも参ろうよ』
おとといの夜、武蔵とあんな話をして別れたので、きのうも今日も、どうしたかと気にかけていた又八に、きょうは大きな歓びが降って来た。
待ちかねていた――二人して蜀を望むように待っていた東寔愚堂和尚が、ふらりと、旅よごれのまま、八帖寺へ見えたのである。
さっそく、又八から、武蔵の事を伝えると、和尚はよく記憶していて、
『会ってやろう。呼んで来い。いや彼ももうひとかどの男。こちらから出向いて行こう』
と、八帖寺では、わずかの休息をしたきりで、直ぐ又八を案内に、町へ下りて来たのだった。
五
亘志摩は、岡崎の本多家の内でも、重臣の列にある事は、分っていた。けれど其の人物については、武蔵は、少しも知る所がなかった。
――一体、何で自分を、迎えによこしたのか?
それについても、彼には思い寄りもなかった。強いて求めれば、ゆうべ矢矧の辺りで家中らしい黒扮装の卑怯者を、二人も斬り捨てたので、それを取り上げて、何か難題を迫るのではなかろうか。
又は。――日頃から自分をつけ狙っている何者かが、手にもてあまして、遂に、亘志摩という背後の黒幕を切って落し、正面からものいおうという陥穽か。
いずれにしても、吉い事であろうとは考えられない。にも関らず、身を迎えに委ねて行くからには、武蔵にも覚悟はあるのであろう。
その覚悟とは?
もし問う者があれば、彼は、
臨機。
と一語で答えるだろう。行ってみなければ分らない事なのだ。生兵法の推理はこの場合禁物である。機にのぞんで、咄嗟の肚を決めるほかに兵法はないのである。
その変が、行く途中で起るか、行った先で起るか。
敵が、柔をよそおってくるか、剛をあらわして来るか。
それも未知数である。
海の中を揺れて行くように、駕の外は暗く、そして松風の音だった。岡崎城の北部から外郭の一帯は松が多い。さては、その辺をいま通って行くな――
『............』
武蔵は覚悟の人とも見えない姿だった。目を半眼に閉じ、うとうとと、駕の中で眠っていた。
ギィ、と門の開く音。
駕をになう小者の足幅はゆるやかになり、そして、家人等の声は微けく、そこここに映す灯影はやわらかい。
『......着いたのかな』
武蔵は駕を出てみる。いんぎんに迎える家従等は、黙々、彼を広い客間へ通した。簾は捲かれ、四方は開け放たれ、ここも濤音のような松風のなかに在って、夏もわすれる涼しさのかわりに、燭の明滅ははなはだしい。
『亘志摩でござる』
主は、直ぐ対した。
五十がらみの人。見るからに剛健で、軽薄の風がない。典型的な三河武士だ。
『――武蔵です』
礼を執る。
『......お楽に』
志摩は、会釈して、さて――という顔をしていった。
『一昨夜、家中の若侍二人、矢矧の大橋で、斬って捨てられたそうな。......事実でおざろうか』
ぶつけである。
思慮の遑もない。又、武蔵はそれをつつむ気持も毛頭ない。
『事実でござります』
さて。――それからどう出て来るか。武蔵は、志摩の眸を、凝視した。澄み合った二人の面に、燭の明滅がしきりとはためく。
『それについて』
と、志摩は口重く、
『――お詫びせねばならぬ。武蔵どの、まず許されたい』
と、少し頭を下げた。
然し、武蔵は、その挨拶を、まだそのままには受け取れなかった。
六
今日、自分の耳に這入ったばかりであるが――と亘志摩は、前提して、
『藩へ、死亡届が出た。矢矧の辺で斬られたのだとある。調べさせてみると相手方は貴公との事。貴公の名は、疾く承っていたが、当御城下にお住いとは、それで、初めて知ったのでござる』
と、話しだした。
噓は、見えない。武蔵も、信じて、聞き出した。
『――で、何が故に、貴公を闇討にしようと計ったか、厳重に、調査いたしてみた所、御当家のお客分に、東軍流の兵法家で三宅軍兵衛といわるる仁があるが、その門人と、藩の者四、五名が、謀ってやった事が相分った』
『......ははあ?』
猶、武蔵は解せない顔。
だが、次第にそれも解けた。亘志摩の話によって明確になった。
三宅軍兵衛の直弟子のうちに、以前、京都の吉岡家にいた者があり、又、本多家の子弟のうちにも吉岡門流の者が何十人となくある。
そうした人々の間に、
(近頃、御城下で、無可と変名している牢人は、京都の蓮台寺野、三十三間堂、一乗寺村などで、相次いで吉岡一族の者を葬り、遂に、吉岡家そのものを、断絶にまで導いてしまった宮本武蔵だといううわさだが)
と、伝えられ出した事から、今猶、武蔵に深い怨恨を抱いている者の口火から、
(眼障りだ)
と成り、
(討てぬものか)
と、囁かれ出し、遂に、
『殺れ』
と、なってしまって、かなり根気よく機を測っていたが、昨夜のような失敗に帰してしまった理だというのであった。
吉岡拳法の名は、今もなお、慕われている。諸国行く先々で聞かぬ所はない。いかにその盛んであった時代には、多くの門下を、諸国に持っていたかも察知できる。
本多家だけでも、その刀流を汲んだ者が、何十人もあるというのは本当だろう。――武蔵は、事の真相にうなずくと共に、自分を恨んでいる人々の気持もわかる気がした。然し、それは武門の上でなく、人間の単なる感情としてのみである。
『――で、その不心得と、恥ずべき卑劣は、きょう御城内で、その者共へ、きつく叱りおいた。ところが、お客分の三宅軍兵衛殿には、自身の門人も交っていた事故、いたく恐縮されて、ぜひ其許へ会って、一言、お詫びしたいとある。......どうじゃな、御迷惑でなくば、これへ呼んで、お紹介せいたすが』
『軍兵衛殿には、ご存じない儀とあれば、それには及びませぬ。兵法者の身に取れば、前夜の事ども路傍ままある事』
『いや、それにせよ』
『謝罪の何のというのでなく、ただ道を語る人としてなら、かねてお名まえを聞いておる三宅殿、お目にかかる事に異存もござりませぬが』
『実は、軍兵衛殿も、それを望んでおるのじゃ、――さらば、早速にも』
亘志摩は、すぐ家臣に、その旨を伝えさせた。
三宅軍兵衛は、先に来て、別の間に待っていたものとみえ、弟子四、五名連れて、ほどなく這入って来た。弟子というのも、勿論、歴乎とした本多家の家中なのである。
七
危惧は去った。――とにかく一応そう見えた。
亘志摩から、三宅軍兵衛とその他の者を、紹介せると、軍兵衛も、
『どうか、一昨夜の事は、水に流して』
と、門人の非を謝し、それから隔意もなく、武辺ばなしや、世間ばなしに、座は賑わった。
武蔵が、
『東軍流という御流名は、めったに、世間にも、同流を見かけぬように存ずるが貴方の御創始か』
と、問うと、
『いや、てまえの創始ではござらぬ』
と、軍兵衛がいう。
『てまえの師は、越前の人、川崎鑰之助と申し、上州白雲山に籠って、一機軸を開いたと、伝書にはあるなれど、実は天台僧の東軍坊なる人から、技を習んだものらしゅう御座る』
と、武蔵の姿を、改めて、しげしげ見直しながら、
『かねて、お名前だけを聞いておった感じでは、もっと、御年配かと存じていたが、お若いので、意外でござった。――これを御縁にぜひ一手、御指南にあずかりたいが』
と、迫った。
武蔵は、
『いずれ折もあらば......』
と、軽くかわし、
『道不案内ゆえ』
と、志摩へ挨拶しかけると、いやいやまだお早い、帰りは誰か、町の口までお送りさせる――と引き止めて、軍兵衛が又、
『実は其許の為に、門人ふたりが矢矧の橋もとで、斬られたと聞いた時、てまえも駈けつけて、その死骸を見たのであったが――二つの死骸の位置と、二人のうけた刀痕とに、どうも合致せぬ不審があったのでござる。......で、逃げ帰った門人のひとりに糺すと、よくは見えなかったが、確に、其許には両の手に、同時に刀を把られたらしいとの申し立て。さすれば、世にもめずらしい御流儀じゃ。二刀流とでもいうので御座るかな?』
武蔵は、微笑していう。自分はまだ曾つて、意識して二刀を用いた事はない。いつも一体一刀のつもりである。いわんや、二刀流などと自分から称えたことなどは、今日まで無い事である。
然し、軍兵衛たちは、
『いや、御謙遜を』
と、承知しない。
そして、二刀の法に就いて、いろいろな質問を出し、いったいどういう習練をし、どれほどな力量があったら、二刀を自由に使いこなせるものか――などと幼稚な事を臆面もなく訊いてくる。
武蔵は、帰りたくて堪らなかったが、こういう人たちに限って、その質問に満足を得ないと、帰しそうもないので、ふと、床の間に立てかけてある二挺の鉄砲に目をとめて、あれを御拝借できようかと、主の亘志摩へいった。
八
主の許しを得て、武蔵は、床の間から二挺の鉄砲を取って、座の中央にすすんだ。
『......はて?』
何をするのかと、人々は怪しみながら見まもった。二刀についての質問を、二挺の鉄砲で、どう答えるつもりかと。
武蔵は、鉄砲の筒のほうを、左右の手に、持ちながら、片膝を立て、
『二刀も一刀。一刀も二刀。左右の手はあるも体は一体。すべてに於て、道理にふたつなく、理の窮極に於ては、何流何派といえど変りのある訳はござらぬ。――それを眼にお見せ申そうならば』
と、両手に握った鉄砲を示し、
『御免』
といったかと思うと、遽かに、矢声をかけて、その二挺をぶんぶんと振り廻した。
凄まじい風が座に起って、武蔵の肱が描く二挺の鉄砲の渦は、さながら苧環の旋るように見えた。
『............』
何がなし人々は、気をのまれて、面も白け渡ってしまった。
武蔵は、やがて直ぐ、肱を収めて、鉄砲を元の位置へもどすと、その機に、
『失礼いたした』
と、微笑を見せたのみで、二刀の法については、何も説明らしい説明もせず、そのまま席を辞して、帰ってしまった。
呆っ気に取られたまま忘れてしまったものか、お帰りには誰か付けて送らせる――といった筈だが彼が門を去っても、送って来る者はない。
その門を、振り向くと――
颯々と墨のような松風の中に、何やら無念を遺しているような、客間の燈が微かに瞬いていた。
『............』
武蔵は、何やらほっとした。白刃の囲みを脱したよりも、こよいの門は虎口だった。形のない、底意の知れない相手だけに、彼も実は、用意する策もなかったのであった。
それにしても人々に武蔵と知られ、又、事件を醸したからには、もう岡崎にも長居はならない。こよいのうちにも立退くのが賢明だが――
『又八との、約束もあるし、どうしたものか?』
独り案じながら、松風の闇を、歩いて来ると、岡崎の町の灯が、街道の突当りに、ちらと見え出して来た頃、路傍の辻堂から、
『おお武蔵どの。――又八だ。心配しながら、待っていたのだ』
思いがけなく、その又八が、声をかけて、無事を喜んだ。――が、
『どうして、此処へ』
と、武蔵は疑う。
然しふと、辻堂の縁に、腰かけている人影に気づくと、彼は又八から仔細を聞いている遑もなく身を進めて、
『禅師ではございませぬか』
と、その脚下に額ずいた。
愚堂は、彼の背に、眼をそそいで、ややしばらくの間を措いてから、
『久しいのう』
と、いった。
武蔵も、面を上げ、
『お久しゅうございました』
と、同じ事をいった。
だが、その簡単な言葉のなかに、万感がこもっていた。
武蔵に取っては、自分が近来、突当っている無為から自分を救ってくれる者は、沢庵か、この人しか無いと、待ちに待っていたその愚堂和尚であったから、あたかも、闇夜に月を仰いだように、愚堂の姿を仰いだのであった。
九
又八も愚堂も、武蔵がこよい、無事で帰るかどうかは、不安に思っていたのである。悪くしたら武蔵は、亘志摩の邸から帰らぬ者になるのではないか――などと憂いながら、それを確めるべく、これまで来た途中だった。
夕方。
行き交いに、武蔵が出た後を訪ねたところ、隣家の筆職人の女房が、常々、武蔵の身辺に、案じられる節のあった事や、きょう侍の使者が見えた事など――つぶさに聞かせてくれたので、
さては。
と、そこで帰りを待つ気にもなれず、何か取る策もあろうかと、亘志摩の邸附近を心あてに、これまで来たわけである――と又八は話した。
武蔵は、聞いて、
『そんな心配を煩わしていたとは思わなかった。かたじけない』
と、彼の親切気には、深く謝したが、猶、愚堂の脚下にひざまずいた身はいつまで、起そうともせず、凝と地に坐っていた。
そして、やがて、
『和上っ』
と、強く呼んだ。愚堂の眸を、きっと見上げたままにである。
『なにか』
愚堂は、武蔵の眼が、自分に何を求めているか、母が子の眼を読むように、すぐ覚っていたが、
『何か』
かさねて訊ねた。
武蔵はひたと、両手をつかえ、
『妙心寺の床に参禅して、初めてお目にかかりました頃から、はや十年に近くなりました』
『そうなるかのう』
『月日は十年を歩みましたが、自分は何尺の地を這ったか。顧みて、自分でも疑われて参りました』
『相変らず、乳くさい事をいう。知れた事じゃ』
『残念でござります』
『何が』
『いつまで修行の至らぬ事が』
『修行、修行と、口にしているうちはまだ駄目じゃろうて』
『といって、離れたら』
『すぐ縒が戻ろう。そして、初めから物を弁えぬ無知の者より、もっと始末のわるい、人間の屑ができる』
『離せば辷り落ち、登ろうとすれば攀じ切れぬ、絶壁の中途に、私は今、あがいております。――剣についても。亦、一身についても』
『そこだな』
『和上っ。――お目にかかる今日の日を、どれ程、お待ちしていたか知れませぬ。どうしたらいいでしょう。如何にせば、今の迷いと無為から脱し切れましょうか』
『そんな事、わしは知らぬ。自力しかあるまい』
『もいちど、私を、又八と共に、御膝下へおいて、お叱り下さい。さもなくば、一喝、虚無の醒めるような痛棒をお与え下さい。......和上っ。お願いでござります』
ほとんど、顔へ土のつくばかり、武蔵は地に伏して叫んだ。涙こそ流さないが、声は咽んでいた。苦悶の咽びが悲痛に人の耳を打った。
だが、愚堂の感情は、ちっとも動いたとは見えない。黙って、辻堂の縁を離れたかと思うと、
『又八。来い』
と、のみいって、先へ歩き出した。
十
『和上っ』
武蔵は起って、追い縋った。そして愚堂の袂をおさえ、なおも一言の答えを求めた。
すると――
愚堂は黙って、かぶりを振って見せた。けれど猶、武蔵が手を離さないので、こういった。
『無一物』
と。――そこで語を切って、
『何かあらん。施与又、他に何をか加うあらん。――有るは、喝っ』
拳を振りあげた。
ほんとに撲りそうな顔をした。
『............』
武蔵は、袂を離して何かいおうとしたが、愚堂の脚はすたすたと先へ急いで振向きもしない。
『............』
茫然、武蔵が、その背を見送っていると、後に残った又八が、早口に彼をなぐさめていった。
『禅師は、うるさい事が嫌いらしい。寺に見えた時、おれがおぬしの事や、自分の気持を述べて、弟子入りを頼むと、よくも聞かないで、――そうか、では当分、わしの草鞋の紐でも結んでみろ、といった。......だからおぬしも、くどい事をいわずと、黙って後に尾いて来る事だ。そして機嫌のいい所を見てよ、何かと、何遍でも訊いてみたらいい』
――と、彼方で。
愚堂は足を止めて、又八を呼んでいた。又八は、はいっと大きく答えながら、
『いいか。そうしろよ』
いい残すと、あわてて愚堂の後を追いかけて行った。
愚堂は又八が気に入ったらしい。弟子として許されている彼が、武蔵には、羨ましかった。――そして又八のような単純さと、素直さのない自分が顧みられた。
『――そうだ、たとい何と仰っしゃられようと』
武蔵は、くわっと、体が燃えるように思った。――怒って振り上げたあの鉄拳を横顔に受くるまでも、一言の教えをここで乞わずに又いつの日会う折があろう。何万年とも知れぬ悠久な天地の流れのうちに、六十年や七十年の人生は、さながら電瞬のような短い時でしかない。その短い一生のあいだに、会い難き人に会うという事ほど尊いものはない。
『――その尊い機縁を』
と、武蔵は眦に熱涙をためて、愚堂和尚の去りゆく影を見つめた。そしてその機縁を、やわか今、逸してなろうかと思った。
どこまでも!
一言の答を得るまでは。
武蔵はやにわに追いかけた。そして愚堂が歩く方へ、彼も足を早めて、尾いて行った。
知ってか。知らずか。
愚堂は、八帖の方へは、帰らなかった。恐らくその足は、ふたたび八帖の寺へ帰る意志はなく、もう水と雲とを住居としている心なのであろう。東海道へ出て、京へさして行くのであった。
愚堂が、木賃に泊れば、武蔵は木賃の軒端に寝た。
朝、又八が、師の草鞋の紐をむすんで立つ姿を見て、武蔵は、友の為に欣しかったが、愚堂は武蔵のすがたを見ても、言葉をかけてくれなかった。
然し、武蔵は、もうそれに心を屈しなかった。むしろ愚堂の眼ざわりにならぬよう遠く離れて、日毎に慕い歩いて行った。――その夜そのまま、岡崎に残して来た裏町の一庵も、そこの机も、一節切の竹花生も、亦、隣のかみさんやら、近所の娘の眼やら、藩の人々の恨みや縺れやらも、今は一切、すべてを忘れ果てて。
円
一
京へ、京へ、道は近くなる。
察するに愚堂は、京へさして歩いているのであろう。花園妙心寺は、その総本山でもあるし――。
だが。
その京都へはいつ着く事やら、禅師の旅は気まかせだった。雨に降りこめられて木賃から出て来ない日、武蔵が窺ってみると、又八に灸をすえさせていた。
美濃まで来た。
そこの大仙寺には七日もいた。彦根の禅寺にも幾日か泊った。
禅師が木賃に泊れば、附近の木賃へ。寺ならば寺の山門へ、武蔵はどこにでも寝た。そしてひたすら、禅師の口から一言の教を授けられる機会を待った。いやそれを追いつめて行ったのだった。
湖畔の寺の山門に寝た晩、武蔵は、今年の秋を知った。いつか秋だった。
顧みると、わが身のすがたは、まるで乞食のようになっている。蓬々と伸びた髪の毛も、禅師の心の解ける日までは、櫛を入れまいとしていたし、風呂にも入らず、髯も剃らず、雨露にまかせた衣服はつづれ、腕も胸もかさかさと、松皮のような撫で心地がする。
吹き落ちるような星、秋の声。
一枚の筵を、宿として、武蔵はふと、
『何の愚ぞ』
と、自分の狂的な今の気持を、冷ややかに嘲笑った。
一体、何を知ろうとするのだ。何を禅師に求めるのだ。
こんなにまで、追求しなければ人間は生きられないものか。
憐れになる。
愚な身に住む半風子までが不愍になる。
禅師はいった。求める自分へ対して、はっきり断っている。
無一物。――と。
その人へ向って、無い物を強いて求めるのが無理だ。いくら尾いて来ても、禅師が、路傍の犬ほども顧みてくれないからとて恨む筋もない。
『............』
武蔵は、髯の中から、月を見た。山門の上は、いつか秋の月だった。
まだ蚊がいる。
彼の皮膚は、もう蚊の針さえ感じない。然し、喰われた後は血になって、それが無数に、胡麻粒ほどな腫物になっていた。
『ああ、分らない』
たった一つ、何かしら、分らないものがある。――それさえ解ければ、凝結している剣も、すべても、刮然と、解けそうな気がするのであったが、どうにもならない。
もし、自分の道業も、ここで終ってしまうなら、むしろ死したがましだと思う。生きて来たかいが見出せないのだ。寝ても眠られないのだ。
では。
その分らない物とは何、剣の工夫か、それのみではない。処世の方角か。そんな事にも止まらない。お通の問題か。否とよ、恋のみで、男がこんなにまで瘦せ細ろうか。
総てをつつんだ大きな問題だ。然し又、天地の大から観たら、ケシ一粒の小さい事かもしれない。
武蔵は、筵を身に巻いて、蓑虫のように石の上に寝ころんだ。――又八はどう寝ているだろう。苦しみを苦しまない又八と、苦しむ為に苦しみを追っているような自分と――思いくらべて、ふと羨ましかった。
『......?』
何を見たか、そのうちに武蔵は起き上って、山門の柱を見つめていた。
二
山門の柱に懸っている長い聯の文字に、武蔵の眼はじっと対っていた。月明りに読まれるその二柱の字句を辿ってみると、
汝等請ウ其本ヲ務メヨ
白雲ハ百丈ノ大功ヲ感ジ
虎丘ハ白雲の遺訓ヲ歎ズ
先規茲ノ如シ
誤ッテ葉ヲ摘ミ
枝ヲ尋ヌルコト莫ンバ好シ
『............』
これは開山大燈の遺誡の文にあった言葉かと思う。
――誤ッテ葉ヲ摘ミ枝ヲ尋ヌルコト莫ンバ好シ。
とあるそこだけを、心に沁みて読み返していた。
枝葉――
そうだ、いかに、葉や枝先にのみ、煩いを繁茂させている人間の多いことか。
(自分も)
と、そこに顧みて、彼は、急に一身が軽くなった。
その一身に体している一剣になぜ成りきらないか。なぜ傍を見るか。なぜそこに澄みきらないか。
あの事は?
この事は?
要らざる右顧左眄だ。一道をつきぬくのに何の傍見。
――とは思うが、その一道に行詰っていればこそ、右顧左眄が生じるのだった。葉を摘み枝を尋ねる愚な焦躁に責められ惑わされてくるのである。
どうして、その行詰りを打開するか。核に入って核を破るか。
自笑十年行脚事
瘦藤破笠扣禅扉
元来仏法無多子
喫飯喫茶又著衣
これは愚堂和尚の自嘲の作という一偈であった。武蔵は今、それを思いだした。自分もちょうどその年齢の頃であった。初めて妙心寺に愚堂の名を慕って訪ねてゆくと、愚堂はいきなり、
(汝、そも何の見地があって、愚堂門の客たらんとするか)
と、足蹴にかけないばかり大喝で追い払われた。その後、愚堂の心にかなう所を認められたか、許されて室に参じたが、或る折、前の一詩を示して、
(修行修行といってるうちは、まあ駄目じゃろう)
と、嗤われたものであった。
自笑十年行脚事――
と、愚堂は疾くに――十年も前に自分に教えていた。しかもそれから十年後の今もまだ、道にさまよっている自分を見ては、
(救い難い愚物)
と、あいそも尽き果ててしまわれたに違いない。
呆然、武蔵は立っていた。寝もやらず、山門のまわりを巡って――
すると、遽かに、
この夜半を、寺から立って行く者があった。山門を行く時、ふと見ると、又八を連れた愚堂である。
いつになく早い脚で。
何か、本山に急用でも起って京へ急ぐのか。寺の人人の見送りも断って、瀬田の大橋を真直に。
武蔵は、もちろん、
『――遅れては』
と、白い月の下の影を追って、果なく慕って行った。
三
軒並び寝しずまっていた。昼見る大津絵屋も、混雑な旅籠屋も、薬の看板も、戸が閉って、人なき深夜の往来は、ただ月ばかりが恐ろしく白い。
大津の町。
そこも、またたく間に過ぎて。
道は、のぼりになる。三井寺や世喜寺の山には、ひっそり夜霧が被っていた。逢う人も稀だ。ほとんど無い。
やがて、峠の上へ出た。
『............』
先の愚堂は立ちどまっている。又八坊に何か話しかけ、月を仰いで一息ついている姿だった。
もう、京は眼の下。振返れば、琵琶の湖もひとめの高さ。けれど、一輪の月以外は、一色である。雲母光りの夜露の海である。
武蔵は、一足遅れて、そこへ登って来た。計らずも、愚堂と又八が、足を止めていたので、その影を間近に見もし――先からも見られて、何がなし、ぎくとした。
愚堂も無言。
武蔵も無言だった。
然し、こう眸を向け合ったのは実に何十日目か。
武蔵は、咄嗟に、
『今――』
と、思った。
京はもうそこだ。妙心寺の禅洞ふかくかくれてしまわれたら、再び又、幾十日を待ったら禅師に接する折があるかわからない。
『......もしっ!』
彼は、遂に叫んだ。
だが、余りに、思いつめていたので、その思いに、肋骨はふくらみ、声はつまって、子が親に、いい出し難いことをいおうとする怖れにも似て、恟々と、前へ出るにも、足は竦みがちだった。
『......?』
何だ――。とも訊いてくれないのだ。
まるで乾漆で出来てるような愚堂の顔から、眼だけが白く、それを憎むかのようにするどく、武蔵の影を見つめるだけだった。
『もしっ。和上っ......』
二度目にさけんだ時は、武蔵はもう前後も弁えなかった。ただ燃え苦しむ火のかたまりのように駈け転んで行って、愚堂の跫もとへ、
『一言っ、一言を! ......』
とのみいったきりで、大地へ面を伏せていた。
そして凝と――武蔵は全身でその人の一言を待っていたが、いつまでも、実にいつまでも、答えはなかった。
武蔵は待ちきれず、こよいこそは、抱懐の疑義を糺そうものと、いいかけると、
『聞いておる』
愚堂は初めて、口を開いて、
『又八坊から、毎晩のように、聞いておるので万承知じゃ。......女子の事も』
終りの一句に、武蔵は、水をかけられたここちだった。面も上げ得ずにいた。
『又八。棒切を貸せ』
愚堂はいって、彼の拾った棒切をうけ取った。武蔵は、頭上に下る三十棒を観念して、眼をふさいでいたが、棒は彼の頭には来ないで、彼の坐している外をぐるりと駈け廻った。
愚堂は、棒の先で、地へ大きな円を描いたのである。――その円の中に、武蔵の姿は在った。
四
『行こう』
と、棒を捨てた。
そして愚堂は、又八をうながして、すたすた歩み去った。
武蔵は又も、取り残された。岡崎の場合とちがって、ここに至ると、彼も憤然とした。
数十日のあいだ、真心と、惨憺たる苦行をこめて、教えを乞おうとする末輩に、余りにも、慈悲がない。無情酷薄だ。いや、ひとを弄びすぎる!
『......くそ坊主め』
彼方をにらんで、武蔵は、唇を喰いしばった。いつか、無一物などといったのは、絶無の頭脳を――真から空っぽの頭脳を、さも何か有りそうに見せかける坊主常習の似非のことばなのだ。
『ようし、みておれ』
もう恃まぬと思った。世に恃む師があると思ったのが不覚と悔まれもする。自力――以外に道はないのだ。さもあらばあれ、彼も人、自分も人、無数の先哲もみな人間。――もう恃むまい。
ぬっと立った。怒りが立たせたように突っ立った。
『............』
そして猶、月の彼方を、睨めつけていたが、漸く、眸の焰が冷めてくると、眼はおのずから、自分の姿と足もとへ戻って来る。
『......や?』
彼は、その位置のまま、身を巡らした。
円い筋のまん中に、立っている自分を見出したのである。
――棒を。
と、先刻、愚堂がいっていたのが思い出された。その棒の先を地にあてて、何か、自分の周囲に迫ったと思ったが、この円い線を描いていたのか――と初めて今、気が付く。
『何の円?』
武蔵は、その位置から、一寸も動かず考えた。
円――
円――
いくら見ていても、円い線はどこまでも円い。果なく、屈折なく、窮極なく、迷いなく円い。
この円を、乾坤にひろげてみると、そのまま天地。この円を縮めてみると、そこに自己の一点がある。
自己も円、天地も円。ふたつの物ではあり得ない。一つである。
――ばっ!
と、武蔵は、右の手に一刀を払い、円の中に立って凝視した。影法師は、片仮名のオの字のような象に地へ映ったが、天地の円は、厳として、円を崩してはいない。二つの異った物でないからには、自己の体も同じ理であるが――ただ影法師が違った形として映る。
『影だ――』
武蔵は、そう見た。影は自己の実体でない。
行き詰ったと感じている道業の壁も亦、影であった。行き詰ったと迷う心の影だった。
『えいッ――』
と、空を一颯した。
左手に、短剣を払った影の形は変って見えるが、天地の象はかわらない。二刀も一刀――そして円である。
『ああ......』
眼が開けたようだった。仰ぐと、月がある。大円満の月の輪は、そのまま剣の相も、世を歩む心の体としても見ることができた。
『オオ! ......。和上っ!』
武蔵はふいに、疾風のように駈け出した。愚堂の後を追いかけて。
だがもう何を、愚堂に求める気もなかった。ただ、一時でも、恨んだ詫をいいたかったのだ。
――然し、思い止った。
『それも、枝葉......』
と。そして、蹴上の辺りに、茫乎として佇んでいる間に、京の町々の屋根、加茂の水は、霧の底から薄っすら暁けかけて来た。
飾 磨 染
一
武蔵、又八などが、岡崎を去って、立つ秋と共に、京都のほうへ移っていた頃、伊織は長岡佐渡に伴われて、海路を豊前へ向い、佐々木小次郎も亦、その便船で、小倉へ帰藩の途についていた。
お杉ばばは、昨年、その小次郎が江戸から小倉へおもむく際、途中まで行を共にして、家事整理と法会のため、一度、美作の郷里へ戻った。
沢庵も、江戸を去り、近頃は、但馬の郷里ではないかという噂。
かくて、その人々の足跡と所在とは、この秋、以上のようにほぼ分っていたが、今猶、杳として分らない者は、奈良井の大蔵の逃亡と前後して、消息を絶ってしまった城太郎。
朱実もどうしたか。
これ又、風の便りもない。
それと、さし当って、生命さえ案じられるのは、九度山へ引っ立てられて行った夢想権之助の身の上であるが、これは伊織の口から、長岡佐渡に洩らせば、佐渡の交渉ひとつで、何とか救いの道はつこうというもの。
もっとも、その前に「関東の諜者」という疑惑の下に、九度山衆の手で殺められてしまえば、これはもはや救いも交渉の余地もない事だが、聡明なる幸村父子の目にとまれば、そんな嫌疑は、立ちどころに晴れ、或は今頃、すでに自由の身になって、かえって伊織の身を、案じ探しているかも知れない。
――むしろ。茲にひとり。
身は無事でも、憂うべき運命の人がある。以上の誰をさし措いても、ひとまずそれを語るべきであろう。いう迄もなく、それはお通。武蔵あるが故に、生きもし、希望もし、ひたすら女の道を、女たらんとしながら、柳生の城を離れてから又、嫁ぐ妙齢もはや過ぎかける片鴛鴦の独り身を、旅人の眼に不審られながら、むなしく旅に朽ちんとはして――いったい彼女は、この秋を、どこに武蔵の見た月を見ているのだろうか。
『お通さん、居るかの』
『はい。――居りますが、どなた様ですか』
『万兵衛じゃが』
と、その万兵衛が、蠣殻の白くついている柴垣越しに、顔を伸びあげた。
『オ。麻屋の旦那さまでいらっしゃいますか』
『いつも、ようお働きだのう。――せっかく、働いているところを、邪魔してはわるいが、ちょっと話があるで......』
『どうぞ、おはいり下さいませ。そこの木戸を押して』
と、お通は、髪にかけていた手拭を、藍に染まった青い手で、抓むようにそっと取る。
ここは播州の飾磨の浦で、志賀磨川の水が海へ注ぎ出る所、三角形になっている河口の漁村。
だが、お通が今いる所は、漁師の家ではなく、そこらの松の枝や干竿に、懸渡してある藍染の布を見ても直ぐ知れるように、飾磨染と世間でよぶ紺染を業とする小さい染屋の庭にいるのだった。
二
そうした小さい紺染屋は、この海辺の部落に、何軒もあった。
染法は搗染といって、何度も染料にかけた藍の布を、臼に入れては、杵で搗くのだった。
だから、ここの紺染は、糸がつづれるまで着ても褪せないといわれて、諸国の需要がある。
杵を持って、紺の布を、臼で搗く仕事は、若い娘たちの仕事として、染屋の垣の内から、どこかの浜へ聞えてゆく。――若い船頭衆のなかに、想う人をもつ娘は、その唄の声でも知れると――里の者はよくいう。
だが。お通は唄わない。
彼女が、ここへ来たのは、夏の頃で、杵をもつ仕事にも、まだ馴れなかった。今思うと――この夏、暑い日盛りを、泉州堺の小林太郎左衛門の店先を、脇目もせず、港の方へ歩いて行った旅の女は――あの折、伊織が後姿をチラと見た女性は――やはり彼女であったかも知れないのである。
ちょうどその頃。お通は、堺の港から赤間ケ関へゆく便船に乗って、その船が、飾磨へ寄港した折この土地へ下りたのであったから。
――と、すれば、何という惜しさ。
運命に盲目な人間のあわれさ。
彼女が乗って来たその船は、廻船問屋の太郎左衛門の持船であったにちがいない。
日こそ違うが、同じ堺港を出た太郎左衛門船には、その後細川家の家士等がこぞって乗船した。
そして、その潮路を、長岡佐渡も、伊織も、巌流佐々木小次郎も通った。
巌流や佐渡とは、よしや顔見あわせても知らずに過ぎようとも、どうして伊織と会えなかったろう。いつの船でも、飾磨の浦には寄るものを。
実の姉! と、あれほど探している伊織に――。ひとつ浦辺に寄りながら。
いやいや会えなかった筈ともいえるのだ。細川家の家中が乗船したので、胴の間や艫の席には幕を張り繞らし、ふつうの町人、百姓、道者、僧侶、芸人など一般の者はみな、箱のような船底へ区切られ、覗き見もできなかったし、飾磨へ寄って、彼女が船を下りたのも、夜明けのまだ暗いうちであったから、伊織がそれを知るよしもなかった。
飾磨は、乳母の里だった。
彼女がここへ来た事から察しると、春、柳生を立ち、江戸へ行った頃には、もう武蔵も沢庵もいなかった後で、わずかに、柳生家や北条家を訪ねて、武蔵の消息ぐらい聞き、ふたたびその人に会わばやの一心から――旅へ、旅へ、春から夏を歩き過ごし、遂に、ここまで来たものと思われる。
ここは姫路の城下に近く、同時に、彼女が育った郷里――美作の吉野郷へも、そう遠くない。
七宝寺で育てられた頃の、乳母はこの飾磨の染屋の妻だった。思い出して、身を寄せたものの、故郷に近いので、外を出歩いたこともない。
乳母はもう五十近いのに子もなかった。それに貧乏でもあるし、ただ遊んでいるのも心苦しく、臼搗の仕事を手伝いながら、ここから遠くない中国街道の頻繁なうわさから、もし武蔵の便りでも知れようかと、唄もない多年の「会えざる恋」を秘めて、染屋の庭の秋の陽の下に、黙々と、毎日杵を持って想い搗いていたのであった。
そこへ。何か折入って、話があると訪ねて来た万兵衛。近所の麻屋の主人である。
(何であろ?)
お通は、藍の手を、流れで洗って、ついでに、美しく汗ばんだ額も拭いた。
三
『折わるく、小母さんもお留守でございますが、どうぞおかけ遊ばして』
母屋の縁の方へ、誘うと、万兵衛は手を振って、
『いやいや。長居はせぬ、わしも忙しい体じゃ』
と、そのまま、立話に、
『お通さんの郷里は、作州の吉野郷じゃそうな』
『はい』
『わしは長年、竹山城の御城下宮本村から、下ノ庄の辺りへは、よう麻の買い出しに行くが、近頃、さる所でふと、噂を聞いてな』
『うわさ。それは、誰の? ......』
『おまえのさ』
『ま。......』
『それから』
と万兵衛は、にやにやしながら、
『宮本村の武蔵という者のはなしも出たりして』
『え。武蔵さまの』
『顔いろを変えたな。はははは』
秋の陽が、万兵衛の頭に、てらてら遊んでいる。暑いとみえて、万兵衛は脳天へ、手拭の畳んだのを乗せて、
『お吟どのを知ってじゃろ』
と、地へしゃがみ込んだ。
お通も、藍に染まった布桶のそばへ、身を屈めて、
『お吟さまとは、あの......武蔵様のお姉上にあたる?』
『そうじゃ』
大きく頷いて、
『そのお吟どのに佐用の三日月村で出会うた所、お前の話が出てな、びっくりして御座ったわい』
『わたくしが此家にいると、お告げなされたのでございますか』
『そうじゃが、何も悪い事はあるまいて。いつだったか、此家の染屋の小母御からも頼まれた――もし、宮本村辺へ行って、武蔵どのの噂でも聞いたら、何なりと耳に入れて欲しいと。......で、よいお方に会うたわいと道傍であったが、こちらから話しかけたのじゃ』
『お吟さまには、今、どこにお在でなされますか』
『平田某とやら、名はわすれたが、三日月村の郷士の家にいるそうな』
『御縁家でございまするか』
『たぶん......そんな事じゃろう。それはともかく、お吟どのがいわっしゃるには、何かと、種々のはなしも積っている。秘かに告げたい事もある。いや何よりは、恋しい、会いたいと、道傍もわすれて、泣かぬばかり......』
お通もふと、瞼を赤らめた。想う人の姉と聞くからに懐しいのに、故郷の日の憶い出や何や、急に胸へこみ上げて来たのであろう。
『――が生憎、往来中でな、手紙も書けぬが、ぜひ近いうち、三日月村の平田と尋ねて訪れてくれまいか。此方から行きたいのは山々だがそうも成らぬ事情があるので――といわっしゃるのだが』
『では、私に?』
『おう、詳しゅうはいわぬが、武蔵どのからは、時折、便りも来ているそうな』
お通は、そう聞くと、一も二もなく、今からでもと、もう胸にきめていたが、ここへ身を寄せてからは、何かと案じもし、相談相手にもなってくれている乳母へ黙って答えてはと、
『行くか、行けないか、晩までに、御返辞に伺います』
と、万兵衛には返辞した。
万兵衛は、ぜひ行ってくれとすすめ、明日ならば、自分も佐用まで行く商用があるから殊に都合がいいが――という。
柴朶垣の外には、秋の昼を、油のような海が、気懶い波音を繰り返していた。
と、垣を背に、海を前に、膝をかかえて先刻から、ぽつねんと黙想していた若い侍があった。
四
若い侍は、十八、九。まだ二十歳を出たとはみえない。
凛々しい服装をしている。
ここから、わずか一里半しかない姫路の人であろう。池田家の藩士の子息といったら間違いはあるまい。
釣にでも来たか。
然し、魚籠や竿などは携えてはいない。染屋の柴朶垣にもたれて先刻から、砂の多い崖に坐り、ときどき、砂をつかんでは弄んでいる。......そんな所は、どこか子供ッぽい。
『――じゃあ、お通さん』
垣の中で、万兵衛の声だった。
『夕方、返辞してくれないか。行くとすれば、わしは朝、早立じゃ。都合もあるから』
どぶり、どぶりと、砂浜に打つ波音のほかは、からんと静かな真昼である。万兵衛の声は、大きく聞える。
『はい。夕方までには。......御親切に、ありがとう御座いました』
低い、お通の声でさえも。
木戸を開けて、万兵衛が出て行くと、それまで、垣の裏に坐っていた若い侍は、ついと身を起して、万兵衛の姿を、見送っていた。
――何か、見届けるような、確乎とした眼ざしで。
だが、その顔は、銀杏型の藁編笠でかくしているので、その面に、どんな感情をひそめているかまでは、傍から窺うよしもない。
ただ。
不審なのは、万兵衛を見送ってから、今度は又、頻りと垣の内をのぞいていた事だった。
『............』
ごとん、ごとん――杵の音がもうしていた。お通は、何も知らぬ様子で、万兵衛が帰ってゆくとふたたび杵を持って、臼の中の紺染の布を搗いていた。
よその染屋の庭から、同じような杵の音と、染屋の娘の唄が、のどかに流れていた。
お通の杵にも、先刻よりは、力があった。
わが恋は
あいそめてこそ
まさりけれ
飾磨の布
色ならねども
唄わないお通は、詞花集か何かにあった、そんな歌など胸につぶやいていた。
便りもそこに来ているとあるから、お吟様に会えば、恋う人の消息もきっと知れよう。
女は女同士。お吟様へなら自分の気もちを語る事もできる。――武蔵様の実の姉、きっと、妹とも思って、聞いて下さるにもちがいない。
搗く杵はうつつ――
然し、久しぶり心は明るく、堀川百首のうちの、
播磨なだ
うらみてのみぞ
すぎしかど
こよい泊りぬ
あうの松原
の歌主の心と同じように、いつも果なく悲しい波騒とのみ見る海の色までが、きょうは明るくて燦々と睫毛にかがやいて、希望そのものを波打つかに思われる。
搗いた布を、彼女は、高い竿の上へ懸渡して、ふと独り心を慰みながら、万兵衛が開け放しに出て行った木戸の扉から、何気なく外へ出て、浜を見ていた。
――と。
彼方の波打際を編笠の影が、急ぎもせぬ足で歩いて行った。白い潮風を、横ざまに受けながら。
『......?』
何がなし、お通は、見まもっていた。けれどべつに、何と思ったわけでもない。ほかに眼をやる鳥一羽見えない海だったからである。
五
染屋の小母とも計り、万兵衛へも約束をつがえたとみえ、次の日朝まだき。
『では。どうぞ御厄介でも』
お通は、麻屋の軒へ、万兵衛を誘いあわせ、その万兵衛に伴われて、飾磨の漁村から旅立った。
旅といっても、飾磨から佐用郷の三日月村までの事。女の足でも一夜泊りで悠りと着けよう。
姫路の城を、北の空に遠くながめ、竜野街道へ。
『お通さん』
『はい』
『脚は達者のようだな』
『ええ。旅には、わりあいに馴れておりますから』
『江戸表まで行きなすったそうだの。よくもまあ、女ひとりで、思い切って』
『そんな事まで、染屋の小母が話しましたか』
『何もかも、聞いているわさ。宮本村までも、うわさしているし』
『お恥かしゅうございます』
『恥かしい事があるものか。好きな人を、そうやって、慕っていなさる心根は不愍とも優しいともいいようがねえ。だがお通さん、お前のまえだが武蔵殿も少し薄情だのう』
『そんな事はございませぬ』
『恨みとも思わないのかえ。やれやれ、よけいに可憐しい』
『あのお方はただもう御修行の道にひたむきなので御座います。......それを想い切れない私の方が』
『悪いというのかい』
『すまないと思っております』
『ふうむ......。家の嬶にも、聞かしてやりたいのう。女は、そうありたいもの』
『お吟さまは、まだ他家へ、お嫁きにならないで、御親類にいらっしゃるのでございますか』
『さ。......どうだろう』
万兵衛は、話の穂を折って、
『あれに茶店がある、ひと休みしようか』
街道の茶店へはいって、茶をのみ、弁当など開いていると、
『よう飾磨の』
と、通りかけた馬子や荷持の雑人たちが馴々しく言葉をかけて、
『きょうは半田の賭場へは寄んねえのか。こないだは麻万に攫われたと、みんな口惜しがっていたぞい』
などと万兵衛へいった。
『きょうは、馬はいらないよ』
万兵衛は辻褄の合わない言葉を押しつけて、急にあわてながら、
『お通さん、行こうか』
と、軒を出た。
囃すように、馬子たちが、
『いやに、素ッ気ねえがと思ったら、ばかに綺麗な女子ときょうは道づれだ』
『野郎、お嬶にいいつけるぞよ』
『ははは。返辞もしねえわい』
と、うしろでいった。
飾磨の麻屋万兵衛の家は、店は取るに足らない小店だが、近郷から麻を買い集め、それを漁師の娘や女房たちの手内職に出して、帆綱や、網の製品とし、ともかく一戸の旦那といわれている者なのに、その万兵衛が、街道傍の人足たちと、友達のように馴々しくいわれるのは、怪訝しかった。
万兵衛も気がさしたか、二、三町歩いてから、お通の疑いへ答えるともなく、
『しようのない奴等だ、いつも山出の荷駄を雇ってやるものだから人に冗戯口ばかり叩きおって』
と、つぶやいた。
然し、その馬子達よりも、彼に取って、もっと注意すべき人間が、今休んだ茶店のあたりから尾いて来たのを、万兵衛も見遁していた。
きのう浜にいた――荒編笠の若い侍である。
風 便 り
一
ゆうべは、竜野泊り。万兵衛の親切気にも、途中にも、何の変りはなかった。
そして、今日。
佐用の三日月へ着いたのは、もう山の瀬に陽も舂き、何となく、秋の夕べの身に迫る頃だった。
『万兵衛さま』
疲れたのか、無口に、先へ歩いてゆく連れを、呼びかけて、
『ここはもう三日月ではございませぬか。――あの山を越えればすぐ、讃甘の宮本村』
お通が、後で、独り託つと、
『おいのう』
万兵衛も、足を止めて、
『宮本村も、七宝寺も、あの山のすぐ彼方じゃ。懐しかろうが』
『............』
お通は、頷かなかった。夕づく空に、黒々と連なっている山の波を、ただ、見まもって。
そこに、居るべき人の居ない山河は、あまりに寂しい。あまりにもただ、自然でありすぎる。
『もすこしじゃ。お通さん。草臥れたろうが』
万兵衛は、歩き出す。お通も従いて、
『どういたしまして。貴方さまこそ』
『何さ、わしは始終、商用で通っている道』
『お吟様のいらっしゃる、郷士のお宅とかは?』
『あれに』
と、指さして、
『お吟様も、待っているに違いない。ともあれ。もう一息』
足は早くなる。
やがて、山の瀬に行きあたると、そこ此処に、家があった。
ここは竜野街道の一宿場なので、町というほどの戸数もないが、一膳めし屋、馬子の溜り、安旅籠などの、幾軒かが両側に見える。
そこも通り抜けて、
『ちと、登りになるぞ』
万兵衛は、山の方へ向って、石段を上り出した。
杉に囲まれた村社の境内ではないか。お通は、寒げに叫ぶ小禽の声に、ふと、何か自分が危険な線を冒している気がして、
『万兵衛さま。道をお間違えなされはしませぬか。この辺りには、家も見当りませぬが』
『いや、お吟様へ告げて来るあいだ、寂しかろうが、御堂の縁で、休んでいて貰いたいのだ』
『呼んで来ると仰っしゃるのは......?』
『いい忘れていたが、お吟様がいうには、訪ねて来る時は、家に都合のわるい客でも来合せているといけないから......という事だった。お住居は、この林を抜けた彼方の畑地。すぐ御案内して来るから、しばらく待っているがいい』
もう杉林の中は暗い。
万兵衛の影は、そこを縫って細道を、急ぎ足に行ってしまった。
人を疑うという性情の乏しい彼女は、それでもまだ、万兵衛の挙動について、疑ってみる事も知らなかった。
正直に、山神の祠の縁に、腰をかけて、夕空を見まもっていた。
『............』
空は暮れてゆく。
ふと、身の辺りに、眼を落すと、暗い秋風が繞っていた。御堂の縁を這う落葉が、ふわりと舞って、二つ三つ膝に乗る。
その一葉を、指に持って、廻しながら、彼女は猶、根気よく待っていた。
愚というか、純というか、まるで少女のような彼女のそうした姿を、その時、誰か御堂のうしろで、げらげら嗤った者があった。
二
『――?』
びっくりして、お通は、御堂の縁から跳びのいた。
めったに、物事を疑ってみる事をしない彼女だけに、事の意外に打たれると、驚き方も、人よりはひどく、そして脅え易かった。
『お通っ。動くでない!』
堂のうしろの笑い声が消えた次の一瞬――同じ場所からこう鋭い――何ともいえない凄味をもった老婆のしゃがれ声がしたのであった。
『......アッ』
お通は、思わず、両手で耳を掩った。
それほど、何事かに恐れたのなら、逃げればよいのに、そうはしないで、立ち竦んだまま雷鳴にでも痺れたように、そそけ立って震えていた。
その時――祠のうしろからは、もう数名の人影が出て来て、御堂の前に立っていた。
眼をふさいでも、耳を抑えても、彼女にはその中の、たった一人が、怖しく巨きく見えた。悪夢の中でよく見る髪の毛の白い婆だった。
『万兵衛。御苦労じゃったのう。礼は後でしますぞよ。そこで――皆の衆よ。あやつが、悲鳴を揚げぬうち、猿ぐつわを嚙ませて下ノ庄の屋敷まで、はよう引っ担いで行ってくだされ』
お杉ばばは、お通を指さして、断獄を命じる閻王のようにいった。
他の四、五名は、みな郷士ふうの男であり、ばばの一族らしかった。ばばの一言に、おうっと高く答えると、餌を争う狼のように、お通の身へ跳びかかり、型のごとく鞠縛りにくくって、
『――近道を』
『それっ』
とばかり、走り出したのであった。
お杉ばばは、にやりと見送ったまま、一足後に残っていた。万兵衛へ約束の駄賃を与える為であろう、帯のあいだに、用意してきたかねを与えて、
『よう連れ出したのう。巧く行くやら、どうやらと案じていたが』
と、賞め称え、
『他言しやるな』
と、釘をさした。
万兵衛は、貰った金を改めて、これも満足顔に、
『なあに、わしの手功じゃございません。御老婆様のはかりごとが、巧く図にあたったので御座いますよ。......それと、貴女様が、御郷里に帰っているとは、お通めも、夢にも知らずにいたもんですから......』
『小気味のよかった事わいな。見たか、今のお通の愕き様を』
『余りの事に、逃げることもできず、竦んじまった様子でしたな。はははは......だが、考えると、罪ッぽい事をした』
『なんの。何が罪ッぽい事があろうぞ。わしに取れば』
『いや、もう、そのお恨みばなしは先日も』
『そうじゃ。わしも、こうしては居られぬ......いずれ又、程経て、下の庄の屋敷へ遊びに来やい』
『では、御老婆様。そこからの間道は、道が悪うございます。お気をつけて』
『そなたも、人中へ出たら、口に気をつけやい』
『はいはい。口は至って堅い万兵衛、その辺はどうぞ御安心を......』
いいながら、別れて、足さぐりに暗い石段へかかったと思うと直ぐ、ぎゃッ――とそれ限りなひと声をあげて、地へ仆れた。
お杉ばばは、振り向いて、
『――どうしやった? 万兵衛ではないか。万兵衛............』
と、地を透かして呼んだ。
三
――答える筈もない。万兵衛はすでに、この世の息をしていないのだ。
『......ア、あ?』
ばばは、息を嚥んで、その万兵衛の横たわっている側に、ぬっと見えた人影に眼をこらした。
刃。――血ぬられたその太刀。ぎらりと引っ提げている。
『......た、たれじゃ?』
『............』
『誰じゃ。......名を、名を吐かしおろう』
ばばは、乾いた声を無理に張っていった。
このばばの、年がいもない虚勢と、恫喝する病は、今なお止まないものとみえる。――が相手はその手に馴れているものらしく、闇をうごかして、微かに肩をゆすぶった。
『わしだよ。......おばば』
『え』
『わからないか』
『分らぬ。聞いた事もない声。物盗であろが』
『ふ、ふ、ふ。物盗なら、おぬしのような、貧乏婆に眼はつけぬ』
『なんじゃと。......では、わしに眼をつけて来たとか』
『そうだ』
『――わしに?』
『くどい。万兵衛ごときを斬るために、わざわざこの三日月まで追っては来ぬ。おぬしに思い知らせるためだ』
『ひぇっ』喉笛の破れたような声を洩らして、ばばは蹌めきながら、
『人違いじゃろが。おぬしは誰じゃ。わしは、本位田家の後家、お杉という者』
『おう、そう聞くだに、なつかしや俺の恨み、今はらしてやろうぞ。おばば! おれを誰と思う。この城太郎を見わすれたか』
『......げっ? ......城......城太郎じゃと』
『三年たてば、嬰児も三つになる。おぬしは老木、おれは若木。気のどくだが、もうおばばに、濞たらし扱いにはなっておらぬぞ』
『......おう、おう。ほんにお汝は、城太郎よのう』
『よくも、長の年月、お師匠さまを苦しめたの。師の武蔵さまは、おぬしを年寄と思えばこそ、相手にならず、逃げまわっていた。――それをよい事にして、諸国、江戸表にまで出て、悪ざまに世へいい触らし、仇呼ばわりをするのみか、御出世の道を邪げおったな』
『............』
『まだある。――その執念で、お通さままでを、折ある毎に、追い苦しめた。もうよい程に、非を覚って、故郷へ引籠ったかと思うていたら――猶も、麻屋の万兵衛を手先に、あのお方を、どうかしようと企んでおる』
『............』
『憎んでも飽きたらぬばばめ。一太刀に斬るのは易いが、この城太郎も、今では浪々の青木丹左が子ではない。父の丹左も、ようやく元の姫路城へ、帰参かなって、この春からは、以前のとおり池田家の藩士。......又ぞろ、父の名に、累を及ぼしてはならぬゆえ、生命だけは助けておくが』
城太郎は、前へ出て来た。
助けておくが――とはいったが右手に提げている白い刃は、まだ鞘に返ってはいないのである。
『......?』
ばばは、一歩一歩後へ退がりながら、逃げ出す虚を窺っていた。
四
隙を見たか、ばばは、杉林の小道へと、さっと走りかけたが、やらじと追う城太郎の一跳びに、
『何処へ』
と、その首の根を抑えられ、くわっと口を開くと、
『何しやるっ』
年こそ寄れ、きかない気性が、弾みに出て、振り向きざま、脇差の抜打に、城太郎の脾腹を横に払った。
城太郎も、もう以前の子どもではない。身を退けながら、ばばの体を前へ突き放していた。
『わ、童ッ。やり居ったの』
草むらの中へ、首を突っこみながら、彼女は喚いた。頭を土にぶつけても、彼女の頭のなかにある、小童の城太郎という観念は脱けなかった。
『何を』
と、城太郎も喚いた。そして踏めば折れもしそうな、ばばの背ぼねへ、足を乗せ懸け、じたばたする手を苦もなく逆に捻じ上げてしまう。
彼も亦、彼である。そのばばが歯がみを、憐れと見ている勘弁などはないのだ。小童の時代を抜けて、身なりこそ大きくなったけれど、体の大きくなったという事実だけで、大人になったとは誰にでも許せるものではない。
もう十八か九。よい若者にはちがいないが、気持は多分にまだ乳くさい。それに積年のうらみともいえる憎悪が積り積っての事である。
『どうしてくれよう』
引摺って来て、山神の御堂の前にたたきつけ、猶、闘志を亡さない細い体を踏まえながら、殺してはまずいし、生かしておくのも癪なこのばばの始末にちょっと当惑した。
いや、それよりは、先におばばの指図で、下ノ庄の屋敷とかへ、手取り足取りして連れ去った――お通の身が猶、そうしている間も案じられるのだ。
抑々――といえば、余りに由来でもありそうだが、お通が飾磨の染屋にいることを、稀々彼が知ったわけは、彼が父の丹左衛門と共に、近くの姫路へ定住していたおかげであって、この秋、浜奉行まで使に来ることが繁く、その数度の往復のうちに、ふと垣間見て、
(よく似た人――)
と、注意していた事から、こういう彼女にも、危急にも、偶然、出会ったわけだった。
神の導きと、城太郎は思いがけない機縁に感謝した。同時に、お通に対しての、飽くなきおばばが迫害を、骨髄から憎んで、忘れかけていた数々の口惜しさまでを新たに思い出した。
(このばばを除かぬうちは、お通さんは、安心して生きてゆかれない)
と考え、一時は殺意をさえ起したが、折角、父の丹左が城下に帰参したばかりでもあるし――元来うるさい山郷士の一族などと、事を構えてはと――その程度には大人らしくも思慮して、兎に角うんと彼女を懲しめ、そしてお通を無事に救えばよいと決めているのだった。
『ウウム。いい隠居所がある。おばば、こう来い』
城太郎は、彼女の襟がみを摑んで起たせようとしたが、ばばがべたりと地を抱いて起たないので、
『面倒』
と、引っ抱えて、御堂の裏へ駈けて行った。
そこに、この祠を建てる時、断り削いだ崖の断面があり、その下に、やっと人間が這って出入りできるくらいな洞穴があった。
五
佐用の部落であろう、彼方に、灯が一つ、ポチと見える。
山も、桑畑も、河原も、ただ広い闇だった。――そして、今越えて来たうしろの三日月の峠も。
足に、石ころを踏み、耳に佐用川の水音を聞くと、
『おい。待てよ』
と、うしろの一人は、前へ行く二人を呼びとめた。
その二人は、素繩で後手に縛げたお通を、囚人のように、引っ立てていた。
『どうしたか、後から直ぐ行くといったおばばが、まだやって来ぬ』
『ウム、そういえば、もう追い付いて来そうなものだが』
『きかぬ気でも、ばばの脚では、間道の上りが、ちと骨なのだろう。手間取っているに違いない』
『ここらで一休みしていようか。――それとも佐用まで行って、二軒茶屋でも叩いて待つとするか』
『どうせ待つなら、二軒茶屋で一杯やって居ようじゃないか。......こういうお荷物を曳っぱっている事だし』
で、その三名が水明りを探って、浅瀬を越えかけた時である。
『おおオいっ』
と、遠い闇から声がした。
振り向き合って、
――はて?
と耳を澄ましていると、二度めの声は、より近く、オオーイと又聞えた。
『おばばかな?』
『......いや、違う』
『誰だろう』
『男の声だ』
『でも、おれ達を呼んだのじゃあるまいが』
『そうだ。おれ達を呼ぶ者はない筈だ。おばばが、あんな声を出す筈もなし』
秋の水は、刃物のように冷たい。ざぶ、ざぶと、水へ追い立てられるお通の足には、その冷たさが猶さら沁む。
と。うしろから。
タタタと迅い跫音だった。耳にそれが分った時は、もう、追って来た何者かの影は、その三名の直ぐ側をいきなり、
『お通さん! ――』
と、叫びながら、水煙を浴びせて、ざざざッと、向岸まで一気に駈け渡ってしまったのである。
『――あっ?』
浴びた飛沫に身振いながら、三名の郷士は、お通を囲んで、浅い河の瀬に立疎んでしまった。
先に駈けて、河を越えた城太郎は、彼等の上ろうとする河原の水際に立ちふさがって、
『待てっ』
と、両手を拡げていた。
『や。何奴だ。汝は』
『何者でもよい。お通さんを、何処へ連れてゆくか』
『さては、お通を取り返しに来たな』
『いかにも』
『つまらぬ所へ出娑張ると、命がないぞ』
『おぬし等は、お杉ばばの一族の者であろう。おばばの吩附だ。お通さんをわしの手に渡せ』
『何。おばばの吩附だと』
『おお』
『噓をいえ』
郷士たちは、嘲笑った。
六
『噓ではない。これを見よ』
城太郎は、立ち塞がったまま、濞紙に書いてある、ばばの手蹟をつきつけた。
不首尾、今更せんもなし
お通の身、ひとまず
じょう太郎の手にかえし
わが身を連れに引っ返さ
るべく候。
『? ......。何だこれは』
読み合って、眉をひそめた郷士たちは、城太郎の姿を、足もとから見上げ、その間に、濡れた足を水から揚げて、河原の岸にかたまった。
『見たら分るであろう。文字が読めぬのか』
『だまれ。この中にある、城太郎とは、汝とみえるな』
『そうだ、拙者は、青木城太郎』
いうと――
『あっ......城太さん!』
とつぜん、お通が絶叫して、前へのめりかけた。
先刻から、彼女の眼は、彼の姿を凝視していた。半は疑い、半は愕きに打たれ、身踠きをしていたが、城太郎自身が、城太郎と名乗ったので、はっと、吾を忘れた絶叫が出たのであった。
『ア。猿ぐつわが弛んだぞ、締め直しておけ』
と、城太郎と応対していた郷士は、うしろへいって又、
『なるほど、これはおばばの筆蹟にはちがいないが、そのおばばが、わが身を連れに引っ返さるべく候――と書いているのは、どうした次第か』
血相を研いで詰めよると、城太郎は、
『人質に取ってある』
と、澄まして、
『お通さんを渡せば、おばばの居場所も教えてやる。否か応か』
と、いった。
さてこそ、いくらおばばを待っていても後から来ない筈――と三名は目顔を見合せていたが、そういう、城太郎のまだ乳くさい年頃を見縊って、
『ふざけた事を申すな。どこの青二才か知らぬが、おれ達を、何だと思う。下ノ庄の本位田といえば、姫路の藩士なら一応は知っている筈』
『面倒。否か応か、それだけ聞こう。否というなら、おばばの身は、抛っておくまでの事。山で飢え死させるがよい』
『こいつ』
跳びかかって、一人は城太郎の腕くびを捩取り、一人は柄をにぎって、斬る構えを見せた。
『たわごと申すと、首の根をたたき落すぞ。おばばの身を、どこへ隠した?』
『お通さんを渡すか』
『渡さんっ』
『では、拙者もいわん』
『どうしても』
『だから、お通さんを、返せ。そうすれば、双方怪我なく事はすむ』
『ちッ。この青二才』
捩上げた手をそのまま、足搦みに懸けて、前へ仆そうとすると、
『何を』
城太郎は、反対に、彼の力を利用して、その男を肩越しに投げつけた。
然し、途端に、
『あっ......』
と城太郎も尻もちついて、右の太股を抑えた。
投げつけた男から、抜打に一太刀、ぴゅっと刎ねられたのである。
七
城太郎は、人を投げる技を知っていたが、まだ、人を投げる法を弁えていない。
投げられる相手も、生物であるからには、ただ投げられたままではいない。途端に、刀も抜こうし、無手でも脚へしがみついて来る可能性がある。
敵を投げるには、投げる前にまずその考慮がなければならないのに、蛙でも叩きつけるように、脚下へ投げつけ、しかも身を退くことをしなかったので、
(してやった)
と、思った瞬間に、太股のあたりを薙ぎ払われて、彼も亦、相仆れに、負傷を抑えたまま、腰をついてしまった。
然し、幸いに傷は浅かったとみえ、城太郎も跳ね起き、相手も立ち上ると、
『斬るな』
『手捕にしろ』
と、他の郷士が呶鳴って正面の相手と力を協せ三方から城太郎の体一つへ組みついて来た。
城太郎を斬ってしまえば、お杉ばばを何処へどうして人質にしてあるか、それを知る道が無くなるからであろう。
同様に、城太郎も亦、ここで蒼蠅い郷士等と、血を見ることは避ける考えだった。藩の聞えを思い、父に累を及ぼすまいとする為に。
けれど、物の弾みは、そんな常の思慮で支えのつかない所にある。一人と三人との格闘では、当然、一人の方から、憤怒の堰を切ってしまうし、城太郎の血は又、多分に血気一途でもあった。
相手の三人に、
『この生ぞうめ』
『小癪な』
『これでもかっ』
撲られ、突かれ、足蹴にされてそれへ捩伏せられそうになると、
『何をっ』
今度は、彼が、先刻うけた不意打の逆を行って、いきなり脇差を抜くなり、乗しかかっている男の腹部へ突きとおした。
『......うッ。ち!』
梅酢の樽へでも手を突っこんだように、柄手から肩半分まで、朱になると、城太郎の頭には、もう何もない。
『くそっ、貴様もか』
起き上るなり、又一名の真っ向へ撲り下した。骨にぶつかった刀の刃は、横に寝て、斜かいに削げたので、魚の切身ぐらいな肉片が、切っ先から素っ飛んだ。
『わ。や、やったな』
喚いたが、相手は、抜き合すのも間に合わないのである。余りに自分等三名の力を信じ過ぎていただけに、狼狽の度もひどい。
『こいつ等。こいつ等っ』
城太郎は、呪文のように、一刀毎に喚きながら、残る二人を敵にまわして斬りむすぶ。
彼に刀法はない。伊織のように武蔵から正しい刀法の基本を授けられていなかった為である。しかし、血を浴びて愕かないことと、刃ものを把って、年に似げない度胸と無茶のあることは、恐らく、彼が二、三年の間、共に暗黒で行動していた奈良井の大蔵の訓練に依るところであろう。
郷士たちの方は、二人といっても、すでに一人は傷を負っているので、まったく逆上っていた。城太郎の太股の辺からも、鮮血はそこらへ散るし、文字どおり斬りつ斬られつの修羅図であった。
抛っておけは、相打か、悪くすれば、城太郎は撫で斬りになる。――お通はわれを忘れて、河原を駈け、縛めのため利かぬ両手をもがきながら、闇へ向って、神の救援をさけんでいた。
『来て下さいっ。どなたでも、援けて下さいっ。あそこに斬り合っている年若いお侍の方を!』
八
――が、叫んでも、駈けめぐっても、十方の闇、河の水音と、虚空をゆく風の声しか、彼女に答えるものはない。
そうした時、気の弱い彼女も、自力に気がついた。
人の救いを呼ぶまえに、なぜ自分の力を出してみないかに、はっと気づいたのである。
『――ちイッ』
河原に坐って、岩のかどで、身の縛めをこすった。それは郷士等が路傍で拾った藁の素繩にすぎなかったので、忽ちぷっと摺り切れた。
と――お通は、両手に小石をつかみ、驀しぐらに、城太郎と二人の郷士が斬り合っている方へ飛び出して行った。
『城太さん!』
と、さけびながら、その城太郎の相手の面部へ、一つ投げつけた。
『わたしも居る! もう大丈夫っ! ......』
と、又一つ。
『......ちイッ。城太さんッ、慥乎して!』
ぴゅっと、更に一つ。
だが、石は、三つとも相手のどこにもあたらず、皆それてしまった。
彼女は急いで、又次の小石を拾った。――すると、郷士のひとりが、
『あっ、この阿女』
城太郎から、ふた跳びほど躍って、彼女の背へ、刀のみね打を振り下ろそうとした。
――やッては!
と、城太郎も追った。
そして、その郷士の男が、頭上から刀を下ろす間髪に、
『こいつめ』
城太郎の拳が、彼の背なかへ直かにぶつかっていた。真っ直に向けて行った脇差が、相手の背から腹へ突きぬけて、鍔と拳で止まったのである。
それは凄まじい働きだったが、城太郎の脇差は、屍肉から抜けなくなってしまった。彼があわてている間隙に、もう一名の郷士が跳びついて来たらどうなるか。
結果は明白である。
だが、残った郷士の一人は、先に傷を負っていたし、力と恃む方が、悲惨な最期をとげたので、それも狼狽していた。
――見れば、彼方を、脚の折れた蟷螂のように、その男はよろよろ逃げてゆくのだ。城太郎は、それを見て、自分の狼狽から泛びあがった。足をふんがけて、脇差をひき抜いた。
『待てッ』
当然な勢いである。
それにもう破れかぶれな気もちもある。追いかけざま一打と駈け出しかけたのだった。すると、お通が、むしゃ振りついて叫んだ。
『およしなさいっ。......およしなさい。逃げてゆく者を! ......あんなに傷を負っている者を!』
その声の、骨肉を庇うような真剣さに、城太郎はびっくりした。これまで自分を苦しめて来た者をなぜ庇うのか、心理を疑った。
『それよりも、種々と、その後のはなしが聞きたい。わたしも話したい。......城太さん、一刻もはやく、ここから逃げて』
――そうだ。
城太郎も、それには異議がない。ここはもう讃甘と山一重だ。もし変事ありと、下ノ庄にでも聞えたら、本位田家の縁類たちが、野を呼び、里を挙げて、襲撃して来ることは知れきっている。
『駈けられるかい。お通さん』
『ええ。だいじょうぶ!』
二人は、ずっと以前の、小娘と小童頃を思い出しながら、闇から闇へ、息のきれるまで駈けた。
九
もう三日月の宿で、起きている家は、一軒か二軒。
その一つの灯は、宿場にたった一軒の旅籠だった。
鉱山がよいの金商人だの、但馬越えの糸屋だの行脚僧などだのが、ひとしきり母屋でさわいでいたが、思い思いに寝入ったらしく、燈は母屋を離れた狭苦しい一棟にしか残っていなかった。
年下の男をつれた駈落者――とでも間違われたに違いない。そこは旅籠の年寄が、繭を煮る鍋や紡ぎ車をおいて、ひとり住んでいる所だったがお通と城太郎の為にわざわざ空けてくれたのだった。
『......城太さん、それでは、お前も江戸表で、武蔵様にはお会いすることができなかったのですね』
その後のはなしを、彼から逐一聞いて、お通は、うら悲しそうにいう。
城太郎は、彼女も、木曾路でちりぢりになって以来、今もってその人に巡り会わないでいる――という傷ましい述懐を聞いて、何だか語るにも堪えないような気持がするのだった。
『――が、お通さん、そう嘆くことはないよ。風の便りだけれど、近頃、姫路にこんな噂がある』
『え。......どんな?』
藁でも噂でも彼女の今の気もちでは、摑まずにいられなかった。
『武蔵様が、近いうちに、姫路へ来るかも知れないのだ』
『姫路へ......。それは、ほんとでしょうか』
『噂だから、どの程度まで、信じていいか分らないが、藩ではもっぱら本当らしくいわれている。――細川家の師範佐々木小次郎と試合する約束を果すために、近く、小倉へ下るだろうと』
『そんな噂は、私もちらと聞いた事がありますが、誰が一体いい出した事やら、糺してみれば、武蔵様の消息を――居る所すら、知っている人はありません』
『いや、藩で流布されているはなしには、もう少し、真実らしい根拠がある。......というのは、細川家とも縁故のふかい、京の花園妙心寺から、武蔵様の所在が知れて、細川家の家老、長岡佐渡どのの取次で小次郎からの試合状が武蔵様の手に届いているというのだが』
『では、その日は、もう近々でございまするか』
『さ。その辺の事になると、何日の事やら、何処でやるのか。とんと分っては居ない。――然し、京都近くにいるものなら、豊前の小倉へ下るには、きっと姫路の城下はお通りになる筈だ』
『でも、船路もありますもの』
『いや、恐らくは』
と、城太郎は、首を振って、
『船では行かれまい。なぜならば姫路でも岡山でも、山陽の各藩では武蔵様が通過の節はぜひ一泊を引き留めよう。そして、人物を見よう。又はそれとなく、仕官の望みがあるかないか、肚を訊こう。......などと種種な考えで、待ちうけている。現に姫路の池田家でも、沢庵坊へ御書面したり、妙心寺へ問合わせたり、又、城下口の駅伝問屋に命じて、もし武蔵らしい者が通ったらすぐ知らせよと、達してあるそうだから』
そう聞くと、お通はかえって、噫と嘆いて、
『では、猶さらです。武蔵様が、陸路を下っていらっしゃる筈はない。武蔵様のなによりもお嫌いな、そんな躁ぎが、城下城下で待ちうけているようでは――』
と、絶望していった。
十
うわさの程度でも、欣ぶであろうと、城太郎は話したのであったが、彼女にいわれてみれば、武蔵が姫路へ立ち寄るだろうなどという期待は、儚い、こっちだけの空想にすぎない。
『――では城太さん。京都の花園妙心寺へゆけば、確かな事が、知れましょうね』
『それは、知れるかもしれないが、うわさだからなあ』
『まるで、根なし草でもないでしょうから』
『もう、行く気?』
『ええ、そう聞いたら、あしたにでも、立ちとうございます』
『いや、待てよ』
城太郎は、以前とちがって、彼女についても、今では一ぱしの意見を持った。
『お通さんが、武蔵様と行き会えないのは、そういう風に、何かちらと、噂でも、影でもさすと、直ぐ一途に、それを的に行くからじゃないかな。時鳥の姿を見ようなら、声のした先へ眼をやらなければ見えないのに、お通さんのは、後へ後へと行っては、行き迷れているように思えるが......』
『それは、そうかも知れませんが、理窟のように、心のもてないのが恋でしょう』
お通は、城太郎になら、何でもいい得た。
けれど今、恋ということばをつい洩らして、城太郎の姿を見直すと、はっと思った。城太郎の顔いろも紅くうごいた。
もう城太郎は恋ということばを、手鞠のように、受取ったり返したりしていられる相手でなかった。人の恋より、彼自身が、それに悩む年配になっていた。
で。遽かに、
『ありがとう。私も、よく考えてからにいたします』
お通が、穂を外らすと、
『そうなさい。そしてとにかく一度、姫路へ帰って』
『ええ』
『ぜひ、屋敷へは来てください。父と拙者のいる屋敷へ』
『............』
『父の丹左も、話してみると、お通さんの事は、七宝寺にいた頃の事まで、よく知っていました。......何か知らないが、いちど会いたい、話もしたい、などと申していますから』
お通は、答えなかった。
消えかかる燈芯に、ふと、振顧って、破れ廂から夜空を見上げながら、
『......ア。雨が』
『雨ですって。――あしたは姫路まで歩くのに』
『いいえ、蓑笠さえあれば、秋の雨ぐらいは』
『たんと来なければいいが』
『......オオ、風が』
『閉めましょう』
城太郎は立って、雨戸を引寄せた。急にむし暑く、そしてお通のもつ、女の香が籠る気がした。
『お通さん、よいように、寝て下さい。拙者はこのまま――』
と、木枕を取って、窓の下に、壁へ向って横になった。
『............』
お通は、まだ起きて、独り雨の音を聞いていた。
『寝ておかないといけないぞ。お通さん、まだ眠らないのか』
眠りつけないらしく、後ろ向のまま、城太郎はそういって、薄い寝具を、顔まで引っ被った。
観 音
一
雨は蕭々と、破れ廂を打ちつづけている。
風も強くなった。
山村のことである。それに秋の空癖、朝までに霽るかもしれない。
お通は、そんな事を思いつつ、まだ帯も解かず坐っていた。
ちょっと、寝つきが悪そうに、夜具の中で、もずもずしていた城太郎も、いつの間にか、眠り入っている。
ポト、ポト......と、どこかに雨の漏る音がする。雨のしぶきが、がたがたと戸を打つ。
『城太さん』
お通は、ふと、呼びかけた。
『――ちょっと眼をさましてくださいな。城太さん』
何度呼んでも、眼を醒しそうな様子もない。強いて起すのも――と彼女はすぐ躊躇ってしまう。
ふと、彼を起して、訊ねたいと思ったのは、お杉ばばの事である。
ばばの味方の者へ、河原でもいっていたし、途中でも、ちらと聞いたが、このひどい雨に、城太郎が、ばばへ与えた懲罰は、余りといえば、酷い。可哀そうである。
(この雨風に、濡れもしよう。冷えもしよう。年を老っている体、悪くしたら朝までに死んでしまうかも知れぬ。――いやいや、幾日も、人に気づかれずにいれば、それでなくても餓死するに極っている)
苦労性な生れつきか。ばばの身までを案じ出して、彼女は、仇とも思わず、憎いとも考えず、雨の音、風の音のひどくなるほど、独りで胸を傷めてしまう。
(あのばば様も、根から悪いお方では決してないのに)
と、天地へ向って、ばばの代りに庇ってみたり、
『こちらが真を以て尽くせば、いつか真はどんな人へも通じるという事。......そうだ、城太郎さんに後で怒られるかも知れないけれど』
彼女は遂に、何事かを、思いきめた様子で、雨戸を開けて外へ出た。
天地は暗かった。雨ばかりが白くしぶいている。
土間のわらじを、足につけ、壁の竹の子笠を、頭にかぶって、お通は裾を折った。
蓑を着て――
ザ、ザ、ザ......と軒端の雨だれに打たれて出て行った。ここからは、そう遠くもない。宿場の横の、山神堂があるあの高い石段の山へである。
夕方、麻屋の万兵衛と一緒に登った、覚えのある石段は雨で滝津瀬になっていた。登りきると、杉林はごうごうと吠えている。下の宿場よりは、遙かに風の当りが強い。
『何処だろ? おばばさんは』
詳しくは聞いていなかったのである。ただ、どこかこの辺に、懲罰にかけてあるのだと、城太郎はいっていたが――
『もしや?』
と、御堂の中を覗いてみた。又、床下ではないかと、呼んでみた。
答えもない。姿もない。
祠の裏へ廻った。――そして、荒海の潮のような樹樹の唸りに体を吹かれて佇んでいると、
『おう――いっ。誰方ぞ来て下されようっ。......誰ぞそこの辺に人はないか。......ううむ、ううむ』
唸きとも喚きともつかない声が――それも雨風の途断れ途断れに聞えて来た。
『おお、ばばさんに違いはない。――ばば様あ、ばば様あ』
彼女も、此方から、風へ向って声を張った。
二
呼び声は、雨風に攫われて、暗い虚空へ、消えて去ったが、彼女の心は、見えぬ闇の人へ、通じて行ったものか、
『おうっ。おうっ。誰ぞそこらにお出でたお人やある。助けて賜もようっ』
ばばの声が、彼女のそれに答えるように、途断れ途断れに何処からか聞えてくる。
元よりそれも、怒濤のような杉林の雨風に搔きみだされ、纏まった言葉には響いて来ないが、ばばが必死の叫びに違いない事は、お通の耳にすぐ知れた。
探り呼ぶ声も嗄れ果てて、
『......何処ですかあ? 何処ですか? ......ばばさんっ、ばば様あ』
お通は、堂を駈け巡った。
そのうちに――
御堂から杉の樹蔭を曲がって二十歩ほど先、奥の院の登り口となる崖道の断削いだ一方に、熊の穴みたいな洞穴が見出された。
『あっ......ここに?』
近づいて、中を覗くと、おばばの声は、確かに、その洞穴の奥から洩れて来るのだった。
けれど窟の口には、彼女の力ぐらいでは、動きそうもない大きな岩が、三つ四つ積み重ねてあり、出入を封鎖してあるのだった。
『どなたじゃ! ......。それへ来たのはどなた様じゃ! もしやこのばばが日頃信仰する観世音菩薩の化身ではお在さぬか。あわれ、お助けなされませ。――外道の為に、この難儀な目に遭うた不愍なばばを!』
ばばは、外の人影を、岩と岩の隙間からひと目見ると、こう狂喜して叫び出した。
半、泣くように、半、訴えるように、そして、生死の闇に、日頃信仰する観音の幻覚を描いて、それへ生きたい一心を禱りつづけた。
『――欣しや、欣しや。ばばの善心を、日頃から憐れと思し給い、この大難へ、仮の御姿して、救いにお降り下されましたか。大慈大悲、南無、観世音菩薩。――南無、観世音菩薩』
それなり――
はたと、ばばの声は、もうしなくなった。善哉。
思うに、ばばは、一家の長として又、子の母として、人間として、自分は善人無欠の人間と信じているのだ。自分の行為はすべて善なりとしているのだ。自分を守らぬ神仏があれば、神仏のほうが悪仏邪神であるとするであろうほど、彼女にとって、彼女は善の権化だった。
――だからここの風雨に、観音菩薩の化身が救いに降りて来ても、彼女にはすこしの不思議でも何でもない。当然こうあらねばならぬ気持であった。
然し、その幻覚が、幻覚でなく、実際に誰か窟の外へ近づいて来たので、ばばは、途端に気がゆるんで、ああ、と失心してしまったのではなかろうか。
『......?』
窟の外にあるお通も、あれほど物狂わしかったばばの声が急に絶えたので、もしやと、気が気ではなくなった。早く窟の口を開こうものと、必死の力を出していたけれど、彼女の力では、その岩の一つすら動かなかった。竹の子笠の紐はちぎれて飛び、黒髪は、蓑と一緒に、風雨に吹きちらされた。
三
どうして、こんな大きな岩を、城太さんは独りで動かしたろう、と思う。
体で押してみたり、両手をかけて有りったけの力をこめてみたが、窟の口は一寸も開かない。
お通は、精を疲らして、
(城太さんも、あんまり酷い)
と、恨みに思った。
自分が来たからよいようなものの、もしこのままにしておけば、ばばは中で狂い死してしまう。それはそうと、急に声がしなくなったのは、もう半分死んでしまったようになっているのではあるまいか。
『ばば様。お待ちなさいよ。......気を慥乎して! 今! もう直ぐにお助けいたしますから』
岩と岩のあいだに顔を寄せていったが、それでも返辞はなかった。
もちろん、窟の中は、洞然たる暗黒で、ばばの影もみえない。
――が、微かに。
或遇悪羅刹
毒竜諸鬼等
念彼観音力
時悉不敢害
若悪獣囲繞
利牙爪可怖
念彼観音力
ばばの唱える観音経の声がそこにする。ばばの眼や耳には、お通の声も姿もなかった。ただ、観音が見える。菩薩の御声が聞えている。
ばばは、合掌し、安心しきって、今は涙を垂れながら、ふるえる唇から、観音経を唱えていたのであった。
けれどお通に神通力もなかった。積重ねてある三つの岩の一つも動かせなかった。雨はやまず、風は休まず、彼女の蓑もやがて千断れ果てて手も胸も肩も、ただ雨と泥にまみれるばかりだった。
四
そのうちに、ばばも、ふと不審に思い出したのであろう、隙間に顔を寄せて、外を窺いながら、
『誰じゃ? 誰じゃ?』
と、どなった。
力も尽き、精も尽き、途方に暮れた顔して、風雨の中に、身を萎めていたお通は、
『おお、ばば様か。――お通でございます。まだ、そのお声では、お元気のような』
『何?』
と、疑うように、
『お通じゃと』
『はい』
『............』
間を措いて、又、
『お通じゃと?』
『はい......お通でございまする』
ばばは、初めて愕然と、ものに打たれたように、自己の幻覚から抛り出されて、
『ど、どうして、汝が此処へは来たぞよ。......ああ、さては城太郎めが、後を追って』
『今、お助けいたします。ばば様、城太さんの事は、宥してお上げなされませ』
『わしを、救いに来た......?』
『はい』
『汝が......わしを』
『ばば様。何もかも、来し方の事は、どうぞ水に流して、おわすれ下さいませ。わたくしも、幼い頃に、お世話になった事こそ覚えて居りますが、その後の、お憎しみや御折檻は、決して、お怨みには思っておりませぬ。――元々、わたくしのわがままもあった事と』
『では、眼がさめて、前非を悔い元のように、本位田家の嫁として戻りたいというか』
『いえ、いえ』
『では、何しにここへ』
『ただ、ばば様が、お可哀そうでなりませぬゆえ』
『それを恩に着せて、以前の事は水に流せといやるか』
『............』
『頼むまい。誰がそなたに助けてくれと頼んだか。――もし、このばばに、恩でも着せたら、怨みを解くか、などと考えたのなら、大間違いじゃぞ。たとえ、憂目の底に居ろうとも、ばばは、生命欲しさに意気地は曲げぬ』
『でもばば様。どうしてお年を老ったあなた様が、こんな目に遭うているのを見ておられましょう』
『上手をいうて、汝も城太めと、同腹ではないか。ばばを謀って、こうしやったのは、汝と城太めじゃ。もし、この窟から出たら、きっときっと、この仕返しは直ぐしてみせるぞよ』
『今に――今に――わたくしの気持が、きっとばば様に、分っていただける日もございましょう。ともあれ、そんな所に居ては、又お体を病みましょう』
『よけいな戯れ口、うぬ。城太といい合せて、わしを揶揄いに来居ったの』
『いえ、いえ、見ていてください。わたくしの一心でも、きっとお怒りを解いてみせまする』
彼女は又、起ち上って、岩を押した。動かない岩を、泣きながら押した。
だが、力では、絶対に動かなかった岩が、その時、涙では動いた。三つの岩の一つが、どさっと先ず地へ落ちた。
それから又、後ろの岩も、思いのほか軽く揺ぎ出して、窟の口はやっと開いた。
彼女の涙の力のみではなく、ばばの力も中から加わっていた為である。――で、ばばは自分の力のみでそこを衝き破ったような血相を湛え、同時に窟の外へおどり出した。
五
一心がとどいた。
岩が除かれた。
うれしや!
お通は、押した岩と共に、蹌めきながら心でさけんだ。
だが。
ばばは、窟から飛び出ると、いきなりお通の襟がみへ跳びかかって行った。この世へ生きて出直した目的の第一がそれであったように。
『あれッ――ばば様っ』
『やかましい』
『な、なんで』
『知れたこと』
ばばは、力まかせに、お通を大地にひきすえた。
そうだった。知れきった事ではあった。けれどお通には、こういう結果は、考えられなかった。人へ贈る真心は、真心をもって返されるものと誰に対しても、一様に信じて疑えない彼女に取って、この結果はやはり意外な愕きに違いなかったのである。
『さあ、おじゃい!』
ばばは、お通の襟がみを持ったまま、雨の流れる地上を引摺った。
雨は少し小やみになったが、猶、ばばの白髪に燦々と光って降り注いだ。お通は、引摺られながら、掌を合せて、
『ばば様、ばば様、堪忍なさいませ。お腹の癒えるまで、御折檻はうけまするが、この雨に打たれては、ばば様のお体も、後で御持病の因になりまする』
『なんじゃと。いけ図々しい。こうされても、まだ、ひとを泣き落しにする気かいな』
『逃げませぬ。どこへでも参りますから、お手を......ああ......苦しい』
『あたりまえじゃ』
『は、離して。くく......』
喉くびが詰ったのである。
お通は思わず、ばばの手を捥ぎ払って、起ちかけたが、
『逃がそうか』
とその手は、又すぐ、黒髪の根をつかむ。
がくと、宙を向いた白い顔に、雨が注いだ。お通は、眼を閉じていた。
『ええ、わが身の為に、どれほど、多年の間、艱苦を嘗めさせられた事か』
ばばは、罵って、彼女が何かいえばいうほど、もがけばもがくほど、黒髪を引摺りまわし、踏んだり打擲したりした。
が――そのうちに、ばばは、しまった! というような顔して、急に、手を離した。ばたと、仆れたまま、お通はもう虫の息もしていない。
さすがに、狼狽えて、
『お通っ。お通やあ』
ばばは、彼女の白い顔をのぞいて呼んだ。雨に洗われた顔は、死魚のように冷たかった。
『......死んでしもうた』
ばばは、ひと事みたいに茫然とつぶやいた。殺す意志はなかった。あくまで、彼女を免す気もないが、こうまでする気もなかったのである。
『......そうじゃ。ともあれ、一度やしきへ戻って』
ばばは、そのまま去りかけたが、又ふと返って来て、お通の冷たい体を、窟の中へ抱え入れた。
入口は狭いが、中は思いのほか広い。遠い昔、求道の行者が、趺坐していた跡かのような所も見える。
『オオ酷や......』
ふたたび、ばばがそこから這い出ようとした頃、窟の口はまるで滝だった。そして奥のほうまで真っ白に飛沫が吹きこんで来た。
六
出ようとすれば、いつでも出られる身になってみると、この豪雨に、何も強いて、濡れに出て行くことはない。――
『やがて、夜も明けように』
そう考えて、ばばは、窟の中につぐなんだまま、暴風雨のやむのを待っていた。
が、その間、真の闇のなかに、お通の冷たい体と、一つに居るのが、ばばは、恐しかった。
白い冷たい顔が、責めるように始終、自分を見ている気がする。
『何事も約束事じゃ。成仏してたもよ......怨むなよ』
ばばは、眼をつぶって、小声に経を誦し始めた。経を誦している間は、苛責も忘れ、恐さもまぎれた。幾刻もそうしていた。
チチ、チチ、と小禽の声がふと耳に沁む。
ばばは、眼を開いた。
洞窟が見えた。外から射す白い光が、鮮らかに、荒い土の肌を見せている。
夜明け頃から、雨も風も、はたとやんでいたらしい。窟の口には、金色の朝の陽が、跳ね返ってかがやいていた。
『なんじゃろ?』
起とうとしながら、ばばはふと、顔の前に泛き出している文字に気をとられた。それは、洞窟の壁に彫りこんである何人かの願文だった。
てんもん十三ねん、天神山城の御かつせんに、浦上どののぐん勢に、森金作という十六の子を立たせて、ふた目とも見ざるかなしさのあまりに、諸所の御仏をたずねさまよい、今ここに一体のかん音菩薩をすえ奉ること、母の身にはらくるいのたねともなり、きん作がためには後生をねがいまつるに侍る
幾世の後、ふと訪うひともあらば、あわれと念ぶつなしたまわれ、ことしきん作が二十一ねんのくようなり
施主 英田むら きん作が母
所々、風化して、読めない所もある。天文永禄の頃といえば、ばばにも古い憶い出しかない。
その頃、この近郷一帯の、英田や讃甘や勝田の諸郡は、尼子氏の侵略をうけて、浦上一族は諸城から敗退の運命を辿っていた。ばばの幼い頃の記憶にも、明けても暮れても、城の焼ける煙で空は晦く、畑や道ばたや、農家のある近くにまで、兵馬の死骸が幾日も捨てられてあった。
きん作とかいう十六歳の子をその合戦に立たせて、そのまま、ふた目とも会わなかった母親は、二十一年も経った後まで、そのかなしみを忘れかねて、子の後生を祈りつつ、諸所をさまよって、亡子の供養を心がけていたものとみえる。
『......さもあろう』
又八という子を持つばばには、同じ母なるその親の気もちが、ひしと分る。
『南無......』
ばばは、岩の壁へ向って、掌を合せ、鳴咽しないばかり、落涙していた。――そしてやや暫し、泣き暮れていたが、われに回ると、その涙の合掌の下に、お通の顔があった。すでにこの世の朝の光も知らず、冷たい人となって、横たわっていた。
七
『お通っ......。わるかった。このばばが悪かったぞよ。ゆるしてたも。ゆ、ゆるして......たも』
――どう思ったのか。
ばばは、いきなりお通の体を抱きあげてさけんだ。悔悟のいろが、ばばの面には溢れていた。
『恐しや、恐しやの。子ゆえの闇とは、この事か。わが子可愛さにひとの子には、鬼となっていたか......お通よ、其方にも、親はあったものにのう。親御から見たらこのばばは、子のかたきじゃ、羅刹じゃ、......ああわしのすがたは夜叉ともみえていたであろう』
洞窟の中なので、彼女の声はいんいんと籠って、彼女自身の耳へ応えてくる。
ここには、人もいない、世間の目もない。見得もない。あるのは闇、いや菩提の光だけである。
『――その羅刹とも夜叉とも見えようわしを、思えば、其女は長のあいだ、ようまあ、怨みもせぬのみか、この窟へまで、ばばを救おうとて。......おう、今思えば、其女の心は真実じゃった。それを、邪に、悪推量して、恩をあだに憎んだのも、皆このばばの心がねじけていた為じゃ......。ゆるしてくれよ。お通』
そして果は、抱きあげたお通の顔へ、わが顔を、ひたとつけて。
『このような優しい女子が、わが子にもあろか。......お通よ、まいちど眼をあいて、ばばが詫びを、見ておくれやれ。まいちどものをいうて、ばばを、口の限り、罵って気をはらしてたも。お通よ』
そうお通へ向って悔悟する胸には、又きょうまでのあらゆる場合の自己の相が、すべて懺悔の対象になってまざまざと悔の胸を嚙んで来る。身も世もなく、
『ゆるしてたべ。ゆるしてたも』
ばばは、お通の背へ泣きぬれたまま、このまま、共に死なんものとまで、思いつめたが、
『いや、嘆いているまに、はよう手当したら、まいちど、生きぬ限りもない。 ――生きてあれば、まだ若い春の永いお通じゃに』
ばばは、お通の体を、膝から下ろすと、蹌這いながら、窟の外へとび出した。
『あっ』
急に、朝の陽を浴びて、眼が眩んだのであろう。両手で、顔を掩いながら、
『――里の衆っ』
と呼んだ。
呼びながら、駈け出した。
『里の衆っ。里の衆――。来てくだされや』
すると、杉林の彼方から、誰かがやがやと人声がして、やがて、
『居たぞうっ。――おばばが無事で、あれにおるぞっ』
と、呶鳴る者があった。
見ると、本位田家の一族――身寄の誰や彼が十名近く。
ゆうべ、佐用川の河原から、血にまみれて帰った郷士のひとりから急を告げたので、夜来の豪雨を冒し、ばばの居所と安否をさがしに出た人々とみえ、蓑笠を着け、誰も彼も、水から上ったように濡れていた。
『おお、ばば殿』
『御無事じゃったか』
駈け寄って来た人々が、ほっと、安堵のいろを浮かべ、そして左右から労りぬくのを、ばばは殆どよろこぶ様子もなく、
『わしじゃない。わしはどうなと関わぬ。はよう、あの窟のうちに居る女子を手当してたも。助けてたも。......もう気を失うてから、刻経っている程に、早うせねば......早う薬なとやらねば......』
まるで、うつつかのように彼方を指さし、縺るる舌に、顔じゅうに、異様な悲涙を湛えていった。
世 の 潮 路
一
翌年の事だった。詳しくいえばその歳は、慶長十七年、四月にはいったばかりの頃である。
泉州の堺港からは、その日も、赤間ケ関へ通う船が、旅客や荷を容れていた。
廻船問屋の小林太郎左衛門の店にやすんでいた武蔵は、やがて船が出るとの報らせに、床几を立って、
『――では』
と、見送りの人々へ、挨拶をして、軒を出た。
『御機嫌よう』
斉しく、そういいながら、見送り人たちは、武蔵を囲んで、船着の浜まで歩いて行った。
本阿弥光悦の顔が見えた。
灰屋紹由は病のよしで来られなかったが、息子の紹益が来ていた。
紹益は美しい新妻を連れていた。その新妻の麗しさは、人目をそばだたせるものがあった。
『あれは、吉野やないか』
『柳町の?』
『そうじゃ、扇屋の吉野太夫』
と、袖ひきおうて囁いた。
武蔵は、紹益から、
(わたくしの妻で......)
とは引き合わされたけれど、前の吉野太夫であるとは紹介されなかった。
又、顔にも、覚えがない。扇屋の吉野太夫ならば雪の夜、牡丹を焚いてもてなされた事がある。彼女の琵琶にも耳澄ました覚えがある。
が、武蔵の知っているその人は初代吉野であって、紹益の妻なる女性は二代吉野なのであった。
花散り花開く。――廓の年月はいとど流れが早い。
あの夜の雪も、あの牡丹の薪の炎も、今は夢かのようである。その時の初代吉野のすがたも、今はどこに、人妻になっているやら、孤独やら、うわさもないし、知る人も絶えてない。
『はやいものですね。初めてお目にかかった頃から思うと、もう七、八年は経っている』
光悦も、船まで歩きながら、ふと呟いた事だった。
『......八年』
武蔵も、転、歳月の思いにたえなかった。――今日の船出が、何となく、人生の一期画のように思われもして。
さて又。
その日、彼をここに見送った人々の中には、以上ふたりの旧知を始め、妙心寺の愚堂門下にずっといる本位田又八。京都三条車町の細川邸の侍たち二、三名。
又、烏丸光広卿の名代として供連れの公卿侍の一行。
それから、半年ほどの京都滞在中に、何かと知り合いになった者や、彼が拒んでも拒んでも、彼の人間と剣を慕って、彼を師とよぶ者たちが、それは無慮二、三十名以上もあろうか――何しろ武蔵にとってはやや迷惑すぎるほどな同勢をもって、見送り加わっている一団もあった。
で――
送らるる武蔵は、語りたい者とは却って語りあう間もなく独り船に移ってしまったのであった。
行先は、豊前の小倉。
そして彼の使命は、細川家の長岡佐渡の斡旋で、佐々木小次郎と、積年の宿題たる試合の約を、果すにあった。
もちろん、このはなしが、具体的に極るまでには、藩老長岡佐渡の奔走や文書の交渉がかなりあって、武蔵が、昨秋以来、京の本阿弥光悦の長屋にいるということが分ってからでも、約半年もかかって、ようやく、まとまった事なのであった。
二
巌流佐々木小次郎と、いつかは一度、一期の面接は避け難いであろうとは、武蔵も疾く期していた事だった。
――遂に、その日が来た。
だが。
武蔵は、こんな晴がましい人気を負ってその場へ臨もうなどとは露だにも予期していなかった。
きょうの出立にしても然りである。こういう大仰な見送りなど、心の裡では以てのほかなと思う。
思いつつ、拒み得ないのは、世間の人々の好意である。
武蔵は恐いのである。理解ある人の好意には、襟を正すが、その衆望が浮薄化して、人気というような波に乗せられることを、恐しいと思った。
ふとすれば、自分も凡夫だし、思い上らないものでもない。
いったい今度の試合にしてもそうである。誰が、こういう切迫の日を持って来たか。考えてみると、小次郎でも、自分でもない気がする。むしろ周囲だと思う。いつとはなく、二人を対峙させ、二人を試合わせてみることに、世間が先に、興味や期待を大きく醸して、
(やるそうだ)
と、いい、
(やる)
と、断じ、遂に、
(いつの何日)
と、まだうわさのうちから、日まで取沙汰されて来たのだった。
こういう世評の対象になったことを、武蔵は密に悔いている。かくては自分の名声とやらは喧伝されるに極っているが、彼は今、決してそんなものを求めていなかった。むしろ、もっと独りの沈潜と、独りの黙思とを必要としている。――というて、それは拗者のすねた心ではさらさらない。行と工夫との合致のために。――そして愚堂和尚の啓蒙をうけてから後は、猶さら、道業の生涯の遠いことを、彼は痛感しているのであった。
(――さはいえ)
と、彼は又、思うのである。
世間の恩というものを。
生きていること、それはすでに、世間の恩であった。
今日。
この船出に、身に纏うている黒い小袖は、光悦の母が自ら針を持って縫うてくれたものである。
手に持つ新しい笠や草鞋。その他一物たりとも何か世間の人の情の籠った物でない物はない。
いわんや、碌々、米も作らず布も織らず、百姓のたがやす粟を喰っている身は――正しく世間の恩で生きている。
(何を以て酬いようか)
心をそこにおく時、彼は、世間に対して慎む心こそあれ、迷惑がる気もちなど起すのは勿体ないと知るのだったが――然し、その好意が余りに、自分の真価に対して過大であり過ぎる時、彼は、世間を恐れずにいられなかった。
とつこうつ。
別辞。
又、海上無事の祈り。
旗やら、会釈やら。
送る者、送らるる者の間に、眼にみえぬ時はながれて、
『――おさらば』
『おさらば』
船は、纜を解き、武蔵は船に、人々は岸に残って、呼び交う間に、大きな帆は青空に翼を張った。
すると、一足おくれて、
『しまった』
と、船出の後へ、駈けつけて来た旅の者があった。
三
港を出たばかりの船は、彼方に見えているのに、わずかな遅刻で、それに間に合わなかった若者は、返す返す地だんだを踏んで、
『ああ、遅かった。こんな事なら眠らずにでも来るのだったのに』
及ばぬ船の影を見送っている眼には、ただ乗遅れただけではない、もっと切実な恨みがみえた。
『もしや、権之助どのではありませぬかな』
同じように、船が出ても、なお佇んでいた人々の中から、光悦がその姿を見かけて、近づきながら声をかけた。
夢想権之助は、その手についていた杖を、小脇へすくって、
『お。あなたは』
『いつか河内の金剛寺でお目にかかった......』
『そう。忘れてはいませぬ。本阿弥光悦どの』
『御無事でお在でられたとは、さてさてめでたい。実は、仄かに、おうわさを聞き、生死のほども案じておりましたが』
『誰に聞きましたか』
『武蔵どのから』
『え。先生のお口から? ......はて、どうしてであろう』
『あなたが、九度山衆に捕まって、どうやら隠密の疑いで、害されたかも知れぬという消息は、小倉の方から聞えて来たのです。――細川家の御家老、長岡佐渡様のお手紙などから』
『それにしても、先生が御存じの仔細は』
『今朝お立ちになる昨日まで、武蔵殿は、てまえの門内の長屋にお住居でした。その居所が小倉へ聞えたので、小倉からも度々、書面の通ううち、お連れの伊織殿も今では長岡家に居るとやらで』
『えっ。......では伊織は、無事におりまするか』
権之助は、今日の今、初めてそれを知ったらしく、そしてむしろ、茫然たる面持だった。
『ともあれ、ここでは』
と光悦に誘われて、近くの磯茶屋の床几を借り、交交に語りあってみると、権之助が意外としたのもむりはない。
月叟伝心――九度山の幸村は、あの時、権之助を一見すると、遉にすぐ、権之助の人となりを知ってくれた。
で、彼の繩目は、
(部下の過失)
と、即座に、幸村の謝罪と共に解かれ、禍はかえって、ひとりの知己を得る幸いになった。
それから、紀伊越の山の割れ目に墜ちた伊織の身を、幸村の配下の者も、力を協せて探してくれたが、杳として、きょうまで、生死も知れなかった。
断層の谷間に、死骸は見あたらないので、
(生きている)
とは、確信していたものの、それだけでは、やがて、師の武蔵にあわせる顔もない。
以来、権之助は、近畿をたずね歩いていた。
稀々、巷間には、近く武蔵と細川家の巌流とが、一戦の約を果すとか、もっぱら噂もあって、武蔵が京あたりにいるらしい事も察したが、何しろ、合せる顔もないとして、権之助はそう聞くほど更に、伊織を尋ねることに焦心っていたのだった。
――と。その武蔵が、愈々、小倉へ向って立つという事を、きのう九度山で聞いた。
(かくては何日か)
と、意を決し、面を冒して会うつもりで、早々、道を急いで来たのだったが、船の時刻が確としない為、一足ちがいとなり、何とも残念至極――と、繰り返して、権之助はいうのだつた。
四
光悦は、なぐさめて、
『いや、そうお悔みなさるには当るまい。次の便船までには数日の間があろうが、陸路を追って行かれれば、小倉表で武蔵殿に会うなり、長岡家を訪れて、伊織殿と御一緒になるなりすれば――』
いうと、権之助は、
『元より、すぐ陸路を参るつもりでは御座いますが、小倉へ着くまでの間でも、先生とひとつに居て、お身廻りの事でも勤めたかったのでござります』
と、衷情を述べ、
『それに、今度の御発足は、怖らく先生にとっても、生涯の御浮沈かと思われます。平常、御修行にひたむきな武蔵様の事ゆえ、万が一つにも、巌流に敗れをとるような儀はあるまいとは思われますが――勝敗はわかりません。あながち、修行を積んだ者が勝ち、驕者は負けるとも限りません。――そこに人間力を超えたものも加わるのが、勝負の運、又、兵家の常ですから』
『けれど、あの沈着ぶりなら、自信がありそうです。お案じには及びますまい』
『と、思いはしますが、聞く所に依ると、佐々木巌流というものは、遉に稀れな天才らしゅうございます。殊に、細川家に召抱えられてからは、朝暮の自戒鍛錬は一通りでないとも聞き及びました』
『驕慢な天才と、凡質を孜々と研いた人と、いずれが勝つかの試合ですな』
『武蔵様も、凡質とは思われませんが』
『いや決して、天稟の才質ではありますまい。その才分を自ら恃んでいる風がない。あの人は、自分の凡質を知っているから、絶えまなく、研こうとしている。人に見えない苦しみをしている。それが、何かの時、鏘然と光って出ると、人はすぐ天稟の才能だという。――勉めない人が自ら懶惰をなぐさめてそういうのですよ』
『......いや、おおきに』
権之助は、自分がいわれている気がした。そしてそういう光悦の、のどかで間の広い横顔をながめながら、
(この人も)
と、思い合される所があった。見るからに悠閑の逸人らしい。何の険も針もない眸も、ひとたび彼の生む芸術へかかった時の光りはこうではあるまいと思われた。汀にさざ波一つない日の湖と山雨を孕んだ時の湖とぐらいな相違があるのではなかろうかと。
『光悦どの。まだお帰りになりませんか』
その時、若い身を法衣につつんでいる男が、茶屋をのぞいていった。
『オ。又八さんか』
光悦は、床几を離れ、
『――では、連れが待っていますから』
と、権之助へ、挨拶を残すと、権之助も共に起って、
『いずれ、大坂まで』
『そうです。間に合えば、夜船ででも、淀川から帰りたいと思いますが』
『――では、大坂まで、御一緒に参りましょう』
権之助は、そのまま陸路を豊前の小倉まで行くつもりらしい。
若い妻を連れた灰屋の息子や、細川藩の留守居や、他の人々も、それぞれ一組になって、同じ道を、先へ行くもあり、後から来る者もあった。
又八の現在やら、以前の身上ばなしなど、その途途、何かと語り種になった。
『どうか、武蔵どのが、首尾よくやればよいが、あれで、佐々木小次郎も、喰えぬ男だし、凄い腕を持っているからな』
又八は、時々、憂わしげに呟いた。小次郎の恐るべきことを、彼はよく知っていたからである。
黄昏――
三人はもう大坂の人混を歩いていたが、気がつくと、いつのまにか、又八が連れの中から見えなくなっていた。
五
『どこへ行ったのやら?』
光悦と権之助とは、道をもどって、連れの姿を、夕方の往来にさがした。
又八は、と或る橋の袂に、ぼんやり立っていた。
『何を見て? ......』
と、怪しみながら、彼の様子を二人が遠くから見まもっていると、又八の眼は、河原にあって、夕方の仕掛に忙しい鍋釜だの、野菜物だの、玄米だのを洗っているこの附近の長屋女房のかしましい群に、じっと注いでいるらしいのである。
『はての、あの容子は』
凡事でないその面持を遠方からも察したので、わざと二人は、しばらく彼の意のままに措いて、言葉をかけずに待っていた。
『......ああ、朱実だ。......朱実にちがいない』
又八は、独り、そこに佇んでうめくように唇から洩らした。
河原の女房たちの中に、その朱実のすがたを、彼は見出していたのだった。
偶然――という気もしたが、偶然でない気も一層強くした。
かりそめにも、江戸表の芝の長屋では、女房とよんだ女である。その時は、宿世のふかい縁などとは元より思いもしなかったが、時経て、まして黒衣に身をつつんで後は、そうした戯れ事に似た事も、戯れ事とはなし限れない、罪業を胸に詫びていた。
――が、朱実の姿は、はなはだしく変っていた。
その変った姿を、通りすがりの橋の上からひと目見て、すぐ、
(あっ、朱実)
と、胸打つほどのものは、恐らく自分だけしかあるまいと思う。偶然ではない、生命と生命との交流は、同じ土に息づいている以上、いつかこうあるのが本当である。
それはさて措き。
変り果てた朱実には、つい一年余ほど前の色も姿態もなかった。汚い負紐で、背なかには、二歳ばかりの嬰児を背負っていた。
朱実の産んだ児!
又八の胸には、まずそれがどきっと響いたにちがいない。
朱実の面も、見ちがえるほど、瘦せている。それに、髪も埃のままの束ね髪で、木綿筒袖の、見得も風もないのを裾短に着、腕には重たげな手籠をかけ、口達者な長屋女房の揶揄半分な囀りのなかに、物売の腰を低めているのだった。
手籠の中には、海草だの、蛤や鮑などが売れ残っていた。背なかの児が、時々泣くので、籠を下へ置いては、子をあやし、子が泣きやむと、女房たちへ向って、商をせがんでいるふうだった。
(......あ。あの児は?)
又八は、両手で、自分の頰をぎゅっと抑えた。胸の裡で、歳月をかぞえた。二歳としたら? ああ江戸の時分になる。
――と、すれば。
数寄屋橋の原で、奉行所衆の割竹の下に、筵をならべて、共に百叩きに会ったあげく、西と東に放たれたあの時は――もう彼女の肉体に、今の子どもは胎内にあったわけである。
『............』
夕方の薄ら陽が、河原の河水から又八の顔に揺らいで、顔じゅう溢れる涙みたいに見えた。
うしろを忙しい往来が流れているのも彼は忘れていた。やがて、何も知らない朱実が、売れない手籠の物を腕にかけて、又、とぼとぼと、河原の先へ歩き出してゆくのを見ると、彼は、何もかも打ち忘れて、
『おういっ』
手を揚げて走りかけた。
光悦と権之助とは、そこで初めて、駈け寄りながら、
『又八どの。何じゃ。どうなすったのだ?』
と、呼びかけた。
六
又八は、はっと振向いて、連れの者に、心配をかけていた事を、初めて気づいたかの如く、
『あっ。すみませんでした。......実はその』
実は――といったものの、その実をひとに伝えるには、急場の言葉では分って貰えそうもない。
殊に、今ふと、胸によび起した彼の発心は、彼自身でも、説明にむずかしかった。
勢い、いうことは、そこで唐突にならないわけにゆかない。又八は、喉につかえる交々な感情の中から、最も手っとり早いことだけいった。
『――すこしその、理がありまして、急に私は、還俗しようと思い立ちました。もっとも、まだ、和上から、ほんとの得度もうけていない身ですから、還俗するといっても、いわなくても、元々、ありのままなんですが』
『え......還俗する?』
又八は、辻褄合っているつもりだが、平静に聞く者には、ひどく辻褄が合わなすぎた。
『それは又、どういう仔細かな。どうも御容子がちと変だが』
『詳しい事は、いえませんし、いっても他人には馬鹿げていますが、以前、一緒に暮していた女にそこで会いました』
『ははあ。昔なじんだ女子に』
呆れ顔する二人に、しかも彼は生真面目であった。
『そうです。その女子が、嬰児を負ぶっているのです――。年月を繰ってみると、どうも自分の生ませた子に違いありません』
『ほんとですか』
『ほんとに子を負ぶって、河原を物売して歩いてたんで』
『いやいや、落着いて、よく考えてごらんなさい。いつ別れた女子か知らぬが、ほんとに、自分の子かどうか』
『疑ってみるまでもありません。いつの間にか、てまえは父になっていたのです。......知らなかった。済まなかった。......急に今、胸を責めつけられました。てまえは彼の女に、あんな惨めな物売はさせては置かれません。又、子に対しても、父らしい務めをしなければなりません』
『............』
光悦は、権之助と、顔を見合わせて、多少の不安を覚えながらも、
『......では、浮いたはなしではないのじゃなあ』
と、つぶやいた。
又八は、法衣を解き、数珠と共に、光悦の手に託して、
『まことに、憚りですが、これを妙心寺の愚堂様に、御返上申してください。そして恐れ入りますが、今のように仰っしゃって、又八は大坂でひとまず父になって、働くと伝えて下さいませぬか』
『いいのかな。そんな事で、これをお返し申して』
『和上様は、常々てまえにいって居ました。町へ帰りたかったらいつでも去れよと』
『ふうむ......』
『又。修行は寺でもできぬ事はないが、世間の修行が難事。汚いもの、穢れたものを忌み厭うて、寺にはいって浄いとする者より、噓、穢れ、惑い、争い、あらゆる醜悪のなかに住んでも、穢れぬ修行こそ、真の行であるともいわれました』
『むむ、いかさまの』
『で、もう一年の余も、お側におりますが、てまえにもまだ、法名も下さいません。きょうまで、又八、又八で済ましていました。――後で又、いつでも、自分でわからない事ができたら、和上様の御門へ駈けこみます。どうぞ、そうお伝え置きくださいまし』
いい終ると、又八は河原へ駈け下り、もう夕霧に仄暗い人影を、あれかそこかと追って行った。
待 宵 舟
一
旗のような、紅い夕雲がひときれ飛んでいる。凪いだ海の底を、蛸の這うのも見えるほど、水も空も、この夕方は澄んでいた。
その飾磨の浦の川尻に、午ごろから小舟をつないで、やがて迫る黄昏に、佗しい炊煙をあげている一艘の世帯がある。
『寒うはないかの。......風が冷とうなって来たが』
七厘の火に、柴を折り燻べながら、お杉ばばは、舟底へいう。
そこの苫の陰には、船頭の妻とも見えぬ嫋かな病人が、つかね髪を木枕にあてて、白い面をなかば、夜具の襟にかくして寝ていた。
『......いいえ』
病人は、微かに顔を振る。
そして、少し身を擡げ、粥を煮る米を洗って七厘へ仕掛けているばばの姿をそこから伏拝むように、
『ばば様、あなたこそ、先頃からお風邪ぎみではございませんか。――もう余り、わたしの事で御心配なさらないで......』
と、いう。
『なんの』
ばばは、振顧って、
『そなたこそ、そのようにいちいち気がねしてたもるな。......のうお通よ。やがて待人の船も見えるほどに、粥なと食べ、力をつけて、待ったがよい』
『ありがとう存じまする』
お通は、ふと、涙をうるませ、苫の陰から、沖をながめた。
蛸釣舟や、荷舟や、幾つかの舟影は見えたが、彼女の待つ堺港から立った豊前通いの便船は、まだ帆影すら見えて来ない。
『............』
ばばは、鍋をかけ、火口をのぞいている。粥はやがてくたくたと煮えて来た。
徐々に、雲は暗くなる――
『はて、遅いのう。遅くも夕方までには着こうとの事じゃったが』
波の障りもない海なのに――と、ばばも、待つ船を、頻りと待ちあぐねて、沖を見てはつぶやいた。
いうまでもなく。
この夕方に寄る予定の便船というのは、つい昨日、堺港を出た太郎左衛門船の事で、それには、小倉へ下る宮本武蔵が便乗したと――早くも山陽の街道筋には知れ渡っていた。
うわさを、聞くと同時。
姫路の青木丹左衛門の子息城太郎は、すぐ使を走らせて、讃甘の本位田家へ知らせた。
知らせをうけたばばは、その吉報をたずさえて、又すぐ、村の七宝寺へ駈けた。お通は、そこに病を養っていた。
去年の秋の末頃、暴風雨の夜、佐用山の窟へ、ばばを救いに行って、却っておばばの酷い打擲にあい、気を失ってしまったあの時の明方から――ずっと続いて、意識は元に蘇えっても、体のぐあいは、前のようにすぐれなかった。
(ゆるして下されや。腹の癒ゆるまで、このばばをどんなにもして――)
その後のばばは、彼女の顔を見るごとに、懺悔の涙をながしていう。
お通は又、
(勿体ない)
と、それをしも、かえって苦痛にして、自分の体には、以前からどことなく、こうした持病の芽があったので、決して、ばば様のせいでは無いとなぐさめる。
事実。お通には、そうした病の経歴が無くはない。数年前、京都の烏丸光広の館にいた頃も、幾月かを病に臥した事があり、その折と今度と、朝夕の容態も、よく似ていた。
夕方になると、微熱が出て、軽い咳がともなった。目に見えぬほどずつ、体は瘦せてゆき、その麗しい容貌は、よけいに麗しさを増し、むしろその美はあまりに研がれ過ぎて来て、対語する者をして、ふと憂えしめるほどだった。
二
しかし――
彼女のひとみは、いつも欣びと希望にみちていた。
欣びとしては。
(おばば様が、自分の心を分って下すったのみか、同時に、武蔵様やすべての人達へも、御自身の過ちへお気がついて、生れ変ったような、優しいばば様に成って下された――)
と、いう事実を眼に見、又、生きている希望としては、
(近いうちに)
と、何がなし、心待ちの人と会う日も、近い心地を、覚えていた。
ばばも亦、あれ以来は、
(きょうまでの、わしが罪と、心得違いより、そなたを不幸にした償いには、きっと、武蔵どのへ、ばばが両手をついて詫びても、そなたの身を、よいように頼んで進ぜるぞよ)
そういって、一族の者は元より村の誰彼へも、お通と又八との、曾つての古証文は、きれいに破棄して、やがてお通の良人たる人は、武蔵でなくてはならないと、自分の口からいうほどに変っていた。
武蔵の姉のお吟は、ばばがまだこういう気持にならない前には、彼女を呼び出すために噓をいって、佐用村の附近にいるようなことをいったが、事実は、武蔵が出奔後、播磨の縁類へ一時身を寄せ、そこから他へかたづいたとかいうのみで、その後の消息は、伝わっていなかった。
で――。七宝寺に戻って、以前からの知辺といえば、やはり誰よりもおばばとが濃い仲だった。そのおばばは又、朝晩に七宝寺を見舞って、
(薬は服んだか。――食物は。――きょうの気分は?)
と、真心のありたけを傾けた、看護の世話をしてくれたり、又、心を力づけてくれるのだった。
又、ある時はしみじみと、
(もし、いつか窟で、そなたがあのまま、蘇えらなんだら、わしもその場で、死ぬ気であった)
ともいった。
偽の多い人だったから、彼女も初めは、ばばの懺悔に、又いつ、変化が来まいものでもないと思っていたが、日がたつほど、かえってばばの真情は、濃く厚く、細やかになるばかりだった。
時には、
(こんなに好いお方とは思わなかった)
と、お通ですら、以前のばばと今のお杉とが、同一に考えられない程だったから、本位田家の親しい者も、村の人々も、
(どうして、あんなに変りなさったか)
と、皆いい合った。
その中に、誰よりも、幸福を知って来たのは、おばば自身であった。
会う者、ことばを交す者、身近の者――すべてが、自分に対して、以前とは、まるで変って来たからである。にこやかに迎え、にこやかに迎えられ、よい老婆と敬われる幸福を、六十を越えて、彼女ははじめて知ったのである。
ある者は、ぶっつけに、
(ばばさんはこの頃、お顔までよいお顔になんなすったのう)
と、正直にいった。
(そうかも知れぬ)
と、ばばはそっと、鏡を取り出して、自分の相を見入った。
しみじみと、歳月を覚えた。故郷を立った頃には、まだまだ半分以上も、交っていた黒い髪も、一毛のこらず真っ白になっていた。
心の相も。
顔かたちも。
純一で、白いものに、立ち回っているように、自分の眼にも見えた。
三
(堺港を出る朔日の太郎左衛門船で、武蔵どのは、小倉へ赴くそうな)
かねて、武蔵が通過する節はすぐ知らせるといっていた姫路の城太郎から、斯くとの知らせに、
(どうしやる?)
問うまでもないが、お通へ心を訊くと、お通は、元より、
(行きます)
と、いう。
夕方はいつも、微熱が出て、大事に夜具へ身を容れているが、歩けぬほどな病気ではない。
(さらば)
と、直ぐ七宝寺を立ち、途中はお杉がわが子のように見まもって、一夜を、青木丹左衛門の屋敷に休み、
(豊前通いの便船なら、飾磨へは必ず寄る筈。一夜は、積荷を下ろすため、泊りとなろう。藩の人々も、出迎えに行くが、そなた達は、人目につかぬように、川尻の小舟にいたがよい。――会う機は、わし等父子が、よいように作って進ぜる)
と、丹左衛門のことばに、
(なにぶん)
と、その日、午ごろ飾磨の浦につき、川尻の舟に、お通をやすめ、以前、お通の乳母なる人の家から、何かと物など運ばせて、太郎左衛門船がはいるのを、今か今かと待ちかねていたのだった。
ちょうど、その乳母なる人の染屋の垣の近くには、べつに、武蔵の通過を、かねてから待って、彼のために、壮途を祝し、一夕の宴をもうけて、又、彼の人間をも見ようとする姫路藩の人々が、二十余名も、駕籠までもって、迎えに出ていた。
その中に、青木丹左衛門も居、青木城太郎もいた。
姫路の池田家と武蔵とは、その郷土的にも、亦、武蔵が若年時代の記憶にも浅からぬ縁がある。
(当然、彼は光栄とするだろう)
迎えに出ている池田家の藩士たちは、皆、そう意識していた。
丹左衛門も、城太郎も、その見解に変りはなかった。
けれどただ、お通の姿をその人たちに見せて、誤解を招いてはいけない。武蔵も迷惑とするかもしれもしれない。――そう考えたので、わざと彼女とお杉だけは川尻の小舟へ遠のけておいたのだった。
――が。どうしたのか。
海は暮れ、夕雲の茜はうすれ、いつとはなく宵明りが青黒くただよって来るのに、まだ、船の影は見えても来ない――
『遅れたのかな?』
誰かが、一同を顧みる。
『――そんな筈はないが』
と、自分の責任のように答えたのは、京都の藩邸にいて、武蔵が船便で朔日に立つと聞くと共に早馬で知らせて来た藩士だった。
『船の出る前、堺の小林へ使をやり、朔日立ちと、確かめても来たのだから』
『風もないきょうの凪、そう遅れるわけはないからやがて見えよう』
『その風がないから、帆走りはよほどちがう。遅れたのは、そのせいじゃよ』
立ちくたびれて、砂に坐る者もある。白い夕星が、いつか、播磨灘の空をつつんでいた。
『ア! 見えた』
『見えたか』
『――あの帆影らしい』
『おお。なるほど』
ようやく、人々は、騒めき立って、浜の船着のほうへ、ぞろぞろ歩いて行った。
城太郎は、その群を、そっと走りぬけて、川尻へ駈けて行き、下の苫船へ向って大声で告げた。
『――お通さん。ばば殿。見えたぞ。武蔵様の乗っている船の影が』
四
こよい寄る堺の太郎左衛門船。待ちかねていた武蔵の乗っている便船。それらしいのが今沖から見えて来たとの知らせに小舟の苫は、
『えっ。......見えてか』
と、揺れうごいて、
『何処に』
と、ばばも起つ。
お通もわれを忘れていう。
『――あぶない』
ばばはあわてて、舷へ槌り立とうとするお通を、抱き支えた。
そして共に、身を伸ばし、
『おお、あれかの?』
息をのんで見まもった。
宵凪の海づらを、星明りに黒い翼を張って、一艘の大きな帆船が――見まもる二人のひとみの中へ辷り込んで来るように、見ている間に、近づいてくる。
城太郎は、岸に立って、指さしながら、
『あれだ......あれだ』
『城太どの』
ばばは、確と。――離せば萎えて、そのままほろりと、小舟の縁から落ちてしまいそうな、お通の体を抱きしめて、
『済まぬが、急いで、この小舟の櫓を把って、あの便船の下へ漕ぎ寄せてたもらぬか。――少しも早う、会わせたい。ものいわせたい。お通を連れて武蔵どのへ』
『いや、ばば殿。そう急いたところで、致し方はない。今、藩の方々が、彼方の浜に立ち並んで待ちうけておられるし、早速に、船手の者が一名、早舟を漕ぎ出して、武蔵様を迎えに行った』
『では猶さらの事。そう人目をはばかってばかり居ては、お通を会わせる遑もあるまいに。――わしがどうなと、人前はいい繕おう。家中の衆に囲まれて、お客として持って行かれぬまに、一日でも先に会わせてやりたい』
『困りましたなあ』
『だから、染屋の家に、待っていた方が好かったに、おぬしが、藩の衆の人目ばかり恐れるので、このような小舟に潜み、かえってどうもならぬではないか』
『いやいや、そんな事はありませぬ。世上の口はうるさいもの、大事な場所へ赴かれる矢先に、あらぬ噂でも流れてはと、父の丹左衛門が案じるので、取計らった迄でござる。......ですから、父とも計らい、後刻、隙を見て、武蔵様をここへお連れ申して参りますゆえ、それまで、窮屈でもここに待っていて下さい』
『ではきっと、これへ武蔵どのを、案内して来て下さるかの』
『迎えの小舟から、武蔵様が上りましたら、ひとまず、染屋の縁を借りて、家中共も御一緒に休息となりましょう。......その間に、ちょっとお連れ申します』
『待っていますぞよ。固くたのんだぞ』
『そうして下さい。......お通どのも、その間、そっと寝んでおられたがよい』
いい捨てて、城太郎は遽かに気も忙しげに、元の浜辺のほうへ駈け去った。
ばばは、お通をそっと、苫の陰の臥床へ抱えて、
『寝ていやい』
と、労わった。
木枕に、面を伏せると、お通はしばらく咽せているのだった。今、急激に身を動かしたのが悪かったか、あまりに潮の香が強いためか――
『また咳が出るのう』
ばばは、彼女の薄い背をさすって与えながら、その病苦を紛れさせようとしてか、頻りに、武蔵がここに見えるのも、もう僅かな間と、うわさした。
『ばば様。もう何ともございません。ありがとう御座います。勿体ない、どうぞお手を休めて』
咳がやむと、彼女は、髪のみだれを撫であげて、ふと、わが姿を顧みた。
五
かなり時が経った。だが、待つ人はなかなか来なかった。
ばばは、お通ひとりを舟に残して、岸へ上った。城太郎が案内して来る筈の武蔵の影を、そこに佇んで待ちあぐねている様子――
お通は。
やがて、武蔵がここへ来るかと思うと、人知れず動悸が打って、静かに身を横たえてもいられないらしい。
木枕や臥床を、苫の隅へ押しやって、襟をあわせたり帯の結びを直したりした。恋を覚えそめた十七、八の年頃の動悸も、今の動悸も、彼女には少しも変って来たふうがない。
小舟の舳には、篝火が吊ってあった。夜の江口にその火は照りはえて、お通の胸にも赤々と燃えさかった。
彼女は今、病を忘れていた。小舟の縁から白い手をのばし、櫛をぬらして髪を撫であげた。そして掌に少しの白粉を溶き、それとも知れぬほど淡く顔を粧った。
彼女は人にも聞いている。
侍ですら、深い眠りをとった直ぐ後とか、体のすぐれぬ時などに、やむなく君前に出たり人と会う時は、手水をつかう間にそっと手早く、頰に隠し紅を粧って、はればれしく対語するとか――いう心懸を。
『......だが、何といおう』
お通は又、武蔵と会った上のことが心配になった。
語れば、生涯はなしても、尽きないほどなものはある。
けれど、いつもいつも、会えば何もいえなかった。
何の為に!
と、彼人は又怒るかもしれないと惧れる。
折も折である。
世上にも聞え渡って、天下の衆目の中を今、佐々木小次郎との試合にゆく途中とあれば、彼の気性、彼の信念、おそらく自分と会うことなど、楽しい事とは思うてもくれまい。
が――それだけに、彼女にとっては、猶さら一期の折であった。相手の小次郎に武蔵が敗れるとは思えなかったが、不測な敗北がないとは又、いえない気もする。いやいや、いずれが勝つか、という世評では、武蔵が強しとする者、小次郎が優れたりという者、相なかばしているのである。
もし、きょうという折を措いて、万が一にも、このままふたたびこの世で相見ることができないような不幸が――かりにもあったとしたら、悔は百年の後も消すことができないであろう。
天にあっては比翼の鳥、地に在っては連理の枝とならん――と来世を願った漢帝の悔恨を、胸に歌に繰り返して、泣き死んでも追いつかない事である。
――何と叱られても。
と、彼女は病苦を人へは軽く見せて迄、強い気持でここへは来たのであったが、こうして愈々、その人と会う時が迫ってみると、胸は痛いほどときめき、心は武蔵がどう思うかを惧れ案じて、会うての上のことばすら、見つからなかった。
岸へ上って佇んでいるおばばは又おばばで、こよい武蔵と会ったら、先ず何よりも積年の怨みや誤解を水に流して、心の重荷を解きほぐしたい。又、その証として、彼が何といおうと、お通の生涯は、彼に託さなければならない。手をついて頼んででも、そうしてやらねばお通にもすまない――
などと独り、胸に誓いながら、水明りの宵闇を見まもっていると、
『――ばば殿か』
駈けて来た城太郎の影が、近づきながら呼びかけた。
六
『待ちかねていた。城太どのよ。――して、武蔵どのには、直ぐこれへ見えますかの』
『ばば殿。残念だ』
『え。残念とは』
『聞いてくれ。仔細はこうだ』
『仔細などは、後でよい。いったい武蔵どのには、これへ来るのか、来ないのか』
『来ぬ』
『なに、来ぬと』
ばばは茫然、そういって、お通と共に、昼から待ちぬいていた心の張を崩して、見るにたえない失望の色を顔にあらわした。
――で、いい難そうに、城太郎がやがて説明していうには。
実はあれから、ややしばし、同藩の人々と共に、便船から上って来る武蔵の軽舸を待っていたところ、いつになっても、沙汰もなし、軽舸も来ない。
でも、太郎左衛門船の影は、遠浅の沖に泊って、見えているので、何かの都合で、遅れたのであろうかと、噂しながら、一同なお浜辺に立ち並んでいたが、やがて沖へ迎えに行ったお船手の軽舸の者が、漕ぎ戻って来る様子。
やれ、見えた――
と思ったのも束の間、見れば軽舸の上には、武蔵の姿も見えぬ。どうした理か、訊ねると、
(こんどの船都合は、この飾磨に上る旅客もなし、少しの積荷は、沖待の船頭から受取ったので、船はすぐここから室の津へ廻し、先を急ぐので)
という便船の者の言葉だとある。
そこで、軽舸の者は又、
(この便船には、宮本武蔵と申さるるお人が乗り合ておる筈。姫路藩の家中の者でござるが、一夜はお泊りと存じ、他の者も大勢、浜までお迎えに参っております。わずかな間でも、ちょっとこの軽舸でお上りくださるまいか)
そう申し入れたところ、船頭の取次を聞いて、やがて武蔵の姿が艫の舷にあらわれ、下の軽舸へ向っていうには、
(せっかくの御好意なれど、このたびは、御承知のとおり大事の一儀にて、小倉におもむく途中の旁々、便船もこよいのうち室の津へまわる由。あしからず御一同へお伝えを)
との事に已むなく引き返して来ると、その軽舸が浜へ戻って報告している間に、太郎左衛門船はふたたび帆を張り、今、飾磨の浦から立ったばかり――というのであった。
城太郎は、こう仔細を告げ、
『是非もない儀と、家中の者も一同立ち去った。――だが、ばば殿、此方は何としたものだろう』
と彼も失望の底に落ちたように力なくいうと、
『なんじゃ、ではもう、太郎左衛門船は、この浦を出て、室の津へ向うたというか』
『そうだ。......あれ、ばば殿には見えぬか。今、洲の先の松原を交して、西へ行く船が、太郎左衛門船。......あの艫には武蔵様が立っているかも知れぬ』
『おう......あの船影か』
『......残念ながら』
『これ城太どの。自体、そなたが落度であろうが。なぜ、迎えの軽舸へ自分も乗って』
『いまさら何を申しても』
『ええまあ、みすみす船の影をそこに見ながら、口惜しいことわいな。......お通に、何というて聞かそうぞ。城太どの、わしにはいえぬ。......そなたから仔細を告げてたも。......したが、よう落着かせてから話さぬと、一層、病気を悪うするかもしれぬぞよ』
七
城太郎が告げに行かなくても、ばばが辛い心を忍んで伝えなくても、そこでの二人の話し声は、小舟の苫の陰に居て、耳澄ましているお通へはもう聞えていた。
どぶり......どぶり......
舷をたたく川口の静かな夜波に胸を衝かれて、あふれ出る涙をどうしようもなかった。
さはいえ。
彼女はこよいの薄縁を、城太郎のように、ばばのように、遣る方なき残念とはしなかった。
(こよい会えなければ他の日に、ここで語れねば又よその渚で)
と、独りしている十年の誓に少しも変りはない。
むしろ武蔵様が、降りて途中の土を踏まない気持に、
(さもあろう)
とすら、同じ心が持てるのであった。
聞説。――巌流佐々木小次郎という者は、今では中国九州に亙って人もゆるす達人、その道の覇者。
武蔵を迎えて、雌雄を決しようというからには、人のみか、彼自身、必勝の信念ができているに違いはない。
いかに武蔵でも、こんどの九州行は、決して平安な浪路ではないであろう。 ――お通は自分を怨む前に、そう思う。――そう思っては又、とめどない涙の中に沈むのだった。
『......あの船に、あの船に武蔵様は』
今、松原の洲先から西へゆく帆影を見まもりながら、滂沱と流るる涙に顔をまかせ、彼女は小舟の縁に身も世もなかった。
――ふと。
彼女は涙の底から、彼女自身も気づかない烈しい力を呼び起していた。
それば、病をも、あらゆる困難をも、亦、長い年月をも、衝き貫いて来た強い一筋の意志だった。
弱い――肉体も、情にも、姿も見るからに弱々しい、彼女のどこに、そんな強固なものが潜んでいるのかと怪しまれる程、それは今、屹と胸を衝いて彼女の頰にほの紅く血を上せて来たのだった。
『ばば様。――城太さん』
ふいに、彼女は舟から呼んだ。
二人は、岸のすぐ上へ、近づいて来て、
『お通どの』
何と話そう。思い惑って、くもり声で城太郎が答えた。
『聞きました。船の御都合で、武蔵様がお見えにならない事は、今、お二人のおはなしで......』
『聞かれたか』
『はい。嘆いても及びませぬ。又、徒らに悲しんでいる時でもございません。この上は、いっその事、小倉表まで参りとう存じます。そして、試合の御様子を見届けたいと思います。――もしもの事が全くないとは、どうしていい切れましょう。その時にはお骨を拾うて戻る覚悟でございまする』
『――でも、その病体では』
『病――』
お通はその時まったく、自分が病人である事は忘れていた。しかし城太郎にそう注意されても彼女の意志は肉体を超えて、はるかに高い健康な信念の中に呼吸していた。
『お案じくださいますな。......もう何ともございません。いいえ、少しぐらいな事はあっても、試合の御先途を、見届けるまでは......』
死にはしません!
いいかけた終りの一言は、胸に抑えて、すぐ懸命に身づくろいを直し、舟の小縁に縋りながら、這うように岸へ自分で上って来た。
『............』
城太郎は、両手で顔を抑えたまま、後を向いてしまい、ばばは、声をもらして、泣いていた。
鷹 と 女 と
一
以前、慶長五年の乱までは、勝野城といい、毛利壱岐守勝信の居城だった小倉には、その後、新城の白壁や櫓が増築されて、城の威容は、ずっと整って来た。
細川忠興、忠利と、もう小倉城も二代にわたる国主の府となっていた。
巌流佐々木小次郎は、ほとんど隔日に登城して、忠利公をはじめ、一藩の者に指南していた。――富田勢源の富田流から出て、鐘巻自斎を経、彼に至って、自己の創意と、二祖の工夫とを合一して成った――巌流とよぶ一派の剣法は、彼が豊前へ来てから、幾年ともたたぬまに、藩の上下に行われ、九州一円を風靡し、遠くは四国中国からも、風を慕って、城下に来て一年も二年も遊学し、彼の門に師礼を執って印可を得て帰国しようとする者がずいぶんと多かった。
彼の肩に、衆望があつまると共に、主君の忠利も、
『よい者を召抱えた』
と、よろこんでいる。
又、家中の上下が、挙って、
『人物だ』
といった。
定評となってきた。
氏家孫四郎は、新陰流をつかい彼が赴任して来るまでの、師範役であったが、巨星巌流のひかりに孫四郎の存在は、いつか有るか無きかになってしまった。
小次郎は、忠利公に願って、
『孫四郎殿をも、何とぞ、お見捨てなきように、地味な剣法にはございますが、それがしなど若年の剣よりも、どこかに一日の長もあるように存じますれば』
と、称揚して、指南の勤務も、氏家孫四郎と、隔日という事に、彼の口から提議した。
又。ある時、
『小次郎は、孫四郎の剣を、地味なれど一日の長があるという。孫四郎は、小次郎の刀法を、所詮自分などの及ばね天稟の名手という。いずれが然るか、いちど手合せしてみい』
と、忠利のことばに、
『かしこまってござりまする』
いなやなく、双方、木剣を把って、君前でたたかった折に――小次郎は機を見て、
『恐れ入りました』
と、先に木剣を措いて、孫四郎の足下に坐し、孫四郎も亦あわてて、
『いや、御謙遜。所詮、てまえなどの敵たる其許ではござらぬ』
と、互いに、勝をゆずり合った事などもあった。
こうした事々が、いよいよ、
『さすがは、巌流先生』
『おえらいもの』
『奥ゆかしい』
『底の知れぬお方じゃ』
と、衆の信望をあつめて、今では彼が、隔日に、馬上七名の供に槍を立たせて登城の途中でも、その姿を仰ぐ者は、わざわざでも馬前へ寄って来て、礼を施してゆく位、尊敬の的になっていた。
――だが、
それほどな、寛度を、落目の氏家孫四郎に示す彼も、ひとたび、
(――武蔵も近頃は)
と、不用意にかたわらの者が、宮本とか武蔵とかを口にして、その近畿や東国に於ける世評のよい事を伝えると、
(ああ、武蔵か)
と、巌流の語気はたちまち冷ややかなる狭小人の陰口に似たものとなり、
(あれも、近頃は、小賢しく世にも知られ、二刀流とか自称しておるそうな。元来、器用な力のある男で、京大坂あたりでは、ちょっと立ち対える者もあるまいからな)
などと、誹謗するともつかず、賞めるともつかず、その顔色にも何か出すまいとするものを抑えていうのが常であった。
二
時には又、巌流の萩之小路の屋敷をたずねる遍歴の武芸者が、
(まだ一度も、会ってみた事はないが、武蔵どのの名は、名ばかりでなく、上泉塚原以後、柳生家の中興石舟斎をのぞいては、まず当今の名人――名人といっては過賞なら、達人といってもさしつかえあるまいと、もっぱら称揚する仁が多いようでござるが)
と、彼と武蔵との、宿年の感情をわきまえずに、図に乗っていいでもすると、
(そうかな。ははは)
小次郎の巌流は、その面の色をかくすによしなく、苦々しく冷笑して、
『世間は盲千人と申すからなあ。彼を、名人という者もあろう。達人と称す人もなくはあるまい。......だが、それほどに、実は世上の兵法というものが、質において低下し、風においては廃れ、ただ売名に長けた、小賢しき者のみが、横行する時代である事を、証拠だてておるのではなかろうかな。――人は知らず、この巌流の眼から見れば、彼がかつて、京都で虚名を売った――吉岡一門との試合、わけて、十二、三歳の一子までを、一乗寺村で斬り捨てたごときは、その残忍、その卑劣――卑劣といったのみでは分るまいが、あの時、彼は一人、吉岡方は大勢だったに違いないが、何ぞ知らん、彼は逸早く逃げていたのだ。その他、彼の生立を見、彼の野望する所を見ても、唾棄すべき人物と、それがしは見ておるが。......ははは、兵法世渡りが達人というなら賛同できるが、剣そのものの達人とは、それがしには思えぬ事だ。世間は甘いものでなあ』
猶。
議論する者が、それ以上にも、突っ込んで、武蔵を称めれば、巌流は、それ自体が、自身を嘲蔑する言葉かの如く、面を朱にしてまでも、
(武蔵は、残忍にして、しかもたたかうに卑屈。兵法者の風上にもおけぬ人物)
と、相手の者をして、是認させてしまわないうちは、歇まないほどな、反感を示した。
これには、彼を、
(一箇の人格者)
とまで、尊敬を払っている家中の人々も、ひそかに、意外としていたが、やがて、
(武蔵と、佐々木小次郎とは、何か積年の怨みのある間だそうだ)
と、伝える者のはなしや、又ほどなく、
(近く、君命で、二人の間に、試合が決行される)
とかいわれ出してから、さては、と従来の不審もうなずかれて、一藩の耳目は、ここ数カ月、その試合の期日と成行とに、そそがれていたのであった。同時に。
かくと城内城下に噂がひろまってから、萩之小路の巌流のやしきへ何かにつけ、朝夕、足しげく通って見える人は、藩老のひとり岩間角兵衛であった。
江戸表詰の頃、彼を、君公に推挙した関係から、今では殆ど、一族の交りをしているその角兵衛。
きょうも。
四月のはじめ。
もう、桜は八重も、散りしいて平庭の泉石の陰を綴って、つつじが真っ紅に咲いていた。
『在宅か――』
と、おとずれ、案内の小侍について奥へ通って来ると、
『おう、岩間どのか』
居間は、陽影のみで、主の佐々木巌流は、庭に立っていた。
鷹を拳に据えて。
そして、よく馴れている鷹は、彼が嘴の先に出している掌の上の餌を、おとなしく喰べていた。
三
主君忠利の命で、武蔵との試合が決定してからほどなく、君公の思いやりもあり、岩間角兵衛のとりなしもあって、――当分の間、隔日の御指南の儀、登城に及ばず。
と、それまでの、心静かな休養をゆるされて、毎日、屋敷に閑を楽しんでいる彼であった。
『巌流どの。きょうな、いよいよ御前で、試合の場所の評議がきまった。――で、さっそく、お耳に入れに来たが』
角兵衛は、立ったままいう。
小侍が、書院の方から、
『どうぞ』
席を設けて、すすめている。角兵衛はそれへ、ウムと頷いたきりで、
『初めは、聞長浜にしようか、紫川の河原にしようか、などと所々、御評議にのぼったが、とても左様な手狭な場所では、たとい矢来を結い繞らそうとも、おびただしい見物の混雑はふせぎきれまいとの事でな......』
『なるほど』
巌流は、拳の鷹に、餌を喰ませながら、その眼や嘴の様に見入っていた。
世間のさわぎや、そんな評議などには、超然として、関心もないように。
――折角、わが事のように、耳に入れに来たものをと、角兵衛は、やや張合ぬけしながら、
『立話もなるまいて、ま、あがらぬか......』
と客である彼の方からうながした。
『しばらく、お待ちを......』
と、巌流は、なお他念なく、
『掌の上の餌だけ、喰べさせてしまいますから』
『御拝領の鷹じゃの』
『されば、去年の秋、御鷹野のみぎりに、お手ずから戴きました天弓と名づくる鷹で、馴れるにつれ、可愛いものでなあ』
掌に残された餌を捨て、朱房の紐を手繰りかえして、
『辰之助、鷹小屋へ入れておけ』
と、うしろにいる年少の門人を顧みて、拳から拳へ、鷹を渡した。
『はい』
辰之助は、鷹を持って、鷹小屋のほうへ退がって行く。邸内はかなり広く、築山の彼方は松に囲まれていた。塀の外はすぐ到津の川岸で、附近には藩士の屋敷も多かった。書院に坐して、
『失礼を』
巌流がいうと、
『いやいや、内輪じゃ、ここへ来れば、わしも、身内か息子の家のように思うておるのだ』
角兵衛は、かえって、打ちくつろぐ。
そこへ、妙齢の小間使が、楚々たる風情で、茶を汲んで来た。
ちらと、客を見あげ、
『粗茶でござりますが』
角兵衛は、首を振って、
『やあ、お光か。いつもあでやかな』
茶碗を取ると、お光は、襟あしまで紅くして、
『――おたわむれを』
逃ぐるように、客の眼から退がって、襖の陰にかくれた。
『馴れれば鷹も愛らしいものだが、性は猛鳥だ。......天弓よりはお光のほうが傍に置くにはよかろう。彼女の身についても、いちど其許の胸を篤と聞いておきたい事もあるが』
『岩間どののお屋敷へ、いつかそっと、お光めがうかがった事がありはしませぬか』
『内密に――というていたが何も隠しておる要もあるまい。実はわしへ相談に見えた事があるが』
『女め。――それがしに口を拭いて今日まで何も申して居りません』
巌流は、白い襖を、ちらと睨めつけていった。
四
『怒るな。むりもない』
岩間角兵衛は、そう宥めて、巌流の眼が柔らぐのを見てから、
『――女の身としては、むしろ案じるのが当然じゃろ。其許の心を疑うのではないが、この儘で、どうなるのかと、行末の身を、考えるのは、誰でもの事』
『ではお光から、すべての事、お聞き取りでござろうが......。いや、面目もない事情で』
『なんの......』
巌流が、やや恥じるのを、角兵衛は打ち消して、
『男女の間、ありがちな事じゃ。いずれ其許も、然るべく妻帯もし、家庭らしゅう、一戸の体も立てねばならぬ。大きな屋敷に住み、多くの門人召使も持ったからには』
『然し、いちど小間使として、屋敷においただけに、世間のてまえも』
『とうてい、今更、お光を捨去るわけにもなるまい。それも妻として不足な女なら又、考えようじゃが、血すじも正しい。しかも聞けば江戸表の小野治郎右衛門忠明の姪じゃという事ではないか』
『そうです』
『お身が、その治郎右衛門忠明の道場へ、単身、試合に出向いて、忠明をして、小野派一刀流の衰退を、覚醒せしめたとかいう事件のあった折――ふと、親しくなったとの事だが』
『相違ございませぬ。お恥かしい儀でござるが、恩人たる貴方へ、隠しだてしては心苦しい。いつかは自分からお打明けしようと思っていました事。......仰っしゃる通り、小野忠明殿と試合して、その帰るさ、もう宵となりましたので、あの小娘が――その頃はまだ叔父の治郎右衛門忠明の傍に仕えておりました今のお光が――小提燈をもって、皀莢坂の暗い道を、町まで送ってくれました』
『ウム。......そんな話だな』
『何げなく、まったく、何のふかい料簡もなく、その途中、戯れに申した言葉を真実に取って、その後、治郎右衛門忠明が、出奔の後、自分を訪ねて参りましたので』
『いや、もうよい。......事情はそのくらいでな。ははは』
角兵衛は、あてられたという顔して、手を振った。
然しそれから間もなく、江戸表の芝の伊皿子を引き払って、この小倉へ移って来るまでも、そういう女性が彼の陰にいた事などは、角兵衛はつい先頃まで知らずにいたので、自分の迂濶に呆れると共に、巌流小次郎のその方の才気や腕や周到なる要意のほどにも、実は舌を巻いたのであった。
『まあ。その事は、わしにまかせておくとせい。いずれにしても、ここの所では、遽かに妻帯の披露もおかしい。――首尾よく、大事の試合を仕果した上のはなしに』
角兵衛はいって、ふと、その方の要談を思い出した。
角兵衛に取って、相手の武蔵の如きは、巌流に比して、何者でもない気がした。むしろ巌流の地位、名声をして、いよいよ、大ならしめるための試錬――とすら自負しきっていた。
『先ほどいった、御評議の上で決した試合の場所じゃが、それは、前にもいった通り、御城下の地では、所詮、混雑はまぬかれまいとの見越から、いっそ海上がよかろう、島がよいとなって、赤間ケ関と門司ケ関との間の小島――穴門ケ島とも、又の名を船島ともいう所でする事と決定いたした』
『ははあ、船島で』
『そうじゃ。――で、武蔵が着かぬうちに一度、よくそこの地の利を踏んでおく方が、何分でも、勝目を取るというものではあるまいか』
五
試合の前に、試合場所の地の利を知っておくことは、有利にちがいなかった。
当日の進退に、足拵えに、又、附近の木立の有無とか、太陽の方向によって、どっちへ敵を立たせて迎えるか等、尠くもいきなり行って勝負にかかるよりは、作戦上にも心の余裕にも差があろう。
岩間角兵衛は、明日にでも、ひとつ釣舟でも雇って、船島へ下見に行ってみてはと、巌流にすすめたが、巌流がいうには、
『兵法ではすべて、早速の機というものを尊ぶ。こちらに備えあるも、敵が備えを破るに備えの裏を搔いて来る場合は、かえって、こちらが出鼻の誤算を取ってしまうような例が往々ある。臨機に自由にありのままな心を以て臨むに如かずです』
角兵衛は(尤もな意見)と、うなずいて、船島の下見は、もうすすめなかった。
巌流はお光をよんで酒の支度を吩附けた。それから宵にかけて打解けて二人は杯に親しんだ。
岩間角兵衛にしてみれば、自分の世話した巌流が、今日かくの如く名声を得、君寵も厚く、大きな邸の主ともなってくれて、その邸でこうして一杯の酒の馳走にでもなるという事は、世話がいがあったという気持から、人生の欣しい事の一つを杯の一口一口に舐めているような顔つきだった。
『もう、お光を置いて、いうてもよかろう。ともかく、試合が済んだら、国元から年寄身寄の近親も呼び、婚儀も披露し、剣道への執心は、勿論よいが、ひとまず家名の土台を固める事だな。そこまでの事がすめば、角兵衛の世話も、まず......というものじゃが』
親代りになっている気の彼は、ひとりで上機嫌だったが、巌流はしまいまで酔わなかった。
一日ごとに、彼は無口だった。試合の日が近づくにつれ、急に、人出入が多くなった。隔日の登城がない代りに、接客にわずらわされて、静養の意味はなくなった。
そうかといって、彼は、門を閉じて客を謝絶する気にもなれなかった。巌流殿は門を閉めて人にも会わぬ――といわれるのは、何か卑怯めいて聞えやすい。そういう所に彼は割合に気を遣った。
『辰之助。鷹を出せ』
野支度して、天弓を拳に据え、朝早くから彼は屋敷を出ることに極めた。これはいい思案であったと自分も思った。
気候のよい四月の上旬を、拳に鷹をすえて野山を歩くことは、歩くだけでも大いに気を養った。
琥珀色の眸を、油断なく研ぎすまして、獲物を空に追う鷹の姿を、巌流の眼が又、追っていた。
獲物を、鷹が爪にかけると、チラチラと、鳥の毛が空から降って来た。――巌流は息もしなかった。自分が鷹に成りきって見ていた。
『......よし。あれだ』
彼は、鷹を師として、悟るところがあった。一日ごとに、彼の面上に、自信の色がついて来た。
が、夕方屋敷に帰ってみると、いつもお光の眼は、泣き腫れていた。それを粧い隠しているだけ巌流の胸が傷んだ。だんじて、武蔵に敗れは取らぬと、かたい自信がありながら、お光のそんな姿を見ると、
(......おれに別れたら)
などと、ふと死後の事が考えられたりした。それからまた妙に、常には考えもしない亡き母の事なども思い出された。
(もう、あと幾日もない)
と思って眠る夜毎に、彼の瞼には、琥珀色の鷹の眼と、憂に腫れているお光の眼とが、交々に見えて、その間に、母の姿が明滅していた。
十 三 日 前
一
赤間ケ関もそうである。門司ケ関、小倉城下はもちろんの事だった。この数日のあいだに、旅客の去る者はすくなく、留る者は多く、どこの旅舎もいっぱいで、旅籠の前には必ずある駒繫ぎの棒杭さえ、馬と馬で混み合っていた。
布令申す事
ひとつ。
来る十三日辰之上刻、豊前長門之海門、船島に於て、
当藩士巌流佐々木小次郎儀、試合仰せ被付。
相手方、作州牢人宮本武蔵政名也。
又、ひとつ。
当日、府中火気厳禁の事。
双方のひいき、助太刀の輩共一切、渡海の事かたく禁制。
遊観の舟、便船、漁舟等も同様、海門往来止たるべし。
ただし辰下刻までの事。以上。
慶長十九年四月
各所に、高札が建った。
船着に。辻に。高札場に。
そこにも旅人がたかっていた。
『十三日といえば、もう明後日じゃな』
『遠国から、わざわざ来る衆も多いそうな。逗留してみやげばなしに、見て行こうか』
『ばかな、一里も沖の船島の試合、見ゆるわけはない』
『いや、風師山へ登れば船島の磯の松すら見える。確とは分らいでも、その日の御船手の固めや、豊前、長門の両岸の、物々しい有様を見るだけでも』
『晴ならよいが』
『いや、このあんばいでは、雨にはなるまいて』
巷の声はもう、十三日の噂ばかりだった。
見物舟や、その他も、海上の往来は、辰の下刻まで停止と布令が出たので、船宿は失望したが、それでも旅客は、当日の景観だけでもと、見晴しの地を心あてに、待ちぬいていた。
十一日の午頃である。
門司ケ関から小倉へはいる城下口の一膳飯屋の前を、乳呑み児をあやしながら、行きつ戻りつしている女がある。
つい先頃、大坂の河端で、ふと見かけた又八が、後を追って行き会った、朱実であった。
旅の空が、嬰児も淋しくてか、泣きやまないので――
『ねむたいか。ねんねしや。ねんねしや。オオ、よち、よち、よち......』
乳ぶさを啣ませ、足拍子を取って、見得もない、粧いもない、子があるばかり。
変れば変るもの――と、以前の彼女を知る者は思うであろう。だが彼女自身には、この変化も、今の生態も、何の不自然もない姿だった。
『おお、坊や、寝たか、まだ泣いているのか。――おい朱実』
飯屋の中から出て来て、こう呼んだのは又八だった。
法衣を返して、俗になったのもついこの間の事。やがて髪を蓄えるつもりの道心頭を、頭巾で巻いて、渋染の袖無。あれからすぐ夫婦して大坂を立ち、道中の路銀とてないので飴売の胴乱をかけて、子の乳となる妻の糧を、一銭二銭と働きながら、きょうやっと、小倉まで辿り着いた所だった。
『さ。おれがかわって、抱いてやる。はやく御飯をたべて来い。乳が出ないというじゃないか。たくさん喰べて来いよ。たくさん』
抱き取って、又八は、飯屋の外をうろうろと、子守歌をうたっていた。
すると、通りすがりの旅の田舎武士が、
『おや?』
と、又八を見まもって、後へ戻って来た。
二
子を抱いた、又八も、
『お、お......?』
立ち止った旅の武士へ、眼を返して見守ったが、誰だか、何処で会った顔か思い出せなかった。
『数年前、京の九条の松原で会った一ノ宮源八でござるよ。その折は、六部の姿でござったから、お見忘れもむりはない』
田舎武士は、そういった。
それでもまだ又八には、明確な記憶をよび起せなかったが、一ノ宮源八が、ことばを重ねて、
『その時、貴公は、小次郎殿の名を騙り、偽小次郎となって、所々、徘徊しておられたのを、拙者は真の佐々木小次郎殿と信じ......』
『ああ、あの時の!』
思い出して、大きくいうと、
『そうじゃ、その時の六部でござる』
『それは、どうも』
お辞儀をしたので、せっかく、眠りかけていた嬰児が泣きだした。
『オオ、ヨシヨシヨシ。泣くな、泣くな。ばァ――』
話は、それで飛んでしまい、一ノ宮源八は先を急ぐふうで、
『時に、当御城下にお住居の、佐々木殿のおやしきは、どの辺か、御存じないか』
『さあ、分りませんね。てまえも実は、今ここへ着いたばかりで』
『ではやはり、武蔵との試合を見届けに?』
『いえ。......べつにその』
一膳飯屋を出て来た仲間二人が通りすがりに、源八へ、
『巌流様のおやしきなら、紫川のすぐ側で、わし等の御主人のお屋敷と同じ小路でさ。そこへ行くなら、案内してあげましょうぜ』
『やあ、かたじけない、......では又八氏、おさらば』
源八は、あたふた、仲間たちに尾いて行ってしまう。
その旅装いの、垢や埃のひどさを見送って、
『はるばる、上州から、やって来たのかしら?』
と、何とはなく明後日に迫る今度の試合が、いかに隈なく諸国に聞えているかが思いやられた。
それと、数年前――
あの源八がさがし歩いていた中条流の印可目録を手に入れて、偽小次郎となってうろついていた頃の自分の姿が――今になると、浅ましくもあり、何たる懶惰な、破廉恥なと、身ぶるいが出るほど苦く思い出された。
その頃の自分と。そして、今の自分と。
考えてみれば、そう気づくだけの進歩はあった。
(おれでも......こんな凡くらでも、眼がさめてやり直せば、少しずつでも、変るんだなあ)
御飯をたべるまも、子の泣き声が耳にあって、いそがしげに、飯屋のめしを喰べて来た朱実は、そこの軒から駈けて来て、
『すみません。――負ぶいますから、背にのせて下さいませ』
『もう、乳はいいのか』
『眠たいのでしょう。背なかにのせれば、寝そうですから』
『そうか。......よいしょ』
又八は、子を、彼女の背なかへ渡した。そして、彼は、飴売の胴乱を肩にかけた。
仲のよい夫婦飴屋。往来の眼が皆ふり向いて行く。自分たちのそれが皆、満足にゆかないのが多いので、たまたま、路傍でこういうけしきを見ると、羨望にたえないらしい。
『よいお子じゃのう。お幾歳じゃ。......ほう、笑っておるがの』
歩み歩み、後から尾いて来た品のよい切下髪の老婆が、朱実の背をのぞいてあやした。よほど子好きな刀自とみえ、供の下男にまで、この愛らしい笑い顔を見よ、というのだった。
三
どこか安い木賃へでもと、子づれの又八と朱実が、裏町へ曲りかけると、
『そちらへか』
と、うしろについて来た上品な旅の老婆は、にこやかに別れの会釈を送り、事のついでと思い出したように、
『あなた方も、旅の衆らしいが、佐々木小次郎の住居は、どこの辺りか、御存じはないかの』
と、たずねた。
それならたった今、先に尋ねて行ったお侍がある。紫川の側とかいう事――と又八が教えると、老婆は軽く、
『かたじけない』
と、供の下男をうながして、まっすぐに立ち去った。
又八は見送って、
『......ああ。おれのおふくろ様も、どうして御座るやら?』
しみじみ、つぶやいた。
子を持って、彼も初めて、この頃わかりかけて来たここちがする。
『――あなた、行きましょう』
背の子を揺りあやしながら、朱実はうしろで待っていた。だが猶、又八は茫然と、彼方へ行く同じ年頃の老婆を見送っていた。
きょうは鷹も小次郎も、屋敷の内にいた。夜来からの来客は、庭内を埋めている。まさか主人が鷹野にも出られなかった。
『何しろ、欣ぶべき事だ』
『巌流先生の名声も、これで否やなく、一決する』
『めでたいといってもよかろう』
『そうだとも。曠世の御名誉にもなることだ』
『然し、敵も武蔵。そこは十分、御自重していただかぬと』
大玄関にも、脇玄関にも、遠来の客のわらじで満ちていた。
はるばる、京大坂から来たというもの。又、中国筋の者、遠いのでは、越前の浄教寺村からという客もある。
家人では手が足りないので、岩間角兵衛の家族が来てもてなしている。又、家中の侍で、平常、巌流に師事している人々も、入り代り立ち代り、ここに詰めて、明後日の十三日を待っているのだった。
『明後日というても、もう明日一日だからのう』
およそここにいる縁故や門流の顔ぶれを見ると、武蔵の人物を、知ると知らないに関らず、何かの気特から武蔵を敵視していない者はない。
わけて、吉岡の門流を汲む者は、諸国へ亙って、非常な数であるから、今以て、一乗寺下り松の怨みは、その人々の胸にある。
その他、武蔵が十年の驀らな生活の間に武蔵自身も知らぬ敵が、ずいぶん出来ていた。その全部でなくても、一部の人間は、何かの機縁から、武蔵の反対側にある小次郎の門をくぐっていく。
『上州から、お客でござる』
若侍が、又一名の客を玄関から大勢のいる広間へ連れて来た。
『自分は、一ノ宮源八と申す者で――』
と、質朴な客は、大勢へ向って、挨拶し、知らぬ顔の中に交じって、慎んでいた。
『ほ。上州から』
と、人々は、その遠路をねぎらうように、源八を見まもった。
源八は上州白雲山のお神札をうけて来たから、これを神棚へ上げておいて下さいと門人へ渡した。
『御祈願までして――』
と、並居る者は、その奇特なこころざしに、いよいよ意を強うして、
『十三日は、晴天じゃろう』
と、廂ごしに、空を見た。その十一日もはや暮れかけて、夕焼が真っ赤だった。
四
広間に詰めている大勢の客のうちの一人がいう。
『あいや、上州からお越しの、一ノ宮源八どのとやら。巌流先生の為、勝祈までなされて、遙々とお出でとは、御奇特な事。――して先生とは、どういう御縁故でござるのか』
問われて、源八は、
『てまえは、上州下仁田の、草薙家の家来でござる。草薙家の亡主天鬼様は、鐘巻自斎先生の甥御でござった。――で、小次郎どのとは、御幼少から存じておるので』
『あ。巌流先生には、少年の頃、中条流の鐘巻自斎の許におられたそうだが』
『伊藤弥五郎一刀斎。あのお方とは、同門でございました。その弥五郎どのより、小次郎どのの太刀のほうが、烈しい烈しいと、手前などもよく聞いていたもので』
源八は又それから、小次郎が師の自斎の印可目録も辞して、独自独創の流儀を立てる大志を早くから抱いていた事だの、少年時代の負けぬ気だった逸話だのを、問わるるまま物語りしていると、
『先生は? ......。先生はここにはお見えなさいませぬか』
取次の若侍が、そこへ来ていった。若侍のなかを物色したが、見当らないので、他の座敷へ探しに行きかけると、客たちが、
『何じゃ、何か用か』
と、訊ねた。
『はい。岩国から来たが、小次郎に会わせてくだされと――御身寄り方らしい御老婆が、ただ今、玄関に見えられましたので』
取次役は、いそがしげに、いう事だけをいうと、足を移して、次の間をのぞき、又、次の間をさがし、小次郎の姿を求めて行った。
『はて、お居間にも見えぬが』
つぶやいていると、そこを片づけていた小間使のお光が、
『鷹小屋にいらっしゃいます』
と、教えた。
五
やしきに満ちている客をよそに、巌流はひとり鷹小屋にはいって、止り木の鷹と、もくねん、むかい合っていた。
餌をやったり、抜毛を取ってやったり、拳に乗せて、撫でたりなどして。
『先生』
『誰だ――』
『玄関の者でございます。ただいまお表へ、岩国から御老母様が、はるばる、訪ねておいでなされました。小次郎に会えばわかる者――とおっしゃるのみで』
『老母が。......はてのう? わしの母はもう此世にいない人だ。母の妹にあたる叔母御であろう』
『どこへお通しいたしましょうか』
『会いたくないなあ。......かような時には、人には誰とも会いとうない。......だがまあ、叔母御とあれば、ぜひもなかろう。わしの居間へ御案内いたしておけ』
取次が立ち去ると、
『辰之助』
と、外へ呼んだ。
彼の小姓同様に、常に側にいる内弟子の辰之助は、
『はい。御用ですか』
小屋の内へはいって、彼のうしろに片膝を折り敷いた。
『きょうは十一日。いよいよ、明後日の事になったな』
『近づきましてございます』
『明日は、久しぶりに登城、殿様に御あいさつ申しあげ、心静かに、一夜を待ちたいものだ』
『それにしては、あまりに御来客が混みあいまする。明日は、一切、お客とお会いを避けて、静かに、時刻も早目に、お寝みなされますように』
『そうしたいものだ』
『広間のお客衆は、ひいきの引倒しというものでございます』
『そういうな、彼の衆も、巌流の肩持する気で、近郷や遠国から来ておる人々だ。......が然し、勝敗は時の運。――運ばかりではないが、兵家の興亡も同じこと。もし巌流亡き後は、わしが手文庫のうちの遺書二通。一通は岩間殿へ、一通はお光へ、そちの手から渡してくれ』
『御遺書などとは......』
『武士のたしなみ。あたりまえな事だ。又、当日の朝は、介添一名の同行はゆるされておるから、船島まで、供をして、そちも行け。――よいか』
『冥加なお供、ありがとう存じまする』
『天弓も』
と、止り木の鷹を見て、
『そちの拳にすえて、島まで、連れて参ろうな。――海の上一里もある船の中、慰みにもなるで』
『心得ました』
『では、岩国の叔母御に、あいさつして来ようか』
巌流は出て行った。然し、そうした人と会うことは、今の心境は、いかにも億劫らしく見えた。
岩国の叔母は、もうきちんと坐っていた。夕焼雲は、焼刃金の冷めたように黒くなって、室内には、白い灯しが燈っていた。
『やあ、これは』
末座にさがって、巌流は頭を低く下げた。母の亡い後は、ほとんど、この叔母の手で育てられたのだった。
母には、子にあまい所もあったが、この叔母には、みじんもそういう所はなく、ただひたすら、姉の子であり又、佐々木家の家名を担う小次郎巌流に対して、よそながらでも、絶えずその将来を見まもっていた唯一人の身寄であった。
六
『小次郎どの。聞けばこの度は、いよいよ、生涯の大事にのぞむそうな。岩国の故郷元でも、えらい噂。じっとして居るにも居られず、お許の顔見に出て来ました。――ようまあ、ここまで立派に出世して御座ったの』
伝家の一刀を負って故郷を出た少年の頃の彼のすがたと、今の堂々たる一家の風貌を備えた彼とを思い比べて、今昔の感にたえないように岩国の叔母はそういった。
巌流は、低頭して、
『十年の久しいあいだ、お便りもせず無音の罪、おゆるし下さい。人目には、出世と見ゆるか存ぜぬが、まだまだ、小次郎の志望は、これしきの事に、満足するものではございませぬ。――それゆえに、つい故郷へも』
『いや何。お許の消息は、風の便りにもよう聞えて来るほどに、便りはのうても、息災は知れてある』
『それほど、岩国でも、何かと風評にのぼって居りますか』
『居るどころではない。この度の試合も夙く知れ渡り、武蔵に敗れては、岩国の恥辱ぞ、佐々木を名乗る一族の名折ぞと、たいそうな肩持じゃ。わけて、吉川藩お客分片山伯耆守久安様など、御門下衆を大勢連れ、小倉表まで立たれるそうな』
『ほ。試合を見に』
『したが、高札に依れば、明後日は一切、船出しはならぬ、というお布令。さだめし落胆している衆も多かろうの。......おお余事ばかりいうて忘れていたが、小次郎どの、お許に上げたい土産ひとつ、貰うてくだされ』
旅包を解いて叔母は折畳んだ一枚の肌着を出した。それは白晒布の地に、八幡大菩薩、摩利支天の名号を書き、又、両の袖に、必勝の禁厭という梵字を、百人の針で細かに縫った襦袢であった。
『ありがとう存じます』おしいただいて、
『おつかれでしょう。取り混んでおりますゆえ、このままこの部屋で、御自由におやすみ下さい』
巌流は、それを機に、叔母をのこして、他の間へ立った。すると、そこにも客はいて、
『これは、男山八幡のお神札でござる。当日、懐中にお持ちあって』
と、贈ってくれる者もあるし、わざわざ鎖帷子を届けてくれる者だの、又、台所へは、大きな鯛や酒菰が何処からか運ばれて来るし、巌流は身の置所もなかった。
そういう声援者は皆、彼に勝たせたいと念じている者には疑いないが、十中の八、九まで、巌流の勝を信じ、巌流の立身を見込み、彼との将来の好誼に自分の望みをも幾分か賭けている人々だった。
(もし、おれが牢人だったら)
と、巌流はふとさびしい気もした。然し、かくまで、自分を信頼させた者は、誰でもない、自分自身だった。
(勝たねばならない)
と彼も思った。そう思う事はすでに、試合にのぞむ心の邪げとは知りつつ、やはりいつのまにか胸の底で、
(勝たねばならん! 勝たねばならん!)
人知れず――いや自己さえ意識なく、風騒ぐ池の面の小波のように絶間なく胸に繰返していた。
宵になった。
誰が探り、誰が報らせて来たか広間に集まって、酒を酌んだり飯を食べたりしている大勢の間に、
『きょう、武蔵が着いたそうだ』
『門司ケ関で、船より上り、御城下へ姿を見せたというが』
『では多分、長岡佐渡のやしきへ落ち着いた事だろう。誰か後で、佐渡のやしきの様子を、ちょっと探って来てはどうか』
などという声が、今宵にも大事が到来しているように、物々しく、然し密々と伝えられていた。
馬 の 沓
一
――すでに巌流のやしきへは、早耳に伝わっていた通りに。
武蔵の姿は、同日の夕方には、もう同じ土地に見出すことができた。
武蔵は、海路の旅を経て、それより数日前に、赤間ケ関へ着いていたらしいが、誰あって彼を彼と知る者はなく、又、彼自身も、何処かへ引籠ったまま、身を休めていたらしい。
その日、十一日には、向う陸の門司ケ関へ渡り、やがて小倉の城下に入り、藩老長岡佐渡のやしきを訪れ、到着の挨拶を述べ、又、当日の場所の時刻、承知の旨を一応答えて、すぐ玄関で帰るつもりであった。
取次に出た、長岡家の家士は、彼のことばを受けながらも、この人がさては武蔵であるのかと、額ごしに、まじまじ見ていたが、
『まことに、行届いた御挨拶。主人はまだお城よりお退りはございませぬが、はや、間もなくと存じます。――どうぞお上りくだされて、御休息でも』
『忝けのうござるが、ただ今の御伝言さえ願えれば、それにて、他にべつだんの用も御座らねば』
『でも、せっかくのお越しを。......後にて主人がいかばかり残り惜しゅう思われるかもしれませぬ』
と、取次の家士は、自分の一存だけでも、帰したくないように引き止めて、
『では、しばらく御待ちください。佐渡様には御不在ですが、一応奥へ』
と、いい残して、急いで奥へ告げに行った。
すると、廊下を。
ばたばたっと駈けて来る跫音がした。――と思う途端に、
『先生っ』
式台から飛び降りて、武蔵の胸へ抱きついた少年がある。
『オオ、伊織か』
『先生......』
『勉強しているか』
『ええ』
『大きくなったなあ』
『先生』
『なんだ』
『先生は、わたくしが、ここに居ることを知っていたのですか』
『長岡様の手紙で知った。そして又、廻船問屋の小林太郎左衛門の宅でも聞いた』
『だから、驚かなかったんですね』
『むむ。......当家の御世話になっておれば、そちの為には、この上もなく安心だからの』
『............』
『何を悲しむ』
と、頭を撫でて、
『ひとたび御世話になったからには、佐渡様の御恩を忘るるでないぞ』
『はい』
『武道のみでなく、学問もせねばならぬぞ。平常は何事も、朋輩衆よりも控え目に、事ある時は、人の避ける事も進んでするようにな』
『......はい』
『そちにも、母がない、父もない。肉親のない身は世の中をつめたく見、ひがみ易い。......そう成ってはならぬぞ。あたたかい心で人のなかに住め。人のあたたかさは、自分の心があたたかでなければ分る筈もない』
『......え、え』
『そちは又、利発のくせに、くわっとすると野育ちの荒気が出る。慎まねばならぬ。まだ若木のそちには、長い生涯があるが、それにせよ、生命を惜しめよ。――事ある時、国の為、武士道の為、捨てるために、生命は惜しむのだ。――愛しんで、きれいに持って。いさぎよく――』
彼の顔を抱いて、そういう武蔵の言には、どこか、名残もこれ限りのような、切実なものがあった。鋭敏な少年は、さなきだに、胸がいっぱいだった所へ、生命という言葉が出たので、遽かに、声をしゃくって武蔵の胸で鳴咽し出した。
二
長岡家に養われてからは、なり振も小綺麗に、前髪もきちんと結って、伊織は、奉公人らしくなく、足袋まで白いのを穿いていた。
武蔵は、それを見ただけで、彼の身については、安心した。そこを見届けた以上、よけいな事はいわねばよかったと、軽く悔いて、
『泣くな』
と、叱ったが、伊織は、泣きやまなかった。武蔵の着物の胸は、彼の涙で濡れるばかりだった。
『先生......』
『人がわらうぞ。何を泣く』
『でも、先生は、明後日になれば、船島へ行くのでしょう』
『参らねばなるまい』
『勝ってください。これっきり会えなくては嫌です』
『はははは。伊織、そちは明後日の事を考えて泣いているのか』
『でも、多くの人が、巌流殿には敵うまい。武蔵も、よしない約束をしたものだと、皆いいます』
『そうであろう』
『きっと、勝てましょうか。先生、勝てるでしょうか』
『案じるな、伊織』
『では。大丈夫ですね』
『敗れても、きれいに敗れたいと念じるのみだ』
『勝てないと思ったら、先生、今のうちなら、遠い国へ行ってしまえば』
『世間の声には、真実がある。まこと、そちのいう通り、よしない約束事ではある。――だが、事ここになってしまうと、逃げては、武士道が廃る。武士道の廃りを示しては、わし独りの恥ではない。世人の心を堕落させる』
『でも先生、生命を愛しめと、わたくしへ教えたでしょう』
『そうだったな。――然し、そちに武蔵が教えた事は、皆、わしの短所ばかり。自分の悪い所、出来ない所。至らないで悔いている事ばかりを――そちには、そうあって貰いたくない為に教えておるのだ。武蔵が船島の土になったら、猶さらわしをよい手本に、よしない事に生命は捨てるなよ』
果しない心地に、彼自身も囚われそうに覚えたので、伊織の顔を強いて、胸から押しのけ、
『お取次へも頼み上げておいたが、佐渡様がお帰りになったら、くれぐれも、よろしくお伝えを頼むぞ。いずれ、船島で御拝姿申すとな』
門の方へ、辞し去ろうとすると、伊織は師の笠をつかまえて、
『先生っ......先生』
――何もいえない。
ただ俯むいて、片手に師の笠を離さず、片手を曲げて顔から離さず、凝と、いつまでも、肩をふるわせていた。
すると、横の中門の木戸が、少し開いて、
『宮本先生でござりますか。てまえは、当家の若党、縫殿介と申しまするが、伊織どのが、お別れを惜しむ様子。無理ならぬ気がいたしまする。――他へお急ぎの儀もござりましょうが、せめて一夜お泊り下さいますわけには行きますまいか』
『これは――』
と会釈を返して、
『ありがたいお言葉ですが、船島の土になるやも知れぬ身に、一夜二夜の宿縁を、ここかしこに残しては、去る身も、後の人々も、かえって煩わしいと思われますれば』
『御斟酌が過ぎまする。お帰し申しては、手前どもが、主人より叱言をうけるやも知れませぬ』
『委細、又、書中にいたして、佐渡様まで改めて、申し上げます。――きょうは到着の御挨拶までにうかがった事。よろしゅうお伝えを』
と、武蔵は門を出た。
三
おういーっ。
と、呼ぶ者がある。
間を措いて又、誰かが。
おおういっ...‥
今、長岡佐渡の邸へ、挨拶をすまして、侍小路から伝馬河岸へ出、到津の浜の方へ降りて行った武蔵のうしろ姿へ――その声の主は、手を振っていた。
四、五名の武士。
細川家の藩士とすぐ分る。そして皆、よい年配だ。白髪の老武士も中に見える。
武蔵は気づかない。
黙然と、波打際に立っていた。
陽は、うすずきかけて灰色の漁船の帆が、昼がすみの中に、静止していた。この辺から海上約一里という船島は、すぐ側のそれより大きい彦島の陰にかすかに見える。
『武蔵どの』
『宮本氏ではないか』
年配な藩士たちは、駈け寄って来て彼のすぐ後に立った。
遠くから呼ばれた時、武蔵はいちど振向いて、その人達の来るのは知っていたが、皆見覚えのない者ばかりなので、自分とは思わなかったのである。
『......はて?』
小首を傾げると、中でも年長の老武士が、
『もうお忘れじゃろ。われらに、見覚えがないのもむりはない。それがしは内海孫兵衛丞。元、其許の郷里、作州竹山城の新免家で、六人衆といわれた者共じゃよ』
つづいて、次の者が、
『自分は、香山半太夫』
『わしは井戸亀右衛門丞』
『船曳杢右衛門丞』
『木南加賀四郎』
と、名乗って、
『いずれも、御身とは同郷の者共、そして又、この中の内海孫兵衛丞と、香山半太夫の二老人は、其許の父上、新免無二斎どのとは、至って親しい友達でもござった』
『......おお、では』
武蔵は、親しみを笑靨に見せて、その人々へ、会釈をし直した。
なるほど、そう聞けば、この人々には、特有な訛りがある。しかもその訛りはすぐ自分の少年時代を思い出させるなつかしい郷里の土の香まで持っている語音だった。
『申しおくれました。おたずねの通り、拙者は宮本村の無二斎の伜、幼名武蔵と申した者にござりますが。......どうして又、郷里の方々が、かくお揃いで此処にはおいでなされましたか』
『関ケ原の御合戦の後、知っての通り、主家新免家は滅亡。われらも牢人して、九州落ち。......この豊前へ来て、一時は、馬の草鞋など作って、露命をつないでいたものじゃが、その後、倖せあって、当細川家の先殿様、三斎公のお見出しに預り、今では当藩にみな御奉公いたしておる身じゃ』
『偖々、左様でござりましたか。思わぬ所で、亡父の御友人達にこうしてお目にかかろうとは』
『こちらも意外。お互に懐しいことよ。......それにつけ、その姿を、一目なと、亡き無二斎どのに見せたかったなあ』
半太夫、亀右衛門丞などの人々は、相顧みて、又しげしげと、武蔵の姿を見直していたが、
『オオ、用談を忘れた。実は今程、御家老のお邸へ立ち寄った所、おぬしが見えて、すぐ帰ったとの事。これはいかんと、慌てて追うて来たのじゃ。――というのは、佐渡様とも申しあわせ、御身が小倉へ到着したら、ぜひ一夜、われら等も交えて、一夕の宴をと、待ちもうけて居たのじゃ』
杢右衛門丞がいうと半太夫も、
『それをばさ。すげのう、お玄関で挨拶だけして立帰るという法があるものでない。さあ御座れ。無二斎の伜どの』
手をひかんばかりだし、父の友人という格から、有無をいわさぬ口吻で、もう先へ歩き出した。
四
拒みかねて、つい武蔵も、ともども歩き出したが、
『いや。やはりお断りいたしましょう。御好意を無にいたすようでござるが』
立ち淀んで、辞退すると、人々は口を揃えて、
『なぜじゃ。折角、われら同郷の者が、御身を迎えて、大事の門口を、祝おうというのに』
『佐渡様の思し召もそうじゃ。佐渡様にも悪しかろうに』
『それとも、何ぞ御不服か』
すこし感情を害したらしく、わけて無二斎とは生前莫逆の友だったという内海孫兵衛丞などは、
『そんな法やある』
といわんばかりな眼である。
『決して左様な心底ではございませぬが』
慇懃に詫びたが、慇懃だけでは済まさず、理由はと、たたみかけられて、武蔵は是非なく、
『――巷のうわさ、取るに足らぬ事ですが、この度の試合を以て、細川家の二家老、長岡佐渡様と岩間角兵衛様とを対立して見、そうふたつの勢力に拠って、一藩の御家中も対峙しておる。そして一方は巌流を擁して、いよいよ君寵のお覚えを恃み、長岡様にも亦彼を排し、御自身の派閥を重からしめんとしておるなどと、あらぬ事を、道中などにても聞き及びました』
『ほほウ......』
『おそらくは、巷の風説。俗衆の臆測でございましょう。――然し、衆口は怖しい。一介の牢人の身には、障る所もござりませぬが、藩政に御関与なさるる長岡様、岩間様には、寸毫でも、左様な疑いを領民に抱かせては成りませぬ』
『いやあ、なるほどの!』
老人達は、大きく答えて、
『それで、御身には、御家老のお邸へ、わらじを解くことを憚って参られたのか』
『いや、それは理窟で』
武蔵は、微笑に打消し、
『実のところは、生来の野人、気ままに居りたいのでござる』
『お心もち、よく相分った。深く思えば、満更、火のない煙ではないかも知れぬ。われらには覚えなくとも』
武蔵の深慮に人々は感じた。然し、このまま立ち別れるのも残念と、一同は額をよせて何やら話しあっていたが、やがて、木南加賀四郎が、一同に代って、次のような希望を述べた。
『――実は毎年、きょうの四月十一日には、吾々どもの寄りあう会合がござって、十年来、欠かした事もないのでござる。それには、同郷六名と、人数も限り、人を招かぬ会でござるが、貴殿なれば、同じ国者、わけてお父上無二斎殿の御親友もここには居るので、よかろうではないかと、ただ今、評議したのでござるが、御迷惑は察し入るが、その方の席へでも、お越し下さるまいか。――そこなれば、御家老のお邸とは事ちがい、世間の眼もなし、うわさの的になる筈もござらぬが』
猶、つけ加えて。
最前は又、もし貴方が、すでに長岡家へ見えられて居たら、自分等のその会合は先へ延ばすつもりで、念のため同家へ寄って訊ねてみたのであるが、いずれにしても長岡家へお泊りを避けるお心なら、曲げて今夜は、此っ方の会合へ臨んでもらいたい――というのであった。
五
武蔵も、今は断りかねて、
『それほどまでの仰せなら』
と、承諾すると、人々は非常によろこんで、
『では早速にも』
と、即座に何かと打合せ、武蔵のそばには、木南加賀四郎ひとりを残し、後の者は、
『然らば、いずれ又後刻、寄合の席にてお目にかかる』
と、その場から各々、一度家路へと帰って行った。
武蔵と加賀四郎とは、そこらの茶店先で日の暮るるを待合せ、やがて宵の星空の下を、加賀四郎の案内で、町から小半里ほどある到津の橋の袂まで導かれて行った。
ここは城下端れの街道筋で、藩士の邸宅などもなければ、酒亭なども見あたらない。橋袂には、街道の旅人や馬方相手の、見るからにひなびた居酒屋や木賃の灯が、軒端も草に埋もれて見えるだけだった。
不審な所へ?――
と、武蔵は疑わざるを得なかった。ともあれ、最前の人々は、香山半太夫、内海孫兵衛丞をはじめ、その年配なり重々しさから見ても、皆、然るべき位置の藩士達であるのに、年に一度の寄合という会場の席を、こんな不便な、田舎びた所まで、わざわざ持って来るとはおかしい。
――ははあ、偖はそういう口実の下に、何ぞ謀んでいるのだろうか。いやいや、それにしては、彼の人々に何の邪気も殺気も感じられないが。
『――武蔵どの。もう皆、見えております。どうぞ此方へ』
彼を橋袂へ佇たせておいて、河原を覗いていた加賀四郎は、そういいながら、堤の細道を探して自分が先へ降りて行く。
『あ。席は船の中か』
自分の行き過ぎた疑いに苦笑を覚えながら、彼も後から河原へ降りて行ったが、何の事、船などもそこらには見当らない。
だが、加賀四郎を加えて、六名の藩士たちは、すでに来ていた。
見れば、席というのは、河原へ敷いた二、三枚の筵でしかない。その筵の上に、最前の香山、内海の二老人を頭に、井戸亀右衛門丞、船曳杢右衛門丞、安積八弥太など、膝も崩さず坐っていた。
『かような席へ、失礼じゃが、折もよし、年に一度のわれらの寄合へ、同郷の武蔵どのが来合わされたのも、何かの御縁じゃろう。......まずまず、それへ御休息を』
と、彼へも一枚の筵をすすめ、さっき浜辺では見えなかった安積八弥太を紹介わせ、
『これも、作州牢人のひとり――今では細川家の馬廻役をいたしておるもので』
と、慇懃な事は、床の間や銀襖をひかえた客間の応対と変りもなかった。
武蔵は、いよいよ、不審にたえない。
風流の趣味なのか。何か又、人目を避けてする必要のある会合なのか。――とにかく一枚の筵に招かれても客は客であるから、武蔵は慎んで坐っていると、やがて年長者の内海孫兵衛丞が、
『あいや客人。お膝をおくずしくだされい。――そして、やがて持参の折や酒などもござるが、それは後で開くといたして、われらの会合の仕来りだけを、先へ致しておく事にいたすゆえ、長うはかからぬが、暫時それにてお待ちねがいたい』
と、いった。
そして一同、袴を割って、一緒に胡坐をくんで坐り直すと、銘々が携えて来たらしい一把の藁束を解ぐして、馬の沓を作り始めたのであった。
六
作っているのは、馬の沓であるが、それを作る藩士たちの様子は口もきかず、わき目もふらず、謹厳であり又、おそろしく敬虔であった。
手に唾し、藁を素ごき、掌と掌を合わせて綯う力にも、何か傍目にも分る熱意がこもっていた。
『......?』
武蔵は、不審に打たれていたが、人々のする事を、おかし気に見たり、疑ってみたりする気には毛頭なれなかった。
だまって、謹んで見ていた。
『作れたかな』
やがて、香山半太夫老人がいって、他の者を見まわした。
老人はもう一足の沓を作り上げていた。
『出来まして御座りまする』
次に、木南加賀四郎。
『てまえも』
と、安積八弥太も、作り上げた一足を、香山老人の前に、さし出した。
順々に、積んで、六足の沓ができた。
そこで人々は、袴のチリを払い、羽織を着直して、六足の馬の沓を、三方にのせて、六人の中ほどに据えた。
又、べつな三方には、用意して来た杯が乗せられ、側の盆には銚子も供えて、
『さて、御一同』
と、年長の内海孫兵衛丞から、改った挨拶が述べられた。
『――われ等にとって忘れ難い慶長五年、その関ケ原の役より、はや十三年になり申す。お互に思わざる生命を長らえ、今日、かくある身は、偏に、藩主細川公御庇護に依るところ。御恩のほど、子孫まで忘れては成り申さぬ』、
『はい......』
一同は、やや俯し目に、孫兵衛丞のことばを、襟を正して聞いていた。
『――とはいえ、今は亡びたりといえ、旧主新免家の代々の御恩も、忘却してはならぬ。――猶々、われらこの地に流浪の日には、落魄れ果てていた事をも、喉元すぎて、忘れては身に済まぬ。......そう三つの事を、忘れぬ為の、例年の会。まず今年も、息災に打揃うて、お互に祝儀に存ずる』
『されば、孫兵衛丞どの、御挨拶のとおり、藩公の御慈愛、旧主の御恩、零落のむかしに変る今日の天地の恩。――われら日常も忘れは惜きませぬ』
一同して、そういった。
司会者格の孫兵衛丞は、
『では、御礼を』
『はっ』
六名は、膝を正し、両手をつかえて、そこから見える――夜空にも白く仰がれる――小倉城へ向って、頭を下げた。
次に、旧主の地。又各々の祖先の地――作州の方角へ向って、同様に礼をした。
最後に、自分たちで作った馬の沓へ、両手をつかえて、それをも真心こめて伏し拝んだ。
『武蔵どの。一同これより、この河原の上の氏神の社まで、参詣して沓を納めて参る。――それにて式事は済むのでござる。済めば大いに飲みもし話もいたそう程にもう暫時、それにてお待ちを』
一人は、馬沓をのせた三方を捧げて先へ進み、五名は後に従って、氏神の境内へ上って行った。馬沓は、街道に向っている鳥居前の木に括しつけ、拍手を打って、一同はすぐ先の河原の筵へ帰って来た。
そして、酒もりが始まった。
――というても、芋の煮たのや、木の芽味噌の筍や、せいぜいが干魚ぐらいな、この辺の農家の馳走ぐらいな質素ではあったが。
然し、豪笑快語、酒と話は、はずんで来た。
七
打ちとけて、酒と話がはずんで来たので、武蔵は初めて、
『お睦じい、そしてふしぎな御会合に、折よく来合わせて、拙者も共に興に入り申した。――しかし最前からの事々、馬沓を作ったり、それを又、三方にのせて伏し拝み、郷土やお城へ向って、改めて礼をなされたり――これは一体どうした事でござるのか』
訊ねると、
『よう訊いて下された、御不審は御もっともじゃ』
と、内海孫兵衛丞は、待っていたように、こう話した。
慶長五年。関ケ原の戦に敗れた新免家の侍たちは、あらかた九州へ落ちて来た。
こう六人の者も敗残者の一組だった。
元より衣食の途はつかず、というて、身寄り頼りに縋って、さもしい頭も下げきれず、又、渇しても盗泉の水はくらわず――と頑固に持して、一同、この街道の橋袂に、貧しい納屋一軒借りうけ、槍だこに鍛えられている手で、馬の沓を作っていた。
ここ三年が間は、往来の馬子に、自分等で作った馬沓を売り鬻いで、細々ながら喰べていたが、
(彼の衆は皆、どこか変っているぞ。凡者ではなかろう)
と、馬子たちの噂が、やがて藩に聞え、当時の君公、三斎公の耳にはいった。
調べてみると、旧新免伊賀守の臣で、六人衆といわれた士たちと分り、不愍の者、召抱えてつかわせと、沙汰された。
交渉に来た細川藩の臣は、
『思し召をうけて参ってござるが、禄のほどは仰せもなく、われ等重臣どもの協議で、六名に対し千石を給したいと存ずるがいかがであろうか』
と、いって帰った。
六名の者は三斎公の仁慈に感泣した。関ケ原の敗亡者とあれば、当然、追い立てられても、まだ寛大だとしなければならない所である。それを、六人に千石も給されるというので否やもなかった。
ところが、井戸亀右衛門丞の母が、
(お断りせい)
という意見をいいだした。
亀右衛門丞の母がいうには、
(三斎公様のお仁慈は、涙のこぼれるほど欣しい。一合のお扶持といえ、馬の沓を作る身には、勿体のうて、否応いえたことではない。――したがおん身達は、落魄れてこそおれ、新免伊賀守様の旧臣、藩士に坐りなされたお人達じゃ。それが一纏め千石で、欣んでお召抱えに応じたと聞えては、馬の沓を作っていた事が、真からさもしい事になろう。又、三斎公様の御恩にこたえて、不惜身命の御奉公をなさる覚悟でもなければならぬ事。お救い米のような、六人一括げの扶持はそれ故おうけいたされぬ。お身たちは出仕しなさろうとも、伜は出されませぬ)
で、一致して、断ると、藩の者はありのまま、君公へ伝えた。
三斎公は、聞いて、
(長老の内海孫兵衛丞に千石。余の者には一名二百石ずつと、改めて申しやるがよい)
と、命じた。
六名出仕と極って、いよいよ、お目見得の登城となったが、その折、六名の貧乏ぶりを目撃して来た使者の者が、
(少々はお手当を先に遣さぬと、登城の服装なども、おそらく持ち合すまいと察しられますが)
気を配ったつもりでいうと、三斎公はわらって、
(だまって見ておれ。折角の士共を迎えながら、こちらが、求めて恥を搔くにもあたるまい)
案のじょう。馬の沓は作っていても登城して来た六名は糊目正しい衣服を着、大小も皆、それぞれ、ふさわしいのを差していた。
八
以上、孫兵衛丞のはなしを、武蔵は興ぶかく聞き入っていた。
『――まず、そういう仕儀で、われら六名、お召抱えになったわけじゃが、思うにこれ皆、天地の恩じゃ。祖先の恩、君公の恩は、忘れんとしても忘れようもないが、一頃、露命をつないだ馬の沓の恩は忘れそうじゃぞと、後々、誡め合うて、細川家へお抱えとなった今月の今日を、毎年の寄合い日と決め、こうして藁の筵に、昔をしのび、三つの恩を胸に新にしながら、貧しい酒もりを、大きく歓びおうている次第でござる』
孫兵衛丞は、そういい足してから、武蔵へ杯を向けて、
『いや、われらの事のみいうて許されい。酒は貧しくも、肴は無くも、心ばえは、かような者共。――明後日の試合には、どうぞ潔ようやって下されよ。骨は、わしらがのう。ははは』
杯を押しいただいて、
『かたじけのうござる。高楼の美酒にもまさるお杯。お心ばえにあやかりますように』
『滅相もない。われ等ごときにあやかったら、馬の沓を作らねばならぬぞ』
小石まじりの土が、堤の上から少しばかり、草間を辷ってくずれて来た。人々が振り仰ぐと、ちらと、蝙蝠のような人影がかくれた。
『誰だっ』
木南加賀四郎は、おどり上って行った。押っとり刀で又一人つづいた。
堤の上に出て夜露の遠くを見ていたが、やがて大きく笑いながら、下の武蔵や友達へ向って告げた。
『巌流の門人らしい。こんな所へ武蔵どのを招いて、われ等が首を集めているので、助太刀の策でも密議していると、変に取ったのじゃあるまいか。あわてて、駈け去って行き申したが』
『あははは。その疑い、先方にしてみれば、無理もない』
ここの人々は、あくまで磊落であったが、こよいあたり、城下の空気がどう動いているか、武蔵には、ふと考えられた。
――長座は無用。同郷の縁故があるだけに、猶さら心しなければならない。かかる武士たちへ、よしなき累を及ぼしては済まぬ。武蔵はそう考えついて、十分に人々の好意を謝し、一足さきに、楽しい河原の筵を辞して飄然と去った。
飄然――
いかにもそういったふうな武蔵の去来だったのである。
翌日。
すでに十二日である。
当然、武蔵はどこか、小倉城下に泊って、待機しているものと思い、長岡家では、彼の宿所を、手分けして探していた。
『なぜ引き留めて置かなかった』
と、用人も取次も、後では主人の長岡佐渡に、かなり叱られたこと間違いない。
昨夜、到津の河原へ武蔵を迎えて飲んだという六名の仲間も、佐渡にいわれて探し歩いていた。
が、分らなかった。
杳として、武蔵の姿は、十一日の夜から行先が知れないのであった。
『こまった事!』
明日を前にして、佐渡は白い眉毛に焦躁をたたえていた。
巌流は、その日。
久しぶりに登城して、藩公から懇篤なことばと、お杯をいただいて、意気揚々、騎馬でやしきへ退がっていた。
城下には、夕刻頃、武蔵について種々な浮説が伝えられていた。
『臆して、逃げたのだろう』
『逃亡したに違いない』
『どう探しても、皆目、姿が見つからないそうだ』
と、いうのである。
日出づる頃
一
逃げたろう? ――
逃げたに相違ない。
ありそうな事だ。
見えぬ武蔵の姿に対して、紛々たる噂のなかに、十三日の夜は明けた。
長岡佐渡は眠らなかった。
よもや? ――とは思うものの、そう思われない人間がよく事の間隙に豹変する。
『――御主君のてまえ』
彼は、切腹すら考えた。
武蔵を推挙した者は自分である。藩の名を以て、試合となった今日、その武蔵が行方を晦ましたなどという事がもし起ったら、自決の道を執るしかない。真面目に、切腹を考えながら、佐渡は、きょうも澄みきった朝の晴天を迎えた。
『......自分の不明か』
あきらめに近い呟きをもらしながら、室内の清掃ができる間、伊織をつれて庭を歩いて来た。
『ただ今戻りました』
その武蔵の居所を、昨夜から探しに出ていた若党の縫殿介が、疲れた顔色を横門から現した。
『どうだった?』
『分りませぬ。皆目、それらしい者も、御城下の旅籠には』
『寺院など、訊いてみたか』
『府中の寺院、町道場など、武芸者の立ち寄りそうな箇所へは、安積様、内海様などが、手分けして調べて参るといっておりましたが、まだあの六名がたは』
『戻らぬが......』
佐渡の眉には、愁いが濃い。
庭木を透いて、紺碧な海が見える。白いしぶきの浪がしらが、彼の胸まで打って来るのだった。
『............』
梅若葉のあいだを、佐渡は黙々と行きつ戻りつしていた――
『わからぬ』
『どこにも見えぬ』
『こんな事なら、一昨夜別れる時に、確と行先を聞いておくであったに』
井戸亀右衛門丞、安積八弥太、木南加賀四郎など、夜来、歩き通していた人々も、やがて、げっそりした顔を揃えて帰って来た。
縁に腰かけて、人々はとかくの評議にいきり立っていた。時刻は迫るばかりなのだ。――今朝、佐々木小次郎の門前をよそながら見て通ったという木南加賀四郎の話によれば、昨夜来、そこには約二、三百名の知己門人が詰めきって、門扉を開き、大玄関にはりんどうの紋のついた幕をめぐらし、正面に金屏風をすえ、早朝には、城下の神社三カ所へ門人たちが代参して、きょうの必勝を期している――という旺んな様子であったという。
それにひきかえて!
と口には出さぬが、人々は惨たる疲れをお互の顔に見合った。一昨夜の六名にしてみても、武蔵の生国が、自分等と同じ作州であるというだけでも、藩へも世間へも、顔向けがならない気がするのだった。
『もうよい。......今から探しても間にあうまい。御一同、お引き揚げ下さい。慌てれば慌てるほど見苦しい』
佐渡は、そう告げて、人々に無理に引き取らせた。木南加賀四郎や安積八弥太などは、
『いや、見つける。たとえ今日が過ぎても、あくまで見つけ出して、斬り捨ててくれる』
昻奮して帰って行った。
佐渡は、清掃された室内に上って、香炉に香を焚いた。それはいつもの事ながら、
『......さてはお覚悟を』
と、縫殿介は、胸を衝かれた。すると、まだ庭先に立ち残って、海の色を見ていた伊織が、ふと彼へいった。
『縫殿介さん。下関の廻船問屋、小林太郎左衛門の家を訊ねてみましたか』
二
大人の常識には限界があるが、少年の思いつきには限界がない。
伊織のことばに、
『そうだった。......おお』
佐渡も縫殿介も、的確に目標を指さされた心地がした。或は? ――いやいやこの上は、武蔵の居そうな処としては、其処以外には考えられない。
佐渡は、眉を開いて、
『縫。不覚じゃったな。慌てぬようでも、慌てて居るわい。――すぐ其方参ってお迎えして来い』
『はっ、承知いたしました。伊織どの、よう気がついたな』
『わたしも行く』
『旦那さま。伊織どのも、一緒にと申しますが』
『ウム。行って来い。――待て待て。武蔵どのへ一筆書くから』
佐渡は手紙をしたためた。そしてなお口上でもいいふくめた。
試合の時刻、辰の上刻までに、相手方の巌流は、藩公のお船をいただいて、船島へ渡ることになっている。
今からなら時刻もまだ十分。尊公にも、自分のやしきへ来て支度をととのえ、船も、自分の持船を提供するゆえ、それへ乗って、晴の場所へ臨んでは如何。
佐渡のそうした旨を受けた縫殿介と伊織は、御家老の名を以てお船手から藩の早舟を出させた。
ほどなく下関へあがる。
下関の廻船問屋、小林太郎左衛門の店はよく知っている。店の者に訊ねてみると、
『何か知らないが、先頃からお住居の方に、お若いお武家が一人、泊っていることは居るようです』
と、いう。
『ああ、やはり此家に』
縫殿介と伊織とは、顔見合わせてにことした。住居はすぐ店の浜納屋つづきである。主の太郎左衛門に会って、
『武蔵様には当家に御逗留でございましょうか』
『はい、お在でになります』
『それを聞いて、安心いたしました。昨夜来、御家老にも、どれほど、御心配なされていたか分りませぬ。早速、お取次を願いとうござるが』
太郎左衛門は、奥へはいって行ったが、すぐ戻って来て、
『武蔵様は、まだお部屋で、お寝みになっておりますが......』
『えっ?』
思わず、呆れ顔して、
『起して下さい。それどころでは御座らぬ。いつもこう、朝は遅いお方でござるか』
『いえ、昨夜は、てまえとさし対いで、深更まで、世間ばなしに興じておりましたので』
召使を呼んで、縫殿介と伊織を、客間へ通しておき、太郎左衛門は、武蔵を起しに行った。
間もなく、武蔵は、二人の待っている客間へ姿を見せた。十分、熟睡をとった彼のひとみは、嬰児の眼のようにきれいだった。
その眼元に、微笑を寄せながら武蔵は、
『やあ、お早く。――何事でござりますか』
と、いって坐った。
その挨拶にも、縫殿介は、力ぬけを感じたが、すぐ長岡佐渡の書面をさし出し、又、口上でも、いい足した。
『それはそれは』
武蔵は、手紙へ頭を下げて、封を切った。伊織は、その姿を、穴のあくほど見つめていた。
『......佐渡様の思し召、ありがたい事に存じますが』
武蔵は、読み了えた手紙を巻きながら、ちらと、伊織の顔を見た。伊織はあわてて俯向いた。眼から涙があふれかけたので――。
三
武蔵は、返事をしたためて、
『委細、書中にいたしましたれば、佐渡様へは、よろしゅうお伝えを』
との事だった。
そして、船島へは、自身、頃を計って出向くゆえ、お気遣いなく――ともいった。
やむなく、二人は、返書を持ってすぐ辞した。――帰るまで、伊織は遂に何もいえないでいた。武蔵も一言もことばをかけてやらないのである。然し、無言の中に、師弟の情と、言葉以上のものは尽きていた。
二人の戻りを、待ちかねていた長岡佐渡は、武蔵の返書を手にして、まずほっと眉をひらいた。
文面には、
私事、お許様御舟にて、船島へ遣さる可旨、仰せ被聞、重畳お心づかいの段、辱なくぞんじ奉候。
然れどこの度、私と小次郎とは敵対の者にて御座候。しかるに小次郎は君公の御舟にて遺され、私は其許様お舟にて遺され候旨に御座候処、右、御主君に被対、如何わしく存じ奉候。この儀、私にはお構いなされず候て然る可とぞんじ奉り候
此段、御直に申し上可とぞんじ候えども、御承引なさるまじく候に付、わざと申しあげず、爰元へ参り居候(中略)
爰元の舟にて、能き時分参り申すべく候間、左様に思し召さるべくそろ。
以 上
四月十三日
宮本 武蔵
佐渡守様
と認めてあった。
『............』
佐渡は、黙然と、読後の文字をなお見入っていた。
謙虚の美。ゆかしい思い配り。何にしても行届いた返書。と心を打たれている容子だった。
それと又、佐渡は、昨夜からの自分の焦躁が、この返書に対して、面映ゆくあった。謙虚な心の持主に対して少しでも疑ったことが自ら恥じられた。
『縫殿介』
『はっ』
『武蔵どのの、この御書面を携えてすぐ、内海孫兵衛丞どのや、其他の衆に、廻状いたして来い』
『承知いたしました』
退がりかけると、襖の陰に控えていた用人が、
『御主人様。御用がおすみ遊ばしたら、今日の御立会のお役目、はやお支度を遊ばしませぬと』
と、うながした。
佐渡は落着いて、
『心得ておる。じゃが、まだ時刻には早かろう』
『お早くは御座りまするが、同じく今日のお立会役、岩間角兵衛様にはもはや御船を仕立てられ、今し方、浜をお離れなされましたが』
『人は人。あわてずともよい。――伊織、ちょっとこれへ来い』
『はい――御用ですか』
『そちは、男だの』
『え、え』
『いかなる事があっても、泣かぬという自信があるか。どうじゃ』
『泣きませぬ』
『然らば、わしの供をして、船島へ行け。――じゃが、次第に依っては、武蔵どのの骨を拾うて帰るかも知れぬのだぞ。......行くか。......泣かずにいられるか』
『行きます。......きっと、泣かないで』
奥の声をうしろに。
縫殿介は門の外へ駈け出していた。すると、塀の陰から彼を呼ぶ見すぼらしい旅の女があった。
四
『お待ち下さいませ。......長岡様の御家来さま』
女は、子を負っていた。
縫殿介は、気が急いている。然し、旅の女の風態に、怪しみの眼をみはって
『何じゃ。お女中』
『ぶしつけでは御座いまするが、かような身なりの者、お玄関へ立つ事も憚られまして』
『では御門前で待っていたか』
『はい......今日に迫った船島の試合に、きのうから、武蔵様が逃げたとやら......町の噂に聞きましたが、それは本当でございましょうか』
『ば、ばかな事!』
ゆうべからの鬱憤を、いちどに吐いて、
『左様な武蔵どのか、武蔵どのでないか、辰の刻になれば分る。――たった今、わしは武蔵どのにお会いして、御返書までいただいて来たところだ』
『えっ......。お会いなされましたか。して、何処に?』
『其方は? ......何じゃ』
『はい』
さし俯向いて、
『武蔵様とは、知る辺の者でござりますが』
『ふム。......ではやはり根もない噂に案じていたのか。では、これから急ぐ出先だが、武蔵どのの御返書を、ちょっと見せて上げる。心配なさるな、これこの通りに――』
縫殿介がそれを読み聞かせてやっていると、彼のうしろへ立ち寄って、共に、涙の眼をもって、偸み読している男があった。
縫殿介が、ふと気づいて、自分の肩を振り向くと、男は間が悪そうにお辞儀して、あわてて、眼をふいた。
『誰だ? ......おぬしは』
『はい。その女房の、連れの者でございます』
『なんだ、御亭主か』
『有難うございました。武蔵どのの、懐しい文字を見て、何だか、会ったもおなじ気がしました。......なあ女房』
『ほんに、これで安心いたしました。――欲には、遠くからでも、試合の場所を、拝んで居とうございます。たとえ、海を隔てても、私たちの心がそこに働きますよう』
『オオ、それなら、彼の海沿いの丘へ上って、遙かに、島の影なと見て居なされ。――いやいや、きょうは、ばかに晴れているから、船島の渚あたりは、かすかに見えるかも知れぬぞ』
『お急ぎのところ、足をお止めして、済みませんでした。――では、御免なされませ』
子を負った旅の夫婦者は、城下端れの松山をさして、足を早めかけた。
縫殿介も、急ぎかけたが、あわてて呼び止めた。
『もしもし。お前たちの、名前は何という人か。さし閊えなければ聞かしておいてくれ』
夫婦は、振り返って、又ていねいに遠くからお辞儀をした。
『武蔵どのと同じ作州の生れ――又八と申します』
『朱実といいまする』
縫殿介は、うなずくと、もう一散に、使先へ駈けて行った。
ややしばらく見送っていたが、眼を見合すと、二人は口もきかず、城下の外へ急いだ。小倉と門司ケ関のあいだの松山へ、喘ぎ喘ぎ、登って行った。
真正面に、船島が見える。幾つもの島影も見える。いや海門の彼方、長門の山々の襞まで今日はあざやかに見える。
二人は、たずさえている菰を敷き、海へ向って、並んで坐った。
ざあ、ざあっ......断崖の下の潮音は、親子三人の上に、松の葉を降りこぼした。
朱実は、子を降ろして、乳ぶさに抱え、又八は凝と、膝に掌をむすんだまま、口もきかず、子もあやさず、一念、海の青を見入っていた。
彼の人・この人
一
縫殿介は、いそいで来た。
主人の長岡佐渡が、今朝、船島へ出向くまでに間に合うようにと。
吩咐けられた六名の屋敷を、それぞれ駈け廻って、武蔵の返書と次第を告げ、どこでも茶ものまず引っ返して来た途中なのである。
『あっ、巌流の......?』
彼は、そのいそぐ足をも止めて、思わず物陰にたたずんだ。
そこは、御浜奉行の役宅から半町ほど先の海辺だった。
そこの岸からは、早朝よりたくさんな藩士が、きょうの試合の立会や、検視や、又、不慮の場合の警備だの、試合場の準備だのとして、番頭以下足軽組まで――幾組にもわかれて、ぞくぞくと船島をさして先発していた。
――今も。
御船手の藩士が、一艘の新しい小舟を寄せて、待っていた。舟板から水箒やもやいの棕梠繩まで卸したばかりの真新しい舟だった。
縫殿介は一目見て、それは藩公から特に巌流へくだされた舟と知った。
舟に、特徴はないが、そこらに佇んでいる百名以上の人々の顔ぶれが、皆、日ごろ巌流と親しい者か、或は見馴れない顔ばかりなので、すぐ知ったのである。
『おお、お出でになった』
『見えられた』
人々は、舟の両側に立って、おなじ方角を、振り向いていた。
磯松の陰から、縫殿介も、彼方を見ていた。
御浜奉行の休み所に、乗って来た駒を繫いで、佐々木巌流は、しばらくそこに休息を取っていたものとみえる。
そこの役人達にも見送られ、巌流は、日頃の愛馬を、託していた。――そして供として、内弟子の辰之助一名を連れて、砂を踏んで此方の舟のほうへ歩いて来た。
『............』
人々は、巌流の姿が、近づいて来るにつれ、粛として、自ら列を作し、彼の道を開いていた。
それと人々は、その日の巌流の晴の扮装に恍惚として、自分達までが武者振いのようなものを覚えた。
巌流は、浮織の白絹の小袖に、眼のさめるような、猩々緋の袖無羽織をかさね、葡萄色の染革の裁附袴を穿いていた。
足拵えは、もちろん、草鞋――すこし潤してあるかに見える。小刀は日頃の物であったが、大刀は、仕官以後は遠慮して差さなかった例の無銘――然し肥前長光ともいわれている――愛刀物干竿を、久しぶりに、その腰間に、長やかに横たえていた。
その刀は、三尺余もあるので、見るからに業刀と思われ、送りの人々の眼をみはらせたが、より以上、その長剣がすこしも不似合でない彼の優れた骨がらと、猩々緋の真っ紅なのと、色の白い豊頰な面と、そして眉もうごかさない落ちついた態度の美に――何か荘重なものを見ていた。
波音と、風に紛れて、縫殿介がいる辺りまでは、人人の声も、巌流のことばも、聞えては来なかったが、巌流の面には、これから生死の場所へ臨む者とは見えぬ和やかな笑みが、遠くからでも明るく見えた。
彼は、その笑みを、能うかぎり、知己朋友に、万遍なくふり撒いて、やがてどよめく声援者につつまれながら、新しい小舟へ乗った。
弟子の辰之助も乗った。
船手方の藩士が、二人乗りこんで、一名は舳に腰かけ、一名は櫓をにぎる――
それと、もう一つの供のものは、辰之助の拳に裾えて来た鷹の天弓である。小舟が岸を離れると一斉に歓声を送った人々の声に愕いたのだろう。天弓は、パッとひとつ、大きく翼を打った。
二
浜辺に立って見送っている人々は、いつまでも立ち去らなかった。
それへ応えて、巌流も、舟の中から、振り向いていた。
櫓を漕ぐ者も、舟を迅く行ろうとはせず、大きく弛く、波を切っていた。
『そうだ、時刻が迫った。おやしきの旦那様にも早......』
縫殿介は、われに回って、たたずんでいる磯松の陰から、急に帰りかけた。
その時、ふと気づいたのであった。彼が姿を倚せていた松から、六、七本目の同じような磯松の陰に、ひたと身を寄せて、独り泣いている女がある。
遠く小さく――海の青に溶けてゆく小舟を――いや巌流の姿を、見送っては又、よよと木陰に泣いていた。
それは巌流が、小倉に落ち着いてからの浅い年月、巌流のそばに仕えて来たお光であった。
『............』
縫殿介は、眼を反らした。そして彼女の心を愕かさぬように、足音を忍ばせて、浜から町の道へ出て行った。
ふと、気になるまま、
『――誰にも、裏と表はあるもの。晴の姿の陰には、愁いに傷む人のあるもの......』
と、つぶやいて、人目を離れて悲しむ一人の女性と、もう沖へ、うすれて行く巌流の舟とを、もう一ペん、振りかえってみた。
浜辺の人々は、三々五々、もう波打際から散らかっていた。口々に巌流の落ちつきぶりを称え、きょうの試合の必勝を、彼の上に期待しながら――。
『辰之助』
『はっ』
『天弓を、これへ』
巌流は、左の拳をさし伸べた。
辰之助は、自分の拳にすえていた鷹を、巌流の手へ移して、少し退がった。
舟は今、船島と小倉との間を漕いでゆく。海峡の潮流は、ようやく急であった。空も水も、澄みきった好晴の日であったが、浪はかなり高かった。
舷から水玉のかかるたびに、鷹は逆毛を立てて、凄愴な姿態を作った。今朝は、飼い馴れたこの鷹にも、戦気があった。
『お城へ帰れ』
巌流は、鷹の足環を解いて、鷹を拳から空へ放った。
鷹は、常の狩場の的のように、空へ翔けると、逃げる海鳥へかかって、白い羽毛を降らした。然し再び飼主が呼ばないので、お城の空や、島々の翠をかすめて、やがてどこかへ見えなくなった。
巌流は、鷹の行方を見ていなかった。鷹を放つと、巌流はすぐに、身に着けている神仏の御札やら手紙の反古やら、又、岩国の叔母が、心をこめて縫って来た梵字の肌着までを――すべて元来の自己以外の物は――みな投げて、潮へ流してしまった。
『さっぱりした』
巌流はつぶやいた。
今の絶対的なものへ向って行く彼の気特には、彼の人、この人と、思い出さるる、情や絆は、すべて心の曇りになると思った。
自分に勝たせようと祈ってくれる、大勢の人々の、好意も重荷であった。神仏の御札さえ、邪げと彼は思ったのである。
人間。――素肌の自己。
これ一箇しか、今は、恃むもののない事を、さすがに悟っていた。
『............』
潮風は、無言の彼の面をふいた。その眸に――船島の松や雑木の翠が、刻々に、近づいていた。
三
一方――
同じ準備は、対岸の赤間ケ関にある武蔵のほうにも、当然の事、はや迫っていたわけである。
早朝。
長岡家の使として、縫殿介と伊織のふたりが、武蔵の返書を携えて、立帰って行ったあと。――彼の身を寄せている廻船問屋の主、小林太郎左衛門は浜納屋の露地づたいに、店頭へ姿を見せ、
『佐助。佐助はいないか』
と、探していた。
佐助というのは、大勢の雇人の中でも、よく気のつく若い者で、住居の方でも重宝に使い、暇があると店のほうを手伝っていた。
『おはよう御座います』
主人の姿を見て帳場から降りて来た番頭は、まず朝の挨拶をして、
『佐助をお呼びで。――はい、はい、今しがたまで、そこらに居りましたが』
と、他の若い者へ向い、
『佐助を探しておいで、佐助を――。大旦那がお召だ。いそいで』
と、いいつけた。
それから番頭は何か、店の事務について、荷物の回漕やら船配りなどについて、さっそく、主人に報告的なおしゃべりを始めたが、太郎左衛門は、
『後で。後で』
耳たぶの蚊を払うように顔を振り、――それとはまったく関りのない事を訊ね出した。
『誰か、店のほうへ、武蔵様を訪ねて見えた者があるかね』
『へ。ああ、奥のお客様のことで。――いや今朝がたも、訪ねて見えたお人がございましたが』
『長岡様のお使だろう』
『左様で』
『その他には』
『さあ? ......』
と、頰を抑えて、
『てまえが会ったのでは御座いませんが、昨晩、大戸を卸してから、穢い身なりをした眼のするどい旅の男が、樫の杖をついて、のっそり這入って来て――武蔵先生にお目にかかりたい。先生には下船以来、当家に御逗留と承るが――といって、しばらく帰らなかったそうでございますよ』
『誰がしゃべったのだ。あれほど、武蔵様の身については口止しておいたのに』
『何しろ、若い衆たちは、きょうの事がございますので、ああいうお方が、御当家に泊っているという事は、何か自分たちの自慢のように、つい口へ出てしまうらしいので――てまえも厳ましく申し聞かせては御座いまするが』
『そして、ゆうべの、樫の杖をついた旅の人とかはどうしたのか』
『総兵衛どのが、言訳に出まして、何かのお聞き違いで御座いましょうと――どこまでも武蔵様は居ない事に押し通して、やっと、帰したそうで御座います。――誰かその時、大戸の外にはまだ二、三人も――女子の影も交って佇んでいたとやらいうておりましたが』
そこへ。
船着の桟橋の方から、
『佐助でございます。大旦那、何か御用でございますか』
『おお佐助か。べつに、他の用じゃないが、お前には今日、大役を頼んである。念を押すまでもないが合点だろうな』
『へい。ようく心得ておりまする。こんな御用は船師一代のうちにもない事だと思いまして、今朝はもう暗いうちから起きて、水垢離をかぶり、新しい晒布で下っ腹を巻いて待っておりますんで』
『じゃあ、ゆうべも吩附けておいたが、舟の支度も、いいだろうな』
『べつに、支度といって、何もございませんが、たくさんな軽舸の中から、脚の迅い、そして穢れのないのを選って、すっかり塩を撒いて、船板まで洗って置きました。――いつでも、武蔵様のほうさえ、お支度がよければ、お供をするようになっております』
四
太郎左衛門は又、
『そして、舟は、どこへ繫いでおいたか』
と、たずねた。
佐助が、いつもの船首の岸に――と答えると、太郎左衛門は考えていたが、
『そこでは、お立ちの際、人目につく。――どこまでも、人目だたぬようにというのが武蔵様のお望み、どこぞ、他の場所へ廻しておいてもらいたいのう』
『かしこまりました。では、どこへ着けておきましょうか』
『住居の裏より、二町ほど東の浜辺――あの平家松のある辺りの岸なら、往来も稀だし、人目にもそうかかるまい』
そう吩附けている間も、太郎左衛門は、自分までが、何やら落着かぬ様子だった。
店も、平常とちがって、今日はめっきり暇だった。子の刻過まで、海門の船往来が止められているせいもあろうし、又、対岸の門司ケ関や小倉と共に、その長門領一帯でも、すべての者が、船島のきょうの試合を、心がかりにしているせいもあろう。
そう思って往来を眺めると、どこへ指して行くのか夥しい人出であった。近藩の武士らしい人々、牢人、儒者風の者、鍛冶、塗師、鎧師などの工匠たち、僧侶から雑多な町人や百姓までが――その中には被衣だの市女笠だのの女のにおいをも蒸れ立てて――おなじ方角へ、流れて行くのだった。
『はよう、来やい』
『泣くと、捨てて行くぞよ』
漁師の女房たちであろう、子を背負ったり、手に曳いたり、今が今にも、何事かあるように、わめいて通るのもあった。
『なるほど、これでは......』
と、太郎左衛門も、武蔵の気もちが分る気がした。識者顔する者の、毀誉褒貶さえかなり耳うるさいところへ、この人出の埃は、他人の死ぬか生きるかを、勝つか負けるかを、ただ興味として、見物に駈けて行く――
しかもまだ、時刻までには、幾刻か間もあるのに。
そして、船止となっているからには、元より海上へは出られず、遠く陸地とは絶縁されている船島の現地が、たとえ山や丘へ上っても、見える筈もあり得ないのに。
然し、人が行く。そして、人が行くと、家に居られない人々が、わけもなく、ぞろぞろと行くのだった。
太郎左衛門は、ちょっと往来へ出て、一巡そんな空気に触れながら、軈て、住居へ戻って来た。
彼の居間も、武蔵の寝ていた部屋も、もうすっかり、朝の掃除が終っていた。
開けひろげた浜座敷の天井の木目に、ゆらゆらと波紋の渦がうごいていた。すぐ裏がもう海だった。
波から刎ね返る朝の陽が、ふわ、ふわ、と光の斑になって、壁にも障子にも遊んでいる。
『お帰りなさいませ』
『お。お鶴か』
『どちらへお出でになったのかと彼方此方、さがしていましたのに』
『お店の方にいたのだよ』
お鶴のついだ茶を取って、太郎左衛門は、静かに見入っていた。
『............』
お鶴もだまって海を見ていた。
太郎左衛門が、眼に入れても痛くないほど可愛がっているこの一人娘は、先頃まで泉州堺港の出店にいたが、ちょうど武蔵が来る折、同じ船で、父の許へ帰っていた。――お鶴はかねて伊織をよく世話した事もあるので、武蔵が疾く伊織の消息に詳しかったのは、船中で、この娘から、何かのはなしを聞いていたのかも知れなかった。
五
又、こうも想像される。
武蔵が、ここの小林太郎左衛門の住居へ、先頃から身を寄せたのも、そうした縁から、伊織の世話になった礼をのべる為にも、下船後、太郎左衛門の家へ立ち寄り、太郎左衛門と親しくなった事からではあるまいか。
が――何はともあれ。
武蔵が逗留中は、父のいいつけで、お鶴が彼の身のまわりを世話していた。
現に、昨夜なども、武蔵が父と夜更くるまで、話しこんでいるあいだ、彼女はほかの部屋で、頻りと縫物などしていた。それは武蔵が、
(試合の当日は、何も支度は要り申さぬが新しき晒布の肌着と下帯だけは整えておきたく思います)
と、何かの折にいったので、肌着のみならず黒絹の小袖も帯紐も新しく縫って今朝までに、しつけ糸を抜けばよいように、すべて揃えてあるのだった。
仮に――
ほんの、かりそめに、太郎左衛門だけの親心であったが、
(娘は、彼の人に、淡い思いを寄せているのではあるまいか。――もし、そうだとしたら、今朝のお鶴の心は)
と、ふと、そんな思い過しもしてみるのだった。
いや、思い過しでないかもしれなかった。お鶴の今朝の眉には、どことなく、そうした心の色がただよっている。
今も。
父の太郎左衛門に茶を汲んでから、父が黙然と海を見ていると、彼女も、いつまでも黙って、物思わしく、海の青を凝視していた。そして、その眸までが、海のあふるる如く、涙になりかけた。
『お鶴......』
『はい......』
『武蔵様は、どこにお在でか。朝の御飯は、さし上げたか』
『もう、お済みでございます。そして、あちらのお部屋を閉めて』
『そろそろ、お支度中か』
『いいえ、まだ......』
『何をしていらっしゃるのだ』
『画を描いていらっしゃるようです』
『画を......?』
『はい』
『......ああ、そうか。心ないおねだりをした。いつぞや、画のはなしが出た折、なんぞ一筆でも、後の思い出にも――と、わしが御無心しておいたので』
『きょう船島まで、お供をしてゆく佐助にも、一筆遺物に描いてつかわすと、仰っしゃっておいでになりましたから......』
『佐助にまで』
太郎左衛門はつぶやいて、急に自分が落ちつかない気もちにせかれた。
『――もう、こうしている間にも、時刻は迫るし、見えもせぬ船島の試合を、見ようと騒いでゆくたくさんの人たちも、ああして往来を押し流して行くのに』
『武蔵様は、まるで、忘れたようなお顔をしていらっしゃいます』
『画などの沙汰ではない。......お鶴、お前が行って、どうぞもう、そのような事は、お捨て措き下さいと、ちょっと申し上げて来い』
『......でも、わたしには』
『いえないのか』
太郎左衛門は、その時、はっきりとお鶴の気持を覚った。父と娘とは、ひとつ血である。彼女の悲しみも傷みも、そのまま、太郎左衛門の血にひびいていた。
が男親の顔は、さり気なかった。むしろ叱るように、
『ばか。何をめそめそと』
そして自分で――武蔵のいる襖のほうへ立って行った。
六
そこは、ひそと、閉めきってあった。
筆、硯、筆洗などをおいて、武蔵は、寂として坐っていた。
すでに描き上っている一葉の画箋には、柳に鷺の図が描いてあった。
――が、前に置いてある紙には未だ一筆も落してなかった。
白い紙を前にして、武蔵は、何を画こうかと、考えているらしい。
いや、画想をとらえようとする理念や技巧より前に、画心そのものに成りきろうとする自分を静かにととのえている姿だった。
白い紙は、無の天地と見ることができる。一筆の落墨は、たちまち、無中に有を生じる。雨を呼ぶことも、風を起すことも自在である。そしてそこに、筆を把った者の心が永遠に画として遺る。心に邪があれば邪が――心に堕気があれば堕気が――匠気があれば又匠気のあとが蔽い隠しようもなく遺る。
人の肉体は消えても墨は消えない。紙に宿した心の象はいつまで呼吸してゆくやら計りがたい。
武蔵は、そんな事もふと思う。
が、そんな考えも、画心の邪げである。白紙のような無の境に自分もなろうとする。そして筆持つ手が、我でもなく、他人でもなく、心が心のまま、白い天地に行動するのを待っているような気持――
『............』
その姿に、狭い一間は寂としていたのである。
ここには往来の騒音もなければ、きょうの試合もよそ事のようだった。
ただ中庭の坪の女竹が、ときおり、かすかな戦ぎを見せるだけで――。
『......もし』
音もなく、いつか、彼のうしろの襖が少し開いていた。
主の太郎左衛門であった。そっと、そこを窺ったものの、あまりに静かな彼の姿に、呼びかけるのさえ、憚られて、
『......武蔵様。もし......せっかくお楽しみのところを、お邪魔いたして恐れ入りますが』
彼の眼にも、武蔵のそうしている容子は、いかにも画に楽しんでいる姿に見えたのだった。
武蔵は、気がついて、
『おう、亭主どのか。......さ、這入られい、そのように閾際でなにを御遠慮』
『いえ、今朝はもう、そうして居られますまい。......やがて、お時刻が迫りまするが』
『承知しています』
『お肌着や、懐紙、手拭など、お支度の物も取揃えて、次の部屋に置きましたゆえ、どうぞいつなりとも』
『かたじけのうござる』
『......そして又、てまえ共へくださる為の画でございましたなら、どうぞもうお捨て置きくださいまして。......又、首尾よう船島からお帰りの後にはゆるゆると』
『お気づかいなさるな。どうやら今朝は、すがすがしゅう御座るゆえ、かような時に』
『でも、時刻が』
『存じています』
『......では、お支度にかかる時には、お呼びくださいまし、あちらで控えておりますから』
『恐れ入るのう』
『どういたしまして』
かえって、邪魔をしてもと、太郎左衛門が退がりかけると、
『あ。亭主どの――』
と、武蔵のほうから呼び止めて、こう訊ねた。
『この頃の、潮の満干は、どういう時刻になっておろうか。今朝は、引潮時でござるか、上潮時でござろうか』
七
潮の満干は、太郎左衛門には、店の商売上と、直接の関係があるので、問われると、言下に、
『はいこの頃は、明けの卯之刻から辰のあいだに、潮が干きりまして――左様、もうそろそろ潮が上げ始めている頃あいでござりまする』
と、答えた。
武蔵は、うなずいて、
『左様か』
と、つぶやいたきり、又、白い画箋に向って、もくねんとしていた。
太郎左衛門は、そうっと、襖をしめて、元の座敷へ退って行った。――他人事でなく、気にはかかるが、どうしようもなかった。
元の位置に、自分も落ちつくつもりで、しばらく坐ってみたが、時刻が、時刻が、と思うと、坐ってもいられなくなる。
つい立って、浜座敷の縁へなど出てみた。海門の潮は今、奔流のように動いていた。浜座敷の下の干潟へも、見ているうちに、ひたひたと潮は上げて来る。
『お父さま』
『お鶴か。......何をしているのじゃ』
『もうお出ましも間もないかと、武蔵様のお草鞋を、庭口のほうへ廻して参りました』
『まだだよ』
『どうなされましたか』
『まだ、画を描いていらっしゃるのだよ。......よいのかなあ、あんなに御悠りしていて』
『でも、お父さまは、お止めしに行ったのじゃないのですか』
『――行ったのだが、あの部屋へ行くと、妙に、止めるのもお悪い気がしてなあ』
――すると、何処かで、
『太郎左衛門殿っ、太郎左衛門殿っ』
声は、家の外だった。
庭先の下の干潟へ、細川藩の早舟が一艘、漕ぎ寄せていた。その早舟の上に突っ立っている侍が呼んだのだ。
『おう、縫殿介様で』
縫殿介は、舟から上らなかった。縁に太郎左衛門の姿が見えたのを幸いに、そこから仰向いて、
『武蔵どのには、もはや、お出ましなされたか』
と、訊ねた。
太郎左衛門が、まだ――と答えると、縫殿介は早口に、
『では、少しも早く、御用意をととのえて、お出向き下さるよう、お伝え下さい。――すでに相手方の佐々木巌流どのにも、藩公のお舟にて、島へ向かわれたし、主人長岡佐渡様にも、今し方、小倉を離れましたれば』
『かしこまりました』
『くれぐれも、卑怯の名をおとりなさらぬよう、老婆心までに一言を――』
いい終ると、先を急くように、早舟はすぐ櫓を回して、漕ぎ去った。
――が。太郎左衛門もお鶴も、奥の静かな一間を振り向いたのみで、そのまま、わずかな時間を長い気持ちで、縁の端にならんで待っていた。
けれど、いつまでも、武蔵のいる部屋の襖は、開こうともしなかった。物音らしい気配も洩れて来なかった。
二度目の早舟が又、裏の干潟に着いて、一人の藩士が駈けあがって来た。こんどの使は、長岡家の召使ではなく、船島から直かに来た藩士であった。
八
襖の音に、武蔵は目を開いていた。――で、お鶴が声をかけるまでもなかった。
二度まで、催促の便が、早舟で来た由を告げると、武蔵は、
『そうですか』
ニコと、ただうなずく。
だまって、どこかへ出て行った。水屋で水音がする。一睡した顔を洗い、髪でも撫でつけているらしい。
その間、お鶴は、武蔵が居たあとの畳へ眼を落していた。さっきまで、白紙だった紙には、どっぷり墨がついている。一見、雲のようにしか見えないが、よく見ると、破墨山水の図であった。
画はまだ濡れていた。
『お鶴どの』
次の間から武蔵がいう。
『――その一図は、御主人に上げてください。又、もう一図は、きょう供をしてくれる船頭の佐助に後でお遣わし下さい』
『ありがとう存じます』
『意外なお世話に相成ったが、なんのお礼とてもできぬ。画は遺物がわりに』
『どうぞ、きょうの夜には又、ゆうべのように、お父さまと共に、同じ燈火の下でお話しができますように』
お鶴は、念じていった。
次の間では、衣の音がしていた。武蔵が身支度しているものと思われた。襖ごしの声がしなくなったと思うと、武蔵の声は、もう彼方の座敷で、父の太郎左衛門と何か二言三言、話している様子だった。
お鶴は、武蔵が支度していた次の部屋を通った。彼の脱いだ肌着小袖は、彼自身の手で、きちんと畳まれて、隅のみだれ箱に重ねてあった。
いい知れぬ寂しさが、お鶴の胸をつきあげた。お鶴は、まだその人の温みを残している小袖の上に顔を投げ伏せた。
『......お鶴。お鶴』
やがて。
父の呼ぶ声だった。
お鶴は、答える前に、そっと瞼や頰を指の腹で撫でていた。
『......お鶴っ。何をしておる。お立ちになるぞ。はや、お立ちになるぞ』
『はいっ』
われを忘れて、お鶴は駈け出して行った。
――と見れば、武蔵はもう草鞋を穿いて、庭の木戸口まで出ている。彼は、あくまで人目立つのを避けていた。そこから浜づたいに少し歩けば、佐助の小舟が、疾くから待っている筈だった。
店や奥の者、四、五人が、太郎左衛門と共にそこへ出て、木戸口まで見送った。お鶴は、何もいえなかった。ただ武蔵のひとみが、自分のひとみを見た機に、だまって、皆と一緒に、頭を下げた。
『――おさらば』
最後に、武蔵がいった。
頭を下げ揃えたまま、誰も頭を上げなかった。武蔵は柴折の外へ出て、静かに柴折戸を閉め、もう一度いった。
『では、御機嫌よう......』
人々が頭を上げた時は、もう武蔵の姿は彼方を向いて、風の中を歩いていた。
振向くか――振顧るか――と太郎左衛門を始め、取り残された人々は、縁や庭垣から見まもっていたが、武蔵は振向かなかった。
『あんなものかなあ、お侍というものは、なんと、あっさりしたものじゃろう』
誰か、つぶやいた。
お鶴は、すぐ、そこに見えなくなっていた。太郎左衛門もそれを知ると、共に奥へ姿を隠した。
太郎左衛門の住居の裏から浜辺づたいに一町ほど歩むと、巨きな一つ松がある。平家松とこの辺で呼ばれている松――
先に小舟を廻して、雇人の佐助は、今朝夙くからそこに待っていた。武蔵の姿が今、その辺りまで近づいたかと思うと、誰か、
『おおう! ......先生ッ』
『武蔵どの』
ばたばたっと、足もとへ転び伏すばかりに、駈け寄って来た者があった。
九
一歩――
閾を踏んで出た武蔵には、今朝はもう何も頭になかった。
多少の思いは、皆、真っ黒な墨にこめて、白紙の上へ、一掃の水墨画として吐いてしまった感じである。――その画もわれながら、今朝は気もちよく描けたと思う。
そして、船島へ。
潮にまかせて、渡ろうとする気もちには、なんら常の旅立ちと変った所はなかった。きょう彼処へ渡って、再びここの岸へ帰れるか、帰れないか。今の一歩一歩が、死の府へ向っているのか、猶、今生の長い道へ歩んでいるのか――そんな事すら思ってもみなかった。
曾つて二十二歳の早春、一乗寺下り松の決戦の場所へ、孤剣を抱いて臨んだ時のような――ああした満身の毛穴もよだつような悲壮も抱かなければ感傷もない。
さればといって。
あの時の百余人の大勢の敵が強敵か。きょうのただ一人の相手が強敵かといえば、烏合の百人よりもただ一人の佐々木小次郎のほうが、遙かに惧るべきものである事は勿論だった。武蔵に取っては生涯またとあるか無いかの、今日こそは大難に違いなかった。一生の大事に違いなかった。
――が、今。
自分を待つ佐助の小舟を見て、何気なく急ぎかけた足元へ、自分を先生と呼び、又、武蔵どのと呼びかけて、転び伏した二人の者を見ると、彼の平静な心は、一瞬、揺れかけた。
『おお......権之助殿ではないか。ばば殿にも。......どうして此処へは?』
不審そうにいう彼の眼の前に、旅垢にまみれた夢想権之助とお杉ばばとは、浜砂の中に埋るように坐って、手をつかえていた。
『きょうの試合。一期のお大事と存じまして』
権之助のことばに次いで、ばばもいった。
『お見送りにのう。......そして又、わしは其方にきょうまでの詫言をしに来ました』
『はて。ばば殿が、この武蔵に詫言とは』
『ゆるしてたも! ......武蔵どの。長い間の、ばばが心得ちがいを』
『......えっ?』
むしろ疑うばかりに、武蔵は彼女のそういう面を見まもって、
『ばば殿、それは又、どういう気持でわしへ仰っしゃるのか』
『何もいわぬ』
ばばは胸に、両掌を合せて、今の自分の心の相を、象に見せた。
『――過ぎ来し方の事々。一つ一ついうたら、懺悔申すにも懺悔しきれぬ程あるが、すべてを水と流してたも。武蔵どの、ゆるしてたも。皆......子ゆえに迷うたわしの過ちであった』
『............』
凝と、その相を見入っていた武蔵は、あな勿体なしといわぬばかりに、遽かに膝を折って、ばばの手を取って伏し拝み、しばらく顔も上げ得なかったのは――胸もつまって涙がつきあげそうになって来たからであろう。
ばばの手もわなわな顫え、彼の手も微かに戦いていた。
『ああ、武蔵に取って、今日はなんたる吉日でしょうか。それ聞いて、今死ぬも、惑い無き心地がしまする。はっきりと、何か真実のものが観て取れた欣び――ばば殿のおことばを信じまする。そして今日の試合には、一層、すがすがしい心で臨めると存じまする』
『では、ゆるして下さるか』
『なんの、左様に仰せられましては、武蔵こそ以前にさかのぼって、ばば殿の前に幾重にも詫せねばなりませぬ』
『......欣しや。ああこれで、わが身は心まで軽うなった。じゃが、武蔵どの、もうひとり世にも不愍な者、ぜひにも、其方に救うてもらわねばなりませぬぞい』
ばばは、そういって、武蔵の眼を誘うように、振り向いた。
――と見れば、彼方の松の木陰に、さっきから凝とうずくまったまま、顔も上げずに咲いている露草のような、弱々しい女性の姿があった。
十
――いうまでもない。それはお通であった。お通は、遂に、ここまで来た。遂に来たという姿であった。
手に市女笠を持って。
杖と、病を持って。
猶、燃ゆるばかりのものを抱いていた。その烈しい炎の如きものも然し、驚くばかり窶れた肉体に抱かれていた。――武蔵が見たとたんにも、真っ先にそれをはっと感じた。
『......ああ。お通......』
凝然と、彼は彼女のまえに立っていた。そこまで、黙々と運んで来た脚をすら忘れていた。彼方に置き残された権之助もばばも、わざと寄って来なかった。むしろ身を消して、この浜辺を、彼と彼女との二人だけのものにして遣りたい気持すら抱いた。
『お通......さんか』
それだけの嘆声が、武蔵にも精いっぱいな言葉だった。
この年月の空間を、単なる言葉でつなぐには、あまりにも多恨であり過ぎた。
しかも、問うにも語るにも、今はそうしている時刻の余裕すらも既にないのである。
『からだが快くないようだが......。どんなだな』
やがていった。ぽつりと、前後もない言葉だった。長い詩のうちの一句だけを摘んでつぶやくように。
『......ええ』
お通は、感情に咽せて、武蔵の面へ、眸さえ上げ得なかった。――が、生別となるか死別となるか、この大事な一瞬を、徒らに取乱したり、空しく過してはならないと、自ら誡めているらしく、凝と、理念の中に、自分を努めて冷ややかに守っていた。
『かりそめの風邪か。それとも、もう永い煩いか。どこが悪い? ......そして近頃は何処に。どこに身を寄せておるのか』
『七宝寺に、戻っております。......去年、秋の頃から』
『なに、故郷に』
『......ええ』
初めて、彼女の眸は、武蔵をじっと見た。
深い湖のように、眼は濡れていた。睫毛は、からくも溢れるものを支えていた。
『故郷......。孤児のわたしには、人のいう故郷はありません。あるのは、心の故郷だけです』
『でも、ばば殿も、今では其女にやさしゅうしてくれる様子。何よりも、武蔵は欣しい。静かに病を養って、其女も幸せになってくれよ』
『今は、幸せでございます』
『そうか。それを聞いて、わしも少しは安んじて行かれる。......お通』
膝を折った。
ばばや権之助の人目を感じるので、彼女は居竦んだまま、よけい身をちぢめたが、武蔵は誰が見ている事も忘れていた。
『瘦せたなあ』
と、搔き抱かぬばかり、背に手をのせて、熱い呼吸を弾ませている彼女の顔へ顔を寄せて、
『......ゆるせ。ゆるしてくれい。無情い者が、必ずしも、無情い者ではないぞ、其女ばかりが』
『わ、わかって居ります』
『わかっているか』
『けれど、ただ一言、仰っしゃって下さいませ。......つ、妻じゃと一言』
『分っておるという口の下に。――いうては、かえって味ないもの』
『でも......でも......』
お通はいつか、全身で鳴咽していた。とつぜん、懸命な力で、武蔵の手をつかんで叫んだ。
『死んでも、お通は。――死んでも......』
武蔵は、もくねんと、大きく頷いて見せたが、細くて怖しく強い彼女の指の力を、一つ一つ捥ぎ離すと振り退けるようにして、突っ立った。
『武士の女房は、出陣にめめしゅうするものでない。笑うて送ってくれい。――これ限りかも知れぬ良人の舟出とすれば、猶更のことぞ』
十一
傍らに人はいた。
けれど、二人のわずかな間の語らいを、邪げる者はいなかった。
『――では』
武蔵は、彼女の背から手を離した。お通はもう泣いていなかった。
いや、強いて、微笑んで見せようとさえしながら、わずかにやっと、涙を怺えとめて、
『......では』
と、同じ言葉で。
武蔵は起つ。
彼女も、蹌りと、起った。――傍らの樹を力に。
『おさらば』
いうと、武蔵は、大股に浜辺の波際へ向って歩みだした。
お通は......喉までつき上げて来た最後のことばを、その背へ、遂にいえなかった。なぜならば、武蔵が背を向けた弾みに、
(もう泣くまい)
と、していた涙が、滂沱となって、武蔵の姿すら見えなくなってしまったからである。
岸に立つと、風がつよい。
武蔵の鬢の毛を、袂を、袴のすそを、潮の香のつよい風が颯々と撲って通った。
『佐助』
そこにある小舟へ呼ぶ。
佐助は、初めて振り向いた。
さっきから、彼は武蔵の来た事を知っていたが、わざと、小舟の中で、あらぬ方へ、眼をやっていたのだった。
『お。......武蔵様。もうよろしいのでございますか』
『よし。舟を、も少し寄せてくれい』
『ただ今』
佐助は、繫綱を解き、棹を抜いて、その棹で、桟瀬を突いた。
翻――と、武蔵の身が、その舳へ跳び移った時である。
『――あっ。あぶない、お通さんっ』
松の陰で、声がした。
城太郎である。
彼女と共に、姫路からついて来た青木城太郎だった。
城太郎も、一目、師の武蔵に――と志して来たのであったが、最前からの様子に、出る機を失って、樹陰のあたりに、やはりあらぬ方へ眼をやったまま――佇んでいたものらしかった。
ところが今。武蔵が、足を大地から離して、舟の人となったかと見えた途端に、何思ったかお通が、水へ向って、驀しぐらに駈け出したので、城太郎は、もしやと直ぐ気をまわして、
(あぶない!)
と、思わず、追いかけながら叫んでしまったものだった。
彼が、彼ひとりの臆測で、あぶないと呶鳴った為に、権之助も、ばばも、すべてがお通の気もちを、咄嗟に穿きちがえたものらしく、
『あっ......どこへ』
『短慮な』
と、左右からあわただしく駈け寄るなり、三人して、確と、抱き止めてしまった。
『いいえ。いいえ』
お通は、静かに顔を振ってみせた。
肩で、息こそ喘いでいるけれど、決して、そんな浅慮なことを――と笑ってみせるように、抱き支えた人人へ、安心を乞うた。
『どう......どうしやるつもりか......?』
『坐らせて下さいませ』
声も静かである。
人々は、そっと手を離した。するとお通は、波打際から遠くない砂地へ、折れるように坐った。
然し、襟元も、髪のほつれも、きりっと直して、武蔵の舟の舳へ向い、
『お心惜きなく......。行っていらっしゃいませ』
と、手をつかえていった。
ばばも坐った。
権之助も――城太郎も――それに倣ってぴたと坐った。
城太郎は遂に一言も、この際を、師と語ることもできなかったけれど、その時間だけ、お通に分け与えたのだと思うと、悔む気もちは少しも起らなかった。
魚 歌 水 心
一
潮は上げている旺だった。
海峡の潮路は、激流のように迅い。
風は追手。
赤間ケ関の岸を離れた彼の小舟は、時折、真っ白なしぶきを被った。佐助は、きょうの櫓を、誉と思っていた。漕ぐ櫓にも、そうした気ぐみが見えた。
『だいぶかかろうな』
行くてを眺めながら、武蔵がいう。
舟の中ほどに、彼は、膝広く坐っていた。
『なあに、この風と、この潮なら、そう手間はとりません』
『そうか』
『ですが――だいぶ時刻が遅れたようでございますが』
『うむ』
『辰の刻は、とうに過ぎました』
『左様――。すると船島へ着くのは』
『巳の刻になりましょう。いや巳の刻過ぎでございましょうよ』
『ちょうどよかろう』
その日――
巌流も仰ぎ、彼も仰いでいた空は、あくまで深い碧さだった。そして長門の山に白い雲が、旗のように流れているほか、雲の影もなかった。
門司ケ関の町屋、風師山の山の皺も、明らかに望まれた。そこら辺りに群れ上って、見えぬものを見ようとしている群衆が、蟻のかたまりのように黒く見える。
『佐助』
『へい』
『これを貰ってよいか』
『何です』
『舟底にあった櫂の割れ』
『そんな物――要りはしませんが、どうなさいますんで』
『手頃なのだ』
武蔵は、櫂を手に取っていた。片手に持って、眼から腕の線へ水平に通して見る。幾分、水気をふくんでいるので、木の質は重く感じる。櫂の片刃に削げが来て、そこから少し裂けているので、使わずに捨ててあった物らしい。
小刀を抜いて、彼は、それを膝の上で、気に入るまで削り出した。他念のない容子である。
佐助でさえ、心にかかって、幾度も幾度も赤間ケ関の浜を――平家松のあたりを目じるしに――振り向いた事なのに、この人には、微塵、後髪をひかれる風は見えない。
いったい、試合などへ臨む者は、皆、こういう気持になるものだろうか。佐助の町人から観た考えでは、あまりに冷た過ぎるようにさえ思える。
櫂が削り終えたとみえ、武蔵は袴や袂の木屑を払って、
『佐助』
と、又呼ぶ。
『――なんぞ、着る物はあるまいか、蓑でもよいが』
『お寒いのでございますか』
『いや舷からしぶきがかかる。背中へ被けたいのだ』
『てまえの踏んでいる艫板の下に、綿入が一枚、突っこんで有りますが』
『そうか。借りるぞ』
佐助の綿人を出して、武蔵は背へ羽織った。
まだ船島は、霞んでいた。
武蔵は、懐紙を取り出して、紙縒を作り始めた。幾十本か知れぬほど縒っている。そして又、二本縒に綯い合せて、長さを測り、襷にかけた。
紙縒襷というのは、むずかしい口伝があるものと聞いていたが――佐助が見ていた所では、ひどく無造作に見えたし、又、その作りかたの迅いのと、襷にまわした手際のきれいなのに、眼をみはった。
武蔵は、その襷に、潮のかからぬよう、ふたたび、綿入を上から羽織って、
『あれか、船島は』
はや間近に見えて来た島影を指して訊ねた。
二
『いえ。あれやあ母島の彦島でございます。船島は、も少し行かないと、よくお分りになりますまい。彦島の北東に、五、六町ほど離れて、洲のように平たく在るのがそれで――』
『そうか。この辺りに、幾つも島が見えるので、どれかと思うたが』
『六連、藍島、白島など――その中でも船島は、小さい島でございます。伊崎、彦島の間が、よくいう音渡の迫門で』
『西は、豊前の大里の浦か』
『左様でございます』
『思い出した――この辺りの浦々や島は、元暦の昔、九郎判官殿や、平の知盛卿などの戦の跡だの』
こういう話などしていて一体いいものだろうか。自分の漕ぐ櫓に、舟が進んで行くにつれ、佐助は、ひとりでに先刻から、肌に粟を生じ、気は昻まり、胸は動悸してならないのである。
自分が試合するのではなし――と思ってみても、どうにもならなかった。
きょうの試合は、どっち道、死ぬか生きるかの戦である。今乗せてゆく人を、帰りに乗せて帰れるかどうか――。乗せてもそれは、惨たる死骸であるかも知れないのだ。
佐助には、分らなかった。武蔵のあまりにも淡々とした姿が。
空をゆく一片の白雲。
水をゆく扁舟の上の人。
同じようにすら見えるのであった。
だが、佐助の眼にも、そう怪しまれるほど、武蔵は、この舟が目的地へ赴くあいだ、何も考える事がなかった。
彼は曾つて、退屈というものを知らずに生活して来たが、この日の、舟の中では、いささか退屈をおぼえた。
櫂も削ったし、紙縒も縒れたし――そして考える何事も持たない。
ふと。
舷から真っ蒼な海水の流紋に眼を落して見る。深い、底知れず深い。
水は生きている。無窮の生命を持っているかのようである。然し、一定の形を持たない。一定の形に囚われているうちは、人間は無窮の生命は持ち得ない。――真の生命の有無は、この形体を失ってからの後の事だと思う。
眼前の死も生も、そうした眼には、泡沫に似ていた。――が、そういう超然らしい考えがふと頭をかすめるだけでも、体じゅうの毛穴は、意識なく、そそけ立っていた。
それは、ときどき、冷たい波しぶきに吹かれるからではない。
心は、生死を離脱したつもりでも、肉体は、予感する。筋肉が緊まる。ふたつが合致しない。
心よりは、筋肉や毛穴が、それを忘れている時、武蔵の脳裡にも、水と雲の影しかなかった。
『――見えた』
『おお――ようやく、今頃』
船島ではない。そこは彦島の勅使待の浦であった。
約三、四十名の侍が、漁村の浜辺にむらがって、先刻から海上をながめ合っていた。
この者たちは皆、佐々木巌流の門人であり、その大半以上が、細川家の家中であった。
小倉の城下に、高札が立つと直ぐ、当日の船止の先を越して、島へ渡ってしまったのである。
(万が一にも、師の巌流先生が敗れた時は、武蔵を、生かして島から帰すまいぞ)
と、密かに、盟を結んだ輩が、藩の布令を、無視して、二日も前から、船島へ上ってきょうを待ち構えていた。
だが、今朝になって。
長岡佐渡、岩間角兵衛などの奉行や、又、警備の藩士たちがそこへ上陸するに及んで、すぐ発見され、きびしく不心得を諭されて、船島から隣り島の――彦島の勅使待へと、追い払われてしまったものだった。
三
その日の禁令上、試合に立会う役人側では、そういう処置を取ったものの、然し、藩士の八分までは、当然、同藩の巌流に勝たせたいと祈っていたし、又、師を思うの余りから、そういう行動に出た門下たちに、肚では同情もよせていた。
で、一応。
役儀上、彼等を船島からは追い払ったものの、すぐ側の彦島へ移っている事なら、不問に済ましておく考えだった。
猶。
試合がすんで――
万一にも、巌流のほうが打ち負けた場合は、それも船島の上では困るが、船島を武蔵が離れてからならば、師の巌流の雪怨という意趣から、どういう行動に出ようとも――それは自分等の関り知った事ではない。
――というのが、処置を取った役人側の偽らぬ肚だった。
彦島へ移った巌流の門下たちは又、それを見抜いている。そこで彼等は、漁村の小舟を狩り集め、約十二、三の舳を勅使待の浦へ着けておいた。
そして、試合の様子を、直ぐここへ報知する伝令を、山の上に立たせておき、万一の場合には、すぐ三、四十人が各々小舟で海上へ出て、武蔵の帰路を遮り、陸路へ追跡して討ち取るなり、場合によっては、彼の舟を覆えして、海峡の底に葬り去ってしまおうとも――諜し合せていたのだ。
『――武蔵か』
『武蔵だ』
呼び交して、彼等は、小高い所へ駈け上ったり、手をかざして、真昼の陽のぎらぎら反射する海面へ、眸をこらしていた。
『船往来は、今朝から止まっている。武蔵の舟にちがいない』
『一人か』
『一人のようだ』
『つくねんと、何か羽織って坐っておるぞ』
『下へ、小具足でも着けて来たものだろう』
『何せい、手配をしておけ』
『山へ、行ったか。見張に――』
『登っている。大丈夫』
『では、われわれは、舟のうちへ』
いつでも、綱を切れば、漕ぎ出られるように、三、四十名の者達は、どやどやと、思い思いに小舟へかくれた。
舟には、一筋ずつの長槍も伏せてあった。物々しい扮装振りは、巌流よりも、亦、武蔵よりも、その人々の中に見られた。
――一方。
武蔵見えたり!
という声は、そこのみでなく、同じ頃に、船島にも当然伝わっていた。
ここでは。
波の音、松の声、雑木や姫笹の戦ぎも交じって、全島、今朝から人も無いような気配だった。
気のせいか、蕭殺として、それが聞えた。長門領の山からひろがった白雲が、ちょうど中天の太陽を時折かすめて、陽が陰ると、全島の樹々や篠のそよぎが、暗くなった。――と思うと、一瞬に又、くわっと陽が照った。
島は、近寄って見ても、極めて狭い。
北はやや高く丘をなして、松が多い。そこから南の懐が、平地から浅瀬となったまま海面へのめりこんでいる。
その丘ふところの平地から磯へかけて、きょうの試合場と定められていた。
奉行以下、足軽までの者は、磯からかなり距った所に、樹から樹へ、幕を繞らし、鳴をひそめていた。巌流は藩籍に在る者であり、武蔵は拠る所ない者なので、それが相手方への威嚇にならない程度には、心して控えている陣容だった。
しかし約束の時刻が、もう一刻以上も過ぎている事。
二度も、ここからの飛脚舟で催促をやってある事などで、静粛なうちにも、やや焦躁と反感とを一様に抱いていた所である。
『武蔵どの! 見えましたっ』
絶叫しながら、磯に立って見ていた藩士が、遠い床几と幕の見える方へ駈けて行った。
四
『――来たか』
岩間角兵衛は、思わずいって、床几から伸び上った。
彼は、きょうの立会人として、長岡佐渡と共に、派遣されて来た役人ではあるが、彼が、きょうの武蔵を相手とする人間ではない。
然し、口走った感情は、自然の流露であった。
彼のわきに控えていた従者や下役の者も、皆、同じ眼色を持って、
『お! あの小船だ』
と、一緒に起ち上った。
角兵衛は、公平なる藩役人の身として、すぐその非に気づいたらしく、
『控えろ』
と、周りの者を誡めた。
凝と、自分も、腰をすえた。――そして静かに、巌流のいるほうへ流し目を送った。
巌流のすがたは見えなかった。ただ、山桃の樹四、五本のあいだに、竜胆の紋をついた幕がひらめいていた。
幕のすそには、青竹の柄のついた柄杓を添えた新しい手桶が一箇あった。だいぶ早目に島へ着いた巌流は、相手の来る時刻が遅いので、さっき、水桶の水をのんでいた。そして幕の陰で休息していたが、今は、そこに見当らなかった。
その幕を挾んで、少し先の土坡の向側には、長岡佐渡の床几場があった。
ひとかたまりの警固の士と、彼の下役と、彼の従者として伊織がわきに控えていた。
今――武蔵どのが見えた! という声を触れながら、磯のほうから一人が駈けて、警備の中にはいり込むと、伊織の顔いろは、唇まで白くなった。
正視したまま、動かずにいた佐渡の陣笠が、自分の袂を見るように、ふと横を見――
『伊織』
と、低声でよんだ。
『......はっ』
伊織は、指をついて、佐渡の陣笠の裡を見上げた。
足もとから顫えてくるような全身のおののきを、どうしようもなかった。
『伊織――』
もいちど、その眼へ、凝といって、佐渡は訓えた。
『よう、見ておれよ。うつろになって、見のがすまいぞ。――武蔵どのが一命を曝して、そちへ伝授して下さるものと思うて今日は見ておるのだよ』
『............』
伊織は、うなずいた。
そしていわれた通り、眼を炬のようにみはって、磯のほうへ向けていた。
磯まで、一町の余はあろう。波打際の白いしぶきが、眼に沁むほどだったが、人影といっては、小さくしか見えないのである。試合となっても、実際の動作、呼吸などを、つぶさに目撃するわけにはゆかない。――然し、佐渡がよく見よと訓えたのは、そういう技の末の事ではあるまい。人と天地との微妙な一瞬の作用を見よといったのだろう。又、こういう場所に臨むもののふの心構えというものを、後学の為、遠くからでもよく見届けておけといったのであろう。
草の波が寝ては起きる。青い虫がときおりとぶ。まだひよわい蝶が、草を離れ、草にすがっては、何処ともなく去ってゆく。
『――ア。彼れへ』
磯の先へ、徐々に近づいて来た小舟が、伊織の眼にも、今見えた。時刻はちょうど、規定の刻限よりも遅れる事約一刻――巳の下刻(十一時)ごろと思われた。
しいんと、島の内は、真昼の陽だけにひそまり返っていた。
その時、床几場のあるすぐ後の丘から、誰やら降りて来た。佐々木巌流であった。待ちしびれていた巌流は、小高い山に上って、独り腰かけていたものとみえる。
左右の立会役の床几へ礼をして巌流は、磯のほうへ向い、静かに、草を踏んで歩み出していた。
五
陽は、中天に近かった。
小舟が、島の磯近くへ入ってくると、幾ぶん入江になっているせいか、波は細やかになり、浅瀬の底は青く透いてみえた。
『――どの辺へ?』
櫓の手を弛めながら、佐助は磯を見まわして訊ねた。
磯には、人影もなかった。
武蔵は、被っていた綿入を脱ぎ捨てて、
『真っ直に――』
と、いった。
舳はそのまま進んだ、けれど佐助の櫓の手は、どうしても大きく動かなかった。――寂として、人影も見えない島には、鵯が高く啼いていた。
『佐助』
『へい』
『浅いなあ、この辺は』
『遠浅です』
『むりに漕ぎ入れるには及ばぬぞ。岩に舟底を嚙まれるといけない。――潮は、やがてそろそろ退潮ともなるし』
『......?』
佐助は答えを忘れて、島の内の草原へ、眼をこらしていた。
松が見える地味の瘦せをそのまま姿にしているひょろ長い松だ。――その木陰に、ちらと、猩々緋の袖無羽織のすそが翻めいていた。
――来ている! 待構えている。
巌流の姿があれに。
と、指さそうとしたが、武蔵の様子を窺うと、武蔵の眼もすでにそこへ行っている。
眸を、そこに向けながら、武蔵は、帯に挾んで来た渋染の手拭をぬいて、四つに折り、頻りに潮風にほつれる髪を撫で上げて鉢巻した。
小刀は前に帯び、大刀は、舟の中へ置いてゆくつもりらしく――そして、飛沫に濡れぬ用意に、蓆を着せて、船底へ置いた。
右手には、櫂を削って木剣とした手作りのそれを握った。そして舟から起ち上ると、
『もうよい』
と、佐助へいった。
――だが。
まだ磯の砂地までは、水面二十間もあった。佐助は、そういわれてから、二ツ三ツ大きく櫓幅を切った。
舟は、急激に、ググッーと突き進んで、とたんに浅瀬を嚙んだものとみえる。舟底がどすんと持ち上ったように鳴った。
左右の袴の裳を、高く褰げていた武蔵は、その弾みに、海水の中へ、軽く跳び下りていた。
飛沫も上らないほど、どぼっと、脛の隠れるあたりまで。
ざぶ!
ざぶ!
ざぶ......
かなり早い足で、武蔵は、地上へ向って歩き出した。
引っ提げている櫂の木剣の切っ先も、彼の蹴る白い水泡と共に、海水を切っている。
五歩。
――また十歩と。
佐助は櫓を外したまま、後ろ姿を自失して見ていた。毛穴から頭のしんまで寒気立って、どうすることも忘れていたのである。
と、その時。
はっと、息づまるような顔をした。彼方のひょろ松の陰から、緋の旗でも流れて来るように巌流のすがたが駈けて来たのである。大きな業刀のぬり鞘が陽を刎ね返し、銀狐の尾のように光って見えた。
......ざ。ざ。ざッ。
武蔵の足は、まだ海水の中を歩いていた。
早く!
と、彼が念じていたのも空しく、武蔵が磯へ上らぬ間に、巌流の姿は水際まで駈け寄っていた。
しまった――と思うと共に、佐助はもう見ていられなかった。自分が真二つにされたように、舟底へ俯つ伏してふるえていた。
六
『武蔵か』
巌流から呼びかけた。
彼は、先を越して、水際に立ちはだかった。
大地を占めて、一歩も敵にゆずらぬように。
武蔵は、海水の中に踏み止まったまま、いくぶん、微笑をもった面で、
『小次郎よな』
と、いった。
櫂の木剣の先を、浪が洗っている。
水にまかせ、風にまかせ、ただその一木剣があるだけの姿だった。
然し――
渋染の鉢巻に幾分つりあがった眦はすでにふだんの彼のものではない。
射るという眼はまだ弱いものであろう。武蔵の眼は吸引する。湖のように深く、敵をして、自己の生気を危ぶませるほど吸引する。
射る眼は、巌流のものだった。雙眸の中を、虹が走っているように、殺気の光彩が燃えている、相手を射竦めんとしている。
眼は窓という。思うに、ふたりの頭脳の生理的な形態が、そのまま巌流の眸であったであろう、武蔵の眸であったにちがいない。
『――武蔵っ』
『............』
『武蔵っ!』
二度いった。
沖鳴りが響いてくる。二人の足もとにも、潮が騒いでいた。巌流は、答えない相手に対して、勢い声を張らないで居られなかった。
『怯れたか。策か。いずれにしても卑怯と見たぞ。――約束の刻限は疾く過ぎて、もう一刻の余も経つ。巌流は約を違えず、最前からこれにて待ちかねて居た』
『............』
『一乗寺下り松の時といい、三十三間堂の折といい、常に、故意に約束の刻をたがえて、敵の虚を突くことは、抑々、汝のよく用いる兵法の手癖だ。――然し、きょうはその手にのる巌流でもない。末代もの嗤いのたねとならぬよう潔く終るものと心支度して来い。――いざ来いっ、武蔵!』
いい放った言葉の下に、巌流は、鐺を背へ高く上げて、小脇に持っていた大刀物干竿を、ぱっと抜き放つと一緒に、左の手に残った刀の鞘を、浪間へ、投げ捨てた。
武蔵は、耳のないような顔をしていたが、彼の言葉が終るのを待って――そして猶、磯打ち返す波音の間を措いてから――相手の肺腑へ不意にいった。
『小次郎っ。負けたり!』
『なにっ』
『きょうの試合は、すでに勝負があった。汝の負けと見えたぞ』
『だまれっ。なにを以て』
『勝つ身であれば、なんで鞘を投げ捨てむ。――鞘は汝の天命を投げ捨てた』
『うぬ。たわ言を』
『惜しや、小次郎、散るか。はや散るをいそぐかっ』
『こ、来いッ』
『――おおっ』
答えた。
武蔵の足から、水音が起った。
巌流もひと足、浅瀬へざぶと踏みこんで、物干竿をふりかぶり、武蔵の真っ向へ――と構えた。
が、武蔵は。
一条の白い泡つぶを水面へ斜めに描いて、ザ、ザ、ザと潮を蹴上げながら、巌流の立っている左手の岸へ駈け上っていた。
七
水を切って岸へ、斜めに、武蔵が駈け上ったのを見ると、巌流は、波打際の線に添って、その姿を追った。
武蔵の足が、水を離れて磯の砂地を踏んだのと、巌流の大刀が――いや飛魚のような全姿が、
『喝ッ』
と、敵の体へ、すべてを打ち込んだのと、ほとんど、同時であった。
海水から抜いた足は重かった。武蔵はまだ戦う体勢になかった瞬間のように見えた。物干竿の長剣が、自己のうえに、ひゅっ――と来るかと感じた時、彼のからだはまだ、駈け上って来たまま、いくぶんか前のめりに屈曲していた。
――が。
櫂削りの木剣は、両の手で、右の小脇から背へ隠すように深く、横へ構えられていた。
『......ムむ!』
といったような――武蔵の声なきものが、巌流の面を吹いた。
頂天から斬り下げて行くかと見えた巌流の刀は、頭上に鍔鳴をさせたのみで、武蔵の前へ約九尺ほども寄ったところで、却って、自身から横へぱっと身を反らしてしまった。
不可能を覚ったからである。
武蔵の身は、巌のように見えた。
『............』
『............』
当然、双方の位置は――その向きを変えている。
武蔵は、居所のままだった。
水の中から、二、三歩あがったままの波打際に立って、海を背後に、巌流のほうへ向き直った。
巌流は、その武蔵に直面し――又、前面の大海原に対して、長剣物干竿を諸手に振被っていた。
『............』
『............』
こうして、二人の生命は今、完全な戦いの中に呼吸し合った。
元より武蔵も無念。
巌流も、無想。
戦いの場は、真空であった。
が、波騒の外――
又、草そよぐ彼方の床几場の辺り――
ここの真空中の二つの生命を、無数の者が今、息もつかずに見まもっていたに違いなかった。
巌流のうえには、巌流を惜しみ、巌流を信じる――幾多の情魂や禱りがあった。
又、武蔵のうえにもあった。
島には、伊織や佐渡。
赤間ケ関の渚には、お通やばばや権之助や。
小倉の松ヶ丘には、又八や朱実なども。
その各々が、ここを見る目もとどかない所から、ひたすら、天を祈っていた。
然し、ここの場所には、そういう人々の祈りも涙も加勢にはならなかった。又、偶然や神助もなかった。あるのは、公平無私な青空のみであった。
その青空の如き身になりきる事がほんとの無念無想の相というのであろうか、生命持つ身に容易になれない事は当然である。ましてや、白刃対白刃のあいだでは。
『――――』
『――――』
ふと。おのれッと思う。
満身の毛穴が、心をよそに、敵へ対して、針のようにそそけ立って歇まない。
筋、肉、爪、髪の毛――およそ生命に附随しているものは、睫毛ひとすじまでが、みな挙げて、敵へかかろうとし、そして自己の生命を守りふせいでいるのだった。その中で、心のみが、天地と共に澄みきろうとすることは、暴雨の中に、池の月影だけ揺れずにあろうとするよりも至難であった。
八
長い気もちのする――然し事実はきわめて短い――寄せ返す波音の五たびか六たびも繰り返すあいだであったろうか。
やがて――という程の間もないうちにである。大きな肉声は、その一瞬を破った。
それは、巌流のほうから発したものだったが、殆ど、同音になって、武蔵の体からも声が出た。
巌を搏った怒濤のように、二つの息声が、精神の飛沫を揚げ合ったとたんに、中天の太陽をも斬って落すような高さから、長刀物干竿の切っ先は、細い虹をひいて、武蔵のまッ向へ跳んで来た。
武蔵の左の肩が――
その時、前下りに躱った。腰から上の上半身も、平面から斜角に線を改めた時、彼の右足は、すこし後へ引かれていた。そして諸手の櫂の木剣が、風を起してうごいたのと、巌流の長剣が、切っ下りに、彼の真眉間を割って来たのと、そこに差というほどの差は認められなかった。
『............』
『............』
ぱっと、もつれた一瞬の後は、ふたりの呼吸が磯の波よりは高かった。
武蔵は、波打際から、十歩ほど離れて、海を横にし、跳びのいた敵を、櫂の先に見ていた。
櫂の木剣は、正眼に持たれ、物干竿の長剣は、上段に返っていた。
然し、ふたりの間隔は、相搏った一瞬に、おそろしく遠退いていた。長槍と長槍とでも届かないくらいな間隔にわかれて居たのである。
巌流は、最初の攻勢に、武蔵の一髪も斬ることはできなかったが、地の利は、思うように占め直したのである。
武蔵が、海を背にして、動かなかったのは、理由があった事である。真昼の中の陽は海水につよく反射して、それに対っている巌流に取っては、はなはだしい不利だったのだ。もし、その位置のまま武蔵の守勢に対して、ぐっと対峙していたら、慥かに、武蔵よりも先に精神も瞳もつかれてしまったに違いないのである。
――よしっ。
思うように、地歩を占め直した彼は、すでに武蔵の前衛を破ったかのような意気を抱いた。
と――巌流の足はじりじりと小刻みに寄って行った。
間隔をつめて行く間に敵の体形のどこに虚があるかを観、同時に、自己の金剛身をかためて行くべく、それは当然な小刻みの足もとだった。
ところが、武蔵は、彼方からずかずかと歩み出して来た。
巌流の眼の中へ、櫂の先を突っ込むように、正眼に寄って来たのである。
その無造作に、巌流が、はっと詰足を止めた時、武蔵の姿を見失いかけた。
櫂の木剣が、ぶんと上ったのである。六尺ぢかい武蔵の体が、四尺ぐらいに縮って見えた。足が地を離れると、その姿は、宙のものだった。
『――あッつ』
巌流は、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。
その切っ先から、敵の武蔵が額を締めていた柿色の手拭が、二つに断れて、ぱらっと飛んだ。
巌流の眼に。
その柿色の鉢巻は、武蔵の首かと見えて飛んで行った。血とも見えて、颯ッと、自分の刀の先から刎ね飛んだのであった。
ニコ、と。
巌流の眼は、楽しんだかも知れなかった。然し、その瞬間に、巌流の頭蓋は、櫂の木剣の下に、小砂利のように砕けていた。
磯の砂地と、草原の境へ、仆れた後の顔を見ると、自身が負けた顔はしていなかった。唇の端から、こんこんと血こそ噴いていたが、武蔵の首は海中へ斬って飛ばしたように、いかにも会心らしい死微笑を、キュッと、その唇ばたにむすんでいた。
九
『――ア。アッ』
『巌流どのが』
彼方の床几場のほうで、そうした声が、さっと流れた。
われを忘れて。
岩間角兵衛も起ち、その周りの者も、悽惨な顔をそろえて伸び上った。――が、すぐ側の、長岡佐渡や伊織たちのいる床几場のひとかたまりが、自若としているのを見て、強いて平静を装いながら、角兵衛もその周囲も、じっと、動かない事に努めていた。
が――蔽いようもない敗色と、滅失の惨気が、巌流の勝を信じていた人々のうえを包んだ。
『......?』
しかも猶、未練や煩悩は、そこまでの現実を見ても、自分等の眼の過りではないか――と疑うように、生つばをのんで、暫しは放心していた。
島の内は、一瞬の次の一瞬も、人なきように、ひそまり切っていた。
無心な松風や草のそよぎが、ただ遽かに、人間の無常観をふくだけだった。
――武蔵は。
一朶の雲を、見ていた。ふと見たのである、われに返って。
今は雲と自身とのけじめを、はっきり意識にもどしていた。遂にもどらなかった者は、敵の巌流佐々木小次郎。
足数にして、十歩ほど先に、その小次郎は俯つ伏せに仆れている。草の中へ、顔を横にふせ、握りしめている長剣の柄には、まだ執着の力が見える。――しかし苦しげな顔では決してない。その顔を見れば、小次郎は自己の力を挙げて、善戦したという満足がわかる。戦に戦いきった者の顔には、すべて、この満足感があらわれているものである。そこに残念――と思い残しているような陰は少しも見当らない。
武蔵は、斬れ落ちている自分の渋染の鉢巻に眼を落して、肌に粟を生じた。
『生涯のうち、二度と、こういう敵と会えるかどうか』
それを考えると、卒然と、小次郎に対する愛情と、尊敬を抱いた。
同時に、敵からうけた、恩をも思った。剣を把っての強さ――単なる闘士としては、小次郎は、自分より高い所にあった勇者に違いなかった。その為に、自分が高い者を目標になし得た事は、恩である。
だが、その高い者に対して、自分が勝ち得たものは何だったか。
枝か。天佑か。
否――とは直ぐいえるが、武蔵にも分らなかった。
漠とした言葉のままいえば、力や天佑以上のものである。小次郎が信じていたものは、技や力の剣であり、武蔵の信じていたものは精神の剣であった。それだけの差でしかなかった。
『............』
もくねんと、武蔵は、十歩ほどあるいた。小次郎の体のそばに膝を折った。
左の手で小次郎の鼻息をそっと触れてみた。微かな呼吸がまだあった。武蔵はふと眉を開いた。
『手当に依っては』
と、彼の生命に、一縷の光を認めたからである。と同時に、かりそめの試合が、この惜しむべき敵をこの世から消し去らずに済んだかと、心もかろく覚えたからであった。
『......おさらば』
小次郎へも。
彼方の床几場の方へも。
そこから手をついて、一礼すると武蔵の姿は、一滴の血もついていない櫂の木太刀を提げたまま、さっと北磯のほうへ走り、そこに待っていた小舟の中へ跳びのってしまった。
どこへ指して、どこへ小舟は漕ぎ着いたか。
彦島に備えていた巌流方の一門も、彼を途中に擁して師巌流の弔合戦に及んだというはなしは遂に残っていない。
生ける間は、人間から憎悪や愛執は除けない。
時は経ても、感情の波長はつぎつぎにうねってゆく。武蔵が生きている間は、なお快しとしない人々が、その折の彼の行動を批判して、すぐこういった。
『あの折は、帰りの逃げ途も怖いし、武蔵にせよ、だいぶ狼狽しておったさ。何となれば、巌流に止刀を刺すのを忘れて行ったのを見てもわかるではないか』――と。
波騒は世の常である。
波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。
水のふかさを。
宮本武蔵 完
宮本武蔵 完全版
発行日 2013年10月17日
著 者 吉川英治
発行者 赤井 仁
発行所 ゴマブックス株式会社
〒107-0052
東京都港区赤坂8-5-40
ペガサス青山710
表紙イラスト Siv
●株式会社六興出版
『宮本武蔵 1巻』(昭和55年12月25日 第84版発行)
『宮本武蔵 2巻』(昭和58年12月30日 第83版発行)
『宮本武蔵 3巻』(昭和58年12月30日 第82版発行)
『宮本武蔵 4巻』(昭和58年12月30日 第80版発行)
『宮本武蔵 5巻』(昭和54年3月30日 新装第8版発行)
『宮本武蔵 6巻』(昭和58年12月30日 第75版発行)
に基づいて制作されました。
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